>>255 > 貴君には一旦、主観(意識)に立ち帰って“世界”を観測することを勧めます。
立ち帰るも何もw、(貴方の主張に合わせて言うなら)
≪私のどんな発言も「私の主観に依拠していて」「私の主観から発せられている」≫のでしょう?
どこに立ち帰る必要があるんですか?
と、まあ、煽り返しはともかくw
私は、主観のみに立ち帰る限界を感じるから、貴方の嫌う思考を続けるのです。
> 易々と客観に飛び移ることはできないのです。w
ならば、一生、暗幕の掛った鳥カゴの中でびくびくしていると良いw
私は、せめて暗幕だけでも外せればと思う。
※この状況を(俯瞰してw)喩えるなら、
パーティションで区切られた者たちが、互いの知覚認識した様子を伝えあって、
自分を囲う壁の外を推し量る行為、と言えるかもしれない。
> (貴君の語っていることは主観的言表の羅列です)
だから、私は何度でも言う。
人が、主観的言表しかできなかったとしても、
集積された情報から類推する行為によって、人は認識の壁を越えてゆくのだろう、と・・・。
自分以外を知る為に、人に(我々に)できる唯一の方法ではないか、と・・・。