>>3 あるある!
こういうのあるよなあ
特にオンリー本の募集とかで初対面の人の本に参加したとき
(…スペースに何も持たないで押しかけたら…「くれ」って言ってるようなもんだよなあ…)
「あ、こんにちは、今回ゲスト参加させてもらった○○です、どうも、差し入れです」
「あ、どうも、今回はありがとうございます」
「…」
「…」
(やっぱくれないのかな? いやいやお金は全然平気、今回発行部数少なかったし、むしろ協力したい。
でも、くれるつもりなのに払おうとしたら嫌みかもなあ…。
何も言わず立ち去ろうか、あ、でも払う払わないにかかわらず、本は絶対欲しいし!)
単に手に持ってるのか、差し出してるのかあいまいな状態に財布が見えるようにして、
「えと…じゃ、新刊お願いします」(言葉も買うのか貰うのか曖昧にして)
「あ!すいません!もちろん差し上げますので!」
(げげ、やっぱくれるつもりだったんだ!ああ、財布出さなきゃよかった)
「あ、すいません、ありがとうございます」
(わあ、なんだよ俺ぬけぬけと! ずうずうしかった気がしてくる!?)
「ほんと、すいません!」
(そんな謝るなよ!いたたまれない…)
「いえいえ…」
…って同人誌かよ!
しっかりしろよ出版社
新スレです
楽しく使ってね
仲良く使ってね
,ィiikァil{ミk{illliミi;,,.
,ィj|}}州ト、トii州ililk{ミ;,
j}iリリ州iト、 ヾk州ililk{lli
il}jリリ州j `ヾkリト州}ili
!jliリ州ソ ,z=;- ヽヾjミii}
Y{ ヾリ ■■■■|リ
ノハ i! .:: '´,; !、 i
ソj` :::.:. /'_';=;ィ / jヽ.
ノ 丶 :..:. j ;'ゝ-' j' / /
,イ'` ‐-..__` ‐ _、 _ノ / 'ー 、 ヴィシッ
` ー'| / }
フジであずまん
出てるのか?
ヒント 江原
体型繋がりか…
体型による同一性か。
あずまんもそうだが、キャラ/キャラクタの伊藤的分類はなんで人物に拘るんだろうな。
固有名が条件というのもあやしいし、例えば舞城にしろ阿部にしろ、
物語のトポス的同一性というものもあるんだが。
マンガにおいては描かれてこなかった、という限定した意味ならばわかるけど。
コンテンツの思想なる書物も出たそうです。スッキリしたタイトルですね。
15 :
考える名無しさん:2007/04/01(日) 13:05:15
青土社は貧乏そうなイメージがあったけど
著者に本を送付できないぐらい
本当に貧乏だとは想像してなかった。
あずまんの貧しさは清らかな貧しさ
18 :
考える名無しさん:2007/04/02(月) 15:09:03 BE:238094827-2BP(0)
>>16 かわいそうかな、とも思う反面、
少ないパイを数社で取り合う今の状況も間違っているように思うので
2、3社で寡占してしまったほうが良いような気もする。
同じ作者なら同じ出版社で出してくれたほうが良いしなあ。
テクノロジーの進展で新しい欲望が開発された、てところか。検索欲。
あずまんの欲望はきれいな欲望
検索窓に「つまんない」「暇」と打つあずまん。
検索窓に「あずまん」「ヒガシ」と打つあずまん。検索窓に「汐音」と打(r
刊行ラッシュなのに延びるのが遅いのは、コテの面々がいないからか。
あれは、けっこう頭のいい連中だったよね。今何やってるんだろう・・
ポモ2でみんな離れて行ったね
ふと、波状言論の特定商取引法に基づく表記の住所をググった。
なんかいろいろひっかかる。革命的非モテ同盟の内容証明の発信者住所とか。
末尾が "PMR" + 番号 だったので、PMR をググったら、
http://www.pmr.co.jp/ てのがひっかかった。そこの私設私書箱サービスのようだ。
http://www.myletter.jp/ これで住所表示しても汐音ちゃんも安心。
ただ、さすがに以前のように別に事務所を構える余裕はないし
用事も無くなったということでもあるなぁ。
ポモ2に関しては前スレで結構話したからな〜。
講談社BOXでも待つよ。
27 :
考える名無しさん:2007/04/03(火) 12:52:19
コテがいなくなったのはキャラを演じるのも大変だということ。
キャラ化する私のリアリティの問題だ。
東スレでもっともIQが高かった住人のひとりと思われるワレオタさんは、
コテにしないことに拘った。しかも複数形で語った!。
ま、他者に名指されるとは思っていなかったようだが。
KGVみたいなややこしいレスやめれ
元気かなあ。なぜかイニシャルがKばかりだったアホアホ信者の皆さん。
一体「K・Y」って誰だ。
805 :氏名黙秘 :2007/02/28(水) 21:37:54 ID:???
佐々木倫子と川原泉、あと「ベルばら」と「ハイカラさんが通る」、「あさきゆめみし」くらいしか読んだことない。てか、けっこう読んでるな。
AZUMA IS LIVING DEAD
近年であずまスレがここまで静かだったことがあろうかいやない。
出版ラッシュ直前までは元気だったのにな・・・
例えるならあれだな。思い浮かばないけど。
次の作品「こそ」
みんな読んでる最中ってことじゃないの。
刊行ラッシュというのは危機感の裏返しなのかもしれません。
あずまんの考えを先取りしてたつもりのしろうとや
手塚は置いてけぼりくらってポカーンとしてるんだろうさ。
まあこれまでのアズ万理論の延長上だから名、動物2は。
刊行ラッシュ前は、ヒガシをだしにサブカル(ないしポモ)全般を語るスレだったのだが、
著書が立て続けに出るとなれば、その内容を論じるのが筋である。しかし、読んでみても
そんなにいいたいことが思い浮かばない。だから、レスが減ったんだろうか?
さすが東先生
そこまで計算してらっしゃったとは…
41 :
考える名無しさん:2007/04/05(木) 01:08:50
前スレの元ジャスコ設計部の者です。
「動ポモ2」読みました。
でも「東京から考える」とどう接続したら良いかで悩みます。
北田暁大が同書で、あれもこれもジャスコ的、ジャスコ的って言ったのは、
ジャスコという「キャラ」が立って「メタ物語」で「想像力のうえに散乱」させて
「自然主義の夢を見」てるでおk?
わかりません。><
メタジャスコ的物語におけるベタジャスコ的想像力のうえに散乱する、
キャラクターとしての<私>の問題系だな。
<>多用する意味が不明
私じゃないってことだな。差延。
46 :
考える名無しさん:2007/04/05(木) 08:48:15
<>はニーチェからでしょ。
(<ω>)
(><);
なんかIQテストを思い出した。
(< >) → (><) → <()> → ?
訂正
(< >) → (><) → >()< → ?
51 :
考える名無しさん:2007/04/05(木) 23:06:06
\(^o^)/
52 :
考える名無しさん:2007/04/06(金) 00:23:08
(^0_0^)
53 :
柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :2007/04/06(金) 00:25:39
また君の新刊恐怖症ですか。
もうあずまんと柄谷や浅田が出会って15年ほどになるんだね。
そしてあずまんと浅田の年齢差が15。あずまんと出会ったころの
浅田の年齢に追いついたと思うと感慨深いものがあるね。
あずまんが完全に過去のものになったことを認めたのである。
56 :
考える名無しさん:2007/04/06(金) 19:45:45
ワレワレオタクのひとに見放されたら、途端に静かになったな。。。
逆に言えば、ワレワレオタクのひとが独りで騒いでいただけとも言うが。
>>55 いくらでも本が出るはずで、「国家と自由」についても論じるらしいし、情報社会
の倫理と設計についても、論じようと思えば・ネタにしようと思えば出来る筈だし。
アスキーにはギートステイトがあるらしいし。
なにをためらってるのか理解できないね。
あずまん信者による、「難解な」「ハイカルチャーな」議論を期待してたが
一向に反応がないね。
蓮見重彦を読みたいだの、ワレオタ発言が邪魔だのと、言うやつがいたからおとなしく
してたが、そいつは今何してるんだろうね。
>>57 万単位の例がそのふたつだけってのはいくらなんでも・・・w
>60
もともとアンチオタク連合って多いから。「オタクが動物」っていうとそいつら
が膨大にいるからすぐ飛びつく。何千万人もいるわけだ。他人を差別したがる
奴が。それだけのことだ。
もともと一般人の考えと正反対だから。アニメってのは、子供の見るもの(一般人的
には)でそれを一般人に逆らって見てるわけだから。
そこに新しさがあるわけだが、バカには差別対象に見えたし、東はそれに理論を与え、
差別を煽ったから。
守旧派や既得権益層って多いから。文芸誌なんてまさにそう。
なんだかんだ言っても情報自由論路線の仕事の方がみんな素直に反応してくれそうだ
あずまんに万も読者がいたら、いやホント、こんなに苦労せんわ。
なんだよ、書き込みがあると思えば…
まさに
>>56じゃないか(笑)
>ワレオタ発言が邪魔だのと、言うやつがいたからおとなしくしてたが
いやいや…。これまで全然おとなしくしてなかったじゃん(笑)
静かなときを見計らってそんなこといったら、後だしじゃんけんですよ。
でもいいと思いますよ。ぜひ盛り上げてください!
65 :
考える名無しさん:2007/04/07(土) 14:33:01
そもそもさ、
前スレの「ワレオタ発言が邪魔」ってのは「コテにしてくれ」ってことじゃないのかな
おとなしくしてる必要はないんじゃないかな? かな?
つーか、もう構うなよ…
ギートステイトw
>>64 いや、ここ最近全然書き込んでないよ。誰か真似して書いてる人はいたけども。
成りすましの人はいたね。誰かが自作自演で勝手にやってるんでしょ。
ワレオタは複数の自作自演だみたいに言ってる人もいたが、それ一度もやったこと
ないよ。
いちいち自分の意見に自分で賛意を表明したりしないし、議論を誘導することもないから
ね。そういうこと2chの人はやってるわけ?だからいつまでも話がまとまらない
のかな。
同じ話を蒸し返したりする人いるでしょ。
永遠の助走期間
複数の東応援団がいるように見せかけたり、わざと議論をループさせたりする、
そういうことはないものとして書き込んでるから、何もしてないよ。
でも、ねずみ講なんでしょ?
73 :
考える名無しさん:2007/04/07(土) 22:22:54
>>68 だからコテつけろっていうのに・・・(苦笑
「成りすまし」が疑われないのは発言がステロタイプだからだろう
あずま講
>あずまんに万も読者がいたら、いやホント、こんなに苦労せんわ。
動ポモ1は結局何万部売れたの?万は売れたでしょう?
あず万wwwwwwwww
>>73 そりゃわざとわかるようにパターン化して、専門用語を使わんように、かつ論理
的に書いてるからで、冗長な表現はせんよ。
そんなことより、東の興味関心と2chの人の興味関心はちゃんと交差してるの?
例えば、「人間的」に暮らしたいとか、コンピュータから脱出したいとか、その
種のことを考えてるとして、「ゲーム的リアルの中の私」とか情報管理社会とかそういう東の
問題意識とちゃんとシンクロしてるわけ?
それとも、東の問題意識なんかどうでもいいわけ?
isedで私的エゴが情報空間には噴出してて、いかにして公共性を回復するかが深刻に
論じられてたが、2chの人はそういう「倫理」の議論に興味あるの?
それとも、ウィニーみたいに公共性を無視してエゴで突っ走るのか。
東の問題意識では、情報空間では「つながりの社会性」が強くて、馴れ合いに
なるからまともな議論が成立しない(動物化)というんだが、その問題意識は
それでいいわけ?
日本語が変だった。
陰口で繋がることを娯楽に「だけ」しているわけではない。
→陰口で繋がること「だけ」を娯楽にしているわけではない。
正直、2ちゃんなんて1日の利用時間を調査したらわかるだろうけど
ほとんどの人が息抜きでしょ。
そこで陰口の自由がはぐくまれたところで
それほど「負債」とかいうレベルの害が存在しているとは思えない。
82 :
考える名無しさん:2007/04/08(日) 13:51:56
>>78 >わざとわかるように書いた
ワラタ。
で、「2chの人」ってのは誰なの?
新潮の目次みたけど仲俣との対談なんて載ってなかった
ワレオタは読んでないんだから反論批判する資格無いだろ。
読んだら読んだでk様、向上並に的外れなマンセーするだろうけど。
85 :
東スレ向上委員会:2007/04/08(日) 21:51:12
動ポモ2イイじゃん
東が本気でアヴァンギャルドについて考え始めたね
アヴァンギャルドと「オタク文化」の類似性と差異について
あっそ
やっぱり「すごい新著が出るかもしれない」という期待感があった時期のほうが
スレが盛り上がるんだよね。
「あずまんなら加筆訂正ですごい単行本にするに違いない」みたいな。
「期待感」って根拠の薄いバブルであることが多いから、
際限なく膨らんでいく。
で、とうとう実物が提示されると「なんだこれ。この程度なの」となるw
際限なく膨らんでいくAZUMAN
下流社会にでてくる5P(プレステ、ペットボトル(炭酸の)、パソコン、ポテトチップス、あとなにか)で
夜型の生活を子供の教育を理由に止める気はない、と
述べていたけど、娘の教育以前に成人病のリスクの方が先でしょ。
炭酸飲料やポテトチップスの様なデブ御用達の食品は
人間の生物的なバグをついている、とのことだけど
しかしアメリカはともかくとして肥満になる人間の率は
限られているわけで。
アルコールも同様。
どうもあずまんのいう動物的とか生物学的とかいうのは、
「サルがオナニーを覚えたら死ぬまでやり続けた」とかいう伝説と
同レベルな気がする。
出典書いてくれ
話が追えない
今回の動ポモ2で郵便本を神格化してた連中が目を覚ましてくれただろう
コードギアスって結局どうだったの?
盛り上げておいて、これはないんじゃない?
東の新著と同じだw
まあ、続くんだろ〜な
>東が本気でアヴァンギャルドについて考え始めたね
そういうところに逝ってしまうと、あれ、花田なんとか(?)みたいな感じだね。
>>87 「すごい新著」って具体的に何だね?「動物」のテーマからはあれ以上の理論展開
は出来ないよ。
東って、本当にポストモダニズムそのまま使う人で、「テクストしかない」とか
記号だとか、「表層批評」だとか、ゼロ度のエクリチュールとか。
だから、ライトノベルでは「文体しかない」とか、キャラは「記号」だとか、
アニメはフラット(表層)だとか、身体はゼロ(カラッポ)なんだね。
だから、すごい優等生というか、先人の業績を疑ってもいない。「そのまま」
信じちゃう人だ。無論、ヨーロッパには形而上学があるから、それへの「逆説」として
「表層」とか言われたんで、そのまま信じるのはナイーブだが。
「ポストモダニズムを使った凄い新著」という時に、あれ以上のことは出来ない。
ポモそのままで、まさに「ゼロ度のエクリチュール」、空虚な文体なのだ。
だから、この国のニューアカの人らが、なぜポモ思想を歓迎したのかわからない。
「人間」はいなくなり、記号(キャラ?)と化す、と言うのであれば、ああするしか
ない。
96 :
考える名無しさん:2007/04/10(火) 04:06:08
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97 :
考える名無しさん:2007/04/10(火) 11:50:50
>91
神格化はしてなかったけど、もう少し頭のいい人かと思ってたw
なんか、そこら辺に山ほどいるオタク評論家と同レベルなことを
必死で書いてる感じが痛々しかった。
オタク的な感受性にシンクロしすぎると、思考力も落ちちゃうのかな。
なんか残念な新刊だったな…。
オタク評論家ブロガーとあずまんに差はないでしょ
なんだ急に盛り返したと思ったらまたワレオタか・・・w
まったくこのスレに必要なキャラだな。
ワレオタ自身もこのスレを必要としてるし、円環構造は閉じる。
そして日常は終らない。
100 :
考える名無しさん:2007/04/10(火) 12:08:43
くそずまん
>>91 動2が仮に駄本だとしても、それと郵便本の評価は別。
102 :
考える名無しさん:2007/04/10(火) 12:42:07
>なんか、そこら辺に山ほどいるオタク評論家と同レベルなことを
>必死で書いてる感じが痛々しかった。
正直俺もそういう感想しかない。
もちろん、一冊の本にまとめる論理構成なんかはそこらのブロガーとは違うが
基本的には個人の思い入れをレトリックで形にしてるだけだ。
結局狭いんだよ。
格下のライターだか批評家だか分からない連中と、大塚、柄谷、村上春樹だけ
でラノベやゲームを語るというのは。
1部で周到な批判封じをしてその分勢いを失ってるから
ここまで熱い批判が出るとは正直思わなかった。
もっと批判しろ。
104 :
91:2007/04/10(火) 13:37:54
ラノベなんて読んだこともないし、これからも読まないと思うけど、
キャラクターが「メタ物語」とやらによって支えられてるのは
何もマンガやアニメに限らないでしょ。
過去の純文学、芝居や映画にだって、
データベース化された「類型的」人物ってのは沢山出てきたし、
作者達はそういった過去の名作なんかを参照したり、
換骨奪胎してあらたな作品を創作してきた。
受け手もそういったデータベースを意識的・無意識的に
参照しつつ享受してきたわけで。
それこそ現実世界でだって、我々はそうやって他人を位置づけてるんじゃない?
「ああ、このオヤジはガテン系だから近寄らんとこ」とか、
「勝ち組エリートっぽいのに気さくでいい奴だ」とかさ。
最近のオタクってのは、馬鹿だし感性も鈍いのが多いから、
過去の類型をなんの加工も出来ずに無反省に
「作品でござい」って垂れ流してるだけでしょ。
それが解りやすく記号化して、商品として結構な量流通してるからって、
作品の新しい在り方、みたいに言われてもなぁ…w
↑ゴメン、上は97ね。
106 :
考える名無しさん:2007/04/10(火) 13:58:55
107 :
考える名無しさん:2007/04/10(火) 15:29:43
〉104
動ポモ2全否定だなw
>だから、すごい優等生というか、先人の業績を疑ってもいない。「そのまま」
>信じちゃう人だ。
大塚もそういうことをどこかで言ってたような気がする。それが可能性でも
あるんだとか・・・
109 :
考える名無しさん:2007/04/10(火) 17:24:29
なんでそれが可能性なんだか、訳わからんしw
110 :
考える名無しさん:2007/04/10(火) 17:28:21
まあ悪しき文型というか。
哲学とは億光年かけ離れているといえばいえるよな。
111 :
考える名無しさん:2007/04/10(火) 17:29:47
112 :
考える名無しさん:2007/04/10(火) 17:36:58
タマには自分の言葉で書いてみようね!
中上が「前衛=通俗」って言ってるけど
東だけだね、この問題提起に付き合ってるのは
ダダイズム、シュールレリズム、ポップアート等々
前衛=通俗なのよ
手塚、しろうと。戻ってきてくれ。肯定側からのレスがないと、このスレ立ち腐れる。
大衆前衛論のよってきたところを知ったら笑うよw
「大衆前衛論」ってなに?吉本?
オタク=マイノリティー=前衛だよ
ゴダールやヌーヴェルヴァーグの映画にしたって
前衛=通俗だ
だからこそコピーライター達にパクられまくる
118 :
考える名無しさん:2007/04/10(火) 20:48:53
はいはいw
119 :
考える名無しさん:2007/04/10(火) 20:56:48
東スレなんやらへ
具体的に反論しろよ〈プ
無学無教養が跋扈する夜。
思うに「おふらんす」の「前衛」を「高尚」なものだと考えてるんじゃないのか?
もっとオタク的に捉えれば解りやすいと思う
122 :
考える名無しさん:2007/04/10(火) 21:07:33
〉120
志村〜!後ろ後ろ〜!
123 :
考える名無しさん:2007/04/10(火) 21:31:04
>121
お前……
さてはホンモノの馬鹿だな……!!
前衛=通俗=オタクって解りやすいテーマなんだけどね
>肯定側からのレスがないと、このスレ立ち腐れる。
肯定的なことをいえば、大塚は偉大だ。「少女民俗学」。この偉大な書物を読んだ人が
どれだけいるのだろうか。二次元と三次元のロリを見事に往還している。
とにかくゲーム的であれなんであれ、ロリなしでは生きていけない。
そういうのが真のリアリズムというものだ。
126 :
考える名無しさん:2007/04/10(火) 21:38:30
それをキチンと文章にして論破してみてはいかがでしょう?
127 :
考える名無しさん:2007/04/10(火) 21:43:43
あ、126は124へのレスねw
サイタマが「ロリ」について言及してたけど
アンチファシズムが「ロリ」を産んだって
川端や宮崎駿も、その系譜だよ
論じたいことがあるときには、二・三行のレスを繰り返し投げるのは止めよう。馬鹿っぽく見えるからね。
>>委員会
@「前衛=通俗」
A「オタク=マイノリティー」
B「マイノリティー=前衛」
C「通俗=オタク」
それぞれについてそう言える根拠を示してくれ。
個人的にはAとCが両立するもんなのか疑問だが。
まあ、その結果「オタク=前衛」が導かれたとしても、
それが動2の評価にどう関わるのかはわからん。
現状で伝わったのは委員会に前衛信仰があることだけ。
流れ豚切りでまこと申し訳ないんだけど、
鈴木健ってギートステイトの企画から抜けたの?
今年入ってからずっと忙しくて最近追ってなかったもんで。
ご存知の方、どうか教えて下さいm(_ _)m
,ィiikァil{ミk{illliミi;,,. あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
,ィj|}}州ト、トii州ililk{ミ;,
j}iリリ州iト、 ヾk州ililk{lli 『おれは奴をパージしたと思ったら
il}jリリ州j. u`ヾkリト州}ili いつのまにかパージされていた』
!jliリ州ソu ,z=;- ヽヾjミii}
Y{ ヾリ u .rッュ, ,z.|リ な… 何を言ってるのか わからねーと思うが
ノハ i! .:: '´,; !、 i おれも何をされたのかわからなかった…
ソj` :::.:. u./'_';=;ィ / jヽ 頭がどうにかなりそうだった…
ノ 丶 :..:. j ;'ゝ-' j' / / 決裂だとか人間性だとか
,イ'` ‐-..__` ‐ _、 _ノ / 'ー 、 そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ
` ー'| / } もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…
大塚に言わせると、
僕らの世代はボードリヤールとかポストモダニズムを
「あえて」信じているかのような振りをしてきたけど、
東は「本気で」理論として使っている、
ということになる。
それはおまえら、古くさいおっさんオタクの世代が
「不完全なポストモダン」の世代だからだよ、無学なワレオタ爺さん。
136 :
考える名無しさん:2007/04/11(水) 09:57:51
「ワレオタ」なんて言葉を使ってる時点でアホ確定。
だいたい「不完全なポストモダン」ってなんだよ<プ
じゃあ「完全なポストモダン」ってどんなの?
なんでそっちの方が上なの?
「学のある」君、解り易くかつ論理的に説明してくれたまえw
>136
ポストモダン=大きな物語の衰退、じゃないの?
「不完全なポストモダン」てのは、ポストモダンだ!とか
言っておきながら、一方ではちゃんと帰る場所(故郷)が
あるみたいな世代のことじゃないの?
「完全なポストモダン」は、本当に帰るとこがない世代。
そこで、我らがあずまん、でしょ?
>>134 というよりも理論の使い方に一貫性がないと思う。
ボードリヤールを好きな人は吉本みたいな人で、
浅田や柄谷は馬鹿にしてたわけだけど。
こっちの理論に依拠していたら、こっちは絶対に認めないというのが
浅田彰のころまではあった。
139 :
考える名無しさん:2007/04/11(水) 11:37:46
>137
いや、ポストモダンの定義は別にいいんだけど、
そこに「完全」とか「不完全」とかあるのかなぁ。
「ポストモダン」ってあくまで、時代の潮流の必然であって、
それを選択したり、宣言したり出来るものじゃないでしょう?
あずまんも言ってるように、「ポストモダニスト」というなら、
完全・不完全ていう定義があり得ると思うけど。
何にしても、135は言葉の使い方がいい加減過ぎだろw
無学だのワレオタだのアオる前に、テメェも作文の時間からやり直せ、と。
自然人間⇒形式的人間⇒メタ人間というように表した場合、我われおたくはメタ人間なのです。だから、もう何も怖くない。このことはヒガシの著書からして明らかです。
我われおたくは、人類の歴史を書き換えた超人間なのである。大塚先生がその第一号だ。喜べ!
出来の悪いツリだな…w
ボードリアールに関して浅田はSFとして読めば面白いと言及してる
軽視はしてないと思う
問題はドゥルーズをどう読むかだ
「意味の論理学」「アンチオイデプス」「ミルプラトー」はSF系
スピノザ論、カント論は真面目な哲学系
重要なのはドゥルーズ自身が両者を区別してないんだよな
E.A.ポーがサブカル/オタクの元祖であると同時に
フランスの前衛の元祖であったことを思いおこされたい
動ポモ2もその系譜に連なる
>>138 あずまんはポモのつまみ食いでしょ。
持論にせよポモにせよ、一貫性はない。
元々村上春樹や筒井康隆が好きだったんだから、そっちよりだった
のかもしれない。柄谷じゃなくて吉本、浅田じゃなくて中沢、
デリダじゃなくてボードリヤールだった方が幸せだったかも。
>柄谷じゃなくて吉本、浅田じゃなくて中沢、
あんまりだ・・・
続いて、坂本じゃなくて細野、とくるべきところだが、これにかんしては俺は細野のほうがいいな
モッダーン!ボヨヨン!ボヨヨン!
148 :
考える名無しさん:2007/04/12(木) 01:50:58
アーーズマーーー!
>東浩紀が、八十年代の吉本隆明とダブってみえる。『郵便的不安たち』が『空虚としての主題』
>で、『動物化するポストモダン』に連なる一連の著作が『マス・イメージ論』、そして『東京から考
>える』のような都市論が『ハイ・イメージ論』と重なるようにみえる。『ハイ・イメージ論』は最初の
>方しか読んでないけど。
偽日記の人にもこう書かれてるし、以前吉本スレの人があずまんに後をついで
ほしいと書いているのを見た。
>>137 >「完全なポストモダン」は、本当に帰るとこがない世代。
そこがだからあなたの実感と、「ゲーム的リアル」とが一致してるかどうかだよ。
舞城や清涼院にリアルを感じるかどうか。
例えば「究極の美貌」という言葉しかないのだ、舞城には。実際の絵などいらない
し、「描写」なぞない。「テクストしかない」。「超絶推理」も記号だけ。
「2chの人」はアダルトサイトとか、実際の映像とか必要じゃないですか?
記号だけ・テクストだけというのは無理でしょう?
「繰り返されるリセット」「永遠の世界」に閉じ込められる」これが「プレイヤー
(ポストモダン人)自身の疑いえない現実」だそうだが、リアルを感じるか?
「プレイヤー自身の疑いえない現実」を描いている桜坂の小説は、だから「コミュニケーション
の効率がいい」(誰もに共感される筈だ)とされるが、共感者がどれだけいますか?
「おまえ・・いま何周めなんだ?」「ループする世界」リセット・リプレイ、
これらが読者の「実感」とつながる筈だと東は言うが、どうですか?
「ポストモダン人の実感」をリアルに描いてますか?
君らよく言うじゃないですか、「終わりなき日常から脱出したい」って。
その感覚と、桜坂の小説と、あってますか?
「コミュニケーションの効率」とは、皆がその現実(リアル)を共有しあってる
のが前提になるわけだが・・。
リアルを共有しえないとこがポストモダンのスタート。
リアルを共有していないのに固有名だけで話が通じてしまうのが
不思議とあずまんは言ってるだろ。
完全に取り違えてますよ。
>>153 そういう場合はリアルじゃなくてリアリティー、ね。
>153
それはアニメが具体的イメージを作ってるから、それで「言葉だけ」でも通じる
んでね。「綾波型の少女」とか言えば通じるけども(オタクの間では)。
ところが、「超絶推理」や「究極の美貌」には参照項がない。だから、空廻り
するのかな?
まさに「言葉だけ」になるわけだ。
動ポモ2は歴史的な仕事です。理由は、もう数年もしたらエロゲなんてすべて廃版、
ラノベも消えてなくなるでしょう。しかし、その時代のエロゲラノベとは何かを知るための
参照項が必要となります。そこであずまん(ヒガシ)の本を読むことになるわけです。
じっさい、5万人に1人もエロゲもラノベも読んでない以上、動ポモ2を読む事は魂を読む
ことなのです。
157 :
考える名無しさん:2007/04/13(金) 00:35:48
>156
ナルホド。
そう考えれば、動ポモ2を読んだ後の徒労感も
少しは報われるよね!
ありがと! いや、マジで。
158 :
柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :2007/04/13(金) 00:50:29
感謝されるほどのことでもないですよ。
>139
それなら「不完全なポストモダン」=ポストモダニズム、でいいです。
「完全な」が時代の潮流でしかないポストモダン、の意です。
>150
「ゲーム的リアル」なんて興味なかった。変な話ですが、あずまん本読んで、
はじめて知ったくらいです。あずまん本、ゲーム知らない人が読めば、結構
感動できます。そんな世界があったんだ!と。
だから、我らがあずまん、です。
160 :
考える名無しさん:2007/04/13(金) 04:33:50
もっていーけ さいごに笑っちゃうのはあたしのはず〜
せーらー服 だからです けっつろおおおおおお〜ん☆☆☆☆☆
162 :
考える名無しさん:2007/04/13(金) 15:05:02
「我らがあずまん」っていう発想が
既にモダン的であるということに気付いてないところが、
可愛いとゆーか、愚かしいとゆーか…w
「我らがあずまん」消費税を廃止してください。
ずまーカッコイイ!
