マルテイン・ハイデガー Martin Heidegger W
『死に至る病』の読み解きやすくなるような文章だな。
キルケゴールは、若い頃、マンテルセンについて
シュライエルマッハの教義学を学んだらしいが。
631 :
空談:2010/05/31(月) 03:44:16 P
ハイデガー『存在と時間』は基本的にカントの批判書と同じ構造を措定すればいいことに気づいた。
続篇は哲学史を遡行する予定だったという。
量と質は存在に、関係と様相は現存在にあたる。
事物的存在はカテゴリーに、世界内存在はアンチノミーにあたる。
_______________________________________
| | | 環境12 (範疇的、 |
| | | カテゴリー?)|
| 定義「存在」1 | | 12 |
| (世界内存在) | | 人間学、神学、 |
| 空間5 | | 心理学、生物学10 |
| | | フッサール10 |
| | | |
| 序 論 存 在 (事物的存在)12 |
| (1〜8) | 一・一〜二(9〜13) |
| |定義「存在者、 | |
| | 現存在」2 | |
| | (時間性) | |
| | 時間6 | |
| | | |
632 :
空談:2010/05/31(月) 03:50:52 P
|_________|___『 存 在 と 時 間 』_____________|
|一・三〜六(14〜44) | | |
| 世界性14 | | | |
|道具的存在、配慮的| | | |
|、世界内存在15 | | | |
| 空間性23 | | | |
| (非本来性38←|→本来性54、61) | |
日常的27 | | | |
情状性29____倫 理_______現存在_______目的論 二・五〜六__|
恐れ30/対象(世界内存在15) | (歴史性)(72〜83)|
| 自体/理由 |二・一〜四 | |アリスト|デカルト|
| 視、了解31|(45〜71) | |テレス6|18 |
|解釈32 陳述33|死49〜53 | |__歴史性74〜77
|語り34 空談35|良心の呼び声56〜58 |カント7|ヘーゲル|
好奇心36曖昧性37|59 決意性62 | 現象学、 |6、82|
|被投性38不安40| 到来的65 | フッサール7 | |
|____気遣い39〜42_開示性68_|_________|____|____|
(世界内存在、 |
アンチノミー?) |
>>631-632 |
非本来的 本来的54
時間性(日常性/歴史性/
ベルグソン 66 時間内部性78〜81
日常性67
(了解/情状性/頽落/語り)
現成化 瞬視 キルケゴール68
予期 期待(先駆として時熟)
忘却
(脱自的統一)
68 歴史性74〜77(ニーチェ76)
時間内部性78〜81
時間83
634 :
考える名無しさん:2010/05/31(月) 16:37:35 0
世界内存在はアンチノミー?どういところが二律背反なんだ?
世界内存在は常に非本来性(現存在)と本来性(存在)に引き裂かれるから。
事物的存在にはそうした矛盾がない替わりに存在への開示もない。
ただし、第80節の終わりではこうした矛盾を解消し、(本人の言説とは逆に)
ヘーゲルと同じ道をたどっているように思う。
636 :
635:2010/06/02(水) 00:57:49 0
『ニーチェ』や『形而上学入門』を最初に読んだから、
あれこれ引用しながらちみちみ分析していくいかにも大学教授先生タイプっていう
イメージ持っていたけれど、『存在と時間』は造語が
たくさん使われているね。初期の著作はなんていうか『日常的』って感じた。
638 :
考える名無しさん:2010/06/04(金) 06:24:33 0
ビジター(V)がすごい。宇宙人がやって来て、環境破壊で困ってるとか、平和を求めてくる。
正体は、人間の皮を被った、トカゲの宇宙人。
でも、ビジターは水資源を略奪したり、人間を食い物にしたり汚い。
何だか知らないけど、裏切り者が出て、赤い粉塵を播くと引っくり返って死ぬって教えるんだよ。
裏切り者は地球人と相の子作った奴かな。
そんで、平和になるってやつ。
