◆決定論:脳は物質だから意識は必然に過ぎない214◆
1 :
考える名無しさん:
自然科学を修めずに、妄想レベルのポエムを炸裂させるのは、どうしてだい?
哲学者の領域は自然科学の先にしか無い、というのに
3 :
風真 ◆FUMA/Xddxs :2013/09/09(月) 14:50:28.39 P
>>ゲーム氏
ああ、説明するの忘れてたwww
名前欄に#をつけて、#の後に好きな文字列を入れてみて下さい
これをトリップと言います
文字列はパスワードと同じで、知られなければなかなか解読できません
好きなトリップを探したい場合、不思議な国のトリッパーというソフトで作成して下さい
実はトリップのパスワード解析にも使いますwww
ゲーム氏の場合は、「ゲーム#好きな文字列」を名前欄に入れればOK
4 :
考える名無しさん:2013/09/09(月) 14:52:20.71 0
ふーまくん
約束通りもう消えてくださいね
5 :
考える名無しさん:2013/09/09(月) 15:08:32.68 P
6 :
考える名無しさん:2013/09/09(月) 15:11:09.18 0
OKそれでいいよ
7 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/09(月) 15:44:29.45 0
前スレ
>>999 頑迷固陋な読み方しかできないようですね。w
「モノが変化する」などといいましたか。日常会話では、そういいますが。
モノは主語にはなりえない。
というより、あまの君ふうにいえば「述語(コト)だけしかない」からである。
一般に「モノの変化」と呼んでいる事態をコトと呼び、それは「力の様態」だと申し
あげているのである。
「モノは力がなければ動かない」のではなく、モノ自身がコトの一つの様態であり、
抄録氏のいう「モノ(コト)」は力なり、と述べているのである。
変化しつつ動いているモノという事態に、何か不変の実体(芯)のようなものがある
わけではない。
8 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/09(月) 15:49:47.01 0
ありがとう、風真さん。はじめてです。トリップをいれたのは。
>>7 コトが述語なんだから
モノは主語なんですよ。
「変化」というのはですね、「○○が変化する」という構造なんです。
「“不変なる本質”を担うモノ」がしかし変化する、という形でないと
「変化」に意味が成立しないのですよ。
分かります?
そしてそれは、ヒト固有のこととして矮小化されるものではなく
自然が本来的にそのようにある、ってのが私の信条です。
ただただファンタジックなイメージに固執し、
芯のごときものを夢想しておられるのは、
私ではなく、ゲームさんなんですよ。
コトなんてものをいくら集めたって
バラバラの事象によるごみ溜めにしかならんのです。
10 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/09(月) 16:01:25.11 0
抄録氏はコト理学はないとおっしゃいますが、すべてはコト理学なのです。
経済学も経営学も法学も、政治学、文学…、そして哲学も。
抄録氏のいう物理学も、その本旨は“力”学です。
抄録氏の言っていることはロックの言う「一次性質」(古っ)ではないだろうか。
>>10 全てはコト理学ね
だから経済学も政治学も、いつまで経っても使い物にならないのじゃないですかね。
そりゃ哲学も、暇な老人とアニメ大好きおやじの手慰みになっていきますよ。
文学は哲学なんかよりは価値があると思います。
物理学が力学である、というのはほぼその通りです。
力によって統一的に記述することの利便性を排除する理由が無い。
しかし「力」の本旨はコトなんかじゃありませんよ。
13 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/09(月) 16:16:31.06 0
>>9 モノもまた述語だといっているのです。
結局、最高位の《私》のかわりに抄録氏はモノを主語に樹てるわけです。
モノや《私》よりも“神”のほうが国際的には受け入れられるのでは?w
それは抄録氏が物質教を信じているから。
神が存在しなければ、事物は成立しない、と一神教徒なら宣うでしょうね。
“変化”の主語(主体)は幻想なので、いかようにでもデッチあげられます。
>>13 「述語だけしかない」なんてのは絵に描いた餅にもならんのですよ。
ためしにゲームさん、これからは述語だけで語ってください。
15 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/09(月) 16:28:35.08 0
>>12 力が何か、まだわかっていません。
モノの本旨が力であるのは、間違いないでしょうが。w
たから“モノ学”ではなく、コト(力)学を学ぶのでしょう。
16 :
考える名無しさん:2013/09/09(月) 16:29:10.50 P
物質教
力教
いのち教
私教
17 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/09(月) 16:39:10.47 0
>>14 その絵も餅もコトだと述べているのです。それを描いたひとも。
存在者は述語として「ある」のです。
不便に決まっている。w
だから、主語をデッチあげざるをえないのである。
ここは日常について語るスレではないでしょう?
>>15 力ってのはですね、物体の変位や運動を記述するのに有効な、
方向性を持つ“仮想的な量”です。
「力が作用している」と想定することで、数学的、幾何学的な取り扱いが可能となる。
世界がそのようにできているからです。理由はあるかもしれないし、無いかもしれない。
モノの本旨が力であるのは、間違いないでしょうがw
とか、私にはなんのこっちゃさっぱり。
>>17 貴方の言う「述語」てのは「イノチ」と同じですよ。
ためしに、貴方の言う「述語」なるキーワードを
全部「イノチ」に変えても、印象は変わりません。
主語をでっち上げるとか。。
貴方にとって、「でっち上げではないもの」って何ですか?
述語はでっちあげではないわけですか
日常について語るスレではない?
貴方の妄言から、こちらが非日常的な何かを汲み取れ、と?
無茶な注文をなさる。
そこまでの感性はござらんわ。
キリスト教やイスラム教が一神教で世界を説明しようとすれば何でもかんでも「神」によることになる
しかしその肝心要の「神」についての根本的な説明は棚上げされてしまう
哲学であれ物理学であれ根源的なことについては棚上げしておかないと何も語れない
人間の営為においては仕方のない妥協点がそういうことなんだろうね
>>20 そこを棚上げしたら、哲学にならない。
根源的なものを、風真は「イノチ」と言い、ゲームは「力」と言うが、
ただそう「名づけ」ているだけ。
その根源的なものと、経験世界の現象との関係を説明することができなければ、
まさに「そんなの、なんとでも言えるよ」というレベルw
>>21 学者連れてきてどちらが大幅に譲って受け入れられるかという話しをすれば
明白だろ。
24 :
考える名無しさん:2013/09/09(月) 20:57:21.42 P
力っていう架空の「もの」を想定するからいけないんだよ
同じく、いのちっていう架空の「もの」を想定するから名付けてるだけとかいっちゃうの
「もの」の「こと」、或いは「営みそのもの」を力とかいのちとかいうのであって、「もの」として想定するならば、そんなもんあるわけがない
>>24 >「営みそのもの」を力とかいのちとかいうのであって
それを「名づけ」ている、というのw
>>21 デカルトだってカントだってみんな棚上げしたからこそそこから先の考えを表明できた
どんな哲学思想だって棚上げは必要になる
なんせ不完全性定理があるんだからそういう体系内で説明できないものが出てきても仕方無い
「神とはなんぞや」ということがテーマの哲学があったらそれは別にいい
しかしそれでも棚上げしなかればならないことは出てくる
言語哲学なんかは肝心の言語で言語の謎を考えていくわけだから
そもそものそこで使われている言語は不問にしていることになる
そういうことをしないと何も考えられないだろうね
>>26 >デカルトだってカントだってみんな棚上げしたからこそそこから先の考えを表明できた
もっと具体的に、どこをどう棚上げしているのか、説明してみて。
>>25 そういうことだよね
つまりそれが何なのかの答は出ていないのにとりあえず「名づけて」考えていく
仕方のない手法なんだけれどもね
フロイトだって「無意識」のことを「es(それ)」といって「それ」について考えていかざるをえなかったし
みんなそうだろう
>>27 デカルトからいこう
まずコギトだよね
あの論証で「私」の存在を確信できないよ
多くの学者が指摘しているように飛躍している
カントはそういうことが多すぎる(笑)
「物自体」といっても勝手にカントがそう分類しただけ
純粋直感なんかもせめて実験データのようなものがあればいいがそういうことはでてこない
棚上げの総合商社だよ
でも、それでもデカルトもカントも俺は哲学なんだと思うよ
問題は棚上げされていることがしっかりと分かって論理を読み取れれば問題はないと思うし
>>29 >「物自体」といっても勝手にカントがそう分類しただけ
そういうのを「棚上げ」とは言わないだろう。
カントの物自体は、認識論としては、認識の限界概念であって、
実践理性の領域で重要な意味をもつ・・・という風に
ちゃんと説明できるんだから、そういうのを「棚上げ」とは言わない。
ほんとうにそうなのかね?
>>30 でも中島義道は「物自体という用語も単なる概念です。そこに深い意味合いが含まれているということではなくて、そう言うしかなかった。」
って(某講演で)話していたよ
たしかにカントは「物自体」をちゃんとは説明してはいないじゃない
>>32 >たしかにカントは「物自体」をちゃんとは説明してはいないじゃない
物自体は不可知なんだよ。つまり認識できない。
それははっきりしている。
だから、認識できないものについて、あたかも認識できるかのようには説明できないよね。
だからそれは、信仰と道徳の領域(実践理性)の話になるんだね。
>>33 不可知のものになんで「物自体」という用語がつけられるのかね?
それなら「不可知」でもいいわけでしょ
「物自体」というセレクトした用語のバイアスがある
しかしそれは「不可知」だから説明なし
それではやはり「棚上げ」でしょうね
それから俺は棚上げが悪いとは全く思っていない
むしろ全ての思想は棚上げを含んでいるとすら思っている
用語にしてしまえばそれは間違いなくその用語のもつバイアスを宿すのだから
それを無視は絶対にできない
中島義道もそれと近いことをその時いってはいたよ
俺もその意見には賛成だね
周りの話に囲まれているからいいということでは駄目なんだ
そんな特別免除なんて聞いたたことないし
「物自体」も説明を棚上げされた概念ということさ
>>34 >むしろ全ての思想は棚上げを含んでいるとすら思っている
それは程度問題だね。
君の言うように「根源的なことについては棚上げしておかないと何も語れない」ということは、全くないと思う。
その大事なところを「棚上げ」してしまったら、人を納得させる力はない。
そして、人を納得させる力がなければ、哲学として残っていないだろう。
>>35 それでは棚上げしてはいない哲学者とは誰?
37 :
考える名無しさん:2013/09/09(月) 22:17:47.46 0
>>36 だから、カントもそうでしょ。
>不可知のものになんで「物自体」という用語がつけられるのかね?
カントが「認識」(可知)といっているのは、学問的な認識のこと。
だから物自体についてのカントの言明は、学問的ではないことになる。
が、学問的でないからといって、それについて何も語れないわけではない。
「信」として語ることができる。
だから「純粋理性批判」では物自体は単なる認識の限界概念としての意味しか持ち得ないが、
「実践理性批判」では重要な意味を持ち得る、ということ。
学問的というより、科学的といったほうがいいかな。
>>38 「物自体」とは何?
なんで「物」なの?
その点にだけ絞って説明して欲しいんだけけれども
>>40 しりません。カントの専門家に聞いてください。
>>41 自分が知りもしないことを正当化しようとする
これはあきらかに「詭弁」のしかも最も稚拙な論法なんじゃないかな?
正直に「しりません。」は結構だけれどもここは哲学板なんだし
荒らす行為は良くない
もしカントが見たとしてもさすがに君には賛成はしてくれないだろうねきっと
>>42 「物自体」という言葉の由来を知らなければ、自分の考えを述べてはいけない?
それこそ、「飛躍」というものだよw
>>43 いまはねカントについてしかもその「物自体」について話題を絞っている
俺は君に「カントの物自体の意味を教えてくれ」といっている
極めて明確で単純な質問だ
それを君は「しりません。カントの専門家に聞いてください。」といってしまう
会話にするならないでしょ?
誰も「「物自体」という言葉の由来を知らなければ、自分の考えを述べてはいけない」とはいっていない
しかしそれは「なんでも勝手に話す自由はある」という極めて次元の低いことをいうのならそれは「否」だ
「物自体」のはなしになってえいっているのに「しりません。でも書くのは自由でしょ」というならば
私は「大爆笑」しながら完全に沈黙するけれどその方がいいのかな?
>>44 くだらないからもうやめよう。
話のすり替えはだめだよ。
知らないといったのは、
>なんで「物」なの?
のこと。
>>45 40 :考える名無しさん:2013/09/09(月) 22:36:33.00 0
>>38 「物自体」とは何?
なんで「物」なの?
その点にだけ絞って説明して欲しいんだけけれども
↑すり替えてはいないよ
「物自体」の範囲から逸脱してはいないでしょ
それならばカントの「物自体」についてはちゃんと説明してくれるということだね?
まあ、そうむきになるなよ、これぐらいのことで。
48 :
あまの:2013/09/09(月) 23:12:42.52 P
自分の日常生活にフィードバックしなければ一切受け入れないという
立派な主婦感覚で根掘り葉掘り質問してくるよりはまあ哲学寄りではある。
>>47 君は波平だろ(笑)
まあいいよ波平なら尚更のこと話すだけ無駄だし
アリストテレスから始まった論理学っていうのはけっこう難しいんだよ
言語哲学や数学基礎論も難しいし
社会学は重要だけれどもう少し範囲を広げて勉強した方がいい
しかし専門的に勉強しているわけではないだろうから2ちゃんで吠えられればいいのか
長くて良い余生を♪サイナラw
>君は波平だろ(笑)
ちがいます。
>サイナラw
さいならw
51 :
考える名無しさん:2013/09/09(月) 23:24:03.55 0
ホゲッ 波平以下ヤンカ ゲボゲボグハハハ チンカス イカガン
53 :
ハイライト:2013/09/09(月) 23:33:03.42 i
不可知だろうが語れるよ
世の中は不可知だよ、世界は不可知だ
その領域は知ることはできない
我々は暗闇の中の盲人のように、世界について知りようがない
でもそれは、世界について語れないということを意味しないはずだ
54 :
あまの:2013/09/09(月) 23:34:38.09 P
カント自体は物自体をまだ物質として想定していたんだよね。
55 :
考える名無しさん:2013/09/09(月) 23:38:27.54 0
>ハイライト大明神
そういうことを棚卸しじゃなくて棚上げという言うんじゃね
そうだろ>>44の棚上げ君よお
56 :
あまの:2013/09/09(月) 23:39:57.17 P
ふざけた言い方をすれば、唯物論的に言えば、脳自体物質の働きですから、
物質が「物質が何たるか」を語れるわけが無い。
57 :
考える名無しさん:2013/09/09(月) 23:41:28.81 0
それはアカンとw
58 :
あまの:2013/09/09(月) 23:43:19.15 P
観念論の側から、我々の直近から言えば、己も含め世界は何たるかわからない物質なんですよ。
59 :
あまの:2013/09/09(月) 23:44:08.33 P
それはわかる。
60 :
天才2:2013/09/09(月) 23:50:06.54 I
この世が解明されてるなら、きっと哲学も消滅する。
未来を知ったら、人々は計画を破壊する。
儚い夢の中で知り得ること以上に知る事は不可能なんだ。
>>58 しかし人間の理解というのは「言語」によるものでしょう
物質を議論するまえに「言語」という世界の文節方法の限界もある
要するに「意味」が必要であるということ
それぞれの使用する単語に「意味」が必要であると
物質の構造を現在推測できる範囲で説明したり理解したりするのも
「言語」による「文節能力」
そして素粒子なんかも全く解明されてはいないからなおさら言語で分節できないと
スペクトラム的にいえばの話だよあくまでも
62 :
あまの:2013/09/10(火) 00:00:20.68 P
何たるかわからないというのは、誠実に考えたら、こいつを主語に立ててよいのかどうかもわからないんですよ。
人が主語を立てるのは、ゲームさんの言うように集団や厳しい環境の中での己の身体や立場の維持のためです。
63 :
天才2:2013/09/10(火) 00:03:07.51 I
言語は女性を口説く為に発達した可能性もある。
64 :
あまの:2013/09/10(火) 00:07:30.10 P
脳自体、物質世界の中での物質ですから、物質のための、物質に関わる、物質に寄り添って
機能するしかありません。
言語など、その機能全体よりも制限された機能を持つ道具です。
ネアンデルタール人は巨大な脳だったらしいですが言語は上手く操れなかったそうです。
>>62 それはもちろん同意するよ
でも哲学者だって同じであって主語が厳しい場合はたくさんある
フロイトは精神分析だからかなり限定された思考だけれどそれでも終生「無意識」とは
言わなかった
「エス(それ)」ですよ使ったのはね
「それ」じゃますますわからんけれどもそうした
だからいっぱいそういう一種の逃げといわれて仕方のないことは歴史的な学者であってもある
デイヴィドソンもそういうことを晩年の論文で書いているんだけれどね
それから主語は日本語場合は使わないことがけっこう多いよね
あまのくんの意見を否定してるわけじゃないよ
むしろ話題として追加しただけです
66 :
あまの:2013/09/10(火) 00:11:52.31 P
生きるためには現象に符号を打つという無神経な作業が必要であります。
>>66 全ての生物に「言語」があるかどうかは分からないけれども
様々な生物とって「記号」はあるようだね
68 :
あまの:2013/09/10(火) 00:15:55.67 P
でもね、人間というのはアホなところがあってね、生きる目的があやふただと「生きる手段」
労働や、生きるための精神論など、手段であるはずのものを目的化したり、あるいは、持ってる
道具のほうに己の処し方をあわせてしまうとかsりますよね。
>>68 それこそ「言語分節」の功罪なんじゃないのかなあ
丸山圭三郎は動物は「<身>分け」(身体分節)をして
人間は「<身>分け」と「<言>分け」(言語分節)をしていると述べていました
言語分節は幻想(精神分析の意味での)だからね
幻想のせいで勝手な妄想の世界を作って大量殺人事件とか起こしてしまうのが人間だし
70 :
あまの:2013/09/10(火) 00:24:53.88 P
このスレでも言語をアバウトな符号だということを忘れ、言葉尻に反応して
やきもきしている人がいますがねw
アバウトな記号だからこそ哲学者は必死になって言葉を追い詰めていく
神経質なくらいにね
その営為が無駄だとは思わないけれども
言葉尻というか言葉の曖昧さに逃げてばかりいては話が前に進まないんだけれども
そういう人は自分の「考えの曖昧さ」には気づいていない
いやむしろ気づいていて「自己防衛」しているのかもしれないな
72 :
あまの:2013/09/10(火) 00:41:53.95 P
主語にこだわるのは、簡単に言って己の身体を生かし守るためという消極的な理由だと思う。
これ以外にたいした理由は無いと思う。
>>72 主語がないと内容が相手に伝わらない場合もあるよね
74 :
あまの:2013/09/10(火) 00:45:45.11 P
この自分の生存上のルールが極限(極微、極大)の世界にまで適用されるはずだとかチンピラの発想だと思う。
75 :
あまの:2013/09/10(火) 00:48:52.81 P
>>73 そういう業務連絡も含めて「生存上の」だと思うんですけどw
>>74 そんなことを言う人がいるんだ
家族間のルールが会社や学校とは違うということにも気づけないのだろうか?
気の毒な人ですよねえ
77 :
あまの:2013/09/10(火) 00:54:31.75 P
>>76 もし『この世界の全てが「主語と述語」で割り切れなくてはならん』などと言ってる人間がいれば、
という話ですよww
78 :
あまの:2013/09/10(火) 00:57:22.45 P
しかし、今日は規制無くサクサク書き込めますね。
>>77 しかしそんな人がいますかねえ実際に?
ああ可能性は否定できないもんなあ
なんか「精神病圏」の人ならば大まじめにそういうことを言い出しそうな気はするけれども
正常な範囲の人が真面目にそういうことを言うとやっぱり「狂気」かなあ
シュレーバーなんかは彼の残した回想録を読むとどんどんメチャクチャな言葉に変化していくのがわかるんですよね
言語新作とか自分独自の単語を作ってそれを文章に使ったり
そのうち文章も書けなくなっていく
そして発狂して糞尿にまみれて死ぬんだけれども
80 :
あまの:2013/09/10(火) 01:07:59.45 P
いるんじゃないですかね。
>>78 もう●買って情報流出で困っている人達はほとんど書き込まないから規制する必要もほとんどないし
たぶん荒らし行為をする人もあまりいないのかもしれないですよね
82 :
あまの:2013/09/10(火) 01:11:14.36 P
なるほど、ロクでもないやつに限って●餅だったりしますからね。
>>80 哲学者でもウィトゲンシュタインなんかはかなり変ですよね
彼の「論考」なんかを突然渡されても何を主張しているのやらさっぱり分からない
21世紀になってから脳科学や精神医学なんかの研究者が彼の行動を分析して
どうやらアスペルガー症候群らしいと
そうなってくると安易な哲学的評価はできなくなりますからね
アインシュタインもアスペルガー症候群であった可能性が高くて
彼の子供たちは当時からみんな精神病状態だと診断されていたんですよね
しかし実はそれは自閉症であった
方向性のはっきりしている思考については自閉症者であっても得意なそうです
しかし哲学のような振り幅の広い領域の思考になるとどうも苦手らしい
なんせアメリカの精神医学界では自閉症がはっきりと診断基準に入ることで
これまでの精神医学は一変するとまで彼らは発言しているほどですから
物質的な側面の思考も哲学といえども無視できない時代になってきましたね
84 :
あまの:2013/09/10(火) 01:32:55.85 P
ウィトゲンシュタインの「言語が世界を表す像」というのは物質的なものも含めています。
言語と言うのは、科学などのように特定の知見を得るためのもではなく、
その人間の世界観に「直接」規定されるからです。
異常な知能と言うのは、やはり病的なものらしいです。
進学校などで異常に勉強ができる生徒が医療内科に通院しているというのはたまにありますよね。
85 :
あまの:2013/09/10(火) 01:44:16.63 P
規制が無かったのでしゃべりすぎましたw
もう寝ます。
>>84 ニーチェも脳梅毒になって一時期だけ大量に著作を書いたあと
寝たきりになってしまった
病気と脳活性との関係ですよね
ウィトゲンシュタインは厄介ですよね
自分には誰の解説や論文を読んでもピンとこなくて困っていましたが
アスペルガーだと知ってからは「論考」も単語の使用のしかたが雑なのがわかるんです
つまりウィトがそう考えること自体がそもそも我々とは違うんです
それで基本的には「論考」にしても「断章(アフォリズム)」の書き方なんですよ
連綿として思考を発展させていくことに文章化が追いついていかない状態ですね
これは視覚優位といわれるアスペルガーの人に多く見られる特徴でもありますから
中期の「青色本」なんかは口頭による記述なので読み易いのですが、それでも各単語のチョイスがおかしい
だから彼の発言の意味を確定できないんです
永井均が「青色本」の読解本を出しましたがかれを読むとすごく永井が苦戦しているのがわかる
野矢茂樹の「論考を読む」もそうで野矢はもう文の意味が通らないから単語自体を勝手にどんどんと変えてしまうわけです
「それじゃあ論考では無くなってしまう・・・」なんて正直思うのですがそれくらいにウィトの単語チョイスは変です
あのノーベル文学賞受賞者のラッセル御大ですら直接ウィトに質問しているにもかかわらずさっぱり意味が分からないという
ことを言っていますから
「言語能力」というのは「象徴化の能力」でもあるわけでやっぱり重要なんですね
こんな書き手いたっけな?
あまのくんも遠くからいじけたレスしてるな
>>26 言語は論理よりも目が粗いので
思考によって言語を分析することは可能だと思う
同じ言葉が、“どの意味”で使われているのか、を判断するのは論理によるからだ。
何が言いたいかというとですね
文章をいくらあつめて解析しても、そのデータだけからは、
文章の意味内容とはどういうことか、は結局は分からないわけだ。
翻訳機に適当な文章を放り込むと、機械は規則に沿って翻訳してしまう。
最近はわりとそれらしい文章になったりもするんだけど、しかし
その内容が論理的に正しいかどうかまでは見れていないと思う。
なぜなら、支離滅裂な文章でも平気で翻訳してしまうからだ。
論理というのは、世界のありよう、つまり世界がどう構築され得るのか、
に直結している。(それがヒト固有のものなのかどうかは分からない。)
言語というのは、世界の構築可能性を前提として、その世界を記号によってどうやって
有効になぞり、理解として成立させ、伝達することができるか、を試みた苦心の作?であるわけだ。
しかし世界がその奥の奥でどう構築されているのかを分析することはほぼ不可能だ。
それをヒトが創っているのか、創ったように思わされているのか、も分からない。
(デネットなら「それが不可能であるとする科学的な根拠はない。」と言うかもしれん)
ただそれだけに、論理は底知れないところがあって、まだ奥を覗いて掘り出すことができるように思える。
数学も発展中だし。。それが論理に含まれるかどうかは突っ込まれるところだが
論理を掘って武器とするなら、人間の思考とはなんぞ、というところまで到達することは
夢ではないように思える。論理はヒトならざるものであるがゆえに。
最後は適当ぶっこいた。すまんな
>>86 スモもちょこちょこ名無しで顔を出してくれているようだが
彼の「言葉」にアクセスできるやつはあまりいない
断章の極みであることが多い
言葉のチョイスもユニークだろ
多分、そうならざるを得ないのだ
俺も最近はアクセスする自信が無い
だが通常とは違うレベルでの一貫した厳密性への思い、そんなものを感じるわけだが
どうだろうな
91 :
考える名無しさん:2013/09/10(火) 09:08:34.91 0
>>87 規制だとか●流出だとか2ch閉鎖だとか騒がれたのは、「シーズンの区切りだから」というとんでもない理由かもしれないということ。
9月も本番になって、ニュース系板でも、ステマ押しの流れとか、トピックとか、傾向が少し変わった。
そこに客観的に観測されるものは新規宣伝広告期間が始まっただけという事実くらいなもの。
この哲学板にも普段見ないような人が仕切り屋気取りで飛ぶも、足払い食らって転んだりしてるだろ。
でも、
お金の関係で結ばれていたら「私、転んでも、負けないんだから」という姿勢で、
何度でも起き上がる。
その苦労のベクトル誤ってか、結局は人々に「ダルマ型のサンドバック」に調教されていく。
92 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/10(火) 11:05:08.35 0
>>40 カントは『物自体』は「ある」と考えていたようです。
物自体は、いわゆる“物質”とは異なります。
物質は主観のうちにあり、それは直感の形式“時間と空間”に規定される表徴。
主観が認識できるのは対象それ自体ではなく、表徴の結合・連鎖である現象。
現象が対象そのものではないとすれば、その根底には現象たらしめる“ほんとうの存在”が
ある、それをカントは物自体と呼んでいる。認識不能の仮想的存在だが、言及するのは可能。
ざっと、このような説明があり、このスレの唯物論者たちは科学という方法によって“自体”
を把捉できるとするひとが多いようです。
>>40 あるなしの考え方は世界を相関関係で捉えた説明であり、
物質実在主義の因果関係で捉えた説明ではないぐらいは知っているよな?
94 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/10(火) 11:36:26.49 0
>>21 古いレスだけど、一応…
「力」が“根源”的な存在などと一度も述べたことがない。
君だったかどうかわからぬが「物質が根源的…」というレスに対して、
「いや、存在の根源は物質ではなく“無”である」とは申しあげた。
“無”が揺れ、有(コト)を生じ、以後、世界はモノではなく、コトに満ちている
という空想と見解を披瀝したことはある。w
>>24 ほう、君には“力”は架空の存在か。「力学」とは架空の学問なんだね?
なんでもいいから、持ちあげてごらん。それが架空の存在ではないことが即わかるはずだ。
抄録氏が帰依する“物質”こそ架空の存在である、といっているのである。
95 :
考える名無しさん:2013/09/10(火) 11:56:59.71 P
>>94 正しく伝わらなかった様だ
力を一般的な意味の「もの」として捉えようとするから、そんなものない架空のものって間違った解釈になる
力は現在進行形の、波であり、揺れであり、働きであるから、名詞にすると正確に伝わらないってこと
力という現象(営み)しかない
多分このように使用するのが正しい
でもそんなことは何回もゲーム氏は述べているけど、やっぱりうまく伝わってなかったりするんだよねww
>>94 その人達は根源的な力のようなもの、根源は何かを問いたいんでしょう。
論理説明で原理を定義されていないものを説明しちゃったら
科学の領域から外れるだけで望んでいるなら別なんでしょうけど。
根源は何か?それは問わないのが科学やらの学問の領域なはず。
根源的なものが「なぜ在る」のか?これに確定した答えを出せるのは
宗教やらオカルトの領域です。
哲学が論理的言葉で世界の関係を問うなら、空想哲学、SF哲学になって
しまうのが当然で「未来技術板」でに行くべきなんでしょう。
>>95 >そんなものない架空のものって間違った解釈になる
哲学ではその間違った解釈で何の問題もない。
貴方が正しい解釈をしているとでも言いたいのですか?
さて正しいとは何か?考えたことがあるのかな?
>力は現在進行形の、波であり、揺れであり、働きであるから、名詞にすると正確に伝わらないってこと
そんなものはすべての言葉や意味に適用される論理である。
貴方は他人の解釈が違うことを捻じ曲げようとしていないか?伝わるとは
相手の経験や知識で解釈しなおされた了承にすぎない。
98 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/10(火) 12:15:41.23 0
>>95 舌たらずで、すみません。
力を一般的な意味の「コト」として捉え、モノ(物質)は架空の(幻想的)存在と述べてきた。
モノが概念化されたのは、たとえばコップはコップのままにあるようにみえるから。
日常生活の錯視(感性の限界)によって、モノという概念を生じたのだろう。
知的にはwニュートンの世界像から“物質”の存在が信じられたのだろう。
99 :
考える名無しさん:2013/09/10(火) 12:16:50.21 P
>>96 理論物理学とかめちゃめちゃ根源について考えてると思うけど、オカルトではなくて物理学に矛盾しない考えですよ
>>97 >>24のレスは、力をまるで物質か物体かのように解釈して「そんなもの無い」とか言ってる人に向けたレスです(まぁ、主に抄録君だが)
最近の脳科学では脳の物質的反応の方が意識より時間的に先にあることが
証明されているらしい
101 :
考える名無しさん:2013/09/10(火) 17:02:10.76 P
リベットの実験はこのスレじゃ常識
今の関心は、べき分布になる自己組織化臨界現象の謎の指向性こそが、「意志」の正体ではないかということ
ま、それは少しスレチだが
102 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2013/09/10(火) 17:35:51.10 0
>>17 :ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :
>その絵も餅もコトだと述べているのです。それを描いたひとも。
>不便に決まっている。w
何故不便だと貴方は言うのですか?
貴方は述語だけで主語は要らないとおっているのでしょ?
その上で不便だから主語をデッチ上げている・・・と貴方は言う?
私は主語は必要だからあると言う、其れがでっち上げでも必要なものなら有用(観念的存在意義がある)、文法と言うものは日常文化の有用性で成り立ってきたでしょ。
その上で「モノは主語になりえない」と文法を否定して何の意味があるのかな??
>>7 :ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :
>モノ自身がコトの一つの様態
それでいいんじゃあないですか??
コトの一つの様態がモノである・・・と言う定義なんでしょ 良いじゃあないですか。
コトのA様態がモノA。
コトのB様態がモノB。
これがモノの正体なんでしょ、其れで良いじゃあないですか。
103 :
考える名無しさん:2013/09/10(火) 17:50:01.30 0
良く決定論で
104 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2013/09/10(火) 17:53:46.04 0
前スレより やたら「力」を重んじる人が居るのだが、私も思考する事そのものに何らかのエネルギー(物質でも事でもどっちでも良いが)が直接に係わって居無いのだという確信が無いので気になっていたところです。
観念と物事を橋渡しするエネルギーのようなものの存在を中々否定できない。
例えばある観念が認識より想起されたとして、その観念を認識する時にちょっとしたエネルギーは必要かもしれない・・・とか。
そのへんを判り易くしてくれる人が居ないかと思ったのですが・・・
しかし 風真 さんとか ゲーム さんとかは少しかけ離れている感じで残念です。
105 :
考える名無しさん:2013/09/10(火) 17:54:01.68 0
良く決定論で不確定性原理がもちだされるけど、あれを主張する人は、自身が自由である
であるという証拠を不確定性原理に求めてる人たちなの?
無知ですまん
106 :
考える名無しさん:2013/09/10(火) 17:55:48.06 0
>>104 物理的なエネルギーのことじゃないよね?
107 :
考える名無しさん:2013/09/10(火) 18:05:14.22 0
>>104 それは思考停止ですよ。
そもそもじゃあ、なんでその「エネルギー」を私たちは感じれるのですか?
またその「エネルギー」を介在する「エネルギー」があるとでも言うのですか?
108 :
考える名無しさん:2013/09/10(火) 18:18:36.69 P
エネルギーにも関係するのだが、哲学が文系にカテゴリされてるのが納得いかないんですわ
小説なんかと並べるんじゃあない
寧ろ数学や物理と相互依存するべきであり、理系にカテゴリするのが正しい
故に哲学者は数学や物理を学び、その逆もまた然りである
109 :
考える名無しさん:2013/09/10(火) 18:22:17.93 0
物理と数学と哲学(科学哲学)すきすぎてヤバイ。できることなら、一生こんなこと考えてたい。
110 :
考える名無しさん:2013/09/10(火) 18:26:27.87 P
哲学は完全に数学や物理学が出す解ど一致しなけれぼ完璧ではないというのが持論です
111 :
考える名無しさん:2013/09/10(火) 18:27:14.17 0
>>108 俺もそう思う。いや、むしろ理論的な数学と物理を文系にするのがいいのかもね。
加持力をしらずに、力を語るものじゃない。
113 :
考える名無しさん:2013/09/10(火) 18:47:40.72 P
基本的に、数学や物理が示す解と、哲学は矛盾してはならない
矛盾してはならないということは、数学や物理の知識が相応にないと矛盾に気付けない
ま、じいさんみたいな完全なる主体としての観念を考察するならば物理理論など必要ないですが
>>94 >“無”が揺れ、有(コト)を生じ、以後、世界はモノではなく、コトに満ちている
>という空想と見解を披瀝したことはある。w
その「モノ」と「コト」の使い方も、曖昧すぎて、結局なんのことを言っているのかわからない。
「モノ」と「コト」っていうのは、おそらくハイデガーの「存在者」と「存在」の存在論的差異からきていると思うが、
君のいう「コト」も風真のいう「いのち」も、ハイデガーに言わせれば、明らかに「存在者」なんだよ。
俺には自然科学のレベルに凄まじい開きがあるのに昔の哲学者の概念をわざわざ取り上げる意味が分からん
特に西洋は基本キリスト教圏だからそこを理解しないで持ち出しても全く的外れだと思う
116 :
考える名無しさん:2013/09/10(火) 20:11:15.32 0
存在=クオリアでおk?
