1 :
考える名無しさん:
喜怒哀楽や不平不満等の感情の原因は100%それを感じる人の持つ固定観念にある。観念に強く執着すればそれだけ湧いてくる感情も強くなる
固定観念とは、個々人が持つ固着観念、既成概念、主観、評価基準、先入観、世界観、見識、信条、思想、哲学、イデオロギー、主義主張、思考パターン、思い込みなど、無意識的にせよその人が「これは正しい」「かくあるべし」等と認めている価値観、定義付けのことである
笑いや感動や驚愕も固定観念に依るが、自我が未発達な幼児期や先天的な脳障害によるもの、また摂食や性交等による肉体的快楽や脊髄反射等については、直接観念が作用しないので論外である
如何なる事象も最初から意味のあるものはない。ただ「起きている」だけである。見た人が各自の視点・観点から定義を与えて初めて、意味や価値が生じる。種々の形態の情報も、元を辿ればただの光の濃淡や空気振動等に過ぎない
貴方がたった今目にしているこの文面も、実態は単なる画面に映った黒白模様である。日本語という共通キーを手掛かりに、貴方が現在持っている固有のフィルタ・色眼鏡を通して解読し意味を判断している
読者が触れ得た情報をどう読み取ってどう活用するかは、完全にその読者の勝手自由である。例えそれが誰かに教わった考え方・見解であっても、読み手が他者に「強要」されることなく自由意思でそれを選んでいれば、その結果に対する責任は読み手自身にある
例えば貴方がある情報に接してどれほど憤りを覚えたとしても、それはあくまでも貴方の判断基準・尺度に照らして貴方自身が無意識的にせよ選んだ解釈の結果であって、その情報の発信者には「貴方の憤りに対する原因・責任」は全くない
ここで言う「強要」とは肉体に対して直接的物理的な実害が及ぶケースのみであり、暴言や誹謗中傷については、騒音となるもの以外「強要」に当たらない。例えそれが脅迫文でも、恐怖心を抱く事自体は読み手の勝手な所為、自業自得である
続く
2 :
考える名無しさん:2007/08/05(日) 12:27:17 0
つまり人は本来(ネットやTV鑑賞等に於いては絶対に)自分の感情を他人のせいにはできない。怒りの矛先を少なくとも自分以外の誰かに向けるのは、筋も間も勘も気も思いも見当も御門も違う。
これに気付いていない人同士が互いに鏡となって矛盾を見せ合う行為が「争い」である
従って貴方が誰かに嫌悪感を抱いても、その原因は常に「貴方の持つ固定観念・定義付け」であって「相手」ではない。「生意気だから」「ムカツクから」等といういじめやその報復の言い訳も、全く言い訳にならないということである
そもそも何を見てどんな印象を抱きどう感じるかは個人の自由である。もし貴方がその自由に制限を与えようと(例えば相手に自分の理想を押しつけようと)するから、その瞬間に貴方も不自由(苛立ちなど)を感じる羽目になるのである(人を裁けば自らが裁かれる)
これが「貴方が与えたものを貴方が受け取る」という、この宇宙の仕組み(仏教で言う因果応報、物理学で言う作用反作用)である
逆に言えば、仮に貴方が誰かを怒らせたり悲しませても、相手が自前の了見・価値基準で勝手に感じている事なので、貴方が後悔や自責の念を感じる必要は一切ない
相手が幾ら貴方に罪悪感や劣等感を感じるよう仕向けたとしても上述のように御門違いなので、何ら貴方が自己嫌悪に苛まれるべき理由にならない(これは無論、迷惑を掛けたり失敗しても反省や訂正や改善をしなくて良いという事ではない)
感情自己責任とはいえそれを表現すべきではないという事ではない。感情は自己表現の一つであり自他共に己を知らしむチャンスなので、寧ろ積極的に感じたままを間を置かずに表現すべきである
実際、感情を抑圧する者ほどそれを爆発させやすく、感情の自己責任が取れていない者ほど他者の表現の自由を制限したがる(自分が傷付かなくて済むように)
自称知識人の多くは自覚がないが、「何かを批判・非難する」ということはその対象に関して中途半端な知識しか持っていない証拠である(無知の無知)。これが、批判・非難が一時的表面的解決にしかならず、実態は益々隠蔽され問題が長期化する所以である
続く
3 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/08/05(日) 12:28:13 0
感情に限らず人生で体験する全て(外界)は「体験者がどんな固定観念を持っているか(内界)」を映し出す“鏡”に過ぎない。従って感情的な批判や非難は全て自己矛盾する
例えば、極悪非道な犯罪者に対して「あんな思いやりのない人間がいるなんて信じられない」などと責め立てる人ほど、その罪人の立場を思いやれていないように
何かと差別問題化したがる偽善者の心の中にこそ根深い差別心があるのも同様。内部に矛盾がなければ外部に矛盾を見る事はできない
人は100%、当人が与えた定義付け通りを体験する。「人生は必ずしも思い通りにならない」と定義していれば、正にその通りの(必ずしも思い通りにならない)体験をする
従って、繰り返したくない体験に出会ったら「どんな固定観念がこの体験を見せているのか」「その固定観念は執着に値するのか」と考えてみると良い。原因となっている観念を変えれば、似たような体験をしなくなる(変えなければ似たような体験を繰り返す)
「体験が先で観念が後、という観念」も含めて、常に「観念が先で体験が後」である。常に本人の現時点の固定観念が、過去や環境を定義している
個々人のみならず集団・社会においても観念は具現化する。グループ全体が抱いている観念はそのグループ内で起こる出来事となって現れる。例えば貧困は人々の中にある「飢餓への恐怖」、犯罪は「自己存在の喪失に対する恐怖」が顕在化したものである
全ては必然であり、起こるべくして起こっている。偶然や奇跡、運不運、矛盾、不合理、理不尽、不条理などは、その現象・物事の因果や必然性を理解(説明)できない人が言い訳として用いる概念に過ぎない
同じように「闇」も存在しない。存在するのは「知覚能力の限界」である。同様に「客観」も存在しない。存在するのは「共有された主観」である
真実は「人の数だけ」ある。「真実は一つ」は、数ある真実の中の一つに過ぎない。だからいつの世も「唯一の真実」に拘る人だけが、争いを通して己の矛盾を体験する
以上は、どこかの馬の骨が短い生涯の間に知り得た狭い視野から捻り出した独断と偏見の賜物、即ち単なる個人的主観である。真か否かを判断するのは貴方自身であり、いずれにせよ貴方は貴方が信じた通りを体験する
という主観的断定でした。
心(内界)はそれを見る現実(外界)の鏡じゃ何がおかしいんだ?
6 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/08/07(火) 23:43:02 0
>5
それは自我が形成されるまで
自意識が芽生えて以降は徐々に逆転
最終的にはスレタイ
7 :
考える名無しさん:2007/08/13(月) 23:45:28 O
今の俺が求めてた哲学だ。まじで感動した。ブラボー
この世=現世(うつしよ)→映し世
我が心を。
9 :
考える名無しさん:2007/08/19(日) 22:16:37 0
俺にはまったき無用の長物だw
>>如何なる事象も最初から意味のあるものはない。
あるかもしれない
>>その情報の発信者には「貴方の憤りに対する原因・責任」は全くない
それはあくまでも貴方の判断基準・尺度に照らして貴方自身が無意識的にせよ選んだ解釈の結果
長文書いてもいいけど
端から端までびっしり文字で埋めるのやめろよ
しかしおおむね同意
>>筋も間も勘も気も思いも見当も御門も違う。
そんなことを決め付けるのは筋も間も勘も気も思いも見当も御門も違う。
>>そもそも何を見てどんな印象を抱きどう感じるかは個人の自由である。
あらかじめ決まってたかもしれない
>>貴方が後悔や自責の念を感じる必要は一切ない
後悔や自責の念は怒りや悲しみの感情…確かに因果応報
そうなったら後悔や自責の念を感じる
>>これは無論、迷惑を掛けたり失敗しても反省や訂正や改善をしなくて良いという事ではない
同意 悪意ある誹謗中傷は無視するに限る
>>常に「観念が先で体験が後」である。
体験が先で観念が後、という観念に気付く体験
>>常に本人の現時点の固定観念が、過去や環境を定義している
ということがただ「起きている」
ゆえに鏡という意味はない
>>貧困は人々の中にある「飢餓への恐怖」、犯罪は「自己存在の喪失に対する恐怖」が顕在化したものである
恐怖は観念…?
>>全ては必然であり、起こるべくして起こっている。偶然や奇跡、運不運、矛盾、不合理、理不尽、不条理などは、その現象・物事の因果や必然性を理解(説明)できない人が言い訳として用いる概念に過ぎない
如何なる事象も最初から意味のあるものはない。ただ「起きている」だけである。
それを人は運という
>>同じように「闇」も存在しない。存在するのは「知覚能力の限界」である。
知覚能力の限界=思考不可=寝てる状態=闇(無?)
>>争いを通して己の矛盾を体験する
欲望に矛盾はない
>>真実は「人の数だけ」ある。「真実は一つ」は、数ある真実の中の一つに過ぎない。だからいつの世も「唯一の真実」に拘る人だけが、争いを通して己の矛盾を体験する
みんな同じ世界に住んでいる=世界は1つ=1つの世界で起こる事象は如何なるものであれ1つ
=捉え方という人それぞれの真実は数あれど、ありのままの「ただ起きたこと」という真実は1つ
ゆえに、数ある真実の中の真実は一つだけ
要約
1の言いたいこと(多分)=物事の捉え方は人それぞれなので尊重すべきである
オレの言いたいこと=それこそ言い訳。ただ「起きている」「それ」は、ただ「起きている」以外のなにものでもない
最後に…脅迫文は強要だと思う…恐怖は本能だし
でも、よく考えたら
なにものでもなくないかもしれない…そのように考えると真実の存在を確認することは人間には不可能…
でも、なにものかであったとしても、「ただ起きたこと」という真実が一つであることに変わりはない
オレ的結論
@自分の感情を他人のせいにはできないとは言い切れない。
A現実(外界)はそれを見る心(内界)の鏡とは言い切れない。
>>24 ないのに何故あるかもしれないと思うんだい
>>26 それは答えじゃないよね
何故あるかもしれないと思ったのかな?
>>27 それも答えじゃないよね
何故ないことが前提になってるのかな?
>>28 >何故ないことが前提になってるのかな?
仮にないとしたら例えば?とレスがあったので「ない」ことを前提に話してるんだが
どこか行き違いでもあったかな?
で、また聞くが
>>10あるかもしれない
何故あるかもしれないと思ったのかな?
行き違いはあります。
「仮にないとしたら例えば?」という質問は、
「ないことを前提に話を進めていきましょう」という意味と
「それで、どのような事象に意味がないのですか?」という2つの意味がありますよね。
あなたは、前者には応じてくれたようですけど、
肝心の後者の文章に答えるということに応じてくれていません。
あなたの最初の質問に関してなのですが、
「もしあると言うなら、例えを提示して欲しい」ということだと思うのですが、
私は、「ある」とは言っていません。
つまりこの最初の質問は矛盾しているので、質問として成立しません。
このように考えると、画面上ではあなたが先に質問をしているように見えますが、
実際には、あなたの最初の質問は成立しないので存在しないことになり、
私が先に質問するという形になるのは解りますか?
先に質問をしたのは私です。
つまり、一連の流れとしては
先ず私が「仮にないとしたら例えば?」と質問したことに対して、
あなたは「仮にも何も、実際ないんだよ。なんであるかもしれないと思うんだ?」
というやりとりであったと思います。
「何故あるかもしれないと思ったのかな?」という質問に答えます。
それは、もし「ない」ことの例えが提示できなければ、あるかもしれないと思いました。
この自分の考えが、真実であるかどうかは、あなたに限らず、
「ないことの例え」を提示できるかどうかにかかっています。
今のところそのような例えが提示されていないので、
私の「あるかもしれない」という考えは真実であると認識しています。
>>30 あっそう
どーりで話が食い違うと思ったよ
じゃ
>「それで、どのような事象に意味がないのですか?」という2つの意味がありますよね。
全ての事象に意味はないよ
これでいい?
全てと言われても抽象的で解りづらいので、具体的な例をあげて答えてください。
具体的な例をこちらで提示させてもらえるなら、
あなたが生まれてきたことに、どうして意味はないのですか?
あと、私はもちろん「ないかもしれない」とも思っています。
「ある」というなら「ある」という、
「ない」というなら「ない」という根拠を提示してもらいたいだけです。
>>32 >あなたが生まれてきたことに、どうして意味はないのですか?
私なりの意味は持ってますよ
でも、それは最初からある意味ではなく私なりの意味です
あなたにはあなたなりの意味があるでしょう
生まれたことの意味付けは人それぞれが行うことですよね
そうじゃなきゃみんな同じ意味になっちゃいますよ
後から個々人で意味付けはするけど、
最初から意味はないってことですよね?
だったらどうしてそう思うんですか?
オレ的結論
「あるかもしれないけど、ないかもしれない」
これって当たり前のこと…
>>34 概念や必要性は人がその時の都合でつくりあげていくよね
人の都合でかわるのなら、最初から備わっているものじゃないよね
まあ、最初から意味があるのなら後から意味付けなどしないだろうし
>>35 >これって当たり前のこと…
どうして当たり前だと思うのかな?
>>概念や必要性は人がその時の都合でつくりあげていくよね
その通りです。
>>人の都合でかわるのなら、最初から備わっているものじゃないよね
最初から意味があるのかないのかを確認できないから好きなように意味をつけてるってことですよね?
今、議論している内容は全ての事象に最初から意味があるのかないのかということなので、
結局は私の言っている事に落ち着くしかないんじゃないですかね…?
これまでのやりとりというのは、
神(のようなもの)がいるかいないかという疑問に置きかえられることはわかりますか?
この疑問に対して最も適切なスタンスは「いるかもしれないし、いないかもしれない」という立場ですよね。
なぜなら、神(のようなもの)は、いることを確認できないし、いないことも確認できないからです。
小学生でも、この説明であれば納得してくれると思うのですが…
人間にはわからないことが多すぎる
ただそれだけのことですよ…それは否定しないでしょ
それが当たり前だと思う所以で〜す☆
もう屁理屈合戦はやめたいお…ヘタレなんで…
>>37>最初から意味があるのかないのかを確認できないから好きなように意味をつけてるってことですよね?
「意味」そのものは人のつくったものです。事象の意味付けにつくったもので、もともとは無いものです
もともと無いものが事象に最初から備わっているわけないですよね
>結局は私の言っている事に落ち着くしかないんじゃないですかね…?
あなたの言っていることは
>「あるかもしれないけど、ないかもしれない」
>これって当たり前のこと…
ですが、これだと「あるのかないのかわからない」ってことになりますよね
わからないことが当たり前だと考えていてはいつまでたってもわかりませんよね
>小学生でも、この説明であれば納得してくれると思うのですが…
小学生にもなれば神様が実在しないことぐらい知ってるのじゃないでしょうか?
>ただそれだけのことですよ…それは否定しないでしょ
そうですね
>それが当たり前だと思う所以で〜す☆
わからないことが多ければ、わからないのが当たり前ですか?
どんなことも知らなければわかりませんが、知ればすぐにわかりますよ
知らないだけだとは考えないのですか?
>もう屁理屈合戦はやめたいお…ヘタレなんで…
御自由に
39 :
考える名無しさん:2007/08/21(火) 00:24:57 0
論理的には正論であるが、相手が気に障るようなことを言えば殴られることもあるし、へたをすれば殺される危険性もある。
だから社会的にもそのような言動は正当化されない。法的にも名誉毀損で訴えられる可能性がある。
つまり相手に何を言ってもよい。悪く受け取った相手が悪いとはいえない。
仮に相手がバカでマヌケだと思ったとしても、それを口にしないのが知的な人間がとるべき行動だろう。
人間社会はそんな単純な論理で割り切ることはできないのだ。
40 :
考える名無しさん:2007/08/21(火) 00:43:56 0
無職も早く寝なさいよ。
41 :
考える名無しさん:2007/08/21(火) 00:51:42 O
42 :
考える名無しさん:2007/08/21(火) 11:07:04 0
>発信者には「貴方の憤りに対する原因・責任」は全くない
ここが間違っている。なぜなら「責任はない」というのは単なる君の主張であって、相手がその意見に同意するとは限らないからだ。
相手が君の意見に同意しない場合、そこには社会的コンフリクトが生じ、時には大戦争に発展することだってありうる。実際のところ過去の大戦争は人間と人間の意見の相違が原因で起っている。
責任が全くないどころではない。相手にどういう発言を行うかは重大な責任問題なのだ。
そもそも人間と人間が関係すればそこには必ず責任問題が伴う。責任問題が伴なわない人間関係などありえないのだ。
>>42 1ではないが逆だ
そうやって相手に自分の感情の責任があると勘違いするから争いにもなる
>>38 今回の議論においての「意味」というのは、
「ある事象と別の事象の関連付け」ということで間違いないですよね?
「如何なる事象も最初から意味のあるものはない。」という主張は、
「如何なる事象も最初から別の事象の関連付けのあるものはない。」とも言えますよね。
「意味」という「別の事象の関連付け」は確かに人間がつくったものだと思います。
でも、忘れてはならないのが、「神(のようなもの)」の存在の有無について
人類はいまだ未解決だということです。
このことは、つまり、ある事象において
「神(のようなもの)による別の事象の関連付け」の有無を証明できないことを証明しているのではないでしょうか…?
結局、どういうことが言いたいかというと
「事象」と「神(のようなもの)の存在の有無の疑問」は
切り離して考えることができないのではということです。
そのように考えると、
先ず「事象において、最初から意味(=神(のようなもの)による別の事象の関連付け)があるだろうか?」
という疑問は成立しますよね。
疑問が成立するということは、それに対する答えも成立しうるということです。
そして、その答えとは、神(のようなもの)の存在の有無は現在の人類では確認できない。
それは同時に、成立しうる「事象において最初から神(のようなもの)による意味(別の事象の関連付け)があるだろうか?」という
疑問に対しては、神(のようなもの)の存在を確認することができないので、
神(のようなもの)による事象への関与の有無もまた確認できない。
つまり、「事象において最初から意味があるかないかはわからない」という答え以外はないかもしれない思います。
あなたが神様を実在しないと断じる背景にはなにがあるんですか?
「今まで誰も存在を確認したことがないからいるわけない」といったところでしょうか。
いるかいないか、人類はどこまで確認できたでしょうか…?
いないと断じるに充分な調査をしたと言えますか?私は言えないと思います。
その根拠は、あえて言わなくても大抵の人が同意すると思います。
つまり、人類の現段階では神(のようなもの)の存在は、繰り返しになりますが
否定も肯定もできないと結論付けるのが妥当であり、
全ての事象における神(のようなもの)の関与もまた否定も肯定もできないと言えるのではないでしょうか。
>>わからないことが多ければ、わからないのが当たり前ですか?
不確定要素が多ければわからないのが当たり前ですよね。
>>どんなことも知らなければわかりませんが、知ればすぐにわかりますよ
そうですね。
でも、知るまではあくまでも「わからない」ってことですよね。
>>知らないだけだとは考えないのですか?
その通りです。
今は知らないから「わからない」=「あるかもしれないしないかもしれない」と何度も言ってます。
「わからない」という状態は「わからない」という状態以外のなにものでもないので、
「わからない」という状態を「わからない」という状態と認識するのは当たり前ですよね。
「わからないものはわからない」
知りたいとは思っていても、このように認識するのは当たり前です。
>>御自由に
もう嫌になってきたけど、疑問に思うとどうしても考えてしまう…
結論としては
「「わからない」=「知らない」ことを「ない」ものと断定することはできない」
といったところでしょうか。
あなたが「如何なる事象も最初から意味のあるものはない」と断定するためには、
上記の結論を覆す必要があるかもしれないですよね?
もしそれがあるなら、ぜひ教えて下さい。
>>44-46 意味も神も概念です
不確定要素はありません
あなたが神を信じるのはご自由ですが
現実と教義の区別を持ったほうが不確定要素が少なくなりわからないことも減りますよ
>>11 自分の感情の原因が自分以外にあると思うのですか?
48 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/08/21(火) 18:48:23 0
>42なぜなら「責任はない」というのは単なる君の主張であって、
単なる俺の主張じゃないからこそ、1-3で長々と説明してるんだが
客観的に原因がない以上、主観的に責任もない
相手に責任がある、というなら「発言によって自分が得た感情の原因は相手にある」ということを論証しないとね
心の清い人には、この世が愛と美しさに満ちていることがわかるのです。
愛はわかるが美しさって何だ?
美しさなんて人それぞれだろうに
51 :
考える名無しさん:2007/08/22(水) 08:55:04 0
>>51 彼にとって美しいと感じるものが愛(好)なのさ
>>47 「神」の概念というのは「全ての事象を事象たらしめているものは何か?」という内容です。
この世界の全ての事象は人間がもたらしたものではありません。
人間が事象たらしめている事象というものはこの世に一つもありません。
ですから「人間以外の何か」が事象を事象たらしめていると認識することに間違いはないですよね。
その「何か」を人は「神」と呼んでいるだけです。
しかし、その「何か」=「神」が存在するのかしないのかすら人間にはわかりません。
これらの事実から考えると「神」=「事象を事象たらしめている何かの存在」は否定も肯定もできないという結論に達し、
「あるかもしれないけど、ないかもしれない」という私が今回の議論の結論として提示した内容に結びつくと思うのですがどうでしょうか?
>>48 要するに、あなたの言う「原因」もあるかないかわからないし、
「責任」もあるかないかは今の人類にはわかりません。
明日の人類にはわかるかもしれませんが…
個々人が、あることにするかないことにするかの自由があるかもしれないってことかもしれないかもしれないかもしれない…以下無限ループ
>>あなたが神を信じるのはご自由ですが
私は宗教への入信には一度も興味を持ったことすらありません。
>>52 だらかそれら全てが人のつくった概念
教義において神の存在がなぜ必要なのかを考えるといいよ
教えの内容は神抜きでも変化しないだろ
事象を事象たらしめているのは神の存在を信じている君だよ
だから今の君にとっては神が必要になってくる。
君が神ってことになちゃうね
神が好きなのなら神でもいいよ
人はみんな神
事象の意味は人(神)それぞれ
これなら問題ないよね
>>51 美しいと感じるのは醜いを知っているから
醜いと感じることがあるのならそこには愛はない
美しければ愛なら条件付の愛
本当の愛を知らないことになる
>>54 神の存在が気になるのであれば、まずどこかの教義を勉強されてはどうですか?
宗教抜きに神の存在を信じているのであれば外道ってことになりますよ
宗教の勉強するか信仰がなければ神の意味はわからないでしょう
あなたの知っている神は迷信です
どーりで神を知っているわりには頓珍漢なこと言うはずですね
信仰がないのなら神を持ち出しての議論はあなたにとっても無意味です
神は信仰に必要なだけのものです
まずこれを知ることからですね
58 :
考える名無しさん:2007/08/22(水) 11:25:28 0
相手が間違ったことを言ったら怒り反論すべきだ。それこそが個性であり、人間としてとるべき態度だ。
相手が間違ったことを言ってる時に「ここで怒ってはいけない。怒るのは自分が身につけた偏見が原因だ」などと思って引き下がってはならない。
間違った発言を放置すれば間違った考えを持った悪人が社会にはびこってしまう。
相手が間違ったことを言ったら自分の良心を信じ、直ちに反論し、場合によっては裁判に訴えてでも相手を黙らせるべきだ。
そうしてこそより良い社会を築くことができる。
>>55 だらかそれら全てが人のつくった概念という「事象」なのでは…?
>>教義において神の存在がなぜ必要なのかを考えるといいよ
>>教えの内容は神抜きでも変化しないだろ
考えたけど、よくわかりません。
なぜ必要なんですか?
>>事象を事象たらしめているのは神の存在を信じている君だよ
信じる=存在の肯定ですよね?
52で私は「「神」が存在するのかしないのかすら人間にはわかりません」と書きました。
私も一応人間です。
>>事象の意味は人(神)それぞれ
概ね、私が53に書いた内容に同意してくれるってことですね?
「如何なる事象も最初から意味があるかないかは、わからないが、あることにするかないことにするかの自由があるかもしれない…無限ループ」
が今回の議論の結論ということで良いですか?
モウコネーヨヽ(`Д´)/
61 :
考える名無しさん:2007/08/22(水) 13:20:50 0
>>56 意味を拡張させすぎた本当の愛をどう定義して実証する?
すべての生物には快楽を求める事と、苦痛から逃れようとするかの
どちらかの能動原因しかもたない
心理はこの2つの要因から働く、この内より本能的に刺激が強いのは苦痛のほう
古典的条件づけには嫌悪性の学習という応用がある
自分の好む物、事だけを欲して生きてゆくこれが私なりの愛の定義
しかし
>>58とは相容れない
>>59 >だらかそれら全てが人のつくった概念という「事象」なのでは…?
と、あなたが意味付けているのですよ
ただ起こっているだけの事象に意味を持たせようとするから意味があるわけで
それは意味を持たせようとする人それぞれの意味でしかないですよ
事象にもともとなにかしら意味があると意味付けたければ、その人にとってはそうなるだけのことです
まあ、その人にとって事象に最初から意味があってもその意味がわからなければ無いも同じことですがね
事象に最初から意味があるとしても、
事象の最初の意味を考えてもそれは後付けの意味でしかないですし、人それぞれです。
意味は人の作った概念ですから、人の頭の中にしかありません。
人の頭の中ではない、物や事象に備わることはありません。
>信じる=存在の肯定ですよね?
存在するかもしれないと信じてるんでしょ
>私も一応人間です。
神は人の作ったものです
私は神である。と言ってもその人は人間です
人は神であり愛である。と言う人もいます
>概ね、私が53に書いた内容に同意してくれるってことですね?
私は48ではありません
>>60 御自由に
>>61 条件付の愛でよければそれでよろしいかと
無償の愛はお好みでないのなら御自由に
求めているうちは不安が付きまとう
不安があるうちは愛を感じられない
愛を求めて生きるのは自由だが求めているうちは愛は無い
愛はただ差し出すだけのもの
何かの引き換えに得るものではない
得たように感じても又すぐに好むものを欲してしまう
永遠にあなたはあなたなりの愛は得られない
意味を拡張させすぎると感じるのは、愛を認めたくないからでしょうかね?
実証するも何も、それが愛です。
>しかし
>>58とは相容れない
人にはいろいろな事情があります
愛を差し出せばどんな相手も思いやれます
それが愛です
64 :
考える名無しさん:2007/08/22(水) 14:38:48 0
>>63 無条件の奉仕(自己犠牲)は社会的には賞賛される行為かもしれないけど
社会より個人を優先したがる人間はあまり意味を成さないのかな
ただ利己主義的な人間と個人主義的な人間がいる
ちなみに私は後者側
美しいとか、魅力、能力は社会的にも利用されているし優生学に通じるものがある
・弱い立場にある者(劣る)
・教養のないもの
・救いを求めるもの
これらが(魅力、能力=権威)に群がりやすい、権力は弱者たちが支えるものと言う事だね
能力や魅力の格差、差別化と言っても本来一個人レベルなら
たいした力量の差もないし集団の中においてその程度が死活問題でもない
問題なのは集団の中において個人が自らの意図で能動できない事、そういう空気?
能力や魅力には納得できるがそれに協力はしない、惹かれないと言う立場を取れば世の中うまくいくんじゃないか?
そっちのほうが自然界的な流れに近しいけど、んまあ現実はそうじゃないんだよね
>>意味を拡張させすぎると感じるのは、愛を認めたくないからでしょうかね?
実証するも何も、それが愛です。
その意図すばりかもね、でも言ってる例えがよくわからない
>>64 リンゴを絞ればリンゴの果汁が出ます
オレンジを絞ればオレンジの果汁が出ます
リンゴ絞ってオレンジの果汁が出ることはありません
中にあるものしか出てきません
愛が無ければ愛は出てきません
どのように生きようと自由です
愛のある者は誰に対しても愛を差し出します
愛でいっぱいなら愛しか出てきませんものね
これからも今までどおり誰かの愛に支えられて生きていくでしょう
その愛に気付くことがあれば少しずつでも愛を誰かに差し出すようになるでしょう
利己主義であれ個人主義であれ誰でも愛されています
愛を差し出されるだけの人生ですね
愛のある人は、愛を差し出し愛を差し出される人生です
愛が無ければと言いましたが、実は誰の中にも愛はあるんです
愛を知らない人は、それに気付かないだけです。忘れているんです
それを知るためにあなたはあなたの生き方を考えるのでしょうね
どんな人生になろうと、あなたにとって必要だから実現します
あなたはこれからも愛を知るため(思い出すため)の体験を重ねていくのでしょうね
その日が来ればわかります
人は与えられることで安息を得る
人は弱い生き物だから
しかし、己の弱さを克服し与えることを実践すれば
人は人を超えることができる
>>66 与えられても安息を得ることはない
与えられてもまたすぐに求め苦しむ
求め続けるうちは安息はない
人は弱い生き物ではない
人でなくとも弱い生き物などいない
弱いも強いもない
人は弱い生き物だと考えれば求めもする
求めれば安息はない
元からない弱さを克服することはできない
人は人であって超えるも超えないもない
人は弱い生き物だと信じ
人は弱いから求めてしまうものだと信じ
与えられても満足できずまた求め
求めても求めて安息はなく
信じた弱さを克服できればとまた求める
求めて与えられ信じた弱さを克服できたと思い込んでも
また不安に駆られまた求める
安息はない
何も求めなくとも必要なものは必要なときに現れる
今この瞬間に不足しているものなどない
強いも弱いもない。超えるも超えないもない
不安がなければ安息を得る。
与えるばかりで与えられることがなければ枯れてしまうよ
>>68 愛はいくら差し出しても枯れることなどないですよ
それに、だれでも愛に支えられ生きています
気付いていないだけです
言い方を変えましょう
傷つけられる日々が続けば渇きます
渇きが続けばそこには心の死しかありません
>>70 心のことでしたらそれは傷つけられたのではなく、自分で勝手に傷ついているのです
自分で自分を傷つけていると言ってもいいでしょう
傷つく原因が自分以外にあると勘違いしていれば苦しむでしょうね
勝手に乾いて勝手に心が死ぬのでしょう
枯れてしまいたいのならそれも自由です
自分で勝手に傷つくというのはどういう状態でしょうか
相手の真意を誤解しているならともかく
例えば無意味に殴られたら体は傷つきますよね
でも同時に心も傷つきませんか?
73 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/08/29(水) 19:19:21 0
>72
>1-3読んだ?答えはそこにある
74 :
考える名無しさん:2007/08/29(水) 19:54:25 0
そもそも責任とは何なのでしょうか?
なぜ責任を取らなければいけないのでしょうか?
何に対して?
暑くてたまらない時
人間は冷たい水を欲しがる
これは万人に一致する真理だと言えますか?
76 :
考える名無しさん:2007/08/29(水) 20:03:30 0
思わん
77 :
考える名無しさん:2007/08/29(水) 20:11:05 0
人は自分のフィルターでものを判断してるってのは分かるけど
本当に心が物質に表れてるんじゃないかなぁって思うんだけどさ
78 :
考える名無しさん:2007/08/29(水) 20:16:53 0
あと何ですべてが必然だと言い切れます?
逆に何をしてもすべてが無駄にならない世界だと思わないんですか?
79 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/08/29(水) 20:44:34 0
>74
責任とは何か?
ただの概念だよ
脳みその中にしか存在しない
>75
俺は水よりアイスがいいな♥
>78
>1-3に答えが
無駄にならない世界だとも思えるし、そうでないとも思える
倫理は嫌いですよ
人間は自分の都合良く世界を解釈しようとする
それには常識や倫理というものがもってこいだ
時間もないし空間もない闇もない隙間がない
でも今はあるように見えますよ
現実と非現実の混同されて世界で
人間の作った単なる概念に惑わされて生きてきたせいで
いろんなことを忘れてしまいましたよ
観念具現化さんは神様信じないんですか?
私は信じますよ
むしろ神様以外何も存在していないかのように見えますよ
>>73 あなた個人の意見を真実として丸々受け入れるつもりはありませんよ
83 :
考える名無しさん:2007/08/30(木) 07:24:24 0
専門とはいえ学校でエロゲーをやってる奴を許容できる奴なんて同じ奴か菩薩だな。
84 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/08/30(木) 23:47:25 0
>80人間は自分の都合良く世界を解釈しようとする
だね
>81
人格神は信じない
あんなのは投影に過ぎない
>むしろ神様以外何も存在していないかのように見えますよ
俺も人格神よりはそういう汎神論の方を支持するよ
>82
うん、受け入れなくていい
経験を積めば自然と受け入れられるようになる
体験が伴わないのに頭だけで理解してもあまり意味ない
無理して受け入れるのは宗教の洗脳みたいなもんだ
>1-3は宗教じゃないからね
>>84 経験うんぬんではありませんよ
私はあなたではない、そしてあなたは私ではないし神ではない、ただそれだけです
あなたの意見はたった一個人としてのあなたの意見でしかないんです
あなたは自分の意見が常に正しいわけではないことを知るべきです
思いこみを現実にする方法と
受け入れることのできないものに抵抗することで現実にする方法の2つあるから
一概に思いどうりの世界にはならないと思いますよ私的には
まあなんにしても事実は事実だな
区別できる体験をしてないとわかりようもないだろう
経験してないことってのは経験してないのだから経験していないことかもわかりようがないのかもな
普通その時(体験)がくればわかることでも
経験うんぬんではありませんなどと言ってるようじゃ
肝心なことを気付かないかも。つうか何度も気付かずにいるのかも
88 :
考える名無しさん:2007/08/31(金) 15:56:35 O
目の網膜に像が映ってから視神経を通り脳に到達し、更に記憶などと
照合されて意味付けやフィルタリングがなされ、それからようやっと
認識されるようになる。
だから、信じたものしか見えない、というのが本当の所だろう。
実際には上記の処理には個人の思い込みや妄想による幻覚も混ざる。
人が真実を見る瞬間などほとんどないのだ。
>>87 糞コテの言葉を事実だなんて持ち上げる必要あるのかねw
痛みを痛みと感じない奴は人間以前に生き物じゃねえよ
ここの
>>1が求めてるのはそういうこと
人生相談板でも他人に無茶苦茶なこと要求して暴れてる
自分の意見を受け入れろ受け入れろと言うわりに他人の意見は受け入れられない大馬鹿
>>89 >糞コテの言葉を事実だなんて持ち上げる必要あるのかねw
事実だから仕方ないよ
>痛みを痛みと感じない奴は人間以前に生き物じゃねえよ
>ここの
>>1が求めてるのはそういうこと
どこ読んでそうなった?
>自分の意見を受け入れろ受け入れろと言うわりに他人の意見は受け入れられない大馬鹿
受け入れろとは言わないと思うがなぁ
なんか真逆なんだが・・・
91 :
考える名無しさん:2007/08/31(金) 18:40:05 0
1の言ってることは要するに
「他人の言動はただの事象であり、全方位に認められる意味はその事象の存在以外にない。
自分がその事象に意味を感じるのは、自分の観念でしか判断していないから。」
ということ?
すると例えばレイプされた女の子がいて、その事件をメディアが実名で公表したとして、
それを恥ずかしいと思ったり、屈辱だと思ったりするのは自分の勝手な観念で判断
してるからであって、その子が傷ついたと感じることにメディアは一切責任を負わない、
そういうこと?
1の理論では、どうにも他人の認識が欠けているように思うんだが、どうだろう?
むしろ争いをなくしたいなら、他人の観念による他人の解釈に対し、
ある程度責任を持つべきではないかと。
他人の観念がある以上、その観念に則って自身への攻撃とみなされる事象が、他人に
よって引き起こされれば、その発信源に対し攻撃性を持つのは当然であり、また
それによって争いは起こるのではないか、と思う。
責任があるからこそ、自身の観念により起こす言動に対し、慎重に推敲できるのではないか。
あらゆる事象は、「その事象が存在する」、という意味と、
「それぞれの観念に価値あるいは意味の判断をさせる」、という意味以外にないと理解するべきでは。
>>90 こいつは本当に酷いよ
受け入れられないって返した奴に対して「そう感じてしまうことに問題がある」といった内容の繰り返し
未熟だ未熟だと見下すばかり
なにもかも自分の理論に当て嵌めて全面否定
そうやることで結局は自分が1番他人に原因を求め続けてる
誰よりも自己矛盾してるんだよ
93 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/08/31(金) 19:16:54 0
>85
でどこが正しくないって?
>86
まさに100%お前の観念が具現化しているということだ
>89人生相談板でも他人に無茶苦茶なこと要求
「白黒模様」ごときに何を要求されてんの?
94 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/08/31(金) 19:17:28 0
>91その子が傷ついたと感じることにメディアは一切責任を負わない、
傷付いたこと自体には、その通り
レイプされたことが何故そんなに恥ずかしい?性概念が未熟だと思われ
>むしろ争いをなくしたいなら、他人の観念による他人の解釈に対し、 ある程度責任を持つべきではないかと。
方法論としてそれは否定しない
事実それが有効だから。相手のレベルによっては
>その発信源に対し攻撃性を持つのは当然であり、
そんな風に思っているから、争いが起こる
>責任があるからこそ、自身の観念により起こす言動に対し、慎重に推敲できるのではないか。
発言者側の責任と受信者側の責任は分かれる。きっちりと
その区別が曖昧だから、混同する
>92
人は鏡だからね
95 :
考える名無しさん:2007/08/31(金) 19:43:14 O
>>93 >>これは無論、迷惑を掛けたり失敗しても反省や訂正や改善をしなくて良いという事ではない
反省しろ気違い
96 :
91:2007/08/31(金) 20:00:26 0
>94
>レイプされたことが何故そんなに恥ずかしい?性概念が未熟だと思われ
それこそ個人の観念による判断。
恥ずかしいなどの感情は、その個人の観念に基づくわけで、それを未熟と
他人が判断するのはおかしい。
あなたの恥ずかしいを、他人があなたの未熟と完全に規定できないのと同じ。
>そんな風に思っているから、争いが起こる
押し付けではなく、ちゃんと納得できる理由を述べてくれ。
私は争いが起きる理由に対する考えがそもそも違うんじゃないかと言っているのだから。
>発言者側の責任と受信者側の責任は分かれる。きっちりと
じゃあ1も含めてあなたの考える発言者側の責任と受信者側の責任をなるべく具体的に
述べてくれ。
1の論中では、発信者側の責任に関しては何も述べられていないので。
>>93 あなたの意見は一面でしかなく全てではないところです
それなのにあなたがその意見をあまりにもあらゆる物事に当て嵌めて言うところです
あなたの言う「事実」に乗っ取って思考するなら、突き詰めればまともに他人と関わることが出来なくなると思います
でもあなたはそれをあちこちで推奨してますよね?
それが気にくわないのであなたの意見は正しくないものとして受け入れません
私は人間なので集団の中に生きています
自分が起こす行動で他人が傷つくことがあれば、他人が勝手に傷ついたのではなく自分が傷つけたのだと思いたいです
98 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/08/31(金) 23:28:22 0
>96それこそ個人の観念による判断。
そう。だからその個人に責任がある
>それを未熟と 他人が判断するのはおかしい。
何が未熟かは個人が判断すること。俺の主観だよ、ただの
>押し付けではなく、ちゃんと納得できる理由を述べてくれ
いやいや押し付けてないよ
それに理由もそのまんま述べてる。納得できないか?
> 1の論中では、発信者側の責任に関しては何も述べられていないので
発言する側は、発言する前に解釈してるよね
その責任が取れて無い証拠が、お前の言う「責任を求められるような発言」に繋がってる
発言そのものはどんな内容であれ、ただの光や空気の振動でしかない
だから本当は全て解釈する側の問題なんだよ
99 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/08/31(金) 23:29:07 0
>97あなたの言う「事実」に乗っ取って思考するなら、突き詰めればまともに他人と関わることが出来なくなると思いま
その「事実」というのは俺のいう事実とは多分違うね
だから他人と関われなくなる
他者との意思疎通が不可能になる、という誤解は理解の途中で少なからぬ者がぶち当たるな。何故か
一体>1-3のどこに、そんな誤解を招く不足箇所があるんだろ???
>他人が勝手に傷ついたのではなく自分が傷つけたのだと思いたいです
小さな子供相手ならそれもいいだろう
だがいつまでもそうするなら、それは相手を甘やかすことになる。つまり偽善だ
いつまでも精神的に自己責任が取れない子供が多くなるね
今はまだ人類全体がそんな感じかな
己の感情に自己責任を取るのはまだ「常識」になってないから
>>92 で結局、受け入れろとは言ってないんだろ?
どうして受け入れろ受け入れろと言ってるように感じたのかな?
自分の中にあるものしか出てこないからねぇ
言ってもないのに受け入れろと感じるってことは、それは君の心の表れなんだろうね
まるで君が君自身を非難しているようだね
>こいつは本等に酷いよ
>誰よりも自己矛盾してるんだよ
なるほろ
101 :
考える名無しさん:2007/08/31(金) 23:59:07 O
お前の心の表れだろハゲ
幼児がいるようだな
>>100 受け入れろって散々言ってるじゃん
受け入れられない人間は勉強不足だ経験不足だ未熟者だってしつこく粘着してんじゃん
自分のレスにアンカーつけて「ここに答えがある」「これを読めば幸せになれる」
お前は新興宗教の教祖と同じこと言ってるんだよ
お前みたいなことやってりゃただの気違い扱いされて当たり前だ
お前は言われたことをそのままの意味で聞くことがどうして出来ないんだよ
反省しろっつったら反省しろや改善してみせろや
自分で言ったことだろうが
お前こそ自分の頭にこもってないで外出てみろ
>>103 >受け入れられない人間は勉強不足だ経験不足だ未熟者
事実じゃんよ
それに受け入れろとは言ってないじゃん
>お前は新興宗教の教祖と同じこと言ってるんだよ
俺?俺は観念ちゃんが受け入れろなんて言うことはないと言ってるだけなんだが
>反省しろっつったら反省しろや改善してみせろや
う〜む・・
だれかと間違えているような・・・
>お前こそ自分の頭にこもってないで外出てみろ
だれでも自分の頭にこもってるんだよ
外に出たところで頭からは出られない
すべては脳の錯覚
その錯覚とうまく付き合っていく方法を観念ちゃんが教えてくれてるんだよ
まあ、人生の道標かな
どのレスにもないのに、
受け入れろと散々言っているように感じるのは君自信の心の表れだよ
気の毒だと思うからこそ俺もこうしてレスしている
観念ちゃんも同じだ
まあ、あれだよ。愛だよ
105 :
考える名無しさん:2007/09/01(土) 10:13:01 O
>>104 ああごめん
途中から糞コテへのレスになってるわ
ここの糞コテさんは他スレの議論に割って入ってそういうこと言ってんだよ
錯覚とうまく付き合っていく方法とかじゃなくてな
そう錯覚するお前が何もかも悪い、って論調だ
>>1-3にあることが誰にでもおこることであれば、何かを議論している時にその部分を責めたりけなしたりしてもしょうがないだろ
揚げ足取りにしかなってない
事象を脳みそ通さずありのまま知るなんて誰にもできない
それを自分だけやれてるつもりでお前達もやれって言うんだよ
無茶ぶりしすぎだろ
高尚ぶって他人をけなすのは自分のスレだけにしてほしいんだ
>>105 >そう錯覚するお前が何もかも悪い、って論調だ
錯覚とうまく付き合わないと自分以外からの影響で自分の脳が錯覚していると錯覚してしまうな
幼稚な奴は錯覚との付き合い方が下手なんだよ
その事実を言ってるだけだと思うんだがな
>事象を脳みそ通さずありのまま知るなんて誰にもできない
その通り、だからすべての事象には元々意味はない
脳みをを通した人なりの意味になる
>それを自分だけやれてるつもりでお前達もやれって言うんだよ
そんなことは言ってないだろ
脳みそを通しているのだから個々人の価値観によってそれぞれの感情が発生しているってことだよ
>高尚ぶって他人をけなすのは自分のスレだけにしてほしいんだ
けなしていると感じるのは君の脳みそを通した結果であって
君以外の誰の所為でもないよ
君ならけなすときに観念ちゃんみたいなレスになるのだろうね
まあなんにしてもレスするのは自由だろ
こうして君が観念ちゃんのスレでレスする自由があるのなら
観念ちゃんが観念ちゃんのスレ以外でレスする自由も認めないとね
高尚ぶって他人をけなしていると勝手に受け取って気に入らないから自分のスレだけにしてほしいと願う感情を起こす価値観を変えられない君のために
>>1-3があるんだと思うよ
観念ちゃんに感謝しないとね
107 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/01(土) 12:45:44 0
>103「これを読めば幸せになれる」
幸せになれるかどうかは読者次第
そんなこと言う訳無い
>お前は言われたことをそのままの意味で聞くことがどうして出来ないんだよ
それ俺の台詞
>105事象を脳みそ通さずありのまま知るなんて誰にもできない
脳味噌を通して、ありのまま知るんだよ
やってみ
あ別に無理にやらんでいいけど
>106
ホント助かるわ
108 :
考える名無しさん:2007/09/01(土) 13:01:58 0
例えば、南アフリカに隕石が衝突すると言う観念は具現化するだろうか?
ノストラダムスの大予言は外れたが。
>>107 >ホント助かるわ
お!そうか
少しは役に立ってるようだな^^
110 :
考える名無しさん:2007/09/01(土) 14:28:44 O
モナド
111 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/01(土) 16:34:33 0
>108
するかも知れないね
寧ろ「隕石落ちたらどうしようもない」という観念の方がね
>109
いや一番助かってるのは彼の方かも知れない
俺はあそこまで親切に説明しないから
>>111 >いや一番助かってるのは彼の方かも知れない
そうだといいんだが・・・
>俺はあそこまで親切に説明しないから
ほとんど無駄かもね
お前さんのレス読んで真逆の解釈しかできん奴だからなぁ・・・
感情が先に立って混乱するのかもな
学問馬鹿は頭固いし
お前さんも大変だな
感心するよ
113 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/01(土) 18:57:17 0
>112お前さんも大変だな
いやいや人生思い通りに行かない人に比べたら俺なんか
>>113 まあな
思い通りにいかないことすら気付いていないのかもだしな
でもお前さんはたいしたもんだよ
尊敬するよ
115 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/01(土) 20:41:27 0
116 :
考える名無しさん:2007/09/01(土) 21:38:18 0
>111
>108
>するかも知れないね
>寧ろ「隕石落ちたらどうしようもない」という観念の方がね
そこにどういう根拠があるの?
117 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/01(土) 21:55:53 0
>116
根拠は>1-3にkwsk
118 :
考える名無しさん:2007/09/01(土) 22:37:53 0
>117
いや、1〜3は感情に責任があると言う話で、自然現象と意識の関連性(シンクロニシティ)については触れていないよ
119 :
考える名無しさん:2007/09/01(土) 22:44:06 0
ところで、俺は遊びも仕事も超一流にこなせる超人だと信じようとしているのだが
どうもそうならないのは信心が足りないのかね。
どこか無意識で「そうではない」と信じていると言うことだろうか。
それは信仰なのか見識なのか
120 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/01(土) 22:54:14 0
>118自然現象と意識の関連性(シンクロニシティ)
外界は内界の鏡ってことではダメ?
もう少し具体的に質問ヨロ
>119信じようとしているのだが
「としている」時点でね
どこか自分に嘘を付いてる
超人になるためにやることをやってる?
やることやらずに自己暗示掛けても、妄想の中でしか具現化しないよ
ボクはパーマンだ、と言って屋上から飛び降りる子供みたいなもんだ
>それは信仰なのか見識なのか
似たようなもんだけど、信仰って言うと宗教臭いな
121 :
考える名無しさん:2007/09/01(土) 23:09:24 0
超人になるために、意識的に努力するとしたらそれは自己暗示でもなんでもないのでは?
そりゃ合理的な努力に付随する必然的な現象じゃん
122 :
考える名無しさん:2007/09/01(土) 23:12:33 0
>外界は内界の鏡ってことではダメ?
「隕石落ちろ」と思っていると、隕石落下と言う現象が生じるが、あくまで解釈の違いで、隕石落下しろと思っていない人には
隕石落下と言う現象は無いと?ちょっと同意できんな
123 :
考える名無しさん:2007/09/01(土) 23:20:24 0
つまり、自己や世界を認識しているのではなく観念を認識していると言うことだよな。
しかし観念を超えた実存と言うのはあるのではないか
>>115 プレゼント受け取ったぜ!
曲はスタンドバイミーをサンプリングか
そりゃ売れるわな
17才かぁ・・・
126 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/02(日) 12:57:02 0
>121意識的に努力するとしたらそれは自己暗示でもなんでもないのでは?
一種の自己暗示でしょ
>122「隕石落ちろ」と思っていると、隕石落下と言う現象が生じる
それ以上に大多数が「隕石落下は人智では制御できん」と思ってるから、そっちの方が具現化する
>隕石落下しろと思っていない人には 隕石落下と言う現象は無いと?
積極的に「落下するな」と思う人が多くなれば、隕石の軌道を変えるテクが発達するだろうね
今はまだ「落下してもしょうがない」と思う人が多いので、そういう装置に予算は行かないが
>123しかし観念を超えた実存と言うのはあるのではないか
そういう観念を持っているなら、そうだろうね
>124スタンドバイミーをサンプリング
俺10回くらい聴いてから気付いたよ「あれ?ベース同じじゃん」
つか17歳かよあのデブw英語が舌足らずなのは天然か?
その理屈じゃ
大多数の人が観念なんか具現化する訳ないと思っているから
観念は具現化しないな。
漏れは(見た目の)理想の女性像の観念を持っていて、
それを何とか絵で表現したいと思って脳の右側で描けとか読んだりして
たくさん描いた。美術の成績も10だったしマンガを描いて作品が載ったこともある。
でもうまくいかなかった。
意識が有り認識している状態で、自分が何を認識しているかを観察したとき、
目などの受容体から受け取る外界(現実)、自己の体調、欲、感情、
そして観念(記憶)や言語(音含む)を利用した思考、概念、判断する自己があげられると思う。
そうやって、現実と観念を認識した時、どう判断しても現実と観念は似て非なるもの。
(現状では)決して交わることのないもののように思われるのだ。
もちろん観念(記憶)は現実を基にしている
130 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/02(日) 13:56:03 0
>127大多数の人が観念なんか具現化する訳ないと思っているから
その観念が具現化するね
>でもうまくいかなかった。
下手なんだな
>現実と観念は似て非なるもの。
表裏一体だよ
131 :
127:2007/09/02(日) 14:12:11 0
「観念は具現化しないという観念が具現化する」
という観念は観念として独立していて(というか現実の中の一つ)
他の現実に影響を与えていないよ。
物理学者はそのへんまともで数学的概念で矛盾しないことについて、
馬鹿でかい装置まで作って実証しようとする。リサ・ランドールの5次元とか。
そういううまくいかないじゃないんだ。
完全に写実的に描いてもしょせん紙だし、先ほど見た目のみみたいに描いてしまったが
観念的にもっている見た目の雰囲気というかそういうものを
絵に植えつけることができないんだ。
>>126 舌足らずな英語を聞き分けるほどの英語通な観念ちゃんなら
まったく英語チンプンカンプンの俺にもわかるように歌詞の内容を日本語で教えることなどたやすいだろう
あの歌ってどんな内容なの?
133 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/02(日) 16:57:06 0
>131他の現実に影響を与えていないよ。
・・という観念が具現化してるんジャマイカ?
>絵に植えつけることができないんだ。
イメージ力が足りナインジャマイカ?
>132
夜の公園で出会って互いに見初めあったんだぜ
若すぎる、続かない、と散々言われたけど、駆け落ちしたんだぜ
99年に俺が初犯でしょっぴかれて会えなくなると思ったぜ
でも出所したあと彼女と一緒に引っ越したんだぜ
でも喧嘩して浮気されて嘘付かれたんだぜ
分かれるなんて言われたら自殺しちゃうぜアヒャ(・∀・)
という、振られる直前の女々しい男の歌だよ
134 :
考える名無しさん:2007/09/02(日) 17:32:08 O
>1
1が言って居る事が正しい事を証明する為に今から雨乞いをして24時間以内に雨を降せて見よ
まぁ天気予報ではこの先雨が続くはずなので雨では無くヒョウにしよう
何ならイエスキリストのように魚を降せてみてほしい
135 :
127:2007/09/02(日) 17:44:43 0
>>133 してないよ。
「観念が具現化する」っていうのを公理みたいにつかっているけど
観念が具現化するところを実証しないとその言葉遊びは
現実には通用しないと思うよ。
136 :
127:2007/09/02(日) 18:23:10 0
漏れの判断は
観念は現実の一部で観念と現実は相容れない。
というものでそれを実証しなければならないだろうが、
体験でしか説明できないので
>>1-3と同じレベルにとどまるのだろう。
>>1の感情の原因が100%固定観念にあるという部分も疑問なんだが。
>>1の中で摂食や肉体的快楽が除外されているが
なぜ性欲や食欲が観念と関係ないのか?好きな人を思い出したり、
腹が減っていて、以前食べたものを想像して食欲が増長される。
>>1の観念の定義がかなり狭いからだろうか?
イメージ力か。細部の細部まで絵的な観念を感じろということか。
それでも絵と観念が近づくのだろうか?
別に写実を求めるだけでなく、デフォルメしてもいいんだ。近づけるのなら。
例えば似顔絵が表紙のビックコミックがある。他にもぴあなんかもあるが、
確かに似ている。だが何かが足りないのだ。
根本的に観念と現実がイコールでないからではないかという判断をしている。
少し俺には同情心が強すぎた・・・
今後から慎もう
>>133 そうか男の歌なのか
女たちになにやら自信を持って生きろと歌っているのかと思った
知らんほうがよかったかも
139 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/02(日) 18:51:04 0
>134
できそうもないな。だから「できない」という観念が具現化するだろう
証明終わり
>135現実には通用しないと思うよ。
と思ってるその観念が具ry
>136なぜ性欲や食欲が観念と関係ないのか?
直接的なのが、だよ。直接的なのは観念が作用しないからさ
思い出して想像して勃起したり涎が出るのは、観念がモロに作用してる
>細部の細部まで絵的な観念を感じろということか。
そう。それができたら漫画で飯食っていけるよ
140 :
考える名無しさん:2007/09/02(日) 18:54:36 O
>1
体験談でもいいので観念が現実になった例を上げてくれ
141 :
考える名無しさん:2007/09/02(日) 19:14:09 O
>134できそうもないな。だから「できない」という観念が具現化するだろう 証明終わり
だとすると観念とは原因では無く結果と言う事になるよね
現実は観念の鏡では無く
観念は現実の鏡なのでは?
142 :
127:2007/09/02(日) 19:16:59 0
>できそうもないな。だから「できない」という観念が具現化するだろう
ちょっと書き足して
「できそうもないな。だから「今後24時間以内にヒョウは降らない」という観念が具現化するだろう。」
でも根本的に「今後24時間以内にヒョウは降らない」≠観念が具現化
って言ってるんだ。観念はどう想像しようと観念である。現実に起こったこと交わらない。
絵を描いても根本的に観念と絵は相容れないんだ。
観念は、自己に意識があり認識している時、その認識全体の中の一部であり、
観念は受容体から吸収し変換した記憶である。
現状、観念は具現化していないから観念は具現化しない。
観念は現実の中で個別に独立したものです。
ヒョウが降ってこないことと、ある個人が考えた「「今後24時間以内にヒョウは降らない」という観念が具現化するだろう」という観念は
独立して存在している。
143 :
考える名無しさん:2007/09/02(日) 19:24:39 O
しかし「ちょっと便所行って来よう」程度の観念は具現化するよね
144 :
127:2007/09/02(日) 19:26:52 0
>>143 漏れは現実に便所に行く行為と観念はイコールでないと主張している。
排泄行為は本能
146 :
考える名無しさん:2007/09/02(日) 19:32:34 O
144
誰もイコールだなど言っとらんし
イコールである必要もないだろ
147 :
127:2007/09/02(日) 19:36:21 0
>>146 観念は具現化するっていう言葉からそういうことを言ってるのかと。
イコールじゃないんならまあいいです。
148 :
考える名無しさん:2007/09/02(日) 19:36:47 O
天気予報と天気が同じでないようなものだよ
同じである必要がないだろ
149 :
127:2007/09/02(日) 20:45:25 0
イコールでないと
>>3で使っている「全て」とか「100%」に合致しないからと思って。
んじゃ
>>1-3は安西先生がいう「あきらめたらそこで終わりですよ」(だったっけ?)
レベルのいわゆる「人生哲学」てことなんですね。
150 :
考える名無しさん:2007/09/02(日) 21:00:54 O
127はアスペルガー障害か何かだろう
151 :
考える名無しさん:2007/09/02(日) 21:11:36 O
フッサールはその辺の事に気がついて居たって事はあるんじゃないの
世界(外界)は憶見(ドクサ)によって生じると
クオリア
153 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/02(日) 23:07:13 0
>140
俺さ、とある職業に就きたいと思ったんだ
そしたらその職業に就いたんだ
>141だとすると観念とは原因では無く結果と言う事になるよね
意味不
>現実は観念の鏡では無く 観念は現実の鏡なのでは?
そういう観念を持ってるなら、そうなるだろうね
後者は特に犯罪者が言い訳によく使う。つまり「俺がこうなったのは社会が悪い」
>142絵を描いても根本的に観念と絵は相容れないんだ。
そういう観念が具現化してるんジャマイカ?
>143
それが夢の中で具現化するとおねしょになるよね(´・ω・`)
おねしょする赤ちゃんは常に観念が具現化していると
155 :
127:2007/09/03(月) 00:03:22 0
>>153 「そういう観念」って何ですか?
「絵を描いても根本的に観念と絵は相容れないんだ。」全体のことですか?
