東浩紀302──アニマル批評家列伝

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143第三の波平 ◆JXLBbnYqTY
「クレオパトラの鼻」から「無名の鼻」へ

NHKスペシャル「日本海軍400時間の証言」で太平洋戦争において絶大な権力を持った海
軍・軍令部の元メンバーが戦後語らった「海軍反省会」が紹介されていた。そこで語られる
のはわずかな上層部の密室で行われた卑近な状況である。ある幹部が自らの立場を誇示
するため、ライバル関係の対立からなど、密室の卑近なエゴが絶対的な命令としてマクロ
へと伝達されていき、開戦を決定し、特攻隊などの無謀な作戦を実行させた。ここにあるの
も「セカイ系権力」だろう。軍事下という一元的な価値のもと社会が統制されることで、上層
部のミクロの私惑がマクロへと短絡されて多大な影響をあたえてしまう。

戦争を特定の人物の責任にするということではないが、歴史は多くにおいて、マクロな分析
ではとらえられないミクロな私惑により決定されている。「クレオパトラの鼻がもう少し低け
れば歴史はかわっていた」ということだ。ここでいうのは偶然性ではなく、クレオパトラに魅
せられた権力者の思惑が歴史を動かしたということだ。

しかし「クレオパトラの鼻」がマクロへ影響したとしても近代の戦争ほどではないだろう。近
代になり、社会がますますグローバルに密接につながる資本主義社会において、「クレオ
パトラの鼻」はより大きな影響力をもち、さらにはクレオパトラや軍幹部のような顔の見える
権力者ではなく、もはや社会的責任を持たない「無名な鼻」へとかわっている。

特にグローバルに経済が結び付いた現代は、卑近な思惑は市場経済をとおして敏感に影
響をあたえて、地理的に離れた人々の生活に影響する。昨年はさらにこのような世界の
「小ささ」を露わにした年だったかもしれない。豚インフルエンザは最初、メキシコの小さな
村の養豚場の不衛生さだったとも言われる。またエネルギー高騰、そしてサブプライムから
世界不況。パンデミックな社会であり、ミクロな思惑が簡単にマクロへ短絡してしまう。