117 :
考える名無しさん:2013/09/10(火) 20:22:03.99 P
>>114 まぁその通りですね
ハイデガー風にいうならば、モノは前提であり即ち存在、モノのコトこそがいのちであり即ち存在者ということです
119 :
考える名無しさん:2013/09/10(火) 20:25:43.68 0
>>117 おれ逆だとおもってた。
前提→存在者
自らがありありと感じているもの(クオリア)→存在
120 :
考える名無しさん:2013/09/10(火) 20:26:58.17 P
哲学研究者と哲学者は違うということだな
哲学研究は哲学の歴史を学ぶ文系や歴史
哲学者は自ら命題を作り証明する
121 :
考える名無しさん:2013/09/10(火) 20:29:51.54 P
ありゃ、違ったか?
いのちの解釈はこれで合ってるんだけど、ハイデガーの存在と存在者はまた別の意味だってことか
ああ、そういうことか
ちゃんと分類して欲しいなあ
なんか哲学の話しに来てるのに突然カントガーハイデガーガーとか意味不明なんだよな正直
いやま、温故知新とは言うけどさ
123 :
考える名無しさん:2013/09/10(火) 20:33:41.84 0
こういう議論できる場所ってどこかない?
学会みたいなのはいろうかな
124 :
考える名無しさん:2013/09/10(火) 20:34:42.08 P
主体と客体が元々合一されているように、万物も元々合一されているのよ
だから、モノのコトなんだよね
で、モノは物体じゃあなくって、前提
まあ、哲学も「学問」だからね。
過去の哲学を学ばずに、「哲学できる」と思うほうが〈甘い〉と思うよ・・・
126 :
考える名無しさん:2013/09/10(火) 20:36:20.58 0
デカルトさんとかがいってる神ってようは前提のことだよな?
>>125 ほう
例えば、お前はハイデガーが見ていた世界―自然科学観、宗教観、政治観―をリアルに想像出来る?
その人個人の視点や背景を理解しなければ意味無いと思うぞ
128 :
考える名無しさん:2013/09/10(火) 20:43:40.28 0
今から読み残したベルクソンの「時間と自由」読破するぜ
129 :
考える名無しさん:2013/09/10(火) 20:44:08.02 P
>>125 学問という考え方が、哲学研究者といわれる所以だ
学ぶんじゃない、考えるのだ
>>129 学びながら考えればいい。
学ばずに考えようとするから「マイ哲学」になってしまうw
過去には基本的に何も無いよ
大事なのは現在、そして未来
未知に向かう手法に関しては過去に学ぶ価値もあるかもしれないが
それだけに耽溺しても不毛、ということ
コトバにおどらされて、本質的なことを見失わないようにしないとな
133 :
あまの:2013/09/11(水) 00:28:28.37 P
主語と述語(名詞と動詞)が日常の生活で馴染んでいるから
世界もそのようになっているはずだとか、どんだけ恥ずかしい誤謬やねん。
そんな人間に哲学は全く向いてませんよ。
134 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 00:34:22.11 P
まったくだ
ここでは言葉のみによる恣意的な分節によって
各々の思考の前提となっている価値観を示すだけであって
別に世界の本質だのなんだのを模索することはないでしょ。
世界の未分節性を言葉で説明することが不可能なのは証明済み。
ただ思想のスタンスを提示しているだけ。
正しい日本語でお願いします
137 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 00:53:37.95 0
今、井筒俊彦の本読んでいるんだけど、東洋思想の根底にはそういった
言葉による分節だけでは納得の行くことができない未分化や混沌の領域に通じている精神があるらしい。
西洋哲学のロゴス中心主義のような概念の方がむしろ不自然に感じたりしますね。
>>136 まず、どこが理解できなくておかしいと感じたのか指摘して
面倒なのでお断りです。自ら理解を求めないならそれもいいでしょう
仕方無いな、おれが解説してやんよ。つまりこういうことだ
ここは物理とか数学とか小難しい理屈は横に置いといて、各自好きに妄想を垂れ流す場所です
これだけだ。カンタンだろ?
>>141 各々がどんな考え方を持っているのかすらも分からないのに
いきなり小難しい理屈から入っても議論が成立せず話がチグハグになるだけでしょ。
学歴自慢したいだけなのかよ。
基本スタンスすら持ってない人間が学問なんてできないよ。
143 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 01:13:16.98 0
>>108 良い点突いてるね。
この日本という場所で、なぜ哲学が文系にカテゴリされているかを疑問視する。この疑問の具体性が意味を持っている。
「輸入学問読書会だから」。
考えを創造したり変形したり分解したり分析したり比較したり合体させたり議論して審査したり評価したりする以前に、
日本では、
輸入元の外国語を使って、
翻訳して読み進めて、合っているか確認して、という作業をすることであり、さらにそれ以前に、
その外国語が理解できるように
外国語の文法を学んだり、読んだり、受け取った意味を日本語の意味と照らし合わせたり、
そういうレベルからスタートしてるから、
このやり方で完璧を極めると、
哲学する準備万端で哲学の本物のスタートラインに立った時点で、その人の人生が寿命を迎えお亡くなりになる。
だから、日本の人が、「それ」を学んだ後に道具として使いこなしながら別のことをする位置まで辿り着けない。
その辿り着くまでの過程が、とても文系的な知識溜め込み方法によるからだろう。
>>142 ゲラゲラゲラ、お前みたいなのがスタンスを語るとか滑稽過ぎる
学ぶということはな、守破離の段階を経るもんだ
ま、これは武道の概念なんだがな
小難しい理屈が理解出来るようになるまではひたすら先人の知恵を吸収すればいいんだよ
個々のスタンスなんてものはその先にあるもんだ
>>144 レスから頭の悪さ、品性の下劣さが丸分かりだね。
何が「ゲラゲラゲラ」だ。滑稽なのはそっちの方。
146 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 01:22:42.09 P
確かに、古きを温め新しきを知るというように、過去の偉大なる系譜は無視出来ない
しかし、読書や評価に終わっては何ら意味がない
>>145 お、そうかい?そりゃあ悪かったねえ
それで俺の品性が下劣なのは置いといて、言ってることに何か問題があるかい?
それとも品性下劣な意見は考える価値も無いかい?
ま、目が覚めるまでは学問ゴッコを楽しむのも一興だとは思うがねw
おまけに武道ときたもんだ。
知識を吸収したり自己主張する際の個人的スタンスの話をしているのに
あんたは一体何と戦っているのだ。
熱物理学一つ学ぶにもやりたいこと絞って自己スタンスを形成する必要があるんだよ阿呆が。
平敬のアフォがきているなw
>>148 武道だろうが学問だろうが芸術だろうが「学ぶ」ということ、その本質に大差あるまい?
俺が見る限り、ここの連中は例外無く破の段階に至ってないと思うがねえ
ここはお前さんがその熱物理学について一席ぶってみてくれないか?
151 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 01:36:27.25 0
また、外国の大学の哲学にしても、
哲学科の授業と、他学科用の哲学授業を比べると、
哲学科の授業の方が、より専門的ではあるものの、他分野への応用性は著しく落ちていく内容となる。
その専門領域内でのみ有効な穴を掘り進んでいる感じだ。
掘り出した金塊をすぐに地上に持ち出して他人と分かち合うなどの行動はできない。
他学科用の哲学授業は、かなり端折られていることが多いが、
本学科の活動に応用できる力をつけるための端折りなので、
哲学の専門家にはなれないが、哲学を使いながら何かをすることができるようになる。
本物に拘るとはどういうことで、その本物って、どっちの本物なのか?という解釈の分かれも出てくるだろうが、
その自己が求めたものが哲学の世界ならば、哲学学へ、
求めたものが哲学的な発達ならば、哲学へ、進んでいくのだろう。
ピアノの先生みたいなものだ。
町のピアノ教室のおばさん先生は、資格を得るまでの過程を全て修了しており、
ピアノの「学習人生」について出来ること・語れるものを多く持っている。
プロピアニストは、その過程を修了していることもあれば、触れてさえいないこともある。
が、人にピアノを聞かせることでは出来ること・語れるものを多く持っている。
152 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 01:42:32.63 P
人生に応用出来なきゃ哲学なんてゴミ屑以下の存在ってことね
なんでもいいんだよ
哲学はせいぜいのところ文学なんだから
楽しければOK!
154 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 01:48:43.26 P
哲学書を読書してる人が文学って宣うんだよ
過去の哲学者を評論してる人を哲学研究者と呼ぶんだよ
日本に哲学者は殆どいない
どの分野でも研究者だから有益な成果を出しているというわけじゃないし
哲学研究者でも中にはいい仕事をしている人もいるだろう
日本に哲学者がほとんどいないのはそうだと思うけれども
もともと娯楽というかパズル遊びのようなものだから
楽しめればそれでいい
本格的にやりたければ留学でもしていい先生につかないとね
なんせ哲学は西洋の学問だから
156 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 02:16:55.39 0
それが、いくら外国でも、
その外人の教授の考えや方向性が気にくわなくて、結局進路を絶たれることもしばしばある。
だが、
日本の御用学者達がわかりやすいように、
自分が何をやりたいか、よりも、自分が今より上の地位へ行きたいか、で自分の考えも方向性も主義も主張も捨てて、
次世代のその教授のポジションを狙うような生き方をする人は、日本にも外国にもいる。
そんな問題にストレスが十分にかかった頃に、ベンチャー起業のラッシュの時代が訪れた。
やれるなら、それは学問である必要がない、という考えは資本主義を支え、また資本主義に後押しされる形で進んでいった。
まあ、色々と濁すが、つまらないことでも疑問も反感も抱かずに出来る人は、偉くなれる。
そんなの昔からどこの国で同じだよ
最高の哲学者がその分野の最高の地位にいるわけじゃない
歴史をみても明らかなこと
学問成果と仕事の地位はちゃんと対応してはいない
158 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 02:27:10.97 P
哲学者は早々に思想家になっちゃうから少ないんだろうね
159 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/11(水) 08:56:05.33 0
>>114 わからなければ無視すればいい。そのためにコテをつけているのだから。みえないの?
「モノ」と「コト」の違い? それが曖昧だと思うのなら、君が区分けしてみせればいい。
突っ込むだけなら、ネコでもできる。w
以前は私もそうだったけれどもw近ごろは突っ込み、かつボケている。疲れるわ。(苦笑)
勘違いしているので再々度いうが、「モノとコトに本質的な違いはない」というのが主張の骨子。
「一般にモノと呼んでいるのはコトの一つの様態」である。
ハイデガーのような権威筋を持ちだすまえに、読解力を養うほうがよろしかろう。
たぶんに空想的なのだが、「(無から有の)発祥」が“存在”。何を生じたのか、むろん存在者である。
それを“力”といい、コトとも称している。ヒトがしりうる“存在者”は、悉くコトである…
君に指摘されなくとも、モノもコトもイノチも存在者にきまっている。w
コトを“存在”とし、モノを“存在者”としているわけではない。わかった?
長文でレスするのなら、君もコテをつけなさい。それがマナー。w
>>149 お前実名書いたからIP開示と警察からの警告行くからな
身元もこちらで把握してなんかあったら容疑者となるリストに入れる
162 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/11(水) 09:38:07.42 0
“存在”を直接的に経験することはできない。
だれかが前に用いていた言葉を借りるなら“存在”をクオリアすることはできない。
主観的に経験しうるのは、現象としての存在者(一般的には事物と呼ぶ)。
存在者をクオリアし、表徴し、思惟し、認識する。
そうやって、それが「何であるか」を定める(本質規定する)けれども、そこには“存在”はない。
ただし、その痕跡は残っている。そこから“存在”という概念を樹てることはできる。
>>159 これまでのレスから推察すると、コトには変化があるけれど、モノには?
164 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/11(水) 09:57:36.77 0
>>163 逆に聞きたい。変化しないモノってあるの?
唯物論者の君にとっては、すべて(君の好きな言葉だw)はモノなのだろう?
不変を保持してきたモノを一つあげてみて。
あれは君の本名?
変化の定義によるのだろうけれど、特に物質が不変だとは想定していないです。
全体は部分から構成される、というのは単純な集合論です。そして部分間の関係がある。
すべてをこれで説明するのが唯物論の基本的な考え方です。
168 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 11:37:13.75 P
>>159 モノの規定がやっぱり曖昧だね
モノは存在しなくてコトしかないんじゃないの?
モノを「一般的な意味のモノ」と規定して、モノとコトに違いがないってことは、コトが一般的な意味のコトではないっていう意味だし、モノとコトが合一してるよね
つまり、モノは存在するのか存在しないのか曖昧だってこと
俺はモノを一般的な意味ではない「前提としての存在」と規定して、モノのコト(営み)を存在者としている
結局モノかコトのどちらかが一般的な意味ではなくなってしまうのだが、モノを存在と定義した方が伝わり易いのでは
169 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 11:45:21.89 P
>>167 唯物論者に聞きたいことがあった
力とか万有引力というのは、唯物論者からしたら物質の性質なんだよね?
でもアインシュタインの方程式から導き出される答えは「質量=力」だよね
だったら、全ては力だっていえるし、性質何かじゃないはずなんですが…
まさかアインシュタインの方程式が間違ってるとか言い出さないでしょうねww
あと、物質しかないならば、万有斥力は物質の性質ですか?
170 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 12:27:45.58 0
万有引力などない
人間の創作だよ
171 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 12:31:38.24 P
>>170 大胆発言www
これだから自然科学を否定する哲学者は嫌いなんだよ
中世の哲学者かwwwww
>>170 「万有引力」と呼ばれているもののが将来そのシステムが解明されれば
別の名称になる可能性は大いにあるわな
ヒッグス粒子なんかも真偽がはっきりするだろうし
>>169 エネルギーとう言葉はよく耳にするから勘違いされてしまいがちだが
エネルギーの実体が観測されたことは無く、ただの概念に過ぎない
174 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 12:46:24.92 0
解明されていないものは仮説なんだよ
科学も仮説だらけだからね
175 :
tk:2013/09/11(水) 12:54:30.62 0
理論の説明と記述はちがうよ。どのレベルでその理論を見るのかで話は違ってくるが、
今話してるくらいのレベルになると、万有引力も運動方程式も単なる記述になる。
だから、哲学なんだろ?空間のなかで物事を考え出すと、質的なそれ以下でもそれ以上でもないものが、
それ自体意味の無いもので説明されてしまう。だから、俺たちにあらわれる疑えないこの感覚がどこから由来するのか(力とか物質とか)はおいといて、
それ自体に目を向けよう。
ニュートンは万有引力を閃いた時、その発表をためらった
万有引力はとても魔術的な理論だったから
歴史が経って、アインシュタインが万有引力を否定した
その魔術的である部分をね
現代物理学において、万有引力は否定されている
177 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 13:07:52.56 P
概念、記述なぁ…
ならば、「一般的に力と呼ばれているもの」なら存在するのか?
量子情報のテレポーテーションの実験が行われている現在
アインシュタインが否定した魔術的な要素は完全には消滅せず、物理学の中で生き残っている
ま、万有引力なんてないんですよ
それが自然科学だなんて冗談は勘弁してください
179 :
tk:2013/09/11(水) 13:11:44.70 0
意識を解き明かす必要条件は感覚を解き明かすことだとおもうんだけど、どう?
180 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 13:13:45.73 P
>>179 感覚と知覚の違いが、無意識(機能)と意識(認識)の違い
俺は科学だ、お前は非科学だ
俺はお前をバカにしていい
俺は哲学だ、おまえは非哲学だ
俺はお前をバカにしていい
いっしょくたに社会学者の研究材料になっちまえ
182 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 13:16:18.39 P
そういえば、空間の歪みが万有引力の正体だったな
万有斥力は依然謎だけど
183 :
tk:2013/09/11(水) 13:20:57.26 0
>>180 感覚が無意識っていうのは違う気がする。痛覚ってのは感覚だけど、意識に現れてる。
この意識ってのが不思議で仕方ない。無意識はたんなる脳の物理的て決定的(不確定性原理はおいといて)なものだからあんま興味ない。
そもそも感覚も意識も無意識も不可分な代物だろうに
185 :
tk:2013/09/11(水) 13:26:59.39 0
ようは、イオンの移動が意識をうみだすのが不思議だよねってこと。
>>159 :ゲーム
突っ込んでもその程度の答えしか返ってこないのは重々承知だが、
断片的な単なる「空想」(あるいは「借り物」w)を、もっともらしく見せかける君の文章は、
哲学をあまり知らない青少年にとって有害だと感じ、たまに突っ込んでしまう。
(おそらくこれは正義感の強さからくるものだろうw)
ところで、「働き」とか「本質規定」とか、この前私が用いていた中心的概念を、今回君は使っているが・・・
これは、ギャグなの?w
あんまり・・・個々は単純な機能がより集まって高度な働きを生み出す創発現象はいくらでもある
188 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 13:35:37.69 0
スベテハ カミノ ゴイシイ デス イノリナサイ AEON!
189 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 13:36:54.16 P
>>183 意識に現れてるんじゃなくて、機能として意識(認識)させられているのだよ
リベットの実験は、機能と認識の時差を示す証明となる
190 :
tk:2013/09/11(水) 13:47:20.50 0
究極的に、自由意志がないとしても、じゃあ、なんで感覚を感じられるんだろう。
自由意志があるかないかなんて理の側の問題だろ?
191 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 13:51:57.05 P
>>190 君がぼーっと街を眺めているとする
視覚に限れば、このとき意識は「街が見えている」程度の認識だ
ところが、例えば道路の色は何であるかという注意がなければ、「ああ、この色か」と認識出来ない
つまり、注意する為に認識機能があるのであり、その理由は専ら活動領域の拡大だ
自由意志を疑えるなら感覚だって疑えるでしょ
193 :
tk:2013/09/11(水) 13:57:56.43 0
認識するってなんだろう。
194 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 13:59:22.26 0
自由意志が無いとしたら
テロや強盗殺人なんかも個人の意志ではなくて
ある非常に大きな全体の中での必然的な行為ということになるのか
195 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 14:04:31.96 P
>>194 きっと、べき分布になるはずだよwwwww
196 :
tk:2013/09/11(水) 14:10:27.14 0
>>194 そりゃそうなるよね。でも、だからって罰しないとかはちがうとおもう。
集団と個人の戦争だと個人的にはおもってる。集団側は慈悲の心をもって罰しないとな。
「あなたがこのようになったのは、必然的で偶然にも集団にそぐわない存在になってしまいました。
どちらに正義もありません。しかし、争い(法的処置)により我々が勝利しました。
命をとるとまではいいません。つつしんで罰をうけてください。」
ってことでしょ。
197 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 14:10:27.22 P
機能と認識の違いなど、「見えている」と「見ている」程度の違いしかないのだろうな
198 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 14:12:26.40 0
偶然などないと・・・
そいうことか
199 :
tk:2013/09/11(水) 14:18:57.34 0
でもさ、自分がこの世界を美しく感じれば感じるだけ、他の人もそういうふうにかんじるんだろうなあ、とか思うときある。
自分が人の幸せを望んでいっれば、きっと、他も人も人の幸せを望んでて、そういうふうに確かに自分を規定しているのは世界なんだけど、
自分が世界を変えられることだってきっとあるとおもうよ。
とうとうポエムか
201 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 14:20:46.63 0
>集団側は慈悲の心をもって罰しないとな。
しかし自由意志が無いんだったらそれはそもそも無理だろう
202 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 14:26:22.38 P
べき分布って、本当に謎だよな
必然の方向性があらかじめ決まってるだなんて、何らかの意志やパワーとしか思えない指向性だろ
203 :
tk:2013/09/11(水) 14:30:08.01 0
>>201 しっかりと
>>199のコトバ尻を捉えるんじゃなくて何が言いたいのかを読み取ってくれ。確かに自由意志なんて絵空ごとなのかもしれないけど、
それを罰しようと思う「決定的な」状態があるわけだよな?「所詮すべて決定されてるんだから、テロリストは悪くない」って感じるようならそれも決定的なわけだし、
「いや、悪はばっするべきだ!」って思うのもまた決定的なわけだ。実際感じてるのは自分自身で、決定されてるかどうかなんて実はどうでもいいことなんだ。
なんていえばいいんだろう。
204 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 14:32:32.09 0
>>202 あれだよ、“風が吹けば桶屋が儲かる”みたいな
いろんな物事が複雑な玉突き状態になって活動しているから
だいたいその範囲に収まるというような感じじゃやないか
205 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 14:35:06.25 P
206 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 14:37:13.12 0
207 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 14:40:42.00 P
208 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 14:48:46.47 0
>>207 うーん、まあ個人の自由意志ではないとしたら、母集団の方向性だから
…DNAはその生物を生成する情報をすべて持っているよね
例えば、DNAは意思か?
DNAが意志であるとすれば、アミノ酸の連なりが意志を持つことになる
システム論のオートポイエーシスが、人間だったら人間という母集団が意志のような方向性を持つと
209 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 14:53:49.78 P
>>208 いや、人間だけじゃなくて、万物が安定の方向に向かう必然的な指向性のことよ
自己組織化臨界現象っていうんだけどさ
規模を大きくすれば宇宙が意思を持ってることになるな
宇宙という一つの生命を構成するミトコンドリアクラスの意思なき物体が個人とか。
は!、これが宇宙意思か
宇宙意思の声を聞いたよ
211 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 15:01:53.55 P
混在三元論の意志って、つまりこのことなんだけど…
つまり、系に自然と発生する指向性
日本の都市の人口比率や、文章における単語の頻度までべき分布なんだから、この系ってやつは実に複雑に入り組んでいるのだろうな
212 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 15:02:16.49 0
>>209 いっていることはわかるけれど
それは現時点では問題を広げすぎかもしれないな
やっぱり身近なところから広げていく思考をしないと、哲学にも科学にもならないだろうし
213 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 15:49:26.48 P
>>212 まぁ、その通りだね
地道に自己組織化臨界現象とべき分布の関係性を調べていくことにするわ
って、それ哲学じゃなくて科学領域ww
事実として主語と述語が、その意味として存在し
そしてそれが可能であり、有効に機能する
そのような世界だから主語と述語があるのだ
そんなことも分からんのか
「日常の生活で馴染む」というのは
どういう事態なのか、その豆のようにちっこい脳みそで
よー考えろ
可能でないことに馴染めるようにはならんのだ
ときどき、自己組織化でできたそれに自己組織化以外の
仕組みがあると思い込んじゃうバカがいるな。
一般相対論に於いて重力は時空間の幾何学的性質に解消される
これはどういうことかと言えばだな、
自然科学に於いて、力(に限らんわけだが)を計測しようとするなら、
状況を変化させた際の、着目される特定の物体の変位(空間的変化)を測定し、
これをもってヒトは、“(理論によって仮想される)「力」”に読み換える作業を行うわけだ。
なので力とは、物体の変位の原因であり且つ結果でもある“理論的な”量、ということになる。
これは、弾性体を歪ませるのに力が必要である、という経験的事実からの“理論的な”類推だ。
『理論によって観測がなされ得る。』
ただ、その力の大きさと物体の変位との関係は、物体の種類によって変わる。
つまり多様な物体の変位に対応して、統一された力というものを仮想するのだが
しかし物質の種類は事実上、無制限なので、「力」と「変位」だけの関係を規定することは
できない。
「力」というものを立てることには思惟経済、多分それ以上に重大な、意味がある。
ところが重力の場合には、重力質量と慣性質量が等価である、
つまりそれが物体の種類に依らず、あらゆる物体の質量だけに関係する、
という特異な性質がある。
(しかしこの質量とは何かを考えだすと・・・まあいいわ。)
仮に宇宙に、一般に言われるところの重力より他の力が無いとするなら、
宇宙内に於いて質点に固有の観測系は全て局所的には慣性系である、
つまり力が作用していない、という事態を仮想的に作ることができる。
そこである局所慣性系から見て、宇宙の各部分での局所慣性系がどのように加速しているか、
その分布の意味を、その部位に於いて重力が存在する、の意味と等価とできる。
そこからさらに、「力は弾性体の歪みと等価交換できる」のアナロジーによって
重力と等価な「時空間の歪み」を表現する物理量を規定することが可能で、且つ
全ての物理法則が成り立つような時空間、を作ったのが一般相対論というわけだ。
分かったか?
ただ、こんな思い切った話を物理板でやると馬鹿にされるからな
力について皆様の考察の一助になれば幸いです。
217 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 19:46:49.49 P
>>216 永井産業
とりあえず万有斥力が物質なのか教えてくれ
そんなもの無いとか宣うのなら物理も哲学も辞めちまえ
218 :
tk:2013/09/11(水) 20:18:19.44 0
空間を曲げるエネルギーってどっからきてんの?
そのエネルギーの単位はN/mでOK?
物質の種類とか言い出して吹いたけど、最後まで見てなるほどってなった。
要は、空間に性質はないからそのゆがみ具合でエネルギーを測定できるってことだろ?
説明うまいねー。(これであってるかな)
>>218 物質の種類ではなく物体の種類でしたね。
エネルギーというのは物質の様々な特性の強度を統一して扱うためのツール
というのが私の持論
一般には、単位はN/mではなく、N・m
物質は元来、作動するものであって、止まれない。
その作動の仕方には法則があって、エネルギーはそれを規定する基準の一つ
物質の動きを見ていると、あたかもエネルギーが移っていくように見える
そのように自然ができている、との立場。
220 :
tk:2013/09/11(水) 20:44:33.55 0
そうだN・mだったwwww
そういうふうにエネルギーをみたことなかったなあ、勉強なりやした。
221 :
tk:2013/09/11(水) 20:52:23.95 0
抄録さんに質問ですが、
主語→存在してるもの
述語→主語のうむ作用
って解釈でいいですかね?
もしそうなら述語をもたない主語は存在しないってことでいいですか?
(もしくは述語を持たない主語はこの世の全てをひとつとしてみたもの。)
222 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 20:57:35.13 I
てす
223 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 21:10:22.67 P
>>219 何で作動すんの?
哲学はそこが大事でしょう
>>221 主語というのは「不変の特性(本質)」です。
音などは見ることができないのだけれど
「音が変わる」と言う際に意味が通じるのは
「音」と言うだけで成立できる暗黙知があるからで、そこが本質となる訳です。
ただ、この「不変の」というところを無制限に拡大することはできない訳です。
「当面の」「みなし上の」という但し書きが付くことになる。
いわゆる存在論一般とリンクさせることも、私はナンセンスだと思ってます。
なんだか神様を持ってこないと成立しないような話ばかりでね。
そうだとしてもです。『およそ変化しか無いこの世界』に於いて
不変に意味が成立する本質が存在可能である、そのような世界である、ことは
驚嘆すべきことなんですよ。当たり前じゃないんです。
物体が主語であるのは、そこに安定した不変性を見るからでしょう。
リンゴがプランク秒毎に違うものになるような世界なら、
凡そ物体などというものはこの世界には無かった。
述語というのは、「不変な特性」が持つ「可変な特性」といったところじゃないですかね。
世界記述というのは、○○の××、○○が××する、という構成になってますね。
これは言語上の問題に限定されず、論理的にもそうです。
そうなっている理由は分かりません。
ただ「臭うな」、と述語だけで通じる場合もありますね。
これを主語が隠されていると見るのか、
誰かの言うように、「もとから主語などというものは無い」と判断するのか
私にはちょっと分かりません。
225 :
tk:2013/09/11(水) 21:40:07.83 0
>>224 虹なんてものはこの世に物質として存在してるわけではないけど、確かに、僕達は虹の存在を感じられますよね。
このとき、虹は「不変の特性」とみなすことができるとおもいます。なぜなら、ランダムな光の感覚の入力は不安定でそこに不変性もみいだせないけど、
虹という一定の入力の不変性がそこに存在をみいだすのに十分な役割を果たしているから。
ここでその存在(虹)を発見した瞬間、僕達はそれに性質、すなわち『可変な特性』を感じずにはいられないと、こういうことですよね?
「可変な特性」のその性質から虹は美しかったり、雨上がりを思わせるものであったり、昼を想起させたりする。
たとえ、何も感じなくても、存在しているという「特性」をかんじているわけだ。
こういうことですかね?
226 :
あまの:2013/09/11(水) 21:46:48.85 P
期せずして抄録氏がプラトニストであることがわかった。
しかし、虹や机やパソコンなどのイデアが本当にあるのかw、
そういうのが哲学の領域なんです。
>>225 んー
そんな感じですかね。。
問題はそこからなんですが
それを「人間固有のこと」とするのか
「自然がそれを可能としている」とするのか
立場が分かれるのです。
だいたいの人は「人間にはそのような機能があるから」と判断する。
哲学板では特にその傾向が強い。
主語なんてでっちあげ、って話になってしまう。
しかしヒトも自然の産物なんですよ。
自然がそれを可能とするようにできていないのに、
無条件に人間がこのように世界を構築できるなんておかしい
というのが私の立場です。
あまのくんはレッテル貼って満足するような奴ではなかった。。。。
いや昔からだなw
229 :
tk:2013/09/11(水) 22:04:23.14 0
人間固有のものと考えてる人たちはどういう主張なの?
230 :
あまの:2013/09/11(水) 22:06:35.51 P
ただもうちょっと洗練されていかないと読むに耐えないよ。
>>229 そこのあまのくんが説明してくれるんじゃないかしら
>>230 ものは相談だが
洗練された読むに耐えるレスってのがどんなのか
ちょっと見本みしたってくれ、あまの君
232 :
あまの:2013/09/11(水) 22:14:36.78 P
あれだけの長文読んだのだからそれくらいは言わせてほしいね。
233 :
tk:2013/09/11(水) 22:16:39.51 0
どのレベルまで掘り下げていくかだね。
もし、親子という存在のレベルでみるなら、それは自然の産物とも考えられなくもない。
動物は、親は子を守ろうとするけど、単に同種の生物というだけでは見捨てることもある。
これは親が子供という存在を感じている証拠。そしてこれは、子孫繁栄という自然のシステムによるものといえる。
しかし、虹という存在を考えると、そこにいっさい自然のシステムは介在しない。(決定論はおいといて。そういう次元のはなしでない。)
それは人(コトバをもつもの)がみずから作り出したと考えるべき。
234 :
tk:2013/09/11(水) 22:19:04.75 0
要は、存在が人固有のものかどうかという問い自体に問題があるような気がする。
寝ます
規制が無ければ土曜に来る
楽しくやってください
236 :
あまの:2013/09/11(水) 22:31:03.31 P
「意味が通じる」こと、というのは自然の所産である人間の、同じく自然の所産である「認識作用」による
ものなのであるが、この同じ組織の内部において「意味が通ずる」ことを持って自然と言うものを語っても
何の意味も味わいもないわけである。
われわれは完全なトートロジーを延々と述べられたわけだ。
そいつは違うな
自然の所産であるあまのくんがどれほどエロい奴か
おなじく自然の所産である我々は多分知らんしな
存在は確実に人固有のものだ
人しかそれを理性で意識しえないのだから
239 :
あまの:2013/09/11(水) 22:42:12.04 P
確かに、時系列に沿えば人間は自然の所産なのであるが、自然の所産が自然を語っても
自作自演の強化、不当な自然に対するヨイショなどが関の山なのである。
時間や空間を主観なものとして、自然も私も観念としてしか経験できないという
視点から光をあてないと駄目なんですよ。
240 :
あまの:2013/09/11(水) 22:44:07.72 P
エロいのは俺のせいでは全くありませんよ。
完全な自然の所与であります。
あまのくんの性欲は蟋蟀クラスだしな
242 :
tk:2013/09/11(水) 22:46:39.51 0
自然は決定的であるのは間違いない。(不確定性原理は今はどうでもいい)
その決定的な自然によって人の脳が動いているということにも、何の疑問も抱かない。
でも、存在「感」もふくめた感覚を自然のものとするのか・・・
ムズカシー
自然が決定的とかちゃんちゃらおかしいわww
真理かよ
>>242 結局ですね、多くの人はね、その感覚というものが感覚器と脳で作られて
それを内部の私が感じているという構図が好きなのよ
もうそうとしか考えられないわけ。
でもちがうと思うわけですよ。
245 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 22:53:20.05 P
決定的ってなんだよww
246 :
tk:2013/09/11(水) 22:55:56.26 0
247 :
あまの:2013/09/11(水) 22:56:17.86 P
科学は理論を見つけていかないといかんので決定論的に自然を観察するしかない。
でも、不確定の要素がないとは言い切れんと最近思う。
理由律などの根本的な原理ってほんとにそうなのか?と考えても良いんじゃないかと思うよ。
248 :
考える名無しさん:2013/09/11(水) 23:00:27.09 P
ここって哲学板なのに誰も命題を出さないのな
感想文を聞きたいわけじゃないからさ、命題の一つでも出してそれについて考察してみてはどうだね
249 :
tk:2013/09/11(水) 23:00:29.51 0
あかん、すぐ常識で哲学をして、ある世界に自分がぽつんといることを前提としてしまう。w
そこで定言命法ですよ
農家の人が丹精こめて作った食べ物を、食べ物として扱わない
一般的に非難される
彼らはどういう理由で非難しているのか
ガチで答えると
農業が採算が合わないから。
農家にとっては食糧自給率を上げているという奉仕の精神があるのだろう
農家が左うちわで暮らしてたら、食べ物を粗末にしても文句を言わないよ、きっと。
これからの日本の政治家の課題は、農家が経済的に楽になること
それには農協にメスを入れなきゃならんだろうね
もうひとつガチで答えると238に俺は同意する
254 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 00:28:32.48 0
★疑問★
人間には意識がある
猫にも意識がある
ではどこらへんの生物まで意識があるのだろうか?