らき☆すたか。しろうとがブログになんか書いてるよ。
墜ちたなぁしろうとも。いい意味で彡☆
動ポモ2の感想、その1
東は思想としてのポストモダニズムと
風俗としての「ポストモダン」を切り離した
これは懸命な態度だと思う、柄谷とつかず離れずってところか
柄谷が超越論(形而上)を論じ、狭義の文芸批評から離脱するなら
東は、あえて風俗(形而下)論じ狭義の文芸批評にコミットしたわけだ
動ポモ2って東の文芸批評家宣言だよな
動ポモ2は円谷選手の遺書をおもわせますね。
KANONのあゆのエピソードには萌えました。
AIRで萌え寸前で止まる所には萌えました。
Fateの意味不明な難文には萌えました。
九十九十九のメタな批評性には萌えました。
どうでもいいですが、こういうふうな羅列こそが日本の思想なんだといいたい。
枕草子にはじまり、日本の橋、そして動ポモ2に連なってゆくのである。
つまり、ヒガシはもうこういう面々に並ぶ人材となったのだ。
>>167 ある意味正しいよ、日本浪漫派や横光の認識に近いんだろう
でも東って、それに批判的、懐疑的なんだよな
横光と清涼院のテクストの差異って決定的だ、何かが全然違う
東は、それを考えようとしてる
なんだか文学板みたいになっちまったな〜w
> あえて風俗(形而下)論じ狭義の文芸批評にコミット
だから吉本であり、中沢なんだよ。どちらが正しいかはともかく、
柄谷や浅田の考え方ではいずれ本は書けなくなる。
>東は思想としてのポストモダニズムと
>風俗としての「ポストモダン」を切り離した
>これは懸命な態度だと思う
そのせいで没落したとは考えないわけ?ドゥルーズだけ論じてりゃよかったのに。
マンガを論じりゃ一時的に人気は出るかもしれない(コミュニケーションの効率
がいい)が、このジャンルにはオタクがいてすぐウソがばれるから。
安易な人気取りが出来るわけない。しょせんシロウト向けの議論で、ウソがバレない
間だけだよ。
>167
「萌える」を感情移入と言い換えたとして、当然共感してくれるものと東は思ってるようだが。
>SFに親しみがない多くの読者はギタイと戦い、タイムスリップを繰り返すキリヤには
>感情移入出来ないかもしれない。しかし、その読者も、メタ物語的な宙吊りにとらわれた
>キリヤには感情移入出来るはずである。なぜなら、キリヤのその状況は、ポストモダン化の
>進行の中、選択肢の多さに圧倒され、特定の価値を選ぶことがますます難しくなって
>いる、私たち自身の生の隠喩(注 つまり写実主義的文学)になっているからである。
とあるが、僕個人はSFに感情移入でき、メタ宙吊りのキリヤには全然共感できない
んだよ。つまり、「生の隠喩」にはなってないんだよ、東先生!オタクの多くは特定の価値
を簡単に選んだし、一方それを「信じる」わけでもない。イデオロギーじゃないんだから
裏切られたとか、もう「物語」は信じられねえ!とか叫ぶわけでもない。
「思想と風俗の切り離し」だが、補足しとけば、思想と全く同じだよね。価値相対主義
が「メタ物語の宙吊り」と言い換えられただけ。「切り離されて」いないから、
どうしょうもないよ。まるで「いわゆるポストモダニズム」とは独立の議論を行なってる
ような書きぶりだが、同じだよ。「いわゆるポストモダン文学」とも同じだよ。
「あえて風俗を論じ」ても、そこにあるのはポストモダニズムの代理物だけ。
なら思想だけでよいのだ。「売れない」のは理由にならない。学会で議論すれば
よいからだ。
例えばメタジャンル・ジャンルの混ぜ合わせなら、トーマス・ピンチョンだって
やってるわけだし、サブカル・ジャンクカルチャーの話もみんなそうなんだから。
東は「類型的」と呼ぶが、無論わざとそうしてるんで、「ときメモ」なんて伝説のある木の下
で告白されるなんて、昭和何年代の恋愛風景なのか。無論、当時は宮台が最先端女子高生
は「性の解放」で、近代的秩序は崩れた、家父長権力は崩壊したと言ってたんだから、
もろ「反時代的」だよ。
性の解放、アナキズム、そんなものには乗りませんと。売春も援助交際も知らない
し、認めません。ポストモダンもクソもない。
宮台の売春擁護・リバタリアニズムと、オタクの否定と、比べてみてほしいね。
「親ポストモダニスト」は宮台や東の娘も含めて、売春リバタリアニズムや少年
A型殺人リバタリアニズムを擁護し、自ら実践せねばならない。あるいは、それに
怯えて、監視カメラつけまくるしか道はない。
178 :
考える名無しさん:2007/04/14(土) 11:42:32
講談社BOX買った。
箱の中は安っぽいなぁ
>178
2700円も出したの、凄いねえ。とても買えんわ。東について行っても
メタメタフィクションから否定否定神学になって、否定否定主体から多重人格
を経て監視社会にいくだけだよ。
自分で自分をコントロール出来ない「メタメタメタ主体」だから、カメラで外から
コントロールしてもらうわけね。そんな未来をお望みか?
別に望んではないだろう
そうなっちゃうよって言ってるだけで
>>180 ワレオタに予測と願望の違いを説明してもムダ。
>180
そうなっちゃうなら、批評したり本書いたりする意味はなんなの?どうせそうなるんなら
意味ないじゃんか。答えてよ。
東は回避不能な未来をどうしようというのだ?「皆に議論してもらいたい」って
結論決まってるんならしょうがない。
184 :
考える名無しさん:2007/04/14(土) 16:17:18
講談社BOX、誤状況論が入ってるのがいいな
・柄谷・浅田両氏とも結局、遠い他者からの審判に脅えて勝ち負けを気にしている不毛(「偉大な勝利・矮小な敗北」といったレトリック)
・実際には、吉本的なものも浅田的なものも、すべてが何も終わらないのに、両氏とも何かを終わらせたい欲望に囚われている
・宗教的な発言を繰り返しカントやマルクスの名を挙げることで自分が普遍的に思考してるかのような幻想にひたる柄谷
・自分のスタイルに合わないものを感情的に排除することで安心し趣味を守りたいだけの浅田
といった指摘は何とも面白いし、
「今となってはなんだかすべてがどうでもよくなった」
と総括する今のあずまんのまったり具合も楽しい
> 「今となってはなんだかすべてがどうでもよくなった」
> と総括する今のあずまんのまったり具合も楽しい
エヴァについて論じた1年後にはアニメについて同じようなことを言っていたし、
はてなについてもネットについても同様なので、
たぶんラノベについても1、2年後には
「今となってはなんだかすべてがどうでもよくなった」
と言う筈ですよw
柄谷と浅田って誰でしか?
アニメーターでしか?
「ゲーム的リアリズムの誕生」より、「東浩紀コレクションL 文学環境論集」
の方が読み物として面白いこと、それから、「東浩紀コレクションL 文学環境論集」
の中でも、年代が古い文章ほど刺激的な発想が多いことは、東浩紀が1990年代に
『批評空間』および浅田彰、柄谷行人が陥ったと指摘している「袋小路」と似たものに
自身もまた陥っていることを示しているのではなかろうか。
「誤状況論」は連載当時読んで、ひどい内容だという感想しかなかったが、それでも
「ゲーム的リアリズムの誕生」よりは、文章もシャープで着想も面白い。
それはさておき、こういったスクラップブック的なエッセイ集成の出版ニーズは、
浅田彰にこそ強くあるはずだと思うのだが、浅田彰はあくまでそれをしない。
書き捨て原稿を本にするなんてことは、おそらく浅田の美意識が許さないからだろう。
この太った豚と痩せたソクラテスの対比は興味深い。
一層のこと「萌えの誕生」にしたら良かったんだよね。
内容と齟齬はあるにしても、タイトル的にもスッキリしてるし。
痩せたソクラテスより肥えたあずまん
結局、今年は何冊出す気なの?まとめて買えば、幾らくらい?ポモ2は安そうだが。
>>190 > ポモ2は安そうだが。
もう発売されているし。定価も出ているし。
まだ適当にパラパラめくって拾い読みした程度だけど、
ほんとに面白いよ、『文学環境論集』!
ごみ箱から拾い集めたテキストファイルをまとめただけの
夢の島みたいな本だから、最初はあまり期待していなかったのだが…
いざ読んでみると、ヒガシさんの時評家としての資質を改めて確認できる好著です。
理論的体系化をもくろんだ「ゲーム的リアリズム」においてヒガシの思考の膠着現象を
見てしまい落胆している読書子にマジおすすめ。
造本はしみったれているけど、編集はかなり気合入っています。
ヒガシにはやっぱりこの路線で飛ばしていって欲しいなぁ。
あずまんが今年、何回対談して何回インタビューを受けるか
だれかマニアの人、数えてくれない?
早くも新刊へのレスポンスがチラホラと。。
読者に恵まれて幸せなあずまん
195 :
考える名無しさん:2007/04/14(土) 23:57:57
80年代的なもの・批評空間的なものを批判して初めて自分の実存?に真剣に悩んだらしいあずまん
一読者としても、その辺のくだりがもっとも感動的であった
196 :
考える名無しさん:2007/04/15(日) 00:01:40
80年代的なもの・批評空間的なものの批判を通して、どうやら初めて自分の実存?に真剣に悩んだらしいあずまん
一読者としても、その辺のくだりがもっとも感動的であった
>192
そもそも昔からゲーム的リアルだったんじゃないの?今の立場と同じだと
思うが。
198 :
考える名無しさん:2007/04/15(日) 00:13:05
講談社ボックスシリーズってラノベだけかと思ったら、あずまんのも出たのね。
あの装丁はいけてるのだろうか。。。
講談社BOXってただ出しにくいだけだね〜
意味あるのは合本のあずまんだけ
「この路線で飛ばしていっ」たあげくが今だからね。ゲーム的リアルじゃない
エッセイって、何かありましたか?クリプトサバイバルは文字通りプロトコル
暗号な話だし、「郵便的」をネットワークと解すれば、ネットのリアルの話
になっちゃうし。
>197
立場は別に変わらないけど、「動ポモ2」は原理的に詰めていこうとして
窮屈な本になってしまった。
柄谷師匠のように「完璧な本を作りたい」という思いを抱えて悶々と頭を悩ますより、
ヒガシさんには理論的な裏づけは薄くても見通しの良いコラムを書きまくって欲しいな、
ということです。
コラム集成である「文学環境論集」を読むと、「動ポモ2」はもっと豊かな内容をもつ
書物になりえたのではないか、と夢想してしまうけど、結局それは短文の連発ゆえに
そう思うだけで、いざ<建築への意志>を発動したら途端に…
と、こういうわけです。
文学は阿部和重だし、美術はスーパーフラットだし、ポモ丸出しの記号的リアル
以外何かあったですか?
映画もギャルゲー見立てで、千と千尋は動物化しているとか、猿の惑星リメイク
には選択の意志がなく、ギャルゲーのようだとかね。
203 :
考える名無しさん:2007/04/15(日) 01:32:12
あずまんねえ、今回のような本を出さないことを目標としている浅田への
当てつけもあるのかもしれない。
ただ、信じ難いほど切れがないというか、奥行きがないというか、
地下鉄で読んでいて気分が悪くなったw
>>203 地下鉄に乗りながら読むからだよ(笑)
この手の本は、セックスした後に読むのがいい。
射精後の虚脱感が、人を哲学的なものに向かわせるのではなかったか。
>>204 フランス的だなw
しかしここはニッポンなのだよ
(海外からも投稿できるが)
206 :
考える名無しさん:2007/04/15(日) 04:09:45
動ポモ2きもい。オタクがねちねち語ってるような本。
何だろうこの閉塞感。ハスミが本来語って盛りあがるようなアクティブな
対象を柄谷が間違って論じてしまったような隘路ニー・・・・・・。
徹底して運動への感覚を欠如しているアズマン。
207 :
柄谷行人 ◆WcOabcjNAM :2007/04/15(日) 04:32:24
まだ運動がしたりないのですか。
デブだからなあ
>206
逆に言うと、東にどうなってもらいたいわけ?東ってサブカル的なカウンター
への意思もなさそうだよね。あるのかな?
このスレ馬鹿ヘタレしか残ってないね
「世界の終わりの終わり」で終わりなき日常を肯定する佐藤裕也だが、肯定した
あと何するんだろうね?
無論、その後のんべんだらりと生きていくんだと言っても、そんなこと出来ない。
だって、そんな批評や本は読む価値がなく、売れなくなるからだ。無意味な批評、
終わりなき日常を肯定するだけの批評はね。
2chの人だって、いつまでもニートで生きていけない。
生きていこうと思ったら、だから「情報管理」されるしかない。という論理構成
だね。
それとも、一時的な快楽を与えるために、アニメから「萌え要素」だけ拝借して小説書き、
金儲けして生きていくのかな?ポストモダニズムで肯定しながら。そうならざるを得ない。
どんなダメな自分でも、「それこそがポストモダンにふさわしい」の一言で肯定される
からね。
動ポモ2の感想、その2
日本近代文学史に対する忌避感!
ゲーム的小説って川端がさんざんやってたのにね
「雪国」って「Air」だのに、「浅草紅団」ってRPGだのにね
新感覚派の問題意識って「動ポモ2」=「純粋小説論」だよ
まあ、東担当の編集が悪いのかな?
手法は柄谷で、当然同じ結論に行き着くはずなんだけど、そうすると
書けなくなる=食えなくなるんでしかたがない。
そこで文学(の役割)は終わったんじゃなくて、今まで論じられなかったところに
主流が移ったんだというフィクションが必要になる。
柄谷が「論文作成装置」と揶揄したカルスタを擁護するのも同じ理由。
ずまそんってカルスタ擁護してるの?
つか
まあ
カルスタに限らず、ウンコみたいなポモの論文からでも有用な部分を
抽出読解する手際を持っているとは思うけどさ。
>>201-206辺りはむしろ本人も自覚があったせいで
執筆をためらい出版が遅れる要因になったとも考えられる
>コラム集成である「文学環境論集」を読むと、「動ポモ2」はもっと豊かな内容をもつ
>書物になりえたのではないか、と夢想してしまう
もう感性の世界だから。萌えなんて。
理屈を付けるだけ無駄だと開き直らないと。言ってることが日によって違うくらいでないと。
『動ポモ2』は半透明な言語について透明な言語で書く試みだったのか?
その構想に無理があったのか?
もっとデリダのようにグチャグチャに書けばよかったのかも知れない。
半透明な言語が透明な言語で整理されてしまったので、
半透明な言語の強度が相対化されてしまったのは失敗では?
>>219 まあね、実際は半透明というか、だいぶ濁っているけどね。
ほんと、動ポモ2は、文章が粗雑というか、鈍いというか。
前に指摘がいくつかあったけど、推敲不足で論理的につながらない
箇所がけっこうあるんだよな。体系的な本とかゆーな!
郵便本はパフォーマティブな言語についてコンスタティブな言語で書く試みだったのか?
その構想に無理があったのか?
もっとデリダのようにグチャグチャに書けばよかったのかも知れない。
パフーマティブな言語がコンスタティブな言語で整理されてしまったので、
パフォーマティブな言語の強度が相対化されてしまったのは失敗では?
あずまんはずっとあの頃のあずまんのまま。
あずまんま東
ずまーはまだ屋根が破れたゴルフのカブリオレに乗ってるのかな?
224 :
考える名無しさん:2007/04/16(月) 17:30:53
動ポモ2
文学の知識と感性のなさにワロタ
225 :
考える名無しさん:2007/04/16(月) 20:29:55
まあな。
小説が読めないとはどういうことかを知るには言い本だな。
文学の知識はあるのだろうが、そういうものを持ち出すと「ラノベって新しい」
という嘘が苦しくなるから、春樹のプレラノベ的な部分だけを持ち出して終わり。
文学にかぎらず美学的なセンスがないのはよく知られた事実でしょ。
音楽に関してもゲーム音楽ぐらいしか解せない野暮・未発達ぶり。
>>219 動ポモ2自体を「環境分析的」に読解するべきだと思うよ?
デリダのようにグチャグチャだったら、むしろ「透明」になる
それこそラノベつ〜か「キャラクター小説」のような類型的な文章じゃなければ
「半透明」性にはならない
動ポモ2自身「コンテンツ志向メディア」と「コミュニケーション志向メディア」
の狭間で引き裂かれている
この本って意外に難解なんだよな
もの凄い褒め殺しを見た。
229 :
考える名無しさん:2007/04/17(火) 02:41:22
よう、ひさしぶり
「動ポモ2」は、オタク以外の人でも(我慢して?)読めるように
書いたのだと思います。
随所で、回りくどい前書きがあるのも、そのせいでしょう。
美少女ゲーム、ライトノベル・オタクの方々には不満が多いかも
知れませんが、その試みは決して悪くはないと思います。
オタク=「分からない奴には分からなくていい」と考えるから、
あずまんはそれを(無理やり?)誰にでも分かるように書いたのでは?
または、
あずまんの本当の目的は、純文学〜社会学への批判(攻撃!)なのでは?
それから、「半透明性」と言い切ってるところは面白いと思う。
「透明」vs「不透明」でグチグチ論じられるよりずっと潔い。
その言い切りによって「環境分析」が可能なのだ!と言うことではないか?
231 :
考える名無しさん:2007/04/17(火) 15:06:02
「半透明性」なんて言い方がすでにしてグチグチなんだよ
>231
そうかな?
手元に今、本がないので「半透明」だったか「半透明性」だったか
ちょっとあやふやですが、そこから「半透明性を利用して」と論を
進めてるところは、全然グチグチではないどころか、コンパクトに
うまくまとめてる、と思いました。
あずまんの言う「透明な言語」は、
バルトの言う「零度のエクリチュール」ということでおK?
>>228 環境分析的に読解してくれ、「向上」ってキャラはホメゴロシキャラなんだよw
>>230 >あずまんの本当の目的は、純文学〜社会学への批判(攻撃!)なのでは?
同意です、東は反撃のチャンスを狙ってたから出版が延びたのだと推測
>>233 これは難しい、フローベールの徹底した描写(自然主義的リアリズム)が
臨界点に達すると現実以上のリアリティーを獲得する
これが零度のエクリ
東は荒唐無稽な設定(マンガーアニメ的リアリズム)でも
臨界点に達すれば現実以上のリアリティーを獲得すると本書で主張してる
ここが新しいところだね、「半透明」がキーワードかな
やっぱ難解だわ
褒め殺しはそれ自体過剰だから、アイロニーだな。
「半透明」は流行らないだろう。さすがに。
過視的かつ不可視、それはシースルーランジェリーのような言語だ。
妄想界に属する。ワレオタのエクリチュールだ。
あずまんはパッチワーク、郵便本の頃からパッチワーク
ヒガシの今回の出版ラッシュは下痢のようなものです。
下痢の唯一の対処法は出し切ることです。出し切れば
また健康な胃腸が戻ってきます。だから、次回作
「動ポモ3」は極めて健全かつ健全なる書物になるでしょう。
>>235 「半透明」は流行ってるよ、複数超越論性(郵便本)って言い換えれば良い
デリダー柄谷もそうだ
過視的かつ不可視って清涼院的なアナグラムとして認識する
>>236 元気か?お互い、このスレにこだわってるみたいだねw
>>226 昔は「最近は音響系とかドローン聞いてます…」
なんて無理してセンスエリート気取ってたけどねw
あずまんが「メタ美少女ゲーム」って言って
「P17N」「AIR」「未来にキスを」「腐り姫」「Ever17」「CROSS†CHANNNEL」
「マブラヴ」「マブラヴ オルタ」「ひぐらし」を挙げているけど、
これ全部やったやつ、どれくらいいるんか?
ていうか、「腐り姫」は「メタ美少女ゲーム」なのか?
単に伝奇→SFと内容が変わっていくだけじゃん?
それと、「2nd Love」「書淫」を忘れちゃいかんだろ、メタというなら。
自転車創業のANOSシリーズもだな。
おお?アンチの逆襲かw
面白いけど理論がないんだよ、好き嫌いの問題(趣味判断)でしかないんだよな
決定的だね
>>238 それは「複数超越論性」が流行ってるというんじゃね?
流行ってるかどうかしらんが。
>>234 >> 東は荒唐無稽な設定(マンガーアニメ的リアリズム)でも
>> 臨界点に達すれば現実以上のリアリティーを獲得すると本書で主張してる
>> ここが新しいところだね、「半透明」がキーワードかな
別にそこは新しくないのでは?大塚が既に指摘しているんじゃないかな。
というか、まんが−アニメ的リアリズムは荒唐無稽な設定が問題ではなくて、
語り手たる主体が存在しないことが特長でしょ、
自然主義的リアリズムの典型である私小説との対比、「ポストモダン」と「モダン」の
対比はその点にあるんでしょ。大塚はあえて「近代は終わってない」と言っているけど。
ていうか、結局「メタ的文学」って「志村、後ろ後ろ!」ってことな気がした……
大塚みたいなバカが書いた本読んでる奴なんて実在するんだwww
>>245 あずまん
……ていうか、大塚がバカと言っている時点で、このスレで
何を議論するつもり何だかw
248 :
考える名無しさん:2007/04/17(火) 23:57:20
おんなじように
東みたいなバカが書いた本読んでる奴なんて実在するんだwww
とも言えるわな。本郷とか駒場あたりの大学院生だとそういう奴多そう。
249 :
考える名無しさん:2007/04/18(水) 00:19:26
本を書く奴は大抵バカだろう。
頭のいい奴はだいたい絵を描く。
ドゥルーズなんかも晩年はそれに気付いたようだね。
古谷さんなんかのヒジキがのたうちまわってるような絵は相当の頭脳を
証明しているよ。
しかし、文を書くと彼もバカになる。
ということは、バカな奴が本を書くのではなくて、本を書くからバカに
なるのではないだろうか?
「動ポモ2」で新しい点は、「環境分析」でしょ。
キャラクター小説は主体が存在しないんだから、必然的に
副次的な物語を生産し、メタ的な構造を持つことになる。
そのメタ的な構造が、読者を物語の地平に引き込むことが
可能になった条件が、現在のおたく市場の成熟であり、
それが「環境分析」だ、ということでおk?
おたくは乖離する
DQNは動物化する。
これでおk?
>235
>「半透明」は流行らないだろう。さすがに。
>過視的かつ不可視、それはシースルーランジェリーのような言語だ。
>妄想界に属する。ワレオタのエクリチュールだ。
ん?
「シースルーランジェリー」は実際にあるわけだし、「半透明」の素材を使ってる建築物は
結構ある。(「半透明」という言葉は建築言論界でも昔流行った)
屁理屈になるけど、「透明」という言葉が妄想界に属さないと言えるのか?と問うてみる。
一応、引用しておきますね。
第1章 B文学T「10-半透明性」
柄谷がここで指摘しているのは、「現実を描く文学」と「現実を描かない文学」の対立こそが明治20年代から
30年代にかけての時期に作られた、歴史の浅い制度にすぎないということである。そして、彼はそこで、その制度
の前提となった現実描写の特性を「透明」という比喩で表現している。「私が問題にしてきたのは、写すということ
がいかなる記号論的布置において可能なのかということである。事物があり、それを観察して「写生」する、自明
のようにみえるこのことが可能であるためには、まず「事物」が見出されなければならない。だが、そのためには、
事物が先立ってある「概念」、あるいは形象的言語(漢字)が無化されなければらなない。言語がいわば透明な
ものとして存在しなければならない」。
近代以前、言語は意味や歴史に満たされた不透明なものとして存在し、主体と世界のあいだに障害として立ち
ふさがっていた。(中略)
柄谷によれば、前近代の物語の言葉は「不透明」で、近代文学あるいは自然主義の現実描写は言葉を
「透明」にすることで生まれた。そして、大塚によれば、キャラクター小説はその過程で抑圧された可能性の回帰
として生まれた。つまり、キャラクター小説の誕生によって言葉はふたたび「透明」ではなくなり、現実を単純に描写
するものではなくなった。
しかし、それはただ「不透明」に戻ったわけでもなかった。なぜならば、キャラクター小説が導入した新しい言葉、
まんが・アニメ的リアリズムは、記号的でありながら「自然主義の夢」を見る、すなわち、不透明で非現実的な
表現でありながら現実に対して透明であろうとする矛盾を抱えた、マンガ表現のそのまた「模倣」として作られた
言語だからである。(中略)
前近代の語りの言葉が「不透明」で、近代の自然主義文学の言葉が「透明」だという柄谷の比喩を拡張して
言えば、ポストモダンのキャラクター小説の言葉は、近代の理想を前近代的な媒体に反射させ、その結果を
取りこんだという屈折の歴史のゆえに、「半透明」だと言えないだろうか。
・・と続く。(後略)
そして次の「11-文学性」で、
自然主義文学においては、言葉が透明だったからこそ、現実との格闘が文学性の条件として語られてきた。
しかし、まんが・アニメ的リアリズムの言葉の半透明性に注目する私たちは、キャラクター小説と現実の関係を
異なったように考えることができるはずだ。まんが・アニメ的リアリズムの言葉は半分しか透明ではなく、したがって
現実の十全な描写はできない。だとすれば、逆に、キャラクター小説の文学的な可能性は、現実を自然主義的
に描写することにではなく(それはそもそも無理なのだから)、透明な言葉が使うと消えてしまうような現実を発見し、
それを言葉の半透明性を利用して非日常的な想像力のうえに散乱させることで炙りだすような、屈折の過程に
あると考えられないだろうか。(後略)
以上、引用終わりデス。
255 :
考える名無しさん:2007/04/18(水) 12:36:13
>250
環境分析なんて、全然新しくないと思うけど。
昔からある「作品は作家が創るのではない。
時代が創らせるのだ」っていう言説を一歩も出ない。
それを単純にオタク批評に当てはめただけ。
フーコーはそれをもっとラディカルにやったし、日本には柄谷もいる。
そういう意味では、東は柄谷の出来の悪い子犬の一人ではあるなw
○○なんて新しくない。昔からある。当てはめただけ。
○○はやった。○○もやっていた。
これって元ネタなに?
独創へのノスタルジーのメソッドだよね?w
ラノベ板とかアニメ板でよく見かける紋切型の・・・
半透明はトランスルーセントってことでしょう
258 :
考える名無しさん:2007/04/18(水) 13:54:59
>256
250が、「新しい」って言ってるから、
「新しくない」って指摘しただけなんだけどな。
何をむきになってんだかw
いいからラノベ板・アニメ板にお還り。
ええ・・・
たんに、よく見かけるメソッドでしょ。
って指摘しただけなんだけどな・・・w
ageてまでムキにならんでも
>255
フーコーや柄谷に、単純に東を当てはめているのを除けば、まったく
その通りでね。
東によれば、「「作者」の死」で必然的にメタ構造を持つことになる
わけだから、分析対象がオタクである必然性がない。
「環境分析」なんてまったく新しくない。それどころか問題は
自分で自分をコントロール出来ない「メタメタメタ主体」なんて
いないし、こっちは望んでいないということだ。
東は古い分析装置を使って、不在の分析対象を「分析」しているわけだ。
それとも2chねらの君たちは東的な未来を望んでいるわけ?
「ポストモダン人の実感」をリアルに分析されてますか?どうですか?
>236
>あずまんはパッチワーク、郵便本の頃からパッチワーク
その「パッチワーク」って言葉、どこで拾ったの?
ま、まさか・・
>257
>半透明はトランスルーセントってことでしょう
translucent(半透明な)て辞書ると、語源が「通過して、輝く」という意味なんですね。面白。
transparent (透明な)は「通過して、現れる」でした。これも面白い。
ある意味、トランスルーセントって言葉はあずまんの定義と一致する。w
>260
いや、「不在」ではない。
「動ポモ2」では、それが流行ってるから、とか、人気があるから、売れてるから、みたいな適当な
言い回しが多いけど(それはそれで問題アリだろうけど)、でも、少なくとも「不在」ではない。
それから、学問なんてのはいつも古い分析装置を批判したり加工したりして論じられるものでは?
「動ポモ2」自体は、ポストモダンのある状況を整理・図式化したような本で、その整理術において
「新しい」のだと思う。「環境分析」とは整理術なのだ、と言ってもいいのでは?
263 :
考える名無しさん:2007/04/18(水) 16:21:07
動ポモ2を読んだ印象(感想に非ず)。
デートでそれなりに気の利いたバーに入ったつもりが、
なぜか店内にはアキバ系の男二人。
迷惑顔の他の客にはお構いなしに
やたらテンション高くカン高い声&早口に
アニメやらラノベやらゲームの話で盛り上がっている。
やがて、なんか妙な異臭も漂ってきて、
彼女は明らかに不機嫌に…!!
そんな時の、いたたまれない気持ちに近いかな。
>>260 ポストモダンでは、オタクは乖離するってのが主張ですよ。
多重人格になるので、主体は肉体的な限定を受けないのですよ。
望もうと望むまいと、大きな物語はぶっ壊れて主体は消失していくわけです。
>あずまんが「メタ美少女ゲーム」って言って
>「P17N」「AIR」「未来にキスを」「腐り姫」「Ever17」「CROSS†CHANNNEL」
>「マブラヴ」「マブラヴ オルタ」「ひぐらし」を挙げているけど、
>これ全部やったやつ、どれくらいいるんか?
こういうものが新しいものであることはいえるんだろう。
しかし、分析したって仕方がないという感は否めないだろうし、
ご指摘のように、やってる人は1万人にも満たないわけで・・・
ラノベの読者層と、メタ美少女ゲームのプレイヤー層って
重ならない気がするんだがどうよ?
267 :
考える名無しさん:2007/04/18(水) 16:47:31
>265
結局、東の没頭するチープな趣味への言い訳と屁理屈を
300ページ以上にわたって読まされたってことだよ。
金返せ。マジで。
こんなものは問題じゃないと批判してもしかたがない。
問題があることにしておかないと、本が書けないんだから。
問題がなくなった後の柄谷がああなったことをが必然なら、
こういう生き方をするしかない。ずまそんの生活のため、
読者が新刊をこれからも読んでいくためにはこれぐらいで満足しないと。
>268
でも、柄谷は「ポストモダン」という名の相対主義には逃げ込まず、
老醜を晒し嘲笑をモノともせず、商売的にも成功してるよw
結局、「ポストモダン」って便利すぎる概念でズルイっていうか…、
なんにでも当てはめて説明出来ちゃう、魔法の言葉だからなぁ。
>269
だから「環境分析」です。
整理すれば「魔法」が解ける!
といって、いま、柄谷ができるかというと難しい・・・
ポモから逃れようとする振舞いがポモになるわけでしょ?
