「死んでしまいたい」「死にたいと思った」
「死を予感した」「死ぬかと思った」などではなく
「死」を超越する恐怖とはなにか?
果たして存在するのか?
「ある」のか「ない」のか…
「死」は恐怖すべきものではないとかいうのはおいといて。
「死」の恐怖とは一般的な、「死ぬ前」の「死」対する恐怖の事。
要は「死ぬより怖い」事。
ただし、「死」を逃避に選んだ「恐怖」が
「死ぬより怖い」事ではない気がします。
どうでしょうか?
完全な「死」が「消滅」して「無」なり、そして「忘れられる」事。
とするならば、これを超越する恐怖とはなんでしょう。
生きている事自体が恐怖?
生まれてくることが恐怖?
生まれてこないことが恐怖?
それとも死なない事が恐怖なのでしょうか。
では完全な「死」ではなく、
生きているのに…存在を「忘れられる」
これも恐ろしい事です。
しかし、果たしてこれらが「死」にまさる恐怖でしょうか?
あるいは優劣などなく、上記すべてが同等の恐怖であるというのなら
死にまさる恐怖は「ない」ということになりますね。
果たしてそうなんでしょうか。
4 :
考える名無しさん:2007/06/28(木) 18:58:13 0
壁に登ったゴキブリがこっちに向かって飛んできた時は
死をわすれるほど怖いYO
少なくとも恐怖を感じることができるときには、死に勝る恐怖はないでしょう。
しかしそれは「死にたくない」などの意識があるからで、
心の底から「この世に悔いは無い。いつ死んでもいい」と思える人は死の恐怖は無いと思います。
こうすると、死にまさる恐怖というのは人によってまちまちで、今の僕は死以上の恐怖は無いですが、
一部の人(いるかもわかりませんが)は死以上の恐怖が他にある。
これを限定していったり、例を挙げることは大変難しいと思います。
6 :
考える名無しさん:2007/06/28(木) 21:14:28 0
>>5 難しい、だから知りたかったんです
もしも、死に勝る恐怖を知る人がいるのなら
教えてほしいなあって。
ここであげている死は自己の死に対する恐怖ですが
もちろん、他者の死への恐怖もあるわけですよね。
恐怖というよりは、悲哀かもしれませんけど。
恐怖の対象となる「死」が漠然としすぎていて
「死」のカタチひとつで優劣が変動するものでもあるので
枕詞をつけて
「○○な死よりも○○のほうがこわい」って感じでしたほうが
わかりやすいかな。
7 :
考える名無しさん:2007/06/28(木) 21:19:30 0
>>5 難しい、だから知りたかったんです
もしも、死に勝る恐怖を知る人がいるのなら
教えてほしいなあって。
ここであげている死は自己の死に対する恐怖ですが
もちろん、他者の死への恐怖もあるわけですよね。
恐怖というよりは、悲哀かもしれませんけど。
恐怖の対象となる「死」が漠然としすぎていて
「死」のカタチひとつで優劣が変動するものでもあるので
枕詞をつけて
「○○な死よりも○○のほうがこわい」って感じでしたほうが
わかりやすいかな。
☆絶対性理論☆
そもそも人が生きるのに、小難しい理論などを、
客観的立場に立って理解する必要があるのだろうか。
多くの社会環境においては、分からない事は分からないと
主張することが正しいとされているし、むしろ分からない事を
少し時間をくれれば解決しますと言ったはいいものの、いよいよ
やっぱり分からなかったというときの弁明に詰まるという
ことのほうが多いはずである。
大人になるというのは、そのような「分からない事」を
取捨選択する力を身につけることであり、言い訳をしないで
済むように、行動を制御できるようにすることである。
あいまいに理解していることは、一切合切、無知であると
自覚し、先達の命に沿って、常に初々しく行動することが
できるのが、大人の本分である
子供は「分からない事」を取捨選択することができないから、
たとえば火遊びをしたり、取っ組み合いの喧嘩をしたりするのである
とある大人の立場からすれば、
「行動した、あるいは、体感したことは、多かれ少なかれ、
経験として身につき、簡単に言えば癖になるから、悪い行動を
たとえ子供だとしても一度でもしてしまえば、大人になってから
その行動が癖として、ある種やんごとなき場において明るみになる恐れがある。
たとえ当初、心から反省していたとしても、人間は条件反射という
ただならぬ能力を備えている。火を使ったことのある者は、
放火魔になる可能性があるし、あざだらけの喧嘩に慣れた者は、
他人のあざを見ても、常に自分に置き換えて考えてしまい、
たいしたことないと軽視する薄情者になる可能性があるのである。
もちろん、全ての人間がこの法則にあてはまるわけではないが、
禁じられた行為を経験したことのある者は、常に一線をまたぐ
力を持っているということを自覚すべきである」
などと、偉そうに語ることもできるのだが、
そのように語ることが、周囲に対して、どのような影響を
与えるのかについてまでは、正確に推測できることはあり得ない。
そもそも、推測である以上、完全な正確さを求めるのは不可能だ。
つまり、口は災いの元、2chには魔物が棲んでいる、という
先達の言もあるかどうかは知らないが、
常に大人であってもまた、未来は「分からない」のである
10 :
考える名無しさん:2007/06/28(木) 22:12:52 0
不本意にも生き続けなければならないことは、確実に死にまさる恐怖だ。
人は時として「なぜ?」「どうして?」と
理由や原因を探るが、その答えがあろうがなかろうが、
結果、満足したり、不満になったりするものだ。
学問や理論は、多くの人にとって、その答えを
提供するだろうし、体系を進める人にとっては道となる。
言うまでもなく、全ては生きる為だ。
学問や理論によって、多くの人が答えを得て、
それにより幸を得て、学問や理論の先達に恩返しとして
益を授ける。あるいは、あらかじめ益を渡してから
学問や理論により、幸を得る。
ギブアンドテイクか、テイクアンドギブかは定かではないが、
良くも悪くも、報復関係によって、社会は、人の生涯は成り立つ
と考えられるのだ。
無論、ある学問や、ある理論の為に、命を失う者もいるだろうし、
その傍らで涙を枯らし、先達を呪う者もいるだろう。
報復関係は、どう転んでも切り離せないのである。
死よりも希望を失う方が怖い。
生に希望を持たない人は恐らく死に恐怖を持たない。
生に希望を持つ人しか死を恐怖しない。
では、ここからが絶対性理論として、この世の全ての
学問や理論、あらゆる社会体系に対して、懐疑かつ深遠の妙を
投げかけることになるものを出していこう。
この日本という国は、その昔、米国から「エコノミックアニマル」
と揶揄されたように、まあとかく金がモノを言う社会国家である。
この金を稼ぐ行為は、「勤労」であると考えられるし、
憲法においても国民の義務として定められている。
「勤労」の能力が欠けていると判断される者は、
当然、この社会で生きていくのに大切であるものが得られない。
ここでこの国の社会からはこのような者に対して、
以下のどちらかのレッテルをプレゼントすることになっている
それは、「障害者」か「無法者」である。
障害の為に勤労に事欠こうが、
金欠に病んで、他人の財権を蹂躙する犯罪者になろうが、
そうでない者たち、つまり、少なくとも体裁上は充足された勤労生活に
はまっている者たちとは「一線を画す者」とみなされているのが
この日本の社会の現実である。
法とはアメとムチと言われる。
「障害者」はムチに耐えられる能力に欠けているので
アメを多めにもらえる。しかし、障害で不自由なのは
どうしようもない。
「無法者」はアメにたかりつづける精神だけ旺盛なので
ムチをこっぴどく打たれる。しかし、捻じ曲がった根性は
一筋縄ではいかない。
しかし、先にも述べたとおり、
報復関係というものが、大きなウェイトを占めるのは当然である。
例えば、「自分がされて嫌なことは、他人にはするな」
という言葉があるが、スキンシップされるのが好きな人間は、
スキンシップは自分にとって嫌なことではないので、他人に
するかもしれないだろう。しかし、相手はそれを嫌がるかもしれない。
その嫌がる可能性、つまり、
「自分がされて嫌だと思わないことなので、他人には
つい、意識的にであろうが無意識的にであろうが、してしまっている
ことだが、表情なり態度なり言葉なり2chでの愚痴なり、世論操作なり、
法規改正なりで指摘されている事実を、自ら認知しない限り、それが他人が嫌がる
ことだとは分からない以上、やってしまっていることは多々ある」
という可能性までは、
多くの人は生活上、事細かくは判断出来かねているのではないだろうか。
そこを突くのが、先にも述べた「一線を画す者」なのである。
故意か、偶発かは問わないのである。
その結果、影響を受けた人間が、
害としてみなすか、みなさないか、それが問題になるのが
法というものの使いどころになっている現実がある。
「嫌なことをされた。不愉快だ。訴えてやりたい。」
Case1. 相手が嫌なことを、どうしてもしてしまう「障害者」だった
Case2. 相手が嫌なことを、どうしてもしてしまう「無法者」だった
Case1.の場合、法は障害者を守る立場にある。
Case2.の場合、法は被害者を守る立場にある。
しかしだ、何度も言うことだが、この国は、金がモノを言う世界だ。
金のやりくりで、どうとでもなる。とくに、診断書や調書ほど、
書き手の作文の如きものはない。
プロというのは、どんな世界であっても、
酸いも甘いも噛み分けた存在となるようにできてる。
たとえ性根が「無法者」であっても、先祖より譲り受けた財による益や、
生後築いた人間関係によるサポートがしっかりしてれば
「障害者」として法の加護を受ける立場になれるし、
逆に、「障害者」であっても、貧困や無学の為に道を知らない
者や、人間関係をうまく築けなかった者は、そのことを
周知させることができずに、「無法者」として罰せられる立場になるのだ。
これがこの日本という社会の現実である。
「一線を画す者」がより多くあつまった地域を、
たとえば「部落」とでもあげつらえば、
その他地域の者は、一格上の存在になれるのである。
農地開放によって、土地を奪われた大地主は
いつしか奪い返さんとして、当代においては
あきらめるも、子孫を繁栄させることで、
報復を果たそうとしたかもしれない。
今は田舎の100世帯、しかし昔は2〜3の大地主の
地所だったとしよう。開放された土地は
