キリスト教は邪教です! PART 9

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1考える名無しさん
『キリスト教は邪教です!』ニーチェの現代語訳・・・だって。
その主張は、
1イエスとキリスト教は関係ない
2西洋の哲学者はほとんどがインチキ
3キリスト教が戦争を生み出す
だそうな。ホンマかいな?

関連
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062723123/qid=1121974081/sr=8-4/ref=sr_8_xs_ap_i4_xgl15/250-8744454-1354630
http://www.geocities.jp/tekina777/niche.html
part2
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1124847976/l50
part3
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1133540210/
part4
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1145929338/
part5
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1148992312/
part6
http://academy4.2ch.net/philo/#2
part7
http://academy4.2ch.net/philo/index.html#1
part8
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1157209382/l50
2考える名無しさん:2006/11/07(火) 19:09:11
3考える名無しさん:2006/11/08(水) 10:02:30
>>1乙かれなのだ。
4GOAT:2006/11/08(水) 16:38:33
>>1
 キリスト教でなくても,宗教は他人を巻き込むことが多いので争い事も発生しやすいのでは?
 また,「絶対的な教え」がある限り必ず反対派が発生するのは自然の摂理に近いような。。。
 うーん。なんだかよくわかんないですよね。宗教って。。。 
5考える名無しさん:2006/11/08(水) 16:42:13
「信じる」って何だろうね。不明なものを受け入れるって。
6考える名無しさん:2006/11/08(水) 16:53:55
>>4
問題はキリスト教がオウムと同レベルでありながら世界宗教であることだろう。
7考える名無しさん:2006/11/08(水) 19:47:01
>>6
生殺しの技術ではオウムなんぞ足元にも及ばない
8考える名無しさん:2006/11/08(水) 23:35:22
イスラム教が危険な宗教というのは、キリスト教の宣伝工作の結果なわけで、
イスラム教はキリスト教よりはるかに穏やかな宗教。
9考える名無しさん:2006/11/09(木) 02:04:58
>>8
危険でないイスラム教というのはどの宗派?
危険であるキリスト教というのはどの宗派?

そういうことを詳しく指定して書かないで適当なことを言っていても無意味。
10考える名無しさん:2006/11/09(木) 20:25:41
歴史を参照せよ
11短パン:2006/11/09(木) 20:34:15
〜〜〜なんつぅか。此処哲学板なので、
おんどれの持論は『宗教板』で、がなるのが吉w

っつか、板がちがうんじゃぃーwww
上げてる意味も解らんので、削除w

市ね。
12考える名無しさん:2006/11/11(土) 00:26:32
そろそろ本題に……
スレタイの新書読んだ奴はいないのか?
13考える名無しさん:2006/11/11(土) 00:35:57
235:名無しさんにズームイン! :2006/11/10(金) 23:31:27.88 ID:ei0O5AV2 [sage]
キリスト教は自然との共生ではなく支配をする。
キリスト教徒はこれみても心が痛まないのだろう。
14考える名無しさん:2006/11/11(土) 00:38:09

長澤まさみちゃんの水着姿
http://megurulove.com/bbs/etc/img/11460352480008.jpg

激レア
15考える名無しさん:2006/11/11(土) 01:26:26
>>13
これって何??
16考える名無しさん:2006/11/11(土) 13:46:48
17四式 ◆P0IfHjzAm. :2006/11/11(土) 16:53:22
なんか知らんが、キリシタンは戦国時代に奴隷貿易したよね。
現代でもコリアンに日本原罪論で贖罪意識を植え付けて女を売ったよね。
神が魂が否定するのだよ、神=ゴッドなんていえるキリシタンの言葉だけの
信仰ではない、俺の神と魂が全力で否定するのだよキリシタンを。
18考える名無しさん:2006/11/12(日) 05:46:36
ここでも聞くけど
「永遠回帰」か「永劫回帰」はどちらがオリジナルのニュアンスに近い?
19考える名無しさん:2006/11/12(日) 09:00:39
★★日本の宗教雑考★★
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1163146726/
20考える名無しさん:2006/11/12(日) 10:16:59
誰か大沢あかねの巨乳画像ちょーだい。
21考える名無しさん:2006/11/13(月) 16:39:20
永遠回帰は反キリストのメッセージにすぎない。
わかるかね。
22考える名無しさん:2006/11/13(月) 18:51:04
コワスギ