例えばワレオタの人とかそうだが、ポモを避けて過去へ回帰しようとする
ことなんてポモそのものだよw
リメイクブームとか、正しい日本語ブームと一緒で、郷愁のゲームでしょ。
郷愁は消費の対象になる。売れる。オリジナル無きことのアリバイにもなるし。
「時かけ」のDVDが明後日だが、中年だけじゃなく、そりゃオタク受けするわけだ。
相対主義でオタク趣味を正当化するのはどうかと思うが、
このスレ住人のように、
旧弊な文化のヒエラルキーを前提にするのも愚かだと思うよ
どうせ文学しか念頭にないじゃん
>>271 しかしオタ批評は、時かけがアニメでリメイクした必然性を語らない(語れない?)から
表現論的な批評じゃないと「アニメ」を語ったことにはならないんだけどね
なぜなら、ただノスタルジーだけならば実写リメイクだっていいはずでしょう?
表現論って何よ?
どっかの美大の人?
あずまんも表象文化論だろw
東が新しいことを言えないのは、ガイナックスのアニメの主人公の台詞にあるように、
新しいことなんてないからだよ。
ワレワレの生きるこのポストモダンの地平においては、
もはや古いものを適用するしかない。リサイクルと呼ぶべきだね。
これが、あずまんがリサイクルである。
新しいか古いかが問題じゃない。そこに戯れても仕方が無いもの。
(実際、ポモ的には反復は不可能なわけでしょう?)
だから、その枠組みを使って何が見出せるのかが肝腎だろう。
そして東の問題は、何も見出せないということだな・・・
276 :
考える名無しさん:2007/04/18(水) 18:38:45
>>262 同意!
環境分析=テクスト論、データベース=間テクスト性って言い換えれば
別に新しい事をいってるわけじゃないけど
東はあえて80年代の問題リセットして反復しようとしてる
>277
それはアヤシイなぁ…w
本人、どう考えても天然でやってますよww
そういえば笠井との往復書簡のとき
やたらと80年代にこだわってたな。
>データベース=間テクスト性
これは全くの別物だろうに
>>278 オマエモナ〜w、ワレオタ氏
確かに東は天然だけれども、環境分析的立場からすれば
どうでもいい事なんだよ
環境ー構造が主体で東やワレオタ氏をモニターにして語らせるわけだ
設問1)以下の用語の意味を記述せよ。
設問2)以下の用語を「80年代」の用語で置き換えよ。
ライトノベル、キャラクターの自律化、データベース消費、キャラクターのデータベース
まんが・アニメ的リアリズム、キャラクター小説
想像力の環境、メタジャンル的な環境、想像力の二環境化、人工環境のリアリズム
ライトノベルの自然主義的読解、記号的―身体的両義性、透明、半透明、文体
メタ物語的なシステム、メタ物語的な想像力の拡散、ゲーム的、ゲーム的リアリズム
自然主義の屈折した歴史、文体の半透明性、ポストモダンの拡散した物語消費
構造のメタ物語性、コンテンツ志向メディア、コミュニケーション志向メディア
メディアの二環境化、環境分析、プレイヤー、二層化、視点キャラクター、構造的主題
物語メディア、小説のようなゲーム、メタ物語志向のシステム、物語志向のシナリオ
物語内のキャラクター、物語外のプレイヤー、メタ美少女ゲーム、錯覚
メタ物語的な読者/プレイヤーをいかにして物語のなかに引きこむか
感情のメタ物語的な詐術、メタミステリ、プレイヤー視点の文学
寓話的で幻想的なメタ物語的なポストモダンの実存文学
(出典:動ポモ2、あずまん著)
283 :
考える名無しさん:2007/04/18(水) 19:34:23
このスレの自演厨気持ち悪い
バレていないと思っているのが哀れでならない
284 :
考える名無しさん:2007/04/18(水) 19:40:24
>>283 全員知ってるが無視してんだよ。
相手にしたお前が憐れ。
285 :
278:2007/04/18(水) 19:48:19
>東スレ向上…
俺はワレオタとやらじゃないよ。
…言ってることがよくわからんな。
東は「あえて」やってんじゃないのか?
281で言ってることとまるで繋がらんぞ。
俺的には「P17N」や「書淫」がすげえバッシングに遭ったのに、
「AIR」や「EVER17」は大受けした、その差異について環境分析
して欲しいのですよ。「ONE」なんてわけわかめな世界じゃないですか?
それが「萌え」なら、「メタ美少女ゲーム」なんてオタクにとってはどうでも
良いという結論にならないかな?かな?
>283
私のこと?
41、137、159、230、232、252〜254、261〜262、270、282が私。
どことどこが自演?
生き残り策を探しているうちに、必然的にたどり着いたってことでしょ。
環境に強いられているという意味じゃ無意識だけど、自分で選んだという意味じゃ
意識的といいたいんだと思う。
>>286 メタ美少女ゲームって「エロゲー」についての批評なんだよ
「Air」なんて特にそうだけど、ヌケル/ヌケナイって次元を超えてる
これでヌケル奴はギザS、これでヌケナイ奴はギザMって選択肢を
プレイヤーに突きつけてる
しかし、もはや
「オレがやったんじゃねぇ。遺伝子がやらせたんだ!」
ってのと変わらんな。
「環境分析立場」とやらはw
293 :
考える名無しさん:2007/04/18(水) 20:42:47
>>291 いやいや、そういうことではなくて、あずまんの理論展開は、
ポスモダではデータベース消費になって、それはメタ文学に
必然的に転化する、でしょ。だから作品論ではメタ的な作品だけを
取り上げている。
動ポモから動ポモ2への力点のシフトはその部分だと思われる。
でも、実際にはデータベース消費=萌えで終わっているでしょ。
この萌えとメタ文学との関係が今ひとつ弱いと思うのよ。
実際に市場で生き残っているのは、萌えであり、構造的にメタな
作品というのは後付けでしょ。(だから「書淫」が取り上げられないw)
実際のところ、「メタ的な作品が誕生した」ということと、「それが
主流になった」ということは全く別の問題として取り上げている、
と言う整理で良いのかな?
メタ萌えなオタクの俺が言いますが、
メタフィクションの賭金の一つは、閉ざされた物語状況への抵抗にあります。
例えば、向上がポーをオタクと結び付けてたと思うけど、「アッシャー家の崩壊」を
はじめとして幾つかありますね。
でも当然、その抵抗という部分的な物語自体が今度は全体的な物語に組み込まれる。
「ひぐらし」は抵抗しても抵抗しても物語に回収されてしまうという寓意がある。
つまり外部はない。
といって外部への志向を諦めることはしないんだよ。オタクは。
あきらめたらそこで試合終了だから。
したがって内在的なレベルではそこに自由があるというわけです。
あと、ここでいうメタへの志向は同時に閉塞状況の自覚が前提としてあります。
まあオタクすべてが非コミュ的ではないけど、すべてがオープンでもない。
もちろん美少女ゲーじゃなくたっていいけどさw、映画でも小説でも邦楽でもいい。
ただ美少女ゲーするのはほとんどオタクだから、どうでもいいことにはならない。
特殊性を見るならギャルゲーとかエロゲーとかになるのは仕方ないんではと思います。
>>294 >実際のところ、「メタ的な作品が誕生した」ということと、「それが
>主流になった」ということは全く別の問題として取り上げている、
>と言う整理で良いのかな
同意、ただし
>この萌えとメタ文学との関係が今ひとつ弱いと思うのよ。
問題はここなんだよんな、「萌え」てる自分を客観視する主体って一体誰なんだか?
環境ーデータベースが「萌え」てるんであって、「この私=実存」が「萌え」てる
わけじゃないだよな
「メタ文学」というときは自己言及構造を指してるみたいだが、
メタが主流ってのは、作中作などの構造そのものに限らず、
キャラはキャラクタと違って作品を横断できる(伊藤)っていう、
二次創作を含めたメタ作品でしょ。
だからそんなの「テクスト」概念と変らんじゃないか。
あてはめただけだ。みたいに言われてしまう。
ややこしいことにあずまんは構造に萌えてるらしいが、
「萌え」というときは作品の反省的構造ではなく、
キャラの引用のほうだろう。綾波がルリルリで灰原で覇道瑠璃で長門とか。
「市場で生き残っているのは」というとき、ここは別けなきゃならんのでは?
ぶっちゃけていうと、ジジェクときちんと対決して欲しいんだよね、
主体について。
>294
「メタ文学」はあずまん語では「リアリズム」なのでは?
少なくとも「メタ物語」の「メタ」と「メタ文学」の「メタ」は全然違う意味、ですよね?
>296
あはは。w
>>299 そうだね、否定神学批判をしてた人物が実存主義に着地したんだから
「トラクリ」の柄谷と同じだ
動ポモ2って問題作だよ
>>300 >> 「メタ文学」はあずまん語では「リアリズム」なのでは?
>> 少なくとも「メタ物語」の「メタ」と「メタ文学」の「メタ」は全然違う意味、ですよね?
なるほど。「メタ物語」「メタジャンル性」が問題なんだよね。ちゃんと言葉を選んで
なかったよ。
>>301 結局ハイデガー萌えなんだよな。
>>292 それだよ!
ブルトンも言ってるけど、この事件はもはやシュールレアリスムに属する
問題=事件だって
w
>>303 そもそもさ、あずまんの「メタ入ってないとダメ」ってのが、霊感なんだよ。
否定神のエピファニーなんだが。
そのメタを現代社会に結びつけるんだけど、隠喩に重きを置くのがまさに『宣言』でしょ。
要するに、『動ポモ2』は自動筆記したということだ。
306 :
考える名無しさん:2007/04/19(木) 01:46:57
新刊の話で盛り上がっているところすみませんが、
データベースという概念がよくわかりません
いくつかの対象から共通する要素を抜き出すことがデータベース化でしょうか?
構造を見出すことがデータベース化という理解です
結局再構築された主体はどのようなものになるのでしょうか?
(『動ポモ2』は主体の再構築の書なのでしょ?
そのわりにはジタバタしていないようですが。)
『動ポモ2』を読んでいるとその点が薄気味悪いのですが、
その薄気味悪さが新しさの証かしではあるのかも知れないとも思います。
ちょっと危険?
いやーなにも解っていませんね僕。スレを汚してすみません。
今後、気をつけてくれ。
>>306 抜き出しただけじゃデータベースにならないよw
一時期の静寂がやぶれ、またもとの喧騒に戻ってよかった。
あれは何だったんだろう?
動ポモ2に唖然とし呆然とした人がそれだけ多かったということは
やっぱり、問題作ではあるんだろう。
311 :
考える名無しさん:2007/04/19(木) 16:21:45
あずまんが「メタ美少女ゲーム」にこだわるのは、
近代の発展の結果が「終わりなき日常」になってしまって、
それをどうやり過ごすのかという問題意識があるからでしょう。
でも、「終わりなき日常」でも、作り手という創作の楽しみを受け取る
人間と、単なる消費者というニート的な人間に別れるんだよね。
そういう後者の、言ってしまえば「バカ」は、繰り返す日常の中に
埋没していくしかないわけだ。まさに動物。
それでも、「監視」でもして、そう言うバカも生かしていこうというのが
あずまんの主張でしょ。
>312
この人は本当に動2読んだのか?
315 :
考える名無しさん:2007/04/19(木) 17:37:42
>312
スゴい…スゴ過ぎる…!!
これはもはや、「超訳」ならぬ「超評」だねww
銃乱射のあれは脳内彼女か・・・
エロゲーとか見つかってもいいけど、FPSはやめてね、と思った。
ダシに規制されるから。
FPSはアメリカ軍国主義の柱でもあるから規制されない。
むしろGTA
なるほど。
中条省平という人は
作品が作品そのものと関係ないところで
受け手の都合の良いように消費されていくというのを
実践してみたわけですね。
中条省平の書評は最近ちょっとおかしい。
テヅカイズデッドと竹内一郎本を同時に褒めちぎったりしてる。
>>306 理解している人なんてこのスレにいないから気にすんなw
中条は、まともに動ポモ2よんでねぇーだろ。
いろんな仕事に追われて、とりあえずササッと斜め読み、
後は脳内補完!書評一丁上がり!ってとこだろw
中条の評からは「ギャルゲーなんてどうせこんなもんだろ」
という先入観が感じられるな。
中条このスレ以下
325 :
考える名無しさん:2007/04/19(木) 19:53:04
確かに中条は全く読めてない。
というか、実際に読んでないとしか思えない。
彼の気持ちは分かる。
あれを読むのは人生の壮大な無駄を感じざるを得ないからだ。
しかし、5万以上貰ってるのなら読むべきだろう。
それ以下ならばまあ適当に読んだふりしても社会的に許される。
>>320 そうなんだw
じゃあその意味で「動2」の書評はおかしくないな・・・
>312
ワロタw
10年前: 文学>>>>>(越えられない壁)>>>>まんが・アニメ
今ココ→: 文学>まんが・アニメ>>>>(越えられない壁)>>>>ゲーム
10年後: まんが・アニメ>ゲーム>>>(越えられない壁)>>>>ケータイ
>>306 データベースって言ってもSQLみたいなものじゃなく、ハイパーテクストつ〜か
昔のマックにあったハイパーカードをイメージしてもらえば
解りやすいと思う
文字、画像、音響をカード化してアーカイブする
さらにリンケージする
>>307 主体っつ〜ても半透明なんだと思う、なんかサカキバラみたいだけどw
その辺がきもちわるいのかな〜
デリダ的に言えば主体って署名=記号=サインっていったところだが
中条の書評に関しては絶望的な気分になるね
同じ日本語しゃべっててここまで違うとは
近代文学の終わり(柄谷)を痛感させられるよ
>>307 たとえば主体、「考える名無しさん」と署名しながら、
かつ、「ワレワレオタク」と他者に名指される主体のケースを
考えてみるといいんではないかな。
ここで重要なのは、人称が「ワレワレ」という複数形で、
つまり想像的な共同体との同一化がなされていること。
なされているというか(だから「想像的」は文字通りの意味)望まれていること。
おれは阿部嘉昭と中条省平の区別がつかない
せっかく主体を再構成したのに、たちまちデータベースへ送り返されました\(^o^)/
子犬たちへの応答のパロディ貼ってくれ
中条のいってることは、まとめとしてはいい加減だが、常識的なんじゃないの。
少女を陵辱してるような物語は読んでる奴も書いてる奴も終わってる!死んでしまえ!という
わけでしょう?すごく常識的な論旨では・・・
阿部嘉昭はあっさりエロゲーを肯定すると思う
そこが違い
で、オヤジはスポーツ新聞のエロマンガ、エロ小説、エロ実話を克服できたんですか?
>>317 「オールドボーイ」のインスパイヤらしいからFPSはセーフみたいねw
というか事件自体が先行する事件からの引用なんだがな。。。
いっそDBを規制するといいと思うよ。
たつるって誰よ?
340 :
考える名無しさん:2007/04/20(金) 00:08:07
市場あってのソフト。で、エロがないと売れない。だから
エロを入れる、とアドパの浦さんは言っていたな……
かつては子ども向けのヒーローモノがそうだったし、
需要に合わせて内容を盛り込み、そこにやりたいことを
盛り込むのが才能あるクリエイターの仕事だね。
環境分析の「環境」ってのは、現時点では萌えのデータベースを
市場に参加するオタク達が共有している、と言う環境でしょ。
日本が沈没したら、データベースは消えて、またやり直しになるわけだw
それ反論になってないだろ
ヨーロッパが沈没したら、
英仏独その他文学もやり直しだろ
いや反論じゃないが。データベースといったときに、環境が問題になるよ、と。
学術としての文学(芸術)って、死体解剖の技術にすぎないから、日本が沈没しても研究の障害には全くならないと思いますが違いますか?
>>323ギャルゲーなんてどうせこんなもんだろ」という先入観
これはその通りだし、東の論旨もそれでしょ?メタってのは、それが前提になるから
べつに誤読ではない。そのようなものを「確認」するか「自覚」するか、「自覚」
すれば脱出できるわけか?ダメ人間・動物から。
>>306 データベース理論の萌芽みたいなのが「存在論的ー」にあるよ。フロイトの無意識
をラカン・デリダ的に読んで、「無意識」を言葉の意味が解体され、視覚表象となった
物が流通する情報処理機械としてとらえると、「データベース」になる。
「意識」が意味情報処理で、無意識は・・。つまり萌え要素=物表象が動いてる
と東は考えた。存在論的のフロイトの章にある。
身体の中に「無意識」って、ある。そこを物表象=萌え要素が動いてると。
デリダ・ラカン論では、「無意識」とは物表象の動く空間らしいんだよね。
デリダ化されたフロイト。
「記号」には2つあって、意味を持った「語表象」とそれが解体された(「精神」→
精+神で、「音」にまで解体されちゃうというか。意味を失う)視覚表象(物表象)である。
無意識の世界は、この種の「断片化された言葉」・本来の意味を失い、転化した言葉に
満ちてると。それを、アニメに類推して、出来上がった。
アニメがこの「物表象」に見えたんでしょう。デリダ自身がどう思うかはともかく。
言葉が意味を持つのは「意識」の水準で、無意識にまでくれば言葉は解体し「絵」
になっちゃうと、デリダによればね。
いや、それだと無意識と現実界をごっちゃにしているでしょ。
無意識は言語のように構造化されているんだぜ。
350 :
考える名無しさん:2007/04/20(金) 14:30:06
>>312 >自分の欲望を肯定する成人男性(オヤジ)になれない若い男が、陵辱される美少女に感情移入して自分の繊細さに満足し、
しかし同時に、ゲームの展開のなかでは、オヤジ以上にオヤジ的な欲望を全開にする喜びを味わっている。
このあたり、「オヤジ的な欲望」と「若い男」さらに「オヤジ以上にオヤジ的な欲望」の関係がよくわからない。
ゲーム的リアリズムしか読んだことのない初心者です。
この本の「位置」がよくわからないのですが。
ラノベだの一部のエロゲだのは大きな物語が衰退した後の小さな物語の一つ
に過ぎないのか(だから本書は単に東氏の趣味を開陳しているだけなのか)、
それともラノベやエロゲや舞城らの小説は、ポストモダンにおける
われわれの生や実存を反映(?)する特権的な地位、表現であると考えているのか、
あるいは特権的なのは東氏の「環境分析」で、対象は実は何でも良かったのか。
よく分かりません。
χ÷〔環境分析〕=〔ポストモダンな今〕
χにはなんでも当てはめられるから、とっても便利。
「ケータイ小説」「Nゲージ」「ブランド消費」「CamCan」…
皆さんもお試しあれ!
位置を宙吊りにするのがあずまんの戦略
>>349 それはラカンで、デリダは構造化された無意識じゃなくて、「構造」は否定する
んじゃないの。
言葉→コト+バ→コ+ト+バで絵や音に近くなる。視覚としての言語、意味を失った
言語、あるいは「構造」を失った言語をライトノベルに見たと、言うことかねえ。
あとは視覚・聴覚としての言語の快楽に酔うだけ。
これがデリダ第二期の文体の謎解きだとすると、アレだね。
ラノベが特権的かどうかは東もはっきり言ってないが、とにかくオタク周辺から齧り付いた
ように動かなかったですね。「存在論的」は東自身の深層の分析だが、「絵としての言葉」に
該当するのは、ラノベしかなかったと?
「音楽としての言葉」と考えれば、ラップとかも候補になるのかなあ?
>>354 「無意識は言語のように構造化されている」はフロイトの言葉。
ラカンの場合は「無意識が言語の条件をなす」だな。直接そうは言ってないけど。
言葉の問題よ。
>355
そうかもしれんが、なんしかデリダは「構造としての主体」を否定し、「クラインの管」
のように捻じ曲がった主体、あるいは単に解体するから。言葉は意味を失って身体
内部を浮遊する。東が自らの深層に見出したのはそれだったのか。
ただ、デリダ自身の考えかどうかは疑わしい。デリダは「言葉以前の言葉」を絵や
音への退行ではなく、「原エクリチュール」「差延」「痕跡」などと呼んでいる。
それはただの記号ではない運動性(差異ではない)であり、ただのエクリチュール
でも記号学でもない。ソシュール批判。
それが、ラノベかどうかは疑わしい。
記号の背後になんらかの運動性があり、記号はその「痕跡」でしかない・・・。
差延ってのは、「あったかも知れない可能性」でしょ。まさにメタノベルのこと。
誤配の可能性。何度でもやり直せるけれど、全てが一度きりの経験……
358 :
考える名無しさん:2007/04/20(金) 19:52:50
特報首都圏に出てる
不審者役で
浅田彰並に早口だけど、浅田ほどに頭は回らない。
動ポモ2を読んでると、自然主義が懐かしくなってきました。ルソーかなんかの晩年みたいだ。
昔、ほしのあきが「農ドル」とかいう番組をやっていて、アイドルを農村に下放する
というやつで、ゴールデンに行くことなど当然なく、終了した。
これのパクリで農ヲタとかをやるといいかもしれない。ヲタは単純作業しか
出来ない人たちだから、案外向いてるかも。
>>356 俺としてはラノベ=アルシエクリチュールって強引に言い換えたいね
象形文字ー音響が渾然一体になった形式だよ
ラノベの読者ー作者ってトランス状態だよ
>357、363
である場合は、東は別に間違ってないんで、ライトノベルでいいわけだよ。そこには
差延もあるし原エクリチュールもあるのであれば。ラノベだからいけないとかは
おかしい。
君らも、ラノベ読むべきだし、東も舞城と心中だな。
ところで、「オタクはプロトコル」で、プログラミング言語は明らかにただの記号
で、そこに「差延」はないよね。変だよね。ソシュールで充分でね。
差延や原エクリチュールってのは、自然言語の場合で、コンピュータ言語(オタク
は機械)なら、やはりおかしくなる。
思うに、動ポモ2は、本スレのタイトルが(流行れ)(環境分析)であることからも
分かるように、環境分析マニュフェストだったわけです。マニュフェストは短いもので
なければならないのです。公職選挙法が正しく定めているように、ハンペラで語りうる
ものでなければならない。
しかし、このような観点から見たとき、理論を述べた第1章は余りにも冗長です。
第2章はそれなりに興味深いのだから、第1章を圧縮し、第2章をもっと謎めいたものに
すれば、もっといい本になっていただろう。
東や宮台を見てると共学でよかったなあと心から思う。
環境分析でもなんでもいいけど、それと対置されるのが「自然主義的な読解」
なんていう乱暴な括りなんだから、話になりません。
歴史修正主義者というのも愚か、そもそも文学史がまったく参照されていない。
もちろんヒガシはそのことを十分に自覚している。
ほんまタチの悪い男ですよ。
>>367 コミュニケーション障害をわずらうからな。
宮台:大学に入ってから初体験。女なんてトークの上手い東大生相手だと尻が軽いことに気付いて
女性不信のセックスマシーンと化す。
あずまん:同じく大学に入ってから初体験。やりまくりではないが駒場ではいろいろ伝説が残っている。
学部と院で「話し相手がいない」とコミュニケーション不足に悩む。
宮台は高校の時だったはず。
まぁ大学入るまでは奥手だったらしいが。
アニメの「時かけ」やっと見たよ。なんだ。あずまんの感想ふつーじゃね?
このスレでの印象だと、かなり頓珍漢な感想と言われていたように記憶してたんだが。
>371
「ゲーム的リアル」の話に見えましたか?桜坂の小説はたしかにゲームだが、
「時かけ」は誰が見てもタイムスリップSFでしょう。筒井康隆なんだから。
アニメの時かけと原作の時かけは全然違う話だが……
動ポモ2を読んで、脳内が整理されスッキリしたような気分になったオレは
アホなんだろうか。うーむ、こんなに評判わるいとは思わなかった。
文学史とか全然知らないから結構目が開かれてゆく思いで
読んでいたのに、自信がなくなった。
でもこれだけ理路整然と語れるのは才能だと思うんだけどなあ・・・
ここで貶してる人だって、新書1冊分このようには書けないでしょ。
>>374 その整理の仕方にトリックがあるんだよ。
いろんなものを強引にそぎ落としまくって二項対立を作りまくったら
そりゃ読者はわかった気になる。
376 :
375:2007/04/22(日) 12:17:09
これは「細部にこだわれ」という批判じゃないよ。
「予備知識のない読者を騙すな」という批判だよ。
もしもこのスレで好評だったら逆にあずまんのことが心配になるよ。
それが東スレです。
>376
kwsk
>>375 トリックがあると言われても見破れんしなあ・・・(アホですまん)
実際そうだったとしても東が批判してる「既存の文芸評論」だって
似たようなトリックを使ってるんじゃないの?
東は「おまえらが卑怯なことばかりしてるから、俺もやるよ」って感じで
政治的(?)に逆襲してるんじゃなかろか。論理の不備は承知の上で。
いや、今の文学状況とか知らないから想像で言ってるんだけど。
要するに、文学好きが激怒しているのは自然主義云々の部分。
でもあずまんの場合、出自が科哲だから、
Naturalismっていうときには認識論を念頭に置いているっぽくないか?
それにマンガやアニメを論じる場合、
どんなにいいかげんな図式だろうと、
大塚英志を無視するのが難しいことも考慮するべき。
「既存の文芸批評は、現実と物語を対応させる」
↑こんなことを、まがいなりにも『批評空間』に書いていた奴が今更のたまっていいのか?
いいんじゃね?
381が考えるような厳しさに耐える評論家なんていないし
仲俣みたいなやつが一定程度のさばれる業界ですよ
要するに大塚と柄谷を例外として、60年代後半からこちらについては故意の言い落としがあるんですね。
<既存の文芸批評>や<自然主義的な読解>ってのはせいぜい吉本隆明傍系の批評までしか当てはまらないでしょう。
良し悪しはともかく、文学史に対してかくも暴力的に振舞うあずまんが見られるのは「動ポモ2」だけ!
しょうがないんじゃない。
コミケの壁サークルですら文芸誌より読者多いからなー。
あずまんは昔、ユウミリや辻仁成にたいして、
80年代の文学史(高橋源一郎などのポモ文学)と
文芸批評(=柄谷)、現代思想(=批評空間)を無視して物語重視なんて
軽々しく言うな、80年代(ニューアカ)以降の抑圧の中からしか新しい文学は
ありえない、これは常識以前のことだ、と批判していたんだがな。
(『郵便的不安たち』掲載の文芸時評)
自分はあっさり文学史+文芸批評の流れを無視して
まとめちゃうという。
その後、中上健次なんか知らなくても小説は書ける、と主張したり
ファウスト作家を評価したりと、なんか
一貫性のなさがわけわからんのだが。
一貫性ないとはいえんでしょ。
なんというか文芸批評の知を前提に、
その水準と違う批評を断じるスタイルって、
今では実践している人が誰もいないじゃないですか。
385さん自身が批評をちゃんと書いて潰せばいいのです
変なところで高踏派気取りになりやすいのが文芸知のあやうさ。
東は新しい「現代日本文学史」を書こうとしてるんだよ
浅田彰がそういうスタイルを助長したんだろうね
>380
>文学好きが激怒しているのは自然主義云々の部分。
あーなるほど。
また引用しておきますね。
私たちはいま、文学的想像力の基盤として、自然主義的リアリズムと
まんが・アニメ的リアリズムという、二つの異なったメタジャンル的
な環境を目の前にしていると言える。(中略)
批評や文学研究は、純文学だけを追うのではなく、本来はその全体を
見わたさなければならない。
本書がキャラクター小説を集中的に取りあげるのは、そのような危機感
に基づいてのことでもある。
(「動ポモ2」)
逆に「文芸的なもの」しか認めない鎌田哲哉は、
変なシミュラクルとしか思えないというか。
結局、その時その時で自分が一番興味あることに
理屈くっつけてるだけなんでね?・・という気もしてきたな。
批評家だから、理屈でっちあげるのは天性の才あるし。
東にとっては、自分が作る理屈こそが「物語」で
整合性なんてどうでもいいのかもしれない、本当は。
>>389 で、その区分自体が大塚英志の分類ね。
文芸批評的には噴飯物だし論外なんだが、
アニメやマンガを批評する場合、
先行する論客である大塚をスルーするのは難しいんですよ。
>>391 そうじゃない公平無私の批評家なんかいないんじゃなかろうか。
ただスタイルの違いなのかなぁ。
大塚英志の本を読んでいても、流行に乗っているとか
知的である雰囲気に酔えないのにたいして(露悪的だからか?)、
あずまんの本の場合、なんか流行と知的なイメージがある。
大学生に好まれやすい、というか。
昨日も朝日新聞の講談社の広告で、ポモ2とLSDコレクションLに
大きくスペースが割かれていた。
部数の割にはかなりの特別扱いで、だったら西尾維新なんか
あずまんの倍はスペースが欲しい(けど広告なし)。
なんかあずまんには流行文化商品というイメージがある。
本人は嫌がるだろうけど。
>>394 単に自分の趣味判断でしかないよ
「流行文化商品」が嫌いなら嫌えばよろしい
394自身が大学生なんじゃないの
この路線は柄谷を捨てないと無理。
柄谷は関係ないよ、東の路線だ
>>397の方が柄谷にこだわりすぎ
心情的には別でも方法論的には柄谷でしょ。
でもそれは文学再創造の理論には向かないんだよ。
400 :
考える名無しさん:2007/04/22(日) 20:44:03
>>399 「文学再創造」したいのなら動ポモ2を熟読すべし
ヒントはいっぱいつまってる
動ポモ2から先があるんですかねえ。もう終わった感がするんだけど・・・
評論は作品の後を付いていくものだから
ラノベ(もしくは別の何か)に動きが出るまで待ちの姿勢。
「東京から考える」は全然話題にならないの?
