665 :
霊姑浮 ◆5JB5Td0w.M :
■なぜ社会は贈与交換でできているのか
贈与交換は決して精算してはいけない
では復習のために贈与交換とはなにか、考えてみよう。まず貨幣交換とは、100円商品を百円と
交換する等価交換である。その場で清算され何も残らない。だから相手が誰であるかを選ばず、
一瞬で終わる。
これに対して、贈与交換の特徴は決して等価交換により清算されないことにある。百円の商品を
送られ百円を返すことはない。そのような清算する行為は、もう相手との関係を清算するという
相手への拒絶になる。 同様な意味で、贈られてすぐに返礼してはいけない。あたかも相手が返礼
を求めて送ったようだからだ。儀礼的に送られたものより多くを送る、あるいは価値の対比がで
きないように送る。 交換する相手はすでに関係があり、そして今後も関係を続けるように行われ
る。重要であるのは、決して清算されない関係性を維持すること。
666 :
霊姑浮 ◆5JB5Td0w.M :2013/10/27(日) 21:54:00.60 0
貨幣交換は特殊なケース
逆に貨幣交換はかなり特殊な交換であるということ。現代では当たり前になったが等価交換とい
うこの繊細なシステムを成立させるには、様々な環境整備が必要とされる。商品が等価であると
はどのようにきまるのか。貨幣の価値は誰が保証するのか。正常な商品であるとどのように保証
されるのか。交換相手が略奪しないと保証されるか
貨幣交換にはそれを支える巨大なシステムが必要になる。貨幣交換を整備し、市場を管理する。
資本主義の発展とともに近代国家が登場したのは偶然ではない。国家群がグローバルな市場を管
理したのだ。これに比べて贈与交換は簡単である。小さくても共存する集団があればそこで行われる。
667 :
霊姑浮 ◆5JB5Td0w.M :2013/10/27(日) 21:54:55.30 0
贈与交換で社会はできている
広義の贈与交換を基本に社会はできている、ということ。これは人は一人では生きられないと同
様な意味である。このような贈与交換が全面化した社会として指摘されているのが、狩猟を中心
とする原始社会である。剥き出しの自然を生きる原始社会では、得られたものを贈与し、返礼す
ることで、生き抜いていく。
さらに現代でも多くを贈与交換が行われている。厳密に貨幣交換をめざすことは、自由主義経済
を徹底することだ。個人には等しく機会があたえられ、交換はその場の営利を基準に行われる。
相手への好意や今後の関係を考えて助け合いの関係を求める贈与交換の要素を含めてはいけない。
はたしてどれぐらい純粋な貨幣交換があるだろうか。その場で清算してしまうことは長期的な保
証がなくなる。必然的に人は贈与交換的要素を入れて、将来を担保しようとする。
特に日本は自由主義経済を徹底できないと言われる。自由競争を嫌い、人のつながりを重視して
贈与的要素を入れようとする。さきの西洋のサービスとにほんのおもてなしにつながる。サービ
スを商品とする西洋に対して、貨幣と等価交換することは失礼だと、贈与交換として支払いに還
元されないサービスをできるだけ贈与することを儀礼とする。