どのような人間に振舞われただろうか。
生きる意志はあっても、慣例的な政治経済の大きな力の
流れからは少々外れた、「一線を画す者」に与えられた
のではなかろうか。
となれば、泡を食った人間はどういう考えを持つだろうか。
どんな屁理屈だろうと、理論・学問として纏め上げ、
それを世に広めることで、仲間を増やし、
いつしか、奪われた土地を取り戻さんとするのではないだろうか。
たとえそれがどんなカタチであろうと。
「一線を画す者」には、時代の真の流れは
ギリギリつかみにくいところに隠し、
あくまで、表面的で、うまそうなテロップでも
流しながら、その日ぐらしでもできるぐらいに甘やかす。
10年?20年?30年?何年かかるかは分からないが、
世代が変わり、反骨精神を抜かれた欲ボケで
いっぱいになるまで続けるのである。
そして、ころあいを見計らって、急加速し、
時代遅れをふりおとし、法をまたたくまに改正させ、
「一線を画す者」をまとめてゴミ箱送りにするのだ。
その中には「メタボリックシンドローム」という言葉が
あるかもしれないし、「想定の範囲内」という言葉が
あるかもしれないし、「パーソナリティ障害」という言葉があるかも
しれないし、「大学全入時代」という言葉があるかもしれないし、
「ロースクール」という言葉があるかもしれないし、
「脂肪燃焼」という言葉があるかもしれないし、
「2ちゃんねらー」という言葉があるかもしれないし、「天下り」という言葉
があるかもしれないし、「少年誌の連載作家逮捕」という言葉
があるかもしれないし、「アフィリエイト」という言葉が
あるかもしれないし、「韓流」という言葉があるかもしれないし、
「憲法改正」という言葉があるかもしれないし、
「バスジャック」という言葉があるかもしれないし、
「デイトレード」という言葉があるかもしれない。
いずれにせよ、時代を超えて、あらゆる垣根をとびこえて、
報復を成就する為に努力する者がいるのだ。
18 :
桜上水の原田:2007/06/29(金) 01:37:55 O
死ねないこと。
未来永劫死ねないとしたら
これは一番恐ろしいことだ。
19 :
考える名無しさん:2007/06/29(金) 05:15:32 0
死ぬことは、わたしにはできた。苦痛に耐えることは、だめだった。苦痛を
逃れようという試みによって、わたしはあきらかに苦痛を強めていた。死を
受け入れることはできたが、苦痛はだめだった。わたしには〈魂の運動〉が
欠けていた。旅支度は全部荷造りしてあるのに、困ったことに締めた紐が
なんべんでも締めなおされ、出立に至らないのに似ている。最悪なのは、
致命的でない苦痛である。
20 :
考える名無しさん:2007/06/29(金) 10:44:04 0
なにも感じず、なにも分からないまま
気がつくこともなくいつの間にか死ぬ。
瞬間の死は恐怖もなにもない。死を予感する前に死ぬ。
そういう死ならばきっとどんな恐怖にも劣る。
だけれどそういう死があるかもしれないと想像すると
それが一番こわい事なのかもしれない。
21 :
考える名無しさん:2007/06/29(金) 16:25:33 0
今、この瞬間、生きているという実感が何も無いのですが・・・
>21
心配するな。
死んでも同じだから。
23 :
考える名無しさん:2007/06/29(金) 16:33:06 0
>>20 まったく予期しないときに、即死するというのだったら、
考えても全然こわくないような気がするが。
怖いのは、死そのものよりも死を待っている状態ではないか?
生も死も、人が勝手に考えた概念に過ぎない
人は望んで生まれたわけではない
ただ勝手に生まれるようになって、存在してきただけである
ならば死も、望むと望まざるとに関わらず、
ただ勝手にそこに至ると考えるのが
生という事態に対する、過不足のない
報復関係の成就と考えられる。
「自分中心に世界が回るとおもってんじゃねぇよ」
などと、何度他人にツバをかけられようが、
自意識を主張する存在は、おのずと、
自己の絶対性のおもむくままに生きるしかないのである
そしてそれの集合が、絶対性理論である。
無論、絶対性理論も、当然のことながら、
報復関係の成就の枠にとらわれて存在するのだが、
絶対性理論自体が、報復関係の成就を包括しており、
また、反絶対性理論の道を用意している。
ただし、絶対性理論を通常の理論によって
反証することは困難を極める。
なぜならば、あらゆる客観論は
それを唱える人物の主観性が加味されるものとして
絶対性を排除できないからだ。
絶対性を排除しない以上、絶対性理論に対して
独立のものとはならない為、絶対性理論を
否定することはできない。
絶対性理論の反証は、当然、絶対性理論を
総合的に理解することが大前提となる。
その上で、絶対性理論の論理を逆手にとって
反証することで、それを可能とするわけだ。
絶対性理論を知らない者や、理解しない者は、
「分からない」者だから、当然その義務を負わないし、
権利も主張できない。無関係に生きることも可能だろう。
簡単な例をあげてみよう。絶対性理論においては、たとえば、
人が地球の重力に抗うエネルギーを消費することで、
自らが、地球に対して歩み、動いているというような
慣習的・古典的論理は、最初から棄却される。
絶対性理論においてこの現象を説明する場合、
人が、エネルギーを消費することによって、
自らが動くのではなく、自ら以外の存在を動かしている
と考えることができるのである。
たとえば、「歩いて学校に行く、通勤する」のではなく、
「エネルギーを消費することで、自らに対して、
学校や会社を近づけている」という考えを編み出すわけだ。
ここで言うエネルギーは、当然ながら、
既存のエネルギーの概念とは捉え方自体が違うのがわかるだろう。
「堅固なる外界に対して、君がEnergyを消費して動いている」のではなくて、
「君が中心となって、Energyのあり方、外界のあり方を変化させており、
そしてそれを認知するかしないかすらも、君が中心となって判断することができるし、
取捨選択できる」のだ。
君は、自動販売機にお金を入れてジュースを飲む、のではない。
君は、お金と自動販売機を結びつけて、ジュースが君に飲まれていくようにしている、のだ。
自己の絶対性を排除することで、社会は円滑に動くと、
多くの模範的な教本では主張されているが、実際には、円滑に動くどころか、
あらゆる相対性や保証性を逆手に取って、
すさまじく利己的に益をむさぼる愚物の天下となっているだろう。
しかし、それすらも、絶対性理論においては、すべて愚物ではなく
あってしかるべき現象行為として認知できるのだ。
形骸的な普遍性や相対性にしがみつくからこそ、異端を憎まなければならない。
絶対性理論においては、異端というものは考える必要がない。
なぜならば、異端という考え方自体が、絶対性をもたない考え方から生まれたものだからだ。
そもそも、学問や理論に長けない者でも、悠々とした人生を
送ることができることがあるにはある現実をみても、これまでの
絶対性を欠いた、あらゆる現象が、その矛盾を証明している。
明らかな例外が1例でも存在する限り、絶対に正しいと主張するのが
ばかげているのは、子供でも分かることだ。
そう、人は無学でも生き方によっては生きられるし、生きられれば、その生き方が
サマになっていさえすれば、それを見る者が見れば、それを学問や
理論として継承するのだ。どんな口先だけの学問や理論よりも
そちらのほうが有意義であることは、言うまでもないことだろう。
絶対性理論はそのような、真に有意義なものを、
真の学問や理論として正当化することができる礎である。
現実には、不登校やひきこもり、
さらには非行や、数多の社会不安など、
大人顔負けの事実が厳然として存在しており、
さらに、慣例的に、前科者として、非社会的あるいは
反社会的な人間は、排除され、枠組みの蚊帳の外、
例外分子としてそっちのけにされているのが実情である。
この事実を見ても、どんぶり勘定的な学問や理論が、
ただ、それら学問や理論を提唱するものたちの
稼業にしかなっていないと判断する者が芽生えるのは
至極必然、仕方のないことであることが分かる。
別に、水は、水素原子2個と酸素原子1個の結びつきでなんか
なくてもよいのである。もしかしたら、その辺のゴミと、クズの
混ぜ合わせということが分かっていれば良いだけかもしれない。
多くの人は、どのゴミとクズをあわせたら、水になるのかを
知らないから、教本に従ってるだけであり、実際に知っている
者にとっては、教本なんか無用というわけだ。
現実問題として、現代の学問や理論というのは、その多くが
それを提唱する者の稼業以上の何ものでもない。
それによって幸福になる者からの謝礼を期待するか、
あるいは幸福になろうとする者に前渡しをされるかだけだ。
ただ、学問や理論によって幸福になれない者も多いという事実がそこにある。
天才は99%の努力と1%のひらめきだという言葉があるが、
人は誰しも己の絶対性の下において天才であり、
その努力とひらめきによって幸福な生を送れるのならば、
だれが天才と凡才を区別できるのだろうか。
29 :
考える名無しさん:2007/07/01(日) 02:57:41 0
>>23 知らないうちに死んでしまったって想像するだけで
怖いです。
むしろ恐怖できるほうがまだ、生きているって実感がある。
恐怖は生への渇望。
恐怖の存在しない死となることこそが最も恐れる事なのではないか。
30 :
考える名無しさん:2007/07/01(日) 06:20:53 O
31 :
考える名無しさん:2007/07/01(日) 06:36:45 0
最も恐ろしいのは退屈です。
肉体が死んでも、死体や遺骨に、意識だけは残っていて、
薄暗く湿った墓石の中で、何十年も、何百年も、ずーっと、何もできずに、
退屈に耐えねばならないとしたら、これに勝る恐怖はないです。
全てが消滅する死は、むしろ救済でさえあります。
32 :
考える名無しさん:2007/07/01(日) 18:27:09 0
不思議だな。知らないうちに死んでしまうってのは、俺は怖く感じないのに、
怖く感じる奴もいるのか。どこで感じ方の違いがでてくるんだろ。
>>31今思ったんだけどさ、
生前の100年ばかしは生活環境がまるで違うから
みんな個性がある。
死後何万年もみんな同じ環境に閉じ込められたら、
全員同じ人格になってしまったらおもしろくね?