中身簡単にまとめると、子どもが出来て収入も安定したら、
やっぱりヤバイやつをちゃんと監視できる社会は必要だと思うようになった、
ってかんじかなw
あずまんの収入は清貧
だからこそ食い扶持を確保するためにラノベ批評が必要なんでしょ。
どう凌いでいくかが問題なのです。社会に出ればわかります。
>>403 >>406 >>407 結局、状況を語ったり論じたりしてる奴より
状況を作り出してる奴の方が
時代の先端を行ってるし儲かってもいるという
平凡な結論に落ち着くな・・・
売れる、売れないは重要な要素だよ。
大塚だって、彼自身は「おたく」でも「ロリペド」でもないからね。たまたま
ロリ雑誌の編集者に就職して、編集長になっちまって、子分達を食わせなきゃ
ならなくなったから。まず人は衣食住ですよ。
んで、自分の売った商品が、自分でも理解できない受け取られかたをされて
M君裁判に付き合ったりしたわけだ。
あずまんの場合は「おたく」なので、自身の市場とアイデンティティを担保する
ために活動していると言えるな。
ラノベが衰退すれば、手のひらを返すと思うよ。
実際、05年くらいにエロゲにきつく言ってたしね、祭りは終わったとか。
>>410 >ラノベが衰退すれば、手のひらを返すと思うよ。
実際に返してきたのを何度も見てるから、すごいよくわかるなw
東も状況に寄生してメシ食ってるだけだからなあ、極端な話。
別に東じゃなくても批評家なんてそんなもんだ。
今のところそれなりに売れてるみたいだから
売文業としては成功してるわな。
東が文芸批評からラノベに移ったのは、
筒井を評価するためでもあるんじゃないかな
浅田彰が執拗に、
筒井を文学史の偉人と比べて貶すという大人げないことしてたけど、
あれに対抗しているとか
あずまんって、人を貶めるとかそう言う執拗な部分って感じないんだよね。
だから朗らかにおたくができるというか。サヴァンというか。
チャーリーとの件だって、DQNに単純にむかついたからでしょ。
下らんことに巻き込むな、と。
筒井は単に好きなんでしょ。
だから浅田にむかついたんじゃないかと思ったんだ
動ポモ2のあとがきに筒井氏に捧ぐなんて書いてあるが
筒井は何かこの本について言及したのかな?
筒井の知らないオタ系の固有名詞ぞろぞろ出てくる
文学論を展開されて面食らったかもしれんw
いくら精神的に若いとはいえ70のジイさんだぞ、筒井は。
>415
筒井は自然主義SFだから評価できないよ。ゲーム的リアルなラノベじゃない
わけだから。
しかし、ラノベを読む中高生に寄生するだけなら、もうウソつきじゃんか。そんなの
が評論家を名乗る理由はなんなの?
関係ないが「工学化」も「コンピュータ化」と言い直した方がよく伝わる。
ひたするコンピュータの中に住みたい、あるいは読者が若者がそう願っている、そう望んでいる
これは問題ですね、と言いふらすのは何故だ?一度も思ったことない。
ゲームをやってる人と、「マトリックス」やディック・バラードのSFにコミットしてる
人は違うのに。「結晶世界」で工学化してくわけよね。
筒井が自然主義SFって、そんな珍妙な説ははじめて聞いた。
筒井はスラップスティック。ほとんどの作品がデフォルメしたキャラクタを
配置した、「キャラクタ小説」だろ。
>>419 オレもそう思った。
筒井自身が「映画」や「演劇」を準拠枠にしてるって
公言してるしな。だから案外、東の文学論を聞いても
異を唱えないかもしれない。
「小説が現実の鏡である必要はない」とか
「小説がゲームのようであって何故いけないのか?」って
提唱してたのは、そもそも筒井だよ。何十年も前から。
>420
>何十年も前から。
だから変なんだよ。筒井がライトノベルなら、何十年も前からあったことになる。
だから、じゃねえだろw
オマエの主張が否定されたんだからまず反論しろよ。
言葉尻にイチャモンつければすむ問題じゃないんだよ。
>422
筒井がラノベかどうかはどっちでもいいが、どっちの結論でも東に不利だから。
個人的にはドタバタスラップスティックコメディ自体は昔からあるのでラノベじゃない
と思うが、仮にラノベ・ゲーム的リアル小説なら、今度は時期的におかしくなる
からね。
どっちの結論をとっても同じだよ。
>>412 意識的にせよ、無意識的にせよ、このままでは食えなくなると悟ったからでしょう。
彼らの文学批判は国民文学批判であり、彼らが擁護した文学はそれを批判する
文学だったんだから、すでに国民国家が衰退しはじめていたのだから、それが
終わることは目に見えていた。宮台がニューアカは破壊だけで無責任といったり、
それに東が頷いてたりしたけど、それは大衆にたいしてよりも、後続の学者にとって
その通りなんでしょ。カルスタ(論文作成装置)批判にしても、若い世代からしたら
「じゃあ俺等はどうやって俺等は生活したら良いのよ」ってなものでしょう。
425 :
考える名無しさん:2007/04/23(月) 12:43:10
>424
でもそれって本末転倒だろw
「批評」や「批評家」を生き延びさせるために、
延命策を講じるなんてさ…。
伝統芸能や仏の映画みたいに
国から資金援助でも受けるか?
そしたら、政治や国家には提灯持ち的なコメントしか
できなくなるよ。
フランスの文化行政は提灯持ちじゃないけどな
最終的にフランスの優位が示せればいいというスタンス
>>425 本末転倒というより、それが本質なんじゃないの。
生命は自己が生き延びることを最優先する。
「批評」だけが透明な自己犠牲の精神で成立してるわけじゃない。
人間がやることだから、俗物的な心のどろどろを「批評」だって抱えてるさ。
428 :
考える名無しさん:2007/04/23(月) 13:41:28
>427
う〜ん、それって詭弁じゃないか?
批評家個々人のモチベーションや生活感情のレベルでは、あり得る話だけど、
それを批評対象や論理構造に持ち込むのは、おかしいでしょう。
元々商品として流通することが期待されてないジャンルなんだから、
そういう人は他の道を選んだほうが賢明だよ。
純文学そのものが、純文学が細々と生き残ることを最優先にして久しいからな。
「批評」なんて俺が終らせてやる!
俺が「最後の批評家」だ!
なんて気概のあるヤツは、居ないのか?
三島が「文学」の死に水を取ったようにさ…。
かつて、柄谷のラディカリズムにはそういう感じがあったが。
おそらく終わるときは資本主義的に終わるよ。
たんに売れなくなってってことですが。
ミネルヴァの梟は黄昏とともにようやく飛び始めるんですよ。
経済が衰退期に入ったときこそ、学問の出番。
筒井は同じ時間を何度も繰り返すSF書いてたよな。
筒井の時代の「キャラクタ小説」と今のラノベの違いは、
オタク層に萌えのデータベースが共有されているか否かでしょう。
そこが環境分析ですよ。
先週の金曜日特報首都圏
〜住宅街で進む防犯対策〜という番組で
東さんに似てる人がいるなって思ったら本人だった。
ずいぶん大人っぽく(おとうさんみたく)なったものだと
月日の流れを感じました。
とにかく東は環境分析=ポストモダン文学宣言=動ポモ2を書いたんだ
反論したければ日本文学史総体について知らなければなるまい
何をいってるのかな。
東は、ラノベがはやらなくなるとすぐに切るだろうというのがここの多数説だと思う。
舞城と心中なんてするつもりはさらさらないだろう。ここで質問なのですが、
ラノベは大体いつまで持つのでしょう。消費量のグラフとか出してくれれば在りがたいのですが。
渋谷区長選挙で、「渋谷を萌える都市に」と訴えた
宅八郎が落選しましたが、あずまんのコメントが聞きたいところです。
渋谷と萌えの相性がよくなかったとかなんとか
なんかとってつけたようなコメントが欲しい。
あずまんって、80年代に宮崎勤が引き起こした悪影響については
何度か語っているけど、宅八郎に言及したことは
一度もなかったよね。
いわゆる「ラノベ」がなくなっても問題は変わらないよ
環境分析って問題が残る
「環境分析」ってなにが新しいの?
その物語が成立している環境を踏まえた分析なんて、普通に文芸批評家がやってることでしょ。
疎外論的な言及やテクスト論だけが文芸批評じゃあるまいし…
>>440 文脈は無視していいってところかな
ハルヒシリーズとドンキホーテ(両者ともメタジャンル)
「GTO」と「ドラゴン桜」と「坊ちゃん」(学園もの)
「AIR」と「雪国」(狂った美少女)
リファレンスの過剰性だよ
>>437 言説マーケットを予測して、全体最適を選択するのが東の生の原理であることはかなり明白になってきたよね。ラノベの後は世界文明センターを通じて学会系に
近づいてゆくんじゃないかな?
>>442 「言説マーケット」って・・・まさにそんな感じするなw
東はそこで独自性ある商品(本当に独自性あるかどうかは別にして
そのように見えるということ)を開発して、営業中ってところか。
444 :
考える名無しさん:2007/04/24(火) 00:00:33
今更だけどさー、「向上」って実はただの信者なの?
それなりに学識があるのかな、と思って読んでると、
なかなかに痛いカキコも多いしさw
単に文章力(=表現力)が無いだけ?w
フムン。まさに、現実に適応しているかどうかよりも、
ポモのテキスト(物語)に適応しているかどうか、になってしまった。
>>410 >売れる、売れないは重要な要素だよ。
>大塚だって、彼自身は「おたく」でも「ロリペド」でもないからね。たまたま
>ロリ雑誌の編集者に就職して、編集長になっちまって、子分達を食わせなきゃ
>ならなくなったから。まず人は衣食住ですよ。
>んで、自分の売った商品が、自分でも理解できない受け取られかたをされて
>M君裁判に付き合ったりしたわけだ。
大塚なんぞを擁護するわけではないが、
きみは大塚英志を知らなさ過ぎる。というか知らないでもいいが、知らないで語るな。
大塚は「おたく」だよ。ティピカルなものではないとしても。
やつのフィギュアマニアっぷりを見たことがないんだろうな。
編集者に「就職」ってのも違うし。子分を食わせるも何も、大方の仕事一人でやってたし。
M君の裁判にだってそんな理由で付き合ったわけじゃない。
>>446 そうなのか。んじゃ、俺が言える確かなことを言うよ。
大塚はペドロリの雑誌を作っていたけれど、まさかこれを
本気で受け止める奴はいないだろうと思っていたら、M君という
モンスターが現れてしまって当惑したわけだ。
おいおいまじかよ、と。ネタがわからんヤツがほんとにいるのかと。
そして制作者として責任をとった。
大塚は、自分は「おたく」であって「オタク」ではないとか
よくわからないこだわりを語ってるな・・・
ここは大塚スレじゃないから大塚論を語る気はないが。
つーか動ポモ2でも東はやたらと大塚英志に言及しているけど
この2人はリアルで対談したり討論したりとか、
仕事やプライベートなどで付き合いがあるの?
一瞬だけあった。
一緒に雑誌を立ち上げるはずが以下略
ってゆー例のパターンで
>>447 >大塚はペドロリの雑誌を作っていたけれど、まさかこれを
>本気で受け止める奴はいないだろうと思っていたら、M君という
>モンスターが現れてしまって当惑したわけだ。
>おいおいまじかよ、と。ネタがわからんヤツがほんとにいるのかと。
>そして制作者として責任をとった。
製作者として責任をとったとか、
ロリコン誌をネタ的な意味(あえてロリコン、というヤツだ)でやってたのは確かにそう。
真にロリなヤツ向けに雑誌を作っていなかったのは確か。
だが
>おいおいまじかよ、と。ネタがわからんヤツがほんとにいるのかと。
こんな見通しの甘い感想は大塚にはない。
>>433 筒井康隆さんにはツツイストという人達がいた。
それは関係ないけど、いま、ある種の筒井作品を
いまの萌えのデータベースを参照して読むということも可能……かどうか。
オタクの環境がない時代のゲーム的リアリズム
(あるいは漫画・アニメ的リアリズム)
の小説家としては新井素子さんが重要だと思う。
>>450 >おいおいまじかよ、と。ネタがわからんヤツがほんとにいるのかと。
これどっかで、大塚が発言していたんだぞ。
>452
それは東に対してだよ(笑。大塚批評を大マジメにとってたでしょ。それが
ネタですよと。ニューアカもネタだし、いとうせいこうもネタですよと。
>>437 >舞城と心中なんてするつもりはさらさらないだろう。
>ラノベは大体いつまで持つのでしょう。
だから、東理論といっしょの存在だから。ゲーム的リアルな実存を写実文学
形式で描くことが、東思想の中心で、ラノベの意味はそれでしょう?離れられない
よ。
「売れなくなる」ことはコンピュータ社会が続き、人々がゲームのキャラである
限り、あり得ないというのが論理的帰結だよ。東思想ってそうでしょ?東思想
そのものでしょ?
人々が「機械」になり、社会が情報「工学」化して、そのような社会で「人間的」に生きる
ためには、実存文学が必要だと。だから舞城なんしょ?
東思想の中心モチーフだから、離れられないよ。「工学化した社会を写実するメタな私」
がないと困るわけだから。
>456
あなたいったい東思想をどう読んでるわけ?工学化と「ゲーム的」小説は
一体だから、理論捨てるか、舞城と心中かどちらかだよ。
>自然主義による文学とはまったく異質の、データベース的でゲーム的な
>キャラクター小説
とセットだね。機械化する生。
「時かけ」って舞城的だよなあ。オタクが反応するのわかる気がするわ。
屋上でうわあああんて真琴が泣くのとかそうだが、ああいうセンチなの好きだよなあ。
>459
機械は泣かないからねえ・・。そういう意味では東はかわいそうだね。「理性」
だけの人という感じ。
>>460 最後の一文がよくわからん。
あずまんは時かけで泣いたクチだろ
あいかわらずビューティフルドリームなスレだな・・
永遠はあるよ
>417
>関係ないが「工学化」も「コンピュータ化」と言い直した方がよく伝わる。
ちゃうちゃう。
元ジャスコの私として言わせてもらう。
「工学化」はいたるところで進行してるんですよ。
宮台真司が「マックの固い椅子」の話をよくしてる(?)けど、そんな風に
この世界はできつつあるというお話。
ある意味、この世界はまさしく「マトリックス」なわけです。
そこが「東京から考える」での東vs北田の核心部分なのである!
>400-450辺り
金儲けのために書いているって言ったら、芥川龍之介だってそうですよ。
芥川も谷口も川端も、
いわば当時のラノベに関与しているよな
こういうのを柄谷は「大正」として切って捨てたわけだ
谷口って誰? 悟朗か。
東浩紀氏インタビュー
ttp://moura.jp/frames/interview/070423/index.html 東浩紀:
そういえば、それに絡めて言うと、僕のこの本についての感想のなかで
「純文学の扱いが不当に小さい、単純だ」という批判もあるのですが、
これは本書の企図を誤解しているとしか答えようがありません。
最初に言ったように、『ゲーム的リアリズムの誕生』は、純文学を中心
として文学全体を語る、現在の文芸評論の呪縛を解体するために書かれ
ている。それなのに「純文学の扱いが小さい」と言われると、この本の
企図が根本的に否定されてしまう。逆に、ライトノベル読者からの、
「作品論部分がアツくない」という不満に対しても同じ答えです。
自然主義文学の読者、ライトノベルの読者に向けて「アツい」評論を
提供するのが本書の目的ではないのです。『ゲーム的リアリズムの誕生』
は、むしろ、異なった文学環境に生きる人々が、それぞれの立場を相対化
するためのコミュニケーションツールとして書いています。
389にも(私が)書いたけど、つくづく私は「動ポモ2」を正しく読んだ
と思いました。つまり、「何の目的」で書かれているか、ではないかな?
本人も読者も気持ち悪いな。
>>466 インタビュー紹介あんがと。読んだ。
東が言ってることはわかりやすかったよ。
今後の東スレはこのインタビューでの発言も踏まえた上で
進んでいってほしいな、とは思う。
相変わらず自分の意図の説明(自分語り)が多いひとだね。
誤読を決して許さない嘘っこデリディアン。
472 :
考える名無しさん:2007/04/24(火) 15:13:40
漱石、柄谷、東 とくるのよ。
わかる?
謎の大正小説家谷口もびっくりのこの系譜。
473 :
考える名無しさん:2007/04/24(火) 15:16:06
ソフトバンク携帯について
この携帯は「全然つながらないから解約しようとしたら、6万請求された」とよく聞く(※)。
(つながりにくい理由は、ソフトバンクが使用する周波数が建物に弱いこと等、色々)
そして、各種プランが良くないが、ホワイトプランが特に良くない。
携帯のメーカーの数で考えて「友人の4分の1くらいは持ってる?」と考えがちだが…
ソフトバンク携帯を持つのは 約300人 に 1人。
300人の友人がいても、確率的にはそのうち1人しか無料にならない。(契約数/日本人口で計算)
その1人以外の通信料はすべて、他社の約2倍。1日たった7分でも月に1万円を超える。
トップが朝鮮人だからとは言わないが、日本人の客の満足度を真剣に考えてるとは思えない。
つながりにくいことにも、予想以上に金がかかることにも、解約金にも、すべて「後から」気づく。
「金さえとれば後で文句を言われてもOK」とも感じるので、気をつけて欲しい。
※…新聞記事は「0円携帯 解約に6万円 県、ソフトバンクに改善要望」で検索
↓ついでに。カモにされてるのは、ソフトバンク株を買ってる者も同じだった…
ttp://news21.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1176891847/
ゲーム、とくにあずまんが選んでいるような「メタ美少女ゲーム」は
プレイ時間が異様に長い。20〜60時間とかでしょう。
ラノベは、1冊2時間もあれば読める。小説なんて大体そうでしょ。
映画だって、長くて3時間。4時間というのは稀。
で、実際にゲームをやっていて、この評論に賛同して、どれだけ
使える奴がいるか、なんだよな。
エロゲのヘビープレイヤーなんて、時間が有り余っているニートくらいだろ。
誰にいったい語りかけているのか、という点で、「動ポモ2」は射程がよく見えない。
475 :
考える名無しさん:2007/04/24(火) 18:00:31
>474
466のインタビュー読めばよく解るけど、
結局、読者は東のオタク趣味に付き合わされただけなんだよ。
ケータイ小説に言及してないことについて、
「読んだことない。若くないからもう無理」とか言い訳してるし。
対象年齢はラノベもケータイ小説も中高生だろが!w
ポストモダンをきちんと論じるなら、片手落ちもいいとこだろ。
大局を語る振りして、自分に都合のいい現象だけを取りあげて
残りを切り捨てるのは、詭弁家の常手段。
自分で作った箱庭の中で展開してるから、当然論理に破綻はないし解りやすい。
だったら、最初からラノベ&ゲーム批評って銘打つべきだったんだよ。
476 :
475:2007/04/24(火) 18:09:12
↑脱字失礼。
「常套手段」ね。
>>466 一番肥えてる頃と比べると多少ダイエットできてるね。
やっぱ怠惰なあずまんはかつかつで仕事に追われてるくらいで丁度良い。
つか
ケータイ小説批評、ガイドマップ、とかって膨大な需要がありそうなのに
誰も全く書いてないのか
あずまんの脂肪はきれいな脂肪
≫475
わかる、わかるよw
ヤツはだだのヲタだよ。
4〜5年前に紀伊国屋書店新宿本店の裏にあった
「ランザン」っていう喫茶店で、東と女性(後の奧さん?)を見たことがある。
買ったばかりのアニメだかゲームのキャラクターイラスト集をめくりながら、
キャーキャーはしゃいでる東を見て、
「ああ、この人はホンマモンなんだなぁ…〈プ」と思ったよw
結局このスレって理論好きのヲタと
理論嫌いなヲタの代理戦争スレだよね
一応哲板なわけだし、理論でやろうよ
まあ、「理論嫌いのヲタの理論」が見られて面白いが
483 :
考える名無しさん:2007/04/24(火) 20:14:10
「向上」に理論があるとは思えんがw
キーワードとフラグメントの羅列だけ。
たまにはちゃんと論破してよ。
そう
>キーワードとフラグメントの羅列だけ。
ってロマン主義の文学理論さ、ゲーム的リアリズムって言ってもイイ
>>475=483は東スレの新キャラかな。動ポモ2読んで怒ってる人。
読みやすくなるんでコテにしてほしい。
>>475 いや、年齢の問題じゃないんだよね。
たぶん「若くないから」じゃなくて「萌え」ないからだよw
それか、『ミステリアスセッティング』みたいにメタ入ってれば読めるんだろうけど。
ラノベやエロゲーの対象はオタで、いわゆるケータイ小説の対象とはずいぶん違う。
後者は、一般的に「萌え」要素もないでしょ。
そもそも大局が語れると思うほどにあずまんはナイーブじゃないだろう。
ナイーブな読者は聞き取るんだが。この辺は懐かしい東スレのループ構造だなw
>そういえば、それに絡めて言うと、僕のこの本についての感想のなかで「純文学の扱いが
>不当に小さい、単純だ」という批判もあるのですが、これは本書の企図を誤解していると
>しか答えようがありません。最初に言ったように、『ゲーム的リアリズムの誕生』は、純文
>学を中心として文学全体を語る、現在の文芸評論の呪縛を解体するために書かれている。
>それなのに「純文学の扱いが小さい」と言われると、この本の企図が根本的に否定されて
>しまう。
「純文学の扱いが『不当に』小さい」のであれば、単にあずまんがデタラメを書いただけでしょ。
「本書の企図」を持ち出して、正当化されても。
あずまんが自分のことについてデタラメな批判を書かれて反論したら、
「この批判は、東浩紀の論考を中心としてオタクやラノベ全体を語る、
現在のオタク評論の呪縛を解体するために書かれている。それなのに
「東浩紀の扱いがデタラメ」と言われると、この批判の企図が根本的に
否定されてしまう。」
と返されたらどうよ?
嫌でしょうが。
「純文学の扱いが『小さい』のが不当だ」と言う批判に答えているんでしょ。
東氏自身は純文学について出鱈目を書いたと言う意識は無いはず。
東には「純文学 vs ライトノベル」って意識はないと思う
なんだかなあ。純文が過小評価されてる、なんて評価は聞いたことがない。
歪んで捉えてる、とか、現実に即してないというなら、このスレでも見たことがあるが。
批判を自分に都合良く歪曲して反論するのは、いかにもあずまんらしいけど。
あずまんは批判にたいしてまともに反論することができないからねぇ。
反論するときはかならず相手の主張を歪めて反論するという
悪癖がある。
天然なのか意図的なのかはわからない。
有名どころでは、浅田彰の<「J回帰」の行方>への反論
(ユリイカ掲載、動ポモ1単行本化時に削除)。
ttp://www.kojinkaratani.com/criticalspace/old/special/asada/voice0003.html この文章に、現在起きているのは日本回帰でない、と反論して
浅田は現在の文化のことをほとんど知らない、と怒っていた。
いや、<「J回帰」の行方>って日本≠Jで「あくまでも表層的な模像(シミュラクル)
としての日本への回帰」という趣旨なんですけど。
今までいろんな批判がされてきたけど、たいてい批判内容を歪めるか
「反論してもギャラリーが喜ぶだけです」とスルーするか。
噛みあった討論ができない性格なんだと思う。
>>489 本来はそれでいいはずなのに、そうではないからおかしい。
文芸評論家はラノベを扱うべきであるとか。
文学の時代が終わったなら、単に柄谷みたいにその仕事をやめるか、
社会的影響力は無視して狭いサークル相手にやればいいことでしょ。
あずまんは昔から文芸誌(具体的には「新潮」なんだが)を敵とみなしてきて
「文芸誌(と新聞の文化面)は売れているミステリ(ノベルゲーム、ライトノベルなど)を
無視している」と批判してきたわけで、
ポモ2とこのインタビューはそれの総決算という気がする。
実状は、文芸誌というか、新潮=矢野優=平野啓一郎を
勝手に敵視していただけなのだけど。
もっとも、文学は死んだんじゃなくてラノベとして生き残ってる、
ラノベは単なる商品じゃないということにしておいたほうが、
文芸評論家を食わしていく上では良いんだろうけど。
いや、ポストモダン文学=環境分析的レベルで
文学史は書き改められるってのが東の主張だよ
まあポモは政治的な語りが好きだから名。
歴史になんてコンテクスト次第だ、ってのは批判だったはずだが、
いまは常套手段になってしまった。
>>493 その点で先人に比べても、はるかに保守的だよね。
文芸誌や新聞にたいして変な幻想を持ってる。
>>497 幻想というか、あずまんが個人的にトラブった過去があるだけなんだけど、
それを文学とか文芸評論の未来とかいう大義名分でごまかした感が強い。
たぶん幻想は持っていない。被害妄想は持っているだろうけどw
文学環境論集で、自分のことを「批評空間からパージされていた」と
振り返っている。
いや、浅田はシンポジウムや執筆などの誘いをかけても全て一方的に
断られている、とか東の方から僕らと距離を置くようになっちゃった、
と語ってたんだけど(『憂国呆談』)、それをパージと呼ぶのかね?
このスレで予想されていたけど、無茶苦茶な回数対談しているね。
宮台を越えて、日本一対談している評論家なんじゃないだろうか。
新聞のほうは幻想といえるのでは?
ポモとしては全国紙とそれに対する文学の結びつきが弱くなったりすることは
喜ぶべきところだと思うけど。死んだものを叩いても
仕方がないというなら、単に無視すれば良いわけで。
>>500 > 新聞のほうは幻想といえるのでは?
> ポモとしては全国紙とそれに対する文学の結びつきが弱くなったりすることは
> 喜ぶべきところだと思うけど。
つまりあずまんは国民国家、国民文学復興論的な反動だったといいたいわけ?
ちなみに、現在は、朝毎読でも「売れているミステリ(ノベルゲーム、ライトノベルなど)」が
取り上げられているけど、単に文化部記者や書評委員にそういうのに関心のある人が
一人か二人いるだけだったりする。
何が変わったわけ?
小林真央ってメタリアルという形容がぴったりだよね。
そつなく棒読みしてる。かわいい。
メタリアル・ウーマンって感じかな。
松浦理英子みたいだ。
全然気づかなかったが、新現実の新号が出てるな。ファウストは事実廃刊なのかね。
ファウストが文芸雑誌に部数で勝ったとか言うのも、いま思うと「死んだもの叩き」だったな。
>>501 というより良くわからない。
ラノベを擁護する理由はポモ的なのに、
新聞が取り上げるべきだとするのが。
「ブログから波が来た」だけじゃ、何でいけないの?
・・・まあそのファウストが死んでしまったわけだが。栄枯盛衰、沙羅双樹。
いやポモどうでもいいし。オタクはさらにどうでもいい。
>>503 新潮社のyomyomが8万部を突破してさらに増刷中だから
ファウストの部数を軽く追い抜いちゃっているw
>>507 結局、他のラノベ雑誌、大衆読物誌、イラスト小説雑誌と比べて、ファウストって、
どれくらい健闘したのかな。それによって真の価値が決まる気がする。
もう見切りを付けたぐらいだから
尻すぼみで終わったんじゃないだろうか
フィクションゼロに期待だな
>>509 太田本人は天下を取ったからファウストのモチベーションがなくなったと
語ってるよ。
6号で大勝利したそうです。
おいおい。年12冊出している文芸誌の立場ねぇな。
wikiの内容はなんだか寂しいな。誰か書き加えてやれよ。
太田の屁の突っ張りが無駄になっちゃう。
ファウストの「独走」とか「日本一」とかああいう自画自賛って
真に受けていた読者いたの?
売上文学論にたいして距離をおきつつ、純文学とも決別してるものだから、
居場所はもうblogしかないんじゃないかな。
ブームってそんなもん。
⊂( ^ω^)つブーン
517 :
考える名無しさん:2007/04/25(水) 03:38:04
>たとえば、一方に阿部和重や平野啓一郎がいて、もう一方に谷川流がいるという日本近代文学のあるシーン
>をどう公平に議論するか
>純文学を中心として文学全体を語る、現在の文芸評論の呪縛を解体するために書かれている
いまさら言っても「死人に鞭」みたいだが、「純文学が動物的で、ゲームが人間的」と言えば、
なるほど文芸誌への撹乱(批評的行為)になったろうし、それこそがオタクがやってきたことで
あり、それが脱構築でしょう。
「純文学が人間的で、ゲームが機械的」では通念を再強化しただけで終わった。
なんらラディカルでも冒険的でも「若く」もない。
文芸誌の老人にはありがたい「批評」だっただろうがね。
東がなぜ死んだか、その理由は押さえておかねばならない。後続の批評家が
同じ失敗を繰り返さぬようにな。
「若さに任せ」てゲームを評価すればよかったものを、なんら「通念の撹乱」
にならず、何に対して「怒って」いたのか。浅田だってゲームが「動物的」
だと思うから論じなかったのだ。
文芸誌がゲームを扱わないのは、「動物的」だからだ。東は言わなくても皆が
思ってることを言ったに過ぎず、なんら「新しさ」はない。
東は何に対して不満だったのだ。
誰もが社会通念上、ゲームは機械的だと思っており、東思想はその「撹乱」
どころか再強化をした。結果として文学信仰はますます強化された。
いよいよライトノベルの評価は下がった。
さあ、ゲームの始まりです
>520
社会通念でしょ?団塊ジュニア世代(ゲームをやってきた世代)はもっとも
少年殺人事件の少ない世代なんだよ。少年Aや宮崎勤なんて、それが通念・ステロタイプ
なんだよ。
ゲームをやってきた世代の「人間性」を評価する、真の意味で「新しい」批評
を望みたい。
うぜえ
長文連レスするならいい加減コテつけろよ
以前からいる住人は"こいつはアレか"と識別してスルーできるが
偶々除いた人の中には「?」と思いながらもマジレスしてまた全くもって無駄なループが繰り返される。
ホントに荒らしと変わらない、というか荒らしよりタチわりぃ
<東浩紀問題>みたいな別スレを作って棲み分けしたら?
真性のオタクが自称哲学者になって自分語りを続けるという普遍的な現象
(ビューティフル・ドリーマー・オジサン)があるわけでしょ。
自分が話題から外れされるのを許さない彼らの生態は社会問題として非常に興味深いよ。
あと東の新しい読者は記憶の層が薄いのかな、東に手技に騙されてるとしか思えんが、
まあこういう読者層を狙って生きてゆくのもありだとは思うね。
東問題というより、この中にいる1匹のヘンな奴が抱えてる問題だしなあ。
自分の問題を動ポモ2に投影してるだけっつーか。
一匹じゃなくて前にここにいたコテハン、Hatenaに沢山いるでしょ。
>>525 コテ付けるんならまだいいんだよ。
ローカルで連鎖あぼーん設定して無視できるから。
嵐にコテつけろって意味不明
えー、通りすがりの者だけど、
たかが2chのスレをそんなに排他的にして、どうすんの?w
ホンモノの荒しならともかく、スレタイから外れた話題じゃなきゃいいんじゃね?
