◆決定論:脳は物質だから意識は必然に過ぎない194◆
1 :
考える名無しさん:
人間の脳が「物質」であることには、誰も異論がありません。
しかし、脳内には物質以外の「何か」がある(筈)と考える人が居ます。
・・それは願望思考・自己欺瞞という「観念論的誤謬」です。
人間の脳を構成する千億個の神経細胞は軸索を伸ばし、突端から
分泌する神経伝達物質で、他の神経細胞に情報を伝えるだけです。
勿論、脳内には核分裂のような原子核反応もありません。
分子生物学と生理学の対象分野「分子レベルの現象」が全てです。
「この宇宙」で人間の脳だけが「特殊な物質」であるとする科学的根拠は
全くありません。人間の脳も地球上における「物質の進化」の一過程に
すぎず、人間の脳が造り出す『意識』も何ら「特別」ではありません。
『意識』は『クオリア』を持つ動物全部に生成する現象です。
「何を思うか何を意志するか」は、あらかじめ物理・化学法則により
決定されております。自由(意志)感は文字通り『感じ』にすぎません。
量子論の「不確定性」は意識には何の関係もない「単なる観測問題」です。
以上が「超・大統一理論」=量子論と相対性理論の統一後に残存し得る
『唯一の最終真理(思想)』の輪郭です。全宗教全観念論は徒労です。
2 :
グリーアン:2012/10/21(日) 23:02:58.18 i
2ゲトズサー
もうダメだなこのスレ
チンカス並の初心者しかいない
今日もマーキングか
まめだな
( ゚д゚)、ペッ
はよ
8 :
薬味:2012/10/22(月) 00:54:31.16 i
まぬ
ごめんなちい
10 :
考える名無しさん:2012/10/22(月) 06:46:34.49 0
少なくとも人間の行為を決定するのは物理的事実だけではない、っていうことは心の哲学の大半の学者の見解だろ
決定論はまずバージ、パトナム、チャーマーズあたりに反論しないと
は?物理的事実以外に何がこの世に干渉していると言うの?
それはどうやって観測されたの?
重力などは、人が意識的に、概念的に可視化させたものであるのは、発見以前の人類の生活から考えれば明白だろう。
質問の答えになってないよ
目に見えるものだけが物理現象なら空気すら物理に含まれないわな
それ以前に「物理的事実」って意味不明だから。
>>12 物理にはオカルトやら朝鮮人(嘘の塊)は含まれない
もしかして半島の人?
物理学は現象や事実を観測する学問で物理的とは観測ができる対象を意味論として
扱う。
物理は森羅万象、自然の摂理ではない。物+理という言葉が割り当てられているからには
人が物理と認識できてこそ物理である。
18 :
グリーアン:2012/10/22(月) 09:08:48.07 i
必ず正しい発言は無意味なんよ
前スレで、「トートロジーこそ究極の言明」と書いてた名無しがいた
ある意味では正しい発言だ
なぜなら、トートロジーは必ず正しいからだ
でも、トートロジーは無意味だ
この、意味と無意味の境界の問題を取り上げるべきか迷ってる
俺が書いたら特に猛反発がくることは目に見えてるからね
はいはいおじいちゃん
ここはあなたの居場所じゃありませんよ
20 :
グリーアン:2012/10/22(月) 09:35:09.84 i
うむ、じゃ、後は若いもんにまかせて、、、って見合いか!
>>18 正しいとは常に主体との関係で生じるもの、これに例外はない。
意味も無意味も関係なくして存在しえない。
ときにそれらは見失われる
22 :
考える名無しさん:2012/10/22(月) 12:11:55.86 0
18
よく言ったグリーアン
理解するってことは、なにか知ってることを持ち出して理解するんだ
23 :
グリーアン:2012/10/22(月) 14:10:51.17 i
勘違いされてるかもしれない
俺は「真理はある」ってのは譲れない
ただ、俺がかますのはさ
けっこうきわどい意見なんだよね
俺がかます意味と無意味の境界は、
トートロジーは無意味だということ
そして、トートロジー以外は矛盾も含めて全部有意味だってことなんだよね
この区分けで何を言いたいかというと
アルティメットトゥルーは無意味だってことなんよ
要は、論理的に恒真なものは無意味なんだよ
だから、論理的に恒真なものを求めている人は無意味なものを求めちゃってるんだよね
自分の発言を有意味にしたいなら、その発言を論理的に恒真にしてはいけない
でも、ある種の人たちは論理的に恒真なものを求めちゃってるんだよね
彼らの求める先にはトートロジーしかない
最初から空っぽなものを目的としてしまっている
そして、空っぽなものを後生大事にして、何か意味あるものを攻撃する
不毛なんだよ
意味ある言葉の使い方をしてほしい
たまには真面目に相手してみるか
では貴様の言うところの「意味」とは何か?「無意味」とは何か?
25 :
グリーアン:2012/10/22(月) 14:31:12.77 i
どんな発言も、その意味を骨抜きにしてしまうことはできる
そういうことは、たいていその発言者自身がしてしまうことが多い
「カラスは黒い」
この言葉もたった一言補助言明を付け加えれば無意味になる「黒くないものはカラスではない」
このスレの「物理的事実」って言葉もそれが意味を保ってられるかどうかかなり怪しい
そんな無意味なことをいくら並べられても、当事者以外みなつまらないのではないかと思うんよ
当事者だってつまらないでしょ
あ、あと、俺が「主体」を話題にしないのは
前スレで「おまえが属している集団の話だろ」って言われたからだ
主体や集団によって正しさは変わらない
それは結局、集団に個人を回収しようとする力のロジックに支配されるだけだと思うんよね
俺が言う「正しさ」は、常に集団とか主体じゃなくて「現実」の方を向いてる
「言葉と現実の対応関係」をもって「正しい」という言葉が成立すると考えるからだ
ただし、必ず正しいものは、言葉と現実の対応関係に関係なく必ず正しくなる
だから、「必ず正しい」ってのは「正しさ」からすれば邪魔なんだよね
26 :
グリーアン:2012/10/22(月) 14:32:12.04 i
>>24 意味→言葉の情報量があること
無意味→言葉の情報量がないこと
質問に答えろよ
そしたら真面目に相手してやるからさ
29 :
グリーアン:2012/10/22(月) 14:38:27.91 i
>>28 言葉がもってる意味内容の量のこと
「〜とは何か?」なんて質問じゃ、ぐるぐるまわる答えしか出せないよ
質問する方が悪いんだからな
いやいや、質問が円環してしまうのはある種回答者の責任だろ
お前の発言をまとめると
意味とは情報量を持つもの
情報量とは意味を持つもの
でしかない。なんの説明にもなってないぞ
この質問に回答キチンと回答出来ない限りお前の論はそれこそ空虚で構成されてることになるぞ
31 :
グリーアン:2012/10/22(月) 14:46:20.42 i
>>30 「〜とは何か?」って質問に答えていくと必ず循環する
「〜とは何か?」と質問する方が悪い
ちなみに前スレで「〜とは何か?」は擬似問題だと俺は発言しているんだよね
ちなみに意味と無意味の話は前前前スレですでにしてたりする
同じ話題なんだけど、もう一度する必要を感じたのさ
ああ、つまりお前は自説を他者に納得させる力が無いってこったな?
前前スレでやってってそれがそれなりの説得力を持つものであれば貼ればよろし
グリーアンさんの言説は無意味ですよ。
34 :
グリーアン:2012/10/22(月) 14:55:11.78 i
これはちょっと哲学を学んでいる最中の学生向けに言いたいことなんだけど、
論文のテーマでも問題設定でも「〜とは何か?」とは絶対に書くな、と言いたい
「〜とは何か」って書かれたら、読む方はその時点でかなり読む気なくしてるから。
もし、「〜とは何か」と書くしかないように感じたら
それは、自分の考えてるテーマが漠然としたもので、まだその問題をえぐり出せてないと反省すべきだ
そして、まったく別の表現でテーマをまとめることができたなら、君の筆は止まらないはずだ
じじいから若者へのアドバイスだな
35 :
グリーアン:2012/10/22(月) 14:57:22.08 i
>>33 意味の境界設定に関する俺の発言はトートロジーにはならないので、俺の発言は有意味になるよ
「〜とは何か?」という質問に対する答えは無意味だけど、これはしょうがない
有意味に答えられる質問じゃないから
>>34 いやいや、単なる辞書的な意味で済むなら問わんよ
それで済むなら「辞書を引け」で事足りる
それで済みそうにないから問うているだけさ
では質問を換えてやろう、お前さんの言う意味は辞書的な意味か否か?
>>35 無意味ですよ
「トートロジーは無意味である」によって無意味を定義しているのだから
38 :
グリーアン:2012/10/22(月) 15:01:28.40 i
>>36 哲学の業界でフツーに使う「意味」って言葉だけど、辞書をひいて調べてないから分からん
論理実証主義が問題にした「意味」であり
包括的批判的合理主義が問題にした「意味」であり
フレーゲが区分けした「意味」だと思うけど、
辞書だと違うの?
>>38 い‐み【意味】
@記号・表現によって表され理解される内容またはメッセージ。
?特に言語表現によって表される内容。言語表現が指し示す事柄または事物。
?言語・作品・行為など、何らかの表現を通して表され、またそこから汲み取れる、
Aその表現のねらい。「何を言いたいのか―が分からない」「―ありげな笑い」
B物事が他との連関において持つ価値や重要さ。「そんな事をしたって―がない」
ではこれでよろしいな?
つうか学問の徒なら辞書ぐらい用意しておけよ
40 :
33:2012/10/22(月) 15:05:30.11 0
ステハン付けます
41 :
グリーアン:2012/10/22(月) 15:07:08.94 i
>>37 ウィトゲンシュタインのやったことから半分引っ張ってきてるけど、定義じゃないんじゃないか?
「論理的に真であるものはなぜ正しいのか?」から引っ張ってきてる
(残り半分は矛盾の扱い方が違う)
でも境界設定自体が定義とさほど変わらないものなのかもしれないね
42 :
グリーアン:2012/10/22(月) 15:10:50.07 i
37
いや、違うか、トートロジーでない文章で意味がある形で批判不可能なものを提出したら、境界設定の反駁になるから
境界設定はやっぱり有意味だわ
43 :
33:2012/10/22(月) 15:13:40.29 0
>>41 ウィトゲンシュタインは、トートロジーが無意味だ、なんて言ってないでしょう
彼は、証明はトートロジーだ、と言っているのでは?
トートロジーが無意味で、トートロジー以外は有意味だ、
というのは、ただの言い換え
貴方の主張によれば、これは無意味です
意味の意味すら客観的にはっきりと説けない輩が
有意味だとか無意味だとか”自分の基準だけで”断じている様が正に滑稽ですな
45 :
グリーアン:2012/10/22(月) 15:21:31.76 i
>>43 意味の境界設定はウィトゲンシュタインとは関係ない
ちなみにウィトゲンシュタインは、論理的に真であるものは、それが無意味であるがゆえに必ず正しいとした
ちなみに後半では矛盾も無意味にしてるけど、これはウィトゲンシュタインも頭を悩ませたらしいよ
意味というのは「意(前言語的な内容)」+「味(区別としての)」という合成語だから
ある表出(表象)に「意味があるかないか」は、それを受けとる側で「ある内容」として
了解できるか否かという結果として本来考えられなければならない。
そこを見ずに「ある命題の意味」を抜き出して思惟しても答えはないだろうね。
47 :
33:2012/10/22(月) 15:27:26.62 0
>>45 ウィトゲンシュタインとは関係なく、
貴方の言説がトートロジーでしかないので、
貴方の説によれば、それは無意味なんです
48 :
グリーアン:2012/10/22(月) 15:30:32.93 i
>>47 いや、トートロジーじゃないよ
この境界設定は正式には「(非分析的言明において)批判不可能なものは無意味である」で
この境界設定言明自体は批判可能だから
>>46 誰が語源的な話しろって言ったよ。単純スノッブが、失せろ
俺が、そしてこの場で必要なのは今日、我々が、話す言葉の上での『意味』としての意味だ
>>49 語源を軽んじるなよw
シニフィエは英語にするとmeanだが、その元は「真ん中・平均」という古語だ。
そしてフランス語のmilieu(真ん中)は、「場・環境」という意味も持つ。
つまりそれが意味する「意味」の意味は、受け取る側の平均的な了解を目指しているということだよ。
>>48 貴方は、「トートロジーは無意味である」と言い、
かつ、「トートロジー以外は有意味」と言ってるんです
ですから意味と無意味の境界設定は、トートロジーか、そうでないかによって
決まってしまうでしょう
批判不可能です
無意味です
52 :
33:2012/10/22(月) 15:38:12.23 0
51も自分です
>>50 最後の行だけは同意するが
その理解に至るまでに語源は必要無い。多様な経験と感性があれば事足りる
54 :
グリーアン:2012/10/22(月) 15:41:36.27 i
>>51 なるほどね、そだね
ウィトゲンシュタインも「トートロジー」とは書かずに「批判不可能」と使ってる
俺が「トートロジー」と書いたのはそれが分かりやすいからだよ
では正式に
「批判不可能な言明は無意味であり、批判可能な言明は有意味である」(非分析的言明における意味の境界設定テーゼ)
この意味の境界設定テーゼに照らし合わせるならば、
トートロジーは無意味であり、トートロジー以外の言明は(矛盾も含めて)有意味である
で、結局こいつらは百年以上前のキチガイの言葉を借りて論争してるつもりになってるだけか?
56 :
グリーアン:2012/10/22(月) 15:45:06.77 i
>>56 過去のキチガイは尊敬するが、その言葉を借りてるだけの奴はバカにするよ。阿呆w
>>53 わかったような気分になることと、それを理解することの距離はでかいぜw
59 :
33:2012/10/22(月) 15:47:12.25 0
>>54 ですから、貴方の言明は批判不可能なのだから、無意味なのですよ
>>58 ほう、貴様は語源とやらを抑えれば理解したつもりになれるのだな?
それは分かったような気分では無い、と?
語源の解釈には千差万別多種多様な見解があるってことを分かった上でのことだろうな?
度々言うが、今必要なのは今日、我々が、話す上での言葉の意味であって過去がどうこじゃないんだよ
納豆が豆腐だろうがどっちでもいいんだよ
>>60 「話す上での言葉の意味」という命題は意味不明だな。
それこそ「分かったようななにものか」でしかない。
パロールについて言いたいのならまずパロールとラングを分けて問うてみな。w
>>61 意味不明も何も。その為に現代の辞書があるのではないか。アホか
>>62 ここが哲板だって分かって言ってるとしたら、もうどうしようもないなw
>>63 え?哲板じゃ辞書的な言葉意味では会話が成立しない、だと?
仮に辞書外の意味として使う場合でもその説明を必要しない、と?
だとしたら俺の認識不足だった。本当にすまねぇ
哲学、恐ろしい子
65 :
グリーアン:2012/10/22(月) 16:10:44.75 i
>>59 批判可能でしょう?
僕の発言は突っ込みどころ満載ですよw
具体的に反駁される可能性がありますし、
「わたしは存在する」なんて、トートロジーじゃないのに必ず正しそうな発言です
「わたしは存在する」という言明が反論不可能な言明ならば、僕の挙げた境界設定テーゼは反論されてしまうわけで、つまり間違いになってしまう
これは、テーゼが批判可能であることを示しているのではないでしょうか?
さて、アホに絡まれたお陰で話が反れてしまったが
元に戻すとグリーアン氏が言うには意味とは情報量を持つもの、という
俺のこの下らないカキコにも1文字当たり2バイトの情報量が秘められているのだから
全ての発言は有意味なのだろう。無意味な発言など存在しない(おっとこれは恒真って奴か?w)
情報量とはそういうんじゃねえよwっていうのなら是非その定義を示して頂きたい
でなければ俺には理解が出来ない
67 :
考える名無しさん:2012/10/22(月) 16:19:34.93 0
意味と無意味に分けるのが、人間最後のトリックだと思うんだけど
無意味な命題というのは、その指し示された先にだれも到達できない(命題以上の象を結ばない)
ということだよね。
69 :
グリーアン:2012/10/22(月) 16:31:59.39 0
>>66 例えば、ある者が言う「この世界には物理的現象しかない」
でもここで「物理的現象」の意味を広げすぎてしまって「物理的現象とはこの世界にあるものの総称である」とすると
「この世界には、存在するものしか存在しない」という文章になってしまう
幽霊もなんでもかんでも物理現象になってしまって「この世界には物理現象しかない」という最初の発言が無意味になってしまう
決定論も「決定」という語を広げすぎて、「非決定論的な決定論」まで提出すると、
決定論の主張内容は0になってしまう
ある言明の有意味さは、その否定言明の有意味さと等しい
意味ってのは言葉が描く像なわけだけど、
その言葉の否定言明が描く像が明確であればあるほど、最初の言葉が描く像もまた明確になる
日常会話において無意味な言葉ってほとんどない
有意味な言葉で溢れている
でも必ず正しい発言をしようとすると、無意味な発言に陥ってしまう
「その道の先にはトートロジーしかない
その道を選んでいいのか?」
これが僕からの投げかけだ
70 :
33:2012/10/22(月) 16:35:10.01 0
>>65 「私は存在する」
その先に「存在とは何か」という問いを認めるなら、トートロジーではありませんよ
しかし「私とは存在である」を公理とするなら、トートロジーです
貴方は、「意味とは何か」への問いを拒否している
「批判不可能である」、「必ず正しい」、というのは
トートロジーの性質を説明しただけで、それ以上は“何も語っていない”
ゆえに、「トートロジーは無意味で、トートロジー以外は有意味」によって
貴方は、無意味・有意味の区別を定義しただけです
その定義の中では、「トートロジーは無意味」は、いつも正しい
貴方の説によって、これは無意味です
>>69 なんか言葉のキャッチボールにすらなってないけど一応反応しておくと
幽霊とは物理現象である、は正しい幽霊とは何か?
この世界には物理的現象しかない
つまり人間の意識は物理的現象である
幽霊という形而上の存在を信じている人間の意識が持つある概念である
従って、幽霊は物理的現象に含まれる
依然としてこの世には物理的現象しかない
別に主張内容に変更は無い。物理であるなら物理であると決めつけるだけのこと
『それが真に正しいかどうかは別にして』破綻はしない。主張内容は変化しない
お前さんが言っているのは浅薄な心配事でしかない
いい加減、人の褌で相撲取るの辞めたら?
72 :
グリーアン:2012/10/22(月) 16:41:41.13 0
「批判可能」ってのは哲学の専門用語だけど、堅苦しい
で、僕はこの言葉を「反論可能」と訳したい
ってことは、反論可能な発言は全部有意味で、反論不可能な発言は全部無意味である
これが僕の意味と無意味の境界だ
ところで前スレで「論理的」という語が使われたけど
僕らはどういう時に「論理的」って使うんだろう?
あるいは「合理的」って使うんだろう?
僕らは、論理とか合理を求めるあまり、反論不可能なものを求めてしまってはいないだろうか?
しかし、そんなものを求める先に何か意味あるものが果たしてあるのだろうか?
求めた先にあるのはトートロジーしかなくて、無意味で空虚な言葉しか手に残されていないのではないか?
73 :
グリーアン:2012/10/22(月) 16:52:01.06 0
>>71 僕は有意味か無意味かを問題にしたのであり、
真か偽かを問題にはしてません
そもそも、無意味な言明は真であるとも偽であるとも言えないのです
(有意味であるならば、必ず真偽のどちらかに分類できる、とも限らないが)
僕らは、言葉を使うにあたって、真なる言明を求めるべきです
しかし、そのためには、まず有意味な発言をしにいかなければならない
それには、自分の発言の否定言明を有意味にしなければ、自らが発言するものもまた有意味になり得ないのです
>>73 だから、俺の言説、並びにお前さんのも、それ以外の人の言明も全て情報量を持つのだから
全て有意味でしょ?
75 :
考える名無しさん:2012/10/22(月) 16:55:49.96 0
意味を裏切り続けて言ってくしかないんですよ
意味に還元できたらだれも生きていない
76 :
考える名無しさん:2012/10/22(月) 16:59:03.48 0
真理じゃなくても周辺効果ってのがあるじゃないですか
77 :
考える名無しさん:2012/10/22(月) 17:02:44.28 0
つーか天才は受け取る情報量が違うから
情報はそれだけでは意味を持たない。たとえば日本語しか話せない人がドイツ語のラジオを聴いても
なにも分からない。(冷静にしゃべってるなとか慌てているなという雰囲気は分かるにせよ)
79 :
33:2012/10/22(月) 17:04:28.88 0
>>73 貴方の発言が有意味であるためには、その否定発言である
「トートロジーは有意味である」
は有意味であるということでいいですか
80 :
考える名無しさん:2012/10/22(月) 17:05:51.39 0
情報量には差があるよ
これがディスコミニュケーションを成り立たせてるのであり
パラレルワールドだから
俺は今、ブッダの領域にいる
アホクサ
83 :
考える名無しさん:2012/10/22(月) 17:08:59.34 0
78
情報はそれだけで意味を持つ領域に行かないから、お前は馬鹿で大地から切り離されて死ぬんだよ
>>78 自分で言った言葉を翻すのな。お前も自分で言った言葉すら借り物で理解出来ていないクチかな?
意味とは受け手が付与するものであって、情報自体に備わるものでは無い
古代文字の解読がどのように進むのかを鑑みてみれば自ずと答えは分かるだろう
85 :
考える名無しさん:2012/10/22(月) 17:11:13.87 0
81,82
諦めろ
お前らはただの遺伝子罰ゲームだわ
ちゃんと空気読んで、頑張れよ
>>85 NGワードにするから、悪いけどコテ付けて
87 :
考える名無しさん:2012/10/22(月) 17:16:37.32 0
マルクス抜け出せよお子ちゃまは自己実現果たしてからカムバックしてこい
しちめんどくさいから
90 :
考える名無しさん:2012/10/22(月) 17:23:40.75 0
覚者が大量生産される予定だが、それ以外のアホは自己満足の為に生きるのをやめなさい
自我が唯一絶対の自分と思い込んでいるから、ありとあらゆり馬鹿げたことが起こっているのだ
91 :
考える名無しさん:2012/10/22(月) 17:24:20.73 0
こんな小学校のテツガクclassレベルの話を延々としているのか(困惑)
本当におまえらお疲れさんだわ
もう卒業しろよ
寧ろスピリチュアルは大正解ですよ!?♪。
94 :
考える名無しさん:2012/10/22(月) 17:46:39.33 0
野獣先輩哲学者説
こ↑こ↓→「ここ」と梵の合一を真理とするウパニシャッド哲学を一言で示す
入って、どうぞ→哲学を志す若者を優しく導き入れる哲学者の鏡
悔い改めて→近代哲学がキリスト教から誕生したのは周知の事実
ずっとお前のことが好きだったんだよ(迫真)→お前とは知のこと、すなわち知愛=哲学
ンアーッ!(≧Д≦)→真理に達し思わず絶叫
枕がでかい
哲学VS進化論VS創造論!?♪。
荒らすなよ小6アク禁にされたいか。
97 :
考える名無しさん:2012/10/22(月) 18:04:56.84 0
テーゼ:ノンケ
アンチテーゼ:ホモ
シンテーゼ:真の男
つまりヘーゲル流に解せば、今草食系男子が多いのは
ホモが回りに少ないことが原因である可能性が微レ存?
98 :
抄録 ◆xOLbFG9QNU :2012/10/22(月) 18:07:39.47 0
99 :
考える名無しさん:2012/10/22(月) 18:08:05.14 0
94おまえ天才だわ
つーかおまえら日本人のくせに西洋的論理思考で人格者ぶってんじゃねーよ
ほんと情けないわ
東洋の天才はもっとラフで自由なんだよ
キリストよりブッダだろ 馬鹿だなー
100 :
考える名無しさん:2012/10/22(月) 18:12:35.51 0
俺らは盆栽と松ノ木と喪服で戦慄するんだよ
他国にアイデンティティ託してユダヤのテキストかよ主流だから
さむらいチンポソウル忘れたのかよゴミうんこ野郎
101 :
抄録 ◆xOLbFG9QNU :2012/10/22(月) 18:16:11.96 0
>>96 おいこら携帯
根拠も無しに、いちゃもん付けんなら
それなりに覚悟してやれや
明日までに、必ず俺をアク禁にしろ
できなきゃ二度とつら見せんな
102 :
考える名無しさん:2012/10/22(月) 18:20:50.27 0
一億総ゴッホ
毛沢東
>>101 同類は同類を呼ぶ、なんでそんなに纏うの?
105 :
考える名無しさん:2012/10/22(月) 18:48:14.56 0
思考停止してんじゃーねーよ
働いてる場合じゃないから
権力を濫用しようとするやつって、頭を使うことよりも何を求めているんだろうな。
明らかに思考以外の何かを求めているよ。
107 :
考える名無しさん:2012/10/22(月) 18:54:58.06 0
106
権力にしがみつけば死なないとでも思ってんだろ
馬鹿だから
>>71 俺はまだライル自身の著作は読んだことないんだけど
>この世界には物理的現象しかない
>つまり人間の意識は物理的現象である
>幽霊という形而上の存在を信じている人間の意識が持つある概念である
>従って、幽霊は物理的現象に含まれる
>依然としてこの世には物理的現象しかない
もしかしてこれはライルの論証なの?
これって完全に神の実体論的証明が犯してる誤りの焼き直しじゃん。
神(この場合物理的現象)をはじめに実体性の全所有であるような存在と定義すれば、
解明されているものもそうでないものもすべての性質が神に帰属するとアプリオリに言える。
これじゃあ実際に機械の中に幽霊がいないと証明したことにはならないよ。
ネットワークにゴーストを
ライルがそんな浅はかな論証するわけないべ
>>79 当然でしょ、
間違えた発言をするには、その発言は有意味でなければならない
ある言明が偽ならば、その発言は有意味だ
「トートロジーは有意味である」は有意味な言明だ
ただし、それが真か偽かは分からんがね
逆に言えばだ
我々はいつでも自身への反対者を却下できる
自らの発言を無意味にしてしまえば、それは反論不可能であるのだから、どんな反論も無効にできてしまう
112 :
33:2012/10/22(月) 23:49:56.71 0
>>111 では、トートロジーは有意味だ、ということで
この先に、何の広がりもありませんけどね
これも批判不可能ですので
>>112 >>111が言ってるのは、「トートロジーは有意味である」っていう言明自体は有意味だってことじゃないのか
この言明はトートロジーじゃないだろ
内容の伴った主張とは思えないけど
ところで、言葉の定義だけに依存した説明はつきつめれば必ず循環的になるってことと、
トートロジーが無意味であるってことは関係なくないか?
114 :
33:2012/10/23(火) 00:22:34.42 0
>>113 「トートロジーは有意味である」それ自体がトートロジーなんですよ
なぜなら、有意味、無意味の区別をトートロジーかどうかに依っているからです
ゆえに、どこまでいっても「トートロジーは有意味である」となるんです
115 :
33:2012/10/23(火) 00:27:11.20 0
結局ですね、この話は
「意味とは何か」を言明の外に求めなければ、
何も始まらないんです
しかし「・・とは何か」など、どうでもいいこと
としてしまったグリーアンさんには、この先が無いんです
116 :
考える名無しさん:2012/10/23(火) 01:14:42.52 0
限界と戦え
そしたら限界を手に入れることが出来るから
117 :
ネム:2012/10/23(火) 01:25:58.73 0
数理の適用は物理に属している
すなわち経験は自然に属している
しかし経験そのもの、つまり論理は世界に属している
118 :
ネム:2012/10/23(火) 01:36:58.14 0
我々の経験は自然に逆らえない
119 :
ネム:2012/10/23(火) 01:39:32.61 0
我々の経験w
120 :
ネム:2012/10/23(火) 01:45:34.28 0
意識も経験もこの「わたし」に属してるわけじゃない
121 :
ネム:2012/10/23(火) 01:48:13.47 0
意識は形而下だが経験は形而上だ
122 :
考える名無しさん:2012/10/23(火) 01:52:16.36 0
そして人はあまり経験から学べない
論理的なこと言ってる奴も、実際やってることはそうでもない
123 :
ネム:2012/10/23(火) 01:52:21.02 0
意味は形而上に適わない
124 :
ネム:2012/10/23(火) 01:55:46.88 0
意味は有理数と無理数で表される
意識は有理的な現象である
125 :
考える名無しさん:2012/10/23(火) 02:14:43.43 0
俺は出会いを粗末にしてしまう
126 :
ネム:2012/10/23(火) 02:17:19.46 0
なにか当たり前のことの洞察に欠けている
ニュートンがりんごの落下に疑問を持ったような何かが
我々のなんら思いもしないような何かが、物事の議論そのものに隠れてる
それが何なのかが掴めない
「考えるな。感じろ。」
【2ch勢い】鉄の掟を破った暴走族メンバーが殴られる
マイナビニュース - 9 時間前
髪を染めることは禁止。これは校則でもアルバイトの募集要項でもなく、暴走族の掟のひとつだったようだ。
>>115 俺は君を救う義務はない
やりたきゃどうぞ、ご自由に
脱法ハーブをキメた無職男(37)、上半身裸で小学校に侵入し児童40人を追いかけまわし、女の子に覆いかぶさり逮捕
>>121 > 意識は形而下だが経験は形而上だ
意識が形而下のとき経験は形而上だ
表現が間違っている。
>>127 感じることは「感じろ」と表現して教えることは不可能である。
>>126 隠れている何かは隠れていることに意味がある。
ニュートンが落下の何かを彼自身の親や子供に説明しても議論にすらなりえない。
134 :
考える名無しさん:2012/10/23(火) 14:00:38.76 0
重力は下に向かっている
ちんちんが勃起した時、上に向かっているではないか
エロティシズム、すなわち脱我亡魂の頂点では
上に何かあるぞ 意識とは何か解明する鍵になりそうだ
上田さんか・・・
尾花さんじゃねえのか
雨ばかりだ
138 :
考える名無しさん:2012/10/23(火) 20:59:33.67 0
おれは人格が統合されてんだよmother fucker
139 :
し:2012/10/23(火) 21:17:11.27 O
せっかく耕した土もひと雨で地面を硬くする
>>139 何度も耕すさ
今は亡き森毅先生が中学生向けの本でプルバキの原理を簡単にまとめていた
1.デシャバリであること
2.おっちょこちょいであること
3.もう一個なんだっけ?