バチガイデスマソ
シツレイシスタ オマカセシマス
サヨナラ
23考える名無しさん:2006/11/13(月) 18:58:18
22

テイセイ

タイヘンシツレイシマシタ
スレノケンハオマカセシマス

サイナラ〜
24考える名無しさん:2006/11/14(火) 02:15:26
また教会関係者が荒らしはじめましたね。
25考える名無しさん:2006/11/14(火) 14:07:40
日本の無宗教も年間3万人以上を自殺に追いやる
とんでもない邪教という事になる。
26考える名無しさん:2006/11/14(火) 17:26:25
>>25
他人を殺す宗教よりましだろう。
そもそも無宗教じゃないし。
27考える名無しさん:2006/11/14(火) 18:13:28
>>26
日本人は神道だろ。初詣は宗教行為だ。
で国内でおきる殺人のほとんどは、他人を殺す宗教&日本人だよな。
28考える名無しさん:2006/11/14(火) 18:17:42
初詣が宗教行為だと思って行ってる人なんているのか?
29考える名無しさん:2006/11/15(水) 02:06:03
>>27
神道とは何か理解してないようですね。
30考える名無しさん:2006/11/15(水) 07:20:26
>>25
単に無宗教だから自殺するとでも思ってんのかね?宗教が必ずしも人を幸せにするとは限らないし。むしろ宗教のために自殺する人も中にはいるんじゃないの?
自殺者の7割はうつ病と聞いたことがあるぞ。本で。
>>27
他人を殺す宗教?一部のキリスト教などのたぐい?
また神道の信念に基づいて殺人を起こすとでも言うのかね?
31考える名無しさん:2006/11/15(水) 11:07:34
>>30
それは、神道の信念に基づいて殺人が行われたことはないという、無茶な主張ですか?
32考える名無しさん:2006/11/15(水) 12:56:40
>>25-31
神道と国家神道を混濁している人が多い。
神道に聖書のような聖典があるとすれば話は別だが
それに類するものがあったとしても内容を
知る人はほとんどいないはずである。
キリスト教の聖書の場合、批判者が引用するのは
ほとんど旧約聖書の方である。
キリスト教が旧約を乗り越えて新約に至った事を忘れている。
旧約のみを批判するのはユダヤ教を批判しているのと同じである。
キリスト教へのルサンチマンとでもいうものは
ナチスの崩壊で失われたはずで、その残党か右派系の喚きが
ニーチェの反キリストを使ってささやかな抵抗をしているとしか思えない。
33考える名無しさん:2006/11/15(水) 13:53:30
>>32
>神道に聖書のような聖典

あるだろ。祝詞とか。
34考える名無しさん:2006/11/15(水) 15:46:21
>>33
あなた頭が悪いんですね
35考える名無しさん:2006/11/15(水) 23:57:53
一神教における聖典とは何か、全く知らない人間が、無理やり話しに入ろうと
してるんですね。鬱陶しい。
36考える名無しさん:2006/11/16(木) 00:04:29
他者の利他的な行為がよいのではない!
強者の自己肯定の感情こそがよいなのだ!
37考える名無しさん:2006/11/16(木) 00:19:19
何にとってよいのだ?
38考える名無しさん:2006/11/16(木) 23:02:43
端的によいということです。
何にとってかというのは後から考えられることです。
他人がよいと感じられるのではなく、私がよいと感じられる、
これがよいの起源だと後から考えたのです。
39考える名無しさん:2006/11/16(木) 23:47:09
>>32
「キリスト教の聖書の場合、批判者が引用するのは
ほとんど旧約聖書の方である」

 お前はキチガイか?
ニーチェは基本的に新約を批判しているんだよ。
40考える名無しさん:2006/11/17(金) 04:06:41
キリスト教のページ見て吹いた。
「主は全て用意してくださっています。下の項目をクリックしてください。」
主はネットにも精通していたのか。
41考える名無しさん:2006/11/19(日) 08:43:52
この本がおすすめです。

運命を変える思考の力 (単行本)
ラルフ・ウォルドー・トライン
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4797329211/sr=8-2/qid=1163892894/ref=sr_1_2/503-9637325-6926332?ie=UTF8&s=books