35 :
考える名無しさん:2007/07/02(月) 08:07:21 0
平気で笑いながら人を殺せる事が恐怖。
人が目の前で死んでいるのになにも感じない事が恐怖。
恐怖があるから本当に笑えるし、泣けるし、安心できる。
恐怖する感情がなくなった時、私は生きているといえるか?
恐怖を忘れた生こそ最も恐れるべきことなのではないだろうか。
死を救済とは思えない。死は怖い。
けれど、怖いからこそ死にたくないと思える。
故に死に勝る恐怖とは、生きている実感を忘れる事だ。
36 :
考える名無しさん:2007/07/02(月) 08:13:31 0
>>32 それは貴方が余程悔いのない生き方をしているか
死が安楽の象徴であると捉えているからではないでしょうか
犬が怖がっているのを見たことがある。主人が手を上に
大きく振りかぶった時に、おびえた表情をして犬がプル
プルと震えだした。自分は飼い主から殴られると思ったから
だ。死と同じく、自分が所属する場から見捨てられる恐怖と
いうのも怖いはずだ。それは犬でも感じる。たとえば覚えの
ない罪。冤罪で性犯罪者の烙印を押されたらどうだろうか?
恥ずかしい犯罪をやった者と人々から思われ、社会的に葬り
去られる恐怖。それでもボクはやってないという映画は
怖かった。
38 :
考える名無しさん:2007/07/02(月) 12:39:52 0
こんにちは。志仁将(しにまさる)です。
一人で恐怖ランキングでもつけろよw
てか死の恐怖って死んだことあるのかよ?
死ぬまでの恐怖は死の恐怖じゃねーだろ?
てめーはまず死んでみろ
40 :
考える名無しさん:2007/07/02(月) 13:11:39 0
>>36 それはない。悔いが洋服を着て歩いているような人生を送っているし、
死については定まった考えを持っていない。
>>39 校舎の屋上から落ちたことないけど、屋上から落ちる
恐怖ってあるよ。体験しなくても想像すると怖いっていう意味じゃ
ないの。君はバカだね。やっぱバカって死ぬのが怖くないのかなw
死にまさる恐怖とは、必死の場合における、堕ちる、痛い、腐っていく、等々の、死に至る過程の恐怖だね。
死にまさる恐怖とは、他者一般のこと。
44 :
考える名無しさん:2007/07/02(月) 20:26:05 0
映画の中の拷問の前の脅し文句として、
「生まれてきたことを後悔させてやるぜ」
というのがあるな。
生き地獄
人が死について恐怖する。
主に二種類
死ぬまでの過程に恐怖する。
心身苦痛の拒絶。
死=消滅への恐怖。
人の数だけ恐れる死がある。
恐れる死の数だけそれに勝るものもあれば劣るものものある。
よって答えは無限大。
>>1乙。
47 :
考える名無しさん:2007/07/03(火) 21:12:30 0
スレタイの日本語おかしい
大事なものを失ってしまう事を想像する恐怖。
死を想像する恐怖もその中の一つに入る。
大事なものを失う恐怖を味わうくらいなら、その前に
死んでしまおうとするのが自殺。何が大事なのか他人の事は
知らないけど、たいてい希望や見栄や権力や名誉など抽象的なもの。
レイプされるくらいなら自殺するという女もいた。
と、平凡な意見でした。
49 :
考える名無しさん:2007/07/04(水) 10:00:52 0
老いるというのは死ぬよりもある意味恐怖だな。
50 :
考える名無しさん:2007/07/04(水) 11:16:26 0
最大の恐怖というのが「死ぬほどの恐怖」と呼ばれていることと、
人間が恐怖によって死にうる(ショック死等)ということ、
死んでしまえば恐怖をはじめあらゆる感覚は感じることはない、
という三点がこの問題の肝です。
51 :
考える名無しさん:2007/07/04(水) 11:23:26 0
恐怖→死に至る
死のことを考える→恐怖
二つの矢印は同じように理解できそうだが、
実は異なる法則的関係を表している。
上は身-身因果。
下は心−心因果。
感情の扱い方の難しさを示しているとも言えるな。
死ぬのは怖いって、そもそも「恐怖」とは何なのか。
人は恐怖を感じることでその恐怖から逃れようとしたり、排除しようとする。
それによって、自己を守ろうとしている訳だ。
心身に非常に強い苦痛を感じたとき、「もう死にたい」と人は思う。その時、恐怖の順位が入れ替わる。一番の恐怖はこの苦痛、二番は死ぬこと、と言った風に。これが自殺なのではないか。
だとすれば、「死ぬ」とは「恐怖に値する物事の一つ」であり、必ずしも一番に怖いといった訳ではない。それ以上に怖いものがあると人が感じたとき、「死ぬ」恐怖の順位はどこまででも下がるだろう。
よって死に勝る恐怖とは、全ての物事である、と言える。
53 :
考える名無しさん:2007/07/04(水) 15:48:47 0
死にまさる恐怖を感じてる人は、とっくに自殺してるんじゃないだろうか。
54 :
考える名無しさん:2007/07/04(水) 16:35:27 0
>>46 死後の世界に関する恐怖もあるから、三種類だろ。
55 :
考える名無しさん:2007/07/04(水) 21:54:21 0
生きたいと思うだけでは生きていけません
死にたいと思うだけでは死ねません
56 :
考える名無しさん:2007/07/04(水) 22:02:21 0
俺はジョージ・オーウェル「1984年」の拷問シーンを思い浮かべる
死の恐怖は本能だから、死以上の恐怖があるとするなら、
生物として、正常な状態ではないか、もしくは錯覚かのいずれかだ。
恐怖は生存本能に根ざした感情だから、
人が恐怖を感じる対象は全て死を連想させるものだ。
したがって死にまさる恐怖は原理的に存在し得ない。
>>57 ゲームデータの消滅が恐いが、死は連想しない。これはどう説明出来るの?
>57
その観点だけでみると、うちのイヌも、死の意識の有無は定かではないが、行動様式は、ヒトと大して変わらないが。
>>57 身障者として生きる事の方が死ぬより恐いが何か?
>>57 「死へ恐怖は本能」と言うのは進化論的には間違いだよ。
なぜだか考えてみな。
恐怖自体は生物の適応や淘汰に有利に働くが、
死に恐怖を感じたところでそれは子孫には伝わらない。
(子孫を残す前に死んでるからな)
恐怖と死というのは生物にとっては微妙にズレている。
>>58 ゲームデータの消滅と君の死は同直線上にあるから
63 :
考える名無しさん:2007/07/05(木) 19:30:36 0
死への恐怖があれば、(それを回避しようとして)
繁殖年齢までの生存率が上がるから、
死への恐怖を感じる形質が遺伝する確率も上がる。
じゃダメ?
>>58 まあ、ぶっちゃけ、ゲームデータの消滅の恐怖のなかには、
また最初からゲームをやり直す苦労を想像してる。
つまり、自分が生きて行う行動が具体的なイメージとして結びついているから、
死は連想されないのでないの。
65 :
考える名無しさん:2007/07/05(木) 19:53:22 O
高速道路で110`で事故った時は
「あ、死んだ」と思ったけど全く恐怖心は無かったな。
>65
鈍いだけとちゃう?
死ぬ瞬間、生きていたときの事柄が走馬灯のように蘇る、と言われている。
68 :
考える名無しさん:2007/07/06(金) 00:23:51 0
死ぬかもしれないと思った直前って案外あっけないもんですよ。
うわああとかぎゃああとかじゃなしに一瞬なにが起こったか分からなくて
衝撃がきた!って思ったら後は意識不明。
事故って意識不明になってそしたら死んでましたーみたいな
もんじゃないかな突発的な死って。
死に恐怖するっていうことは時間の余裕がある場合のみ。
事故して死ぬ事を想像して怖いと思うかも知れないがそれは
こんなものかな程度。(ドキュメンタリーとか見てうわあって思う程度)
それに比べればもっと怖いものが現実にはある。
死の恐怖ってなんだかんだいいながら実感ないよねー。健康体だと。
死がはっきりと確定して死が眼前に迫っている人に感想をいただける余裕があるのなら、
多分その人にとってはなによりも目の前の死が恐ろしいだろうし。
普段死を予期せずに生きている人間にとっては実感のない死よりもこわいものは
沢山あるって事じゃないかな。
死ってのはかなり抽象的な概念だよ。
他人の死などから類推想像して自分の死を意識する。
恐怖はもっと根源的感情。
だから死にまさる恐怖なんていくらでもある。
>>61 >死に恐怖を感じたところでそれは子孫には伝わらない。
>(子孫を残す前に死んでるからな)
は?
