102 :
考える名無しさん:2007/09/11(火) 11:32:40 0
a
sage
104 :
考える名無しさん:2007/10/16(火) 10:05:42 0
105 :
考える名無しさん:2007/10/31(水) 01:13:56 0
>>104 ひとつも見にいけなかった…
「ドゥルーズのABC」見た方どうでした?
今日行って来たら、アベセデール上映は28日がラストだったw
アベセデール採録の翻訳冊子でもあれば、と思ってつぶさに見てきたけど、そういうのは作らなかったみたいだね。
壁に貼ってあったドゥルーズのテキストの主題別抜粋集(を写真と一緒にデザインしたもの)は、
『adpf. ministere des Affaires etranges』のドゥルーズ特集号(? なのだろうか。号数なかったけど。ラプージャッドが監修した薄い冊子)
をパネルで拡大再現したもののようだった。一冊だけadpfは陳列してあったけど、非売品。
その抜粋集の壁面のそばに、小さいパネル使って、廣瀬純+芳川優希が邦訳文を対応させてあったね。
邦訳書のページ数指定も対応させてたけど、たぶんある程度訳しなおしたり、訳語を統一したのかもしれない。
ISBNは2-914935-13-7、13ユーロだと記されてあったので、興味がある人は探す手立てとしてくれ。
日仏学院の図書館もじっくり見てきたけど、アベセデールのビデオカセットもあった
(今はたしかDVDがamazon.frなどから買えるけども)。上記のadpfも貸し出し枠にあったよ。
なお、ここの図書館はショアーDVDはあるわ、リヴェットの『Out 1』はあるわ、
シヴァン+クレイフィのルート181のDVDはあるわ、デリダ『盲者の記憶』のビデオカセット版はあるわ(監督はファルジエ)、
アルトーのガリマール版全集1〜21巻揃ってるわ、スペースの割にはなかなか凄いところではある。
個人的には、Robert PengetやMichel Butorがゴロゴロしてたことが嬉しかった。
講演やシンポジウムは私も見れなかったので、レポがあったら読んでみたいorz
アベセデールは動画ファイルなら持ってるけど、聞き取りできないから今ひとつ何言ってるかわかんないな。
さすがにニコニコ動画などにupするだけで字幕はつけてもらえんだろうし…。
今回が苦労せずして内容を把握できる数少ないチャンスだったが、結局逃してしまった。
シネマ1の翻訳はまだか!
財津、はよしろや
108 :
考える名無しさん:2007/12/26(水) 21:25:37 0
三月発売は本当だろうな!!!
もう延期するなよ!!!
三月発売も延期かよ。
どうなってんだ。
もう上げる気もしない。
>>109 延期延期もいい加減ひどいよな…。
どうせ出さないなら、期待をさせないでほしい。
112 :
考える名無しさん:2008/03/15(土) 23:45:41 0
久し振りに書誌情報見たんだが、齋藤範という人との共訳になったんだな。
113 :
考える名無しさん:2008/03/21(金) 16:16:49 0
ネグリ来日中止みたいだけど
まさかシネマ出版中止はないよなww
>ネグリ来日中止みたいだけど
その一文を読んで、関係記事を一読してきたよ。
来日企画シンポジウムに足を運ぶかどうかは決めてなかったが、
いろいろと関心を引く事柄ではあった。これは痛ましいな。
日本の入国管理局の糞め。
>>114 そういうこと言うと、ネトウヨがわいてくるぞw
>>111 6月に延びてるけど、このサイトは予約取るために嘘ついてるんだな。
ひでえもんだ。
117 :
考える名無しさん:2008/05/24(土) 12:41:32 0
法政大学出版局 『シネマ1*運動イメージ』
ジル・ドゥルーズ/財津理、齋藤範訳 6/下 ¥3,990
118 :
考える名無しさん:2008/05/24(土) 12:51:11 0
おお、本家サイトに出たから、今度こそ本物だ。
6月下旬発売予定
定価4200円(本体4000円+税)四六判
ジル・ドゥルーズ 著/財津 理・齋藤 範 訳
《叢書・ウニベルシタス855》
シネマ1*運動イメージ
ISBN978-4-588-00855-9 C1310
おいおい映画好きだからシネマ買ったけどチンプンカンプンで金の無駄だったぞ
ドゥルーズ読んでないと分からないかもね
やっと出るのか。今のうちに物質と記憶を読み直しておくか。
もう7日なんだが、「下旬」って日にちはいつだ?