自己啓発本ですが、キリスト教の歴史がわかりやすく書かれています。
自分はジェームズ・アレン「原因と結果の法則」にはまって
執筆時期、内容が似ているこの本を読んだのですが、
キリスト教のことも勉強になってよかったです。
42考える名無しさん:2006/11/19(日) 09:03:33
>>41
で、どんな話なの??
43考える名無しさん:2006/11/20(月) 00:29:12
神道は宗教ではない。
それがわからないやつが何を言ってもムダ。
44考える名無しさん:2006/11/20(月) 00:58:39
結婚するまでに一度もセックスをした事の無い人は?
ほとんどゼロだね。
宣教師になってしまった後に結婚する事を許されないカトリックの宣教師のなかの
独身の人は子供に性的虐待をする事で有名だね。
つまり人間はどこかで性欲を発散させる必要が有る事の証明だね。

セックスの低年齢化で問題になっている
10代の妊娠と性病を防ぐ為に性教育が必要。
例えばハイスクールでコンドームの使い方を教えるとか
コンドームを生徒に配ってしまうとか
でもあなた達は変。

結婚前のセックスは信仰に反するから
セックスを教えてはいけない、
コンドームを配ってもいけない。
教えは一つだけ "セックスをするな!"
そんな事言っても99パーセントの人はします。 

それでは質問です。
10代の性病と妊娠の件数が増える事に関してどう思いますか?

キリスト教に限らず宗教は邪魔です。
創価学会、仏教、ヒンズー教、イスラム教 すべて糞です。
宗教をやる人間は糞喰らえ! 
45考える名無しさん:2006/11/20(月) 01:03:51
>>44宗教は悪い面も確かにあるがいい面もある
46考える名無しさん:2006/11/20(月) 06:34:57
>>44
つまらん。
47考える名無しさん:2006/11/20(月) 08:35:24
>>42
短く要約すれば、キリスト自身が人々に伝えたかった事は
すばらしい事だったんだけど、キリストの死後、キリストやその弟子以外の人によって
作られた「キリスト教」は、キリストの教えとはかけ離れた物で、
それが、悪い歴史を作ってきたということです。
また、キリスト教の話以外の自己啓発の部分も良かったですよ。

48考える名無しさん:2006/11/20(月) 11:50:02
>>47
>「キリスト教」は、キリストの教えとはかけ離れた物

これは間違いですね。キリスト教は、キリストの教えに最も近いです。
キリスト教以上に、キリストの教えに近いものはありません。

悪い歴史を作ったのは、教えではなく、それを利用する人間です。
日本の国でも同じことです。指導者の考え方=国の考え方ではありませんから。
49考える名無しさん:2006/11/20(月) 13:31:54
>>48
>>悪い歴史を作ったのは、教えではなく、それを利用する人間です。

つまり、キリスト教は無意味ということですか?
教えはあっても実践できなきゃ何のための分厚い聖書、何のための教会なんでしょ?
50考える名無しさん:2006/11/20(月) 13:54:29
>>49
実践できる人もいるが、出来ない人も多い。
病人にこそ医者が必要なように、罪を背負った人こそイエスの教えが必要と言うのがあるが、
治療や、実践の効果には個人差があるものだ。

宗教を認めていないのに、完全性を求めるのならば、その人は頭が悪いのだと思う。
51考える名無しさん:2006/11/20(月) 13:55:31
>>49
>つまり、キリスト教は無意味ということですか?