草食動物にとって死の恐怖とは、たとえばライオンに
食われるのが怖いとかでしょ。
ライオンに食われるのが怖いというのは子孫に伝わるんでないの。
72 :
考える名無しさん:2007/07/10(火) 20:39:00 0
「死」は感情の(志向)対象であって、感情ではないよ。
「死ぬほどの恐怖」は感情だけど。
死にまさる恐怖、ってのは不明瞭な命題か或いはカテゴリーミステイクかのどちらかだよ。
73 :
考える名無しさん:2007/07/10(火) 21:12:57 O
自殺者は死にまさる恐怖と不安に苛まれたからこそ、もっと楽そうな死に逃げ込むのではないのかなぁ?
>>72 「死に対する恐怖」を単に略しただけだろ。
いちいち過不足のない文章つくってたら、哲学書のページが必要になる。
それを雑多な掲示板でやれと?
>>73 自殺する人ってさ、雨の日とか土日に多いって聞いたことがある。
憂鬱になると死ぬ傾向が高くなるってことらしい。
死の恐怖に苛まれるというより、死への渇望が高まるのかもしれない。
死に勝る恐怖があるから自殺者がいるんじゃね?
恐怖って時間的なこの先に起こりうる可能性が在り
実際には起こって欲しくない事柄を想起した時の感情だろ
恐怖の尺度は人それぞれだから答えは自分で探せば良いのでは?
76 :
考える名無しさん:2007/07/10(火) 22:29:00 0
75の一行目と全く同じ事書こうとしたところだった。
1の設問に問題があるな。
77 :
考える名無しさん:2007/07/10(火) 22:49:03 0
>>74 いやいや、この程度の明瞭さの必要性は
>>69 に見られるような混乱が十分に示しているじゃない。
>>75 動物にまで適用できるような「恐怖」概念ではないということ?
動物が未来を描けるとは思えないので。
ちなみに「想起」は思い出すこと。
78 :
75:2007/07/10(火) 22:53:48 0
>>77 動物が未来を思い描かないという根拠は?
狩りはで相手の動きを読んでるのはどう説明すんの?
想起は思い出すことなのか、スマン、勉強になった、有り難う
どうも>1が粘着反論して見苦しいスレだな。
80 :
75:2007/07/10(火) 22:56:17 0
↑狩りはで× 狩りで○
狩り等では相手の動きを読んでいる様に見えるのだが、に訂正する
ホントすまん、夜風にあたってくる
81 :
77:2007/07/10(火) 23:01:13 0
>>78 動物の話は軽率だった。人間の話で十分だった。
大きな音に驚く、雷を怖がる、突然目の前にものが飛び出してくる、
そういったことも未来との関係での「恐怖」だと言える?
別のものだと言うのなら、区別のための基準が必要だ。
>>78 横レスですまんが、
恐怖は相手の動きを読むことに関係するんじゃなくて、
行動に移すか否かに繋がるんじゃない?
まあ読むことにまったく関係がないかと問われれば窮するけどさ。
どっちにしろ、行動に移すほうに強く働きかけると思う。
>>81 オッカムの剃刀とか知らんのか?
この板もお前のようなアホがうろうろしててやりきれんなあ。
84 :
考える名無しさん:2007/07/11(水) 00:21:30 0
きんたまを万力で挟んでとんかちでぶったったく。
俺はそんなことされるなら死んだほうがいいぜ!
85 :
考える名無しさん:2007/07/11(水) 00:27:07 0
動物が未来を思い描かない。根拠は、現在だけでじゅうぶんに説明にたるから。
狩りで相手の動きを読めるのは、未来を読んでるわけではない。
金玉握られてショック死するんだ。
すげえぞ金玉。
>>84みたいなことされたら、死にたくなる前に死ぬんだろうな。
性転換手術を受けた男性は、弱点なしの最強ボディなんだな。
となると、死に勝る最強の恐怖とは、「女性ではない」ということかもしれない。
90 :
考える名無しさん:2007/07/12(木) 00:02:49 0
>>83 オッカムの剃刀は「文字数を少なく」って話じゃないからね。
きんたまの恐怖
92 :
考える名無しさん:2007/07/12(木) 21:07:50 0 BE:658822739-2BP(1)
自殺ってのはその原因となる恐怖が死の恐怖を上回るからやるんだろ?
俺なんかは例えば自分以外の全人類が絶滅することの方が、死ぬことより怖い。
93 :
考える名無しさん:2007/07/12(木) 21:48:02 O
拷問と金玉が怖い
94 :
考える名無しさん:2007/07/13(金) 00:56:47 0
もはや想像力の問題。
想像力の乏しいリアリストは死が最も怖い。
死の恐怖ってのは、俺は痛みに対する恐怖だと思うんだよね。
だから「死ぬほどの」っていう形容が可能なんだって。
自我や自己がなくなるっていうのもないとは言わない。
だが多くは「俺は哲学的な認識を持ってるゼ☆」みたいな自己顕示に過ぎないと考えている。
反論の余地として”多くは”と言を加えておくよ。
96 :
善:2007/07/13(金) 08:01:18 0
絶対というのは死だけ
97 :
考える名無しさん:2007/07/13(金) 09:02:51 0
生も絶対
98 :
考える名無しさん:2007/07/13(金) 18:56:22 0
>>95 痛み、それと近しい者達が被る心的/経済的デメリット。
それさえ無ければ、人類の7〜8割は既に自殺していると思う。
今、生き残っているのは、自殺するような純粋性とは無縁の、
嬉々として生きることに何の疑いも持たないような、
しょうもないDNAを引き継いでいる不純な輩たちが跋扈する世界。
死に一番近づけるような痛み・・・
ブルブル
100 :
考える名無しさん:2007/07/13(金) 21:43:41 O
ゴキブリ怖くて
ゴキブリがみっしり天井まで
102 :
考える名無しさん:2007/07/14(土) 00:45:01 0
103 :
考える名無しさん:2007/07/14(土) 03:36:24 O
恐怖という感情は生存本能に根ざした感情であって、
生物が死を脅かす危機を察知し、それを避け生き延びる為に存在する感情である。
人間においても同様で恐怖という感情は、根源的には死に対する恐怖である。
一見死以外にも強い恐怖を感じると思えるのは、自分は死ぬという事実を実感されない人が、
恐怖という感情を他の現象に転嫁しているに過ぎない。
自殺者は、恐怖感に耐えられず自殺する。
恐怖は死なないための脳の機能であるが、おおざっぱにいえば、その副作用によって自殺することもある。
104 :
考える名無しさん:2007/07/14(土) 04:04:39 0
106 :
考える名無しさん:2007/07/14(土) 16:21:50 0
遣り残したことがあると思うと怖い
遣り残したこともう無いと思うときもあるがそのときは怖くない
クオリアなんてあまり考えたくない
死にいくもののクオリアとか
毎日食ってる肉の動物の最後のクオリア考えると
たとえばさ、生きているときに想定する”死の恐怖”と
実際に今際になって感じる恐怖と、ギャップは大きいと思うんだよ。
日頃は怖くないって言ってても、ひどい拷問の末に死ぬなら相当の怖さかもしれない。
自分は消えるかもと恐れていても、交通事故で即死。痛みも感じなかったでしょう、なんてことも。
痛いのが嫌な俺は即死だとありがたい。
人間は認識してる物にしか恐怖を抱いてないよな
動物は痛みを得た瞬間に痛みという不快な感覚を認識し、
以降、痛みが加わっている環境から避ける行動をし続ける。
(たとえ脱出不可能であっても)
人は想像力が豊かだから、痛みが加わり続ける環境から
脱出不可能である場合、脱出不可能であると判断する事ができ、
生き延びる努力をすることの無意味を悟ってしまう。
生存本能はこういう局面を想定していない。
もしかしたら、死にまさる恐怖ってあるかもしんない。
拷問で額に長い間隔で定期的に水滴を垂らすってのがあるけど、
それとかは死に勝るといえるのかも。
人によってだけど、精神を壊すっていうのは許容範囲を超えてるわけだから、
死の恐怖が許容できないものでなければ、勝ると言えるかもしれない。
111 :
考える名無しさん:2007/07/18(水) 10:42:24 O
きんたまに定期的にパチンコ玉当てるなんてしたら、肉体的及び、精神的にも大だめーじを与えられるわけですね(^.^)
112 :
考える名無しさん:2007/07/18(水) 11:21:23 O
死と肉体的なダメージへの恐怖は一体だというのは思い込み。
別物。
遺伝子にとって怪我は避けるべきものだが、死は歓迎すべきもの。
証拠は動物が死を恐れていないこと。
113 :
考える名無しさん:2007/07/18(水) 12:24:25 0
遺伝子が物を考えるのか?