元々こんな所で議論を深めようなんて、無理な話なんだしさ。
そんなに新参者が目障りなら、お馴染さんばっかりで
オフでもやってトコトンやりあえばいい。
530 :
考える名無しさん:2007/04/25(水) 12:46:47
クリリンのことかーーー!!!
531 :
529:2007/04/25(水) 13:52:56
と言うわけで、新参者が読み終わったばかりの
「動ポ2」の感想を一言。
素朴な疑問として、なぜラノベやゲームに「批評」が必要なのか、理解出来なかった。
純文学―批評―思想ってのは三位一体で、
各々が各々を補完し合うことで成立してたものだと思う。
文学は「批評」や「思想」があって初めて「文学」たり得たし、逆もそうだった。
それが「文学」や「文壇」という制度を支えてたはず。
だけどラノベやゲーム、そして勿論、従来からのエンタメ小説は
それ自体単独で商品として成立してるし、
ほとんどの読者やユーザーは批評なんかを必要としてない。
妙な幻想はお呼びでないし、
ほっといてもそれこそ「動物的」に消費されている。
なんで東氏は、今更そんな旧態依然とした「文学的枠組みに
「ポストモダンな」はずの商品を押し込めようと言うのか…。
「文学」とラノベは、全く組成から違うものだと思う。
今までエンタメ小説にまっとうな批評がなかったのは、
それで十分自己完結出来ていたからだ。
家電製品やビールに批評が無いのと同じこと。
携帯からなんでちゃんとロムってないから、
ガイシュツならスマソ。
>>531 言ってることはわかるけど、それに対する回答は
東がインタビューとかで、ちゃんと答えててるよ。
納得できるかどうかは別として。
つか動ポモ2の中でも何度も書いてるべ、東が。
君はラノベに批評は必要ないと言う。
でも東はそれではイヤだった。
それだけの話。
動ポモ2自体を環境分析的に読まなければならないというのは、ものすごい皮肉だけど正しい。
Lの本では、批評するのがたのしいとか、言っておられた。
534氏が正解だろう・・・
佐藤心の名前が索引に出ていた。動ポモ2に、多少影響を与えたんでしょうか。本にまとめてあげようという出版社とかはないんでしょうね。
本人が嫌がるんじゃないかなあ。
>>529 非難されてる奴は"新参"じゃないんで新参排他との非難は当たらないよ。
あまりにも独特の読解をしている長文連レスを、長期にわたって定期的に
投下し続けて自己主張をし続けているにも関わらず、コテをつけろとの声は無視し続け、
住人に指摘されてステルスするようになるまでは自称が常に「我々(オタク)」だった、そんな人。
539 :
531:2007/04/25(水) 17:46:28
>532
ありがとう。読んでみたよ。
でも、やっぱり東氏の意図がわからないw
結局東氏は、相対化するためとか色々言いつつ、
自分の“好きな”ラノベを、その「異なった文学環境に生きる人々」(=ヒエラルキーの頂点)に
「環境分析」を用いて認めさせようとしてる、というのが無意識の本音なんじゃないか。
ただ、今文学評論の世界で「自然主義的読解」なんてしてる人は三流だし、
そんなユルイ所を仮想敵にして、
「環境分析は今までにない方法論だ」
みたいな文脈を作られてもなぁ…ってw
>534
あの本を環境分析的に読むと、どう読めるんですか?
んで、なんで「正しい」んでしょう?
馬鹿な私にご説明願います。
アオリじゃなく、ホントにわかんないんで…。
>>535 たのしいてよりも、止めたくても止められないというのが近いんじゃないかな。
ニューアカの洗礼を受けた世代で、身につまされる人は多いと思う。
止められるうちに止めてまとめサイトを始めた、しろうとさんの判断は正しい。
>>539 「馬鹿な私」って言い方自体が、
インテリ嫌いの紋切り型だからやめたほうがいいぜ
文学に2択を迫ったんでしょ。
閉じた狭い世界のことしか文学は見ないでいいのだと認めるか、
それとも世界全体を語るためにラノベ的な価値観も視野に入れるか。
黙殺されると思うけど。
543 :
考える名無しさん:2007/04/25(水) 18:05:30
馬鹿な私にも=朝生の田原w
544 :
539:2007/04/25(水) 18:11:01
「馬鹿な私」がここまで反響を呼ぶとはw
実際馬鹿だと思ってるんで勘弁してよ。
そういえば、小学生の頃家庭教師にも同じこと言って
怒られたなぁ…w
自称馬鹿って実は自分のこと馬鹿じゃないと思ってるから怖い
早く氏ねばいい
>>539 いってみれば、この本単独で正しい正しくないを論じてもしかたないんでない?
こういうことを信じないとやってけないんでしょう(そういう同業者を対象にして
るんでしょう)程度の意味。
向上氏もラノベ文芸復興を本気で信じてるわけじゃないでしょう。
>>544 わからないわからないって言うけど
少しは想像力を働かせてみなよ。
あなた、本当に動ポモ2を読んだの?
流し読みじゃなくてきちんと。
それでわからないなら、2ちゃんなんぞで訊いても
わかるワケないでしょが。
「説明されればわかる」と思ってるところが
まさにあなたは馬鹿なんだよ。
やっぱ、硬派ヲタクワレオタ氏、再降臨なのかね?
問題は売り上げじゃないよ、表現の強度だ
自分のことを「馬鹿だから…」て言うのって、あらかじめ論戦から逃げてる
雰囲気があってイヤだなあ。
ちなみに、オフで小川びい氏に会ったことがあるけど、彼もこれ連発してた。
小川びい?誰だよ・・と思い検索して吹いたwww
くだらねえメールのやり取りやってんじゃねえよwww
おーいざうまーん
結局、大塚売り上げ論争の縮小再生産にしかならんようだな・・・。
純文がポピュラー小説に興味示さないのは、いまにはじまったことではない。
大塚ですら十何番煎じだ。誰か数えてみろよw
一方、大多数のラノベ読者は批評を必要としていない。
両者をつなぐ必要は、まさにポモの強度=趣味の問題でしかない。
共感するやつは(過度なまでに)共感し、共感しないものは、
その問題の存在すら認知しないままだろう。
結婚する気のない男女に見合いを強いる、世話好き伯母さんみたいなものかな。
>>552 いいんじゃね〜の、平野や江藤の文芸時評だって
コマーシャリズムと強度の狭間で揺れ動いてた
ちなみに江藤は大塚の時評性を買ってる
東も時評家としての自覚ができてきたわけだ
メッセージ届かないんじゃ、誤配以前だろw
ポモの弱さはそこかな。所詮強度=趣味なら、
「趣味」の合わない人には、合わないまま、それで終わり。
>>555 そうかな?
むしろ時評性って誤配されまくりなんだけど趣味=強度じゃないよ
売れても強度がない作品はある
Deep loveとかセカチューとか
売れてて強度がある作品はといえば
ハルヒ、西尾
売れてなくても強度がある作品はといえば
佐藤友哉
多様性の価値が喧伝されるようになると、閉じこもること自体を「悪い」する倫理すら、
個々の選択に還元されるわけ。
となると、純文(だけでなく、伝統芸能系すべて)の閉鎖性を憂い嘆く根拠もまた失われる。
ニートや引きこもりが社会的認知を受けてしまったと同様に、/またそれとは別の、コアカテゴリーが
当然に持つ自己目的的な性格として。
だから趣味を越えて「必然性」を語る必要があるんだが(「この相手はあなたにぴったりよ! それはね〜・・・」)、
かたや「自然主義的理解」かたや「動物」では、な。
オバチャン、見合い写真間違って持って来ちゃ駄目だよ・・・
>>559 誰とも見合いすればイイじゃん
理想の相手(ロマンティックラヴ)を本気に追い求めてるのw
なにせ非婚化の世代だからな。そもそも結婚の意義を感じていない、と言うのが
たぶん現代的には正しい。
"男"は気ままな独り暮らしを望み、"女"は自分自身に夢中。
そいでもってオバチャンの見合い写真は、当事者にとってあまり魅力的に写っていなかったのだな。
そこでオバチャンに対する環境分析が始まる。
だからロマンティックラヴもファミリーロマンスも終わった
「近代文学の終わり」(柄谷)=「ポストモダン化」(東)だよね
さて、これからは「マルチメディア」(柄谷)か「ゲーム的リアリズム」(東)だよね
どっちも同じだろw
>>562 ん。じつはおばちゃん自身の秘めたる「結婚願望」(東曰く「すべての総合」)が問題の希ガス。
KGVが来てるみたいなので、昔話をするが、「らげ」っていう初期のコテハンが言って
いたのはそういうことだな。
元気か、KGV。しろうとは足洗ったみたい。
>そこでオバチャンに対する環境分析が始まる。
援交少女なんか、心がないというか、ほんとにそう。
ブランド品のデータベースという想像力の環境と、テレクラという日常という
コミュニケーションの環境。援助交際はマルチエンディングだし、あずまんだ。
動ポモ2の第2章はオタクたちの選択といっても良い内容でしたが、これは
制服少女たちの選択を否応なく思い出させますし。
絶えず参照される大塚なんかも少女民俗学やら彼女たちの連合赤軍といった、
少女論の書き手でもあることを忘れてはなるまい・・・
しかしラノベを見捨てることがあろうとも、宮台のような本質的な転向はしないでしょう。
567 :
考える名無しさん:2007/04/25(水) 23:51:41
フマ
ピエ
ピエールは浅田スレがフマの自演に荒らされていたのを黙認したヘタレ。
>>556 長めの記憶がある人だとこう読むよね。
純文学批評みたいな仮想敵への復讐に萌えてるオタク男。
知を商品化した芸人たちの間のプロレス劇。
東は知の商品化に関しては何の疑いも持ってないはず、
んで、それは結局浅田が引いた路線。
しろうとって、ただの萌えオタ趣味の垂れ流しに落ち着いたの?
先行世代が冗談としてやっていたことをベタに信じたからこそ
ある程度の成功を納たんだと思う。80年代に浅田彰が村上龍や坂本龍一との
座談で「自分の本を読んでこれからはスキゾだとか、これからは逃走だとか
いうやつはダメ」みたいにいってたけど、それでもめげなかった。
先行世代に罵倒されつつもオタクを止めなかった庵野秀明と被る。
本当にダメなのはここでめげてドロップアウトする奴。
そだな。
上の世代に否定されたら凹んで改心しちゃうような奴は
何もできんわ。嘲笑されようと罵倒されようと継続こそ力なり。
574 :
考える名無しさん:2007/04/26(木) 14:30:28
>572
強制連行だの従軍慰安婦だの、先行世代のネタをベタに信じている今の
左翼とも被る。
左翼は左翼世界内では否定されてないよ。だからダメなんだ。
まあ、一番良いのは最初から距離を置いた読み方をすることなんだろうけど。
柄谷とマルクスを読みながら、ベタに読んだら絶対にならないであろう窓際公務員
や官僚になって、副業として批評をやる人たちのように。
>>576 国公立の大学教員全般をそうみなしますか
窓際公務員は浅田彰のこと。
本人にもそういう意識はあるようなので。
579 :
考える名無しさん:2007/04/26(木) 15:03:05
教授っていいよなー
めげる何もベタベタのビューティフル・ドリーマーなんだから。
死ぬまで浅田の呪縛からは逃れられない。
浅田が鎌田を自分と同等に扱っているのを見てマジギレ。
581 :
考える名無しさん:2007/04/26(木) 20:26:24
ロッキンジャパン?の5月号に動ポモ2、出てたよ
イオリノみたいな一発屋と一緒にするナ!
同等にキチガイ扱いされてマジギレだろw
空気読めない奴らの書き込み多いね
柄谷スレでやれ
ここでやりたきゃ環境分析をふまえつつ
動ポモ2も、先行文献、極西文学論、わら(変換しない。)う日本のナショナリズム、モダンのクールダウン、テヅカ・イズ・デッド、
とかとは比べようのないものには仕上がってるわ。大塚なんか、どれ読んでいいのか分からんし。
環境分析って東のイデオロギーに沿って読解することしか許さない
タコ壺内文脈依存症のことでしょう。
文芸批評自体ヒステリーなんだよ
フーコーが「言葉と物」で構造主義って不安心理にしかすぎないって言ってるけれども
東はそれをパロディー化してる
ゲーム的リアリズムってそれだよ
>たとえば、一方に阿部和重や平野啓一郎がいて、もう一方に谷川流がいるという日本近代文学のある
>シーン──むろん、それもまた文学の一部でしかなくて、たとえばそこからはケータイ小説がすっぽり
>抜けているわけですが──をどう公平に議論するか。
いや、ケータイ小説よりもミステリや直木賞系のエンタメ小説・中間文学が
思いっきり無視されているのですが。
ファウストもそうだけど、あずまんはなんで直木賞系の小説を無視するのだ?
「不当に扱いが小さい」ってレベルじゃねぇぞ。
>>586 果てしない相互参照の網が待っています。ダイブしてください。一生を浪費できます。
直木賞系はまがりなりにも書評欄に載るじゃん
つか誰かそれなりにマトモなケータイ小説論とか出してくれ。
とてもじゃないが原文を読みまくる気になれんが、確かに気にはなる。
くだらね〜なw
だったら綿矢とか金原とライトノベルとを比較するべし
ラノベもケータイ小説も批評や哲学の対象じゃないな。
社会科学や社会心理学の領域。
宮台とか北田に任せとけばいいんだよ、実際。
>>590 > とてもじゃないが原文を読みまくる気になれんが、
yoshiとかは、改行が多くて行間が無茶苦茶開いていて
想像しにくいレトリックとか皆無だから
1冊読むのに10分かからない(マジ)。
それぐらいがんばって読もう。
直木賞作家にもアニメ・まんがの影響の下に
創作している作家は多いのですが
そちらは無視ですか。
KGVの最新エントリが漏れには高度すぎて理解できない。
誰か解説頼む。
逆に言うと、携帯小説の「ケッサク」ってなんなの?
東が何を見落としてるの?
解説しろや
>592
まぁ、環境分析って多分に社会科学的だよな。
専業の文芸評論はもう成立しないってことだろ。
投壜通信なんて副業で批評やってるやつの無責任。
携帯小説の重要性を論じるならラノベと同じ次元で語るべし
直木賞系のエンタメ・中間文学は無視というより
単に東がろくに読んでないだけでねーか?
そもそも、あんまり興味もなさそうだ。
直木賞とか、くだらね〜文脈で評価すんなよw
どっちが権威にこだわってるんだか
環境分析厨の誕生
602 :
考える名無しさん:2007/04/27(金) 02:13:54
情報自由論は、結局今回の一連の書籍化の内には入らなかったみたいだね。
あれはいつ本になるの?
結局ああいう一般人が食いつきそうなネタじゃないと
売れないことが分かったので、これから小出しにして
いきます。
東と仲良いって言うか最近接近してる仲俣なんかもそうなんだが
文学を全然読んでないくせに
思いこみだけで決めつけて文学語るからマジ困る。
仲俣は明治時代から一気に舞城に飛び
その間を完全にスルーして
新しい文学が!とか言うのヤバすぎる。
仲俣にしても東にしても
出版社のスポークスマンだろ。
どうでもいい思い込みやコピーを
批評として流して消費を煽る売文業者。
こんなやつらをまじめに
相手するのは馬鹿らしい。
>向上委員会
しかし痛いレスばっかりだな、オマエはw
東自身が前出のインタビューで「今やケータイ小説の方かラノベより重要かも…」
みたいなことを言ってるだろ。
信者(=環境分析原理主義者w)ならそれぐらい記憶しとけ!
因みに俺はラノベもケータイ小説も、風俗的現象に過ぎない、
語るに値しないシロモノだと思ってるけどな。
けっきょく「環境分析」というなら、
マーケットや商品の分析だけじゃなくて
出版という業態が置かれている流通とか規制とかを
分析しないとダメダメなんだよね。
大手出版社と大手取次ぎの間の関係とか。
ラノベてマンガ雑誌という低コストな装丁の
パッケージという商品を大量生産して大量にさばく、
という手法を小説に持ち込んだだけだもん。
それで利ざやを取れるのは様々な規制があるからなんで。
なにしろ取次ぎが2社で寡占してるからね。
要するにこういう状況を「環境分析」しないと↓
「27才1,200万円! 国民の働く意欲削ぐ講談社の異常賃金」
http://www.mynewsjapan.com/kobetsu.jsp?sn=444
>>606 × > 因みに俺はラノベもケータイ小説も
○ > 因みに俺はラノベもケータイ小説も純文も
>589
ダイブしたよー。><
>604
>思いこみだけで決めつけて文学語るからマジ困る。
同じ意味で「東京から考える」で北田がジャスコを思いこみだけで
語られて迷惑だと感じたわたし。
でね、でも、このスレの住人の多くは「たたがジャスコだろ?」と
思われるのではないか?
「この私」には重要でも他人にはどうでもよい話はたくさんあって、
その意味で、あれもこれもに(あずまんに)関心を示せ !と言い張る
のはちょっと筋違いだと思う。
向上氏は東んほど環境分析に徹してないな。
語るに値しないシロモノを語らない自分に
弱さを感じるのが、真の環境分析家。
「ゲーム的リアリズムの誕生」って書いてあるのに延々と純文学の話
をしていたらそのほうが詐欺だろ。他の著作を総合してみても東の文学観は
おかしい、っていうならわかるが。
≫608
それ、なんてコンプレックス?w
>>610 「語るに値しない」と切って捨てるだけなら
誰にでもできるもんな。
つーかそんなこと言う奴ばかりだと
まともな議論すら始まらん。
614 :
考える名無しさん:2007/04/27(金) 14:50:23
かっちりとした定義になっていない。そしたら、その時点で、「その言葉は科学用語としては
使われていない」ってことでしょう。そんなんで科学的だと誤解する人達のリテラシーの方を
どうにかするべきでしょう。
別の場合として、仮に使う側が科学的にある言葉を使っていたとしても、受け取る側がその
意味を理解していなければ、受け手側にとってその言葉に科学的意味なんてないんですよ。
自分が分かってない言葉を聞いて、そのことから自分が科学的な意味を受け取ったと誤解
してしまうような人達のリテラシーをどうにかすべきでしょう。使う方の問題じゃないんだよね。
投稿 比ヤング | 2007年4月26日 (木) 19時58分
http://satokiti.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_eeba.html#comment-18688993 94 :ご冗談でしょう?名無しさん :2007/04/26(木) 20:32:15 ID:???
実は「ニセ科学批判」をやってる人の間違いってのは、はっきりしていて。
1.効果の発生メカニズムの説明に偽りはないが、『効果の大きさを過大に偽った』場合
2.効果の大きさを偽っていないが、『効果の発生のメカニズムの説明を偽った』場合
「詐欺商法」と謂われるべきは前者であって、ニセ科学の方は後者です。
ニセ科学批判の方々って、「ニセ科学=詐欺」っておバカな脳内等式が成立してるみたいなんですよ。
もちろん、効果の大きさもメカニズムも両方とも偽っている場合もあるけどね。その場合でも、実害として問題にされるべきは「大きさを偽った」という部分であって、「メカニズムを偽ったこと」(=ニセ科学)じゃないんですよ。
投稿 比ヤング | 2007年4月26日 (木) 20時24分
http://satokiti.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_eeba.html#comment-18689347
でも、「語るに値しないシロモノ」の方が圧倒的に数も多いし、
一般への影響力も大きいんだよね。
怖いのは、東なんかの本を読んだ若い連中が、
「正典」を知らない・読まないままに
「語るに値しないシロモノ」を読んだり語ったりしてれば
いいと思ってしまうこと。
東はもちろん、このスレにいる人達は
それなりに正典に接してきてるし、知識もあるだろうが、
ラノベ・ゲーム→動ポモ2とショートカットする人間が増えていくのは、
やはりヤバイと思う。
色々読んだり知った上で、東のようにラノベを選択するというなら、
そりゃ「趣味」と「美意識」の問題だがw
カウンターカルチャーなんて言葉が死語になって久しく、
正典がここまで弱体化し、
知らなくても恥ずかしくもない風潮がまん延した今、
「必読書150」で浅田が言ってたように、
「正典」の復権こそ急務なんじゃないか。
まぁ、こういうベタな言説は、
ポストモダン=相対主義の格好の餌食であるのは、分かってるんだけどさw
長文スマソ。
>615
「正典」って具体的に何だね?フーコーやデリダなら、ラノベと同一水準に置いた
のは東自身だろ。デリダ第2期のダジャレ言説=清涼院のダジャレなんだから・・・。
もし、つっこむとすると、「清涼院とデリダは違う」と言うしかないのだが・・・。
ダジャレって「言葉の意味の解体」で、デリダ的なんだよね、東によれば(笑。
>616
ゴメン。言葉が足りなかったようだね。
「正典」って、東が参照してるモノって意味じゃなく、
それこそ「必読書150」で取り挙げられてるような、
古典を含めた人文書のことです。
フーコー、デリダは勿論、マルクス、ニーチェ、
ハイデガー、ドストエフスキー、ロブ=グリエ、谷崎…。
ちょっと前までなら読んでて当たり前、
「これを読まなければ猿である!」(柄谷)と言われたような書物。
「正典」の記憶を無理矢理切断して浅田が土人と読んでいる連中の前で
自分の身丈を大きく見せたいのが東。プレモダンの専制機械。
さすが文芸批評レベルの議論になると延びるね
>仲俣は明治時代から一気に舞城に飛び
>その間を完全にスルーして
>新しい文学が!
これは近時のトレンドらしいですよ。無かったことにしようというか。
高橋源一郎「ニッポンの小説」もそんな論旨でした。
いいじゃん、動ポモ2も「純粋小説論」の」リバースだ
まあ右も左もリヴィジョニズムが流行ってるからな。
より小さな物語に分割され、固陋に閉じこもって様は
確かにポモっぽい。
右左問わず動物たちの前で物語を
捏造して身振りをしているのは共通。
ポモじゃなくてプレモダン。
ポモ屋も物語大好きだしな。
ポモがプレモダン回帰(「新しい中世」)ってのは当たってる。
ラノベを文芸に権威付けてもらおう/文芸との対比で価値付けよう、というんではなくて、
ラノベ固有の自立的なラノベ批評を立ち上げようという発想はないんかね。
SFファンタジーやミステリーはそれなりに固有領域を確立しているだろ。
彼等はたいてい文芸なんて気にもしてないし、ありがたみも感じていない。
それでも充分やっていけてるし、むしろ純文芸より豊かなジャンルだよね。
やっぱり文芸幻想の尻尾なのかな。
動ポモ2であずまんの文芸誌被害妄想の
憑き物落としが済んだと思う?
自分はまだまだ解決していないとみる。
だってあずまんは「もう関心をなくした」「○○は終った」「もう○○については書かない」と
述べてから、その発言を忘れて同じことを繰り返す癖があるもんw
なんか筒井との対談とかでまた変な妄想を語りそうで怖い。
前回の対談ではあずまんならではの天然ボケ発言が多かったので
暇な人は図書館でバックナンバーを借りてみるとよい。
「僕の文章はアメリカの論文から学んだから論理的で上手い」とか
目を疑うような発言満載。
筒井はもう惚けているからダイジョブ。
あずまんがは、プレモダンの知的専制君主などではなく、常に異言(キャッチコピー)を
語らざるをエヌ極めてモダンな、ゆえに郵便的不安な、シャーマンなんだろよ。
「新潮」と「群像」に同時に対談で登場って
それこそ文芸誌の「スター」じゃない。
阿部との対談で、僕はもう文芸誌に書くこと・登場することはないって
言っていたのはなんだったの?
mido-midoでも来てるのか。
そりゃ「知的」専制君主じゃなくてただの専制君主。
本人が知的にそうなりたいという願望は露見しているが、
能力的に無理だから読者を選んで自己欺瞞してるんだよ。
蓮実重彦がジャンボ鶴田だとすれば、東は堂本兄弟みたいなもんだぞ。
あずまんもそのうち園遊会に呼ばれるようになるんだろうなあ
文学環境論集なんて書き飛ばしたものの集成だけど、
こういうちょろちょろと書いたものが面白いというのが
売文業の条件なんでしょうね。しろうとになくて
あずまんにあるもの。
ジャンボ鶴田? 堂本兄弟? の対比が意味不明
お遊戯会
ジャンボ鶴田は最強幻想を振りまいていた人。
やる気がないのでしょっぱい試合ばかりしていたけど、
本気になったら史上最強とか言われていたらしい(体格、アマレスでの実績から)。
堂本兄弟というのは知らない。
>>617 いきなり古典主義になるのね。そういうのはもう時代遅れで、ポストモダン
に脱構築されたんじゃなかったの?
たとえば竹田青磁はデカルトはコギト哲学で、コギトは解体されたと言ってるし、
ヘーゲルは進歩史観(大きな物語)でニーチェの永遠回帰(あるいは桜坂のループ
小説)で解体されたと。浅田自身、柄谷自身がそういう前提で批評してたはず。
谷崎は「近代文学」で東風には「自然主義リアリズム文学」で、もはや意味ないんじゃ
ないの?そう言っていたはずだが。
また来た
古典を論じたいのなら論じればいいんだよ。東だろうが蓮見だろうが君らだろう
が自由にすればいいんだよ。だけど、君らエロゲーにしか興味ないんじゃなかった
の?
別に古典でもいいが、その場合、「「環境」が2つに分かれたから論じられない」
という東説は否定しとかないと精神分裂になるよ。
オタク自身は古典でもなんでも論じてくれていいんですよ。谷崎なんて高校生
のころに読んじゃったですよ。太宰は今でも愛読書だしね。
ただ、東は「ゲーム的」環境と文学的(自然主義的)環境とが分かれたから、
古典は意味を失った、という立場でしょう?
あずまんの「「棲み分ける批評」での主張に関連するならだけど、
あずまんは、何が言いかかったんだろう?
今は、何を言っているのだろ?
>641
文芸誌に舞城や清涼院を載せること、それが「ゲーム」と文学を「混ぜた」ことになる
、と思ってるのかねえ?
>>643 記事読んできた。「メード喫茶」をことさらに強調する意味はあるんだろうか・・・。
それと、君が言う「混ざりけなしの自己完結システム」を象徴する例として
これをあげるのはどうかと思う。
また、「混ぜる」ことを望んでいるのは東だけではないぞ。
少なくとも、オレは「混ざった」ほうが面白いと思う。
自分の娘を萌え対象としてペドフィルたちに差し出すんだから、
変態としても宮崎勤クラスではないかと。
646 :
考える名無しさん:2007/04/28(土) 20:04:25
>>640 >オタク自身は古典でもなんでも論じてくれていいんですよ。谷崎なんて高校生
>のころに読んじゃったですよ。太宰は今でも愛読書だしね。
オタク的な自尊心に正直笑ったよ。
なんで居酒屋とかでいきなり喋りだすんだろうな。。。
東氏にはもっと工学的なものとか情報技術とかについて考察して貰いたい。
(僕が知らないだけでじつはどこかで考察しているのかも知れないけど。)
それがないとゲーム的リアリズムとかオタクとかというのは
プレモダンでしかなさそうだ。所謂日本への回帰なのではないかと。
プレモダンだからだめ、ポストモダンだからイイってわけでもないですよ。
現代オタクは保守支持層も多いけど、それだけじゃないしね。
ポモ2は日本の小説しか論じていないからJ回帰だ、
と言ったらあずまん怒るだろうなぁ。
でも、近年のあずまんってイーガンとニール・スティーブンスンを例外として
アニメも小説も漫画も国内作品にしか興味を示さないよね。
インタビューで桜庭一樹を例に出して、読んではいるが取り上げていないという
態度をとっているけど、実際読んじゃいないと思う。
桜庭の小説は東の論に接合しにくいだろうなぁと思う。
そもそも東の趣味じゃなさそうだしなぁ。
米澤穂信なんかも重要な作家のひとりだと思うんだけど
自論にそぐわない作家は
「無視してるわけじゃないですよ」
と言うだけ言っておいて
それでいて徹底的に排除していくんだろう。
環境分析って言葉はルーマン+フロイトだろ?
いい加減に解れよ?
夢を「機能」と見なせば良い
それは構造化=システム化されてるし(ラカン)
受容者は都合良く認識するものだ
環境分析ってそれだよ
環境論集、全部読んだ人います?