少なくともこの言葉の中の「絵」は観念をさしていません。
これも観念ということになれば
>>153さんの言う観念の定義がよくわかりません。
観念とは、ある事物を意識した時、意識のうちにあらわれる意識内容。
表象。心の中に思い浮かぶかたち。と辞書では定義されています。
今、例えば目を通じて認識される目の前のものは定義上観念ではありません。
>>1で感情の原因は100%固定観念という主張をしてますが、
長く生きると認識され蓄積された記憶(観念)やそれまでの自己の判断によって
感情の発生も影響すると思いますが、人間は常に情報を認識し続けています。
生まれたばかりの人としばらくたった人を区別して論じようとしていますが、
長く生きた人も同様に新しい情報を認識し続けています。たとえそれに慣れたとしても。
で、慣れていない現実に遭遇した時、例えば極寒の大気に晒されたり、地震が起こり
物の下敷きになり意識はあるが業火に焼かれた時。体験したことはないのでなんともいえないが、
100%自己の内部のみが原因で喜怒哀楽が発生するのか?
ただ
>>1の後半で情報をどう受け取るかの自由は他者からの肉体的拷問によって変わるので除外するという
>>1の前半と矛盾した論理にはなってるようですが。ま、そこは本質じゃないのでいいです。
そもそも観念が具現化しないということが自分の主張であり興味なので。
156 :
考える名無しさん:2007/09/03(月) 08:25:40 O
>141だとすると観念とは原因では無く結果と言う事になるよね 意味不
君がとある職業につきたいと思ったのは「ウンコしたい」とかと同じで
結果的なものではないかと言う事
「俺の人生上手く行かない」と思うのも結果的、構造的にこのような思いが生じて居るのであり
意志で無理やり自由に出来るものではないのではないか?
157 :
考える名無しさん:2007/09/03(月) 10:30:05 O
ナポレオンヒルやユングやフッサールも似たような事は言って居る
>1はもう少し理論的に掘り下げて見て欲しい
哲学の歴史をひっくり返す偉大なる発見に繋がるかもしれない
158 :
考える名無しさん:2007/09/03(月) 11:17:42 0
内界は、見られる外界にとっての鏡ということも言えるんじゃない?
159 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/03(月) 19:03:43 0
>154
いや赤ん坊には殆ど「観念」はないよ
原始的なのしか
「おねしょしたら不衛生」などの衛生観念も未発達
>155「そういう観念」って何ですか?
引用文全体
> >153さんの言う観念の定義がよくわかりません。
1に書いてある
>今、例えば目を通じて認識される目の前のものは定義上観念ではありません。
「ある事物を意識した時」になるんジャマイカ?
> 100%自己の内部のみが原因で喜怒哀楽が発生するのか?
遭遇したときの対処などが欠如してる(それまで学習してない)から、恐怖が起こるよね
勿論、地震で潰された痛みは別として(肉体的なものだから)
>他者からの肉体的拷問によって変わるので除外するという
1のどこ?
160 :
127:2007/09/03(月) 22:41:14 0
>「ある事物を意識した時」になるんジャマイカ?
その定義の要点はその次の文です。「意識のうちにあらわれる意識内容」です。
外界なり自己の思考なりを意識したときに誘発される意識の「うち」の「内」容です。
一般的にはこういうことでしょう。
『私は今(@パソコンの画面)を見ています。それと同時に(A卒論もやらずに9.11の速報をやってる
テレビを観ながら2chばっかしてる自分とその部屋)を思い出しています。』
@が自分が目を通して認識している現実で、Aが観念です。
@とAが観念なら、観念という区分・定義は必要ありません。
それとも、「認識したと(ほぼ?)同時に観念になる」という意味でしょうか?
それはたしかに一理あると思います。しかしだからといって現実は観念の鏡ということになるんでしょうか?
例えば、今、ある人が電車の中で遠藤農相辞任と出た液晶モニターを見、それを見るまでそのことを知りませんでした。
その人の固定観念によって「やっぱりな」と笑うなどの感情が湧くかもしれません。
そして、見たと同時(?)にその人の固定観念が「遠藤農相就任中は正しくなく、遠藤農相辞任が正しい」に変わるでしょう。
このプロセスは現実→認識→固定観念です。固定観念はその現実を認識するまで自己でそういう変化をすることはないでしょう。
現実が変わったので観念の鏡が変化したような構造です。
>遭遇したときの対処などが欠如してる(それまで学習してない)から、恐怖が起こるよね
>勿論、地震で潰された痛みは別として(肉体的なものだから)
漏れがいいたかったのは、そういう極寒や業火などに関わらず
感情の原因は現実であるということです。たしかに、蓄積された固定観念のフィルターによって
喜怒哀楽が増徴されたりなくなったりするかもしれないけど、
そもそも現実がなければ固定観念のフィルターも働きようがないということを言いたかった。
そして固定観念のフィルターを作り上げた原因も現実。
161 :
127:2007/09/03(月) 22:42:02 0
>1のどこ?
>読み手が他者に「強要」されることなく自由意思でそれを選んでいれば、その結果に対する責任は読み手自身にある
と
>ここで言う「強要」とは肉体に対して直接的物理的な実害が及ぶケースのみであり、
から解釈した文章です。例えば仲間の情報を持っている囚人が肉体的拷問でその情報の自白を迫られても、
その囚人が情報をはくかどうかは囚人の責任ではないでしょうか?仲間のためにがまんして情報を吐かないかもしれません。
それで上記の欲望やら肉体的なものを論外として切り捨てるのはおかしいなと。
>1と2>で感情と固定観念の話をして、それを根拠にいきなり>3の冒頭で
感情に限らずと言って「現実=観念の鏡」という公式を導きだしていますが、
感情以外の何が100%固定観念が原因で起こるんですか?感情だけ例示すればその公式は成り立つんですか?
自分の判断としては感情の原因の根本は現実にあるなので、公式は成り立たないんでしょう。
162 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/03(月) 23:14:36 0
>160@が自分が目を通して認識している現実で、Aが観念です
でもそれだと意識は殆ど思い出の方に飛んでて、目の前の画面の字は読んでないだろ?
>固定観念はその現実を認識するまで自己でそういう変化をすることはないでしょう
いやそれは単に想像力が働いてないだけだよ
想像力の欠如部分を、映像が補ったようなもの
音楽だってそうだよ
誰もが、メロディや歌詞を実は「忘れてるだけ」なんだよ
誰かが作曲すると、それは発明ではなく発見なんだよ
>そもそも現実がなければ固定観念のフィルターも働きようがない
妄想でも感情湧くよ
163 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/03(月) 23:15:20 0
>161その囚人が情報をはくかどうかは囚人の責任ではないでしょうか?
いやそこまで責任を負わせてない
痛みが肉体的物理的に作用するから論外だよ
>感情以外の何が100%固定観念が原因で起こるんですか?
全ての体験が、だよ
>感情だけ例示すればその公式は成り立つんですか?
感情だけでも成り立つね。感情は体験の一部だから
>自分の判断としては感情の原因の根本は現実にあるなので
「現実に対する受け止め方」は、観念にあるだろ?
だから同じ現実を体験しても、各人抱く感情はバラバラ
似たような観念を持っているなら似たような反応をするだろうが
164 :
考える名無しさん:2007/09/03(月) 23:35:46 O
固定観念と判断の違いはあるでしょ?
165 :
127:2007/09/04(火) 22:26:17 0
>でもそれだと意識は殆ど思い出の方に飛んでて、目の前の画面の字は読んでないだろ?
ここで、画面の字と書かずにパソコンの画面という風に表現したのは
この場合、たしかにかなり思い出の方に集中してるからだろうと想定したからでもあります。
ただ、突然パソコンの画面が点滅したら気付くでしょう。少なくともその現実を見ていますから。
震度5の地震がくれば、その揺れに即座に反応するでしょう。温度などを肌で感じていますし、耳には平衡器官もあります。
少なくとも漏れは観念に100%集中することはできません。
レタス
あなたは上の3文字を認識して形や色の観念や触感や匂いを思い出したかもしれません。
少なくとも意味はキャッチしたでしょう。漏れはレタスを出荷する箱の観念が出てきました。
あなたが目で見ている現実はディスプレイ上に表示された3文字ですが、観念もほぼ同時に想起されたでしょう。
(
>>162さんは観念を視覚的なもの以外も含めて使ってらっしゃるようですが、
観念の定義はあくまで「観」の念なので、漏れ的にはもっと定義の広い言葉を使いたいのですが
>>152でクオリアと出してもらって、前から気になっててウィキを見させてもらったら、
こっちの言葉の方がよさそうなんですが、とりあえず観念を
>>162さんの定義に近いと思われる感じで使います。)
そもそも目での認識とほぼ同時に観念が想起されないと文字(この場合日本語)はすらすら読めないでしょう。
漏れの場合、ハングルは分からないのでハングルでレタスと書かれてもレタスは思い浮かべないでしょう。
ということで、現実と観念は区別され、しばしば同時的です。
>いやそれは単に想像力が働いてないだけだよ…
想像力を働かせれば、明らかに遠藤農相就任中に今回のような遠藤農相の辞任がわかるってことですか?
その想像力っていうのはまだ起こってないことに対してですか?
それとも、例えば、今自分の傍らにあった鍵を見ていますが、これですか?これは観念からできてるんですか?
166 :
127:2007/09/04(火) 22:27:33 0
>妄想でも感情湧くよ
妄想の根本がどこなのかということです。
確かに今、想起されるすべての観念をたどっていけるかといえば自信はありません。
ただ、例えば、漏れが今日見た会社の人を思い出し妄想し、むかつきの感情を覚えます。
明らかに観念の「会社の人」の根本をたどっていけば現実から得たものだということになります。
そうやって現実の影響を受けて、徐々に個別の固定的な感情の発生パターンができるんじゃないですか?
ま、だいたい感情はプラス的かマイナス的かでそんな複雑なものでもないですけど。
>痛みが肉体的物理的に作用するから論外だよ
>全ての体験が、だよ
>感情だけでも成り立つね。感情は体験の一部だから
外的痛みを含めた体調や、性欲、食欲、睡眠欲も体験ですよね?
なぜかそれを除外して議論しようしているような感じですが。門外漢なんで分かりませんが神経伝達物質ということでは区別されるのでしょうか?
全ての体験なんだから、「体調は100%固定観念が原因」「欲は100%固定観念が原因」も成り立つということですか?
それには同意しかねます。そもそも、感情と固定観念の説明だけで、現実というものが観念の鏡だっていう結論にいたるのか
よくわかりません。お暇でしたら他の論理から現実が観念の鏡であるという説明をしてみてください。
167 :
127:2007/09/04(火) 22:28:20 0
>「現実に対する受け止め方」は、観念にあるだろ?…
受け止めるのが観念にあったとしても、そもそも受け止められるものがないと。
グローブをはめて構えてはいるけどまったくボールが飛んでこないという状況でしょうか。
同じ現実を見てどういう感情を抱くのかという実験はできそうです。
とりあえずオバQの人形でも用意して、自分以外の人に手伝ってもらう。
で、置いてあるオバQに対して、漏れともう一人の人で「みているオバQは同じだ」という完全な同意を作ります。
その後、どんな感情を持ったか確認しあうという感じでしょうか。
とりあえずこの実験は思考観念にとどめておきます。実際に実験したら意外と面白いことが分かるかもしれませんが。
で、現実をなくすという実験はできるでしょうか?
やるとしたら漏れがやらなければならないでしょう。まず目をつぶし、耳をつぶし、麻酔をかけ、
呼吸を出来ないようにし…意識はあるが現実を認識できる器官をできるかぎり殺すという状況をつくる。
そして、もとにもどす。これは思考観念にぜひとも留めておきたい実験です。
これでも現実をなくすことはできたでしょうか?いい実験があったら教えてください。
現実をなくすことができなければ現実が先と言うことができるでしょう。
あとは、観念をなくすことができるかという実験をする必要があるでしょう。
観念という定義が狭ければすぐにでもできそうです。思い浮かべなければいいんですから。
意識がある以上常に存在しつづけるのが観念だとすれば、実験は現実と同様難しくなりそうですね。
つらつら書きましたが、結局漏れの判断は観念も現実で、現実の中の個別の中の1つが自己の観念で、
故に観念は他の鏡でもなんでもなく独立しているというものです。
168 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/05(水) 00:09:00 0
>165想像力を働かせれば、明らかに遠藤農相就任中に今回のような遠藤農相の辞任がわかるってことですか?
そう。全く有り得ない事ではない
>その想像力っていうのはまだ起こってないことに対してですか?
勿論
>166妄想の根本がどこなのかということです
根本は観念だよ
>「体調は100%固定観念が原因」「欲は100%固定観念が原因」
いや、体調はウィルスが原因かも知れないじゃん
そのウィルスを体内に引き込んだのは観念が原因だけど
欲は、最低限の生命維持に関わるもの(本能)以外は観念
例えば「おいしい焼肉を食べたい」というのは観念。「何でもいいからとにかく何か食べたい」は体が求める本能
>つらつら書きましたが
ごめんもう眠いから殆ど読んでない(睡眠欲は本能だが、読まないのは観念の成せる業
169 :
ヌメ:2007/09/07(金) 01:03:33 0
要は観念とは肉体の作用に過ぎないのですよ。
何となく思うに、自己同一性が前提になっていないだろうか?
『昨日の自分と明日の自分は同じなのか?』
↑は極端でも、年取ってボケた親と子供だった時の親は同一人物なんだが
彼にとって子供の頃から親しんだ変わらぬ故郷の風景もボケてしまえば
違って見える事でしょう。
受精以前に意識はあったのでしょうか?極論しなくても観念とは肉体の作用そのものです。
ウンコが漏れそうな時や、ヤリたい時や、腹減った時・・もしあなたが宇宙人のゲームフィッシング
の的としてルアーにさらされたら間違いなくヒットしてしまうでしょう。
今のあなたが宇宙船の中の水槽に浮かぶ脳だったとしても実際に気付く術はない。
もし道交法違反で検挙されても以上の論旨で突っぱねましょう。
170 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/07(金) 18:46:58 0
>169何となく思うに、自己同一性が前提になっていないだろうか?
毎瞬毎瞬、違う生き物だよ
惰性で同じように感じてるけど
体の全細胞は・・・2ヶ月でそっくり入れ替わるんだっけ?
>受精以前に意識はあったのでしょうか?
あったら覚えてるよね(´・ω・`)
今しかない
172 :
ヌメ:2007/09/11(火) 01:25:26 0
「今」しかないよな・・・
たった「さっき」とか「昨日」ですら戻れないからね「今」のところ。
もし戻れたら、答え付のギャンブル出来る訳だから、金を掻き集めて・・・・
>>170 >体の全細胞は・・・2ヶ月でそっくり入れ替わるんだっけ?
いや、3年じゃなかったかな? 2ヶ月じゃ早すぎまんがな。
173 :
ヌメ:2007/09/13(木) 00:51:56 0
話の流れをぶった切ってしまい申し訳ない。悪い癖ですわ。
まだ全部読んでいないのですが・・
>>166 >お暇でしたら他の論理から現実が観念の鏡であるという説明をしてみてください。
グリーンピースと日本人にとっての「鯨」、イスラム系と他の宗教にとっての「豚肉」
ロリコンと保護者にとっての「子供」。 日本人にとって単なる翻訳作業であっても
一部のイスラム教徒にとっては死に値する出来事であったり(「悪魔の詩」だったかな?)
味の素の一部原料が豚肉由来である事が無記述であった事が大騒ぎになったり、
かわいらしい子供が性欲の対象になったり、ホモとかレズとかスカトロとか・・
ウンコそのものは現実ですが観念によって受け止め方はさまざまなんですよ。
現実とは 光、音、熱、冷、圧、濃度(塩、糖など) 数値化出来るもの。
観念とは それらを総合判断した数値化出来ないもの
ピカソの絵や 難解なジャズ、ふなずし など現実は沢山在るわけです。
ということでどうでしょうか?
174 :
ヌメ:2007/09/13(木) 01:24:09 0
自問自答&・・
>昨日に戻れたら・・馬券やら株やらはどうにかなりそうだ。が、パチンコはどうなんだろう?
毎回違うストロークで打ち出される銀球が、昨日大当たりした「その台」の「その瞬間」に
スタートチャッカーに入る保障はない。 しかし「昨日」が「昨日」であるなら
再現されるはずだ。 が、「その台」を押さえて「その瞬間」に意図的にトイレに
行っていたらどうなるのか? 別の形で「大当たり」が補完されるのか?
例えば閉店時 25箱積んでいたとしたら 最終的に帳尻が合うようになるのか?
それとも「昨日」というものが透明なコンクリのような物で固められていて「今日の者」
が訪れてもいたずらに振舞えない仕様になっているのか?
>体細胞の入れ替わりは
三年で落ちる砂時計に砂が補填され続けているみたいなもんで
機能が保持されているから個人的には自覚が少ない。でも写真とか見ると
一目瞭然。 あの時きみは若かった! いつか無くなるけどね。
175 :
考える名無しさん:2007/09/15(土) 00:08:02 0
逆転の発想で物事は心の中でしか起こっていないと考えたらどうですか?
自我は妄想の産物で物事はすべてひとつの物事から成り立って
個別の体験をしているんだと考えたら面白いですね
すべて精神的な分裂を起こしているだけとか
176 :
ヌメ:2007/09/15(土) 02:18:55 0
>逆転の発想で物事は心の中でしか起こっていないと考えたらどうですか?
それは常日頃考えています。この間買った宝くじが当たっているに違いない。
今日はパチンコで勝つに違いない。道端に100万円落ちているに違いない。
ことごとく外れる。どうせ水槽の脳ならもうちっと夢を見たいものです。
177 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/15(土) 11:27:40 0
>176
金に執着してんだなー
「金が欲しい」という願望の裏には「金が足りない」という観念がある
「欲しい欲しい」と思えば思うほど「足りない足りない」と言ってるのと同じ
だからそっちの方が具現化するんだよ
宝くじが当たっているに違いないと夢を見る自分が実現されるし
パチンコで勝つに違いないと夢見る自分が実現され
100万円落ちているに違いないと夢見る自分が実現される
宝くじが当たっちゃうと宝くじが当たっているに違いないと夢を見る自分が実現されないし
パチンコで勝っちゃうとパチンコで勝つに違いないと夢見る自分が実現されないし
金拾っちゃうと100万円落ちているに違いないと夢見る自分が実現されない
ことごとく外れているのではなく「夢を見たい」が実現されているのでしょうね^^
179 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/15(土) 22:02:01 0
>178
もうね
何も言うことない
だが最後に一つだけ言っておく
お前は俺か
180 :
ヌメ:2007/09/16(日) 02:46:37 0
>>177 いやいや、意外と分かってないんだな〜。
金は抽象機能物だが実際「現実」においてはその自己実現性、自由度の獲得性において
絶大な威力を持つ。金そのものは実際どうでもいい話。
>>178 夢とはすべからく見ているときが良いんでしょう。
夢には続きがあるものです。100万円落ちていたら・・という夢の先には
届けた謝礼で買った宝くじで3億当たるという夢が潜んでいるし、その3億
を投資運用したら300億になり、身内やいろんな団体に寄付するという
続きもある。 使い切れない金を持ってしまい、金でかなうありとあらゆる夢を
実現させてしまった私は放浪の旅にでる。 老体に鞭打つある日、不死の機械の体
をくれるという星にメーテルという謎の美女と銀河鉄道999で新たに旅発つという
夢へつながる単なる複線に過ぎないのです。
>>179 最後にひとつ?
また旅立つのか?
>>180 夢を見てしまうのは何か不足感があるからでしょう
どんな夢の続きがあっても「夢を見続ける」が実現され
いつまでたっても不足感からは逃れられません
常に不足感があるから慣れっこになっちゃってるのでしょうがナイナイ病は治したほうがいいですよ
特に物や金のナイナイ病はタチが悪く求めても求めても満足できません。常に不足感です
100万円拾った謝礼で宝くじ3億当たって300億に増やし寄付して使い切れない金であらゆる夢を実現させ放浪の旅にでて老体に鞭打ちながら不死の機械の体をつくり
メーテルと銀河鉄道で旅発ったとしても、ナイナイ病は治らす不足感に苦しみまた夢を見て実現させようとする
夢を実現させた途端に不足感に悩まされまた別の夢が現れるの繰り返しで、常に不足感との戦いです
100万円拾ろわなくとも、謝礼貰わなくとも、宝くじ3億当たらなくとも、300億に増えなくとも、寄付しなくとも、使い切れない金が無くとも、あらゆる夢を実現させなくとも、
放浪の旅にでなくとも、老体に鞭打ちながら不死の機械の体をつくらなくとも、メーテルと銀河鉄道で旅発たなくとも、
自分には全て必要なものは揃っている、不足しているものなどなにもないと知っていれば、不足感に苦しまずナイナイ病になりません。
不足しているからと実現されない夢を見るより、夢など見なくとも今全てが揃って不足しているものなどないと知ったほうが、
不足しているものがなくなるのですからすべての夢がかなったも同じで幸せを感じることができるでしょう
まあ、自由ですが
182 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/16(日) 11:28:42 0
>180自己実現性、自由度の獲得性において
勿論その意味を含めて言ってる
金そのものではなく、自由が欲しいんだろ?本当は
だが「金が欲しい」を「自由が欲しい」に変えても俺の主張は変わらんが
>181
吾唯足るを知る。真ん中に口型の穴が開いた硬貨があったね。和同開珎だっけか
>>182 吾唯足るを知るかぁ
初めて聴いた言葉だ
勉強になるなぁ
つうか2ちゃんを読むたびに調べなくちゃならんから俺はよっぽど物事を知らんのだろうな^^;
で、調べてもわからなかったんだが、ここで和同開珎がでた理由はなんだい?
184 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/16(日) 20:52:08 0
和同開珎じゃなかったかも?
でもそれに近い時代の硬貨だと思うが
因みに吾唯知足は、無条件の愛や悟りと同義
185 :
ヌメ:2007/09/17(月) 00:58:02 0
「自由」か・・・なんか懐か新鮮な響きだなあ・・
立って半畳寝て一畳なんて言葉もあったな。
銀河鉄道にはいつか乗ってみたいですがその観念は具現化しそうもないですな。
という、観念は具現化しそうですが・・・昔、ウルトラセブンに登場した通信機器
(ビデオシーバー)なんてのは現在 携帯という形でほぼ具現化しているからひょっと
すると、孫の世代くらいに銀河鉄道が開通するとか・・ま、無理でしょうが。
新技術、新兵器、などはあれがもっとこうだったらいいんだが。という観念の
具現化でしょうし、それはある意味ナイナイ病患者の意思の具現化と言えるでしょう。
ジャックバウワウの今後の物語を創りたいという人達の観念が具現化することにより
私らナイナイ病患者は一時の満足が得られるというわけです。
>>184 時代が近いってことだったのか・・・
>>185 必要なときに必要なものが現れますからジャックバウワーの今後が必要なら見る機会が訪れるでしょう
見る機会が無ければ必要ないものです。
ナイナイ病の人は一時の満足を求め続けますが、病気ではない私はいつでも満足です。
今が自由だと気付かなければ無駄に自由を求め苦しむでしょう。
誰でもいつでも自由です。求めるから不自由になる。
187 :
考える名無しさん:2007/09/18(火) 00:28:33 0
別に私は自分を自由だとは思いませんが
過去のトラウマを繰り返してるだけかなと思います
子供のころちゃんと食べ物を食べなかったころの記憶が
暴食と飢餓を繰り返す体験になったり
ほしいものを得られなかったときの記憶が
金に対する執着になり振り子のように金のある時期とない時期を
繰り返してるんじゃないでしょうか?
そして似たような苦しい体験をすればその思いをますます自分で
強くしようとしているだけではないんでしょうか?
もはや執着と思い込みを捨てろといってるようなもんですがね
188 :
ヌメ:2007/09/18(火) 01:03:42 0
>>186 ほほう、なんと! バウワウ6を見ないおつもりでしたか!
さわりぐらいお教え致しましょうか?(笑
良い悪いを抜きにして人を突き動かす原動力は「欲」であると思います。
知りたいというのも「欲」ですよね。人に何か良くしてあげたい、
ただ与えたいというのも形を変えた「欲」です。
生存最低限を越えたところにある意思というのはすべからく「欲」のような気がします。
植物や動物の気持ちを想像すると人間らしさというのはすなわち「欲」ではないでしょうか?
人が増えるのは性欲なんでしょうか、本能なんでしょうか? レミングの自殺では無いですが
2次大戦は当時増えすぎたヨーロッパの人口の削減に役立ったという事実もありますし
現在の日本の少子化も地球規模で見ると地球の意思に沿うているわけです。地球温暖化の
原因は人口の増加もあるんですから。この数十年で倍以上に人間は増えているわけです。
中国がいくら罪人を死刑にしたり、女性を間引いたりしても追い付かない。
悲しいかな、私の命なんぞ鳥瞰すれば何のことは無い。キムタクだって100年後には
覚えている人もおらず、芸能史の片隅に記述がある程度でしょう。
>>187 執着がなければ過去の体験にも執着無く思い出として割り切れるでしょうね
>>188 バウワウは見るつもりですが今のところ見る機会が無いから見ていません
必要な時が来ればバウワウのほうから出向いてくるでしょう
与えたいことって相手にとっては迷惑なことが多いですよ
知る必要があればそのときに知るべきことが現れます
ただ生きているだけでは、欲をもつのは人間らしいことだ、求めることは人間らしいことだと何かの不安が欲を湧き上がらせでしょう
人口やキムタクの100年後がどうであれ、必要だから必要な時に起こります。
生きようとして生きれば不安はなく愛でいっぱいです。欲の入り込む隙はありません
いつでも幸せを感じていられるでしょう
190 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/18(火) 21:26:17 0
>186バウワウ6を見ないおつもりでしたか
静かな本屋でvowwowを立ち読みして笑いをコラエて疲れ果てた俺が来ましたよ
>189
では俺がさっき小四喜あがり損なったのも、必要でなかったからか?
違う!!!!俺は必要としていた!!!グギーッ!!゙(`∞´)ノグヤヂー!!
191 :
ヌメ:2007/09/18(火) 23:42:44 0
>必要な時が来ればバウワウのほうから出向いてくるでしょう
いやいや、それは無理無理、マリックやセロと暮らしているのならともかく
フツーは自分からレンタルやウイニしないと・・
必要だから必要な時に起こる というのはどうなんでしょう?
原因と結果のような因果関係ならピンときますが、
子供を車で跳ねて死なせてしまった場合、子供を死なせた事が互いに必要な体験
という事になりそうですが少しピンときません。
192 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/19(水) 00:27:54 0
>191必要だから必要な時に起こる というのはどうなんでしょう?
何の目的で必要か、を考えると分かる
全て「己を知るため」だ。それが、目的
我々が地球上で体験をする目的は、全て「己を知るため」
>子供を車で跳ねて死なせてしまった場合、子供を死なせた事が互いに必要な体験
親にしろ跳ねた者にしろ、子供に対して各自がどんな風な観念を抱いていたかを知ることになる
「子供を失うと悲しい」という観念を持ってると、その強さに応じて悲しみを体験する
もしあまり子供に構ってない親であれば、「車には気をつけるようにもっと言っておくべきだった」という観念も、顕在化するだろう
もし、以前から過剰なほど子供に注意や対策をした(という意識のある)親なら、この種の後悔の念はほとんど生じない
逆に「あれほどやっても事故ったのなら、そうなる定めだったのだ」という観念に落ち着く(つまり観念する)
俺の場合は「小四喜であがれなかったらくやしい」という観念を持ってたから、それが具現化した
グギーッ!!゙(`∞´)ノグヤヂー!!
193 :
考える名無しさん:2007/09/19(水) 01:03:36 O
経験は己を知るためなのか
>>190 いつもとノリが違うが・・・vowwowって何?
>違う!!!!俺は必要としていた!!!グギーッ!!゙(`∞´)ノグヤヂー!!
必要としていたから必要とする自分が実現され続ける為にあがらなかったのでしょう
ドキドキすると心臓に負担になるよ^^
>>191 >必要だから必要な時に起こる というのはどうなんでしょう?
>子供を車で跳ねて死なせてしまった場合、子供を死なせた事が互いに必要な体験
面白いもので観念ちゃんと同じところを引用していました
書きかけていましたがこれまた同じようなことでしたので消しました
しかも小四喜のオチまで付いていました^^;
>>191 しかたないから別のを引用
>いやいや、それは無理無理、マリックやセロと暮らしているのならともかく
そうですか?我が家のテレビでは時々ジャックバウワウが出向いてきますよ
見てくれ見てくれとジャックが煩く頼むんです
でもって妻が観たいねぇと言い出せば後は愛ですよ^^
http://www.24fansite.com/cm/
いきなりチビクッキー登場で度肝を抜かれた
197 :
ヌメ:2007/09/20(木) 00:55:54 0
>>192 う〜ん、麻雀は棋譜をあとから見るとその因果関係がはっきりする。
ヘボは自分がその場その場で自分が上がりたい切り方をするが
中級位になると場の状況を把握して犠打を打ったりする。
麻雀は個人を走らせないためのチームプレーも要求されるので
おそらく小四喜は見切られたのでしょう。いくら俺は絶対上がるという観念
を強く持っていても、そうは問屋が卸さない。運も絡むしね。
ちなみに俺はヘボ(笑
雨や台風や地震、が「必要」な体験なのか? 収穫間近の作物を台無しにされた
農家の人に問うてみたい。 阪神大震災でなくなった人にとって死ぬ事は「必要」
な体験だったのか?
>>195 どうもあこがれさんの家のTVは特殊なチャンネルがあるようですね。
うらやましいです。 じつは「6」まだ見ていません。
レンタル店で裏書のストーリーをチラ見しただけですわ。
>>197 CMは普通に地上波でやってますよ
ジャックバウワーなんだかんだ死なない〜♪とか
昼間のローカル局でしかやってないのかもですが
6は昨日から見てます^^
ヌメさんのレスでジャックバウワーの話が出たから妻に話すと観たいねぇとのことで後は愛です
やっぱ必要なときに現れました。今回はヌメさんが連れてきてくれました
まだ4話ですがなかなかです^^
俺はジャックバウワウー♪いつもだーいピーンチー♪なんだかんだ死なない〜♪
特に欲の無い私でもただボーとしとくのもつまんないのでたまには何かに備えることもあります
今日はもしもカラオケでさいざんすマンボをひとりで歌うことがあるかもしれないに備えて一人デュエットの練習をしました
1番はトニー谷、2番は宮城まり子と声色を変え歌うのですがこれがなかなかのもので自分でも惚れ惚れ
問題は3番から。男女別のパートは問題ないのですが、混声になるとことがありそこが難しい
普通の声と裏声を同時に出すのは至難の業
喉がちょっと痛くなるまで頑張りなんとかそれらしく聞こえだしました
まあ、役に立つことは絶対にないとは思いますが、これなら役に立っても立たなくともどっちでもいいですので
宝くじ大当たりの夢見て宝くじ買うよりお徳かも
http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND41694/index.html
訂正
混声になるとことがありそこが難しい
↓
混声になるところがありそこが難しい
肝心な部分なので
202 :
ヌメ:2007/09/21(金) 01:25:24 0
俺はジャックバウワウ♪キレやすいおとこさぁ〜♪
とりあえず全巻出揃うまで待つ予定ですわ。
>>192 「必要な経験」=「各自が○○についてどんな観念を抱いていたか知る事」
確かに死に行く者にとって、銃弾が飛んできて体に当たったり、スリップした
車が見る見る迫ってきて体を轢いたり、惨い病気に犯され苦しみながら弱ってゆく
のは「死ぬために」必要な経験かもしれない。
いやいや、それは「生きてゆく事前提なんだよ。」なら、アルツハイマーや
植物人間じょうたいの経験の意味はどうなるんだろう?
>>202 まだ全巻出てないんですね・・・・
そうか・・・それでか・・・
ということは・・・このまま生殺し状態ってことか・・・・
これも必要な体験だろう・・・ウウ
204 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/21(金) 18:51:28 0
>194
だからお前は俺かと何度r
>197雨や台風や地震、が「必要」な体験なのか?
現象それ自体には意味は無い(ただ、起きてるだけだ)から、必要かどうかは体験者自身の観念で決まる
>阪神大震災でなくなった人にとって死ぬ事は「必要」 な体験だったのか?
そう。観念を知るために必要だった
「100年に一度の大地震に耐えられる家を今造るのはアホくさ。そんなことより今を楽しむ方に金を掛けるぜ」
という観念を持ってた人の多くは、下敷きになって亡くなった
>202アルツハイマーや 植物人間じょうたいの経験の意味はどうなるんだろう?
病気になるには何らかの因果があるよね
彼らは自らの観念を生きた結果、そういう状態になった
状態になってからの体験は、彼ら自身にしか分からないが、意識が全く無いなら経験もしないだろうから本人にとって意味は0
寧ろ周囲がその人から何を経験するかに意味がある
205 :
ヌメ:2007/09/25(火) 00:41:14 0
>そう。観念を知るために必要だった
う〜んそうなのか? 建築の基準とか想定以上の自然災害にたいしては
ちと酷な気もする。 安全な家だと住人は思っていても鉄筋の本数やら
ごまかされていたりとかもあるわけだし。
>意識が全く無いなら経験もしないだろうから本人にとって意味は0
睡眠なんかは脳のメンテナンスに必要で、無意識状態であっても意味はある
ようだが、起きている者にとって寝ている奴というのもいい肴になったりして
(顔にマジックで落書きしたり)確かに意味はありそうだ。
206 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/25(火) 19:07:59 0
>206建築の基準とか想定以上の自然災害にたいしては ちと酷な気もする
建築基準法等は専門家や行政、ゼネコンなんかの観念でできてる
阪神淡路で死んだ人は殆ど全てが人災だよ
だって純粋に「揺れそのものだけ」で死んだ人、いないでしょ
>安全な家だと住人は思っていても鉄筋の本数やら ごまかされていたりとかもあるわけだし
いろんな人の観念が錯綜するからなー、建物には
いや建物に限らんけど
207 :
ヌメ:2007/09/26(水) 23:43:26 0
>だって純粋に「揺れそのものだけ」で死んだ人、いないでしょ
自然の中で地震災害に遭っても、直接の死因は落石やら山火事やら
転落などになりそうだ。揺れだけで死ぬにはキチンと肉体を
シェイクする為固定するなどの工夫が必要かも。
いや昔ヘッドバンキングで死んだ人がいた様な気もするな。
ま、気の毒だが自業自得なんだろうな。
>いろんな人の観念が錯綜するからなー
人工物は全て観念の反映ではあるよな確かに。
あれ、何だっけ?そうそう「全ては必要な経験」というのも
不要な経験だったと分かるために必要だったと解釈すれば
その通りになってはしまう。 ま、よく繰り返すんだわ これが。
208 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/26(水) 23:50:03 0
>207人工物は全て観念の反映ではあるよな確かに。
観念自体が人工物だしね
自分が造った物だから、幾らでも壊して作り直すことができる
でもなかなか人はそうしない
折角造ったのが勿体無いんだろうかねぇ
まぁ惰性で考えてる方が楽だしねぇ
>よく繰り返すんだわ これが。
観念が変わらなければ似たような体験を繰り返すからねぇ
209 :
ヌメ:2007/09/27(木) 01:14:05 0
>〜幾らでも壊して作り直すことができる
でもなかなか人はそうしない
いや、そんな事は無いだろう。戦争や紛争は無くならないから。
そういや明日か明後日、満月だから夜空でも見上げて見るといいよ。
昔の人も見てたんだよなあ、月を見て、ウサギの餅つきだとか蟹だとか、
解釈も違うけど、何千年前と同じ月が(人間の視覚能力では多分?)そこには在る。
カモシレナイ。
210 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/27(木) 17:41:44 0
>戦争や紛争は無くならないから。
ン?戦争や紛争は観念が原因で起こるんだよ
211 :
ヌメ:2007/09/28(金) 06:55:47 0
争いは観念の変化が原因でもあるじゃん?
何とも思っていなかった→ひどい目に遭った→許せん! みたいな。
212 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/28(金) 18:38:24 0
そうだよ。つか反論になってない
213 :
ヌメ:2007/09/29(土) 02:20:46 0
論旨では「ひどい目に遭った」の所が 間違いだっつう指摘じゃ
なかったけ?
214 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/29(土) 13:54:42 0
何が「酷い目」かは、体験した当人が決めてる
「こういう目に合うのはヤダ」とね。体験する前から元々ね
元々持ってた観念を体験が見せてくれてる
宇宙は常に「お前はこんな観念を持っているんだよ」と教えてくれてるんだよ
>211
観念が変化しても観念でしょ
215 :
考える名無しさん:2007/09/29(土) 14:05:32 O
>1氏の主張は
『宇宙に上手にお願いする方法』や
『原因と結果の法則』とかと言ってる内容が同じなのですが
これらの著作から影響は受けましたか?
216 :
考える名無しさん:2007/09/29(土) 14:08:47 O
ちなみに1氏の理論を念頭に置いてパチンコをしたら大当たりして7万円買ってしまいました
有り難う御座いました
217 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/29(土) 16:16:23 0
>215『宇宙に上手にお願いする方法』や
そんなタイトルの本があるんだw
>『原因と結果の法則』
これもベタなタイトルだな
どっちも知らんが、似たようなことを主張してる本は幾らでもあるっしょ
>216
たまたまじゃ?
218 :
考える名無しさん:2007/09/29(土) 16:37:00 O
思考とギャンブルの結果には全く因果関係が無いと1さんは考えて居る?
219 :
考える名無しさん:2007/09/29(土) 16:42:07 O
動物学者の観察では数万キロ離れた猿の行動が別の群れの猿に影響を与えたという事例(シンクロ二シティ)も報告されて居るので1さんがこれらの著作に無意識的に影響されて居る可能性はあると思うよ
220 :
考える名無しさん:2007/09/29(土) 17:04:20 O
「欲しい欲しい」と思えば思うほど「足りない足りない」と言ってるのと同じ だからそっちの方が具現化するんだよ
↑これなんか前者の著者が言ってる事と同じだね
ちなみに著者は「金持ちになる準備は整ってます。私は金持ちです。」と思うのが正しい願い方だと言う
つうことは俺も本が書けるな
222 :
考える名無しさん:2007/09/29(土) 17:45:52 O
いや二番煎じだから無理だろう
君達ね、観念論的な世界観と唯物論的な世界観の二つの見方を
持っていた方がいいよ。
しかしセロはすげぇな
225 :
考える名無しさん:2007/09/29(土) 23:23:54 O
しかし現実はあくまで物心無二
心抜きの物は無く
物抜きに心は無い
226 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/30(日) 00:04:32 0
>218思考とギャンブルの結果には全く因果関係が無いと1さんは考えて居る?
いや?どうせ当たらないと言って宝くじ買わないと、確実に当たらないっしょ
227 :
考える名無しさん:2007/09/30(日) 01:20:14 O
いやそういう意味ではないよ
思いが当選率に影響をもたらすか否かですよ
宝くじなど確率の問題だと思ってるのと
この世に偶然などないと思って居るのでは結果に違いがあるのか
228 :
考える名無しさん:2007/09/30(日) 01:31:58 O
一旦成立した観念を根底から作り直すのはかなり労力が居る作業ではないか
これも観念なのかね
一瞬で出来ると思えば一瞬で出来るのか
観念=現実だからこそ昔から瞑想法とかを編み出して観念を変革する技法を編み出して来たんだろうが
229 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/30(日) 12:14:42 0
>227思いが当選率に影響をもたらすか否かですよ
思いが強い人は10枚じゃなく100枚買うだろうね
当然確率は上がるし、結果も異なる(殆どの場合、後者は前者より多くの金額を失う)
>228一瞬で出来ると思えば一瞬で出来るのか
勿論。我々は毎瞬毎瞬違う生き物なんだよ
>昔から瞑想法とかを編み出して
情報過多の現代、瞑想する必要はない。観念を変革するには未知な情報を取り入れるのが最も効率的
インターネットってすごくね?
231 :
考える名無しさん:2007/09/30(日) 18:10:15 O
>観念を変革するには未知な情報を取り入れるのが最も効率的
具体的にはどういう事をすれば良いですか?
232 :
考える名無しさん:2007/09/30(日) 18:19:23 O
あのさ
脳細胞が入れ替わっても頭の構造は変わらない訳よ
だから障害者は完全に細胞が入れ替わっても障害者だったりするわけ
233 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/09/30(日) 19:50:32 0
>231
本読んだり映画見たりテレビ見たり人と会話したり
いろいろあるで
234 :
考える名無しさん:2007/09/30(日) 21:21:15 O
結局アプリオリな観念=遺伝子が変わらなきゃ変わったとは言えんわな
先天的な観念なんてあるのか?
236 :
ヌメ:2007/10/01(月) 02:12:27 0
臨界値がどうとかこうとかで芋を洗うってのかなり前に本で読んだけど
その後読んだ別の本では嘘だったって
ガセ信じたままの人って多いのかも
238 :
考える名無しさん:2007/10/01(月) 08:37:26 O
遺伝子は4種類の「記号」(情報、観念)から成り立ってるのですよ
>>238 記号に観念の情報があるってことなのか?
240 :
閻魔短パン:2007/10/01(月) 09:40:46 0
憧れの先に待つのは、いつも絶望と言う名の闇。。。
・・・。もがくといいだろう、永遠の地獄の中を、、、くっくっくwww
アーッ八八派は八はははあはhhっははははhhhっは
・・・。疲れたw
241 :
閻魔短パン:2007/10/01(月) 09:41:54 0
無間地獄を彷徨え。ばかがw
242 :
ヌメ:2007/10/02(火) 01:19:51 0
>>214 そうすると、「観念」の更新は何時なされるんだろう?
やはり体験が観念の母? 初体験によらず、体験の強度により
観念が変化する事はありそうだ。
体験の強度により観念は変化する ←
初体験により観念は変化する(カモシレナイ)← 両方とも観念なわけだから
つまるところ体験が観念を変える(カモシレナイ)のではなかろうか? ←これも観念
一定以上の意識レベルにおいて感覚出来る現象=観念=体験
なぜなら「ただ起こっているだけの事象は純粋には知覚できない」
↑
「世界」は内的(個人的)に切り取られた断片でしかないという限界が
常に付きまとう。 って感じがするな。
243 :
ヌメ:2007/10/02(火) 01:40:06 0
>>238 遺伝情報が担保しているのはタンパク質の情報だけではなかったっけ?
遺伝子に「心」は入ってない(多分) ただ、獲得形質の遺伝(かえるの子は
蛙みたいな・・)つまり技能の遺伝ってのはあるのかな? 芸能人の子供を
見てるとありそうだが、環境に恵まれた後天的なもののような気もするし
う〜む。
>>237 無官天獄をさまよったら分かるかも知れませんね、わーっはっはっ!
ひょっとして のび太?
>>243 >ひょっとして のび太?
別ののび太かもですね
どこかでボコボコにされた腹癒せでしょう
245 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/10/02(火) 21:16:37 0
>242そうすると、「観念」の更新は何時なされるんだろう?
「ああ、なるほろ!」「えー知らなかった」「マジで?マジかよすっげー」みたいな瞬間に
>初体験により観念は変化する
全ての人間の初体験(から暫く)は「他人(周囲)の観念が具現化される」ことによる
自分は持たないわけだから(真っ白)、具現化しようがない
>「世界」は内的(個人的)に切り取られた断片でしかないという限界が 常に付きまとう
何も否定しない(否定することすら否定しない)神の視点で見れば、限界は無い様に感じるだろうけどね
>219
その現象はシンクロニシティでないと説明がつかない、ということでもないと思われ
だって芋を海水で洗うと程よく塩味ついておいしいじゃん?
246 :
ヌメ:2007/10/05(金) 00:56:45 0
>245
>「ああ、なるほろ!」「えー知らなかった」「マジで?マジかよすっげー」みたいな瞬間に
それだと体験が観念より先という事にならない?
あらゆる体験はそれがどういう現象なのか判断した瞬間に、観念になってしまうから
前後関係は付けられないような気がする、というか無意味。 ここでは観念から独立した
現象が成り立たない。 だってそれは知覚能力の限界だから。 つまりここでは
観念と体験は同義なんじゃないか?
>>245がパックマン(観念)で、えさが(体験)だとしよう。止まっている時は
体験が発生しないから何もない。パックマンが進むのと同時に体験が起こる。
えさが勝手に口に入ってくる事は
>>1で言うと殴られた場合のような例外事由にあたる。
なんか分かりにくくなっちゃったけど要はここでは 観念=体験として扱われている
ンじゃないのかな?
>シンクロ・・ 一時、孤独を忘れられるもんなあ・・
247 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/10/06(土) 00:17:21 0
>246それだと体験が観念より先という事にならない?
いや、「なるほろー」と思うためには、「そう思うための観念」が先に無ければならない
それがなければ「なるほろー」とすら思わない。無知だけが「なるほろ」のための条件ではない
>えさが勝手に口に入ってくる事は
>>1で言うと殴られた場合のような例外事由にあたる
勝手に入ってくるのとちゃうでそ。自分が動くからはいるんでそ
>観念=体験として扱われている
まぁ、そういう見方も間違いではない
卵=鶏、みたいなもの。どっちが先か。答えは同時
多様化して卵とニワトリの時間に分離しただけじゃん。
卵→さなぎ→成虫→卵
という流れもあるし。
卵にはもどらず変体を繰り返し生まれ変わる生物だって発見されている。
ポテチの味も観念次第で自由自在に変えちゃえるかな?
例えばコンソメ味をうすしお味に変えちゃうとか
250 :
ヌメ:2007/10/10(水) 00:25:32 0
>>247 >まぁ、そういう見方も間違いではない
卵=鶏、みたいなもの。どっちが先か。答えは同時
そうでしょ? それにも関わらず観念は体験に先立つと表記されてる事が
二枚腰、二重基準、で、混乱の原因。 ちがう?
>>248 >卵にはもどらず変体を繰り返し生まれ変わる生物だって発見されている。
ええっ! 何? 教えて下さい!
>>249 塩味以外の味覚を阻害する薬物を摂取した後でコンソメ味を
食べたらそうなるのでは? 観念=体験なら十分可能なはず。w
251 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/10/10(水) 18:58:25 0
>249
味覚は感覚だから1でいう論外だけど、暗示とか催眠とかで味覚を変えることは可
>250で、混乱の原因。
「体験が先で観念が後」とガチガチに思い込んでる人にとっては、丁度いいんだよ
相手の理解度に応じて使いわける方便
マジカルフルーツだっけ?食前に食べると味覚変わるやつ
観念=体験じゃなくて
観念=記憶
とか考えらんない?
この食べ物はこういう味だと記憶してるからいつもそういう観念に支配され、そういう味に思えてしまったり
253 :
ヌメ:2007/10/11(木) 01:48:24 0
254 :
考える名無しさん:2007/10/14(日) 21:46:36 0
波乗りをしているたらば、波が太陽に向かっているのだと理解した。
太陽は中天に昇りかかり、今が昼に近いのだとわかった。ただ、波の
下の水の中にいたら、冷たかったり、目が見えなかったりして、今が
何時ぐらいかわからないのだ。太陽が太陽らしいのは正午の太陽で
ある。厳しい日差しを照りつけ、日向と日陰を区別する。体に弱いとこ
ろがある生き物は正午の太陽の下では生きていけない。最も景観に
優れているのは夕暮れの太陽である。水平線に掛かり、赤色に輝く
太陽は緩やかに一日の終わりを教えてくれる。一日の始まりは朝日
である。ここから太陽が始まり、太陽というと本来こういったことなの
だとわかるのだ。
255 :
考える名無しさん:2007/10/14(日) 23:26:00 0
結局どの脳味噌が一番美味いんだよ!!
教えろよ!!
256 :
考える名無しさん:2007/10/14(日) 23:55:48 0
カニミソに卵黄を加えて醤油をたらしなされ
257 :
考える名無しさん:2007/10/15(月) 00:39:35 0
ずいぶんと世俗的な食べ方ですな
サル、出来れば人間の脳味噌が食べたいんですけど
258 :
ヌメ:2007/10/17(水) 00:56:32 0
クールー病という狂牛病に似た病気になる
可能性があるのでやめた方がよい。
亀田スレから飛ばされてきたんだけどどこ縦読みすればよいのかマッタクわからん!
260 :
考える名無しさん:2007/10/18(木) 01:28:28 0
脳だって焼いて食べれば大丈夫だと聞いたことがある。
261 :
考える名無しさん:2007/10/18(木) 01:42:51 O
まりごと卒論でしょw
262 :
考える名無しさん:2007/10/18(木) 02:46:32 O
はっきり言って哲学はつまらんよ。哲学の先生もちょっとイカれてるかんじだしね
263 :
考える名無しさん:2007/10/18(木) 03:05:04 0
じゃ、どこ(文系)がいい?
264 :
考える名無しさん:2007/10/18(木) 03:55:03 O
>>1 感動しなかった。
ただ理解した。
うなずいた
265 :
考える名無しさん:2007/10/18(木) 08:57:41 O
感情を相手にしない
まさにガリレオのようだ
266 :
考える名無しさん:2007/10/18(木) 10:40:57 0
267 :
考える名無しさん:2007/10/18(木) 12:17:13 0
>>1 >読者が触れ得た情報をどう読み取ってどう活用するかは、完全にその読者の勝手自由である。
ダウト
完全に勝手自由なら社会はなりたたない。
相対主義も過ぎると毒
>>267 それじゃ社会が存続してもらうことに利益があると思う人間にしか通用しないね
269 :
考える名無しさん:2007/10/18(木) 16:47:42 0
という、君の固定観念を書いてみたのね。
270 :
考える名無しさん:2007/10/18(木) 16:54:29 0
それじゃ社会が存続してもらうことに利益があると思わない人間まで
対象にしてんの?そこまで広げて論じないといかんの?
じゃ俺にはむりやわ。退散する。
271 :
考える名無しさん:2007/10/18(木) 17:23:53 0
倫理を哲学板で語るなと言いたいんだろ
272 :
268 :2007/10/18(木) 17:57:24 0
親切心で書き込んだつもりでしたが、269と270みたいな対応されるとかなり傷つきますね。
273 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/10/18(木) 18:05:21 0
>264
うん、それが最も正常な反応
感動するのは無知の表れだからね(1にも書いてる通り)
>267完全に勝手自由なら社会はなりたたない
この手の反論はもう散々見たが、一体どう補足説明を入れればこの手の反論者が納得するんだろう
一応質問してみるか
「どうしてそう思うの?」と
>相対主義も過ぎると毒
完全に勝手自由、という立場は相対主義というよりは寧ろry
>272
今後は、あらゆる対応反応の可能性を考えながら投稿してご覧。傷付かなくなるから
274 :
268 :2007/10/18(木) 18:10:44 0
>>観念さん
知識が追いつかないので、
とりあえず最悪の可能性を想定して
それを受ける覚悟を持つってことでも大丈夫ですか?
275 :
268 :2007/10/18(木) 18:16:49 0
あと一つ聞きたいんですが
>>1に書いていることを実践すればどうなりますか?
精神的なものでも構わないので答えてもらいたいです
276 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/10/18(木) 18:31:27 0
>274
うん間違いではない
覚悟することを観念するともいうし
>275
迷い煩い苦しみがなくなる
世の中の全てが矛盾なく動いていると分かる
感情豊かになる
愛が深くなる
どんな糞映画糞番組を見ても面白さを見出せる
TVに嫌いな人が映らなくなる
2ちゃんねるでどれほど最悪な文章を読んでも腹が立たなくなる
思いやり運転ができるようになる
物欲が殆ど無くなる
イライラ不安不満焦りがなくなる
最近の時事ニュースでよく
偽装やら虚偽やら「偽」のついた言葉を頻繁にでてきているのは
決して偶然ではなく、あれは人々の「バレたらマズい」、という観念が具現化してるからなんだろーね
集合的無意識の為せる業ともいえるか
278 :
榑桑一厘人 ◆X39RUS9Pkw :2007/10/18(木) 19:32:57 0
一切は内界の鏡、観察者の「見立てとしてある」でおk?