>>123 普通に3分割すれば…
上旬 1〜10日
中旬 11〜20日
下旬 21日〜
125 :
考える名無しさん:2008/06/07(土) 10:17:23 0
これで『ユリイカ』の「ドゥルーズ『シネマ』を読む」の
plan generalを一般ショットと訳した誤訳も正されるのかな。
また微妙に延びているな
正しい訳はなんなの
128 :
考える名無しさん:2008/06/18(水) 01:01:26 0
>>127 ロングショットです。
訳している奴が「映画を見るとバカになる」とか暴言はいている人物だから、
しょうがないんだけどね。
129 :
考える名無しさん:2008/06/18(水) 01:19:31 0
>>128 あの誤訳は目を疑った。
そのままになってる可能性も高いと個人的には思ってる。
plan generalってロングショットのことだったのか…!
これはさすがに一般平面といった別の意味も無いだろうが、
正直シネマは、「これってまさか概念的な意味合いある?」という感触がある
文面だったりするから、読んでて困るんだぜ。
法政大学出版会HPの新刊情報から消えよった
宇野さん財津さんは翻訳家として間逆だね。
訳自体は財津さんのほうが好きだけどね。
133 :
考える名無しさん:2008/09/04(木) 18:22:24 0
ガタリ映画
出版局トップページが熱いぞw記念上げ
135 :
考える名無しさん:2008/09/15(月) 20:40:35 0
あれ?
上がらなかったOrz
136 :
考える名無しさん:2008/09/15(月) 22:15:38 0
シネマ論展開してないね。
誰も読んでいないのか?
東大の哲学科連中は何をしておる。
早くやらんか。
シネマに関してはとりあえず出てくる映画を見てないと話にならない
ドゥルーズによるベルクソンの扱い、メッツの扱い、
それを理解するために必要なベルクソン理解、メッツや映画記号論への理解、
カイエやゴダールの映画批評文脈と対比するためにはそれらの理解
こういう厄介な系譜だから、言及しにくいんでしょ。
ましてや国内シネフィルは哲学史や映画理論史と疎遠になってる傾向があるし。
他力本願でクレクレ言うよりは、136が論を展開してはいかがでしょう?
俺がやってやんよ
140 :
考える名無しさん:2008/09/16(火) 15:03:25 0
>>136 ユリイカで10年前以上に既に特集が組まれていて
シネマ論も読める。1996年10月号な
141 :
考える名無しさん:2008/09/16(火) 16:25:16 0
シネマ論には、ベルグソンの影響があるのだろう?
シネマは持続する時間の流れを一秒間に何コマかのフィルムに静止画像として
とらえたものを、連続的に流す事で、人間処理能力を超えた静止画像の連続が
それぞれの一コマが残像が脳内に残留する間に次の静止画像が現れる事で
人間の無能な脳に、物体がさも運動しているかのように現れる。
そして、モンタージュと言う技法は、それぞれのカットを時間的に
可逆化させる事によって、あるいは、カットの継接ぎで、持続していない
時間の流れを、さも持続したかのように見せるテクニックを用いる。
時間の可逆性を言いたいと言う事もあるだろう。
影響じゃないよ
ベルクソンの換骨奪胎だよ
だって有機的なものの優位が崩れているんだし
143 :
考える名無しさん:2008/09/16(火) 18:13:40 0
ドゥルーズ哲学全体が、ある哲学者の諸説の一部分を
全く違うものに組み合わせると言う手法だし、
まあ、君の言うのも一理はあるが、ベルグソンが有機的だと言うる根拠は
あるのかね。また、ドゥルーズの哲学が全て非有機的と言いうるのかね?
そのような二項対立を無効にするのがドゥルーズではないか?
たとへば生成変化とは無機的でもあるが有機的に狼になる事でもある
わけだし。一概に非有機的な哲学とは言い切れないだろう。
有機性にも分裂性はあるだろう。
「優位が崩れる」としか言ってないんだぜ
そもそもシネマにベルクソンを読みこみすぎるのに反対
145 :
考える名無しさん:2008/09/16(火) 18:40:41 0
俺もそんなにシネマ論を真剣に読んでないので、まだ何もいえんので、
気にしないで良いよ。ベルグソンをシネマ論に持ち込みすぎるのに
反対と言う意味はどう言う事でせうかね?
