西部邁 27

このエントリーをはてなブックマークに追加
900考える名無しさん
>>894
名誉は自身の利益に含まれないの?
901考える名無しさん:2009/12/17(木) 14:14:38 0
>>900
本来の意味では含まれないと思う。
生死よりも名誉が優先される場合があるから。
つまり、自身の利益のためにのみ名誉を求める訳じゃないってこと。
902考える名無しさん:2009/12/17(木) 14:20:34 0
市民社会、共同体を怪しい新興宗教から守れというスローガンだけで十分対抗できる。
相対主義に汚染された社会ならば敗北する可能性大だが幸いそこまで行ってない。
903考える名無しさん:2009/12/17(木) 14:24:50 0
>>901
じゃあ名誉は何のためにあるの?
904考える名無しさん:2009/12/17(木) 14:24:58 0
>>902
またアンチですか。アンチ左翼、アンチ宗教。アンチ愛国心とかも入るの?
残る独立した価値は、自身の利益と生命だけじゃない。
905考える名無しさん:2009/12/17(木) 14:26:12 0
>>903
とりあえず、本人が意識する理由はない。
だから、独立した価値なんだよ。何のためにではなく、その価値がそのまま存在する。
906考える名無しさん:2009/12/17(木) 14:28:23 0
いや、個人的な名誉欲(有名になりたいとか人に羨ましがられたい
というようなものだけでなく、人に認められたいという欲求全般)は、
明らかに自己利益の追求の一例だよ。何か他の欲求を充足するための
手段として名誉を求めているのではなく、名誉そのものが目的なのだから、
「生死よりも名誉が優先される場合がある」ことは反例になっていない。
名誉欲に駆られた阿呆は人の注目を集めるために自殺さえするだろう。

907考える名無しさん:2009/12/17(木) 14:30:29 0
>>906
自身が死ぬのに自身の利益になるとは思わない。
自己満足かもしれないけどね。精神的な充足という意味では、信仰にも愛国心にも存在するし。
908考える名無しさん:2009/12/17(木) 14:35:39 0
自己利益の追求というのは、その人自身が自分の利益だと考えるものを求めること。
あなたが「自身が死ぬのに自身の利益になるとは思わない」ことは、
「有名になるための自殺」が自己利益を求めた行為であることの反証になっていない。
909考える名無しさん:2009/12/17(木) 14:40:40 0
有名になるための自殺なんていないだろ。いたとしても狂人は一般論に含めるのは無理だし。
名誉をかけて死んだ人たちは、「価値」といえるほどの尊いもののために死んだととりあえずいえるわけだし。
910:2009/12/17(木) 15:42:35 0
全員わからないかもしれんが草木のことを仰りあたいのだよ。

草木とは何か?草木とは生え替わり生え替わり別々に生えてくる。
つまり草木とは死んでは生え死んでは生え人間と同じなのだ。

ものごとの構成とは今があって後がある。つまり今がこのようになっていても
どうせ後また違う人がいてある人がいないように下から下から変化してくるのだ?

ということは今このようにしなくてはならないというのは下に生まれたものが生え替わるために
順序で上に草木が生えるので「こうしなくてはならない」ということは無意味というか必要なことは
1個か2個でそれをすませればあとは自由になる。もしも難しい生え替わりが出来ても所詮自然は
もう生えている下の草と構成を合わせて自然に生えてくる。つまり力や綾が必要でもその時必要なことは
ごくわずかでそれ以外のところは全然無意味に作用することが多い。特に人間が左脳で考えることなど
生成にかんしては無きに等しい。いや寧ろ邪魔なだけで生物の妨げになることがほとんどだと言っておこう。
911考える名無しさん:2009/12/17(木) 16:21:22 0
>>905
じゃあ聞き方を変える。
名誉って何?
それがあるとないとでは何がどう変わるの?
912考える名無しさん:2009/12/17(木) 17:02:17 0
>>911
名誉とは、プライドのことかもな。
つまり、プライド自体が、独立した価値を持つってことかもね。
職人なんかは、自身の利益よりもプライドを優先させて仕事することもあるし。
913考える名無しさん:2009/12/17(木) 17:07:26 0
更に聞くけど
プライドって何?
914考える名無しさん:2009/12/17(木) 17:13:15 0
>>913
あまり深く追求されると、わからんね。それが厳然として、他の価値のためだけじゃなくて
独立して存在するものであれば、独立して存在する価値と言えるんだと思う。