255 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 00:45:40.49 P
>>254 少なくとも目がある生き物は全部だよ
何故ならば、見えているというだけでは何の役にも立たんのだ
エサを認識出来ないならば目など必要ない
認識による活動領域拡大、そのことが意識の獲得
カンブリア爆発は、目と意識の獲得がもたらした超活動領域拡大ということ
目があるということは脳も必要だよな
光の届かない深海の奥底の生物は目が退化しているものが多い
見えないままに餌を確保する
意識もまた退化してるんかね?
258 :
あまの:2013/09/12(木) 00:59:14.37 P
アルコールを摂取して、脳の新しい部分から順番に麻痺させていけば良いよ。
進化を逆行していけるんじゃあないか?
酔っ払っても腹は減る
おかげでお腹ぽっこり
先天的な障害で眼球がないような人は
まさか意識が退化しているとか
261 :
あまの:2013/09/12(木) 01:02:31.44 P
飲んだ後のラーメンの旨いこと旨いこと。
262 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 01:03:36.41 P
「少なくとも」目がある生き物な
目がない生き物に意識が無いとはいっていない
>>261 きっとあまのには意識が存在しているんだろうなw
264 :
あまの:2013/09/12(木) 01:07:44.02 P
生きて活動している脳は認識そのものだから生き物の脳を観察するしかないよ。
発達した脳ほど解像度が高く世界像が鮮明となっていく。
>>262 「少なくとも」脳がある生き物には意識があるようだぞ
266 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 01:10:03.58 P
267 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 01:11:47.49 0
脳細胞を一つだけ取り出しても
その脳細胞には意識があるのでしょうかね?
268 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 01:13:29.63 0
今は内臓の神経系にも着目されてるけど、その辺はどうなの?
内臓の神経系が生物の意識とは無縁というのは既にナンセンスだとされている。
269 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 01:14:55.53 0
臓器移植をした途端に性格がまるで変わるというケースが多数報告されている。
女は子宮で考えるっていうもんな
>>269 今はブタの心臓とか人間に移植できるでしょ
移植された人はブタみたいな性格の人になるわけだなw
生命進化の過程上、脳は内臓周辺にある神経節から発達したものだが
認知機能や運動機能を統合的に脳が扱うようになった以上は
内臓神経に絞ってその働きを調べることは困難なのであります。
まあアスペだな
細部に偏執的にこだわることがある
だったら科学者みんなアスペだなw
アインシュタインはアスペだったよ
抄録氏の物理解説に読めるのは
オレも成長したのだろうか
>それを「人間固有のこと」とするのか
>「自然がそれを可能としている」とするのか
二者択一じゃない
どちらも当てはまる選択肢がある
>>237 「不変」と「可変」の違いは、条件付けの違いだから、知れない
条件を「定める」ことなしに何も測れない
>>238 「理性は比率」
それが理の性質
オレの最新数秘術的アナロジーでいえば、
安定した個物というのは循環小数なんだ
(ああ突っ込むのは1年後にしてくれたまえw)
冪に注目したのはタイムリーだな
まだもやもやしてるけど
はっきりしてくれば、じいさんの問いに答えられるかも
>>267 無いと言えるんじゃない?
人個人をいくら調べても集合無意識は現れないように
蟻一匹をいくら調べても蟻塚の設計図は出てこないと思われる
腸は考えるっていう本があるからな.読んだことないけど
>>276 そうなのだが
しかしその条件を定める、そのことができるという事態がまた、無条件ではない。
281 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/12(木) 09:18:09.34 0
>>168 君のいう「一般的な意味のモノ」とは、物体のことかな?
物体は、現前する存在者である。ただし、それはコトの一つの様態であり、コトに包括される。
モノとコトを区別するのが一般的なら「それは違う」と異を唱えているのである。
モノはコトの一つの“ありよう”として存在する、厳密には、モノという“現象”である。
「前提としての存在」とは、どういう意味?
そもそも何の前提?
282 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/12(木) 10:09:10.50 0
>>186 >>114 は君なのだろう。それに対しては
>>159 で答えた。それが納得できないのなら、
どこがダメかを指摘してくれればいい。モノとコトの区別をしてくれ、という要求には
答えず、空想的とか借り物といった印象批評でお茶を濁している。
君は私よりも古くからここにいるけれども、昔はもう少しマシなことを語っていたよう
な印象がある。w
空想的、というのそのとおり。自らそういっている。私に限らず何かを断定的に述べる
と必ず空想が入ってしまう。その理由はわかるだろう?
言葉はすべて借り物である。当たり前だろう。
老婆心ながら、君は閉じこもって生活しているのではあるまいな。
それは全能感、あるいは逆に被害者意識を高めるという統計があるので要注意。
“力”とか“働き”はごく普通の言葉であり、「今回」からではなく、かなり以前にも
“力”をキー・ワードとして、空想的見解を語ったことがある。
君も、ひねこびた態度をとらずに、それらの言葉を使って面白いボケをかましてくれたまえ。
283 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/12(木) 10:52:32.79 0
>>216 時空の幾何学的な変容は抄録氏も認めるように“量”として表わすしかない。
「理論的」と銘打ってはいるけれども、それは机上の数式だから。
たとえば理論値“5”を経験的現象世界に求めるなら、それは解消不能の“5の力”として
作用するだろう。
>>224 「不変の…」といっているけれども、とりあえず“不変”ですか?
それは“唯二”とか“唯三”と同じくらい滑稽。w
何度もいうが、不変なる物体など存在しえない。片とき(とりあえず)でもいいから、
不変な物体があれば、具体的にあげていただきたい。以前、抄録氏は原子を名指して
いましたね。今回は、どんな“素子”をもちだすのか。
たとえば“月”は同一性を保てない。それでも「月」を主語に立て、あたかも昨日の
月も今日のそれも同一のように扱えるのは、月というコトを“概念”化しているから。
対象を概念化するのは、主観のなせるワザ。ヒトは、その能力に秀でているらしい。
たしかに不変というのは世の中にないよね
なんか物理学の理想状態とかいう設定でテストの問題を解いているみたいだ
>>284 一瞬は不変です。1プランク時間の間に何が変化すると思う?
時間は相対的なものです
月は一年で地球から何メートルだか離れていっているんだよね
地球から見える月にしても刻々と大きさが違うということ
288 :
tk:2013/09/12(木) 11:59:14.13 0
「月」をみて「丸いなあ」と感じるとき、
不変なもの(主語)は「月」で、変化するものすなわち述語が「丸い」というようなことを認めるとするならば、
「丸いもの」をみて「月のようだ」と感じるとき、
不変なものは「丸いもの」で、変化するものは「月」であること認めることになる。
だから、何が主語で何が述語かは状況に依存する。
もし、ある特定の状況で主語と述語を分けるとするならば、最初に意識にあらわれたもの(ほとんどの場合、存在)を主語とするべきであり、
それによって想起させられるすべてのものは述語である。
よって、コトが変化することを認めるなら、モノも変化することを認めなければならない。
289 :
tk:2013/09/12(木) 12:02:37.65 0
あと、科学において不変かどうかは哲学においてほぼ関係ない。
>>289 それは言い過ぎだと思うよ
現代の哲学ならば科学の成果とリンクしてさらに進化せざるを得ないし
哲学だって宗教ではないんだから進歩するわけだしね
291 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 12:15:07.58 0
×あと、科学において不変かどうかは哲学においてほぼ関係ない。
○あと、科学において不変かどうかはtkの哲学においてほぼ関係ない。
292 :
tk:2013/09/12(木) 12:15:51.35 0
科学の中で「不変かどうか」の問題は物理のもんだい。
哲学の究極の問いはクオリアでこれが明かされれば哲学は終わるというのが俺の持論。
◎あと、科学において不変かどうかはtkのポエムにおいてほぼ関係無い。
クオリアという仮説が正しいかどうかの問題もあるよ
サールなんかは「クオリアとは意識のことだ」って書いているし
クオリア反対派も多いしね
295 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 12:22:59.44 0
○科学の中で「不変かどうか」の問題は物理のもんだい。
○哲学の中で「不変かどうか」の問題は哲学のもんだい。
変化しない運動?
等速直線運動じゃね?
等速直線運動が起きる世界ってのは、空想の中の理想的世界ってわけだ
そこでは運動は変化しない
投げたボールはどこまでもまっすぐ進む
297 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 12:44:51.23 P
>>281 哲学板ではコテ外すと若干不便ね
いや、基本的にゲーム氏には賛成なのだよ
現前する存在者は全てコト(現象)
ただ、モノの規定が俺とズレてるからややこしいだけ
ゲーム氏はモノを一般でいう物体として使用しているのだが、俺は存在者の前提としての存在という意味でモノを規定している
つまりは、法(意志)・身(質)・力(働き)のことであるが、これは存在者ではない前提としての概念だ
ゲーム氏はモノというコト(現象)
俺はモノのコト
この程度の違い
>>296 ボールの中の素粒子たちが緩やかに崩壊しながら飛んでいますが・・
>>297 勝手に俺ルールを決めないでくれるかな
少なくとも使い方は相手に合わせるのがマナーでしょう
300 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 13:39:36.03 P
>>299 反対や否定など何もしてないよ
寧ろ賛成
>>282 :ゲーム
>「モノ」と「コト」の違い? それが曖昧だと思うのなら、君が区分けしてみせればいい。
「モノ」と「コト」という概念を用いてそういう区別をしているのは私ではなく君なので、私が答える立場にはないが、
『モノからコトへ』の廣松渉の考え方についてならば、以前、3年ほど前に、君に説明したことがある。
「縁起=空」という思想を説明するために、廣松の関係論を引用したのだった。
それは《実体なき関係論》(廣松の言い方では《関係の第一次性》)、つまり「関係」というものは、
302 :
301:2013/09/12(木) 14:26:57.25 0
「モノ」と「モノ」とがまず先にあって、それらの「モノ」が関係し合うのではなく、
「モノ」よりも「関係」が先にあるのだ(あるいは「関係」だけがあるのだ)という考え方。
だからそれは、「モノ」を実体視することへの批判でもある。
(あの時君は「縁起=空」ということを理解できなかったようだから、
今君が使っている「コト」という概念が「関係」という意味合いを含んでいるとは思えないが・・・)
303 :
301:2013/09/12(木) 14:31:08.89 0
>>282 :ゲーム
>・・・月というコトを“概念”化しているから。
>対象を概念化するのは、主観のなせるワザ。
これは君のいう「力」という《概念》についても同じことが言えるだろう・・・
ところで、ここで君は『《主観》が《対象を概念化する》』ということを言っているので、その点について一つ質問します。
君のいっている「力」という《概念》は、上で言えば、《概念化された対象》に相当する。
しかし君は自分の立場を「汎力論」と言っているから、上の《主観》も「力」(つまり《概念化された対象》)であることになってしまう。
304 :
301:2013/09/12(木) 14:33:32.40 0
つまり、『《主観》が《対象を概念化する》』はずであるのに、その《主観》そのものが《概念化された対象》であるのは、明らかにおかしい。
分かりにくいかと思うので、別の言い方をすれば・・・例えば・・・誰かさんが君に、「“それ”を『力』だと思っているのは《誰》なの?」
と質問するとすれば、汎力論者である君は「そう思っているのは『力』である」と答えるべきだろうが、そういう答え方はおかしい。
それだと(力という)《概念》が「思っている」というおかしなことになってしまうから。
この点について、どう考えますか?
305 :
唯識 ◆Vidya0E1.s :2013/09/12(木) 14:45:39.82 0
規制が解除されたようなので時々のぞいてみようと思います。
もう機械さんは姿を消したのでしょうか。
306 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 14:55:51.37 0
「モノ」とは、事象そのものを現すのであり、それを明確化すると、
形而上的事象と形而下的事象に分類される。従って、「モノ(物)」とは、
ただ「物質的」なものではなく、「精神的な存在」の概念も含まれる。
そして、「モノ」に対する「コト」とは、モノに対する「現象化(働き)」であり、
互いに独立した概念であり、両者は相対的に捉えられるものとしてある。
307 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 14:56:51.57 P
関係がそれ自身に関係する関係、とはどういうことであろうか
全てが合一する関係性というものは、なかなか奥が深い
308 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 15:48:43.03 0
「モノ」と「コト」の連関は、論理の進行として、コトとモノの概念を明確に定義する。
その次ぎに、論理の方向として、「モノ」と「コト」の合一を考察する。
つまり、「分離思考(相対的思考)」と「合一思考」に分けて考える。
従って、「モノ」と「コト」の連関は、「モノ(形而上と形而下で構成)」が、現象化(コト)により、
新たな「モノ」を創出すると考えると、論理が明確化する。
309 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 16:07:39.34 P
>>308 新たなモノってどんなもの?
モノとコトの合一?
310 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2013/09/12(木) 17:52:59.05 0
Aと言う人間がBに向かって「バカやろう」と言うか、「おはよう」と言うかの効果の問題です。
バカと言えばBはかんかんになって怒るしAを殴りかかるような実力行使をするかもしれない、しかし「おはよう」ならなんでもないだろう。
両方の場合の違いは事象としては大きな違いが出るわけだが、その原因は唯一投げかけた言葉の違いだけである。
その場合その言葉の内容(=信号)そのものに原因を求める考え方がある。その場合一般に信号や情報そのものが物質やエネルギーに作用するあるいは同質のものであると言う考えになる。
しかしじいさんとしては最近の考えとして・・・
言葉を発する思考の裏づけとなる脳内の物質の違いに着目する。
どんな言い方をするかの意思決定の脳内(科学)物質の差異は有るわけで、そこに結果として大きな違いを生み出す原因が内在していると考えるようになっている。
こうするとあくまでも思考と物質エネルギーを分けて考える事は出来る、
あくまでも物質が精神を規定すると言うことである。
したがってA人間の言葉(信号、情報)はあくまでも(Aの脳の物質が規定した)意志(精神)を仲立ちするだけでそれ自身には物理的な意味は無いとする。
311 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 18:02:06.12 0
言語は名称目録ではないから
言語間にあるのは差異のみだよ
312 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 18:25:18.64 P
情報の取り扱いが一番厄介だな
情報そのものに意志があり力があるからな
だが、それは読み取れる相手がいないと伝わらない
蟻にばかやろうとか言ってもシカトされるだろうしww
ところで、情報が伝わった時、発信元の信号が受信先に繋がったということなので、電気回路を伝う電気や、情報を送れる電波と似た性質であることがわかる
313 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 18:29:27.35 0
>>309 「命題→推論→結論」の思考過程での、「推論」が現象化(=思考作用)であり、
結論が、「新たなるもの(=理論)」という捉え方。
「モノ」と「コト」の合一とは、「現象学的」に述べると、「モノ」という形而上的事象・
形而下的事象を「還元」する。この「還元」が「コト」としての「現象化」です。
この「現象化」により再構築(=合一)される。
314 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 18:34:22.05 0
情報に意志や力があるのではなくて
情報の受取側に「解釈」という意味を形成する力があるからね
だから同じ本を読んでも感想は千差万別
「言霊」といわれる力も実は言葉を解する方の象徴化能力における個別の差異のことなんだと思う
言葉の意味とか単語で観念を説明しちゃ駄目。永遠に堂々巡りするだけ。
すこしは考えろよ糖質ども。
いくら考えても理屈の因果関係で物事を計ろうとしても余りが
で続ける円周率の数字表現だ。
316 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2013/09/12(木) 18:51:26.93 0
>>312 :考える名無しさん:
>情報そのものに意志があり力があるからな
そうではなく「バカやろう」と言う声を聞いて頭にくるのは、
雷が「ゴロゴロ」鳴って怖くなるのと同じだと言う事。
雷に意志はない。ましてやその音においておや。
頭にきたのは音のせいでなくそこに相手の意思を読み取ったから。
怖くなったのは音のせいでなく雷に打たれて死ぬことが怖いから。
じいさんも情報そのものに意志やエネルギーが無い事が判って来ました。
317 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 19:02:47.50 0
ところで脳細胞を一つだけ取り出しても
その脳細胞には意識があるのでしょうかね?
またどの程度脳細胞が集まれば意識が生まれるのでしょうか?
318 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 19:03:07.05 0
>>315 だからここは無理矢理言葉を駆使して自分のスタンスを表明するだけの場なんだよ
そろそろ分かれよw
ここの住人は心的現象論すら読んでないの?
脳に心はあらず、心の動きは腸から生れるというのが当たり前なんですが。
320 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 19:21:16.41 0
>>317 脳細胞に限らずどんな細胞をひとつにしても低次元の意識が存在するんじゃね
生きていりゃ次元は低くとも意識はあるんじゃないの
321 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2013/09/12(木) 19:44:30.01 0
>>317 :考える名無しさん:2013/09/12(木) 19:02:47.50 0
>またどの程度脳細胞が集まれば意識が生まれるのでしょうか?
ある脳神経系全体で一個の意識(心)が生まれますです。
322 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 20:03:32.39 P
>>313 んー、命題が何かわからんからイマイチ伝わらないんだよね
モノとコトについてじゃないの?
命題と定義をまずは頼むわ
323 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 20:06:34.15 P
>>314 >>316 例えば、氏ねとか言葉によるイジメによって自殺した子供がたまにいるわけだが、解釈で自殺するってこと?
324 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 20:18:00.28 0
投げかけられる言葉から自分が虐げられていると感じて
そういう感じどんどん肥大していって絶望して命を絶ってしまうんだろうな
だいたい自分が全く理解できない言語で色々いわれても解釈できないなから意味が通じないんだし
325 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 20:34:59.59 0
>>322 「命題→推論→結論」の思考プロセスは、「論理思考」です。
上記の「命題」が、「モノ(物)」としての「形而上的事象・形而下的事象」を、
「前提(=命題)」とし、推論(思考作用)が「現象(コト)」です。
>313の、上段が「命題→推論→結論」の思考プロセスが、「論理思考」であり、
下段が、「前提」を必要としない「現象学的思考」を記述している。
326 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2013/09/12(木) 20:40:54.49 0
>>323 :考える名無しさん:2013/09/12(木) 20:06:34.15 P
>解釈で自殺するってこと?
??勿論そうでしょう、外に原因がありますか?
要するに言葉を発した人のイジメで死んだわけでしょ。
言葉が手段(凶器)で発した人に殺意(意識)があった訳です。
327 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 20:45:25.29 P
まあ、爺さんは「俺哲学」をやる前にまず哲学書を読んだ方がいいわw
328 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 21:05:39.57 P
人間の意識なんぞは表象にすぎんでしょ
鏡があると向こう側にものがあるように見える
おそらくそのようにほとんど意味のない表象の戯れだけが存在するのだ
つまり人間はみんな馬鹿だw
ならばなぜ秩序立って思考できるか
それは表象を表象したもの、対象化した表象を残す時間的なズレのようなものがあるからだろう
これはいわば残像のようなものだ
表象を表象し得るということ、いわばメタ表象がまずあって、さらにそのメタ表象の表象、つまりメタメタ表象などがあって、これが何段階か続き、最後に概念に到達する
概念という表象を表象したものが言葉だ
このようにして表象の階梯は登り続けるが、いずれの段階でも物理的な次元において行われているわけだ
329 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 21:09:29.64 P
少し分かりにくいか
つまり人間の脳内にはいわばスクリーンがあって各段階でアウトプットを「見る」ことができ、それが次の段階のインプットとして使用されるときに雑音は排除される
これが繰り返されることで無意味な信号から有意味な思考が取り出される
330 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 21:12:37.64 P
>>326 例えば、Aさんが金属バットを振りかざしてBさんの頭をカチ割ったとします
当然Aさんには殺意があります
ところで、実際に頭をカチ割ったのはAさんではなく金属バットです
Aさんは手段として凶器(道具)を使用したのだが、この時Aさんの殺意が金属バットを伝わって結果Bさんが死んだわけです
何が言いたいかというと、Aさんの意志の表象として金属バットは振り下ろされた
車でいえば、製作者の意志の表象として車が出来上がり、運転手の意志の表象として走るわけです
で、言葉(情報)もやはり、意志の表象です
何かを道具(手段)として意志を表象させることを「操る」といい、意志は「移伝する」と考えています
331 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 21:16:31.87 P
しかし意識、つまり霊的なものが、なぜ物質から生まれるかは謎ではあるな
例えば記憶についても不思議な現象だ
コンピューターはハードディスク上に磁気データとして情報を残せる
しかし人間の脳はどのようにしていろいろなことを記憶するのか?
332 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 21:25:49.40 P
コンピュータのように記憶をデータとして蓄えられないなら、脳はおそらく回路そのものとして記憶を保持しているに違いない
新しい物事を覚えることは新しく回路を作ることだ
人間は記憶を知識と考えるがそうではないだろう
Aを見たときそれが刺激となってBを思い出す、このような動作的反応として記憶があるに違いない
哲学的な結論としてはそうでなければならないだろう
秩序立って思考できるのはこのように文章を書き表し、それを見るからである
これもまた表象の戯れがみずからを表象することで自分を整えるという意識のあり方だ
333 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 21:28:30.62 P
>>325 あ、それが命題だったんだww
命題という「物」の形而上的事象が主観(意識)で、形而下的事象ってのは脳の物理的な作用の事かい?
で、推論という「事」が分離思考と合一思考で、結論が新しい物(論理思考)か
ところで、その思考プロセスを証明したあと、何を思考するの?
それとも哲学とは何かっていう話かな
コンピューターは個々の要素に要素に直接データを記録するんだけど
脳は要素間の繋がり方でデータを記録するんだろね
335 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 21:34:35.79 P
難しいなこの問題は
脳という物質的なものが考えることができるというのはいわば魔術的なことだ
意識と物理的な作用がどうつながるのか
336 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 21:34:54.00 0
>つまり人間の脳内にはいわばスクリーンがあって各段階でアウトプットを「見る」ことができ、
「意識」とたとえば分析哲学なんかでいってもそれは表象であるとかメタ表象であるとかのポジションのことをいっているのはないよ
その人の感覚や情動や思考などの総体を指しているにすぎない
そもそも意識や主体やコギトといったところでそれは解明されていない大問題だからね
名称はなんであれそういった「精神活動の総体」を仮定してそれぞれの学問分野で研究をしている
DNAにしてもなんで塩基配列ごときで複雑な遺伝情報が設計図として機能するのかという根本のところは
いまだに未解明なんだし
記憶だって同様の謎でしょう
337 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 21:49:29.95 P
>>336 DNAについては所詮物質が物質を規定しているだけだ
ところが脳の問題は直接、心身二元論に関わる
このスレタイを証明するには意識が物質であるというか、意識は物質ではないものの物質に完全に規定されるというかしかない
338 :
名無しさん@恐縮です:2013/09/12(木) 22:00:21.97 0
>>337 別にスレタイを証明するという約束事はないよ
スレタイについてどう思うかは重要だけれどね
DNAについても確かに物質のはなしだけれども進化論的にみて個人の体験がどういうかたちでDNAに反映するのかとか
ミームの“ような”仮定もあるし
だから「心身二元論」というようなことも分析哲学である「心の哲学」などではそこまで単純にも割り切ってはいない
339 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 22:08:35.53 P
>>338 DNAが物質相互の規定関係なのは当然
個人の経験なんてのも物理的なことなんだからw
ここでは霊的なものが出現する唯一の契機である脳について話している
お分かり?
340 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 22:13:48.51 P
とにかく哲学的才能のないやつは黙ってなよ
ここでDNAの話なんか持ち出す時点でねえw
そりゃ物質相互の規定性で何の問題もないでしょと
それが解明されていないとしても単にそのつながりが見えていないだけで、説明としては物理的な因果律に基づくはずだから、哲学の問題たり得ない
まずそこに気がつかないといけない
ここで問題になっているのはそういう次元の話ではないでしょ
物心がいかに規定し合うか、その唯一の契機である脳について、議論しているわけでしょ
341 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 22:24:31.82 0
>>340 >とにかく哲学的才能のないやつは黙ってなよ
君の導火線のどこに火がついたのわからないけれども
上のようなことを書く時点で水準が知れてしまうよ
「科学哲学」もあれば「心の哲学」もある
それぞれの学問成果が他の学問分野に影響を与えているのは周知のこと
このスレでも前によく出てきたジョン・R・サールにしても心身二元論なんか破棄している
サールの著作くらいは読んでいるでしょ
そういうことだよ
自分の気分だけで人を罵倒してはいけないと思うよ
342 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2013/09/12(木) 22:27:00.01 0
>>330 :考える名無しさん:
>何かを道具(手段)として意志を表象させることを「操る」といい
言わない。
意志を表象させると言うのはちょっと無理。
例えば殺すのにしくじった時にどう説明します?
バットにしくじる意志は無いはずなんだから、バットの立場はどうなるんでしょう?
人間は意識として殺意と失敗の関係を理解できますが、バットも「失敗しちゃった」と考えるんでしょうか・・・
343 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 22:31:51.73 P
>>341 何を思考放棄しているんだか
デカルトやスピノザやカントも読まずにサールなんか読んでもそれこそお猿さんという意味でのサールにしかなれんだろw
お前自身がどう考えているか言ってみろよアホw
>>341 話し合いっつうのができねえ奴は、だいたいてめえの人格とか存在意義すべてを
こんなちっぽけなレスにこめちゃってるから、すぐ発狂しちまうんだよ。
非因果がそうだったじゃん。
なんか器のちいせえ僕ちゃんばっかよ(笑)
345 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 22:39:54.44 0
>>343 そこまで激怒している理由が全く理解できないよ
自分なりにそこら辺はほぼ読んでいるよ
しかしだからといってそれが偉いわけでもなんでもないけれどね
それにしても無闇に人を罵倒するのは良くないと思いますが
346 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 22:43:17.77 0
>>333 「分離思考」が、論理思考で、「合一思考」が現象学的思考と言うことになる。
だから、両者の根本的な相異は、「前提」を設定するのが「論理思考」であり、
「前提」が無いのが「現象学的思考」です。
哲学とは、物事(事象)の本質を究明する「思考」そのもののことであると思う。
つまり、「本質」を究明する「本質学」が、哲学という事と解釈している。
347 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 22:44:16.70 P
>>342 いや、そりゃ意識的な意思など金属バットには無いですよ
振り下ろしている時、運転している時、人と道具は一体化している故に意志も一体化しているのではということ
意志の表象というより、意志の具現化或いは具象化といった方が良いかもです
348 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 22:49:12.95 P
>>346 うんうん、それはわかったからさ、物事の本質が何であるのかという大事な本題にはいつ入るのだ?
今まで一度もその本題の方を聞いたことないんだけど
349 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 22:49:44.23 0
>>345 嘘をつくな
じゃデカルトとスピノザとカントの心身二元論に対する応答をまとめてみろ
ついでに脳科学で記憶について分かっていることを簡単に要約してみろ
350 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 22:54:59.77 P
>>349 何様だよwwwww
喚くなよ、幼稚にみえるぞ
351 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 22:55:40.92 0
分析哲学系はろくに哲学できないクセに自分は何でも分かりますよってスカした感じのやつが多いんだよなあ
352 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 23:01:28.40 0
>>349 出来るさ
しかし極めて無礼な君になんでこちらばかり媚びたりいいなりにならなければいけないのだろうか?
君は普通の話し合いすらできない狭量な人間と判断しました(あるいは人格障害者)
こっちはどこを読んでも君を侮辱してはいないからね
もちろん君がいうがままに話題を一方的に強制されて下僕になることもできるが
スレタイとも関係はない
君は自分の異常な反応ぶりには気づいているらしい
しかしそれを抑圧しているようだ
さすがに君に勉強した物事を教えるのだけは残念ながらもう嫌だな
僕だって頭が悪くて人格が異常な人とはかかわりたくないからね
損だけして得るもの皆無なり…
353 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 23:04:12.27 0
なんだよまた荒れてんの?
ブラックボックスは正体ばれたよな???
354 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 23:07:11.61 0
煽り嵐は出て行けよボケが
355 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 23:08:06.38 0
>>350 たかがサール読んだだけの素人が哲学を全部分かった気になるなよ
あらゆる学問を制覇したものだけが哲学できる
そして哲学は原典を読まないとだめだ
ちゃんと古典を読んで理解しないと、サールが心身二元論を否定している、で思考停止してしまう
だから何だwと返される
できるできる言う割には何もできない
そもそも分析哲学の価値自体も疑わしい
社会性がないしなあ
356 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 23:11:29.82 0
>355 よお 嵐は出て行けよこのクソボケが
357 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 23:13:21.85 0
くだらないスレはやめましょうーーーーーーーー!
359 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 23:30:19.88 0
実際このスレ始まって以来俺のレスが一番重要なレスだよ
ほかは哲学まがいの戯れ言
カントですでに決着済みのことを曖昧にしているだけ
>>359 波平と土人はしんでくらはい \(^o^)/
361 :
考える名無しさん:2013/09/12(木) 23:41:27.89 0
ピピピピP土人。。。。。
>>283 その経験的現象というのも結局、肉体の物理的な変位に依るのですよ。
それが貴方の言う「現象」として現れる。
精神に「力そのもの」が直接に作用しているわけではないでしょう。
>>283 こちらも何度も言いますが
「変化する」というのは、「○○が変化する」としないと
意味が成立しないのです
「不変なる物体など存在しない」と言うためには
この物体は、さっきの物体が変化したものである、ことが理解されなけれならない。
月が概念として成立する、ということは
意識などという凡そ定まらない背景にあって、月としての概念が時間を越えて保持され続ける、
ということを意味するんですよ。
貴方はそれを、「ヒトはその能力に秀でているらしいw」と、人間の力におまかせし、
現状追認して平気でおられるようだ。しかし考えていただきたい。
凡そ変化しかないこの世界に於いて、その概念が、概念としての力を保持され続ける
というのはどういうことなのか。
貴方はそのことついて全く無頓着であるとしか、私には思えません。
364 :
あまの:2013/09/13(金) 00:36:57.44 P
「不変なる物体など存在しない」
この命題に既に矛盾がある。
そらゲームさんに言ってくれ
ゲームさん命のあまのくんw
366 :
あまの:2013/09/13(金) 00:41:32.55 P
あれえ、そうなのかい?
まあ常に誤解を招かない適切な表現をすることなど出来んからね。
唯識さんとゲームさんは別人だったんだね。
367 :
あまの:2013/09/13(金) 00:44:01.10 P
自然言語はだめだねえ。
「不変なる」の部分が限定であればこの命題は矛盾を含むが、
描写(白い白鳥などの)であれば問題は無いのだ。
おーおー
369 :
あまの:2013/09/13(金) 00:50:38.49 P
あまのくんが言ってもなぁ
みなさん、カントなんか、本当に“読めてる”の?
371 :
あまの:2013/09/13(金) 00:54:36.26 P
専門じゃないから解説書でも良いだろ。
372 :
あまの:2013/09/13(金) 00:56:40.57 P
全く知らんと言うのもなんだろ、現代人として恥ずかしいだろ。
実はショーペンのカントしか知らないw
374 :
あまの:2013/09/13(金) 00:59:49.15 P
カントは西洋の哲学の流れの中で最重要な人物なんだよ。
凡そ、物を考えるとういう人物であれば全く知らないとか
日本の教育を受けてないのか。
専門でもないのに結局カントでしょうとか意味わからんわ
漱石を読まない奴が「結局は漱石でしょう」とかぬかしやがったら
脱糞ぐらいじゃすまんな
だって分厚いの嫌いだからw
プロレゴメナを流し読みした記憶はある
377 :
あまの:2013/09/13(金) 01:01:11.03 P
複数の人の解説を見ないと、中には誤読しちゃってるのもあるからね。
378 :
「機械的唯物論」者:2013/09/13(金) 01:02:32.59 0
脳は物質だから、物理・化学的な反応しかしない。
眼球から可視光線(電磁波)が入らなければ「見えない」
鼓膜を空気の振動が振るわせなければ「聞こえない」
味蕾を化学物質が刺激しなければ「味わえない」
嗅覚も触覚も同様。
脳は物質だから、外界の刺激が皆無になれば発狂するだけ。
ああそうだ
図書館で全集のなかで「自然の形而上学」は摘まみ読みした
カントの言った結果が重大問題なのではなく
その思考の経緯が重要なのであってだな
・・・まあ、好きにせーよ
やっぱコテつけるかな
正直2ちゃんに嫌気な気分が年々強くなってるんだが
382 :
ナル:2013/09/13(金) 01:08:43.34 0
物質のことは物質で完結なんてそうはいかないというのが現代のアプローチでしょう
383 :
あまの:2013/09/13(金) 01:11:25.97 P
抄録は高校で倫社をやらなっかたくちなのかな。
>>378 これカントと全く矛盾しないですからね。
また規制が始まったのかな。
>>380 真に凄い物と言うのは、伝統の中で生まれるんですよ。
様々な西洋の伝統的な思想がカントよに流れ込んでるわけです。
384 :
「機械的唯物論」者:2013/09/13(金) 01:12:21.87 0
ブラックルームに何回も入ったことがあるので、「感覚遮断」については
体験済み。
人間なんて、チンパンジーと遺伝子が1%違うだけのサルだということ。
カントとかヘーゲルとかの非科学的な権威主義者がキリスト教の権威を
変形させてややこしくした神学論争が観念論の正体。
どいつもこいつも言葉に幻惑されて、正しそうだと勘違いするのは宗教と同じ。
一言で言い切れば「頭悪い」だけなんだよ。
386 :
あまの:2013/09/13(金) 01:14:39.48 P
キリスト教云々の部分は今となっては役立たずの部分なのかな。
脳内大学の一般教養で哲学の講義を受けた夢を見たことがあるかもしれんな
そのときカントの名前も出てきたように思うが
中卒の古い夢なのでな
388 :
ナル:2013/09/13(金) 01:17:02.42 0
>意識などという凡そ定まらない背景にあって、月としての概念が時間を越えて保持され続ける
人間的なパースペクティブの尺度だな
落体の法則が位置と速度以外の条件に関わらず不変な法則であることも、
これは宇宙が定常的であるかどうかによってそうとは言い切れない
389 :
あまの:2013/09/13(金) 01:17:06.69 P
高校で倫社とか履修しなかったらいつ西洋思想に触れらるんだろうね。
>>384 初期条件が1%も異なれば結果が大きく異なる現象なんてこの世にごまんとあるぜ
391 :
「機械的唯物論」者:2013/09/13(金) 01:21:13.24 0
江戸時代中期のカントなんて爺さんが書いた本を後生大事に聖典化してる
のは、千数百年前に編纂された聖書を丸呑みするのと「同じ穴の狢」だと
この方たちはいつ気づくのだろうか?