ドゥルーズはベルグソンをかなり読んでるよね。時間論では。
だって映画の話に関心薄そうじゃない
あと「でせう」を使うことから旧かな派なんだろうけど、
そういうフェティッシュもよした方がいいと思う
2巻7章でハイデガーやアルトーが引かれているところなど、
ドゥルーズ哲学の全体の流れから言ってどういう位置づけが出来るのかと考えると、
ベルクソンコメンタリーではない部分がまた光りだしてくるようにも見えるよね。
ドゥルーズ哲学は生命論だけど、
有機体ではなく機械の生命に注目している
シネマではさらに、結晶が重要になる
149 :
147:2008/09/16(火) 21:12:54 0
その結晶の部分、実はシモンドンの個体化論概念なんですよ。
だから、結構ドゥルーズ哲学全体から再検討しないと辛い本にもなってて、論じるのが難しいんだよね。
それだけじゃないだろ
美学も入ってる
うん、もちろん美学も含めて。だから、ドゥルーズの仕事全体が結構関わってるんじゃないですかね。
しかも下地はメッツとかカイエとか、その上膨大な映画作品言及。
無茶苦茶手強い本なような・・・・
映画学の人が冷淡だからねえ
言及してる映画学の人もいないわけじゃないけど、議論の領域とレベルからしてついていける人も少なく、
2〜3人ってところだよね、邦語論文内の蓄積は。
だから俺が参戦してやんよ
あと、割とどうでもいい指摘をすると、駒場と早稲田が映画研究の輩出元だったとして、
実証研究やフェミニズムなどと近接はしやすい蓄積はあるんだけど、
英仏の映画理論の動向を一定以上踏まえた蓄積や下地になってるかというと、必ずしもそうでもないってのがネック。
蓮実の指導方針は割と実証主義的だし、その意味では保守的というか
アカデミックな要請にしたがって、まずは第一層としてそれを準備するに徹した感もある。
英仏の映画理論に関する教科書や邦訳も絶対的に乏しいのは、上記のような傾向の結果といっていいと思う。
もちろん、その中でも地道にメッツが訳されたりと、乏しい中で持続されてはいるんだが、
いかんせん母集団の数が・・・
関東でちゃんとできそうなのが明学ってのがネックなんだろうね
浅沼圭二界隈、武田潔界隈、四方田界隈・・・、このへんになるよね。
駒場と早稲田以外となると。
ともあれ今度こそ発売されそうで良かった良かった。
159 :
考える名無しさん:2008/10/02(木) 14:09:49 0
出版記念age
160 :
考える名無しさん:2008/10/04(土) 00:22:18 0
俺は買ったぞage
財津氏、何はともあれ、お疲れさん。
挟んであった宣伝チラシが気に入らんけどな。
蓮實の言葉なんて、もう誰も信じないよ。
これでとうとうドゥルーズ単行本全訳か・・・・
シネマの場合四半世紀がかり
163 :
考える名無しさん:2008/10/05(日) 09:39:25 0
ドゥルーズの「シネマ」は、ジャック・ベッケルに
まったく触れていないので、私はドゥルーズを断固
許さない。by 蓮實重彦
週刊読書人 10月3日号より
クリスチャン・メッツを盾にしたり、もういいよ……
蓮実って、いっつもそんな程度の話ばかりだよね。
あんな言説に騙される馬鹿なんて、いずれどっかで不注意な馬鹿になるんだから
この老人は誰にとって必要なのだろうか、と思ったりする。
中原昌也が蓮實の反動性を身につけたのには参った
初期の馬鹿っぽい小説とか好きだったのに
中原みたいな人って、意外に保守反動に転がりやすいという気がしたな。
蓮実嫌いを標榜してたけど、割と下地は似ているように思っていた。
反骨的であろうとする人が、なぜか蓮実の保守性を反時代性として見出し、
反理論的で経験的だから、というふうに吸い込まれていく。
鈍い人は大体、蓮実でやられちゃうんだろうね
さらにいうと、ペドロ・コスタは、映画作品はともかく、
喋るとほとんど蓮実の映画自律性の確保で逃げればいい、のスタイルに近づいていて、
やっぱりパンクを標榜した人って、ああいうのに弱いんじゃないかな。
逆説的に政治的・言説的にはひたすら保守になるという。
169 :
考える名無しさん:2008/10/05(日) 16:52:14 0
『表層批評宣言』のころは良かったんだけどね。
映画批評は蓮實の登場で後退した部分が多い。
文芸批評はまるでダメだったし。
小説は……最後まで読んだやついるのかwww
ドゥルーズは実験映画も好きだから、蓮實は許せないんだろう
結局、「好み」「趣味」でぎゃーぎゃー言ってるのと変わらないんだよね
今日、本屋にCINEMA1並んでた。
蓮實の場合、趣味判断がすべてだからね
センスが悪いやつは映画を論じてはいけないと。
でもドゥルーズはそういう問い自体をあまり重視しない。
174 :
考える名無しさん:2008/10/08(水) 23:42:46 0
コマ落としを運動として見る機能はあるのに
場合によって、その情報に意味づけできないのはなぜか
連合野が停滞しているからピンポーン
じゃあどうするか。どうでもいいな他人事だし後ろから頭殴ればいいかも
統合失調症では意味付けをしすぎるのだけど、この場合逆だ。なんでだ
陰性症状だからピンポーン この場合のこの場合ならば。しかしあの場合ケースが違う。
失読にはならないが意味付けができない、どういう感覚なんだ
自閉症的だから ということは発達障害の可能性
症状はかるい ということはあの場合情意鈍麻による虚言癖
虚言癖か。これはむりぽ 話せん
ばらばらに見えているかだけ聞く これでわかる
〉168
師匠筋のストローブ=ユイレはバリバリのマルクス主義者なのにねw
財津氏の訳、やっぱり意味が取りやすくて良いですね。
二年待った甲斐があったというものです。
しかしこうなってくると、2の訳が……雑すぎるorz
まあしかたない
財津も映画に対しては微妙
どっちもどっち
【このスレッドは ル・サンチマン™ の提供でお送りしております】
本スレ落ちたのか。
950超えるとあっさり落ちるんだっけ?