知的であるということは、おっちょこちょいであることと切り離せないんよ
まぁ、今の世の中、知識人のふりをした人でおっちょこちょいな人なんてほとんどいないけどね
2ちゃんならおっちょこちょいでも良さそうだけどね
匿名掲示板だから。
さ、散歩するか
141 :
考える名無しさん:2012/10/23(火) 21:41:06.52 0
散歩はいいぞグリーアン
動物に戻れるからな
俺も思考する時には散歩してる
142 :
し:2012/10/23(火) 21:43:35.39 O
コンクリートの街を歩いたところで動物に戻れるとは思えんが
w
144 :
し:2012/10/23(火) 22:42:11.96 O
ものわかれ
人と人は理解(わか)り合えるものろうか?
それだけが疑問だ
>>145 馴れ合えばいいだけ。双方が活かす働きをすれば理屈なしで理解となる。
その理屈とか信じるか信じないかの問題にすぎない。
何言ってるか、わっかりませ〜ん
>>142 それは理屈、人が作ったとしてもそれも自然の1つ
人がすがすがしい気持ちになれるから自然というのは大間違いで
火山噴火やら深海の底、大気が薄い高山の上、砂漠のど真ん中
どこでも自然である。
人の計りで自然を計るから自然の奥の胎動が感じられないだけ。
煩ければ耳を塞げばいい、聞こえなければ耳を澄ませばいい。
人が人であるかぎり人の計りで世界を捉える、それは自然を計算して単純化
してどうでもよい何かに変えているだけ。
例え部屋に漂う塵やら、光の僅かな揺れやら見えない何かがある。
動物が世界をみているのはそういう自然の部分である。
>>147 同じくお前みたいな人間が生きているのが理解できない。
>>146 理解とは妥協ではなく納得なのはではないか?
>>148 火山も自然だし、海も自然だし
人も自然なんだよ。
「人の計り」とか、ヒトだけを特別扱いしているおまいさんは
いつまでたっても、きりきりまいよ。
152 :
考える名無しさん:2012/10/24(水) 00:15:46.08 0
不満足から始まるんだよ
だれも3枚刃カミソリとかいらないし 人口衛星も飛ばさなくていい
154 :
考える名無しさん:2012/10/24(水) 01:26:10.99 0
人間とはどこにもいない
むしろ俺らは人間と思われるイメージに近い
妖怪人間ベムペラベロ!
156 :
し:2012/10/24(水) 07:36:43.30 O
早く人間になりた〜い
闇に隠れて生きる
チキンクリスプを食べて生きる
周りは悪意の人しかいないぞダンゴムシマソ!
160 :
考える名無しさん:2012/10/24(水) 14:50:27.85 0
>>73 >僕は有意味か無意味かを問題にしている。
上記の無意味な世界とは、認識論(形而上的領野と形而下的領野)の観点から
捉えると、どのような概念でしょうか。 有意味な世界と言うのは、有限的領野の
ことと思うが、存在論的観点(認識論も含めて)から述べてほしい。
>>160 彼にとっての主体的意味か無意味かというところに終着する。
>>161 それはないね
あの区分けは客観的すぎる
>>162 それも主観なり。思い込みは自分の世界が客観の定義と錯覚するところに
問題がある。
>>163 君の定義だと「客観」なんてなくなってしまって、全部主観的になるね
>>164 そのとおり、捉え方によって客観は主観となる。
全てを含む世界の中で完全な客観性があっても、その外の世界から見れば主観なり。
もしかして完全なる神の領域があり、もうその外には何もないと考えている?
自分が見える範囲が世界であり世界は無限ではなく有限で関係を結ぶ。
完全なる神の領域があるとすれば無限輪廻地獄の果てが入れ子になる地平の
無い世界での客観性だろう。世界は常に可能性であっても関係しえる範囲は
有限である。主体が有限であるかぎりそれは正しい。
トートロジーが無意味なんてことは論理学では常識中の常識だし、
よっぽど斬新な論を出さない限り覆しようがないと思うけどな
分析命題を否定したクワインでさえ、
トートロジーは有意味性と無関係の領域として残してるし
俺が見る限りこのスレでトートロジーの有意味性を主張してるレスは全部明らかな誤りを含んでるよ
トートロジーが無意味であることを否定してる人はいないんじゃないか。
「トートロジーが無意味である」という主張について、
その主張自体は有意味だという指摘をする人がいるだけで。
>>160 あの区分けは、ほぼ何も言ってない区分けなんで、、
事実上、無意味な言明はないということです
語られている内容があれば「有意味」
語られている内容がなければ「無意味」ということで、
なんでもいいから語られている内容があれば全部「有意味」の枠に放り込んでます
そこらへんは、ラッセルの区分けとはまったく異なります
たいていの発言は有意味です
もっとも、自らの発言を無意味にすることに腐心してしまう人も世の中にはいるかもしれません
キャンバスを白くすることに腐心する絵描きは、何も描くことができない
僕らがデシャバリでオッチョコチョイであれることを後押ししてくれるわけです
存在論が前提してる偶然的でない本質といったものは、
その性質からして意味論の領域では扱えないものだとクワインが言ってたな
続き
あなたの関心は、主観と客観の問題にあります
僕は客観主義者として主観主義的態度には反対します
が、それには「主観」「客観」という言葉で何を区分けしていて、何を問題にしているかを明確にする必要がありそうです
165のように、「主観しかない」とする態度もあるでしょう
しかし、主観しかないならば、翻せば「客観しかない」と見なしてもよいのです
ヘーゲルなんかその典型例ですよね
主観=客観、なんでもイコールで結んじゃうのがヘーゲルのやり口です
僕らが、「主観」と「客観」を切り分けることで、どのような問題を解決しているか
逆に言えば、僕らが主観と客観を混同すると、どのような問題が起こるか
そこに焦点を当てる必要があるのではないでしょうか?
グリーアンって理解力ないの?
>>172 君の言う「理解力」はないよ
「わかった」と言わせて沈黙を結末とすることにはとことん天邪鬼でね
言葉がなくなることが「理解」なら、「理解」はウンコでしょ
>>167 貴方も、それ以上は何も言えないわけですね
有意味性とは何ですか
>>174 いろんな説明のしかたがあるけど、
記号論理的には「知識が増える可能性を含んでいること」じゃないの。
同じ惑星を指して「明けの明星」「宵の明星」と表現して、
「明けの明星は宵の明星である」という命題を作った場合にも、
命題がA=Bの形を取っている以上、
「明けの明星」と「宵の明星」というものが同じものを指しているということが知識として増えることがありうる。
トートロジーは「A=A」の形であらわされるので、
構造からして知識量が増えることがあり得ない。
まあ、あくまで記号論理的に言えばってことだけど。
また低能コテハンの土俵内での話か
つまんね
つうかスレチだから別の場所でやれ
クワイン的には言語理解は他者の言動から規則を帰納的に見出す能力であって
常識的な世界観の受容から出発することで初めて自然の探求も可能になる
経験的事実や行動傾向から独立した言語や意味といったものは
博物館の神話に過ぎない。とする。
>>178 感情を向き出しにして反論することが悪いことだとは思えん
発言するということは、どんなくだらないことでも、何らかの立場に足場をもつということであり、何らかの言明なり価値なりにコミットすることでもある
どんなくだらない発言でも、反論できるはずだ
だいたい、俺は有意味な言明は反論可能だとしたんだから
君がどんなくだらない煽りを入れようと、俺はそれに対して反論できる
俺の反論が間違ってるかどうかは知らんがね
反論したくてたまらん
うずうずしてしまう
ま、ぐっと堪えて、話題を160と合わせたいんだよね
おまえごときの哲学知識じゃ反論してもたかがしれてるぞグリーンアイ
>>182 いんだよ、知識(情報)がなくても反論はできる
そこに価値がある
反論って簡単なんだぜ
難しく反論しようとするから、皆、反論することに戸惑うんだよ
じゃあ、179に書かれたクワインの考えに反論してみよう
僕は、「客観的な意味内容というものがある」と考える
で、その例として数学言明を挙げる
数学は言葉だし、その意味内容は何らかの個人の言動から類推するものではない
しかしながら、我々は「3+5=」という言葉を見て、その意味内容を理解できる
(どのような答えを出すかは個人によって異なるかもしれないが)
ね?反論なんて簡単でしょ?
知識がなくても反論なんて簡単にできるんだよ
たくさん知識があるから反論に価値があるわけじゃあないんよ
突っ込みはバカでもできる
中国に、昔、矛と盾を売る商人がいた
彼は言った
「この矛はどんな盾だって突き通せるし、この盾はどんな矛でも突き通すことはできない」
商人はきっと知識がたくさんあって、商売上手だったのだろう
突っ込んだのはしがないバカだ
結論、バカでも突っ込みはできる
大事なことはだ、言葉の意味内容に真摯に突っ込むことだよ
それさえできたらいんだよ
このスレは言葉の意味内容に突っ込まない人のスクツだから、
まぁ俺はこう言いたい
「言葉の意味内容に反論しろ、解釈は自己流、反論も自己流で構わないから」と
夜は用事があるから寝ておかないと
ちょっと連投ごめんな
グリーアンはアホ。いい加減スレタイ読めよ。
>>184 クワインは規約による真理も結局信念体系に還元されてしまうことを証明してるよ
で、数学ははじめに規約を設定しないと始まらないので
その主張はクワインに対する反論としては失敗する
>>188 ぞだね、数学は規約次第で答えが変わる
先ほどの数式は関数の解釈次第で回答は異なる
でも逆に言えばさ、この程度の客観性は意味内容において保持できる、ということでもある
すると、クワインが博物館に斥けようとしたものは、
「解釈の入る余地がないたった一つの回答が得られる意味内容のあり方」ということになる
イギリスの伝統に古くからあるような
「イドラを排した、純粋まっさらな中立的立場」みたいなものだね
そういった中立的な意味内容はない、とクワインは言ってることになる
クワインの問題意識は論理学や数学など経験に依存しない!とするとき
それらで現実を説明できない時に経験的事実に照らされ
修正できることが否定されてしまうというところだな
批判対象は広く言えば古典的な認識論一般で
「自然化された認識論」が代替として掲げられる
つまり古典的な認識論とは自然(対象)から切り離された認識論
191 :
薬味:2012/10/26(金) 12:42:09.93 i
>>190 ホリズムに個人的には異論はない
が、古典的な認識論を批判する必要もなかろう
クワインが斥けているものはベーコン主義じゃん
で、2種類の反論が可能になるように思える
一つ目が当のベーコンの立場からの反論
二つ目が、僕は中立的立場をまったく認めないんだけど、それゆえに中立的立場を一切問題にしない
その僕の立場からすると、クワインが博物館に斥けようとしたものは、そもそも最初からありもしないということ
中立的な意味内容どころか、そのような中立的なものはいかなるものにおいても存在しない
クワインはそもそも区分けできていない
こういう反論もできる
経験的事象に限らず、古典的な認識論だろうが、
対話と反論によってその理論がホリスティックに変化するならば、それもホリズムの一形態であるはずだ
純粋経験による変化を重んじるのは一種のベーコン主義ではないのか?
それに「純粋な観察言明はない」という観察の理論負荷性の問題もある
とまぁ、反論を続けることもできる
ここの住人はいちいち古代のオッサンの名前を出さないと話が出来ないのか?
自分の言葉だけで喋ってみろや
クワインはいわゆる諸学の基礎とすることが可能であるかのような
本質主義と結びつく知識を、経験科学と同じ土俵に連れてきた。
同時に経験科学を本質主義的な哲学や神話と同じ土俵に連れてきた。
経験による修正を免れる免責を持つ理論の無さを
古典的な認識論に突きつけると同時に
いかなる経験によっても保持され得る信念体系を
古典的な経験主義に突きつけている。
まあ教科書的な知識をだらだら書くのもあれなので
興味あるならあとは勉強しておくれ。
>>193 異議が出る説明の仕方だね
経験科学と形而上学を同じ土俵に載せることに異論はない
僕もそんな区別はまったく意義がないと思う
でもさ、そうすると179に書かれた区別は何を区別してるのか?って疑問が生じるはずだ
「我々の日常的な意味」と「経験から独立した意味」この2つを区分けして、片方を博物館という土俵に追いやった
これが179の説明だよね
で、僕が数学を挙げたら、数学は日常的な土俵に入った
さらに古典的な認識論と経験科学を同じ土俵にしているということはだ
古典的な認識論が扱ってる言葉の意味内容もまた「我々の日常的な意味内容」の土俵になる
もう「博物館の土俵」にはいったい何も入らなそうだよね
では、最初の179の区分けはいったい何のためになされているのか?ってことだよね
ま、クワインの言ってることに異論はないんですよ
それがおかしいとは思わない
ただ、クワインの信念体系がいかなる反論によっても修正されないようなガチガチの硬いものじゃあつまらないでしょ?
知ってるでしょうが、僕はポパリアンですからクワインとぶつかるところはあまりないんです
せいぜい表現の仕方の違いぐらい
>>192 クワインもポパーも50年前にはバリバリ現役の哲学者だよ
現代哲学の範囲
大昔の哲学者の名前はベーコンぐらい
これは僕が挙げたけどね
194の補足
二つの区分けをしたにも関わらず、
片方の土俵が空っぽならば、その区分けが何のためになされたのか疑問に思うのは普通だと思うんだよ
クワインが博物館に展示しようと思ったものはなんなのか?
博物館に行ったら何も飾ってなかった
「こんな博物館、最初からいらないんじゃね?」って疑問に思ってもおかしくない
ちょっと話題を変えて、
ウィトゲンシュタインは「哲学問題は語り得ない」としたんだけど
こんな問題があるじゃんって提出されたら、
ウィトゲンシュタインは「それは論理学的問題であって、哲学的問題ではない」って答えたんよ
論理学は哲学の一分野なのにだぜ?
ホリズム的にはありなんだけど、
反論に対して言葉の意味がかわって信念体系は保持されるってのがホリズム
でも、ウィトゲンシュタインの説明ってさ
「語りえない問題を哲学問題とする」という定義となんらかわりはしない
反論を受けた時に「哲学」という言葉の意味をどのように伸び縮みさせようが、本人の自由だからね
同じことは他の言葉でも起こりうる
で、実際に起こっているんだよ
まず「物質」、
物理学なんて、もはや「物」があるかどうかも分からない領域に入ってる
でも、それも物質としてしまうなら、「物質」という言葉はとても広くなるよね
物理学は「物質」という言葉で何を説明しようとしているのか?ってのは科学哲学における問題なわけだ
で、「非物質」という言葉に括られるものが最初から何もないならば、唯物論は必ず正しくなる
(そもそも物質でないものが、論理的に存在しないのだから)
でもそれは、最初から何も語ってない空虚な言葉でしかない
知識が増大しないわけだ
このスレとかもそうだけど、
議論で打ち負かすために空虚な言葉が舞いかうわけよ
でも、その言葉は知識が増大するような有意味な形では語られない
ま、クワインの話題は、どんな偉い言葉でも反論できるって事例でしかない
ウィトゲンシュタインの言葉だって反論できる
どんな言葉に反論してもいい
でも、反論はシンプルが一番
小難しく反論する必要はない
「すべてのカラスは黒い」に反論するならば、ある白いカラスを挙げればいいだけだ
それに対して、それをカラスではないものとしようが、「白」を黒の一種としようが、それは相手の言葉だ
なんでそう自分の独壇場みたいに連レスできるかな
しかもいくつか前のスレとほとんど同じ内容だろ
お願いだから自分でスレ立ててそこでやってくれ
頭悪いんだから無理だろ
それにテンソルとかあんま有名じゃないだろ
わざと有名でないものを持ってきて威張っているだけだ
wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
>>200 同じ内容だよ
でも、前のスレでは蹴飛ばされてるからね
なんせ、「白いカラスがいようとカラスは黒い、コモンセンスがカラスが黒いから」と言われてるんだ
で、俺は、コモンセンスが「カラスは黒い」だろうと、「あるカラスは白い」は反論になるよ
こう言ってる
反論ってのは簡単なのさ
論じる時に権威付けが必要ないならば、
反論する際にも権威付けは必要ないわけよ
言葉において、権威付けがまったく無視されるならば、反論ってとても簡単だと思わない?
君が書き込まなければ客観について書くつもりだったけど、
残念、つまらない流れになっちゃったね
それって
中国の話にあった黒い白馬の話
白馬は馬に非ず
だっけ
意思のオブクソップティとツノガライクリなんて、運知しながらでも分かる現代思想 みたいな書籍でも
載っているくらいの知識だ、どうすれば間違えるんだそんなもの
自己の卑小な行為を犯罪と権力によって無限拡張しようとする行為にしかみえないわけなんですよ
日本語でおk
>>203 タイラー・バージがそれについての反論をしてたな
黒い白鳥が発見されたからと言って、白鳥は白いという私たちの一般的な理解が覆るわけではない、と
どんな論証してたか詳しく覚えてないが、バージは外在主義者ってところからお察し
>>209 ポパー主義者ならこう返すと思われます
「白鳥は白い」という言明を保持してもよい
(アリストテレス学派は、「月の表面はデコボコしてない」という言明を、望遠鏡が発明されてクレーターが発見された後もなお保持したのだから)
でも「白鳥は白い」という言明を撤回してもよいのではないですか?
「白鳥は白い」という信念を撤回してはならない、保持し続けねばならないのは、どういった理由によるものなのですか?
ふと、昔、言葉の内的圧力と外的圧力という区分けをしたことを思い出した
(この区分けは当時に読んだ論文集から少し借りたんだけどね)
当時、ゲーム君にひどい曲解と中傷にあったんだ
あの当時、ゲーム君がいなければ、面白い展開がたくさんできたんだろうけど、と思ってしまうよ
いろいろ話題を展開したからね(ま、たいてい借りものだけどね)
で、話は変わるけど、実は昨晩、NEWSWEEKの今週号を読んだんだ
タリバンに銃撃されたマララのレポートにかなりショックを受けちゃったよ
マララってパキスタンの平和賞を受賞していて、アラブの平和賞の次点で、将来のノーベル平和賞候補だったらしい
彼女の意見は「少年たちに教育を与えて、批判的な思考と自主的な判断をする能力を与える必要がある。そうでない現状が少年を盲目的に銃を持った兵士にさせている。
少年にペンを。さもなければ少年は銃に手を出してしまう。」
こんなことをブログから発信していたらしい
で、バスに乗っている時に二人の男から銃撃を受けた
その考えがタリバン政権のイスラム原理主義の教義に反すると考えられてたからだ
なんか記事を読んでショックを受けちゃったよ
銃とペン、唯物論かぁ、みたいなそんな気分
衝撃って、こんな感じなんだろうね
で、少女が銃撃された後、
タリバン政権は声明を出したらしい
「マララはアメリカとの会合に出席していた。欧米の堕落した文化を求めた異端者だ」って。
その記事には、「マララがそのような会合に出席したことはない」と書いてあった
現代の魔女狩りだよね
後付けで魔女にして
記事を書いた人もパキスタン人で、その人も父親を殺されてるらしい
父親は判事か何かで、慎重なイスラム教の立場をとったら、過激派から異端扱いされて、
神父が「殺せ。それがイスラムの教えだ」と訴え、護衛の警官に後ろから27発の拳銃の弾を撃ち込まれた
なんかショックを受けちゃってさ、この現実を見たら唯物論者になるのも仕方ないかなって気がしちゃったよ
言葉を失うって、こんな感じなんだろうね
どんな問題意識から述べられているのか気になる。
215 :
考える名無しさん:2012/10/28(日) 12:43:57.08 0
>>212 唯物論者と決めつけるのは、どうかと思う。 どの様な理論、又、どの様な思想も、
完全なものはない。 資本主義思想、又、マルクス主義思想は、それぞれ長所と欠点がある。
問題は、思想、理論ではなく、「その思想」を客観的に捉えられるか、どうかだと思う。 つまり、何事に寄らず
「教条主義的」な思考プロセスを融和させる「多様的で柔軟な」思考を持つことが必要であると思う。
というスタンスそのものもある種の限定的な思考でしかなく
つまるところ人間とは特定の指向性を持った思考を持たざるを得ない、選択するしかない
いや、既に決定付けられている。というべきか
>>211-212 そのストーリーは嫌儲民を恐喝するのに活用できるな。
閉ざされた闇の中、疑心暗鬼を生じさせる恐怖の波動で縛り付けて、
不満と憤怒の融解点まで内圧は上がっていくことだろう。
燃える鋼になったところで、外側からひたすらに叩きこみ、
すかさずに「ガキはポケモンカレー食って糞して寝ろ」と急激冷却を行えば、
嘗てない切れ味の論理の剣が完成する。
レ バコバコつあーかな?
飛べないカラスもただのアホ
ノウとずっとスレ荒らししてるだけだ
もうこのスレ終わったな
>>219 君、スレ主?
俺はこのスレの1から書き込んで、機械君と対話してきたんだが
機械君が言うなら分かるが、新参者に言われてもねぇ
>>213 言葉を使った対話による平和的解決か、武力による蜂起か
銃を前にした言葉の無力さ、その言葉が相手の信念体系にけして届かない構造があり、
そこに対話による解決を図る道はまるで残されていないということ
この事件はそういう事件だ
殺された者はイスラム教信者であり、行動の前に立ち止まることを言葉で訴えた者たちだ
「狂信するな、自己批判的になろう」と呼びかけ、その呼びかけゆえに殺害された
俺がレスの最後に「唯物論」と付け加えたことに対する疑問だろうけど、
このスレにはカラス君とは違うタイプの唯物論者もいる
わざわざ付け加えたのは、この事件を目の当たりにしてなお唯物論なんて言うのかなと思ってね
事件に対してどのようなコメントをするのかなと思った次第
スレチ
224 :
「機械的唯物論」者:2012/10/29(月) 02:24:19.01 0
ゆっくり「真理」を追求しましょうか
225 :
「機械的唯物論」者:2012/10/29(月) 02:27:41.80 0
カントとかヘーゲルとかの「真理」なんて、
全くの「無意味」です。
ギリシア以来の2000年の「浪費」
>>223 君はこのスレの歴史を知ってるの?
機械君が最初にこのスレを立ち上げた時、自由意志論者がいっせいに反対した
僕は1スレの後半で決定論に反論した
10スレぐらいから、理系の板からの参入が急激に増えた
物理学や自然科学の話題が多くなった
20スレぐらいから、反マルクス主義のバカが「唯物論は論破された」とわめいて参入してきた
未だに話題になる伝説のコテだな
スレが分裂する
その後、数多くのコテが現れては消えていった
マルクスの新しい解釈を出したり、様々なコテが出たよ
最終的にこのスレが生き残った
で、板の住人の共通認識として、このスレはサロンスレになったんだよ
ま、俺がサロンスレが欲しいからこのスレでいいだろって言ったんだけどね
機械君は誰一人追い出さなかったよ
僕らの書き込みに対して「全観念論は徒労です」と書くだけだったよ
227 :
「機械的唯物論」者:2012/10/29(月) 02:33:36.69 0
>「全観念論は徒労です」と書くだけだったよ
まあ、そうです。
ニーチェ
>>226 昔のさばっていたからといって今も通用するとは限らんだろ
>>225 カントもヘーゲルも今日の科学哲学の問題を取り扱ったと解釈することもできる
近代科学の発展を目の前にして、
カントが建てた問いは
「なぜ、われわれの精神はこのように世界について詳しく知り、(当時においては)正確な予測が可能となるのか」
二人とも、このような問いを扱ったと解釈することもできる
カントの応え方は
「われわれは世界を知る際に、自らの認識の一部を世界に押し付けている。
だから、世界とわれわれの知識が一致しているように感じる。
(その正確なところは知るよしもないが、一致している限りにおいてそうだと見なすしかない)」
これがカントの応え方だった
対してヘーゲルの応え方は
「世界はわれわれの精神である。
また、精神はわれわれの世界である。
それゆえに一致する。
一致してないものも矛盾を通した成長の中で、いずれ一致する。
精神の成長は世界の成長であり、どこまでも成長する」
こんな感じか
ヘーゲルに対して辛口なのは
俺がヘーゲルが嫌いで
学生時代のヘーゲリアンの先生への反発が哲学の動機になっているからだ
>>228 なるほど、たしかに、あくまで俺が書いたのは過去だ
では君はどういう未来を望むんだ?
このスレをサロンスレでなくすとしよう
唯物論のスレにするとしよう
で、君はこのスレでどのような展開を望むのだ?
次スレが立つ前に現行スレを消費し尽くす様なアホが居なきゃサロンスレで構わんよ
サロンスレだからこそ場合によって自粛したり空気読まないとカオス過ぎんだろ
ノウってほんと居場所がないんだろうな
>>219 決定論は最終真理ということで終了w
>>222 >言葉を使った対話による平和的解決か、武力による蜂起か
言葉で解決する場合があり武力で解決する場合もあります。
>銃を前にした言葉の無力さ、その言葉が相手の信念体系にけして届かない構造があり、
>そこに対話による解決を図る道はまるで残されていないということ
銃を作るのに言葉を使っているなら無力では無いのでは。
>このスレにはカラス君とは違うタイプの唯物論者もいる
>わざわざ付け加えたのは、この事件を目の当たりにしてなお唯物論なんて言うのかなと思ってね
>事件に対してどのようなコメントをするのかなと思った次第
唯物論としてはどんな事件も物質であるというだけ。
>>231 前スレ950以降は書き込むのを控えたぞ
新スレ建てたくないからな
他のやつがいろいろ書くなら、俺は黙っていてもいい
活気がないと、つい道化を演じてやるかっていろいろ書きたくなるんよ
だからおまえ、自分の考えをいろいろと展開してみろ
そしたら黙ってやる
話題を合わせてくれるやつもいるんじゃねーか?
誰もいなかったら、俺が話題を合わせて反論してやるよ
>前スレ950以降は書き込むのを控えたぞ
>新スレ建てたくないからな
アホが、お前は空気読めない方だよ。
>他のやつがいろいろ書くなら、俺は黙っていてもいい
>活気がないと、つい道化を演じてやるかっていろいろ書きたくなるんよ
目的と手段を履き違えるなよ?カスが道化でスレ埋めても仕方無ぇだろうが
活気が無いスレはその役目を終えたか語っても意義の無いクソコテが常駐してるかだ
その道化を演じるモチベーションとやらはどこからやってくるんだろうなぁ?
まさか自分の思い入れのある居場所が無くなるのが嫌だから、とかだったりするのか?www
>>235 わいわい、いろんな話をすること自体が好きなだけよ
どんなテーマでもいいけどね
哲学の話題ならなおいいけどね
いろんな角度から新しい考えが見つかるならば面白い
そうだから本を読んだり、他人の論文に目を通したりするんだろ?
それと、サロンの役目ってなんだ?
サロンが役目を終えるってどーゆー時なん?
なんで恣意的に都合の良い方の理屈を選択するんだよww
後ろに置いてあったからか?ww痴呆か?
>>238 ごめん
どうでもいいけど、君がなんか面白いことを論じないことしか分からない
君はサロンに何しにきてんの?
なんかおもろいこと試論してみてよ
俺は観客になってやるからさ
というか、スレ埋めるのも目的じゃないよね?
結果的にスレが埋まるだけで。
目的は面白い討論をすることだよ
君はこのスレのスレが埋まるのが気に食わないの?
俺はなんか面白い試論と反論があればいいと思ってるだけで
別に俺が書き込まなくてもいいんだぜ?
君が書きなよ?
話題がないなら提供してあげようか?
せっかくだから。
「サロンはどうあるべきか?」
ほら、この話題でどうよ?
どうぞ論じてくれ
こちとら、君の試論を見たくてウズウズしてるんよ
この名無しじゃなくて、他の人でもいいよ
誰かちょっと教えてよ
サロンが役目を終えるってどーゆー時なん?
あと、サロンがどうあるべきかについても、誰でもいいから述べてみてよ
俺は黙って見てるからさ
お前の黙ってるとか消えるは信用に値しねぇよww
久々に来たら、あまりにも酷い状態になっていて驚いた。
グリーアンとかいうバカが荒らしまわっているようだが、
グリーアンは何しにここに来ているの?
スレタイと関係ない話題をするためなら出て行って欲しいのだが。
246 :
考える名無しさん:2012/10/29(月) 15:46:08.57 0
あいても同じことおもってる
両方出ていけば解決
>>245 俺の目的か?
俺が生きてることをある人物に知らせるためだよ
「生きてるぞ」って手紙だ
俺もいずれ書き込まなくなる
結婚して家族を持って子供ができたら2ちゃんなんてしなくなる
そう遠いうちじゃないだろう
機械君がいなくなって久しいが、俺もそのうち消えるってこと
ま、おまえらじゃ俺を消すのには役不足だったってことさ
自分の気に入らない現実を噛み締めて、自分の力不足に絶望してな
このスレひとつ思うようにもできないまま、俺が結婚するまで敗北感に打ちひしがれてろ
クスリも大概にしとけよ。流石に引くわ
だいぶ秋も深まってきたからダウンベスト出したよ。
>>249 つまんね
その程度なら絡むなよ
ねらーとしてもつまらんやつだな
>>248 >「生きてるぞ」って手紙だ
そんなの必要ないから。
スレに関係のない話題をしたいなら、自分でスレを立てろ。ここでやるな。馬鹿。
唯物論は唯物論的価値観、世界観で物事を説明できるところまで説明すればいいと
思う。ただ、人間を唯物論で説明できるかのような錯覚は良くない。ただ、駄弁があるだけ
だ。岸田秀の言うように人間は、古来より、擬人論的な説明を、自然現象に与えてきた
ので、人間を理解するのに擬人論を使わない方法はない。結局、論理の説明するところは、
物理でも心理でもない。
錯覚かどうかの判別は現時点では出来ない
255 :
考える名無しさん:2012/10/29(月) 22:50:29.84 0
どした波平?
>>251 は?
一番つまんねえのはお前だよ
二度と書き込むな
>>256 俺はねらーとしてもおもろいからな
君はつまらん
実につまらん
258 :
考える名無しさん:2012/10/30(火) 00:02:14.54 0
運知思想なのかね?