これが解ると所謂嫉妬もなくなるからマジおすすめだねー。
279 :
考える名無しさん:2007/10/18(木) 20:41:56 0
>>277 新聞でいいからテレ版をその視点で眺めてみるといいよ。
!がやたら多いから。局によっては定時間帯が!だったりするから。
それに気がついちゃうと、もうテレビを見る気が失せる。
従って、繰り返したくない体験に出会ったら「どんな固定観念がこの体験を見せているのか」
「その固定観念は執着に値するのか」と考えてみると良い。原因となっている観念を変えれば、似たような体験をしなくなる(変えなければ似たような体験を繰り返す)
「成功する」って思って面接いったけど落ちました
今はニートです
281 :
考える名無しさん:2007/10/18(木) 21:54:48 0
心のメカニズムについて。(動き方)
私たちの心は、自分以外の存在、つまり六根を使って認識する動きについて見てみましょう。
この場合目でものを見ると言うものを取って書かせて頂きます。
まず、目に映ったものを(色)と言います。この(色)が対象物となり、その姿が鏡に映った状態
(受)となるのです。ただ写るだけだと良いのですが、それだけだと心は動きません。その相(姿)
に意識(今までの情報)が働くのです。その状態を(想)と言うのです。それから、色と受は想を伴
って心が動くと言うのです。その動きがあってから身体のそれぞれの器官に伝えようとします。
この伝えた動きから人の動き(行)が決まります。ですから、一人一人動きが異なってくるので
す。やがて動くことによって、心の奥底に刻み込まれます。これを(識)といいます。こうした動き
を佛教では、五薀と言うのです。今その名目だけを再度挙げると、色・受・想・行・識と言うのです。
この五薀はなくなることはありません。なぜなら基から質量として無いのですから、計ることも出
来ないものなのです。
よく、大きな心と言う時がありますが、それは間違った表現となります。計れないものを測って
いるのですから、言葉だけあるだけなのです。心と言うものは、計ることも、存在を確認すること
も出来ないものなのです。
282 :
考える名無しさん:2007/10/18(木) 21:57:26 0
ある人は心とは脳の動きで、ホルモンであると言う人がいますが、これは、計れると言う前提に
たっての考察の仕方でしか無いのです。決して心と言うものは測ることが出来ないのです。しか
も測れないにもかかわらず、あるものなのです。なんか漠然としていますが、これがあるから生
きていると言うことが分かるのです。余談ですが、心が脳内ホルモンだとするならば、そのホル
モンを取り出すことが出来ます。そして、その脳内ホルモンを違う人の脳に移し替えたら、同じ人
を好きになったり嫌ったりするでしょうか?決して同じにはなりません。ただ好きになったり、嫌い
になったりする感情は作れるとは思いますが。今現在人間に使われている鬱病の薬はこうした
脳内ホルモンの働きを利用した薬なのです。悪く言えば脳の働きを遅くしたり、早くしたり(これ
はあまりありませんが。)するだけのもので、多く服用しても効果はあまり変わらないのです。
いや変わらないどころか、脳の動きそのものも悪くしてしまうのが今の薬なのです。
さて、心のメカニズムですが、人間だけでは無く、この地球に住むすべての存在にあります。
今現在、人間以外に心が無いように思われていますが、動物にも植物にも心はあると言うのが
仏さまの教えです。ただ、心の動き方が違うのであると。でも共通する心は同じ部分があるので
す。それが、人間の持つ心の特色のところで示された三つの心なのです。今その三つを別の角
度で説明させていただきます。一番目は渇愛と言う心、二番目は生み出そうとする欲求心。三番
目は破壊と言う心です。これが人間の中では、貪、瞋恚、愚癡。と表現される心のことです。この
動きを知ることによって私たちがどういう状態になっているかがわかります。最初に言った、三つ
の心をもう一度言いますと。タンハー(渇愛)ババタンハー(存在欲)ヴィババタンハー(破壊欲)の
三つです。この三つの欲望を動かすのが生きていると言う心の動きなのです。
283 :
考える名無しさん:2007/10/18(木) 22:00:26 0
さて次に学ぶのは、こうした三つの心はすべての生き物にあるのです。科学では考えられないことだとおもいますが、
心そのものも科学では解明出来ないものなのです。脳内ホルモンであると言う方々もあったり、脳の活動であると言
う人もおられます。しかし、脳の活動といっても、すべて解明出来たのでは無く、今現在も研究されている状態で、数
パーセントしか分かっていないのが現状です。それまで、待つ余裕のある人々は良いかもしれませんが、たった数パ
ーセントの部分だけで答えを出すことは非常に危険なことだとおもいます。
現実には心に悩みを抱え生きることに真剣になれない人は大勢おられます。こうしたことはどうすればいいのでしょ
う。科学者たちは、「ちゃんと解明出来るまで待ちなさい」と言うのでしょうか。そうなれば、寿命が先に来ます。確かに
自然科学を否定しません、人間にとって非常に大事な学問なのですから。でももう一度科学と言う言葉を見てください。
科と言う文字は枠と言う意味です。ですから、広い宇宙に枠を設けで研究すると言うのが科学であり、枠を超えるとも
う意味が繋がらなくなるのです。そのことが最近になって科学の分野で騒がれ出したのです。今までは、一つの事実
を一つの視点から研究し、その中で論理が成り立つものを定理とか法則として認めて来たのです。ある人達は二元論
から多元論へと変換し、マルチスタンス的な学問を構築しよとしておられるのも事実です。結果俯瞰的視点なるものが
大事と言う結論に達したと言うことです。
284 :
考える名無しさん:2007/10/18(木) 22:02:53 0
しかし、今から二千五百五十年前に仏陀がお生まれになり、私たちの心のことを教えて下されたのです。
その教えは非常に膨大でありますが、常に事実の前にあっては中道を貫かれたのです。そして様々なも
のはその一つだけで存在することは出来ないことを教えられたのです。もちろんそれは物質だけに止まら
ず、心にまで因果の法則がある事を悟られたのです。一切の物事には原因があり、結果を導くと。もちろん
心にも因果は存在するのです。一切のもの(物質や精神なども含む)は常に変化し続け、止まることは無
いというのです。これを無常と言います。この無常と言う事実は、誰がどのように思い、どのように考えよう
が、また考えまいが目の前にある事実なのです。つまり、私たちの思惑外にあることなのです。思惑外に
あるからと言って学ばないと言う姿勢は論外ですが、この無常と言う事実を受け入れないと次に進めませ
ん。世の中は無常であるから永遠に存在するものは何もないと言うことなのです。
当然神(ゴッドと言う存在や絶対神と言うもの、まして天地創造神などはもちろん存在しません。あえて存
在すると言うのは、人格的なものでなく、法としてのものしかありません。)は存在しないと言うのが仏陀の
スタンスです。難しい言葉をあえて使わせていただきますと、自性というものが無いと言うことなのです。常
に変わっていっているからなのです。もちろん心も変化します。ただし、肉体とは違う変化をするのです。
身体は時間が経過すれば死と言うものを迎えなければなりませんが、心は変化はするのですが、肉体と
同じような死は存在しません。引き継がれるのです。
285 :
考える名無しさん:2007/10/18(木) 22:05:19 0
その引き継がれる状態を示されたのが、佛教で言う五薀なのです。メカニズムの中で書かせて頂いたので、
ここではだた五薀として書きます。これは動きであり、その動きに三つあると言うことなのです。佛教では、
先ず目の前にある事実を受け入れます。その事実は生きている、この世に生まれたと言うことです。その生
まれた肉体はいつか滅びると言う事実です。その中で私たちは生きる心(生きていこうとするパワーと考え
た方が分かりやすいと思います。)を持ったのです。生きている、生まれたと言うことは、地球と言う環境に
適応したと言うことです。環境に適さないと生きていくことは出来ません。適したから生きているのです。
これをしっかりと見つめないといけないのです。その上で、それぞれが生まれた肉体にある器官を使って
生命を維持するのです。この生命を維持するためのパワーが三つと言うことなのです。
つまり、タンハーは人間で言えば五欲と呼ばれるものです。次に変化の中で生きていくのですから、
生命を時間的中で適者としなければならなので、存在すると言う心があるのです。これは色んなものを生
み出すパワーになります。生み出してばかりだと世の中はバランスが壊れますので、次に破壊すると言う
パワーを同時に持ってしまうのです。これが三つの心の正体なのです。人間で言えば、人としての五欲の
刺激を求め、さらに増やそうとする貪ると言う心、そして破壊する怒り(怒りだけでは無いですが、破壊を好
む心のことです。)の心、瞋恚です。この三つは人間にあります。当然人間としてあるだけで動きとしては、
たの生き物にも当然あるのです。それと、心は必ず共鳴すると言う事実です。少し脱線しますが、人間生
まれでると一切のものの心と触れあうことが出来ます。しかし、成長することによりそうしたことが出来な
くなって来ているのです。ですから、人間の大人になればなるほど、自然との心の調和を忘れてしまうの
です。それがために、大人になって心に悩みを持つようになるのです。たまに多くの自然と触れあうことに
より、調和の心を取り戻すことが出来るのですが、多くは一時だけのことで始終してしまうのです。
286 :
考える名無しさん:2007/10/18(木) 22:08:24 0
ではなぜこうした自然の心が消えて行くのかと言うと、それは人間の持つ概念のなせる技なのです。
私たちは、他の動植物と違い、世の中を理解すると言う能力があります。その能力を発揮するために
は、世の中にあるものを概念で捉えなければならないからです。その概念が間違うととんでもない見
識を生み出してしまうのです。このとんでもない見識こそが心をダメにするのです。
人間がうまれるためには、母の体内で三十億年の時の流れに匹敵する進化をするというのです。
一個の細胞が様々な形態となり、人間として生まれてくるのです。その人間が、生まれて直ぐに外界
との接点が持たれるのです。ここまでは佛教では、無明、行、識、名色、六入と説かれています。
(ここでは語句の説明は控えます。)
次の蝕から以降がこの世に生まれると言う段階だと説かれています。この蝕と言うのが人間では
自己の形成とされるところなのです。当然、人間には知能を司る脳があります。この脳を動かすのが
心であり、生きる智慧(パワーの三つ)とも呼ぶものなのです。今までは、母の体内にいたから、何不
自由なく命を繋ぐことが出来いたのですが、生まれた途端から思い通りに行かないと言うものを覚え
ます。そのことで、命は危険にされされるのです。例えばお腹が空くと言うことは(お腹が空くというの
も概念ですが、分かりやすいから使います。)命を繋ぐエネルギーの補充がうまく機能しなくなると言
うことなのです。そのことに対して行動を起こします。(泣くと言う行動。)
http://black.ap.teacup.com/applet/kyo1953915june/msgcate3/archive?rev=1 れを一番最初に覚えます。すべてこの行動を出発点として脳は活発に動きます。
287 :
考える名無しさん:2007/10/18(木) 23:02:51 0
そのことに対して行動を起こします。(泣くと言う行動。)これを一番最初に覚えます。
すべてこの行動を出発点として脳は活発に動きます。
また、自分の身体を使って物を触り、自分と自分以外の区別が始まるのです。
ここでは明らかに自分と言うものが理解出来ない状態です。さらに命を繋ぐために五欲が働きます。
この五欲の欲求が最初の心であり、満たすためにいろいろな組み合わせた心が動くのです。
ここまま成長すれば他の動物や植物と同じで正常なのですが、人間には、取り込むと言う心が起こります。
しかも取り込んだ以上増やそうとして貪る心を動かします。それをサインとして外界に送る時に泣くと言う
行動を起こすのです。この泣くと言う行動で取り込めたのですから、次も次も、泣くと言う行動のサイン
を出すのです。その時、生みの親である母は乳児にいろいろと概念を教えます。時には子守歌として、
身体の言葉で伝えます。(ボディーラングエージ)子供の脳や心はこの受の心で素直に取り入れます。
さらに取り入れたもの(物質ではなく識(記憶)としてのものを塵とも言います。)に愛着を起こします。
(これが存在欲とか獲得欲と言うものです。)
288 :
考える名無しさん:2007/10/18(木) 23:04:34 0
さらに命を繋ごうとします。だらか乳児は生命力が大人以上に強いのです。此の時は、
世の中の心ある存在に対しても触れあうことが出来る状態なのですが、だんだんと
概念が生まれてくると(生きるための概念=これはあまり問題とはならないのです。)
そしてやっかいなのが、言葉を覚える時です。この言葉も概念になります。ですから、
育てた人の感性(特殊概念=一般とは違う、家庭家庭における価値判断のこと。)が
乳児の中で作られます。それが、色んなものとコンタクトを取れない心に変わって行
ってしますのです。苦とか楽と言うのもここで構成されていきます。
それがもうしっかりと言葉が使えるようになると、人間以外と会話がヘタになります。
しかし、若干残っていますので、人間の子供は自分の持ち物に自分の概念を植え付
けようとします。(よくおもちゃに対してしゃべる子供がいますが、人間以外と通信が
出来る状態だからなのです。)ここで、余談ですが、よく私たちは木や森、鳥や動物
(ペット)などにしゃべりかけたりします。すると言葉の意味が理解出来ないと思って
いるのに、木や鳥、ペットなどが、その心に反応する場合があります。萎れかけた花
に「早く元気になってね。」とか声をかけると、不思議と木や花が元気になるときがあ
ります。これは、木や花が心の反応したと言うことなのです。これは、現在の科学者
の大半は否定しますが、ある大学の先生の授業で一本の花を生徒達に渡したと言
うのです。そしてその花を観察して報告してくださいと言う実験をしたそうです。すると
一生懸命花の命を大事にした人としなかった人とでは、花の枯れる時間が変わって
いたそうです。一概のには言えませんが、花は世話する人の心に反応したのです。
それが純粋に出来るのが乳児や子供なのです。心は素直ですから、なんでも出来
る力(パワーの心)があるのです。勿体ないかな人間は成長すればするほど、こう
した力を無くしていっているのです。
289 :
考える名無しさん:2007/10/18(木) 23:48:32 O
心は存在しない。
脳細胞が、心の存在を考え続けている。
290 :
考える名無しさん:2007/10/19(金) 00:23:03 O
水や空気もまた、物質の一つ。
思考回路を持った、一部の生物だけが心の存在を確認しようとするのだろう。
無いものねだり…?
そもそもこの世には、単位が存在しない。
水も空気も土も、全てが地球であり宇宙の一部なのだから。
つまり地球は宇宙の一部であり、人間は地球の一部であるということ。
100%心は存在しないと私は考える。
291 :
bon:2007/10/19(金) 00:56:42 0
心は宇宙のテレヴィジョン
292 :
考える名無しさん:2007/10/19(金) 09:19:58 0
「時間とは何か?と人に聞かれなければ、私はそれを知っている。しかし、人に聞かれれば、私はそれを知らない」これは、アウグスティヌスの有名な言葉である。直観的には自明であっても、言葉による表現に困難を感ずることは、日常しばしば経験するところである。
仏法の重要な哲理とされる「不二」を論ずるときにも、同じようなもどかしさが感じられる。維摩経には、「不二の法門とは何か」との文殊の問いかけに、維摩詰は、一言も答えず沈黙したままであったと述べられている。
文殊はこの沈黙の答えに対して「大いに結構、これこそ菩薩が不二に入ることであって、そこには文字もなく、ことばもない、心がはたらくこともない」と称賛している。維摩詰は不二の法門を知らないのではない。
不二について理解が深ければ深いほど、不二を語るのに適切な言葉を知らないのであろう。
しかし、現代においては、沈黙は必ずしも称賛されるとはかぎらない。不二の法門を現代に展開するためには、具体的イメージをもって、現代の言葉で不二を語る必要があろう。以下の小論は、その試みの一つである。
293 :
考える名無しさん:2007/10/19(金) 09:21:10 0
「不二の法」の現代的意味
仏法思想には、色心不二、生死不二、依正不二、師弟不二、迷悟不二といった表現や、因果倶時、事相即理体、法譬一体といった表現にみられるように、論理的に、あるいは、一般通念の上で、矛盾、対立する概念を、一体不二とする考え方が普遍的にみられる。
このような不二一体という考え方は、古来仏法の中でも、さまざまに異なった表現をとって展開されてきた。
大乗仏教の思想的大成者である竜樹は、仏陀の悟りの核心は「縁起」であるとしている。縁起とは、すべての事物は原因または条件に依存して成立するという意味であり「これがあるときかれがある。これが生起するから、かれが生起する。
これがないとき、かれがない。これが消滅するから、かれが消滅する」という表現で示されるように、宇宙に生起するすべての事物は対応関係を有し、相互依存性をもつとみる。
対立的異質な存在も例外ではない。相互依存性こそすべての事物、すべての現象に共通する普遍的な法であり、縁起は「法」そのものであることが強調されている。
竜樹は又「縁起であるものをわれは即ち空であると説く。それはまた仮の表現である。これが実に中道である」とも述べている。
インドに起こった中道の思想は、さらに中国に入って、さまざまに表現をかえて展開されるが、縁起観、空観、中道の思想の中に一貫して流れている内容は「法」の概念であり「不二」の思想である。
294 :
考える名無しさん:2007/10/19(金) 09:22:14 0
「法」とはサンスクリット語のdharmaを漢訳したもので、原語は「自性を持って変らないもの」を指し、それから転じて、秩序、法則などを意味するようになったといわれる。不二あるいは空、中道として表現される考えこそ仏法思想に特有のものである。
しかし、その意味するところは矛盾を内包し、表現は抽象的かつ非論理的であり、現代人にとって理解し難いものになっている。
当然の帰結として、中道論の旗色は鮮明を欠き、対立観のとりこになってになっている現代人にとっては、中道主義を唱えるものが「ヌエ的」存在としかみえないのも無理からぬことであろう。
空観は弁証法的な考え方であるともいわれる。たしかに空の概念は、有無の対立を超えつつ両者を包含する弁証的統一を意味するとみられないこともない。意味が不明確のまま、その用例が極めて広範にわたることも類似している。
しかし、不二という概念のもとに否定されているものは、二者択一的な認識のあり方であり、不変性を意味する「法」の概念との対応を考えると、空観は二重否定の論理や、弁証法的矛盾をあらゆる運動、発展の根拠とする考え方とは一致し難いと思われる。
むしろ矛盾対立観にとらわれた認識のあり方を否定し、絶えず変転する一切の事物の根底に、すべての存在を結びつけている相互依存性を直観したことが空観の内容になっていると考えられる。
宇宙に存在するものは、ことごとく他との依存性、関係性において生起したり、消滅したりするのであり、有も無も絶対不変なものではない。
295 :
考える名無しさん:2007/10/19(金) 09:23:58 0
不二なる「法」は、すなわち、宇宙に生起する一切の事物が「相互依存性を有することにおいてのみ不変であること」を意味していると思われる。
このような相互依存の関係で構成される「法」の概念を現代の言葉で語るには「構造」の概念が有効と考えられる。対立的存在は、論理的な矛盾としてとらえるのではなく、
多元的な構造という概念をとおして、相互依存の関係で結ばれることを知ることができるからである。
不二の法を多元的な構造という概念で理解すると、仏法は現代科学と決して矛盾対立するものでなく、現代科学の先端的な内容を包含していることがわかる。
日蓮の著書、白米一俵御書に「若し深く世法を識らば即ち是れ仏法なり」との金光明経の文を引かれ、「彼の経々は・いまだ心あさくして法華経に及ばざれば・世間の法を仏法に依せてしらせて候、法華経はしからず・やがて世間の法が仏法の全体と釈せられて候」
と述べられているが、現代科学の見出した法則が、仏法の全体という関係で結ばれるとき、両者の間にも不二なる関係が成立するのである。
296 :
考える名無しさん:2007/10/19(金) 09:27:49 0
「不二の法」と構造の概念
二十世紀の初頭は科学史上他に類をみない激動期であった。
ブランクの量子仮説にはじまり、アインシュタインの相対性理論の登場は、科学のみならず思想界全般にも深刻な影響をおよぼすものであった。
アインシュタインは、量子論の誕生に重要な寄与をしているにもかかわらず量子力学の完成期にはボーアらのコペンハーゲン的解釈を拒否し、終始反対の態度をとったといわれる。しかし、不二論の立場からみると両者には共通するものがある。
興味のもたれる点は、相対論も量子論も抽象的な数学を使用しており、通常の言語をもってしては、表現が困難な内容ををもっていることである。
又、その表現された内容は、時間と空間、波動と粒子という対立概念の間に存在する対応関係を明らかにし、対立概念を数学的構造の概念によって融合していることにある。
ニュートンの古典力学では時間、空間は絶対不変のものとされ、これはキリスト教的神の摂理によるものとされた。ニュートンによれば「絶対的な時間は外界のどんなものとも無関係につねに同一であり、かつ不変である」とされる。
しかし、スイス特許局の無名の技士、アインシュタインの提起した考え方は従来の古典的世界像を決定的に変革するものであった。
アインシュタインは「この核心を見出すために欠くことの出来ない批判的思惟はD・ヒュームとE・マッハの哲学的著作により養われた」と述べているが、こうして生まれた相対論によれば、あらゆる座標系において、
R2−(ct)2=R’2−(ct’)2=0
が成立し、不変のものは空間(RとR’)光速(c)、時間(tとt’)の間に成立する関係性である。このような関係が成立するためには観測者の用いる空間と時間の座標は互に「ロレンツ変換」の名で知られる変換式によって結びつかねばならない。
297 :
考える名無しさん:2007/10/19(金) 09:28:57 0
このような変換が可能なのは、観測者の用いる座標系が等速並進運動を行っている場合に限られるが、このような変換系においては、空間と時間は他と無関係に独立のものではなく、
時間と空間は四次元の構造という概念によって融合され一体不可分のものとなる。この間の事情をミンコフスキーは「今後、空間と時間とは、それ自らの陰にかくれ、それらの組合せだけが存在することになろう」と述べている。
一般相対性理論では、座標間の相対変化に加速度が加わる場合が含まれるが、あらゆる観測者に対して、自然法則は同じ形に書けることを主張している。時間と空間の構造は、その中にある物質によりきまる。
物質、エネルギーのあり方は時間、空間によって規定されると同時に物質・エネルギーが時間、空間を規定する。すなわち、時間と空間、物質とエネルギーは他と無関係に独立のものではなく、ことごとく相互依存の関係で結ばれることが明らかにされたのである。
相対論がこのような内容を持っていることは、相対論が「時空の不二論」であると理解してよいだろう。
http://www.jca.apc.org/~tmatsui/huniron1.htm
298 :
考える名無しさん:2007/10/19(金) 12:07:37 0
十九世紀の物理学を支配したものはニュートンの力学とマックスウェルの電磁気学である。
これらの理論体系においては、物質は粒子より成ると考えられ、光は波動として描かれる。そして宇宙に存在するものはことごとくこれらの理論で記述できると信じられてきた。
しかし、この考えは今世紀の初頭ブランクの作用量子の発見で破られ、ド・ブロイのすぐれた直観によって「物質は波なり」という概念が提出されるにおよんで、自然認識の概念に一大変革をもたらすことになった。
ド・ブロイの心をとらえた問題は光が「粒子」であると同時に「波」であると考えなければならない奇妙な現象であった。
この粒子と波の二重性をどうやって融合するかという問題意識が物質波という概念を生んだのである。
アインシュタインが光の粒子性を規定するために導入した式
E=hν
が重要な展開を示すことになった。
299 :
考える名無しさん:2007/10/19(金) 12:08:37 0
この式の左辺Eは光の粒子のエネルギーを示し右辺のνは光の波動性を示している。
hはブランク定数である。ド・ブロイはこの式を右からも左からも読むことができることに気づいた。
従来全く別のものと考えてきた「粒子」と「波」は対立し、矛盾する存在ではなく、両者の間には密接な対応関係が成立している。
1926年シュレーディンガーはド・ブロイのアイデアを数学的に定式化し、有名な波動方程式を完成した。又時を同じくして、ハイゼンベルグらによって提出された行列力学も数学的に同等であることを明らかにした。
光や電子などの素粒子について波なのか粒子なのかという二者択一の解答を求めるならば解答はない。
粒子と波は一つのものの二つの側面であり素粒子の空間的な位置のひろがりを問題にするときには波動のような半面が、他の存在物との衝突を問題にするようなときには粒子のような半面が強く現われる。
このようにいずれか一方だけでは全容を尽くしていないという事情をボーアは「相補性」と呼んでいるが、仏法で説く而二不二の関係がミクロの世界でも成立していることを量子論は明らかにしたとみることができる。
ミクロの世界では位置(x)と運動量(p)の間にも相補的な関係が成立している。すなわち、
△p・△x≧h
で示される関係が有名なハイゼンベルグの不確定性原理である。粒子の位置の不確かさ△xと運動量の不正確さ△pの間に類似の関係があり、△xと△pの役割を交換することができる。
300 :
ヌメ:2007/10/20(土) 02:17:58 0
パソコンとは何か?と問われて壊れたパソコンを指し示す人はいるかも知れないが
人とは何か?と問われて骸となった死骸を指差す人は少ないのではないか?
○○とは何か?という問いは、大体が指し示す物の「機能」を本質的に問うている
という事に気付いている。
お坊さんの言う事も結構わかるが、「見る」という事の本質は脳が何かを認識するという
事であり、それは実際に何かがそこに在るという事とは必ずしも合致しない。
錯覚でも脳は結構反応する。
301 :
考える名無しさん:2007/10/20(土) 03:52:44 0
昨日誕生日だったから3回抜いた
302 :
考える名無しさん:2007/10/20(土) 23:35:23 0
>>1-3 真理に近い部分はあると思うけど、人間であることをやめられない
僕らにはただの言葉遊びの範囲を超えないと思った。
宇宙はそんな人間をあざ笑うかのように刻々と変化しつづけてる。
そんな宇宙が同じ観念世界に留まることを許してくれるだろうか?
>>300 それあたりまえやん。ぜんぶさわれられへんちゅのん。
ましてや技術意味の核心は自分に取ってどう有用であるかという今
で一般に浸透するかどうかも含めて関係あれへん事だがと脳が告げるんですよ。中
思った事を書ければまだいいけど。文章の区髑点へーあの星プロオセスなんだ
>>303 それは一理あるね。わかるよ。個人的なこととと同じだし。
305 :
考える名無しさん:2007/10/21(日) 17:11:17 0
なにこのキチガイ
やりやな
307 :
考える名無しさん:2007/10/23(火) 01:29:46 0
>>如何なる事象も最初から意味のあるものはない。
正解。
最初から意味があったらそれこそ大変だ。
答えは外にある、ということになるからね。
答えは外ある、これがそもそもの間違い。
308 :
考える名無しさん:2007/10/23(火) 01:49:32 0
>>193 うん、全てを鏡としてね。
でも己を見るのが目的ではなく好きな己を創ること、かな。
どうあれあなたは自由だ。
この宇宙は目的すらない。
309 :
考える名無しさん:2007/10/23(火) 02:07:38 0
環境による条件付けだろうが幼少の心の傷だろうが性欲だろうが
結局はてめぇが作り上げたフィルターごしでしか現実は見れねぇんだ
自分の価値観がそのまま現実に反映されるんだ
自分が何を欲しているのか深く深くとにかく深く考えてから生き方を決めれば
きっと現実は楽しくなるだろうよ
310 :
考える名無しさん:2007/10/23(火) 10:11:46 0
> 自分が何を欲しているのか深く深くとにかく深く考えてから生き方を決めれば
> きっと現実は楽しくなるだろうよ
おまいがそれをまだ実行していないことがよく分かる書き込みだな。w
自分自身が欲している現実というのがあまりにも非現実的すぎると本当に現実として反映されるのか少々疑問に思う。
そんなこんなで停滞している自分に嫌悪してしまう始末。
ところで最近、夢を見ることが多い。というか毎日のように夢を見る。さらに夢の時間もとても長い。
これは現実が薄れていってる証拠なのか・・・。自分でもよくわからない
312 :
考える名無しさん:2007/10/23(火) 11:33:40 0
>結局はてめぇが作り上げたフィルターごしでしか現実は見れねぇんだ
というか現実を作っているのがてめぇだよ。
コップの中に水が半分存在する。
それを「半分もある」「半分しかない」両現実は自分で作っている。
あまつさえコップ、水、という観念さえ自分で作っている。
意識というものがなくなれば全ての物語性はなくなる。
>>308で好きな自分を創るって言ったけど、これが自分だという自分すら幻想だよ。
目に見えることさえ幻想だ。全てが幻想だ。
いま身の回りを見てどんな風景が展開しているだろう?
いまの気分はどうだろう?
自分が味付けしたその風景や気分はどうだい?心地よいかい?不快かい?
宇宙は一大イリュージョンだ。
だとしたら好きな幻想に生きればいい。
いま自分がどんな幻想に生きているか。
それは自分がどんな幻想を”見ているか”、と言うことだよ。
宇宙には目的はないが"意志"はあると思う。
314 :
考える名無しさん:2007/10/23(火) 13:10:24 0
ではその”意思”に背いたものはどうなるだろう?
>>313 死刑
嘘。何を選択しようと宇宙はその選択には応えないでしょ。
ただ見たい世界を見せるだけで
316 :
考える名無しさん:2007/10/23(火) 19:19:41 0
世界は世界でしかありえないよ
君達自身が君自身でしかありえないように
観測論などは無意味だよ
「語りえぬ事に関しては沈黙しなければならない」
幽霊の話もダメなんだな
318 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/10/23(火) 21:16:02 0
>308この宇宙は目的すらない
だな
>313宇宙には目的はないが"意志"はあると思う。
それは投影だよ。あるように見える。実際はただ存在し変化しているだけ
>315何を選択しようと宇宙はその選択には応えないでしょ。
いや常に応えてる。が、気付かない者がいる
319 :
考える名無しさん:2007/10/23(火) 23:14:36 0
まず宇宙ってのはどこにあると思ってんだ?
てめぇの頭ん中にあんだよ
てめぇが消えれば宇宙どころか全てが消えるんだよ
だったら「宇宙」って何だ?
てめぇは初めっから答えを知ってんだよ
320 :
考える名無しさん:2007/10/24(水) 00:56:35 0
脳運動と視覚、現象はそれぞれ別のものですよ
脳運動も視覚も=現象ですが何か?
322 :
考える名無しさん:2007/10/24(水) 10:59:44 O
地球は宇宙の一部であり
人間は地球の一部である
みんな仲間だ仲良しなんだ
宇宙自体に目的や意思はないのかも知れんが
人間の脳、いや生物全体、植物や微生物にも
基本的に楽観的で前向きな素養がアプリオリにあるな。
>>318 >存在し変化しているだけ
それが意志じゃないのか?
>いや常に応えてる。が、気付かない者がいる
選択したことに対して応えるのは自分自身。
因果応報ってやつ?原因と結果は常に内にある。
とはいえ、ヒトも宇宙の一部という解釈が前提にあるのならその通りだね・・。
>選択したことに対して応えるのは自分自身。
>因果応報ってやつ?原因と結果は常に内にある。
これも違うな。選択し応える自分という解釈を前提にしているだけだからね。
326 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/10/24(水) 22:45:39 0
>324それが意志じゃないのか?
意志の定義が「存在し変化するもの」?そんな辞書はみたこたねぇ
>とはいえ、ヒトも宇宙の一部という解釈
それは言わずもがな
327 :
考える名無しさん:2007/10/25(木) 04:42:32 O
宇宙人の視点から考えて、危険で変人なのは俺らのほう
328 :
考える名無しさん:2007/10/25(木) 08:21:13 0
>>327 「宇宙の視点」に俺らの意識を投影すれば確かにそうだな
禁煙施行前にはっきりゆうてやった。
運転手さん。太陽系の長さがこのタクシーの長さなら。
次の一個の星もこれ岐阜だかどこだかそんなんですよ。
その程度で。ローマの歴史とカリギュラ2
330 :
考える名無しさん:2007/10/26(金) 04:16:23 O
目の前にある世界をどう使うかで人生は変わるよね。
環境のせいにしてる奴ってガキ。
自分の努力を語ってる奴は素晴らしい。
331 :
考える名無しさん:2007/10/26(金) 12:45:45 0
おまえらなあ哲学はすでに語りつくされているんだよ
同じことグズグス垂れ流すな汚らわしい
まずは勉強から始めろクズども
>>330 >目の前にある世界をどう使うか
目の前にある世界がどうかが哲学
>>331 >おまえらなあ哲学はすでに語りつくされているんだよ
全く尽くされていませんが何か?
333 :
考える名無しさん:2007/10/27(土) 18:32:33 0
本当に面白いね
文字でセンズリかいて楽しいかい
どうせてめえら社会ではウジ虫程度の価値しかないんだろ
思索の世界で悶絶死なんて素敵だもんね
社会に関係するなんて怖くて出来ないでちゅもんね
社会での価値って何だろうね?
335 :
考える名無しさん:2007/10/29(月) 05:51:37 0
蛆虫程度の価値しかない人間は蛆虫程度の価値しかない世界を展開する。
鏡に向かって吠えても何も始まらない。
>>333は自分は蛆虫程度の価値しかないと思い込んでいるらしいがそんなに悲観することもない。
上記のことを理解すれば変わる。
>>334 >社会での価値って何だろうね?
マージャンの点棒や人生ゲームのお金と一緒だよ。
336 :
考える名無しさん:2007/10/29(月) 06:19:39 0
>>323 実は俺らはひとつだよ。
見かけの彼我相対世界を見ているだけ。
「寂しい」という感情はもともとひとつだったということを暗示する。
ひとつだったから引き離されると「寂しい」という感情が湧く。
しかし本当はひとつなんだよ今も。
50 FACTS THAT SHOULD CHANGE THE WORLD
1 日本女性の平均寿命は84歳。ボツワナ人は39歳
2 肥満の3人に1人は発展途上国に住んでいる
3 先進国で妊娠率が高いのは米国と英国の10代
4 中国では4400万人の女性が行方不明
5 ブラジルは軍人よりも化粧品の訪問販売員がたくさんいる
6 世界の死刑執行の81%はわずか三カ国に集中している。中国、イラン、米国
7 英国のスーパーマーケットは政府よりも多くの個人情報をもっている
8 EUの牛は一頭につき1日2.5ドルの助成金を受け取る。
9 70ヵ国以上で同性愛は違法、9ヵ国で死刑
10 世界の5人に1人は1日1ドル未満で暮らしている
11 ロシアで家庭内暴力のために殺される女性は毎年1万2000人を超える
12 2001年、何らかの形成外科手術を受けたアメリカ人は1320万人
13 地雷によって1時間1人は死傷している
14 インドでは4400万人の児童が働かされている
15 先進国の国民は年間に7キロの食品添加物を食べている
16 タイガー・ウッズが帽子をかぶって得るスポンサー料は、1日当たり5万5000ドル。その帽子を作る労働者の年収の38年分
17 米国で摂食障害を患っている女性は700万人男性は100万人
18 英国の15歳の半数はドラッグ体験済み。4分の1は喫煙常習者
19 ワシントンDCで働くロビイストは6万7,000人。連邦議員1人に対し125人
20 自動車は毎分2人を殺している
21 1977年以降、北米の中絶病院では8万件近い暴力事件や騒乱が起きている
22 マクドナルドの黄色いアーチがわかる人は88%。キリスト教の十字架はたった54%
23 ケニアでは家計の3分の1が賄賂に使われる
24 世界の違法ドラッグの市場規模は4,000億ドル。製薬市場とほぼ同じ
25 アメリカ人の3人に1人は、エイリアンがすでに地球に来たと信じている
26 拷問は150ヵ国以上で行なわれている
27 世界では7人に1人が日々飢えている
28 今日の米国に生まれる黒人新生児の3人に1人は刑務所に送られる
29 世界で3人に1人は戦時下に暮らしている
30 2040年に原油は枯渇するかもしれない
31 世界の喫煙者の82%は発展途上国の国民
32 世界の人口の70%以上は電話を使ったことがない
33 近年の武力紛争の4分の1は天然資源がらみ
34 アフリカのHIV陽性患者は約3000万人
35 毎年、10の言語が消滅している
36 武力紛争による死者よりも自殺者のほうが多い
37 米国で、銃を持って登校し退学になる生徒の数は、平均して週に88人
38 世界には「良心の囚人」が少なくとも30万人いる
39 毎年、200万人の女性が性器切除される
40 世界中の紛争地帯で戦う子供兵は30万人
41 英国では総選挙の投票者数よりも、テレビ番組でアイドル選びに投票した人のほうが多い
42 米国のポルノ産業の規模は年間100億ドル。海外援助額と同じである
43 2003年、米国の防衛費は約3,960億ドル。「ならず者国家」7ヵ国の防衛費総計の33 倍
44 世界にはいまも2700万人の奴隷がいる
45 アメリカ人が捨てるプラスチック・ボトルは1時間に250万本。並べると3週間分で月に達する
46 ロンドンの住民は、監視カメラで1日300回撮影される
47 毎年、西欧向けに人身売買される女性は12万人
48 英国で売られるニュージーランド産キウイは、その重量の5倍の温室効果ガスを排出している
49 米国は国連に10億ドル以上の未払い金がある
50 貧困家庭の子供たちは、富裕家庭の子供たちに比べて3倍も精神病にかかりやすい
339 :
考える名無しさん:2007/10/29(月) 06:30:02 O
いつから地球は人間のものになったんや?
社会ってなんやねん
>>335 >マージャンの点棒や人生ゲームのお金と一緒だよ。
一緒?
社会での価値は金ってこと?
341 :
考える名無しさん:2007/10/29(月) 17:54:33 0
乞食でもキチガイでも自分が立派だと思ってりゃいいんだよ
自分の精神は高貴だと
中学生みたいにいつまでも世界とにらめっこするんだ
自分は他人と違うんだ
世界なんて空虚なんだ
そう負け犬みたいに吠えてるんだ
いつまでも
世界を定義することに血道をあげて
人一人救えない肉の塊
それがこのスレにいる俺達の正体さ
でもそれでいいんだ
俺達は愛されるために生きているわけじゃないから
俺達は斜に構えた自分を愛してるナルシストだから
342 :
考える名無しさん:2007/10/29(月) 18:05:19 0
>>340 マージャンやってて相手から満貫分の点棒をもらったらうれしくない?
もしうれしくなければあなたにとって点棒は無価値だ。
仮にあなたがトップ目でオーラス、絶妙な切りをして2着にうまく振り込ませることが出来たらうれしい?
それがうれしいならあなたの価値はマージャンの技術になる。
>社会での価値は金ってこと?
金、と言えば金になる。
心、と言えば心になる。
あなたが一番価値があると思うものに価値を吹き込むことが出来るよ。
ただし、金は汚いモノではない。且つ綺麗なモノでもない。
逆に金は汚いもの、と思っていると金は手に入らない。
これだけは言っておくね。
アプリオリに絶対価値がある、と思うとそれと自分の比較が終わらない。
この場合の比較は破壊的だ。
あなたは永遠に迷い、永遠に悩み、永遠に自分を生きれない。
何故ならその価値とあなたは違うからだ。
あなたが価値を作るんだ。
集合意識的な価値観がある。個人的な価値観がある。
共に人間が作ったものだよ。
価値を創造する者を他者に求めないこと。
社会にとって価値ってなあに?
と言う問いはあたかも
いまあくびをしている者が「あくびってどうやってするんだろう?」と問うのに似ている。
343 :
考える名無しさん:2007/10/29(月) 18:09:13 0
何故ならあなたはいま「社会にとって価値ってなあに?」という疑問に価値を置いているからだ。
価値は自分で決めるのなら
社会ではウジ虫程度の価値しかないってのはどういうことになるのかな?
社会での価値があると思うのだけど・・・違うのかな?
社会では蛆虫程度にしかならない価値があるってことでいいのかな?
345 :
考える名無しさん:2007/10/29(月) 22:36:23 0
>>345 うん。初めからそのつもりなんだけど
>マージャンの点棒や人生ゲームのお金と一緒だよ。
って、さも知っているようだったからさ
知らないってことなのね^^;
347 :
考える名無しさん:2007/10/30(火) 01:15:18 0
>>346 あなたが「社会での価値は金ってこと?」という問いをしたからスレタイの方向に沿って
>>342のようなレスをしたけど、
マージャンの点棒や人生ゲームのお金に例えた理由は点棒やお金がそのゲームでしか使えない、ってことね。
角度を変えて言えば野球選手という存在は現代において価値あるように見えるよね。
でも江戸時代に生まれてれば単なる石を早く投げられるとかの奇特な人でしかない。
テーブルが変わればみんなが認めている価値も変わってしまう。
マージャンをしなければ点棒の付加価値もない。
社会での価値もその社会のテーブルの上にないとその付加価値もあやういものだ。
社会の尺度で人間の価値を決めているけどそれはあくまで社会の尺度でしかない。
尺度が変わってしまえば全てが変わってしまう。
尤もこれらのお話とスレタイはややズレているが。
なこたどうでもいいことで
つうか常識だろ
俺が知りたいのは
>>333の言う社会の価値だよ
349 :
考える名無しさん:2007/10/30(火) 02:14:44 0
人の数だけ価値がある
それでいいじゃん
意識が閉じるまで自分だけの世界でおしあわせにすればいいのさ
働いて飯食ってクソ垂れて豚みたいに眠る
その繰り返しがしやわせ
サルトルって何?日光のアレかい?
働いてっつうのがよくわからんが
まあ人それぞれだな
価値などどうでもいいことで
常に幸せなんだよ
それに気づかず幸せを求めれば価値も必要になるのかもな
351 :
考える名無しさん:2007/10/30(火) 05:20:45 O
鏡でもあるけど多様な人間の生きる現実でもあり、認識出来るのはホンの一部、過剰反応を示すのは自分の欠点、という程度
皆あまり見たくない。なぜなら恥ずかしいからだ
352 :
考える名無しさん:2007/10/30(火) 06:17:15 0
>価値などどうでもいいことで
どうでもよかったら価値論は止めろ
流れをさえぎってウゼェ
>>352 幸せに価値はどうでもいいことだが
>>333の言う社会の価値は何かを知りたいんだよ
何を知りたがろうと自由だろ
俺様と333との高尚な話をさえぎるのは自由だが
ウゼェと感じるのはお前の自己責任だ
つうか流れって何?
ドットに比肩する痛さだな
>>354 ドットってなんだ?
>>355 そうかコピペか
それなら尚更意味あるだろうな
ますます知りたくなった
つうことは
>>335はコピペに反応して勝手な解釈で
>>333は蛆虫程度の価値しかないと思い込んでいるらしいと言ったわけだな
しかもコピペに
>蛆虫程度の価値しかない人間は蛆虫程度の価値しかない世界を展開する。
>鏡に向かって吠えても何も始まらない。
>上記のことを理解すれば変わる。
と言ったわけだ
これもドットに比肩するのかな?
357 :
考える名無しさん:2007/10/30(火) 23:56:00 0
あこがれ ◆AKOGAREouE←こいつなんで荒れてんの?
そうか?
なんで荒れてるかなど聞いても答えはないだろう
なんで荒れていると感じるのかなら己に問えば答えが出るがな
アルティメット惑星地球現実世界アボーン
362 :
考える名無しさん:2007/10/31(水) 09:18:05 0
>>2あたりで述べてることが
>>1の決め付け(固定観念)だらけで萎える
364 :
考える名無しさん:2007/11/01(木) 08:43:08 0
そうですか
よかったですね
365 :
考える名無しさん:2007/11/01(木) 20:09:36 0
みんなもチンポ臭いかい?
366 :
考える名無しさん:2007/11/01(木) 21:01:07 0
____
/ \ /\ キリッ
. / (ー) (ー)\
/ ⌒(__人__)⌒ \ <そう。哲厨は勢古氏によって
| |r┬-| | 現代女子高生の小便臭さ、
\ `ー'´ / 拭きの足りなさぶりを知ってしまったのだ。
ノ \
/´ ヽ
| l \
ヽ -一''''''"〜〜``'ー--、 -一'''''''ー-、.
ヽ ____(⌒)(⌒)⌒) ) (⌒_(⌒)⌒)⌒))
ふうん。
いじめの体験がトラウマになってるのは解ったからコピペやめよう、な?
369 :
考える名無しさん:2007/11/08(木) 17:12:53 O
正義感って何なん
370 :
考える名無しさん:2007/11/09(金) 08:49:53 O
>>1 コピペがウザイんだがそろそろやめないか?
もう少し空気読めるようになろうな。
371 :
考える名無しさん:2007/11/09(金) 09:47:05 0
372 :
考える名無しさん:2007/11/10(土) 21:02:09 0
「虐めに関するよくある勘違いと正しい見方」コピペを見てとんできますた
すんばらしいです
373 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/11(日) 00:16:53 0
>372
読んで理解できるお前の知性がすんばらしいよ
(あれに食いついてくるのが馬鹿ばっかだから思わずそうオモタ)
文章で分かりにくいトコなかった?
あったら言ってね。参考にするから
日本語でおk
375 :
考える名無しさん:2007/11/13(火) 23:28:00 0
前から気になってたけどやっぱり幼稚なDQNみたい。
得意技は他人のレスをコピペ
難しい漢字「堵愚慧螺」「砧麺麭覆拿彙螺子痲璽彙螺禰」とかも使う
在日・朝鮮・レイプにも異常反応
都合が悪くなるとニュースのリンクを張ってごまかす
少しでもレスして構ったりするとすぐ調子に乗る
自分と同じ匂いがする猿を探してる
哲学・心理学板など学問版に出没
#w-K=KPy@ ◆VEGAN.MvV.
ポモ・ソカなどもおそらくベガん(VEGAN)か
厄介者・疫病神 ・キモ女らしい
これに一つでも該当したら哲学板にいる荒らしの典型です。
377 :
考える名無しさん:2007/11/14(水) 10:45:39 O
其の四「虐めは人格に問題がある者を矯正する手段」
人格矯正に必要なのは広く豊かな経験や知識であって、虐めでなければならない必然性はない。寧ろ却って人間不信・社会憎悪を増しかねない。この場合、矯正すべきは「虐め以外の手段を知らない」者の浅はかさである(躾と称した虐待や体罰も同じ)
其の五「周囲に不快感を与えたのだから虐められても仕方がない」
感情に自己責任が取れない者の典型的な正当化である。不快感の原因はそれを感じる各人の固定観念であり自業自得。他人のせいにするのは筋違いである(虐められた不快感も同様。>1-3参照)
其の六「虐めは本能、必要悪」
本能とは呼吸・睡眠・摂食のように「生命維持に欠かせない行動」をいう。虐めてないと死ぬ人はいないので本能ではない。また必要悪とは自動車のように「危険性・環境負荷」を孕んでいても「利便性・経済効果」が上回るような事を言う
これらの理屈は、虐める事で快楽を得る側の自己正当化に過ぎない
其の八「虐めは無くならない」
いつの時代も「成長途中の人間」が存在する以上、虐めが無くならないというのは道理であるが、それは「無くそうとしても無駄」という理屈にはならない
多くの名も無き人々の不断の努力により人知れず解決している事例は幾らでもある。大きく報道されることだけが全てではない
其の九「虐めをしたら厳罰に処すればよい」
飲酒運転と同じで、安易な厳罰化や一時的な対処は問題の陰湿化・冗長化を招くだけである。虐めは脳が未成熟な証拠。非難や制裁以前に監察や教育を施すべきである
其の十「虐められる側を助けるべき」
緊急時なら間違いではないが、真に救うべきは”愛に飢えた”虐める側である。被害者を救う必要はない。加害者側を救えば被害者は自動的に救われる。その事を無視して被害者のみを救おうとする行為は自己満足に他ならない
以上を読んでも尚「虐められる側にも原因が」と主張する人は、己の非(愛の欠如)を認めたくないか感情に自己責任が取れてないか、さもなくば読解力がないのである
この板でこれを議論するとだな、複雑な事になるんだ
つまり、個人の世界観が主張されている議論な訳で、
善悪の観念すらも定義づけしない流れで話すわけでしょ
数学で偏微分が必要なのは、何かを固定しないと互いに
影響し合う分析できないからであるのと同じように、ここ
でも偏微分が必要なんだ。つまり、
>>378が無言の内にもと
めているこの主張(スレタイ)に近い考えを持つ人が虐めを
するはずがない(つまり善ですね)と言いたいわけでしょ
でもそれ自体が各宗教が達成しようとしている20世紀にも
わたる人類の未達成の挑戦のようなものであって、虐めに
この課題を持ってくること自体(虐める年頃のガキにそれ
を求めること自体)机上の空論のようなものだとおもうんだよね
だから、378読むと非常に綺麗なだけの詭弁に聞こえる
>>379 捕捉 哲学板でしょ ここ 哲学的な主張はリアルに落とし込む
瞬間に矛盾がでる つまり現実問題である虐めの話に378の哲学が
挑戦して勝利するような妄想をいだいて378のようなこと考えるん
だろうけど、1つの哲学を万人やある種のグループ全体に浸透さ
せることを求めようとすると必ず破綻する。 つまり、自己満足
の世界なんだよね それはそれでいいだけどね スレタイは結構
的を得てるし、たいていの人は成長すると気付く物だからね
381 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/17(土) 12:47:52 0
>379虐める年頃のガキにそれ を求めること自体
子供よりも寧ろ大人を対象にしてるんだが
子供は単なる大人の鏡
理解できない大人?そんなバカには別のやり方がある
>3801つの哲学を万人やある種のグループ全体に浸透さ せることを求めようとすると必ず破綻する
「求めようとすると」だね
>>381 ああ そこに注目するのね 言葉尻を言及するのもいいんだけどさ
379 の考えはどう思ったの? 別に大人を対象にしても379〜380の
理屈はおなじでしょ じゃぁ 「虐める年頃のガキにそれ を求めること自体」
→虐める年頃のガキを持つ親ににそれ を求めること自体 に訂正ね
>「求めようとすると」だね→求めようとしていなけどねと言いたげだけど
そんなことよりさ、前々からの流れで思うんだけど自分の哲学の守備をしてる
だけだと実りが無いよね 論破されることへの恐怖から守備にまわってるの?
哲学そのものは完成形のものを闘わせることに価値を置くと頑固者が一人でき
あがるだけだとオレは思うんだよね 議論するとあなたの哲学にもいろいろな
視点ができてさらに柔軟なものになると思うよ
383 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/17(土) 16:04:09 0
>382→虐める年頃のガキを持つ親ににそれ を求めること自体
大人なんだから、求めるくらいはいいじゃん
>求めようとしていなけどねと言いたげだけど
万人に通じるとは端から思ってないからね
>論破されることへの恐怖から守備にまわってるの?
寧ろ>1-3を論破されたくてウズウズしてるんだが
>柔軟なものになると思うよ
ではどこが柔軟でないのか論じてみなさい
論破されることを恐れずに
論破されることへの恐怖があるとは驚きだ
論破されるとどう怖いのかな?
学べてラッキーのような気がするが・・・
385 :
考える名無しさん:2007/11/17(土) 16:35:15 0
/||ミ
/ ::::|| __
/:::::::::::|||W.C|
|:::::::::::::::|| ̄ ̄||
|:::::::::::::::|| ガチャッ
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|:::::::::::::::||∧_∧
|:::::::::::::::||´・ω・`) 皆さん、お茶が入りましたよ・・・。
|:::::::::::::::|| o o旦~
|:::::::::::::::||―u' ||
\:::::::::::||
\ ::::||
\||彡
>寧ろ>1-3を論破されたくてウズウズしてるんだが
→まだよんでない ってかどれのこと?
>ではどこが柔軟でないのか論じてみなさい
論破されることを恐れずに
→「行為者が加害者で浅はかなもの、未成熟なもの」縛り なとこかな
最初で(1ね)この世は相対的で絶対的な位置決めが出来ないってのが
あなたの論の根幹でしょ(A:「個人個人が思想的なベクトルの原点で他方からの
絶対値が取れない」ってなこと言ってるよね)これは断定的な意見だけど、結局意見
の偏りを許容できる断定だから柔軟なんだよね(多分誰かの本かなんかの受け売りかな?)
ただ虐めのくだりでは偏りがある 虐めそのものもあなたの論で語れば個人
個人の内面を映し出す鏡を第三者(親も含む)から見た別な現象なんでしょ
ということはあくまで第三者的な論点で語るべきでそういう意味で柔軟で
なくなったな ということ もっと言えば 虐めそのものの攻撃性や、お互
いにあたえる影響すらも 大小のケースがあるわけで その発生要因や定義
づけを論じる前に前述の話をしていることもそもそもおかしいでしょ いや
別にそれがほしいって訳じゃなくてね 「悪いことはしない人」ばかりの世
の中ならいいんだけどそう単純じゃない 「悪い」すらも個人個人で定義づ
けが違うわけだ つまり、Aのような考え方を出来ている自分(あなたのことな)
を含めた崇高な「大人」(しかるべき大人ね)にみんななろうよ!って主張してる
からそのこと自体がAのこと本当の意味で理解してないってことにもなりそうだ
なぜなら「虐め」という一つのイベントも主観を持って取り組んでいる訳で、虐め
発信者の責任はないんでしょ あなたいわくね
どうだ?
>大人なんだから、求めるくらいはいいじゃん
>万人に通じるとは端から思ってないからね
矛盾してる 希望的観測で意見を表してるだけだって事か?
追伸:そろそろ379〜380についての感想なり意見なり言ってみたら?
387 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/17(土) 20:08:42 0
>386ってかどれのこと?
このスレの>1-3だよ。読んだんだろ
>第三者的な論点で語るべきで
語ってるじゃん。語ってないと感じるならどの部分がそう感じるのか具体的にドゾ
>前述の話を
どれのことかさっぱり
>「悪い」すらも個人個人で定義づ けが違うわけだ
当たり前じゃん
>虐め 発信者の責任はないんでしょ
虐め発信者?「私は虐められました」と発言する者のことか?
彼に虐めの原因は無い。原因がないので責任も無い
何か原因・責任があるとしたら「虐め以外」のことだな
今気付いたんだが、お前は其の一から其の三までは読んだの?
>矛盾してる
「万人には求めてない」と解釈すれば矛盾しないだろうに・・・頭堅いな
>追伸:そろそろ379〜380についての
既に>381で済んでる
いや〜 まいった 薄い 薄いよきみ 最初の文面白かったんだけどね〜
おしい! 3回我慢したんだけどね 最初の文きみのぶんじゃないね多分
結構頑張って書いたのにはずれだった 残念 理解が不足してるわ君
見ていて恥ずかしいってのはこのことなのか?
う〜む・・・
不思議なおっさんだったな
静電気で車から降りるとき恐怖
俺ばかりがバチバチでおかしいと思ってたら静電気バチバチが多い人は血液ドロドロなんだってよ
中性脂肪を減らさないといけない・・・・
バチバチ以前に中性脂肪は減らさないといけないんだけどな
静電気除去グッズでいいものあったら誰ぞ教えてくれ
sure chigai da
そういえば俺も冬になる度に静電気が凄くて
冬になると車はもちろん部屋のドアノブなど触る金属何でも恐怖だった。
小さい子供のアタマ撫でようとしたら
バキッ!っと火花飛んで泣かせてしまったこともある。
それがこの2、3年でマシになって来て
いまじゃ静電気全然起きないよ。
そうか、中性脂肪だったのか。お陰で最近体調いいわ。
キスしようとして唇から放電なんてのもあった
それで「シビレルっ」・・・・
うーむ・・・中性脂肪でモテモテ度アップとは・・・
そのうち挿入時にも放電
>>396 そーゆーのはダメと思うよ!
だって哲学版は下ネタ禁止やもん!!
シモネタだと解釈してる件
どこがシモネタ?
つうかシモネタって何だ?
続き
其の四「弱いから虐められる。強くなればいい」「この世は弱肉強食」
其の二と同じで、論点のすり替えである。虐め回避法として必ずしも間違いではないが、これによって虐めの原因が無くなる訳ではない。なお弱肉強食は生物界の一側面に過ぎず、共生など異生物間ですら相互扶助している例は幾らでもある
其の五「周囲に不快感を与えたのだから虐められても仕方がない」
感情に自己責任が取れない者の自己正当化である。不快感の原因はそれを感じる各人の固定観念であり自業自得。他人のせいにするのは筋違いである(虐められた不快感も同様。>1-3参照)
其の六「虐めは本能、必要悪」
本能とは呼吸・睡眠・摂食のように「生命維持に欠かせない行動」をいう。虐めてないと死ぬ人はいないので本能ではない。また必要悪とは自動車のように「危険性・環境負荷」を孕んでいても「利便性・経済効果」が上回るような事を言う
これらの理屈は、虐める事で快楽を得る側の自己正当化に過ぎない
其の八「虐めは無くならない」
いつの時代も「成長途中の人間」が存在する以上道理だが、それは「無くそうとしても無駄」という理屈にはならない
多くの名も無き人々の不断の努力により人知れず無くなって(解決して)いる事例は幾らでもある。大きく報道されることだけが全てではない
其の九「虐めをしたら厳罰に処すればよい」
飲酒運転と同じで、安易な厳罰化や一時的な対処は問題の陰湿化・冗長化を招くだけである。虐めは脳が未成熟な証拠。何らかのストレスが背景にある事も多いので、非難や制裁以前に監察や教育を施すべきである
其の十「虐められる側を助けるべき」
緊急時なら間違いではないが、真に救うべきは”愛に飢えた”虐める側である。被害者を救う必要はない。加害者側を救えば被害者は自動的に救われる。その事を無視して被害者のみを救おうとする行為は自己満足に他ならない
以上を読んでも尚「虐められる側にも原因が」と主張する人は、己の非(愛の欠如)を認めたくないか感情に自己責任が取れてないか、さもなくば読解力がないのである
現実(外界)はそれを見る心(内界)の鏡
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1186284398/1-3
>>401 池田代作は「いじめは虐めるほうが100%悪い」と言っておられます
ので、この説とガチンコしますね。
でも、日蓮正宗を虐めてるときだけは、虐める層化が100%悪い
という自説を簡単に無視しますので、口八丁の自説かも。
>例えば貴方がある情報に接してどれほど憤りを覚えたとしても、それはあくまでも貴方の判断基準・尺度に照らして貴方自身が無意識的にせよ選んだ解釈の結果であって、
>その情報の発信者には「貴方の憤りに対する原因・責任」は全くない
昔、似たような主張をしたことがある。以下、整形して。
○読み手の責
「文章を読んで不快感を覚えたなら、それは自分の責任」
なぜなら「その文章を読むのを選択したのは自分」だから。
誰に読まされた訳でも無いのだから、当然。ただし、不快感を表明するのは自由。
♯表明した時点で「書き手」となる。
書き手に対し、不快だから「書くな」と強制するのは筋違いだが、コレも言うだけなら問題無し。
ソレを言われて書くか書かないかを決めるのは「言われた相手」に他ならないゆえ。
尚、言論弾圧とは、対等な言論以外の手段で「黙らせる」こと。
♯対等な立場で、言葉のやりとりをし「黙らせた」場合は、単に相手が「黙ることを選んだ」結果に過ぎない。
♯つまり、相手の「言う・言わない」の選択肢を奪っていないゆえ、言論弾圧にはあたらない。
つまり。
「言葉を『読む時・聞く時』には細心の注意をもってすべし。また、生じた感情を他者の責任にし、言論を封じようとせぬよう努力すべし」という覚悟が必要となる。
尚、書き手が、細心の注意を持って扱い、誤解を解く努力をするのは「自衛の為」。
生じた感情を書き手のせいにして、因縁つける愚かな読み手が多いから。
○書き手の責
書き手は「書いたコトそのもの」で責任を取らされる。
ゆえに、何を書いても(法やその場のルールに触れなければ…究極的にはソレすら無視して)構わない。
書いた文章を閲覧して、読み手が何を思おうが責任が無いように、自分の文章に対し何をどう言われようが、そこから発生する感情は自分の責になる。
「責任をもって書きましょう」というのは、書き手が意を表明した時点で、必ず「責任を取らされる(評価を読み手に委ねる)」以上、その言葉の本質はこうなる。
『どんな反応が巻き起こるかを覚悟して書きな』
>>401 これは該当行為が「虐め」であるという認識の共有が広くされている場合には言えます。
しかし、多くの場合「虐め」であるか否かと言う点が問題となります。
とりあえず、テキトーにアルファベットふって解りやすく(解りにくいかも?)
A―行為者
B―被行為者
C―第三者
x―「行為」が虐めであるという認識あり
y―「行為」が虐めであるという認識なし
たとえABC全員がxだとしても、時が経てば認識が変化する場合もあります。
(今考えるとアレは虐めでは無いだろ、と。逆もまた然り――今考えたらアレは虐めだよなと)
また、ABC何れも一人では無く複数であるケースもあり、夫々が別の認識である可能性も考えると、何をもって「虐め」とするか判然としません。
(「体罰」なら「物理的な暴力」という事実で認識の共有がし易いのですが)
卑近な例で言えば、亀田一家の騒動等いかがでしょう?
批判的報道&世論に対して大雑把な傾向はAy、Bx、Cy でした(まあ、アンケートや報道を参考にした主観による判断ですが)
(勿論少数意見としてCxやAxもいたでしょう。相手にネームバリュー&高い影響力を持つ反論の場があるのでAxの場合、ただ喧嘩腰だっただけかもしれませんが)
「虐め」というレッテルを「批評」「批判」「不快感の表明」「喧嘩」(――喧嘩の場合、行為者・被行為者が同じ。単に強弱の差が問題となる)に張替えると、途端
>>401は説得力を失います
(被行為者に行為の原因を求めるのは行為者の甘え・責任転嫁でしかない。というのは究極的に変わりはしませんが)
逆に言えば「虐め」「差別」「虐待」という便利なレッテルは、「弱者=善」という通俗的なイメージを利用した防御・攻撃方法となっている面があるのです。
さて。
何をもって「虐め」と認識しましょう?
405 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/24(土) 14:51:30 0
>404何をもって「虐め」とするか判然としません。
最終的には時の裁判所の判断でいいんじゃない?
>(「体罰」なら「物理的な暴力」という事実で認識の共有がし易いのですが)
それも行為者は「躾だ」というだろね。第三者も意見が分かれる
程度問題だから主観・基準によって様々
>大雑把な傾向はAy、Bx、Cy でした
どの行為の話?亀田バッシングならマスコミがAかいな?
>喧嘩の場合、行為者・被行為者が同じ。
大雑把にみれば同じでも、一つ一つの行為を細かく見れば、きっちり分かれるよ
>何をもって「虐め」と認識しましょう?
認識するのは常に個人の主観。例えそれが裁判所長であっても同じ
>>405 >最終的には時の裁判所の判断でいいんじゃない?
裁判所が「虐め」と認定する「行為」に対して、
>>401を提示する必要がある程擁護する者は極少数でしょう。
つまり
>>401は、かなり稀な極少数の人間に対して提示しているということでしょうか?