別に無意味にはならんだろ。いい面もあるのだから。
52考える名無しさん:2006/11/20(月) 15:25:11
イエスとキリストをきちんと区別できるやつはいないのか?
53考える名無しさん:2006/11/21(火) 03:25:15
イエス・キリストのイエスは個人名、キリストはヘブライ語では「メシア」と呼ばれ、「救世主」の意味らしい。
54考える名無しさん:2006/11/21(火) 20:35:35
宗教は一見、平和を唱えていると勘違いされるけど、団体を支配する者達の利益が目的だからね。
国益優先の米国と同じで米国は兵士の命で支配層の利益を購い、宗教は信者の人生を宗教の利益に捧げさせるんだからね。
イエスは人間の正当な在り方を探求して広めた哲学者で、キリスト教はイエスの考え方を盗用し都合良く、それに手を加えて聖書を作り世界一の団体に成ったのです。
イエスはユダヤ教徒からキリスト(メシア=キリスト=救世主)であることを否定され、十字架の上で刺し殺されて死んだのです。
イエスの再来は2020年〜2037年の間だ、と預言されており、人類の最終戦争と言われるアルマゲドンと同時期なのです。
宗教家達がアルマゲドンを2000年として騒ぎ立てたのは人々を不安に陥れて信者を集める手段に使いましたが本物の人類の最終戦争と言われるアルマゲドンは2020年のこれから始まることです。
アルマゲドンを人類の最終戦争と言って恐れるのは宗教家だけで、この人類の最終戦争は従来の戦争とまるっきり違い全て平和裏に始まり平和裏に終わる、と言う素晴らしいものなのです。
つまりアルマゲドンは人類の心の奥深く隠されていた潜在知能を使い智恵を産みだし、その智恵で奪い合いの無い自由で平和な社会を構築する時期が2020年〜始まり2037年の時代に終わるで有ろうと遠いい過去に予測したのですね。
人々が智恵に目覚めてしまいますので、宗教に騙される人もいなく成りますので全ての宗教は自然消滅する、とやはり預言されているのです。
2020年頃には、皆さんが知能を育て智恵を持つキリストに成ってしまいますので、その事を例えて人類を長きに渡り虐げてきた「ユダヤ人は真のメシア、イエス=キリストの再臨を迎えるで有ろう」と言うのです。
ざっとですが、こんな所ですね。
55考える名無しさん:2006/11/21(火) 21:16:19
このスレの存在自体が、Gottの万能性を否定する証拠のような希ガス。
56考える名無しさん:2006/11/21(火) 22:27:46
GottとGodをきちんと区別できるやつはいないのか?
57考える名無しさん:2006/11/22(水) 08:45:55
少なくともニーチェの神はGott
58考える名無しさん:2006/11/24(金) 19:06:40
十字架の上で刺し殺されて死んだのはニーチェである
59考える名無しさん:2006/11/25(土) 11:49:50
ニーチェにはいわゆる哲学という部分があるのでしょうか。
批判ばかりしているイメージしかないのですが。

60考える名無しさん:2006/11/26(日) 21:21:49
ニーチェ理解には程遠いようだな。
61考える名無しさん:2006/11/28(火) 00:08:36
信仰がなければ見えないものもある。
神を否定するのは、信仰なきものの不幸である。
62考える名無しさん:2006/11/28(火) 00:51:06








早く働けよ

親泣いてるぞ
63考える名無しさん:2006/11/28(火) 17:27:16
ひとつはっきりしていることは
ヨーロッパのキリスト教は
キリストその人の教えとは
なんの関係もないということだ
たとえばローマ・カトリックにおける教皇・法王という概念などは
反キリストそのものである
64考える名無しさん:2006/11/28(火) 19:02:40
>>63
キリストは職業。
個人をさすならイエスだろ。イエスの教えをキリスト教以外で知ることができないのに、
関係のないといいきるのは頭がおかしいとしか思えない。
65考える名無しさん :2006/11/28(火) 20:09:18
全ての宗教は想像力の範疇ってね。
誰にでもわかるよきっと。
66りくーつ・こねりー:2006/11/28(火) 21:07:56
>>50
> 宗教を認めていないのに、完全性を求めるのならば、その人は頭が悪いのだと思う。

どういう完全性なの?具体的に…
67考える名無しさん:2006/11/29(水) 03:05:50
キリストは職業ではない。
救世主という意味である。
68考える名無しさん:2006/11/29(水) 16:56:43
キリストはパウロが売り込んだ商品名。
69考える名無しさん:2006/11/30(木) 13:52:18
ニーチェの入門書、何を読めばいいですか?
レポートで使うので。
70考える名無しさん:2006/11/30(木) 19:19:27
>>65
おまえはそんな反論しかできんのか
日本語おかしいし
顔もおかしいよwww

たいての日本人にとってキリストとはイエスのことなんだよ
それで誤解するようなバカはどうでもいいんだ
バーカ
71考える名無しさん:2006/11/30(木) 21:53:19

哲学板では区別つけろよ
72考える名無しさん:2006/11/30(木) 22:58:33

そうだよな
哲板にいるのは
ふつうの日本人よりバカなんだから
区別しとけよ
73考える名無しさん:2006/12/03(日) 04:21:09
なんかふと思ったんだが
靖国神社参拝が問題になるのはそれが正し過ぎるからだろうね。
戦後どころか日本の歴史が積み上げてきた砂上の道義を一変に
崩しほとんどの事を否定してしまう正しさの危うさが靖国参拝
にはあると思う、俺はそれで良いと思うが。
74考える名無しさん:2006/12/03(日) 21:24:09
>>キリスト教は白人限定の宗教で、
白人以外は人間として認めていないからな。

黒人のキリスト教は何?
75考える名無しさん:2006/12/04(月) 22:50:16
個人的にはキリスト教を肯定も否定もする気も資格もないけど
現代版「キリスト教は邪教です!」とかいう現代の下劣さを象徴するような
俗臭芬々たる衰弱したタイトルは失せてほしい。

キリスト教がパウロの嘘であってもなくてもどちらにせよ、
苦痛を知っている人たちを救う力がすごい宗教だと思う。
本当に聖らかな信仰を持った、先天的要因の統合失調症患者が知り合いにいるけど
信仰がなかったら、たぶん彼女の人生は絶望以外に何もなかったような気がする。
そういう人も世の中にはいるんだから、ふざけ半分の腐ったタイトルは・・嘔吐!