>>257 お前が一番つまらん。周りに迷惑なだけ。
最高位や機械は面白かったな。
ここまで擁護無し
>>259 最高位がおもろいなんて子供なんだね、君
あの大嘘付き野郎だけは俺はダメだな
しかもあいつ、デカルトの誤解を巻き散らかすし、そのくせデカルトなんて一冊も読んでない
あんな哲学をまったく知らないくせに、自分は哲学を極めた発言だけはする
やつが得意なのなアジ演説だけ、
あいつだけは俺はダメだな
君は、自分がバカにできるやつじゃないと面白く感じないの?
>>261 俺はM1やキングオブコントも見てるし、お笑いの研究はちゃんとしてるぞ
257も間寛平のネタの真似じゃん
君ら、お笑いとして勉強不足だぞ
ちゃんとウケる層にウケるネタをかませよ。お笑いの達人さんw
265 :
考える名無しさん:2012/10/30(火) 11:16:38.29 0
■▲▼
【15:264】◆決定論:脳は物質だから意識は必然に過ぎない194◆
beチェック
1 名前:考える名無しさん 2012/10/21(日) 22:49:28.61 0
人間の脳が「物質」であることには、誰も異論がありません。
しかし、脳内には物質以外の「何か」がある(筈)と考える人が居ます。
・・それは願望思考・自己欺瞞という「観念論的誤謬」です。
人間の脳を構成する千億個の神経細胞は軸索を伸ばし、突端から
分泌する神経伝達物質で、他の神経細胞に情報を伝えるだけです。
勿論、脳内には核分裂のような原子核反応もありません。
分子生物学と生理学の対象分野「分子レベルの現象」が全てです。
「この宇宙」で人間の脳だけが「特殊な物質」であるとする科学的根拠は
全くありません。人間の脳も地球上における「物質の進化」の一過程に
すぎず、人間の脳が造り出す『意識』も何ら「特別」ではありません。
『意識』は『クオリア』を持つ動物全部に生成する現象です。
「何を思うか何を意志するか」は、あらかじめ物理・化学法則により
決定されております。自由(意志)感は文字通り『感じ』にすぎません。
量子論の「不確定性」は意識には何の関係もない「単なる観測問題」です。
以上が「超・大統一理論」=量子論と相対性理論の統一後に残存し得る
『唯一の最終真理(思想)』の輪郭です。全宗教全観念論は徒労です。
255 名前:考える名無しさん :2012/10/29(月) 22:50:29.84 0
どした波平?
>>262 お前はゴミだから。関係ない話をするなら自分でスレ立てろ。そしてさっさと失せろ。
>>266 機械君の心に沿った話題だとは思うけどねぇ
えーと、スレを建てたスレ主のことは俺は意識してたんだけど
君はスレ主じゃないのにスレ違いを訴える
これってスレの乗っ取りというやつじゃないの?
君が最高位の名を出すということは
俺が当時、「機械君の言う唯物論は何かおかしい」と言っていたことを覚えているだろうか
ネコが「機械君は科学を信奉している」と言い
俺が「いや、彼は科学を内心ではバカにしている。彼はこんなスレを建てて何を言おうとしているのか」と返していた時期だ
最高位がいたから、機械君のことはほっといて最高位の話題にとりくんでいたけど
当時から、最高位との議論が水掛け論になる度に、機械君からのレスがついていたことは覚えている
もし内容のある討論を立ち上げることができるなら、それは機械君への反論になるのではないか
当時からそう漠然と考えていた
だから、君がそのようなレスをするならば、機械君が突っ込むだろうなと想像している
もはやスレ主もいなくなった今、君が機械君のかわりに力を振舞うのは自由だ
でもカス一人追い出せない無力な力だなw
>>266 前提が間違っている。スレの趣旨はスレ主の意向に従った固定のもので無ければならないという法は無い
住人の共通概念としてのスレの趣旨に反しなければどうあっても構わないのが通例だろう
そして共通概念というものは刻々と変化するものだ。その度に新スレを立てろと?バカバカしいね
そもお前自身が言った様にここは当初から変遷を経てサロンスレとやらに「成った」のだろう?
ならばまた新しい変化をして何が悪い?
現状でお前だけがお前の話題を肯定し、他者には拒絶され続け
掲げている大義はもう居ないスレ主とやらの張り子のものだ
まあ、お前の言論は常にそんな感じではあるが
共通概念―早い話が空気―を読めておらず排除されるべきは果たして誰かな?
>>266 せっかくだから、スレ違いを訴える君は機械君の建てた話題を理解しているわけだよね
それを述べてくれよ
君が、機械君の言ってることを簡潔にまとめて、
その上で俺の機械君解釈が間違いであることを説明すれば早いんじゃない?
そうすりゃ、スレ違いであることが明白になる
このスレは第二唯物論君とか、糸色文寸君とか、いろんなスレ違いなキャラを受け入れてきた歴史があるけど、
まぁ、スレ違いを排除してもいいんじゃない?
そのためには、その線引きをしなくちゃね
さ、どうぞ
>>268 なんか、機械君の話題を思い出すね
彼はよく、ガリレオが教会に火あぶりにされそうになった例を出してたんだわ
でも、出しどころがおかしくてね
彼は教会を観念論者としたのか、ガリレオを観念論者としたのか、俺はずっと疑問に思っていた
当時のスレの住人は皆、機械君をただの科学信者と思ってただろうけどね
まぁ、言葉の内容の正しさなんて教会の権力には撤回されてしまうものではある
どうでもいいけど、スレ番間違えてない?
あ、あと追い出されるまでは俺もスレの住人なので、そこんとこを忘れないでね
「すべての住人は反対」は「ある住人は反対ではない」で反論になるんだよ
前スレと同じ話題だけどね
白いカラスは空気を読んで黒くなりました
よって、カラスは黒くなってしまったのです
なんか童話にありそうなネタだと思った
グリーンアイは現実でもしゃべりすぎでまったくモテんからしょうがない
彼女ができなさすぎて時々爆発しとるわ
あれだとなかなか嫁もこんやろな
274 :
考える名無しさん:2012/10/30(火) 15:12:03.24 0
婆語録
753 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2012/10/29(月) 12:29:03.79
紀子様の親戚にホルモン焼き屋なんていないし、詐欺師もいない。
OWDの親戚のこと?をまことしなやかに紀子様にスライドするアンチ秋篠宮は恐ろしい。
173 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2012/10/30(火) 08:46:31.67
>>169 「まことしなやか」って日本では普通に使いますよ。
アンチ秋篠宮の皆さんは日本語覚えたてでこういうハイソな言い回しは
ご存じないのかしら?うれしそうに指摘してますけどpgr
-------
「まことしなやか」はハイソな言い回しの日本語 by 婆
275 :
考える名無しさん:2012/10/30(火) 18:40:29.83 0
ところで決定論について論じる意義って何があんの?
少なくとも現代では世界が決定的か否かは確認出来ないし
良く確定的世界なら罪の在り処がどうこうって話は出るが
どうせ今の我々にとって不可知の領域であればそんなこと考えても
しょーがないと思うんだが
まるで形而上の神様の顔をお互いに想像して描いて見比べて
そうじゃないこうじゃないと罵り合っているだけの様に見える
>>275 >どうせ今の我々にとって不可知の領域であればそんなこと考えても
>しょーがないと思うんだが
考えてもしょうがないと思う人は考えなければいい。
誰かが考えたことの恩恵を受けなければいいのです。
>>276 うん、大して考えては無いんだけど
決定論について考えてる人の思考は理解したいと思ってるよ
で、君は何処に意義があると思って考えてんの?
>>277 意義かどうかわからないけれど、考えることができるから考える。生きることができるから生きると同じ。
>>278 なるほど、言葉に出来るほどの理由は無いってことだね。了解した
他の人もそうなのかな?
哲学が隙間産業になって久しいからの
流れぶった切って悪いけど、不確定性原理について
世界が内在する乱数表、あるいはランダムジュネレータは在ると思う?
グリーアンはゴミ
283 :
あまの:2012/10/30(火) 21:44:23.92 P
世界はイデアの不完全な影ですからねえ。
ちょっとしたことで模様のパターンなんか変わるでしょうよ。
時間も空間も因果律も、どこまで影を追っていけるやら。
284 :
あまの:2012/10/30(火) 21:48:42.35 P
えーえー、細かいことはわかりませんがね。
よ〜うじゅんいち元気かw
>>282 流れぶった切って書き込まなきゃならんくらい頭きてんだ?
俺はゴミだけど、君はゴミ一人スレから追い出せない弱者だわな
せっかく質問が挙げられてるんだ、答えてみなよ
今夜は寒い
287 :
考える名無しさん:2012/10/31(水) 00:25:56.05 0
↑ウムの食い込みパンツョックんどんじゃろ?
安倍くんw
>>287 ああ、そうだな
あれから僕が受けたショックは続いてるわけで、
言葉がどれだけの問題を解決できるか疑問に思う時もある
言葉がない方がうまくいくのかもしれん
力の関係と割り切った方がね
実際、昨今絡んでくる名無しに言葉は届かないだろうしね
今日、やっと彼の信念が相対主義だということがうっすら見えてきた
そりゃ、彼は僕を憎んで当然だ
僕は、彼の信念に批判的なことを書いてきたわけだ
それは彼の信仰を土足で穢すような行為に映ったことだろう
タリバンの兵士がマララに感じた憎しみと同じような憎しみを感じたことだろう
それは何らおかしいことではない
でも僕もまた、彼の言う通りにする義理はない
僕がこのスレに存在する限り、彼の心は救われない
かわいそうだとは思うが、僕も聖人じゃないので、わざわざ彼個人を救うつもりもない
僕はやはり相対主義を批判して「真理」の価値を訴えたい
彼が全体主義的態度で僕を排除しようとしたように、簡単に全体主義は忍び寄る
それは言葉の無力さ、力による解決を信じるものほど容易に陥ってしまうのだろう
しかし、今夜は寒い
アイスを食べたからさらに寒い
僕はラムレーズンが好きだ
子供の頃はチョコミントが好きだった
チョコミントはなんであんなに子供の心をつかんで放さないのだろう
290 :
考える名無しさん:2012/10/31(水) 01:02:01.21 0
まさかの安倍総裁降臨age
まあ彼女できんやつあ女に選ばれないしょうもないやつってこった
>>291 うっさい
今日も夜中、出歩いてやたら寒かったんだ
しかもラムレーズンのアイスを食ってとても寒かったんよ
たこ焼き食べて口の中、火傷してたからついアイス買っちゃったんだよ
結局できるできないは結果がすべて。女は正直。その時ダメなら全部駄目だ
ゆるゆり♪♪ときたもんだ。
>>279 考えることの理由に考えた理由があったらおかしいよ。
297 :
考える名無しさん:2012/10/31(水) 12:39:17.37 0
>>288 相対主義にしろ、全体主義 又、唯物論、唯心論にしろ、これらは、一つの理論、思想である。
すべての理論、思想、に完全なものはないのであり、理論、思想、主義の対立以前に、何々に先立つと言う
「教条主義的な観念」に問題がある。 タリバン兵士とマララの出来事にしても
>>215さんが、述べている様に
「多様的で柔軟な思考」の構築が、現代に欠けているものではないかと思う。 「多様性ある柔軟な思考」を
構築する、その観点から、デカルトの「方法的懐疑」は、一つの方法論ではなかったかと思っている。
298 :
考える名無しさん:2012/10/31(水) 12:40:03.14 0
↑ウムの食い込みパンツョックんどんじゃろ?
>>297 教条的でない多様な思考は素晴らしいことです
が、そのような思考もまた教条的になってしまいうる
教条的な思考に対して「教条的だからダメだよ」って切り捨ててしまってよいのでしょうか?
僕は、合理主義とは、対話と自己批判の余地を残すことだと考えますので
教条的な教えに対してもそのような余地を残すことが必要に思います
(その対話において同意などというものはまずあり得ないでしょうが)
それと、あなたはデカルトの方法的懐疑を多様性があって柔軟な思考と考えているかもしれませんが、
デカルトは懐疑論に対して開かれた対話をしているか、僕は甚だ疑問なのです
デカルトは「懐疑論のどんな途方もない想定でも揺るがない」と書いてます
デカルトは懐疑論とのいかなる対話においても揺るがない信念を発見したのかもしれません
しかし、そのような確固たる信念が果たして柔軟と言えるでしょうか?
見方を変えるなら、デカルトは懐疑論を排除してしまっているのではないでしょうか?
(懐疑論が学問において検討に値しないほどの非生産的態度であったとしても)
300 :
考える名無しさん:2012/10/31(水) 19:03:23.26 0
>>299 デカルトは、「私は考えるゆえに私は存在する」という「懐疑の極点」としての「私」に到達している。
「私」こそが明証的に疑うことのできない根源的(完全)な存在であると認識している。 デカルトは、この根源的な
存在である「私」を基点として、あらゆる事象を受け入れ、考察をしている。 この「明証的主観(私)」が
客観的事象のすべてを対象とし、考察するプロセスは、「多様性ある柔軟な思考(直観)」そのものと、私は解釈している。
"Je pense, donc je suis" のdoncは「ゆえに」以外の意味でも読み取れる。
>>300 僕はデカルトをそのようには解釈していません
が、解釈論争をしてもつまらないので、あなたの考えに反論します
あなたは297で「一つの論は完全たりえない。それゆえに柔軟な思考が必要である」と書いてます
しかし、300では「懐疑の末に行きついた明証的な私は、完全である」と書いてます
これでは、完全な私についての考察は柔軟たり得なくなってしまうのではないでしょうか?
また、「私は完全である」といった信念のもとに柔軟な思考ができるかどうかも疑問です
柔軟な思考をするには「私は不完全である」という自覚が必要なのではないでしょうか?
思考の柔軟さとはどういったものでしょう?
もう少し明確にしていく必要がありそうです
信念体系(僕は言葉が絡み合ったものを想像しています)における柔軟さとは、
反論(否定経験)に対してどう対応するか、ということでもありそうです
あなたは「思考の柔軟さ」について、どのような説明を与えるのですか?
お前の論はおかしいんだよ。独我論に陥ってる
>>304 kwsk
僕は独我論には反対だよ
でも、君がそう言うなら、僕もまた独我論者なのかもしれないね
僕は独我論に反対する独我論者なのかもしれないね
独我論について詳しく説明よろ
言葉を定義して使用するのは柔軟な議論ではありませんね。
307 :
考える名無しさん:2012/11/01(木) 13:57:11.49 0
>>303 >300さんが記している「柔軟な思考」とは、すべてお事象を受け入れて思考する状態
であると思う。又、多様性ある思考とは、直観思考と記している。 デカルトは、方法序説の中で、
「思考」の四つの規則を表している。
第一に、明証的な直観によって命題を創出する。 第二に、その命題を「演繹的思考」で分析する。
第三に、演繹法に基づく論理体系の構築。第四に見落としがない様に、完全な枚挙と、全体にわたる
通覧をあらゆる場合に行う。 と、記している。
この四つの規則を基本として考えると、「懐疑の末に行きついた命題」とは、直観認識(直観思考)による
命題であり、その「明証的命題」を分析、考察するのが、演繹的思考(論理学)であると解釈出来る。
従って、「思考の柔軟さ」とは、第一の直観思考での命題を表している。 そして、あなたの述べている「不完全である」
と言う思考も必要ではないかと言うのは、「四つの規則」の「演繹的思考(論理思考)」での方法ではないかと思う。
>>307 あなたは「すべての事象を受け入れた思考」と書いてますが
どうやってすべての事象を受け入れるのですか?
現在までにおけるすべての事象を挙げきることなんてできませんし、
よしんば、それができたとして、未来における事象は受け入れようがないのではないですか?
「すべての事象」なんて言いますが、あなたは「すべての事象」を有限だと考えているのですか?
僕には、僕にとって未知なるものがたくさんあり、無限の事象があるように感じるのですが。
また、枚挙的帰納によるチェックに限らず、演繹によるチェックも成立するはずです
分析的手法でチェックすることはできるはずです
柔軟な思考において論の不完全さが必要不可欠ならば(完全な論が柔軟な態度を損なうならば)
「わたしは完全である」という態度をとるならば、彼は「わたし」の話題については柔軟な思考を保てないのではないですか?
では完全な論の例をどうぞ。
311 :
考える名無しさん:2012/11/01(木) 21:58:35.66 0
>>308 「四つの規則」の第一の、明証的な直観認識(直観思考)と、「柔軟な思考」の
連関をどの様に捉えているのですか。
待ち
314 :
考える名無しさん:2012/11/02(金) 13:05:42.32 0
>>313 デカルトは、「四つの規則」の思考手順を、第一に明証的な直観認識(直観思考)とし、
第二に、演繹的思考(論理思考)と記している。 なぜ思考手順として最初に「明証的な直観思考」を、
持ってきたか。 それは、「方法的懐疑」によって創出した「認識(命題)」こそが、疑えない真実と、
認識したからです。 「疑えない認識(命題)」は、直観認識そのものであり、この直観認識は、可能な限りの
客観的事象(すべての学問をも含む)を対象とした「方法的懐疑」であり、この観点から私は、この「直観認識」を
「柔軟な思考」であると解釈している。
>>314 デカルトの解釈論争をするつもりですか?
懐疑には限界があることをデカルトは発見しました
われわれは、何かを疑う時、何らかは疑ってないのです
なんでもかんでも疑いきることは、常識的な言葉を使うならば、できないことです
(「すべてを同時に疑うことはできない」)
これに「疑えるものは存在しないとする」というデカルトの仮定を組み合わせれば、
客観的な存在が浮き彫りになります
デカルトの「われおもうわれあり」は客観的存在ですし、それは論証ではなく直観で得られる知識です
しかし、パスカルはデカルトを「不確実で不誠実」と批判したりしてます
デカルトがそう言ったからといって、デカルトを盲目的に信じなければならない理由はないでしょ?
もちろん僕はデカルトは好きですよ
次は僕から説明しますね
まず「柔軟な思考」について、ーこの言葉が遊離している印象を受けるのですが、ー
僕はこの言葉を見てクワインをイメージしました
(丁度、上で話題になりましたが、僕は8年前から「ホリスティック」という言葉を使ってます)
否定経験(これが純粋である必要はない)と相対した時に、
その衝撃が信念を構成する言明全体に伝わること、
また、そこで変化しうる言明は、信念を構成する言明のいずれであってもよいこと
これが、僕が考える「思考の柔軟さ」です
この要件を満たすならば、その内容はなんだろうと構わない
これが僕の考えです
キリスト教だから柔軟で、イスラム教は教条的だ、とは僕は考えません
キリスト教だろうとイスラム教だろうと、教条的にもなりますし、柔軟な態度でキリスト教やイスラム教を見ることもできるでしょう
同じことはデカルトにも言えると考えます
317 :
考える名無しさん:2012/11/02(金) 14:19:07.61 O
柔道の内柴は男として正しいんじゃよ
・直観
デカルトは方法的懐疑において論証を放棄しました
少しだけ非合理的になってます
これは仕方がないことで、この話題が論証の限界ギリギリの話題だからです
それゆえかデカルトは直観としました
しかし、直観が誤らないと誰が決めたのですか?
われわれの直観が平気で間違いを犯すことはザラです
騙し絵というのがあります
専門的になんて言うかは忘れましたが、多くの騙し絵は騙されない方が難しいですし、
簡単なものはみな知ってます
同じ長さの直線が、補助線を引かれるだけで違う長さに感じたり、
ツボとウサギのどちらにも見える絵があったり、そのようにわれわれの直観は平気で間違えますよ
そのような直観が柔軟な思考になるでしょうか?
むしろ、直観に対して懐疑することが柔軟な思考になるのではないですか?
クラインの壺に対して「これは壺であって、断じてウサギではない」と言い張る態度は
柔軟と言うよりは頑固でしょう
・柔軟な思考に必要なものは、、、
「思考の柔軟さ」と「直観」について説明しました
さて、直観ですが、論証に限界があり、なんらかの前提がなければ思考もままならないことも考えれば、
われわれは直観からはじめねばならない、とも言えるでしょう
しかし、直観は誤りうる
数学の発展により、
われわれが言葉に対して感じていた常識的な直観ですら、それが誤りがないかどうかは分からない
ということが分かりました
だからこそ柔軟な思考が求められている、とも言えるでしょう
しかし、柔軟な思考であるためには、否定経験に対してそれを頑としてはねのけるような思考であってはならないことになります
自己完結して自己の中で完成されているだけでは柔軟な思考とは程遠いということです
ここで僕は主観主義に反論をしかけます
「わたしは完全である」とすると、自己完結してしまい、思考が頑固となって柔軟な思考を阻害する
デカルトはコギトの後に神の存在証明をしました
神なんていないかもしれない
どちらかは分かりません(と、一応書いとく)
しかし「わたしは神である」という態度の人は柔軟な思考を持ち得ません
ですから、デカルトが神の存在証明をした時(当然、「わたしと神は違う」という前提で論証してるでしょうから)
そのような設定は柔軟な思考とは反しないでしょう
これが僕の第二の反論です
「わたしは完全である」とデカルトが考えたとは思えないので、そこは314さんとは解釈の分かれるところです
デカルトは「わたしは不完全ながら存在し、完全なる神も存在する」と考えていたと僕は解釈しますからね
そして、デカルトのこの設定自体は、柔軟な思考とはけして反しないものでしょう
「わたしは神と同等に完全である」とする時、柔軟な思考が阻害されるならば、
そうでない時には柔軟な思考は可能であるということでしょうから(少なくとも今のところは)
長文になって失礼
・補足
上では、「柔軟な思考に価値がある」という前提で論じましたが、
そのような前提に反論する人もいるでしょう
「柔軟な思考?女々しいわ。男だったら直観一本道、後ろを振り返るな」みたいな。
上で、「柔軟な思考においては、否定経験を前にいかなる言明も修正され得る」と316で僕は書いてるわけですから、
そのような頑固一徹な男の言葉もまた受け止める必要があるでしょう
「柔軟な思考」という言葉を印籠にしてはいけないし、またそれ自体に頑固になってもいけない
などと言ってると、タリバン兵士の盲信的態度を前に言葉の無力感を感じたりしてしまいますが
しかし、屁理屈のように見えるこのような柔軟さ自体の自己批判も、哲学の世界においては必要に思えます(日常生活では必要ないけど)
323 :
考える名無しさん:2012/11/02(金) 18:20:32.56 0
>>315 デカルトの「私は考えるゆえに私は存在する」は、客観的存在ですし、それは論証ではなく
直観で得られる知識です。
>上記のデカルトの命題は、「客観的存在」と述べている。 「私は考える(コギト)」は、
方法的懐疑によって、絶対に疑えないものとしての「私」に到達している。 この「私」は
「超越論的主観」です。デカルト哲学は、この不動の一点(超越論的主観=私)より現代に
繋がる「科学的・機械論的自然観」を成立している。 従って、「私は考えるゆえに私は存在する」での
「私」は、明証的に直観認識された「懐疑の極点」で保持された唯一の主観的存在です。
>>323 では、有名な現代のデカルト批判を。
明証的であるものが、必ず間違いがないとは限らない
>>グリーンアイ
以後自分でスレ作ってそこで語ってくれ
>>326 だから何?
スレチなんだから返答やめるなり
その話題について話したいなら自分でスレ作るかよそ行けよ
邪魔
>>327 なんで、他人に返答するのに、俺がスレを建てなきゃならんのだ?
俺がそこまでやらにゃならん義務なんてないだろ
おまえ、俺に甘えすぎ
あ、訂正一つ
可愛い美女なら甘えてもいいよ
どんな甘えも聞いちゃうよ
とりあえず、むさい男の甘えを聞くつもりはないということ
>>316も反証可能性もそうだけれど、思考や主張の内容が柔軟だとか科学であるというのでは無く
否定された際の態度のことなのでしょう。
>>316では思考の柔軟さは思考の内容が影響してこない
のではないでしょうか。
否定を受け入れる主張は主張になっていないというのもある。
決定論にとっては非決定論は受け入れられない。主張するなら否定を受け入れられない。
柔軟な思考を定義するならまず思考を定義し思考内容の違いによって柔軟とそうでない思考とに
分ける。
>>330 ポパーの考えはクワインと親和性はある
ポパーとクワインの大きな違いは真理観の違い
ポパーは対応説、クワインは整合説
ポパーの科学の定義は、正直言って使いどころがない
ただの便宜上の区分けだから。
当時「科学的」という言葉が流行して、ウィーン学団が科学とそうでないものを区別するこたに関心を持った時代背景と切り離せない
ポパーの定義を適用すると物理学のいくつかも科学じゃなくなっちゃうよ
>>332 こないだ見たテレビで、スッキリかノンストップか忘れたけど
恵俊彰がやってる番組を見る機会があった
クイズをやってて、まるばつ
ごめん、送信しちゃった
>>335 ◯×で答えるクイズがあったんだけど、
恵の答え方に、ある弁護士が同じ答え方ながら理由づけに反論していた
それで恵が怒ってた
「同じ答えなのに反論されるってなに?」
(でも、別の人も表現は大人しいけど、恵に反論しながら回答してたけどね)
なんでこんな話題をしたのか?
同じ回答になったからといって、そこに至るまでの思考はバラバラってことなんよ
同じ回答で集まっても意見は一致しない
むしろ議論が起きちゃう
意見が違う大の大人が、皆同じ◯の札を掲げながら激しく反論し合ってた
ちなみに女性陣は違う×の札を掲げながら笑ってた
そういや最近便秘気味でさ
誰か良い解決法知らないか?
>>41 あまり連投するとうるさいから控えてる
別スレのっとって書かないとな
意見が分かれるからって、そこで同じ回答でまとまって協力する必要はないんよ
似たような考えの人が、片や自民党、片や民主党に投票することもあれば、
まったく考えの異なる、いがみ合うぐらい仲の悪い2人が、同じ自民党に投票することもある
338宛だ、ミス
宇宙は物理法則が全て。思考も電気信号によるものである。
つまり、自分の今までの行動、これからの行動は初めから決定している、もしくは確率的に決まる。
342 :
あまの:2012/11/04(日) 21:39:01.70 P
そりゃそうだ。
ところで、その法則を人間の知性は記述し尽くせるのかい?
宇宙が一巡してくれたらおそらく可能ですね(投げやり)
344 :
あまの:2012/11/04(日) 21:46:11.03 P
最も単純な水素原子でさえ記述しつくせないというのに?
345 :
あまの:2012/11/04(日) 21:47:44.13 P
実は宇宙という「主語概念」すらはっきりしてないのにかい?
346 :
あまの:2012/11/04(日) 21:51:33.43 P
法則や概念など、尽きること無い現象の源泉に比べれば、いわば「女性的」に懸命に
追従していことすることだけでいっぱいいっぱいでしょうが。
法則は観測によってもたらされますが観測は主観的なものなので法則も主観的なのです
348 :
あまの:2012/11/04(日) 22:15:44.81 P
>宇宙は物理法則が全て。思考も電気信号によるものである。
>つまり、自分の今までの行動、これからの行動は初めから決定している、もしくは確率的に決まる。
思考が電気信号だとどうして行動が初めから決定しているんだ?
関係ないよね。
ここは余分な言い回しだったね。
ちょっとかっこいいこと書いてみようと思いまして
記述可能性は議論の対象外だろw
そも可能性すら否定するということであれば否定する側が根拠を明示すべき
351 :
あまの:2012/11/04(日) 22:30:42.55 P
我々の世界は、どこかどこまでも、隅々まで、人間の認識でさえも、物質の相互反応そのもの、
ないしは、相互反応に随伴されているわけだからね。
世界は徹頭徹尾、唯物的であるわけだ。
しかし、「物質などというもの」は実際は無いんだ。
その点で言うと世界は同時に観念的なものでもあるわけだよ。
352 :
あまの:2012/11/04(日) 22:38:13.24 P
>>350 なるほどね、人間の知性では記述不可能な「法則」というものを
想定したんだね。
ところで、そんなものどうやったら想定できるの?w
法則っても人間が頭の中で組み立てたパズルみたいなもんよ
354 :
あまの:2012/11/04(日) 22:55:49.92 P
思考が電気信号じゃないとしても、決定しているかもしれないじゃないか。
別に決定していようがいまいがどっちでもいいんだけど。
実際、時間軸って連続に見えるけど、ミクロの視点で言うとぶつ切りというか
点線になってたりするからね。
どうかな?ってとこだろ。
心の哲学の代表的な学者で、意志が根本的には物理性質から発生してるってことを否定する人はいないだろ
そのレベルの話ならほとんどの学者が唯物論者だよ
ただ意志のありかたは社会規範とか物理性質と直接的な関係を持たない記号なんかによって左右されるから
そういうレベルの心的性質を物理性質と区別する必要があるって言ってるわけで
心的性質が最終的に物理的なものに根拠づけられてることを認めるのと、
決定論を受け入れるのは全く別のこと
表現次第では逆にも言えるんだよね
物質的性質は、社会規範や記号の意味内容によって規定されない性質であり、区分けして考える必要がある、、と
実体の正体が物質かどうかなんて問題は、
機械君がよく言う「針の上に天使が何人乗れるか」って問題と変わらないかも。
正直、答えが出る気がしないよね
俺が読んだ科学哲学のレポートでも、心身問題を解決するにあたり、デカルトの「実体」概念を批判したりしてた
「そもそもデカルトが実体を設けて、実体を物と心の二つに分類したのが間違い」ってね
「実体は物である」という考えに対して、
「いや、物なんて実体はないし、そもそも実体からしてないんじゃね?」って反論だった
(外部の世界の存在は認めているけど、物や心は外部の世界の性質じゃないって考え)
一応、日本の科学哲学界の第一人者(最初の輸入者)のレポートだったから、興味をもって読んでみたらそんなことが書かれていた
357 :
考える名無しさん:2012/11/05(月) 09:58:08.76 0
実体を認識するのは、結局のところ主観的存在である「自己」が認識するのだから、
デカルトの「私」に立ちかえることになると思う。
>>357 デカルトは「私の存在」から、その存在を「実体」として規定して、
んで、その思考という内容を「心」と規定して、他方、どこまでも延長できる性質を「物」と規定した
デカルトの言う「心」って「思考」に近いんだよね
んで、動物をどんなに解剖しても「心」を観察できなかったから、「動物は思考がない機械だ」と考えた
人間は松果体で心と身体を結びつけていると考えたわけで、現代では脳で思考と身体を結びつけていると考えるのに近い
で、デカルトが家庭教師をしてた教え子にこのことを教えたら、教え子にこう言われたんよ
「異なる実体が松果体で作用するって不思議。どのように作用するんですか?」
デカルトは返答に困った
これが二元論特有の問題ってやつ
359 :
考える名無しさん:2012/11/05(月) 21:04:34.95 0
デカルトの「私の存在」から、その存在を「実体」として規定し、その思考(コギタチオネス)と言う
内容を「心」と規定して、他方、「心」の外にある延長できる性質を「物質」と規定した。 デカルトの「心」は、
思考(コギタチオネス)であり、デカルトは「思考」の中に、考えること、疑うこと、判断すること、感じることなどの
「思考作用」をも含めている。
デカルトの二元論は「私の存在」を基底として、精神(心)と物質(身体)の分離が、創出している。 この「精神と物質の分離」
の哲学的難問が、現代哲学に至まで続いている。 つまり、精神(主観)と物質(客観)の一致が不可能であれば、自然科学の分野で
達成された膨大な「客観認識」の成果が説明のつかないものとなる。
誰がそんなことを言ってるんですか?