何にせよ。
認定を裁判所に丸投げで良いのならば、
>>404の役割はあまりありませんね。もう少し面白い言説を期待していたのですが、残念です。
尚、
>>401の例のように言う人は実際、裁判所で認定されうる「虐め」を対象としているのでは無く、
「批判」「批評」「不快感の表明」「喧嘩」等のケースを混交して主張している場合も多いと考えます。
「不快感の表明」「嫌悪の表現」を「差別だ」「○○への虐めだ」と決め付けるケースがあるとします。
この時「ああ、これが差別だというなら、差別で結構。嫌いな人間を嫌うのは当然だ」というような形で使われる場合もあります。
「周囲に不快感を与えたのだから虐められても仕方がない」 これは「周囲に不快感を与えたのだから嫌われても仕方ない」という意味で使用されることもあります。
この場合、自身の感情の責を他者に転嫁するのは筋違いである事は確かですが「嫌う」のは個人の自由です。
>それも行為者は「躾だ」というだろね。第三者も意見が分かれる程度問題だから主観・基準によって様々
故に「しやすい」という表現なのです。
尚、物理的な暴力行為は裁判所の認定を待たずとも認識を共有可能な場合が多いということです。
「躾」と言い張った所で、物理的暴力行為の存在がそのレッテルの説得力を喪失させますからね。
>認識するのは常に個人の主観。例えそれが裁判所長であっても同じ
その通りです。
故に『虐めの真の原因は結局は唯一虐める側の慈愛心(包容力、想像力、表現力、忍耐、思いやり)の欠如に帰着する』と結論付けるのは不可能です。
虐めの認識は個人の主観で決定するのですから、個人が「虐め」と認識している「行為」の実体は多種多様。
例えば「○○には挨拶したのに、俺には挨拶しなかった。虐めだ」と思い込んだ場合、この「虐め(彼の主観ではれっきとしたイジメです!)」の原因は
「無視した(?)」「行為者」の慈愛心が足りなかったせいなのでしょうか?
407 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/24(土) 19:57:16 0
> >401を提示する必要がある程擁護する者は極少数でしょう。
提示することが何故擁護になるの?
>「嫌う」のは個人の自由です。
嫌うのは自由だね。だが虐めるのは自由ではない
>この「虐め(彼の主観ではれっきとしたイジメです!)」の原因は
彼の主観で虐めでも、彼以外の主観では虐めではない
>「無視した(?)」「行為者」の慈愛心が足りなかったせいなのでしょうか?
無視の原因は、その行為(無視)した人の愛の不足だよ
行為の原因が行為者にあることは、何も虐めに限らない
408 :
考える名無しさん:2007/11/24(土) 20:08:10 0
>>407 >提示することが何故擁護になるの?
該当引用部はそのような主張はしていませんよ。
>>401は「周囲に不快感を与えたのだから虐められても仕方がない」 というような虐めを擁護するような意見に対して反論を提示しているのですよね?
その提示が必要な人は「極少数」だと言っています。何せ「裁判所」で認定されるケースとのことですから・
>嫌うのは自由だね。だが虐めるのは自由ではない
「虐め」の認識は主観で決まるので、「嫌う」ことが(または嫌いであると表明すること)「虐め」となる(と思い込む)場合もあります。
>彼の主観で虐めでも、彼以外の主観では虐めではない
それでは、非常識な同調者が一人でもいれば「彼以外の主観では」という部分は外れてしまいますね?(確認の為)
>無視の原因は、その行為(無視)した人の愛の不足だよ 行為の原因が行為者にあることは、何も虐めに限らない
いえ、単にその人は視力が悪く、被行為者が見えなかっただけなのです(それでも、被行為者の主観『虐められた』は変わらない)
慈愛の心があれば、見えるようになるはずだ、と主張されますか?
「虐め」の原因を教えましょうか?
「虐め」というレッテルを貼る人間がいるからに他なりません。
行為の原因が行為者にあるのは歴然とした事実ですが、該当「行為」に対し「虐め」というレッテルを貼った時点で
『虐めというレッテルを貼ったという行為』になります。その時点で「行為」は(レッテルを貼った者の中で)「虐め」となるのです。
410 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/24(土) 20:24:02 0
>408何せ「裁判所」で認定されるケースとのことですから・
なんで裁判所認定だと擁護派に提示が必要で、しかもその擁護派が極少数になるの?
>「虐め」となる(と思い込む)場合
それは客観的に虐めとは言わないから最初から論外
>非常識な同調者が一人でもいれば
「非常識」なら、彼ら以外の主観が多数であること前提だね
>単にその人は視力が悪く、被行為者が見えなかっただけなのです
前提の後付乙
>慈愛の心があれば、見えるようになるはずだ、と主張されますか?
慈愛の心があれば視力の悪い人のことをまず思いやるだろ
411 :
考える名無しさん:2007/11/24(土) 20:34:40 0
>>410 >なんで裁判所認定だと擁護派に提示が必要で、しかもその擁護派が極少数になるの?
何を持って「虐め」とするかという質問に裁判所と答えられたので。
つまり、裁判所で認定されるケースでの「虐め」について
>>401を提示されているのではないんですか?
>>404でも説明した通り、「虐め」を「批判」「不快感の表明」等、裁判所で認定されるようなケースでは無い例(例えば亀田一家へのバッシング報道等)で
「虐め」と使用している例が多い為、そこまで限れば極小数となると提示しているのですが?
裁判所で認定される犯罪行為を擁護する人は少数だと思いますが?
>それは客観的に虐めとは言わないから最初から論外
何をもって「客観的な虐め」とするのですか?裁判所認定でしたっけ?
>「非常識」なら、彼ら以外の主観が多数であること前提だね
おや?それとも多数決で「虐め」が認定されるんですか?
>前提の後付乙
被行為者の『虐め』られたという主観は変わりません。
この「虐め」は『虐めの真の原因は結局は唯一虐める側の慈愛心(包容力、想像力、表現力、忍耐、思いやり)の欠如に帰着する』とするのは不可能ですね。
412 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/24(土) 20:37:14 0
>409
議論する価値もないくらい当たり前のことだね
そんなことは百も承知で>401を書いてる
虐めと定義しない者がいようと、それは別の言葉になるだけだ
虐め以外の全ての行為について当て嵌まるんだよ、行為の原因が行為者にあることは
413 :
考える名無しさん:2007/11/24(土) 20:47:06 0
>>412 >>409が解っているのであれば
『虐めの真の原因は結局は唯一虐める側の慈愛心(包容力、想像力、表現力、忍耐、思いやり)の欠如に帰着する』というのは間違いだということも解ってるでしょうに。
ついでに『客観的な虐め』なんてモノが存在し得ないことも。
414 :
考える名無しさん:2007/11/24(土) 22:38:01 0
文科省より
「自分より弱い者に対して一方的に、身体的・心理的攻撃を継続的に加え、相手が深刻な苦痛を感じているもの」
見直し案では
「子どもが一定の人間関係のある者から、心理的・物理的攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」
「いじめか否かの判断は、いじめられた子どもの立場に立って行うよう徹底させる」
いずれにおいてもいじめは与える者(側)と、それを受け取る者(側)とに「分けて」扱われており、
唯一、与える者だけに用意された言葉でもなければ、受け取る者だけに用意された言葉でもない。
行為の原因が行為者にある
原因そのものを突いていない曖昧さがあるとはいえ、正しい指摘に変わりはない。
いじめる側にだけ原因を与える者の欠点は、いじめと扱われる行為の原因がいじめる者(行為者)にある。
この一点のみを主張することである。これを置いて「他に無い」と主張する事である。
いじめと呼ばれる行為には、いじめられる側の「行為」は含まないと言うのと同じである。
即ち、いじめられる側が「苦痛を感じているもの」という社会的な定義を無視して、
苦痛を感じようが感じまいが、そんな事(行為)は、いじめとは無関係であるというのと同じである。
415 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/24(土) 22:45:51 0
>411質問に裁判所と答えられたので。
最終的には、と言ってる。裁判所のみ、とは言ってない
>何をもって「客観的な虐め」とするのですか?
それは各人が各々の主観で決めること
>それとも多数決で「虐め」が認定されるんですか?
それがベストだろうね。理想は日本国民全員の多数決
>とするのは不可能ですね。
んでも思いやりがあれば被害者は「虐め」とそもそも受け取らないよ
>413ついでに『客観的な虐め』なんてモノが存在し得ないことも。
お前の主観ではね
他人の主観では「客観的な虐め」は存在する。彼の主観において
>>415 >それがベストだろうね。理想は日本国民全員の多数決
それでは人民裁判と変わらない。
>それは各人が各々の主観で決めること
つまり決定するのは「主観」でしかない。ここは一致をみていますね。
>んでも思いやりがあれば被害者は「虐め」とそもそも受け取らないよ
残念ながら、発信者に思いやりがあろうが無かろうが、どう受け取るかは受け手が決定します。
どんなに思いやったとしても、受け手が悪意と感じ「行為」に「虐め」とレッテルを貼れば(彼にとっては)「虐め」になります。
そして、彼が「客観的にみて虐め」だと思えば(彼にとっては)「客観的な虐め」になりますね。
>他人の主観では「客観的な虐め」は存在する。彼の主観において
それは勿論です。
思いやりでかけた言葉を「皮肉」と感じ、「虐め」と捉えた人物がいるとします。
彼の主観においては「客観的な虐め」でもあるでしょう、彼の主観において。
417 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/24(土) 23:29:56 0
>416どんなに思いやったとしても、受け手が悪意と感じ「行為」に「虐め」とレッテルを貼れば(彼にとっては)「虐め」になります
本当に「思いやった行為が」虐めに感じたなら、それは受け取る側の問題
>(彼にとっては)「客観的な虐め」になりますね。
彼にとってはね。だが他人にとっては違う
>彼の主観において
他人にとってはそうではない
>>414 >「子どもが一定の人間関係のある者から、心理的・物理的攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」
>「いじめか否かの判断は、いじめられた子どもの立場に立って行うよう徹底させる」
この案では「学習性無力感」に囚われていたり、ストックホルム症候群的な精神状態になっている対象が除外されてしまうことが問題ですね。
何より、このような曖昧な判断基準では恣意的な解釈がいくらでも可能となります。
>本当に「思いやった行為が」虐めに感じたなら、それは受け取る側の問題
いいえ。
最終的にどう「受け取るか」は受け取る側の問題なので、行為の底に思いやりがあろうと無かろうと「受け取る側の問題」です。
『例えば貴方がある情報に接してどれほど憤りを覚え、虐められたとレッテルを貼ったとしても、
それはあくまでも貴方の判断基準・尺度に照らして貴方自身が無意識的にせよ選んだ解釈の結果であって、
その情報の発信者には「貴方の憤り・レッテルに対する原因・責任」は全くない 』ように。
>彼にとってはね。だが他人にとっては違う
そこで、多数決による人民裁判で決定ですか?
>他人にとってはそうではない
その通りですね。
虐められる側にとっては「虐め」であっても、他人にとって「虐め」で無い例は多く存在します。
故に『虐めの真の原因は結局は唯一虐める側の慈愛心(包容力、想像力、表現力、忍耐、思いやり)の欠如に帰着する』というのは間違いとなります。
虐めの原因は
>>409のように「レッテルを貼る」ことですから。
人の「行為」は行為者の様々な思惑から発生しており、「虐め」とレッテルを貼られた「行為」は必ずしも慈愛心の欠如から発生するものでは無いのです。
>>418でアンカーを入れ忘れました。
下記のように訂正します(訂正部分だけ表示)
****************************
何より、このような曖昧な判断基準では恣意的な解釈がいくらでも可能となります。
>>417 >本当に「思いやった行為が」虐めに感じたなら、それは受け取る側の問題
いいえ。
最終的にどう「受け取るか」は受け取る側の問題なので、行為の底に思いやりがあろうと無かろうと「受け取る側の問題」です。
いじめの原因だろうに
いじめと感じた原因を語るか
(⌒ ⌒ヽ
∧_∧ (´⌒ ⌒ ⌒ヾ
( ) ('⌒ ; ⌒ ::⌒ )
( ̄ ̄ ̄ ̄┴- (´ ) ::: )
| ( *≡≡≡≡≡三(´⌒;: ::⌒`) :; )
/ / ∧ \ (⌒:: :: ::⌒ )
/ / / \ \ ( ゝ ヾ 丶 ソ
/ / ( ̄) | |\ ( ̄) ヽ ヾ ノノ ノ
/ ( ノ ( | | \ ノ (
⊂- ┘( ) └--┘ ( )
UUUU UUUU
最近ヌメさん見ないが・・・
422 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/25(日) 14:30:29 0
>418 虐めの原因は
>>409のように「レッテルを貼る」ことですから
「虐めと見なされる現象」の原因は、ナニ?
レッテル貼りは現象が起きた後にするものだから「原因」には成り得ない
423 :
考える名無しさん:2007/11/25(日) 15:43:36 0
虐めに関するよくある勘違いと正しい見方 ver.0711
其の零「虐められる側にも原因がある」
"原因の追究"を途中で止めた結果陥る、典型的な錯誤である。理由がどうあれ、数ある選択肢の中からその行為を選択しているのは行為者自身。当然の事だが、虐める側が虐め以外の選択さえすれば、虐めは起こり得ないのである
被行為者に行為の原因を求めるのは行為者の甘え・責任転嫁でしかない。これは虐待、差別、嫌がらせ、暴行の他、思考、解釈、期待、信頼、なども同じである
この錯誤を主張する者は「虐めの原因」と「虐め発生以前に起きた他の事柄の原因」とを混同している事が多い。また原因(客観)と理由(主観)の区別が付いてない事も少なくない
加害者へ上手く対処できない無能な教師が、教育責任を放棄する際の言い訳にも、しばしば使われる
虐めの真の原因は結局は唯一虐める側の慈愛心(包容力、想像力、表現力、忍耐、思いやり)の欠如に帰着する。つまり100%行為者(の心)に原因がある。第三者は行為者の言い訳を鵜呑みにしてはならない
其の一「学校を何度変わっても虐められる。これは虐められる側に原因がある証拠だ」
この場合、本当の原因は「どの学校にも多様な個性を受け入れられない未熟者がいる事」である。「多数派は正しい」という誤謬を安易に盲信してはならない
其の二「虐められる側が変わったら虐めが止んだ。これは虐められる側に原因があった証拠だ」
この場合、本当の原因は「虐める側に虐めたくなる理由・口実がなくなったこと」である。結局は行為者が変わらなければ行為は止まない。「被行為者が変われば行為を止める」というのは「自分が変わらずに済むための逃げ口上」でしかない
これに似た勘違いに「祈ったら病気が治った→祈ったことが治った原因」等がある。目に見える事象のみで物事の因果は測れない
其の三「虐めは人格に問題がある者を矯正する手段」
人格矯正に必要なのは広く豊かな経験や知識であって虐めではない。寧ろ却って人間不信・社会憎悪を増しかねず逆効果。この場合、矯正すべきは「虐め以外の手段を知らない」者の浅はかさである(躾と称した虐待や体罰も同じ)
これ張ってくれよ
>>422 > 「虐めと見なされる現象」の原因は、ナニ?
「虐め」という概念はかなり広く適用できるので、その言葉を
『 「正義と見なされる現象」の原因は、ナニ?』
『 「悪と見なされる現象」の原因は、ナニ?』
と言い換えても構図は変わりません。
正義とみなされる現象、悪と見なされる現象の原因が様々であるように虐めとみなされる現象の原因も様々。
「虐め」よりは定義がしっかりしている「犯罪」と言い換えても……。
『「犯罪と見なされる現象」の原因は、ナニ?』
勿論、コレが原因とハッキリ指し示すことは出来ません。ケースによって「犯罪」の形は違うからです(ナニが犯罪となるかも国や裁判官の判断によって変わってきますしね)。
一くくりに『犯罪が起きる真の原因は結局は唯一虐める側の慈愛心(包容力、想像力、表現力、忍耐、思いやり)の欠如に帰着する』なんて結論付けることなどできないでしょう?
「虐め」も同じです。
425 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/25(日) 20:19:23 0
>コレが原因とハッキリ指し示すことは出来ません。
できるよ。「行為者の心」
それ以外に原因は、ない(ハッキリ)
行為の原因は常に行為者の心にある
あ、勿論「強要された場合」は別ね。ナニが強要かは>1-3辺り
>>425 >できるよ。「行為者の心」
そこまで広げて良いのならできますね。
行為の原因は行為者にあるというのは基本ですから。
ちなみに「行為者の心」という答えは。「犯罪」だけでなく。
『 「正義と見なされる現象」の原因は、ナニ?』
『 「悪と見なされる現象」の原因は、ナニ?』
『 「正義と見なされる現象」の原因は、ナニ?』
という質問にも同じように答えられます。
しかし。
『真の原因は結局は唯一虐める側の慈愛心(包容力、想像力、表現力、忍耐、思いやり)の欠如に帰着する』という結論には至りません。
427 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/25(日) 21:18:19 0
>426そこまで広げて良いのならできますね。
広げてないし
>という質問にも同じように答えられます。
そうだよ
>という結論には至りません。
どちて?
428 :
考える名無しさん:2007/11/26(月) 00:21:02 0
いじめを幾ら否定しても現実は変わらないよ
先ず受容することから始めるべき
否定するだけじゃ変わらんだろうね
変えるために出来ることを考え行動すれば現実は変わる
先ず変わらないと思い込まないことから始めるべき
行動は言葉より雄弁ですが、口ばっかりのここの住人には無理。
431 :
ダルマ:2007/11/26(月) 19:42:15 0
ゲングー、ちなみに、俺様は別に虐める側を擁護してるわけでも何でもないからな。
お前が納得できる返事をすれば、それでイイ話しなのよ。
お前のように、反論する奴=精神片端=聞く耳もたないみたいなツンボとは違うわけだ。
お前って、なんかジジイみたいだな…
で、俺様は、お前の好きな駄文の感想として、『解決しないんだったら意味ないじゃん』と言ってるわけだ。
そこで、虐め問題について、全て言い切る事のできる、お前に、『虐められてるカスに何をしろと?』と質問してるわけだ。
だって、解決しないなら、ただの負け犬の遠吠えだろ?
いくら、お前の駄文を見せようが説明しようが、虐める側は変わらないって事は理解してるよな?
(・∀・)頭いいのだろ?ニタニタ
つまり、お前の言う幼稚な連中に変化を求めるのは無理って事だ。
当然、将来、反省する事もない。
てか、笑いのネタにするかもな。
もちろん、他人に頼るのもアリだろうが、結局は自分では何もしないカスって事に変わりない。
そんな、カスは何処に行ってもカスのまま…オマエミタイニ
で、俺様の結論としては、カスは、どうせ変われないのだから、人間辞めた方が賢くね?って事だ。
ようは、自ら、あっぼーんした奴の選択って、最も正しい選択なのでは?って事だ。
ま、可哀相なカスに言える事としては、『一生、お前は変われない』って事だ。チガウカ?
障害板からきたのかな?
>>430 口ばっかりでも否定するだけじゃなきゃいいよ
観念ちゃんのように掲示板でもできることはある
434 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/26(月) 19:59:10 0
>431チガウカ?
うん。チガウ
ゲングーって何だ?
436 :
考える名無しさん:2007/11/26(月) 20:55:01 0
>>427 >どちて?
「行為者の心」が原因である以上。
その中の一部分でしか無い『慈愛心(包容力、想像力、表現力、忍耐、思いやり)の欠如』だけに帰着させることは出来ないからです。
「虐め」とレッテルを貼られようと貼られまいと、「現象」は、ただ「起きている事」に過ぎません。
「思いやり」で「殺人」という罪とみなされる現象が起きることもあれば、ただの事故、錯誤によって起きた現象に「虐め」「差別」とレッテルを貼られることもあります。
もう一度いいます。
虐めの真の原因は「現象」に対し「虐め」というレッテルを貼る人間がいるからに他なりません。
そして「現象」の原因は行為者の心ですが、「現象」自体は行為者の心が悪意に染まっていようが慈愛心に満ちていようが関係なく、ただ「現象」として在るに過ぎません。
故に「虐めとみなされる現象」の原因だけ『慈愛心(包容力、想像力、表現力、忍耐、思いやり)の欠如』に帰着するとするのは不可能です。
「○○とみなす(レッテルを貼る)」のは現象を認識した受信者に選択肢があるのですから。
437 :
考える名無しさん:2007/11/26(月) 21:24:55 0
結構反論してきましたが、自分は「虐めに関するよくある勘違いと正しい見方 ver.0711 」を全否定してる訳ではありません。
行為者の『慈愛心(包容力、想像力、表現力、忍耐、思いやり)の欠如』が原因で行われた行為に対しては一定の説得力をもちますから。
ソレを広く恣意的解釈可能な言葉に対して一くくりにして結論付けるからオカシクなるのだと思いますよ。
「虐め」を減らすには「虐め」というレッテルを乱用せず、他者への悪意ある嫌がらせ、暴行、器物損壊に対し法的処理を速やかに行えるように整えるのがベターでしょう。
警察と連携し「犯罪」に対し公正な態度を示すことが「教育」となりえます。
尚、無視や嫌悪の表明は個人の自由。
ソレに対し傷ついたり、自殺という行動を選択する場合、その責任も原因も受信者にあるのは
>>1で説明されている通りということで宜しいでしょうか?
少し改変するとこうなりますね。
『逆に言えば、仮に貴方が誰かを怒らせたり悲しませても、相手が自前の了見・価値基準で勝手に感じている事なので、貴方が後悔や自責の念を感じる必要は一切ない
相手が幾ら貴方に『虐め』だとレッテルを貼る等して罪悪感や劣等感を感じるよう仕向けたとしても上述のように御門違いなので、何ら貴方が自己嫌悪に苛まれるべき理由にならない』
438 :
考える名無しさん:2007/11/26(月) 22:30:42 0
主観主義と疑われても仕方ないような人だね
439 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/26(月) 22:56:47 0
>435
ksks(^m^)当ててみそwww
>436「行為者の心」が原因である以上
ただ「心」じゃ分かりにくいから、「どんな心」が原因か、を書いてるんだが?
>だけに帰着させることは出来ない
じゃ他に「どんな心」が?
>虐めの真の原因は「現象」に対し「虐め」というレッテルを貼る人間がいるから
>422にも書いたけど、レッテル貼りは現象の後にやってる
だから時系列で前に起こった現象の原因には成り得ない
>「現象」自体は行為者の心が悪意に染まっていようが慈愛心に満ちていようが関係なく
慈愛心に満ちた虐めってどんな虐め?
>437で説明されている通りということで宜しいでしょうか?
いいよ
「玩具」まではわかったがどう玩具なのかがわからん
>レッテル貼りは現象の後にやってる (略)じゃ他に「どんな心」が?
「○○とされる現象」というのはレッテル貼りの後に認識されるものです。
「現象」はただの「現象」に過ぎません。「○○とされる」ことで「現象そのもの」の原因は変化しません。
例えば「殴る」という「行為」を行った人物がいたとします。(AがBを殴るという現象が起きた)
「殴る」に至った原因はその行為者の心に在りますが、そこに至る心の形は様々です。
愛情が理由で殴るケース。ただの競技だからと無心に殴るケース。憎しみが原因で殴るケース。殺意があって殴るケース。他、様々な可能性があります。
虐めとされる「現象」も同じだということ。慈愛心の欠如が原因のものもあれば、そーでない場合もありますから。
そもそも「虐め」の定義そのものが曖昧すぎる以上、「悪とされる現象」は行為者の慈愛心の欠如云々なんてことを言っているのと同じです。
慈愛心を「信仰心」にすると宗教がかってきますね。
何にせよ、十把一絡げに「○○心の欠如」なんて決め付けられる訳もありません。
>いいよ
ということは、こうも言えますね?
『仮に行為者が被行為者を怒らせたり悲しませても、被行為者が自前の了見・価値基準で勝手に感じている事なので、行為者が後悔や自責の念を感じる必要は一切ない
誰が(仮に裁判官であっても)幾ら行為者の言動に『虐め』だとレッテルを貼る等して罪悪感や劣等感を感じるよう仕向けたとしても上述のように御門違いなので、
何ら行為者が自己嫌悪に苛まれるべき理由にならない』
以上の言説を踏まえると「虐めの被害」に関しては、強要でなければ(無視・不快感の表明等)「虐められる側に原因・責任」があると言えます。
「心が傷ついた」等の「被害」は自分の責任であり自分が原因ですから。自殺したとしても自殺した人に責任と原因があります。
「虐めた」とレッテルを貼られた側に、「被害」の原因と責任を求めるのはお門違い。
この理論で言えば、監察や教育を施すべきなのは「被行為者側」。
自身の心に涌き上がった不快感や悲しみを自分で処理出来ないことが「被害発生」の原因ですから。
……ところで。
「観念は具現化する」さんは、昔、某掲示板でソクラテスと名乗っていませんでしたか?人違いかなぁ。
いじめの真の原因は「虐めというレッテルを貼る人間がいる」から。
故に、いじめを減らすにはベタベタと貼れるレッテルを無効化してしまえば良いということになります。
そもそも。
(以下、一定の人間関係が被行為者と行為者に存在するとします)
A 集団でリンチをする
B 脅して金を奪う
C 暴力によって金を奪う
D 暴力によって嫌がらせを行う
E 所有物を損壊させる。裸の写真を撮り晒す
F 無視する
G 罵声を投げかける
H 不快感を表明する
全部「虐め」としてレッテル貼りまくれる状況は節操が無さ過ぎです。
A〜Eはれっきとした犯罪行為。学校で行われようが被害者加害者が生徒であろうが、対処にあたるのは「学校」では無く「警察」であるのが筋。
学校は犯罪行為の報告を受けたら、速やかに通報して証拠を保存するのが仕事ですね。
つまり「虐め」等という言葉で曖昧にせず、犯罪行為を行った加害者をきちんと捕縛し(子供であっても同じ)矯正を行えば良いのです。
これでレッテルは「虐め」からより強烈な「傷害」「強盗」「恐喝」となりました。行為者は犯罪者として更生プログラムを適用されます。
F,G,Hに関しては物理的被害も強要も無いので場のルールに従って処理、別に「虐め」とレッテルを貼る必要もありません。
これによって発生した「被害(精神的ダメージ)」は受信者(被行為者)の自業自得なので、主に被行為者に対し教育を行う必要があります。
精神的な攻撃とやらは、本人が傷つく事を選択しなければ無意味ですから。
人間、必ずしも他人と仲良くする必要も無く、嫌っている人&罵声を投げかける人とは強要・物理的攻撃にでない限り相手にしなければよい(もしくはテキトーにあしらっておく)ので、
その点を言って聞かせ「人と仲良く出来なければ&嫌われたら無価値」という根拠の無い考え方から解放するのが効果的でしょう。
ネットの荒らしと同じように、実力行使にでない限り放置が一番ですから(理不尽な言動に誠実に答える必要はないということ)
殴る行為を選択するのは愛情じゃないよ
殴る本人はそれを愛だと勘違いしてるだろうけどね
そこのところがわからなければ・・・まあ・・・わからないだろうね
妻が会社で使っているPCが動作不能になって修理屋に頼むと修理不能だと言われたらしいので
せめてデータだけでも抜き取れないだろうかと頼まれちょっと診たんだが
ウイルスにでもやられたんだろうかHDに認識不明の領域が確保されている
でまあ、俺様くらいになると簡単に修理したんだが、この件以外にも他所でもあるんだが
なんでこうもプロが勉強不足なんだ
しかも、そのプロたちが俺様にどうやって修理したかを教えてくれと言いやがる
まあ教えなくもないが教えてもきっと意味不明だろうが
とまあこんな感じでわかっているつもりでもわかってないことは多い
いじめ発生後のことばかり考えてたんじゃいじめは減らないだろうね
レッテルだなんだと言ってりゃまたいじめても良い理由になっちゃうよ
こんな人はきっと怒りっぽい人なんだろう
なにかと怒る理由を見つけるのがうまい
447 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/27(火) 19:01:49 0
>441レッテル貼りの後に認識されるものです。
認識したからレッテル貼るんでしょ
どうも順番がおかしいんだよね
>441そーでない場合もありますから。
どういう場合?具体的に言ってみて
でそれが「愛の欠如」では決して無いこと、も論証して
それなら俺も納得が行く
>442「虐められる側に原因・責任」があると言えます。
何の原因が?「いじめ」の原因は無いよ。「加害者の行為による不快感の原因」はあるけど
>昔、某掲示板でソクラテスと名乗っていませんでしたか?
名乗ってた記憶があるよなないよな。どこの掲示板?
>443いじめを減らすにはベタベタと貼れるレッテルを無効化してしまえば良いということになります
言葉狩りみたいだな。それは全然解決にならんよ
>>444 手っ取り早い処で。
ボクシングジムに行けば、スパーリング相手に敬意を込めて殴り合いしてるところが見られるかもしれませんね。
信頼で結ばれた友人同士がスパーリングを行っていれば、お互いへの愛情が故に熱心に「殴る」という行為を行っているという状態にもなるでしょう。
まあ、後は、ドラマでよく演出されるような。相手を一度叩いて(これで許すという意思表現)胸に飛び込むなんていうのも愛情ゆえでしょう。
ホームランを打った選手への荒っぽい祝福でみられるように、ぼこっと軽く一発殴ったりも好意的表現での「殴る」になりますね。
殴るどころでは無く「殺す」でも愛情ゆえにということはあります(患者の苦しみをみかねての安楽死選択等)。
>殴る行為を選択するのは愛情じゃないよ
この言は間違いです。
行為者が殴るという行為を「愛情表現の一つ」だと信じていた場合、「愛情」があるからこそ「殴る」という行為を選択するでしょうから。
極端な話、日本語の解らない人が、ある日本人に恋をして、日本人の知り合いに愛情を深く伝えられる言い回しを教えてほしいと頼んだとします。
知り合いは「コノクソヤロウ」という言葉を教えました。――彼は愛情故に「罵声」と呼ばれる行為を選択することとなります。
はた迷惑な確信犯だな。
450 :
考える名無しさん:2007/11/27(火) 20:09:41 0
>>447 >どういう場合?具体的に言ってみて
そうですね。
ある学校に、Aという厳しい先生がいました。彼は学習障害が理由で担当教科の成績が悪いBという子に対しては特に厳しく指導していました。
その厳しさ故に、Bもその同級生も、若い先生までがA先生は教師の権力を利用してBを虐めていると糾弾しましたが、A先生は全く動じることがありませんでした。
卒業後、A先生を虐め教師として恨んでいたB君でしたが、ある時、自分と同じ学習障害に苦しむ生徒の家庭教師になった時はっと気づきました。
自分が今こうしていられるのは、A先生の指導があったからだと。B君がA先生に謝りにゆくと、A先生はこういいました。
「私は教師なので、生徒にきちんと担当教科を習得するよう教えるのが務めだ。生徒は学校に勉強しに来ているのだから、それが最もお前達のためになると考えているだけだ」
と言われました。それは、厳しい指導が虐めだと周りから糾弾された時にもA先生が堂々と言った言葉でした。
B君はその時、ただの口実だと決め付けていたことが恥ずかしく涙を流しました。
尚、A先生は今も周囲から「生徒を虐める先生」として恐れられているそうです。めでたしめでたし。
>言葉狩りみたいだな。それは全然解決にならんよ
全然違いますよ。
なぜなら、言葉を狩るのではなく、「適切な言葉があるのでそちらを適用する」だけですから。
集団での傷害事件もただの無視等も一緒くたに表現してたら曖昧ですしね。
傷害事件がきちんと傷害事件として通報、対処されれば曖昧な「虐め」は減ります。
虐めと言うのはその「曖昧」さ故に存在を捉えきれず、対処に苦慮することになっているのですから。
>>447 >何の原因が?「いじめ」の原因は無いよ。「加害者の行為による不快感の原因」はあるけど
「被害を発生させた原因」ですよ。
強要も物理的行為も無ければ、被害を発生させているのは「被行為者(受信者)」でしょう?
彼が「被害を蒙った」原因も責任も、行為者にはありません。
被行為者が勝手に傷ついただけです。
それを「虐め」だとレッテルを貼って、行為者(発信者)に責任を押し付けるような事は『筋も間も勘も気も思いも見当も御門も違う』という話ですね。
これは
>>1で述べられていることです^^
>名乗ってた記憶があるよなないよな。どこの掲示板?
パソコン通信時代のAOLです。
>>448 >信頼で結ばれた友人同士がスパーリングを行っていれば、お互いへの愛情が故に熱心に「殴る」という行為を行っているという状態にもなるでしょう。
他人を殴る前に愛があればボクシングなんてやらないよ。自分すら大事にできないのだからな
>まあ、後は、ドラマでよく演出されるような。相手を一度叩いて(これで許すという意思表現)胸に飛び込むなんていうのも愛情ゆえでしょう。
愛があれば叩かなくとも無条件で許すよ。まして意思表示など必要ない
>ホームランを打った選手への荒っぽい祝福でみられるように、ぼこっと軽く一発殴ったりも好意的表現での「殴る」になりますね。
荒っぽくして殴ることはないだろ。愛だけなら心で祝福すればよいんじゃないの?
表現するのは誰かからの評価を気にしているか自分のホームランのときも叩いてもらいたいといか
興奮を抑えきれないほど熱中してるんだろうが、それは愛ではないよ
>殴るどころでは無く「殺す」でも愛情ゆえにということはあります(患者の苦しみをみかねての安楽死選択等)。
苦しむ姿を見るのが苦しいから殺すのでしょうな
自分が楽になりたいんだろう
が、犯罪者となって苦しむことになる。結局自分の首を絞める選択だね
>行為者が殴るという行為を「愛情表現の一つ」だと信じていた場合、「愛情」があるからこそ「殴る」という行為を選択するでしょうから。
信じていても間違ってりゃ愛じゃないだろ
殴る理由が欲しいから愛を持ち出す
殴りたい理由が別にあるんだよ。まあ、それは不安なんだけどね
>知り合いは「コノクソヤロウ」という言葉を教えました。――彼は愛情故に「罵声」と呼ばれる行為を選択することとなります。
恋愛の愛は条件付だからどうでもいいが
それでも本人は伝えるのが目的だったのだから目的を果たせて結構じゃないの
まあいじめとは関係ない話ばっかりだな
ドラマの見すぎなのか知らんが
経験不足
全てのいじめは気のせい。
あるのは暴力。
喧嘩しても虐めた虐められたとは言わないもんね。
そう
>>452 >他人を殴る前に愛があればボクシングなんてやらないよ。自分すら大事にできないのだからな
>愛があれば叩かなくとも無条件で許すよ。まして意思表示など必要ない
>荒っぽくして殴ることはないだろ。愛だけなら心で祝福すればよいんじゃないの?
……えーと。
色々な意味ですごいなぁ。
現役ボクサーには愛をもった人はいないということでしょうか?
また、愛があれば意思表示すら必要ない、と。
って、まあ。
「教義」に反論するのは無粋ですね。
458 :
考える名無しさん:2007/11/27(火) 20:51:05 0
>>455 一方が圧倒的に強い場合等は言われることがありますよ。
「弱いもの虐め」という言葉があるでしょう?
ただの「喧嘩」にも関わらず状況によっては「虐め」とレッテルを貼られたり、
逆に一方的なリンチであるにも関わらず生徒同士の「喧嘩」として処理するケースもあり、喧嘩と虐めの境界線は曖昧です。
>>457 >現役ボクサーには愛をもった人はいないということでしょうか?
愛があれば自分を大事にするだろう
自分を愛する人を悲しませることもしないだろうね
>また、愛があれば意思表示すら必要ない、と。
愛があれば許すこともなくなるんだよ
愛があれば表示する許す意思も必要ないんだよ
愛があれば誰かを許さなければならないようなことにはならないからね
>「教義」に反論するのは無粋ですね。
何の教義か知らんが反論は自由だよ
>>458 喧嘩は良くない。
暴力は良くない。
暴力では何も解決しない。
でもそのことを教えるのは本当に難しい。
理由は簡単。
教える側の方が弱い立場に逆転してしまうから。
あこがれって頭でっかちなだけで経験でモノ言ってないのバレバレ。なんか偏った思い込み強そう。
462 :
考える名無しさん:2007/11/27(火) 21:02:58 0
>>459 >愛があれば自分を大事にするだろう
>自分を愛する人を悲しませることもしないだろうね
無粋だなぁ、と思いつつ反論を。
「自分を大事にする」から「ボクシング」を選択するという価値観もありますよ。
別にボクシングをしたからといって、愛する人が必ずしも悲しむなんてこともありません。
相手の好きなことが自分の為に出来ないという方を悲しむという価値観も存在しますからね。
>>461 鏡に映ってるぞ^^
>>462 >「自分を大事にする」から「ボクシング」を選択するという価値観もありますよ。
愛がないからそんな価値観を持つんだよ
>別にボクシングをしたからといって、愛する人が必ずしも悲しむなんてこともありません。
ボクシングしているだけじゃね
>相手の好きなことが自分の為に出来ないという方を悲しむという価値観も存在しますからね。
それは相手の価値観でしょ
ボクシングはルールのあるスポーツ。
亀田は例外なだけ。
465 :
考える名無しさん:2007/11/27(火) 21:17:24 0
>>463 >愛がないからそんな価値観を持つんだよ
それ偏見ですって。
>それは相手の価値観でしょ
相手の価値観を理解していれば、ボクシングという選択肢を選んでも「愛する人が悲しむ」ことは無いと判断するでしょう?
今日のヒット賞は
>名乗ってた記憶があるよなないよな。どこの掲示板?
パソコン通信時代のAOLです。
だな
>>465 >それ偏見ですって。
愛があってどうして自分の身体を傷つける選択するのかな?
>相手の価値観を理解していれば、ボクシングという選択肢を選んでも「愛する人が悲しむ」ことは無いと判断するでしょう?
自分の価値観を変えればいいんじゃね?
毎度のことだけど愛があるから暴力が許されるっていう理屈はよくわからん。
愛も暴力も結局相手を自分の思い通りにしたいという気持ちを言葉を変えて言ってるだけじゃん。
相手が受け入れてくれなきゃ意味がない。
日本は泣き寝入りが美徳だし虐められるということは不名誉なことだと考える社会だから
いじめと言っておけば大して問題にならないで現状維持できる。
死んだり自殺したりするのは大誤算なだけ。
>>468 愛は相手に差し出せばそれでいい
受け入れてくれなきゃ意味がないと条件があるのなら条件付の愛
本当の愛ではない
>>469 そんな価値観を植えつけられてることが問題なんだよ
>>466>>467 >今日のヒット賞は
ヒットでしたか?
まだ自分が学生だった頃AOLで
>>1のような視聴をしてる人がいて、なかなか盛り上げていたことを思い出して質問したのですが。
もしそうなら、懐かしいなぁ、と。
>愛があってどうして自分の身体を傷つける選択するのかな?
ボクサーにとっては「自分を傷つける」ことでは無く「自分を成長させる」ことだからですよ。
筋力トレーニング等も、まずは筋繊維を破壊して(自分を傷つけて)、鍛えます。
「自分の身体を傷つける」という現象もまた、様々な価値観と動機、感情によって生まれるのです。
筋肥大狙うトレはとりあえず筋肉を痛めつけて傷付けることから始まる。
死ななきゃOK。
ボクシングも同じ。強くなりたきゃ傷付くのを恐れない。
でも死ぬとは思ってないわな。
>>468 >毎度のことだけど愛があるから暴力が許されるっていう理屈はよくわからん。
力の行使が絶対悪という訳でも無いからだと思いますよ。
>>472 あらら、誤字。
×視聴をしてる人がいて
○主張をしている人がいて
475 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/27(火) 22:48:17 0
>450A先生は今も周囲から「生徒を虐める先生」として恐れられているそうです
「厳しく指導」の中味がイマイチ不明だが、それは「虐め」ではないね
「虐めだ」と言う側の被害妄想
つまり「愛に満たされた虐め、愛の欠如が無い虐め」の具体例になってない
>、「適切な言葉があるのでそちらを適用する」だけですから。
そうだね。だから上の例は「厳しい躾」ではあっても「虐め」ではない
>虐めと言うのはその「曖昧」さ故に存在を捉えきれず、対処に苦慮することになっている
お前の思い込みじゃないの?
>「被害を発生させた原因」ですよ。
その原因は「加害行為」じゃん
>被行為者が勝手に傷ついただけです。
精神的にはね。肉体的には行為者の加害行為が被害を発生させている
>パソコン通信時代のAOLです。
AOLは否定しないがパソコン通信はやったことないなー
それと少なくともカタカナ5文字のソクラテスは名乗った覚えは無い
476 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/27(火) 22:49:23 0
>454
ある意味至言
>461
人は鏡
>472ボクサーにとっては「自分を傷つける」ことでは無く「自分を成長させる」ことだからですよ
ボクサーはドMなんだよ
「こんなに殴られてる俺。かっけー」と陶酔するのが快感。だから止められない
それと他人を殴り倒す快感。あれを得たいと思うのは「そうでもしないと自分を愛せない」ことの裏返し
弱い自分が嫌、とか太ってる自分が許せない、という理由でボクシング始めるでしょ。弱い自分をありのまま愛せないからなんだよ
477 :
考える名無しさん:2007/11/27(火) 23:11:56 0
>>475 >それは「虐め」ではないね
いえ、正確には「観念は具現化する」さんが「虐めでは無いと主観で判断しただけ」です。
周りからはA先生の指導は「虐め」とされていましたから、「虐めとされる現象」となります。
>だから上の例は「厳しい躾」ではあっても「虐め」ではない
でも「虐めとされる現象」ですよ。虐めとされていましたから(笑
逆に、「観念は具現化する」さんが虐めだと主張しても周りは客観的に見て違うと主張するケースもあるかもしれませんね。
>その原因は「加害行為」じゃん
何を言っているのですか?
被害を発生させた原因は「加害行為」では無く「受け手の勝手な所為、自業自得」だと
>>1で自ら説明していたでは無いですか。
少し改変しましょうか。
『暴言や誹謗中傷については、騒音となるもの以外「強要」に当たらない。例えそれが脅迫文でも、恐怖心を抱く事自体は読み手の勝手な所為、自業自得である』
恐怖心を発生させた原因(被害の原因)は「読み手(被行為者)」でしょう?
>AOLは否定しないがパソコン通信はやったことないなー
なる程。では人違いのようです。
使う顔文字が同じで、文体も似ていたのでつい。
>ボクサーはドMなんだよ (中略)弱い自分が嫌、とか太ってる自分が許せない、という理由でボクシング始めるでしょ。弱い自分をありのまま愛せないからなんだよ
人は鏡。
人は、己の器で他者を量るものですね。
>>471 愛のある行動を考えれば嫌がる相手に近寄らないだろうね
愛があればどのような局面でも相手の自由を認めることができるよ
ストーカーは逆だろ^^;
そこのところがわからない奴は愛を知らない
>>472 >ヒットでしたか?
俺的にはね^^
観念ちゃんはパソ通やってないんじゃなかろうかな
ニフティはやってなかったのかな?
>「自分の身体を傷つける」という現象もまた、様々な価値観と動機、感情によって生まれるのです。
パンチドランカーを選択するのも価値観でしょう
アル中やポン中も様々な価値観でしょう
まあそれも自由でしょうが愛があればもっと自分を大事にするでしょうな
強くなりたいとか体鍛える動機は愛ではないでしょ
健康管理程度の運動ならありでしょうけどね
>>473 >でも死ぬとは思ってないわな。
そう。そこが問題
ああ、あと。
>なお弱肉強食は生物界の一側面に過ぎず、共生など異生物間ですら相互扶助している例は幾らでもある
この部分は解釈にもよりますが。
異生物間の相互扶助は自然界が弱肉強食だからこそ、成り立っているのです。なので該当部分に説得力はありません。
群雄割拠の戦国時代で、生き残るために同盟を結ぶなんてのと一緒。
自然界が限りあるリソースの奪い合いであることは単なる事実ですしね。
>>479 弱肉強食も共棲も人から見てそう見えるだけなんで何とも言えない。
>>478 いえ、ボクサーは必ずしもパンチドランカーになるとは限りませんし、死ぬとも限りません。
事故や障害の可能性は道路を歩いていても、車を運転していても存在します。
>強くなりたいとか体鍛える動機は愛ではないでしょ
偏見ですよ。
自身を愛しているからこそ成長したいという動機は存在するでしょう。
>>481 >いえ、ボクサーは必ずしもパンチドランカーになるとは限りませんし、死ぬとも限りません。
ボクシングやらなきゃボクシングで死んだりしないよね
>事故や障害の可能性は道路を歩いていても、車を運転していても存在します。
愛があれば危険に近寄らないから可能性は低いよ
わざわざ死に急ぐことはないだろ
>自身を愛しているからこそ成長したいという動機は存在するでしょう。
愛していれば今の自分で満足でしょ
愛していないから成長したがる
483 :
考える名無しさん:2007/11/27(火) 23:33:14 0
>>482 >ボクシングやらなきゃボクシングで死んだりしないよね
……あの、その理屈だと。
車に乗らなければ人を轢き殺すことも、ぶつけて死ぬことも無い。
飛行機に乗らなければ墜落して死ぬことも無い。
道路を歩かなければ人身事故にあうことも無い。
電車に乗らなければ脱線事故で死ぬことも無い。
何にも出来なくなってしまいますよ。
その内、生まれて来なきゃ死ぬこともなかったと言い出しそうで怖い。
>>483 出来なくはないでしょ
車乗るのも飛行機乗るのも道路歩くのも電車乗るのも金と暇があれば普通の人なら大丈夫
ボクシングは金と暇があっても普通の人はやらない
>>485 練習生もダメなの?
プロボクシングは似たような感想持つことあるけど最近はフィットネスで
練習生の女子多いよ。
>>486 ダメなことはないけど
愛の行動ではないよ
健康管理程度ならありだけど
>>485 ……ええと、レス全体に愛の欠如と、ボクサーに関する偏見が見られるのですが。
「普通の人」というのも意味不明です。
ボクシングを行う人は少数派、車に乗る人は多数派というだけでしょう?
尚、車に乗っている人の起している悲劇の方が、ボクシングより圧倒的に多いですよ?(年に死者約1万人)
それを踏まえると、あこがれさんの理屈だと愛があれば車を運転なんてしないということになってしまいますが。
>>488 「何にも出来なくなってしまいますよ。」って言うから出来なくないってことなんだけど
ボクシングだってやりたけりゃやりゃいいよ。そんなもん自由だ
殴るのに愛があるかないかって話にボクシングを持ち出したのは誰だい?
俺はボクシングなんかどうでもいいよ。勝手に好きにすりゃいいと思うよ
ただ、愛があればやらないってことさ
ボクシングを行う人は少数派で愛がなく、車に乗る人は多数派というだけで愛があるなんて言ってないでしょ
>それを踏まえると、あこがれさんの理屈だと愛があれば車を運転なんてしないということになってしまいますが。
愛があれば無用に車を運転しないだろうね
必要あれば乗るだろうが、だからって愛で乗るわけじゃなかろう(愛の行動で車乗ることもあるだろうけど)
ボクシングはわざわざ危険に近寄るんだから、車に例えれば信号無視や飲酒運転や暴走族だよ
つうか元々いじめと関係ない話なんだよ
愛の欠如でいじめるって話からボクシングで殴るのは愛だなんてこと言い出すからおかしなことになる
いじめる側がいじめを手段として選択することに至る心の動きを考えればわかるでしょ
そこに相手に対する愛があるってことなら話にもなるけど
ボクシングやホームランなんていじめと関係ない話
なにかと理由付けするところはいじめる奴の思考回路
それでもまだボクシングの話したいのならどうぞ^^
ついでに
>尚、車に乗っている人の起している悲劇の方が、ボクシングより圧倒的に多いですよ?(年に死者約1万人)
車乗るボクサーは悲劇の確立高いよね
おやすみ
491 :
考える名無しさん:2007/11/28(水) 00:11:42 0
>>489 >必要あれば乗るだろうが
ボクサーにはボクシングをする必要性があるのでは?
自分を鍛えたい、心を傾けたい競技があるというのは充分な必要性となります。
『車に例えれば信号無視や飲酒運転や暴走族だよ 』というのはただの偏見に過ぎません。
>愛の欠如でいじめるって話からボクシングで殴るのは愛だなんてこと言い出すからおかしなことになる
おかしくなったのは「他人を殴る前に愛があればボクシングなんてやらないよ」という偏見の為だと思いますよ?
自分は「殴る」というケースでさえ様々な心の動きがあり、愛の欠如が原因とは言えないという例を提示しただけです。
尊敬している相手とスパーリングを行う時は、殴りあうことが友愛の表現ともなりえますから。
ここまで限定した「現象」であっても行為者の心の形は様々。
「虐め」という広い範囲でレッテルを貼られる現象なら尚更ということです。
>>489 気になったのですが。
>ボクシングを行う人は少数派で愛がなく、車に乗る人は多数派というだけで愛があるなんて言ってないでしょ
こちらも、あこがれさんがそんな主張をしているとは言っていませんよ?
「ボクシングやらなきゃボクシングで死んだりしないよね 」と仰るので、それは乗車にすら適用できる点を指摘し、
ボクシングがパンチドランカーになったり、競技中の事故で死ぬことがあるということを根拠に「愛があればボクシングなんてやらない」という結論に至るのであれば、
乗車もまた同じ理屈が適用されてしまうという点を説明したのです。
つまり、あこがれさんはボクシングに偏見を持ってしまっているのです。
だから、ボクシングに適用している理屈を他に適用すると無理がでてきてしまうのかと。
離婚のリスクを考えたら結婚しない方が確かに賢明ですよね。
ということで愛て何?w
>>491 >ボクサーにはボクシングをする必要性があるのでは?
必要性はないと思うが必要だと思い込んでる人はいるだろうね
まあどっちにしても殴るのに愛は関係ないようだね
暴走族は好きでやってるんだよ。彼らにとっては必要なんだよ
どっちが偏見なんだろうね
俺はボクシング好きなんだけどね
>おかしくなったのは「他人を殴る前に愛があればボクシングなんてやらないよ」という偏見の為だと思いますよ?
その前にボクシングを持ち出しているからでしょ
それから偏見じゃなく事実ね
>自分は「殴る」というケースでさえ様々な心の動きがあり、愛の欠如が原因とは言えないという例を提示しただけです。
いじめでの殴るケースのほうがわかりやすいんじゃないの?
>尊敬している相手とスパーリングを行う時は、殴りあうことが友愛の表現ともなりえますから。
また話を戻すのかい?進められない理由を考えようか
>「虐め」という広い範囲でレッテルを貼られる現象なら尚更ということです。
嫌がる相手を殴って愛なんてことないだろ
愛があれば相手が嫌がることなんかしないでしょ
>>492 >乗車もまた同じ理屈が適用されてしまうという点を説明したのです。
いじめからボクシングを持ち出し今度は車
そうやって言い訳するのはいじめる側の考え方だよ
ボクシングやるのも車乗るのも自由だよ
愛があろうがなかろうがやればなんでもできるでよ
愛があるかないかの話で、できるかできないの話じゃないよね
愛があればわざわざ危険なボクシングなどやらないが、車に乗る必要があれば車にはのるでしょ。必要なんだから
車乗る必要がなければ乗らないでしょ。それだけのこと
君はボクシングが必要なのかな?
>つまり、あこがれさんはボクシングに偏見を持ってしまっているのです。
俺はボクシングは好きだよ。亀田も好きだよ
それでも偏見だと思うのならどうぞ御自由に
君がどう感じようとそんなの関係ない!
>だから、ボクシングに適用している理屈を他に適用すると無理がでてきてしまうのかと
ボクシングに拘る理由がよくわからんが
無理だと感じるのは君が感じることで
俺的にはまったく無理でもないんだがね
>>493 愛を知るもの同士が結婚すれば離婚しないだろうね
愛を知らないから愛って何?と疑問に思う
それは愛を知るための体験なんだが
愛を知る前に結婚すれば離婚するかもね
離婚も必要な体験だよ
何事もリスクとばかり決め付けるから経験不足となり成長しない
結婚も離婚もその人にとって必要な体験なんだよ
まあ結婚なんてのは自然にするもんだよ
どっちが賢いかなんて考えて幸せを感じられやしないだろ
今を幸せだと感じることができれば
結婚しようが離婚しようが幸せだ
離婚したくないから結婚しないのじゃなく
結婚してないから結婚してない理由を探すのだろう
結婚してなくともいいんだよ
離婚したっていいんだよ
それはそれで幸せなんだから
どっちが賢明なんてないよ
どっちも幸せ
いつでも誰でも幸せなんだよ
つーか自分にとって門外漢と思うものには余計な首突っ込むなよ、ボロ出まくりだろw
ここで偉そう言ってる連中で実際ボクシングやったことある奴どれだけいるんだって話だよなw
確か愛を知らないから離婚するとか言ってなかったっけ?
著しく矛盾してておもろいw
ストーカーの愛もお見合い結婚も理解しがたい矛盾した現実なんだろう。
502 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/28(水) 18:47:24 0
>477「虐めでは無いと主観で判断しただけ」です。
んなこた分かってる。判断するのは常に主観
>周りからはA先生の指導は「虐め」とされていましたから
周囲がどう思おうが、俺の主観では虐めではない。虐めと捉える方がおかしい
だがお前はそれを「多数決が正しい」と考え、「虐めとされる現象」に規定してしまうわけだ
だから辻褄が合わないんだよ
>虐めとされていましたから(笑
「そう思う個々人によって」だろ?
>周りは客観的に見て違うと主張する
個々人の主観で主張するんだよ
主観で「客観的に見て」と考えてる。所詮主観でしかない
>被害を発生させた原因は「加害行為」では無く「受け手の勝手な所為、
被害を発生させた原因は加害行為。受けてが原因となるのは「その解釈」だよ
この二つは別々の行為だ。分かる?
503 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/28(水) 18:47:55 0
>恐怖心を発生させた原因(被害の原因)は「読み手(被行為者)」でしょう?
そうだよ。恐怖心は「加害行為」ではないじゃん。解釈が原因で恐怖するんだから
>なる程。では人違いのようです。
但し「sklateth」とは一時期名乗ってた
>人は、己の器で他者を量るものですね。
そうだね。1の解釈も同じ
>478ニフティはやってなかったのかな?
ニフティはないね
>480
ある意味至言
このスレで二個目の至言認定頂いたと有頂天w
>あこがれさん
まあ、確かに「あこがれ」さんの「主観」「価値観」の中ではそーなのでしょう。
傍から見て、常識から外れていたり。偏見だったとしても。
(論、常識から外れていても全く問題ありません。
「あこがれさんにとっては」"愛があればボクシングなんてやらない"というのも偏見では無く「事実」なのでしょう。
「○○人は○○だ」と偏見で決め付けている人がいたとしても、その人の中では「事実」であるように。
まあ、必要性のあるなしなんて職業としてボクシングに関わっている人は?とか
車も時間軸を過去に戻して考えれば人は「必要」としていなかった。なんて事も言えますから無理があることに変わりは無いんですけどね。
"愛があれば○○なんてやらない"の○○に何入れたところで、他者の心は正しく忖度することが出来ないという真理の前には虚しいと思いますよ。
>観念さん(長いので名前略しますね)
>判断するのは常に主観(略)周囲がどう思おうが、俺の主観では
『虐めに関するよくある勘違いと正しい見方 ver.0711』ではその判断基準が他者と共有可能な程度に示されていないでしょう?
それでは観念さんにしか通用しない理屈に過ぎません。(勿論、偶然適用可能なケースもあるでしょうが)
「虐め」の定義が社会的に曖昧なのに、自分の思う「虐め」の定義すら提示していないのでは話になりません。
>>450で出した「先生」の例のように、虐めというのは個々の犯罪のように厳密に定義されて、ブレが少なく社会的に共有される概念ではありません。
考えを変える前のB君が『虐めに関するよくある勘違いと正しい見方 ver.0711』を参考にして判断するとA先生にこそ原因がある!と思い込むことでしょう。
(まあ、思い込んだところで、その責任はB君にありますが)
原因はこれだ!と言う前に、まず、オレオレ定義でよいので提示してみたらいかがでしょう?
『虐めに関するよくある勘違いと正しい見方』と謳っていますが、まず文中の「虐め」の定義が共有できないのでは、意思疎通に問題が生じるでしょう?
そこで質問です。
観念さんの言う「虐め」の中には「無視・不快感の表明・嫌っていることの表明」等の「強要・物理的な力の行使」以外の行為も入りますか?
506 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/28(水) 21:04:45 0
>505"愛があれば○○なんてやらない"の○○に何入れたところで、
愛があればいじめなんてやらない
愛があれば虐待なんてやらない
愛があれば殺人なんてやらない
愛があれば戦争なんてやらない
まぁ、これらをやる人は「自分に愛が欲しい人」、つまり愛の不足(欠如)した人なんだよ
ボクシングについてはどうかなぁ、俺は俺を十分愛してるけど、面白さを追及したくてやるかもね
だから「愛があれボクシングなんてやらない」とは言い切れない
だけど上の四つは確実にやらないと言える。明らかに愛の欠如の表れだからな
>他者と共有可能な程度に示されていないでしょう?
定義は人それぞれだし、それで解釈していいと思うからわざわざ示してない
定義を当てはめてみて疑問が浮かんだ人はお前みたいに質問してくるからね
>それでは観念さんにしか通用しない理屈に過ぎません
共有した人なら誰でも適用するよ
>偶然適用可能なケースもある
偶然なんてこの世には無いよ。>3参照
>「虐め」の定義が社会的に曖昧なのに
社会的に曖昧?文科省とか警視庁とかきっちり定義してるじゃん
507 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/28(水) 21:05:31 0
>オレオレ定義でよいので提示してみたらいかがでしょう?
辞書どおり、若しくは政府機関が決めた定義でなんら問題ない
>まず文中の「虐め」の定義が共有できないのでは
お前が共有できてないだけじゃん
ところでAOL時代のハンネは何だったの?
>「強要・物理的な力の行使」以外の行為も入りますか?
ああ、なるほど
なんとなく分かった。お前がナニを言いたいかw
俺の定義(文科省ではなく)では、一切入らない。表現の自由の範疇
シカトも表現の自由だな。幼稚な表現ではあるけれど
シカトされて虐めだ、というのはそう主張する側の被害妄想
この事は他のスレで何度も言ってるよ
>>500 まあ人を殴った経験でもあればいいが
喧嘩もしたことないだろうからボクシングなんて縁のない話だろう
>>501 愛を知っていても離婚することはあるよ
愛を知らなくとも離婚しないこともあるだろうしね
>ストーカーの愛もお見合い結婚も理解しがたい矛盾した現実なんだろう。
そんなに難しいことはないだろ
理解できないか?
>>503 >ニフティはないね
いやヒット賞に聞いたんだよ
観念ちゃんはニフティ以外でパソ通やってたのか?