過去スレのリンクも分からん俺は次スレ立てれないので、
誰かよろ。
新スレたったね
>>163 こないだ、確か「映画に目が眩んで」をチラ読みしたところ、「シネマ」を称賛していたけど、あれは本自体がアジテーションを目指していたせいなんだろうか…。
かなり昔の本ではあるけど。
>>182 蓮實はドゥルーズの死後ぐらいから、
デリダとドゥルーズを嫌うようになった
蓮實の死後には蓮實を否定する論者が公的に湧いてきそう。
蓮實はいかんともしがたいドゥルーズ愛の人でしょ
日本で最初に翻訳本出してるし処女作で日本で最初にインタビューに行ってる
浅田ブームの10年も前に
ランシエールと市田良彦が指摘するように、
ドゥルーズにおけるフロベール的側面をわがことのように愛した、ってだけにも見えるんだがなあ。
蓮実のドゥルーズ論(『表象と奈落』所収)なんて読めたもんじゃないよ。
>>184 生きているうちにこそやっておくべきだろうとは思うね
今のフィルムスタディーズの連中はすでに蓮實スルーじゃね
たぶん表象の弟子とかが冷ややか
189 :
考える名無しさん:2009/02/02(月) 02:09:37 0
蓮實はドゥルーズ愛があるのかもしらんが
『シネマ』には批判的。
190 :
考える名無しさん:2009/02/02(月) 16:39:38 0
>>189 >『シネマ』には批判的。
よくわからなかったんじゃないの。
哲学については不自由な人のようだから。
ドイツ文化をハナから馬鹿にしている昔ながらのおフランスだから、
超越的と超越論的の区別を物ともしなかった
蓮実ってドゥルーズのスピノザ論や差異と反復を
文字通り「読めなかった」人だろう。
美学的に好きなフレーズを選んでドゥルーズ酔いしてただけの、
よくある最低のドゥルーズ受容者。
ドゥルージアンにはアンチ蓮實が結構多いんだな。
2chで吠えるしか無いんだよw
いや、丹生谷とかでも言ってたことだよ。
蓮実は差異と反復やドゥルーズの形而上学やスコトゥス絡みをあまりに無視している、とは。
俺のような非専門家が哲学書から何かを読みとりそして何よりも使うと言う意味では蓮實は教えてくれるものが多い
うそぉ・・・ 蓮実で示唆されるか?
いや、独特の美学はあるし、蓮実に何かを学んだ人は多いとは思うが、
「哲学書から」読み・使う、という意味では全く違うだろう。
「専門家」ってどこにいるんだ、どこに、と尋ねたいぐらいだね。
ドゥルーズの前期の本は「専門家向けに」書かれたとでも?
逆だろう。ヒューム、ニーチェ、スピノザの入門書までドゥルーズは書いたのに。
もともとマゾッホ論ではフォイエルバッハなどが言及されていたわけだが、
蓮實は宙吊りと愚鈍さに関する部分だけ引っ張った
それに前者はどうせヒッチコック
丹生谷は蓮實が「愚鈍」という訳語を使うことについて、妥当な面もあるがやはり留保したい的なことを書いてたな。
スピノザ論に関しては、先に「表現の問題」を読んで撃沈した俺。「実践の哲学」から読むべきだなあれは…。
ところで、チャールズ・サンダース・パースはもっと注目されて然るべきだと俺は思う…。
>>199 卓抜なスピノザ研究者・上野修なんかもいるから、
スピノザ周辺を理解するにはお勧めしておく