京極夏彦なみの分厚さで、驚いている。
655 :
考える名無しさん:2007/04/29(日) 00:04:54
環境論集、注文して到着待ち。かなり分厚いみたいね。覚悟して読むつもり。
どうでもいいけど、渦状言論ブログの汐音タン、あんまり可愛くない。
父親に似たのか母親に似たのかw。あれじゃ萌えねーよ。
656 :
考える名無しさん:2007/04/29(日) 00:06:18
>>655 やっぱり父親に似たんじゃないかな・・・不憫な汐音タン(ウルル)
>>655 覚悟して臨むほど気合いの入ったもんじゃない。あくまで雑文集。
2、3日分の読書時間を充てれば読み終えられる。
658 :
考える名無しさん:2007/04/29(日) 00:28:38
>>655 あずまんも娘がモー娘。に入れるぐらいのレベルだったら評価できるのにね。
659 :
考える名無しさん:2007/04/29(日) 00:30:43
>>658 せめて道重さゆみ(さゆみん)か藤本美貴(ミキティ)レベルの・・・w
モーヲタを分析してよ
661 :
考える名無しさん:2007/04/29(日) 01:08:24
モーヲタを分析する前に、モー娘。そのものがもう崩壊寸前だと思ふ
しおねねの分析はやめろ
663 :
考える名無しさん:2007/04/29(日) 05:45:53
モーヲタの分析:ただひたすらキモイ集団
汐音の分析: 萌え要素がイマイチなあずまんの一人娘
萌え要素も独立しているわけではなく、
環境=文脈(ここでは家族、血脈)にいかに依存するかが
身をもってわかるだろうな。あずまん。
665 :
虚構世界内存在 ◆vWilh8Qklc :2007/04/29(日) 11:36:32
淫乱肉便器とは……
淫乱肉便器の基準は、2つの必要条件と2つの十分条件からなる。
◇必要条件
(1) 性的脈絡における評価:
わたしの好む総体的外見=顔のつくり、表情、雰囲気、身なり〔髪型と服装〕、体型、立ち居振る舞い、声質、話し方、およびそれらの全体的な現れをしていること(「好む」というのは、「許容する」よりも厳しい基準である)
→この条件を満たせば欲情対象となる。
(2) 社会的脈絡における評価:
一般人でないか、一般人と非一般人の境界に位置していること
→必要条件(1)とこの条件を満たせば性交対象となる。
◇十分条件
(a) 性的脈絡における評価:
わたしが好む、あるいは望むような思考、発言、行動/振る舞いを計算によらず、自然と行うこと
(わたしの感覚を読み取って、そうしたことができるのではなく、わたしの感覚と自然に一致しているためにそうしたことができるのである。
注意してもらいたいのは、この条件は従順であることを意味しないということである。ただし、わたしが好む思考、発言、行動/振る舞いの具体例を挙げることは、現状では能力的にできないため、省略する)
→必要条件(1)と必要条件(2)を満たしたうえで、この条件を満たせば恋愛対象となる。
(b) 社会的脈絡における評価:
実姉であること、あるいはわたしに対して「無条件の肯定的配慮」(ロジャース(Carl Ransom Rogers)の来談者中心療法より)を自然と〔無意識的に〕行うこと
→他の3つの条件を満たしたうえで、この条件を満たせば、虚構世界内存在の信頼度が95%になる。
666 :
虚構世界内存在 ◆vWilh8Qklc :2007/04/29(日) 11:38:22
総体的外見についての要求に限ったことではないが、「そのような女はいない」といったような言明がなされることがある。
それが単なる感覚報告である場合には不問に処すが、「そのような女はいないという信念が正しいということを正当化している」、あるいは「そのような女がいると考えてはならない」ということを主張している場合には論証を要求する。
特に後者は、先述したように優れて趣味の問題であるから、他者が自らの趣味を制限することに正当性があるという主張になっていることにも注意してもらいたい
(反対に、「そのような女はいない」と誰かが言うような女がこの世界に存在する、あるいは可能世界に存在する、さらにはどこにも存在しないが仮想的に存在するという設定を行う者が注意したほうがよいとわたしが考えるのは、
「そのような女がいなければならない」、あるいは「女であればそのようでなければならない」と考えるならば、「そのような女はいない」と言明する者と同じ愚を犯していることになるということである)。
もっと言うならば、「自らについてはありのままを受容してほしい」と思い、かつ「相手にはこうであってほしい」と思うのは二重基準ではないないということである。
なお、この事例を二重基準に変形させるならば、「「自らについてはありのままを受容しなければならない」という信念を持っており、かつ「相手にはこうでなければならない」という信念を持っていること」となる
(これをさらに酷くするには、それぞれを論証することなく正当化すればよい)。
667 :
虚構世界内存在 ◆vWilh8Qklc :2007/04/29(日) 11:40:26
我々オタクのひとなんかは、桜庭和志の小説をどう評価しているのかな。
ラノベをほとんど読まない俺ですが、
『砂糖菓子の弾丸は〜』は面白く呼んだんですけど。
スベリに弱い、という評価じゃないだろうか?
大先生・大塚英志は、物語論でいえば。構造主義なんですかねえ。
いまどき、悲しい熱帯(?)なんて、だれも読みませんよ。
あずまんとかは、ポスト構造主義だから、それで乗り越えたつもりなんでしょう。
マンガ原作って憧れる。手を動かさずに、何十億・・・ほしい・・・
>668
全然読んでないけど、東は喜びそうだね。東理論を忠実に実践してる三流小説家
という感じ。萌え要素を巧みに配した3流小説にしかみえん。
あんなので「文学」だとか言うのであればそれはそれでいいわけでね。別に清涼院
や舞城を排除してるわけじゃない。排除してるのは、ギートステイト型未来像と、
「情報管理社会」だから。東批評が背後に持ってる世界観が、ソレであってね。
「砂糖菓子うんぬん」なんかまさに機械的に作れるからね。それを認めると、サイバーパンク
型管理社会に一直線だから。「ALL You−」なんかまさにそうで、機械人間
とか「ゲーム」とかね、そういう未来像だから。人殺しとか退廃とか、それこそ
「家出少女」とかね。サブカルっぽい感じ。
「家出少女の生き残り」なんて、まさにパンクっぽい未来型暴力小説でね。
未来は暴力的で、「生き残り」が課題になると思ってる点が、いかにもディック
というかバラードというか、サブカルで「バトルロワイヤル」でね。
ブレラン型の未来観というか。
アニメってのは、そういうのを否定した筈でね。
ね。ね。でね。筈でね。
面倒なので、ワレオタはなつかしのmidoのところにでも行って
議論してくれないか?
>677
呼ばれたから書いたのだよ。要はハードロック・ヘビーメタル・パンクのような
考えはとらんということ。伊藤剛とは違うし、中原昌也とも違う。
君らはそういうのが良いのであればそれでいいんだよ。
ただ、その責任は、バトロワのような近未来暴力社会になったときの責任をとれと
いうこと。その辺わかってるの?「家出」や生き残りや、あるいは人殺しゲーム
からの「脱出」なんて出来ません。マトリックスのようなコンピュータからは「脱出」
出来ない。絶望的な未来しかこない。「ブレラン」型都市では、人類は生きていけない。
「時計仕掛けのオレンジ」で主人公アレックスは「時計仕掛け」にされるが、
最後は「自由」を回復する。しかし、それは「おはなし」だからそうなんで、
正しくは情報管理社会に自由はなく、アレックスは廃人のままなんだよ。
お話にならないから、最後にオチがついてるけど、ホントは「時計仕掛け」の
ままなんだから。「家出少女」は生き残れないでしょうし。これも「お話し」
だから、最後は生還するだろうけど、ウソだよ。
で、ワレオタは大学時代の専攻は何?
681 :
考える名無しさん:2007/04/29(日) 18:11:09
LSD、Lがリテラチュア(文学)でDがダイアローグ(対論)だとして、Sとはいったい何なのか・・・
682 :
考える名無しさん:2007/04/29(日) 18:13:36
インフォメーション(情報)ならIの筈だが。LSDとシャレるために矛盾を
犯したのか。
たまひよ学者なんだから
SioneのSに決まってるじゃないか。
>>679 違うよ。アレックスは「時計じかけ」にされてないよ。全然違うよ。
あれは「おはなし」だ。あなたは現実と虚構を混同しているのだ。
実を言うと、マトリックスもブレランもおはなしなんだよ。画面のなかにしかない。
ちょっと回りを一瞥してよ。窓を開けてさ。そこに現実があるよ。窓の内側だってそうさ。
「絶望的な未来」もあなたの妄想だ。それは「おはなし」でしかない。
現実と虚構を混同して、虚構を仮想的にしたてて批判して勝ち誇るのは滑稽だよ。
それこそ虚構と呼ぶべきで、ビューティフルドリームのなかでの戯言だよ。
ネットカフェ難民も問題だが、終わりなき日常、夢のなかの難民は大問題だ。
未来の話もいいけれど、たとえば
>>643の記事を観るかぎり、オタクは現実レベルでもう絶望的じゃないか
だからオタクにとっての希望的な未来はオペラントによるしかないんじゃない?
まああくまで比喩だけれど、レバーをひくとエロゲーなりギャルゲーなりが出てくるシステム
このシステムをいかに合理的に構築するか、じゃないかな
すなわち、レバーをひいてもエサが出てこないとき、諦めさせずに、さらにレバーをひかせること
報酬の確率を変動させるだけじゃ、たぶん巧くいかないだろうな
んー・・・。オタク世代は一世代だけで滅ぶ、のかもしれんね。
ニコニコ動画なんかで、二次元画像に「俺の嫁です」って字幕付けたり、
みんな嬉しそうにはしゃいでるけどさ。
それが「あえて」であれ「ベタ」であれ、非婚化も少子化もそれこそ
止めようもなく、いまここで進行している現実だよな。
東の情報自由論はワレさんが誤解しているような代物ではないけど、
動物が環境管理で馴化されていることはもっと強調していいと思う。
>たまひよ学者なんだから
>SioneのSに決まってるじゃないか
Sはいつ出るの?L漸く1巻終えたところだけど
>>680 > で、ワレオタは大学時代の専攻は何?
ワレオタってちょっとでもレスがあったら顔を真っ赤にして長文レスを書くくせに、
都合の悪い質問になると絶対スルーするんだよね。
なんでこのスレに常駐しているんだ?
689 :
考える名無しさん:2007/04/30(月) 00:19:55
>>687 Sはソサエティ(社会)のSなんだそうな。7月にS,8月にDが出るらしい。
>>688 君みたいに相手する奴がいるからだと思うよ
オタク以外のみなさんは、なんであずまんなんか読んでるの?
ワレオタさんは文学部だよ。
たしか自己紹介してたよ、文学体質だって。そんな体質があればだが。
オタクが自己紹介しないわけないじゃないか。
非常に論理的な文章をお書きになる。実証的。科学といってもかまわない。
そこからなんとなくわかると思うが、文学を見限って行動主義心理学の徒になったんだ。
そのように自己紹介していたと記憶する。
693 :
考える名無しさん:2007/04/30(月) 06:18:01
おたくじゃなくても読むんじゃない?
少し前にバイト先のスター○ックスで一般女子が
「データベースってゆーのはアーカイブをラベリング〜」
とか話してるのが聞こえた。
美人だったのでおたくではないと信じている。
694 :
考える名無しさん:2007/04/30(月) 10:56:14
ワレオタの愛読書である太宰は「ポオズ」を意識していたけどさ、
そこにはアイロニーの感情があったよ。オタクにはない距離間がね。
キリスト的自己犠牲も含めたナルシズムだけではなく、
自分もポーズをとってしまうということに対する嫌悪があった。
ポーズってのは、要するに「キャラとしての私」のことだよね。
ワレオタのひとだって、東スレでひたすら自己紹介的な書き込みをするときの「キャラ」と、
日常生活での「キャラ」は違うよね。さすがに。そこに同一性はないんだ。
ようするに分裂的というわけ。
そしてそれはオタク特有なことではない。ただしオタクはアイロニーを持たないようだがね。
ワレオタが論理的で実証的ってw
構ってるやつも、ちょっとw 転移したかww
論理実証主義って、
頭はいいけど馬鹿な哲学者の集まりだったから、
そう間違ってもいない評価じゃね?
それをワレさんが告白(自己紹介?)したときにはツッコミくらってたね
同じ学問を研究している住人から
その学問それ自体の印象が悪くなるからと(そこまで影響力ないと思うよ)
ワレが心理学の徒とかも、あり得んだろ。
学術語の使い方からして、滅茶苦茶だったしな。
たぶん治療対象だった経験からだろう。
(哲板には多い。上でロジャース派うんぬん言ってる奴もそれ)。
ちなみにSF・モダンミステリ関係の知識も無茶苦茶。
俺も2,3度訂正したけどな。
699 :
考える名無しさん:2007/04/30(月) 16:21:13
注目の評論 田中和生(文芸評論家・法政大講師) ーーー読売新聞4月30日朝刊文化面
2000年代に入って流行らなくなった、ポストモダン派の批評が目立った。
乱暴なまとめ方だが、日本で1980年代に一般化したポストモダン批評の技術は、「文章の書き方から書き手の下心を読んでしまう」ということに尽きる。
だからポストモダン派の批評家は、だいたい自分の下心を読まれないように晦渋な書き方を選ぶ。
それは複雑になりすぎて流行らなくなったが、技術自体が要らなくなったわけではない。
蓮實重彦『「赤」の誘惑 フィクション論序説』(新潮社)は、〜
ポストモダン派の若い世代による東浩紀『ゲーム的リアリズムの誕生』(講談社現代新書)は、代わりにオタク文化を分析して柄谷行人『日本近代文学の起源』の影響の乗り越えをねらう。
平易な書き方で読みやすいが、代わりにオタクの自分を思想化したいという意図も透けて見える。
wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
700 :
考える名無しさん:2007/04/30(月) 16:24:16
美人は聡明というか耽美してるというか頭いい人だという場合がままある。
顔の良さは頭の良さと相関してるよ、やはり。
池田晶子さんのやうにね
「やうに」で何かを示す手法はきわめて80年代的
谷崎と太宰を愛読し、文学体質で、オタクの代表を自称する主体が、
忠臣蔵の切腹の「おはなし」に泣くという錯覚にとらわれながらも、
>>679のやうに、奇妙に現実主義的に振る舞う。
ここにどんな一貫した論理があるんだろうな。。。
こんにちは。本人です。
書き込もうかどうか、かなり迷ったのですが、なんでここでぼくの名前が出
ているのか判らないまま放置するのも落ち着かないので、ワレオタ氏にいく
つか質問してみようと思います。お手数ですが、返答方よろしくお願いしま
す>ワレオタさん。
>>678 に関してです。
(1) そもそも「ハードロック・ヘビーメタル・パンクのような考え」というの
は「未来は暴力的で、「生き残り」が課題になると思ってる」こととほぼ
同義に使われているという解釈でよろしいのでしょうか。
(2) であれば、なぜそこで伊藤の名が中原昌也氏と並置されて持ち出されて
いるのでしょうか。
なお、参考までに申し添えておきますが、伊藤は「ハードロック、ヘヴ
ィメタル、パンク」といったジャンルの音楽をほとんど聴きません。よ
く「伊藤の洋楽趣味は幅が狭い」と批判的に言われるように、例示され
たジャンルのものは教養として定番のものを押さえている程度にすぎま
せん。また、これらのジャンルの音楽について、特に言及したこともあ
りません。
(3) 「バトロワのような近未来暴力社会になったときの責任をとれ」と仰ら
れていますが、これは伊藤にも向けられている論難と解釈してもよろし
いのでしょうか。もしそうであれば、伊藤は「バトロワのような暴力社
会」を礼賛するか、控えめにいっても、そうした社会を歓迎する考えの
持ち主ということになります。
何を材料に、そうご判断されましたか。できるだけ具体的にお願いしま
す。可能であれば、伊藤の過去の発言・文章などを出典明記で引用して
いただけると助かります。
では、失礼いたしました>ALL
705 :
考える名無しさん:2007/04/30(月) 17:53:35
80年代が旬だね
偏見まみれの嫌悪感抱いているけど
やう兄ちゃんのバカ!
707 :
考える名無しさん:2007/04/30(月) 18:09:04
ヤウ、中国の方にありそうな姓だな…
なんだこりゃ。
ワレ公にはハードロック≒ヘビメタ≒パンク≒過激・暴力・反体制……、
くらいの考しかないぞ。
東本人はともかく、伊藤までスレ読んでるとはねえ。しょうがねえなぁ。
伊藤 who?
本人なわきゃーない
まさか本人がこんなバカなことをね。。。
バカだけに(ry
このままワレオタを上手いことスレ外に誘導したら伊藤は神
714 :
考える名無しさん:2007/04/30(月) 19:56:31
バカ、それをいっちゃだめでしょ
>監督において、まだ、その域に達していないと弊社は判断し、
だってさ。
ワレオタ誘導できたら、この先このスレでは伊藤(神)と呼ぶことにしよう。
ワレオタは絶対ビビリ入ってるよなw
>>717 まともな読解力がないからおそらくビビっていないw
その頓珍漢な持論に、
いままで何度となくツッコミがはいったけど、
ちゃんとした返答を返した試しがない。
719 :
考える名無しさん:2007/04/30(月) 21:37:06
いっそのこと伊藤剛スレになって欲しいage
テヅカイズよりポモ2の方が売れているけど、
テヅカイズの方がいい本なのは事実でしょw
本人がそう言うのだからいい本なのだろう
ツヨシって読んだ
724 :
考える名無しさん:2007/05/01(火) 00:03:00
伊藤氏の出現もまた、ワレオタさんの望んだことだから・・・
>>704 伊藤剛さんを批判したのではないんですが本人に出会えて単純に喜んでます(笑。
ホントは東さんとも仲良くやりたいんですが、「動物」扱いでは、反論せざるを
得ませんでした。それは、東(及びその支持者、さらに朝日新聞社、「論座」、教育評論家
の尾木直樹、フェミニズムで売春万歳!の上野千鶴子、宮台、中森明夫などのspa!勢力、
その他もろもろを含みます)の側に責任があります。
他人を「ロリコン犯罪者」、「動物」、あるいは「ダメな男」でもなんでもいいですが、
そのように評論する人たちと間に友好関係を築くことは、出来ませんでした。
それは、僕の心が歪んでるせいではありますまい。他人に文句をつける前に、例えば
上野千鶴子は「ダメな男」批判の前に、フェミ運動の帰結、「強い女」「女の時代」
の結末の、売春とエイズの横行の、責任を取るべきです。
そのような、「フリーセックス」とか麻薬とか、そういう考えにコミットした
場合、未来はあるのでしょうか?いわゆるサブカルチャーがそこにシンクロし、
宮台のように、この国を「液状化」させ、はてに待つのが「監視カメラ」社会じゃ
ないですか?過剰な自由は、過剰な管理を生みます。
伊藤剛さんの名前は、サブカル(ポストパンク?ザ・スミス?)にコミットしておられる
らしいので、「例示」として出しました、が批判対象は幅広いですから。
うわ、ワレオタ、単純になに言ってるかわかんねー。
(1)(2)(3)完全無視でワロタ
ワレオタにコテつけさせただけでも伊藤は賞賛に値するw
ワレオタがこれで終わりなわけないだろ
まだ文の途中なのにレスつけんな
東という人には、ごく初期の段階で、そのようなことをやれば「つぶし合い」に
なるから、バカな批評はよしなさい、とオタク側から何度も呼びかけが入ってます。
「対立」したり、罵りあったりする運動ではなく、ゲームやアニメを「楽しむ」運動
ですから。しかし、「楽しん」でますと、「動物」とか言われるし、2chでは名誉毀損
的書き込みが横行し、大新聞では「ゲーム脳」扱いされ、TVまで未検証で垂れ流す
始末です。
にもかかわらず、東はやり続けたわけですから、それは仕様がありません。
本来「楽しむ」運動を邪魔したのは誰でしょう?そんなことをして、タダですむでしょうか?
732 :
考える名無しさん:2007/05/01(火) 00:55:36
>>726,727,728
あなた方は何を期待してるんですか?伊藤さんに会えて嬉しいが、なんか怒ってる
らしいから、こちらの基本的な立場を説明しただけだよ。
伊藤も東も決して「敵」ではないこと、それをまず確認したいだけだ。
オタクというのは、所詮趣味の集団で、東の意図がハッキリしさえすれば、別に
「敵対」しません。
逆に世間の過剰反応に驚きました。オタクは「怪物」じゃないし、「アニメ内記号存在」
でもなく、宇宙人でもないですから。
昔「グレムリン」というホラー映画がありましたが、あれ「日本人」のメタファーでして、
小さくて大増殖する「化け物」に当時の日本人が見えたのです、アメリカ人にとっては。
未知のものに人は「怪物」イメージを抱くものです。
オタク現象になんらかの「未知の」ものがあるということは賛成ですが、東批評は
そこを見落としたというか、捉え損ねたように見えます。
>なんか怒ってるらしいから
こういうの見ると、オタクって終わってると思うんだよねぇ
生身の人間に対する想像力が欠如してるというか、
他人の存在が常に自分に都合の良い姿でしか目に入らないというか
「コトの発端」は、こんな騒ぎになったのは、オタク現象になんらかの「未知のもの」
があったからで、「未知のもの」への恐怖を「ホラー」と言います。
東批評も世間のバッシングも、その「未知」への恐怖(ホラー)がさせたもので、
問題は怖がりすぎです。せっかく未知のものに出会ったわけですから、それを大事にして
共に研究して行こう、という姿勢があれば、大混乱は避けられたと思います。
オタク自身も、自分自身の奇妙さに戸惑ったりし、「自分」を探る中で(それこそ
自らの夢を分析するなどして、「パプリカ」や「エヴァ」のように)アニメ
とは、オタクとはを検討してきました。
IQ150の男が、デリダの最先端の思想を駆使しても、わからない、
そういう現象がある、ということがまず大事です。
現在でも、100パーセントは僕にもわからんわけですから、東のように
世間のように、「断定」は出来ない。しても、大半が的外れです。
(1)(2)(3)はスルーしたままかw
「オタク」全般のことにしてるけど、
実際は「ワレオタ本人」がどう思ったかしか語られてないからねえ。
>>733 よく言うわ。いつも敵視してるじゃないか・・・(笑)
>オタクというのは、所詮趣味の集団で、東の意図がハッキリしさえすれば、別に
>「敵対」しません。
>逆に世間の過剰反応に驚きました。
「逆に(なぜ逆なのか意味不明)世間の過剰反応」というほど、
「世間」は反応などしてないんじゃないかなあ。「こんな騒ぎ」というほど騒いでいたかしら?
いささか挑発的に「動物」のタームが使われたことで、その指示対象としての「オタク」が、
過剰に反応したのは見受けられたけれど。でもほんの僅かだよ。ほんのね。
そこまで世間に影響力ないよ(笑)、あずまん。
739 :
考える名無しさん:2007/05/01(火) 02:07:01
なんだか無茶な自説(ワレオタ理論)を開陳しているようですが。
>「未知のもの」への恐怖を「ホラー」と言います。
これじゃ同語反復だよ。「ホラー」は「恐怖」のこと。ホラー映画は恐怖映画のことですよ。
>昔「グレムリン」というホラー映画がありましたが、あれ「日本人」のメタファーでして
でして、と断言しているけれど、日本人のメタファーなのかな。
たしかに日本人のメタファーとして捉えられたけれど、出典あったら教えて欲しいです。
>>735 世間、世間て。ワレオタさんもそんな俗世間にいると思うよ。
なぜいつもそんなに高みから自分だけを特別な存在として語るのか理解できないな。
ワレオタさんも世間に属していて、「オタク自身」が主語ではない、ひとりの個人、
「オタクの僕」であり、また2chネラであること認識することが、まず大事じゃないかな。
>>738,739
伊藤さんにこちらの大体の立場を伝えるのが目的で、もう勘弁してくれません
か(笑。
「世間の過剰反応」とは宮崎事件・オウム事件・少年A事件などにからんで
出てきたものです。多重人格者、宗教テロ、サディストなどにオタクが
見えましたかね。
ホラーは「テラー」(テロル、テロリズムなど)に対立させて使ってます。
既知のもの(戦争、暴力、ヤクザなど)への恐怖を「テラー」。未知のもの
(例えば妖怪、幽霊、悪魔・・など)への恐怖を「ホラー」と言います。
「ホラー」映画とは、そういう意味での「恐怖」を描く映画ジャンルです。
ワレオタって誰だよ?自己紹介汁!
【ワレワレオタクを】東浩紀スレッド75【動物と呼ばないで】
あるいは単に
【動物と】東浩紀スレッド75【呼ばないで】
>>昔「グレムリン」というホラー映画がありましたが、あれ「日本人」のメタファーでして
>でして、と断言しているけれど、日本人のメタファーなのかな。
>たしかに日本人のメタファーとして捉えられたけれど、出典あったら教えて欲しいです。
むかーしの映画評にそんな話が載っていたなー。本当にそんな含意があったかどうはしらないけど。
都市伝説じゃない?
ワレオタは伊藤さんとあずまんにあやまれ!
747 :
考える名無しさん:2007/05/01(火) 09:12:04
クリリンのことか
>>727,736
なんていうか、唖然とするね。わざとやってるのかな?
伊藤剛氏が、番号つけてあんなに分かりやすく質問しているのに、
なぜ自己紹介をはじめるw 正気じゃないよ。
あといつもそうだけどオタクを代表して語らないでください。
以下のように校正しておきます。
(自らの夢を分析しているのはワレオタさんですよ。そんな告白をしているのも。)
>ぼく自身も、自分自身の奇妙さに戸惑ったりし、「自分」を探る中で(それこそ
>自らの夢を分析するなどして、「パプリカ」や「エヴァ」のように)アニメ
>とは、ぼくとはを検討してきました。
ワレオタさんは、まあ、アンヴィバレンツだなあ。でも気持はわかるよ。気持はわるいが。
東さんに、世間に、ぼくを承認して欲しい。オタクは特別じゃないんだよ。
でも特殊性も確保しておきたいから、承認して欲しくない。
怖がらないで。でも怖がってほしい。このくりかえしだ。アポリアだね。
実際は、誰も怖がっていないし、誰も怖がられてもいない。
誰もが怖がっている。怖がらないで。怖がられていることにしよう。
ワレオタさんの戦略は、
『承認を求めつづけることが、逆説的にも自己を承認すること』、ですよね?
カフカ的主人公のように彷徨い続けるのではなくて、それ自体を承認とすること。
それがあの迷宮の出口となりうる、内在的な脱出というわけだ。わかるよ。
でもその承認された私を承認してるのは、結局のところ私にすぎないのではないかな。
そのことを象徴的するのは、
ワレオタさんがワレワレであることを承認しているのはワレオタさんだけという事実だね。
そこは、だから迷宮の出口じゃないと思う。いやでも外在的に世界はあるのだから。
いまだ閉塞したままになる。むしろ自ら閉塞させているようにすら見える。
眼前にある門の戸は、ずっと開け放たれているというのに。
逆に、門からこっちへ入ってこようとするひともいるのに。
けどワレオタさんはこっちへ来るなと言う。こっちへ来て欲しい。怖がるな。怖がれ。
これじゃ終らないよ。でも終らないかぎり私も終わらない。
オタクは特殊じゃないよ。特殊だ。ワレオタだ。
750 :
考える名無しさん:2007/05/01(火) 14:01:18
>オタクは特殊じゃないよ。特殊だ。ワレオタだ。
???
>>749 まぁそういう矛盾を抱え込んで狂うことを疾病利得って言うんですけどね。
うまく狂ってなんぼですw
753 :
考える名無しさん:2007/05/01(火) 19:43:47
むしろWikipediaかはてダキーワードにワレオタの項を作ってそれを外部リンクにしてくれ
このスレの実平均年齢が低いんだろうけど、
あずまんより一回り以上前の世代の奴らは、皆サヨクで、皆ワレワレ(は新宿を解放するぞ!)
とかが口癖だったんだよ。知らんけど。
ワレオタ氏が、ワレワレオタクは、と自称するのは、君たちの言う「アイロニー」半分なんだろよ。
今も「私たちは」を連発する人多いけどね。
伊藤のおかげでワレオタにコテがついたのはいいが、
>>671 でワレオタが桜庭と桜坂を明らかに混同しているのに
誰もつっこまないのはなぜだ?
実は誰も読んでないのか?
>>671 大塚は構造主義者なの?
「現在はポストモダンなどではない」とは言っているけれど。
>>749 大体伝わりましたかね。結局、「オタクで騒ぐこと」は互いに迷惑なわけで、
冷静になってもらいたいのは世間の方です。
もう1点、東先生は僕なんかよりもっとレベルの高い人と議論すべきです。ゲーデル
問題(自然言語を形式言語で語ろうとすると「残余」が出るが、その残余を超越化
せず、神秘化せず、その残余をも形式的に語りたい、)に関心があるなら、MITに
チョムスキーがいるから、IQ150の男はそういう人と議論すべきです。
チョムスキーは40年以上前から自然言語の形式的モデル化に取り組み、「残余」が出ては
困ってる人で、数理言語学の第一人者です。彼なら、東先生にもっとまともに答えられる
かもしれないし、それで答えが出なきゃ、今の学問のレベルはそんなもんだ、と
思うしかありません。デリダの問題はデリダに、あるいはド・マンやジジェクなど
に聞くべきですし、本来オタクが答えることではないし、「頭のいい人がほしい」
のであれば、いくらでもいます。
他にも、日本なら甘利俊一氏などが、脳の数学的研究の第一人者です。この人なら
「記号論理と脳」の問題で、何か言ってくれるかもしれない。回路の理論や場の理論
、情報幾何などを取り入れた議論は、他の追随を許しません。
言葉でもあり絵でもある「萌え要素」、それが従来の「記号」を乗り越え、「差延する
言葉」への道を開くのか?デリダを導入すれば、従来の記号論理学の「外部」へ
出れるのか?これらの問題を、なぜ僕に聞くのでしょう?問われれば、無い知恵を使って
答えますが、東先生はもっと頭のいい人が欲しいんじゃないですか?
チョムスキーの政治的意見は過剰なリバタリアニズムですが、グーグルに通ずる
ものがあります。これは、形式言語による「理性」が、技術的合理主義を経て
自由至上主義に行ってるわけです。
なんにしても、これ以上僕の議論に責任持てませんし、おかしな話です。
もっと「天才」的な人は日本にも世界にもいますから。文脈さえ話せば、相手に
通ずるので、なぜこんな不便な(笑)場所で、僕程度と議論するのでしょう。
日本にも「大学者」はたくさんいる(心理にも工学にも)し、その人たちで答えが出ない
ならそういうものだとしか。東先生を悩ませてるのは、「オタク」問題ではなく、
ゲーデル問題やデリダ問題なんじゃないですか?
760 :
考える名無しさん:2007/05/02(水) 03:23:10
イミフwwwうはwwwおkwww
>760
もっと頭のいい人と議論すべきだ、と言ってるだけだよ。ゲーデルやチューリング、
脳と記号論理、自然言語と記号言語、これらの専門家となぜ「対談」しない
のです?わけのわからん文芸評論家(仲俣)や、筒井康隆では答えられないし、
そもそも「役目」じゃないですよ。
桜坂では、全然ダメです。対談の意味が全然ありません。
762 :
考える名無しさん:2007/05/02(水) 03:50:58
>>761のフォロー?がないと読まないで完全にスルーしてた
東がワレさんになにか聞いた、というのは何の話?
単に幻聴幻覚か。
ワレオタさんが誰何だかイマイチわからないんだけど、
あずまんがオタク文化を分析するのは、自身がオタクに欲望している
からでしょ。「オタクの欲望」を欲望しているわけだ。
だから、デリダにもチョムスキーにも興味なんてないでしょ、そもそも。
道具や手段としては使うけれども、分析や興味の対象じゃない。
んで、ワレオタさんが「オタクに聞かないでくれ」と思うのは、
ワレオタさんが欲望する「あずまんの欲望」でしょ。
でも、それはあずまんの欲望じゃなくて、ワレオタさんが欲望したい
「あずまんの欲望」だよ。
あずまんが欲望しているのはあくまであずまんが想定する「オタクの欲望」
なので、そこを混同するとごちゃごちゃになると思う。
んで、ご本人がご指名で礼を尽くして聞いてきているんだから、
>>704に
答えたらいかがでしょうか?