>>505はめんどいからまた後で
>観念さん
>だけど上の四つは確実にやらないと言える。
観念さんの主観では、ですけどね。
『他者の心は正しく忖度することが出来ない』という事実の前では、言い切れませんよ。
知らないことを知るというのは大切です。
例えば。地雷で足をふっとばされて、痛みでのた打ち回っている人がいたとして。
時間をかけて出血多量で苦しみながら死ぬだろうという状況で「頼む、殺してくれ」と懇願され、涙を呑んで殺すのも殺人ですが愛の欠如でも無いでしょ?
「冷たい方程式」な状況ではどう判断するのでしょう?
>ところでAOL時代のハンネは何だったの?
あれ?気になります?
……そういえば、カタカナじゃなくてsklatethと名乗っていたような……。
パソコン通信はしたことない、というのはもしかして初期の(ソフト使用で繋がるタイプ)AOLがパソコン通信だったことに気づいてなかったというオチですか?
>なんとなく分かった。お前がナニを言いたいかw
やっと解ってくれましたか。嬉しい限りです。
>俺の定義(文科省ではなく)では、一切入らない。
では
『辞書どおり、若しくは政府機関が決めた定義でなんら問題ない』とは言えないでは無いですか。
>シカトされて虐めだ、というのはそう主張する側の被害妄想この事は他のスレで何度も言ってるよ
だから、何度も確認していたんですよ。
つまり、政府機関が決めた定義では無視・中傷等は「虐め」に入るものの、観念さんのオレオレ定義では入らない。
これで話を進めていいでしょうか?
ニフティと言えばスピリッツの掲示板ですか。
>>505 >まあ、必要性のあるなしなんて職業としてボクシングに関わっている人は?とか
職業は自分で選ぶものだよ
>車も時間軸を過去に戻して考えれば人は「必要」としていなかった。なんて事も言えますから無理があることに変わりは無いんですけどね。
必要なければのらないだろ。つうか車もなかったんだろ
選択できないことを持ち出すってのは無理があるかもな
まあ車ももともと誰かさんの言い出したことだ
もともと無理があったんだろう
>"愛があれば○○なんてやらない"の○○に何入れたところで、他者の心は正しく忖度することが出来ないという真理の前には虚しいと思いますよ。
何が正しいなどとは言ってないだろ
愛があるかないかだ。つうか愛を知っているかいないか。つうか愛を思い出しているかいないか
どれでも好きなのを選べ
>>506 >ボクシングについてはどうかなぁ、俺は俺を十分愛してるけど、面白さを追及したくてやるかもね
心臓の負担はいいのかw
>>506 さすがに文科省の定義では教師がいじめがないと言えば殺人事件が起こってもいじめは
なかったことになる。
>>510 ニフティはニフティーサーブだよ
ニフティのCBは楽しかった
秀タームとか舞チャットとか懐かしい人いるんじゃね
>>511 「正しく」とは「正確に」という意味です。
他者の心を正確に忖度することが出来ないのは揺るぎ無い「事実」。
他者が該当行為を行った動機を完全に把握することは不可能です。
相手の心を知ることは出来ない。それをまず知りましょう^^
>職業は自分で選ぶものだよ
では、移動手段も自分で選ぶものでしょう?
どこまでいっても自身の言葉が自身への反論となってしまってますよ?
>>514 >他者の心を正確に忖度することが出来ないのは揺るぎ無い「事実」。
当たり前のことだな
>他者が該当行為を行った動機を完全に把握することは不可能です。
当たり前のことだな
>相手の心を知ることは出来ない。それをまず知りましょう^^
なこと幼稚園児でもわかるだろが
愛があるかないかの話だろが
ボクシングをやる動機で愛のある例を出してみなよ
ちゃんと検証してやっから
>では、移動手段も自分で選ぶものでしょう?
そのとおり
車があれば車を選ぶこともある
車がなければ車は選べない
選択できないことを持ち出したのは誰だい?
>どこまでいっても自身の言葉が自身への反論となってしまってますよ?
職業と移動手段は自分で選ぶものだろ
どこがどう反論なのかな?
>>515 >愛があるかないかの話だろが
他人の行動に愛があるかどうかは、当人では無いので解りませんよというお話です。
他者の心を正確に忖度することが出来ないのだから。
>どこがどう反論なのかな?
では、かみくだいて説明しましょう。
あこがれさんは"愛があればボクシングなんてやらない"と主張しているんですよね?
その根拠は、愛があったら自分を傷つけることなんて選択しない、と。
パンチドランカーになる危険は犯さないし、"ボクシングやらなきゃボクシングで死んだりしない"。
この理屈は「愛があれば車なんて乗らない」という無茶な主張にも適用出来てしまうということです。
車を運転していても死亡・負傷事故の多さが物語るように自分を傷つける可能性はありますし、「乗車しなければ乗車での事故で死んだりしない」と言えますから。
それに対し、あこがれさんは"車に乗る必要があれば車にはのるでしょ "と答えました。
けれど、実は乗車と言うのは免許を持ってない人も普通に生活しているように、乗車という選択肢を選ばなくても生活できるよう手配可能です。
また昔は車など無くとも社会は成立していたので、その面からも絶対必要とは言えません。
だから、愛があれば危険な乗車を選択しなくて済むようにする筈だ、なんて無茶なことも言えてしまいます。
ボクシングをやるやらないと同じように「選択」可能なのですから。
>>516続き
事故の可能性・選択性・必要性、ボクシングも乗車ともに揺れ幅はあっても共通します。
あこがれさんの理屈をベースにすると「愛があれば○○なんてやらない」という決め付けは、いくらでも出来てしまいますよ。
○○に格闘技はもちろん、スポーツも殆ど入りそうな勢いです。
激しい動きは活性酸素を生み出し身体を傷つけます。死亡、負傷事故の可能性があるものも多いですから。
オジさんが健康管理のつもりでやるジョギング中の突然死が多いことを考えると「愛があればジョギングなんてやらない」ともレッテル貼れそうです(笑
勿論、ドライブが趣味な人も事故可能性があるので「愛があればドライブなんてやらない」ともレッテル貼れるのは、あこがれさんの主張する通り。
「愛があれば野球なんてやらない」「愛があれば危険な職業につかない」「愛があればバイクを趣味としない」等等、
偏見によっていくらでもペタペタ貼れてしまいますね。
>>516 >他人の行動に愛があるかどうかは、当人では無いので解りませんよというお話です。
他人の心はわからないが愛のない行動は解るよ
>あこがれさんは"愛があればボクシングなんてやらない"と主張しているんですよね?
そう。わざわざ危険に近寄らなくとも他に選択肢はあるからね
>この理屈は「愛があれば車なんて乗らない」という無茶な主張にも適用出来てしまうということです。
勝手に適用させようとしているだけだろ^^;
>車を運転していても死亡・負傷事故の多さが物語るように自分を傷つける可能性はありますし、「乗車しなければ乗車での事故で死んだりしない」と言えますから。
他の移動手段でも危険はあるだろ
>けれど、実は乗車と言うのは免許を持ってない人も普通に生活しているように、乗車という選択肢を選ばなくても生活できるよう手配可能です。
乗る必要がなければわざわざ乗らないだろ
>だから、愛があれば危険な乗車を選択しなくて済むようにする筈だ、なんて無茶なことも言えてしまいます。
徒歩で生活できるのならそうすればいい(事故にあうことはあるがね)
必要ないのに乗ることはないだろ
選択肢に車で移動しかなければ車に乗るしかないでしょ
ボクシングは選択肢にボクシング以外がないことなどないよね
>ボクシングをやるやらないと同じように「選択」可能なのですから。
車しか移動手段がないことはあるだろ
ボクシングをやるしかないことなんてないよ
>>517 >事故の可能性・選択性・必要性、ボクシングも乗車ともに揺れ幅はあっても共通します。
選択性と必要性がまったく違うだろ
ボクシングしか選択肢がないことはないが、車しか選択肢がないことはある
ボクシングの必要性と車の必要性がどう共通するのかな?
>あこがれさんの理屈をベースにすると「愛があれば○○なんてやらない」という決め付けは、いくらでも出来てしまいますよ。
俺の理屈がわかってないのに俺の理屈をベースになんてできないだろ^^;
>○○に格闘技はもちろん、スポーツも殆ど入りそうな勢いです。
格闘技はそうだが普通のスポーツなら健康に気をつけてればいいんじゃねぇの
>激しい動きは活性酸素を生み出し身体を傷つけます。死亡、負傷事故の可能性があるものも多いですから。
身体に負担があるとわかっているのならやらないだろうね
>オジさんが健康管理のつもりでやるジョギング中の突然死が多いことを考えると「愛があればジョギングなんてやらない」ともレッテル貼れそうです(笑
ジョギング中の突然死が多いとはどの程度多いのか知らんが
体調も考えずジョギングなら愛がないだろうね
>勿論、ドライブが趣味な人も事故可能性があるので「愛があればドライブなんてやらない」ともレッテル貼れるのは、あこがれさんの主張する通り。
俺ならそんなレッテルは貼らないな
安全運転を心がけて楽しいドライブすればいいだろ
>「愛があれば野球なんてやらない」「愛があれば危険な職業につかない」「愛があればバイクを趣味としない」等等、
野球はやらないだろうが危険な職業は職業に拠るよ。バイクを趣味としないだろうがバイクに乗ることはあるだろうね
>偏見によっていくらでもペタペタ貼れてしまいますね。
ペタペタ貼ってるのは君なんだがな^^;
訂正
>野球はやらないだろうが危険な職業は職業に拠るよ。バイクを趣味としないだろうがバイクに乗ることはあるだろうね
野球はやるだろう。危険な職業は職業に拠る。バイクを趣味とすることもあるだろうし趣味でなくともバイクに乗ることはあるだろうね
ボクシングをやる動機で愛のある例は出さなくていいのかな?
スポーツも競技になれば愛がないな
理論に一貫性がなく破綻してるのはなぜだぜ?脚下照顧。足下揺ら揺ら揺らぐ主張あわれ。
そう感じるのは君が愛を知らないからだよ
俺様のレスを読むのも愛を知るための体験だ
なぜだぜ?と疑問に感じることから学びは始まる
ボクサーのボクシングを愛してるというのは嘘八百だと言いたいのか?
嘘ではなかろうが愛があれば特にボクシングを愛しているなどとは言わないかもね
愛があればすべてを愛しているだろうからね
愛を知らなければ何かの理由付けにボクシングを愛していると言うかもね
でもそれは嘘ではないよ
528 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/29(木) 19:06:44 0
>508観念ちゃんはニフティ以外でパソ通やってたのか?
いやー俺がインターネット始めた頃はもうパソ通なんて死語だったよ
>509涙を呑んで殺すのも殺人ですが愛の欠如でも無いでしょ?
ああ、そういう例外は最初から含んでなかった
>AOLがパソコン通信だった
そんな時代があったのか?知らんけど
>『辞書どおり、若しくは政府機関が決めた定義でなんら問題ない』とは言えないでは無いですか。
いや問題ない。一部の極端な例外は最初から念頭にないただの一般論だから
>観念さんのオレオレ定義では入らない。
いやお前の定義では入らないんでしょ
>512殺人事件が起こってもいじめは
でも殺人って広い意味でいじめだよね
>526
その実「ボクシングが好きなボクを愛してる」だったりする
いじめと書いて議論するからややこしくなるだけだと思う。
ボクシングへの愛は嘘だと断定されて凹んだ俺。
プロライセンス取るよう進められたがミドル級じゃ・・・ねえ。
>あこがれさん
突っ込みどころ満載ですが、簡単に。
>>勿論、ドライブが趣味な人も事故可能性があるので「愛があればドライブなんてやらない」ともレッテル貼れるのは、あこがれさんの主張する通り。
>俺ならそんなレッテルは貼らないな
あれ?
あこがれさんは、
>>489で『愛があれば無用に車を運転しないだろうね』とハッキリ言っていますよ?
「趣味のドライブ」は移動手段として必要では無い(無用な)運転ですよね?
ちなみに、安全運転でも車道に車で出る以上、重大事故に合う可能性は高まりますよ。
トン単位の金属の塊が高速移動している場所に赴くのですから。
>俺の理屈がわかってないのに俺の理屈をベースになんてできないだろ^^;
「愛があればボクシングなんてやらない」と決め付けた理由はちゃんと言ってくれたでは無いですか^^
それを当て嵌めているだけですよ。
>>528 観念さん
気になるなぁ。
AOLを利用なんてしていなかったと明言しないところが特に。
ちなみにAOLがパソコン通信を止めたのは2000年代前半で。ニフティは2006年3月31日。
当時、あまり詳しくない人AOL会員は、AOLをインターネットだと思っていたらしいですね。正確にはパソ通からインターネットにアクセスしていたんですが。
単刀直入に。
昔、AOLの時事掲示板(時事スクウェア)で遊んでいませんでしたか?
>いや問題ない。一部の極端な例外は最初から念頭にないただの一般論だから
いや、一般論でいう「虐め」は強要や物理的な力の行使を含まない無視や罵声等も入っていますから。
無視や罵声を「いじめ」と呼称するのは極端な例でも何でもありませんよ?
>いやお前の定義では入らないんでしょ
自分は、世間で言う「虐め」は不安定かつ曖昧な定義で成り立っていると「悪」と同じように使われている存在だと考えていますよ。
その中に具体的な行為を入れて線は引きません。
改めて。
「シカトされて虐めだ、というのはそう主張する側の被害妄想この事は他のスレで何度も言ってるよ」
ということは、観念さんの「虐め」定義では無視や罵声(騒音になるような力の行使で無い限り)入らないということで良いですね?
たとえば。
携帯に「暴言、痛かった」 山形・高2自殺で父親公開
http://www.toonippo.co.jp/news_kyo/news/20071123010004561.asp この事件は(新聞から読み取れる範囲では物理的暴力の痕跡は無い)、観念さんの言う「いじめ」では無かったと言うことでよいでしょうか?
>>529 >いじめと書いて議論するからややこしくなるだけだと思う。
その通りなんですよね。
暴力・強要が伴うリンチや金銭の奪取はただの「犯罪行為」ですから、犯罪対策としてのノウハウを生かせば良いんですけどね。
基本的に「検挙にまさる防犯無し」です。
「虐め」のある無しで判断するから、学校が恣意的な基準を用いて「いじめ0」と報告するのです。
>ボクシングへの愛は嘘だと断定されて凹んだ俺。
他人の偏見など気にしなければどうということはありません。
533 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/29(木) 21:11:58 0
>531(時事スクウェア)で遊んでいませんでしたか?
だからsklatethでやってたってば。10年前だよ。パソ通だとは知らなかった
>一般論でいう「虐め」は強要や物理的な力の行使を含まない無視や罵声等も入っていますから
仮にその定義でも「それらの行為の原因が行為者にある」ことは変わりない
「それらの行為を虐めだと定義するという行為」は、被害者側にあるかも知れんがね
>その中に具体的な行為を入れて線は引きません
そういう曖昧な定義だからかな
>観念さんの「虐め」定義では無視や罵声(騒音になるような力の行使で無い限り)入らないということで良いですね?
俺の定義ではね。シカトは虐めではない。シカトを虐めと受け取る側の被害妄想
だが、シカトを虐めと感じる人にも例の「よくある勘違い」は通じるように書いてる
だって「シカト行為の原因は行為者自身」には変わりないから
>観念さんの言う「いじめ」では無かったと言うことでよいでしょうか?
俺の定義では、ね
>532学校が恣意的な基準を用いて「いじめ0」と報告するのです。
文科省が定義を見直したから、もういじめは0ではなくなったよ
>>528 >いやー俺がインターネット始めた頃はもうパソ通なんて死語だったよ
そか
>>529 >いじめと書いて議論するからややこしくなるだけだと思う。
いや、いじめにボクシングを持ち出す奴がいるからおかしなことになるんだよ
>ボクシングへの愛は嘘だと断定されて凹んだ俺。
本人にとっては嘘じゃないと思うよ
愛を知る為にボクシングやるのかもだから無駄な体験ではないよ
愛を知ればボクシングやめるだろうけどね
>プロライセンス取るよう進められたがミドル級じゃ・・・ねえ。
好きならやればいいよ
どんなことも必要な体験だよ
>>530 >「趣味のドライブ」は移動手段として必要では無い(無用な)運転ですよね?
ドライブが趣味なのに車乗らなくてどうする
ドライブこそ車が必要だろ┐(´ー`)┌
>それを当て嵌めているだけですよ。
でもって当て嵌まらないんだろ
>>533 観念さん
なる程、ではAOL時事で活躍していた方で確定ですね。懐かしい。
全然"変わって"ませんねー。
10年後に数多のスレ、レスが散らばる2chで再会(?)とはなんという偶然、いや、世の中に偶然は無いので必然ですね。
こちらが当時使っていたハンネは当てられるか、気が向いたらということで。
>仮にその定義でも「それらの行為の原因が行為者にある」ことは変わりない
そこには反論してません。
それって「事件発生!」「なんだと、場所はどこだ!」『この世界のどこかです』とか言ってるのと変わりませんから。
定義に強要や物理的暴力を伴わない行為である場合、「被害」を発生させてるのは、観念さん言う処の「シカトを虐めと受け取る側の被害妄想」でしょう?
被害妄想という行為を行っているのは、シカトという行為をされた側(一般論定義の虐められた側)となります。
この場合、被害発生原因は被害妄想側(一般論定義の虐められた側)にあります(被害妄想という行為を行ったのが原因)。
つまり、監察や教育を施すべきである対象は「被害妄想に囚われている人間」となります。
『虐めに関するよくある勘違いと正しい見方 ver.0711』は、このケースでは破綻してるのですよ。
なんにせよ、強要や物理的暴力を伴わない行為は「一部の極端な例外」でも何でもないことは、納得できましたか?
というか、実力行使を伴う虐めは(器物損壊、暴力等)、調査では構成比率の半分も占めていませんよ(下記の調査は鵜呑みには出来ませんが、参考にはなるでしょう?)
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/18/09/06091103/002.pdf >文科省が定義を見直したから、もういじめは0ではなくなったよ
いや、少しマシになっただけで、相変わらず「いじめ0」と報告している学校は半数近いそうですよ。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/20071116/20071116_005.shtml
>>535 あこがれさん
>ドライブが趣味なのに車乗らなくてどうする ドライブこそ車が必要だろ┐(´ー`)┌
ではボクシングが趣味だったり生き甲斐だったら、ボクシングをすることが「必要」となりますね。
はい。これでボクシングに必要性が生まれたので「愛があればボクシングなんてやらない」とは言えなくなってしまいました^^
>>520のやり取りを少し改変してみると、自己矛盾していることが良くわかるのではないでしょうか?
↓
>勿論、ボクシングが趣味な人も事故可能性があるので「愛があればボクシングなんてやらない」ともレッテル貼れるのは、あこがれさんの主張する通り。
俺ならそんなレッテルは貼らないな
安全を心がけて楽しいボクシングすればいいだろ。
>>537 >ではボクシングが趣味だったり生き甲斐だったら、ボクシングをすることが「必要」となりますね。
ボクシングを趣味や生き甲斐にするのならね
>はい。これでボクシングに必要性が生まれたので「愛があればボクシングなんてやらない」とは言えなくなってしまいました^^
愛があればボクシングを趣味や生き甲斐にはしないよ(理由は説明してるよね)
だから愛があればボクシングをやる必要性などどこにもない
はい。これで「愛があればボクシングなんてやらない」と言えちゃったね^^
>安全を心がけて楽しいボクシングすればいいだろ。
どう安全を心がけて相手を殴るんだい?
安全を心がけてりゃ殴れんでしょ
相手が安全を心がけてパンチを出してくれることもないだろうしね
車なら安全運転はできる。つうか安全運転のほうが良い
勘違いしているようだが
車での危険は事故なんだよ
ボクシングの危険は事故だけじゃない
パンチドランカーになるのは事故じゃないからね
ボクシングは自分や相手の身体が必ず傷つくのがわかってて殴りあうんだよ
ボクシングは相手の身体を傷つけて目的を果たす為に試合に挑むが
ドライブは事故を起すのが目的じゃないからね
539 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/30(金) 18:27:52 0
>536全然"変わって"ませんねー。
人は鏡
>こちらが当時使っていたハンネは
「あーいたね。ナツカシスw」ってなるだけなんだからサラっと言えばいいのに
>つまり、監察や教育を施すべきである対象は「被害妄想に囚われている人間」となります
そのことは>401の其の五に既に書いてるじゃん。(虐められた不快感も同様」と
妄想行為についても>423の其の零に書いてる。分かりにくいなら「思考」の後ろに「妄想」と入れとくか?
>このケースでは破綻してるのですよ。
お前が見落としてるだけだよ
>相変わらず「いじめ0」と報告している学校は半数近いそうですよ。
俺が言ってるのは文科省に上がってくる数のことなんだけど
>>538 >愛があればボクシングを趣味や生き甲斐にはしないよ
またレッテルを貼りますねー。
『愛があればドライブを趣味や生き甲斐にはしないよ』
と言えてしまいますよ。あこがれさんが説明した理由(事故の可能性・自身を傷つける可能性は存在する)では。
>どう安全を心がけて相手を殴るんだい?
安全性を確保しているから公式にスポーツとして認められているのですよ。
きちんとルールが定められ、ジャッジに従って安全に競技を行うよう規定されています。
>パンチドランカーになるのは事故じゃないからね
ボクサーは必ずしもパンチドランカーになる訳ではありません。
パンチドランカーになるのは主に事故的なものです。
車に乗っている人が車道で事故に合い(起し)やすいのと同じことですね。
541 :
考える名無しさん:2007/11/30(金) 19:42:40 0
>>539 >人は鏡
あれ?
""の意味に気づきませんでした?残念。確かに人は鏡、ですね。
>そのことは>401の其の五に既に書いてるじゃん。
だから、「一般論定義」で「虐め」に入る不快感の表明・無視のケースは
『虐めに関するよくある勘違いと正しい見方 ver.0711』での「虐め」に入りませんね?という趣旨を確認していたでは無いですか。
そして、そのケースは一般論定義では「極端な例」でも何でもないんですよ、とも。
これは納得されましたか?
>俺が言ってるのは文科省に上がってくる数のことなんだけど
へ?文科省に上がってくるいじめ報告総数の事を言っていたんですか?それって定義を変える前から0じゃありませんよ?
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/18/09/06091103/002.pdf 何か間違えてデータを覚えていたりしません?
542 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/30(金) 20:35:36 0
>541ver.0711』での「虐め」に入りませんね?
確かに入らないけど、入ったとしても同じこと(行為の原因は行為者)が言える
>401の主旨はこの( )であって、「いじめ問題」はそれを考えるきっかけに過ぎない
それが「虐め」だろうと「誰かに虐めと思われるような行為」だろうと、変わりは無い
>そのケースは一般論定義では「極端な例」でも何でもない
一般的定義で極端な例ではない、ということは最初から知ってるが
俺何かそれに反したこと言ってたっけ?
>それって定義を変える前から0じゃありませんよ?
ここ数年間は0だったでしょ
>何か間違えてデータを覚えていたりしません?
ああ、ごめん
あれは「いじめによる自殺」だった
ところで例のA先生の行為だけど、お前は「虐め」だと思ってるの?躾ではなく
543 :
考える名無しさん:2007/11/30(金) 21:06:55 0
>>542 >確かに入らないけど、入ったとしても同じこと(行為の原因は行為者)が言える
「行為の原因は行為者」なのは当たり前です。
いじめが起きたとしても地球は回ってることに変わりないとか言ってるようなものです。
しかし、一般論定義の「いじめ」では被害妄想という「行為」を行った「行為者」も「いじめられた側」に入るのですから、
このケースでは、教育・観察・矯正が必要なのは一般論定義の「いじめられた側」ということになります。
これでは、一般論定義でも問題は無いとは言えません。
>俺何かそれに反したこと言ってたっけ?
あらら。会話の流れ覚えてません?
---------------
>>「強要・物理的な力の行使」以外の行為も入りますか?
>俺の定義(文科省ではなく)では、一切入らない
>>では『辞書どおり、若しくは政府機関が決めた定義でなんら問題ない』とは言えないでは無いですか。
>いや問題ない。一部の極端な例外は最初から念頭にないただの一般論だから
----------------
この会話の流れだったでしょう?
これでは「強要・物理的な力の行使」以外の無視や不快感の表明等が一般論からみて「一部の極端な例外」のように主張していると読めますよ?
>ここ数年間は0だったでしょ
いや、万単位で報告されてますってば。
>ああ、ごめん あれは「いじめによる自殺」だった
……そりゃ、噛み合わない訳ですね。ちゃんと相手のレスも読みましょうよ;;
おっと、答え忘れてました。
>ところで例のA先生の行為だけど、お前は「虐め」だと思ってるの?躾ではなく
虐めと言う枠の中に「具体的な行為を入れて線は引きません」って言いませんでしたっけ?
まあ、A先生の行為は何かと聞かれれば躾と答えますけどね。
>>540 >と言えてしまいますよ。あこがれさんが説明した理由(事故の可能性・自身を傷つける可能性は存在する)では。
だれが愛があれば事故の可能性が存在することをやらないなんて言ったよ
勝手に作ってんじゃねぇよ^^;
前に「愛があれば危険に近寄らないから可能性は低いよ」と言ってるだろが
事故の可能性は歩いてたってあるんだよ
なにやってもやってなくても事故の可能性はある
ボクシングは事故以外の危険が絶対にあるだろ
ボクシングとドライブの違いを考えればわかるだろ┐(´ー`)┌
>きちんとルールが定められ、ジャッジに従って安全に競技を行うよう規定されています。
じゃなんでパンチドランカーになるんだ?
ドライブで車乗るだけでパンチドランカーにはならないだろ┐(´ー`)┌
>ボクサーは必ずしもパンチドランカーになる訳ではありません。
事故でなくパンチドランカー以外にも後遺症害が残ることあるだろ
君はボクシング知っているのか?
>パンチドランカーになるのは主に事故的なものです。
どんな事故だい?つうか事故なのかなその「事故的」ってのはw
>車に乗っている人が車道で事故に合い(起し)やすいのと同じことですね。
合いやすいってのは相対的な表現でよくわからんな
どっちにしてもボクシングなら事故以前に普通にパンチで流血なんだから比較にならんでしょ
>>545 >愛があれば危険に近寄らないから可能性は低いよ
車で車道に出るのは充分「危険」ですよ?乗車中の負傷事故は万単位ですからね。
>ボクシングは事故以外の危険が絶対にあるだろ
ボクシングでパンチドランカーになるのは「事故」による負傷のせいです。
打ち所が悪くて高次脳機能障害となるのですから、乗車中で事故にあって半身不随になってしまうという現象と基本的には変わりません。
誰しもなる訳ではありませんし、誰も望んでなる訳ではありませんから。それどころかそうならないよう努力して練習用装備などが設計されています。
車が事故に備えた装備をしているように。
>ドライブで車乗るだけでパンチドランカーにはならないだろ┐(´ー`)┌
ボクサーだってボクシングやるだけでパンチドランカーになったりしませんよ。
あこがれさん、ボクシングを何か勘違いしていませんか?
547 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/11/30(金) 22:28:41 0
>543一般論定義の「いじめ」では被害妄想という「行為」を行った「行為者」も「いじめられた側」に入るのですから
被害妄想はその妄想者に100%原因があるよ
だが「妄想者が虐めだと思う行為」の原因は、その行為者(妄想者でない方)に100%原因がある
どこか矛盾でも?
>この会話の流れだったでしょう?
俺自身の個人的定義と、文科省定義とは別物だってことは分かってるよね?
>一般論からみて「一部の極端な例外」のように主張していると読めますよ?
>528をもう一度読んでみ。「例外」が何を指すのか、をお前は誤読している
>544まあ、A先生の行為は何かと聞かれれば躾と答えますけどね
だろ?w
だったら何故「A先生の行為は虐めだ」という捉え方が正しいという前提で話を進めるのかね
548 :
考える名無しさん:2007/11/30(金) 22:54:25 0
>>547 >どこか矛盾でも?
……解らないのならまあ、構いませんが。
とりあえず、政府機関が定めた定義の「いじめられた側」が、矯正・教育・観察の対象となりうるという点は納得いただけましたか?
その点で、観念さんの定義と政府機関が定めた定義では違いがあり、
「虐めに関するよくある勘違いと正しい見方 ver.0711 」に問題がでているという事も理解してくれると嬉しいなぁ。
「行為の原因は行為者」とだけ言いたいのなら、単にそう書けば良いだけですしね。
>「例外」が何を指すのか、をお前は誤読している
---------------
A「強要・物理的な力の行使」以外の行為も入りますか?
B俺の定義(文科省ではなく)では、一切入らない
Cでは『辞書どおり、若しくは政府機関が決めた定義でなんら問題ない』とは言えないでは無いですか。
Dいや問題ない。一部の極端な例外は最初から念頭にないただの一般論だから
--------------
観念さんは、こちらの言葉を引用し、Aから始まる質問に答えているのですから、
Dで述べられている「強要・物理的な力の行使」以外の行為」が「一部の極端な例外」だから「問題ない」と答えていると読まれるのは、日本語の文脈として当然ですよ?
>だったら何故「A先生の行為は虐めだ」という捉え方が正しいという前提で話を進めるのかね
いじめ0の勘違いでもそうでしたが……何故そんな勘違いをするのでしょう?
「正しい」なんていつ言っていますか?A先生の行為が「虐め」と捉える価値観も存在することを示しているだけですよ。
>>546 >車で車道に出るのは充分「危険」ですよ?乗車中の負傷事故は万単位ですからね。
それだけ愛の無い奴が多いってことだろうな
>打ち所が悪くて高次脳機能障害となるのですから、乗車中で事故にあって半身不随になってしまうという現象と基本的には変わりません。
その悪い打ち所を打つのがボクシングだろ
>誰しもなる訳ではありませんし、誰も望んでなる訳ではありませんから。それどころかそうならないよう努力して練習用装備などが設計されています。
そうならないよう努力した練習装備は練習装備であって本番装備ではないだろ。グローブだって替えるし
>車が事故に備えた装備をしているように。
そう車はいつでも装備がある
>ボクサーだってボクシングやるだけでパンチドランカーになったりしませんよ。
なにやってなったんだろうね
>あこがれさん、ボクシングを何か勘違いしていませんか?
さあどうだろうね
勘違いしていることを勘違いしているとは気づかないだろうね
それは君にも当てはまることだよ^^
>>549 >それだけ愛の無い奴が多いってことだろうな
それはつまり、車で事故にあったら愛の無いやつということになるんですか?普通に運転していても事故に合う時は合うのですが。
故に、車道にでて車を運転するだけで、事故の可能性は劇的に上がります。ドライブを趣味としている人はその確率が更に上がるでしょうね。
>その悪い打ち所を打つのがボクシングだろ
パンチを避けたり、防御するのもボクシングです。
また、ボクシングは対戦相手に重傷を負わせたり(高次脳機能障害を起させたり)死亡させることを目的とはしていません。
高重量の金属塊を時速数十キロで走らせるのが、事故を引き起こす為では無いように。
>そうならないよう努力した練習装備は練習装備であって本番装備ではないだろ。グローブだって替えるし
いえ、本番の装備も危険から装備者を守るよう設計されていますよ。
グローブ、マウスピース、ファウルカップ、バンテージも、またルールやジャッジの在り方も「安全」を意識しています。
>なにやってなったんだろうね
リング禍はリングでしか起きませんし、車による交通事故は乗車している人がいなければ起きません。
これは単なる事実ですが、それ以上のものではありません。リング禍はリングに立つ人、車による交通事故は乗車する人それぞれに可能性があります。
>>550 > それはつまり、車で事故にあったら愛の無いやつということになるんですか?普通に運転していても事故に合う時は合うのですが。
愛があっても事故に巻き込まれることはあるよ
だから事故っていうんだよ
> 故に、車道にでて車を運転するだけで、事故の可能性は劇的に上がります。ドライブを趣味としている人はその確率が更に上がるでしょうね。
愛のある人で趣味がドライブなら事故に巻き込まれないようルートや時刻を考えるだろうね
すべてにおいて安全を心がける
何も考えずただ普通に車乗ってるやつにはわからんことだろうがな
事故は事故なんだよ
殴り合いとは違う
ボクシングは事故以前に必ず殴りあう。それだけで体が傷つくでしょ
> パンチを避けたり、防御するのもボクシングです。
それだけで満足なら結構だが相手にダメージを与える目的で殴るんだろ?
殴られなくったって相手を殴るのなら相手が傷つくでしょ
> また、ボクシングは対戦相手に重傷を負わせたり(高次脳機能障害を起させたり)死亡させることを目的とはしていません。
対戦相手に重傷を負わせたり(高次脳機能障害を起させたり)死亡させることになるかもしれないほどのダメージを与えることによって目的を果たすんだよ
ドライブの目的は自分や誰かにダメージを与えることではないからね
> 高重量の金属塊を時速数十キロで走らせるのが、事故を引き起こす為では無いように。
高重量の金属塊だから事故でもお互い身を守れるんだよ
ボクシングは裸じゃん
> いえ、本番の装備も危険から装備者を守るよう設計されていますよ。
それだけ心配なら殴りあうのも禁止にすればいいのにね
> グローブ、マウスピース、ファウルカップ、バンテージも、またルールやジャッジの在り方も「安全」を意識しています。
練習用装備はどこいったんだい?
> リング禍はリングでしか起きませんし、車による交通事故は乗車している人がいなければ起きません。
> これは単なる事実ですが、それ以上のものではありません。リング禍はリングに立つ人、車による交通事故は乗車する人それぞれに可能性があります。
事故はね
ボクシングは事故じゃなくとも相手にダメージを与える為に殴り合うでしょ
相手を殴らなければ目的を果たせないのだからさ
553 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/12/01(土) 15:22:34 0
>548「いじめられた側」が、矯正・教育・観察の対象となりうるという点
「なり得る」ことは最初から知ってる。だがそれは「虐め」の原因ではないと言ってる
>観念さんの定義と政府機関が定めた定義では違いがあり
俺の定義でも「なり得る」ってば
だからわざわざ>423の其の三にも
>人格矯正に必要なのは広く豊かな経験や知識であって虐めではない
と記してるだろ。矯正の可能性がなければこんな事書かない
>548 ver.0711 」に問題がでているという事も理解してくれると
「お前の解釈」だと問題が出る、ということは理解してるよ
>日本語の文脈として当然ですよ?
「お前の日本語読解方法」としては当然かもね
>528読んだ?最初に「例外:」という言葉が出てくるのは何処かな?
そもそも俺が「シカト」を「一部の極端な例外」などと表す訳がないだろ
文科省定義の虐めで最も頻繁に発生するのがシカトなのに
>A先生の行為が「虐め」と捉える価値観も存在することを示しているだけですよ。
示さなくても知ってるから。そんな当たり前のこと
>423>401を通して読んでご覧。「虐待」「躾」という単語に注目しながら
それとも「其の零」の思考の後ろに「被害妄想」も入れとくか?お前が納得できるように
554 :
考える名無しさん:2007/12/01(土) 16:10:29 O
>>1-3 コレ最高にくだらないんだけど、なんでこんなスレたてたの?
ただの唯識論やん
>あこがれさん
>愛があっても事故に巻き込まれることはあるよ
ボクサーも愛があってもリング禍に巻き込まれることがあるだけですよ。
誰も相手を再起不能にしたり重傷負わせようとして競技をやっている訳でもありませんし、練習・試合共に安全に行えるよう装備とルールが整備されているのですから。
他の言説は、こちらが言及するまでも無いかな。
>観念さん
>俺の定義でも「なり得る」ってば
俺定義だと無視・仲間はずれ・不快感の表明等の「いじめ」では無いのでしょう?けれど、政府定義では「いじめ」です。
ver.0711 は「いじめ」について語っているのだから、対象で無い以上なり得ませんよ。
勿論、観念さんがそう思うのは自由です^^
>最初に「例外:」という言葉が出てくるのは何処かな?
引用後、最初に出ているのは「問題ない」でしょ?
>示さなくても知ってるから。そんな当たり前のこと
あれれ?『「正しい」なんていつ言っていますか?』という質問の答えになっていませんよ?
さて、確認の為質問です。
携帯に「暴言、痛かった」 山形・高2自殺で父親公開
http://www.toonippo.co.jp/news_kyo/news/20071123010004561.asp この具体例は、ver.0711の「虐め」の「定義」に入りますか、入りませんか?
556 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/12/01(土) 18:00:02 0
>555ver.0711 は「いじめ」について語っているのだから、対象で無い以上なり得ませんよ。
俺が「何について」「なり得ない」と言ってるかもう一度読み直しなさい
お前はわざと論点をずらしているか、さもなくば読解力が無いね
>引用後、最初に出ているのは「問題ない」でしょ?
>528を通して読んだ?それとも都合が悪いから読めないか?
>あれれ?『「正しい」なんていつ言っていますか?』という質問の答えになっていませんよ?
正しいと思わないなら何故A先生の例えを反証として出したのかな?答えてご覧
>この具体例は、ver.0711の「虐め」の「定義」に入りますか
入るよ。仮に「虐め」でなくただの「発言」でも入る
発言の原因は発言者に100%あるからね
仮に俺定義で「虐め」でなくても同じこと
もっと言えば仮に文科省定義においてすら「虐め」でなくても、「誰かに虐めと思われる行為」の原因は行為者に100%ある
俺、お前のこと段々思い出してきたw
>>555 > ボクサーも愛があってもリング禍に巻き込まれることがあるだけですよ。
だから初めからやらないんじゃん
> 誰も相手を再起不能にしたり重傷負わせようとして競技をやっている訳でもありませんし、練習・試合共に安全に行えるよう装備とルールが整備されているのですから。
殴れば体が傷つくだろ。自分の欲求の為に相手にダメージを与える練習までしてやってるんだよ
目的はどうであれ相手を傷つけるのが手段なんだからさ
そんなもんわざわざやらなきゃ誰も傷つかないだろ
ドライブとの違いわからない?
> 他の言説は、こちらが言及するまでも無いかな。
他が重要なんだがな
答えやすいことだけ答えるのなら簡単なことだね
まあその程度なら愛を知ることは当分ないだろうな
のび太並ってことだな^^
力のない愛は無力なり。
愛は差し出すだけのもの
力などなくとも差し出すことはできる
>>556 >お前はわざと論点をずらしているか、さもなくば読解力が無いね
あと無意識にずらしてしまう癖があるとかね
そうでもしなきゃ楽しめない人なんだろう
パソ通時代からやり続けて身についた癖なら手ごわいぞw
562 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/12/02(日) 15:51:59 0
>560あと無意識にずらしてしまう癖があるとかね
かもねー
>559
なにげに至言
563 :
ダルマ:2007/12/02(日) 18:42:41 0
560>>>パソ通時代からやり続けて身についた癖なら手ごわいぞw
ゲングーが手ごわい?チャンチャラおかしくて笑い転げてしまうまw
ただのカス!!だわね。
反論する奴=精神片端=聞く耳もたないみたいなツンボというよりは、
『自己愛性人格障害』だよ。
ゲングーよ論点ずらしてニヤニヤしてても誰もカスのお前を尊敬なんかしないぜヨ。
お前も大人になれよな〜何も解決できね〜駄文につきあってる暇はね〜んだよ。
あ、そうかおまえジジイだからこれ以上大人にはなれないんだっけな。
『カスは死ぬまでカス』とくにゲングーお前はな。ニタニタ
564 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/12/02(日) 18:57:56 0
あっちゃん、どう思う?この人障
ハンデ板でも特に知的人格的ハンデを負ってることで有名な某課長なんだけども
>>556 観念さん
>お前はわざと論点をずらしているか、さもなくば読解力が無いね
人は鏡。
いじめ0の件忘れてしまいました?
>正しいと思わないなら何故A先生の例えを反証として出したのかな?
A先生の件は、「いじめ」の定義が曖昧であり、「いじめと呼ばれる現象」であっても愛の欠如が原因とはいえないということを示すためなんですよ。
多様な価値観がある限り、そーなりますってことです。
>入るよ。仮に「虐め」でなくただの「発言」でも入る
それでは、例えば。
『其の十「虐められる側を助けるべき」
緊急時なら間違いではないが、真に救うべきは”愛に飢えた”虐める側である。被害者を救う必要はない。
加害者側を救えば被害者は自動的に救われる。その事を無視して被害者のみを救おうとする行為は自己満足に他ならない』
とか、問題でてきません?
観念さんいうところの「被害妄想」で仕立て上げられた側(妄想だから虐めという現象は起きていません。妄想の傷害事件に暴行事実が無いように)が救うべき対象になってしまいますよ?
あ、それと。
ただの「発言」でも入るならA先生の事例もver.0711の「虐め」に入ってしまうということですか?
>発言の原因は発言者に100%あるからね
何度も言っていますが、そこは否定してませんよ。
>あこがれさん
あこがれさんの主張展開とその骨子
『愛があればボクシングなんてやらないよ』
という意見は、
『愛があれば鯨なんて食べないよ(捕らないよ)』
という主張をしている、少し偏食なお豆さんと同じなんですよね。
根拠を聞いて「それでは○○にも適用されてしまうでしょう?」と言われてしまう処も。
あ、それはそれで構わないと思いますよ?人の意見は自由です^^
でも、前に言ったように、人の心は忖度出来ないもので、人の心にある「愛」も同じく計ることなんて出来ません。
人の行動に愛があるか否かというのは、他者の心を忖度出来ないという「事実」が存在する以上、正確に認識できません。
認識できないということは、「わからない」「確定していない」ということなのです。つまりは、そんな事は決め付けられない、可能性は存在するということですね。
『』のように選択肢や可能性を狭めてしまうのは勿体無いと思いますよ?
殺人だって愛の欠如から必ずしも発生するわけではありません。『』内の事柄なら尚更です。
>のび太並ってことだな^^
人は鏡ですよ。
>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E7%A6%8D はい、そのリング禍のことですよ。
>>560 人は鏡。
あこがれさんもパソコン通信時代からの人でしたっけ?^^
567 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/12/02(日) 20:45:57 0
>565「いじめと呼ばれる現象」であっても愛の欠如が原因とはいえない
俺は「虐めと誤解される現象・言動」ではなく「虐め」が愛の欠如だと言ってるんだよ
>が救うべき対象になってしまいますよ?
別にいいんじゃない?そのくらい。救ったところで実害ないし
被害妄想かどうかはちゃんと話し合えば分かることだし
>A先生の事例もver.0711の「虐め」に入ってしまうということですか?
虐めに入るわけないじゃん。但し行為は行為なので、A先生の行為はA先生に原因がある、ということは言える
>>564 狂ってるんだろうな
他に楽しみがないのだろうから気の毒な人だよ
ハンデ板でよく見かけるね同じ奴なのかはわからないがとにかく狂っているのは間違いなだろうな
まあ中には狂っているのもいるだろう
ずらし癖がいるように^^
569 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/12/02(日) 22:10:10 0
人は鏡、という機械的画一的ツッコミがまた来そうだけどw
>>566 いょう!のび太!
いつもの悪い癖が出てるぞw
>という主張をしている、少し偏食なお豆さんと同じなんですよね。
どうして同じなのかの説明できない限りのび太の妄想
>根拠を聞いて「それでは○○にも適用されてしまうでしょう?」と言われてしまう処も。
そこがのび太の悪い癖なんだよ^^;
>あ、それはそれで構わないと思いますよ?人の意見は自由です^^
から
>でも、前に言ったように、人の心は忖度出来ないもので、人の心にある「愛」も同じく計ることなんて出来ません。
と構ってしまうのはどうしてなんだろうね
>人の行動に愛があるか否かというのは、他者の心を忖度出来ないという「事実」が存在する以上、正確に認識できません。
愛があれば選択しない行動ってのがあるんだよ
愛を知らないのび太にはわからないだけのことなんだよ
>認識できないということは、「わからない」「確定していない」ということなのです。つまりは、そんな事は決め付けられない、可能性は存在するということですね
愛があれば「愛があれば選択しない行動」を認識することができるんだがな
>殺人だって愛の欠如から必ずしも発生するわけではありません。『』内の事柄なら尚更です。
愛の欠如以外の殺人ってどんな殺人?
>人は鏡ですよ。
じゃ俺もお前ものび太なんだろうな。何にしろお前がのび太であることは確定したことだから
>はい、そのリング禍のことですよ。
じゃあ事故との違いはわかるだろ
それとも読解力がないかなw
>人は鏡。
俺がどうであるかが問題ではないんだよ
お前がのび太であるという事実が判明したことが問題だ
のび太相手にまともに話すほど馬鹿なことはないからな
サンドバッグ叩くのは楽しいぞ。
>>569 なんとかの一つ覚えであれしかないから許してやってくれw
言葉だけは覚えやがるからな
ちょっと覚えると使い方も解らないのになにかってぇと使いまくるからかわいいもんだよ^^
・・・あ、もうひとつあったな
レッテルw
>>571 血流がよくなり楽しい上に健康でいいことだね
年取ると体動かさくなるから
若いうちから健康の為に年取っても続けられる運動はやってたほうがいいよ
若いときに体作っとくだけでもちがうだろうしね
生きようとして生きるのなら大切なことだね
573 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/12/03(月) 18:06:20 0
>570
なんつか、あっちゃん酔っ払ってない?勘だけど
>566が例ののび太で確定なの?ホントに
俺はのび太の実態よく分からんのだけど
どうものび太とは違う気が
>>573 ははは^^
いや、あののび太とは別人だろ
575 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/12/03(月) 18:50:20 0
ズコッ┌( 。_゚ )ノ
まあ、まんどりるみないなもんだよ^^
577 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/12/03(月) 18:55:28 0
ナツカシスw
あれからどれくらい経ったかねぇ?
2年半くらいかな?
いや・・・3年以上だな
>>567 >俺は「虐めと誤解される現象・言動」ではなく「虐め」が愛の欠如だと言ってるんだよ
でもver.0711では、観念さんの言う「被害妄想」も「虐め」に入るのでしょう?
引用部を分けるのは「定義」ですよ?そこが曖昧なら、誤解かどうかなんてハッキリしないでしょうに。
>別にいいんじゃない?そのくらい。
被害妄想による被害なのだから「被害妄想を行った側」を救えば問題解決では?
引用部の言い方だと"其の十「虐められる側を助けるべき」"も、虐められる側を救っても「別にいいんじゃない?そのくらい。救った所で実害ないし」と言えますよね?
>虐めに入るわけないじゃん。但し行為は行為なので、A先生の行為はA先生に原因がある、ということは言える
あれ?
『入るよ。仮に「虐め」でなくただの「発言」でも入る』
これは「この具体例は、ver.0711の「虐め」の「定義」に入りますか 」という質問への返答ですから、
観念さん定義する所の「虐め」では無くとも、ver.0711の「虐め」の定義には「ただの発言」ですら入るということですよね?
A先生は「発言」しており、それによってB君が苦痛を受けたのだから、観念さんの定義では入らなくても、
ただの「発言」すら入ってしまうver.0711の定義には入らないとオカシクないですか?
A先生は「発言」すらしなかったのなら別ですが。
>人は鏡、という機械的画一的ツッコミがまた来そうだけどw
人は鏡です。
観念さんも結構使ってる言葉なので、これまたこの状況にぴったりですね^^
あ、でも機械的画一的なんて少し卑下したような表現を使わなくても良いと思いますよ?れっきとした事実ですし。良い言葉ですから。
>あこがれさん
……えーと。
『いょう!のび太!いつもの悪い癖が出てるぞw 』
『そこがのび太の悪い癖なんだよ^^;』
『愛を知らないのび太にはわからないだけのことなんだよ 』
これらには答える必要はありませんよね?鏡に向かって発言していることは納得されているようですし^^
>愛があれば「愛があれば選択しない行動」を認識することができるんだがな
他人の心を正確に認識することはできませんよ。
「人の心は忖度出来ない」という冷厳な「事実」が存在しますから。
自分が他人の心を「解ったと思う」「認識できたと思う」ことは出来ると思いますが、それは個人の解釈に過ぎません。
愛の形も想いもそれぞれ人によって違いますから、その解釈が正確とは言えません。
あ、ただ、あこがれさんが引用部のように考え、意見を述べるのは勿論自由です。
「愛があれば鯨なんて食べないよ(捕らないよ)」「愛があれば同性愛者なんかにならないよ」なんて主張している方々とのやり取りを思い出しましたが、
該当意見に反対であっても、その意見を表明する自由は歓迎していますので。
>じゃあ事故との違いはわかるだろ
どう読んでも「事故」ですよ?
ウィキペディアでも「その他の格闘技でのリング禍」の欄で『プロレスラー福田雅一が相次いで試合中の事故で死亡』と、ナチュラルに事故として書かれていますし。
下記の記事では、そのまま『「リング禍」とはボクシング業界の言葉で、試合中のダメージが原因で引き起こった死亡事故のことをいう』とあります。
http://number.goo.ne.jp/kakutogi/battle/20061010.html ちなみに、日本人ボクサーがリング禍にあって死亡する確率は、日本で交通事故により死亡する確率よりも低いと思いますよ。
日本ではプロアマ合計で万単位の競技人口がありますが(高校生だけでも約1万人という情報はネットで確認できます)、死亡事故はプロでさえ年1のペースではありませんから。
>愛の欠如以外の殺人ってどんな殺人?
前に紹介した、医師が末期患者の依頼によって安楽死させるケースや、
観念さんに提示した『地雷で足をふっとばされて、痛みでのた打ち回っている人がいたとして。
時間をかけて出血多量で苦しみながら死ぬだろうという状況で「頼む、殺してくれ」と懇願され、涙を呑んで殺す』ケース。
「冷たい方程式」な状況も、愛の欠如とはいえないと思いますよ?
>>581 のび太おはよ
つってもこれ見るころは夜だろうな
>これらには答える必要はありませんよね?鏡に向かって発言していることは納得されているようですし^^
答える必要など知らないよお前の問題だろ^^;
まあこうやって何かしらレスするのであればお前にとっては必要なことなんだろうけどな
必要だから体験する。のび太なんだから
>他人の心を正確に認識することはできませんよ。
なこたわかってる
愛があれば選択しない行動があると言ってるんだがな
>該当意見に反対であっても、その意見を表明する自由は歓迎していますので。
悪い癖がでてるそw
「愛があればボクシングなんてやらない」と同じことだと説明できない限りのび太の妄想(2度目
>>582 >どう読んでも「事故」ですよ?
じゃ読解力がないんだろう
5万回読み返せ
>前に紹介した、医師が末期患者の依頼によって安楽死させるケースや、
それのどこに愛があるんだい?
>時間をかけて出血多量で苦しみながら死ぬだろうという状況で「頼む、殺してくれ」と懇願され、涙を呑んで殺す』ケース。
それのどこに愛があるんだい?
>「冷たい方程式」な状況も、愛の欠如とはいえないと思いますよ?
それのどこに愛があるんだい?
愛があるのなら説明できるよな
自分で言い出したことだから読解力は関係ないしwあと悪い癖が出なければ説明できるはずw
だよなのび太^^
585 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/12/04(火) 18:38:07 0
>580でもver.0711では、観念さんの言う「被害妄想」も「虐め」に入るのでしょう?
俺の定義では入らない。入るのは寧ろ文科省定義の方
>「被害妄想を行った側」を救えば問題解決では?
うん。異議ない
>と言えますよね?
うん言える。やりたければやればいい。やる側の自由。但し自己満足に過ぎない、と書いてる
>0711の定義には入らないとオカシクないですか?
おかしくない。俺個人の定義は俺個人の定義。>401>423は他の人にも通用するように書いてるから、俺定義だけで書いてない
>機械的画一的なんて少し卑下したような
別に卑下してないよ。人は鏡
>582観念さんに提示した『地雷で足をふっとばされて
足?そんなこと書いてたっけ
足程度なら命助かるでしょ普通。「殺してくれ」言われても助けようとするのが愛
苦しかったら殴って気絶させる方が暫く痛みも感じなくて済む
出血多量でどんだけ死にそうでも、やっぱり取り敢えずはモルヒネとか鎮痛剤打つね
相手の言うなりに自殺幇助(?)するのが愛だとは思わない
まぁ、戦場下でいざその状況になれば考えは変わるかも知れないけど
流れからしてヌメさん登場しそうなんだが
見てないのかな?それともジャックバウワウ?
よぉ!のび太!おは・・・
・・・・・・ なっ!!!
なんだいなんだいどうしたんんだいのび太
無断欠勤とはのび太のくせに生意気だぞ
何かきっと立腹することでもあったのだろうか?
むう・・・・原因を探ってみるか
>卑下したような
何でもない会話で卑下したと感じる幼稚な精神性からすると
もしかして「のび太」が気に入らないのかも
「のび太」はいいほうなんだが・・・我侭だなぁ・・・・まあのび太だからな
じゃあしょうがない。特別に(ほんとに特別だぞ。これが最初で最後だからな)プロフェッサー級の称号を与えよう
今日から「のび太」改め「猪頭プルコギ」な
どうだ嬉しいだろ
特別だからな
感謝しろよ
ではさっそく
猪頭プルコギ先生よ
>前に紹介した、医師が末期患者の依頼によって安楽死させるケースや、
それのどこに愛があるんだい?
>時間をかけて出血多量で苦しみながら死ぬだろうという状況で「頼む、殺してくれ」と懇願され、涙を呑んで殺す』ケース。
それのどこに愛があるんだい?
>「冷たい方程式」な状況も、愛の欠如とはいえないと思いますよ?
それのどこに愛があるんだい?
愛があるのなら説明できるよな
自分で言い出したことだから読解力は関係ないしwあと悪い癖が出なければ説明できるはずw
だよなのび太^^
訂正
×だよなのび太^^
↓
○だよな猪頭プルコギ先生
いやいやいやまてよ
もしかすると5万回読み返してるのかも
それなら時間がかかるだろう
ちょっとは待ってやるか
どっちにしても猪頭プルコギだがな
いやいやいやいやいやいやいやいや
どったの?どったの?
もしかしてまだ読んでるの?
読解力がないっつうのは読むのも遅いのね
つうか
プリコギのやつは自分で言い出したことの説明もできないようだな
100%なんてありえない!とか、愛がある場合もあるかもしれないでしょうが!とか、断言なんてできないと思います!とか
なんとなくそう思う程度だったのかな?
無知とは恐ろしいものだ
まあリング過もよくわかってなかったようだからボクシングのことも愛のことも知ったかぶりだったってことだろう
と、まあ、これはこれで俺的には自然な流れだが
観念ちゃんの餌を逃がしちまって
スマソ
>590観念ちゃんの餌を逃がしちまって
こらこらw
あっちが餌ならまるで俺が釣られたみたいじゃんw
餌は>423で。いつでもまたばら撒いたら釣れるし
あっ そうか・・
いままで散々餌餌言ってたがずっと間違ってたのか俺^^;
ということは・・・獲物?・・・・
ああ・・・ここでゲングーを使うんだな。なるほろ
猪頭プルコギとダルマはゲングーってことになるのか・・・
んー・・・・・まぁ・・・・・その
ゲングーってのは自称課長が使ってるただの業界用語で俺のことなんだけど
つうことはプルコギはゲングーではないってことだな
プルコギは猪頭ゲングーになりそこねたわけだ・・・・
ん?業界用語?
ああ。。。ゲングーってのは具現だからか・・・
やっとわかったぜ^^;
>595
心臓に悪いよ・・・・orz
598 :
§´゚`c_,´゚`§ ♦φライオンカク ◆/nLn/SOSOs :2007/12/11(火) 21:26:41 0
@ノハ@
599 :
§´゚`c_,´゚`§ ♦φライオンカク ◆/nLn/SOSOs :2007/12/11(火) 21:27:23 0
@ノハ@
今度こそ
600 :
§´゚`c_,´゚`§ ♦φライオンカク ◆/nLn/SOSOs :2007/12/11(火) 21:28:08 0
@ノハ@
どうかな?
601 :
概念は非現実化する ◆iCgainenLM :2007/12/11(火) 21:39:31 0
>>597 ははは
またひっかかったのか^^
つうか音声上げてるんだな
603 :
日本の大和 ◆np/.YaMaTo :2007/12/12(水) 00:54:59 0
ヌメさんは離婚でもしたかな?
達磨屋は退屈しなくていいな^^
>605
だろ?多分半永久的に遊べるよ
>>606 必ずレスがかえってくる。しかも倍になって
読み辛いのが難点だがそれ以外はかなりの上物だな^^
奴は嘘がつけない感じだがどう思う?
嘘ねぇ・・・・妄想することで己に嘘はついてるからなぁ
自尊心の強い弱虫の防衛本能なんだろうな
本人はまったくの無自覚なんだろう
薄々自覚してるからこその防衛反応だよ
御館ももう少し頭良かったらいい暇潰しになるんだけどねー
あれはちょっとバカ過ぎる
>薄々自覚してるからこその防衛反応だよ
そうか。自覚しているのなら精神病まではいってないな。一歩手前ってところだろう
暇つぶす甲斐もあるな
>御館ももう少し頭良かったらいい暇潰しになるんだけどねー
奴はもう終わっているのだろう
相手してやろうにもどうしようもないからなぁ
>自覚しているのなら精神病まではいってないな
いや病には段階があるからね
軽〜い知的障害があるとも言えるし中度の人格障害があるとも言える
>奴はもう終わっているのだろう
そんなこと言っちゃ可哀相
時々相手してあげないと
ああいうのを放置すると何をしでかすが分からん
>軽〜い知的障害があるとも言えるし中度の人格障害があるとも言える
人格障害のほうは軽くないんだな^^
>ああいうのを放置すると何をしでかすが分からん
まあそうなんだが意味不明の独り言だからどう扱っていいものやら・・・^^;
614 :
考える名無しさん:2007/12/16(日) 23:57:41 0
カ タ 〜 ワ !