独立した価値は、他の価値を実現するために理屈から導き出されるものじゃないから、よく考えるとわからないもの
だったりする。まあ、種の存続とかそういうレベルで考えれば理由はあるんだろうけど
個人の理屈レベルでは説明がつかないというか。
915考える名無しさん:2009/12/17(木) 17:25:13 0
>>914
だけど、それじゃ「独立して存在する価値」ってのは、ちょっと崇高な趣味・嗜好って
ことにならないか?
916考える名無しさん:2009/12/17(木) 17:26:23 0
とりあえず、「〜のために死ねる」という表現が成り立つなら、それは独立した価値だと思う。
人間にとって自分の命はそれだけ大きな基準なわけだし。

たとえば、「プライドのために死ねる」、「名誉のために死ねる」、「愛国心のために死ねる」
「信仰心のために死ねる」、さらに「自由のために死ねる」、「人権擁護のために死ねる」
まあ、これらは成り立ちうると思う。

でも、「節制のために死ねる」、「勇気のために死ねる」、「勤勉のために死ねる」
これらはどう考えても成り立たない。だから、これらは従属的な価値なんだと思う。
917考える名無しさん:2009/12/17(木) 17:27:11 0
私の考えでは、プライド=自尊心、自分自身を大切に思う心。
ならばやっぱり自分の利益に関わるんだと思うよ。
この場合の利益は、もちろん直接的な金銭じゃない。

種の存続も、自身の利益・生命と関わっているよ。
特に群れを作る生物はね。群れから離れるのは死を意味するから。
種を存続させるのは、自身のDNAを保持する本能。
本当に、自分の利益・生命にさほど価値を置かないなら
敵が来ても戦わないし、種の存続に何ほどの価値を認めるだろう。
種を守るために、外敵と戦って死ぬのは結果論。
死ぬために戦う訳じゃない、生きるために戦う訳で。
「死ぬために戦え」なんて言う奴は、それだけでもう信用できない
単なる「支配者」か「宗教者」だね。
918考える名無しさん:2009/12/17(木) 17:29:28 0
「死ぬために戦え」=「〜のために死ね」ね。
まあ自分一人の価値観に基づいて一人で勝手に死ぬのは
ご自由にどうぞだけど。
919考える名無しさん:2009/12/17(木) 17:36:55 0
まあ、種の存続にしろ、自身の生命の存続にしろ、生命である限りは
どちらかに貢献することが「価値」になってるんだと思う。

プライドが自身の生命の存続に役立つ場合もあるし、プライド自体が
自身の生命の継続という価値とは独立して価値を持つこともある。
完全に独立しあう価値はまあないでしょう。数学の世界じゃないからね。

つまり、独立して機能する可能性のある価値として、先に挙げた
プライドとか名誉とか愛国心、信仰心、忠誠心などがあり、
独立して機能する可能性が全くない価値として節制とか勇気とか勤勉なんか
が挙げられると思う。それを見分ける方法として「〜のために死ねる」という表現を挙げただけなんだけどね。
920考える名無しさん:2009/12/17(木) 17:49:58 0
そもそも、そういう二項対立が不毛だ。
対立する二項を止揚して、新たな展開を見せるべきだ。
921考える名無しさん:2009/12/17(木) 17:52:40 0
二項対立じゃない。そもそも対立してないし。従属する価値は、
独立する価値を実現するために存在するんだから、両者は対立はまったくしない。