江戸時代中期以降「発想停止」という学問はその後の歴史全てを無視
できる「あまりに人間的な、あまりに無知な」というサルの戯言で、
まあ「本という知識の元があるから一度呼んでみたら?」としか対応の
しようがない。
392 :
あまの:2013/09/13(金) 01:21:56.83 P
抄録氏は独学で工業関係の翻訳業になったのか。
これは初耳だった。
393 :
ナル:2013/09/13(金) 01:22:18.69 0
外界の刺激が皆無にならないんだよ
それが自然の本質なの
394 :
あまの:2013/09/13(金) 01:26:04.97 P
西洋人は「実勢理性批判」のほうに頭が上がらないらしいが
その感覚は全くわからんね。
395 :
「機械的唯物論」者:2013/09/13(金) 01:29:34.48 0
>>390 「進化の過程」でチンパンジーには「意識や『私』や『私語の魂』」
が無いのに、人間にはそれらが「あるかもしれない」と考えるのが
観念論者なんだが、それが「キリスト教(ユダヤ教)の選民思想」
を元にしている(似た「(神に)選ばれてる願望思考」)ということが
理解できないんだろうな。
396 :
ナル:2013/09/13(金) 01:33:14.95 0
本物はそれほど浅いことを言わない
397 :
「機械的唯物論」者:2013/09/13(金) 01:35:26.16 0
訂正
『私語の魂』→『死後の魂』
・・・そんなもん有るわけ無いからね。
398 :
ナル:2013/09/13(金) 01:36:38.19 0
統一的な枠組みで精神と物質を描ければ(導出できれば)いいんだろ
ああ一等難しいよ
399 :
あまの:2013/09/13(金) 01:40:18.08 P
400 :
「機械的唯物論」者:2013/09/13(金) 01:45:23.94 0
>>398 ニュートン物理学もろくに知らない奴が「物質」なんて言ったって、
何にも解ってないことの独白にすぎないよ。
ましてや「精神」なんて、いままでどれほど沢山の観念論者が色々な
自分勝手な意味づけで使い続けた「殆ど無意味」な言葉(概念)だと
いうことなど、全く知らない方たちが「本年度の哲学株式会社新入社員」
になってきても、哲学株式会社はもはや立ち直れない程の負債(不良従業員)
を抱えて、倒産寸前だということを知るべきだな。
401 :
「機械的唯物論」者:2013/09/13(金) 01:48:20.37 0
>>399 「カント教」でも作れば、「お布施」がある程度は集まると思うよ。
世の中にはあんたと同じ「知的レベル」の方たちも多いからね。
402 :
ナル:2013/09/13(金) 01:50:14.29 0
ニュートン物理学やらで「物質」がわかると考えてるほうが先行き怪しいと思うが
403 :
ナル:2013/09/13(金) 01:53:09.75 0
オレの描いてる世界には普遍な要素がある
しかし抄録氏の信じてるような不変とは異なる
404 :
あまの:2013/09/13(金) 01:53:26.85 P
機械さんは「観念論者たち」言っている「神」を好きな言葉に置き換えて見るといいですよ。
405 :
「機械的唯物論」者:2013/09/13(金) 01:53:35.23 0
>>402 「イプシロン」で使うのは「ニュートン物理学」で「充分」だということ
・・それが「ニュートン物理学に関する基礎知識」なんだよ。
相対性理論と量子力学はきみたちには難しすぎるし、まあ「無用」だと
思う。
406 :
ナル:2013/09/13(金) 01:55:05.11 0
407 :
ナル:2013/09/13(金) 01:56:18.59 0
もうカントなんて読めない
オレもう若くない
408 :
「機械的唯物論」者:2013/09/13(金) 01:57:48.37 0
>>406 そう思うのはあんたが「何も理解してない」からなんだけどな。まあ、理解するのは無理だろうけど。
409 :
あまの:2013/09/13(金) 02:03:39.39 P
なんか鼻持ちなら無い経験論やもっともらしい合理論というネタフリから見ないとね。
カタルシスが得られないよ。
スレ主さん今まで規制中だったのでしょうか。
>>169 >唯物論者に聞きたいことがあった
>力とか万有引力というのは、唯物論者からしたら物質の性質なんだよね?
それは物質と物質の性質があるという立場ではないでしょうか。唯物論では無いでしょう。
411 :
「機械的唯物論」者:2013/09/13(金) 02:10:45.34 0
>>409 「真理」はあんたのカタルシスのために存在するんじゃないということを
知ることが基本でしょうね。
カタルシスを至上価値に据えるなら、学問なんかより「ナンパで尻軽女を
ホテルに連れ込む」方法を真剣に考えた方が良い。
哲学で優越感を味わうよりもよほど健康的な「カタルシス」だと思うよ。
まあ、解ってるんだろうけど。
412 :
「機械的唯物論」者:2013/09/13(金) 02:19:26.62 0
>>410 >力とか万有引力というのは、唯物論者からしたら物質の性質なんだよね?
まあ、「無知もいい加減にしてくれ」と言いたいところだが、
「世界(自然界・全宇宙)における(ある)力」は、
@万有引力
A電磁気力
B強い力(電磁気力より「強い」から)
C弱い力(電磁気力より「弱い」から)
の「4種」しかないし、この基本的「物理学の常識」は
もはや(どれだけ物理学が進歩したかの「50年間」)変化なし
だから、「その4種の(基本)力」について、様々な研究・実験が
行われてきたのが「この最新物理学の研究」だと言っても過言ではない。
まあ、その内容は難しすぎるので、説明は勘弁してくれ。
413 :
ナル:2013/09/13(金) 02:22:29.83 0
(今晩の私的メモ)
理解とは相互作用だ
その共通する群の要素の領域は、有理的な集合に充実されない
それを求めるになぜ冪が有効なのかうっすら見えてくる
重ね合わせることの、重複する部分を解けばいい
位置による関数として
お互いにコンプレックスナンバー
そして実と虚がどう分かたれるか
無から有(現実)が浮かび上がるそれを表せ
414 :
ナル:2013/09/13(金) 02:25:39.43 0
教科書っぽいのは本物に似てる
もっと含蓄あったが
パワーなのかエナジーなのかにもよりますね。
416 :
考える名無しさん:2013/09/13(金) 02:45:07.41 P
>>412 ドヤ顔のところすまんが、万有斥力がないと宇宙は潰れてしまうので、万有斥力が存在することが理論物理学では常識なんだよね
あと、万有引力は、空間の歪みが原因だから、物質の性質として良いのかどうか微妙に思う
>>416 ドヤ顔のところすまんがそれはただの有力な仮説だ
どれだけ有力であろうと仮説は仮設でしかない
418 :
考える名無しさん:2013/09/13(金) 04:25:30.83 P
>>417 有力止まりなのは確かにそうだが、否定する理論物理学者は一人もいまい
万物が(万有引力によって)引き合っていったら、全部くっついて潰れるってのは普通に考えてもわかるだろwww
>>388 スモをしてそれが人間的な見方の尺度であると理解されたのなら
その尺度を校正する相対尺度を見ることもできるのだろう?
「人間的」の範囲とか輪郭とは、何だろうかね
420 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/13(金) 10:14:58.09 0
>>301 上からものをいうのが好きだね。ちなみにAKBのなかでは唯一w篠田が嫌いだった。w
「モノ」と「コト」を分けるのは抄録氏たち唯物論者。彼らは、まず「モノ」があって、
それらが「コトをする」という世界像を持っている。
しかし「モノ」は、微細な変化(コト)を捉えられないヒトの錯視による概念…。
と、モノについて述べたのちに「存在者は悉くコトである」と結論している。
ここまでいっても、まだわからない? ひねこびた悪意を捨てなさい。w
>>419 >「人間的」の範囲とか輪郭とは、何だろうかね
そんなのも分からないの?人間として了承しうるかだけな。
つまり人間の集団によって異なる解釈になる。FA
さらにその解釈は移り行くものである。
昔の白人は黒人は科学的に人間ではないとしていたわけな。
遺伝子が同一な火星開拓民族が1万年後に集団自衛権をもって
地球に反発しても敵対するそれを人間とは認めない。宇宙人
422 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/13(金) 10:55:32.25 0
>>301>>302 以前に、私が君の論述に異を唱えたのは、そして結局、君がその異を理解できなかったのも、そこである。
広松氏は“モノ”を解体したかもしれぬが、「関係の一次性」という概念を提出することによって、モノ(項)
のかわりに“関係”を実体化しているようにみえてしまうのだ。「一切は空」としながら、その唇の乾く暇も
なく「縁起」を持ち出す宗派のように。
「関係」という意味、しっているだろう? 典型的な“コト”である。
それは実体化できない。易しくいえば関係は「あるがままにはない」からだ。
「関係の一次性」なる表現には、構造主義の残滓が感じられる。
モノ(物質、物体)を構造にまで拡大し、そこに“動的秩序”をみようとする…。
しかし“関係(コト)”は、むしろ構造という殻を壊すように働くのではないか。
>>420 >「モノ」と「コト」を分けるのは抄録氏たち唯物論者。彼らは、まず「モノ」があって、
>それらが「コトをする」という世界像を持っている。
何故でしょう。
>しかし「モノ」は、微細な変化(コト)を捉えられないヒトの錯視による概念…。
>と、モノについて述べたのちに「存在者は悉くコトである」と結論している。
どのレスでしょうか。
>>423 物と事でしょ?
なぜにモノ、コトにするの?
そういう風に表現しないと妄想できないの?
それとも発音のモ+ノや コ+トのように考える術をもっているわけ?
426 :
tk:2013/09/13(金) 11:10:17.70 I
ちょっと見ない内になんか荒れてるなw
「モノ」を物質と捉えてる人がいるがそれはさすがにないぞ
オレは唯物論者で物事という言葉は日常的に使うけれども、物と事で考えるのが
唯物論だとは思わないです。
428 :
考える名無しさん:2013/09/13(金) 11:12:35.92 P
物質どころか、世間一般の人は物体として捉えてるぞww
429 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/13(金) 11:54:43.20 0
>>303 『じいさん』にその典型をみるように、主/客の対峙、主/客の相関(以前は唯物論者たちと私も、この概念を使ってヤリあっていたw)
という構図から抜け出ることは難しい。主観(最高位のいう《私》ありていには《意識》)、その経験的現象である客観、そのいずれかを
消去すれば話は簡単なのだろうが、それでは虚偽が紛れ込んでしまう。どちらも現象的には存在するからだ。
そこで、主/客を貫く何かを“力”とみなしたのである。
>>304 最後は君のこじつけですね。
主観(概念)が対象化するわけではない。
つまり意識が概念を表出するわけではない。
このように主観あるいは意識を主語に立てると、君の指摘するように矛盾撞着する。
厳密には、こういうべき。
主観(意識)が働くのではない。
つまり「主観(意識)の働き」ではなく、“主観(意識)という働き”がある。
働きとは“力”の様態である。主観(意識)が働きとして「ある」のは、それが“力”だから。
“力”がどのように布置されると、どのような意識を表出するのかは、科学のテーマである。
貫かなきゃいかんの?
p土人
432 :
考える名無しさん:2013/09/13(金) 13:33:19.84 P
土人ってチョンとかシナのこと?
433 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/13(金) 14:06:48.56 0
>>430 いや、デカルトのように二元論でもかまわない。
そのほうが生活するうえでは、便利である。
そこを懐疑しただけ。w
434 :
tk:2013/09/13(金) 14:15:16.26 I
ひとが認知していることを認知しているってのは意識と深い関係がありそう。
436 :
tk:2013/09/13(金) 14:43:01.29 I
本当にありがとう!!!!!!!
怖いくらいベストタイミング
やっぱり院は脳研究にすべきかなあ
>その結果、小さい量と大きい量は脳の別の部位で処理されていることが判明。また、記号としての数字の
>認識は、数字の形や単語の認識から派生しているのに対し、量の認識は視覚処理から派生しており、
>数字と量の認識ははっきりと分かれていることも分かった。
モノ的な捉え方とコト的な捉え方の話か?
438 :
考える名無しさん:2013/09/13(金) 14:59:00.41 P
カントも読まずに哲学をやるなw
本気で馬鹿か?
440 :
考える名無しさん:2013/09/13(金) 15:29:08.62 0
>>348 >物事の本質が何であるかということ。
>私は、「モノ(物)」の概念を、形而上的事象と形而下的事象で構成された存在と定義している。
この世のすべての事象(モノ)の本質を究明する為に、最も適切な思考法は、「方法的懐疑」が
良いと考えている。
「方法的懐疑」により、すべての「既成概念(事象=モノ)」を、「少しでも疑わしいものを厳密に
斥ける(廃棄する)」 この一連の思考過程を経て、「疑ったり、考えたりしていること、つまり、
自分(主観)の意識の働きそのものは、存在している。」とデカルトは記述している。
確かに、自分の意識の働きそのものは、存在しているのであり、誰もこの「私が在る」という主観的な
意識を否定はできない。
事象(物事)の本質は、「私」という存在が、どう「客観的存在」と関わっているのかの「解明」であると思う。
デカルトが、省察(三)で「ある仕方で思惟」によって客観的存在である「外部に触れる」という表現で、主観と
客観の「合一」に到達している。
方法的懐疑により、高次元の「超越論的領野」で、主観と客観の「合一」を達成している。
デカルト哲学の特徴は、高次元(超越論的領野)にて、主観と客観を分離し、「ある仕方(思考法)」により、
主観と客観の、再「合一」を可能としている点であると思う。
カントを理解できない人間が分析哲学に行ってしまうのだね。
そこしか行くところが無いということだね。
>本質を究明する為に、最も適切な思考法は
そして結果にたどり着けない。まあ哲学はたどり着く前の段階だからそんなもんな。
>>429 主観と客観の構図を抜けるとはどのようなことなのでしょう。
私たちが使う言葉の意味はどこかで客観的な対象を指し示すことにつながらなければ
意味を伝えることはできないと考えられます。
また、それぞれの人の見識はその人の主観であると考えられます。
このような主観と客観は、そう分けて呼べば分けられると考えられます。
分ける場合は分ければいいし、分けないのなら最初から分けなければいいです。
調定や合一は何を目的としているのでしょう。
>>443 >主観と客観の構図を抜けるとはどのようなことなのでしょう。
貴方の過去の発言からみればそれを了承することはまず無理である。
説明しても拒絶するだけ。
主観や客観は意味があって使用されている言葉である。
オレは唯物論者だけれど、自分の意見は自分の主観であると考えられる。
P土人はカント(18世紀の遺物)基地外の信者w
447 :
考える名無しさん:2013/09/13(金) 18:43:47.97 P
>>440 つまり、デカルトの賛同者なわけだね?
漸く理解できたわww
ところで、何らかの定義によって、主観(或いは主体)と客観(或いは客体)を「分けた」のならば、「分けられる前」という合一思考に行き着くのは当然の論理だ
合一できたならば一元論になるし、合一出来ないとおもうならば二元論になる
448 :
考える名無しさん:2013/09/13(金) 19:05:20.77 P
だが、主体と客体がどうやって分けられたかなんて、すぐに答えが出るだろう
即ち自分の誕生=いのちではないのかね
自分が生まれたから、主体と客体に分けられたのだ
ならば、合一した答えとは、いのちしかあるまい
P土人はカント(18世紀の遺物)基地外の池沼信者w
460 :最低人類0号:2013/09/06(金) 21:09:06.82 ID:UMTGMr+10
◆nyDbrW8/YE = 非因果的ブラックボックス(哲学板荒らし) = きゅむ(AKBスレ荒らし) = 慶応大学 理工学研究科 後期博士課程 h?r? t?k?sh?
アイドルはまだしも、
こいつの学歴差別ならぬ「学歴差“蔑”」は完全アウトだからな。
各大学や大手企業(特に三菱系)へ対する病的に激しい名誉毀損。
物理学の大学院生としては許されない明確な詭弁の数々。
本来の意味での確信犯。
これで慶大が放置したら、慶大も同罪な。
451 :
考える名無しさん:2013/09/13(金) 20:56:45.70 0
「いのち」という概念は、複雑な概念を含んでいる。
つまり、この「いのち」の概念は、「物質的」なものと、「精神的」なものが
「二重性」の性質を持って、存在している。
ニ−チェの場合は、いのち(生命)を根源として「力への意志」と記述しているが、
これは、「いのち(生命力)」が意志(精神)として現出している。
一方、メルロ=ポンティは、「いのち(生命)」を「私の肉(個体)」は多くの「身体(肉)」
に分かれて共有される」と述べている。
これは、「いのち」を「物質的」ものとして捉えられている。
452 :
考える名無しさん:2013/09/13(金) 21:14:42.59 P
詰まる所、主体と客体の合一とは、確定的にいのち(生命)ではあるが、それをどの様に捉えるか、或いは正確に記述するかが問題になるといえる
453 :
考える名無しさん:2013/09/13(金) 21:21:35.80 0
P土人はカント(18世紀の遺物)基地外の池沼信者w
454 :
考える名無しさん:2013/09/13(金) 21:57:43.81 0
>>447 >何らかの定義によって、主観(或いは主体)と、客観(或いは客体)を
「分けた」のならば、「分けられる前」という「合一思考」に行きつく。
>デカルト哲学の特徴は、「日常的意識次元」と「超越論的意識次元」という
二通りの「高次元(超越論的)」と「低次元(日常的)」の領域がある。
何故、デカルトがこの様な「日常的次元」と「超越論的次元」を設定したかと
言うと、当時、「スコラ哲学」の解体を視野に入れていたと思うが、それだけではなく
新しい学問、新しい理論を創造するためには、どうしても既成の概念(古い論理、理論等)を
一度、「解体」しなければならないからである。この観点から、「方法的懐疑」により既成概念を
解体したのである。
この「方法的懐疑」により、「スコラ哲学」は解体し、新しい学問が創出して行くこととなる。
デカルト哲学の場合は、高次元(超越論的次元)から超越論的な「合一思考(=心身合一)」を
している。
従って、上記の「分けられる前」という「合一思考」は、低次元の「日常的意識次元」の「合一思考」
ということになります。
つまり、主観と客観の「分けられる前(心身合一)」の定義には、日常的意識次元と超越論的意識次元の
二通りの「心身合一」の概念があります。
455 :
考える名無しさん:2013/09/13(金) 22:24:19.24 P
>>454 なぜ二通りあると言えるのかな?
次元の違いをどう分けるのだ
hira takashi
test
脳は物質。
test test hira takashi
単一分子SERSの時間分解測定
463 :
「機械的唯物論」者:2013/09/14(土) 00:51:46.90 0
みなさん、高校の物理学程度は常識だと思いますが、どなたも学習した
事がないようにお見受けします。
この国の学校教育プログラムは中国や韓国の「歴史教育」と同程度に
「狂っている」のではないでしょうか?
「H2Oが『水』であることは知っている」というのは「本当に知っている」
のか疑問です。「自分の身体の70%は水で出来ている」ということと「演繹」
すると「自分(の身体)の70%は水素原子2個と酸素原子1個の化合物である」
・・という「事実」を認めることになり、自分の「意識」が局在する「脳」に
ついても「70%の水分がなければ一瞬も機能しなくなる」ことは明確です。
要は「脳は物質である」「(自己)意識は脳の働きで形成される」という「現実」
を直視し、「それならば(物質の働きとしての「私の自意識」とは何なんだろうか?」
・・という発想に至らなければ「おかしな自己欺瞞」だと断定せざるを得ないという
ことであり、このことは最近の大脳生理学や分子生物学の成果がもたらしたことであって、
カントやヘーゲルやその後の観念者さんたちが起こした「共通の勘違い」についても
暖かく同情的に「歴史」の中に入れ込むことが出来る・・ということです。
まず「基本的(中学レベルの)科学の知識」が必要であるということなのです。
量子論の「二重スリット問題」「猫の問題」は、それらを理解した方たちとしか
(存在論・認識論としての)議論のしようがありません。
>>462 まだ懲りずにうろついていたのか、ブラフオックスのあれは。
465 :
あまの:2013/09/14(土) 01:09:30.50 P
さすが機械さん。
スレを、ここ数年何事も無かったかのように、初心に帰らせてくれるわ。
466 :
「機械的唯物論」者:2013/09/14(土) 01:20:48.00 0
「我々が属している『ザ・太陽系』が属している『ザ・銀河系』」には
2兆個の「その他の太陽系」が属しており、また、『全宇宙』には
さらにその「銀河系宇宙」が1兆個以上存在することは「望遠鏡で見える事実」
ですから、その中で、「地球だけ知的生命体が存在する」と考えるのはあまりに
「キリスト教的(あるいはイスラム教的)世界観」です。
「この宇宙」には人類と同じような「進化」を遂げた「知的生命体」が沢山
「存在する」はずですが、その「存在」ということと「同時に」ということが
「簡単ではない」ということを指摘したのがアインシュタインの「相対性理論」
なのです。
まあ、物理学の世界では「当たり前の理論」ですが、同時に「当たり前の理論」
となった「量子力学」との整合性をとることが今ひとつ「難しい」ということで、
「この世界についての『鳥瞰図』」が描き切れてはいませんが、ヒッグス粒子が
発見された現在、それもそれほど遠くない未来だと思われます。
「宇宙の全て(勿論『私』とか『脳』とかを含め)が説明できる時代はそう
遠い未来でもないと思います。
467 :
考える名無しさん:2013/09/14(土) 01:25:08.04 0
初心もくそもない。
終始頭の凝り固まった変態が歪んだ屁理屈で自己アピールし合うだけのクソスレw
468 :
考える名無しさん:2013/09/14(土) 04:31:43.65 0
精神病棟スレ
469 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2013/09/14(土) 05:12:23.98 0
>>440 :考える名無しさん:2013/09/13(金)
>この一連の思考過程を経て、「疑ったり、考えたりしていること、つまり、 自分(主観)の意識の働きそのものは、存在している。」とデカルトは記述している。
この辺にデカルトさんの致命的欠陥があります。
一連=同一・・・と考える事です。
ある瞬間の主観と次の瞬間の主観は同一では有りません、その前の意識の記憶が付加するのだからこれは自明の事です。
勿論自我は同一です、其れは前の自我と今の自我は同一であると主張することで同一性を保っています、逆に言うと無常な意識や主観だから自我の同一性を常に主張しなくてはならないともいえます。
従って「超越論的」などは絵空事であり、常に人間は振り出しに戻って主客の相対的緊張に晒され続けるのである。
>誰もこの「私が在る」という主観的な 意識を否定はできない。
まさにこの事しかない。
瞬間瞬間の「私がある」の繰り返ししかない、その繰り返しを連続と捉えるのが自己同一性と言う幻想である。
勿論それは意味ある幻想ではある。
>>463 意識は機能だから、脳は意識を実現するための方法のひとつでしかない
でしょう。
471 :
考える名無しさん:2013/09/14(土) 10:55:31.96 P
未来の出来事のみに関していえば、必然性=可能性ではないだろうか
まず不可能という事態は起きないこと
全ての可能性は現在からの因果律により、起るべくして起ること
つまり、可能であった事態が起るべくして起るのは必然ということ
このスレは
極悪嵐BBこと平敬に
監視されています・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
>>470 >意識は機能だから、脳は意識を実現するための方法のひとつでしかない
方法のひとつではない、
単体で実現するのでもない、
脳は意識のありようの部分でしかない。
その機能が単体やそれ以外の要素を全く互換性のない違うものに
置き換えても同じように機能しないならそれは機能の一部であって
方法の1つではない。
474 :
考える名無しさん:2013/09/14(土) 12:45:34.51 0
>>469 方法的懐疑は、「少しでも疑わしいものは、偽として斥ける」。この「方法的懐疑」は、
下位層(日常的次元=可疑性)から上位層(超越論的次元=不可疑性)へ上る(のぼる)と言う
イメ−ジを持つと、思考過程がより分かり易い。
「偽」となる既成概念を排して行き、その「頂点」としての「超越論的主観」は、「不可疑な領野」です。
「不可疑な領野」は、デカルトも述べているように、「数字」、「時間」、「空間」、「五感=感覚」等々の
「モノ(形而上的事象と形而下的事象)」としての一切を「偽」として斥けている(排している)。
反復すると、方法的懐疑により、極限に到達した「不動の極点(私)」が、「不可疑な領野」であり、時間・空間も「偽」
として排した領野として存在している。
従って、「超越論的領野」は、時間・空間のない領域なので、「差延」という概念も、「時間の流れ」もない。
この「不可疑な領野」が、「不動の極点」と言われるのは、「不可疑性の領野」であることが根拠となっている。
475 :
考える名無しさん:2013/09/14(土) 12:54:47.55 0
それは思考とは言わないな
476 :
天才:2013/09/14(土) 13:03:32.70 0
思考は永遠に相対的概念だ
なぜ思考の発生ポイントを見ようとしないのか
たぶん意識が思考そのものだと思い込んでいるド低脳だからだ
477 :
天才:2013/09/14(土) 13:04:43.98 0
どのような心温まるすばらしい体験をしたところで
それは1exprienceに過ぎない
478 :
301:2013/09/14(土) 13:19:51.22 0
>>429 :ゲーム
ゲーム氏はよく「最高位のいう《私》」に言及するけれども、
「最高位のいう《私》」(あるいは《主観》ということの本当の意味)を、ゲーム氏は理解していないと思います。
前々のスレの>974で私が書いた、あまの氏あてのレスは、内容的には、素人氏と感嘆子に向けて書いたことですが、ゲーム氏にもあてはまります。
だから、最高位と素人氏や感嘆子との会話が全く噛み合わないのと同じく、最高位とゲーム氏との会話も噛み合っていなかった。
>974の「全てを物理現象として見る」の「物理現象」のところに、ゲーム氏のいう「力」を当てはめてみてください。
「最高位のいう《私》」(あるいは本当の意味での「主観」)は、その「見る」のところに(隠れて)あります。
しかしゲーム氏は、
>>429で、「主/客を貫く何かを“力”とみなしたのである。」と書いており、
この「みなした」のところに《(本当の)主観》があることを自覚していません。
「主/客を貫く」のところに出てくる「主観」は、最高位のいう「お人形」にすぎないのです。(最高位の「お人形」発言は前々スレの>606)
前回の私の質問は分かりにくかったと思いますが、その「見る」あるいは「みなした」のところに《(本当の)主観》があるということを踏まえての質問でした。
つまり、「みなした」のところにある《(本当の)主観》から見れば、ゲーム氏のいう「力」も、「お人形」の位置にあるということ。
そして、ゲーム氏は「主/客を貫く」と言うことによって「力」によって「主観」を包摂したつもりになっているけれども、
それは最高位のいう「お人形さん遊び」であるということです。
《(本当の)主観》は、そこにはなくて、「みなした」のところにあります。
479 :
301:2013/09/14(土) 13:23:31.46 0
>>422 :ゲーム
「空」というのは、物事には固定的な本質がないということであって、ゲーム氏が思っているような「虚無」ではないのです。
「空」つまり「固定的本質はない」ということは、言い換えれば「実体としては無である」ということです。
般若心経に「無・・・無・・・無・・・」とでてくるのは、この「実体としては無である」ということをいっています。
では、「実体としては無である」のならば、「『何』としては有である」のか?という疑問が生じます。
それに対する仏教の答えは、「『仮(け)』としては有である」というものです。
この「仮(け)・仮設(けせつ)」という思想は、「空」を理解する上で最も重要な思想だと思います。
「空」に関心があるのならば調べてみてください。
モダン主義のパッチワーク思想
481 :
天才:2013/09/14(土) 13:46:58.52 0
論理が円をぐるぐる永遠に一周するとすると 空はは円をジャンプしてそこに至らなきゃいけない
論理は永遠に相対的概念であり、抽出した瞬間に賞味期限が発生するが 空がまずある
よって直感が先 論理が後だ そして直感はマルチレイヤーなので 指が100本ぐらいないと書けない
真理は至る道のない土地だ 人が悟るのではない 空が向こうからやってくるのだ
つまりセレンデピティを抽象化しようとする時点で発酵している
お前ら老廃物の固まりだよ 一つの思考や真理でやってけるはずがない
問題は直し続けるしかない
そして人生は忘れまくったほうがいい 目指せ認知症
482 :
天才:2013/09/14(土) 13:49:10.03 0
馬鹿は世界を統合したがるが
俺のように終始統合にいる天才は、別に統合も飽きてくる
ブラウン管を見てる気分だぜ 馬鹿とともにたまには溺れたくなってくる
483 :
考える名無しさん:2013/09/14(土) 14:10:50.18 0
仏教に於ける「空」の概念は、有限なる自我に対する「自我の消滅=無我」の領域を
現している。
この「自我」を「主観」と定義すれば、主観と客観の「未分化の領域」が「空」と解釈出来る。
西洋哲学では、この「主客未分化の領域」を「純粋経験」と定義されている。
仏教と西洋哲学は、言語の概念が複雑で、なかなか共通点はないが、この「主客未分化(=空)」は、
東洋哲学と西洋哲学の共通の概念として意味をもって来ると考えられる。
484 :
天才:2013/09/14(土) 14:31:45.10 0
天才な俺が神に即位したときは回りから反対されたが
すべて粛正したので問題はなくなった。
ときどき肉片になった周囲の週末が記憶に蘇ることはあるが
俺に逆らった結果だから仕方が無い
485 :
天才:2013/09/14(土) 14:42:03.22 0
天才よ間違いない
21世紀もまったく新しい楽園となるだろう 疑いの余地なく
それゆえ歌舞伎町の夜は永遠の光を放っている
この大いなる死の懐かしさにおいて
21世紀とあらゆる時代に限りない感謝を込めて
486 :
天才:2013/09/14(土) 14:56:24.79 0
天才なら天才らしく
とかアフォの分際で、
俺のオーラが見えないのか?
23世紀から来た俺に何をいっても無意味だ
487 :
天才:2013/09/14(土) 14:58:05.62 0
共感覚な感覚が増えてくるだろう
これからは
488 :
考える名無しさん:2013/09/14(土) 15:11:11.10 I
/ ̄ ̄ ̄ ̄\
/;;:: ::;ヽ
|;;:: ィ●ァ ィ●ァ::;;|
|;;:: ::;;|
|;;:: c{ っ ::;;|
|;;:: __ ::;;;|
ヽ;;:: ー ::;;/
\;;:: ::;;/
|;;:: ::;;|
|;;:: ::;;|
/ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄\
|;;:: ::;;|
|;;:: ::;;|
489 :
考える名無しさん:2013/09/14(土) 15:13:39.19 I
「指が百本くらいないとかけない」でワロタwww
デカルトから疑ってしまえばいいのだよ
方法的懐疑の逆をしてみよう。
少しでも信じる余地のあるものは正しいと信じてしまおう
そして、まったく信じる余地のないものを完全な嘘としてみよう
完全なる嘘は可能だろうか?
何も存在しない
いかなるものも存在しない
この世はまったくの無である
論理も存在せず、疑いも存在せず、思考も存在しない
それこそが完全な嘘だ
嘘を嘘と見抜けない人は2ちゃんには向かないらしいが
なぜ、上記のことが嘘と分かるのか?
論理が相対的なものでしかないならば、
ある嘘と本当を区別することは、論理の側にその根拠を持たないはずだ
491 :
天才:2013/09/14(土) 15:52:59.44 0
>「指が百本くらいないとかけない」でワロタwww
俺の指は5000本ある。
492 :
天才:2013/09/14(土) 15:56:16.76 0
>>489 無意識な超高速な情報処理を言語で言えた気になってるから馬鹿だよな
しかも馬鹿はそれを体系化して確固たるものとして応用し始めるからな
あくびが出る瞬間を言語化されても それは映像化された方がわかりやすいし、よけいな概念が混ざってないからいいなじゃね?
そのメカニズムはわかってないし、オカルトか人間性から発信してる科学という精神運動になる
つまりトリックスターの方が宝くじに当たる確率が高くなる
どんだけ未知か知ることが少なくとも知性の道だ
インテリはわかっ気になってるだけのごみだ
493 :
天才:2013/09/14(土) 16:05:12.49 0
494 :
天才:2013/09/14(土) 16:07:23.98 0
無ってなくならないでしょ
なんにもないってことは壊れないってこと
後はチューニングあわせるだけ
つまり俺がそんざいしてるわけから
495 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2013/09/14(土) 16:13:32.19 0
>>466 :「機械的唯物論」者:2013/09/14(土)
>「宇宙の全て(勿論『私』とか『脳』とかを含め)が説明できる時代はそう 遠い未来でもないと思います。
このような議論は今まで何回もしてるかもしれませんが、もう一度。
例えは青と言う色は物理的には完璧に説明されていると思います。
しかし「僕の心はブルーだ」などと言う言い草の意味、ニュアンスなどは、科学で扱うものでもないし物質に還元できないと言う事なのです。
たとえその気持ちになった時の脳の状態が科学的に解明されても言葉の意味(観念)などは科学的に解明出来ないし、する必要も無いんです。
「物質は精神を規定する」この通りなんですよ、物質は規定する立場なので、自らに還元は出来ないんですよ。
>>474 :考える名無しさん:
>「偽」となる既成概念を排して行き
なんじゃそれ?
では「私」の場合は?・・・さっきまでは元気だったが眠くなったら「私」と言う意識は無くなってしまうのは貴方も経験できると思うが・・・
「私」は「少しでも疑わしい」に属するんじゃあないの??
確かに「私」を意識した瞬間は時間も止まって「不動の極点」といえるかもしれないしかし一晩寝て次の朝の「私」は昨日の私でないのは明らか。
時間とか記憶の差異があるから・・・
もし其れを普遍的な「私」としてみてしまうと色々不都合が出る。
時間、経験を超越しているので「私」はビッグバンの前から存在して未来永劫続く事になる、それは霊魂みたいなオカルト思想だ。
「私」は確かに意識するが其れは脳の存在に負っている事実はそれこそ「疑いの無い事実であり概念」でしょう。
五感無くして意識なし・・・絶対の真理。
思想と言うのは常に物質、時間、力とかに寄り添って構築されねばならない、これがじいさんの観念論です。
496 :
天才:2013/09/14(土) 16:52:43.56 0
記憶を辿って行くと生きて行く必然性がなくなると思う(それ自体が発生した瞬間に発酵する空気に触れた瞬間に死滅する物質だから
ここに気づくか気づかないかが天才の分かれ道
いまだかつて絶望しない天才がいたか?