615 :
考える名無しさん:2007/12/19(水) 15:36:24 0
嫌だよ。功名心と自負が強いから造り上げてる体系の原理をまだ明かしたくない。
>>583 あこがれさん
>愛があれば選択しない行動があると言ってるんだがな
その行動の裏に愛があるか否かは他者の心を忖度しなければ解りませんよ。これは基本です。
>「愛があればボクシングなんてやらない」と同じことだと説明できない限り
もう何度も説明していますよ?
>それのどこに愛があるんだい?
辞書を見てみましょう。
「(ア)相手をいつくしむ心。相手のために良かれと願う心」とありますね?
相手のために良かれと願い、相手の苦しみがなくなるよう配慮する心は愛とレッテルを貼ることは可能ですよ。
安楽死のケースは患者への愛。地雷のケースは苦しんでいる人への愛等等。
自分は勿論、辞書の範囲で提示していますが、あこがれさんは違ったのでしょうか?
ではでは。
あこがれさんの定義する愛とは何ですか?
どんな行動が「愛がある」行為なのでせう?あこがれさんの脳内定義で決め付けている「愛」ならば、確かにこちらには解りません。
例えば、池田大作氏提唱の愛とかだったら、確かに理解不可です。
あ、それと。
『愛があればボクシングなんてやらないよ』 ということですが、では、あこがれさん定義の「愛がある人」は主にどんな行為をするんでしょう?
例えば、冷たい方程式な状況に於かれた時、あこがれさん定義の「愛がある人」はどのような行動を起しますか?
>>590 >あこがれさん
>どったの?どったの?(以下略)
な、なんというか。
冗句にしてもすごい妄想ですね。
人は己の器で他者を測る。人は鏡。を地で行っているような文章で楽しく読ませて頂きました。
真相はOCN全面規制に巻き込まれていただけですよ。
携帯を使って長文書くのも面倒なので、規制終わるまで放置していたのです。
OCN規制 No.6
http://qb5.2ch.net/test/read.cgi/sec2ch/1192789924/l50 しかし。
これで、あこがれさんは「人の心は忖度出来ない」というのを実感出来たのでは無いでしょうか?
引用部が妄想であったのと同じように「愛があればボクシングなんてやらない」というのも、人の心を勝手に忖度した妄想に過ぎない、と気づければ幸いです^^
>観念さん
>おかしくない。俺個人の定義は俺個人の定義。>401>423は他の人にも通用するように書いてるから、俺定義だけで書いてない
他の人には通用しませんよ。
普通の人は(文科省もそうですが)、仲間はずれ、無視、罵声等で「いじめ」と呼称される現象をいじめられた側の被害妄想とは設定しないでしょうしね。
尚、仲間はずれ、無視、罵声等の暴力を伴わない「いじめ」(というレッテルを貼られた現象)の場合、
「いじめられた側」に責任が存在し、救うべき対象は「いじめられた側」になりますから、ver.0711の其の十や其の零が通じなくなります。
被害妄想を起すのは「虐められる側にも原因がある」 からと言えますし、助ける対象は「虐められる側(被害妄想を行ってる側)」が適当ですから。
あと……気になったのですが。
観念さんは「いじめ」という現象そのものが存在してるなんて思っていませんよね?
「いじめ」というのは「悪」というレッテルと同じで、現象そのもののが持っている属性ではありません。
「いじめ」とレッテルが貼られて、「いじめと呼ばれる現象」となるのです。
現象はただの現象に過ぎません。レッテルを貼られる前に「いじめという現象」は起きません。
ただ、意味の与えられていない「現象」が存在するだけです。
この基本は把握していますよね?
>足?そんなこと書いてたっけ
やっぱり人のレスを読まない傾向がありますねー(笑
>>509をちゃんと読んで下さい。書いてありますよ?
思考実験なので、破砕箇所が酷く既に手の施しようの無い傷、モルヒネ等は無いという設定でよろしくお願いします。
冷たい方程式・カルネアデスの板な状況ではどうするか、という話ですから。
ついでに聞いておくかな。観念さんが定義する「愛のある人」はそんな状況下で、どう行動するのです?
>>616 >その行動の裏に愛があるか否かは他者の心を忖度しなければ解りませんよ。これは基本です。
なこたわかっとる
愛があれば選択しない行動があると何度も言ってるだろが
>もう何度も説明していますよ?
どこどこ?
>相手のために良かれと願い、相手の苦しみがなくなるよう配慮する心は愛とレッテルを貼ることは可能ですよ。
良かれと思うのは勝手だがそれで殺すのが愛なのかな?
いつくしんだり願ったりの心は勝手で結構だが、殺すことはいつくしんだり願ったりの自分の欲求を満たす行為ではないのかね
死にたい殺してくれと願う自由を奪うのが愛かな?死ねば、死にたい殺してくれと願うこともできなでしょ
>安楽死のケースは患者への愛。地雷のケースは苦しんでいる人への愛等等。
だからどんな愛だと聞いているんだがな
ただ愛ですむのなら何でもかんでも愛で終了だろ
少しは考えろよ
>あこがれさんの定義する愛とは何ですか?
愛は愛だろ。しならない奴ほど聞いてくる
>どんな行動が「愛がある」行為なのでせう?あこがれさんの脳内定義で決め付けている「愛」ならば、確かにこちらには解りません。
どのような局面においても相手の自由を認めること。どのような局面でも相手を許すこと(まあ愛があれば許さなければならないlことすらないのだがな)
例えば、最愛の人を殺されても犯人の犯行に至った事情を思いやり許すとか憎まないとかだな
他にもいろいろあるがお前程度ならニュースを見て犯人に怒りを感じ独り言をブツンブツ言ってるだろうからこれが丁度良かろう
>例えば、池田大作氏提唱の愛とかだったら、確かに理解不可です。
そんなもん知らん。愛がないからそんなもん理解しようとするのだろうな
それでも理解不能なんてことはないぞ。愛か愛じゃないかはわかるだろうな
>例えば、冷たい方程式な状況に於かれた時、あこがれさん定義の「愛がある人」はどのような行動を起しますか?
相手の自由を尊重するだろうね
>>617 お前は本当のバカだな
まあいいヒントをやろう
原因
>>618 ふ〜ん
と言うことは、俺のレスを読んで勝手に俺の考えを決め付けてるわけだな
お前にはわからないだろうがあれは俺の愛だよ
もうひとつヒントをやる
不安があれば愛はない
>619他の人には通用しませんよ。
同じ定義の他人には通用するじゃん
>をいじめられた側の被害妄想とは設定しないでしょうしね。
設定しなくても>401>423は通用するじゃん
>「いじめられた側」に責任が存在し
何の責任が?「いじめというレッテルを貼られた現象)」の責任は皆無だよ
「レッテルを貼った責任」は本人にあるけど
>被害妄想を起すのは「虐められる側にも原因がある」
何の原因が?虐めの元仁は皆無だよ
「被害妄想の原因」は本人にあるけど
>「いじめ」とレッテルが貼られて、「いじめと呼ばれる現象」となるのです
よーく冷静に考えてみよう
時系列的に「現象が起きて」其の後に「レッテルが貼られる」んだよ
だろ?お前はそれが逆になっちゃってる
> >509をちゃんと読んで下さい。書いてありますよ?
ああホントだwなんかむやみに長いから読み飛ばしてたみたい。ごめんね
>という設定でよろしくお願いします。
俺の>423>401も、「極端な条件下ではない」という設定でよろしくお願いします
>カルネアデスの板な状況ではどうするか、という話ですから。
そんな状況になったらその時考えればいいんじゃない?
そんな状況下、一生に一度あるかないか分からんでしょ
大事なのは一生に何度もあるような状況下でどうするか、ということ。そのための>401です
>観念さんが定義する「愛のある人」はそんな状況下で、どう行動するのです?
取り敢えず傷口を紐で縛ってやっぱりモルヒネを探すかもね
え?モルヒネない条件?厳しいなぁ
じゃ火を起こして鉄棒を焼いて傷口を消毒する。本人には地獄だろうが「許せ」と言って押さえつけて焼く
もし激痛の余り失神したら、少なくともその間痛みを感じないで済むしね
俺だったら、殺してくれ、と言われて殺せるのはせいぜい見ず知らずの赤の他人の場合だろうな
家族や親友だったら躊躇する。この違いはやっぱ「愛がある」からかなぁ
>元仁は
原因は
殺してくれなどと喋れるうちはたいした痛みではなかろうな
プルコギはドラマの見過ぎだろう
俺の経験ではものすごい痛みの時は失神するぞ
それでも殺してくれなどとは考えない
「みとれ動けるようになったらどいつもこいつもぶっ殺してやるからのぉ」とうわ言を言ってたそうだ
つうか死にたかったら自殺するだろうしな
誰かに殺してもらわないと死ねない程度の「死にたい」ならただの口癖だろ
626 :
観念は具現化する ◆lzd3O46lcA :2007/12/20(木) 20:18:37 0
どっちにしろ足吹っ飛んだくらいでは死には至らない
その程度の衝撃(命までは取らない)で終わるように地雷自体が最初から作られてる
> 誰かに殺してもらわないと死ねない程度の「死にたい」ならただの口癖だろ
たけしの漫才みたいだw
不謹慎にもワロタw
お!ゼンマイザムライ笑いをもたらし今日も善を施したり
死にたいのなら「死ぬ」と強く念じて勝手に死ぬと思うよ
それにわざわざ殺さなくとも生き物はいつか死ぬしね
いやいやいやいやいやいやいやいや
どったの?どったの?
もしかしてまた規制なの?
運がないつうか日頃の行いが悪いつうか2ちゃんに向いてないのかもよ
悪い癖を治さないから撥が当たるんだよ
そんなこっちゃいつまでたっても俺様のように善を施すことはできないだろうな
これまでのことではっきりしたことは
猪頭プルコギは例の出し方が下手だな
わかってない奴の特徴でもあるがな
あと愛と虐めを知らない
ヨガみたい
,..-‐ ´ ̄ ''ー-.__
/:::::::::::::::::::::::::::::::::::::>⌒ヽ
/::::::::::::::::::::::::::::::::::!:/ 弋__ノ
./::::::::::::::::::::::::::::::::::::::l
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ヽ
ゝ________ノ
! ∠.._;'____\ |
,!イ く二>,.、 <二>`\.、ヽ.
/'´レ--‐'ノ. `ー---- 、 |\ ヽ、
\ `l (!" Jfヽ! `''-;ゝ
`‐、jヽ ヾニニ> ゙イ" }_,,. ‐''´ さてもうすぐクリスマスだが
`´\ ー / ,ィ_}
. |_ `ー ''´ _」'
_,.| ~||「  ̄ 人|、._
,r==;"´ ヽ ミ|||彡 / ` ー`==、-、
. ///,イ ___ ヽ|||_,,. ‐''´___ | | | |ヽ
ずれてるな・・・^^;
>>620 あこがれさん
>愛があれば選択しない行動があると何度も言ってるだろが
だから『その行動の裏に愛があるか否かは他者の心を忖度しなければ解りませんよ』と。
人の心が忖度出来ない以上、○○という行動だけは愛という感情が無いと決め付けることは出来ないのです。
>良かれと思うのは勝手だがそれで殺すのが愛なのかな?
愛であることも、あるでしょうね。
もしかして、殺すというのを、絶対悪か何かだと思っています?
「殺す」というのは人が選択可能な単なる一現象。死は世に在る変化の一つに過ぎませんよ。
>死にたい殺してくれと願う自由を奪うのが愛かな?
人が行動を選択するということは、他の選択の自由を奪うということです。別に生死の問題に限りません。
「(ア)相手をいつくしむ心。相手のために良かれと願う心」によって、人の生命活動を停止させることは勿論在り得ますね。
>愛は愛だろ。しならない奴ほど聞いてくる
おお、見事なトートロジー(笑)
>そんなもん知らん。愛がないからそんなもん理解しようとするのだろうな
あらら、では「あこがれさんの提唱の愛」とやらも、池田氏と同じよーなモノかもしれませんね。
>相手の自由を尊重するだろうね
ふむふむ。
では、相手が自分を殺してくれと頼んで来たらどうするんです?
冷たい方程式な状況で全滅を選んだら、諾々と従うんですか?
「相手」が複数だった場合、どの相手の自由を尊重するんです?
634 :
考える名無しさん:2007/12/21(金) 21:58:36 0
>>621 あこがれさん
>まあいいヒントをやろう
こちらが提示したソースを否定可能な根拠(ソース)提示は無し、と^^
ウィキペディアも記者も「リング禍」を「事故」としていることは一目瞭然ですしね。
>と言うことは、俺のレスを読んで勝手に俺の考えを決め付けてるわけだな
あらら?
レスは、自身の「考え」の表明では無かったんですか?
普通に日本語を読むと
>>590は、他者の心や行動の裏を忖度して決め付けている文言なのですが……?
でも、根拠が無い上に違っているので、「妄想」と呼ばれる類のモノですよね?違いましたか?
>>622 観念さん
>同じ定義の他人には通用するじゃん
……ええと。それは仲間外れ、無視、罵声等の暴力以外の文科省では「いじめ」と分類されるモノを、
受け手の「被害妄想」と定義している人には通用するということでしょうか?
>何の原因が?虐めの元仁は皆無だよ
物理的な被害が無い以上、「いじめ」か否かを決定するのは「いじめられたと主張する側」の主観になります。
被害妄想で自分を傷つけたのなら、その「いじめ」を発生させたのはいじめられた側の妄想でしょう?
いじめられた側が、自分を傷つける行為(精神的に自分が傷つくこと)を「選択した」のですから。その選択により「いじめ」が発生したのです。
(いじめの発生原因は「レッテルを貼ること」なので)
>時系列的に「現象が起きて」其の後に「レッテルが貼られる」んだよ
はい。で、その「現象」はただの「現象」に過ぎません。「○○と呼ばれる現象」はレッテル後に遡って認識されるもの。
現象そのものが「○○」という性質を元々から持ち合わせている訳では無いのは解りますよね?
>そんな状況になったらその時考えればいいんじゃない?
と、言いつつ『観念さんが定義する「愛のある人」はそんな状況下で、どう行動するのです?』には答える処が、やっぱり面白い人ですねい(笑)
地雷で脚を吹っ飛ばされて死にかけるのも、『そんな状況下、一生に一度あるかないか分からんでしょ 』と。
その時考えた結果、人を殺すことを選択した場合(というか、冷たい方程式は絶対に誰かが誰かの行動のせいで死にます)、
「愛が無い」と決め付けてしまうのでしょうか?
>家族や親友だったら躊躇する。この違いはやっぱ「愛がある」からかなぁ
逆に、家族や親友だからこそ「安らかに」という考え方もありますよ。
人の価値観は様々で、「愛がある」からこそ選択する行動も多種多様。
安楽死に関しては、『苦しむ姿を見るのが苦しいから殺すのでしょうな自分が楽になりたいんだろう 』(byあこがれさん)という意見もありましたが、
鏡に映してみれば、死を望まないのも『死ぬ姿を見るのが苦しいから放置するのでしょうな、決断して自分の手を汚したくなりたいんだろう』と言い換えられます。
>>626 >どっちにしろ足吹っ飛んだくらいでは死には至らない
一応、突っ込んでおきますが。
足には太い動脈が存在します。銃弾が脚を貫通しただけで亡くなる人もいますよ?(直ぐに救急車の来る日本で)。
即死することは少ない。適切な処置を受ければ必ず死亡する訳では無い。というのは「死に至らない」と同義ではありませんよ?
小型の対人地雷による足部損傷でも、吹き飛ぶくらいのダメージを受けた場合、外傷性ショック、出血多量で死に至る例は多いです。
>>633 >だから『その行動の裏に愛があるか否かは他者の心を忖度しなければ解りませんよ』と。
愛があれば選択しない行動をする者に愛があるはずないだろ
>人の心が忖度出来ない以上、○○という行動だけは愛という感情が無いと決め付けることは出来ないのです。
愛があれば選択しない行動があると何度も言ってるだろが
>愛であることも、あるでしょうね。
だからどんな愛なんだと聞いているんだよ
お前は話しを進める気がないのか?
>もしかして、殺すというのを、絶対悪か何かだと思っています?
善悪など関係ないだろが
>「殺す」というのは人が選択可能な単なる一現象。死は世に在る変化の一つに過ぎませんよ。
だからそれが愛とどう関係あるのかを説明できなければお前の妄想に過ぎないのだよ
>人が行動を選択するということは、他の選択の自由を奪うということです。別に生死の問題に限りません。
愛があれば相手に自由を認めるだろ
>「(ア)相手をいつくしむ心。相手のために良かれと願う心」によって、人の生命活動を停止させることは勿論在り得ますね。
いいかげん妄想から抜け出たらどうだ
相手をいつくしんだり良かれと願えば相手の自由を認めるでしょ
自分の我侭の為に相手の自由を奪うのが愛なのかな?
>おお、見事なトートロジー(笑)
愛を知らないってことでいいのだな
>あらら、では「あこがれさんの提唱の愛」とやらも、池田氏と同じよーなモノかもしれませんね。
違うかもしれんしな
>では、相手が自分を殺してくれと頼んで来たらどうするんです?
殺してくれと頼む自由を尊重すればよろしい
>冷たい方程式な状況で全滅を選んだら、諾々と従うんですか?
だれが従うなどと言った。相手の自由を尊重すればよろしい
>「相手」が複数だった場合、どの相手の自由を尊重するんです?
すべての人だよ
誰かならとか、結果がどうとかの条件付なら愛ではないよ
>>634 やっぱバカだな。またヒントやるよ。少しは考えようとしろ
試合中に証明が落ちてきて怪我するのはリング過かな?
>普通に日本語を読むと
>>590は、他者の心や行動の裏を忖度して決め付けている文言なのですが……?
お前の普通がおかしいのか、愛を知らないのかどっちかだろうな
>でも、根拠が無い上に違っているので、「妄想」と呼ばれる類のモノですよね?違いましたか?
どこにそんなもんの根拠があろうか。普通考えればわかるよな
証明→照明
>>638 もいいっちょ訂正
愛があれば相手に自由を認めるだろ
↓
愛があれば相手の自由を認めるだろ
こまかい奴だからちゃんと訂正しとかないとな
ありゃりゃまただ・・・
訂正
>>641 もいいっちょ訂正
↓
もういっちょ訂正
これだけやってりゃ大丈夫だろ
>635受け手の「被害妄想」と定義している人には通用するということでしょうか?
いいえ全然違います。>401が、文科省定義でも通用する、ということです
>物理的な被害が無い以上、「いじめ」か否かを決定するのは「いじめられたと主張する側」の主観になります。
なりません
>その「いじめ」を発生させたのはいじめられた側の妄想でしょう?
妄想が、いじめと「定義づけ」をしたのです。「発生させた」のではありません
ここまでで納得できたなら言って。今んとここれ以上読む気しないから
この思想が日本に広く浸透したらどうなると思いますか?
今よりはずっと平和になるだろうね
日本では思想なんてものは浸透しません
>>646 そう思っている人が多いからその観念が具現化してるんでつね。
御手洗潔を見ているようだ。
649 :
考える名無しさん:2007/12/25(火) 21:32:30 0
>>647 その言い回しは、もしかしてダルマ氏では?
650 :
考える名無しさん:2007/12/26(水) 13:12:03 0
ウジムシ共死ね
>>650 そう思っている人が多いからその観念が具現化してるんでつね。
多いかろうが少なかろうが観念は具現化する
死ねと思えば観念が具現化して自分を殺そうとする
653 :
考える名無しさん:2007/12/27(木) 16:59:57 0
>>649ダルマって、ハンディ板で知障に敬われて勘違いして調子に乗ってるバカでつか?
シーズン6でもアキオ君登場してるが
あれほどの機関があんな物使うとは思えないのだが
どう思う?
そうかアキオ君知らないか
なんのシーズン6?
ジャックバウワウ
続き
其の5「弱いから虐められる。強くなればいい」「この世は弱肉強食」
其の3と同じで、論点のすり替えである。方法論としては必ずしも間違いではないが、これによって「虐めの原因」が無くなる訳ではない
なお弱肉強食は生物界の一側面に過ぎず、共生など異生物間ですら相互扶助している例は幾らでもある。また虐めは、免疫の無い弱者が己の存在を脅かす相容れない存在を排除する行為、即ち「弱者である事の自己アピール」であり、決して強い証拠ではない
其の6「周囲に不快感を与えたのだから虐められても仕方がない」
感情に自己責任が取れない者の自己正当化である。不快感の原因はそれを感じる各人の固定観念であり自業自得。他人のせいにするのは筋違いである(虐められた不快感も同様。>1-3参照)
其の7「虐めは本能」
本能とは呼吸・睡眠・摂食のように「生命維持に欠かせない行動」をいう。虐めてないと死ぬという人はいないので本能ではない。この理屈は、自己制御がままならない者による「私は脳が未発達です」という告白に過ぎない
其の8「虐めは無くならない」
いつの時代も成長途中の人間は存在するが、天然痘などの病原菌と同じで正しい無くし方を施せば確実に無くなる。無くならないと主張する者が「無くし方を知らない」というだけである
また多くの名も無き人々の不断の努力により人知れず無くなって(解決して)いる事例は幾らでもある。大きく報道されることだけが全てではない
其の9「虐めをしたら厳罰に処すればよい」
飲酒運転と同じで、安易な厳罰化や一時的な対処は問題の陰湿化・冗長化を招くだけである。虐めは脳が未成熟な証拠。何らかのストレスが背景にある事も多いので、非難や制裁以前に監察や教育を施すべきである
其の10「虐められる側を助けるべき」
緊急時はさておき、真に救うべきは”愛に飢えた”虐める側である。被害者を救う必要はない。加害者側を救えば被害者は自動的に救われる。それを無視して被害者のみを救おうとするのは自己満足に他ならない
以上を読んでも尚「虐められる側にも原因が」と主張する人は、己の非(愛の欠如)を認めたくないか感情に自己責任が取れてないか、さもなくば読解力がないのである
虐めに関するよくある勘違いと正しい見方 ver.0801
其の1「虐められる側にも原因がある」
"原因の追究"を途中で止めた結果陥る、典型的な錯誤である。理由が何であれ、数ある選択肢の中からその行為を選択しているのは行為者自身。行為者が虐め以外の選択さえすれば、虐めは起こり得ない
被行為者に自身の行為の原因を求めるのは行為者の甘え・責任転嫁でしかない。これは虐待、差別、嫌がらせ、暴行の他、思考、解釈、期待、信頼、妄想なども同じである
この錯誤を主張する者は大概、「虐めの原因」と「虐め発生以前に起きた他の事柄の原因」を混同しているか、さもなくば原因(客観)と理由(主観)の区別が付いてない
また、加害者に上手く対処できない無能な教師が教育責任を放棄する際の逃げ口上としても、しばしば使われる
虐めの真の原因は唯一、虐める側の慈愛心(包容力、想像力、表現力、忍耐、思いやり)の欠如に帰着する。つまり100%「行為者の心(の狭さ)」に原因がある。第三者は行為者の言い訳を鵜呑みにしてはならない
其の2「学校を何度変わっても虐められる。これは虐められる側に原因がある証拠だ」
この場合、本当の原因は「どの学校にも多様な個性を受け入れられず、自己表現力に乏しい未熟者がいる事」である。安易に「多数派は正しい」という誤謬を盲信してはならない
其の3「虐められる側が変わったら虐めが止んだ。これは虐められる側に原因があった証拠だ」
この場合、本当の原因は「虐める側に虐めたくなる理由がなくなったこと」である。幾ら被害者側が変わったところで結局は行為者の心境が変わらなければ行為は止まない
「被行為者が(自分の思い通りに)変われば行為を止める」というのはテロリストが多用する責任転嫁であり、「自分が反省せずに済むための口実」でしかない
類似した勘違いに「祈ったら病気が治った→祈ったことが治った原因」等がある。目に見える事象のみで物事の因果は測れない
其の4「虐めは人格に問題がある者を矯正する手段」
人格矯正に必要なのは広く豊かな経験や知識であって虐めではない。寧ろ却って人間不信・社会憎悪を増しかねず逆効果である。この場合、矯正すべきは「虐め以外の手段を知らない者の浅はかさ」である(躾と称した虐待や体罰も同じ)
続きは >658
660 :
考える名無しさん:2007/12/31(月) 17:11:18 0
661 :
考える名無しさん:2007/12/31(月) 21:57:19 0
このスレキメエww
そう思っている人が多いからその観念が具現化してるんでつね。
663 :
考える名無しさん:2007/12/31(月) 23:55:42 0
観念が具現化wwwwwwww
あなたの精神も具現化して顔が細木数子wwwwwwwwww
あけおめげきよろ〜
666 :
考える名無しさん:2008/01/04(金) 03:05:33 0
おまんこは世界を人間的表象を通して現出させる鏡
667 :
考える名無しさん:2008/01/06(日) 13:59:35 0
おもしろい思考実験ならべてよ
それからスタートしよう
>>638 あこがれさん
>愛があれば選択しない行動をする者に愛があるはずないだろ
えーと。それは典型的な論点先取りですよ。
(○○は本当に「愛があれば選択しない行動」なのか?という話をしているのに、引用部のように返しては話にならないでしょう?
引用部自体、トートロジーに陥っていることも理解されていますよね?)
無理に決め付け、論点先取り、トートロジーを繰り返すのは、
特定の行動を「悪だ」と決め付ける原理主義的な宗教者に良く見られるのですが……。
確定している「事実」は「人の心は忖度出来ない」ということです(これは合意していますよね?)
人の心が正確に忖度出来ないのであれば、該当行動に「愛がある」か否かを一括りに判断することは不可能ですよ。
>だからそれが愛とどう関係あるのかを説明できなければお前の妄想に過ぎないのだよ
???
愛とは直接関係ありませんよ。なので殺人行為にも愛があったり無かったりする訳です。
何か否定的な関係があれば、殺人行為には愛が全く存在しないこともあるのでしょうが。
>相手をいつくしんだり良かれと願えば相手の自由を認めるでしょ
相手が死ぬという自由も認められるでしょう?
>愛を知らないってことでいいのだな
何度も言いますが。トートロジーで返されると話にならない、というのは……ご存知ですよね?
A「まず、あなたの言う神とは何ですか?」
B「神とは神だ」
A「それは、ただのトートロジーですが……?」
B「神を知らないってことでいいのだな」
コレと同じです(笑
>>643 観念さん
>いいえ全然違います。>401が、文科省定義でも通用する、ということです
通用しませんよ。
受け手の精神的被害も基準に入る文科省定義では、例に出したA先生の事例もいじめとなりえてしまいますし、
また、個々の現象の性質によって「救うべき対象」も異なりますから。
それらを、十把一絡げにしてしまう『虐めに関するよくある勘違いと正しい見方』は、致命的欠陥が存在すると言えます。
>妄想が、いじめと「定義づけ」をしたのです。「発生させた」のではありません
レッテルを貼ることによって、初めて「いじめ」が発生するのです。
それ以前に発生しているのは……例えば言葉での非難等であれば「言葉を発した」という現象に過ぎません。
暴力行為であれば「殴った(殴られた)」という現象ですね。
それらは只の「現象」に過ぎず、発生した段階では「いじめ」ではありません。
>670例に出したA先生の事例もいじめとなりえてしまいますし、
それでも「いじめと解されるような行為」をしたのはA先生が原因、ということで適用できるじゃん
>レッテルを貼ることによって、初めて「いじめ」が発生するのです
「いじめと解されるような行為(暴力、暴言)」が発生してるのは、「レッテル貼り行為」の前じゃん
>レッテルを貼ることによって、初めて「いじめ」が発生するのです
いじめという認識が発生する、の間違いじゃないの?
>>671が言うレッテルを貼る以前の現象を「いじめ」ではなく現象に過ぎないというならば
世界の全ては人間の精神の働きによってのみ発生するということになる。
朝、会社へ行く夫を見送る妻の視界から夫が消えたことを、「妻の視界の内から
外へ出た」と見るのではなくて、「消滅した」と言うのと同じ。
帰宅した夫が妻の視界に「入ってきた」のではなくて、「無から有が生じた」というのと同じ。
いじめという認識が発生する事と、いじめが発生する事とは正しく区別されなければならない
↑その通り
>>668 >(○○は本当に「愛があれば選択しない行動」なのか?という話をしているのに、引用部のように返しては話にならないでしょう?
相手の心はわかりようがないから愛があるのかないのかもわからないとお前が言ったろ
他人の心はわからないよ
が、愛があれば選択しない行動があるのは愛を知っていればわかるんだよ
でもって、愛があれば選択しない行動をするのなら愛があるはずないだろと言っているんだが
まあ、お前のように条件付の愛に似たものを愛だと勘違いしている経験不足にはわかりようもないことだがな
いいんだよ。今のお前にはわからないし、お前はお前の考えが正しいと思い込んでればいい
ここで言葉を重ねてもお前は納得できないよ。それなりの体験をしないとな
>愛とは直接関係ありませんよ。なので殺人行為にも愛があったり無かったりする訳です。
殺人行為には愛はないよ。愛があれば相手の自由を奪うことはしないよ
>相手が死ぬという自由も認められるでしょう?
死ぬ自由は認めるよ。それと殺人とどんな関係があるのかな?
>コレと同じです(笑
神はいないが愛はあるだろ^^
お前が愛を知っていればわかることだよ
俺にははっきりお前が愛を知らないことがわかるんだよ
お前の心はわかりようもないし知りたくもない
だが、ここでのやり取り程度でも愛があるかないかはわかる
愛とはそんなもんだよ
>>669 >車が対象の「事故」であっても、花瓶が落ちて駐車中の車を凹ませた場合は「交通事故」で無いのと同じように。
いつから車が対象になったんだよ
車の運転行為と比較してるんだから乗ってる人が対象でしょ
お前面白すぎ
新年早々悪い癖が出てるぞw
>「リング禍」「交通事故」「医療事故」等の言葉は「事故の種類」を指定しているのですから。
その種類の違いはなんだろうね
リング過と交通事故の直接の原因を考えろよボケ
>これで、リング禍を事故では無いと言い張るのは無理がありすぎます。
どうしてリング過があって運転過がないんだよ
少しは違いを考える努力をしろよ
あっちゃんあけおめことよろ
年始早々、ハンデ板で例の人障が俺とあっちゃんを同一視する酷い妄想に嵌ってて痛々しい醜態を晒しているんだが、それが実に面白い展開になりそうなんだ
もしダルマ、っていうコテがここに来たら相手してやってね
>>677 げきよろ^^
そうかそれは楽しそうだなぁ
プルコギはちっともつまんないからダルマ探しにでも行ってみるかな
速攻わかった^^
一番上だったw
>678
げきよろの「げき」の意味が分からん。激?
>679
いやいや呼ばれたら行ってくれ。呼ばれないのに出て行くと・・・
ってもう行っちゃってたかorz
ここにアホダルマを来させたかったのに・・・まいっか
>>680 >げきよろの「げき」の意味が分からん。激?
激烈によろしくってことだよ
勝手に作ったんだがお前さんなら真似してもいいぞ^^
>ここにアホダルマを来させたかったのに・・・まいっか
来ればそれでいいが、あまりにもプルコギがつまんないから少しだけ俺にも楽しませてくれ^^
今後の展開だがモシャスとメダパニはもう使わないのか?
682 :
MORALITY ◆oMyMORALjQ :2008/01/07(月) 00:17:51 0
虐めに関するよくある勘違いと正しい見方 ver.0801
http://tmp7.2ch.net/test/read.cgi/youth/1196003060/717 其の1「虐められる原因」の追究を途中で止める理由がある選択肢から虐め以外の選択は起こり得ない
妄想なども同じである思考がない責任転嫁、被行為者、甘えでしかない錯誤を主張する者は発生以前に
起きた「他の事柄の原因」を混同していて、他人との区別が付いてない
つまり100%「行為者の心(の狭さ)」に原因がでてくるが本人は正当化で言い逃れる。
其の2「本当の未熟者がいる事は」「どの学校にも多様な個性を受け入れられず、自己表現力に乏しい」
「多数派は正しい」ということで、正当化、思い込み、思い入れ、決め付け、被害者意識からくる正当化を
容赦、鵜呑みにしてはならない。
683 :
MORALITY ◆oMyMORALjQ :2008/01/07(月) 00:24:50 0
>681勝手に作ったんだがお前さんなら真似してもいいぞ
いや・・・・遠慮しとく
>今後の展開だがモシャスとメダパニはもう使わないのか?
ハンデ板で互いを名乗ったりしたこと?ありゃもういいよ。メンドイ
>>684 >いや・・・・遠慮しとく
俺との仲で遠慮なんてすんなよ
遠慮なく使ってくれていいぞ
>ハンデ板で互いを名乗ったりしたこと?ありゃもういいよ。メンドイ
自爆行為だったか・・・
いや「今年」がどっかで入らないとやっぱ年始の挨拶じゃないよなそんな希ガス
つかあっちゃんがハンデ板に顔出したらアホダルマがぴったり出なくなったんだが・・
あー>677で余計なこと言わなきゃよかったorz
まいっか
あのアホが実際に「依頼するかどうか」で判断できるし
正式には「あけおめげきよろ」なんだよ^^
ダルマが出ないのは俺とダルマが同一だからかもなW
いや。
あ け
オ メ こ
と よ ろ
だよ。
思考がすべてを引き寄せる
しかし昨夜は無駄な時間を過ごしたよ
あんなことで楽しめるからバカは得だな
無駄な時間?
あっちゃんらしくもない発言だな〜
「必要」だったんだろ?だから体験した
>>691 バカを相手にすると無駄な時間を過ごすことになることを知るための体験だったのだろう
>>692 プルコギ?
ああ、あの腰抜けね。なに、あいつまだ生きてたの?
まあもうあいつはいいよ。逃げ腰な奴相手はつまんないからね
>>694 ダルマに騙まし討ちにあったさ
来てくれ来てくれと地面に頭をl擦り付けて頼んでくるから仕方なく指定のスレに行ったんだけど
ダルマと御棺のバカコンビが待ってて、ちっともつまんない漫才を始めたんだよ
勝手に二入で盛り上がって俺が行く必要なんてなかったようで時間の無駄になることを知る体験をさせてもらったよ
どうも2ちゃんをチャットと間違っているようでいやはやなんとも下らない体験でした
つうか知らないほうがいいよバカが伝染るから
ああ・・あのバカ御館か
しまった!また無駄な時間を過ごしたぜ
↑同じ過ちを繰り返す馬鹿w
という観念の具現化
700 :
考える名無しさん:2008/01/13(日) 22:53:24 O
みっともない人間の見本
701 :
3流大学応援団員:2008/01/14(月) 20:39:43 0
押忍!!
>みっともない人間の見本
本当にみっともないですよね。いい加減辞めればいいのに。
なあ観念ちゃんよ
あそこでは名無し同士がお互いお前さんと間違えて言い争っているぞ
俺から見るとまた間違ってるなぁ・・・程度だが、本人たちは真剣なのだろうなw
なんか情けなるつうかこんなことでいいのだろうか
いいんでない?成長の過程は人それぞれだし。「必要」なんでしょ
704 :
観念=あこがれ:2008/01/15(火) 20:42:12 0
705 :
観念=あこがれ:2008/01/15(火) 20:44:43 0
観念さんは、あこがれ以外にも2つ自演キャラを持っているようです。
観念さん、お前が成長した方がいいと思いますよ。wwwwwwwww
>>703 それはそうなんだがあんなにも沢山いるからちょっと驚き
必然的に人障が集まるから密度が高く感じるだけだよ
そうか。つうことはあそこは人障ホイホイってことだな
他板のコピペから来ました
>401をみて良いこと言うなぁと感心しました
ただその後あこがれっていう論破されてるにもかかわらず水掛けをしてくる
コテハンに便乗したり馴れ合ってるのをみて少し残念でした
馴れ合い方も気持ち悪いですしね
けどいじめに関する考えは素晴らしいと思うし参考にしたいと思います
最後にこんな気持ち悪い板には二度と来ません
ということは401を理解していないということになるな
残念
>401をみて良いこと言うなぁと感心しました
ほう。今頃。こりゃ不自然なタイミングだねぇ。最新版は>659なのに
>ただその後あこがれっていう論破されてるにもかかわらず水掛けをしてくる
論破されてるにも関わらず水掛け論、というのは俺の相手してたバカにこそ言えるでしょ
あっちゃんは単に「論点ずらし」でのらりくらりしてただけでしょ?全部は読んでないけど
>馴れ合い方も気持ち悪いですしね
俺達ホモダチだからね
>けどいじめに関する考えは素晴らしいと思うし参考にしたいと思います
どうもありがとう
>最後にこんな気持ち悪い板には二度と来ません
さようなら、プルコギさん
ん?プルコギかw
勝ち負けなどないのに負け惜しみか
気の毒な猪頭プルコギ
まあ奴にはここは30年早いな
30年も経てばこのスレなかろうから二度と来ないのは正解だな
713 :
ダルマ:2008/01/26(土) 13:32:30 0
ゲングー、お前のやってることは負け犬の遠吠え。ニラニラ
715 :
考える名無しさん:2008/01/27(日) 13:55:16 0
1さんのレスを読んで、凄いな・・・と思いました。
そこで質問なんですが
>>276の境地に達するために実践したり努力した事ってありますか?
普段から
>>1-3を意識したりしてらっしゃったんでしょうか?
716 :
観念は具現化する ◆3PwDX5T6IA :2008/01/27(日) 16:03:38 0
>713
おんやアホダル
見掛けないと思ったら何こんなトコでぶーたれてんの
>715
実践したり努力・・・・努力って嫌いなんだよね
学生時代にめっさ本を読みまくったが、努力というより知識に飢えていたからか、知らないことを知るのが楽しかった
普段から1-3を意識・・
当初はイライラした時に、「原因はどの価値観だ?」と考えるようにはしてた
例えばブラウン管に嫌いなタレントが写ったりしたときは、内省するチャンスだったね
>>716 レスありがとうです。
努力ではなく、好きで本を読んでいた結果なんですね〜。
「内省」って良いですね。
>>276こうなりたいと思ったら、まずは自分の感情に気付くのが大事なのかもしれませんね。
ありがとうございました。
718 :
考える名無しさん:2008/01/27(日) 18:03:35 0
気付くのが大事、そう
とても大事だね。気付いてない人(無意識的に感情に身を任せてる人)が多いから
111 :灯持ち童 ◆ixst/7hh6s :2008/01/27(日) 20:08:37 0
隣の子が泣いたら僕も泣いた。
我々は赤ん坊の頃他者の感覚をも感覚していたのです。
これこそが他我の起源であるのです。
112 :灯持ち童 ◆ixst/7hh6s :2008/01/27(日) 20:12:20 0
発達心理学によって証明済みの事実であるのです。
倖田DISってるやつは内省してみるべきだな。
721 :
観念は具現化する ◆3PwDX5T6IA :2008/02/04(月) 22:08:21 0
こうだディス?
幸田クミの羊水腐るの発言かいな
あれで腹立ててるやつぁ、内省すべきだな確かに
それとAK、暇ならさ
虐めに関するよくある勘違いの文面の中で、ここは分かり難いとかあったら教えて
ないな
普通に読めば理解できる筈だよ
読ませるために何か付加価値を付けるといいかもな
読み進めばエロ画像が見れるとか
んーなるほでょ。エロ画像ね。ナイスアイデア。・・・て違うって
安の秘蔵お宝画像を出すときが来たな
続き
其の5「弱いから虐められる。強くなればいい」「この世は弱肉強食」
典型的な論点のすり替えである。方法論としては必ずしも間違いではないが、これによって「虐めの原因」が無くなる訳ではない
弱肉強食は生物界の一側面に過ぎず、共生など異生物間ですら相互扶助している例は幾らでもある。虐めは、免疫力の低い弱者が己の存在を脅かす存在を排除する行為即ち自己防御であり、「弱者の証明」に他ならない
其の6「周囲に不快感を与えたのだから虐められても仕方がない」
不快感の原因はそれを感じる各人の固定観念であり自業自得。他人のせいにするのは筋違いである(虐められた不快感も同様。>1-3参照)
其の7「虐めは本能」
本能とは呼吸・睡眠・摂食のように「生命維持に欠かせない行動」をいう。「絶えず誰かを虐めてないと死ぬ」という人はいないので本能ではない。この理屈は、自己制御ができない未熟者による「私は脳が未発達」という告白に過ぎない
其の8「虐めは無くならない」
主張者が「無くし方を知らない」というだけである。確かにいつの時代も成長途中の人間は存在するが、天然痘などの病原菌と同じで「理に適った正しい無くし方」を施せば確実に無くなる
また多くの名も無き人々の不断の努力により人知れず無くなって(解決して)いる事例は幾らでもある。大きく報道されることだけが全てではない
其の9「虐めをしたら厳罰に処すればよい」
飲酒運転と同じで、安易な厳罰化や一時的な対処は問題の陰湿化・冗長化を招くだけである。虐めは脳が未成熟な証拠。日頃のストレスが背景にある事も多いので、非難や制裁以前に監察や教育を施すべきである
其の10「虐められる側を助けるべき」
緊急時はさておき、真に救うべきは”愛に飢えた”虐める側である。加害者側を救えば被害者は自動的に救われる。被害者のみを救おうとするのは自己満足に過ぎない
以上を読んでも尚「虐められる側にも原因が」と主張する人は、己の非(愛の欠如)を認めた
虐めに関するよくある勘違いと正しい見方 ver.0802
其の1「虐められる側にも原因がある」
"原因の追究"を途中で止めた時にしばしば陥る、典型的な錯誤である。理由が何であれ、数ある選択肢の中からその行為を選択しているのは行為者自身。行為者が虐め以外の選択さえすれば、虐めは起こり得ない
被行為者に己の選択の原因を求めるのは行為者の甘え・責任転嫁でしかない。これは虐待、差別、嫌がらせ、暴行の他、思考レベル(解釈、期待、信頼、妄想等)でも同じである
虐めの原因は唯一、虐める側の慈愛心(包容力、想像力、表現力、忍耐、思いやり)の欠如に帰着する。つまり100%「行為者の心(の狭さ)」に原因がある
この錯誤に陥る者の殆どが、「虐めの原因」と「虐め発生以前に起きた他の事柄の原因」を混同しているか、さもなくば原因(客観)と理由(主観)の区別が付いてない
第三者は行為者の言い訳を鵜呑みにしてはならない。加害者に上手く対処できない無能な教師が教育責任を放棄する際の逃げ口上としても、しばしば使われる
其の2「学校を何度変わっても虐められる。これは虐められる側に原因がある証拠だ」
この場合、本当の原因は「どの学校にも、多様な個性を受け入れられない、自己表現力に乏しい未熟者がいる事」である。「多数派は正しい」という安直な誤謬を盲信してはならない
其の3「虐められる側が変わったら虐めが止んだ。これは虐められる側に原因があった証拠だ」
この場合、本当の原因は「虐める側に虐める理由・口実がなくなったこと」である。表面的な現象のみでは物事の因果は測れない。これに似た錯誤に「祈ったら病気が治った。治ったのは祈ったことが原因だ」がある
其の4「虐めは人格に問題がある者を矯正する手段」
人格矯正に必要なのは広く豊かな経験や知識であり、虐めは却って人間不信・社会憎悪を増しかねず逆効果である。この場合、矯正すべきは「虐め以外の手段を知らない者の短絡さ・浅はかさ」である(躾と称した虐待や体罰も同じ)
続きは
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1186284398/726
順番間違ったのかw
いやいや。前半の最後の数字を確定させるためだよ
わかった
よくわからんがそうなんだな
弓道をやらされてたことがあってな、そりゃもうヘタクソだった
吟詠も教わったがこっちのほうは一番うまかった
いつも先生に誉められていたよ
つかAK渋過ぎ
九月十日 菅原道真
去年の今夜清涼に待す
秋思の詩編独断腸
恩賜の御衣今此に在り
捧持して毎日余香を拝す
りが抜けてたな
相互リンクw
観念さんに質問です。相談というか…。
自分女性なので生理があります。
生理になると訳もなくイライラするのですが、そのイライラ感は直接観念が作用した物なのでしょうか?
それとも論外なのでしょうか?
自分なりにイライラの原因となっている観念を模索してみたのですが見つけることができませんでした…。
もしかしたら「生理だからイライラする」といった観念が原因かなぁとも思うのですが、
幼い頃「生理になるとイライラする」ということを知らなくてもイライラしてた記憶があるので…うーんみたいな。
観念さん、貴方は俺にとってもうアイドルです(笑)
是非逢ってお話したい。
観念は具現化する・・・?
何を指して観念?
日常の雑念も含めて観念?あるいは祈りなど特別な心のアクション?
具現化とはそれがどのように変化すること?
あげ
>737 それとも論外なのでしょうか?
遅レスごめん
基本的に論外。体の仕組みから来てるからね
だけどそのイライラを増幅させてる何かがあるとすれば、その増幅部分は、観念がきっとあるはずだよ
> もしかしたら「生理だからイライラする」といった観念が原因かなぁとも思うのですが、
ある種の暗示で、あり得なくはない
> 幼い頃「生理になるとイライラする」ということを知らなくてもイライラしてた記憶があるので
それはいつ頃の話?
> 何を指して観念?
1に書いてある
> 日常の雑念も含めて観念?あるいは祈りなど特別な心のアクション
雑念は観念が具現化した結果現れるものだよ
祈りも観念が原因の結果
> 具現化とはそれがどのように変化すること?
思考も観念の具現化のうち。勿論、外界に働きかける肉体の動きも、変化のうち
要するに観念という神が存在すると言うことかな?
観念という宗教なのかな?
神はどう考えても違うだろう。
じゃあニーチェ風に解釈で
続き
その4「虐めは人格に問題がある者を矯正する手段」
人格矯正に必要なのは広く豊かな経験や知識であり、虐めは却って人間不信・社会憎悪を増しかねず逆効果である。この場合、矯正すべきは「虐め以外の手段を知らない者の短絡さ・浅はかさ」である(躾と称した虐待や体罰も同じ)
その5「弱いから虐められる。強くなればいい」「この世は弱肉強食」
典型的な論点のすり替えである。方法論としては必ずしも間違いではないが、これによって「虐めの原因」が無くなる訳ではない
なお弱肉強食は生物界の一側面に過ぎず、共生など異生物間でさえ相互扶助している例は幾らでもある。また虐めは、免疫力の低い弱者が己を脅かす存在を排除しようとする行為即ち自己防御の現れであり、「弱者の証明」に他ならない
その6「相手に不快感を与えたのが虐められる原因だ」
不快感の原因はそれを感じる各人の固定観念であり自業自得。他人のせいにするのは筋違いである(虐められた不快感も同様。>1-3参照)
その7「虐めは本能」
本能とは呼吸・睡眠・摂食のように「生命維持に欠かせない行動」をいう。「誰かを虐めてないと死ぬ」という人はいないので本能ではない。この理屈は「私は脳が未発達」という未熟者の告白に過ぎない
その8「虐めは無くならない」
主張者が「無くし方を知らない」というだけである。確かにいつの時代も成長途中の人間は存在するが、天然痘などの病原菌と同じで「理に適った正しい無くし方」を施せば確実に無くなる
また多くの名も無き人々の不断の努力により人知れず無くなって(解決して)いる事例は幾らでもある。大きく報道されることだけが全てではない
その9「虐めをしたら厳罰に処すればよい」
飲酒運転と同じで、安易な厳罰化や一時的な対処は問題の陰湿化・冗長化を招くだけである。虐めは脳が未成熟な証拠。日頃のストレスが背景にある事も多いので、非難や制裁以前に監察や教育を施すべきである
その10「虐められる側を助けるべき」
緊急時はさておき、真に救うべきは”愛に飢えた”虐める側である。加害者側を救えば被害者は自動的に救われる。被害者のみを救おうとするのは自己満足に過ぎない
現実(外界)はそれを見る心(内界)の鏡
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1186284398/1-3
虐めに関するよくある勘違いと正しい見方 ver.0803
その1「虐められる側にも原因がある」
"原因の追究"を途中で止めた時にしばしば陥る、典型的な錯誤である。無能な教師が教育責任を放棄する際の逃げ口上としても、しばしば使われる
理由が何であれ、数ある選択肢の中からその行為を選択しているのは行為者自身。行為者が虐め以外の選択さえすれば、虐めは起こり得ない
被行為者に己の選択の原因を求めるのは行為者の甘え・責任転嫁でしかない。これは虐待、差別、嫌がらせ、暴行にも言える。思考(解釈、期待、信頼、妄想等)も同様
虐めの原因は唯一、虐める側の慈愛心(包容力、想像力、表現力、忍耐、思いやり)の欠如、即ち100%「行為者の心(の狭さ)」にある
以下は、上記を理解できない者に多い勘違い
@「虐めの原因」と「虐め前後に起きた別の事象の原因」を混同している
A「虐める理由」を「虐められる原因」にすり替えている。理由(主観)と原因(客観)の区別が付いてない
B加害者の言訳を鵜呑みにして因果を拡大解釈しているか、因果を逆さに見ている
C不快感の原因がそれを感じる者自身にあることを理解していない
D己の非(愛の欠如)に無自覚
その2「学校を何度変わっても虐められる。これは虐められる側に原因がある証拠だ」
この場合、本当の原因は「どの学校にも、多様な個性を受け入れられず自己表現の拙い未熟者がいる事」である。「多数派は正しい」という安直な誤謬を盲信してはならない
その3「虐められる側が変わったら虐めが止んだ。これは虐められる側に原因があった証拠だ」
この場合、本当の原因は「虐める側に虐める口実・動機がなくなったこと」である。表面的な現象だけで物事の真の因果は測れない。これに似た錯覚に「祈ったら病気が治った。治ったのは祈ったことが原因だ」等がある
続きは
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1186284398/746
>>741 観念さん。レスありがとうございます!参考になりました^^
中2か3年の時の保健の授業で初めて「生理になるとイライラする」と習った(知った)ので、中1くらいかなぁ。
> 中2か3年の時の保健の授業で初めて「生理になるとイライラする」と習った
おそっ
小学校で習うでそ。今時の子は早熟だから
中学で教えるのは遅い
750 :
考える名無しさん:2008/02/27(水) 01:11:02 0
彼女が生理だとセックスできないので
こっちもイライラします。
これも観念ですね。
「観念は具現化する」はなんで「いじめ」にそんなに関心があるの?
現役教師とか?昔いじめられてたとか?
俺が関心あるのは、如何に多くの人に周知するかだよ
いじめ自体には関心はない。既にあちこちでいろいろ議論され尽くしてるだろ?具体的対処法なんぞの類は
>750
観念だね。自分で処理すりゃいいじゃん
ブログにでも書いてろよ
754 :
パナ馬:2008/03/06(木) 21:42:43 0
>>1全くその通り
で、俺は固定観念で生じるドラマに時に魅力を感じ時に幻滅する
これ私の固定観念の一端。まぁみんなそうか・・・
逆に感動するときは、素直に感動するの?
それとも、感情の起伏はもうないとか?
いやもー毎日些細なことにも感動しまくりんぐ
泣いて笑ってチョ→キモチイイ
まーしかし、普通「それは観念です」って言われても
「だから何なの」で終わってしまうだろう。
一言で何でも片付く究極の言葉なんぞ存在しないし
そんなものが何の解決にもならない事は
正常な大人の人間なら誰でも知っているから。
758 :
考える名無しさん:2008/03/07(金) 12:44:00 O
何故観念による事を説明するか?
他者同一性をひどく求めるうざい輩にその理由を分からせる為ではないかな。
各種ネガティブな感情からの開放じゃないの。
760 :
考える名無しさん:2008/03/07(金) 13:43:44 0
現実(外界)はそれを見る心(内界)の鏡というのも、ひとつの鏡に映った像でしかない
いいえ解釈です
762 :
考える名無しさん:2008/03/09(日) 13:56:34 0
>常に本人の現時点の固定観念が、過去や環境を定義している
これってさ、つまり、親が癌で死んだって経験したら自分の固定観念が親を殺したってことになるのかい?w
763 :
考える名無しさん:2008/03/09(日) 13:59:30 0
いじめを経験したら、常に「観念が先で体験が後」なんだから、
いじめられたやつの観念が、いじめられるという体験を生んだってことでおk?
>>1 お化け屋敷に入って怖がるあほ。
ジェットコースターに乗って絶叫する馬鹿。
>762
ある意味その通り
固定観念が一番反映されやすいのが、生活習慣だからね
まぁ今の医学&観念では如何ともし難い遺伝の部分も大きいとは思うが
>763 いじめられたやつの観念が、いじめられるという体験を生んだってことでおk?
ある意味その通り。「いじめるという体験」を生んだのはいじめたやつの観念だけどね
>>765 逆に言えば、観念を変えれば末期癌になった親だって死なないわけか?精神論万歳だなw
>ある意味その通り。「いじめるという体験」を生んだのはいじめたやつの観念だけどね
じゃ、いじめられる経験をしないよう、いじめられっこを矯正してもいじめは無くなるじゃねーか。
いじめられるって経験が無くなるんだから。
> 観念を変えれば末期癌になった親だって死なないわけか?
観念を「苦しませずすぐ殺したい」と変えればすぐ死ぬよ
殺したくない観念が強い場合、仮死状態にはするかもね
末期癌でも治せる未来まで冷凍保存するだろうからね
少なくとも「観念を変えない状態」よりは、延命はするだろうね
観念を変えればその分、いろいろ対策を施すだろうから
> じゃ、いじめられる経験をしないよう、いじめられっこを矯正してもいじめは無くなるじゃねーか。
いじめたい経験をしたがる虐めっ子がいる限りは、「どんな何癖つけてでもいじめる」だろうから、無理だな
> いじめられるって経験が無くなるんだから。
「いじめられる」という経験が、「ちょっかい出される」などに変わるだろうね
>少なくとも「観念を変えない状態」よりは、延命はするだろうね
そりゃ、結局、観念変えても経験は大して変わらないってことじゃねーかw
>いじめたい経験をしたがる虐めっ子がいる限りは、「どんな何癖つけてでもいじめる」だろうから、無理だな
へぇー。常に「観念が先で体験が後」なのに、いじめられる人間だけは観念を変えても経験を変えられない訳か?w
>>1の言葉を借りると。
人は100%、当人が与えた定義付け通りを体験する。
「いじめは、いじめっこがいる限りなくならない」と定義していれば、正にその通りの(必ずしも思い通りにならない)体験をする
従って、いじめ体験に出会ったら「どんな固定観念がこの体験を見せているのか」「その固定観念は執着に値するのか」と考えてみると良い。
原因となっている観念を変えれば、似たような体験をしなくなる(変えなければ似たような体験を繰り返す)
お前が「いじめは、いじめっこがいる限りなくならない」と定義するから、お前が経験する世界からはいじめが無くならないんじゃね?w
いじめっ子に対してはこうも言えるんだよな?
仮に貴方が(いじめによって)誰かを怒らせたり悲しませても、
相手が自前の了見・価値基準で勝手に感じている事なので、貴方が後悔や自責の念を感じる必要は一切ない。
流れ半分ぶたぎるが、執着に値する観念上で我慢できないと思うほどの事があったとき「我慢」と「執着」を
はかりにかけると思うんですけど、この場合はどちらに転んでもツライと思うんです。
どう処理したらストレス減りますかね?
> そりゃ、結局、観念変えても経験は大して変わらないってことじゃねーかw
観念がたいして変わらないなら、経験もたいして変わらない
当たり前
> いじめられる人間だけは観念を変えても経験を変えられない訳か?w
経験自体を変えられなくても、経験から得るもの、経験の捉え方が変わるんだよ
同じ本を読んでも、10歳の時と20歳の時読んだのとでは感じ方が異なるだろ?それと同じ
> お前が「いじめは、いじめっこがいる限りなくならない」と定義するから
そんな定義はした覚えがないんだが
> いじめっ子に対してはこうも言えるんだよな?
全くその通り。精神的ないじめについてはね
>769
執着すればするほど、我慢も強くなるんじゃないの?
>>770 >観念がたいして変わらないなら、経験もたいして変わらない
じゃあ、観念が大きく変わると不老不死になったり、親が死なかったりする訳か?どんな宗教だよw
>経験自体を変えられなくても、経験から得るもの、経験の捉え方が変わるんだよ
じゃ、経験が観念を変化させるんじゃねーか。
最初の経験は、観念を変化出来ない赤ん坊の頃だろ。
>そんな定義はした覚えがないんだが
でも、お前の認識する世界からいじめが無くならないのは、お前の観念がそれを望んでるからだろ?w
>全くその通り。精神的ないじめについてはね
肉体的も同じだろw
仮に貴方が(暴力によって)誰かを怒らせたり悲しませても、
相手が自前の了見・価値基準で勝手に感じている事なので、貴方が後悔や自責の念を感じる必要は一切ない。
>経験自体を変えられなくても、経験から得るもの、経験の捉え方が変わるんだよ
原因となっている観念を変えれば、似たような体験をしなくなる(変えなければ似たような体験を繰り返す)
とか言っても、経験自体はやっぱ変えられないのか?w
>771 じゃあ、観念が大きく変わると不老不死になったり、親が死なかったりする訳か?
今それが実現可能なのは遺体を冷凍して未来に繋げる、という方法だな
宗教ではない、科学だよ
> じゃ、経験が観念を変化させるんじゃねーか。
そういう観念を持ってれば、そうなる。つまり「観念が経験を変化させる」
> お前の認識する世界からいじめが無くならないのは、
いじめは無くなってるよ。人知れず
> 肉体的も同じだろw
同じではない。>1-3読め
> 仮に貴方が(暴力によって)誰かを怒らせたり悲しませても、
怒りや悲しみに関しては、常に100%それを感じる者に原因がある
肉体的な苦痛は別だけど(観念を介さないので)
> とか言っても、経験自体はやっぱ変えられないのか?w
そう思ってれば、ね
つかお前って、文末に一々wを付けないとレスできないの?
774 :
769:2008/03/10(月) 20:16:55 0
>>770 > 執着すればするほど、我慢も強くなるんじゃないの?