114 :
考える名無しさん:2007/07/18(水) 20:46:12 0
不本意ながら、今日をおめおめと生き抜き、また明日もおめおめと生き抜き・・・
この現実こそ、死にまさる恐怖そのものではないかな。
スレ違い覚悟。
115 :
考える名無しさん:2007/07/18(水) 20:48:33 0
>114
同意。
この現実世界こそ、酔生夢死でやり過ごすしかないね。
116 :
考える名無しさん:2007/07/18(水) 20:49:11 0
>>112 一文めの主張を、三、四文めでまったく補完していないんだけどな。
主語もいまいちはっきりしていない。
そんで人間が動物の一種であることを忘れてないか?
>>109 動物もなかなか脱出できないと諦めてストレスで早死にします。
これは実験で分かっています。動物も条件→行動→快の獲得・解決
という行動を取っているので、解決できなければストレスで病気
になってしまいます。
119 :
1です:2007/07/19(木) 22:04:17 0
>>1です。糞スレなのにあれやこれやと考えてくれてありがとう。
スレタイの時点で勘違いでごめんなさい。
まあ、妥当な答えとしては死にまさる恐怖とは人それぞれであり、
死よりも怖いものがある人もいれば(というかほとんどそうなんだね)
そうでない人もいるというわけですね。
ではせっかく答えてくえた人に再度お聞きしたい。
全く恐怖しない死とはなんなのか。その逆に
もっとも恐ろしい死とはなんなのか。
この二つも答えてほしいずら
うーん。死が迫ってくる恐怖ってここのみんな感じた事ないんだよ。
だから感覚的に分からない。交通事故とか天災とか戦争とかに巻き
込まれたことないから。哲板だけど真面目に考えたことない
し、ここの人とは話合わないんじゃないの。ここの人達の総意として、
死ってのはぼんやりした観念的なもんで、まだまだ遠い未来に自分に
訪れることなんだろうなあくらいにしか考えてないってば。
だから怖くないし、遠い未来の事だから考える気にもならない。
そんなところじゃないの。
傲慢に振る舞えば、死が近寄ってくる。
死を垣間見る度に、謙虚になってゆく。
謙虚さとは視野の広さなんだよな。
また、形式だけの謙虚さを持ち合わせた人もいるけれど
それは傲慢なのと変わりはない。
しかし、最初は皆、傲慢なんだよ。
123 :
考える名無しさん:2007/07/20(金) 13:54:11 0
ずるい意見だけど、
自分以外の命が自分がいきてることでなくなるのは、
同じ命をもつ立場からして怖い。
124 :
考える名無しさん:2007/07/21(土) 13:27:13 0
あっそ
126 :
考える名無しさん:2007/07/21(土) 14:19:27 0
あっそとか言うな。寂しいだろ。
127 :
考える名無しさん:2007/07/21(土) 15:38:31 0
あっそと言えばアルツハイマーw
128 :
考える名無しさん:2007/07/21(土) 15:43:53 O
あっそぼ
129 :
考える名無しさん:2007/07/27(金) 19:03:29 0
ナイツハイマー論
死にまさる恐怖、それは絆を失うこと
ただ、絆を失いたくないがために、あがいた行為が
結果として絆を失う行為につながってしまうことがある
その後、人は選択を迫られる
1つは、絆を取り戻すために正道を生き抜く道
1つは、絆を取り戻すのは金輪際不可能だと
腹をくくって、地獄街道まっしぐらに進む道
1つは、その両者の間でゆれ動きながら
道を諭されるまで無責任に、適当ぼんやりにすごす道
130 :
考える名無しさん:2007/07/27(金) 19:54:17 O
愛
逆行
132 :
考える名無しさん:2007/07/30(月) 13:51:24 0
10人ぐらいが1人1人、順番に拷問かけられて殺される。
自分は十人目。それまでの拷問をすべて見させられる。
自分の番になったときの恐怖は計り知れない。
寝ている間に筋弛緩剤を投与されて死亡する。
>>119
133 :
考える名無しさん:2007/07/30(月) 17:21:26 0
134 :
考える名無しさん:2007/08/02(木) 18:52:55 0
>133
>死は生より優位であるという
普通の日常感覚でも、普通は、そうだろ?
生が死の優位になど立てっこない。
135 :
考える名無しさん:2007/08/03(金) 03:07:19 0
>>134 文がおかしい
生きる意味とは何だろうか何のために生きて居るんだろうか
それは人によって様々だと思う。
たとえば人のためになりたいとかそんな感じで動機が不純な人も多いし
意味すら見いだせない人もいると思う。
また小さな願望を叶えることに生きがいを見つけてるんだろう
生物学的にしょうがないことだけどそれらは全部自分の欲を満たすためにやってることです
めんどくせぇ
自分で何が言いたいかわからなくなった。
俺の脳じゃそんなことわかんない
でも一概に生>死だとは思えないもちろん死にたいとも思わない
136 :
本城 ◆EFNXQYzyG2 :2007/08/03(金) 12:06:38 0
死んだら自我は消える
逆に言うと、自我は死に到達しない
つまり、人は主観的には死なない(限りなく薄まるだけ)
と思うんだけど既出?
137 :
考える名無しさん:2007/08/03(金) 12:12:26 0
>>136 アキレスと亀のパラドックスに似たような(違いは大きいが)話でもあるような。
138 :
本城 ◆EFNXQYzyG2 :2007/08/03(金) 12:18:21 0
外から見れば死ぬ(アキレスは亀を追い抜く)けど
主観的には、という
139 :
考える名無しさん:2007/08/03(金) 12:54:41 0
眠りによって疑似死を毎日体験してるのでは(意識がなくなる)
140 :
本城 ◆EFNXQYzyG2 :2007/08/03(金) 13:36:23 0
意識がなくなることを認識するのは、起きてからの話
死んだらもう起きないのだから、そういう意味では疑似死とは言えない
かな
141 :
1:2007/08/03(金) 13:44:31 0
意識がなくなるのを体験してるわけだから、[疑似]死といえるように思う。
142 :
考える名無しさん:2007/08/03(金) 14:05:39 0
おまいらは、すでに死んでいる!!!
143 :
1:2007/08/03(金) 14:15:17 0
>141
の名前1は間違いです
144 :
考える名無しさん:2007/08/03(金) 14:16:07 0
↑もです。(本当です)
死ぬと意識は消えるのですか?
死んだことがないのでわかりませんが
146 :
考える名無しさん:2007/08/04(土) 16:54:12 O
意識がなくなることを死というんじゃない?
気絶したら死らしい
なら死んだことあるよ
永久にだろ
寝てるときも意識ないよ。
永久に意識がないって誰が永久を見守ってくれるのかしら
見守る必要なし 暫定的な判断で十分
だから、気絶している人間も寝ている人間も死んでいるとみなしてよい。
本人が意識を有していない場合 = 気絶・失神
脳の大部分が活動を停止 = 脳死
身体の大部分が活動を停止 = 死
身体の活動が停止しても、意識の有無は判断できない。
また医学面では、未来、快復の見込みがない場合は死と判断されうる。
ちなみに気絶と失神は、その要因が外的か内的かの差であるため並列させている。
くだらない揚げ足とりを続けるぐらいなら、定義の掲示ぐらいしなよ。
「永久に注意する」ということを否定する意味で「暫定的」という言葉を読むのが普通
>>156 だから、そういう意味で解釈すると、「気絶している人間も寝ている人間も死んでいるとみなしてよい。 」
ということになるだろ。
言葉遊びをしてるだけだから、現実へ適用するな、と言いたいのか?
いや、「永久」に注意し続けなくても、死と気絶の判別はつくじゃない
ていうか、スレ汚しに加担してごめんなさい
というか、
>>150 は、ネタだろう。
永久に見守るという方法に現実性がないということは、
この問題の本質とはあんまり関係がない。
とりあえず、日本脳神経外科学会による脳死判定基準でも、
>脳死判定の前提条件
>深昏睡である。(意識障害参照)
>原疾患が確実に診断されており、回復の見込みがない。
となっており、
睡眠と脳死を区別する根本的な基準は、「その状態が永久に続く」(回復の見込みがない)かどうか、
しかない。
にもかかわらず、ネタとしてしめされた検証手段が非現実的だからという理不尽な理由で、
睡眠と脳死の判別不能性を否定することはできんよ。
>>151については、「現実的な」定義のなされ方を示しただけだよ
>>161 いや、君は、「現実的」という抽象表現を振り回して、
具体的な問題に立ち入ることを避けてるだけじゃん。
死について完全な定義をしたいという前提がそもそもなく、
>>146の人の定義を流れに沿って補完しようとしただけだよ
だからさ、要するに、言葉遊びをしようとしただけだから、現実へ適用するな、
っていうことでしょ?
冷凍された動物が解凍されて息をふきかえすことが可能らしいのだけど、
冷凍されてるそのあいだは死んでるの?生きてるの?