つまりさ、論理は二値を相対的に扱うように見えて、
その実、ある隠された価値を前提にしている
それは「存在」とか「真理」などの言葉で隠喩される類ではある
が、そのような価値もまた疑いうる
我々は知性ある生命として、
知性、言葉、論理などを使用する側
としてある一つの価値に強くコミットしている
しかし、現代において、一つの価値に強く帰衣することは、弊害もあるのではないだろうか?
我々は自らの知性に対して、どのように向き合っていくべきなのだろうか?
カントは理論理性と実践理性の適用範囲を区分けした
ありていに言えば、科学の領域と信仰の領域を区分した
しかし、論理実証主義の失敗から分かったことは、
経験科学と形而上学とを厳密に区分することなどできない、ということである
科学の領域においても、信仰とさほど変わらないものも混じっており、それらをすべて排除することはできない
カントにおける、理論理性と実践理性の適用範囲もまた、厳密に区分などできないということでもある
我々は理論に対するにあたり、実践理性の使用を余儀なくされている
現代において、理論について考えるにあたり、我々の実践(生き方、理論に対する態度)と区分して考えることなどできないのではないだろうか?
499 :
天才:2013/09/14(土) 18:24:25.62 0
知性の結論は虚無だよ
情熱とは権力欲である 情熱には愛憎が含まれている
家族を愛するものから戦争を行うだろう
これがこの世界の単純な真理ある
人は愛憎を通過して愛に目覚めなければいけない
この言葉がどんなに陳腐に聞こえようが
考えられないくらい愛してる
一人ひとりが気づくしかない
リアルに
哲学、宗教、科学、法律に善悪の基準を置くなら
全面戦争は避けられないであろう
無用性こそ有用性だ
覚者は何も強いることがないように
カントの実践に対する考え方は稀有である
カントの道徳論はその幾何学的扱いから。かなり特殊である
しかし、カントとは別の道徳論もある
それは、「人は利益追求の機械だ」「人は欲望に従って行動する」という考え方だ
カントが言うには、このような考え方は、道徳の欠如(実践を幾何学的に扱う精神の欠如)ということになる
人が利益に従うしかできないならば、
理論と実践の厳密な区分ができない以上、
理論もまた利益に従うためのものと見なさざるを得ない
501 :
考える名無しさん:2013/09/14(土) 19:35:35.04 0
>>490 >論理が相対的なものとは?
>ある嘘と本当を区別することは、論理の側にその根拠を
持たないのは何故?
502 :
考える名無しさん:2013/09/14(土) 19:52:07.93 0
>>501 どうでもいいことなのだろうけれど
貴方の>の使い方について
それにどんな意味を持たそうとしているのか
よく分からないのだが
よければ教えてくれないか
503 :
神:2013/09/14(土) 19:55:29.30 0
神は死んだ、死なせたのはオマエラ。
神を生かすのは神を偶像化させずに神を正しく
捉えたものだけ。
はかりしえない未知、計ることができない未知を計れるのは神の言葉だけ。
おまえらが失ったのはそれだ。
神を求め神を謙虚に扱えるものにこそ神の力は与えられる。
すべての何か?は神でしか知りえない。
>>503 神さま、降臨してくれるのはありがたいんですが、天界の言葉は我々には
通じません、そのネタを我々は語ることができないのです。
もうこなくていいです。
>>502 糖質乙
505 :
考える名無しさん:2013/09/14(土) 20:00:34.73 0
506 :
考える名無しさん:2013/09/14(土) 20:02:30.16 0
>>490 >少しでも信じる余地のあるものは、正しいと信じてしまおう。
>人間は本質的に、「欲」というものを根底に持っている。
少しでも信じる余地があれば、自己の「欲望」に合わせて、何とでも「それは正しい」と
作り変えることが出来る。
従って、少しでも信じる余地を「正しい」と捉えてしまえば、この世に「真」なるもののない世界となる。
それは、人間の歴史を見れば、一目瞭然である。
507 :
しゅらけん:2013/09/14(土) 20:07:08.38 0
天才が元気なのは!解き放たれたからなの!これからはいつでもテ・ン・サ・イ!
PCでもケータイでも天才は莫迦を馬鹿にできるの!
同人で仕事する夢は遠くなるけど!ベーシックインカムくるから大丈夫!
人生前向き!でも俺はアニメ向きだけれどね
508 :
考える名無しさん:2013/09/14(土) 20:18:39.27 I
天才バカボンがいる件について
509 :
考える名無しさん:2013/09/14(土) 20:21:12.91 I
まあ、無意識な超高速な情報処理ってのは同意できる
510 :
天才:2013/09/14(土) 20:21:56.99 0
しゅらけんお前天才だわ 一発でわかった
まず馬鹿に言っておこう 戦争をとめようとするものが大勢集まってまず戦争をしかけるだろう
根本的に馬鹿は自分の情熱が正しいと疑って仕方がない
537みたいな個人個人ふざけた無用な天才が大量に現れることを待つのみである
>>501 普通の感覚ならば、命題の真偽を図るのはその経験的内容であって、論理ではないということは分かってることだろう
「昨日、東京で雨が降った」という命題の真偽は、その経験的内容に照らし合わせて判断されるのであり、
論理そのものが判断することはできない
論理ってのは、経験的内容に沿わない言葉上のルールでしかないからね。
では、どんな命題もその経験的内容によって二値的な値が変化するかというと、そうではない
トートロジーや矛盾といった言明があるからだ
では、トートロジーや矛盾以外では必ずそうかというと、、、、
「私は嘘しかつけない」という発言はパラドックスを犯す
このように、意味の上では矛盾をおかさないが、
意味と行為とか矛盾をおかすという類のパラドックスがある
我々はパラドックスを忌避するが、しかし、パラドックスは厳密に論理のルールに反しているわけではない
このような類がある
「何も存在しない」という言明も同じパラドックスを冒している
我々はある種のパラドックスを忌避することで、論理の中のある価値観にコミットしている
懐かしのコテ大集合だな
論理と実践は切り離せない
それは、厳密に考えれば当たり前の態度だと僕は考える
ただし、悟性の性質を世界を超えて転用させるならば、まったく異なるように映るかもしれないが。
この態度を分かつのは、世界に対する知的謙虚さである
自分が世界に対して幾ばくかでも知っていると考えたり、
ないし、人の行動原理に対して知っていると考えるならば、
まったく違うように世界は映るのかもしれない
>>506 そんな、なんでもかんでも信じてしまう人がいたとして、その人がすべてを信じてしまうかというと、そうではない
ある種の言明は、そのような人でも「嘘である」と判断できるだろう
これが判断できないならば、その人はとても論理的ではあるが、
論理的でありすぎていて精神異常者クラスだ
哲学の一部の人たちは、そのような精神異常に半歩、足を踏み入れている
そして、自分が精神異常者ではなく健常であることに何か理由はあるのか?などと考えたりしている
514 :
あまの:2013/09/15(日) 00:22:49.82 P
ちょっと異常なくらいが丁度良いんですよ。
515 :
あまの:2013/09/15(日) 00:29:19.27 P
真に優れたものは異常なものですから、完全な健常者はそれと縁がありません。
「異常」とか「正常」という言葉は、その集団から見た言葉だ
517 :
あまの:2013/09/15(日) 00:34:33.37 P
哲学だって知性の異常な使用方法なんですよ。
あくまで、ある集団から見て「正常」とか「異常」という言葉があるだけ、
集団が異なれば、あちらが正常でこちらが異常だ
ただ、多い集団に属したいだけなら、
状況に応じて「正常」になるように集団を移動すればいいだけだが、
世界に1人であってもそこに理由があるとするならば、話しは変わってくる
519 :
あまの:2013/09/15(日) 00:41:19.17 P
俺の「異常」の意味は、
>哲学の一部の人たちは、そのような精神異常に半歩、足を踏み入れている
これにおける「異常」の意味と全く同じです。
520 :
あまの:2013/09/15(日) 01:00:24.58 P
このスレにおいて、俺が「健康的だなあ」と感じのは機械さんと抄録氏であります。
健康な哲学ということか…なんか変だ。
522 :
ナル:2013/09/15(日) 02:03:25.67 0
あまり多くの、またはあまり少ない酒。
彼に酒をやらないでみたまえ。彼は真理を見いだせなくなる。
あまり多くても同様。 (パスカル)
523 :
ナル:2013/09/15(日) 02:16:07.63 0
>「人間的」の範囲とか輪郭とは、何だろうかね
人間的な「時間」
時間は相対できない
524 :
ナル:2013/09/15(日) 02:19:35.49 0
主観の本当の定義は、振り返れないこと
525 :
ナル:2013/09/15(日) 02:47:21.36 0
記憶について、少しばかり内省してた
過去を思い出して考えてた
子供のころの、ソフトボール大会で強豪チームを破ったときのこと
最後の打者は強烈なスラッガーだった
4点リードがその回で詰められ、2点差で2アウト満塁
フルカウントで、速球重視の、四球でも5番打者勝負でいいと投じた
ストライクコースで、ファーストフライに打ち損じた
その場面が、マウンド上の主観目線の画像でイメージされない
過去の場面を思い出すとき、それは俯瞰した構図でしかイメージされない
つい先日に墓参りいったときのことも、さっきタバコ吸ってたときも
目線で眺めてた映像が思い出せない
自分の姿を含めたような、鳥瞰的な構図になる
いや、この内省は本当に正しいだろうか
景色だけを、物だけを目線から見て区切られたような映像も思い出せる
・・・脳はやはり、記憶のイメージをもそれらしく(ありえない図で)でっちあげるのだろうか
526 :
ナル:2013/09/15(日) 03:05:29.32 0
>論理が円をぐるぐる永遠に一周するとすると 空はは円をジャンプしてそこに至らなきゃいけない
離散的な定常波でしか捉えられないというのは、それが論理の限界だから
2乗することで値が定まる
デジタル時計はその間が反復されることでその単位を定められるから
527 :
ナル:2013/09/15(日) 03:14:53.88 0
「空」にもっとも適したモデルは何か?
根拠はないが、「渦」だ
『素粒子の宴』という本のなかで、南部先生がこういうことを提案していた
粒子と粒子の相互作用でなく、つまり点ではなく
渦と渦の相互作用で考えてみたらどうか、と
そのことがすっごく頭にひっかかってる
528 :
ナル:2013/09/15(日) 03:29:21.77 0
自然と同一することが歓喜であるとは、自明に思えない
自然に能動的であることと、受動的であることの内実が明晰でない
少なくとも、それにもっと考察が要る
529 :
ナル:2013/09/15(日) 03:44:50.90 0
ときどき、神がいるんじゃないかって瞬間に思えるときがある
神(自然)と同一してるんじゃないかという錯覚を感じるような
そのときに強く思うのは、「必然」ということ
たぶん、飲みすぎても少なすぎても、早すぎても遅すぎても
ああ酔ってるw
530 :
ナル:2013/09/15(日) 05:07:27.39 0
>デジタル時計はその間が反復されることでその単位を定められるから
この例えは正しくないw
531 :
ナル:2013/09/15(日) 05:16:40.58 0
眠る寸前だったのに起きてもうた
532 :
ナル:2013/09/15(日) 05:24:58.42 0
>主観の本当の定義
本当の主観の定義、だな
何がほんとって、目は目を知れないことのように
「見て」いるものは誰もいないじゃない
533 :
ナル:2013/09/15(日) 05:39:21.77 0
いったん切れて集中を失ってる
人はなぜダメだと思ってることを、ときどきやっちゃうのは
自然の契機を掴めてないからそれは駄目なんだ
こんなこと繰り返すのはうんざり
534 :
ナル:2013/09/15(日) 05:44:48.81 0
どうしても、時間平面の幾何学で考えてしまう
円状の鍵盤を奏でる神をイメージしてしまう
(また8回書けるのだろうかもう黙ろうか)
535 :
ナル:2013/09/15(日) 05:55:01.87 0
「宇宙の各物体がさまざまな振動の指数にすぎないとすると、
吾々はかかる方法をもって、単に精神的な種類のもののみならず、
新しい肉体とか、金属とか、星雲とか、そんな類のものの強度をも調節できるようになるであろう」(リルケ)
・・・
リルケの「かかる方法」とは、眼に見え、手に触れられる事物を、
見えざる、触れ得ざる動揺と昂奮とにたえまなく置きかえるような、言いかえると、
宇宙の振動圏の中にたえず新しい振幅をみちびき入れる努力に他ならないからである。(稲垣足穂)
536 :
ナル:2013/09/15(日) 06:00:17.22 0
天才って何人いるんだよw
「天才くん」って昔いたコテは「じいさん」じゃないの?
おーおーw
このスレで俺が健康的だなあと感じるのは
あまのくんぐらいかな
正常だなあと思うのはゲームさん
異常なぐらい普通だなあと思うのがカラスくん
・本当の主観の定義は振り返れないこと
いやこれはなぁ。。
何かが、振り返ろう、としてるのか?
その何かは主観か?
思いとしては理解できるし、多くの共感を得るとも思うが
しかし違うと思う。
私自身、記憶が俯瞰される経験はあまりないのだが
しかし俯瞰される刹那に、俯瞰する経験に遭遇する。
ここで遭遇ありきによって「遭遇するのが私だ」とするなら、
それが主観の定義ということなのだが
「遭遇するのは誰?」の思考構造を介入させると、ふりだしに戻る。
541 :
ナル:2013/09/15(日) 06:34:20.22 0
こんな時間まで連投して起きてる不健康な自分は秩序と美しさのために眠ることにします
神もそのために主語を失ったのでしょう
主語のないということが唯一の主観です
むかし達観目線でふざけたこと言ってた天才くんはじいさんじゃないだろ
じいさんは「まじめなほう」らしいから
おやすみである
良い夢が見れるようお祈りしよう
「この世は夢」を馬鹿にする私ではあるが
しかし夢というのは不思議なものだ
というのはな、
夢で誰かと会話していて
相手の言葉に心底驚愕することがあるのだ
そんなのおかしいだろ
俺の脳が作った世界で俺の脳が作ったキャラクターが語る
俺の脳が作った台詞に俺が驚愕するってよw
だからこの脳ってのは、俺のものじゃないのだ
天才君の文章は無意味だったからね
だからこそ価値がある
彼の文章は正常な人ならば読めない
理解不能だ
しかし、哲学をかじって、正常と異常の狭間に踏み込んだ者ならば、
天才君を相手にしなければならない
そう思うんだよね
というのも、天才君みたいな文章を切り捨てるならば
哲学という学問には存在価値がなくなってしまう
それこそ自然科学をやってればよいって話になる
そんな気がする
こんどは無意味の大安売りですか
かつての天才君のレスが面白いかも、と思ったのは
私の場合、最初の2,3日だけでしたね
そのあとは全くつまらない
惰性で書いてるだけ、の印象
まあ天才君も、誰かに面白いと感じては欲しかったでしょうけど
しかし面白いと思ってくれたのは、想いの人では無かった、かもしれん
人の世は・・・w
>>546 天才君の文章をまともに読めるはずがない
彼の文章は何ひとつ排除してない
それは矛盾といっしょで、いかなる意味も排除しない言葉ってのは、ほとんどの人にとっては無意味に思えるもの
まともな議論はできずに、きりすてねばならないもの
しかし、哲学者ってのは、議論をするための土台の価値を探る人がいる
そういう人からしたら、天才君ってのは相手にしなければならない
天才君の書いてる文章は、本物の異常者のそれ(彼自身は健常だろうが)
その文章との対話を考えないならば、正常と異常の狭間の哲学なんて、やる価値はない
ちなみに、俺は天才君の文章を読まずに対話を挑んだよ
彼の言葉が有意味なはずないから、「何を言ってるのかな?」って考えなかった
「よし、何も言ってないな」と考えながら相手にしようとしてた
ある人がPと発言する
別の人が¬Pと発言する
二人とも有意味なことを語っている
¬PをQと置き換えるならば
最初の人の発言は¬Qと置き換えれる
つまり、意味ってのは¬のつく量とほぼ等しい
で、矛盾はP∧¬Pなわけだけど、
ウィトゲンシュタインが言うには、これは何も排除してない
¬0
となるから無意味なのだそうだ
¬って、記号は書き込めないんだね
天才君がハイライトさんを相手に議論していた印象が全くありません
「何を頓珍漢なことを・・」と内心で思っていたのかどうかは
わかりませんが
感情を抑えるのに秀でた人徳者ではありましたからね。
ちなみに、天才君の発言の要旨はただ一つ
「何も排除するな」だ
ところが、上で説明したように、我々が有意味なことを語ろうとすることは、排除することと結びついている
だから、天才君の言葉というのは
「有意味なことを語らず、無意味なことを語ろう」と言ってるに等しい
これを相手にしないならば、
最初から有意味や無意味について考えるべきじゃないんだよ
僕は、まともに言葉を使う側の人間だ
言葉を排除しながら、有意味な言葉として問題と対話を提供する
その立場でありながら、天才君と対話を試みたことが大事なんだよ
哲学ってのは狂っててさ、無視したり、相手にしないって対応も、一つのコミュニケーション手段なのよ
僕らは言葉を大事にする価値にいるけど、
その価値がすべてではなくて、他の価値を大事にする人もいるだろう
大事なことはだ
価値の分断に合わせて会話の分断が起きてない、ということだ
それを示せるということ
それで十分なんだよ
誰かの言葉が契機となって思考が進んだのなら
当事者にとっては良いことなんでしょう
この布地が見えない奴は愚か者であると騙る詐欺師
見えない布地を褒め称える王様
王様は裸だと叫ぶ少年
誰もが意味のあることを言っていた
それで良いんじゃないですか
わたしはそんな立場にはおりませんが
「正常」とか「異常」という言葉を使わせてもらうけど、
ある種の哲学者の関心ってのは
「なんで自分は、異常じゃなくて正常な側にいるんだろう?」というものだ
もし、異常な価値で言葉を使う者が現れたならば、
この関心があるならば、会話を試みるのは当然だ
「異常な人とは会話できない」と切り捨てたならば
最初の問題にまともに取り組んでないことになる
ところで、哲学ってのはまた変わっていて
わざと異常者を振る舞う人もいる
ホンモノのキチガイとの区別ができないところがなかなか難しいが、
ブラックボックス君だって、わざとそう振舞ってるならば、哲学的に検討する価値があるんだよ
まあハイライトさんは、ブラックくんがばりばりの理系であることも見抜けない
その程度の教養人ですからね
抄録もたいしたことないな。
たいしたことあったときは一度もない
558 :
tk:2013/09/15(日) 11:10:19.54 0
でも、哲学書よむときは気をつけないとな
量は空間の中で考えられるっていうベルクソンの論理にほとんど疑いをもっていなかったのに、
「量覚」なんてのが発見されたんだがらな
批判的に読んでるつもりでも、あの美しい論理にはやられてまう
おまえらも気をつけろよ!
>>559 分かってほしくないから名無しにしてるんでしょ?
まあ、抄録がリアルで誰かなんてのも
俺以外は知らんから、どうでもいいことなのだが
>>560 560での君の行動は誘導されたんだよ。
>>558 量というのはですね、「特性の強度」である、というのが持論です(まあ普通の主張だが)。
これはもちろん感覚を契機としている。
ただ、それを科学的に計測するには空間に転写する必要があるってことでしょう。
五感が五感であるためには、それを支える別の感覚もやはり必要だ、
というのは、思惟を探れば予想できること、のように思いますがどうでしょうね。
結果論ですかね
>>561 それなら561での貴方の行動も誘導されたのですよ
そーゆーのって、あっさいわな
>>563 最初に予期して行ったのと後付の設定は完全に同じである(決定論
なるほど後から誘導したと言い張ればいいんだな。
566 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/15(日) 12:35:15.28 0
>>478 問題意識が違うし、その構制も異なる。
「本当の主観をしらない」と、君はいう。的をはずしている。
本当の主観は「何か」を云々しているのではないからだ。
君は依然として昔ながらの「主観とは何であるか」を問い続けている。
君の好きな言い方をすれば、その“本質”を論じている。私は、主観とその現前の
対象(客観)の「存立」を可能にしているのは何か。いいかえれば、主/客を貫いて
「ある」のは何かという“事実”を語っている。話が噛みあわないのは当然である。
さりながら君の「本当の主観とは何か」について答えるなら、それは“意識”である。
君は“みる”“みなす”の裏に「本当の主観」最高位の《私》じいさんのいう“自我”
が隠されているのに「お前はしらない」と得意の筆法を弄するけれども、それは“仮象”
すなわち幻想である。
「みる」「みなす」も働き(意識)だが、その外に“本当の主観”が隠されていて、意識
を動かしているわけではない。主観と称されるのは、徹頭徹尾“意識”なのである。
意識という働きの外に“私”“自我”“本当の主観”が「ある」わけではない。
567 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/15(日) 13:15:43.55 0
>>479 「虚無」などという使ってもいない言葉を持ち出して私を否定しても、それは柱に人形を
くくりつけて、それを叩いているようなもの。以下『般若心経』にのみ依拠しつつ述べる。
「空」については少し前のレスで“実体”なる言葉を用いて間接的に触れている。
実体とは“不変の本質”であり、そのようなものの非在を“空”と呼んでいる(らしい)。
一切は空であり、それは“色”として現前する、という。
唐突に君が持ち出した業界用語“仮”は色と同義? 隠語で答え、その説明をしないのは反則。w
“色”を私は「事象」と解している。事象は空…。
そういえば以前、たしか相手はじいさんだったと思うが、こういう質問をしたことがある。
一切が“空”なら、ここで語っている観世音もまた“空”か、と。
彼がどう答えたは忘れた。
相手が理系の教養があるのかは気にしているよ
相手が理系ではない場合は例えば自分が数学が得意だということに
しても気付かれなければいいわけで、それで会話がはずむこともあるわけ
呑み仲間の間では法螺吹きもステータスに成り得るんだよね
569 :
考える名無しさん:2013/09/15(日) 13:22:25.59 0
>>566 主観とその現前の対象(客観)の「存立」を可能にしているのは何か。と
問うているが、その問の解答は不可能ではないでしょうか。何故なら、
主観である理性(=認識)を超えているし、また、客観(物自体)の存在自体を
貫いている「力」を想定することは、架空の概念と思う。
570 :
考える名無しさん:2013/09/15(日) 13:41:59.39 P
>>569 力でないものが存在するなら教えてくれ
因みに主観も力(働き、現象)だよ
スゲー、力ばんのうー、力パネー
572 :
考える名無しさん:2013/09/15(日) 13:48:59.06 0
>>570 力でないものが存在しないなら
全ての存在が力なのだから
それをことさらに力だと言い募る必要はないね
極悪2ちゃん嵐の平敬は「自演」で獲物を探しています
懸命なる哲学板の皆様は「無視」してください
最近は名無しの「0」と「P」で使い分けています
★KO理工後期院生 電子工学 平敬(ヒラタカシ)
574 :
考える名無しさん:2013/09/15(日) 13:51:26.07 0
あいつはここまで低脳じゃないよ
>574さん、さすが彗眼の持ち主です
そうです平敬は低能ではありません
むしろここの誰よりもディベート力がありました
それは認めるしかありません
しかし平敬が突然この板からいなくなったのは自称東大生?という人物に
10連敗以上してからでした
皆さんが平敬をディベート力で勝てるならば心配しませんが
そうでなければ放置した方がいいでしょう
平敬はこのスレを監視しています
576 :
考える名無しさん:2013/09/15(日) 14:10:55.59 0
わるいがあの自称東大生は一勝もしていないし
知能レベルは普通
当人が本当に勝ったと思っているのなら
ただのおめでたい人だ
平敬はこのスレを監視しています
578 :
考える名無しさん:2013/09/15(日) 14:19:51.20 0
あいつはもう来ることはない
とっくに過ぎたことだ
何が悔しかったのか知らないが
いつまでも根に持つな
579 :
風真 ◆FUMA/Xddxs :2013/09/15(日) 14:25:32.76 P
580 :
考える名無しさん:2013/09/15(日) 14:27:53.31 P
とりあえずコテまた消す
581 :
考える名無しさん:2013/09/15(日) 14:30:11.20 0
平敬って非因果ブラックボックスっていうコテのことだろ
個人情報が出ちゃったからAKB板の連中が特定したらしいな
自業自得か
マジで慶応の院生だったのかw
大学行ってもアホは治らないって本当なんだなぁ
583 :
考える名無しさん:2013/09/15(日) 14:38:52.14 0
みの次男も慶應か
あそこもほんとDQNなクズが多い
ブラボには最高位とかコテはみんなカモにされたなw
頭が悪いからカモられるぅ
名無しはゴミ屑あつかいでしたけどね
586 :
考える名無しさん:2013/09/15(日) 14:48:57.58 0
ある意味、非因果は馬鹿発見器として機能していたかもね
そんな中、波平が健闘していた
相性というのは分からないものだ
でも「中卒波平w」とかいうこと奴が書き出してから消えたけどw
中卒であるかどうかは分からないが
学歴での勝負では勝ち目が無かったのだろうな
慶応が相手だものな。
東大>>>>……>>慶應(商・みの次男)>>…>慶應(神奈川理工・ブラ)>>>波平
593 :
天才:2013/09/15(日) 16:21:49.77 0
生き残ることが正しいとは思わない
まったく逆のパラダイムを感じている
590 :考える名無さん ◆5JB5Td0w.M :2013/09/15(日) 14:53:47.44 0
今回の漏洩で、ニート仲間だと思ってたブラックが博士で、波平が一流企業リーマンだったからのがショックなんだろ
595 :
天才:2013/09/15(日) 16:30:46.11 0
>>527 空に最も適したモデルは何か?
それは潜在的に全ての記憶の到達地点であり個々の輪郭がない中心のない円のような白い空間だと予感している、ここまでは人間の頭で考えられる
忘れてるのを忘れているとしたら そのトリガーを探した瞬間に無限後退するはめになる
ちょうど無重力で一度ボールを蹴ったら永遠に飛んでいくような 記憶の集合地に 主体も客体もない
そのような白い空間 イメージ的には精神と時の部屋かなあ
596 :
天才:2013/09/15(日) 16:33:25.86 0
つまり簡単にまとめると、記憶を探すネックも記憶であるから
そのような場所はカオスであり 探す必要はない 全部あるから
なにもないから つまり空はそのようなプレイス
597 :
天才:2013/09/15(日) 16:42:25.59 0
思考ってどこに血流集中してるかで決まる
それも単なる科学的な実用仮説だけどね
それは症状であって原因ではない
非分析的、非応用的な神が生きることが求められている
明らかに西洋文明も限界に達している
奇妙なことにこの1万5千年間に人類が文明を生み出したことは一度もなかった
科学技術がどれだけ発達してもそれだけでは文明とは呼べない
一度も人間が何であるか 実在する神が花開くことはなかった
598 :
天才:2013/09/15(日) 16:44:47.18 0
思考ってどこに血流集中してるかで決まる
それも単なる科学的な実用仮説だけどね
それは症状であって原因ではない
非分析的、非応用的な神が生きることが求められている
明らかに西洋文明も限界に達している
奇妙なことにこの1万5千年間に人類が文明を生み出したことは一度もなかった
科学技術がどれだけ発達してもそれだけでは文明とは呼べない
一度も人間が何であるか 実在する神が花開くことはなかった
599 :
天才:2013/09/15(日) 16:46:36.57 0
必然的に人類に平和や幸福を招来するであろう何かがこの文明には欠けている
死を死ぬほど嫌悪するブラックマジシャン、唯物、科学、権力に対する熱狂的関心
死に対する抑圧的な考え、宗教やイデオロギーに対する熱狂的関心
これら全て症状であって原因ではない
原因は人間が自分自身を見失ったこと にある
しゃぶれ
600 :
考える名無しさん:2013/09/15(日) 16:49:49.84 I
アカン、こいつ笑いの天才やwwwwwwww
601 :
考える名無しさん:2013/09/15(日) 17:42:20.92 P
確かに哲学じゃなくてギャグボエムだなww
602 :
考える名無しさん:2013/09/15(日) 18:11:02.70 0
オモロー
603 :
天才:2013/09/15(日) 18:13:03.83 0
必然的に人類に層化や幸福を宗教するであろう何かがこの文明には欠けている
死を死ぬほど嫌悪するブラックボックス、唯物、科学、権力に対する熱狂的関心
死に対する抑圧的な考え、学会やイデオロギーに対する熱狂的関心
これら全て糖質であって原因ではない
原因は人間が童貞自身を見失ったこと にある
しゃぶれ
604 :
天才:2013/09/15(日) 18:17:41.71 0
人間は平等ではない
ただしおしっこが出るのは尿道である
605 :
天才:2013/09/15(日) 18:20:00.60 0
ここでタマを口に含む際の注意点がある
それはサオがほったらかしになると言ううことだ
本田選手にマークが集中していて、香川がフリーであるのに気づかないということだ
ダイレクトパスを送れ
606 :
天才:2013/09/15(日) 18:24:50.16 0
愛するキンタマ様へ
今度、水戸黄門が海外進出でアメリカでも放映されることが決定しました
洋画のタイトルは〔The mito anale ザ ミト アナル〕だそうです
よかったですねwwww
607 :
考える名無しさん:2013/09/15(日) 19:00:53.79 I
やっぱり笑いの天才じゃなかった
608 :
考える名無しさん:2013/09/15(日) 20:03:21.31 P
BlogかTwitterでやれ
609 :
天才2:2013/09/15(日) 22:11:02.45 I
天才は確かに天才だ。
科学信仰の残骸の腐れた土壌から、
次世代の創造モンスターが続々と出現することを願う。
進化の劣化圧力に耐え抜いて咲く花が、
現代の科学万歳の毒草を根絶やしにする日は
来る。必ず。
610 :
天才2:2013/09/15(日) 22:16:09.87 I
俺が生きている間には見ることはできないがな。
自然を人間を監獄にぶち込んで、
堅牢な牢屋を破壊し、
破壊する犯罪者が創造を行うのさ。
この時に天才たるものが発生するんだ。
楽しみだわw
611 :
天才2:2013/09/15(日) 22:19:29.55 I
>自然が
の間違い
もうそろそろ、俺の中の悪魔が笑い出す頃だ。
612 :
天才:2013/09/15(日) 22:29:21.61 0
オレは世界一天才だ、
科学など糞くらえ、ポケモン最高、
モンハン4だ
613 :
「機械的唯物論」者:2013/09/15(日) 23:00:29.30 0
>>495 >しかし「僕の心はブルーだ」などと言う言い草の意味、ニュアンスなどは、科学で扱うものでもないし物質に還元できないと言う事なのです。
>たとえその気持ちになった時の脳の状態が科学的に解明されても言葉の意味(観念)などは科学的に解明出来ないし、する必要も無いんです。
>「物質は精神を規定する」この通りなんですよ、物質は規定する立場なので、自らに還元は出来ないんですよ。
まあ、確かに「真理を追究するのは哲学なり物理学の使命かもしれないけど、
俺が今女に餓えていて、法律を犯す危険さえなければ強姦魔になるという切実な
気持ちの方が重要なんだ。」とか言う方がいらっしゃれば(たぶん何人かは居る?)