我慢している事がストレスになるが、その観念への執着が強いならしょうがないって事ですかね。
例えば、
会社で後輩なんかにタメ口利かれてるとするじゃないですか。
この時点で俺の観念上(?考え方の基礎かな)は許せないわけなんです。
ナメられてる、って言うのが我慢ならない。
でも、言えないんです。
「てめえ先輩になんだ」って言えるようなら、たぶん向こうも舐めてこない。
これって言える言えないは性格じゃないですか。
それ自体を変えるって言うのはかなりの苦痛も伴うと思うんです。
これってイジメに構造が近いと思うのですが、
その時そこに存在した事が事故だと思って苦痛に耐えていくしかないんですかね。
あ、「後輩に舐められてても構わない」って思うまでは。
775 :
考える名無しさん:2008/03/10(月) 20:19:41 0
>>773 >今それが実現可能なのは遺体を冷凍して未来に繋げる、という方法だな宗教ではない、科学だよ
科学的にその方法は確立してねーじゃねーか。SFというんだよ、そりゃw
で、SFを信じ込んじまうヤツは、ヘンな宗教信じてるもんだ。似非科学持ち出すのも同じ。
>いじめは無くなってるよ。人知れず
お前が認識してる世界では無くなってないんだろ?
>同じではない。>1-3読め
同じだね。
お前が言ってるのは、殴られても罵られても、マゾなら快感という意味に変えるってレベルの話だ。
>そう思ってれば、ね
では、変わると思っていれば経験自体が変わるんだな?
んじゃ、戻るが。
お前の認識する世界からいじめが無くならないのは、お前が「いじめは無くならない」と思ってるからじゃねーのか?w
人は100%、当人が与えた定義付け通りを体験する。んだから、
お前がいじめが無くなると思っていないから、現時点でお前の認識する世界の中にいじめが存在するんだろ?
> この時点で俺の観念上(?考え方の基礎かな)は許せないわけなんです。
先輩には敬語を使うべき、という固定観念が強いんだろうね
> てめえ先輩になんだ」って言えるようなら、たぶん向こうも舐めてこない。
別の伝え方もあるじゃん。そんな喧嘩腰ではなく
> それ自体を変えるって言うのはかなりの苦痛も伴うと思うんです。
できないことをやりたがってるからそこに摩擦を感じるんだね
他のやり方は模索せんの?
> その時そこに存在した事が事故だと思って苦痛に耐えていくしかないんですかね。
自分を変えたくないのだったら、その体験をし続けるしかない
> あ、「後輩に舐められてても構わない」って思うまでは。
何故なめられてると思う?
>775 科学的にその方法は確立してねーじゃねーか。
既に確立してるが。お前が無知なだけだよ
> お前が認識してる世界では無くなってないんだろ?
無くなりつつある、という方が正しいかな
> お前が言ってるのは、殴られても罵られても、マゾなら快感という意味に変えるってレベルの話だ。
マゾならそうだな。だがそれは「観念が作用しているから」そうなる
> お前の認識する世界からいじめが無くならないのは、お前が「いじめは無くならない」と思ってるからじゃねーのか?w
というか「いじめは楽しい」と思う人が少なからずいるからね。そいつがいじめを発生させるんだよ
> 現時点でお前の認識する世界の中にいじめが存在するんだろ?
いや「無くなりつつある」と思ってるから、実際そうなってる
>>777 >既に確立してるが。お前が無知なだけだよ
お前が似非科学を信じてるだけだよw
冷凍保存してようが細胞を残していようがそっから蘇生する方法なんて確立されてねーよ。
>無くなりつつある、という方が正しいかな
そりゃ、あるってことじゃねーかw
>マゾならそうだな。だがそれは「観念が作用しているから」そうなる
肉体的な反応にも観念とやらが作用するんだな。
んじゃ、
仮に貴方が(暴力によって)誰かを怒らせたり悲しませても、
相手が自前の了見・価値基準で勝手に感じている事なので、貴方が後悔や自責の念を感じる必要は一切ない。
というのは通るじゃねえかw
>いや「無くなりつつある」と思ってるから、実際そうなってる
でも無くなってないよなー。
人は100%、当人が与えた定義付け通りを体験する。
って理屈を適用すると、お前がいじめの存在を望んでいるから、いじめは(お前の認識する世界から)無くなっていないんだろw
779 :
考える名無しさん:2008/03/10(月) 21:41:33 0
観念は具現化する って、生命活動維持したまま長期冷凍保存可能な技術を現代科学がもっているなんて信じちゃってるアイタタな人?
780 :
坂本教信者 ◆9vV3o3MEJE :2008/03/10(月) 21:43:41 0
論点はそこじゃないんじゃない?
> 冷凍保存してようが細胞を残していようがそっから蘇生する方法なんて確立されてねーよ。
ああ、「蘇生する方法」のことと勘違いしてるのw
「未来に繋げる」の意味分かる?「蘇生する」などとは一言も言ってない
> そりゃ、あるってことじゃねーかw
そりゃ無かったら無くすことはできないからね
> 肉体的な反応にも観念とやらが作用するんだな。
観念が作用しない反応もあるが?
> というのは通るじゃねえかw
怒りや悲しみに対しては、通るよ。観念が作用してるからね
痛みや肉体的苦しみについては通らない。作用しないからね
> でも無くなってないよなー。
お前みたいな馬鹿がいるからね
> 、お前がいじめの存在を望んでいるから、いじめは(お前の認識する世界から)無くなっていないんだろw
お前の認識する世界では無くなってるの?
>779
いや相手が一言も言ってないことを都合よく解釈するお前が、アイタタな人なんだよ
俺は「現代科学が生命活動維持したまま冷凍保存」なんて一言も言ってないのに
782 :
考える名無しさん:2008/03/11(火) 00:45:29 0
死骸を冷凍保存は不死とは関係無いよ。冷凍してる時点で死んでるんだから。
783 :
坂本教信者 ◆9vV3o3MEJE :2008/03/11(火) 00:46:19 0
死体の冷凍保存とかはどうでもいいだろう・・・
>>781 >お前みたいな馬鹿がいるからね
おいおいw
感情に限らず人生で体験する全て(外界)は「体験者がどんな固定観念を持っているか(内界)」を映し出す“鏡”に過ぎない。
んだろ?その理屈で言えば、お前の認識・体験する世界でいじめが無くならないのは、お前の固定観念を映し出してるからに過ぎない。
他人のせいにするんじゃねーよ。
>怒りや悲しみに対しては、通るよ。観念が作用してるからね
ちゃんと読め。
仮に貴方が(暴力によって)誰かを怒らせたり悲しませても、
相手が自前の了見・価値基準で勝手に感じている事なので、貴方が後悔や自責の念を感じる必要は一切ない。
ハナっから怒りや悲しみについて話してるだろーが。
>お前の認識する世界では無くなってるの?
質問に質問で返すのは苦しくなってきた証拠だなw
お前がいじめの存在を望んでいるから、いじめは(お前の認識する世界から)無くなっていない。
お前の理屈を適用するなら、これは事実だろ?違うか?
人は100%、当人が与えた定義付け通りを体験する。
つまり、お前が与えている定義付け通り、お前の認識する世界にいじめが発生してるんだろ?
>>1-3は面白いなw
つまりこういうことになるよな?
つまり人は本来自分の感情を他人のせいにはできない。
イジメられた事への怒りの矛先を少なくとも自分以外の誰かに向けるのは、筋も間も勘も気も思いも見当も御門も違う。
貴方がイジメやイジメっ子に嫌悪感を抱いても、その原因は常に「貴方の持つ固定観念・定義付け」であって「イジメた相手」ではない。
仮に貴方が誰かをイジメて、怒らせたり悲しませても、相手が自前の了見・価値基準で勝手に感じている事なので、貴方が後悔や自責の念を感じる必要は一切ない。
世間が幾らイジメっ子に罪悪感や劣等感を感じるよう仕向けたとしても上述のように御門違いなので、何らイジメっ子が自己嫌悪に苛まれるべき理由にならない。
自称知識人の多くは自覚がないが、「イジメを批判・非難する」ということはその対象に関して中途半端な知識しか持っていない証拠である(無知の無知)。
これが、批判・非難が一時的表面的解決にしかならず、実態は益々隠蔽され問題が長期化する所以である。
>784 他人のせいにするんじゃねーよ。
なんか勘違いしてるなぁ
お前の存在ってのは俺のせいじゃない。お前の両親のせい
お前を育てたのも俺じゃない。お前の生きざまは俺の支配下に無い。だから俺のせいにされても困るんだが?
> 質問に質問で返すのは苦しくなってきた証拠だなw
お前の世界ではそうなの?
俺はお前の意図を確認するために聞いてるんだけど
> お前がいじめの存在を望んでいるから、いじめは(お前の認識する世界から)無くなっていない
存在を望んでるのは他人。俺自身は望まないので少なくとも今現在は「いじめを体験してない」
こんな答えでいいのかな?
> つまり、お前が与えている定義付け通り、
俺がどう世界を定義してるか分かってる?
>785
その通りだが、逆も言えることに気付いてる?
>>786 >お前を育てたのも俺じゃない。お前の生きざまは俺の支配下に無い。だから俺のせいにされても困るんだが?
お前は何を言ってるんだ?
お前の世界の中にいじめが存在するのは、
感情に限らず人生で体験する全て(外界)は「体験者がどんな固定観念を持っているか(内界)」を映し出す“鏡”に過ぎない。
ものである以上、お前の観念を映したからだという話をしてるんだよw
お前の中にいじめが存在するのは俺のせーじゃねーだろ。お前が勝手に自分の観念を外界に映し出して見てるだけだ。
>存在を望んでるのは他人。俺自身は望まないので少なくとも今現在は「いじめを体験してない」
お前が望んでいるのは「いじめが在る世界」だと言ってるんだよ。
>>1-
>>3の理屈で言えば、いじめが数多く存在する世界をお前が経験してるのは、お前が望んでいるからだろ?違うか?
>その通りだが、
OKOK。
んじゃ、イジメやイジメっ子を矯正する必要性も無いんじゃねーのか?w
別に存在していても問題無いんだろ?
イジメっ子はイジメを行っても自己嫌悪に陥る必要も後悔する必要も無いんだろ?
文部省辺りがイジメを批判してイジメカッコワルイとか宣伝しても罪悪感感じる必要も無いんだしな。
イジメられっこが怒ったり悲しんだりして、精神的に追い詰められるんでイジメは問題視されてるんだが、
そいつはイジメられっこが勝手に感じてることで、その責任をイジメっ子に転嫁するのは間違いなんだろ?>>1-
>>3の理屈だと。
788 :
坂本教信者 ◆9vV3o3MEJE :2008/03/11(火) 22:28:57 0
>>787 責任をいじめっ子に転嫁しているという現状も、
>>1の観念によってなんだろう?
>>1は何も世界に望んでないだろう。
>>1の望みが世界なのだから
789 :
解説者:2008/03/11(火) 22:39:50 0
不安ならば、神を求めよ。
790 :
坂本教信者 ◆9vV3o3MEJE :2008/03/11(火) 22:40:53 0
神だから不安を求めるのさ
不安なら神を殺せ。
神がいるから孤独になる。神がいるから不安になる。
神がいるから悪が生まれる。神がいるから自己嫌悪する
なぜなら神は完全無欠の絶対者だから。
神はいらない。ありのままの自分を直視せよ。
>>785 人の良心を考慮しない浅い考えだな。
つまり1が。
795 :
坂本教信者 ◆9vV3o3MEJE :2008/03/11(火) 22:55:45 0
>>792 さらに、イジメの責任をいじめっ子に転嫁することも
>>1が望んでいるんだよね。
だから
>>1のやっていることはデタラメなんじゃない。
「イジメの責任をいじめっ子に求めるような人間」は
>>1の望みによって在るわけで、そういう奴がいるのがいやなら、そう望めばいいだけの話で、こんなところにわざわざ何故言いにきたのかね?
> お前の中にいじめが存在するのは俺のせーじゃねーだろ。
ああ、「俺の中のいじめという概念」はお前のせいじゃない
だが仮にお前が誰かをいじめたとして、そのいじめが存在するのは、お前のせい。分かる?
> お前が勝手に自分の観念を外界に映し出して見てるだけだ。
俺はお前に「いじめで自己表現する自由がある」と思ってる
だからその観念が具現化するんだよ
実際にいじめが起きた時、そのいじめの原因は、「いじめた本人」にある。俺にはない
> お前が望んでいるのは「いじめが在る世界」だと言ってるんだよ。
そんな世界を望んでるのは俺ではなく寧ろ「いじめっ子」だな。だから彼らはそれを実現化する
> いじめが数多く存在する世界をお前が経験してるのは、お前が望んでいるからだろ?
さあ?俺が望まなくても俺以外の全地球人が望んだら、存在するんじゃない?(って観念を持ってるし)
> 別に存在していても問題無いんだろ?
いや問題あるね。存在していることは「幼稚な証拠」だから
俺は精神性が幼稚なことを「問題だ」と思う性質なんでねぇ
> イジメっ子はイジメを行っても自己嫌悪に陥る必要も後悔する必要も無いんだろ?
精神的ないじめ、ならね。何故なら精神的ないじめで傷付くのは傷付いた本人の自己責任だから
> その責任をイジメっ子に転嫁するのは間違いなんだろ?
「その」が指すのが「虐められっ子の怒り悲しみ」なら、その通り
いじめをして、本来的にそれをした人物がまともな罪悪感を持つなら
その事に悩む。その時悩まなくとも、いずれ悩む。
それが因果だしね。
いじめは、幼稚な証拠。その通りだと思うが
もっといえば、他者依存。
自立した自己批判を前提とする人格を得る事ができるかどうか。
子供のいじめは、本能的な部分が大きいと思う。
だからといって肯定はできないけれどさ。
いじめられる方も子供なんだから、経験と教養を身につけるまで
双方とも抜け出せない。結局はどちらも地獄。他者依存だからな。
なんとも哲学板らしいレスだこと
799 :
坂本教信者 ◆9vV3o3MEJE :2008/03/11(火) 23:08:30 0
それも君の観念によってだよ
800 :
解説者:2008/03/11(火) 23:11:12 0
神はあなたのために存在する。
思考は神を理解するためにある。
神に気づいた者は幸せである。
神がいなくて、何故あなたが存在している?
神はあなたを愛しています。
不安ならば、神を求めましょう。
>>796 >だが仮にお前が誰かをいじめたとして、そのいじめが存在するのは、お前のせい。分かる?
ちゃんと読め。そんな話は誰もしてないぞ。
ハナっから お前の中にいじめが存在するのは俺のせーじゃねーよ。お前が勝手に自分の観念を外界に映し出して見てるだけだって話だ。
自分の誤読を理解できたか?
>だからその観念が具現化するんだよ
つまり。
どんな理由をつけようと、結局、お前の経験する世界にいじめが存在するのは、お前の観念のせーじゃねーかw
人は100%、当人が与えた定義付け通りを体験する。んだろ?
お前が体験・認識する世界にいじめが存在するのは、お前が他者にいじめる自由を認めているからじゃねーよ。
お前が、「他人はいじめで自己表現する」と思っているから実現化するんだぞw
つまり、お前はイジメが存在する世界を望んでるということだ。
自分の観念が映し出している現象を他人のせいにするんじゃねーってw
>俺は精神性が幼稚なことを「問題だ」と思う性質なんでねぇ
なんで?
別に精神性が幼稚だろうと成熟していようと、んなもん人の持つ多様性の一つだろ?
>精神的ないじめ、ならね。何故なら精神的ないじめで傷付くのは傷付いた本人の自己責任だから
肉体的ないじめでも同じだろーが。
それで怒ったり悲しんだりするのは本人の自己責任なんだろ、お前の理屈では。
802 :
坂本教信者 ◆9vV3o3MEJE :2008/03/11(火) 23:17:43 0
神は歴史上もっとも人を殺しています
神という観念から独立しましょう。
804 :
解説者:2008/03/11(火) 23:22:08 0
あなたは神ではありません。
あなたを生んだ肉親がいらっしゃる。
あなたは人間です。
805 :
坂本教信者 ◆9vV3o3MEJE :2008/03/11(火) 23:25:59 0
806 :
解説者:2008/03/11(火) 23:27:57 0
人を殺したのは人です。
神は作られるだけです。
人間が殺し合っているだけです。
人間の無知と恐怖が原因です。
神があなたを作りました。
神に気づきましょう。
神に気づいた者は幸せです。
親に気づいた子どものようなものです。
不安ならば、神を求めましょう。
807 :
坂本教信者 ◆9vV3o3MEJE :2008/03/11(火) 23:30:03 0
僕は神なので不安を求めることにします
>>806 そう
神は創るのみ
神と言う概念
が人を殺す。
人を殺すのは人だが、神という概念が殺す。
つまりは人々が神を信じ、人と争う
この構図は、内にたてば、神が人を殺すと同義。
つまり宗教心をもつもの全てに於いて神は人殺し。
だから神への依存から抜けるべきだ。
特異点が神であるなら、人は神について思考を巡らす必要は無い。
つまり、神はいらない。
>>801 > 別に精神性が幼稚だろうと成熟していようと、んなもん人の持つ多様性の一つだろ?
「精神性が幼稚なことは問題だ」と思うのも人の持つ多様性の一つ。
どう思おうが自由でしょ。いや、そう思える自由があるんだな。
>>809 勿論自由だぞ。
単に、なんでか聞いてるだけだw
811 :
解説者:2008/03/11(火) 23:43:43 0
坂本教信者さんへ
神に挑戦する意味が分かりますか?
神は何でもご存知です。
あなたに質問致します。
命とはなんですか?
あなたは何故存在するのですか?
お答え下さい。
まず神が何でも「知っている」ってのが臭い。
人間のように思考を巡らす存在なのか
あなたは確認したのか
物理学では生命はゆらぎ
生命は揺らぎの延長
思考は生きる為の方法に過ぎない
命とは無機質と同じ
存在する、という点。
何故存在する?
宇宙が創られたから存在するだけ。
特に人間的な意味はない。
人は哀しい「ゆらぎ」だな。
機械と同じなのにな。
スレ違いかも知れんが思春期なると人々に哲学的な思考が自然に働くのは何故なのか教えてくれ
>>813 そんなのは人によって違うからなぁ。
俺は自己正当化のためだったかな…。
高校の頃、勉強ダメダメで失恋もして社会的需要もない自分だけど哲学してるから他人より深いぞ!みたいな(笑)
他人に認められたかったんだろうな。
815 :
解説者:2008/03/12(水) 00:38:01 0
813さんへ
人間は生まれてきたからには、
生まれてきた理由を知りたいからです。
存在には理由があります。
理由のないものは存在しません。
あなたが存在するのも理由があるからです。
自分の存在に理由を見つけられないと、
その存在は消滅します。
是非神に気づいて下さい。
あなたの本当にやりたいこと、
仕事や幸せや全て理解出来ます。
>>815 > 存在には理由があります。
もともと存在に理由なんてないよ。あるとしたらそれは自分が与えた自分なりの理由。
817 :
考える名無しさん:2008/03/12(水) 00:57:04 O
>>814 認められたかったってのは俺にも分かる
現に16だし・・・(笑)
>>解説者さん
正直神とかはどうでもいいです
神様の事考えるくらいなら家族や友達の事を考えます(笑)
俺達が生まれてきた理由ってのはいつかくる「世界の終焉」を人間が迎えられるようにする為じゃね?
だから子供を作って人間は繁栄してたんじゃないかな
818 :
解説者:2008/03/12(水) 01:15:30 0
オプティミストさんへ
存在とは気づいたものです。
気づいてないものは存在してないと、
同じなのです。
常に存在しているのにも関わらず。
作ったから存在します。
必要だから作るのです。
神があなたを作った理由、
それはあなたが必要だったからです。
人間が認めてもらいたいのは、
存在するためです。
理由を無くした人間は、
役目を終えて死にます。
だから自分の仕事を頑張りましょう。
819 :
坂本教信者 ◆9vV3o3MEJE :2008/03/12(水) 01:25:50 0
私が神を作った理由、それは神が必要だったからです
820 :
考える名無しさん:2008/03/12(水) 01:41:38 O
坂本教についてkwsk
821 :
坂本教信者 ◆9vV3o3MEJE :2008/03/12(水) 01:46:45 0
無意識(坂本神)と意識(私)の合致を目指す宗教です。
822 :
考える名無しさん:2008/03/12(水) 02:37:27 O
合致したらどうなるんだ?
823 :
神:2008/03/12(水) 11:47:53 0
神は絶対ではない。絶対者でありながら絶対にはなりきれない点が神の自己矛盾である。
なぜなら、神が矛盾を抱えているおかげで、われわれは存在していられるのだ。
824 :
妹:2008/03/12(水) 12:00:53 0
なんでホタルすぐ死んでしまうのん?
しんだという観念の(ry
だそうですwwwwwwwwwwww
826 :
坂本教信者 ◆9vV3o3MEJE :2008/03/12(水) 13:37:34 0
827 :
神:2008/03/12(水) 17:43:23 0
>>826 汝の「神」と言う概念は非常に曖昧である。
結局「自分」と言っているのと何も変わらない。
まだまだ修行が足りんな。
828 :
769:2008/03/12(水) 18:12:30 0
哲学は、思考というものを手に入れた生物としての対価。
したがってネガティブなもの。
生死に関わる。
829 :
坂本教信者 ◆9vV3o3MEJE :2008/03/12(水) 18:15:55 0
概念などにこだわりません
もはや言語で記すことは不可能なのです
830 :
神:2008/03/12(水) 18:20:33 0
うむ。まだまだどころではないようだな。
まったく修行が足りんようだ。
831 :
坂本教信者 ◆9vV3o3MEJE :2008/03/12(水) 18:42:58 0
one is all
832 :
769:2008/03/12(水) 18:44:41 0
坂本さんの言う神は、全能の神のことでしょ?
何で欧米的な神様なの?
833 :
坂本教信者 ◆9vV3o3MEJE :2008/03/12(水) 18:49:21 0
全能であり、全能でありません
834 :
神:2008/03/12(水) 18:54:10 0
言葉で説明しようとしておるのう。
若い若い神じゃのう。
神道的な神って、そういう概念には一致しないよね。
欧米の全能とかって、ご都合過ぎてとにかくキモチワルイとしか思えない。
>801 そんな話は誰もしてないぞ。
いや俺がしてるんだけど
> お前が勝手に自分の観念を外界に映し出して見てるだけだって話だ。
つかそれ「いじめ」概念に限ったことじゃ無いじゃん
> 結局、お前の経験する世界にいじめが存在するのは、お前の観念のせーじゃねーかw
いじめ以外の概念全てそうだよ
> お前が他者にいじめる自由を認めているからじゃねーよ。
いや認めているからなんだよ。支配下にないから認めざるを得ないというか。だからそれが具現化する
> つまり、お前はイジメが存在する世界を望んでるということだ。
望んではいないが、そんな世界であることを認識はしているよ
> んなもん人の持つ多様性の一つだろ?
そうだよ。多様性の一つ
俺が精神性に幼稚だと思うのも、多様性の一つ
理由?だって実際幼稚じゃん
> 肉体的ないじめでも同じだろーが。
肉体的ないじめの場合、肉体に傷が付くのは「行為者の行為」が原因
だから同じではない。>1にも論外って書いてあるじゃん
838 :
考える名無しさん:2008/03/12(水) 19:49:29 0
>>836 >いや俺がしてるんだけど
なるほど。無関係な話を突然しだしたという訳かw
こちらの言葉を中途半端に引用して、別の話をするとは変わった奴だ。
ま、何はともあれ、コレは認めるんだろ?
【お前の中にいじめが存在するのは俺のせーじゃねーよ。お前が勝手に自分の観念を外界に映し出して見てるだけだって話】
>つかそれ「いじめ」概念に限ったことじゃ無いじゃん
お前の理屈をいじめに適用したら、そーなるって話をしてんだよ。
>いや認めているからなんだよ。支配下にないから認めざるを得ないというか。だからそれが具現化する
うんにゃ。
お前の体験する世界の中にイジメが存在するのは、お前が 人はイジメで自己表現する という定義をしてるからだろ。
自由を認めるだけじゃ、具現化しねーだろ。自由の中で人が何をするかという部分の観念が現実化してんだからよ。
お前の観念を映し出してるから、お前はイジメの存在する世界を体験してるんだよ。
平たく言うとお前が「人がイジメで自己表現する」世界を望んだから、いじめの存在をお前は体験し続けるって訳だ。
>俺が精神性に幼稚だと思うのも、多様性の一つ理由?だって実際幼稚じゃん
なんで幼稚だと問題なんだ?という質問に「だって幼稚じゃん」と答えたか。そりゃまた、幼稚だw
何だ、お前は自分が幼稚だから外界がソレを映し出してるのに、その幼稚さを問題にしてるって訳か?w
>肉体的ないじめの場合、肉体に傷が付くのは「行為者の行為」が原因
ちゃんと読めってw んな話してないだろ、話してるのはコレだ。
【それで怒ったり悲しんだりするのは本人の自己責任なんだろ、お前の理屈では】
ほれ、イエスかノーで答えてみな。
>838 なるほど。無関係な話を突然しだしたという訳かw
無関係ではないじゃん
> ま、何はともあれ、コレは認めるんだろ?
同じことはお前にとっても言えるけどね。それを含めて「認める」以前に「最初から知ってる」
> 自由の中で人が何をするかという部分の観念が現実化してんだからよ。
つか世界では俺の中に無い観念も具現化してるからなぁ(って観念が具現化してるんだが)
> 平たく言うとお前が「人がイジメで自己表現する」世界を望んだから、
別に俺個人は望まないけど、他人がそんな世界を望んでることは知ってる
> 何だ、お前は自分が幼稚だから外界がソレを映し出してるのに
俺が幼稚だから、ではないな
「俺の中の”何が幼稚か”という観念」を外界が見せてくれてるんだよ
> 【それで怒ったり悲しんだりするのは本人の自己責任なんだろ
その通り。肉体的いじめであろうと、精神的いじめであろうと、怒り悲しみの原因は本人にあるからね
ところで鬱についてはどう思う。
鬱はその当人の観念が産み出した病か?
それよりもう一人の糞コテはマダー?
>840
全くその通り
>>842 鬱は多くの場合、薬を用いて治療するものだ。
つまりわかるかな。
観念とはその程度のもので、君は知らなすぎる。
>843
所詮対処療法じゃん
それで治った、だから原因は「薬がなかったことだ」とでも?
都合よく曲げるな。
鬱病と言う病気を知れば、自ずと気づく。
観念は精神、精神は脳内の化学反応。鬱病は反応。
つまり反応の先に観念は立たない。
不安感やいらだち、その他の多くの精神の反射は反応が先立つ。
観念はそれをコントロールする為に働く。
具現化された現実、実在をコントロールする。
観念が具現化するという論理が正しければ、それをコントロールする事によって争いは起こらない?
現実世界と矛盾する。
現実があって観念がある。具現化という概念をそこに当てはめる事に無理は無いか?
鬱患者は得てして固定観念が強い
だから己の中のどんな固定観念が鬱を呼び起こしているか、という内省もままならない
> 観念が具現化するという論理が正しければ、それをコントロールする事によって争いは起こらない?
起こらない。だが多くの人類はまだその域に達していない
だから争いを経験する
> 現実があって観念がある。
それも観念のうち
久しぶりに覗いたら盛り上がっている様子
全く読んでいないが目に付いたから一言
不安感やいらだちは思考によって起こるのだよ。つうか思考そのものだ
思考は観念を元にするのだから不安感やいらだちは観念が作用したものだ
痛みなどの反射反応との区別がついていないようだね
あこがれちゃんは、昔から思ってた人?
観念さんの読んでから?
>>847 あこがれのとっつぁん久しぶりー☆
しばらく顔出さなかったから心配してたよ。
何か渋い一言言ってくれ!
そーか、あこがれっておっさんなのか。
>>848 思う・・・つうか知ってたよ
>>849 心配してくれてあんがとね
つうか毎日他所では出てたけど^^;
渋い一言?
俺がお前と違うのは同じ事だけど満足なだけさ
>>850 そそオッサン^^
[観念経]
具現不異観念
観念不異具現
具現即是観念
観念即是具現
853 :
考える名無しさん:2008/03/13(木) 19:28:54 0
>>839 >同じことはお前にとっても言えるけどね。それを含めて「認める」以前に「最初から知ってる」
つまり誤読を認めたという訳だな。やれやれ。
>つか世界では俺の中に無い観念も具現化してるからなぁ
うんにゃ、それもお前の観念が映し出してる。
人はいじめで自己表現するというお前の観念が、そういう世界を生んでるって訳だ。
>別に俺個人は望まないけど、他人がそんな世界を望んでることは知ってる
それを知るという体験をするのは、お前がいじめの存在する世界を望んでるからに他ならない。
外界はお前の観念を映し出してるだけなんだからな。お前の理屈では。
お前が、お前の定義するところの幼稚な人間や幼稚な出来事を望んでいるから、お前の認識している世界でソレが実現化してるって訳だw
>俺が幼稚だから、ではないな
無知の知って知ってるか?w
自分の幼稚さを認められないのかw
>その通り。肉体的いじめであろうと、精神的いじめであろうと、怒り悲しみの原因は本人にあるからね
また誤読してたって訳だな。普通に日本語読めりゃ、示された論点位簡単にわかるだろーと思うんだがなー。
ハナっから【それで怒ったり悲しんだりするのは本人の自己責任なんだろ、お前の理屈では】 と言ってるんだからよ。
悪い癖が出ているようだな
855 :
考える名無しさん:2008/03/13(木) 20:11:50 0
>>845 >観念が具現化するという論理が正しければ、それをコントロールする事によって争いは起こらない?
二千と数百年位前に墨子っておっさんが、世界中の人が全員互いを愛するようになれば、争いは起きないって喚いてたの思い出した。
ハイハイ、理想を語るのもいいけど、もうちょっと現実見ろよって荀子ってにーちゃんに突っ込まれてたな。
人同士の争いを止めさせるのは、人類の観念をコントロール出来りゃ可能かもしれんが
(出来たらだけどな。百メートルを5秒で走れればオリンピックで金メダルとれるって話と同じ。事実だが現実的じゃねーw)
隕石落ちてくるのを止めようってのは無理。
>853 つまり誤読を認めたという訳だな。やれやれ。
なんか都合のいい妄想に逃げてるなぁ
単にお前が俺を理解していなかっただけだというのに。やれやれ
> 人はいじめで自己表現するというお前の観念が、そういう世界を生んでるって訳だ。
それはお前の観念が映し出してる妄想だよ
> 外界はお前の観念を映し出してるだけなんだからな。お前の理屈では。
最後の一文が「俺の解釈するお前の理屈では」なら、全く以て正しい
だがそうではないのが残念だったな
> 無知の知って知ってるか?w
無知の知を知らずして>1-3が書けると思ってる?
> 自分の幼稚さを認められないのかw
俺が幼稚に見えるのは単にお前の姿が俺に移ってるからだよ。人は鏡
> また誤読してたって訳だな。
つかお前の質問の意図を探るためにワザと答えをはぐらかしてんだけど
そんくらい空気読めよ
で、何故俺がはぐらかしてるか、その理由分かる?w
>855 人同士の争いを止めさせるのは、人類の観念をコントロール出来りゃ可能かもしれんが
ひとりひとりが己の観念をコントロール出来れば、争いは起こらなくなるんだよ
人類全体を一度にコントロールさせようとするから無理だと感じる
まずはお前一人が、己の観念をコントロールできるようになれ
そうすれば理想論が理想論に感じなくなる
> 隕石落ちてくるのを止めようってのは無理。
今の人類の科学技術じゃ、無理かもね
コントロールできないのが動物であり人間だ。
観念は肉体の創出物であることを忘れている。
そして、人の自我など曖昧で脆いものだと言う事も忘れている。
観念=妄想ってなら可能か?w
859 :
考える名無しさん:2008/03/13(木) 22:11:28 0
>>856 >なんか都合のいい妄想に逃げてるなぁ
いや、
【お前の中にいじめが存在するのは俺のせーじゃねーだろ。お前が勝手に自分の観念を外界に映し出して見てるだけだ】という趣旨を明言してるも関わらず、
お前が別の話をしてただけだろw
> それはお前の観念が映し出してる妄想だよ
お前の理屈では「人は100%、当人が与えた定義付け通りを体験する」んだろ?
で、お前は「人はいじめで自己表現する」と思っているんだろ?(でなきゃ「いじめで自己表現する自由がある」という発想には至らないわな)
んじゃ、お前の体験する世界にいじめが存在するのはおまえ自身が、その世界を望んだからじゃねーか。
>最後の一文が「俺の解釈するお前の理屈では」なら、全く以て正しい だがそうではないのが残念だったな
オイオイ。
感情に限らず人生で体験する全て(外界)は「体験者がどんな固定観念を持っているか(内界)」を映し出す“鏡”に過ぎない。
ってのはお前が言ってることだろ「外界はお前の観念を映し出してる」ってのは解釈違いか?w
>無知の知を知らずして>1-3が書けると思ってる?
当たり前だろ。お前が見本だw
大して独創的な意見でもねーしな。
>俺が幼稚に見えるのは単にお前の姿が俺に移ってるからだよ。人は鏡
わはは。んじゃ、お前が「イジメ」を幼稚だと思っているのも、お前の姿が映っているからだなw。人は鏡
>つかお前の質問の意図を探るためにワザと答えをはぐらかしてんだけど
はいはい。後釣り宣言乙。
860 :
考える名無しさん:2008/03/13(木) 22:20:27 0
>>857 >ひとりひとりが己の観念をコントロール出来れば、争いは起こらなくなるんだよ
そりゃ無いな。
何故なら、ひとりひとりの価値観は違うからだ。
争いを望む方向にコントロールする人間もいりゃ、無くす方向にコントロールする者もいる。
んで、どちらも間違っていない。
>今の人類の科学技術じゃ、無理かもね
今、巨大隕石が落ちてきたとする。
この時点で、人間の観念が完全にコントロール可能となり、生きたいと願っても、その観念は具現化しない。
>858 コントロールできないのが動物であり人間だ。
コントロールできないのが動物であり未熟な人間だ
というのが正しい
>859
> という趣旨を明言してるも関わらず、
その趣旨自体が、>1-3を理解してないところから来てるからね
> んじゃ、お前の体験する世界にいじめが存在するのはおまえ自身が、その世界を望んだからじゃねーか。
望んではない。定義してはいるが。違い分かる?
> ってのはお前が言ってることだろ
そうだよ。だから「お前も例外じゃない」と言ってるんだよ
> 当たり前だろ。お前が見本だw
ああ、そうなんだ。残念だったな。俺は「無知の知」を知ってて>1-3を書いてる
> お前が「イジメ」を幼稚だと思っているのも、お前の姿が映っているからだな
俺の姿ではなく「俺の中のいじめという定義」が映ってるんだよ
分かってないな。オウム返し的に何でも「人は鏡」を使えば反論になると思ってる
>860 何故なら、ひとりひとりの価値観は違うからだ。
「違うから」じゃあない。「違いを許せないから」だよ
> 人間の観念が完全にコントロール可能となり、
文脈から言ってここは「不可能」では?
>生きたいと願っても、その観念は具現化しない
死にそうな状況にあると察するから、「生きたい」と「願う」んだよ。わざわざ
お前、観念が具現化する仕組みまるで分かってないな
墨子っておっさんも一人一人が親を愛するように他の親を愛し、兄弟を愛するように他人を愛せば争いは起こらないとか言ってたな。
叶わない理想でも無い、難しいことでもないとか何とか。
二千数百年前から大して進歩してねーよなぁ。
んな非現実的な事が可能な訳もねーし、
そもそも実はそれ、個人的な理想に過ぎず、他の人は全く別の理想をもってるってのが最後まで理解できなかったようだが。
ま、墨子のおっさんは理想を本気で実践しようと私財を投げ打って、啓蒙と実践に駈けずり回ってたんで、そこはスゲーと思ったがな。
> 86叶わない理想でも無い、難しいことでもないとか何とか。
全くその通り。全然難しい事ではない。だがムズイと思ってる人間はまだ多いね
> 二千数百年前から大して進歩してねーよなぁ。
お前はそんな昔の何を知ってるんだよ
人類はあれから随分進歩してる。歴史を勉強しなさい
> んな非現実的な事が可能な訳もねーし、
何故お前がそう思うかと言うと、お前自身がまだ「兄弟を愛するように他人を愛せないから」なんだよ
> 二千数百年前から大して進歩してねーよなぁ。
そう見えるのは、昔の人の中でも特に優れた偉人の言葉を通してその時代を見ているからだ
頭のいい人間ってのは昔も今も変わりなく同じようなこと言ってる
だが昔はその絶対数が少なかった。識字率も低かった。総体的にはほぼ全人類が馬鹿で幼稚だったんだよ
釈迦や孔子やソクラテスの時代に大した文献もないのに、あれだけ悟れたから名が残ったし言葉も残ってる
今の情報化社会では、彼らが一生に体験し会得した知識や知恵を、20年もあれば取得できる
それだけ人間は進歩した、ということだよ
866 :
考える名無しさん:2008/03/13(木) 23:03:39 0
>>861 >その趣旨自体が、>1-3を理解してないところから来てるからね
おーい。【お前の中にいじめが存在するのは俺のせーじゃねーだろ。お前が勝手に自分の観念を外界に映し出して見てるだけだ】って意見に対して、
最終的にそうだと認めたじゃねーかw。最初から知ってるってよw
つまり正解なんだろ?w
>望んではない。定義してはいるが。違い分かる?
その定義は観念が望んでいるから表れる。望んでいなければ意識すらしねー。
>そうだよ。だから「お前も例外じゃない」と言ってるんだよ
んな話はハナからしてない。
【外界はお前の観念を映し出してるだけなんだからな。お前の理屈では】
ってのは解釈違いでは無い、ということでOK?イエスかノーで答えてみな。つか、引用部でそうだよって認めてるかw
>俺は「無知の知」を知ってて>1-3を書いてる
正確には、知っていると思い込んで>1-3を書いてるだろw
無知なヤツ程、俺は知ってると自己主張したがるもんだ。
>俺の姿ではなく「俺の中のいじめという定義」が映ってるんだよ
その定義の存在自体が、お前の観念を映し出してるんだよ。
そして、イジメを幼稚だと判断している観念も、実の処、お前の幼稚さを映し出したものに過ぎない。
>オウム返し的に何でも「人は鏡」を使えば反論になると思ってる
わははは。この引用部もまさに人は鏡だなw
867 :
考える名無しさん:2008/03/13(木) 23:09:28 0
>>862 >「違うから」じゃあない。「違いを許せないから」だよ
違いを認めた上で攻撃するのは、そんなに珍しいことでもないがね。
争いや混沌の存在そのものを楽しむ価値観もあるんだが。
>死にそうな状況にあると察するから、「生きたい」と「願う」んだよ。
面倒くさいヤツだな。
んじゃ、生きることが楽しいでもいいぞ。ま、何にせよ隕石は止まらない。
>お前、観念が具現化する仕組みまるで分かってないな
お前の脳内妄想等知ったことではないからなw
868 :
考える名無しさん:2008/03/13(木) 23:20:34 0
>>864 >人類はあれから随分進歩してる。歴史を勉強しなさい
視野が違うんだろ。
蟻からすりゃ、1mは結構な距離だが、人間からしてみたら大して進んでねーし。
>何故お前がそう思うかと言うと、お前自身がまだ「兄弟を愛するように他人を愛せないから」なんだよ
そもそも兄弟だからって愛すのも何だしな。
ついでに、兄弟を愛するように他人を愛する世界より、熱情的に争い、睦み合い、憎しみ合ってる混沌とした世界が大好きだぞ。
>頭のいい人間ってのは昔も今も変わりなく同じようなこと言ってる
いや、頭が良かったらここまで派手に失敗したりもしねー。
似たような思想はキリスト教、墨家、共産主義者辺りが唱えてたが、凄まじい被害を齎して大混乱を招いてるじゃねーかw
ま、墨家は献身性が異常だったんで自組織全滅程度だがな。
屋上から最短で地上へ行くにゃ、飛び降りるのが一番速い。
これは事実だが、実践したら死ぬだろ。それと同じよーな効果を齎したなw
>866 > 最終的にそうだと認めたじゃねーかw。
んーお前は俺が言った次のことは認めてるの?
つまり、お前が誰かをいじめた場合、そのいじめが存在する原因はお前自身にあるってことを
>つまり正解なんだろ?w
上述したことをお前が認めてるんなら、「大正解」だよ
だがお前、確か四の五の言ってたよな・・?
> その定義は観念が望んでいるから表れる。望んでいなければ意識すらしねー。
お前の理屈ではそうなんだね
> んな話はハナからしてない。
俺がしてるんだよ。お前が理解してなさそうだから
> つか、引用部でそうだよって認めてるかw
その通り。良く読め
> 正確には、知っていると思い込んで>1-3を書いてるだろw
お前も思い込みの激しいやっちゃのー
> イジメを幼稚だと判断している観念も、実の処、お前の幼稚さを映し出したものに過ぎない。
お前の稚拙な「人は鏡概念」で俺を見ると、そう映るんだろうね
> この引用部もまさに人は鏡だなw
そうは言えない。俺はそもそも「オウム返し的に人は鏡を使ってない」からね
>867 お前の脳内妄想等知ったことではないからなw
その割には釣られてるじゃん
>868 熱情的に争い、睦み合い、憎しみ合ってる混沌とした世界が大好きだぞ。
お前は好きそうだな
まぁ、そういうのが好きな奴ってのはちょっと考え方が幼稚な奴に多いけど
> 似たような思想はキリスト教、墨家、共産主義者辺りが唱えてたが、凄まじい被害を齎して大混乱を招いてるじゃねーかw
思想家自身が混乱してるんじゃなく、思想を曲解し勘違いしてる一部のアホな信者が混乱を招いてるんだよ
871 :
考える名無しさん:2008/03/13(木) 23:55:18 0
>>869 >んーお前は俺が言った次のことは認めてるの?
ほー、気になるのか?だったら、素直にこちらの質問に答えてから聞けば良かったのにな。面倒臭いヤツだw
>だがお前、確か四の五の言ってたよな・・?
具体的に引用してみな。
>その通り。
つまり【>最後の一文が「俺の解釈するお前の理屈では」なら、全く以て正しい だがそうではないのが残念だったな】ってのはまた誤読したか、釣りかw
>そうは言えない。俺はそもそも「オウム返し的に人は鏡を使ってない」からね
俺だけは違うと考えてるところがイタさ倍増だなw
>お前も思い込みの激しいやっちゃのー
>お前の稚拙な「人は鏡概念」で俺を見ると、そう映るんだろうね
>まぁ、そういうのが好きな奴ってのはちょっと考え方が幼稚な奴に多いけど
つ鏡
872 :
考える名無しさん:2008/03/14(金) 00:06:09 0
>思想家自身が混乱してるんじゃなく、思想を曲解し勘違いしてる一部のアホな信者が混乱を招いてるんだよ
ホント、人の書いてる文章読まないヤツだよな。思想家自身が混乱してるなんてどこに書いたよ。
俺が書いた文章みてみな?【似たような思想はキリスト教、墨家、共産主義者辺りが唱えてたが、凄まじい被害を齎して大混乱を招いてるじゃねーかw】
ほれ、思想家を指してないだろ?ったく。
これは、思想家の他者に伝える能力が低いからそーなる。
エラー起こした文化遺伝子が増殖して、正反対の方向に大暴走した時は流石に呆れたもんだ。
墨子の流したミームが共産主義に受け継がれ、大躍進、文化大革命、カンボジア大虐殺を引き起こしたのは凄かったな。
世界大戦よりも粛清の犠牲者の方が圧倒的被害を齎すとはなぁ。魔女狩りでもあんな規模にゃならなかったってのに。
ていうか、この状況も
>>1の観念が産み出した結果なんだろうな。
>>1によれば。
矛盾してるなぁ。
無知の知を自ら証明してるようなもんじゃないか。
・・・これ全部観念の自演
>871 ほー、気になるのか?
と誤魔化して答えないということは、理解してないということか
所詮書いてあることをオウム返ししたかっただけなんだね
> 】ってのはまた誤読したか、釣りかw
誤読したの主語がお前なら、大正解
> 俺だけは違うと考えてるところがイタさ倍増だなw
俺「だけ」とは微塵も思ってないし言ってもいない
>872 思想家自身が混乱してるなんてどこに書いたよ。
いやなんか分かって無さそうな書き方だったんでつい
> ほれ、思想家を指してないだろ?ったく。
いやなんか分かって無さそうな書き方だったんでつい
> これは、思想家の他者に伝える能力が低いからそーなる。
そりゃないw信者の個々人の解釈能力の違いが原因
その証拠に理解する能力がある者は皆ちゃんと理解してる
> 大躍進、文化大革命、カンボジア大虐殺を引き起こしたのは凄かったな。
それらは共産主義ではなく暴力主義の現れだけどね
民度が低い指導者が共産主義を曲解して利用するとテロリズムになる、ということ
>873 無知の知を自ら証明してるようなもんじゃないか。
つ鏡
そのネタ秋田
878 :
考える名無しさん:2008/03/14(金) 21:41:15 0
>>875 >と誤魔化して答えないということは、理解してないということか
>所詮書いてあることをオウム返ししたかっただけなんだね
【相手が一言も言ってないことを都合よく解釈するお前が、アイタタな人なんだよ】
という言葉がぴったりだなw
>誤読したの主語がお前なら、大正解
俺が一言も言っていないことを勝手に解釈して話題逸らしてたのお前だろ?
>俺「だけ」とは微塵も思ってないし言ってもいない
んじゃ「俺は違うと考えてるところがイタさ倍増」としておくかw これでOK?
>いやなんか分かって無さそうな書き方だったんでつい
【相手が一言も言ってないことを都合よく解釈するお前が、アイタタな人なんだよ】
>そりゃないw信者の個々人の解釈能力の違いが原因
論点は、伝える能力が高いか低いか。
百人中百人に意図を伝えられる講師と、百人中十人にしか意図を伝えられない講師では後者が無能とされるんだよw
解釈の根本原因は受け手にあるが、んな話はしてねーだろ。
世界の人々のおおよそほとんどが他人の心を知りたいと思考するが具現化しない
宗教家のほとんどが世界平和や人類愛を思考し信じ実践するが
具現化しない
ついでなんで聞いておくか。
>この場合、矯正すべきは「虐め以外の手段を知らない者の浅はかさ」である
とか書いてるけどさ。
俺がお前をイジメたと仮定しようか。
で、具体的にどう矯正するんだ?w
確か、お前の意見はこうだったよな?
イジメられた事への怒りの矛先を少なくとも自分以外の誰かに向けるのは、筋も間も勘も気も思いも見当も御門も違う。
貴方がイジメやイジメっ子に嫌悪感を抱いても、その原因は常に「貴方の持つ固定観念・定義付け」であって「イジメた相手」ではない。
世間が幾らイジメっ子に罪悪感や劣等感を感じるよう仕向けたとしても上述のように御門違いなので、何らイジメっ子が自己嫌悪に苛まれるべき理由にならない。
自称知識人の多くは自覚がないが、「イジメを批判・非難する」ということはその対象に関して中途半端な知識しか持っていない証拠である(無知の無知)。
これが、批判・非難が一時的表面的解決にしかならず、実態は益々隠蔽され問題が長期化する所以である。
批判や非難、罪悪感や劣等感を感じさせるように仕向けるのは、お門違いなんだよな?w
具体的に、どういう矯正方法をとるんだ?w
>>879 他人の心を知りたいと願えば知りたいと願う自分が実現される
知れば知りたいと願う自分が実現できないので知ることはない
つうか他人の心はわかりようが無いという観念を持ってない人はそう多くないだろう
>>880 世界平和や人類愛を信じ実践すれば世界平和や人類愛を信じる自分が実現される
信じるだけでは信じる自分が実現されるだけ
つうか実践などしていないだろ。殆どが金儲け
> 【相手が一言も言ってないことを都合よく解釈するお前が、アイタタな人なんだよ】
> という言葉がぴったりだなw
お前がな↓
> > 俺だけは違うと考えてるところがイタさ倍増だなw
> 俺「だけ」とは微塵も思ってないし言ってもいない
まさに人は鏡
> んじゃ「俺は違うと考えてるところがイタさ倍増」としておくかw これでOK?
「私は相手の脳内を読み取ることができます」という妄想アピールが目的ならね
> 【相手が一言も言ってないことを都合よく解釈するお前が、アイタタな人なんだよ】
いやなんか【分かって無さそうな】書き方だったんでつい
> 解釈の根本原因は受け手にあるが、
それが分かってるんなら宜しい
いやなんか【分かって無さそうな書き方】だったんでついつい
>879
誰かさんみたいに妄想として具現化するよ
>881 で、具体的にどう矯正するんだ?w
大事なのはお前がお前をどう矯正するか、だよ
> 批判や非難、罪悪感や劣等感を感じさせるように仕向けるのは、お門違いなんだよな?w
またそういう曲解をする
罪悪感を感じる必要はないが、一時的に罪悪感を感じさせることで矯正を図ることは「よくある教育手段の一つ」だよ
教育手段の一つとして、万能感を感じてる子供に罪悪感を与えることを否定はしてない。よく読め
> 具体的に、どういう矯正方法をとるんだ?w
具体策はお前が「どうやって俺をいじめる」か、によるね
>880
いやしてるよ
お前はニュースに毒されてるね
マスコミが何故「事件・事故」をクローズアップして騒ぐか分かるか?
世の中が平和だからだよ
既に平和なのに、一部の「非平和」を拡大解釈して「世界は平和でない」と思い込む
まぁ刷り込まれてるんだよ。これも一種の平和ボケ
ところで>881はコテつけてくれん?お前との議論面白いし他の名無しと区別したいんで
それとも近々議論に負けて恥をかきそうだから保険のために名無しのままで行っとく?
>>885 マスコミについてはなんら具体的論拠も無く
主観と言うしか無い。あんたこそ刷り込まれた平和ボケの被害者じゃないだろうか。
結局は具現化はされないということでいいでしょうか。
> マスコミについてはなんら具体的論拠も無く
論拠が欲しいなら欲しがれ
俺は言う必要もない(自明の理だ)から言ってないだけだ
> 結局は具現化はされないということでいいでしょうか。
いいと思うの?思う?ホントに?
では、「その」観念が具現化するだろうね
もはや哲学的姿勢も無くし
自己正当化に必死になるすがた、哀れ
>>883 >いやなんか【分かって無さそうな】書き方だったんでつい
【相手が一言も言ってないことを【都合よく解釈するお前が】、アイタタな人なんだよ】
合わせ鏡に写りこんだみたいで、面白い反応だなw
自分の言葉で延々とループかw
>具体策はお前が「どうやって俺をいじめる」か、によるね
他人に見られない場所で、痣が残らないよう殴る蹴る。あたりにしておくか?w
>またそういう曲解をする
【批判や非難、罪悪感や劣等感を感じさせるように仕向けるのは、お門違い】なのは事実なんだろ?w
「お門違いにならない矯正手段」はしらねーってことでOK?だから、教育手段の一つとしてお門違いな行動をとるのも問題なし。という訳かな?
んじゃ、例えば。イジメを批判するのも、対象に関して中途半端な知識しか持っていない証拠であり、一時的表面的解決にしかならず、
実態は益々隠蔽され問題が長期化するけど、教育手段としては問題無い、となるのか?w
>それとも近々議論に負けて恥をかきそうだから保険のために名無しのままで行っとく?
その発想は無かったわw お前の価値観を露呈した面白いレスだなw
>>885 >世の中が平和だからだよ
お前の世界ではな。他人の経験する世界じゃ夫々違う。
ま、実際は宗教家に限らず、ほとんどが世界平和や人類愛を思考し信じ実践したりしなかったりって感じかw
その上、同じ事を考えてるつもりで、実はバラバラ。だから、抱腹絶倒の楽しい混沌とした世界が出来上がってるんだけどな。
世界はそのまんま在るように在るだけ。レッテルをペタペタ貼ったって、中身は変わらないw
観念の酉が違うけど何で?
観念は敵対化する
観念は痴話喧嘩する
観念は戯論化する
>889 自分の言葉で延々とループかw
それお前じゃん↓
> 相手が一言も言ってないことを【都合よく解釈するお前が】、アイタタな人なんだよ】
何度も延々と。まさに人は鏡
> 【批判や非難、罪悪感や劣等感を感じさせるように仕向けるのは、お門違い】なのは事実なんだろ?w
何に対して?
> 教育手段としては問題無い、となるのか?w
虐め批判は教育手段にすらならんよ。ただの批判じゃん
> お前の価値観を露呈した面白いレスだなw
お前の今までの全レスも、お前の価値観を露呈してるけどね
で案の定コテ付けないんだね
>890
ブラウザ変えた時に前の#以降を忘れた
>889 他人に見られない場所で、痣が残らないよう殴る蹴る。あたりにしておくか?w
仮にそれがお前にできたとして、殴る蹴るをした原因は誰に何%あるの?
そのことをお前自身がどこまで理解しているか、によって矯正方法は変わるね
観念は個の内的において具現化するだけであって
それは複数、または他人にはあたらない。
つまり観念の全ては個人単位で具現化できうるが
外的存在、実在には影響しない。
個から発せられる観念は他の観念に影響しない。
観念は内的には具現化できうるが
外的には具現化でき得ない。
>896 それは複数、または他人にはあたらない。
グループ、集団においても観念は具現化すると1-3に書いてある
> 個から発せられる観念は他の観念に影響しない。
んなこたない。日々影響し合ってるじゃん
> 観念は内的には具現化できうるが
> 外的には具現化でき得ない。
それはお前の個人的主観。そういう観念を持ってるからそういう世界が見えてるだけ
898 :
考える名無しさん:2008/03/15(土) 22:19:43 0
>>894 >それお前じゃん↓
>> 相手が一言も言ってないことを【都合よく解釈するお前が】、アイタタな人なんだよ】
そうだな、お前の言葉だなw
>>781 >何に対して?
>>1−
>>3読めw
>虐め批判は教育手段にすらならんよ。ただの批判じゃん
【悪感を感じる必要はないが、一時的に罪悪感を感じさせることで矯正を図ることは「よくある教育手段の一つ」だよ】と言ったのはお前だろ。
イジメが悪いことであると批判し、一時的に罪悪感を感じさせることで矯正を図ることは教育手段の一つでは無いのか?w
んで。
お前がさんざ、イジメを幼稚だと断言してるのも批判・非難に入るんだが。
それも
【イジメに関して中途半端な知識しか持っていない証拠】であり、
【批判・非難が一時的表面的解決にしかならず、実態は益々隠蔽され問題が長期化する所以である】
事を自覚してやってるんだよな?w
>で案の定コテ付けないんだね
お前の下衆の勘繰りっぷりが面白いんで、ソッチの方が楽しい反応みれそうだからなw
>>895 >仮にそれがお前にできたとして、殴る蹴るをした原因は誰に何%あるの?
>そのことをお前自身がどこまで理解しているか、によって矯正方法は変わるね
お前さ。
イジメてるヤツが態々そんな質問に答えると思ってるのか?w
ほれほれ、どうするんだ?そいつが解らなくてもイジメっこはイジメ続けるぞ?
どんな風に矯正してくれるんだ?w
900 :
スネオ:2008/03/15(土) 22:33:01 0
ジャイアン!のび太の奴がまた粋がってますよ!
やっつけてやりましょうよ!
> >> 相手が一言も言ってないことを【都合よく解釈するお前が】、アイタタな人なんだよ】
>
> そうだな、お前の言葉だなw
いやそっくりそのままお前の言葉じゃん
>
>>1−
>>3読めw
主語が曖昧だから聞いてるのに・・・。最早自分の言葉では説明できないらしい
> イジメが悪いことであると批判し、一時的に罪悪感を感じさせることで矯正を図ることは教育手段の一つでは無いのか?
ああ、「いじめてる本人に対して」批判をするってことね
お前もしかワザと文章を曖昧にしてる?
> お前がさんざ、イジメを幼稚だと断言してるのも批判・非難に入るんだが。
それはそう受け取るお前の勝手自由。幼稚なのは単なる事実の記述
>899 イジメてるヤツが態々そんな質問に答えると思ってるのか?w
中には答える奴もいるだろう。おバカさんは答えられないだろうが
で?返事は?因みにでいいから答えてみてよ↓今のお前の理解度を知りたいからさ
>仮にそれがお前にできたとして、殴る蹴るをした原因は誰に何%あるの?
> そいつが解らなくてもイジメっこはイジメ続けるぞ?
理屈で理解できない子供は首根っこ掴んでお尻ぺんぺんだね
ところでお前、チャンスがあれば俺をいじめたいとかマジで思ってる?w
902 :
考える名無しさん:2008/03/15(土) 23:20:07 0
>>901 >>いやそっくりそのままお前の言葉じゃん
初出は
>>781 >最早自分の言葉では説明できないらしい
下衆の勘繰り乙
>ああ、「いじめてる本人に対して」批判をするってことね
イジメ自体を批判する事も含む。
批判によって社会にイジメは悪いことであるという空気を作り出し、イジメる側に対して罪悪感を持たせるという手段になりうるって訳だ。
つか、コレ、学校でよく行われてるけどな。教育手段として。
>それはそう受け取るお前の勝手自由。幼稚なのは単なる事実の記述
わははは。その論法は便利だな。
主観的な判断による批判・非難も事実の記述だと言い張れば水掛け論に持ち込めるってかw
んじゃ、聞くが。
>>1-
>>3で言う批判・非難ってのは具体的にどういう言論を指すんだ?w
>理屈で理解できない子供は首根っこ掴んでお尻ぺんぺんだね
何だ、お前の具体的な矯正方法ってのは体罰かw
>>897 観念とは内相的試み。これを具現化するのは自我における観念。
自我は無数にあるゆえに、これは異なる複数であり
他我の内相の核は他者からは見えない領域である
確認の方法がない。
つまり観念自体、観念的であって、普遍性を持つ真理ではない
これはすなわち観念とは個において具現化し得るが
集団において同一の観念は実在し得ない。
影響し合う事と、観念の同一性は全く異なる関係性のない事象
例えば君の観念は君だけのもの
それは存在が経験と智慧により自我世界を個別に構築している事実
これは複数ではあるがひとつひとつは絶対的に単体であり、普遍的集団意識ではない。
概念の具現化は内的であり、個において実現可能であるが
集団において具現化する事は不可能だ。
概念を認識しうる自我は他者のそれと同一ではないからだ。
904 :
坂本教信者 ◆9vV3o3MEJE :2008/03/15(土) 23:25:14 0
観念チャソに救いを求めてるのかな。
> 初出は
>>781 残念、>779でした
> 下衆の勘繰り乙
実際できてないし
> イジメる側に対して罪悪感を持たせるという手段になりうるって訳だ。
結果的にそうなったとして、それはそれで一定の効果があるならいいんでない?