でも、宗教の利用のされ方が、愚悪極まりなく、偽クリスチャンの偽善が甚だしいのも事実。
聖書に対しての理解がない人がこの本を読むのなら、キリスト教がどうこうより
組織化された嘘で固められた宗教の卑劣さ加減を理解する目的で読んだ方がいいと思う。
文字通り骨が疼くような苦痛、を知らない人が神がどうこう考えても意味がない。
神を信じることなしに生きていけない人は、たくさんいる。
イエス、あるいはニーチェの存在に涙を流せないような無情な知識人が、この本を字の
表面だけで理解するのは、テスト前に世界史の言葉を頭に貼り付けるのと代わらない。
この訳ではあまり伝わってこないが、ニーチェの言葉の裏には、かなり精神的なものが
あるから、言外の思想を読み取るべき。覚えて貼り付けるのではなく、読んでいるその時に
魂に染み込ませて読むのがいいと思う。

とにかく、ニーチェは苦痛を完璧に知りぬいた人だろうから、彼自身の精神から
色々学ぶ、というより感じることが、この本の第一義だと思う。
76考える名無しさん:2006/12/05(火) 02:14:03
何の本?
77考える名無しさん:2006/12/05(火) 04:57:17
>>ニーチェの言葉の裏には、かなり精神的なものが
あるから、言外の思想を読み取るべき。

お前、原著で読んだの?
そのわりには頭の悪さがにじみ出ているが、、、。
78考える名無しさん:2006/12/05(火) 05:05:15
>>77
いや、客観的に判定するとオマエのが頭悪そう。
79考える名無しさん:2006/12/05(火) 15:00:58
>>78
客観的な判定?
だから頭が悪いって言われるんだよ。
80考える名無しさん:2006/12/05(火) 23:52:07
私の、キリスト教が邪教である理由。

一神教*布教活動

です。
つまりこれは、侵略に等しい行動なのです。
ただでさえ、同じ民族、同じ家族であっても十人十色の考えを持つのに、それを絶対的な理論で統一しようとする。
結果、物事の真偽をはっきりさせなくてはいけなくなる。
そして、それが人の考えの否定だとかに及び、争いが起きる。
そんな主教が他国にきて、布教するとどうなるか。
一神教だから、その土地の土着の神は退けられる。
これは、ある王国が攻めてきて、その土地の王を退けさせ、自国の王を従わせる。まさに、これは侵略であり帝国主義である。

教理につて
仏教などの教理は、人それぞれの経験論や他の宗教の考えを取り入れたり、自然を観察したりまたは人を観察して成り立った。
よって、キリスト教の聖書に当たる、経典は何千何百となる。
なぜか、それは仏教が民主主義的で且つ学問的な性質を持っているためである。つまり経典とは、学問で言うところの論文であるからだ。
一方、キリスト教の教理は、「主が言った」「そう契約した」というように、教理の正しさは主に託しているため、なんの根拠も無い。
なので、教理は矛盾だらけ。(何故なら、ナザレのイエスが旅の途中で思いついた頓知で成り立っているから)

81考える名無しさん:2006/12/06(水) 00:08:46
>>80
>一神教だから、その土地の土着の神は退けられる。

違うよ。一神教のGODを「神」としたのは誤訳に近い。
GODは、日本で言うところの神を超越したところにある存在。
日本で言う神々は、AngelかSpirit程度に相当する。

まあ、キリスト教を批判するなら、どの宗派に対するものかはっきりさせた方がいいね。
一つまとめて扱えるようなものではないから。
82考える名無しさん:2006/12/06(水) 02:16:18