361 :
あまの:2012/11/06(火) 01:05:52.93 P
精神と物質の二元論が文明の発達にとって欠くことが出来ない方便だったということでしょう。
362 :
あまの:2012/11/06(火) 01:15:15.57 P
精神は精神で不滅の存在であり、物質界は精神に関係なく展開する。
人が(自分が)死のうが生きようが物質界を成り立たせている法則、真理は
不動のものとして存在し続ける。
この事務的なスタンスは、精神の内面に向かう東洋世界とは全然違うモチベーションを
西洋人にもたらし続けたことでしょう。
363 :
あまの:2012/11/06(火) 01:19:20.39 P
一神教であるキリスト教もこういうスタンスの上に成り立つのだと思うな。
364 :
考える名無しさん:2012/11/06(火) 10:57:09.11 0
>>360 >359で精神(主観)と物質(客観)の一致が、不可能であれば、自然科学の分野で
達成された膨大な「客観認識」の成果が説明つかないものとなる。
近代の論理実証主義は、「主観と客観の一致」を前提とする自然科学の方法を基礎としている。従って、
自然科学では、「主観と客観の一致」の認識問題は、そもそも問題とされず除外されてきた。なぜ除外
されてきたかと言うと、「論理実証主義」では、この哲学的難問である「主観と客観の分離」を解決することが
出来ない。それは何故かと言うと、論理実証主義は、「形而上学領野」を命題として「論理」することが、出来ないからです。
てきとーな概論や哲学史しか学んでないような人間ばっかだな、ここ。
もっと統合的な観点から語れるコテはいないのか。
366 :
考える名無しさん:2012/11/06(火) 14:57:43.47 0
>>365 ゲ−デルの不完全性定理と、論理実証主義の連関をどの様に捉えているのでしょう。
心身問題は主客問題じゃなくて、異なる実体が作用することに難問がある
念じるだけで物を動かすのはサイコキネシスじゃん
で、実際にサイコキネシスってできないじゃん
心と物は互いに異なる実体だから影響し合わないって考る
でも、自分自身は思考によって身体を動かすことができるじゃん
心が物に影響を与えているよね
互いに影響し合わない異なる実体だとしたにも関わらず、松果体(もしくは脳)においては心が身体に影響を与える
これっておかしいよね?ってこと
「影響し合わない異なる実体が、相互に作用し合う」っていうのは形容矛盾だよね
これが心身論の問題で、実体を二つ設定する二元論はこのような問題を抱えてしまうってこと
単元論、つまり実体を一つだけとすると、この問題は解決できるわけよ
「実体は物で、心はそれに付随するものだ」とかね(唯物論、随伴現象説)
もしくは「実体は心だ」とかも二元論の問題が解決できる
あと、二元論でも「心と物は互いに影響し合わない平行線だ」(心身並行論)と考えても、この問題は解決する
「心は実は身体に影響を与えることができない」って考え
こんな考え方もある
369 :
考える名無しさん:2012/11/06(火) 17:40:33.80 0
俺の説明が悪かったんだな
デカルトの教え子の質問は
「松果体(脳)の中ではどのように心が物に影響を与えてるの?」というものだ
デカルトは返答に困った
現代科学では脳生理学の分野でデカルトの心身問題が再興している
脳の物質としての動きと心の働きの連関を研究するのに、相互作用の原理をどう建てるかという問題がある
科学哲学が扱う問題だから坂本先生も心身問題について書いたんだね
脳の初期条件が与えられれば、理論的には人生の終了まで
一意に決定できるんですか?
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないねって話をするスレ
今のところどちらも決定的な根拠は無い
そもそも人生に影響するのは脳だけじゃない、と一応ツッコミ
そっか。どうも失礼しましたお(´・ω・`)
決定論の主張には、過去の一意性が前提となる。もしこの宇宙の時間が円環状につな
がり、回り続けてきたものだとすれば、過去を一点に据え置くことはできなくなる。
どの地点を過去にとってもいいのである。
人間には、生誕の時点が存在するため、過去は一意的に決まる。従って、決定論は
人間になじみやすいものだが、その周りの環境は決定的である証拠はない。
逆に非決定的である証拠も無い
現状では決定的であるのが確からしいという状況証拠があるのみだ
376 :
考える名無しさん:2012/11/06(火) 22:35:36.02 0
心を頭で考えたら、壁にぶつかるのは当たり前でしょう。
若い時はそれを倫理として受け取っていく面があるがこころはこころ。
それに逆らうからひとりになってしまう
理解した理解してきたではなくこころから動くことを怠った
>>374 では決定的な証拠があるのは何でしょう。
二元論を主張するなら一元論との違いを示してください。
唯物論で物に名前を付けて呼ぶのとの違いは何でしょう。
>>380 実体を一つとするのが単元論
実体を複数とするのが多元論
多元論のうち、実体を二つとするのが二元論
382 :
考える名無しさん:2012/11/06(火) 23:27:50.46 O
ほんとはうっすら何も無いことを悟っていたのであった・・・
384 :
あまの:2012/11/07(水) 00:50:28.48 P
結局さ、知性を持つ我々が因果律が寸分の隙も無く成り立ってて欲しいと思ってるだけじゃね?
正直、因果律がミクロの領域で微細に破れてても別に「良いし。」ww
面白いし。
385 :
あまの:2012/11/07(水) 00:54:29.46 P
生身のさ、いつかは死すべき分際の我々がそんなことを望むとか
「意味がわかんねーし」「身の程を弁えてねーし」ww
387 :
考える名無しさん:2012/11/07(水) 14:25:18.00 0
実体とは、そもそも何であるのかw
意識は必然だから俺は何の後ろめたさも感じることなく
ニート生活を満喫できるわけだwwww
親の財布からお金盗んじゃおうかなwwww
これも必然だからなwwwwしかたねぇしかたねぇ
世界が決定的であることが証明され、且つ過去未来に於いて全ての歴史が記述されたなら
お前が言ってることは正しい
現状、そうじゃないから単にお前が人間のクズってだけ
じゃ今のところ神様がいないって事も証明できないし、宗教観もまんざら無駄でないんだな。
1はいったい何を言ってるんだ?
>>388 社会的無力者の鬱憤聞きました。
負けずに生きろよ。
人目をさけてな。
ん?ここ哲学すれか・・
それをも忘れさせてくれる書き込み。
ウーム。劣等感を意味で捩じ伏せるんだ。
なかなか、よく出来たぞ。
ヨシヨシ、褒めてやる。
嬉しいか?
それは良かった。
なんだその上から目線はw
社会的無力者の俺みじめwww
逆に言うとすごい情報量を持ったスレタイですね。
ん?恥ずかしいスレタイなら分かるかが・・・・
>>384 因果律がミクロの領域で微細に破れてても決定論は成立するよ。
非因果的でも原因がどこかにあるならね。
396 :
考える名無しさん:2012/11/07(水) 18:55:02.86 0
>>387 実体とは、そもそも何であるのか?
>357さんが述べているが、「実体」を認識するのは、結局のところ主観的存在である「自己」が、
認識するのだから、デカルトの「私」に立ち帰ることになる。 自分を含めて、この世のすべての事象は、
自分(私)が認識することによって「実体化」している。 だから、「実体」というものをあらゆ方向から
突き詰めて行くと、デカルトの方法的懐疑と同じように、「私」という根源的な存在に突き当たる。
だから、単元論にしても、又、多元論、二元論にしても、この「私」という不動の極点から事象を捉えて行く事に
なるのだろうと思う。
>>397 互いに独立した性質を持っているから、異なる実体と区分けされるわけよ
>>399 君が言う「物の違い」ってどういうことよ?
指し示される対象、のほうが適切かも。
>>401 対象のもつ性質の次元が二種類あると考えてはどうか
例えば、言葉には、物としての性質と意味としての性質がある
この二つの性質はまったくもって異なる次元にある
その特性が次元が異なるがゆえに、複数の実体という捉え方をされるのだろう
>>403 言葉は2つの性質を指しているというのと違うのでしょうか。唯物論との違いは何でしょう。
唯物論は性質が同じという論では無いです。
>>405 唯物論はすべて物質という論です。すべては物質同士の関係で説明されるという論です。
>>406 思考と身体の相互作用プログラムを物理的に説明することが困難だというのが、心身問題です
また、心身問題に限らず、言葉の意味とその音の連関も説明できません
音というのは空気の振動であり、つまりは波としての性質です
猫などは周波数の違いによって、他人からかけられた言葉を判断するそうです
ですから、甲高い女性が「こっち来な」と言うのと、野太い男性が「こっち来な」と言うのでは、違う意味の言葉に感じてる、という話を聞いたことがあります
しかし、言葉の意味の世界を知った人間は、どちらの言葉も同じ意味を示していることを分かってます
このような意味と物の連関もまた物理的に解明できない問題でしょう
>>407 では物理的に解明できる問題は何でしょう。
>>408 脳にどのような物理的刺激を与えたら、どのような物理的反応をするかは調べることができます
また、ドイツナチスの研究で、脳のどの部位がどのような役割を持っているかも判明しました
脳が身体に影響を与えるには神経による電気信号の伝達が重要であることも判明してます
しかし、思考と脳の物理的変化をつなぐメカニズムは解明されてません
解明の糸口すらないのが現状でしょう
物理的に解明できる問題は調べることができるという意味でしょうか。
>>410 物理的に解明できる問題は、「物」としての性質に限られるということです
「物」ではないものとして、例えば数学があります(数は物ではありませんから)
「数学について物理学的に解明できる」と言う人はいません
>>411 >「物」ではないものとして、例えば数学があります(数は物ではありませんから)
何故でしょう。
その通りだよ
数は人間の意識が持つ概念であり
意識は物理現象なのだから
>>414 これは無視すべきと、ピントとこないとあきまへんな
>>407 物理的に解明できないじゃなくて、物理的な解明があまり意味が無いでは?
データ通信のOSI参照モデルを例に挙げると
最上位のアプリケーション層を直接最下層の物理層で説明することには
あまり意味が無い。人間にとって分かりにくいから
>>418 心の動きは物理的な背景で機能しているがそれば物理で説明すべき現象ではない。
空に出きる雲は物理現象であってもその模様が犬の形をしていたら
犬の形を物理現象として説明はできない。
経済現象は物理を根底にしているが、物理では説明できない。
説明できなくても存在はしている。
あまり意味が無いのではなく、完全に意味は成立しない。
次元として機能するものを次元を超えて説明するのはよくないが
連なりで関係していても意味が少しあるように表現するの勘違いの始まりに
なるので「あまり意味がない」ではなく「完全に意味はない」といいたまえ。
>飛べないカラス
問いの答えに更に問い正すのは何も問いに対して誠意をもった態度を
示していない。
その態度は愚かである。
421 :
ネム:2012/11/08(木) 05:13:36.30 0
422 :
ネム:2012/11/08(木) 05:15:17.49 0
神は記憶しない
>>419 全く意味が無い、と断言出来るほど俺は全能では無いつもりだったので
あまり、と表現した
少なくともやはり根底に物理があると理解出来る
この一点で意味はあると思う
424 :
ネム:2012/11/08(木) 05:31:23.08 0
記憶は無限であるが、記録は常に有限である
425 :
ネム:2012/11/08(木) 05:33:34.86 0
記録には違いがない
426 :
ネム:2012/11/08(木) 05:39:43.46 0
記録はつながっている
>>423 「物」ってのがまた難しくてね
例えばさ、電子って物なのかな?
ところがさ、電子は物として観察できてなくてね
はたして電子という物があるかどうかは難しいわけよ
物理学では電子そのものは未だ観察されてなくて、電子の通った形跡を見て「電子がある」という言い方をするのよ
それはさながら、飛行機雲を見て「飛行機があった」と言うに近いのよ(戸田山『科学哲学』より)
で、電子があるかどうかでも意見は分かれるし
「物」ってのが何なのかも難しいんよね
マテリアルってどういうことよ?
んで、西欧の文化はマテリアルなものを根底に置くけど、パプアニューギニアとかにはアニミズムという考え方があって
アニマ(いわゆる霊魂)があらゆる対象には宿っているという考え方なんだよね
だから、パプアニューギニアとかは根底にはアニマがあるとか考えるんじゃないかな
428 :
ネム:2012/11/08(木) 05:51:33.50 0
記録が「存在」であり、非対称性の理由である
>>427 客観的に確からしいと思える存在っすよ
つまり再現性があって法則性があって普遍性があるものっす
アニミズムだって蓋然性を追求すれば実質的にマテリアルな概念になると思いますよ
蓋然性を必要とするかどうかは知りませんが
>>428 これ、どういう意味?
非対称性の理由?
>>423 「全く意味が無い、と断言出来るほど俺は無能では無いつもりだったので」
と書くほうがいいと思う。
>>429 普遍性をどう認識できるものやら
>>427 そうだな。
「西洋は」以下はうんとは思わないが。
>>427 "物"と"事"を理解していない。物と事を国語辞典で表記されているレベルで
やっと学生の学ぶ領域、"物"と"事"の生い立ちとその可能性と範囲を的確に
理解し応用できるなら正しく習得している、君はその両方にも値しない。
>>433 これは 427にたいしては的外れだな
そもそも国語辞典でのが学生?
おいおい、せいぜい中学生までだろう。
せめて広松さんの名前くらいだせよ。
ま、”物”と”事”との生い立ちとその可能性と範囲について、なんか語ってみな。
それを”的確に理解し”なんていってるようではとてもじゃないが哲学徒とはいえんが。
それにしてもこんな事!書かれて、
>>427もかわいそうだな
物っていうのは、ありそうなものに名前を付けただけ。
>>433 坂本先生は持論の中で実体としての二元論を批判したわけだけど、
二元論的性質のおおもとの何かを「事件」と呼んでたよ
事ってのも事件と変わらないっぽいけど
電子の問題を事件と見なしても解決にならない気がするが
「物」についての理解は、デカルトは延長と言うし、
ポパーなら石ころを蹴るだろうね
そのような衝突するものとして「物」は理解されている
日常ではね
でも物理学の分野で物を精微に見ていくと、霞がかかってしまう
「粒子が衝突し合う」という物理モデルを単純に受け入れてよいか疑問が残る
現代物理学の発展の中で「物」というのも再考させられる問題に直面してると思うよ
そういった問題が「事」という言葉で解決するならいいけどね
>ネム氏
モノは記憶なのか
なんだそりゃ、おい
記憶ってのは、モノ以上に便利すぎるぜ
記憶とは何なのか、が分からないまま、
しかし記憶を記憶と呼ぶことに不都合がない。
時間とか記憶とか、神の住める場所はまだまだ多いなw
記録は有限なのに
記憶は無限なのか
それとも主観的に無限だとしか思えないのか。
(どっちゃにしても私にはピンと来ませんが)
記憶とはなんぞ〜記憶が先か時間が先か
よく、過去は記憶によって認識される、なんて言われたりもするんですが
そんなことで満足できたなら、それ以上、なんも考える必要もないわけです。
記憶は、常に「いま、ある」ものであって、記憶そのものには過去性なんてない。
記憶が過去の記憶であるためには、記憶以前に「過去ありき」なんです。
「記憶とは過去の記憶である」ことが先ず知られなければ、記憶は過去とはいつまでも関係ない。
記憶が過去と相関を持つためには、
「過去に記憶した、という記憶」、が構成されることが必要条件なんです。
439 :
考える名無しさん:2012/11/08(木) 19:41:23.58 0
>>399 「実体」と「物」は異なる。「実体」とは、精神と物質の総体的存在の事であり、「物」とは、
有限的領野(時間・空間)に入る「物質」のことであると思う。従って、「形而上学的領野」と
「形而下学的領野」の総体的存在を「実体」と解釈している。
440 :
考える名無しさん:2012/11/08(木) 19:53:45.78 0
やあクズがまた戻って来ましたね
まだいじけてるんですか
コテハンを邪魔とかクズ扱いする割りには
自分じゃたいしたことを言える訳でもなく
ほんとつまんねー奴だわ
クズじゃなくてチンカスです。
はいはい
446 :
あまの:2012/11/08(木) 20:50:38.94 P
まあ、二重に影を見せられているってとこでしょうか。
自我という影と、自我越しに物質という無数の影が織り成すこの世界をね。
所詮、影ですから、どんな風に影を投げ合っていても、同じ穴の狢ってとこでしょう。
影同士が移ろい時空という蜃気楼が我々を嘲る。
そんなことでしょうよ、どうせ。
448 :
あまの:2012/11/08(木) 21:08:28.39 P
実体など完全に薄められて雲散霧消させられて一体どこにあるのやら・・・
またアク禁されたいようだ。
451 :
あまの:2012/11/08(木) 21:28:30.89 P
誰でも、老人となり心身は衰え、脳髄が萎縮し、同時に認識機能も衰え
この影すら、ますますおぼろげに絶え絶えになり、己と世界とが同時に
薄れゆきやがて時空という幻といっしょにその姿を消していくのだ。
へー、アク禁ね
あまのくんは
実在論を前提に観念論を語る
おかしな人ですよ
454 :
あまの:2012/11/08(木) 21:36:57.83 P
客観的な実在(客観自体、物質自体)は無いと思っているが、この表象世界をこのようにしている何かは
実在するんだろうと思ってます。
>>454 表象してないところにも、何かあるだろ
そうでなけりゃ、辻褄が合わねえよ
456 :
あまの:2012/11/08(木) 21:45:09.69 P
というかこの世界は一つの論でどうこうなるもんじゃないでしょうに。
んー
あまのくん
貴方が、影がどうとか、物理学的な実在世界を夢想し(でなきゃ影じゃないでしょ)、
己(おのれ)の不完全性を思いつつ(つまり完全な何ものかを追いながら)、
物自体は無いよ、とか言い出す思考構造は、どこで転覆してるのか
ってのが、私には分からんのよ
458 :
あまの:2012/11/08(木) 21:55:37.51 P
「何か」とは、受け皿が整って、「何か」なんですよ。
主語「何か」述語「ある」って簡単に言うけど、
『その「何か」という主語概念に「ある」が既に含まれていて』
尚且つ、『表象されない、すなわち存在の根拠律を満たさない』ものって
難しいよ。
459 :
あまの:2012/11/08(木) 21:57:22.35 P
>>455 表象してないというか「表象できない」って言いたいんだと思うけど。
460 :
あまの:2012/11/08(木) 22:00:58.03 P
物自体はあるでしょうよ。
でも物質は物自体ではないからね。
>>459 「表象」が存在の十全な根拠とは言えないと思う。
貴方が産まれる前には何も無かった、と考えることは可能ですか?
462 :
あまの:2012/11/08(木) 22:03:33.04 P
この客観世界に物自体がないとすれば、自動的に物自体とは主観的なものということでしょう。
「認識」とは何か。
「ヒトをして認識される」というこの事態はしかし、
“意識の内部”の嵐として解消することはできないですよ。
この「思惟される全て」は、思惟の所有ではないでしょう。
>>462 「この客観世界」なんて考えるから迷路に嵌るんじゃないの?
ゴールは、「自然しか無い」なんですよ。
「主観」なんてのは、自然の作用により生じる、
意識なる事態のバリエーションに解消される。
そう考えることは可能なはず。
>>464 その、自然ってのが、物自体的客観になっちまうな。
466 :
あまの:2012/11/08(木) 23:18:05.24 P
>>461 それってさあ、時間が客観的な実在をもっているという条件が先行していないと
発することが出来ない問いでしょう。
あるいは、どうしてもそれを考えるのであれば、自分が生まれていないのに己の自我をそこに
もって行かないといけないわけでしょ?
問い自体になにか誤謬があるんだよ。
>>466 そんなことないぞ。
時間の実在性の前提などいらないし、そもそも運動的物質への評価として立ち現れる概念として捉えるのが現代科学なり哲学のメジャーなところだろう。
468 :
あまの:2012/11/08(木) 23:36:39.86 P
>>463 脳髄の内部の刺激にしろ、外部からの刺激にしろ、
外部の物質の反応の終端から認識に表象として現れるのは「同時」でしょう。
認識は絶えず物質の反応に随伴され、あるいは認識のほうが随伴しているのか
わからないが、因果として結ぶことは出来ない。
どちらかをどちらかに還元するということはできない。
同時という表現は便宜上存在するだけで実在はしない
>>466 ん〜?
時間が“実在”することは、特に前提としないんですよ
「私が産まれる前」という“意味”は、貴方にも成立するはずです。
貴方は母親から産まれた記憶が無くても、その知識はある。
その知識は信仰でしかないですか?
違うんです。信仰じゃないんです。これは「辻褄」なんですよ。
貴方が産まれたことを、無かったことにはできないんです。
もしそうやったら、貴方の思考の一切を、それに合わせて修正しなければならない。
そんなことは不可能なんです。
世界が論理的である、ってのはそういうことなんです。
そして、これにより、時間が実在する、ってことを妥当とできるんです。
>>470 最後の時間の実在の妥当化の前までは妥当だと思う。
つじつま合わせに時間の実在いらんから。
結局ですね、即時的に表象される概念の単純な集合によって
世界が構成されるわけでは「ない」んです。
世界は論理によって構成される。
数多の知識は論理的に辻褄が合わなければならない。
そうでなければ、必ず「おかしい」んです。
あまの君の好きな量子力学もですね
従来的な方法では辻褄の合わなかった事件を
辻褄の合うように構成する方法であったはずです。
「世界」とはそのようなもの。
自然はそれを可能としているんです。
しかしその自然を論理が支配しているのかどうか、を考えることは
できそうにもない。
とらえかたと、そのように評価可能な対象自体が、ごっちゃなや。
だから世界は論理で出来ているなどといってしまう。
理論的セカイリカイは論理的な世界であると言ってるな。
>>471 桶の中の脳を、論理的に構成しようとすると
必ずナンセンスに陥るんです。
「桶の中の脳」と「この頭蓋骨の中の脳」に脳が分裂する御伽噺なんですが、
しかし桶の中の脳は、結局、この頭蓋骨の中の脳と一致するしかないんです。
無駄な想定なんです。
>>472 では、貴方があまのくんの代わりに、「貴方が産まれたとき」を
時間が実在しないとして、それがどのようなことが説明してください。
>>474>>475 理論は論理的でなくてはならない。
その構成方法はバリエーションが可能だったでしょう。
数学が、この現代の数学大系のようでなくてはならない必然性などない。
物理学もそう。
しかし、辻褄は合ってなくてはならない。
そのように作られてきたんです。
そして、結果論として、それが有効なんです。
>>476 桶の中の脳って、実際には「脳」である必要はないんですよ。
異世界(本当の)の別の何かで、我々が見ている世界がシミュレーションって話です。
無駄な想定ではありますが、マトリックスのような世界を否定することは原理的に不可能なはずです。
しかも、コンピュータによるシミュレーションは物凄い勢いで進化しています。
この世界と同レベルのシミュレーションが出来たとき、奇妙なことが起こります。
現実世界に対して、シミュレーション世界が無数にできるのなら、
任意の世界を取り出した時、それがシミュレーションである確率の方が高くなるということです。
>この世界と同レベルのシミュレーションが出来たとき
原理的に不可能です。必ず劣化します
>>479 劣化したことが体験者や観測者にわからなかったら、劣化してないのと同じで、
>任意の世界を取り出した時、それがシミュレーションである確率の方が高くなるということです。
が言えます。
また、この世界でそれが出来なくても、この世界がシミュレーションである可能性は否定できません。
既に、劣化したシミュレーションの中にいるのかもしれないのですから。
>>478 桶の中の脳が、実際には脳である必要が無いのであれば、
この頭蓋骨の中の脳も、“実際には”脳である必要が無いんです。
しかし結局、脳とでも呼ばざるを得ないことになる。
(実際の脳とは何ですか?)
世界と同レベルのシミュレーションをするコンピュータは、
何で作られているんですか?
そのコンピュータは結局、自然と一致するしかないんです。
おーおー
w
>>481 一例をあげると、我々の世界でも、仮想現実の世界でキャラクターを作ることはできます。
そのとき、我々が知っている脳ではなく、別の構造物で動いているように見せかけることはできます。
もちろん人間ではない、別の生命体でもいいのです。
なので、シミュレーションの中と外で、同じ構造で有る必要性はありません。
484 :
ネム:2012/11/09(金) 01:39:47.42 0
昔いたネオマトの進化版かw
485 :
ネム:2012/11/09(金) 01:42:07.75 0
辻褄に合うから自然はそのように出来ているというのは、何も言ってないに等しい
486 :
ネム:2012/11/09(金) 01:44:52.75 0
>「貴方が産まれたとき」を
>時間が実在しないとして、それがどのようなことが説明してください。
記憶(物)と時間を分けちゃいかんよ
>貴方は母親から産まれた記憶が無くても、その知識はある。
その知識は何に依存している?
487 :
ネム:2012/11/09(金) 01:51:47.44 0
即時的に表象される概念の分析によって
世界が構成される「わけ」なんだよ
自然は辻褄の合うようには可能とされない
488 :
ネム:2012/11/09(金) 01:57:07.78 0
>>430 「存在するとは、変項の値になることである」 (クワイン)
解説はグリーアンに訊いてくれ
解釈は自分で解いてくれw
>>483 バーチャルってのは、リアルありきのバーチャル、なんですよ。
バーチャルリアリティに於いて、
それがバーチャルであることを知り得ない、
という事態は、無いんです。
もし知り得ないとなったら、それはもはや、バーチャルではないんです。
***********************
なんでも空想することはできるんですよ
電子の中にも世界があって、そこに誰かが住んでいるとかね。
しかしですね、そんな空想はナンセンスなんです。
なんといいますかね・・
桶の中の脳もそうなんですが、
超リアルな世界に、リアルを持ち込んでしまったらいかんのです。
そうなったらSFなんです。
「内と外の構造」というものを考える限り、この世界からは出られない。
世界ありきの構造だからです。そんなことをしても意味が無いんです。
もしそんなことを考えたいのであれば、SFじゃあ駄目だと思いますよ。
ある人が死んだときに、それは実際には、アリが人間に踏みつぶされたようなことと
同じ事が“実際には起きている”のかもしれない。
なんて考えることはできるし、それは自由なんですが、その先にまるで可能性が無いんです。
実際って何ですか?
>ネム氏
>辻褄に合うから自然はそのように出来ているというのは、何も言ってないに等しい
そう?
>記憶(物)と時間を分けちゃいかんよ
だから、物が記憶って、どういうことよ
これから物を記憶って呼んでも良いってことか?
>その知識は何に依存している?
ん〜?
何に依存すべきなんだ?
つまり、どんな答えを希望してるんだ?
ネム氏、最近、独断の吐露しかしてないぞ。
>>490 頭わるい?ネム氏の表現は適切じゃないかもしれないが
日本語よみとれない?
>>491 貴方が代わりに、適切な表現で、説明してください。
>>491 よかったら、適切でない箇所を適切な表現に直してみてくれませんか
494 :
ネム:2012/11/09(金) 02:20:12.46 0
>>490 辻褄に合うことと辻褄に合わないことを自然がどのように判別される?
物の現れには時間がある
時間とはいわば、人称における対照性そのものをことだ
>>487 その「分析」ってのは、何に依存するんだ?
論理じゃないのか
分析は辻褄が合ってなくてもいいのか。
>>487 そのクワインの言ってることは、
結局は、何も言ってないのに等しい、のではないの?
496 :
ネム:2012/11/09(金) 02:28:51.37 0
自然が現れるには、理由がなければならない
それを自然に問うことはできない
>>494 よく分からんが・・・
1000円で500円の商品を買ったら
手元には商品と500円が残る
もし400円しかなかったら、その理由を探すでしょう。
>時間とはいわば、人称における対照性そのものをことだ
もちっと説明してくれよ。いやか?
こんな自分では何も考えてなさそうなポエマー、抄録さんもよく相手してられるな
辛抱強さに感心する
先日、図書館に行ってデネットの本を、ちら読みしてきたんですが
原文の所為なのか、翻訳の所為なのか、実に読みにくいw
そんな中、印象に残ったのはですね
哲学者によるクオリアへの信仰、つまり、それがどのような理由付けもできない
という思いは、くしゃみとげっぷとおならを同時にしたら死ぬ、と私が信仰しているのと
似たようなことだ。
みたいなことを書いてました。
驚くべきファンキーなじじいです。気に入りました。
500 :
ネム:2012/11/09(金) 02:46:16.35 0
>>時間とはいわば、人称における対照性そのものをことだ
>もちっと説明してくれよ。いやか?