それは(その方にとって)「真理の追究」などより重要なんだと思います。
ちなみに「ブルーという色」は実在しません。あるいは全ての「色」は
実在しないと言えるでしょう。
ある特定の波長の電磁波が眼(網膜)に入ったときに(人間の)脳が「作製」する
のが「青(他の色も全部ですが)という色」であり、例えばそういう脳を持っていない
(それが即「下等」を意味しないのですが)犬や猫やカエルや魚にとって「世界」は
「色など付いていない明度だけの世界(要するにモノクロ)」です。
実はモノクロ映画で「見える」世界でさえ、「外界を脳が翻訳した結果」にすぎない
と言う意味で、(物質と空間としての外界の実在)についての「正しい反映」では「ない」
のです。
外界としての「世界の正体」は、「電磁波や空気の振動である音波が飛び交う混沌」であり、
様々な生物の「脳」は(それぞれの進化の段階の結果として)その混沌を脳内で「勝手に構成」し、
それを「外界の意味」だと解釈し、生存しているにすぎない・・ということです。
そういう意味で、あなたの「ブルーな気分」が私の飼っている猫の「空腹な気分」より高等である
あるいは重要であるという根拠は全くありません。
私にとって強姦魔予備軍の切迫した衝動より飼い猫の腹具合の方がよほど重要であることは
間違いありません。
614 :
あまの:2013/09/15(日) 23:08:09.53 P
脳も外界ですよ。
615 :
「機械的唯物論」者:2013/09/15(日) 23:15:37.43 0
>>614 観念論者さんたちは「物質と精神」という二元論からどうしても抜け出せない
方たちですから「脳は物質ならそれは即『外界』じゃないか?」とお考えに
なりますが、そもそも「内界が厳然と存在する」という思いこみこそがそもそも
の「勘違い」だと気づけば「外界と内界」という「二元論」が間違っていると
お気づきになるか?とも思いますが・・まあ、「強固な二元論信者」にそれを
言っても無駄かもしれませんが・・・。
616 :
あまの:2013/09/15(日) 23:17:28.52 P
俺はn元論は全て便利な仮説だと思ってますよ。
617 :
あまの:2013/09/15(日) 23:18:29.01 P
そもそも精神と物質と言う二元論は観念論ではありません。
人間の脳が青という色を「作成」しているのだったら、
それはどこに「作成」されるのだ。「外界」に実在しないのなら
「内界」に作成されるとしかいえんだろ。
619 :
「機械的唯物論」者:2013/09/15(日) 23:29:01.84 0
>>617 「物的一元論」以外の考え方は「すべて観念論(正統?と亜流)」なのです。
そのうち「正統」とされている?ドイツ観念論及びその系譜(フランス実存主義を含む)
から言わせると「亜流観念論」は観念論ではない・・という事になるのでしょうが・・。
ちなみにキリスト教やイスラム教やユダヤ教等々の「立派な宗教」が「自分たちだけは
宗教ではない」と言い張ることは、「亜流」である新興宗教と同じであるというのも
面白い事実だと思います。
620 :
あまの:2013/09/15(日) 23:39:43.17 P
物的一元論とは観念論の別表現ですから、いいんじゃないでしょうか。
621 :
あまの:2013/09/15(日) 23:44:38.39 P
「世界はどこまでも物質である」と「世界は観念である」は全く競合しません。
あなたは自分が観念論者だと気づいていないだけです。
622 :
あまの:2013/09/15(日) 23:46:53.27 P
一番たちが悪いのは心身二元論なんです。
人間が考えることはすべて仮説だよ
それぞれの内界からは出ようがないからね
624 :
「機械的唯物論」者:2013/09/15(日) 23:52:53.35 0
>>622 物的一元論は「精神(やそれに類するモノ)」は「実在」しない・・
「物質以外のモノは存在しない幻想である」という思想です。
観念論は物的一元論「以外」の「全ての世界観」のことです。
625 :
あまの:2013/09/15(日) 23:54:22.63 P
wwww
物的一元論であれば精神も自我も物的現象だと言い切らなくてはなりません。
あまの氏が何を言いたいのか
分からない
627 :
「機械的唯物論」者:2013/09/16(月) 00:04:14.50 0
>>625 観念論者さん達には信じられない(信じたくない)かもしれませんが、
「精神も自我も物的現象」なのです。
あらゆる映画が「スクリーン上で反射した電磁波(可視光線)」にすぎない
のと同じです。「優れた映画」であろうが「駄作映画」であろうがその点に
ついては「全く同じ」であり、そういう意味で「映画という(実体)存在は
無い」・・と言えるのと同じ事です。
記録媒体であるDVDとかブルーレイディスクは存在しますが、そこに
記録されている「映画そのもの」は「幻想である」という事と同じです。
628 :
あまの:2013/09/16(月) 00:06:03.47 P
いやいや、「幻想」も物的現象です。
なにしろ物的一元論ですから・・・
>>627 機械さん、「存在」と「実体」をイコールで結んでは駄目だよ
630 :
あまの:2013/09/16(月) 00:08:48.12 P
機械氏は問題の核心に触れそうな矛盾を「文学的表現」で済ませてしまうことが多いような気がします。
631 :
「機械的唯物論」者:2013/09/16(月) 00:14:45.37 0
>>629 @「存在」=「実在」=「物質」
A「非在」=「幻想」=「観念」
と大雑把に言うことが出来ます。
Aの系譜はすべて@の系譜の「派生」にすぎません。
632 :
「機械的唯物論」者:2013/09/16(月) 00:17:25.86 0
@「存在」=「実体」=「物質」
A「非在」=「幻想」=「観念」
でしたね。
633 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 00:46:47.56 0
>>632 幻想は追い求め、幻想という影を認めているなら
対象を了承しているかぎり存在であります。
何故なら未来にそれはあると確信しているからであります。
>>627 人間の脳にしても、物質で出来ているからには、物質の性質を利用しているはず。
光を受けて電子遷移が起きるなど、物質も感受するので、情報というものが
人間の認識にかかるその実態が、モノ的意識過程として、存在する。
であれば、人間の意識の作る作成物は、物質とはまた別のレベルの
情報段階にある(当たり前だが)。すなわち、物質だけがあって観念が
存在しないという言い方は、情報のレベルを無視した、後ろ向きの、視野狭窄
した劣論である。
>>632 論理学でも「赤い花が存在する」とか「あの花は赤い」というようによく例示されます
つまりその人にとって「赤」と感じれば「赤色」があるわけです
様相論理学とか持ち出すと煩雑になりますからやめておきますが実体と存在は次元が違うんですよ
636 :
「機械的唯物論」者:2013/09/16(月) 01:16:56.75 0
「意識の中で存在する」ということは「疑えない」とデカルトは
言い切った訳ですが、それは「幻想と同じです」と申し上げている
訳です。
「幻想も浮かんでくれば存在である」と言う意味で「存在」を
用いれば「実在」と区別が付かなくなります。
そういう意味で「意識や感覚は実は幻想や空想と同じである」
と申し上げているわけです。
「脳が創り出したモノ」は「脳以外の部分(世界)と脳の(正常な)
相互作用で生み出された、いわば「『正確な』認識という幻想」と
「『空想色が濃い』認識という幻想」がありますが、どちらも「幻想」
であることに変わりはありません。
637 :
「機械的唯物論」者:2013/09/16(月) 01:25:45.48 0
>>634 >人間の意識の作る作成物は、物質とはまた別のレベルの
>情報段階にある(当たり前だが)。
その「レベル(が高い)」というのが「当たり前」だという態度が
観念論の特徴です。
円周率を一京桁まで一瞬で算出するスパコンとあなたの脳の「レベル」
は「情報(レベル)」として、どちらが上(高い?)でしょうか?
>>636 >「幻想も浮かんでくれば存在である」と言う意味で「存在」を
>用いれば「実在」と区別が付かなくなります。
機械さんが自ら述べてくれましたね(笑)
「実在」と「存在」は哲学上はもう完全に意味が違います
ですからおっしゃるとおりでしょう
しかしいままで述べてこられた「実体」は「実在する物体」なんですよ
「存在」とは「そこにあると理解するもの(かなり乱暴に極端に言ってますよ)」なんです
違いがわかりますか
639 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 01:36:31.78 0
>>636 実態があるものを見てもそれは同じ意識の中での存在だよ、
君はなにか勘違いしている。すべての存在は意識によって認知される存在であり
幻であっても知覚があれば存在として記憶にのこり、微弱であっても
行動に影響が現れる。
君が単純化しすぎているのは脳を1つの物と考えてしまって内部の動きを完全に
四捨五入、合理化した単純な原理としてしまっている。
脳の機能は他の機能に影響されて知覚するものを脳の外と内みたいに途中など
ないと思い込む。物事をそういう風に説明するのは簡単でも現実は途中に段階が
あるんだよ。幻を見る装置を経由で見たものと脳内で見た幻で違いはない。
どちらも無意味であれば幻になる。
640 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 01:39:56.65 0
>>637 脳はネットワークであって計算機ではない、故に比較することはできても
例えるそれは計算値ではなくより高度な情報処理かを考えるべきこと。
貴方が当たり前の何かを理解できず単純な計算という観念にこだわり
そこから高度な何かを見つけられないのはその機械的な無能な力によって
呪縛されているだけ。あなたはその無能な能力によって支配されている。
理解したいならその機械的な態度を改めたまえ。
君は他の考えを頭から拒絶しているのにすぎない。
641 :
「機械的唯物論」者:2013/09/16(月) 01:40:15.86 0
>>638 あまりに乱暴すぎて、何をおっしゃりたいのか全くわかりません。
「わかる」のが、ご自分だけでは「空想」の可能性もありますが、
いずれにしろ「幻想」に分類して間違いはありません。
脳内で起こる「物理(電気)化学(ホルモンや神経伝達物質)的各種現象」
は、脳内に「色々な幻想」を産み出し、その中の一つが「『私』という意識」
なのです。
そんな面倒なモノを持たない(ように見える)猫を時々羨ましく思います。
本日は脳内睡眠物質の蓄積により就寝させて戴きます。
642 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 01:43:29.98 0
>>641 >あまりに乱暴すぎて、何をおっしゃりたいのか全くわかりません。
それは貴方の好き嫌いの反応にすぎない、分からないのではなく
拒絶しているだけである。分からないものを理解するとは譲れないものを
一時的に了承し受け入れることである。君にはその覚悟すらない。
そして自分に適合できなければ、単純に無理やり分類することで正しいと
自分に言い聞かせる、そんな屁理屈は貴方の中だけでしか通じない。
>>641 私も寝る前に書いておきますね
「幻想」は特定の人にとっての「存在」を分類したものです
たとえば視覚からちゃんと入ってきた情報を認識したものなのか否かです
否ならば「幻想」ですね
ここらへんは精神医学や認知科学などの領域も絡みますが複雑化するのでやめます
私が知る限りの範囲では現代哲学の趨勢は「実体」と「存在」を分けて論じています
機械さんはデカルトやカントあたりまでの近世哲学とごっちゃになっているのかもしれませんね
644 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 01:56:19.56 0
「より高度な」とか「無能な」とかの概念をもっと噛み砕いて説明してくれないと俺もわかんない
645 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 01:58:48.14 0
>>634 まあ、吉本の『共同幻想論』『対幻想論』では全く違う使い方だけどね
646 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 02:03:32.98 0
>>643 「錯視」は「幻想」になるのか?
誰でも同じ錯視が生じる場合であっても幻想という事になるのかな?
多かれ少なかれ感覚なんてみんな個人個人微妙に異なるだろうけど、
自分のだけは幻想じゃなくておまえのは幻想だとか言い出すと戦争につながるw
>>646 なるほど
「錯視」も「幻想」の一種ですが「幻想」=「錯視」ではないですよ
これも哲学系といえどもそれぞれの分野でやっぱり違うんですが
フロイト系ですと「錯視」は「錯誤行為」であり、「幻想」とは区別しています
フロイト系は「幻想」を「病的なベクトル」でとらえ、「錯視」でしたら「日常的な間違い」程度の感じです
心の哲学とか出すと本当に複雑になってしまうのでご勘弁を(すみません)
ハイデガーでしたら「現存在」という用語がありますがこれは「人間」のことであり「他の動物」とは区別しています
「実体」とハイデガーがいえばそれは「真に存在するもの」という意味です
メジャーどころではアリストテレスやヘーゲル、カントを持ってきて説明してもいいですがやっぱり近世以前だと
現代的な語の意味にはならないんですよね
だからそういう意味でも語のコンセンサスがとれていないと「戦争につながる」でしょうねえ間違いなく
幻想と幻覚は違います。
錯視と錯覚は違います。
海外の哲学用語で日本語を定義するには常にそのフロイト系などの
前提条件の提示は必須ではないでしょうか。
コテハンでもないわけで。
>>648 単語が違えば当然ながら意味は似通っていても両者は一致しません
それは「錯視」と「幻想」でも当然ながら同じではありませんしね
けっきょく単語というのは文脈によって意味が変化します
私がアバウトに
>>647で書いたのはもともと「錯視」と「幻想」ということについての話ではないからです
あくまでも最初は「存在」と「実体」のことです(
>>629)
ですから単語の意味の「差異」における「スペクトラム」という尺度で機械さんに説明したつもりです
もっとも私の説明がうまくいっているかどうかの結果論は別なんですがそういうことです
私としては「存在」と「実体」からはあまり離れたくありません
説明の幅を広げすぎることには弊害がありますよね
しかし機械さんにはそういう意図も通じなかったようなんですが
残念です
ちなみに
>>648さんのおっしゃることはそれはそれでそうだと思います
ですがくどくて申し訳ないですがあくまでも「存在」と「実体」の違いに関する話題なんです
650 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 09:56:10.42 0
精神現象はすべて幻想だという説には賛成。
脳が死んだら正常な意識だろうが異常な意識だろうが痴呆だろうが
結局「私」も「正しい」も「存在」も要するになんにも無くなるわけだから幻想だって事だろう。
そういう事実に耐えられない奴が宗教や観念論?に走る。科学を深く知らないからそれが出来る。
それが違うというなら死後の世界の存在を証明するしかないでしょうね。
651 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 10:05:02.09 0
>>647 >「錯視」も「幻想」の一種ですが
錯視を引き起こしやすいタイル張りの壁を見ている時に「錯視部分」と
それ以外の部分を分けるのは難しいでしょうね。
複数の錯視絵を見つめているときやマジックアイを眺めているときなんか
どこからどこまで錯視(幻想)なのか、人によっても違いが出るだろうし、
結局「全部幻想」だという機械さんの意見が整合性がとれていて正しそう。
652 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 10:19:45.08 0
機械さんに言わせれば「世界」は電磁波と音波が行き交う混沌であり、
脳はその混沌を「秩序ある世界」として映し出すいわば映写機のようなもの
要するに「世界」と「外界」の定義そのものが違うんだから、誤解も生じるでしょうな。
機械氏は「物理学的」に、それ以外の諸氏は「文学的」に「世界」を見ている
という違いではないか?
星空を見つめて「ロマンチックだね?」って囁くより、「あれはアルタイル、
あれはベガ、あそこの帯は天の川」とか説明できるだけ、機械氏の方がもてるのかも
しれないけどw
653 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 10:29:33.88 0
まあ、TVや映画を見てるとついげんじつそのものを見ているような
錯覚に陥ってしまうが、あくまでスクリーンや画面に明滅する光点を
見ていることになるわけだね。
たしかにそうなんだけど、意味を感じるから見るんだろう?
ホワイトノイズに意味を見る奴は居るのかな?そういう「ゲージュツ」
が展示されているのを見たことがあるけど、理解できなかった。
654 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 10:40:25.02 0
>>650 子供いないだろ?子供には自分の精神は確実に受け継がれて行く。その内容の良し悪しはともかく
子供は親の精神・人格の影響を受けて育ち、親自身が死んでもその影響は受け継がれて行く。
自分一人だけの隔離された世界に生きて、誰にも一切影響を与えない人生なら、
確かに死んだら「幻想」で片付けられるかもな。
だが別に影響力の大きい人間にならなくても、自分の子供を生み一人の人格ある人間に育てたなら
「脳が死んだらなんにも無くなるから全部幻想」なんて馬鹿馬鹿しくて考える気にもならない。
655 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 10:41:38.50 0
>>653 機械はさらに「現実そのもの」も、眼の網膜に明滅する光点に還元できるという訳よw
>>636 >そういう意味で「意識や感覚は実は幻想や空想と同じである」
>と申し上げているわけです。
まさにそういう意味で、意識も感覚も幻想や空想と同じように
「存在する」わけでしょう。意識も感覚も幻想も空想も、同じように
人間の行動に影響します。
人間にとって意識や感覚や幻想や空想こそが自分であって、
それらが存在せずに肉体だけが存在して機能していても、
何もないのと同じことです。
657 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 10:45:42.48 0
>>654 その「考える気にもならない」という感情を「哲学」として理論武装するのが
観念論なんでしょ。かなり無理なこじつけを持ってこなければこの時代、観念論
が生き残るのは難しいかも
658 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 10:52:27.93 0
>>656 だから、脳死認定受けたら心臓や肝臓や肺や眼球や腎臓は切り取られて
他人に移植されるわけだよ。シンガポールでは本人や家族の意思なんて
関係なく自動的にそうなる。
脳が機能して意識や感覚が無くなっても幻想や空想だけあればそうされないから、
安心?だけど、そんな場合「正しい脳死認定」なんてできるのだろうか?
659 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 11:05:33.82 0
>>654 子供なんて所詮は他人だよ。それを知らないで済むのは、今のところ
あんたが幸運に恵まれてるだけの話だろ。
財産をため込んで老いぼれ爺になっても、内心では早く遺産を貰うこと
を期待する子供が出てこなければいいがなw
>>650 > 精神現象はすべて幻想だという説には賛成。
幻想という仕組みの中で、幻想という世界の原理で幻想の中の秩序が
成立する限り、幻想も物質の模様にすぎない。
人間も、経済も物質の模様にすぎない。
幻想だけを特別視するのは短絡した思考でしかない。
物質的論理が、その上の形の上で機能する秩序に通用しないからといって
ハードウエアの原理がソフトウエアに通用しないからソフトウエアは
まやかしとは言わない。
661 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 12:02:03.16 0
>>660 そういうのをひっくるめて「幻想」と呼ぶということでしょう
「国家」とか「民族」とか「政治」とか「経済」なんて「共同幻想」の典型だろう
「社会」、「法律」とか「犯罪」とかも共同幻想として理解すればわかりやすい
662 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2013/09/16(月) 12:42:25.36 0
>>631 :「機械的唯物論」者:
>@の系譜の「派生」にすぎません。
>>636 :「機械的唯物論」者:
>「意識や感覚は実は幻想や空想と同じである」
と申し上げているわけです。
ですから、其の通りだとした時にですね・・・・
「派生したもの=幻想、空想」は物質的実在に還元できるんですか?
・・とこの前から問うて居るんですよ。
よろしくお答えください。
@とAを分けていると言う事は別物とみている事で、観念は物質に還元できないと認めているんじゃあないですか?
今は細分化の時代で、90年代末期までに通用していた吉本隆明や岸田秀といった思想家の
共同幻想論が中々通用しなくなってきているのよ。
>>636 違うよ、デカルトはそんなことは言ってない
デカルトはね、「何も存在しない」という言葉が偽であることは直観的に体感できる
としたわけ
つまり、何かはあるわけ
で、この何かがある以上、
存在するものの完全な形(つまり実在なわけだけど)
これも存在するとした
デカルトが疑えないとしたのは、理性の基礎となる部分だ
理知的に考えるということ、その意義について考えることがデカルトの問題だ
デカルトの言ってることを疑うならば
我々は理知を捨て去る選択もまたできる
その先の世界は、また面白いものになるのかもしれんね
過去の哲学者ってのは、同時に有名な哲学者だったり、有名な数学者だったりする
彼らの信念体系を根元から語るならば、形而上学に踏み入ることになる
それが西洋の理性の伝統でもある
でも、そんな伝統を否定するならば、
まったく新しい非理知的な伝統をつくることもできる
世の中、ブラックボックス君や機械君みたいな態度の奴が多くなっても面白いかもね
っていうか、すでに世間ではそういう輩が多いからね
哲学の世界だけは、理性でもって問題とあたる人が逃げ込む安住の地だと思ってたが、その安住の地も蹂躙されるやもしれん
それも運命だ
ヒーライトは何をブッコイているんだかwww
>>562 特性の強度とは何でしょう。強度特性とは違うのでしょうか。
>>619 物的一元論は唯物論とはどんな違いがあるのでしょうか。
>>664の直観と
>>665の理性の話はつながってくるのでしょうか。
669 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/16(月) 15:00:30.97 0
>>569 当然の疑問である。君は「意識は存在する」と思っていますか。私は「ある」と
みなすのが妥当、とする立場。「意識」もまた存在者である。
存在者が存在者として存在するためには何が必要か。“力”である。“E”という
言葉を使ってもいいが、意外と展開性に乏しいので、あえて「力」を用いています。
ところで“客観”という言葉を使うのに、私たちは慎重である。w
機械氏のように初めから世界を主/客に二分し、迷うことなく主を客に還元させる
安直な方法を採らない。彼は無自覚な超越者(観念論)である。
ところで君は、一般に客観と称される、たとえばコップやネコや月が「ある」と
思いますか。それが「何であるか」はともかく、主観に現前する対象(客観)の存在
を否定できない、と私もみなしている。それらもまた存在するのだう。
存在者が存在者として存在するためには“力”を要する。
つまり「力」は初め、主客を貫く存在の“条件”と意義づけ、のちに“力=存在者”
へと主旨がえしたのである。
670 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 15:08:08.77 0
359 :風真 ◆FUMA/Xddxs :2013/09/01(日) 17:09:03.26 P
これはかなり重要な問題なのだ
何故ならば、精神・心という言葉は定義があいまいすぎて存在するのかすら怪しいものなのだ
すると、何かをアバウトに精神・心と呼んでいるだけに過ぎない可能性が高い
俺が思うに、欲の出どころは精神や心などという存在すら怪しいものからではない筈だ
672 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 15:20:56.10 0
>>627 >662の、「派生したもの=幻想、空想」は、物質的実在に還元できるのですか?」の「じいさん」の
質問と併行して、機械氏に質問ですが、近代哲学に於ける『物質』の概念の定義について、具体的に
説明願います。
673 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/16(月) 15:22:24.25 0
>>631 @「力」→「存在者」→「物体(物質)」
A「力」→「存在者」→「幻想(意識)」
物質も意識も、モノではなくコトとして「ある」。
674 :
301:2013/09/16(月) 15:25:58.29 0
>>566 :ゲーム
>君は依然として昔ながらの「主観とは何であるか」を問い続けている。
そうではなく、私が前々スレの>791で感嘆子に答えたように、〈私〉の問題は、《何であるか》の問題ではなく《いかにあるか》の問題です。
>さりながら君の「本当の主観とは何か」について答えるなら、それは“意識”である。
そのようにして、「〜とは何か?」と問い、それに対して「それは〜である(“意識”である)」と答えることによって、
それは、最高位のいう「お人形さん」になってしまいます。
最高位は不親切な人で、まともに説明しているところはあまり見たことがありませんが、
前々スレ>606で、素人氏の世界観を「お人形さん遊びの『客観的な世界観』」として、
「『これ』とか『あれ』と言っているのが『私』なのです」と書いているところは、最高位にしては珍しく分かりやすい説明だと思います。
その>606と合わせて、私の>791も見てみてください。
〈私〉の問題が分かるかどうかは、そのへんが分かるかどうかにかかっていると思います。
>私は、主観とその現前の 対象(客観)の「存立」を可能にしているのは何か。
>いいかえれば、主/客を貫いて 「ある」のは何かという“事実”を語っている。
それが「力」であるというのは、“事実”ではなく、一つの「解釈」でしょう。
その解釈を「語っている」のが、〈私〉(主観)です。
そしてその「語っている〈私〉」は、その「力」という概念の中には含まれません。(前々スレ>974参照)
675 :
301:2013/09/16(月) 15:28:23.43 0
>>567 :ゲーム
>唐突に君が持ち出した業界用語“仮”は色と同義?
凡夫的な立場から見られた「色」は、実体あるモノとして見られているので、その実体性が否定されていきます(色即是空)(往相)。
その否定が徹底された「空」の立場から見られれば、色は、実体のない「仮(け)」として、肯定的に捉え直されます(空即是色)(還相)。
大乗仏教(般若経は大乗教典です)の特徴は、「空」(無分別)の世界に行ったきりにはならないこと。
つまり往相だけではおわりません。無分別の世界から、必ず経験的分別の世界に戻ってきます。
そしてその還相において見られた経験的分別の世界は、凡夫的「色」とは全く違うものとして、つまり実体なき「仮」として捉え直されるのです。
>一切が“空”なら、ここで語っている観世音もまた“空”か、と。
空です。
「色」の世界、つまりこの経験的現象の世界は「分別(差別)」の世界であり、そのような分別の世界が形成されるのに大きな働きをしているのが「言葉」です。
だから「空」(無分別・無差別)へと向かう過程において、その「言葉」も否定されていきます。
そしてその否定が徹底された「空」の立場から見られた時に、「言葉」は、「仮名(けみょう)」として肯定的に捉え直されます。
凡夫的な「言葉」の世界においては、それぞれの「言葉」に対応するモノがあると考えられていますが、「仮名」には、それに対応するモノはありません。
「観世音」も、そのような「けみょう」です。
676 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/16(月) 15:53:09.98 0
>>660 人間も経済も国家も、物質の模様ではなく「力の模様」である。
ただ、君のいう“物質”は典型的な「力の模様」であり、経済や国家の複雑なそれに
比べて比較的、容易に“力”を計量できる。機械さんの好きな物理学がそれを対象に
するのもそれゆえ。物理学では、経済や国家を記述することはできない。
経済や国家は、物体(物質)と幻想(意識)が重層的に絡みあう“力模様”であり、
これを解明できるようになるかどうか、悲観的な意見が多い。ちなみに“四つの力”
を包括的に記述できるようになっても、経済や国家…は解けないのではないか。
677 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/16(月) 16:36:59.69 0
>>674 「本当の主観」「私」「自我」は“ある”のでしょう?
それが何であれ「存在する」ためには“力”を要する。ここを否定してくれればいい。
こうも述べた。君のいう「みている」「みなしている」のは意識の外にある“本当の主観”ではない、と。
“みている”“みなしている”のを「みている」「みなしている」新たな意識(という働き)を生じただけ。
これは、どこまで重ねても同じ。意識を意識する意識という働きが類層的に連なるだけである。
主観は意識の外部に飛びだすことができない。ただし、そのように“思い込む”ことはできる。
神も仏も、私も物質も、そのような意識の高度な癖が生んだ超越的存在。思い込みを疎外し、疎外したもの
に逆に縛られる、というのはありふれた心的現象(意識)である。
>>676 たんぱく質もその模様である、たんぱく質の原理が組み粟触り臓器や複雑な
組織ができた人間はたんぱく質などの原理による模様でもある。
多々ある原子も素粒子による模様である、
つまり分子は素粒子の力による模様ではなく原子による模様である。
どこまでが物質と切り捨てる機械論のように過ちをおかす。
679 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/16(月) 16:59:22.43 0
>>674 「力がある(事実)。それが存在者(意識と物質)の本性=本質」というのは
むろん私の解釈である。反論するのは簡単だろう。力は「ない」といえばいい。
さらに「存在者の本質は力ではなく、○×である」といえばよろしい。
「語っているのも、その主語の“私”」も意識内・存在である。
もし意識に存在しないのなら“私”や「語っている」のは、どこに「ある」のだろうか。
>>679 力は存在の相性だよ、存在の形が他の存在の振る舞い有り様が変化を伴う
様相を観察したとき力と言っているだけ。
681 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/16(月) 17:03:03.52 0
682 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 17:24:00.28 P
>>682 不変でも観察の仕方で変化する。
関係は変化なくとも成立する、力がなくても存在ができるならば
力が根源ではない。
>>667 正直者は駆逐され世界は嘘つきに満ちる
そんな未来もありなんじゃね?
>>683 それは証明できない言ったもの勝ちだね。
まあ力あるまえに有る無しが根源であるというのは間違いないだろう。
静場の性質が力にように見えるなら静場が力を生み、その力が動場を生む
と考えることもできる。
さすがは物理板のスレだな
質量の大きなものの運動ほど力を強く働かせないと起こらないということは、
空間を占める量が質量なのではないかと考えられる。この場合起点となるのは
力という量で、テコの原理のような基本的原理が成り立つのも、質量が
空間をどれくらい占めているかという量であるためではないかと。
質量は、距離と関係が深い量だと。
力自体には、空間的制約はなく、距離に反比例した「強さ(量)」を及ぼす
ということが、時間と距離によらない量が力であるということから説明される
のではないかと考える。
空間のゆがみは力なのであろうか?
すべては力学か
了解!
690 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 19:00:55.79 P
多分質量が持つ、空間を歪められる力かなww
重力波は光速だが重力場に速度などない。
池沼はこんな基本的なことすら知らない。
/ ̄ ̄ ̄ ̄\
/;;:: ::;ヽ
|;;:: ィ●ァ ィ●ァ::;;|
|;;:: ::;;|
|;;:: c{ っ ::;;|
|;;:: __ ::;;;| おちんちんビンタしてやるから一列に並べ
ヽ;;:: ー ::;;/
\;;:: ::;;/
/; ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;|
/;;;,,;;;;;;;;;;;ヽ、;;;|
|;; ;;;;\;;;;;;;,,,\|
|;;;;;,,,,,,;;;;\;;;;;;/\ _( "''''''::::.
/ ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;`\ `丶、 ___ ____ ,,,... --‐'''^~ ヽ ゛゛:ヽ
/;;;; ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;\ `丶、 `丶_ _/:::::::::....:"""" ・ ・ . \::. 丿
/;;;;;;; ;;;;;;;;;; ;;;;,,,,`ヽ、 ̄i>、 ヽ=´ ::::::::::::::::::: ・ ....:::::::彡''ヘ::::/
/;;;,, ,,,;;;;;;;;;;;;,,\ `ー´  ̄~\:::::::::::::::::::::::::::::;;;;;,, ---‐'' "^~
/;;;;;:: ;;;;;;;;;;;;;__;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;, ;;ヽ、 |:;; :''^~`
/;; ;;;;; ;;;;;/ ̄  ̄ ̄\;;;;;;;;;;;;;;| ノ;; ,.‐ ;;-.;i|
/;; ;;;;;;;;/ \;;;;;;; | /;;; /' '' ;;;X
..| ,,;;;;;/ | | |;; ;i;;.. 〜 ;;|
..|;;,,;;;;;;| | | X〜 ;i;;; ;;,. ;;;/
..ヽ | | | ヽ;;__\_;;/
ヽ | | |
ヽ | | |
/ | | \
∠──´ `─_`_
693 :
お前の:2013/09/16(月) 19:17:21.54 0
雑誌のニュートンで相対論と重力波の記事がありましたね。
■
∵ メーテル
▼
なにこのチャレンジド、大いなる希望みたいなエニメ
人類が「ことのは」の力を失ってから言葉は単なる語、「単語」になった。
単語を使うのは論理の井戸である。
世界を司るのは「ことのは」の力である。
単語は論理となり、パッチワークを始めたモザイクが続く領域だ
何色で塗り分けても言葉は世界の因果関係のみを理とする。
/)─―ヘ
_/ \ <???
/ ● ●丶
| ▼ | カピバラ
| 亠 ノ
U ̄U ̄ ̄ ̄ ̄U ̄
>>697 因果関係が明確化できるのが理想。
「ことのは」には因果関係以外の何があるのでしょう。
>>699 因果関係が全く捉えることができない対象(脅威)から身を守る為に
作られた術である。
因果関係が分かっている過去の知に対する再学習ならば本を永遠に朗読するべき。
>>700 どんな脅威からどうやって守るのか具体例をあげてください。
/)─―ヘ
_/ \ <ことのは???
/ ● ●丶
| ▼ | カピバラ
| 亠 ノ
U ̄U ̄ ̄ ̄ ̄U ̄
704 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2013/09/16(月) 20:33:52.25 0
>>675 :301:2013/09/16
>その否定が徹底された「空」の立場から見られれば、色は、実体のない「仮(け)」として、肯定的に捉え直されます(空即是色)(還相)。
とんでもない話だ、空即是色にはそんな意味は無い。
色即是空と同じ意味で「色には空性がある」と言った単純な意味しかない
往相、還相?そんなわけの判らぬ事で真理を煙に巻いてはならない。
心経の骨子は「五蘊皆空」であり、色即是空はその例示の一つに過ぎない。
それなのに五蘊皆空を故意に素通りして、単なる念押し的表現の「空即是色」を取り上げて「捉え直される」などと心経の空の真理を真逆に曲解する一部の宗教家が昔から居た。
じいさんの独断ではそれは唯識派の人間の仕業とみている。
唯識にとって認識、想念、感情、意志、観念などが否定されると都合が悪い、明らかに「識」の実在性が否定されて居るからだ。
そこで空即是色と言う言葉に飛びついて「捉え直される」と強弁して「唯だ心だけが存在する」と言いたいわけである。
心経はまさに其の「識」の実在を否定する為に書かれたものといって良い。素直に読めば、しつこくくどくどと「心など無い」と書かれていることは小学生くらいの読解力でも判る。
その骨子は「五蘊皆空」である事は中学生位なら答えられるはず。
勿論「空即五蘊」などという文字は当然書かれては居ない。
唯識思想の人は般若心経は使わないこと、これが原則。
705 :
700:2013/09/16(月) 20:36:38.70 0
>>701 それは何かおきているとは理解できても、何か分からないもの(名前がないもの)
その具体的に何か分からない脅威に対抗する術であります。
脅威が何か分かれば過去知で対抗可能であり、なんの脅威でもありません。
具体的に分からない何かを具体的に示すとは意味がありません。
その脅威が現在では脅威でなくなっているなら、それを脅威とは言いません。
既に知っているものや対応する別の術をもっているなら後ならなんとでもいえます。
>>705 どうやって何か分からない脅威に対応するのでしょう。
707 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 20:54:55.86 0
>>669 >つまり「力」は初め、主客を貫く存在の“条件”と意義づけ、後に
“力=存在者”へと主旨がえした。
>ゲ−ム氏は、主観的存在も客観的存在も、根源的には「力」であると述べているが、
問題は、この「力」なるものの「本性」が漠然としていて、曖昧である。
初め「力」は、主観的存在(超越的=私)と客観的存在を貫くものとして現わしている。
この「力」の概念を“論理的”に明確に『定義』しなければ、「力」の現象化により、「主観的存在」と
「客観的存在」が「力」へと融合化すると述べられても納得は出来ない。
>>706 名前のない対象に適当な名前をつけること。
その名前が理に合う名前であるほど対応しやすくなる。
脅威の個々の現象を1つ1つ適当な言葉に相関関係させて
イメージを対称させることで意味と名前との距離を補正してゆくのです。
最初につけた名前が適当でなくても、個々の現象の呼び方がデタラメであっても
それは繰り返すことで正しい現象に近づく術です。
脅威を末端を徐々に明らか(名づけ)にすることで分からない対象を
まったく分からないから少しわかる様に他の何かとは区別可能になります。
前知識も類似する何かも全くない脅威には妖怪やら神のような脅威としての
名前をつけその特徴を示すことで意味のない知識から意味のある知識に
徐々に体系化する準備ができるのです。
現代ではそういう全く計り得ない類や、過去の類似がない対象などありません、
、そういう理解する以前の何かすらわかからないものを計る術は必要がなく
重要なのは過去のモダン的知識の学習が重要なります。
知識の積み上げがないものに合わない知識に照らし合わせても
存在しない概念(新しい経済概念みたいなもの)を物理学で説明するようなものです。
既知は未知に対する術には非力なのに既知こそすべてのような確信があるかぎり
未知に対する姿勢は既知を扱う態度でしか対応できないのです。
>>708 その方法が有効だとしたら、それは既知の方法に分類されるのでしょう?
帰納法と違うのかな。
>>709 あなたは現代のそれで語る、それは完全な間違い。
現代でその言葉を適用するならば、既知の方法に分類がない方法になる。
私の説明は過去の手法を述べたまで。
既知の方法だと貴方は言うが、たとえばビックバンがあると仮定しその外を
どうやって知るのか?現代ではそれ以上に踏み込む姿勢が重要になる。
貴方のそれは未知に踏み込まず、すべてを既知で解釈するだけの姿勢である。
開けられない扉を開ける方法は既知とは違う道を計ることにある。
>>710 >帰納法と違うのかな。
違います、未知に対する「姿勢の問題」です。
対象が解けない問題と定義したものを帰納法で解けるのですか?
