【私】を記述してください。【私の存在性】 7

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208哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ
>>174
物理的因果関係が無いという事は
『私』は、物理的因果性を超越した存在である という事であり
すなわち
唯物論は間違いである という結論に直結する

>>185
>「Aさんのコピー」を作ることはできるが、「Aさんそのもの」を作ることは絶対にできない。
>人間に限らず、いかなる物質でも同じことである。

キミの間違いは、ここらへんだな
『自分』という主観性と、『自分』という主観性に認識された客観 という事の
基本的な分別がついていない
というか、そもそも基本的な事が、すりかわってるな
Aさんは私なんだが、『他人』や『自我一般』というものとゴッチャになっている
その観点では『自分』『私』の起源に言及できていない事に気づくっべきなんだよ
キミの頭の中は、「なんとなく」の世界であり、問題そのものが理解できていない と言えます

問題は「結局、自分て何者なん???」という事
唯物論の主張からすると「自分の正体は、いかなる物理現象なのか」という事です
これを特定する事は、不可能なのだ という事
何度も言いますが、同じとか、違う という事だけに囚われては、本質に至ることはできません
「違うから」では、それが私になる根拠になっていないわけです
『私』の原因性を、いかなる物理的要素に求めても、それは100%絶対に不可能なんです
これぐらいは、すんなり気づいてもらわないと哲学的な次元 というか
あまりにも知能が違いすぎて、お話になりません

あと、客観的に認識された物体Aは、主観によって物体Aという名前なのであって
物体Aと物体Bは、実際にはミクロの世界では物理的に常に変化しており
周囲と混ざり合っており、物理世界に境目など存在しません
境目が存在するとするならば
それはあくまでも、それを境目だと決めている『観念』なのです
209哲学者最高位 ◆Trvm6PB/QQ :2007/10/14(日) 12:21:54 0
>>188
>塩と水を混ぜると食塩水ができる
>だが「この食塩水」はいかなる塩と水によってもつくることはできない

「この食塩水」は、「この塩」と「この水」で出来ているのではないのかね?(笑

同じように「この体」は、物理的要素に特定できるんだよ
しかし、「この体」と『私』とを
因果的に結びつける物理的要素は、ありえない という話な

あと「この」と個別化するのは『観念』な
人間の側の勝手な価値観です

水の分子Aと、水の分子Bは、同じ分子構造を持っている
同じ構造で同じ条件 すなわち同じ環境からは、同じ現象が起こる
というのが科学の前提でしょう
脳内のAとBを入れ替えても、それは代替がききますよ
それが科学というもんです
では、いかなる構造が『私』を現象させているのか
というのが問題です
唯物論では、この問題には手も足も出ません

早く根本的な間違いに気づきましょう

>>192
>じゃあ個人の問題でしかないし、議論にならんじゃん。一人でやってろ。

そもそも
この物理世界に、なぜ『個人の問題』というようなものがあるのか
というような根本問題に気づけないようでは、お話になりませんな