922考える名無しさん:2009/12/17(木) 17:55:08 0
当たり前だよ。
対立する二項は元々対等じゃないんだから。
923考える名無しさん:2009/12/17(木) 17:57:34 0
だから、対立しないと書いてるでしょ。対立じゃなくて、
上下に位置して協調するんだよ。
924考える名無しさん:2009/12/17(木) 17:59:58 0
哲学や思想ってのは二項対立の一方に軍配が上げたり、反対にもう一方の軍配をあげたり
して、何か言ったことにしてしまう。。
しかし大切なのは二項対立が行われる場を発見し、その場を転倒することなんだ。
それが真に「止揚」するということだと思う。
925考える名無しさん:2009/12/17(木) 18:02:39 0
二項対立とかまったく関係ない。
独立価値と従属価値が存在すると書いただけ。しかも、両者はまったく対立しない。
従属価値は、独立価値が存在することではじめて存在する依存的価値だし。
926考える名無しさん:2009/12/17(木) 18:12:25 0
>>925
だから
>従属価値は、独立価値が存在することではじめて存在する依存的価値だし。
と書くことで結果として「独立価値」と「従属価値」を二項として対立させてしまっているのだ。

そして、こういう場合必ず「独立価値」と「従属価値」は何でも入る都合のいい箱になる。
ある時は「自由」が「独立価値」となり、「平等」が「従属価値」となったり、
「実存」が「独立価値」となり「本質」が「従属価値」になったり、その逆もあるという
哲学史には、全くありふれた話だ。
こういう話にはまったく興味が持てないし、こういう話が好きな人は大学の哲学の教科書でも
読んでいればいい。
927考える名無しさん:2009/12/17(木) 18:19:47 0
はあ?二項対立とか、字義的にも意味的にもまったく関係ないだろ。
対立なんかさせてない。従属的価値はそれ自体では成り立たないと書いてるだけだよ。
じゃあ、節制すること自体に意味を見いだす人間がいると思うか?

節制することで、自身の利益になるとか、国の利益になるとか、そういう独立した価値に貢献する。
その貢献性のために価値が生じてると書いてるだけだろ。節制という価値単独では、無意味なんだよ。
他の独立価値に役立つという点でのみ意味を持つ。
だから、従属価値と書いてる。
928考える名無しさん:2009/12/17(木) 18:34:07 0
ある二項のAに軍配を上げて、もう一方のBを従属させてきたのが哲学における
二項対立の正体なんだよ。 例(実存は本質に先立つ)
そういうものは有り触れていて陳腐極まりないし、まったく面白くない。

大切なのは「独立価値」だの「従属価値」だのという言葉が発想(発症)されてしまう
場を見つけ、その場を転倒しないといけないということだ。
それこそが哲学の使命であり、醍醐味じゃないか。
929考える名無しさん:2009/12/17(木) 18:49:00 P
そりゃ、社会によっては「節制」に異様に大きな意味を持たせる場合も考えられるよ。
社会のありようによって、独立価値すら変わるからね。今の「自由」だって、理屈では
何かの独立的価値に貢献する従属的価値のはずだけど、アメリカなんかでは、その理屈を超える
独立的価値付けがされてる。「だから自由のために死ねる」という表現が成り立つ社会状況が今なんでしょう。

つまり、何かの価値が独立的価値となるには、理屈を超える意味づけが必要なんだよ。
理屈の範囲内にある限り、その理屈が導き出される元の基準となる独立価値が存在するはず。
理屈を超えることで、そのような基準となる独立価値から理屈の鎖が切れて、
その価値自体が独立価値となるわけ。

現在の社会では「節制」にそのような理屈を超える意味づけはされてない。
あくまで、理屈に従って他の価値に貢献するだろうという意味づけがされてるだけ。だから従属的価値なんだよ。
930考える名無しさん:2009/12/17(木) 19:07:52 P
だから、たとえば天皇の国家機関説というのがあった。
これは、天皇が国家のために役立つという理屈付けだけど
この理屈付けが社会一般で認められるとすると
天皇は、独立価値の地位から落ち、国家という独立価値に貢献する従属価値
に降格することになる。このことがわかってたから、戦前に天皇機関説は攻撃されたんでしょう。
931考える名無しさん:2009/12/17(木) 19:30:17 P
さらに言えば、国家の存在価値は個人の生命と財産を守るためにあるという
理屈付けをしたとする。その理屈付けが社会で広く認められれば、
国家は個人の利益という独立価値に貢献する従属価値に降格することになるね。
932考える名無しさん:2009/12/17(木) 20:19:53 0
(独立⇔従属)(天皇⇔国家)なんて二項対立を使っても、何も分からないし
真の問題を掴むことさえ出来ない。
(自由⇔平等)(知性⇔感性)(肉体⇔精神)(有⇔無)・・・とこの類の二項対立は幾らでもある。