3目並べの勝負で先手必勝になるような状況下で碁盤の上の勝負を
帰納法でというのなら詭弁でしょう。
脅威とは従来の知ではどうにもなりえないものを示しています。
すべてを計算で計る姿勢では既知の問題も計り方の技術で語るだけです。
似た類であると言うだけの問題です。
名前をつけて対象に近づくのは「因果関係」の問題解決法ではないのです、
「相関関係」で対象を捉えるのです。
対象に対する関係を計るのは論理(知識)ではなく直感(六感)です。
帰納法ではニューラルネットワークで最適解を自動で得る方法にすぎません。
その違いが分からないからニューラルネットワークですべての問題が解けると
思い込むのです。
>>711 今まで人は様々な知識を獲得してきたにもかかわらず、あなたは
その方法では駄目だと主張するのでしょうか。
>>713 >今まで人は様々な知識を獲得してきたにもかかわらず
世界が不偏ならそのとおりです、貴方が言うのは世界は不偏で
その獲得してきた知識がどのような情況でも神が定める知のように
絶対の正しさであるがように例えるからです。
その知は既知の術で多くの知によって攻略してもどうにもならないものには
なんの意味も持ちません。
>その方法では駄目だと主張するのでしょうか。
現実に駄目でしょう、求める未知の何かが全く解明されていない対象が
繰り返し繰り返しその「人は様々な知識を獲得」によってもどうにも
なっていない対象だからです。なんとかなりそうな対象で言うわけではないのです。
715 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 21:37:37.72 0
>>708 >名前をつけ、その特徴を示すことで、意味のない知識から意味のある知識に
除々に体系化する準備が出来るのです。
>「名前を付ける(言語化する)、そして、それを繰り返すことで正しい“現象”に
近づく術です。」と、述べているが、この「術」とは一種の「現象学的思考」のことでしょうか?
>>714さんは「ことのは」さんでいいのでしょうか。
今までの知識が駄目だというならもしすべて忘れてしまったら困りますね。
>>715 それは技術面の説明になります。
ひとつ重要なのが抜けていました。
術に対する「布石」です、名前とは布石にすぎず。
対象を捏造する(未来を確定)すること(=占うこと)が
布石なのです、それは未来が確定していることを考えるのではないのです。
未来は不確定だからこそ、布石をもって故意に確定させるのです。
布石は計算ではなく、希望や夢に当たるための思念の部分にあたります。
現象学で未来を確定する思念を含めた思考が術になるのでしょうか?
未来を確定させる為に「嘘を」つくなど、そのような布石を学問というのでしょうか?
未来が確定させるように言葉を誇張し、もう確定したかのように誘導する術は
学問なのでしょうか?
既知では駄目で未知に対応するということだとして、「相関関係」で対象を捉える
という方法自体は既知の方法になるのではないでしょうか。
719 :
714:2013/09/16(月) 21:45:35.18 0
>>716 デタラメを連呼する釣りです、楽しめましたか?
ポエムに釣られてスレが進む、メシウマです。
作家になれるかな?
あと、名前を付けて相関関係させていけば正しい現象に近づくということ自体が
この様な因果関係でしょう。
あまり楽しめなかったようです、そんな詭弁に引き回されるようでは
最高位の足元にも及ばない。
因果関係は結構重要だと思うのだが。
>>719 作家を目指しているのでしょうか。
>>507さんでしょうか。
因果律は大事です。
724 :
天才:2013/09/16(月) 22:16:57.90 0
因果率なんてまやかしです
725 :
あまの:2013/09/16(月) 22:21:13.60 0
ポエムのひとつも捻れない、絵も描けない、楽器のひとつも弾けないような人間はつまらないね。
つまらない人間が哲学をやっても結局つまらない。
そんな気がするわ。
726 :
あまの:2013/09/16(月) 22:23:50.73 0
確かに、因果律は、現象の深部に横たわるものではあるが、人間が現象から
抽出したものだからね。
ほんとの最深部なのかわからないよ。
727 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 22:43:37.35 0
なるほどポエムだったのね
728 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 22:51:57.54 I
天才かわいい///
729 :
あまの:2013/09/16(月) 22:52:21.01 0
少なくともポエムは、「そこから何かを演繹し意味を導出し役立てる」というものじゃあない。
因果を上に駆け上がろうとするものだ。
730 :
あまの:2013/09/16(月) 22:54:51.13 0
そうそう、馬鹿ほど芸術作品を味わおうとせず、そこからメッセージを汲み取ろうとするんだよね。
そんなもんあるわけないだろ!!
731 :
あまの:2013/09/16(月) 23:13:39.77 0
だから、馬鹿層をターゲットにする場合、作品にメッセージをふんだんに盛り込んでおく必要がある。
732 :
あまの:2013/09/16(月) 23:19:40.97 0
砂山
作詞:北原白秋
海は荒海 向こうは佐渡よ
すずめ啼(な)け啼け もう日はくれた
みんな呼べ呼べ お星さま出たぞ
暮れりゃ砂山 汐鳴(しおなり)ばかり
すずめちりぢり また風荒れる
みんなちりぢり もう誰も見えぬ
帰ろ帰ろよ ぐみ原わけて
すずめさよなら さよならあした
海よさよなら さよならあした
733 :
あまの:2013/09/16(月) 23:25:32.52 0
どうだこの格調の高さは。
人生は素晴らしいとか、自然は素晴らしいとか、日が暮れたら海は危ないから
早く帰ったほうがいいですよーとかそんなんじゃない。
何のメーセージも無いわ。
淡々と、世界はこういうものです。
そして、悲しいとか、力強いとかそんな言葉を一切使わずに
人間や動物の悲哀、自然の力強さ、抗いがたさ、そういうものを直接表現している。
734 :
考える名無しさん:2013/09/16(月) 23:29:40.13 P
相当な暇人なんですね、わかりますww
735 :
あまの:2013/09/16(月) 23:34:06.60 0
だからね、哲学においては、馬鹿は己の生活に役立ったり補強してくれような処世術を含まないものは価値が無いと言っちゃうのだよ。
736 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2013/09/16(月) 23:50:36.48 0
737 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2013/09/16(月) 23:53:06.52 0
上記 スイマセン ミスで投稿しました。
738 :
「機械的唯物論」者:2013/09/17(火) 00:40:15.47 0
>>662 >「派生したもの=幻想、空想」は物質的実在に還元できるんですか?
「還元」という意味が今ひとつ明確ではありませんが、例えば
「水素が燃える」という「酸化」の結果出来るのがH2O(水)ですね。
H2+0→H2O
その反対は「H2O→H2+0」が「還元」です。実際は「電気分解」で
行いますが・・・「還元」には違いはありません。
で例えば「精神活動」は「分子の働き」で説明できるのか?という問い
でしたら、「かなりの部分は出来ます」とお答えできます。
アルコールを飲めば「酔っぱらう」分けですが、「酔っぱらう」のは、
化学物質であるアルコールが「物質」である神経細胞に影響を及ぼしている
証拠です。
仮に「脳(神経細胞の中枢)」が「化学物質に影響を受ける訳はない」
ならば、強力な睡眠誘導剤を飲んだり、全身麻酔で使う麻酔剤を静脈
注射されても「意志の力」で眠らないことが出来るはずです。
しかし、誰が考えてもそんなことできっこない訳で、眠くなれば
「思考能力」が衰えることも回避は出来ない・・それは「神経細胞」
のニューラルネットワークが依拠している「情報伝達システム」が
(神経細胞内)電気と、シナプス発火→化学物質の放出・・という
比較的単純なシステムに依拠しているからです。
その「依拠している」ということが「還元される」という意味ならば
「全くその通りです」としか申し上げようがありません。
電気→化学物質放出→電気→化学物質放出→電気→化学物質放出→
というサイクルから「自由」である脳をお持ちの「自意識」など、何処にも
存在(実在)しません。
あなたが「考えている」「見ている」だけで、内容の如何に関わらず、
その「サイクル」が脳内で発生している(言い換えれば「その結果」)
だということです。
占いの相関関係による方法決定のことじゃないのか?
あれは帰納法じゃないよ,対象させるのは比喩であって
五行思想のように類似すると思われる概念に無理やり当てはめるのよ,
その当てはめたそれに根拠などないのね,水なら流れると関係つけたりするよ.
細木和子の六星占術も同じ誕生日を当てはめるあれには根拠も関係も
比喩なのよ.
それを科学的手法の帰納法と思い込む奴ってなんなの,
名前付けっていうのは比喩させることでね,それは結果が先に決まっていてね,
屁理屈の論理誘導にすぎないの.
つまるところ論理じゃない.結果があって途中は誘導なのよ.
740 :
考える名無しさん:2013/09/17(火) 01:59:56.09 0
うう旨過ぎwwwwwwwwwwwwwwww
ヘラゲラ生と死を哲学するのだよwwwwwwwwwww
この圧倒的な真実を感じ取ることができない奴は、テクノ、ハウスシーンを語るには、
残念ながら、余りにもぷりろっちょえだまだロチンと言わざるを得ない。
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
./ &#9694;&#8828;&#9673;&#8829;&#9695; &#9694;&#8828;&#9673;&#8829;&#9695; ヽ
| | ̄| | 真理とは何かね?
ヽ  ̄ ̄ / 夫馬たん居るんじゃろ?
| | | | |
.ノ .ノ ヽ ノ .ノ .| プシュカプシュワカ♪プシュカプシュワカ♪
(_ノ (_ノ .| プシュカプシュワカ♪プシュカプシュワカ♪
/ ″ ν. \
(( (( (( /_ ヽ、__炎_,ノ_ \ ウィンウィン
741 :
考える名無しさん:2013/09/17(火) 02:01:15.02 0
_,,xr==ニ==‐x
x≦圭圭テ´:::;;;;::`'寺圭ミ7、
. /::`Y圭圭ア:::::::::彡''"ヾ:::::::::::::`ト、
i:::ト、:Vエア:::::::::::::::ミ-=・=-ミ;;彡'':::: ミ:i
{:::i〈i:::}l/:::::::::::::::::::::::::=彡仆iミ::::::-=・=- 食してみたところ
‘;:V::::/::::::::::::::::::::::::::::::::::{i::::::|!:::::::::彡イ
. ∧z=::::::::::::::::::::::::::::::::;ィf::::::::::}::::::::::::::::i
. /l7::::i:::::::::::::::::::::::::::/:::`¬=イi:::::::::::::::}
ゞ干ミ} : / _J_ 丶 }'
'、Yヾ :. l /ィ三三シ'^ / しかしの青体はガガと震えだしたようじゃな?
ヾ.f'、:.:. '´ '"~"' /l'
ヽ._):.:.、 ,. ' l
トi、ヾ:.. 、 _,. - ' |
/^ヾ!、丶 ` ¨""´ |
/ヽ 丶、 `¨¨´ ト、
/::::::::::丶、 `丶、 丶 | rゝ、
742 :
考える名無しさん:2013/09/17(火) 02:14:40.36 0
_,,xr==ニ==‐x
x≦圭圭テ´:::;;;;::`'寺圭ミ7、
. /::`Y圭圭ア:::::::::彡''"ヾ:::::::::::::`ト、
i:::ト、:Vエア:::::::::::::::ミ-=・=-ミ;;彡'':::: ミ:i
{:::i〈i:::}l/:::::::::::::::::::::::::=彡仆iミ::::::-=・=- 食してみたところ
‘;:V::::/::::::::::::::::::::::::::::::::::{i::::::|!:::::::::彡イ
. ∧z=::::::::::::::::::::::::::::::::;ィf::::::::::}::::::::::::::::i
. /l7::::i:::::::::::::::::::::::::::/:::`¬=イi:::::::::::::::}
ゞ干ミ} : / _J_ 丶 }'
'、Yヾ :. l /ィ三三シ'^ / しかしの青体はガガと震えだしたようじゃな?
ヾ.f'、:.:. '´ '"~"' /l'
ヽ._):.:.、 ,. ' l
トi、ヾ:.. 、 _,. - ' |
/^ヾ!、丶 ` ¨""´ |
/ヽ 丶、 `¨¨´ ト、
/::::::::::丶、 `丶、 丶 | rゝ、
_,,xr==ニ==‐x
x≦圭圭テ´:::;;;;::`'寺圭ミ7、
. /::`Y圭圭ア:::::::::彡''"ヾ:::::::::::::`ト、
i:::ト、:Vエア:::::::::::::::ミ-=・=-ミ;;彡'':::: ミ:i
{:::i〈i:::}l/:::::::::::::::::::::::::=彡仆iミ::::::-=・=- 食してみたところ
‘;:V::::/::::::::::::::::::::::::::::::::::{i::::::|!:::::::::彡イ
. ∧z=::::::::::::::::::::::::::::::::;ィf::::::::::}::::::::::::::::i
. /l7::::i:::::::::::::::::::::::::::/:::`¬=イi:::::::::::::::}
ゞ干ミ} : / _J_ 丶 }'
'、Yヾ :. l /ィ三三シ'^ / しかしの青体はガガと震えだしたようじゃな?
ヾ.f'、:.:. '´ '"~"' /l'
ヽ._):.:.、 ,. ' l
トi、ヾ:.. 、 _,. - ' |
/^ヾ!、丶 ` ¨""´ |
/ヽ 丶、 `¨¨´ ト、
744 :
天才2:2013/09/17(火) 06:52:31.95 I
昔の科学は天才達の異常な好奇心から
発達してるが、
最近の科学は、死へ恐れ、名声、経済活動
要するに陳腐な消耗品のような土壌から発生してる。
いずれ、廃れるのさ。
745 :
天才2:2013/09/17(火) 06:56:12.59 I
ガラクタの生産と処理の速さは、
かなりのスピードだ。
知識の消化不良。
胃痛回避の安い科学麻痺の繰り返し。
746 :
天才2:2013/09/17(火) 07:00:35.15 I
因果律が神であるうちは、
世界の深部は見れない。
747 :
301:2013/09/17(火) 09:35:22.15 0
>>677 :ゲーム
>“みている”“みなしている”のを「みている」「みなしている」新たな意識(という働き)を生じただけ。
>これは、どこまで重ねても同じ。意識を意識する意識という働きが類層的に連なるだけである。
この部分はまぁまぁだと思うので、ここから話を始めれば・・・
ゲーム氏は、「意識を意識する意識という働きが類層的に連なる《だけ》」としていますが、そこでは重要な事態が生じています。
つまり、そこで「主」「客」の分裂が生じるのです。
その「類層的」な連なりが、どこまで連なっても、最後のところにくる《〜を意識しつつある働き》だけが
《私(主観)》に相当するのであって、それ以外の全ては、その主観に対する「客観」となります。
>566でゲーム氏は、《私(主観)》のことを、「それは“意識”である。」としています。
しかしゲーム氏はここでは「意識を意識する」と書いており、「意識を」とあることからも分かるように、
少なくともそちらの「意識」は、ここですでに「客観」化しています。
それが、「お人形」になっているということです。
そして、ゲーム氏はその「主観」としての《意識しつつある働き》と、「客観」としての《意識》との違いを考慮せずに、
そのどちらも同じ「意識」として見てしまいます。
それによって、その全体が「お人形」化してしまうのです。
748 :
301:2013/09/17(火) 09:37:29.20 0
>>679 :ゲーム
>「語っているのも、その主語の“私”」も意識内・存在である。
>もし意識に存在しないのなら“私”や「語っている」のは、どこに「ある」のだろうか。
上に書いたように、ゲーム氏のいう「意識」は客観化(お人形化)されています。
だからその客観化された「意識」の中に“私”があると考えるのならば、それがまさに最高位のいう「お人形さん遊びの『客観的な世界観』」です。
“私”はどこにあるのか・・・?
前に、ある笑い話について書きました。
「登山している人が、地図を見ながら、隣の山を指さして、『我々は今あの山頂付近にいる』とつぶやいた・・・」という話。
“私”は〈今ここ〉にしかあり得ないから、「お人形さん遊びの『客観的な世界観』」は、笑い話になるのです。
>「存在者の本質は力ではなく、○×である」といえばよろしい。
それを「力」であると言っても、あるいはニーチェのように「力への意志」であると言っても、
それだけならば、ただそのように名付けているだけのことです。
それは「ナントでもいえる」ことであり、それだけなら哲学的な意義はほとんどありません。
749 :
301:2013/09/17(火) 09:40:24.93 0
>>704 :じいさん
>素直に読めば、しつこくくどくどと「心など無い」と書かれていることは小学生くらいの読解力でも判る。
それはそうですが、その理解のしかたも「小学生くらい」では困りものでしょう・・・
問題は、その「無い」がどういうことを意味しているのかです。
前に書いたように、それは、《実体としては無》ということです。
「空」という思想に含まれるそのような否定の契機によって、
かつてインドの中観派の人々も、しばしば虚無論者と誤解され、批判されました。
彼らはそのような誤解に対して、「われわれは縁起論者であるから、虚無論者ではない」という答え方をしています。
では「縁起=空」とは、どういうことなのか。
龍樹の言葉を引用すれば、
「もろもろの存在が他によってあることが、空性の意味である。他による存在には自性がない。」(『廻諍論』)
「他による」ということが「縁起」を示しており、「自性がない」が《実体としては無》(=「空」)ということです。
「空」を理解するための良書と私が思うのは、
山口益著『空の世界-龍樹から親鸞へ-』と、瓜生津隆真著『龍樹―空の論理と菩薩の道』です。
(仏教の初学者にはどちらも難解だと思いますが)
山口氏は、この本の中で、「色即是空」から「空即是色」への転回を、「慧」から「悲」への転回であるとして次のように書いています。
「空なる智慧の本義を完うすることは、空が空に停滞せずして、われわれが限りなく我執我所執に捉えられる態を見出してはそれを批判し、
すなわち一切有情の我執我所執に捉えられる態を見出してそれを批判し、その我執我所執の煩悩が打破せられることである。
すなわち、限りなく般若波羅密化の行ぜられることである。しかるに、我執我所執の煩悩が打破せられて我執我所執が真如化せられること以外に、
慈悲せられるということはあり得ない。」
このような「慧」から「悲」への転回を、私は「往相」「還相」として書いたのです。
750 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/17(火) 10:07:07.35 0
>>652 機械氏は“世界”を混沌とはみていないだろう。物質→物体が規則的に織りなすコスモスと
みなしている。織りなさしめているのは「四つの力」である。四つの力に媒介されながら、
「物質だけが世界を構成している」というのが機械氏の世界像。
だから四つの力を包括する視点を獲得すれば、そこから“世界の総体”を解き明かすことが
でき、記述できるという確信を抱いている。
キリスト教、マルクス主義、ニーチェ、吉本…などが機械氏の素養だが、いつかはしらぬが、
それらの諸思想を観念論的迷妄として放擲し、機械的唯物論・決定論という“科学する宗教”
へと転向(転位)したのである。w
ただ、これは初代の機械氏のことで、たぶん二世か三世であろう、いまの機械氏については、
まだ“正体”を概括できません。
AAツマンネ
752 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/17(火) 11:11:46.50 0
>>678 素粒子は一応、物質と呼ばれるけれども“E”態でしょう?
いいかえれば、質量などの“力”の様態である。
原子は素粒子(力)によって構成される典型的な“力模様”。
さらに分子は原子によって…“物質”と呼ばれるのは、悉く力の様態を指している。
たとえば物体の要件の一つ“質量”は「閉じ込められたE」である。
ただし、それを密閉することはできず、変化、作用、運動として流出する。
それらは力の別名である。
唯物論者の好物「物質」は“力”に還元できる、というより力の“量”を計り、記述する
ことによってしか表わせない。つまり物理学は“力学”を本旨とする。w
もうそれでええわ
もうそれでええわ
俺もそれでええわ
756 :
考える名無しさん:2013/09/17(火) 11:18:27.23 0
絶対にあかん
757 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/17(火) 12:14:23.60 0
>>748 君は、どうやらお人形が好きなようですね。w
みている対象、すなわち現前の対象は君にとっては悉く“お人形”であるわけだ。
君のような人形好きには、たまらない世界でしょうね。
そして、みている本当の主観だけは「実存している」わけだろう?
実存と人形たちの世界。それが君の描く世界像である。w
人形(対象)は過去の死せる産物であり、実存だけが「いま、ここに」生息している(らしい)。
ということは「実存=本当の主観」は時間・空間的存在であり、一個の“存在者”ではあるようだ。
それに色づけするなら、実存とは“意識と身体の複合態”である。
たぶん機械氏のいう四つの力を包括しても解きえない“欲動し、力動する”存在者なのだろう。
それだけに、存立・維持するためには、その欲求と欲望に答えなければならず、相当量の“E”を
補給しなければなにない。ベタにいえば、君という実存=本当の主観も、飲まず喰わずには一日中、
人形の観賞に耽ることはできまい。w
なお、私の言葉が単なる名づけでしかないのなら、無視するがよろしかろう。
力の無駄づかいだからである。w まちがっても、正義感など振りまわさないように。
758 :
考える名無しさん:2013/09/17(火) 12:17:17.52 0
ゲーム氏よイタズラ書きは勘弁して下さい。
荒らし行為はよくないことです。
759 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/17(火) 12:23:28.25 0
>>758 あっ、そう。レスに返しているだけだけど。
もう一つ般若心経にふれ、パラドクスについて述べようと思ったけれどもw
忠告に従ってやめておきます。
なんでこう「レスを返してるだけ」と言う奴は揃ってクズなんだろうか?
761 :
考える名無しさん:2013/09/17(火) 12:33:46.29 0
>>750 この論理は、存在の本質に関わるので、ゲ−ム氏の「四つの力」の概念を教えて下さい。
存在の本質か
バニラエッセンスあたりじゃないの?
存在の本質だと思うことを人に聞くか?
4つの力についてはネットに情報もたくさんあろう。
何のためにここに来ているのだ?
すぐ根掘り葉掘り聞く人って何だろうね。
自分で考えるということが嫌なのだろうか。
バニラを絞るとバニラエッセンスができる
バニラのエッセンス(本質)だ
残った残骸は本質じゃないのかねぇ
「本質」と「根拠」が混ざっているのかもしれない。
「4つの力の概念」ってどういうことだろう。
調べれば単位もわかるではないか。
物理学上の概念は「単位」に表れているわけで、それ以上の意味を聞いているのだろうね。
知へ立ち向かう覚悟がない奴は自分では何も開拓しない法則に誘導される
物理とか般若心経とかもいいけれども
哲学の範囲で語って欲しいもんだわ
ほんとうにそうなの?
772 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2013/09/17(火) 16:14:10.01 0
>>363 :考える名無しさん:
>個別の商品価格の変動がどこに収束するのか、あるいはその商品は消えていくのか、ということの根源を労働に求め
ここが問題だと言っているのです、その商品に費やされた労働量はその時点で確定している訳でしょう、その後に商品価格が需要によって変動する訳です、売れずに消えちゃうかもしれない。
そういう実体経済の流れの中では商品に労働価値がくっ付いていると言う発想は、生産後の価格変動と労働価値がリンクしないので意味をなさないんです。
>資本主義における物神崇拝とは、貨幣崇拝。
ですから貨幣崇拝と言うのは資本主義に始まった訳ではないと言っているんですよ。
ギリシャローマの時代から金で奴隷が売買されていたのだから。
>交換価値のみを目的とした労働として表れる。 これが疎外された労働。
このような平板な捉え方が抽象と言うのかもしれないが幼稚過ぎて話にならない。
例えば愛する妻子を養う為に10万円必要だ、その為にはどんな仕事でもする。
このようなモチベーションの労働は疎外労働とは言わない。
交換価値が疎外を産む張本人ではない、もっと別のところにある。
人間の疎外などと言う大きなテーマを貨幣、労働だけで説明しようとするのは無理。
ま、そこで価値と言う概念を思いついたんだろうが、生きる「価値」と商品価値の価値と混同したのではしゃれにもならない。
それは抽象でなく単なる誤用。
ジジイ スレチだよ! クソボケが!!
774 :
考える名無しさん:2013/09/17(火) 16:17:31.23 I
いつも思うんだけど誤爆って何でおこるの?
775 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2013/09/17(火) 16:17:33.85 0
上記ミスで投稿しました。
たびたびスイマセンです。
776 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2013/09/17(火) 16:24:55.29 0
>>773 :考える名無しさん:
>ジジイ スレチだよ! クソボケが!!
いやあ スイマセン ほんとにぼけてしまって・・・。
>>774 :考える名無しさん:
>いつも思うんだけど誤爆って何でおこるの?
外のスレも同時に立ち上げていて両方見ながら楽しんでいる訳です。
レスは下書きしてから其れを投稿時に貼り付ける訳ですが、
「書き込む」窓を間違えるボケが発生します。
777 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2013/09/17(火) 16:45:53.61 0
>>749 :301:
>「もろもろの存在が他によってあることが、空性の意味である。他による存在には自性がない。」
これは全く正しい、しかし・・・
>「色即是空」から「空即是色」への転回を、「慧」から「悲」への転回である
何でこうなるの竜樹さんの言葉を後半でしゃくっちゃってるでしょ、ひどい曲解。
大体「空」を理解する為なら「当然五蘊皆空」が根本でしょ、なんで一部分の「色」を取り上げるの?
前に言った様に五蘊皆空を故意に素通りして「空即是色」の曲解を押し付ける典型的なパターン・・・悪い例示でわかり易い。
竜樹さんの言葉は「五蘊皆空」であって、どうしたって「空即是五蘊」などは出てこない。
>一切有情の我執我所執に捉えられる態を見出してそれを批判し、その我執我所執の煩悩が打破せられることである。
すなわち、限りなく般若波羅密化の行ぜられることである。しかるに、我執我所執の煩悩が打破せられて我執我所執が真如化せられること以外に、慈悲せられるということはあり得ない。
意味不明、と言うか単に文章が下手なだけ。
「一切有情の我執我所執に捉えられる態」
「その我執我所執の煩悩」
これって同じコトを繰り返してるんでしょ? くどくて読みにくい。
後半は、「Aである、しかるにA以外にAであることはない」と言う流れでしょ、稚拙。
西洋の伝統とは非寛容と殺戮の歴史だと言われる
だが、十字軍にしても、歴史の細かいところを見ると、寛容の精神が見受けられると井上先生は書いてた
知性の伝統とは、つまるところ対話の伝統であり、他者との関わりの伝統だ
それはつまり、己の知らぬものとの関わり方の伝統なのである
未知と既知については、数年前の原発事故を思い出す
「想定外」という言葉が免罪符のように言われる
想定内ならば対処でき、想定外ならばあたふたする
それも一つの知のあり方なのかもしれない
しかし、いつでも想定外のことは起こりうる
世界の歴史は人間の想像もつかないほど莫大であり、長い歴史の中では人間の想像もつかないことも起こりうる
想定外のことはいつでも起こりうる
東北大震災でもいいし、バブル崩壊やリーマンショックでもいい
その都度「それは想定外だから仕方がなかった。我々の知識は世界を統べている」と述べる
そのような知のあり方でいいのかねぇ
779 :
考える名無しさん:2013/09/17(火) 20:29:29.23 0
>>763 「存在の本質」は、人それぞれにより哲学も異なるし、本質の捉え方も異なる。
「四つの力」が何を述べているのか、それは、それで「問う」ことは、別に良いのではないか。
自分への哲学の参考になるのであれば、「四つの力」が何であるかを問うことは、当然のことではないかな。
780 :
考える名無しさん:2013/09/17(火) 21:12:11.58 0
決定論と潜在意識は両立可能?
>>757 実存=本当の主観というのはどこから出てきたのでしょうか。
>>780 潜在意識が決定論を否定するのでなければ両立可能と思います。
>>668 そこでの「特性」というのはね
温度とか圧力とか電流とか
森羅万象、何かしらの普遍的な特徴として計測できる質ってのがあるでしょう。
そういうものを想定している。ごく普通の理解だと思いますが。
また特性の強度に於ける「強度」というのはintensity。
強烈さ、とか、激しさ、とかの意味。
強度特性の強度はstrengthではないかな。
丈夫さ、とか、壊れにくさ、変形のし難さ、ぐらいの意味だろう。
言語というのは目が粗いわな。
>>784 >森羅万象、何かしらの普遍的な特徴として計測できる質ってのがあるでしょう。
普遍的というのはどうやってわかったのでしょう。例えば計測したとします。この計測値は
今このような方法で計測したらこのような値が得られたとしかいえないのではないでしょうか。
>>785 その「このような方法で」が普遍性を説明するのだろう。
貴方がそれを「どのような方法であるか」を理解するのであれば、
そのような方法で計測される計測値を普遍的な特性と呼べるのではないか。
>>786 計測した方法を忘れてしまったとします。
計測値は無効でしょうか。それとも計測対象が普遍的にもっている値でしょうか。
>>787 計測対象というのは微妙だわな
ここでは突っ込まれる。
対象?それは何?とかな
「計測作業」ぐらいにしておくのが良いのじゃないかしら
計測した方法を忘れてしまったのか。んー
我々はそう簡単に忘れることができないように出来ているから
普遍的な何かに気付いたわけだろ。
そのように気付いた事実を認めた上で、やっぱり忘れろって話か?
明日、人類が一斉に牛になったら、世界に人間がいたことは無効でしょうか
そんな話と同じような気がするな。
>>789 森羅万象、何かしらの普遍的な特徴として計測できる質
というのは、計測方法の側に普遍性があるということでしょうか。
>>790 計測方法の普遍性なしに現象の普遍性を理解できると貴方は思うのか?
今度は私が質問する番ということで、答えてください。
それは
>>785に書いてあります。因果関係で考えるということです。
>>791 その普遍性の意味を訪ねているのです。現象の普遍性を理解とは何でしょう。
過去と未来は因果関係です。過去が原因で未来という結果があるのです。
真性仏教徒パネぇwww
なんか仏教の人多いよね
哲学板のスレなんだけれども?
>>793 現象の普遍性なぁ。。
例えばよ
いまツバメが飛んでいたとするだろ
それだけじゃそれが天気と関係していること(因果関係)は
分からないわけだ
「ツバメが低く飛ぶ」ことそのものから、天気の善し悪しは演繹されないだろ
貴方は>785で、それが演繹されるようなことを言っている。
しかし違うだろう。
ツバメが低く飛ぶと天気が悪くなる
という因果関係は、「ツバメが低く飛ぶ」ことを、
それとは異なるツバメの飛び方と区別して理解することが条件となる。
帰納する能力から得られる知見。
つまりどういうわけか、条件の普遍性と現象の普遍性を
抽出できるようになっているわけなのだが、
そのからくりが自然のどこにあるのか、と今の俺に訊かれても
「自然の斉一性」ぐらいのこけおどしを言うのが精一杯。
分からん。。。分からんな
799 :
じいさん ◆6rgGIYz09M :2013/09/17(火) 23:13:44.80 0
>>738 :「機械的唯物論」者:
>例えば「精神活動」は「分子の働き」で説明できるのか?という問い
とぼけないで下さい機械さん、それならじいさんだって出来ますよ。
このスレが始まって以来問題になっているのは、「精神活動」ではなく幻想や空想の内容そのものを「分子の働き」で還元(分子の働きだけで記述する事)出来ますか?と言う問いです。
例えば・・・・・・・・・
>>641 :「機械的唯物論」者:
>脳内に「色々な幻想」を産み出し、その中の一つが「『私』という意識」 なのです。
この『私』を分子の働きで記述できますか?
今度ばかりは逃げたり、とぼけたりしないでね。
普遍論争(ふへんろんそう)とは、スコラ哲学において「普遍は存在するか」という
問いをめぐって争われた哲学上・神学上の論争の一つである。これと内容的に
同じ議論が、古代から続いており、近代哲学や現代の哲学でも形を変えて問題と
なっている。「普遍概念」をめぐる論争として、中世の論争を特にこの名で呼ぶ。
wikiより
今のところは「普遍は存在する」というのは分が悪いだろうな
分が悪いのか
唯物論を前提とするなら、普遍なんか当たり前ってことだと思うがなあ
唯物論だって人間が考えた世の中の構造だからね
あれで完全だって思うのはどうだろうか
世界は複雑怪奇だよ
>>792 > それは
>>785に書いてあります。因果関係で考えるということです。
因果関係で話しをするとは何でしょう、具体的にお願いします。
>>795 > 過去と未来は因果関係です。過去が原因で未来という結果があるのです。
未来はいまだ因果していないから未来というので、既に決まっていたら
未来とは言わないのでは?
もしかして貴方は未来人ですか?
>>788 > 理性を理解するとこうなる。
偶然そうなっただけで、それに意味はありません。
>>803 唯物論が完全かどうかは度外視して
唯物論を前提とするなら、ということなのだ。
私は唯物論者なのでさ
物理学ってのも複雑怪奇だぞ
それに唯物論にしか道が残されてないのだ
あれ、コテが消えたわ
>>807 「科学が世界をもっと知らしめてくれる」という意味での唯物論ならば賛成する
しかし哲学でいうところの唯物論に賛成してしまうと
現実生活における倫理とか様々な種類の思考力も制限を受けてしまわないだろうか
心的なことを現象として考えることも「今は」重要なんだよ
それが人間というものだと思うんだけれどもね
810 :
あまの:2013/09/17(火) 23:54:29.66 0
おいおい、そんな温い道徳主義で哲学を詰まんなくする気かよ・・
そんな欺瞞はいいのだよ。
>>809 そんなもんかね
私は唯物論者だが芸術の価値を否定しないですよ。
ただ、人間のあり方とかを考えるときに、倫理として哲学で行うのは無理すぎる。
文学に依る方が圧倒的に深いし感動的だし相性が良い。
倫理は、その周りを巡って、あーでもないこーでもないと後付けする。
そのことにこそ意味がある、と言われれば否定する材料もないですが。
812 :
あまの:2013/09/17(火) 23:57:03.63 0
空間や時間がどう変形しているように見えても世界は寸分の隙も無く物質なんです。
だったら何もかも物質として語れないようではそれもまた不自然と言うもの。
あまの君は文学だけ語ってればいいよ
814 :
あまの:2013/09/18(水) 00:01:06.78 0
倫理観とか生まれつきのものが大きいからね。
本気で人類のことを考えるのなら優生学を取り入れていくべきでしょう。
>>811 唯物論を極めて守れば、哲学にはなりえない。
816 :
あまの:2013/09/18(水) 00:03:11.72 0
お前さんの言うのはマルクスの唯物論ではww
あまのくんは、優生学的に生き残れるとでも思ってるのかな
>>813 本は物質だから、文学は必然にすぎない。
819 :
あまの:2013/09/18(水) 00:04:41.09 0
優生学では、去勢でしょう。
なにも命をとられるわけではない。
>>811 超個人的には唯物論支持なんだけれどねじつは
行き着く先は唯物論のように予想はしている
しかしまだ科学でさえちゃんとした世界の構造を明らかにはしていないでしょ
それも500年後くらいには科学も完成するという次元じゃない
我々が世界の構造解明に至るには先が全く見えない
だからあまの君のように軽々に断言は俺にはできないね
だって現在は分からないことだらけなんだから
それこそ過程は抜けていて結果だけ先取りして「世界は寸分の隙も無く物質なんです」なんて断言したら
世界中の科学者から大笑いされる
「そういうことが早く解明されるといいよね(笑)」と言われて終了だろうね
821 :
あまの:2013/09/18(水) 00:06:23.47 0
マルクスの唯物論ってよく知らないけど、物質主義というイデオロギーだよね。
このスレの唯物論とは、多分、違う。
822 :
あまの:2013/09/18(水) 00:07:55.47 0
マルクスのは「価値観」だよね。
>>815 んなこたあねえよ
このスレを見ても分かるだろう
多くの人の思考構造が明らかに物理学の影響を受けてる
現代思想とか物理学(特に量子論)のつまみ食いではないかね?