639 :
考える名無しさん:2010/06/07(月) 15:46:23 0
高田珠樹は『道の手帖 ハイデガー』で『哲学への寄与』を目新しさはない、と論評し、かつこの本を
理解する手掛かりとして、『哲学への寄与』と『存在と時間』を関係付けてこう言っている。
《これら(『論稿』での諸概念)は、あくまである独特の歴史、哲学史の構図を構成する概念であり、
その限りでは、『存在と時間』の中で語られる存在論の歴史の解体という主題や構想を抜きにして
はありえないものだと思います。》(19頁)
『存在と時間』における存在論の歴史の解体と再構成、というのはハイデガーの思索を通低して
流れる糸であるには違いないが、『哲学への寄与』の場合、その存在論の解体・再構成とモチーフが
直結しているわけではない。私のみたところ、『哲学への寄与』の中でハイデガーが籠めている視点
とは、終末観、終末の風景、である。有・Seynというのが、有るものによってしか物事を把握できな
い我々の規定を越えた真理である。『論稿』も主題のひとつは、有・の突発的出現である。有るもの
による支配が貫通したときに、有・の欠在から、その突発的出現がやってくる。
《有・の突発的出現は、歴史的な人間に知らされてはいるが、決して人間に直接に自らを告げるの
ではなく、真理を蔵することの諸様態の内に覆蔵されている。しかし、有・の突発的出現は、稀で
それ自体がつつましく、常に有・の欠在からやってくる。有・の欠在の重みと特徴性は、突発的出
現の重みと持続性より少なくはない。》(『哲学への寄与論稿』252頁)
また、没落、拒絶というのも、重要な鍵である。没落というのは死にゆく、ということだと考えて
いい。
《没落は拒絶への最も親密な近さであり、性起はその拒絶の内で自らを人間に贈るのである。》(同
244頁)
有・という、それ自体が有るものを越えた真理、それが欠在の果てに突発的出現をする。性起とは
現‐有を有・へ差し向けることとしての出来事であり(同書8頁)、有るものへの拒絶の内で自らを
贈る。これらの命題を辿ることで、死ということが文明への進化にたいする反命題として対置され
ていることは容易く把握される。つまりこの論稿での鍵は死である。高田の哲学史によっては何も
分からないだろう。
《没落は拒絶への最も親密な近さであり、性起はその拒絶の内で自らを人間に贈るのである。》(『
哲学への寄与論稿』244頁)といった文をみると一目瞭然なのは、ここでハイデガーが没落と拒絶
とを親密なものとしてみていることで、要するに、実存の崩壊、破滅、というこが、状況への拒絶
と同義ともいえる意味をもつだろう、ということである。ハイデガーのこの作品でいうと、没落と
は、有・が自らへ指し向けるものである。つまり有・が性起として自らと対応させるものである。
没落する者が性起(有・の本質現成)である。このような論理を通して浮上するのは、人間の崩壊
と、それへの有からみた意味付け、ということである。これらの論理はそのまま、現在の高度資本主
義社会における崩壊現象に直結しているかにみえる。ほとんど、ハイデガーのここでの論理だけが
そこに行き着いている。その意味で非常に重要な作品だと思える。同時にほとんどのハイデガー
研究家がこの作品のもつ意味に蓋をしたがっているかにもみえるのも確かで、それはこの作品に言及
する手付きに現れている。実際は、これほど2000年以降の時代を暗示する思索はない。それは
忘れてはならないだろう。
641 :
考える名無しさん:2010/06/17(木) 10:28:27 0
ハイデガーは、もはや廃デガー。
リーマンショックも戦争も性起(Ereignis/event)だろ。
性起とかわけわからん、日本語でなくて、普通に出来事とか訳せよな。
現有とか日本語なんかw
京都学派に言ってくれ
HegelとかKantの場合、Daseinは現実存在という訳語だったけ?
645 :
考える名無しさん:2010/06/28(月) 01:58:43 0
センスの悪い翻訳した人が悪いというより、
たいした事でもないのに思わせぶりな文章を書いたハイデガが悪い
訳語って学者の間で共通の訳語があるけどあれはみんなで点検しあってるの?