まだだ
まだ大まかな表現による確からしさでしかいえない
じゃあ黙ってろよクズが
>>499 >原文の所為なのか、翻訳の所為なのか、実に読みにくいw
貴方の日本語の理解度の問題です、常に機械的な構文と理解しやすく
丁寧に表現された語句ばかりを選ぶ日常は難解な類のそれらを拒絶している
日常を思い浮かばせる。
もっと意味不明な文章を読み取る訓練をしたほうがいい、世の中には
伝えられないような言葉を使う人もいるし、それを何の苦労もなく正確に
読み取れる能力の人もいる、当たりの良い参考書ばかりで育った背景が見えてくる。
厨房でも分かるようなブルーバックス本ばかり読んでいるとそいういう思考になる。
>>502 当該の本を読んでから言ってくださいよ。
貴方も、ご多分に漏れずの、的から外れた人格批判しかできませんか。
がっかりさせてくれますよ。
私が図書館でちら読みしたのは、
ダニエル・デネットの「スウィート・ドリームス」です
読んで分かったら、それを武器に、何か語ってみてください。
毎度毎度の、くだらん能書きは、もうお終いにしませんか
お断りします
>>413 数は人間が作った物か、ツールとしてのアイデアなのか、発見なのか、数の原因があるのか等
数が何を指しているのかは意見が分かれるところです。
>>417 唯物論側の説明はどんな説明になるでしょうか。
>>420 何故でしょう。
>>424 記憶は意味、記録は情報のようなニュアンスでしょうか。
>>428 すべて同じ記録だと対称なのだろうか。記録である以上は志向するから非対称なのだろうか。
>>435 なので物以外があるというのは
>>435の前提がわかっていないだけ。
>>440 LTPが隣接したシナプスに生じやすいことが活動電位の変化に関わってくるかが今後の研究課題ですね。
>>463 認識は情報を意味付けること。
>>477 あなたの主張する非決定論はどのような辻褄が合うのでしょう。
>>506 さすがの君も「数」が自然界に存在する物理的なものとは考えないんだね?
ま、それが荒唐無稽だとわかってれば、この次元の違いも通じそうだね
つまり、君は「数」と「物」の性質がまったくもって次元が異なることを理解している
は?この世に自然界に属さない存在があるの?
あるなら具体的に説明plz
あと、区別する手段もね
自然界なんてものがそもそもてきとうに名前付けただけのもの。
自分であまり考えたりせずに聞きたがりの人が混ざってるね。
こういう人と話すと言葉の定義合戦になって余分な労力を使ってしまうんだよね。
ひとまず、一定の教養を身につけてからレスしたほうが良いよ。
自然とか、価値とか、本能とか、あやふやな言葉は最初から避けるもんだ。
あやふやな人間にとってあやふやなだけ
自然とか、価値とかを避けて済ます哲学なんてありません
>>514 そういうあなたには是非コテを付けることをお勧めします。
いえいえ貴方こそどうぞw
「物」って言葉は、「価値」と同じくらいあやふやじゃね?
>>517 だからこそみんなそれぞれ勝手な定義で生きていけるんだろうと思う。
物について定義しなおそうってはなかなかならないけど、価値については
どんな馬鹿でも自分の思いを語っちゃったりするよ。
519 :
考える名無しさん:2012/11/09(金) 18:56:25.93 0
「物」は、哲学的観点から考えた場合、心(精神=主観)の対極にある「物質」と考えて良いのではないか。
「物質」は、外界(客観的存在)に在り、感覚によって知覚しうる事物であり、時間・空間中に在る
物体的・物質的なものと思う。 だから、「数学」の数字は、精神的な概念なので「物」ではない。
>>518 馬鹿が語る価値観とは、その詳細をプリーズ。
>>508 物理的とは何でしょう。数学と物理学が区別されるということでしょうか。
数と物の性質の違いは物同士の性質の違いとは違うのでしょうか。
522 :
あまの:2012/11/09(金) 23:09:43.68 P
>>467 だからさ、科学は、唯物論と因果律を土台にせざるを得ないから・・・
客観的世界を実在するものとして扱わないと始まらないでしょ?
哲学とは違うの。
そういう方便なの。
523 :
ネム:2012/11/09(金) 23:52:04.16 0
結局、オレは此処に来るのか
524 :
ネム:2012/11/10(土) 00:01:13.77 0
まったく、オレの詩的推量の表明に解説をやれってか
間違わないなら、問題ねえ
>>521 物は人間がつくったものですか?
物はツールとしてのアイデアですか?
物は発見ですか?
物の原因はありますか?
物について意見は分かれますか?
これは、君が書いた文章をもじったものだよ
僕は君の言葉から反論してるわけで、
君がこれらに「うん」と言えば、君は数と物を同次元に捉えてるし
これらに「いいえ、物はそうではない」と言えば、君は数と物を別次元に捉えていることになる
ご自分の発言には責任を持ちましょう
>>525 >物の原因はありますか?
物質の関係に原因と結果の関係があるとみることができます。
その他は物によります。
>>522 科学が狭すぎ
「科学」って幅広いんよ
自然科学、社会科学、人文科学、全部科学だよ
心理学や経済学だって科学なんよ
唯物論とか因果律とか使わない科学は普通にあるから
「科学」は「学問」みたいな意味
せめて「物理学」みたいに限定しようぜ
「哲学」は個別の学問につけれるんだよね
「社会学の哲学」とかね
「基礎論」みたいな意味に使われてるだろうけどね
>>526 では、「物」は人間がつくったツールだということで、君との会話は同意に達して終わりにしよう
またコテを怒りモードにしたくはないのでね
人間が作った道具もあります。
>>529 じゃなくて、「物」は人がつくったツールなのか?ってことよ
で、君は、物によっては、「物」が人がつくったツールだという答えをしたわけよ
あまりにバカすぎると悪意があると思われるから気をつけた方がいいよ
>>530 >じゃなくて、「物」は人がつくったツールなのか?ってことよ
その質問はどのレスで書いたのでしょう?
物という言葉は人がつくったツールなのでしょう。
>あまりにバカすぎると悪意があると思われるから気をつけた方がいいよ
人が作ろうが何だろうが物は物さ。人だって物なんだから。
人が石ころ割っても割れた石ころが物なのが変わらんのは理解出来るだろ?
人の脳も物なんだからそこから発生する概念も結局物さ。物に属する、と言った方がいいか?
単なる定義というか便宜上の区別の問題だと思うがね。くだらんね
533 :
あまの:2012/11/10(土) 01:50:17.29 P
表象がものだというなら概念もものに属すると言えるかもね
ものも概念も同じカテゴリーに入るという視点には立てる
534 :
ネム:2012/11/10(土) 01:52:59.13 0
記憶は対象の概念にあり、記録は対照とする概念にある
対照により対象は対称されることの整比が現在する
とりあえずこれだけをひとまず
カラクリは対照にある
まだその詳細をスマートに表せない
535 :
ネム:2012/11/10(土) 02:04:15.06 0
>>506 記憶も記録も情報を扱うことに違いはない
意味は対照で異なる(が、これには要しない)
記録を集めれば記憶になる
しかし記憶の総体、つまり世界は対称であるが
それはある意味、時間の無い世界といえる
この宇宙の情報(記録)は限られる
536 :
ネム:2012/11/10(土) 02:09:47.33 0
>>337 >同じ回答になったからといって、そこに至るまでの思考はバラバラってことなんよ
このことに意義がある
537 :
あまの:2012/11/10(土) 02:15:48.79 P
結局、物質も意識も同じだという二元論が必要なんだよ。
物質と意識の対立を消滅せしめるような対立項が。
それに対するものが何かは神秘の領域なんだろうけどね。
538 :
ネム:2012/11/10(土) 02:17:27.39 0
>>535 記憶の総体という表現はおかしさがあるな
記憶の容量には限りが無い
記憶は意識と同じ類の概念であり
そんなものは頭の中にない
539 :
あまの:2012/11/10(土) 02:21:14.79 P
じゃないとさあ、なんか安心して生きていけないわ。
よく精神と物質の二元論なんかで生きていられるよな。
俺に言わせれば驚きだわ、尊敬するわ。
540 :
ネム:2012/11/10(土) 02:27:26.98 0
過去と未来のどこに「存在」の文字がある
現在しかない
8日のオレと結合するのは現在でしかない
分けちゃいけない
「現在」ということの仕組みを解けばいい
541 :
あまの:2012/11/10(土) 02:28:13.63 P
科学に頭が上がらないとか、本末転倒の、道具と主の立場が転倒した世界だろ。
542 :
ネム:2012/11/10(土) 02:30:41.34 0
>>497 自然に「もし」なんてない
「辻褄に合う」という表現は宙に浮く
>>538 >記憶の容量には限りが無い
へー、どこで知ったのソレ
544 :
ネム:2012/11/10(土) 02:31:52.48 0
物に限りがあるのかい?
>>544 物?
記憶の容量について訊いてるんだけど
546 :
ネム:2012/11/10(土) 02:34:56.58 0
記憶の容量とは記録によって限られる、ことを意味する
どこまでも質問をはぐらかすのね
まあ、まともに答えられる質問とは思ってなかったけど…
>>531 525に書いてあるじゃん
君、まともじゃないね?
相手にしたくないんだが
カイテナイデスヨ
いや、いいや
数と物は同じってことでいいや
つまり、唯物論も観念論の一種ということでFAだな
552 :
あまの:2012/11/10(土) 02:49:40.11 P
精神と物質の二元論とかなんてワイルドなんだよ。
原始人並のワイルドか!!
目の前の石ころは真髄から石ころだ!!ってか。
怖いわ、なんて気合が入ってるんだよ、この世界は!!
石ころや草花も怖いわ!!
何となれば、それ自体が石ころであり草花なんだよ。ww
この充実感、実体感がが怖ろしいし耐えられないわ!!
俺だったら一歩も外に出られないよ、こんな世界はよ。
すごいわ。
出来の悪い自演ばかり
自演するにしても、せめて文脈を引き継いで会話せえよ
支離滅裂でポエミーなことしか言えんのか、おまえは
数も物も同じだというのはスピノザぽいな(注:ぽいだけ
556 :
あまの:2012/11/10(土) 02:55:43.73 P
世界の形式的側面はね、物質と意識の間でのみ有効なんで、物自体には属さないんだよ。
557 :
あまの:2012/11/10(土) 03:20:49.02 P
だから意識と物質のあいだの整合性や法則性は基本的に科学でチマチマやってりゃあいいんだよ、
馬鹿野郎がようww
哲学たるものその整合性や法則性を為らしめる全体を見渡せる見地に立とうとしなければならん。
558 :
ネム:2012/11/10(土) 03:27:44.28 0
整合性や法則性は階層によって異なる
が、それは近似されることの派生にある
559 :
ネム:2012/11/10(土) 03:31:05.61 0
>カラクリは対照にある
>「現在」ということの仕組みを解けばいい
たぶん、オイラーの等式までやらなくちゃいけない
それでやっと、能書きでなくなる
正月だなw
560 :
あまの:2012/11/10(土) 03:37:45.08 P
精神と物質を同一視するような見地に立てば、時間や空間、因果律が
どういうものなのかはそれほど拘る部分ではないことになる。
単なる形式で、実体とはなんら関係ないし、基本的に物理学に任せておけば良い
ことになる。
>>555 これは「汎物論」と名付けようぜ
そりゃスピノザっぽくなるわな
物について論ずるのはいまどきあんまり流行らないんだよね
>>562 汎物論的には、すべての人は物について語っていることになる
物以外について語ることはできやしない
心理も法も経済も数も社会も「物」の一つで、
心理学も法学も経済学も数学も社会学も物理学の一形態だと考えればいい
どんな研究をしても、それは「物への研究」であり、物理学の一形態になるだけだ
もちろん、占星術、錬金術、魔術も「物」を扱った物理学の一形態である
汎物論として、このような態度は可能だ
しかも、まったく無害だ
だから、このような考え方もありっちゃあり
オッカムさんがいたら剃り落としそうだけどね
>>562 複雑な代物―人の意識とか概念等―を全て物理で紐解くには人間の知性が追いついてない
って分かってるからね。それまでは簡略化された○○観を用いた方が手っ取り速く有用ってだけ
>>564 >複雑な代物―人の意識とか概念等―を全て物理で紐解くには人間の知性が追いついてない
「全て物理で紐解くには」と君は書いた
ここで言う「物理」って言葉は多分に狭い
ある種の性質でもって記述されるかなり限定された性質だ
対して「物」と言う時、この「物」という言葉は限りなく広い
(「¬物」が存在しないぐらい限りなく広い
一方、「物理」という言葉は限定された意味を持って適切に使われている)
この「物」と「物理」という言葉の違いはなんなんだろうね
こんな話題をしたら、またスレ違いと言われるんだろうなぁ
ということで、それを踏まえて、もう一度言葉を組み立て直す
すべては物である
しかし、物には物理的性質とそれ以外の性質がある
心的性質や数的性質と、物理的性質は次元が異なる
現代物理学の発展において「物」を精微に見ていくと、その物理的性質がはっきりしたものではなくなる
「物理的性質」とはどのようなものか?
また、脳は物であり、その機能において、心的性質と物理的性質を兼ね備えていると考えられるが、
心的性質と物理的性質を結びつける原理を建てれる見込みはない
それほど、この両者の性質は次元が異なる
物は二元的性質を持っている
こう表現しなおせば、受け入れられそうだ
俺は受け入れないけどな
>>567 それは君の頭の中の物の心的性質からくるものなの?
それとも566の物の数的性質からくるものなの?
それとも君という物の物理的性質の説明?
いちいち「物」と書くのが億劫になってきた
すべては物である
物には物である以上物理的性質しか存在しないのだが
未だ物理の地平は遠く、我々はその全容を伺い知ることは出来ない
ここでは未明の部分を心的性質や数的性質と、換言して議論を進める
現代物理学の発展において「物」を精微に見ていくと、その物理的性質がはっきりしたものではなくなる
今後の研究により解明が期待される
また、脳は物であり、その機能において、心的性質と(現代で明らかになっている)物理的性質を兼ね備えていると考えられるが、
心的性質と物理的性質を結びつける原理を建てれる見込みは今のところ無い
それほど、この両者の性質は次元が異なる
この様に物は二元的性質に分けて議論をせざるを得ない程、現代の我々にとっては深遠である
>>569 なるほどね、俺は物理的性質と心的性質と数的性質を並行して書き連ねたが、
君は、心的性質や数的性質は人間の知性の低さからやむなくそう表現せざるをえないものであり、
対して、物理的性質は人間の知性にその由来を持たず、存在そのものが持っている根源的な性質であり
物理的性質は心的性質や数的性質と違って、存在の根本的な性質としている
ま、この違いだね
そして、長々しい議論に終止符が打てそうだね
つまり、唯物論がホントは無視できないのはここなんよ
唯物論者のこだわりはここ!
だいたい世界は物でできてない。気体と液体と固体の境目なんて誰も知らない。
>>571 このスレでは「物」と呼ぼう
「物」と呼べばいい
それは無意味な名札だから、そこに反論しても埒があかない
議論は進展しないし、まったく違う話題の討論に巻き込まれるだけだ
「唯物論」とは「すべては物である」という論ではない
そんな論は、世界を「物」と呼ぶことと何も変わらない
呼び名を争ってもつまらない
このスレの唯物論の隠された主張は「物理的性質はこの世界の本物の性質だ」ってことだよ
心的性質や数的性質が物理的性質と肩を並べてはいけない
物理的性質は王様だってこと
(表現は悪いけど物理学主義ってそういうこと)
物それ自体は名札だよね。
名札をかき集めてその総体が世界であると言えば科学的な因果関係も名札の処理で済む。
それよりその名札はいかにして(なぜ)存在するのかを問わないといけない。
そんなべき論はありません
>>542 「もし400円しか無かったら」から「もし」を抜いても構いませんよ。
それでも同じ事なのか?
「辻褄に合う」(という表現)が宙に浮く・・?
・・・・分からん。
どのレベルで思考すればそんな結論になる?
「ヒトによって得られるところの事実(=知識)」の整合性を求める営為は
宙に浮いているのか?
この「整合性」も宙に浮いてるのか?
貴方が考える、「宙に浮いてないもの」って、何だ?
**************
なんだい対照って?
比較か?
それはヒトによるのか?自動的に比較が実現するのか?
それは宙に浮いていないのか?
なんでまたオイラーの公式なんだ
>>507 >認識は情報を意味付けること。
情報って何ですか。
>あなたの主張する非決定論はどのような辻褄が合うのでしょう。
「未来は決まっていない」
なんの矛盾もない。
17世紀のダランベールの残した遺産がまだ燻っていたとはね
ラプラスがダランベールの影響を受けて決定論を唱えたわけだから
そりゃ、決定論スレにもなろう
だが、唯物論ではなく物理学主義と名を改めるべきだ
機械君の言う機械的唯物論は物理学主義的な要素はなかった
唯物論(マテリアリズム)と物理学主義(フィジカリズム)は区分けした方がいい
その内容は同一ではないのだから
勝手にカテゴライズしない様に
>>576 未来は決まってないってことはどこかで因果律が破綻してるってことスかね?
因果律なんて箱の中にしか通用しない
因果律をどこまでも拡大して、この世界全体に適用すると、二律背反に陥る
それは理性の度を超えた使用だとカントなら言うだろう
世界全体は因果律に支配されてるし同時に自由でもある
そのような背反する論証がどちらも正しく行える
カントのアンチノミーの第一は決定論だ
カントなら諌めるだろう
>>581 なんか実験的なソースがあって言ってるんスかね?
箱の中ですら検証出来ないってんならその通りだと思いますけどね
現在の科学力じゃ全く同条件と言っていい量子レベルの実験を行えないんですから
>>579 「破綻」とまで言えるのかどうか・・
このスレも、200スレッド近く使って、「因果律とは何か」も定かではないw
「未来」について、ヒトが得られる事実と呼べるものは、「無い」わけです。
ヒトによって得られた事実とは、全て過去。
「過去の事実」について、それらの間には辻褄が合ってなくてはならない。
(それが、真理なのか、ヒトの病なのか、私にはもう分からない。)
過去の事実について辻褄が合っていることを要求するなら
未来に起こるだろう事実についての辻褄についても合っていることもまた要求される、が
それはしかし、未来に起こることが「決まっている」ことを意味しない。
なんとなればですね
例えば、トランプでばば抜きをしてて、
誰かがジョーカーを持っていることは間違いない。
その条件の縛りはあって、そこに辻褄が合っている必要がある。
しかし、カードを引くときには、どのカードを引いてもいい。
その選択の自由はある。
どれがジョーカーだか分からないんだから、どれかを引くしかない。
ヒトが十分な情報を得ていないのだから、そこに偶然が介入する。
で、ここからが重要で、
じゃあ、物質が作動するときに、この物質の振る舞いの行方について、
それを決める条件は“実際には”十全に存在しているのか。
そんな保証は「無い」んです。
物質は常に作動しているが、その振る舞いを完全に決める情報など無い、
とするなら、物質の振る舞いについて、“偶然”なる、得たいの知れないものが
介入することを、排除する理由がないんです。
そして、事実として、そう考える方が妥当なんです。
なんせ、素粒子の振る舞いが、根元的に確率的だってんだから。
>>579 現実の観測解釈では宇宙の因果関係は有限の距離までしか到達できない。
何故なら宇宙が膨張しているからである。
つまり宇宙の形は粒子1つ単位の群で捉えるなら不定の数である。
確定した有限の値ではないということだ。
因果しえる世界の数が有限なのにその数が不定であれば世界の性質は
説明せずとも分かるだろう。
それらの観測解釈を否定するならば、独自の因果の解釈を説明する義務を負い
それが実体に合致するかも説明責任を負う。
>>579 彼は言うだけで説明できない。そして他人の説明には持論ではなく質問で答える。
>>582 宇宙規模で因果律を実験してみろや、ボケ
因果律を宇宙規模に拡大するバカが実験とかほざくな
「自分は実験しなくていいけど他の人は実験が必要」とでも思ってるのか?
「感性なき悟性は空虚である」というカント先生の偉い言葉がある
「感性」ってのは「感覚、知覚」のこと
因果律を感覚や知覚を超えて無限に拡大するような暴論は空虚だってことよ
それがなぜかはカント先生がやたら難解に書いてくれてるよ
カントの解説第二に行くか
カントはまた「悟性なき感性は盲目である」とも言ってる
「悟性」ってのは計算や論理、規則など「理詰めの道具」って考えるといい
理詰めの道具を使わないで、感覚だけを見ると今度は盲目になっちゃうよって話
で、カントを説明するのにヒュームは避けて通れないんだけど、そこをすっ飛ばすと
理詰めの道具を感覚や知覚の通用する範囲で適切に使用すれば知識を得られるってのがカント先生の話
理詰めの道具を感覚や知覚を無視して、それだけで進めると変な論ができちゃうよって話
で、世界が理詰めかどうかは分からない(確かめようがない)
けど、人間は理詰めでもって世界を認識するよ
ちゃんと使えばうまく機能するよ
ま、こんな話
急にレスが沢山付いてビビるわー
>>585 なるほど、あなたの言う非決定というのは現在から未来へ向けてのベクトルの話ですね
しかし、ご自身が仰っている様に現在から過去へのベクトルでの辻褄合わせを要求するなら
やはり未来から現在へ向かうベクトルでは辻褄が合って無ければならない(現在から未来、ではない)
現在の時点で決定されていなかったとしても、未来から振りかえって辻褄が合う現在しか要求出来ない
のであればそれはやはり決定されている(いた)ことと同義では?
仮に未来から現在へ向かうベクトルでの辻褄が合う道が複数あったとしたら
現在から過去へ向かうベクトルでも同じ事が言えるということにはなりませんか?
>>586 宇宙や世界そのものではなく、我々に因果が及ぶ範囲、での話に限定すればどうでしょう?
その中でも因果律はどこかで破綻するもんなんですかね?
>>589 それであなたはカント先生の言いつけを守るのであれば
この場ではスタンスや手法を否定するならともかく、具体的な事は何も言えないのではありませんかね?
>>581は明らかに具体的に物を仰ってますけど、それはダイジョウブなんですかね?
>>590 そうじゃないんです
例えばですね、歴史に「もし」はない、とか言われるわけですが、
「もし」を語ることはできるんです。
もし、関ヶ原の戦の前に家康が転んで死んでたなら
現在がこうではない可能性は、過去の時点では「あった」んです。
しかし、自然が振る舞った結果は起こる。そこに偶然は介入する。
その結果(=事実)の間の関係には、辻褄が合わなければならない。
家康が勝ったという事実と、江戸時代がある、という事実には
辻褄が合ってるんです。
>>590 大丈夫、決定論は何ら具体的じゃないから。
だって、「どのように決まっているか」については具体的には語らないだろ?
君も何一つ具体的に語れないだろ?
あと、カント先生は超越的なことは戒めたけど、
その限界を考察し語ることは「超越論的」と言って許したんだ
だから俺の文章はカント先生的にはオッケーなはず
あと、人を箱の中に入れて観察したら、その行動は決定論的になるよ
行動心理学とかあるからね
それが、箱の外との関連があるとどうなるかは分からない
けど、箱の中で観察していくと決定論的になる
これは世界が決定論なわけではなくて、
「外部を遮断して、ある一定条件下で、その他を除外して考える」という方法が決定論的だからだよ
>>591 んーすみませんがその例はよく分かりません。同じ事を言われて居る気にしかなりません
過去の時点では「あった」ということは現在からみれば「もう無い」ってことですよね?
これも同じ切り返しで非常に申し訳無いんですが、だったら
現在の時点では「あった」けれども未来からみれば「もう無い」ってことですよね?
いやま、上手く言葉に出来ないんですがあなたの論を採択すると我々の今居る現在が決定済みである
という根拠が無くなってしまう気がするんですよ。主観以外では
まあされてないのかも知れませんが
>>592 結論は具体的だけど過程が具体的じゃないからおk、とか超絶詭弁っスねぇ
>>594 許される理由がまた難解なんだわ
実践理性は理論理性より優位で、理論理性の限界を考えるのは実践理性の通じる範囲で適切でとか、ま、そんな感じでしょ
結局さ、無限に拡大することをしなければいいだけなんよ
ま、無限と戯れるのもありっちゃありだが
>>594 >過去の時点では「あった」ということは現在からみれば「もう無い」ってことですよね?
んーそうですね。
>現在の時点では「あった」けれども未来からみれば「もう無い」ってことですよね?
「あった」とすると過去になってしまうので
「可能性がある限りに於いてある」ってことですかね。
>我々の今居る現在が決定済みであるという根拠が無くなってしまう(主観以外では)
んー
その「現在」が決定されたものだとするなら、それは既に過去ですかね。
しかし言われることは分かりますよ
「では過去ではない、本当の現在とは、いかなることか」なんて問いは
昔から考えたりはするが、私なんかには荷が重い。もう無理かもしれん。
私の代わりに、貴方が潜ってみてください。
>>596 いやま、デカルト先生と同じ事をやるだけっすよ
「我ここに在るから我有り」ってね。強引ではあってもそうしないと話が進まない
現在を確定させる為に同じ事を未来側シフトして適用すれば結局のところ
未来永劫確定されてしまうんじゃないかってただそれだけなんですけどね
まあこんなところで結論が出る様な話じゃないのは分かってますがw
>>597 んーそうね
だが、貴方が「我いまこのように有る」ことから
貴方による過去の選択を排除できますか。
貴方による過去の選択に於いて、それは必然でしたか。
つまり、「突き詰めればその選択しかなかった」と断言できますか。
それが断言できないと認めて貰えるとして、
物質とか物理法則が、全てを寸分違わず決めている、とすることに
実際には根拠が無いのだ、
と、そこまで認めて貰えればいいです。
>>598 >貴方による過去の選択に於いて、それは必然でしたか。
すべては必然。
>つまり、「突き詰めればその選択しかなかった」と断言できますか。
断言できる。
>物質とか物理法則が、全てを寸分違わず決めている、とすることに
>実際には根拠が無いのだ
現在を現在たらしめているのが物理法則であって、
物理法則が全てを寸分違わず決めているのは自明。
>>598 逆に真に偶然に支配されている瞬間が果たしてあったか?
と、問われると微妙っスね
実際には必然で説明出来ない様な選択があったとしても
そこに必然性があると(つまり、納得出来る何かがあると)信じていなければ
自己を確立出来ないっていう根本的な問題はありますかね
決定論的に決定されいる、と言われるより得体の知れない偶然に支配されている(瞬間もある)
と言われた方が個人的には”気持ち悪い”んですよ
ま、これは感情論なんですけど。このテの話には重要なファクターでしょう?
あ、真っ当に質問に答えて置くと、そんな確たる根拠はありません
強いて言えば
>>597で語った通り、現在を確たるものとするには
未来永劫決定されなければならないロジックですか
そもそもこれは以下2つの強引な仮説の上に成り立っていますが
1、今我々が居る現在を確定したものとする
2、現在に当てはまるロジックが(確定されていないかもしれない)未来にも適用される
しかしこれは単純な疑問なんですが、この辺を疑う方々は
デカルト先生の「我思う故に我有り」をどの様に捉えているのでしょうか?
601 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 13:36:09.76 0
カントは、理性(理論理性)の限界を述べている。 そして、理論理性(主観)の外にあるものとして、
超越論的存在としての、「物自体」の存在を認めている。
>>601 個人的な感覚だけで物を言えば、カントのそれは単なる逃げっス
主観の外にあるものを主観に支配される我々がどうやって確立出来ようと言うのか
まあデカルト先生も大概強引っスけど。アレは前を向く為の最低限の必要悪と言えます
カントのそれは必要悪の重ね掛けっス
>>600 >デカルト先生の「我思う故に我有り」をどの様に捉えているのでしょうか?
個人的には
・「この思惟が(このように)あることを思惟は疑えない」として
心理的なものに解消しています。疑えないからといって存在するとは言えない。
デカルト先生は、思惟を実体だとしたので、もちろん私とは考えが違うでしょうね。
思惟に成立する論理は、ヒトに成立するがヒトのものではない。
「論理は主観に先立つ」てのが、今のところの持論。
604 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 13:52:45.93 0
「論理が主観に先立つ」と述べているいるけれども、「論理」とは「思考」であり、純粋な精神作用と
思う。 精神作用とは、主観そのものであり、結論として論理と主観は同義と解釈できると思う。
>>603 あれ?そういうもんなんだ
個人的には思惟すら十分に疑えますけどね
疑わない、と決定・定義したところにデカルトの偉大さ、強引さがあるのかと思ってましたが
そうしないと前へ進めないから
つうか、人の思惟って基本多重的じゃないですか?
「〜である」という思惟と同時に「〜では無い」という思惟があり、
常に背反しているものかと思ってたんですけど
ひょっとして俺は特殊な部類なんですかね?
つうか、主観が産みだした論理概念が主観より先に立つて言うのも理解に苦しみますが
これもそう設定しないと抄録さん的に前へ進めないからなんですかね?
世界を簡略化して自己に収まる範囲に縮小したい(=論理化)という欲求は
明らかに主観の産物ですよね?
606 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 14:49:35.61 0
にゃ
>>605 「である、と同時に、ではない」という思惟?
そいつは斬新なw
それはどういうことですかね?
つまり貴方は「青い赤」を思考できるってことですか?
*******************************
「主観が生み出した論理観念」
どうしてそんなことが断言できるんです?
思惟すらも疑える、と豪語する貴方が、なんと常識的な・・
論理をいつヒトが生み出したんです?
なんとなくそんな感じがするだけなんですよ。
「先立つ」とか「世界」とか「主観」とか
そういった概念に意味が成立するためには
その前に論理が無くては始まらない。
主観無しには、何も始まらない、なんて考えてる住人がここには多いですけど、
そんなことをしたら、人間がいなくなったら、何にも無くなってしまうじゃないですか。
デカルトは結局、論理を神に保証してもらうしかなかった。
思惟という実体は、孤立しているからです。
ここから神を消去するには、論理が先立つとするしかないんです。
主観が論理化を欲求したからといって、
何にもないところから論理が産まれるわけじゃあないですよ。
論理が先にあるから、それを探しているんです。
ヒトは自然を利用することしかできないんです。
608 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 15:03:20.50 0
環境に環境依存的的な反応の引き出しの集合体が無数に折り重なっているので意識みたいになってるけど、要は物質には意識がないってことではなくて、だれも自然を原子単位にバラす必要はなくて、ある程度集合的要素で成り立つことから始まっているから
609 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 15:07:50.00 0
物質から意識を組み立てるとどうしても論理をジャンプするしかないので、全体を仮定した後の役割としてのい意識ならば、この莫大な空間と年月を考えれば不可能でもないよね
要は我々の機能性って、再度、環境を構築するみたいな特性が与えられてるよね ここが大事じゃない?