>763
答えるべきなのはアニメーターや漫画家やそのシンパじゃなくて、「そういう人
たち」がいるんですよ。僕自身はたまたまオタクで心理や言語方面に多少は
通じてるが、それは「オタクとして」ではなくて、例えば「プログラマとして」
答えたりとかしてるに過ぎない。
「ゲーデルをデリダで乗り越える」という問題は、極めてアカデミックかつ専門的
であり、生半可な議論が出来るものではなく、僕程度では手に余る。
2chで議論するものでもない。例えば甘利氏はゲーデル・チューリング・
ニューラルネットの権威だよ。東の問題意識に答えてくれるのでは?
>>764 >デリダにもチョムスキーにも興味なんてないでしょ
あのな、だったらデリダとゲーデルで一冊も本書くなよ(笑。4年間も
連載したんでしょ?
ってゆうか、マジでオタク総体と自我の区別が消失してるんじゃないかな。
通院歴や常用してる薬があるかどうか、知りたい。
書き込む時間帯から考えて、有職者とも思えないし。
こんばんわ。いやおはようございますかな?ワレオタさん。
あなたの書いているものは、いつも興味深く読んでいました。
>758
>これらの問題を、なぜ僕に聞くのでしょう?
具体的にどのようなことを聞かれたのでしょうか。詳しくそのときの状況や、
東さんが聞いてきた内容を教えてください。
769 :
764:2007/05/02(水) 05:09:37
>>766 あずまんが講演会で、冗談めかしてだけれども、「存在論的、郵便的」については
自分の実力を認めさせるため、と言っていた。
もちろん、広範な文献を読み解くだけの気力は、単に力を見せつけるだけ、というもの
ではないと思うけれど、デリダやゲーデル問題を、哲オタが大喜びで議論するレベルには
ないと思うよ。
彼が分析したいのは、現代日本だし、表象文化としてのオタク文化であったり、広告都市東京
であったり、セキュリティ問題や情報社会であったりするわけで、その基礎は当然これまでの
社会科学系、現代思想系の言葉で分析されているけれど、彼がしたいのはそういった「学術」
的なものではなく、現代社会そのものなんだと思うよ。
770 :
764:2007/05/02(水) 05:20:17
>>765 >>「ゲーデルをデリダで乗り越える」という問題は、極めてアカデミックかつ専門的
>>であり、生半可な議論が出来るものではなく、僕程度では手に余る。
それは現在のあずまんの興味関心ではないでしょう。
彼はポストモダンに生きる現代日本および近隣諸国の表象文化の分析が今一番
興味があるんだから。
講演会に出ればわかるけれど、いつも言っているよ。
「大塚センセや宮台センセに『きみたちはなにをしたいのか?』と問われるけれど、
学術的な分野では、議論の精緻化しかない」と。
つまり、興味がないんだよ、そもそも。
批評空間が立ち上がるころの熱気に当てられて、IQ150の男は現代思想を
学んだんだけれども、一人の研究者としては、興味関心は学術的な議論の
精緻化などにはないのだと思うよ。
オタクのみなさんは、あくまでオタクの感覚として、彼の議論を受け止めればいいのでは?
あずまんは、オタクとゲーデル問題やデリダ的脱構築を道具としてはこれからも使って
行くだろうけれど、それはあくまで道具なのだよ。
「アカデミック」などというハードルが、もしオタク文化やサブカルチャーを分析する際に
ハードルになるのだったら、出来るなら道具として使いたいけれど、どうしてもだめなら
そういう言葉を使わないで分析をするだろうね。現に、「動ポモ2」では極力そうしている。
オタクは、ファッションとして現代思想を気取るのはありだけど、わからなければあずまんに
わからんと言っていいんじゃないかな。あずまんは、現代思想の言葉が彼にとって使いやすいから
使っているだけで、聞きたかったり知りたいのは表象文化としてのオタク文化なんだから、そこを
間違えたりはしないと思うよ。
頼むからワレオタを一般化して「オタクのみなさん」とか言わないでくれw
772 :
ワレオタ本人:2007/05/02(水) 05:35:33
>つまり、興味がないんだよ、そもそも
ただただ驚いてます。彼(東)の関心はゲーデル的脱構築をどう乗り越えるか
で、オタクは「事のついで」に論じたんじゃなかったの?ゲーデル問題自体は
形式的だから、どのジャンル(数学だろうと、文化人類学だろうと形式的体系なら
どこでも)全て発見できるからオタクジャンルでも発見できるし、オタク外でも発見できる。
ただ、もしオタクが意味を持つとすると、ゲーデル的(コンピュータ的)記号に対して、
デリダ的記号(絵と言葉の中間にあるような)として、アニメの「萌え要素」がある
と、そうつながるんじゃないの?
この種の、「形式言語を詩的言語で乗り越える」試みは、もう専門家のしかも「天才」
レベルでないとコメント不可能で、チョムスキーとの対談が良いよ。
>もう1点、東先生は僕なんかよりもっとレベルの高い人と議論すべきです。
>なぜこんな不便な(笑)場所で、僕程度と議論するのでしょう。
これ、ワレオタにとって「オタク=ワレ」であるように、
ここでワレオタを相手にしているワレワレは、
「東浩紀=カレ」と認識されているんじゃないか。
議論を吹っ掛けてきたのはワレの方だが、
ワレにとっては、東の公的な言動すら個人的なメッセージに感じているんだろう、
なにせ「ワレ=オタ」だからな。
「オタクに聞かないでくれ」はダブルミーニングだな。。
本体は「オタク=ワレに聞いてくれ」と見た。
774 :
ワレオタ本人:2007/05/02(水) 06:14:17
>773
文字通り読んでください。こんなとこでの議論なんて埒が明かない。
チョムスキーは「形式的に語りえない自然言語を形式的に語る」試み
で、そういう人でないと判断できません。東はIQ150の人と議論
すべきです。そうでないと、無意味です。当たり前でしょう?
文字通り読んでるだろw
「東さんは僕程度とこんなところで議論すべきではない」。
でもそれ(「東と議論している」)は現実じゃないんだよ。
無意味だと思うなら、ここから立ち去るべきだ。
あなたのためになるものはここにはなにもない。
東はワレ=オタを救わない。
(救ったり救わなかったりするものではない。)
ここにとどまり続ける限り、
あなたが発するメッセージは
「ワレに聞いてくれ」「ワレを相手にしてくれ」
としか解されないよ。
ワレオタは、リアルにアレな、人だった・・・
>東はIQ150の人と議論すべきです
(;´Д`)また排除…。
よく自分で仰る、オタクは排除されてきたという意見には共感を持てるけど、
あんた自分でやっちゃあかんよ…。
もっともここで「オタク」は「マイノリティ」に代替可能だし、
マイノリティはマイノリティを差別する傾向にあるみたいだが。
これを推進めると最終的には自分たち=我々だけになる。
ときには自己対話は必要だが……。
778 :
考える名無しさん:2007/05/02(水) 07:06:39
伊藤さんからレスもらえなくなったなワレオタwwww
むしろレス付けたら伊藤はバカ
>>756 >
>>671 でワレオタが桜庭と桜坂を明らかに混同しているのに
>誰もつっこまないのはなぜだ?
>実は誰も読んでないのか?
ワラタ
混同してるひと多数いると思うw
>東先生は僕なんかよりもっとレベルの高い人と議論すべきです
( ゚Д゚) 彼は何をいってるのだ? 夢の話か。
ポエムになってきた。
>東先生は僕なんかよりもっとレベルの高い人と議論すべきです。
>デリダの問題はデリダに、あるいはド・マンやジジェクなどに聞くべきです。
>桜坂では、全然ダメです。
>なぜこんな不便な(笑)場所で、僕程度と議論するのでしょう。
>極めてアカデミックかつ専門的であり、生半可な議論が出来るものではなく、僕程度では手に余る。
>これらの問題を、なぜ僕に聞くのでしょう?
783 :
考える名無しさん:2007/05/02(水) 07:47:40
「無い知恵を使って答えますが」、とか、「僕程度」、とか、
なんでオタクのみなさんはこんなに卑下的なんだろう?
もっと自分に自信を持てばいいのに。
784 :
ワレオタ本人:2007/05/02(水) 07:55:44
>783
何を言ってるんですか?専門的知識とIQの話ですよ?このスレに生成文法
や人工知能に詳しく、IQ150の人間がいるんですか?無駄ですよこのスレ
全体が。
即座に議論(のフリ)はやめて、専門家とやるべきだ、と言ってるだけですよ?
どこがおかしいですか??
785 :
ワレオタ本人:2007/05/02(水) 07:57:40
>無意味だと思うなら、ここから立ち去るべきだ。
勿論そうですよ。だから東も専門家と議論してください。僕自身はもう
言うべき内容はないんでね。東自身はこれからどうしますか?
786 :
考える名無しさん:2007/05/02(水) 08:01:17
コンピュータの知識や記号論理学の知識がないと、意味無いんですよ、
「存在論的」の議論は。
「認知科学会」で堂々やったらどうですか?
787 :
考える名無しさん:2007/05/02(水) 08:03:20
今度の認知科学会で、東先生の講演が聞けるのを楽しみにしてますよ。
他にも基礎心理学会とか、ソフトウエア科学会とかいろいろあるので、
そこで会いましょう。
あずまんがいつワレオタと議論したんだ?
789 :
sage:2007/05/02(水) 08:50:18
妄想入ってるね。つか、工学の人か。
言語系の開発者かな。
790 :
764:2007/05/02(水) 09:02:07
>>772 >>彼(東)の関心はゲーデル的脱構築をどう乗り越えるか
>>で、オタクは「事のついで」に論じたんじゃなかったの?
こっちが驚いているよ。なんだその、結論先にありきの
フィールドワークみたいなのはw
「存在論的、郵便的」の枠組みがデリダの議論から発していたと
しても、そしてゲーデル的脱構築とデリダ的脱構築を対比させ
後者を発見・擁護していたとしても、そのことと、現在あずまんが
批評家として批評対象である「おたく」を「事のついで」に論じて
いるわけがなかろう。
ただ、勘違いしちゃいけないのは、それはあくまで「あずまんが『おたくって
こういう人たちのはず』と欲望している」オタク像に依っているということ。
自称オタクたちは別にあずまんの問いかけけを引き受ける必要はないよ。
分析される対象なんだからw
ワレオタさん?だっけ。あんたみたいなのが、古いニューアカ批評の枠組みへの
懐古主義から、あずまんを「存在論的、郵便的」のスタイルに押し込めようとしている。
あずまんはそれをすごく嫌がっていることになんで気付かないの?
791 :
764:2007/05/02(水) 09:13:29
ついでだから言っておくけれど、ここ何年かの講演会で
いつもあずまんが質問されるのが、「東センセは監視社会おk
見たいですけれどそれで良いんですか?批評は死んだって
言っているけれど、じゃなんで批評家なんてやってるんですか?
批評を通じてどういったことを社会的に訴えようとして居るんですか?」
で、それらすべてについて、あずまんは「わかりません」と答えている。
現状の監視社会への移行は色々問題があるけれど、避けようがない、
我々がその上で何をするかが問題だ、くらいのことは言っているけれど。
すくなくとも、あずまんは「監視社会万歳」という立場には立っていないよ。
この点は繰り返し出てきているけど、もうやめて欲しい。
大塚や宮台の立ち位置を「あえて」と言っているのも、具体的な行動については
正直わからないからだと思う。しかし、興味関心危惧などがないわけではなく、
だから情報社会論や倫理の問題について研究会を開いて考えてきたんじゃない。
その点で、自分の立ち位置を確かめながら、出来る限りの実践をしていると思う。
>>778,779
伊藤です。
ワレオタさんには、返答してくれたことにいちおう御礼を言っておこうとは
思ってましたが、出るタイミングを逸した感はあります。
予想外の展開ですが、この流れでぼくが言えることなんか、何もないっす。
まあ、IQ150てのは知らなかったので、出典が知りたいとかその程度かな。。。
どうだろ。ワレオタはニューアカ知らないぼい。
kagami、midoは監視社会賛成派だったけど、
なんでこの種の人はあずまんの主張を真逆に取るんだろうか。
不思議。
794 :
764:2007/05/02(水) 10:44:03
勘違いを更に指摘すると、「動物化するポストモダン」は、
「オタクは動物化する」とは言っておらず、「オタクは乖離する」と
言っている。この点注意ね。
ポストモダンという段階が、それ以上の発展がない世界=労働に
よる自然との闘争たる歴史が終わる世界である、と。
動物化することが可能なほど生産力が発展した世界である、とも言える。
オタクが動物だなんて言ってはいないよ。すくなくともあずまんは。
動物化する環境が存在する、といっているだけ。
動物化、と言う言葉に過敏に反応するのは自称オタクの勝手な思いこみだし、
そのイメージをいわゆる「ニート君」にしてしまうのもマスコミをはじめとして
勝手にやっていることで、あずまんはそういう意味では言っていない。
ニートは「ニート」として扱っている。
自由の問題とか、監視の問題なんかでは、そういう「労働しなくても食べていける」
「自然との闘争をしなくても生きていける」人間の層が生まれるという未曾有の自体に
どう対処するかを検討していると、おれは思う。
> じゃなんで批評家なんてやってるんですか?
これは一度選んだ生き方は変えられないということで良いの?
あずまんもワレオタさんとの議論で述べていたように、
「ワレオタさんは、現実と虚構を、知覚的には区別できるが、感情的には区別できない」(p.1984)
797 :
考える名無しさん:2007/05/02(水) 12:24:31
>今度の認知科学会で、東先生の講演が聞けるのを楽しみにしてますよ。
>
>他にも基礎心理学会とか、ソフトウエア科学会とかいろいろあるので、
>そこで会いましょう。
夢で会いましょう、か
本当にビューティフルドリーマーになってきたな・・・
うーん。残念な展開だな…。
せっかく伊藤氏が質問してくれたのに。
ワレオタさんも番号振って、論理的に答えれば済む話だったのに。
結局、妄想系キャラを過剰に演じて、
「おまえら東スレ住人はこういうのを「ワレオタ」に望んでいたんだろ?」
とメタゲームに持ち込んで逃げを打ってしまう。
これは東スレ住人が望んだことだから、僕の望みじゃないのだと。
ベタに受けとらせることでメタに立つ、というメタゲームのレトリック。
でもこうしたメタゲーム自体が、要請されたものだ。権力的にね。
サイバーパンクを含めてサイバネティクスSFを読んできたのなら、
理解していてもよさそうものだが。
そのことに鈍感だから、
>>793の言うように逆に回収してしまう。でも誰が回収させているのか。
799 :
考える名無しさん:2007/05/02(水) 13:13:50
伊東って案外馬鹿なんだな。
穿ちすぎじゃない? 普通にベタだよ、ワレっちは。
何か月も前からこんな調子。
>>799 「イチローって案外打つな」みたいな物言いは、失礼だぞ。
前々から演じてたのに、演じているふりをする。
これはジジェクがワレオタさんについて繰り返し指摘している。
自身をキャラとし、世界を(ポスト)メタフィクショナルに捉えているのは
たしかでしょうね。
『まとめの快楽』などの著作で知られるしろうとさんをはじめ、
いろんなキャラ立ちの仕方があるということ。
>>798 >>でも誰が回収させているのか。
なにそれ?イヤミ?
権力の外部はないとかイデオロギーの外部はないとかって文脈じゃないの?
今スレから参加の初心者です。
ワレオタってどんな人か良く分からなかったんですが、こんな痛い人だったとは…(>_<)
伊藤がせっかく箇条書きにしているのに……
彼も病持ちで痛いと言われるが、やはりプロなのだろう
ワレオタ「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ……」
808 :
考える名無しさん:2007/05/02(水) 23:09:18
>>805 そうなの?
いまだにレスがどれも把握できないままです
ワレさん来るまで一寝入りするよ。来たら起こしてくれ。
あずまん、すまん。
スレに最低限の理解を導入するために、「crypto-survival noteZ」のキーワード集を
コピペさせてくれ。
商業誌では不可能、とか言っておきながら単行本(LSDコレクション)に収録された
でしょ。
「自分で書いてみて思ったが、「情報自由論」や「メタリアル・フィクションの誕生」の
単行本化時には、このようなキーワード集を付けるべきなのかもしれない。単純な
誤解や無理解がずいぶん減るだろう。」
とあるが、とりあえず誤解と無理解を減らしたい。
申し訳ない。
■テーマ:
〈ポストモダンのリアリティとは何か〉
■1【ポストモダンの定義:底の抜けたメタゲーム】
ポストモダンな社会とは、複数の価値観の混在が進められた結果、メ
タゲーム(特定の価値観を、メタレベルの視線を導入することで脱臼
する振る舞い)が一般化した社会である。
★いわゆる「大きな物語」とは、メタゲームを停止させる装置だっ
たと考えられる。
★このように定義すれば、ギデンズ的な「再帰的近代」の議論(ポ
ストモダンに近代的原理の徹底を見る)とポストモダニズムの議論
(ポストモダンに近代的原理の崩壊を見る)は接合できるのではな
いか。
↓
■2【アイロニー】
そこでは、私的な物語=価値観(小さな物語)と、公的な社交性(大
きな物語)を切り離す振る舞いが一般化する。言い替えれば、アイロ
ニーが一般化する。
★リチャード・ローティの議論を参照のこと。
↓
■3【動物(的)】
同時に、そのような終わりなきアイロニー=メタゲームに疲弊した人
々が、快感原則の世界に逃げ込む傾向も一般化する(自由からの逃走
の新たなバージョン?)。それを「動物的」と呼ぶことにする。
★『動物化するポストモダン』の定義を補強。
★快感原則の世界=工学的世界?
↓
■4【解離】
このふたつの傾向が交差するところに、メタ=ネタの連発でしか自分
を守れない「人間的」でアイロニカルなコミュニケーションと、ベタ
な物語に「動物的」に感動してしまう素朴なメンタリティの解離的共
存が生まれる。
★したがって、若い世代の「動物化」にしか焦点を当てていないぷ
ちナショ論(香山リカ)は、一面的であるとともに、その傾向をイ
デオロギーと結びつけている点でミスリーディングである。
★コミュニタリアン的人間(コミュニティ依存)とリバタリアン的
動物(市場依存)は共存する。したがって、道徳主義的な相互監視
と経済効率重視のネオリベ的感性には共犯関係がある。
★「情報自由論」単行本化時の裏テーマ。
★北田暁大の2ちゃんねる論も参照のこと。
↓
■5【リアリティの失墜】
ポストモダンな社会では、リアリティの感覚も変容する。近代社会が
作り上げていた最終審級としてのリアリティの感覚、すなわち「大き
な物語」は力を失う。
↓
■6【ハイパーリアル】
かわりに、その周辺にオルタナティヴなリアリティの感覚(ハイパー
リアリティ)が発達する。ただし、上述と同じ論理にしたがい、ハイ
パーリアリティもふたつの方向で発達する。
★「ハイパーリアル」はボードリヤールの言葉。
↓
■7【仮想現実:メタ】
一方では、ひとつのリアリティの優位性を疑う懐疑的な態度が発達す
る。言い替えれば、あらゆるリアリティがメタゲームにより脱臼され
てしまうかもしれない、という不安の感覚が蔓延する。
★仮想現実、テレプレゼンス、メディア社会、サイバーパンクなど
のテーマ系。1990年代初頭に隆盛。
★P・K・ディックや押井守、『トゥルーマン・ショー』や『マトリックス』などの作品も参照のこと。
↓
■8【記号的世界:ベタ】
他方では、人工的に作られた「お約束」の記号的世界に耽溺し、むし
ろそちらのほうが現実世界よりも「リアル」だと感じてしまう感覚も
蔓延する。その一例が、泣きと萌えのデータベースに支えられたオタ
クたちのデータベース消費である。
★物語消費(大きな物語の代補)から、データベース消費(大きな
物語からの離脱)への移行。
★自然主義的リアリズム(大きな物語)から、まんが・アニメ的リ
アリズム(記号的世界)への移行(大塚英志)。
★2ちゃんねるに象徴されるようなネタ的コミュニケーション(鈴
木謙介)と、ベタなギャルゲー世界への耽溺が共存している二面性
に注目すること。したがって、オタクたちを「現実に帰らせる」の
は容易ではない。なぜならば、彼らは、ただ記号的世界に耽溺して
いるだけではなく、その外側に彼らを誘う「実社会」の論理の虚構
性を暴き、脱臼させるぐらいには賢くアイロニカルだからである。
*
以上で、前回までの議論の流れに絡め、僕が考えるポストモダン論の
基礎をざっくりと押さえてみた。自分で書いてみて思ったが、「情報自
由論」や「メタリアル・フィクションの誕生」の単行本化時には、この
ようなキーワード集を付けるべきなのかもしれない。単純な誤解や無理
解がずいぶん減るだろう。
しかしワレオタは一行も読まないのであった。
と書いておけば、少しは読むだろう。
少しは。
ワレオタは何を読んだって誤読するから
まともな理解を期待するだけ無駄なんだけどね。
国民がこのような不安にかられて(監視)テクノロジーに頼っている、
とあずまんが分析した未来予測にたいして、
そもそも未来予測という思考自体を否定してきたときにはなかなか驚いたw
あとその未来予測にあずまんが悲観的であるにもかかわらず
それは東が望んだ未来だ、とか解釈していた日にはもう……
と書いておけば2行くらいは読むでしょw
あずまんの講演会ってワレオタみたいな奴が質疑応答の時間に備えて
ワクワクテカテカしているんだろうな。
怖い空間だ。
816 :
考える名無しさん:2007/05/03(木) 01:26:56
>>814 そのレスがものすごくナイスだった
>>815 そういったwktkをしてるひとりなんだろうな自分は ワレオタってそういうことなのかな
われはオタク
I,Wareota
波状に載ってた奴か。
懐かしいな。
819 :
考える名無しさん:2007/05/03(木) 01:39:32
和英混交文ってなぁ
未来予測を聴かせてよ
820 :
考える名無しさん:2007/05/03(木) 05:59:06
理解できないものには目をつぶる。
「me, we」 モハメド・アリの詩
822 :
考える名無しさん:2007/05/03(木) 10:30:17
「理解させてよ」
みなさん、学会で会いましょう(笑。
ローティって、アイロニーはポストモダン特有の態度である、と
書いたことってあったっけ?
あずまん解釈としても、モダンに比べてポモの方が
アイロニーが蔓延している、とする根拠は?
また、あずまんのように「アイロニー=メタゲーム」と
イコールでつなげてしまっていいの?
826 :
考える名無しさん:2007/05/03(木) 16:16:47
>改変コピペ等を、されるようになりました。
ってことは、著作物の不正な利用ということで、「著作権法違反」を理由に発信者情報開示→提訴、が次にとれる手段ですかねぇ。
私のblogも同じ使われ方をするかもしれません。もし、改変コピペされているのを見かけたらお教え下さい。
by apj at 2007/05/03 1:42:31
http://www.cm.kj.yamagata-u.ac.jp/blog/index.php?logid=5107#com5122 180 :ご冗談でしょう?名無しさん :2007/05/03(木) 15:07:32 ID:???
>>179 >改変コピペ等を、されるようになりました。
ってことは、コメントの不正な利用ということで、「コメント権法違反」を理由に発信者情報開示→提訴、が次にとれる手段ですかねぇ。
私のblogも同じ使われ方をするかもしれません。もし、改変コピペされているのを見かけたらお教え下さい。
181 :ご冗談でしょう?名無しさん :2007/05/03(木) 16:03:09 ID:???
>>179 てか、私信の無断公開な訳だが
182 :ご冗談でしょう?名無しさん :2007/05/03(木) 16:03:54 ID:???
>>181 凄い先生だ。ニセ科学批判をやってるだけのことはあるな
アイロニーって、モダンの特徴だけどね
ロマン主義とか。
ロマン主義ってベタに見えるけど、どんなふうにアイロニーなの?
>>829 オタ業界での喩えによると
オタク・ロリコン:バードウォッチング
ペド:鳥狩り(しかも霞網←違法)
831 :
考える名無しさん:2007/05/03(木) 18:02:36
JosephYoikoさんに同意いただいたのですが、おそらく彼は境界性人格障害だと思っています。
誰の名を騙っても必ず彼だと分かる書き方をするのも、自分がくだらないコピペをしていることを
通知しないでいられないのも、中心に「彼」がいることを示す必要があるからです。
彼はぼくやTAKESANさんが言及した先のブログに書き込みに行く、と云う嫌がらせを好んでいます。
要するに自分自身を災厄として嫌がらせを行っている訳で、これは自意識そのものがすでに危機に
瀕している、ということだと思います(おれの云うとおりにしないとおれと云う気違いが暴れるぞ、と
云う主張ですので)。
この種の障害は精神科医も扱うのをいやがるようなものですので、彼の寛解に寄与しようと云う
使命感がない限り、徹底的に無視し去る以外の有効な対応はないと思います。
by pooh at 2007/05/03 16:38:48
http://www.cm.kj.yamagata-u.ac.jp/blog/index.php?logid=5107#com5132
832 :
考える名無しさん:2007/05/03(木) 18:03:25
あずまんの場合、極端な例を見出し
「人間的/動物的」と二分して、
極端なものが共存している→解離的共存だ
とまとめているけど、マッチポンプじゃね?
自分で二項対立を作っておいて「解離的共存」ってねぇ。
<ぷちナショ論(香山リカ)は、一面的>と評しているけど、
乖離(的共存)で説明をつけるのは香山リカの十八番だし。
あと、あずまんへのよくある批判パターンになるけど、
モダンの人間だって人間的かつ動物的だったと思うぞ。
東は外人ウケが非常に悪い。
デリダ論は外人にはジジェクのコピペ(+柄谷、浅田)にしか見えないらしいし、
オタク社会論になると外人には理解不能、つーか日本の文脈を
外して翻訳すると
>>833が言ってるような当たり前のことを言ってるように
しか読めないわけ。
あずまん、ピンチ!w
836 :
考える名無しさん:2007/05/03(木) 19:02:37
けっきょく「環境分析」というなら、
マーケットや商品の分析だけじゃなくて
出版という業態が置かれている流通とか規制とかを
分析しないとダメダメなんだよね。
大手出版社と大手取次ぎの間の関係とか。
ラノベてマンガ雑誌という低コストな装丁の
パッケージ商品を大量生産して大量にさばく、
という手法を小説に持ち込んだだけだもん。
それで利ざやを取れるのは様々な規制があるからなんで。
なにしろ取次ぎが2社で寡占してるからね。
要するにこういう状況を「環境分析」しないと↓
「27才1,200万円! 国民の働く意欲削ぐ講談社の異常賃金」
http://www.mynewsjapan.com/kobetsu.jsp?sn=444
>>837 ←これ読んで少年ジャンプが全盛期に毎週550万部を
売ることができた理由がわかった。
一冊あたりの利益が170円としても
毎週170×500万=8億5千万、
年間だと8億5千万×50=425億円の利益。
これはすごい。
佐藤友哉(別の作家名でも可)の作品には
自然主義とゲーム的リアリズムが「解離的共存」している、
とかなんとか書けばいいんじゃね?
で、 「解離的共存」があるからポモ的ということにしておけばいいw
>>838 定価170円のうち、販売店の取り分、流通・取次の取り分の
比率を考えた方がいい。
それでも出版社はかなりの利益率なんだけど。
スレ違いだが。
>不思議系萌えボイス、広橋涼さんを語るスレです。
>基本的にボケキャラだけど頭の回転はイイッ イイッ (・∀・)イイ!!
あずまんのご宣託によると、ポモは計算中心の時代である。
不思議ちゃんをやってる人が、すごく計算してるというのはよくあるよね。
そういうのは、たとえば、ラカン風に図式化すると、どういう感じだろうか。
悩んでも仕方ない
ま、そんなときも あるさ 株価は上がるさ
泣いてても仕方ない
迷わずに稼げよ お金は溜まるさ
凹んじゃったときは 小銭数え そして復活するのさ
そんでもダメなら お札数え そして山積みするのさ!
「私が今一番好きなのは何スか?」
「お金しかないっしょ!」
「自分で稼ぐしかないっしょ!」
>>824 ローティは、実際には「アイロニー」よりも「アイロニスト」というタームを多用していて、
これは端的に言えば、徹底した懐疑主義者であり、相対主義者であるという事。
これがポストモダンの特徴であると明言はしていなかったように思うが、
このような態度を取らざるを得ないという含みは十分感じられる。
ローティは、その根拠を言語論的転回以後の思想状況(ウィトゲンシュタイン、デイヴィットソンetc)に負っている。
つまり、言語及び認識的枠組における「偶然性」の問題を重視する立場。
したがって、少なくともローティに対する理解としては、それほど飛躍したものではないと思う。
844 :
考える名無しさん:2007/05/04(金) 00:02:39
>>843 > ローティは、実際には「アイロニー」よりも「アイロニスト」というタームを多用していて、
> これは端的に言えば、徹底した懐疑主義者であり、相対主義者であるという事。
ということは、あずまんの「アイロニー=メタゲーム」という解釈は
的外れではなかったのか。
というか、アイロニスト=メタゲーマー(あずまん流のメタの使用法に従うならば)
となるね。
>>840 アニメやマンガの「想像力の環境分析」というなら
日本の出版業の特殊性は避けて通れないでしょ。
「動物化」=ポストモダンという東が捏造した「大きな物語」で
せっかく気持ちよくなってたのに、
最初から出版業に動物として扱われていたという極めて嫌な事実へと突き当たるわけ。「動物化」のネタ化不能なハード・コアな内実。
>>845 メタゲームにはネタもベタも内包されてしまうし、
内包される彼らもまたメタゲーマーなるプレイヤーに過ぎない。
そんで、制度化されている点においてプレイヤーもNPCに近い。
ここからメタフィクションというジャンルの問題系に連なるわけ。
848 :
考える名無しさん:2007/05/04(金) 05:28:43
>846
オタクの動物化=萌えの隆盛に寄与したのは、角川歴彦だろうね。
90年代に入って、それまで高偏差値向けだったオタク的作品世界に
「偏差値30代の奴らにも分かるオタク漫画誌を作れ!」
という号令で、今の動物化した
頭を使わないでいいオタク向け商品を出現させた。
(ソース=「嫌オタク流」)
そういう意味では、「ラノベ=オタク」と「ケータイ小説=ヤンキー」というのが
今時の風俗現象の双壁であるのは、皮肉だが必然的だ。
東が言うように、どっちも動物的なのは、当たり前の話。
だって端から「動物=低偏差値向け」に仕掛けられた商品なんだから。
> ラノベ=オタク
> ケータイ小説=ヤンキー
これ、そこまで自明に住み分けてるのかちょっと疑問ある。
あずまんはケータイ小説=ヤンキーって話をどこから仕入れてきたんだろう。
851 :
考える名無しさん:2007/05/04(金) 10:34:28
都合のいいところから
オタ・カルチャーの普遍化・大衆化に伴う現象だと思うけど。
大衆化すると、どんな分野でも一般的に平均水準は下落する。
まあいまでは工業高校(男子校)のクラスまるごと全員オタ、
ということも珍しくないらしい。
80年代の角川が、
すでに低偏差値向けオタク商売をやってるよ
ニュータイプ創刊以後は全部その路線
「気にしないで
こいつら自分が頭いいと勘違いしてるの
本当は頭しか使ってないだけなのにね」
ニュータイプはグラフックな情報誌型アニメ誌のはしりだな。
それまでのアニメ誌は映画誌型(アニメージュ)とかミニコミ誌型(OUT)だった。
80年代角川は偏差値45って印象
今はもっと下がったんだろうね
「東京から考える」でのあずまんもそうだし、
斎藤環もそうなんだけど
なんでそんなにヤンキーに偏見があるんだろう?