勝手に考えてやってると思う。
同じ底本でも訳者によってかなり違う。
649 :
Xへの手紙:2010/07/01(木) 19:13:45 0
『存在と時間』の既刊部分の性格により、永く実存哲学の祖とされてきたマルテイン・ハイ
デガー。
1980年代、日本では木田元により、『存在と時間』が未完成品であり、未発表の後半部分にこ
そあの著作の真のモチーフがある、とする説が我々の目を開かせた。
木田の仕事に引き続き、日本で刊行開始されたハイデガー全集。これにより生前の著作、講義、
草稿は次々に刊行。巻数も増え、ハイデガーの全貌を掴むための素材は今や整いつつある。
ナチとの関わり。多くの20世紀思想家ーサルトル、デリダ、フーコー等ーが蒙ったその影響力。謎
めいた思索(企投における被投性という転回。聴従的帰属性)。木田元により、「歴史的な文化形成
の限界」の書とされた『哲学への寄与』。現代日本の知識人宮台真司、福田和也への影響。吉本隆明幻
想論との近接性。
今、ハイデガーについて何を語る得るか。
650 :
Xへの手紙:2010/07/01(木) 19:14:41 0
『存在と時間』の既刊部分の性格により、永く実存哲学の祖とされてきたマルテイン・ハイ
デガー。
1980年代、日本では木田元により、『存在と時間』が未完成品であり、未発表の後半部分にこ
そあの著作の真のモチーフがある、とする説が我々の目を開かせた。
木田の仕事に引き続き、日本で刊行開始されたハイデガー全集。これにより生前の著作、講義、
草稿は次々に刊行。巻数も増え、ハイデガーの全貌を掴むための素材は今や整いつつある。
ナチとの関わり。多くの20世紀思想家ーサルトル、デリダ、フーコー等ーが蒙ったその影響力。謎
めいた思索(企投における被投性という転回。聴従的帰属性)。木田元により、「歴史的な文化形成
の限界」の書とされた『哲学への寄与』。現代日本の知識人宮台真司、福田和也への影響。吉本隆明幻
想論との近接性。
今、ハイデガーについて何を語る得るか。
651 :
Xへの手紙:2010/07/01(木) 19:15:44 0
『存在と時間』の既刊部分の性格により、永く実存哲学の祖とされてきたマルテイン・ハイ
デガー。
1980年代、日本では木田元により、『存在と時間』が未完成品であり、未発表の後半部分にこ
そあの著作の真のモチーフがある、とする説が我々の目を開かせた。
木田の仕事に引き続き、日本で刊行開始されたハイデガー全集。これにより生前の著作、講義、
草稿は次々に刊行。巻数も増え、ハイデガーの全貌を掴むための素材は今や整いつつある。
ナチとの関わり。多くの20世紀思想家ーサルトル、デリダ、フーコー等ーが蒙ったその影響力。謎
めいた思索(企投における被投性という転回。聴従的帰属性)。木田元により、「歴史的な文化形成
の限界」の書とされた『哲学への寄与』。現代日本の知識人宮台真司、福田和也への影響。吉本隆明幻
想論との近接性。
今、ハイデガーについて何を語る得るか。
652 :
考える名無さん:2010/07/01(木) 19:17:06 0
ではさよなら
何回も語られてきたと思いますが中公クラシックとちくま学芸文庫の存在と時間では註釈がよく分かりやすいのはどちらですか?
>中公クラシックとちくま学芸文庫
前者が読みやすく後者が最新研究をよく拾っている印象。
研究者には後者、一般人には前者を薦める(ただし人物写真のある
旧全一冊版、中公バックス、世界の名著版なら)。
最新研究を拾ってるってどこがよw
しかも致命的な訳し分けができてないのに研究者向けとかありえない
例えばちくま文庫版は65節のギリシア語の「脱自的」を『現象学の根本問題』
を引用して註釈している。これは木田元あたりの影響だろうが、ギリシア語に
関心をもつ人間にはたいへんありがたい。
これを足がかりに原典およびギリシア語(中央版の註はこれが手薄)に向かえ
ばよい。
↑訂正
中央→中公
追記:
中公世界の名著版の顔写真(肖像画)採用一覧
ブレンターノ
ルター
アリストテレス
フッサール
デカルト
ジンメル
リッケルト
カント
ニーチェ
ディルタイetc
途中でやめるが、実際はこの倍はあるだろう。
(画質は悪いがこれだけ集めた編集者は当時大変だったのでは?)