>>164 現実云々というのがピンと来なかったからスルーしたけど
この時点でそう言うんだったらそういうことかもね。
>>165 生きている。
冷凍された動物も
細胞の活動が停止しているわけではなく
極端に緩慢になっているだけ。
>>167 そうなんだ。
凍らされてる間は意識がないのかしら。
無いなら、何年も解凍しない場合、
医学的にはやっぱり死んでるって事になるんじゃないのかなぁ…
意識があるかないか判断は難しいのかな
169 :
考える名無しさん:2007/08/07(火) 21:51:29 0
>>136 エピキュリアンと分類される考え方です。
170 :
考える名無しさん:2007/08/07(火) 21:54:06 0
夏だっていうのに
女の子と何処へも行かなくなって
早5年
171 :
本城 ◆EFNXQYzyG2 :2007/08/08(水) 03:07:41 0
>>169 ああ忘れてた、同じ論法だねえ
エピクロスの言い方は観念的すぎてピンと来なかったんだ
172 :
考える名無しさん:2007/08/08(水) 20:54:29 0
>>171 エピクロスは文章を残していないという罠
173 :
本城 ◆EFNXQYzyG2 :2007/08/09(木) 01:13:48 0
そうなのか
きんたまに10秒おきに1発デコピンをされる恐怖。君には耐えられまい。
そしてこういうだろう。
死んだ方がましだと…
睾丸にホッチキスされる恐怖は、それを凌駕する。
ホッチキスより釘を打たれるほうがやだな…
177 :
考える名無しさん:2007/08/15(水) 02:29:35 0
永久に何も考えられなくなる。
意識は戻ってこない。
永久に。
これを恐怖と思わない人間は、本当に頭が悪いとしか思えない。
というか、自分と同じ人間として認められない・・・
178 :
考える名無しさん:2007/08/15(水) 02:40:48 O
別にお前ごときに認めてもらわなくても結構
179 :
考える名無しさん:2007/08/15(水) 02:50:57 0
ちゃんと話せる人間とだけ話したい
死について本気で考えたことのない人間は、
単に生活に踊らされてるロボットのようにしか思えない
ロボットではない人間の反応を求む
どんな人間も死の前では平等、すばらしい
181 :
考える名無しさん:2007/08/15(水) 03:11:59 0
そんなことはどうでもいい
我々は死の恐怖について語らなければならない
なぜ恐いのか→全てを失うから
最初から何も持っていない、全部借り物であると考えられれば恐くないかもね
183 :
考える名無しさん:2007/08/15(水) 14:27:54 0
恋愛関係が終わってしまうと、悟ってしまった瞬間
死よりも恐いと私は思います
死にまさる恐怖を感じたら、死は大した恐怖ではなくなる。
つまり死ぬ選択肢ができる。
生きているヤツは、死にまさる恐怖を感じたことがないと言及し得る。
ちなみに書物や見聞からでなく、
自らの思考で”無が怖い”という結論に達したヤツはいる?
>死にまさる恐怖を感じたら、死は大した恐怖ではなくなる。
>つまり死ぬ選択肢ができる。
>生きているヤツは、死にまさる恐怖を感じたことがないと言及し得る。
死ぬことが1番恐い恐怖。でも死より恐い恐怖ができて、死ぬことは恐怖ランキング2位になりました。
さぁもう一番恐いわけでは有りません。死んで下さい。
ってこと?
たとえば、君は指を全部落とす事ができるのかい?死より怖くないはずだけど。
死ぬことが怖くないだけで、痛苦はまた別じゃないの?
ちなみに死ぬ恐怖というのが痛みによるもので
それを克服したというのなら、指を落とされても我慢できるのかもしれない。
死ぬ恐怖が痛みでなく自我の消失とかなら、耐えられないだろうね。
ところで指を落とすということは、その痛みに耐えるのか指を失うことなのか。
俺は痛みであることを前提としてたけど。
死にも薬物や睡眠中などの死と、覚醒時に塩酸をかけたり苦痛を与える死とがある。
だから指を落とすにも、失う恐怖か痛みの恐怖か明確にしてくれないと。
>>186 >>184の理屈でいくと、死が最も恐いものだとすると、
それ以外の恐怖は何であれ大した恐怖でないらしい。
だから、「例」として指を切り落とせるか。と質問したんだけど。
>>184の理屈なら何かを失う恐怖であるか、苦痛に伴う恐怖であるか云々は、関係ないと思うけどなぁ
生まれる前は自分は存在していなかった。
死ぬことは自分が存在していない状態、生まれる前の状態に戻るだけ。
そんなに死ぬことが怖い?
生まれる前のことなんて覚えちゃいねぇなぁ
人間は無から生まれるわけじゃない。100年前、200年前も自分を形成している
物質はバラバラではあるがこの世に存在した。その物質が集まり、今の自分となった。
死ぬのはまたその物質が拡散するだけ。元に戻る。土から生まれ土に帰るただそれだけ。
何からうまれたんだっけ?うちゅう?
なにそれみたことねーや
あぼーん
とりあえず「死の壁」でも読もうか。もう少しまともな意見がでるようになると思う
死の壁って古いな、おいw
文中で触れられてた みちのくの人形たち のほうが印象に残って思わず深沢作品読み込んじゃったよw
195 :
考える名無しさん:2007/11/26(月) 12:55:14 O
ねえよ
死にまさる恐怖とは、永久に死ねない恐怖
手塚治の世界ね
197 :
考える名無しさん:2007/12/13(木) 04:16:00 O
>>217怖い。
俺は自分の死よりも、人の死のほうが怖いな。
失う怖さと言うか。
親友、恋人、両親、兄弟、子供。
失う痛みを味わうくらいなら自分が最初に死んでしまいたい。
エゴだね。理不尽だね。最低だけど怖いんだ。
198 :
考える名無しさん:2007/12/13(木) 04:57:10 O
死は神様なんじゃないか?死は絶対的なものだろ。
いくら死にまさる恐怖を感じようが死ねば同じ。
生きてるものが、最終的に行き着くものは死。
死なない生物なんてない。いずれ死ぬ。
死が与えてくれるものは死だけだが。
では、何故そんな最も恐ろしいとされる“死”を自ら選ぶものが出てくるのか
はっきり言ってしまえば価値観の違いだろう
当人にとって生きる事が死の恐怖を上回ったとき、
初めて自殺という考えが生まれるのではないだろうか
自殺志願者にとって
生の恐怖>死の恐怖
という基準は絶対的な固定観念であり誰にも覆すことは出来ない
そもそも自分とはまったく別の世界で環境で生きてきた人間の気持ちを理解しようとすること自体無理な話だ
自分が好んでいるでいるからといって
相手にもそれを分かって貰おうなどという考え自体おこがましいことに気付くべきである
まったく興味の無い話を聞かされるなど面白くないどころか苦痛でしかない
楽しむべきは同じ考え・趣味を持った人たちの間だけで行うべきだ 周りを巻き込むな
だが最近ではその「理解できない」「分からない」からといって
あからさまに非難するなどという姿勢が常識となっているが実に嘆かわしい
一言「分からない」でいいではないか 何故無理に理解しようとする
話が脱線してしまったが私が言いたい事は、人類は常に考える・学ぶ姿勢を身につけるべきであるということだ
お前らKUZU
哲学版なんだし、具体的な肉体的精神的苦痛について言及すんなよ
>>1死ぬが一番怖い
この意味は存在や自分の形跡がなくなるという意味での
無くなることへの恐怖で,思春期やリタイヤマンなどが感じる
ごくありふれた絶望
しかし、過去や時間概念は主観的な観念で流れるから,たかが
数十年という時間に価値を置いてしまうもの
信仰心などの伝統、若しくは己の築き上げてきたものに対する、
思い上がりは逆境に立たされれば立たされるほど強く感じるもの
だ。ゆえに絶望しない
哲学が具体的な苦痛に言及しないって誰が決めたん?
具体あっての抽象だろこの中小企業が!
202 :
考える名無しさん:2008/03/08(土) 23:46:28 0
肉体的苦痛は恐怖じゃなくってさ、
それを想像すること自体が恐怖の対象なんじゃね。
肉体的苦痛は、ただの苦痛ではなかろうか。
自殺する人間は、死に対する恐怖よりもそれを凌駕する責任感だとか
倦怠感だとか絶望感だとか、それこそ恐怖があって死を選ぶんだよね、たぶん。
俺は自殺したことないからよくわからんが、自殺する人間にとって
死への恐怖が一番でない、ということにはならないのではないだろうか。
203 :
坂本教信者 ◆9vV3o3MEJE :2008/03/08(土) 23:50:05 0
死ぬのがそんなに怖いのなら、何故みんな不老不死の薬を作ろうとしないのだろうか?
誰も死ぬことなんか恐れてないんじゃない?
自殺未遂した人にどういう考えでやったか聞けば済む話じゃないの。
205 :
考える名無しさん:2008/03/09(日) 00:23:35 0
206 :
坂本教信者 ◆9vV3o3MEJE :2008/03/09(日) 00:26:17 0
207 :
坂本教信者 ◆9vV3o3MEJE :2008/03/09(日) 00:29:09 0
死ぬことよりも、自殺するときに伴う苦痛を恐れているのかな。
坂本は相変わらず若い脳
なにかを失うことの恐怖は、他人の死によって生まれることの方が多い。
自分がその人に嫌われた、もしくは愛想をつかされたとき、失う恐怖は生まれるが、
期待と希望がある限りまだ救いがある。死はそれすらを奪うものだ。
死が単に消滅なら自分が化け物になってしまうことの方が怖いってことだな。
ああ、ここで負けたら地獄に落ちるなって感覚も身の毛もよだつ。
理解不能な事柄が一番怖いんじゃないかな。
己の想像を超えてしまった、いまだよく分からないことが一番怖いんだよ。
だから死ぬことも、化け物になることも同等なくらいに怖い。
ただし重要なのは、死んであと地獄に落ちるとか、どんな化け物になるとか形を与えてしまってはダメだということ。
未定、不確定。
そんな現象が一番怖い。
一番一番と連呼しているが、それこそ個人の主観によって変化するんじゃないのか?