610 :
傍観者:2012/11/10(土) 15:20:11.04 0
いや、論理はヒトが生み出したんだろ。
論理というが、論理の前にまず概念があって、その概念は人が生み出したもの。だから、穴(あいまいさ)があるものがほとんど。
概念同士が結びつくと論理が生じる。
論理を探すのは結構だが、つきつめていくと最初にそれを構成する個々の概念(単語)の話になり、結局それは先人が作ったもので穴があるということにいきあたる。
611 :
傍観者:2012/11/10(土) 15:24:50.19 0
先立つというけど、まるで普遍な何かがこの世にあるかのようないいぐさですね。
612 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 15:26:29.49 0
概念がない状態も概念でしか思い浮かべないとなると、穴に入ってる時は思考していないけど、全くの無なのかどうか希望的に思考以外の構成で存在していたいと思う
>>607 青い赤とまで器用にはいきませんが
今視覚で感じている赤を「赤いなあ」と感じると同時に「本当に赤か?」と懐疑することぐらいは
普通にしますよ。単純主観ですらそうなんですから複雑主観である思考だともっと顕著です
つうか、普通にしますよね?
「主観が生み出した論理観念」
っとこれは失敬俺の早合点でした。ヒトには遺伝子に組み込まれた本能がありますからね
確かにここに論理性が無いとは言えない。むしろ純粋な生存論理とでも言うべきロジックでしょう
表層にはなかなか上がってこないですけどね
俺が思うにはこれが基準となって通常我々が表層思考と呼ぶ論理的な代物が発生するわけじゃないですかね?
抄録さんがおっしゃってるのはこちらのことかと思っていました
さて、この生存論理を更に細分化して行っても良いのですが、恐らく訳が分からなくなるだけで
(多分、単なる物理になる。それは論理と呼べる代物か?)何の実入りも無さそうなので辞めておきます
>>610 その「概念に穴がある」って、どうして分かると思いますか?
つまりね、概念の曖昧さに気付くためには
思考を明晰にする必要があって、
そのときに論理を使うしかないんですよ。
そしてこれは与えられているんです。
貴方の言う「突き詰める」。そんなことができるのは
論理ありきなんですよ。
615 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 15:34:08.72 0
存在していないという存在の仕方は、火葬されても二酸化炭素レベルではいるわけで、そんなことよりも全くの無とはある意味素晴らしくないか、なぜなら皆は意識がない状態の擬似的なモノを思い浮かべるが、それって結局生きてて心臓は動いてるよね
つまり本当のワンウェイだけど、死に出会えるかわからないけど、周りとまずズレるわけだ
>>614 え?そんな経験ないの?
おれは深く単語の意味を考えるときによく遭遇するけどなあ。
あと、概念というとなんか哲学者が詭弁で好みそうだから、「単語の意味」という言い方に訂正します。
617 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 15:38:25.53 0
周りは死と認識する、自分は脳が破壊されたときの時間の概念はどうなるかな
一番最悪なのは、超巨大な静止画の前で静止状態にさせられてて、その絵画が変な絵だったら嫌だな ずっとそれを見なくちゃいけない
>>607 更に補足しておくと
論理回路なるものはいかなるものであれ「必要に迫られなければ」発生しない、ということです
情報(刺激でもいい)無くして回路は発生しない
事前にあるとすれば、単なる性質とでも呼ぶべき代物でしょう
と、愚考しますが如何か?
>>613 それはおかしいんですよ
正しくは「赤いなあ」と感じながら「赤くないなあ」と思考しなければばらない。
「本当に赤か?」なんてのは、『反省』なんです。
そんなことで貴方は、思惟の存在を疑える、なんて言ってるんですか?
***************************
遺伝子に組み込まれた本能とか
そんなものは、合理的な『状況説明』なんです。
論理ありきなんですよ。
論理というものが、ドロドロした感性とか情念から遠い感じがするために
なんだかこれが、脳が生み出した表層的な幻想のように思われているかもしれないですが、
「どろどろしている」ことが分かるためには、
それに対する「どろどろしていないもの」があるってことなんです。
620 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 15:45:27.65 0
問題は死が静止状態か否か 死が静止じょうたいなら何故宇宙でそんな空間を作りだすことが可能なのか
622 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 15:47:28.33 0
つうか時間あんのって俺らだけじゃん あと猫とか
623 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 15:53:51.91 0
あれ脳をフルで使うと余計情報的存在に近くなるっていうか自分がインターネットみたいになるよね
つーかそういう存在の仕方てあるよね
お前らにはわからんが
>>618 あのですね
「必要に迫られて論理が発生する」なんてのは
「必要に迫られれば、タイムマシンを作れる」と言うのと
同じくらいおかしな話なんですよ。
>>619 何故思惟を疑い得ることが無い貴方が正しい思惟の疑い方をご存じなのか?
俺に言わせれば「赤だ」と100%思考を埋めない時点で十分疑わしいと思えるのですが
結果論として言えば、赤だと思っていたものが夕日に照らされていた白だった場合もあるわけで
この疑い方自体が無意味だとは思えませんが
まさか、「本当に思惟の実在がどうこう」等と言いだすわけでは無いですよね?
626 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 15:57:10.30 0
つまり集合無意識インターネット一般意思2.0ネクストレベルニルヴァーナアインシュタインだよね
お前らにはわからんが!
>>624 じゃあ、微生物に光に向かって進む回路を得た個体が偶々発生し
結果的に回路を得なかった個体を淘汰して生き残った場合はおかしな理屈になるんでしょうか?
>>621 そうなの?普遍法則の話してるんかとおもた。じゃあ君がいってるのは鶏が先かで悩める哲学者の話か。
629 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 15:58:56.89 0
おれ本当の天才なんだよね
>>625 それは、貴方の言うような疑い方なら、私にだって(多分、誰でも)できる
ってことです。
「我思う故に我あり」を、貴方はそのレベルで理解しているんですか?
いま、ここに、このように疑っているこれが、何ものかであることを疑えない、
と、デカルトさんは言ってるんでしょう。
もうメンドクサイから俺も断言だけしておこう
論理というのは後付けなんです
結果的に世界に適合した性質群がそう呼ばれ、
場合によっては神格化されているだけで
弱い人間の心が生み出した幻想なんです
全く環境の異なる世界では異なる論理に支配され(ているかの様に見え)
我々の持つ論理等なんの意味も持たなくなるでしょうよ、と
もう・・w
>>630 あなた3年前の今日の晩御飯に何食べたか覚えてます?w
3年前が無理ならどこまでなら記憶してます?一昨日なら100%断言出来ますか?
果たしてその記憶は本物ですか?誰が保証しますか?
しかし、何とか数瞬前の自分の思考は最低限断言しないと話が前へ進まない
デカルトが疑問に思いつつあえて決定し・定義を行ったのはこの一点です
俺はこの点で偉大だと思っています。疑いを持ちつつ跳ね除けたのですから
単に数瞬前の自分の思考は疑えない、等と言ったのなら単なるアホです
>>627 それもですね、
「光に反応して動き出す」ってこと、そのものが
自然によって可能となっているからなんですよ。
その微生物が何も無いところから作りだしたんじゃあないんです。
自然の仕組みを利用できる構造が、特定の生物に成立したんです。
自然がそれを可能としないものは、成立しないんです。
>>634 ん?それと論理と何の関係性が?
ろん‐り【論理】(logic)
1、思考の形式・法則。また、思考の法則的なつながり。
2、実際に行われている推理の仕方。論証のすじみち。
3、比喩的に、事物間の法則的なつながり。「歴史的発展の―」
あなたが言ってる論理はどれですか?
>>633 ですから、三年前の記憶の確かさなんてのは、いつでも疑えるんですよ。
デカルトは、
思惟は、思惟する限りに於いて間違いなく存在するのだから
その思惟が、論理的に思惟する限りに於いて構成できる世界は、私にとって必ず真であり、
そしてそれが、他者にとっても真であることは、神によって保証されている、
という、ぎりぎりの構成なんです。ぬるい話じゃないんです。
>>636 だったら何時からなら疑えないわけ?神だのなんだの言っても所詮は都合の良い詭弁でしょうが
例え、当時がそれで良くても現代まで生き残った理由を考えてみなよ
>>635 貴方の微生物の話に合わせただけですよ。
**************
私の言う論理とは、1、2,3、全て当てはまりますよ。
論理とは、明晰な思考を支える何ものか、です。
>>638 微生物は明晰に思考して自然を利用する機構を搭載するんですか?w
それとも明晰に思考したのは自然側でしょうか?うーん、不思議
641 :
傍観者:2012/11/10(土) 16:37:06.20 0
抄録のつかう論理と自然の意味が不明。
私は論理の前にまず単語があり、その単語は人が作ったもので曖昧、という立ち位置だが、
抄録さんの「論理」は概念や単語が人によって生みだされる前にすでに存在しており、しかもそれは曖昧でないもの(つまり結局普遍の含意がある)、と言っているようだ。
抄録さんの「自然」はその論理と同じなのか、どこが違うのか、よくわかりません。
642 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 16:45:53.46 0
どうでもいいところの議論をぐるぐる回るのは死が怖いので直視できない
自然、つまり環境に含まれる論理そのものが生存する生命を選択したのだ
という結論だと、俺が最初に言った淘汰説と変わらないしなぁ
なんかきっと氏の中では完結し完成した論理があるに違いないよ。期待・大
644 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 16:51:21.90 0
死から発生した思考に飾りつけてもただ単にお前らの生存戦略であり
俺の言葉の意味すらわからないのであろう
お前らテンプレート軍団は一番哲学からほど遠い 自分で生み出そうよ
ていうか 責めて一回くらい死を見つめようよ
645 :
傍観者:2012/11/10(土) 16:51:34.25 0
>>585のちょっと前くらいまでレスを追っていきましたけど、
>>585で抄録氏が言っている内容も
重要です、
つまり、抄録氏は物事が完全に把握できない原因を、情報の欠如という考えで一括しているように見えます。
しかし、私は情報の欠如の場合ももちろんありましょうが、そうではない場合もあり、根本的には論理というもののあいまいさ、思考に使用する単語の意味の曖昧さがあると思いますね。
両者のどちらも、自然というか万物共通の実態を相手にしていてそれは完全には把握できないという点で似ていますけど、
両者で何が違うのかというと、抄録氏のはその把握できていない世界と、人間が把握している部分の、線引きをまったく行っていないということです。
結果、論理(おそらく普遍的な法則に似たような考えでしょう)という言葉の意味や使い方が非常に曖昧になってしまっているという弊害を引き起こしているのだと。
>>637 ですから、思惟している限りにおける“いまこの”思惟の存在は疑えない、ってことですよ。
>>639 いやですから、微生物が自らの欲求によって
その「回路」とやらを作ったんじゃあ、ないでしょ。
同様に、人間が欲求して論理を作ったんじゃあないですよ。
>>640 論理が思考するのではなく、論理によって思考するんです。
>>641 んー私もね、よく分からんのですよ。
論理が自然だとは思ってませんが。
普遍性があるとは思ってますかね。その普遍の範囲は分かりません。
なんとなればですね
日本人は、苦もなく習得した日本語を越えて、英語を使うこともできるんです。
これを習得するには、日本語⇔英語の間の関係を論理的に思考していると思うんです。
それって日本語で?それとも英語で?
そして、どうも日本語訳がしっくりこない、原文の内容を正確に示せない、
とかいう感覚も起こると思うんです。
それって、個々の言語の背景に、さらに根元的な何かがなければ成立しませんよね。
そんなわけで、私は「論理=言語」というのには疑問に思ってるんです。
>>645 ・・・・よく分からん。
どういうこったい?w
>抄録氏のはその把握できていない世界と、人間が把握している部分の、
>線引きをまったく行っていないということです。
この人間というのは、人間一般のことなんですかね?
把握している部分しか把握できないのだから、
把握できていない世界との線引きなど、できようはずがない。
しかし、そんな話ではないんですかね。
648 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 17:20:14.27 0
軍隊で最前線で戦ってる奴とここにいるカスなら 軍隊のほうがカス
>>646 よし、色々書こうと思った(実際書いたw)が止めた
端的に問いましょう。あなた人間が明晰に思考出来る能力はどの様にして宿ったとお考えですか?
出来れば単細胞生物レベルから、分からん部分は飛ばして貰っても構いません
650 :
傍観者:2012/11/10(土) 17:31:14.38 0
>>646 自然 | 論理(辞書的意味の論理)、単語
でいいと思いますがね
でも
自然 論理(根源的な何か)| 単語
または
自然 論理(根源的な何か)| 論理(辞書的意味の論理)、単語
なのでしょうか、でもそんなところでしょ、 抄録さんがとらえているのは。
これだと、まるでまだ完全にはわかってないが論理(根源的な何か)が必ず存在しており、それを追求できるみたいな風に聞こえますよ。
私のモデル(おそらく抄録さんと議論している方のも同じようなモデルでしょう)でも|の向こうにある自然を追求するのは自由にできますが、もともと計り知れないものですから手には負えないでしょう。
でも抄録さんのモデルだと、|の向こうに2つの概念が存在しています、しかもその一つは「論」理という、まるで人間が説明できるかのような名前のものです。それが奇妙ですね。
>>646の内容はわかりますが、ちょっとあるかないかもわからない(追求しても人が手にいれられるかどうかもわからない)ものを、他のいろんな議論の前提に据えてしまうのはいかがなものかと。
>>651 いや、別に真実のみを書けというわけじゃないっすよ
想像や仮定で構わないんです
それとも想像すらしていないのに、主観より論理が先にある、という結論はお持ちなんですか?
おかしくないっすか?人間限定の話っすかね?ならどっから人間と呼べるんですかね?
チンパンジーはダメなんすかね?
唐突ですが時間の無駄を悟りましたので俺はこれで失礼します
議論は俺の負けで構いません
>>650 んー
物理でも、計り知れないものを探求するわけです。
完成されてない(できるかどうかも分からない)わけですから。
その未だ説明できない領域、できるかどうか分からない領域を
「物」理と呼んではおかしいですか?
論理はですね、論理そのものを語ることはできないわけです。
語ること自体に論理を使用してしまうので。
しかし、明晰な思考が可能である、という事実によって、
それが存在することは示される、と考えているのです。
655 :
傍観者:2012/11/10(土) 17:46:37.38 0
まあ、しかしそれも
>普遍性があるとは思ってますかね。その普遍の範囲は分かりません。
の普遍の範囲にかかる事情なのでしょうかね。
その辺はこちらもちょっといいすぎたかもしれませんね。そういうのを信じるかどうかってのは私の指摘可能領域の範囲外ですから。
論拠に使われないかぎりでは問題ないとおもいます。
656 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 17:48:48.33 0
人間である限りそれは考えられないでしょう
だが君が死から出てきたことは間違えない
つまりちんちんの解像度、単純に上がってんですよ
論理形式はアプリオリ。
>>652 その進化論的な思考は、結局、論理ありきなんですよ。
分かっていただけますかね。。。
つまりですね、ヒトにあるのは、現在の主観とか認識だけなんです。
人間は、そのことをわきまえている(つもりな)んです。
そんな人間が、自分の生まれる前の文献とか遺跡、何億年も前の化石
そんなものから、歴史や進化を考えることができるのは、
そう考えることに辻褄が合っているからなんです。
論理によって、宇宙開闢からの歴史を構成している途中なんですよ。
この論理がなければ、進化論もくそも、私が生まれた由来すら分からないんです。
659 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 17:55:27.68 0
精妙なちんちん見ればわかると思うがどう見てもマンコにフィットするようになってますよね?
論理が先か普遍が先か 同時多発でしょそんなもんはこの宇宙では
最初にあらゆることが可能状態パラレルワールドそろそろ持ち出せよカス野郎
>>657 たぶんそこに気がつけない人は俗に言うところの肩の力が抜けてないのだと思う。
自分で風吹かせてたら、わかるものもわかれない。
意気込みとか勢いとか感情とか敵味方とか主義とか言ってる人達は、
言葉の建造物に肩入れしてしまっている。
触ったらいけないのに、手を付けてはいけないのに、手を付けてしまっている。
弛緩で意味が通らなかったら、
限りなく受け身の姿勢であっても能動的に認めることになる事柄。
661 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 17:58:17.95 0
宇宙は支配者と被支配者でファッキングしてんだよ
ようするに「何かを省いて」考えようとするから無理なのであって
「それも勘定に入れて」考えればよいのであった。
>>662 アバウトすぎて何言ってるのかわからない
664 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 18:08:05.99 0
インフォメーションのドッドの議論は時間の無駄
それよりもケタミンの話をしないか?
>>663 「一と多」を脱しないと分からないだろうね。
どうでもいいが「ぼくちゃんにはそれがわかりまちぇん」というのはなるべき避けるべき言葉。
>>665 その前にきみが…
まあいいやなんでもない
俺が悪かったよ
668 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 18:10:07.53 0
お前ら麻酔状態知らないから、想像力ないんだよ
>>658 > その進化論的な思考は、結局、論理ありきなんですよ。
お前の論理とは常に主観論の論理で自己完結なの、他者からみての論理じゃないの。
2chでまともな議論が成立すると思う方が間違ってる
こんなに酷いのは主観論ですらないよ
>>670 貴方にそのように分かるってことは、
私の話が論理的であるってことです。
だいたい、他者から見て、とか
いつまで神様目線なのか
675 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 18:53:23.02 0
アナロギアで見ていくとですね
チンチンとまんこはどう見たって 生と死なんですよ
つまり有が無をファッキングしてるわけですから
無は静止状態 つまり4次元は静止状態 つまり時間の余剰次元を考えるとめんどくさいんですよ
676 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 18:57:27.64 0
この世界は無数のフィルムがあるとしか思えない
放映してんのは一つ上の次元の奴らが遊んでるから ファイル切り取られるときは死ぬんだよ
677 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 19:03:30.72 0
なんでこう水の波紋みたいに抽象度の弱肉強食なのかは たぶん爆発と縮小のネバーエンディングエントロピーなんだよ
水の波紋だなんて公文特待生の人みたいな比喩だな。
679 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 19:12:24.47 0
だけど輪っか一つ外側に行くと抜群に思考の情報量上がるのなんでだろう
単純に勉強とかいらないぞマジで
脳というのは粘着質なうんこなんですお
脳みそにはつるみとつるめないという分岐点があるんですよ
つるめないと劣化します
682 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 19:16:41.97 0
そして人間はおそらく身体じゃないぞ
水とか空気とか音に近い
おれが全領域だmother fucker
683 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 19:20:03.33 0
粘着気質は農耕民族で、他人の目が神だからな
あれ高度経済成長と共に死んだんじゃなかったっけ?
リスク社会生き残れるのはこっちです
>宇宙や世界そのものではなく、我々に因果が及ぶ範囲、での話に限定すればどうでしょう?
因果が無限の距離でも通用しないのなら通用しない範囲ぎりぎりからの影響は
不確定要素となり神がサイコロを振るという意味に通じるとは思わないか?
>その中でも因果律はどこかで破綻するもんなんですかね?
因果律が正しく通じる範囲、特に狭い範囲では決定論のように量子などの
素粒子の領域までのそれぞれの関係は神がサイコロを振らない振る舞いを
するように観測されるとは思わないか?
つまり両方の条件が観測の仕方によって同時に成立する。
物事は捉え方によってどうにでもなるってことだ。
685 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 19:49:35.81 0
不確定要素
を限りなく確定要素に近づけて行ったら ていうか摩擦自体が存在しているのがつまり人間なので
t=0だと量子のようにどこへでも行けるし存在もしないのだよ
超適当だけど
>>685 人が認知できないから近似値が解だと思い込む。
人の成す論理など矛盾だらけ、歴史で修正の繰り返しだと気が付け。
687 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 20:56:58.72 0
気が付いたつもりなんだから、おめでたいよ
688 :
考える名無しさん:2012/11/10(土) 21:17:12.59 0
>636
デカルトの「思惟(思考)は、思惟する限りに於いては間違いなく存在する。」
>デカルトに於いての思惟とは、「私は考える(コギト)」の中に、考えること、疑うこと、判断すること、感じること等の、
「さまざまな思考作用(コギタチオネス)」を含めている。 だから、「思惟(思考)は、思惟する限りに於いて間違いなく存在する」と
言うのは、複数の思考作用の中の「感じること」に該当すると思う。 つまり、「方法序説」第二部の、方法的懐疑による「明証的な直観と、
これらを結合する必然的演繹(論理思考)と述べている思考手順で、この「感じること」が、明証的直観と思う。 そして、「その思惟が、論理的に
思惟する限り」とは、明証的直観思考の次ぎに行う「演繹的思考(論理思考)であると思う。
思うことが存在とイコールなんじゃなくて思うことを思うことしかできないということだろ。
>>689 建前の浅い論理思考はなんでも方程式にし無理やり進めて正しいとする。
少なくとも数学的幻想が示す妄想のほうがはるかに優れている。
692 :
あまの:2012/11/11(日) 00:36:20.03 P
意識があれば物質界も普遍的に見える論理もあるだろうよ。
ワンセットでこの世に登場するし、己の存在も必然的なものとしてね。
これは実体とは無関係な形式ですから。
この世に人間以外の知的生命があったとしても同じような感慨を抱くのではないか。
実体で意識を説明するのは頭の悪いやつの論理
近代哲学史を少し書く
デカルトがまず懐疑論を斥けようとした
その後、枚挙的帰納による知識の獲得を提唱した
懐疑論者のヒュームは、デカルトの超越論的実際論的起訴付けを受け入れた
(われおもうゆえにわれあり、は疑えない)
が、デカルトの枚挙的帰納には文句をつけた
「昨日起きたことが明日にも起きる」とか
「明日は昨日に似ている」とか
「今まで同じようなことが起きたから明日以降も同じことが起きる」とか
そういったことは疑える
これはどういうことかと言うと
われわれが理論的に語る類の知識には、その正しさに何ら根拠がない、ということだ
知識には二種類ある
感覚や体験としての知識と、理論的な知識
このうち前者を是としたが、後者は非とした
ただ、そのままでは生きていく上で不便なので
理論的な知識が正しい根拠はまったくないが、それらは思い込みとしてうまく機能しているとした
カントはこれにショックを受けた
そして先の構成説的知識観を提出した
理論的なものはその根拠を自然界には持たず、われわれの精神に由来する
が、われわれが知識を形成する中で、理論的なものと知覚的なものを融合させて、われわれは知識を獲得する
そのような仕組みで、われわれの理論的な営みは成立している
また、そのような理論的な営みは、人の行為について理性が思考する能力によって統制されている
このようにして、理論的な知覚を得ることができる、とした
何を言いたいかというと、
ヒュームの問題(帰納の問題)に焦点を当てたいってことだ
デカルトは、観察によって物理法則を基礎付けることができると考えた
(このスレで「わたしは物理法則を観察したことがある」と言う人は名乗り出てもらいたい)
が、われわれが観察できるものは常に「ある〜が・・・した」という個別なものでしかない
理論的なものは何一つ観察できない
ある体験、知覚、そういったものが正しいことは懐疑論者は疑わなかったが、
ある理論、法則、そういったものが正しいことは懐疑論者は疑った
この「ヒュームの問題」も哲学の世界に残る問題である
物理学者で哲学者でもあったエルンスト・マッハという人は、ヒュームが好きでカントが大嫌いだった
(マッハの相対原理に影響を受けてアインシュタインは相対性理論を書いている)
マッハは「実体としての粒子」なる概念にも否定的であり、(彼は観察できるものを何よりも第一に大事にしていた)
晩年のマッハは物理学者全員に反旗を翻した
「物理学者は観察されたことだけを語るべきであり、理論とか法則について語るべきではない」
(この時、アインシュタインと対談して、この師弟はケンカ別れしている)
このようなマッハの言葉には当時の物理学者は皆、反対した(ま、当然だろう)
晩年のマッハのトチ狂い方は置いとくにしても、初期マッハの考えはウィーン学団にも多大な影響を与え、論理実証主義の成立にも貢献している
ヒュームの態度を突き進めた時、ヒュームの問題にぶち当たり、晩年のマッハのようなことを言い出すのは論理的必然なのかもしれない
ヒュームの問題は、20世紀においてマッハの問題として再度、陽の目を見ることとなったわけだ
697 :
考える名無しさん:2012/11/11(日) 07:21:17.38 0
赤は赤と教育されなくても、赤と認識すれば生存に有利ならばそうする進化論的に
血が透明なら結構ヤバいわけですよ
698 :
考える名無しさん:2012/11/11(日) 07:25:22.49 0
概念と物理世界は一緒やろ
なんで別れてんの?
699 :
考える名無しさん:2012/11/11(日) 07:28:24.04 0
機能ありきだからこの世界は
機能的に一番優れてんのに感動する
つまりピカソだろ最前線は
・帰納は生存に有利だろうか?
昨日は明日に似ている
こう考えることが生存に有利だろうか?
ある木こりが木を切っていたらうさぎが飛び出して切り株に頭をぶつけて死んだ
木こりは次の日から切り株を守る仕事に切り替えた
原発は今まで事故を起こさなかった
だから、原発関係者はこれからも事故を起こさないだろうと考えられていた
ある心臓外科医は心臓手術を1000回成功させていた
彼は1001回目も成功することを信じて疑わなかった
産まれてから今まで、親に養ってもらってたニートがいた
彼はこれからも親に養ってもらえることを信じて疑わなかった
帰納は人間の心理として普通に成立する
人はそう思い込む
それは生存に有利な思い込みなのだろうか?
701 :
考える名無しさん:2012/11/11(日) 07:37:16.57 0
いや言ってることはわかるが
生存に不利なことも同時にやってしまうわけですよ
原爆作ったりとか
つまり同じ前頭葉で理性と宗教担当してるから、時に宗教が勝っちゃううんですよ
原爆は生存に有利だと考える奴がいるから作ってるわけで、それはお前の宗教の問題だろ。
実際に有利かどうかは置いといてな。
そもそも予測の実理ってのはもう理論的な思考を超えて本能的に定着してる機能だから。
熱いお湯に手を入れれば脊髄反射で引っ込める。引っ込めた手が何かにぶつかって千切れたらその局面では不利。
だが現在60億も人間が大量発生してるがみんなそういう機能を持ってる。それだけ。
もちろん今後もその機能が有効化は環境の変化による。
>>701 哲学者は「良い生き方」についても語ってますよ
カントは理論理論を統制するのは実践理性だと考えてました
つまり、道徳を基礎に置いてます
また、ラッセルもポパーも、当時の第二次対戦下において、「戦うか戦わないか」という問題について語ってます
「戦争は良くないことだが、戦争をしないことで起きる事態がさらに良くないことならば、戦争せざるを得ないのではないか」
このようなことを書いてます
われわれに「悪」と「最悪」しか選択の手段がないならば、「悪」の方を選ぶしかないのではないか
また、アメリカ人のロールズは「戦争において核を使用せざるを得ない事態はある。核の使用より回避せねばならないものはある」という態度をとってますが
「アメリカが日本に使用した核はその要件を満たしておらず、何ら正義にかなってない」とアメリカを批判しています
705 :
考える名無しさん:2012/11/11(日) 07:55:46.38 0
つまり人間はただの無数の条件反射
意識なんてどこにもない
ただのメタ地獄
丸めて言うと、人間なんて自然の単なる泡立ちだからね。
707 :
考える名無しさん:2012/11/11(日) 08:03:52.87 0
良心とはエゴにどれだけ忠実かという尺度である
そういう諸行無常感はどうでもいいのよ。
山があるから登山家は山を登るごとく疑問が沸くから理論立てるのが哲学。
整理すると、
まず、意識は物理現象を超えた何かであるという立場と物理現象であるという立場での争い
前者を共通認識にすると次に来るのは神学論争
後者を共通認識にすると物理現象に含まれる意識の限界はどこか。もしくは限界はあるか。
709 :
考える名無しさん:2012/11/11(日) 08:13:47.11 0
というかどうやってそこへアクセスするかじゃない?
集合無意識ハッキングする以外、手はあるんでしょうか?
お前じゃ無理だろ
>>700 しかし、帰納を否定するなら、福島第一原発が事故を起こしても
「だから他の原発も事故を起こす可能性があって危険だ」と考えることも
できなくなりませんか。
帰納法が絶対的な結論だなんて科学者は誰も言ってないけどな。
そもそも明日リンゴが下に落ちるか上に飛ぶかについてずっと考えてるのが面倒だから過去の経験にもとづいて帰納的に明日も下に落ちるだろうから考えてもしょうが無い。
となるだけ。
ただ、常識の罠にハマるとニュートンのように重力を理論建てて考える機会が失われてたりするのでそれが怖いねってだけ。
>>711 「福島の原発は事故を起こしたけど、この原発は事故を起こさない安全な原発だ」という考えは、エゴイスティックなんですよ
実際に事故を起こすかどうかは分かりません
事故を起こす可能性があるだけで、事故らないかもしれないよね
一つのポテチで食中毒が起きたからといって、同規格のポテチを食したら必ず食中毒が起きるわけじゃない
ただ、「あの人のは事故ったけど、僕のは安全だから」という態度は、自分を特別視している、自分にとって都合よくしているわけです
それはエゴイスティック(独善的)な態度であり、それゆえに理論理性ではなくて、実践理性がそぎ落とすわけです
お前は思い込みや常識に基づいて生活してるのにレアケースを出して思い込みをしたり顔で批判するのは違うんじゃねーのという話。
思い込み自体の実利を軽視してる。
意識は無限じゃない。時間や物質によって制限されるので思い込みは必要。
レアケースの扱いをどうするかとかは統計学的な技術論になるな。
>>714 ええ、実利があります
福島原発が事故ったのはレアケースです
しかし、「原発が安全だ」という思い込みには実利があります
だから、レアケースを取り上げて他の原発の危険性を訴える人は、彼らが生活している実利を目の当たりにしていない
まったくもってその通りですね
反論のしようがない
716 :
考える名無しさん:2012/11/11(日) 09:23:05.01 0
つまり政策かなんらかは天才にまかせるしかないわけですよ
そのための最適化であり、俺とかは逆にこのくだらないエゴトリップを終わらして、神が実現する文明きずきたいわけですよ
でも、その陰で損失を被っている人もいるでしょうね
もちろん彼らはレアケースでしかありませんが
レアケースを無視する人もいれば、逆にレアケースに着目する人もいる
レアケースを無視して実利があるなら、レアケースは黙殺されても仕方がないのかもしれないね
もうしばらくしたらお出かけするけど、
こういう話題にこそ出てくるべきだろ
大陸哲学や社会学連中は。
俺は内圧専門だから、外圧については分からないの。門外漢なのよ。
718 :
考える名無しさん:2012/11/11(日) 09:38:10.98 0
レアケースに着目する前に、このひと呼吸に多元宇宙が含まれていることをしれ
>>718 それは知りたくないね
あと、その話題への反論はデカルトにつながるけど、デカルトの話題はもういいだろ
知識の論理学(内圧)に関しては僕は好んで学んだけど
知識の社会学(外圧)に関してはいっさい読んでないんだ
マンハイム社会学とか科学社会学とかあるんだろ?名前しか知らないけど
そこらへんから語ってくれよ
俺は語れないんだよ
720 :
考える名無しさん:2012/11/11(日) 10:16:14.05 0
裸足で歩いた方いいよ
スニーカーはシナプス活性化されない
>>715 レアケースでも、これから一万年放射線だしつずけるリスクを、どう捉えるかでかわるだろう
>>720 へいへい
俺ぐらいだよ、このタイプの唯物論も理解してるのは
さ、そろそろ出かけるか
723 :
考える名無しさん:2012/11/11(日) 11:14:12.36 0
まあ無意識に近ずくほど、オカルトが増えるわけですよ
もうストーカーするのやめとけグリーンアリ。キモいぞ
725 :
考える名無しさん:2012/11/11(日) 12:08:43.69 O
ストーカー規制法て知ってるか?
