最近、文字起こしのために「限界フリーターがライトテロルうずまくテン年代をサバイブするレディオ」を見直していたんだけど、批評の今後を占う意見はあそこでもかなり出ていたなと再認識しました
A評論家として作品論をやる(→amazonレビューさんにより駆逐?)
B社会政策に口出し
aロスジェネ系
b近代経済学系
cアーキテクチャ系(→実際には不可能?)
ぼくは今は、マルクス主義系文芸評論をネット論と組み合わせた形で新しくやれないか、試してみたいと考えてます
藤田さんツイッター発言、主婦論争
>またジェンダー的に問題のある発言かもしれないが、「主婦の仕事を年収に換算すると1280万」って、だったら外に働きに出てそれを稼いできてみろよ、と思う。きっと労働市場がだぶついて稼げない。
これも一つのゼロ年代論として、重要な問いですね
・『フリーターズフリー』系
・赤木さん系
もしもそれぞれの方向から解を出すとすると、どうなるかしら?
松平はルカーチ・バフチン・ベンヤミンは読んだのか?
質問するなら名前を名乗って欲しいものよのう
三人ぐらい挟めば知ってると思うよw
現在メルマガ新大学を編集中である
論文公募中なのだが、誰か寄稿してくれないものかしら
マルクス主義系文芸評論の系譜は一応知っておいた方がいいんじゃないの
ルカーチ・バフチン・ベンヤミンは『必読書150』にも入っている教科書的なテキストだ
20世紀以前の話である
21世紀の現状に適応した形で、次のステップに進めるかどうかだろう
そんな論文が書けたのなら電話して欲しいものだ
09098527162
そのスタンスでやるなら何も言わんよ
藤田さんも『必読書150』に相当通じていらっしゃるようで、バフチン・ベンヤミンの系譜を現代の作品論にいかしていて面白い
私は自分については幾分か、運動論への目配りを行っていければと感じている
松平はジェンダー関係ネグるよな
ミクなのに
主婦労働は労働力の再生産過程、資本主義の外部なわけで、大問題でしょう
新文学05か06辺りで丁寧に扱えればなあと思ってます
ネオリベが深まると、結婚しない人が増え、離婚率が上がる
また、主婦労働の負担は各種商品の高性能化により軽減するところもある
とか
なら藤田のミソジニー丸出しの論には異を唱えるべきだろう
ミソジニー批判も90年代以前から存在する思想なのでしょう
藤田さんにあっては、心理をエグり出す能力に長じています
価値はどのように発生するのかについて、気の利いたまとめエントリを書いてくれる方がいないものかしら
966 :
考える名無しさん:2009/10/06(火) 13:36:57 0
ぽーにょぽーにょぽにょ
松平、新スレつくるなよ
このハゲ!
968 :
考える名無しさん:2009/10/06(火) 15:52:31 0
暴言には、降伏しないよう〜w
タイトルは「【新文学】松平耕一スレ2【新大学】」にしたい
>>964 それを批判しているヒステリーっぽい名無し主婦だって
ミサンドリー丸出しだからどっちもどっち
970 :
考える名無しさん:2009/10/06(火) 20:28:55 0
971 :
し:2009/10/06(火) 20:37:50 0
スラブのちからが強いか?深みが強いか?勝負的な様相
972 :
し:2009/10/06(火) 21:12:44 0
榮倉奈々が左向きだからだろ?