ヤンキーが一定の人口を占めていて、それなりに文化を持っているが
今まで語られることがなかった(アカデミズムと相性が悪い)ことに
片手落ち感があるのはわかるけど、調べもせずに偏見で語るのは
どうかと思うぞ。
上であがっているケータイ小説=ヤンキーという偏見もなぁ。
普通に働いているOLとか、普段小説を読まなさそうな女子高生とかが
読んだり買ったりしているのは電車内や書店で目撃するけど、
ヤンキーだけのものじゃないし。
ヤンキー漫画雑誌のマガジンがネギ魔や絶望先生を連載する時代だからな。
ヤンキーとオタクは郊外型文化として思ったより近縁的なんだが、あまり認識されていない。
漫画評論でもスポーツ漫画やヤンキー漫画は等閑視されがち(それを正面から扱った夏目は偉い)。
漫画だけじゃなくて、アニメ評論、アニメ史においても
スポーツ、ヤンキー、格闘モノはほぼ無視されているよ。
藤津亮太とか小川なんちゃらとか小黒なんとかの書くアニメ史の年表とかからは
完全に無視。
そういうので育ってオタになった俺みたいなタイプはなんなんだw
低偏差値がインビジブルなのはアカデミズムの常識
漫画界における「クローズ」の絶大な影響力とかな
862 :
考える名無しさん:2007/05/04(金) 17:25:53
ヤンキーがこわいよぉ
っていう子供時代を生きてきた人たちばっかだからじゃないかな
オタク系の人がサブカル全部語れちゃうみたいなスタンスは間違ってるよね
東がフォローしてない領域なんて漫画だけでも膨大にあるよ
863 :
考える名無しさん:2007/05/04(金) 18:04:01
まあ全部語ってないじゃないかみたいな批判もあれだが。
社会学でよくあるように、限界が〜限界が〜をいちいち断るのもね。
まあ、あずまんは領域全体を見渡してものを言う立場だから
(そういう立場であるからこそ、こぼれ落ちる物があるのは事実だが)、
あれにもこれにも言及しろというのは、ちょっと無理な願いではある。
ヤンキー=動物なので、分析の必要すら感じていないから
ただあずまんの場合サンプリング・レンジがタイトで、
狭い範囲から拾ってきたサンプルにだけ注目して、全体を早急に結論づける性向がある。
あずまん理論が類型図式に傾く由縁。
あと、あずまんが人気の理由は
二項対立を抽出して(捏造して?)、全体をまとめたかのような図式を
提供するところにあるわけでしょ。
ポモ2ではややエクスキューズが増えたものの、
基本は(強引な)整理と断言。
だから、「○○を軽視・無視するな」という批判を受ける義務がある。
蓮實や浅田にも似たようなところがあるけど
(蓮實もレトリックを除くと意外と単純な整理をしていることが多い)
このふたりは用心深いので、そこまでボロは出さない。
(サッカーに関する発言では批判されたけど)
>>865 最近のあずまんは、その動物性こそ分析して
人文系の知恵で制御する必要がある、という立場。
今どきのたいていの文化人って中高一貫進学校出身がほとんどで
たまに周辺公立進学校出身が混じっているぐらいなので、
ヤンキー分析が非常に苦手だ。
だって交流がないわけだし。
どうしても「高偏差値オタク」(の一部)を分析する他ない。
宮台が、麻布は他の進学校と違って荒れていたことを強調するのも、
「単なる優等生じゃない」というコンプレックスの表れに過ぎない。
>>868 ヤンキーが「動物」であることと、「人間」が「動物化」することは違うと
思うんだが?
ヤンキーは人間以前。人間という「自我」をもたない。
「動物化」は自我を持つ人間が、歴史の終わりに自我を持てなくなる、ということ
じゃないか?
「ヤンキーは人間以前」「自我を持たない」w
「オタクは動物」どころじゃないな。
>>869 オタはヤンキーに偏見があるというが、ここまでとは。
いやまあ・・・図式化が過ぎた流れになったかな。
しかし見ようによっては、本来ヤンキー・トライブに流れる層が
大衆化したオタク・トライブの、動物的なボリュームを形成した、とは考えられないかい?
ヤンキー→オタクの付け替えを想定すれば「オタクでいっぱいの工業高校」は、
不思議でも何でもないと思う。
一時期の議論として
オタク趣味は受験勉強と相性がよいが
(深夜勉強しながら声優ラジオとか)
ヤンキー趣味はバイクとかなので相性がよくない、
なんてのがあった。
874 :
考える名無しさん:2007/05/04(金) 21:15:44
>>864 あれもこれも言及しろなんてことを言いたいんじゃないよ
そんなの無理に決まってんだから
一部についての整理だけどね、って留保はきっちりつけてと思うわけ
>>866 そのとおり
>>868 激しくそのとおり。
くだらない指摘で、プロは誰も言いたがらないけど、ものすごく重要なことだと思う。
875 :
考える名無しさん:2007/05/04(金) 21:21:06
単なる優等生じゃないモン!アピールはしたがる奴多いよ
東の自分はオタクだってのもその一種でしょ
批評空間の学問ガリガリ連中とはちげーぞっていうさ
まあ、非オタからすると、
優等生とオタって見分けつかないし、実際カブッてると思う
だから、オタク文化語りが言論界であっというまにスタンダードになれたんじゃないの?
言論界ってナニの事を指してるの?
スタンダードなのかなあ・・・
878 :
考える名無しさん:2007/05/04(金) 21:41:15
ナニのこと指してるのか、それは知らないヨッ!
痛車があるこの時代、ヤンキーも取り込みつつあるさ
レディースが腐女子でも驚かないよ
あずまんのご宣託によると、ポモは計算中心の時代である。
不思議ちゃんをやってる人が、すごく計算してるというのはよくあるよね。
嶺川貴子CLUDY CLOUD CALUCULATORというアルバムがあったけど、
CLUDY CLOUD(感覚的なもの)とCALUCULATOR(計算的なもの)の融合は、
のちのエレクトロニカを予感させるよね。
こういう感じで、音楽史も捏造していけばいいのでは。
>>834 ジジェクのデリダ論って、どの本のこと?
882 :
考える名無しさん:2007/05/04(金) 23:55:39
>>867 その手のツッコミはいらないよ、めんどいよ
だいたいわかんじゃん
じゃあ、東の書いてる領域は正しくはなんて言うの?
逆に聞きたいね
テレビも新聞も雑誌もオタクを当たり前のように取り上げてる
じゅうぶんスタンダードなんじゃないかな
オタクは自己反省的(即自かつ対自的)な存在、ヤンキーは即自的な存在、でしょ。
自己反省がなくてそのままで脊髄反応するんだから、自我はないし、人間以前。
ヤンキーマンガなんざ、一つの話形の繰り返しじゃん。
オタクが文化を切り開いて、その文化がスタンダードになればヤンキーも脊髄的に
取り入れるだけで、人間以前であることには変わりがない。
「動物化」というのは「〜化」といっているんだから変化のことでしょう。人間が動物化する。
動物は最初から動物なんだから、「動物化」とは言わない。
ヤンキーてのは土着民でっさ
フーコーのいう狂人=ヤンキーだろうな
彼らは語る言葉を持たない
オタクが動物化したといっても個人が動物化したのと、
それを形成する動物層が増えたのとでは起こっていることが違う。
もともと動物的であった文化と、動物化した文化。
それは選択ではなくて相互乗り換えの対象になったのでないかな。
痛車とかエバンゲリオンのパチンコはそういう感じだな。
あと、言論界はどうかしらないが、マスコミに取り上げられるほどには量的拡大は果たした。
サブカルチャーからポップカルチャーの一角を占めるようになった感はある。
それからオタク作品も先行作品の繰り返し(データベースの引用)である。
>東浩紀と親密な交流がありながら決裂していないという珍しい評論家である。w
888 :
考える名無しさん:2007/05/05(土) 11:04:37
みんなヤンキーがこわいのね
言葉が通じないんだぜ?w
,ィiikァil{ミk{illliミi;l{ミk{illllliミi;,
,ィj|}}州トトii州ililk{ミ;トii州ililkミ;
j}iリリ州i ヾk州ililk{lliトiililkミ
il}jリリ州j ノ( i
!jliリ州ソ ⌒ ,z=;- -;=z,
Y{ ヾリ ■■■■
ノハ i! .:: '´,; !、 i
ソj` :::.:. /'_';=;ィ /
ノ 丶 :..:. j ;'ゝ-' j'━━・~~~
,イ'` ‐-..__` ‐ _、 _ノ
` ー'|
>>888 コワイよ。
俺あたまわるいから、ヤンキーだから、暴走族あがりだから仕方ない。
と、これらを免罪符にしちゃうんだぜ奴らは。こわいぞ。
同時にルサンチマンもあるし。宇梶みたいに芸に昇華するパターンもある。
,ィiikァil{ミk{illliミi;l{ミk{illllliミi;,
,ィj|}}州トトii州ililk{ミ;トii州ililkミ;
j}iリリ州i ヾk州ililk{lliトiililkミ
il}jリリ州j ノ( i
!jliリ州ソ ⌒ ,z=;- -;=z,
Y{ ヾリ ■■■■
ノハ i! .:: '´,; !、 i
ソj` :::.:. /'_';=;ィ / ウ〜コン〜のチッカッラ
ノ 丶 :..:. j ;'ゝ-' j'━━・~~~
,イ'` ‐-..__` ‐ _、 _ノ
` ー'|
893 :
考える名無しさん:2007/05/05(土) 15:52:20
やっぱりこわいだけか
894 :
考える名無しさん:2007/05/05(土) 18:22:53
オタはヤンキーを言葉の通じない狂った土着民だと見る
ヤンキーはオタを気色の悪い童貞・処女連合だと見る
典型的なディスコミュニケーションだな
どちらにも相手を語る資格はない
>>894 オタクは「言葉」を持っているだから、語る資格はあるさ。
ヤンキーは言葉を持っていない動物なんだから、資格以前に
言葉を話せないw
二項対立ではなくて、動物と動物化する人間という、まったく
別次元のお話しですよ。
ただ、ヤンキー/オタクの二項対立は、一人の人間の中の
野蛮/文化のせめぎ合いと見ることも出来るね。
そういう意味で、ヤンキーの度合いが強い人間はいるけれど、
完全なヤンキー=動物はいないのだとは思われ。
要するに「属性」の問題。
896 :
考える名無しさん:2007/05/05(土) 18:45:59
これからは、ヤンキー/オタクが融合した オタンキー の時代になるのか〜
元人間の動物だろうと、もともと動物だろうと、いまや変わらないから、そうかもね。
なんか唖然とするヤンキー論を語ってるのは全部同一人物ですか?(汗)
結局ヤンキーってモダンの中にいる人たちでしょ。
ポスモダの分析者たるあずまんにとってはどうでもいいんだろうね。
さらに、オタクの中でも、生産的なオタクは分析対象として、あずまんに
とって意味ある存在だけど、その周辺にワラワラと湧く、ニート君的な
消費主体オンリーのモジモジオタク個人に対しては、「バカ」のひと言で
切っているよね。そのマスたる市場としてしか見ていない。
そして「バカ」はヤンキーどもと同じに、監視対象w
>>898 同一人物でしょw
たぶんヤンキーと交流がないか、過去にいじめられていた人物で
あずまん理論を用いて「あいつらは動物だ」と決め付けることで
優越感を偽造して自分をなぐさめている模様。
悪影響と言えるけど、当のあずまんからして郊外のお店で元ヤン親子を見て
「産んで殖えているんだなぁ(笑)」と動物の繁殖扱いしているので(『東京から考える』)
仕方ないかも。
えっ!? 俺のことですか。
照れるなあ。
この連休中にも秋葉原でオタク狩りがあったそうだけど。
あれはオタク=草食獣、ヤンキー=肉食獣、という具合なのかねw
このスレ、ヤンキーがいるのか?w
えっ!? 俺のことですか。
照れるなあ。
905 :
考える名無しさん:2007/05/05(土) 20:26:48
「電子の密室の中に蹲るナルシスとありとあらゆる方向に逃げ散っていくスキゾ・キッズ、
ソフトな管理とスキゾ的逃走、」
彰『逃走論』p32
ナルシス/スキゾ・キッズ
消費主体オンリーのモジモジオタク/生産的なオタク
>>898 全部俺の自作自演だから。
ヤンキーが人間以前ならモダンではなく、モダン以前だな。プレ・モダン。
ポスト・モダンはプ・レモダンへの回帰でもあるから、オタ/ヤンの連関は当然ある。
東の動物化論はポスト・モダン時代の消費行動を主に扱っている。生産には殆どふれてない。
もっとも動物化したオタクの“生産”は、データベースの使い回しが専らなので、
それほど生産的ともいえない。
「動ポモ2」は、「ゲーム的リアリズムの誕生」と語っているけれど、
そんなリアリズムを感じている奴はいるのか?
儲けている奴はいるけど。近藤とか、ひろゆきとかw
ヤンキーにも固有の文化は当然あって、分析の対象にもなりうる
そういう外に向かっていく想像力がほとんど無いのかな
オタク文化についてオタクが語ってるんだから
そこで完結しちゃってて、別の場所への感受性はなくても
それとして成立するという。ひたすら自己言及だけが続いてゆく
909 :
考える名無しさん:2007/05/05(土) 21:24:47
ヤンキーが動物であると見ることによって見下すとか、意味解らんな。
オタクだろうが人間だろうが動物であることが前提だろう。
動物性の上に人間が乗っかっているだけであって(人間性が、部分的に動物性を隠蔽しているだけだ)。
オタクを、「人間様」のつもりでいる惨めったらしい生き物、と見なすために
ヤンキーを見下しているというような決め付けをされてもねえ。
いや、そういうオタクや人間様もいるかもしれんが、
ヤンキー的なものに対してオタク文化とかが優越していると思っている連中がそんなにいるとは思えない。
911 :
考える名無しさん:2007/05/05(土) 21:33:09
>>895 じゃあ、オタは気色の悪い童貞連合で合ってるってわけね
ヤンキーもオタも互いを正確に知ってるということか
こうしてポストモダンの文脈における「人間」「動物」は一向に理解されないままなのであった。
まあ、文化的な優劣を争う感情も重要なんだけど、
そういう感情が均されちゃった状態が「動物」なんだろうね
格闘ゲームのゲーマーなんて、
オタクだけどほとんどヤンキーだよ
>ヤンキー的なものに対してオタク文化とかが優越していると思っている連中がそんなにいるとは思えない。
少なくとも、ヤンキーは思ってないだろうなw
そう思っているヤンキーよりはオタクのが率として多いだろうが。
ただ、非ヤンキー非オタクのみなさんが彼らを見下さないとしても、
彼ら自身は見下されていると思うんじゃないの?
まあ、オタク文化どころかオタクという人種が、あらゆるものよりも
優越している、歴史的に出現した何かだと考えている連中もいるにはいるが。
ヤンキー的な車の改造とオタクの痛車は、
威嚇とダメ志向という風にベクトルの向きは180度違うけど、それ以外は似たようなもんだ。
ブログ、たとえばはてながオタクだらけでヤンキーがいないことが象徴的だな。
ヤンキーのみなさんは言葉を持ってないから。難しい漢字は知ってますが。
というか、ヤンキーはオタクに関心がないし、
オタクもヤンキーに関心ないだろう
なんか気持ち悪いとか、なんか怖いとかいう認識しかない
お互いに理解していこうとする力動がそもそもない。なくても別に成り立つからね
>ヤンキーのみなさんは言葉を持ってないから
これなんか典型だよ
オタクファシズムだな
ってかヤンキー文化(?)の人の書いてる面白いブログ結構あるよ
ヤンキーのコミュニケーションツールはPCじゃなくて携帯だし
>>917 ネット文化(パソコン)と相性が悪い>ヤンキー少ない
長いセンテンスの文章は嫌いだろうし。
ケータイを含んだネット文化だとまた別だし、また男女差もある。
ヤンキー女はブログ(はてなはやらないと思うが)やmixiは結構ありでしょう。
ヤンキー男はパソコンはエロサイトしかなさそうだけど。
>>919 アニメ、ゲーム関係の掲示板では、携帯からの書き込みによって流れがめちゃめちゃになることが
問題となっているが。
>>914 泣きゲーは知らないけど、バーチャファイターの有名プレイヤー達はときメモ
には嵌ってた。ファミコン通信でレビューを書いていたのは彼らのはず。
まあヤンキー系であることは確かなんだけど。新宿ジャッキーなんか、自身を
自らキャラ化して笑いものにする、メタゲーム系だったよ。
>>921 バーチャファイターの社会現象かもパソ通からだったね。
オタクのブログよりオタクじゃない人のブログの方が
圧倒的にブックマーク多いわ、俺の場合
全人口的にはオタクの方が多いのかな?
シューターがタバコ吸いながら弾幕ゲーでドット単位の動きを余裕かましてやるのは、
ヤンキー系の連中が重機とかをタバコふかしながら操作するのと似てる気はする。
切込隊長とひろゆき初めとする2ちゃん運営陣の争いにもヤンキー系を感じるな。
ヤンキーの喧嘩には、「自分はこんな雑魚には構いたくないんだけど、何故か絡まれるんだよなあ」
って感じの余裕のかましあいに必死になるってのが多い。ビーバップとかには良くあるよ。
ビーバップは圧力かかって喧嘩漫画で売れなくなったので、その手の漫画のパロディを
目指してそうなったのかもれしないけど。
ヤンキーは女とヤリまくる
オタクはエロ同人で抜きまくる
この手の余裕のかましあいは、あめぞう残党とかも同じ。
1-2年前のブログ論壇では、ニーツオルグのさやわかと栗原yの争いがそうなりかけた。
栗原がヤンキー系でなかったせいか、素で争ってしまってそうはならなかったけど。
928 :
考える名無しさん:2007/05/05(土) 22:48:45
「余裕のかましあい」か〜 ヤンキー用語ですね
必死でないさまを見せ付けるのに必死になる(自分でもそれを意識している)
というのは、動物なのか乖離なのか。まあこれも最終的には快感原則なのかもしれないけど。
「余裕のかましあい」で言ったら、ちゃねらだってそうだと思うよ。
「必死だなw」は昔からいままでほとんど廃れることなく2chで使われつづけてるし。
メタゲームは余裕のかましあいかね。
オタクはトリビアリズムでヒエラルキーがあるので、
それがアイデンティファイというか、得てして自分語りになることも含めて、
自分語りあふれる日本特有のブログに向いている。
ヤンキーはそんなことでアイデンティファイしないから。
>>918 錯覚の典型だが、結構というほど無い。目立つだけ。
932 :
考える名無しさん:2007/05/05(土) 23:47:11
ファンロードと間違えてティーンズロードを買ったオタクが一言↓
チャンプロード最強。マジヤベェ!
痛車画像見て回ったが、初期のパイオニア的な人のはセンスあるな。
ロゴもそれなりに自分でデザインしてあるし。
最近のは駄目だな。照れと衒いがあって。
935 :
詐称だよ>>72:2007/05/06(日) 00:12:23
72×1000レス・・・の実績が無いならば(詐称ならば)「1」から出直すべし。以上
だから全部俺の自作自演だって言ってるだろうが。
結構ヤンキー好きが多いんだな
きっこのブログにはエヴァンゲリオンのストーリーをパチンコで覚えた話が載ってるな。
ああいうのがオタヤンキーなのかねえ。
>>925 >>切込隊長とひろゆき初めとする2ちゃん運営陣の争いにもヤンキー系を感じるな。
群れる勝ち組だね。
基本的に負け組ってのは孤立しているんだよね、オタク、ヤンキー関係無く。
ヤンキーでも、彼らのヒエラルヒーの下部にいる連中は、実質的に孤立している。
痛車文化とかって走り屋とかが起源じゃないの?
ネットなんか出来ない=観測できないことが党派の特徴にされてしまうと幽霊の話をしているようでくだらない
あれはオタクの走り屋が始めたのか、族がオタク化したのか謎だな。
もっとも、郊外の国道沿い文化圏では車オタとオタ走り屋の区別が判然としない。
942 :
考える名無しさん:2007/05/06(日) 02:32:35
1000!!!!
943 :
考える名無しさん:2007/05/06(日) 02:34:02
昨日国道沿いのドライブイン付きのマクドナルドに入ったら男女の若者の集団に出くわして怖かったよ(´・ω・`)
944 :
考える名無しさん:2007/05/06(日) 07:05:23
ヤンキーとコンビニとかマックの親和性は異常wwwwwww
鈴木謙介が動物化を「宿命論を受け入れている人々」と使ってるのはどうなんですかね?
>>945 人間的であろうとするものが、動物のスペックから自由であろうとするものであること、に対して
動物のスペックを疑いもせずに、その範囲内で生きているならば、
「宿命論を受け入れている人々」もそれなりに理解できるが、
しかし、所与のものを疑うことなく生きていることを、「宿命論を受け入れている」と表現するのは
少々違和感はあるな。
都内だが、店内でうんこ坐りしているヤンキーのみなさん見て驚いたよ。
地方ではふつうなのかな?
彼らにしてみれば、遊戯しないで台に坐ることはいけないことだ、
っていう論理(倫理)からそうしているんだろうけど。
店員のみなさんは華麗にスルーしてたよ。
948 :
考える名無しさん:2007/05/06(日) 11:14:20
ヤンキの糞な部分と同じくらい
オタも糞な部分を持ってるわけで
その応酬は意味ない気がする
でも、本当に強いのはオタでもヤンキでもない普通の人だと思う
たまに、彼ら普通の人たちこそがこの世を糞にしてるんだなと実感する
>>945-946 俺も与えられた環境に疑いを持たないで受け入れるのか、
あえて受け入れてるのかで別物だと思うんだがね。
モー娘板にスレが立ったようだが、速攻消えているな。
このスレでオタクのことを書けば、
オタクのみなさんは反応(それこそ動物的に)するのに、
ヤンキーのことを書いてもヤンキーのみなさんは無反応。
それは彼らが言葉を持ってない(書かない、読まない)からだが、
なにより、あずまんの声はヤンキーまで届かないということだ。
逆にいったらオタクにはよく届いているということだな。
まあオタクもたいていは知らんけどね。
オタクにとってのメロンパンと、ヤンキーにとってのメロンパン。
まったく言語体系と語の関係を考えさせられるよ。
すっかりオタな俺も
最初の彼女はヤンキーだったぜ
今でもそれ系に弱い(色々な意味で)
言論人に中高一貫出身の奴が多数を占める限り、
ヤンキー言説はひどい状態のままだろう。
【ヤンキーと】東浩紀スレッド75【オタクの狭間で】
【夢で】東浩紀スレッド75【会いましょう】
【夢でもし】東浩紀スレッド75【会えたら】
【ワレは】東浩紀スレッド75【オタク】(I,Wareota)
【ヤンキーvsオタク】東浩紀スレッド75【最後の聖戦】
【ヤンキー的】東浩紀スレッド75【オタクの誕生】
【爆誕!】東浩紀スレッド75【オタンキー】
【草食的、】東浩紀スレッド75【肉食的】
なんでもいいよ
960 :
天麩羅:2007/05/06(日) 16:22:26
【仏血義理】東浩紀スレッド75【歩須斗喪壇】
【痛車で】東浩紀スレッド75【Go!!】〜ポストモダンは動物式
【崖の上の】東浩紀スレッド75【ポモ】
コギャルはジュリアナ系からの派生だし、ジュリアナ系はレディース系の
ヤンキーからの派生だし、今まで宮台あたりが注目しなかった方が
おかしいともいえる。
援交少女/オウム信者の関係と、ヤンキー/オタクの関係って
どこか似ているんだよね。
ただ、援交少女は精神崩壊した子が多いけれど、ヤンキーは
動物としてたくましく生きている
痛車は
ヤンキー→ジュリアナお立ち台→コスプレ
の流れの逆と考えられるね。
965も中高一貫か
969 :
考える名無しさん:2007/05/07(月) 10:18:49
東の相手はそーとー狭いということか
イッカンイッカン
970 :
考える名無しさん:2007/05/08(火) 00:16:44
あ〜あ、ヤンキーにびびってオタクのひとが書き込まなくなっちゃた・・・
971 :
考える名無しさん:2007/05/08(火) 03:05:44
面白そうだけどね その対比
なんていうか 鏡対だったらいいのにそのふたつ
そしたら面白そうなのに話が広がる
いじめられた人たちがぷんぷんしそうだけど
中高一貫の奴にとっては、両者は対にならない。
まさに他者って奴ですよ
異性以上にわけわからん存在なんじゃないの?
973 :
考える名無しさん:2007/05/08(火) 10:58:22
それはそうだよな
とにかくなんか愚劣で怖そうなヤツ
獣だね
イッカン君たちにとっては
974 :
考える名無しさん:2007/05/08(火) 10:59:55
現代日本の言説
A 柄谷行人 蓮實重彦 岩田規久男
B 橋本治 浅田彰 大澤真幸 宮崎哲弥 山形浩生 若島正
C 宮台真司 稲葉振一郎 梅田望夫 橘玲
D 柳下毅一郎 町山智宏 中原昌也
E 東浩紀 福田和也
975 :
考える名無しさん:2007/05/08(火) 11:03:19
>>970 あのさ、
そういうこと言ってる時点でヤンキを知らないってことになるよ
ヤンキが2ちゃん見て、哲学板にきて、東のスレ見て、さらに書き込みする
そんな確率めちゃくちゃ低いから
ヤンキもちゃんと分析してあげなって言ってる人たちは
クラスに数人はヤンキが混じるような学校にいたことがあって
実態知ってるから
東のヤンキ観はちょっと違うと言ってるわけでしょ
で、原因は東大に行くのが当たり前な学校にいたことじゃねえかな?と
そういう流れでしょ
976 :
考える名無しさん:2007/05/08(火) 11:14:32
動物化とかいった言葉に反応してしまうナイーブな男の子たちを、食い物にする東君。
そっか ひっきーなヤンキーなんていないか・・・
978 :
考える名無しさん:2007/05/08(火) 11:39:40
エリーターはヤンキーを知らないってことか
地元の生活空間の中に生きていて、そこで成り上がろうと
必死になるのがヤンキーなんじゃないかと
オタクは地元の生活空間からはなれちゃっているでしょ
中高一貫のヤシなんてまさにそうで
電撃結婚。出しちゃった婚。こうした生々しい現実の介入、
強烈な虚構の破壊に直面して動揺できるのは我々オタクだけだよ。
人間の証しじゃないか。
ヤンキーは動物だから。電撃が見えない。
982 :
考える名無しさん:2007/05/08(火) 15:03:13
電撃が見えるのか(笑
オタもある意味こえーな
ゆんゆん受信するからな、やつらは。
ヤンキーが一年間にする中出しの回数を
オタクは一生かけても達成できないという事実。
外出しの意味からして違う事実
あずまんの中出しはきれいな中出し
ヤンキーの外だしはヤンキー女の腹や陰毛の上に
オタクの外出しはティッシュに上に
重大な訂正:オタクの外出しはセル画の上に
ゲーマーならオタクでもヤンキーと接点あるよ
コスプレイヤーもけっこうヤンキー多い
ウメ
991 :
考える名無しさん:2007/05/09(水) 00:29:48
バイクで爆音かまして暴走してるのと
路上アイドルに向かって力いっぱい踊って、口上とやらを叫ぶ
どっちも周りが見えてないという点でオタもヤンキも一緒か
でも、どちらかというと、アイドルオタの踊りのほうが痛いかな
991は自称一般人ってやつで、
全部イメージでしか語ってないのでオタクやヤンキー以上に悲しい存在
993 :
考える名無しさん:2007/05/09(水) 00:41:52
確かにw
そもそもヤンキーや族に憧れる女はいるが、
オタに憧れる女は皆無だもんな。
そー言えば、昔のアイドルの“親衛隊”って
基本ヤンキーだったよな…
やっぱ、根ッコは同じかw!
腐女子は「いつのまにかなっている」で
ヤンキー・族は「あこがれてなる」という
違いがあるな。
腐女子の場合も、先輩の手引きに導かれてハマるタイプと
天然的にハマるタイプの違いは大きいが。
995 :
考える名無しさん:2007/05/09(水) 01:55:37
>>991 そんなイメージ通りの奴が、実際にいるのが怖いんだよ
996 :
考える名無しさん:2007/05/09(水) 10:57:03
>>992 たぶんあなたオタだねw
イメージって言うけど、この目で見たものを例にあげたんだよ
ざんねん
イメージじゃなくて現実
あなたの現実
この現実なんてワレワレ東スレ住人のイメージに過ぎない
998 :
考える名無しさん:2007/05/09(水) 17:38:29
東のヤンキーに対するイメージが問題だ
999
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1001 :
1001:
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もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。