グリーアイって頭いいな
727 :
考える名無しさん:2012/11/11(日) 14:15:22.60 0
グリーンアイ、ヘルス行き過ぎ
728 :
考える名無しさん:2012/11/11(日) 15:07:51.82 0
ちんちんってやたら死にかかわってるし、超自我の形成にも役立つし
唯一、この世とあの世を行き来できるブラックボックスだよね
つまり単なる生殖活動だけじゃないぞちんちんは 暇と退屈と論理学にも通じるが、
ちんちんを持て余すことができる つまりちんちんをフィロソフィーと呼ばないか?
729 :
考える名無しさん:2012/11/11(日) 15:19:38.75 O
ちんぽさらけ出して付き合うというわけだね
730 :
考える名無しさん:2012/11/11(日) 15:34:56.15 0
ちんぽさらけだして高等な哲学を語る
いいじゃないか
下手なこと言えなくなるぞ
731 :
考える名無しさん:2012/11/11(日) 15:37:31.82 0
まずエラソーなこと言う奴超減ると思うぞ
くだらん書き込み増えるのが玉に傷だけどな
733 :
し:2012/11/11(日) 15:49:47.08 O
オチンポさらけ出すしかねえんだよ結局最後は
考え方がホモくせえw
>>733 形而上学徒ないし制度の隷徒だと、そうかもなあ。
ある理論的枠組みが心理的に浸透しすぎると、オチンポーと叫ぶのもいいかもなあ。。
ホラホラ、そこの科学徒君、君も叫ぶかい?オチンポー
小学生スレ
737 :
考える名無しさん:2012/11/11(日) 16:28:12.97 0
神は陰部に宿る
738 :
考える名無しさん:2012/11/11(日) 16:35:49.04 0
国家レベルでふざけよう
超母性原理社会の果てに
ストレスフル
脳みそに部外者宣告されるレベルがつづくと
脳から酸がでます
しかしステマです
741 :
考える名無しさん:2012/11/11(日) 18:08:24.61 0
俺はお前はスルーして潜在まで行っちゃてるからコミニュケーション成り立たないけど
お前のプログラムはいじられてんだよね
早く潜って来いよ
俺の微分的認知回路の方が早いんだよ
>>535 存在とは何かと問うと部分であるがゆえに非対称性があるのだという答えに行き着くということでしょうか。
>>566 心的性質と物理的性質の違いは物の指し示す対象の違いとは違うのでしょうか。次元という言葉も何かを
指しているのでしょう。
>>576 >情報って何ですか。
置き換わり。
>「未来は決まっていない」
>なんの矛盾もない。
なぜ矛盾が無いと判定したのでしょう。
>>584 >このスレも、200スレッド近く使って、「因果律とは何か」も定かではないw
因果律は原因が結果を決定すること。
>>585 >それを決める条件は“実際には”十全に存在しているのか。
>そんな保証は「無い」んです。
では保証があるのは何でしょう。
>なんせ、素粒子の振る舞いが、根元的に確率的だってんだから。
根元的、根元的に確率的とは何でしょう。
>>742 「情報」とは「置き換わり」ですか
カラス君が定義すると、さらに意味不明になりますね。
貴方がいつも五月蠅く求める定義って、こんなのでいいんですか。
>>593 根拠不明。ちなみにもしその箱が無限大だとしたら?
>>700 帰納の内容が環境に適応しているかによるのではないでしょうか。
>>743 定義というほどでは無くても自分はこんな意味で使用したくらいのでいいです。
>>745 はー
つまり「認識とは、置き換わりを意味付けること」ですか。
貴方は、この文章を理解できるんですね。
そして他者にも理解できると思ってるんですね。
では他者にも理解できる認識と情報の定義をどうぞ。
>>747 いや私は、訊ねているんですよ。
貴方は、それで理解できてるんですね?
749 :
ウペ:2012/11/11(日) 21:42:07.76 0
認識とは、情報の意味づけであり、
情報が意味づけられることは、そららがそれ以上の、あるいは、それとはべつのなにかとして置き換わられることって感じ
と、いいたいんじゃないか。
なんだこりゃ、おいw
751 :
ウペ:2012/11/11(日) 21:50:17.90 0
あら、わかりまさん?この程度
認識とは
ものを感知、識別し、また判断、記憶する“意識の作用”。
>>749 置き換わったら、認識になるんですか。
よくわかりまさんw
>>749 認識の後も情報なのでそのとおりです。意味があると認められる情報を識別するのです。
認識も情報が置き換わられるのです。
>>753 「情報」の定義が「置き換わり」で、
「認識は情報が“置き換わられる”」ですか
つまり認識とは「置き換わりが置き換わられる」
どこまで置き換えたら認識になるんですかね。
756 :
ウペ:2012/11/11(日) 22:11:02.49 0
>>752 まあ、あなたの認識に対するとらえかたはいったんたなにあげ、カラスさんの、''定義にあらざるこんな意味合い''みると、
例えば、
それは猫だ(1)
と認識したとすると、
「それ」たる情報の評価項が、評価以前の値からが「猫」に置き換わり、それ、つまり、猫として意味づけられる
という意味合いかなあ。本人に聞かないとわからないが。
あれは豹だな
いや、あれは猫さ
この場合は、豹から猫に置き換わっている
あれはなんだろう?
あれは猫だな
これは形式上の未定項が猫に置き換わっている。
ま、俺自身が置き換わり、意味づけ論にたつわけじゃないし、
上のカラス発言への解釈は、可能なひとつをさしあたり出しただけで、他の解釈も可能さ。
意識とは
われわれの内部で、あるいは外部で起こることについての直観(広義の『意識』)
「意識を一般的に定義することは不可能である」:(ハミルトン)←誰?w
>>755 認識は等値の置き換わりでは無く取捨と変換がある置き換えです。
759 :
あまの:2012/11/11(日) 22:16:32.39 P
>>533>>577 こういう枠組みで語らないと、意識されるものたちの羅列やそれらを整理したり、
何故か実体を持ち出してみたりとか、することで意識を延々と説明しようとすることにになっちゃうわけだよ。
時間や空間や因果律に、煙幕のように視界を遮られながらね。
でも、そっちのほうがスレが実際盛り上がるから良いわけだけどね。
760 :
あまの:2012/11/11(日) 22:22:29.58 P
>>756 ん〜?
「それ」→「猫」へ
評価項が評価以前の“値”から「猫」に置き換わる?
それが認識ですか
X=
に何かが入れば“認識”ってことですかね。
頭の中のどこを探せば、その評価項とやらがあるんですか。
外界からの刺激を感覚器で受け取った瞬間にも取捨と変換はあるけどね
感覚器からの信号を脳で処理する段階にもやはりあるって、そういうことだろ?
>>758 ですから、どこまで取捨と変換をすれば認識になるんですか。
いくら情報処理したって、
哲学的(≒一般的)な意味に於ける「認識」になんか、ならないんですよ。
記号は記号でしかないんだから。
物理的な暗号が脳内に散らばっているとして、
それがどうして認識になりますか。
765 :
あまの:2012/11/11(日) 22:34:03.72 P
ネコという表象が意識に現れる「時に」どうじにその表象が時空に客観化されたものが
脳髄内の相互反応なんだよ。
意識にとって見れば、猫の表象と客観化された認識である脳髄を二重に見せ付けられているわけだ。
>>756 スマホだとメンドイのでpcにした。
さっきはかなりはしょったが、
「あのミニスカート女は好き者だ」という認識が成立するにあたって
そもそも、「あのミニスカート女」たることがすでに評価の結果であり、
それにたいして、さらに「あの女」への評価として、「好き者」と
評価されているわけだが、
そこで、さきの意味づけと置き換わりは
What is that?
itis (a/the//)X.
たる問いのをぞけば、2重系列の置き換えが行われている。
なんか広さんみたくなってきたな。
ま、いいか。
で、その置き換え、ここではミニスカートの女とか、好き者・・
なるモノは、評価時点では、意識の内にある分類可能な所知態としてあるんだろな。
あ、これはカラス発言の解釈としては確認なしでいきすぎだな
やめる
767 :
あまの:2012/11/11(日) 22:36:38.94 P
だからあ、我々は、ネコという表象の意味と、脳髄の物性的な出来事を
別個に(お互いに随伴しているが)扱えばいいんだよ。
>>756 「あれ」や「それ」が認識前の情報を指していて、そのようなことだと考えています。
>>757 定義というほどでなくても自分はこんな意味で書いたというくらいでも十分です。
>>763 意味付けられるまでです。
>>767 そのとおりだよ
しかし向こうが歪曲してきたんだから
乗っかれ
>>769 歪曲してるのは本来的な意味では
>>767でしょ
そうしないと当座の処理出来ないんだから仕方無いけどさ
771 :
ウペ:2012/11/11(日) 22:41:13.24 0
さて、
> 認識とは
> ものを感知、識別し、また判断、記憶する“意識の作用”。
ですが、ここでいう、感知は、たぶん存在の感知という意味合いでしょうか。
つぎの、識別・判断ですが、ここが、カラス発想の「置き換えに基づく意味づけ」に
対応するところでしょう。
識別するとはどういうことか?
判断するとはどういうことか?
印象としては、識別するとは、先の言い方で言うと、分類可能な所知の値として
772 :
あまの:2012/11/11(日) 22:41:38.57 P
別の喩えをすると、ネコの表象が時空に投射されたものがそのときの脳髄なんだよ。
>>768 >定義というほどでなくても自分はこんな意味で書いたというくらいでも十分です。
それなら、「定義をどうぞ」とか、今後言わないでもらえますかね。
>意味付けられるまでです
「親方ぁ、いつまで掘るんですかぃ」
「お宝が出てくるまでよ」
「あるんですかぃ、ここに?」
「いや、知らん」
「へぇえ??」
情報の置換、変換によって、認識となることは、確かなんでしょうね?
775 :
あまの:2012/11/11(日) 22:54:04.18 P
面倒くせえ。
ネコの表象が現れた状態の我々の意識「全体」が時空に客観化されている
我々の脳髄だ。
776 :
あまの:2012/11/11(日) 22:55:57.66 P
ネコの表象が現れた状態の我々の意識「全体」が時空に客観化されている
「物体」が我々の脳髄だ。
777 :
ウペ:2012/11/11(日) 22:56:51.70 0
>>771 切れた・・
・・・所知の値として絞り込む営みなのでしょうか。
識別とはさしあたり区別される判断するとは、
うーん、無理に対比させると・・・
それを、それまでカテゴリーAのなにかとしてとらえていたのを、
カテゴリーAではない、たのカテゴリーそのものを新たにとらえる
てなときは、いかにも判断だな
おおげさにいえば、たとえば、コペルニクス的転回のようなことだな、
それがなんなのか?にたいして、所知の値を探すのではなくm、
それををある型の値としてとらえうる、その型自体を模索するとき、
なれなんか非識別てきな判断だな
ちなみに、カテゴリーとのべたり分類可能な所与知とかいってるが、
それらは単純なたとえば、ほ乳類の分類図といったものではなく、
それらが分類を絞る込むに当たって、起動される機能が備わっているような
動的カテゴリーの意味で言ってます
うーむ、わかりにくい表現だな 我ながら
>>773 >>定義というほどでなくても自分はこんな意味で書いたというくらいでも十分です。
>
>それなら、「定義をどうぞ」とか、今後言わないでもらえますかね。
実は定義はどんな意味かということで同じなのですがね。だから定義でいいのです。
>情報の置換、変換によって、認識となることは、確かなんでしょうね?
そのように定義しているから。
779 :
ウペ:2012/11/11(日) 22:58:10.68 0
>>772 いかになんでも、これに反応することはないでしょ。抄録さん
780 :
あまの:2012/11/11(日) 23:02:44.49 P
一人だけ別のことを言っていたのは悪かったけど。
>>779これは無礼だな。
スルースキルというものが無いのかね。
781 :
あまの:2012/11/11(日) 23:04:55.23 P
認知科学のほうが上等だとは思ってないしね。
>>778 言葉の定義ぐらい、自分で辞書を引いてくださいよ。
>そのように定義しているから。
タイムマシンとは:過去や未来の時間の中へ人間をつれてゆく機械
さあw、タイムマシンを定義したから、過去へ行けるぞおぉ
さっすがカラス先生、いっつも冴えてるねえ
783 :
あまの:2012/11/11(日) 23:07:02.92 P
会話の流れを気遣っているからこそ、おれはレスアンカーを付けないんだが、
そういうのもわからないとかどうよ。
785 :
ウペ:2012/11/11(日) 23:08:57.23 0
>>778 定義しているからそれでいい?
ウーム、それを言い出すと、
宣言即世界なり になっちまうがなあ
定義なんてモノを哲学徒たるものそうそう安易にすべきじゃないだろうと思う。
さしあたりのアイデアなり感覚なりから検討を重ね、その過程でしばしば当初のの
とらえが破棄されたり条件化されたりしながら
そろそろ、いっぱいいっぱいになってきたぞ・・うーむ ちょいと、暫定的な定義ごときものをつくってみるか・・整理だ、整理、今までの・・
てなところだろう。
まず、定義してから考察するなんてのは、かなりガキみたいなやりかたじゃないのか?
定義するというのは、捨てて空想物を作ります!という意味に近いからな
ま、異論が多そうだが・・・
さしあたりの方法的な規定(現在から次にむけて考察を開始しえるていどの規定)から、はじめるのが、よかんべ。
その規定なんぞ、そのうち修正、破棄されてなんぼだ。
好き勝手な定義で話始めるクズが居るから念のため訊くのは正しい
問題は訊いても無駄ってこと
>>784 >意味不明。
784に良いこと書いておられるから、読むといいですよ。
定義したから実現するわけではないですよね。
>>786 説明しても徒労ですが。
失礼w、784ではなく、785さん
>>785 修正、洗練されていくのはあります。
定義を尋ねるのはそのレス時点でどんな意味で書いたのだろうかくらいのことです。
ほらな
この2レスだけ見ても相手に何かを伝える能力が決定的に欠けているのが分かるでしょう
>>784 >根元的、根元的に確率的とは何でしょう。
カラスさん、貴方、昨日今日の住人ではないでしょ。
量子力学の確率解釈なんて、このスレで何度も出てきたではないですか。
>>790 伝わらないのは、君にだけなんじゃないの?
>>791 そうでしたね。単なる観測問題という話になったのでしたね。
そう思ってるのはあんただけかも知れんよ
また、仮に相手が分かったと思っていても正確には伝わっていない可能性もある
正しく伝える努力を否定するなら掲示板への書き込みは止めるべき
>>795 君を相手に議論しているのではないので
伝わらなくても問題ありません。
私は誠意には誠意で応えます。
ふざけた奴には、それなりです。
>>797 忘れたのに、貴方の中では、「そういう話」になっているんですね。
それなら、貴方は「そういう人だ」ってことにしますけど、いいですね。
>>1?機械さん?
あのネタみたいなテンプレが、貴方にとっては、このスレの総意なんですね。
799 :
ウペ:2012/11/11(日) 23:42:48.95 0
「正確に伝える」かあ
まあ、伝えようとする人が、そもそも
伝えたい内容が実は揺れてあいまい・・
てなことが多いけどな・・・
たかだかの限定された記述で
正確に伝わるってのはほとんど無理だろうなあ
その記述の背景にありうる諸構造があまりの多様でありうるからなあ
ま、さしあたり次に話を進めて良い程度の記号上での合意がえられれば
いいんやないかい?
ある言明者が「それ、意味ちゃうよ。誤解やで」と、評価に異論があるなら、
「あらら、そう?ん?どこが?」とやりゃよかろ。
周りで見てる人が、「アララ ウインナーコーヒー状態やな・・・」と思ったとして、
当事者がウインナーでやっていられる間は、ま、傍観するか、その旨指摘するかは
勝手にせいや・・てなもんは三度笠
「よくわからん」と言われたら、もちょい、詳しくはなしゃよかんべえ
発言者は、ある聴衆を想定している場合が多いからな、だれにもでわかりやすい、正確に伝わりそうな、
言い方なんてなかなかむずい。
いま、俺は、だれを想定してるんだろう?
ウフフ エヘヘ
800 :
あまの:2012/11/11(日) 23:48:00.08 P
なんというか、当たり前のことを長々と引き伸ばして書くってのも何なんだろうね。
自分語りなんだろうね。
一行くらいの内容なんだからさ。
>>798 そうですね。単なる観測問題という話でいいですね。
802 :
あまの:2012/11/11(日) 23:49:57.07 P
突っ込まれないための言い訳と自分語りが混ざった文ほど苦痛なものは
なかなか無いぞ。
803 :
ウペ:2012/11/11(日) 23:55:07.65 0
>>789 はい、了解
「修正、破棄の可能性を排除しない、こんな意味あい」ていどの意味・・カラスさんが定義という場合は、
そういう意味合いとして受け取ります。
>>801 私はそんな話に同意した覚えはありません。
理由は何度か申し上げたはず。
貴方にそんな記憶が無いということは、何度言っても同じでしょう。
貴方はそういう人だということで。
>>796 ここは一応公共の場なんですがね
まあ前スレのラストを見ればあんたが「そういう人だ」ってことはよく分かりますけど
誠意ってのは相手に伝わってこそ誠意なんですよ
確率とは何でしょう。
以前書いたかと思いますが、サイコロを振って結果が確率的になるというのは、サイコロを振るという原因は
複数の原因の集まりを指しています。1の目が出る場合は1の目が出る原因があったということです。
6分の1という確率はサイコロを振るという複数の原因のうちに対象の分布としてすでに含まれているということです。
>>805 貴方に誠意を伝える必要を感じませんので
私の誠意が貴方に伝わらないのは当然です。
前スレのラストとか、何のことか要領を得ませんが・・んー。
ちなみにこの194スレッドを立てたのは私です。
もう四年以上、ここに住んでますが、自分で立てたのは初めてです。
これで誠意を示したことにでもしておいてください。
>>806 情報とは、人間の認識の全体であり、モノと情報の二通りの世界があって、
1/6の確率は、情報量として、人間に捉えられる情報であり、出た目は
因果的に遡及できる。
>>808 ああ、道理で前スレへのリンクも貼らないクソみたいなスレ立てなんですね
あんたは2ちゃんにカキコする前に後10年ぐらいROMった方が良いです
人間には結果と確率しかわからないので、その因果を知ることができないことが、
確率の場合の認識だ。だから、人間の認識を超えた因果が、確率的因果であり、
その結果として人間は世界より頭が悪い。
>>808 スレ立て乙です。
今回は立てられなかった
というかスレ立てくらいで誠意とか何なのw
>>809 情報と物質の二元論でしょうか。
>>810 ああ、そりゃごめんなさい
もう立てませんよ
貴方もROMってもらえるぐらいの内容を
早く書き込めるようになるといいですね。
>>812 ああ、それはね
最後を私が勢いで埋めてしまったのでね
俺が立てないとまずいかなと思ってよ
しかし、モノの世界には確率は含まれていないので、人間独自の認識可能な
情報が確率であり、モノの世界を統べる者が神なら、神はまさにサイコロを振らない。
816 :
ウペ:2012/11/12(月) 00:15:50.85 0
>>806 その考え方は、たくさんふっていくと、出る目の数の確率が1/6に近づいていく・・
という現象を説明してないけどな。
ま、いわんとすることはわかるが、問題は、そういう諸原因のすべてを把握できないとして、
確率に頼るわけだなあ
あと、サイコロを振るのは一因であっても原因とするのはむずい。諸原因は、投げられた後からの
厳密に言えば、流動する直接因子の値に応じて決定されるだろう。
が、その値を事前に決定、計算できない。
さて、どうして1/6に近づくのか? そして、極限値の正体は?
817 :
ウペ:2012/11/12(月) 00:17:47.61 0
>>807 これはまずい。
すでに含まれている?
おいおい
じゃ、こうきくか?
どうして、すでに含まれちゃうの?
>>812 二元論を確立するつもりはなくて、世界と人間の認識の関わり方について考えたつもり。
結局、情報というトピックを立てて二元論に収斂させると、人間の認識の多様性を損なっ
てしまうと思うから。
>>815 アブサロムさん、その思考を転覆させて欲しい。
モノは莫大な確率の集まりなんですよ
>>814 次スレが立ってないのに意図的に埋めたとか確信的な荒らしかよw
4年も居て作法を知らない・知る気が無いなら失せろクズ
821 :
あまの:2012/11/12(月) 00:23:26.92 P
あえて言おう、確立とか「純粋」な数学的概念だから、実質的な含蓄は無い。
科学に奉仕する際、近似値を出すのに有効な概念というだけ。
もちろんこの世界に純粋な確率論による現象など無い。
822 :
あまの:2012/11/12(月) 00:25:01.29 P
>>819 莫大な確率とは、枚挙できるでしょうか。それとも、モノには何か複雑に絡み合った
様相があるのでしょうか。
>>820 作法がどうとか言いながら、失せろクズとか
どこか欲求不満なんでしょうかね
貴方、コテに悪態つくだけの存在なんでしょ?
いなくなっても気が付きませんけどね
>>816 >ま、いわんとすることはわかるが、問題は、そういう諸原因のすべてを把握できないとして、
>確率に頼るわけだなあ
把握というかサイコロを振るという言葉がサイコロを振るという一因をまずは指していますね。
>あと、サイコロを振るのは一因であっても原因とするのはむずい。諸原因は、投げられた後からの
>厳密に言えば、流動する直接因子の値に応じて決定されるだろう。
そうですね。それも含めて原因になります。固定の条件と可変の原因が複合していてサイコロを振るという
言葉が示す対象に複数含まれています。
>が、その値を事前に決定、計算できない。
>さて、どうして1/6に近づくのか? そして、極限値の正体は?
原因から結果を追っていくと目が出るというだけであり、それぞれの結果になる原因が6分の1づつ含まれていた
ということなのでしょう。
>>824 お前と同じだよ。誠意の無い相手にはそれなりの対応がある
何の矛盾も無いな
827 :
あまの:2012/11/12(月) 00:36:46.59 P
確立の実質的な含蓄とかさ、「等間隔に仕切られた時間ないし空間に何か指標がなければ
見分けがつかない」くらいの実質的意味ないよね。
時間や空間は主観的な認識形式なのでなんの内容も無い。
>>823 枚挙できません。
そのうち私も、もっと正確に語れることがあると思うんですが、
簡単に言えばですね、
剥きだしの「確率そのもの」が存在しているってことです。
829 :
あまの:2012/11/12(月) 00:40:37.22 P
視点を物質界と意識の間でうろうろ移動させてたら、いろんな事は言えるけどね。
ちょっとじっとして物事を見たらどうだい?
830 :
あまの:2012/11/12(月) 00:43:38.73 P
>>828 それ、純粋な数学や、純粋な数が実在してるってことだよ抄録氏。
>>828 確率=因果というところまで、人間の認識原理を引っ張ることは出来ると思います。
それはすなわち、確率の登場するところにしか、因果関係を持ち出す必然性も
なければ、因果は確率で描かれる以外のところには存在しないということだと
思います。
しかし、剥きだしの「確率そのもの」というのは、ちょっとわかりません。
832 :
あまの:2012/11/12(月) 00:45:07.75 P
>>827 確立の含蓄ってもうこれくらいでしょ。
いま考えたレスだけど。
これに反対する人いるの?
>>826 前も言いましたけど、
抄録をNGにすればいいのに
でもしないんでしょ
はは
>>833 NGにしても俺を含め無辜の住人に迷惑が掛かることに違いは無いだろ?
勝手にスレ埋めたりスレ立てがクソだったりな、ははは
NGにして解決すんのは荒らしの対象がそのスレに無関係なカキコを繰り返す場合のみ、
なんだよね。やっぱりあんたは考えが足りないね
835 :
ウペ:2012/11/12(月) 00:51:45.07 0
>>825 1/6に近づいてしまう、ないし、近づける・・については、
どうも、「よくわからないが、そうなってまう原因があるのさ」
で終わらせちゃうのかなあ。
「それぞれの結果になる原因が6分の1づつ含まれている」?
振ってみる前に、あなたはそれを知ってるの?どうして?
1/6というのはどこからでてきたの?
1/3でもなく、1/8でもなく、それぞれの目がでる確率が異なるでもなく
原因から結果を追っていくと目が出るだけ・・なら、
別に確率が1/6じゃなくてもいいじゃない?
でも、1/6になるなんか原因があるの? それはどんな原因なんだろう。
これは目によって異なる確率になるとは考えにくい・・というのをはさんで、
すると、1/6になるなあ・に至る考察なんだろうなあ。
どうして、目によって異なる確率になるとはおもいにくいのか?
だって、振られるサイコロって、十分近似的に均質な正方形とみなすからあ
各面は等質であると仮定できる程度の差異しかふくまんとして、
各面に差異がないのに結果に差異が生まれると考えるより、
差異がなければ結果にも差異が生まれないと考えたほうがよかんべ
で、やってみると、おー、1/6にちかづいていくやんけ
でも、大概いくらやってもきっちり1/6にならない
なのに1/6?どして?
836 :
あまの:2012/11/12(月) 00:55:07.61 P
おいおいおい。
マジか?
837 :
あまの:2012/11/12(月) 00:57:07.87 P
>>835 それで、なんのバイアスも無い状態だと思ってるの?
え?怖いぞ。おまえの頭脳が。
大丈夫か?
>>830 そりゃもう、私は論理が実在するって言っちゃうドンキホーテですから
純粋な数も有るだろうさ。
>>831 形相と質料とか、ありますよね。
これを、場(地点)と形相しかない、ってことにするんです。
モノってのは、特性の強度が集まっただけなんです。もうモノ的じゃないんです。
モノを分けていくと、最後に無反応な粘度(質料)の粒子が残るわけでは「ない」ってことにして
さて、この特性を記述するにあたって、その量を実数でなく、複素数で計算するんです。
そして、その結果としての複素数を実際の「この世界」の何ものかに引き戻すにあたって
その複素数(a+bi)と、共益な複素数(a-bi)を掛け合わせると、
粒子(として仮想される何ものか)が、そこに存在する確率である、と解釈すれば
様々な現象の説明が上手くいく、ってことなんです。
で、一端、確率にしてしまえば、その後は統計的に処理できてしまう。
それは、莫大な数のサイコロを転がすのと本質的には同じようにできる。
ごめんなさい、適当で。もっと勉強しますわ。
839 :
ウペ:2012/11/12(月) 01:10:14.44 0
>>838 なにかひとつでいいから、
「その複素数(a+bi)と、共益な複素数(a-bi)を掛け合わせると、
粒子(として仮想される何ものか)が、そこに存在する確率である、と解釈すれば
様々な現象の説明が上手くいく」
例となる「現象」をあげてほしいなあ。
ちなみに俺は数の実在だとか論理の実在なんて考え方は、
ただの形而上学的幻想だとおもってるけど、ま、それはおいておいてと。
840 :
あまの:2012/11/12(月) 01:10:26.89 P
>>838 これは果てしなく「正しい」ですよ、あなたの言ってることは。
果てしなく正しすぎて、なんか違うんですよwww
>>835 6分の1というのは例としてあげただけです。3分の1でもいいのです。
>>838 では根元的に確率的とは何でしょう。
842 :
ウペ:2012/11/12(月) 01:12:46.52 0
>>838 ちなみに、さしあたり了解
「モノってのは、特性の強度が集まっただけなんです。もうモノ的じゃないんです。
モノを分けていくと、最後に無反応な粘度(質料)の粒子が残るわけでは「ない」ってことにして」
843 :
ウペ:2012/11/12(月) 01:13:43.35 0
844 :
あまの:2012/11/12(月) 01:13:52.40 P
>>835 もう絶対重心が中心からずれてるから。
この立方体は対称性がないです。
>>841 未来を予測出来ない様を過去の統計で数値化した様
低次の知性の幻想、つまり神と一緒
846 :
ウペ:2012/11/12(月) 01:17:55.62 0
>>834 さっきから貴方の相手をしてるのは、私だけですよ。
だーれも貴方のことなんか気にしない。
私がいないときの悪態の標的は、グリーアンさん?ゲームさん?
コテハンの周りをうろうろと、よだれ垂らしながら徘徊してるんだ。
私がいることに文句を言ってるのは、いまのところ貴方だけではないの?
貴方が面白くなくても、面白いと思っている人の方が多いかもしれませんよ。
貴方、自分こそ「迷惑」だと思ったことないですか。
無辜の住人とか、ギャグで言ってるんですか?自治でもしてるつもり?
