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考える名無しさん:
俺は魔術や数秘術、東洋・西洋・インド占星術、それらの多くに興味を持ち、実際に獲得している力や知恵もあるが、
「何座の何月何日の運勢は〜」とかの、進行中の時間に合わせた星の配置からその人間の在り方を見る範疇だけは手を出さなかった。
あまりにも事務処理的で、みみっちくてやってられないから。
だが、数年前、それらの「来年のあなたの運勢」みたいな占いの細かく見る物で、(年齢・年月などは相対的に表すが)
「数年後のあなたは音楽にまつわることをしているでしょう」等と書かれているのだが、
当時音楽から離れていた俺は「それはない。もう辞めたんだ。」こういう反応を示していた。
だが、今俺の物理的周囲には音楽機材の山山山。楽器も沢山。音楽編集ソフトにも百万くらいはつぎ込まれている。
一体、何が、どこで、この歯車に、また、その占い通りに、戻されたのか。
この状態に陥る前に、確かに色々なことがあった。どれも、音楽とは無関係な事々で。
それらの解決法、打開策として、已むなく選択した道、希望の光の見える方角が、この音関係だけだった。
「自由意志で運命を変えることは出来るのかもしれない。だが、
それ以上に、変えようと思っている未来を前に、現在が自由意志以上の巨大な力でぶっ壊される。
この巨大崩壊からの逃げ道、救われる道が、その自由意志で避けようとしていた未来。」
「運命」にとって、非常にテクニカルにクリティカルなことを指摘しているのだが、伝わることを祈る。
自由意志を自由に発動できる安定した土台など、この世に無い。
人は常に、荒波を航海中の船の揺らぐ床の上から、自由に意志を発動できる。
大きな波が来たときに発動すべき意志は、平穏時に発動予定の意志とはベクトルの向きが違うかもしれない。
だが、紛れもなく自己により発動され、自分のために意図された力だ。
言い方を変えると、人は状況により、行きたい方とは違う方向へ自ら決断して歩んでゆく。
この自由意志による決断が、運命に束縛された一本道である、はずがない。
だが、そのようにしか、ことは進まない。
fate論から運命論にグレードを上げて、自由意志と自分の意志と望んだ未来と現実に勝ち取った現在について、書く必要が出てきそうだ。