寝ている間に小人さんがスレを立ててくれていたようだ
ありがとう(⊃∀^)つ
有力編集者であり評論家である松平耕一氏のスレも2スレ目か。
松平氏も有名になったものだ。
ネットカルチャーって基本的にミソジニー批判・批判の勢力が強い気がするけどどうかしら
少々性暴力が目立つところはある
男性が強いか女性が強いかは、あるいはアーキテクチャ次第なのだろうか
90年代におけるメンズリブの運動の始まりは、ある意味においてゼロ年代に赤木智弘の形をとって思想史へと顕現した
文芸評論にあっても、それらの思想と四組になって論陣をはらねばならないことだろう
>975
もう少しまともな日本語を書くようにすべし。
松平はサヨ叩きの気分を共有してるのにそこに直面するのを避けてるから駄目だ
少しは歴史から学ぶ必要があるのに二十世紀はガン無視なのも良くない
1Q84のクロスレビューを東さんたちがやっていたけれども、みんな同じような結果になっていてイマイチ
もっとスパイスの効いた批評が読みたいのう
・在特会
・ネットワークビジネス
・新左翼
・学会
でクロスレビューをしたらどうかしら
議論が深まりそうである
すが、千坂、府川、前田の討論会が面白そう
980 :
考える名無しさん:2009/10/07(水) 12:00:41 0
それ悍(HAN)グループじゃん
二十世紀の化石でしょw
1968年(笑)
982 :
考える名無しさん:2009/10/07(水) 12:28:16 0
>>981 というより現代に生息する1968年の恐竜ってとこだよ
983 :
考える名無しさん:2009/10/07(水) 12:33:23 0
>981
現在の始まりは1968年だよ。
あそこで戦後日本は近代から現代へ移行し、その延長に2009年の現在もある。
通常、日本史で近代と現代の分かれ目は
第二次大戦による敗北以前・以降だろうw
その時にこの国の憲法も変わったし。
1968は戦後生まれのジャリたちのちょっとした反乱にすぎない。
985 :
考える名無しさん:2009/10/07(水) 12:46:46 0
>>984 違うだろ。
1945年は、近代をやり直したスタートラインだよ。
それが1968年に批判されるんだよ。
その象徴の一つが近代派の丸山の全共闘への非難の言葉。
でも松平が二十世紀は無視しておkとお墨付きをくれているんだぜ
学生運動世代の戯れ言、アホ臭い
1968年を特権視することに何の根拠もない
だいたい、戦後の政治的大衆運動など60年安保の時からあったし、
その前の50年代から頻発していた(52年の皇居前広場流血事件などがそう)
すべての基盤になっているのは第二次世界大戦の敗北から。
デリダやドゥルーズの登場は重要じゃね?
サルトルだとパッとしないし
989 :
考える名無しさん:2009/10/07(水) 14:14:33 0
>>987 古臭いカビの生えた1945年革命説だなwwwwww
「反1968年」という立場はわかる。
しかし、それは1968年以上にもう通用しないよ。
>>988 もしかして“ポストモダン”とかまともに受け取っちゃってるタイプ?
日本と海外の文脈を同等に考えることは難しいけど、
フランス史の近代の始まりをフランス革命勃発と考えると
フランス史の現代は1871年の普仏戦争敗北および第三共和制の開始、か
20世紀初頭、1914年の第一次大戦勃発、か
1958年ドゴールによる第五共和制の開始じゃないのか
取りあえずデリダやドゥルーズの登場って
歴史的なできごとでもなんでもないしw
歴史的に見れば、戦後のサルトルの活動のほうが影響が大きかったんじゃないかな?
(デリダも若い頃はサルトルの強い影響下にあった、と言ってたしね)
68年も60年も私は体験したことがないのでとんとわからぬ
学生運動って何をすることなのかな
「ゼロ年代ほど学生運動が活発だった時代はない」という観点はいかがかしら
マルクス主義批評は運動体に随伴しうる
45年、60年、68年を評価しつつ、世代論とからめて日本史のなかの、社会や政治を論じるのは有効なことだろう
では今、文芸評論が共に歩むべき思想・運動体・組織体・文学にはどんなものがあるのか?
994 :
考える名無しさん:2009/10/08(木) 12:44:15 0
誰も注目しないのでは
高原さんは73年という切断線を提案していますね
996 :
考える名無しさん:2009/10/08(木) 13:42:45 0
>>995 '73年? 政治運動史的に考えれば、分岐点は
連合赤軍事件があった1972年だろ
政治運動史ってそんなに重要か?
999 :
考える名無しさん:2009/10/08(木) 16:03:50 0
俺は74年が分岐点だと思うね。
なんで次スレ立ってるんだよ
1001 :
1001:
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