ありがためいわく、というか、ひたすら迷惑なんじゃないの。
>>846 じゃあ統計に拠らない確率って何さ?
確率を求めるのもその結果を確かめるにも統計に頼るしか無いと思うんだけど
>>847 信じる信じないは勝手だが、俺はあんたにしか噛み付いてないよ
作法を弁えない、指摘されても謝罪も無い、反省も無いからクズ野郎と断じるだけ
そりゃグリーアンだかノウだかゲームやらカラスも大概珍妙だと思うことはあるが
クズとは思わんし、珍妙さを理由に消えろとは思わない
850 :
あまの:2012/11/12(月) 01:31:41.62 P
グリーアン氏とノウ氏は別人だったんだ。
851 :
あまの:2012/11/12(月) 01:32:52.40 P
あ、同一人物だね。
>>849 なら貴方もコテ付けて喧嘩しましょうよ
それぐらいできるでしょう
そうでないと、指摘とか謝罪とか反省とか
何のことだか分からないじゃない。
名無しでないと、私をクズ呼ばわりできませんか。
できるでしょう。それだけ自分を正当化してるんだから。
>>852 はぁ?何でそうなる?
お前さんひょっとして埋まる前に次スレ立てたり
スレ立てる時に前スレのリンク貼る作法の意味がまだ分かってないの?
誰が言ったとか関係無いだろ
854 :
ネム:2012/11/12(月) 01:42:27.06 0
どうやら少しは立体的に読めるようになってきたかw
855 :
考える名無しさん:2012/11/12(月) 01:42:49.17 0
これはBBA同士だな
だから、それはそれでしょ。
あなた、スレ主ですか?ちがうでしょ
スレ主でもない、一介の住人の貴方が、
どうして決定論スレの自治会長よろしく作法とか言ってるんです?
前スレを最後に埋めたのは、私じゃないですよ
まだ何レス分か残ってたのに、べたべた埋められちゃって
ひょっとしてあれ、「貴方じゃないの?
今のところ、私に文句があるのは、貴方だけっぽい。
いつもいがみ合ってるカラスくんに「スレ立て乙」なんて言われましたよ。
コテハンつけなよ
言いたいことがあるなら、堂々と文句言えばいい
ネム氏、頼むぞ
ワシはもう寝る
>>856 それはそれって何だよ?サッパリ意味が分からんね
2ちゃんの流儀守らない輩にその事を指摘するのにスレ主もクソもあるかい
>>858 2chの流儀って、何様よ、あんた
貴方が何しにここにいるか、さっぱり分からんね。
俺に噛み付く以外、なーんも中身なし。
「守るべき作法」とかテンプレにでも乗せて
自分でスレ立てれば?
貴方、ここが賑やかだからいるだけでしょ
まあ、私もそうだけど、賑やかしに一役買ってるつもりもあるわけだね。
>>859 うんうん、つまり自分の非を認めたくなくて
俺の人格攻撃したいだけなんですね、分かります
やっぱ正真正銘のクズ野郎ですな
>>860 いや、指摘されて、非を認めれば
いつでも、ごめんなさい、って言いますよ、私は。
ずっとそうしてきたつもりだけど。
なにかしら鬱積してるんだよね、きっと
それを解消するのも2chの役目だね
クズと罵ることで、自分を貶めてるわけだけど
いいよ、好きにすれば
ああでも、前スレ最後に埋めたのは
やっぱりこの人なんだな
>>860 彼はこのスレを活性化させる為に故意に行っていると表現していましたよ。
864 :
考える名無しさん:2012/11/12(月) 07:18:47.81 0
サバン症候群がなぜ立体的な記憶を保持できるかというと、心臓の心拍数上げて、脳に通常以上の酸素おkリ込むことで、焼き付けてんだよね
それはただ単に一過性のexperienceには収まらなくて、experienceそのものを操作する
つまり認識上げれば上げるほど、存在が平面になっていくから
こちらが上がれば、あちらも上がるってな具合で
量子力学を観測問題として片付けてる人がいるけど、それって物理学にネガティブな態度なんだぜ
当時、ハイゼンベルクの方程式が提出された時、その解釈で議論が起きたんだけど
それを観測問題と解釈した人たちは
「物理学は観測の壁にぶつかったわけであり、これ以上発展することは原理的に不可能である。
以降の物理学のブレイクスルーはありえない。
もはや物理学に研究の余地はない」と言ってふれまわったんだよ
2ちゃん風に言うと「物理学オワタ」みたいに叫ぶ人がたくさん出たんだよ
んで、ヒルベルト・プログラムの失敗もゲーデルが証明してたから
当時「数字オワタ、物理学オワタ」って叫ぶ人が多かったんだよ
一行目から論理的に破綻するとは……
顔洗った方がいいんじゃないか?
え、どこが?説明して
>>816 そのレベルの事は、コンピュータ上の仮想空間のシミュレーションで実証されている。
全く同じ状態を再現可能だが、初期値がわずかにずれるだけで、
出目が1/6に近づいていくのはカオス事象だから。
だから、現実世界でも、サイコロを低い位置から振った場合ほど正確に予測可能となる。
>>867 「観測」というのは突き詰めると、
対象に光を当てて、その反射した光が人の網膜にあたってはじめて可能になる
ところが、あまりにも小さな粒子は、光をあてるとその光によって弾き飛ばされちゃう
つまり、観測ってのを純粋客観的に行うことができなくて
観測しようとすると、観測対象に変化を与えちゃうんだ
物理学を研究していたら、そういう事態が発生しちゃった
で、素粒子の動きとエネルギーを同時に測定する方法がない
という困難をどう解決するかって難問が発生した
観測のために光を当てると素粒子は弾き飛ばされてあさっての方向に行ってしまうんだけど、
それを確率分布として方程式に組み込んだのがハイゼンベルクの方程式なんよ
これをどう解釈するかで意見が分かれた
だって、観測のための主体的な行為と、それによる変化を方程式に組み込んでるんだ
いわゆるモデル上の純粋物理的な粒子の動き(とでも言うもの)は方程式にはできないんだ
観測しようとすると粒子の動きが変わっちゃうわけだからね
これを受けて「物理学は壁にぶつかった。これ以上発展のしようがない」と言い出す人が出てきた
「観測の限界があるから、物理学は無駄だ」と言いだす人が現れたわけだ
観測問題ってのはこういうことなんよ
で、ハイゼンベルクの方程式を粒子の動きと見なすかどうか、これで意見は分かれる
確率が粒子の動きに含まれるか、
それとも、確率ってのは分からない度合いであり、ハイゼンベルクの方程式は分からないものを確率としてやむなく表現したものが組み込まれた方程式なのか
こういう問題
アインシュタインは確率が含まれたハイゼンベルクの方程式を「物理学として不完全だ」と言って反対したんだ
その後の議論は、ハイゼンベルク方程式は物理学としてオッケーかどうかってことが焦点になるんだけど、
ベルって物理学者が「ハイゼンベルク方程式は実験によって検証できるから物理学だよ」みたいなことを言って、収拾したのかな
この「ベルの不等式」の内容は俺は知らないんだ
ま、こんな議論を経て、
量子力学って分野は最初は物理学じゃないって言われてたんだけど
今では物理学の一分野になったのかな
で、この時の議論としてアインシュタインが量子力学に反論するために出したのがEPRというパラドックスで、
このパラドックスはまだ解決してないはずだよ
>>869 お前は観測問題の一部しかわかってない。
もっと深い2重スリットの問題があるんだよ。
シュレーディンガーの猫こそが観測問題なんだって。
>>871 へぇ、二重スリットはどういう問題なの?
読むことと理解することとは違う
まあ、そうだが、読まない事には理解もできんだろ。
君らが読んだって分かりませんよ
>>875 やっぱりさ、URLを乗せるだけじゃ話が広がらないよ
カント読め、って言ってるのと同じでさ
デカルトの解釈ひとつでも、議論になるじゃない
自分の問題として引き寄せて、この場所に書いてみよう
そこからだ
>>877 干渉縞とかシュレーディンガーの猫とか、日常の言葉だけで説明するのって結構難しいんだよ。
図や数式を使わないと、ちゃんとわかってもらえないと思う。
まあ、URL貼って見ろって言うのは、本と同じでなかなか見てくれないとは思うけどな。
必要な前提理解もあると思う
言葉をこねくり回すだけでもそれっぽいことが書ける分野じゃない
段階を追って理解しないと意味が無いばかりか危険
>素粒子の動きとエネルギーを同時に測定する方法がない
とか理解している人間なら絶対しない間違いを冒す
哲学科が完全に文系学科なのは絶対まずいと思う
どう考えても入試科目に数学と物理、外国語は必須
>>879 ほう、
ま、読ませてもらったけど、なかなかに読みやすくて面白いね
で、俺は観測問題とは「原理的に観測できないことがある」ってことだと思ったんだけど
君が言う観測問題ってのは「なぜ、そのように観測されるのかの理由を説明できない」ってことなのかな?
量子力学の理解では俺は君より劣っているだろうね
でも「観測問題ってどういう問題?」ってことが主題だよね
別に量子力学の理解度を君と競ってるわけじゃないからさ
で、「物理学はもはや観測できない領域に到達したから、以降の物理学のブレイクスルーはありえない」って言う人がいたわけだよ
それが観測問題ではないのか?
それとも、君が言う観測問題はまったく別のことなの?
>>871 あ、あと「シュレディンガーの猫こそが観測問題だ」と反論をくらったわけなんだけど、
ここらへん、全部、解釈問題でしょ?
二重スリット実験におけるコペンハーゲン解釈をミクロからさらに日常的なものに拡大すると、こんな奇妙なことが起きますよ
ってのがシュレディンガーの猫の例えだよね?
でもこれ、ある解釈に対する話しだよね
なんで、解釈が観測問題になるの?
884 :
ヒマジン:2012/11/12(月) 14:36:09.66 0
てか、だれもつっこんでないようだけど
>>873の1つめのリンクの記事ってDQN(または相当な日本語不足)だよね。
きみらはまずそこにつっこめるようにならないと話にならないんじゃないの?そのリンクの文章をそのまま知識としてインプットしてそれを前提に議論すすめたら疑似科学、疑似哲学になっちゃうよ
「量子力学は解釈問題だ」と書くのを
間違えて「量子力学は観測問題だ」と書いたのかな?
ただの書き間違い?
>>884 ごめん、見れなかった
ポッパーの実験とかすごく読みたかったんだけど、開けなかった
ポッパーは実験なんかしたの?
ポッパー先生にそんな関心があったのかとびっくりしたよ
887 :
ヒマジン:2012/11/12(月) 14:46:04.38 0
wikiが見れないのか
890 :
考える名無しさん:2012/11/12(月) 16:39:54.02 0
光が神なんじゃね
盲目の人もいるけどな
>>889 お!ありがと
観測問題ってのは、量子力学で二重スリット実験における波動関数の方程式をうまく説明する解釈がないって問題なんだ?
なんで「観測問題」なんて名付けたんだろね?
ま、名札に文句言ってもしょうがない
あと、確認だけど、
アインシュタインのような隠れた変数ってのは今ではほとんどいないってことね
ってことはだ
ある光の粒子が他ではなくそこに跡をつくった理由ってのはないんだね?
それはたまたまでしかない、ってことだね?
もひとつ、確率の解釈は必ず関連することになると思われるけど
確率の向こうに「隠れた何か」があるという確率解釈は量子力学とは相性が悪いということだね?
つまり「確率とはこちらの目にかかるもやだ」みたいな確率の主観的解釈は、
観測問題においてアインシュタインと同じ「隠れた変数」を認める態度に結びついてしまうってことだね?
胡乱だこと
895 :
考える名無しさん:2012/11/12(月) 18:36:49.52 0
だから量子は物理空間にあるんじゃなくて目に張り付いてんだから、捉えられるわけないでしょ
みんな自分のブラックボックス出れない
>>893 局所的な隠れた変数がないことは証明されましたが、
非局所的な隠れた変数については、全く否定されていません。
897 :
考える名無しさん:2012/11/12(月) 22:08:15.46 0
なんで俺は自尊心が満たされてるんだろう
働いてる場合ではないからな
898 :
あまの:2012/11/12(月) 23:43:29.17 P
唯物論で生き抜いたアインシュタインが波動方程式を理解できなかったって面白いし象徴的だよね。
あほかおまえ
>>898 理解していたに決まっているだろ。ただ、エヴェレットほどのアイデアは持ってなかったんだろうな。
まあ、ゆるゆるでいいんじゃないですか
機械さんのスレだし。
何年もこのスレに住んでますが、この人は間違いなく物理の高等教育を修めただろう
と思えたの人は、このスレでは一人だけです。もう何年も見ませんが。
あとはみんなどんぐり。私もね。
902 :
あまの:2012/11/12(月) 23:55:24.64 P
理解していなかった、(理解したくなかった)から余計な項つけようとしたんでしょ?
そういう理解です。
904 :
あまの:2012/11/13(火) 00:01:31.92 P
物理の高等教育受けたからってねえ・・
こっちは記述された結果にあーだこーだ言ってりゃあいいんでね。
>>901 うーん。なんか君、長くいるっていいたがるね。
こんなとこに四年かあ。
お疲れ様です
>>904 うーん。君も頭悪そうだね
ここいらあまりがお似合いか
お疲れ様です
907 :
あまの:2012/11/13(火) 00:05:39.65 P
物理は特にそうだけど、どんな学問もいちばんの下地は我々も持ってる直覚的表象だからね。
やっぱり、あーだこーだ言ってりゃあいいんですよ。
>>902 宇宙項の話は相対論の方だぞ?
それも宇宙が膨張している筈がないって思い込みで入れてしまっただけ。
実は膨張していることは別のことで後でわかったのだが、
思い込みがなければ、アインシュタインの方程式が膨張を予言していたことになったんだろうけどね。
最高位さんの全盛期には、私はおりませんでしたのでね。
まあ、違うんじゃないですかね。とても頭の良い人だとは思いますけど。
>>909 名無しだったのか。まさかハンニバルじゃないよなw
いまいるコテハンの中では、私が一番新入りですね
912 :
あまの:2012/11/13(火) 00:09:35.07 P
そうか、でもアインシュタインは波動方程式を見て「生理的嫌悪」を抱くくらいだからね。
やっぱり頑固な唯物論者だったんでしょ。
ハンニバルさんていましたね
面白くて、優れた人でしたけど、
しかし機械さんといい勝負でしたね。
みんなアホなんですかね
いまいる住人で、書き手として他の住人と一線を画せるのは
ゲームさんぐらいじゃないですかね
あの文体と表現の広さは真似できませんからね。
哲学の才能は分かりませんが
たまにすごい古参の人が来たりするんですが
そういう人はゲームさん並に書きますね。
>>917 アホを自覚できないのをパァといいます。
>>917 うーん、標的にされるだけある
このゴーマンさはなかなかのものだな。
哲学できんし
弁舌が上舌なのを正しい論のように思うのはとういう思考からくるんだろうか
娯楽と勘違いしてんだろ
ひとは自分の理解力以上のものごとを理解することはできない
925 :
ネム:2012/11/13(火) 02:19:56.14 0
言葉を信頼するんじゃない
言葉を盲信してはいけない
言葉はそれ自体なんら意味がない
言葉には形もない動きもしない
その使用(背景)を、その流転を、見つめなければいけない
オレが信じるのは(救いともいえる)、その普遍だけだ
言葉はいくらでも悪用できる
わたしたちがそのような存在でもあるように
言葉は生きものである、ということの理解が不足している
926 :
ウペ:2012/11/13(火) 02:31:15.20 0
普遍?あぶねーな
それ言葉への、信頼と盲信の帰結じゃないか?
一部記号とまじってるな。
それ自体いみがない。
ま、それはおいておいて
(1)どうしていくらでも悪用かのうなの?
(2)言葉が生き物であるとの理解が、どう不足してるの?
んー、ポエムとしては20点。哲学としては0点。
豚に真珠だな
929 :
ネム:2012/11/13(火) 02:43:01.50 0
>>575 >貴方が考える、「宙に浮いてないもの」って、何だ?
The Fall
http://www.youtube.com/watch?v=53IdeMxih9k これは原罪の話だ、そして希望または義の
(公開時に観に行ったが正直あまり内容を覚えていないw)
>なんだい対照って?
論理は論理であるがゆえに原罪がある
論理とは光であり、実体の形式にある
それは三位一体であることを要請される
「父」と「子」と「精霊」とはそれぞれ人称における異称に対応される
四人称とは実体の時間、つまり永遠を表す無称といえる
言葉は光(対照)によって現れる
それを幾何で解く
>なんでまたオイラーの公式なんだ
現実には真円が存在しない
無理数だから
よって完全なサイコロ(多角形)も存在しえない
円は永遠を表している
虚数は光子のやり取りで解く
ネイピア数は、少し厄介
この公式は、存在を表している
930 :
ネム:2012/11/13(火) 02:44:53.50 0
ここまでトンデモすりゃすがすがしいってもんだw
931 :
ウペ:2012/11/13(火) 02:45:41.24 0
>>929 いくらなんでも、コリヤコリヤ
恍惚形而上学ぼいな
932 :
ネム:2012/11/13(火) 02:59:50.01 0
>(1)どうしていくらでも悪用かのうなの?
そのコンテクストには果てがないから
>(2)言葉が生き物であるとの理解が、どう不足してるの?
その理解によってしか救いの可能性はないから
933 :
ウペ:2012/11/13(火) 03:09:34.01 0
934 :
ネム:2012/11/13(火) 03:16:24.77 0
ほんとに、世の中の仕組みは奇跡だよ
辻褄の合うように理解されることが
しかしそれは、抄録氏が唱えるようには単純じゃないはずだ(オレのトンデモは関係なく)
そこにはもっと深い洞察がある
935 :
ネム:2012/11/13(火) 03:36:51.82 0
オレもこんなことやってると、ものすごく倦怠感があるな
最近やたらお客さんも増えたし
人多いの嫌いだし
そのくせ読めるものもほとんどないし
おまえら過去スレ読んでこいとも言いたくもなるし
しかしその感慨は、誤りなんだ
歴史は繰り返すけれども
オレは何を考えてるかって
これでも「辻褄」のことを考えてんだよ
まあオレもそうやって覗いては、いつの間にか
オレも此処に長居しすぎたせいなんだ
オレは楽しんでるだけか
オレは理解を求めていないのか
誰もがこうやって存在の希求してるだけなのか
何いってんのかわからないはずだ
何いってんのかわからないからね
みな等しく同じといいたくもなるよ
それが正しいのかもしれない
どんな芸術も
936 :
ウペ:2012/11/13(火) 03:39:11.51 0
つじつまがあうような解釈系などいくらでも作れるという上でのことだがな。
ま、存在への驚きの感覚は
或いは光か
或いは言葉の罠のうちか
さてさてと
俺も適当に書こうっと。
937 :
ネム:2012/11/13(火) 03:40:13.33 0
いや、美しさってあるよ
んああw
なるほど辻褄が宙に浮いてるな
その映画は知らんが、しかし遂には、
この世界をこの世界とするものとの絆を結ぶ。そんな話ではないのかな
結べるのではないかな、論理を成立させる何ものかによって
落下して、降り立つのだろう?
抄録の考える程に単純ではない
まったくそうだろう
私にも、そのぐらいの察しはありますよ、はは
ただ、久しぶりに掘り出した小さな宝物に、少しはしゃいでたのだ
オイラーの公式は神秘的だ
いまの私にはそこまでの感慨しかない
多分、これからも無い
これが、存在を存在とする形式なのか
そんな領域に潜れる能力は、私には無い
本気で潜ったら・・・いや、やめとくか
ネム氏が潜るなら、アシストできるよう準備しよう
年末か?ちょっとポリテクセンターへ行かねばならんでな
そうだね、少し賑やかにしすぎた
939 :
ネム:2012/11/13(火) 04:00:53.14 0
行列について教えてくれw
あの歴史学者の理論について知りたい
こんなキモい文章はなかなか見ない
>>938 何様だと思ってるんだろ。
低脳らしくフアッシヨ
942 :
考える名無しさん:2012/11/13(火) 08:15:01.33 0
辻褄は神だよ
奇跡信じてるやつには、とてつもないことが起きる本当に
この一連の流れでこのタイミングで来たかみたいな
それが一番深い流れだろう
943 :
ネム:2012/11/13(火) 09:11:00.47 0
油断するなよ
今日はいるぞw
944 :
ネム:2012/11/13(火) 09:17:38.84 0
しかし、昨晩のオレは思慮に欠けてやがるなw
>>838 確率、辻褄とは何でしょう。非決定論が辻褄が合うのは何故でしょう。
>>892 >>889には
この記事の正確性に疑問が呈されています。問題箇所に信頼できる情報源を示して、記事の改善にご協力ください。
となっています。
量子実験の結果をどう解釈するかで、どこまでが実験対象の性質によるのか、という議論で、これは観測の方法によるものだ
という意見があったということなのだと思います。
観測結果は観測対象と観測方法の関係により導かれ、観測方法をフィルターとしたバイアスがあります。
あと観測問題とは違う話だと思いますが、コペンハーゲン(ボーア派)は観測の意味に収束を結びつけようとしました。
これに反論したのがシュレディンガーの猫の話です。
心の哲学スレでコピーの話したらコピーの話ばかりになった
ちょっと反省。
二重スリット実験は量子の性質をよくあらわしている良い実験だと思います。
面白そう。物理学板にスレがあったけれど今は無いみたいです。
別に問題ないよ
観察 = 観測 + 考察
>>939 私も行列の理論を教えてほしいですね
権力の予期理論を本格的に理解したいです
次スレ立てますでござる
・確率とは
可能性の量的表現
・辻褄とは
ものごとを説明する一貫した筋道
・非決定論と辻褄との関係
未来の事実など「無い」ので、
明日の降水確率50%なら、
雨が降っても降らなくても
辻褄が合わないということは、「ない」。
スレ立て乙です。
行列とは何の話なんだ
世間で流行してるのか
>>945 ほう、なるほどね
では、量子力学の専門的な話は物理学者にまかせて、観測問題だけを取り出してみる
ある対象の運動の性質が、その対象の運動によるものか、観測によって生じるものか、
その区別がはっきりしない、ということが観測問題ということでよろしいか?
そもそも運動とは観測を含むのかもしれないし、
「観測と切り離された対象の運動」なる概念がバカバカしいのかもしれない
いやいや、観測の向こう側の対象の運動を記述することをあくまで目的とすべきかもしれん
こう書くと形而上学的な話題になるね
んでもって、やっぱカントはすげーな
>>947 分子レベルでも同じ結果になるみたいだよ
>>955 >その区別がはっきりしない、ということが観測問題ということでよろしいか?
よろしくありません。波動関数の収縮が観測問題です。
なぜ、割れたレコードはそこから記録を引き出せない
もちろんくっつければ引き出せる
しかし割れた状態だと、思い出せない
アインシュタインは生涯で最高の洞察を「自由落下」に知った
このスレにおける、オレの系とお客さんの系とを同じように扱うために
いや、このスレの「見かけ」はどちらも変わらない
同じ保存にアクセスされている
保存とはなんだ?
受信機の問題として問うのか?
過去を問うことは未来を問うことに等しいはずだ
現在は振幅の収束と納得したくなるがそれはありきたりでまだ浅い
常に「事実」と「決定」とは何なのかということがつきまとう
「情報」や「歴史」についてはゲーム氏がこだわってたタームだw
959 :
考える名無しさん:2012/11/13(火) 18:32:28.07 0
懐かしいという感情は有限性
960 :
ネム:2012/11/13(火) 18:39:34.95 0
あ、958はオレね
芸スポと同じサーバーなんで
さすがにコテで書けん
また新しいのみつけたんじゃろ。そういうやつじゃな
962 :
考える名無しさん:2012/11/13(火) 18:45:09.19 0
痛みって具体的に脳で担当する部位がない
痛み=感情=意識 この3点セット
人間は危険信号が発達した
963 :
ネム:2012/11/13(火) 18:45:29.19 0
フェルミオンとボソンの違いなのだ
ボソンは古典的な場で扱える(ようになる)
しかしその系を表すときに、おかしくなる
いやまてまて、安易なアナロジーは通用しないのだ
クォークは3つの因子の理論的仮想物とかそんなことを三位一体に想うとかどうでもいいw
問題は家康なんだ
司馬遼太郎は来年の大河ドラマの主人公にこう言わしてる
「義・不義は事をおこす名目になっても、世を動かす原理にはならない」
オレはそれに抗う必要があるのだ
「辻褄」を暴くことに
964 :
ネム:2012/11/13(火) 18:56:13.70 0
黒田官兵衛は再来年かw
965 :
考える名無しさん:2012/11/13(火) 18:56:31.38 0
細分化すると拡散して捉えられない逆エントロピー
つまりある一定の範囲では時間軸が逆になりどっかいっちゃう素粒子ととどまって循環すr偶有性
クオリアはただ単に視覚神経が綺麗なだけ
966 :
ネム:2012/11/13(火) 19:03:17.61 0
循環する文脈か
そこには言葉の定義が決定される
・・・
967 :
考える名無しさん:2012/11/13(火) 19:10:46.65 0
ニューロン千数百億
意識はインターネット
知覚は俺らがしていないのでわからない
人間はニューロンを体験してるわけではないでしょ
968 :
ネム:2012/11/13(火) 19:11:55.02 0
人間原理は使いたくないな
少なくとも、そのことを深層から解明できるようでないと
969 :
考える名無しさん:2012/11/13(火) 19:16:37.12 0
莫大な数っつーのになんか答えがありそうだな
わかりにくくするにはもってこいだもんな
970 :
考える名無しさん:2012/11/13(火) 19:18:50.39 0
何故複雑じゃなきゃいけないのか
多分飽きない為
971 :
ネム:2012/11/13(火) 19:19:27.39 0
規制の仕組みがようわからんのだが
とりあえず8レスしたらしばらくは書けんことは確か
第三極の新参に期待してるからな
オレはもともとそれくらいの存在だがw
はたして改革ができるかどうか
972 :
ネム:2012/11/13(火) 19:22:09.09 0
973 :
考える名無しさん:2012/11/13(火) 19:22:28.62 0
何故飽きるといけないか
自由意思がないから
なぜ自由意思がないとダメなのか
致命的だから
何にとって
人間にとって
人間とはなにか
自由意思
974 :
考える名無しさん:2012/11/13(火) 19:32:10.57 0
対象がそこにあるのは
なんででしょう
>>972 画面の中や外は別の世界じゃなくて
どちらも我々の住む世界だよ
つまりこれは単なる三人称
葛藤を感じる場面から逃げて習慣に埋没すると脳が退化します
習慣的な直観に支配されて冷徹に本質を見極める努力を放棄したら脳は退化するだろうね。
978 :
考える名無しさん:2012/11/13(火) 20:10:31.42 0
神が見つからないという原動力を武器に神っぽくなってきた謎に
979 :
考える名無しさん:2012/11/13(火) 20:17:41.04 0
宇宙の初期状態が見えてこないのは、何もなかったからであり
神を思い浮かべることができるのは、自分のなかにあるから
という当たり前に気づけ愚民どもめ
つ鏡
>>953 >・確率とは
>可能性の量的表現
可能性の量はどこにあるのでしょう。観測対象、数式、想像の中でしょうか。
>・辻褄とは
>ものごとを説明する一貫した筋道
一貫しているのはどんなことでしょうか。
>・非決定論と辻褄との関係
>未来の事実など「無い」ので、
>明日の降水確率50%なら、
>雨が降っても降らなくても
>辻褄が合わないということは、「ない」。
未来の事実は無いが現在と過去の事実はあるのでしょうか。
確率で表されるなら辻褄が合うのでしょうか。それとも0%と100%以外の確率なら辻褄が合うのでしょうか。
>>955 その観測結果は観測対象の性質をそのまま表しているのでは無く、観測方法による影響を大きく受けているという問題です。
形而上学の話題なのかわかりませんが観測全般に関わる問題です。
観測結果は補正値がわかればそれで補正することは可能です。補正値とか換算値とかがあります。
哲学ではカントもそうですが絶対主義と相対主義の議論もありますね。
>>981 後半の観測結果云々はちげーよタコ
いい加減不確定性原理と観測問題を混ぜて考えるのをやめろ
>>984 世界の多重構造を一つの結果でしか観測出来ないこと
手法の問題じゃないんだな
>>985 一つの結果は何を指しているのでしょう。
直接が抜けてた
直接観測が出来ないことな
観測結果はそれぞれ一つづつ別だということでしょうか。
>>989 多重の意味が分かってるか?
A',A'',A'''…と実体がある内からどれか一つしか観測し得ないってことだ
>>991 ここまでは解釈問題ではない
このことに対する説明が解釈でありその内の一つがエヴェレット解釈だ
>>992 世界が多重構造だというのは解釈がはいっているのでしょう。
>>993 いいや厳然たる事実だ
でなければ重ね合わせ状態は実在しない
俺は理解した
哲学における「可能世界論」の問題が、量子力学における観測問題なんだね
以下は可能世界論について
天気予報で降水確率が70%とする
でも、実際に雨が70%降るということを体験することはできない
雨は降ったか降らないかであり、そのどちらか一つしか体験できない
「体験」を「観測」と読み換えればいい
可能世界論ってのは、明日の天気には様々な可能性があったにも関わらず
実際にはたった一つしか体験できない
理論的には「確率」とか「可能性」とか言うんだけど、実際には「T/F」のどちらかなんだよね
こういう問題なんだよね
世界が多重である事実と
世界が平行世界に別れることは道義じゃないんだよ
でもさ、上では、ニュースで、
EPRのテーブルトップ実験によって、粒子の重ね合わせ状態のままの移動を確認した
とか、書いてあったよね
それって、「重ね合わせ状態」が観測されたってことじゃないの?
「重ね合わせ状態」は未だに観測されてないの?
その理解で正しい
>>994 観測結果から重ね合わせ状態がある
これに対して重ね合わせ状態は観測対象と観測方法の関係によるものというのが観測の問題だという主張。
>>997 直接は無理だ。確定してしまうから
間接的な観測でしか重ね合わせは観測出来ない
間接的とはなにか?
重ね合わせがある、としなければ論理的に破綻する、とでも言えば理解し易いだろうか
1001 :
1001:
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。