吉本隆明 1924-2012

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105考える名無しさん
客:で、その廣松渉没後1年シンポジウムでの吉本の廣松への評価はどうだったの?まさか酷評で
はなかろう。
主:「戦後のいち左翼(吉本自身のこと)からみた廣松渉」というテーマで話していた。その内容は
情況出版から出てる廣松渉論集に掲載されてるから読める筈だよ。マルクス思想の復元に努めた
廣松に敬意を払い、ただ、後期のオリジナルの哲学については先に挙げたような、個体の表出する
イマジネーションがそこにない、というのが文学者根性からすると違うと思える、それは控えめ
に批判を入れていた。ただ、ここでの吉本はかなり押さえていたことがその後のインタビューで
分かってきたんだけど。『存在と意味』のような著作には疑問視していた。それは酷評だったと思う
。あれには明らかに不満だったはず。機能主義 functionalism で人間を纏めている、と。その
言い方で、関係主義‐廣松の哲学でいう〈関係の一次性〉‐で包括できない幻想、表出、イメージがあ
ることを暗に示していたと思う。でも一方、廣松のマルクスへの情熱には敬意を持っていたのも
確かだよ。それだけに後期の哲学には落胆してたんじゃないか。もしも『情況』の古賀さんの言う
吉本=廣松対談が実現してたら、その辺のやり取りは出てきていたろうね。読みたかったけどね。