救い難く陳腐だ。無でさえない。
そんなものは哲学史の中にたまったゴミだ、ゾンビの教養俗物の排泄物だ。

生きた人間はこういうものとは一切手を切って、活きた思想を掴み生きるべきだ。
933考える名無しさん:2009/12/17(木) 21:18:30 0
絶対的(独立した)価値など虚構にすぎないとかよく言われるとけど
話が逆なんだよ。虚構であるから独立した価値たりえる。
もしそれが、虚構でなければ従属した価値になるしかない。
ただ、自身の利益と生命の場合を例外としてね。
934考える名無しさん:2009/12/17(木) 21:37:22 0
従属と対立は違うんだけどな。
独立価値と従属価値の例は、まだだせるぞ。

たとえば、自身の子供に対して、理屈抜きでかわいい、大事だと思った場合、
その子供は自身にとって独立した価値を持ってる。

子供がいれば、老後が安心とか世間体が良いとか、子供の価値が自身の利益から理屈で導かれる場合、
その子供は自身の利益という独立価値に対する従属価値を構成すると考えられる。

そして理屈抜きのかわいさというのは、ある意味虚構なんだけどね。
935考える名無しさん:2009/12/17(木) 21:45:25 0
>>934
>従属と対立は違うんだけどな。
そんなことは書いてない。まったく分かってない。
(独立価値と従属価値)と書くことでこの二つを構造的に対立させてると言ってるだけだ。
それに、これ以上例なんぞ出しても何の意味もないし、単にくだらない。

要は、この陳腐で深い古された(独立価値⇔従属価値)という圏内から脱出しなければ
何も分からないし、何も生まれないんだ。
今はこの問題圏から脱出を試みるために何が出来るかを考えることだね。
936考える名無しさん:2009/12/17(木) 21:48:26 0
>>935
構造を対立させてるわけじゃない。
独立価値に、それを区別すべき大きな特徴があるから、他の価値と区別すべきといってるわけ。
対立させるというより、独立価値の特異性に注目すべきと言ってるんだよ。
937考える名無しさん:2009/12/17(木) 21:56:36 0
>>936
>独立価値の特異性に注目すべきと言ってるんだよ。
その結果、独立価値と従属価値は対立してしまうのだよ、それこそ構造的に。

>934の例でも分かるように、(独立価値)の子供と(従属価値)の子供は
見事に対立的に表現されている。

>独立価値の特異性
A・Bという二項の片一方の(特異性)を持ち上げることで、もう片方の項との
二項対立が発生するというよくある話なんだよ、ちょっと哲学史を齧れば分かること。
938考える名無しさん:2009/12/17(木) 22:00:34 0
対立はしないでしょ。従属してるんだから、優先順位が決まるってだけのこと。
子供の例なら、子供が従属価値で自身の利益が独立価値なら、自身の利益が優先される。
対立は別にしない。
子供が独立価値の場合は、自身の利益という独立価値との葛藤が生じる。むしろ、こちらのほうが対立にちかいよ。
それに、二項でもないしね。従属関係だから分岐する木のように派生するわけで、二分木ですらない。
939考える名無しさん:2009/12/17(木) 22:04:50 0
二項っていうのは、1対1に相対する関係でしょ。
これは、1対多に分岐する関係なんだよ。
だから、その1の方の特異性に注目すべきなんだよ。
まあ、別に二項になったからって何が問題とも思わないけどね。
940考える名無しさん:2009/12/17(木) 22:39:19 0
だから(独立⇔従属)というのは(主⇔従)関係というか形で二項対立になってるわけだ。
そして子供の例のことで言うと(独立価値の子供)と(従属価値の子供)という
二項対立に嵌ってしまっている。