罪悪感を感じない者には別の手段が幾らでもあるし
> つか、コレ、学校でよく行われてるけどな。教育手段として。
俺も別に教育手段としては否定しないんだが?
> 主観的な判断による批判・非難も事実の記述だと言い張れば
いじめが幼稚なのは俺の主観に留まらない客観的事実
そうでないというなら論拠をどぞ
> >>1-
>>3で言う批判・非難ってのは具体的にどういう言論を指すんだ?w
「感情的になって」批判・非難することだよ。書いてあるじゃん。そういう場合は得てして自己矛盾する、と
> 何だ、お前の具体的な矯正方法ってのは体罰かw
理屈で分からん者には体で覚えて貰う。教育手段の一つだろ?w
>903 集団において同一の観念は実在し得ない。
なんか論点ずらしてるね。いつの間にか「同一観念の存在」の話に切り替わってる
> 集団において具現化する事は不可能だ。
何か集団が一つの価値観に基づいて動くことはあるじゃん
例えば劇団が演劇を作ったりとか。集団において具現化してるんだよ
>>907 それは観念なのだろうか。
もう限界があると思わないか。
もっと突っ込んでもらいたいのか。どMだね君は。
909 :
坂本教信者 ◆9vV3o3MEJE :2008/03/15(土) 23:50:55 0
>>907 それは君の観念が具現化しているだけだよ
910 :
珍念の具現化:2008/03/16(日) 01:16:13 0
残念!
プルコギ化しているようだな
>908もう限界があると思わないか。
限界があると思ったらそこが限界なんだよ
>もっと突っ込んでもらいたいのか。どMだね君は。
なんか言い方がキモイ
>902が
>901ところでお前、チャンスがあれば俺をいじめたいとかマジで思ってる?w
に答えない件
まぁ・・・・思ってるんだろうな。しかも「いじめたくなる原因」は俺にあると思ってるんだろうな
だからこれ↓にも答えない
> で?返事は?因みにでいいから答えてみてよ↓今のお前の理解度を知りたいからさ
> >仮にそれがお前にできたとして、殴る蹴るをした原因は誰に何%あるの?
答えると>747を理解できてないことが露呈するからね
914 :
考える名無しさん:2008/03/16(日) 17:58:45 0
>>906 >>779 は【相手が一言も言ってないことを都合よく解釈するお前が、アイタタな人なんだよ】という文言ではないな。【】内はお前の言葉だろ。
ついでに
>>779は俺のレスでも無いw ホント、鏡だよなww
>実際できてないし
おやぁw 【説明できないらしい】との推測だったのが【実際できてないし】という断言に変わったぞw
>俺も別に教育手段としては否定しないんだが?
お前、こう言っただろw
【虐め批判は教育手段にすらならんよ。ただの批判じゃん 】
教育手段にすらならないんじゃないのか?w
>いじめが幼稚なのは俺の主観に留まらない客観的事実
まず、いじめと幼稚の定義から始めたらどうだ?w つか、幼稚ってレッテル自体、主観に基づいて貼るものなんだがw
>「感情的になって」批判・非難することだよ。書いてあるじゃん。そういう場合は得てして自己矛盾する、と
俺が提示した方には書いてないだろw。指摘しているのは自己矛盾云々の方じゃないぞ。
中途半端な知識しか持っていない証拠。批判・非難が一時的表面的解決にしかならない。実態は益々隠蔽され問題が長期化する。と決め付けてる方だ。
ほれ、よく読めw
【自称知識人の多くは自覚がないが、「何かを批判・非難する」ということはその対象に関して中途半端な知識しか持っていない証拠である(無知の無知)。
これが、批判・非難が一時的表面的解決にしかならず、実態は益々隠蔽され問題が長期化する所以である】
で?感情的にならず批判・非難するのは問題無いのかな?
>理屈で分からん者には体で覚えて貰う。教育手段の一つだろ?w
つまり、お前が提示できた具体的な矯正方法は体罰ってことでOK?w
その体罰も、イジメとか言われるかもしれねーなw
915 :
考える名無しさん:2008/03/16(日) 18:08:32 0
>>1の具体的なイジメ対策は以下の通りのようだww
1、イジメっ子に「殴る蹴るをした原因は誰に何%あるの? 」と質問
2、イジメっ子が質問の意味を理解できなかったり、答えない場合3へ
3、体罰で身体に覚えさせる
で、体罰に抵抗したり、それでも矯正出来なかったらどうすんだ?w
>914 アイタタな人なんだよ】という文言ではないな。
アイタタは合ってるじゃん。つかお前だろ?
> ついでに
>>779は俺のレスでも無いw
んじゃ証明してみ
> 【説明できないらしい】との推測だったのが【実際できてないし】という断言に変わったぞw
実際説明できてないじゃん、今のとこ
> 教育手段にすらならないんじゃないのか?w
漠然とした「いじめ批判」がね。「いじめをする相手を批判」なら、教育手段の一つになり得る
> つか、幼稚ってレッテル自体、主観に基づいて貼るものなんだがw
では「いじめは幼稚ではない」というお前の主観の論拠を述べたらよろしい
> 俺が提示した方には書いてないだろw。
>1-3に書いてあるじゃん。「感情的な批判は自己矛盾する」と
> で?感情的にならず批判・非難するのは問題無いのかな?
問題ないね。つかそれが問題あると言った覚えはない
> つまり、お前が提示できた具体的な矯正方法は体罰ってことでOK?w
その質問の仕方だと、NGだね
でお前は>913はやっぱスルーするしかないの?
>>916 >アイタタは合ってるじゃん。つかお前だろ?
アイタタだけかよ。で、更に下衆の勘繰り炸裂www
>>んじゃ証明してみ
証明するのは言いがかりをつけたお前の役目だろw ほれ、証明してみ?w
>漠然とした「いじめ批判」がね。
おいおい。【批判によって社会にイジメは悪いことであるという空気を作り出し、イジメる側に対して罪悪感を持たせるという手段になりうる】って言葉認めたんじゃないのか?w
>では「いじめは幼稚ではない」というお前の主観の論拠を述べたらよろしい
いや、お前が客観性を証明しろよ?w
>>1-3に書いてあるじゃん。「感情的な批判は自己矛盾する」と
自己矛盾云々の話はしてねーだろ。ちゃんと読めw
【自称知識人の多くは自覚がないが、「何かを批判・非難する」ということはその対象に関して中途半端な知識しか持っていない証拠である(無知の無知)。
これが、批判・非難が一時的表面的解決にしかならず、実態は益々隠蔽され問題が長期化する所以である】
この文章のどこに感情的なという但し書きが書いてあるんだ?w
>つかそれが問題あると言った覚えはない
【何かを批判・非難する」ということはその対象に関して中途半端な知識しか持っていない証拠である】とか言ってるぞ。
感情的になんて枕はどこにも無いなぁw
>その質問の仕方だと、NGだね
他の手段を提示できてねーだろ。んで?体罰執行出来なかったり、それでも矯正出来なかったらどうするんだ?w
> 証明するのは言いがかりをつけたお前の役目だろw
別人証明をするのはお前の役目だよ。お前にしかできないんだから
まぁしたくなければしなくていいよ。読む人が読めば分かることだし
しかしまぁこんな時のために始終「名無し」でいるんだろうな、と勘繰りしてみるw
> いや、お前が客観性を証明しろよ?w
「いじめをするのは幼稚なことである」・・・・証明する必要性をまるで感じません
でお前は「いじめをするのは必ずしも幼稚ではない」という証明、しないの?俺としては是非して欲しいんだけど
> この文章のどこに感情的なという但し書きが書いてあるんだ?w
そこじゃないな〜。ここだよここ↓
>3 例えば、極悪非道な犯罪者に対して「あんな思いやりのない人間がいるなんて信じられない」などと責め立てる人ほど、その罪人の立場を思いやれていないように
お前は自分の都合のいいところしか読まない
> 感情的になんて枕はどこにも無いなぁw
見つからなくて嬉しそう↑
> んで?体罰執行出来なかったり、それでも矯正出来なかったらどうするんだ?w
お前が>913に答えたら、答えてあげでゅ
919 :
考える名無しさん:2008/03/16(日) 18:50:59 0
>>918 >別人証明をするのはお前の役目だよ。お前にしかできないんだから
わはは、つまりは何の証拠も無く言ってたって訳か。
まあ、そう思っておけw
言ったろ?お前の下衆の勘繰りっぷりが面白いってw
>「いじめをするのは幼稚なことである」・・・・証明する必要性をまるで感じません
つまり。いじめ・幼稚の定義もせず、自分の主張を証明もしねーとw
>そこじゃないな〜。ここだよここ
>お前は自分の都合のいいところしか読まない
いや、俺はハナっから、
【自称知識人の多くは自覚がないが、「何かを批判・非難する」ということはその対象に関して中途半端な知識しか持っていない証拠である(無知の無知)。
これが、批判・非難が一時的表面的解決にしかならず、実態は益々隠蔽され問題が長期化する所以である】
この部分を引用してたんだがw 都合よく別の場所にスライドするんじゃねーよw
>お前が>913に答えたら、答えてあげでゅ
はいはい、
>>915でおk?
イジメっ子がお前の質問に答えてやる義理はねーしなぁw
>915
2の短絡思考っぷりがすごいな
お前の内心をそのまま現わしてるみたいだな
>919 わはは、つまりは何の証拠も無く言ってたって訳か。
お前がね。「別人だ」と、何の証拠もなく
だから証明してみ、と言ってる
> つまり。いじめ・幼稚の定義もせず、自分の主張を証明もしねーとw
定義は一般的な定義でOKだし
俺の主張が正しいことはお前のようなアンチが証明してくれてるし
> 都合よく別の場所にスライドするんじゃねーよw
スライドされた場所がそんなに都合悪かったの?
感情的な批判非難は自己矛盾する、と書いてあることには違いないじゃん
> はいはい、
>>915でおk?
いや全然ダメ。答えになってない
> イジメっ子がお前の質問に答えてやる義理はねーしなぁw
お前はいじめっ子じゃないじゃん。いじめっ子に近い思考はしてるけど
お前はお前で>913に答えられないの?
やっぱ自己矛盾が露呈するのが怖い?
> イジメっ子がお前の質問に答えてやる義理はねーしなぁw
なんか、行間読むと「私は虐めっこです」に聞こえるなw
ま、だからこそ俺に必死になって喰いついてるんだろうけど
922 :
考える名無しさん:2008/03/16(日) 19:11:56 0
>>920 お前の意見はこうだろう?w
【そいつが解らなくてもイジメっこはイジメ続けるぞ?】
>理屈で理解できない子供は首根っこ掴んでお尻ぺんぺんだね
>理屈で分からん者には体で覚えて貰う。教育手段の一つだろ?w
いじめっ子が質問に答えないという設定を出したら、理屈で理解できない子供には体罰を加えると答えたのはお前だってw
>お前がね。「別人だ」と、何の証拠もなく
おいおい。
んな理屈が通用するなら「おまえが○○殺人の犯人だろう」「違うよ。証拠は?」「お前が犯人じゃないことを証明するんだよ」
なんて無茶ないいがかりつけられるぞw 本人の証言は証拠なんだが、知らないのかw
>スライドされた場所がそんなに都合悪かったの?
元々論点にしてねー場所だろ。
>いや全然ダメ。答えになってない
つまり、理屈で理解できなきゃ体罰。体罰でも矯正できなければ……言わない。
っという訳だな。怖ぇなそりゃw
>お前はいじめっ子じゃないじゃん。
初手で仮定を受け入れ、都合が悪くなったら無視か?w
>なんか、行間読むと「私は虐めっこです」に聞こえるなw
そーいう仮定で話進めてただろーがw
名無しで長文は人の迷惑を考えないタイプ
924 :
考える名無しさん:2008/03/16(日) 19:24:44 0
四行目から六行目の短絡思考っぷりがすごいなw
お前の内心をそのまま表しているようだ。
なにせ、質問に答えなかっただけで体罰へ移行だからなぁw
名無し 「(いじめに対し)具体的に、どういう矯正方法をとるんだ?」
観念 「具体策はお前が「どうやって俺をいじめる」か、によるね」
名無し「他人に見られない場所で、痣が残らないよう殴る蹴る。あたりにしておくか?」
観念「殴る蹴るをした原因は誰に何%あるの?」
名無し「イジメてるヤツが態々そんな質問に答えると思ってるのか?w
そいつが解らなくてもイジメっこはイジメ続けるぞ? どんな風に矯正してくれるんだ?」
観念「理屈で理解できない子供は首根っこ掴んでお尻ぺんぺんだね」
名無し「何だ、お前の具体的な矯正方法ってのは体罰かw」
観念「理屈で分からん者には体で覚えて貰う。教育手段の一つだろ?w 」
人の迷惑を考えないタイプ
何のためのコテか
> 理屈で理解できない子供には体罰を加えると答えたのはお前だってw
最終的には体罰だろうが、それまでにいろいろ過程はあるだろ普通に
お前は「すぐ体罰」と短絡に考え過ぎなんだよ
> 本人の証言は証拠なんだが、知らないのかw
本人の証言は証拠?だったら裁判必要ないじゃん
> 元々論点にしてねー場所だろ。
論点そのものじゃん。お前が論点でない場所を選んでるんじゃん
> っという訳だな
全然違うね
> 初手で仮定を受け入れ、都合が悪くなったら無視か?w
意味不
> そーいう仮定で話進めてただろーがw
で、どしてその仮定で>913に答えないの?
> 観念「理屈で理解できない子供は首根っこ掴んでお尻ぺんぺんだね」
文頭に「最終的には」って付けといて。普通そのくらい行間と文脈読めば分かるんだが、たまに分からんのが(字面を文字通りにしか解釈できないアホ)いるから
まあ体罰はいかんがな
928 :
考える名無しさん:2008/03/16(日) 21:29:38 0
>>926 >最終的には体罰だろうが、それまでにいろいろ過程はあるだろ普通に
お前が、質問に答えた無かっただけで体罰持ち出したんじゃねーかw 忘れたのか?
観念「殴る蹴るをした原因は誰に何%あるの?」
名無し「イジメてるヤツが態々そんな質問に答えると思ってるのか?w
そいつが解らなくてもイジメっこはイジメ続けるぞ? どんな風に矯正してくれるんだ?」
観念「理屈で理解できない子供は首根っこ掴んでお尻ぺんぺんだね」
>本人の証言は証拠?だったら裁判必要ないじゃん
おいおいおい。これ本気で言ってるのか?本人の証言は人的証拠だろーが。
起訴されて裁判となるのは、本人の無実を主張する証言(人的証拠)を覆すと判断しうる証拠を検察側が示してるからだ。
本人の無実を主張する証言以外に証拠がなけりゃ、裁判にもならねーよw
こんなの当たり前の教養だろ?w 悪魔の証明って言葉知ってるか?
>で、どしてその仮定で>913に答えないの?
イジメっ子が答えてやる義理はねーだろと言ってるじゃねーか、ちゃんと読めよw
俺がお前をイジメたらって仮定だろ。
>文頭に「最終的には」って付けといて
はいはい、後付乙。お前がいきなり体罰持ち出したんだろw
具体的な矯正も方法も体罰しか示してないしなぁw
なんでこう低レベルになってくんだ…
>>929 人的証拠を知らなかったり、悪魔の証明を求める程度の教養レベルだからじゃね?w
> お前が、質問に答えた無かっただけで体罰持ち出したんじゃねーかw
日本語でヨロ
> 本人の証言は人的証拠だろーが。
違うな。証拠に値するかどうかは裁判官が判定を下すんだよ
幾ら検察や本人が証拠だ、と主張してもそれだけでは「証拠」にならない
> 悪魔の証明って言葉知ってるか?
んー・・・・知ってるけど、使い方間違ってるよ
俺は「実在しないことを証明しろ」とは一言も言ってない
よほど昨日今日覚え立ての言葉を使いたかったんだろうが、使いこなすには10年早いな
> イジメっ子が答えてやる義理はねーだろと言ってるじゃねーか、ちゃんと読めよw
ないのは義理じゃなくて道理だな、お前の場合
> 具体的な矯正も方法も体罰しか示してないしなぁw
具体的矯正は>913にお前が答えないと答えようがない。加害者の理解度に応じてケースバイケースだし
>930
つ人は鏡
>>931 質問に答えなかっただけで、体罰を持ち出したのはお前だろと言ってるんだよ。
>違うな。
裁判にもならねーと言ってるだろうにw
何せ、本人が否定して、そいつを覆す証拠が一切無いんだからな。裁判官もでてこねーよw
証拠ってのは裁判だけで使用される言葉じゃねーぞ?【証拠】不十分で不起訴の場合、裁判官の出る幕無いだろ。つか、この程度の教養もっとけよw
で?証言も証拠になるってのは解ったか?勉強になったろ?w
>俺は「実在しないことを証明しろ」とは一言も言ってない
悪魔の証明とは
事実の有無に争いがある場合、多くの場合、「積極的事実」(ある事実が存在すること)を主張する者に証明をさせるべきであり、
「消極的事実」(ある事実が存在しないこと)を主張する者に証明をさせるのは妥当でない場合が多いということを比喩的に表現した言葉 by Wikipedia
お前が、俺が
>>779を書いたと決め付けたんだから、積極的事実を主張したのはお前ということになる。
そんな事実は存在しないと主張してるのが俺だ。ほれ、ぴったりと悪魔の証明の使い方に合致してるだろ?
この場合、お前が証明するのが筋だろ。あたりめーだがな。
本当に人は鏡だよなぁw
>ないのは義理じゃなくて道理だな、お前の場合
>加害者の理解度に応じてケースバイケースだし
加害者がお前の質問に答えるたぁ限らないだろ。ほれ、そういう相手に対しての具体的な矯正方法は?
お前がいきなり持ち出したのは体罰だったけどなぁw
しかし、こいつは名言だなw
>本人の証言は証拠?だったら裁判必要ないじゃん
本人の証言が証拠にならないんじゃ、供述調書も証拠にならねーじゃねーかw
自白も証拠として採用されないってことになるぞww
人的証拠があると裁判必要ないのかwww
> > 本人の証言は人的証拠だろーが。
名無しが「私は>779ではない」と言えばそれが別人の証拠になるらしい
やれやれ、だな
というか今後もこんな場面で逃げることを前提により一層名無しで居続けるんだろうな
いいよね、名無しって(都合が)
ま、枝葉末節は置いといて、結局お前は「虐められる側にも原因がある」と思ってるんだろ
で現在進行で誰かをいじめてるorいじめてた
だから俺の主張を否定したがってるし、>913にも答えない
要するに、俺に幼稚だと言われてイラついてんだろ?w
>932 裁判にもならねーと言ってるだろうにw
なったらの話だよ
> 【証拠】不十分で不起訴の場合、裁判官の出る幕無いだろ。
んじゃお前の「私は>779ではない」も証拠不十分てことでFA?
> で?証言も証拠になるってのは解ったか?
証言だけじゃ証拠にならないね。証言は証言
> そんな事実は存在しないと主張してるのが俺だ。
それが悪魔の証明だよ。つまりお前の「私は>779ではない」は証拠にならん、ってことだ
> この場合、お前が証明するのが筋だろ。
俺自身は証明する必要性を感じません。読む人が読めば分かるので
まぁ、お前がどれだけ潔白を主張しても疑いは晴れないってことだ。諦めなさい
> ほれ、そういう相手に対しての具体的な矯正方法は?
ケースバイケースだと何度
>933 供述調書も証拠にならねーじゃねーかw
ならないこともあるね。警察がねつ造したりして
> 自白も証拠として採用されないってことになるぞww
だから採用するかどうかは裁判官が判断するんだよ。まだ気付かんのかこのアホはorz
> > 具体的な矯正も方法も体罰しか示してないしなぁw
>
> 具体的矯正は>913にお前が答えないと答えようがない。加害者の理解度に応じてケースバイケースだし
再掲
なんか読まずにまた「いきなり体罰云々」とか言い出しそうorz
937 :
考える名無しさん:2008/03/16(日) 23:54:32 0
>>934 >名無しが「私は>779ではない」と言えばそれが別人の証拠になるらしい
悪魔の証明の意味を理解してないこと丸解りなレスだな、おいw
悪魔の証明の意味が解ってるってんなら、積極的事実を主張してるお前に立証責任があるってこと位は理解しろよなw
つかこのレスですぐ理解できると思ったんだがなぁ→【証明するのは言いがかりをつけたお前の役目だろw ほれ、証明してみ?w】。
まあ、お前の主張の根拠はただの妄想なんで、どーしょうも無いのは解るがよww
>ま、枝葉末節は置いといて
幹は、お前がイジメにどう具体的に対応するかだろ。
質問に答えないor理解できないイジメっ子をどう矯正するんだ?
今のところ出てるのは体罰だけだが、他には無いのか?w
> 積極的事実を主張してるお前に立証責任があるってこと位は理解しろよなw
え?立証責任が俺にあるの?どして?
俺はお前が>779でなくても別に構わんよ。俺自身が思ってるだけで十分だし読む人が読めば分かることだし
でもお前は>779がお前でないことを「証明できない」(悪魔の証明)
それだけの話じゃん
何か不満でも?
> 質問に答えないor理解できないイジメっ子をどう矯正するんだ?
その子のレベルによるね(としか答えようがないと何度言ったらこのアホは分ry
> 今のところ出てるのは体罰だけだが、他には無いのか?w
腐るほどあるが、暫く言わないでおこうかなと
お前が>913に答えたら、言おうかなと
939 :
考える名無しさん:2008/03/17(月) 00:06:53 0
>>935 >んじゃお前の「私は>779ではない」も証拠不十分てことでFA?
否定命題は証明困難。
その理屈だと、「私は宇宙人ではない」「私は悪魔ではない」も証拠不十分だとか言えるだろーがw
>証言だけじゃ証拠にならないね。証言は証言
だからな。証拠ってのは物的証拠と人的証拠ってのがあるんだよ。証言も証拠となる。
つーか、この程度、当たり前の教養だろーに。
>つまりお前の「私は>779ではない」は証拠にならん、ってことだ
なるよ。完全に証立てることはできねーけどな。
つか否定命題の証明を求める愚を知らないとはなぁ。こーいうヤツもいるのかw
本当に、悪魔の証明の意味理解してねーんだなぁw
>俺自身は証明する必要性を感じません
あーはいはい、まあ、お前は悪魔だ、お前は宇宙人だと決め付けて、
証明する必要は無いと嘯いてるヤツも世の中にはいるかもしれんしな。別に構わんぞw
>だから採用するかどうかは裁判官が判断するんだよ。まだ気付かんのかこのアホはorz
あのなー。証拠ってのは検察の段階で【証拠】なんだよ。だから証拠不十分で不起訴ってことがある。
証言もれっきとした人的証拠。解るか?で、裁判に移って、その証拠が採用されるかされないかが決まる。
んな訳で、証言は既に【証拠】となっており、起訴不起訴を決定付ける検察や弁護側の武器となってる訳だ。
やれやれ、こんな基本的なコトも知らないとはな。
940 :
考える名無しさん:2008/03/17(月) 00:11:01 0
>>938 わははは、もうスゲー理屈だよなぁw。ちょっと改変してみようか?
え?立証責任が俺にあるの?どして?
俺はお前が悪魔でなくても別に構わんよ。俺自身が思ってるだけで十分だし読む人が読めば分かることだし
でもお前は悪魔でないことを「証明できない」(悪魔の証明)
それだけの話じゃん
何か不満でも?
まあ、そらそーだわなw。
俺が悪魔では無いことは証明できんなw
これなら、自分の妄想を根拠にしてレッテル貼り放題だなw
>ケースバイケースだと何度
ちゃんと設定してやってるだろ?
俺がお前を、人のいない場所で痣にならない程度に殴る蹴るを繰り返してる。
「殴る蹴るをした原因は誰に何%あるの?」 とイジメられてるお前が聞いてきたが、
「態々そんな質問に答えると思ってるのか?」と俺はイジメ続行。
ほれ、どーするんだ?w
俺をどんな風に矯正するのかな?w
>939 その理屈だと、「私は宇宙人ではない」「私は悪魔ではない」も証拠不十分だとか言えるだろーがw
そうはならんな。宇宙人か悪魔かは、「見る人の主観」で変わり得るから
お前だって宇宙人じゃん、ある意味。行動如何で悪魔にもなり得るし
> 証拠ってのは物的証拠と人的証拠ってのがあるんだよ。
論点でないどうでもいい話を持ち出してるね
> 証言も証拠となる。
それが証拠として採用されるかどうかは別
> なるよ。完全に証立てることはできねーけどな。
要するに証拠にならんってことじゃん
> だから証拠不十分で不起訴ってことがある。
要するに証拠にならんから、不起訴にするんだろ
> んな訳で、証言は既に【証拠】となっており
言葉遊びだな。検察が証拠だと思ってるだけじゃん
だから証拠が覆される(証拠でなくなる)ことが裁判でも幾らでもあるだろ
で>913はやっぱしスルー?
> これなら、自分の妄想を根拠にしてレッテル貼り放題だなw
お前がやってることだけどね
> ちゃんと設定してやってるだろ?
細かく答えるほどではないな
お前の質問の仕方だと「最終的には体罰」としか答えようがない
> 俺がお前を、人のいない場所で痣にならない程度に殴る蹴るを繰り返してる。
> 「殴る蹴るをした原因は誰に何%あるの?」 とイジメられてるお前が聞いてきたが、
あ、そういう風に解釈してるの!
ごめん、俺、自分が殴られてる状況でそんな質問しないw
つかお前、マジ短絡思考だな
> 俺をどんな風に矯正するのかな?w
取り敢えずお前をぶん殴って関節技で両腕をへし折ってから「過剰正当防衛しちゃった。ごめんね」と謝るよ
で?次のお前の対応は?
> 痣にならない程度に
どしてあざにならない程度なのかが疑問
お前がホントは優しい奴だっていう設定?w
945 :
考える名無しさん:2008/03/17(月) 00:31:24 0
>>942 なんつーかスゲーな。
こーいう無知なヤツも世の中にゃいるんだなw
証拠ってのはな。
それ一つで事実が全て証明できる万能なもんじゃないぞ?w
証拠能力の小さいものも、事実の一断面しか証だてることの出来ないモノでも【証拠】となる。
つーか、お前、証拠の意味すら理解してなかったのかよw
>お前だって宇宙人じゃん、ある意味。行動如何で悪魔にもなり得るし
もう滅茶苦茶だなw 比喩の話はしてねーよw
>お前がやってることだけどね
悪魔の証明を求めてくるヤツににゃ言われたくねーなw
>細かく答えるほどではないな
つまり、ここまで情報与えても具体的な方法は↓な訳かw
>取り敢えずお前をぶん殴って関節技で両腕をへし折ってから「過剰正当防衛しちゃった。ごめんね」と謝るよ
わははははは。
やっぱり体罰の亜種じゃねーかw
946 :
考える名無しさん:2008/03/17(月) 00:40:18 0
>>1が人を悪魔だと決め付けた時。
それは悪魔の証明だからお前に立証責任があると指摘されたら。
え?立証責任が俺にあるの?どして?
俺はお前が悪魔でなくても別に構わんよ。俺自身が思ってるだけで十分だし読む人が読めば分かることだし
でもお前は悪魔でないことを「証明できない」(悪魔の証明)
それだけの話じゃん
何か不満でも?
と、答えるw
うーん、すごいよなぁ。ここまで見事に悪魔の証明を堂々と主張するヤツも珍しいw
しょーもない煽り文句はいいから。続けて。
結局、パチンコが遠隔やホルコン操作による営業だという指摘は
指摘した側が証明しなければならない。
現実的には遊戯協会を牛耳っているのが警察であるのを考えると
内部情報のリークに頼らざるを得ず、一般客が証明するのは困難。
確立の範囲内って事で終了。
証明の必要は無い
行かなきゃいい
>945 それ一つで事実が全て証明できる万能なもんじゃないぞ?w
そうだよ。だからお前が別人証明のためにお前の証言のみを証拠だと主張したところで意味がないってことだよ
分かったか?
> つーか、お前、証拠の意味すら理解してなかったのかよw
証拠の意味を俺が理解していることをすら、お前が知らなかったんだよ
> 比喩の話はしてねーよw
え?比喩でなかったらどして「宇宙人」とか「悪魔」が出てくるのかな?説明してみ
> 悪魔の証明を求めてくるヤツににゃ言われたくねーなw
・・・・今もって本気で求めてると思ってるとこがちとイタいんだが・・・・
(皮肉という言葉を知らんのだろうか・・・?「俺の証言が証拠」なんて本気で思ってるのもイタいけど)
> やっぱり体罰の亜種じゃねーかw
正当防衛だよ。体罰ではない。寧ろ体罰を先に仕掛けてるのはそっちじゃん
>946>
>>1が人を悪魔だと決め付けた時。
お前が「>779」を「悪魔」に入れ替えて決めつけてるじゃん
俺は>779を悪魔だと思ってないよ。>779は>779で実在するし
お前、「悪魔の証明」の意味分かってる??w
>946 それは悪魔の証明だからお前に立証責任があると指摘されたら。
ここがまたおかしい
悪魔の証明「だから」相手に立証責任がある、という理屈
悪魔の証明「だから」俺に立証責任はない、ならまだ分かるんだが
だから何故俺に立証責任が?と聞いたら
> ここまで見事に悪魔の証明を堂々と主張するヤツも珍しいw
と開き直っちゃった
前にも言ったが、そもそもお前は悪魔の証明の使い方が間違ってるんだよ、と小一時間
でだ
両腕をへし折られたお前はどう出るの?
この後楽しい矯正方法(禅問答)が激しく続くんだけど、なんか反応くれないと開始できないだろ
それとも>913同様スルーかいな
953 :
考える名無しさん:2008/03/17(月) 22:43:05 0
>>950 >だからお前が別人証明のためにお前の証言のみを証拠だと主張したところで意味がない
あるに決まっているだろ。
お前の主張に証拠は無く、こちらの主張に証拠があるって話だろーがw
>え?比喩でなかったらどして「宇宙人」とか「悪魔」が出てくるのかな?説明してみ
比喩では無い意味で「宇宙人」「悪魔」という概念が存在するからだが。
>・・・・今もって本気で求めてると思ってるとこがちとイタいんだが・・・・
後釣り宣言乙w
>正当防衛だよ。
お前、自分で過剰防衛と言ってなかったか?w
>お前、「悪魔の証明」の意味分かってる??w
ほれ、鏡だw
>悪魔の証明「だから」相手に立証責任がある、という理屈
悪魔の証明とは。
事実の有無に争いがある場合、多くの場合、「積極的事実」(ある事実が存在すること)を主張する者に証明をさせるべきであり、
「消極的事実」(ある事実が存在しないこと)を主張する者に証明をさせるのは妥当でない場合が多いということを比喩的に表現した言葉 by Wikipedia
立証責任はお前にあり、俺でには無いという言はぴったりだろう?w 本当に理解できてないらしいなw
954 :
考える名無しさん:2008/03/17(月) 22:45:47 0
さて、イロイロと言質も取れたんでおさらいだ。
>>1を適用すると。
こうなるのはお前が認めた通りでいいな?
*イジメられっ子に対してのメッセージ
人は本来自分の感情を他人のせいにはできない。
イジメられた事への怒りの矛先を少なくとも自分以外の誰かに向けるのは、筋も間も勘も気も思いも見当も御門も違う。
貴方がイジメやイジメっ子に嫌悪感を抱いても、その原因は常に「貴方の持つ固定観念・定義付け」であって「イジメた相手」ではない。
*イジメっ子に対してのメッセージ
仮に貴方が誰かをイジメて、怒らせたり悲しませても、相手が自前の了見・価値基準で勝手に感じている事なので、貴方が後悔や自責の念を感じる必要は一切ない。
世間が幾らイジメっ子に罪悪感や劣等感を感じるよう仕向けたとしても上述のように御門違いなので、何らイジメっ子が自己嫌悪に苛まれるべき理由にならない。
*イジメを批判する人に対してのメッセージ
自称知識人の多くは自覚がないが、「イジメを批判・非難する」ということはその対象に関して中途半端な知識しか持っていない証拠である(無知の無知)。
これが、批判・非難が一時的表面的解決にしかならず、実態は益々隠蔽され問題が長期化する所以である。
955 :
考える名無しさん:2008/03/17(月) 22:49:23 0
更に
>>1はこうも適用できる。
肉体的ダメージと痛覚は観念が作用しないらしいが、そこから生まれる感情は受けての責任って訳なんで、以下の通り。これも間違いないな?
*暴力を振るわれた人に対してのメッセージ
人は本来自分の感情を他人のせいにはできない。
殴られた事への怒りの矛先を少なくとも自分以外の誰かに向けるのは、筋も間も勘も気も思いも見当も御門も違う。
貴方が暴行や殴った相手に嫌悪感を抱いても、その原因は常に「貴方の持つ固定観念・定義付け」であって「殴った相手」ではない。
*暴力を振るう人に対してのメッセージ
仮に貴方が誰かを殴って、怒らせたり悲しませても、相手が自前の了見・価値基準で勝手に感じている事なので、貴方が後悔や自責の念を感じる必要は一切ない。
世間が幾ら暴行犯に罪悪感や劣等感を感じるよう仕向けたとしても上述のように御門違いなので、何ら暴行犯が自己嫌悪に苛まれるべき理由にならない。
*暴力を批判する人へのメッセージ
自称知識人の多くは自覚がないが、「暴力を批判・非難する」ということはその対象に関して中途半端な知識しか持っていない証拠である(無知の無知)。
これが、批判・非難が一時的表面的解決にしかならず、実態は益々隠蔽され問題が長期化する所以である。
956 :
考える名無しさん:2008/03/17(月) 22:52:13 0
>>1の具体的なイジメ対策方法。問答形式で。
>>1の言葉は全て引用による表記。
名無し「俺がお前をイジメたと仮定しようか。(いじめに対し)具体的に、どういう矯正方法をとるんだ?」
>>1「具体策はお前が「どうやって俺をいじめる」か、によるね」
名無し「他人に見られない場所で、痣が残らないよう殴る蹴る。あたりにしておくか?」
>>1「殴る蹴るをした原因は誰に何%あるの?」
名無し「イジメてるヤツが態々そんな質問に答えると思ってるのか?
そいつが解らなくてもイジメっこはイジメ続けるぞ? どんな風に矯正してくれるんだ?」
>>1「理屈で理解できない子供は首根っこ掴んでお尻ぺんぺんだね」
名無し「何だ、お前の具体的な矯正方法ってのは体罰かw」
>>1「理屈で分からん者には体で覚えて貰う。教育手段の一つだろ?w 」
名無し「これは、俺がお前をイジメていたらって設定だろ?子供では無く、俺だとどうする?」
>>1「取り敢えずお前をぶん殴って関節技で両腕をへし折ってから「過剰正当防衛しちゃった。ごめんね」と謝るよ 」
名無し「やっぱりお前の具体的対策ってのは暴力かよw」
957 :
考える名無しさん:2008/03/17(月) 22:58:53 0
>>1の立証責任に関する考え方
お前は○○だと、証拠も無く断言。
文句があるなら【○○でないことを証明しろ】と主張。それは悪魔の証明であり、立証責任はお前にあると言われた時の言葉。
>え?立証責任が俺にあるの?どして?
>俺はお前が○○でなくても別に構わんよ。俺自身が思ってるだけで十分だし読む人が読めば分かることだし
>でもお前は○○でないことを「証明できない」(悪魔の証明)
>それだけの話じゃん
>何か不満でも?
○○を悪魔、殺人者、宇宙人などに置き換えると、その異常さが解る。
これは好きなレッテルを、証拠無しに自分の妄想で勝手に貼る為の論法として使用されている。
尚、悪魔の証明とは。
事実の有無に争いがある場合、多くの場合、「積極的事実」(ある事実が存在すること)を主張する者に証明をさせるべきであり、
「消極的事実」(ある事実が存在しないこと)を主張する者に証明をさせるのは妥当でない場合が多いということを比喩的に表現した言葉 by Wikipedia
骨折の治療で腕を固定するために首からぶら下げるだろうから
両腕となるとまるで中国人のような形になるだろうな
中国人の形でどう出るのかが見ものだな
>953 お前の主張に証拠は無く、
流石に証拠がある、とは言わないw
だが「アイタタ」にあのタイミングで反応してる件。ここまで粘着してる件・・・
読む人が読めば怪しいと容易に推察するだろうね
こちらの主張に証拠があるって話だろーがw
え?どこに証拠が?
お前の証言はただの参考意見だよ
匿名掲示板であれは俺じゃないなんて誰でも言えることじゃん
寧ろ些細な事にここまで粘着しているところが怪しい
それにあれで証拠になるってマジで思ってるとこがイタい上に更に怪しい
> 比喩では無い意味で「宇宙人」「悪魔」という概念が存在するからだが。
概念上存在するだけで比喩ではないことにはならない
> お前、自分で過剰防衛と言ってなかったか?w
結果は過剰だが目的は正当じゃん
> 立証責任はお前にあり、俺でには無いという言はぴったりだろう?w
つか匿名掲示板で俺が>779をお前だと証明することの方が、よっぽど「悪魔の証明」なんだが
>779がお前じゃないというなら、協力してもらって別人証明すりゃいいじゃん
何故それをしないのかな?やろうと思えばできるだろ?
>954 こうなるのはお前が認めた通りでいいな?
いじめっ子へのメッセージが偏ってるね。正当化したがってるのがよく分かる
>955
これも暴力をふるう人へのメッセージが偏ってるね。何故「ふるう前の己の感情」については触れないのかな?
都合が良過ぎるね
どう都合が良過ぎるか、分かるか?
で>913はもう完全スルー?
さて次は中国人の番だな
中国人でなくて悪かたアルヨ<AK
>955仮に貴方が誰かを殴って、怒らせたり悲しませても、相手が自前の了見・価値基準で勝手に感じている事なので
その前にさ
>仮に貴方が誰かを殴りたくなったとしても、貴方が自前の了見・価値基準で勝手に感じている事なので、相手のせいにはできない
・・・と解釈できないのは、なんでかな
お前の理屈を読んでると「俺が誰かを殴ってもそれで不快感を感じるのは相手のせい」と主張したがってるみたいなんだけどさ
そもそも「殴りたくなったのはお前のせい」だからね
殴る、という行為自体が既に自己矛盾を含んでるんだよ
後から四の五の言う資格はない、ということだ
その辺り、分かってる?
今までお前みたいな勘違いは結構あったんだよ
ちょこちょこメモしといたの貼り付けとくから読んどけ
2つ目のは関係ないけど
以下、よくある反論と回答
「感情が自己責任なら、どれだけ迷惑をかけても迷惑がる方の勝手という理屈が成り立ち犯罪者擁護に繋がる」
⇒そもそも感情に自己責任が取れてない者が行う愚行が犯罪であり、感情に自己責任が取れているなら迷惑行為に至る必要性自体がなくなるので寧ろ犯罪は減る
「相手の解釈を汲み取るからこそコミュニケーションが成り立つ。自分の解釈だけでいいなら社会が成り立たない」
⇒もともとコミュニケーションが成り立つのは両者が主観を共有するからであって、各々が各々の主観に基づいて解釈している事は最初から変わりは無い(>3の後半にある「共有された主観」参照)
964 :
考える名無しさん:2008/03/18(火) 22:16:10 0
>>959 ハイハイ、妄想乙。
>>960 >つか匿名掲示板で俺が(略)
何の証拠も無く、妄想だけでお前が決め付けたからそうなるんだろw
>いじめっ子へのメッセージが偏ってるね。
お前の理屈が偏ってるからじゃね?w
>これも暴力をふるう人へのメッセージが偏ってるね
お前の理屈を適用するとそうなるってことだ。ほれ、イエスかノーで答えてみなw
>で>913はもう完全スルー?
つか何度も言っただろ?w イジメっ子が答えてやる義理は無いだろと。
お前が予測し、イジメっ子への対応を書けばいいだけだろ。
まあ、具体策は暴力で対応する
>>956だけのようだがなw お前が教師だと新聞沙汰になるような暴力教師になりそうだなw
>お前の理屈を読んでると
いや、
>>1に書いてあるお前の理屈だよw お前が認めただろうにw
965 :
考える名無しさん:2008/03/18(火) 22:26:22 0
>>963 勘違いでも何でも無いだろ。コレが適用されるのは、お前が認めた通りだw
*イジメられっ子に対してのメッセージ
人は本来自分の感情を他人のせいにはできない。
イジメられた事への怒りの矛先を少なくとも自分以外の誰かに向けるのは、筋も間も勘も気も思いも見当も御門も違う。
貴方がイジメやイジメっ子に嫌悪感を抱いても、その原因は常に「貴方の持つ固定観念・定義付け」であって「イジメた相手」ではない。
*イジメっ子に対してのメッセージ
仮に貴方が誰かをイジメて、怒らせたり悲しませても、相手が自前の了見・価値基準で勝手に感じている事なので、貴方が後悔や自責の念を感じる必要は一切ない。
世間が幾らイジメっ子に罪悪感や劣等感を感じるよう仕向けたとしても上述のように御門違いなので、何らイジメっ子が自己嫌悪に苛まれるべき理由にならない。
*イジメを批判する人に対してのメッセージ
自称知識人の多くは自覚がないが、「イジメを批判・非難する」ということはその対象に関して中途半端な知識しか持っていない証拠である(無知の無知)。
これが、批判・非難が一時的表面的解決にしかならず、実態は益々隠蔽され問題が長期化する所以である。
そうそう。これも正解か返答ヨロ。
>人生で体験する全て(外界)は「体験者がどんな固定観念を持っているか(内界)」を映し出す“鏡”に過ぎない。
つまり、個人が感じる世界に悲劇が存在するのは全て個人の内面に悲劇が存在するからということになる。
自分が感じている世界でイジメがあるのも、親が死ぬのも、自分が死ぬのも、世界に戦争が存在するのも全て自分の固定観念を映し出している結果である。
>>963 そういや
>>1って自分で自分の感情に責任とれる人間だと思ってる訳?w
だいたい、価値観も善悪も定まらないガキが概念どうこう考えるかよ。
哲学どころか普通に考えりゃわかるだろ。
ガキは他者(親含む)依存の塊なんだよ。
簡単に言えば、感情のみで生きてる。
いじめはさ、一概には語れない。
ガキがガキいじめんのはさ、幼い精神と幼い精神のぶつかり合いだから。
哲学はさ、大人の学術なんだぜ?
よく考え直したほうがいいね。
どっちが悪い?善悪の判断は大人でも容易じゃない。
因果応報。哲学的にこの問題を取り扱うのであれば
そこだろう。解決策なんてない。大人の欺瞞。
どうでもいいが中国人は中国人とコテつけてくれないとNGに登録できないのだがな
自意識過剰な奴はこれだから困る
いやはやとうとう地に落ちたな
>964 お前の理屈を適用するとそうなるってことだ。
いやそれはお前の理屈だよ。俺の理屈ではない
お前はお前の価値観で>1-3を読んでる
お前が解釈した「>1-3」は、俺が示した>1-3とは異なるんだよ
> イジメっ子が答えてやる義理は無いだろと。
要するに「私はいじめっ子ですw」と言いたいわけだな。道理で頭が悪過ぎる
> お前が予測し、イジメっ子への対応を書けばいいだけだろ。
ではケースバイケース、虐めっ子の個性特性による、としか言いようがないな
> まあ、具体策は暴力で対応する
>>956だけのようだがなw
「見えないものは存在しない」というお前の拙い観点から見るとね
> いや、
>>1に書いてあるお前の理屈だよw
違うな。「お前が解釈した、>1の理屈」だよ。俺の理屈とは似て非なるものだよ
>966
当然だよ。お前は感情に自己責任取れてないけどね
>967 哲学はさ、大人の学術なんだぜ?
単にお前が「哲学はムズイ」と思ってるだけじゃん
972 :
考える名無しさん:2008/03/19(水) 20:10:27 0
>>971 >いやそれはお前の理屈だよ。俺の理屈ではない
お前の理屈>>1-
>>3が
>>965に適用可能なのは確認済み。お前は認めただろw
>要するに「私はいじめっ子ですw」と言いたいわけだな。
イジメっ子という仮定で話を進めていたのを忘れたのか?w
>道理で頭が悪過ぎる
人は鏡なんだろ?w
>ではケースバイケース、虐めっ子の個性特性による、としか言いようがないな
お前がいきなり出してきたのは体罰だったけどな。
>「見えないものは存在しない」というお前の拙い観点から見るとね
お前が具体的に提示したのが体罰であることは、単なる事実だ。
>俺の理屈とは似て非なるものだよ
自分で認めたでは無いかw 適用可能なんだろう?イエスかノーで答えてみなw
>当然だよ。お前は感情に自己責任取れてないけどね
ほほう。んじゃ、なんで痣にもならない程度にしかじゃれあっていない相手に重傷を負わせるという例を持ち出したのかな?
【取り敢えずお前をぶん殴って関節技で両腕をへし折って】
【そもそも「殴りたくなったのはお前のせい」だからね。殴る、という行為自体が既に自己矛盾を含んでる】んじゃなかったのか?w
>972 お前は認めただろw
いや認めてない
結論を急ぎたがるのもアンチの特徴
> イジメっ子という仮定で話を進めていたのを忘れたのか?w
ならお前が両腕をへし折られた仮定の話の続きをしろよw
どう対応するんだ?ん?
> 人は鏡なんだろ?w
いや違うな。単に俺の中で「頭の悪い人間」の定義にお前が当て嵌まってるってだけだよ
お前の理屈だと先生が生徒に「貴方は数学が苦手だね」と言ったら、先生も数学が苦手だということになってしまう
何でもかんでも人は鏡が通用すると思ったら大間違い
> お前がいきなり出してきたのは体罰だったけどな。
お前の質問が具体的でないから端折ったんだよ
> お前が具体的に提示したのが体罰であることは、単なる事実だ。
具体的に提示したのは「体罰」ではない。「お尻ぺんぺん」だよ
> イエスかノーで答えてみなw
強いて二者択一で答えるなら、ノーだね
完璧に間違ってる部分があるから
> なんで痣にもならない程度にしかじゃれあっていない相手に重傷を負わせるという例を持ち出したのかな?
え じゃれあってたの?じゃあ話は別だなあ
じゃれあうことを通常、「殴る蹴る」とは言わない
> 【そもそも「殴りたくなったのはお前のせい」だからね。
これはその通り
> 殴る、という行為自体が既に自己矛盾を含んでる】んじゃなかったのか?w
最初のお前の「殴る蹴る」がね
つかお前論点ずらすの下手だね
彼女にクンニしゅるのは自己矛盾しゅる?
チンコぶっさすのも自己矛盾しゅる?
それとも自己矛盾しゅるのは強姦だけ?
観念論
まるで全共闘だな。こういう論理は似非哲学
内ゲバなどの殺人を産んだ構図と同一。
危険だと認識した方がよい。若造。
>>967 大人という概念は錯覚だとリリーフランキーは言っていたがまったく同感。
中島義道は哲学へ進むきっかけに、いじめ体験があったらしい。
それは跳び箱が飛べないとか、ボールが上手く取れないとかいった、
同年代的に著しく反射神経が劣っていた事が強く作用したようだ。
彼の写真を見るとやはり「いじめられっこ」の顔つきをしている。
>976 > まるで全共闘だな。こういう論理は似非哲学
お前の知識の中では「全共闘」が一番近かったんだろうねぇ
世代が新しいと「オウム」に喩える
どっちも間違いだけどね
> 危険だと認識した方がよい。若造。
お前の解釈の仕方が、危険なんだよ。爺
何でもかんでも批判しかしない爺
批判すれば何かやっていると思い込む世代だな
文句言うしか能がないから役立たずが多い
中国人と同じだな
> 批判すれば何かやっていると思い込む世代だな
団塊の世代に多いね
981 :
考える名無しさん:2008/03/20(木) 18:46:01 0
>>973 >いや認めてない
自分の言葉も忘れたのか?w
>>785に
>>786でその通りと答えてるじゃねーかw
>どう対応するんだ?ん?
ああ、んじゃ、お前の具体的なイジメ対策はイジメられっ子がイジメっ子を殴って両腕をへし折るというのでOKということだなw
>いや違うな。単に俺の中で「頭の悪い人間」の定義にお前が当て嵌まってるってだけだよ
それがお前自身だったという訳だw
>具体的に提示したのは「体罰」ではない。「お尻ぺんぺん」だよ
それは体罰なんだがw ついでに殴り返して腕をへし折るのも暴力による対応だよなw
>完璧に間違ってる部分があるから
ほー。どこに当てはまらない箇所があるんだ?言ってみろよw
お前は
>>786でその通りと答えてるんだがなぁw
>最初のお前の「殴る蹴る」がね
お前の「殴る、関節技かける」もだろ?w
苦痛は観念の影響は無くとも、苦痛から生じた感情によって【殴るという行為】を選んだのはお前なんだからよw
苦痛を解釈し生まれたお前の観念は存在しないのか?w
982 :
考える名無しさん:2008/03/20(木) 18:54:53 0
>>974 >え じゃれあってたの?
痣にもならない程度に殴る蹴るするのはじゃれあいとも言うだろ?w
俺が出した事実関係は痣にもならない程度に殴る蹴るというだけだ。
怪我の無い軽いじゃれあいだとやってる方が思っていても、人間関係の齟齬で、いじめとなってしまうことがあるのも事実だよなw
傷害にすらならなくても、いじめになることたある例だw
んで、お前の選択した行動はれっきとした暴行と傷害w
過剰防衛すら適用されねーよ。1対1で武器は無し。一人は怪我一つ無く、一人は両腕を折られる重傷。
犯罪者はお前という訳だw
> でその通りと答えてるじゃねーかw
一部認めてるってことだよ。お前の「適用」(すなわち理解度)は中途半端ってこと
> お前の具体的なイジメ対策はイジメられっ子がイジメっ子を殴って両腕をへし折るというのでOKということだなw
いやそれができないから問題なわけで(どこまでアホなんだろうこの人)
> それがお前自身だったという訳だw
そんな妄想に逃げて、そんなに楽しい?
> ほー。どこに当てはまらない箇所があるんだ?言ってみろよw
既に言ってるじゃん
> お前は
>>786でその通りと答えてるんだがなぁw
違うな「その通りだが、〜」と書いてある
お前は「だが」以降が都合が悪いからスルーしてるんだよ。>913と同じように
> お前の「殴る、関節技かける」もだろ?w
それは正当防衛。過剰ながらもね
お前の最初の殴る蹴るはどこが正当防衛なのかな?正当性を主張してみ
> 苦痛から生じた感情によって【殴るという行為】を選んだのはお前なんだからよw
お前の最初の殴る蹴るも、選んだのはお前じゃん
それに俺は苦痛から殴ったんじゃない。お前が今後「喧嘩するときは相手を選ぶ」という選択肢を選べるように、お前自身の成長のために殴ったんだよ
まぁ言わば愛の鞭だ
>980
そそ。サラリーマン時代それで結構大変だった
何かしら因縁を付けないと気がすまないのか
それとも何か言わないと仕事してないと思われるとでも思い込んでいるのか
兎に角無駄口だけで妙な思想を持ち結局仕事はしないできない
まあ役員にも噛み付く程だったからうまくコントロールして利用もしていたがな
彼らは気まって短気で気が強そうなのだがイザとなるとヘタレ。でもってすぐ言い訳をする。
怒ったり謝ったりで仕事以外で忙しい人たちだったよw
985 :
考える名無しさん:2008/03/20(木) 19:10:37 0
あ、そうそう。更に質問だ。
>感情に限らず人生で体験する全て(外界)は「体験者がどんな固定観念を持っているか(内界)」を映し出す“鏡”に過ぎない。
こいつが事実だとすると。
ダライ・ラマ14世は身内を虐殺され、今も自分を慕うチベット僧侶や人々が拷問の憂き目に合い、殺戮されているって体験をしているんだが。
非暴力を提唱し、実践しているダライ・ラマ14世のどんな固定観念が、彼にそんな悲惨な体験をさせているんだ?
ゲルニカで、虐殺や惨劇等想像もしない穏やかな日々過ごしていた10歳位の子供が目の前で母親を肉塊に変えられ、頭を吹き飛ばされるって体験は、
10歳児のどんな固定観念が映し出されたんだ?
他の世界から遮断されたアフリカの森の奥で、原始的ながら平和な日常を送っていた少数部族が、
突然表れた白い肌の人間に火を噴く鉄の筒で追い立てられ虐殺され、奴隷として扱われるという体験をするのは、
少数部族のどんな固定観念が映し出されたんだろうな。
986 :
考える名無しさん:2008/03/20(木) 19:17:20 0
>>983 >一部認めてるってことだよ。
そりゃ、適用なんだから一部だろうよw
>>1で提示してる例が一部でしかないようになw
>いやそれができないから問題なわけで(どこまでアホなんだろうこの人)
可能なら、それで問題無いってことか?w
>そんな妄想に逃げて、そんなに楽しい?
ほれ、人は鏡だw
>既に言ってるじゃん
当て嵌まることを認めはしたなw
>それは正当防衛
ほほう、正当防衛と定義すりゃOKなのか?w
お前の行為が裁判じゃ正当防衛どころか過剰防衛にすらならない事を考えりゃ、そりゃ単に正当防衛ってレッテル貼ってるだけじゃねーかww
>お前が今後「喧嘩するときは相手を選ぶ」という選択肢を選べるように、お前自身の成長のために殴ったんだよ
わははは、そいつは面白い。
んじゃ、今起きているチベット動乱も中共軍が同じようなこと言いそうだなw チベット民族が襲い掛かってきたから、彼らの成長の為、過剰だけど発砲したってなw
>>978 残念だな。俺はまだ30代前半だ。
だがお前よりは観念論や思想全般に関して明るいわけだ。
なにが観念だ。他の言葉に置き換えても同じだ。浅い思想だなお前のは。
>984 サラリーマン時代それで結構大変だった
リーマン時代があったのか。天然奥さんと出会って、辞めたの?
>985 非暴力を提唱し、実践しているダライ・ラマ14世のどんな固定観念が、彼にそんな悲惨な体験をさせているんだ?
さあ?彼が「どう悲惨だ」と思ってるのか聞いたことないから分からんな
因みに彼の幼少時代の写真が俺に瓜二つw
> 10歳児のどんな固定観念が映し出されたんだ?
彼がその体験をどう感じてるか、によるよ
> 少数部族のどんな固定観念が映し出されたんだろうな。
彼らがその体験をどう感じてるか、によるね
>986 そりゃ、適用なんだから一部だろうよw
「適用だから一部」の論拠が全く以て不明
> 可能なら、それで問題無いってことか?w
幼稚な二元論的発想だね
> ほれ、人は鏡だw
妄想に逃げてるの、お前だけじゃん
> 正当防衛どころか過剰防衛にすらならない
論拠どぞ
> チベット民族が襲い掛かってきたから、彼らの成長の為、過剰だけど発砲したってなw
で、チベット民族は何故「襲った」んだろうね?
>987 浅い思想だなお前のは。
お前の解釈が浅いんだよ
程度がvipの論破スレに近い
> > 正当防衛どころか過剰防衛にすらならない
>
> 論拠どぞ
つかこの場合、文脈からいって「過剰防衛どころか、正当防衛にすら」では?
まぁどっちにしても論拠がないからただの戯言に過ぎんが
>987 残念だな。俺はまだ30代前半だ。
お前の年齢については一言も言及してないんだけど
それで30代前半
違う意味で残念
> お前の年齢については
ああ、年代については言及してたねw
さてそろそろ次立てるかな
995 :
考える名無しさん:
>彼がその体験をどう感じてるか、によるよ
つまり、説明できねーって訳だw
【感情に限らず人生で体験する全て(外界)は「体験者がどんな固定観念を持っているか(内界)」を映し出す“鏡”に過ぎない】って妄想自体が間違っているんで当たり前だけどなw
>「適用だから一部」の論拠が全く以て不明
【
>>1で提示してる例が一部でしかないようになw】って指摘 はスルーかよw
>幼稚な二元論的発想だね
レッテル貼るだけで、詳細説明できねーってかw
>妄想に逃げてるの、お前だけじゃん
何の証拠も無く、妄想だけで
>>779だとか決め付けてる例を見ても、どっちが妄想に逃げてるかは明白だぁなw
>論拠どぞ
>>982読め。
んで、お前の選択した行動はれっきとした暴行と傷害w
過剰防衛すら適用されねーよ。1対1で武器は無し。一人は怪我一つ無く、一人は両腕を折られる重傷。犯罪者はお前という訳だw
>で、チベット民族は何故「襲った」んだろうね?
中共が言うには、格差社会への不満らしーぞw つまり中共の正当防衛って訳だw こーいうレッテルは便利だよなぁw お前と中共は同じような精神性を持ってるようだなw
>つかこの場合、文脈からいって「過剰防衛どころか、正当防衛にすら」では?
お前が文脈読めないのは良く解ったw