本質的な哲学理解と繋がらないかも知れないが、初心者向けには哲学史の
おおざっぱな把握に役に立つ、と思う。
ありがとう
>>646 全集版とかは訳語の方針が上から出てる
一部訳者は後書きで文句付けてるw
拒絶と立ち去りの関係が解らなかったんだが、つまり、全然関係ないのか、あるのかが。有・が有る
もの拒絶するという場合、その拒絶とは立ち去りながら否定性を贈る、ということなんですね。そ
の場合、拒絶とは一般的な用法として一先ず考えていい。立ち去りながら否定性を贈る、とは一般
的な用法である。ただそれが有・Seynと有るものの間で考えられる、ereignisとして考えられる
ことで今日的事象を撃っている。そこが凄味がある。有・が立ち去ることで否定性を贈与する、と
いうのが。
ソフィストが
662 :
考える名無しさん:2010/07/26(月) 20:22:09 0
西田哲学会の会長でもある哲学の権威といわれていた大橋良介龍谷大学教授が他の大学院に通う女性を強姦していた。
しかも複数回である。
通常人以上の人格とモラルを要求される大学教授、しかも哲学者が立場を使い、弱い立場の女性を脅し強姦していたのである。
事件発覚後、大橋良介は強姦を「恋愛だった」と釈明。
あまりにも卑しいではないか。大橋良介には教員や学者としての資格はおろか、人間である資格すらない。
弱者の弱味につけこみ女を犯す!これが哲学界の権威、大橋良介の正体だ!
辻本に「あほ」認定されたジジイが会長なんだから西田哲学会も程度低すぎ(爆笑)
つかまるぞww
存在と股間 でググるとハイデガーの時間論の研究書がでてくる。
ケーレ以後のわかりやすい解説書ってない?
どれも存在と時間ばかりあつかっていて・・・困っています。
宗教的生の現象学でアウグスティヌス論を展開しているし、もっとアウグスティヌス読まないとダメだな。
実存論的時間についても、アウグスティヌス参照しているしね。
四方界ってなんですか?
671 :
考える名無しさん:2010/08/21(土) 10:11:13 0
ハイデガー関連では面白いのは古東哲明だけだな。
古東の本は読むに値するがその他は読むに値しない。
最後の神を存在の衝撃といっちゃうコトー先生はちと簡略化がすぎる
673 :
考える名無しさん:2010/08/30(月) 14:39:01 0
龍谷大学哲学科教授、XXXXを女子学生強姦で懲戒解雇??
しかし、東大のあの人もそうだけど、くずやね。
渡辺さんや門脇さんが泣いてるわ
674 :
考える名無しさん:2010/08/30(月) 23:05:04 P
マルチンってのがちょっといやらしいねフフフ…
わっはっはっはっはー。
マルチンと言うのは、ほんとうだね。
ところで、「民主主義って正しいのか」っていうところで、知能主義者、知識主義者もどきが
うるさいのだが、君たちも何とか言ってやってくれないか? 僕は逐一返答するのが面倒で、適当に
矛盾をついているだけなのだが。
僕は、「頭がおかしい」と言われたよ。
A Journey
ハイデガーの『カントと形而上学の問題』の翻訳は、理想社のもの(絶版?)
と創文社のものの二つがあるが、どちらがよいですか?
新しいから創文社の方がよいですか?
それとも?
専門家のご意見を頂ければ。
創文社版はカッシーラーとのダボス討論が付録でついているので超お得ですよ。
正直、訳は理想社版の方が平易な気もしますが、、専門家ではないですが個人
的には創文社版を推します。
素早い、コメント、ありがとうございます。
了解しました。
私もド素人なのですが、最近、このあたりの問題に興味が出てきて、読んでみ
たいと思っていたのです。
そのうちに質問とかするかと思いますが、その際には、ぜひともよろしくお願
い致します。