すべてを掌握して動かしたいタイプは、未知が怖いだろう。
自己のアイデンティティを確立できていないヤツは、自我の消滅に大して恐怖しないかもしれない。
快楽主義者なら、死に伴う苦痛は忌避したがるだろうし。
なんでもかんでも1つにまとめられるとも思えない。
永遠も怖い・・・
215 :
考える名無しさん:2008/06/14(土) 13:53:57 0
それは一般人が哲学者に無理やり講義をされることである
死にまさる恐怖とか言ってるけどそれは間違いだ。
死が間違いなく存在する自分の人生を受け入れていないだけ。
死と生を分離して遠ざけようとしているだけ。
人は死ぬためにしか生きることができない。
死が怖いのではなくて身体や財産、地位がなくなるのが怖いだけであろう
217 :
考える名無しさん:2008/06/14(土) 19:56:42 O
死に至る病とは絶望である
218 :
考える名無しさん:2008/06/15(日) 00:03:37 0
死に優る恐怖といったら「永遠」くらいしかおもいつかん
時間ほど怖いものはない
何もない世界で無限の時を過ごせと言われたら・・・・・
219 :
考える名無しさん:2008/06/15(日) 12:31:15 0
現代の哲学者にとっては真理が見つかることが恐怖
221 :
考える名無しさん:2008/06/15(日) 21:20:42 0
あるだろ。
もう死んだほうがましというような状況とか。
例えば、こいつとは適当な遊び友達だったのに
こんな馬鹿を孕ませ契りを交わすなんて死んだほうがましとか。
こんな馬鹿との結婚生活なんて想像するだけ恐ろしいとか。
まぁ、おまえ等にそんな話をしてみたところで、
おまえ等がそれをリアルに想像できるはずもないがw。
222 :
考える名無しさん:2008/06/16(月) 18:33:44 0
死ぬことよりも、
包丁で切腹したり首を斬ったりの未知なる激痛の方が怖いだろう。
リンチくらって「もう殺してくれ」と懇願する被害者事件があるぐらいだし
そういう苦痛でも、いっちゃえば個々による、ってことだな。
人によって苦痛の度合いも違うだろうし、どの痛みが絶対的に死にまさるとは言いがたい。
それでも「ない」と言い切るなら、
まあその苦痛を味わってからにしてくれ、としか言えない。
224 :
考える名無しさん:2008/09/04(木) 22:36:17 0
わからない
225 :
ネオマトリクス:2008/09/05(金) 00:30:10 0
変なふうに生まれてしまう事でしょう。
思うんだけど、100年以上前や海外の貧困層や動物に生まれたら
まさに地獄じゃないかな、現代人にとっては。
『強制的に生まれさせられ、強制的に苦を感じる』
という構造こそが最大の恐怖ではないか?
苦痛の強制という構造。
で、強制こそが恐怖なので、『自由意思と知識』こそが
あらゆる希望の根源。これが膨大にあれば
生まれる状態も殆どが自分の好きにできて快楽ばかり
死にまさる恐怖など無い。 例えば、死ぬことは無いけど恐いことも有るには有る。
やーさんの指つめなどだ。
しかし、殺されるか指つめか択ぶことを強要されたら指つめのほうがマシだろう。
俺今若干死の兆候が出てきたとこなんだけど
健康な時より死への恐怖が薄らいだように思える。
どうも脳がそういうふうに出来てるみたいだぞ。
みんな死が怖いか?
大丈夫だよ。死がそこまで来れば嫌でも覚悟ができる。
俺はもうすぐ死ぬけど生まれてくる前の状態に戻るだけさ。
今はそんな気分。
死にまさる恐怖、それは恐怖それ自体
230 :
考える名無しさん:2008/11/23(日) 01:20:59 O
ライトテロルがこわい
231 :
考える名無しさん:2008/11/23(日) 02:31:53 0
拷問と饅頭が怖い。
232 :
考える名無しさん:2008/11/23(日) 05:49:12 O
永遠が怖い
233 :
考える名無しさん:2008/11/23(日) 07:20:54 O
リアルに子供に接するのが怖いんだけど。すごく怖い。対人恐怖症なんだけど人間の中では子供が一番怖い。
234 :
考える名無しさん:2008/11/23(日) 07:29:45 O
どういう感情なの?
235 :
考える名無しさん:2008/11/24(月) 03:31:34 0
1度しか体験していないが、
高熱を出した時見た夢というか幻覚は、
15年以上経った今でも、思い出しただけで怖くなる。
少し目を閉じただけで、巨大なドリルのような渦のようなものが
目の前に繰り返し繰り返し迫ってきて、巻き込もうとするんだ。
しかも、たとえようもないほど鋭く光った目が中心にあって
「死んでしまえ、死んでしまえ」と威圧しているように感じるんだ。
眠たくて目を閉じそうになるが、薄目の状態でも「そいつ」は容赦なく迫って来る。
あまりもの恐怖で窒息しそうになって、布団の中でのたうち回り、ベッドから転げ落ちる。
「あり得ねぇ」「消え去れ」と思っても、体が勝手に反応してしまい、どうにもならない。
よろけながら壁に頭からぶつかって死のうとしたようだ。
それから、いつのまにか寝ていた。
まあ定番だが、絶対・相対を選ばないとな。
相対なら人による、絶対ならその具体例をってことで。
237 :
wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2008/11/26(水) 17:36:58 0
死にまさる恐怖とは、ほんのつかの間でも生きつづけなければならない恐怖。
普段から恐いオカルトに馴れていないと。
ペットとして飼うのは無理だよ。
239 :
考える名無しさん:2008/12/23(火) 14:12:34 0
>>222&
>>231(饅頭は余計だがw) 同意!
残忍な拷問で決して死なせてくれない。 これ恐い! (((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
240 :
考える名無しさん:2008/12/30(火) 03:29:42 O
このスレ見てねじ式を思い出した
子供の頃、摩擦が無い世界とか夢でよく出てきたけど
あれは、怖いぜー
それではセクロスもオナニも気持ち良くないだろう
結局有るという現象が一番のオカルトなんだよ。
オカルトを完全に否定できない根拠、
なんでも起こりえるというところに繋がる根拠は
そこにしか見いだせないし、有る/無いについて
考えている時に起こる恐怖というのは他に類するものがない。
絶対有り得ない世界が有り得てしまっている恐怖感で
論理的思考が遮断されてしまう状態としか表現
できないが、自分の場合その恐怖を感じる時間が長いような気がする。
滅多に起こらない自分の恐怖と同じ恐怖が他人と同じであるかどうか
確かめようがないというのがまた不思議なところだ。
一生感じない人もおそらくいるだろうし、意識的に避ける人も
いるだろう。ググってもわからないし、本当に不思議なことだ。
244 :
考える名無しさん:2009/01/05(月) 12:33:04 0
宇宙には果てが無いと考える時。
宇宙の果てのその先は?またその先は?またその先は?またその先は?…………
れじかみかてだたあねんげごはんむ
246 :
考える名無しさん:2009/01/06(火) 13:51:51 0
↑ ??? ( ゚Д゚)ポカーン
不老不死の魔法をかけられて永遠の拷問にかけられたら・・・と思うと怖いな
トンデモ過ぎて怖くないか。でも実際やられたら怖いんじゃないかな
死んだほうがマシって事は死ぬより怖いって事だよね
恐怖ってのはまさに幻想だな。
これから起こること、起こるのではないかということに恐怖する。
今まさに起こっていることには苦痛になる。
つまり脳が仮想で苦痛を予測することが恐怖であり、それはだから現実じゃない。
死自体は恐怖じゃなく、死を予期することが恐怖。
んで、脳がなんか物質だしてんだろ?