>>823 それは極めていないから、極めたつもりになっているだけ。
826 :
あまの:2013/09/18(水) 00:10:08.23 0
>>820 軽く見えるけど、意外と考えてますよ、ええ。
>>824 極めたのかよ
なんつーかよ
「俺は悟った」
「いやお前は悟ってない。それは悟りじゃない」
「カントはこーだよ」
「そんなことカントは言ってません」
が多いわ、この板は。
>>811 ごめんね後半がごっそりと抜けていますね
人間が生きるための「学」としての「哲学」ならば
倫理とか法律とかつまり人間社会における「調節機能」としてやはり必要だと思うよ
それは物理学では代用できることではないし
人生相談なんかはそうでしょ
いつの時代も人生の問題は尽きないけれどもやはり「哲学」の役割は大きい
芸術も人間の脳が作るんだから「科学がいまいちな」今のところは既存の心的発想による創作行為は
捨てきれないしね
>>820 寸分の隙もなく、つーかよ
わたしが唯物論を主張するのはよ、
人間がいない「世界」に物質があることの
何が不満なんだ、ってことだけでな。
私には、人間の存在を世界の存在と同格に扱う、
そのことに拘る意味が分からんのよ。
人間がいないところにも世界があることにしなけりゃ辻褄が合わないでしょ。
世界が観念であるとしても、さ。
>>828 人生相談つーのもな、
相談員による理屈じゃあねえと思うわけよ。
それどころか言葉でもない。
なんつーかな、相談する奴と相談される奴とが
同じ思いを共有できるのかってとこがミソでな。
それを哲学でどうにかしようとすると、文学に遅れをとるわけよ。
>>829 こっちも唯物論だから「超個人的」には同意するんだけれどねその意見にも
でもね実証されていないことは仮説なんだよ
仮説を検証過程の結果抜きで信ずるということは「宗教」なわけ
「宗教」は思い込みでしょ
しかも変更不可能で進化もしない
だから結果が出ていないことには謙虚に対応したいという意味かな
俺も「言っていることと腹の中は違うよ」ということさ
>>827 アインシュタインの相対性理論ではゆがむんだよ。
つまり、あいつの性根が歪んでるのはアインシュタインが〜〜
みたいなことを書いたら、「アインシュタインはそんなことを言ってない」と突っ込まれるのが普通では?
アインシュタインだと許されて、カントだと許されないなんてバカげとるよ
833 :
あまの:2013/09/18(水) 00:36:30.30 0
あなたは、なんのために「実証された事柄」をあたまに詰め込んでいるのだ。
そこから一歩も進まなければ書物を同じではないか。
「腹の内」こそあなた自身ではないのか。
カラス君が引用したニュースだけど、
どっちが、よりカントの熱烈な支持者であるか口論になって発砲したらしいね
阪神タイガースかよって思ったわ
より熱烈な支持者であることを競うってのが笑える
>>827 >唯物論を極めて守れば、哲学にはなりえない。
↓
>んなこたあねえよ
極めた先を断言したのは貴方にも適合する。
そのぐらい自覚したら?
>>831 その仮説というのが、何のことを言っているのか分からんのだが
まあいい。
貴方は実証(検証?)されれば従うということなのかな?
それは宗教(検証可能教)ではない、と考えているわけだ。
837 :
「機械的唯物論」者:2013/09/18(水) 00:43:06.21 0
>>799 >この『私』を分子の働きで記述できますか?
まあ、強力な睡眠薬を飲んだり、麻酔薬の静脈注射(要するに化学物質の体内摂取)で
「簡単に雲散霧消する」程度のモノ・・・それが「この『私』」なんでは?
>>836 彼は少なくとも実証主義者ではない
修正しようがないものよりも、修正されうるものの方が価値がある
前者じゃ狂信的すぎる
そう言ってるだけ
>>833 人間が「何かを考える」ということはやっぱり「先入観」との闘いなんだよ
アインシュタインだって唯物論者だったでしょ
彼は「神はサイコロを振らない」といったけれども彼のいう「神」は宗教的な「神」ではなかったともう
「実証された事柄」と「これから実証される可能性のこと」とは別だ
誰だって「予想」はあるけれども最後まで「予想」では駄目でしょ
科学者だって哲学者だって「証明」しようとするわけだしね
俺がいう「腹の中」というのは「予想」のこと
「予想」ごときを大上段からは語れないな俺にはね
>>832 どこに突っ込まれてるのか分からんわ
別にカントでもアインシュタインでも、例えるのはどっちでもいいよ
841 :
あまの:2013/09/18(水) 00:45:53.70 0
精神も結局物質です。
これこそ唯物論の正しい語り口。
その点で機械氏が全く正しいのだ。
>>840 まぁ、本題への切り込みが少ないというのはその通りだろうね
>>836 >何のことを言っているのか分からんのだが
分からない、つまり了承しえないってこと。
実証じゃないでしょ、その繰り返し反証と言いたまえ。
条件と定義の範囲での証明は実証されたケースの範囲内では正しいのは数学
的に明白だろう。疑う余地ものこっていない。
それを過剰解釈するのが人間ってもので過剰解釈部分を認めるべきなどと
思っているとするなら、アフォかと。
>>835 ん〜?
貴方は極めた先を断言していないつもりなのか?
それとも哲学をしてるつもりはないわけか(自覚的にな
>>841 精神は物質の模様で、物質の有り様は物質ではない。
>>844 >ん〜?
>貴方は極めた先を断言していないつもりなのか?
貴方が後に断言したつもりはない?
すべての部分に哲学を例外なく適用するとは強弱のない単調な人なのね。
847 :
「機械的唯物論」者:2013/09/18(水) 00:50:55.16 0
>>839 >アインシュタインだって唯物論者だったでしょ
>彼は「神はサイコロを振らない」といったけれども彼のいう「神」は宗教的な「神」ではなかったともう
まあ、それは言われたニールス・ボーアも認めるでしょうね。
コペンハーゲン解釈もエヴェレット解釈も「神が未来を不確定にしている」などという
トンデモ解釈では「ない」ことは明らかです。
>>843 いや、実証と言ったのは
>>831だろ
貴方は勝手に割り込んで(かどうか知らんが)何に文句を言ってるのだ。
>>841 >精神も結局物質です。
そこが凄いよね
俺には「精神も結局物質かもしれないな」としか言えないよ(笑)
俺には証明できないことを断言はできないな
>>846 後とか先とか、何の話よ?
だから、極めた「先」とか言ってるのは
>>835であって、私ではない
851 :
あまの:2013/09/18(水) 00:54:09.77 0
>>845 そういう中途半端な語りが一番だめなんですよ。
物質自体が模様なんですから、そのおかしな二元論的言い逃れは
俺に言わせればそんなの「あなたの生き方」に分類しちゃいますよ。
>>847 現実に酷似している架空のモデルは解釈しだいでトンデモであります。
酷似しているからといって現実そのもので間違いなどなく世界をすべて
説明したように気取る態度こそ「トンデモ」でありましょう。
>>848 割り込んだのはすまん
だが、彼が843の思考をしていることぐらいは読み取れるのだ
854 :
あまの:2013/09/18(水) 00:57:23.01 0
>>849 ほほう、あなたは物質をよくお知りのようで。
俺なんか正直、もっとも単純な水素原子のことでさへわずかしか知りませんよ。
あなたは古い友人並に物質をわかってらっしゃるのですね。
>>849 言葉は断言することで先に進める道具であります。(故に常に歪んでいる)
曖昧部分を曖昧のまま先に進める術はオカルトでしかありません。
856 :
「機械的唯物論」者:2013/09/18(水) 00:58:45.07 0
>>849 コンピューターなら、ハードウェア+ソフトウェア(要は「自身すべて)も「物質」であることを
「自明のこと」として「証明」出来るし、そういう意味で「断言できる」ので、あなたはそれ以下
・・ということかもしれませんね。
>>850 たんなる言葉遊びがしたいようですね、貴方はそうやって言葉を
はぐらかす技術はすばらしい。
>>849 ポパーの著作を全部読んだ僕からしたら、ほんの少し嬉しかった
でも、まだ甘い
それが僕の腹の内さ
証明できないことは断言できない?
何を断言するつもりだ?
何なら断言するんだ?
何も断言できんさ
「コギトエルゴスム」なら断言できそうではあるが、、。
>>853 いやだから、
>>843は貴方じゃないでしょ
それとも貴方なの?名無しでアフォとか書いたのか?
末尾を0に変えてまでか。何をしとんねん
どいつもこいつも好き勝手に酔っぱらいやがって
>>859 貴方は酔っ払っているのですか?
なんか変ですよ。
>>854 物質をよく知っているのは君の方だろう
そうでなければ「精神も結局物質です。」なんてとてもとても…
ようは「車のハンドル」に例えるならば
思考のハンドルに遊びがあるかないかという意味かな
>>857 だから、言葉遊びしてんのは貴方だって
しかもカラス君レベルのな
>>859 あのね、
別人だけど読解できるよ
カントだって別人だけど読解できるよ
それが読解の能力ってもの
>>862 感情的になるのはよくない、前が見えていますか?
>>864 だから感情的とか外し過ぎなんですよ
他に選択できる言葉が無かったんですか
867 :
あまの:2013/09/18(水) 01:09:12.43 0
実証ねえ、実証されるためには技術の進歩を待たねばならぬが、
あなたは、ことによっては、ひょっとして死ぬまで口をつぐんでいるつもりなのですか?
>>865 貴方は言葉に溺れて何も掴むところがなく流されているだけですね。
>>866 わかります、貴方は落ちるべきじゃない側溝に落ちて這い上がるのに
オレは悪くないと言う情況なのですね。
871 :
あまの:2013/09/18(水) 01:11:55.05 0
コギトエルゴスムの断言でさへ条件付でしょうに。
くだらないタイトルのスレだな。
「意識は必然にすぎない」って意味わかって書いてないだろ。
>>868 どうしてそんなに必死なのか分かりません
私は貴方をそんなに酷い目に遭わしてしまったんですかね
到らぬことで申し訳ないです。
>>867 実証されたと思い込めばいいだけであります。
過去に実証されたことが技術の進歩で覆されることはなかったとでも言うのでしょうか?
>>873 ヒント スルー力
まず鏡をみて平静を保ちましょう。
876 :
あまの:2013/09/18(水) 01:15:56.16 0
おれがせっかく「精神=物質だ」と少々乱暴に言い切ってやったのに、唯物論者どもから
全く、援護が無い。
どうなってんだ、お前らは似非唯物論者だったのか?w
>>876 >どうなってんだ、お前らは似非唯物論者だったのか?w
貴方は正しく理解しているじゃないですか、
>>875 貴方が抄録に条件反射してるだけでしょ
ぜえぜえ言ってるのが聞こえますよ
しかもカラスくんレベルの頓珍漢
>>879 どうでも良いことがそれほど大事なのですか?
>>879 自分にとって「対話ができないな」と感じた相手は
こういうBBSでは無視した方が建設的ですよ
どうせ対話するならちゃんと対話になる方がいいでしょう
>>884 >いやどうでも良いですよ。
↓
>何が大事ですって?
ちなみに僕はカントともデカルトとも別人ですよ
887 :
あまの:2013/09/18(水) 01:27:13.49 0
しかし「証明できないことは断言できない」というのはまさに「論理という箱庭」っぷりだよね。
>>883 そりゃコテハンの性ですかね。
だいたい、コテなんてのはおもちゃにされるものなんですよ。仕方ない。
むかしいた蟻板はコテが多くて、そうでもなかったですが。
スルーしたいときはスルーします。だから気にしないで。
889 :
あまの:2013/09/18(水) 01:30:28.66 0
哲学っちゅうのは箱庭盆栽の手入れじゃないんだ大自然の荒波に立ち向うんだよ!!
890 :
あまの:2013/09/18(水) 01:39:29.77 0
ぬくぬくとした部屋でな。
道具に振り回されるのは道具に謙虚な態度で接していないからです
道具の先に居るものに立ち向かい道具をみていない
>>887>>889 そのとおり。
箱庭にいることにすら気が付いていないのは重傷で気が付いているが
認めたくないので軽症。
大自然の荒波を恐れ自分の殻から抜け出せないのは、ごっこ遊びだから
と言うしかないかも。
ぬくぬくとした部屋でよく言うぜ
久々にきたらブラックボックス消えててワロタ
なにがあったんだよ
>>894 ●が漏れた対象、奴も2chを集団で訴えるんだろうか。www
>>895 >>450 これはそういうことだったのか
今回関係なかったから実感なかったけど
やっぱりいろいろあるんだなwww
898 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/18(水) 09:01:23.95 0
>>781 カラス君
「実存」は、301氏が前スレで用いたもの。対象を客観化する主体らしい。
本スレでは同じ文脈のなかで、彼はそれを「本当の主観」と呼んでいる。
301氏は実存=本当の主観とし、さらにこれを最高位の《私》に結びつける。
タワゴトである。最高位の《私》は不変の実体的な存在。変わるのは心身。
《私》は、その外にあって(私の)心身をみているが、常に《私》である。
「実存」と《私》は似て非なるもの。“不変の実存”は、さすがにムリ筋。w
ワケあって長らく最高位陣営にワラジを脱いだこともあるのでw最高位の《私》については
多少は考えたことがある。時空的存在者で不変なものは、まだみつかっていない。
899 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/18(水) 10:31:06.38 0
精神も物質(物体)も“力もよう”である。w
後者のそれは、かなりのていどまで近似的もしくは確率論的に、数量化されている。
しかし、前者の「心もよう」の“力学”は端緒についたばかり。
脳の働きを物理学的に研究するのは結構だ。が、それは心もようを“物理”に解消する試み
にすぎず、じいさんが指摘するように脳の物理的な働きと(たぶんそれと相関するであろう)
心もよう(内容)については、その方法では具体的に触れることができない。
その心的内容こそが「当の脳やその働きや種々の物体や宇宙や……経済や国家である」にも
かかわらず、だ。
ただ、心もようも力模様ではある。
唯物論に呪縛されていては、たとえ脳の物理的な働きを解明できても「心の力学」は手つかず
に終わるだろう。
900 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/18(水) 10:52:31.33 0
>>899 の五行目、じいさんが指摘する…以後は「脳の物理的な働きと相関するだろう、心もよう(内容)
については…具体的に触れることができない」の意。ごたついていました。
遺伝子が作った模様は遺伝子が作った他の模様の器の形にも依存する
為に遺伝子だけで形が大雑把に決まる。
しかし器依存は栄養素や環境物質に激しく依存し、それらが間違えれば
奇形児になってしまう。遺伝子だけが正しいなら毒による奇形児など生まれない。
904 :
考える名無しさん:2013/09/18(水) 14:56:15.32 0
>>899 >精神も物質(物体)も“力模様”である。
脳の「力学(物質的もよう)」は、科学的に数量化されている。
>物質(物体)としての、脳の働きを物理的に解明するのが、イ−ジ−・プロブレム。
つまり、脳科学の分野は、ゲ−ム氏が述べている様に、かなりの程度まで確立論的、或いは
科学的に“数量化”されている。
しかし、精神の領域は力学(心もよう=精神)として究明が進まないのは、物質(物体)とは異なり
「数量化」できないところにある。
この点に関して、ゲ−ム氏は
>>676で、「人間も経済も国家も“物質”の模様ではなく“力の模様”である」と述べている。
「四つの力」が、存在の本質として明確に定義化されるのであれば、経済や国家の問題は“力”の綜合的連関の中から解答が
見出されるのではないでしょうか。
905 :
考える名無しさん:2013/09/18(水) 15:22:41.99 P
精神も経済も国家も、自己組織化臨界現象に於ける冪乗則に従っている
つまり、様々なコトに「系」というものが複雑複層に営んでいるのがこの世界だ
世界には、時間・因果律・冪乗則(意志)という、三つの指向性に依って安定している
べき乗側が意志とはどういうことなの?
907 :
考える名無しさん:2013/09/18(水) 15:47:23.31 P
>>906 冪乗則とは、安定(保持)への指向性です
何の安定かというと、系(ある集合体という繋がり)の安定です
つまり、自己組織化と同様、自ずから発生する安定(保持)への意志ということです
ちなみに「系」とは、開放系にとどまらず、ありとあらゆるコトの複合的・複層的な営みです
908 :
考える名無しさん:2013/09/18(水) 15:49:49.69 P
というか、冪乗則(意志)の指向性の結果、自己組織化に至るというのが俺の考えです
909 :
ゲーム ◆QR17L6cFM.4i :2013/09/18(水) 17:21:03.85 0
>>908 君は風真君? 長文を書き込むのだろう? コテをつけろよ。w
>>904 四つの力を包括的に記述できるようになっても難しいのではないか。
その理由は、それらの“力”は現前の対象(客観)から導出したもので、
対象化する“主観(意識)”が捨象されているからだ。
それよりも、そもそも四つの力を包括する視点を獲得できそうなの?
抄録氏などは理工系なのだから「信条」など謳いあげずに、最新の科学的成果を
紹介してくれればいいものを“哲学者”になろうとしたがるのには困りもの。w
/⌒ヽ⌒ヽ
./ ヽ
( __ , , )
|ー=・-、r=・|
| 、, |
| .-=- | やっとるようじゃな?
911 :
考える名無しさん:2013/09/18(水) 17:30:13.79 P
>>909 コテをつけるとまた荒れるんで遠慮しときますww
普通はコテの方がNG放り投げやすくて便利なはずなんだが…
912 :
考える名無しさん:2013/09/18(水) 17:31:51.02 0
913 :
1:2013/09/18(水) 17:39:46.30 I
>>921 ちょwwwwww
それ話題になりすぎwwwww
914 :
考える名無しさん:2013/09/18(水) 17:40:41.60 I
哲学板で哲学して何が困りものか
しかしまあ、もう困らせませんよ
哲学ってどういう行為なん?
精神が物資だ、と書きたいなら
精神、物資という言葉を正確に定義してからにしろ。
>哲学板で哲学して何が困りものか
ほんとうにそうかな?
919 :
考える名無しさん:2013/09/18(水) 18:39:26.24 P
物質って曖昧すぎるよな
質量のことなのか物体のことなのか素粒子のことなのか
920 :
tk:2013/09/18(水) 18:46:10.51 I
哲学と科学の違いってのは世の中を理解する方法論の違いだよ。
両者は世界の理解っていう共通目標があるが、真逆の方法それを試みてる。
哲学は疑えない確実なもののみを前提として、演繹によってそれらを拡張していくが、
科学は帰納と推論により多くの前提を作り出し、それらを反証することを目指している。
反証すればするほどその推論の正しさは強められていくが、正しいということは絶対に証明されないんだがな。
精神とは何か?
>>920 少なくともそのお前の文は哲学じゃないな。お前の定義によると。
>>920 哲学は疑えない確実なものを前提として
じゃあまずそれを疑えよ。
その仮定を疑えよ。アホか。
924 :
tk:2013/09/18(水) 18:50:35.01 I
いやいや、意識が脳となんらかの相関があるのは確かで、
脳のことを研究しながら意識について哲学しようってのが俺のスタンスだからな。
本当に世の中を理解する方法論のちがいなのかどうか証明してみろ。
何で証明もできない事を断定してんだよ。
その時点で自己矛盾なんだよ。
926 :
考える名無しさん:2013/09/18(水) 18:55:53.21 P
アプリオリなものからスタートするのがよいのでは
>>920 真逆の方法でそれを試みてる
ほんとに?
そうお前が勝手に思ってるだけじゃなくて?
真逆の方法でそれを試みてるって事をきちんと証明しろよ。
なんで証明もできない曖昧な事を断定してんの?
928 :
tk:2013/09/18(水) 18:56:54.01 I
哲学で帰納法は使わんやろ?
929 :
tk:2013/09/18(水) 18:59:07.05 I
科学で帰納法を受け入れてるのはわかるよな?
>>928 言ってる意味理解できない?
じゃあ国語力なさすぎだわ。
証明しろっていってんの。
真逆の方法でそれを試みてるって事を。
早くしろよ。
証明できないなら、お前が勝手にそう思うだけだよな?
数学で証明もできない定理使って問題解いたらどうなる?
931 :
tk:2013/09/18(水) 19:02:20.28 I
帰納法が正しいってのは証明出来ない。
でも、そんなこといってたら科学もなんも進まへんやろ?
だから、科学はある程度間違いがあるかもしれないってことを前提として理論を構築してる。
エーテルとかも結局なかったやろ?
932 :
tk:2013/09/18(水) 19:06:39.70 I
いや、哲学ってもいっぱいあって、仏教なんかもそうやけどあれを哲学という人がいるかもしれないけど、
俺はあれを哲学として認めてない。
これを哲学と見ていたならごめんなさい。
>>931 はっきり言っとくけどお前バカだと思うよ。
哲学は疑えない確実なものを前提として
ほんとか?
いつどこで誰がそう定義したんだ?
本当にそれを前提としてるのか?
はっきりしろよ。まずこれをきちんと証明しろ。
確実じゃないものを前提とした場合は哲学ではないのか?
そもそもこの文が確実ではないのだから、そもそもこの文が自己矛盾なわけだ。
小学生か?
934 :
tk:2013/09/18(水) 19:10:34.67 I
ごめんごめん、俺の中で哲学として認めている哲学はそうってだけ。
フロイトとか心理学とかは間違いも孕んでるもんな。
>>920 智を理解することは智を愛することではない。
智を愛することは智を求める行動能力のことで結果を受け入れ道具と化す学業ではない。
故に科学は哲学ではない。
937 :
tk:2013/09/18(水) 19:16:41.85 I
あっ、いまおもったけど俺の間違いだわ。
科学も哲学の一種だ。
哲学とは何か?という問に対して、私はこう自己流に定義する。
ある対象に、一歩一歩、論理の実現性、信憑性を吟味しながら、仮説を構築していくその思考だ、と。
そしてその態度、方法は科学のそれと極めて似ているとと思われる。
939 :
tk:2013/09/18(水) 19:18:10.64 I
でも、主張している本筋は間違ってるかなあ…
>>936 全然ダメ。
智を愛するって具体的にどういう事?
論理の飛躍に自分で気づいてない。
もっと数学の勉強した方がいい。
>>936 智を求める行動能力が智を愛する事?
愛する事という行為が行動能力とは言葉としてそもそもおかしい。
論理が破綻してる。
もちろんその後の論理性もメチャクチャ。
話にならないレベル
942 :
tk:2013/09/18(水) 19:24:19.19 I
名無しさんちょっと怖いです(>_<)
明日への挑戦をしないお前ら
己との戦ができないお前ら、
そんな奴に哲学とかありえない。
闘うのは他人じゃない、己である。それが哲学の本質だ。
愛知県=哲学県
香川県=うどん県
昔の名は希哲学ね
>>941の気持ちがよくわかる展開。
日本語の"哲学"と欧米の"philosophy"は根本的に違うから
日本解釈でいいんじゃね?
ニーチェとかデカルトとか持ち出すなら偉人の言葉は正しく理解すべきだけど。
まぜこぜで分離できないバカはどっちにもつかずなんだろうね。
どうみてもwikiが間違っている、wikiなんて信じるのは無学歴な奴だけ、
ちゃんと学校で学んできていない白痴だ。
951 :
tk:2013/09/18(水) 20:41:54.55 I
みんなに聞きたいんだけどさ、もし強い人工知能ができた時、意識の問題は終了すると思う?
>>951 人工知能の定義が分からない。
意識の定義すらできてないのに。
953 :
tk:2013/09/18(水) 20:47:00.71 I
強い人工知能ってのは、意識をもった機械のこと。
954 :
考える名無しさん:2013/09/18(水) 20:48:19.33 0
人工知能が哲学をするなら、意識の謎は消滅すると思う。
955 :
天才2:2013/09/18(水) 20:52:51.97 I
因果律が幻なんだから、
人の人格も幻だ。
一切が夢。
世界は固定してるようで常に生成してる。
人間も地球も神も無目的だ。
動物達に目的や観念はない。
欲望に忠実。
956 :
天才2:2013/09/18(水) 20:55:16.54 I
神とやらに至っては、
無慈悲、無頓着、無関心、
知性なし、感情なし、
ようするにいねえ。
神は人間の中で生きてる。
957 :
tk:2013/09/18(水) 20:56:50.14 I
はじまったぞw
>>952 人工知能とは、出来上がった存在と機能と行動の全てが人工物である。
それは道具であって自ら人工の元になった人の意思から暴走する
デタラメではない。
"人"が作る"工"学的な"知"識をもつ"能"力がある装置である。
故にイプシロンロケットも人工知能と呼ぶことは間違いではない。
>>953 それが間違いの始まり、人工知能を超えた存在を強いAIとし
それのほうが人工知能だというイメージを主流にしてしまった。
自己の願望によって想像をもとに行動ができるからこそ「クリエイト」
という思念による行動が可能となる。道具が自己願望で結果を決めるなら
それは道具に成っていない。
959 :
考える名無しさん:2013/09/18(水) 21:20:52.96 0
>>909 >その理由は、それらの「力」は現前の対象(客観)から導出したもので、
対象化する「主観(意識)」が捨象されているからだ。
>「四つの力」が、現前の客観から導出するとは?私は主観と客観を貫く「力」と
解釈していたが、それではこの「四つの力」が、「客観的存在」であるというのは、
自分の理解している「力」とはかなり異なっているようである。
具体的に、この「四つの力」とは客観的存在の何を現わしているのかな?
956が言う神とは神が主体である人格化にすぎない。
「神が」という主語にすることで神が意識や決定権をもつような
存在に観察してしまっている。
だからこそ人間と神という関係を持たせる偶像崇拝の流れに自ら落ちてゆく。
961 :
tk:2013/09/18(水) 21:24:18.90 I
強いAIことだよ。
この完成により意識の問題は終了すると思う?
>>959 引用するなら改行を入れた行も引用マークを入れたまえ。
>>961 閉じた機能(原理、要素、仕組み)で意識問題を解決すれば問題は解決しえない。
無限に広がる意識として扱えば解決しないこともない。
強いAIにいたるには、心という問題や魂という問題も同時に解決する方法しかない。
肉体の外を切り離して肉体だけが人間の営みと割り切るかぎり、閉じた機能で
考えているのにすぎない。
人間の肉体があれば人間の条件を満たせると断言したいならそれでもいい。
人間が成立するには人間以外の世界すべてと共に、その関係において人間が
成立するというモデルで考えるべき。
それが開いたモデルである。意識を解決するには世界や社会や日常を切り離して
考えるべきではない。
世界に海がないとする、海がない世界の船に船の意識は成立しえるのか?
船の機能は技術的に完璧である、それは海のある世界での完璧さである、
海という概念すらない世界に突如として現れた船が単体で船という
個に意義を表すならば、世界との関係が全く見えていない盲目の人なんだろう。
それは理屈ではなく世界との関係で成立しえる働きや物質世界のもようである。
意識の問題とは何でしょうか。
968 :
tk:2013/09/18(水) 21:54:56.01 I
別に人間みたいじゃなくていいんだ。
意識を感じることができる機械ができた時、意識の問題は解決するのかどうか。
969 :
tk:2013/09/18(水) 21:57:13.51 I
意識の問題とはここではクオリアの問題。
何台も量産できるようなら解決でしょ
あるのは自分は問いを立てられませんという問題ですね。
972 :
tk:2013/09/18(水) 21:59:34.00 I
テキトーな答えだなw
何で?
>>972 意識を持つ機械の作り方が確立されたってことでしょ
それ以上の解決ある?
>>969 クオリアが届く範囲はどこで区切られる?
脳内部?脳と同じ組織(ニューロン細胞)でできている神経の末端(人体の末端)
まで?
もし人体の末端までが関係性を示すなら腕を交換(移植)したあと
うでが動かせるようになったら、その腕は他人の腕だけど自分の
クオリアの延長ってことになりえる?
もしそうだとすれば機械の腕なら?
脳が感じる間隔が心の痛みを含むなら、家族が苦しめられるときに
心が痛むのもその延長になりえる?
976 :
tk:2013/09/18(水) 22:05:44.94 I
じゃあ完璧に脳を再現できる技術ができて、脳の仕組みも完全に解析されたとしよう。
この時、脳を再現できるという事は、意識の問題を解決できるという事と同値だろうか。
もうテンプレは無用だな
>>977 何故か字数オーバー(2000字くらい?)だと立たなくなりました。
981 :
tk:2013/09/18(水) 22:10:23.46 I
≫978
いや、同じ話しだよ。
強いAIも脳を再現することも本質的に変わりない。
有機物か無機物かってだけ。
問題が何なのか分からない問題を解決するという話?
>>981 脳を再現するとは、活きた脳か、静止した脳かで本質的に異なる。
植物状態の人間の脳を脳を再現した「強いAI」と思うのはいいが、
活きた働きがないそれは存在として尊厳できるのか?
同じ人間を物あつかい(奴隷)にできるのは尊厳の問題であり
その物には人間の命や人間の意識はない、それは物(機械と同等)だからだ
認めるか認めないかは観測者の了承にすぎない。
単純に「有機物か無機物」など割り切れない、
人間の条件が何かすら考えたことが無い証拠である。
984 :
tk:2013/09/18(水) 22:15:45.18 I
>>974 とりあえず、どこまでが自分かの問題かはおいといてよ。
てか、意味がよくわからない。
>>982 カラスさん、「しょぼーん」て1行だけで発言してもらえないですか?
>>981 同じじゃないよ
貴方は
>>968で『意識を感じることができる機械ができた時』と言っているのだから
この機械が意識を感じることが分かるってことなんだろう?
整理してください
987 :
tk:2013/09/18(水) 22:19:13.97 I
おいおい、まさか今更強いAIが作れないなんて思ってる人間いるの?
東京大学ではすでに虫の脳を機械につないで実際に機能してるし、アメリカではあと数十年で
脳の仕組みが完全に解析されようとしているんだよ?
?(´・ω・`)
>>987 機能が解明されたとして、それを同じように再現できるとでも思ってるの?
ありえないから(笑)
>>984 肉体が合体して生まれた結合双生児のペトちゃんドクちゃんと言う奇形児を
しっているだろうか。
皮膚の感覚は両者が同時に理解する部位があり、それはどちらの意識なのか?
君が無視しようとしているのは自分の都合の悪いものを排除し単純化できない
ものを単純化した分解した対象としたいという気持ちではないのか?
因数分解した要素を理解するのは正しくても最小の因数を分解してしまうのは
理解と呼ぶのには美しさがない、強引に分解して得たそれが何故正しいか
それは自分が受け取れるかどうかの話しに似ていると思う。
分かるという意味が過去知との結びつきならば、過去に経験したことがない
それを分かってくれと説明して分からせることができるのだろうか。
意味が分からないとは了承できないということではないのか?
数十年前には20世紀中に末期癌も完治できると言われていたな
992 :
tk:2013/09/18(水) 22:25:12.23 0
じゃあ逆に作れないと思ってるひとはなんでそうおもうの?
脳の仕組みを理解できれば、あとはその仕組みを機械に実装するだけじゃん。
>>987 >脳の仕組みが完全に解析されようとしているんだよ?
これDNAが完全に解析される前に同じことを言っていた奴が解析された後に
また同じことを言っているようにしか聞こえない。
脳の仕組みはニューラルネットワークとシナプス網という原理は既に解析済み
どこにどの部位ができるかは動的であり地図を作ろうが移り行く機能の
静的な部位を特定しただけ。
脳を半分程度を失った人が機能を失ってもう機能できないと定義するようなもの
現実は失った部分をできる部分が代行して新しい部位が機能するのが実証科学の結果である。
光子ロケットの仕組みが理解されたら
実際に作れるのかな
>>992 あのね、脳みそっていうのはただの情報統合器官にすぎないの。
実際は様々な身体の器官が連動しあって常に外界から入ってくる情報と
内部とのやり取りの過程から意識らしきものが出来てくるの。
脳みその仕組み分かった程度で再現できるわけないでしょうよ。
996 :
tk:2013/09/18(水) 22:29:01.13 0
>>990 「皮膚の感覚を同時に理解する」
これは単に電流が両方の脳に流れただけじゃね?
>>992 黒人差別で黒人を人間と認めないかぎり、黒人は人間ではなかった。
それは学問の一部でもある。
機械が人間と同様の機能を実現してもそれを認める立場が了承をしなければ
理解(解明)していないのと同じである。
人が定める知識などその程度のものなのに何故気が付かないの?
内分泌や消化、つまり異化/同化、血液循環のメカニズムなども含めて
すべてを統合した仕組みを構築できなければ知能の再現は不可能。
黒人の話はどうでもいいな
不可能だとする根拠もないし
1000 :
考える名無しさん:2013/09/18(水) 22:33:12.56 0
d
1001 :
1001:
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。