>これは、1対多に分岐する関係なんだよ。
その(多)を(従属価値)という1つの形に押し込んでして説明してしまっているわけ。

>まあ、別に二項になったからって何が問題とも思わないけどね
哲学に有りがちな陥穽に落ちんで脱出不可能の蠅取り壷の中の蠅になってしまう。
941考える名無しさん:2009/12/17(木) 22:47:09 0
>>939
こっちは、あんたの発想や思考の型の話してるんだ。
それに対して、あんたはその内容を説明してるから
だから話が全くかみ合わないわけだ。
942考える名無しさん:2009/12/18(金) 06:53:58 0
対立というより分類だろ。
ものごとを分類するなというのも無理な話だろ。
943考える名無しさん:2009/12/18(金) 08:42:00 0
西部邁
●[日米安保改訂で、これからどうなる(仮)]
http://www.bk1.jp/product/3221913
944考える名無しさん:2009/12/18(金) 17:41:33 0
自分が価値あると思ってるものが、独立価値か従属価値かを整理すれば
自分がいったい何を基準に生きてるのか、明確になって役立つよ。

ちなみに、ここでいう役立つとは自身の利益に貢献するということなので、この分類自体、自身の利益に対する従属価値があるわけ。
こんな風になんでも分類できる。

たとえば、産業の発達という価値で考えた場合、この価値は独立価値なのか従属価値なのか。
産業の発達自体が理屈を超えて求められてるわけじゃない。たとえば、国家の繁栄、あるいは国民の生活の向上
こうしたものの従属価値といえる。そして、国家の繁栄は独立価値なのか? これは人によってわかれるかもしれない。
国家が繁栄することを理屈抜きで求める人がいれば、その人にとって国家の繁栄は独立価値であり、
自身の利益に役立つから国家は繁栄すべきと考える人がいれば、その人にとっては自身の利益に対する従属価値になる。

こんなふうに考えていけば、自分が自身の利益という誰もが持つ独立価値のほかに、どんな独立価値を持ってるかわかる。
自身の利益しか独立価値を持たないという人は、少し生き方や価値観について考え直した方がいいかもしれないw
945考える名無しさん:2009/12/18(金) 17:59:13 0
つーか、この理論すごいなw
肉付けすれば、新書とかで本にすらできそうだ。
こんなIDすらない匿名掲示板で発表していいのかw
946考える名無しさん:2009/12/18(金) 18:39:25 0
>>945
明晰な論理展開や鋭い理論にまたもや感服しました。
先生の見事な思想の論文にはため息しか出ません。

>945さんがおっしゃるように、先生はその御考えを御著書に纏めてはいかがでしょうか。
日本の論壇誌に先生の論文を投稿すれば、目利きの編集者が必ず目に留めることでしょう。
そして、論文を本になれば、日本の哲学、政治学に資すること大でありましょう。

近いうちに、先生の御著書を拝読出来る日が来ることを願ってやみません。
947946:2009/12/18(金) 18:40:22 0
訂正いたします。
>>945>>944
948考える名無しさん:2009/12/18(金) 18:45:06 0
これからの学術論文は「独立価値」「従属価値」という単語が入ってない場合は
査読の際に掲載拒否されることになるでしょう。
949ンドゥール:2009/12/18(金) 18:53:50 O
言葉は思考をすっきりさせるためにある
だいぶすっきりさせてくれたんじゃない?
独立と従属
950考える名無しさん:2009/12/18(金) 19:04:32 0
>>949
同感です。
最近の哲学は小難しくて困ります。
ですが、これからは「独立と従属」のキーワードで難解な形而上学も
皆に分かりやすいものなっていくでしょう。

哲学の朝日は近い、そう感じます。
951考える名無しさん:2009/12/18(金) 19:19:19 0
→ =参照
・  =ノード
「・→」 = 従属価値
「→・」 = 独立価値

ってこと?
それとも、西部さんという人の文脈追わないと使えない定義?
952考える名無しさん:2009/12/18(金) 21:47:12 0
いえ、これからのは「ブレーキ」「アクセル」「抑圧性」「非理性的」「理性的」「独立」「従属」
といった知的な哲学用語を使わないと伝統について一語も語れない時代に入ったということです。
953考える名無しさん:2009/12/19(土) 01:01:03 0
西部昧
954考える名無しさん:2009/12/19(土) 01:27:22 0
絶対は論外やけど独立も言いすぎやで。
比較的高位の価値ぐらいに留めた方がええぞ。
雑なんや。読んでてイライラしてくるわ。
955考える名無しさん:2009/12/19(土) 06:42:50 0
西部氏に関係ない独立価値と従属価値の話はこっちでどうぞ
ttp://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1261130810/