快楽物質みたいな感じで不快物質、恐怖物質みたいなのを。身を守れ、ってさ。
だったら死ななくてもその物質を与え続けることは恐怖そのものじゃん。
249 :
考える名無しさん:2009/04/04(土) 10:17:13 O
死の恐怖とは、この世に生まれて来ることの恐怖でもある。
(親であれば)子を失う恐怖は自身の死への恐怖を凌駕しうる。
251 :
考える名無しさん:2009/04/04(土) 16:34:03 O
子供を生んでしまうことは死を生んでしまうこと。
252 :
考える名無しさん:2009/04/04(土) 16:37:42 O
誰も自分を死から救うことが出来ないのも恐ろしい。
253 :
考える名無しさん:2009/04/04(土) 17:11:30 O
チンコが立たないこと。女の前であんな、惨めなことは無いよな。
254 :
考える名無しさん:2009/04/04(土) 23:25:00 O
本心から落胆してやがります。
255 :
考える名無しさん:2009/04/04(土) 23:45:09 O
死の恐怖は人から感傷を奪う。
256 :
考える名無しさん:2009/04/08(水) 15:30:17 O
女は老けることだよなwピチピチした肌がシワシワになっていって、シミができるんだもん。
若いころ、オードリー・ヘップバーンも綺麗だったけど、年くったら妖怪だもんなww
257 :
考える名無しさん:2009/04/08(水) 17:07:08 O
女の話でかぶるけど、両手両足を切られて東南アジアあたりに売られることらしい。
芋虫みたいになった女を好む変態もいるらしい。
258 :
考える名無しさん:2009/04/08(水) 17:17:42 O
おまえ両手両足なんて縛られて生きていけると思ってるのか?俺も見たぞインドの見せ物小屋で立教生がいる話。
「死刑になりたかった」
「誰でも良かった」
こんな犯罪が最近多くなって来ているが、これらの犯人は
その答えを知っているのかもしれないな。
260 :
考える名無しさん:2009/04/09(木) 23:03:33 O
>>258 縛るんじゃなくて、切り取るんだよ。時間をかけて。
それに目を潰して、鼓膜を破り、便所に飼っていたのが、中国の漢の劉邦の夫人、呂太后だよな。確か、戚夫人という、劉邦の晩年の愛妾をそうしたらしい。
261 :
考える名無しさん:2009/04/09(木) 23:57:22 0
死そのものは実際のところ大して恐怖するというほどのものでもないように思う。
たとえば毎夜、普通に寝入るのと同じような形でそのまま死ぬような死に方が出来るのであれば
それはむしろ至福の安らぎだとさえ思える。
本当に怖いのは死そのものではなく、死に至るまでのプロセス。
たとえばくも膜下出血のような地獄のごとき激しい頭痛と吐き気に悶絶しながら死んでいく場合をはじめ、
病による突発的もしくは持続的な苦痛を味わいながらの死ほど怖いものはない。
けっきょくのところ、意識する間もなく一瞬で死ねるのか、
それとも痛みや苦しみを感じながら死んでいくのかの違いであって、
本当に怖いのは前者ではなく後者だと思う。
>>261 プロセスもあるな。
確かに想像を絶する痛みだろうね。
あとはひとつ、未知への恐怖もあるだろうね。
人間は未知のものを受け入れやすいけど、
死だけは例外なんだろうね。たぶんそれは上の死へのプロセスが関係してるんだろうね。
幽霊を怖がる人がいるのと同じ。
見えないこと、知らないことに関して恐怖を抱く例は多少ある。
まあ稀に好奇心が勝って死に行く人もいるけどね。
芸術家では多々ある話だ。
263 :
考える名無しさん:2009/04/10(金) 13:56:17 0
人間は未知のものを受け入れにくい。
コカコーラのタブクリアが売れなかった理由もそれだ。
264 :
考える名無しさん:2009/04/10(金) 14:42:36 0
死に勝る恐怖とは滅亡する恐怖じゃないかな。
どの民族だったか忘れたけど、ある老人が俺が死んでも死後の世界に
送ってくれる人がもう誰もいないと嘆いていた。
265 :
考える名無しさん:2009/04/10(金) 15:07:12 0
266 :
考える名無しさん:2009/04/11(土) 00:40:42 O
虫歯
267 :
考える名無しさん:2009/04/11(土) 15:54:34 O
2ちゃんで叩かれること
268 :
考える名無しさん:2009/04/12(日) 20:23:19 0
チンピラ
269 :
考える名無しさん:2009/04/12(日) 23:08:21 0
戦争に行ったら死ぬのは判りきってる、それでも、尚、戦争に行かざるを得ないほどのもの
国民の義務の不履行、悪い評判、不名誉な死、絶縁、将来の不安
遠くの死よりも、目先の恐怖が勝る。
だが、先細りする将来の不安まで行くと、死よりも勝る
この先どうなるんだって話になったら、死ぬより怖いってなるよ
生きる喜びを知ったからには
その見返りに
死ぬ恐怖も知らなければならない
271 :
概念μ ◆GAINENU.so :2009/05/10(日) 21:57:05 0
272 :
:2009/05/11(月) 09:36:06 0
273 :
:2009/05/12(火) 21:32:17 0
274 :
:2009/05/15(金) 10:54:16 0
東の口癖って何だっけ
おい東スレと間違えただろカス
すなわちリセットできない状態だな。
悪い
285 :
考える名無しさん:2009/09/24(木) 01:24:37 O
恐ろしいのは死ぬ事じゃなく、死ぬまでの過程
ただ最近死んだらどうなるんだろうと考えすぎて、死んだら死後の世界を知れると思い死ぬのが楽しみな自分が少し怖い。
286 :
考える名無しさん:2009/09/24(木) 19:38:40 0
煉獄に居る霊魂の驚くべき秘訣
販売価格: 210円 (税込)
煉獄とは何か?
その中で何が起こっているのか?
霊魂がそこへ行くのを誰が決めるのか?
そこへ入る原因となるのはどんな罪なのか?
どんな方法で霊魂を煉獄から救い出せるのか?
どうすれば煉獄に行かないで済むのか?
自殺した人、子供、他宗教の人はどうなるのか?
この本は空白を埋めるものです。
実に、現代、これらの現実についてもうあまり教えていないのです。
著者: シスター・エマヌエル
ISBN: 4-88382-012-2
発行: 高間友の会
http://www.sanpaolo-shop.com/product/4359
287 :
考える名無しさん:2009/09/24(木) 22:13:33 O
道理(真理・本当のこと)が分かると、死そのものが恐怖でない事に気が付く。
死そのものより、「どの様に生きたのか 」が厳しく問われる。本当はこれが苦しい。
聞いて極楽見て地獄。本当(真理・道理)の事を知らずに生きる事が、本当は一番恐ろしい。
薬物によるバッドトリップの恐怖は、おそらく、数ある恐怖の中でも最たるものでしょう
恐怖を感じる精神自体が過敏になったような状態ですから
薬物というリスクのあるものを自ら摂取するのですから、自業自得とも言えますが
>>285 >恐ろしいのは死ぬ事じゃなく、死ぬまでの過程
「人生そのもの」が恐怖ということですね。よくわかります。
290 :
考える名無しさん:2009/09/25(金) 19:21:20 0
’86・9・28
今日、イエスは一つのはっきりした霊的直観を下さいました。
どこか分からない沼地らしいところで、あたりに人が誰もいません。
私の霊は迷子になってしまったようです。
その時主が枯れ木の間を探して下さっているのが見えました。
ここです、私、イエスです、
あなたが見つかった、おいで 戻る道を教えよう。
私の声を聞きなさい、私 イエスは道です。
迷子になったと感じるたびに呼びかけなさい、
あなたのところに来て 道を教えよう。
私は 道 です。
http://tenshikan.jp/notebook1-6.htm
家の中にウンコのある生活 〜室内犬と暮らす〜
292 :
考える名無しさん:2009/09/25(金) 21:48:50 0
死んだら浄土に還ると信じることができれば
死は恐怖じゃなくなる。
そりゃちょびっとは恐いけどね。
293 :
考える名無しさん:2009/09/25(金) 23:55:49 0
恐怖を起すないし増幅する脳内物質ってないの?
294 :
考える名無しさん:2009/09/26(土) 20:12:34 0
統合失調症の妄想気分は、底知れぬ恐怖感があると聞きましたが?
其の為に自傷他害も生ずる。被害妄想のひどい時は特に恐ろしい。
295 :
考える名無しさん:2009/09/26(土) 20:55:50 0
中国にとっては中華文明が滅亡すること。
イスラムにとってはイスラム教が滅亡すること。
これらは彼らにとって死にまさる恐怖である。
296 :
考える名無しさん:2009/09/26(土) 22:48:55 O
出産
297 :
考える名無しさん:2010/01/25(月) 01:07:55 0
なかなか深いスレだな
a
299 :
考える名無しさん:2010/05/27(木) 10:24:46 0
「死」は感情の(志向)対象であって、感情ではないよ。
「死ぬほどの恐怖」は感情だけど。
死にまさる恐怖、ってのは不明瞭な命題か或いはカテゴリーミステイクかのどちらかだよ。
300 :
考える名無しさん:2010/05/28(金) 08:08:44 0
「死」への恐怖なんて全くないな。もしろ憧れだよ。
恐怖は「死」よりも、それに至るまでの肉体的苦痛のみ。
301 :
考える名無しさん:2010/05/28(金) 11:58:03 0
なんかさー
脳死状態で植物人間だと思われていた人が
二十数年ぶりに奇跡的に目覚めて「ずっと意識があった」って告白する海外ニュースあったね。
ああいうのが一番怖い。どんだけ苦痛だったんだろう。
302 :
考える名無しさん:2010/05/28(金) 11:59:55 0
脳死判定で殺される人の中にも意識ある人はいると思うんだけど、殺人だよな。間違いなく。
303 :
考える名無しさん:2010/06/01(火) 08:34:17 0
>>300 森鴎外も、なんか似ていたこと書いてたと思ったが・・・
304 :
考える名無しさん:2010/06/05(土) 03:20:58 0
私は「生き地獄をみせてやる!」って言われたけどねー
ネット上で
あとは「お前なんか人間としてみていない」とか「死ね豚」とか「死ね基地外」とか
「最低〜」とか「肉便器が!!死ね!」とかいろいろ言われたよ
それ言った奴等、今ぼくちゃん化してて「俺あいつに〜」とかイミフなこと言って同情引き始めててうざいんだー・・
あいつらは私を加害者扱いして周囲の同情引き、
偉い人にはなんかひれ伏すぐらい媚媚だと耳にしたものでね・・
私をいじめてる人間は、ああいうへたれなんすよ・・
前某スレで「これであの女を可哀想って言う奴いなくなるだろ♪」な〜んてレスしてんのをチラっと見たけど
まあこういう台詞聞いて、「肝っ玉小せえなあこの男・・さもしい・・」って思った私は多分間違ってない・・
305 :
機械仕掛けの赤い名無し:2010/07/21(水) 00:35:46 0
306 :
考える名無しさん:2010/07/21(水) 01:36:57 0
怖いよ 自分が無になったと知覚出来ないほど無なんでしょ?
307 :
考える名無しさん:2010/07/21(水) 13:45:18 0
>>302 脳のどの部分が死んでいるかによるけど、
日本は全脳死で移植だから大丈夫。
外国だと君が言うようなこともあるだろう。
309 :
考える名無しさん:
高所恐怖症とか閉所恐怖症とかあるでしょ
死の恐怖症もあると思うんだよ