129 :
主客:
まだあります。『心的現象論』というのは文芸評論の基礎づけであると同時に精神現象や精神
病の基礎づけでもあります。そこで精神病の様々が吉本の心的現象論から分析されていくわけで
すが、ただその分析の大枠での理論的根拠がやはり分かりにくいところがあります。吉本は、病気
となった内的経歴が分かれば治るはず、と言うけどもその理論的背景はどこか、というところで、
『有と時』にヒントがある。《(…)覚悟性は、本来的に実存することのその都度の事実的諸可能性を
、その覚悟性が被投的覚悟性として引き受ける遺産、そういう遺産から開示する。覚悟を決めて
被投性へ帰来することはそれ自身の内に、伝来された諸可能性をそれ自身に伝承することを、蔵
している。とはいえその際必ずしも、伝来された諸可能性を伝来された諸可能性として〈明らさま
に承知しつつ〉それ自身に伝承するとは限らない。》(『有と時』第74節)つまり、精神病に置き換え
るなら、《反復はむしろ、現で既に有った実存の〈内に含まれている〉可能性に応答する。》《今日な
お「過去性」として働きを及ぼしているものに反対して》(同)というふうに書かれ、吉本の語彙で
いう関係性と了解性の破綻に陥ったその内的経歴を遡行し、解いていき、元々あった筈の内的な
諸可能性に応答することだ、その応答を反復することだ、と述べる。ここなど、吉本の分析の理論
的根拠とも取れる箇所で、『心的現象論』にとって非常に重要だと思えます。