じゃあ、GODはなんて訳すの?
83考える名無しさん:2006/12/06(水) 02:16:55
>>81
mutimoumai
84考える名無しさん:2006/12/06(水) 02:55:05
>>82
対応するものが無いので、訳せない。
85考える名無しさん:2006/12/06(水) 04:38:45
GODは、創造主=造り主(つくりぬし)。
ニーチェは、イエスを非常に優れた思想を持った<人間>だと
評価していたと思うのですが...
その時点で、大間違いかな?!残念ながら...
何故、ニーチェは、イエスを<人間>にしたかったのかな?
<イエス=人間>論争は、それ以前にもたくさんあったのに...
あと、キリスト教を信仰する者が、すんなり受け入れることを
哲学的に言い当てようとして、言葉の迷宮をグルグル巡る
ハイデガーの<存在>やデリダの<差延>の思考は、さらに
深刻そうで...困ってしまいます。
やはり、あまりにも楽天的でハッピーな思考をするキリスト教が
悪いのでしょうか?
悪いのかもしれない...(反省)







86考える名無しさん:2006/12/06(水) 10:25:08
>>85
>GODは、創造主=造り主(つくりぬし)。

そういう側面があるだけで、創造主というだけではないだろう。
つまり逆は成立しない。
87考える名無しさん:2006/12/07(木) 15:18:26
>>86
じゃあ、GODは何??
88考える名無しさん:2006/12/07(木) 15:32:28
>>87
Great Ojichan Deep kissの略でしょ。
常識的に考えて。
89考える名無しさん:2006/12/07(木) 15:33:30
>>88
最後のKが無いじゃないか。
90考える名無しさん:2006/12/07(木) 16:20:50
>>87
YHWH
91考える名無しさん:2006/12/07(木) 23:24:17
92考える名無しさん:2006/12/08(金) 09:16:44
>>90
だったら、造物主でいいじゃない。
だめなの??
93考える名無しさん:2006/12/08(金) 10:53:34
近代以降、人々のモノの見方や考え方、感じ方にいたるまで
ある人物によって、仕組まれた・仕掛けられたものだった...
むしろ、仕組まれた・仕掛けられたもの以外はありえない...
この洞察は、素晴らしいと思いますが、イエス(および初期の
キリスト教会)にその洞察を当てはめるのは、どうかな???
ちなみに、エホバはGODではありません。
94考える名無しさん:2006/12/08(金) 10:59:04
>>92
単なる創造主ではないから
95考える名無しさん:2006/12/08(金) 12:33:46
争っちゃいけない…その根拠は?なんだろう…
「侵略」とか「否定」とか非常にネガティブな単語を使われると誠に最もな
意見に聞こえるけど、「同胞の平和」以外に興味のない「生き物」としての
人間が「宗教」を発明したと考えたら非常に合理的なシステムでしょ。

逆に「救世主」が教えたもうたものならば、それが真なる「救い」。理屈の
上では邪教じゃないよ。

邪教の定義ってなんですか  >>80

ご存知の通り人間は「社会的な生活」を営む習性を持つ動物だと言われてい
ますよね。社会性とは必ず「政治」の顔を持っています。だから宗教だって
社会や政治を内包するのは当たり前、だって人間がやっているのだから。
だから「○○主義的」な宗教姿勢が見受けられるは至極当然だと思う。
私だけだろうか…?


96考える名無しさん:2006/12/08(金) 19:09:21
頂きます!

ありがとうございます!

ごちそうさまでした!!
97考える名無しさん:2006/12/08(金) 20:07:08
>>94
単なる創造主ではないなら、何か? と聞いておるのだよ。

98考える名無しさん:2006/12/09(土) 18:56:00
>>97
YHWH
99考える名無しさん:2006/12/11(月) 09:10:18
???????
100考える名無しさん:2006/12/13(水) 03:52:21
もういくつ寝るとクリスマスですね♪
来年もいい年になりますように!!
101考える名無しさん:2006/12/16(土) 09:15:46
クリスマスはイエスの誕生日ではない。
クリスマスのお祝いをすると、地獄に落ちるわよ。
102Tar ◆SQIDAUQYpc :2006/12/16(土) 09:45:54
>>98
KWSK
103考える名無しさん:2006/12/19(火) 10:08:15
>>93

ニーチェはイエスを擁護しているはずですが??

>>イエス(および初期の
キリスト教会)にその洞察を当てはめるのは、どうかな???
104sage:2006/12/19(火) 15:48:35
>>103
>>85をお読みください。
<実存>の思考で、イエスを考えても
宙にさまよってしまいます。

ですから、ニーチェのイエスの擁護も
残念ながら浅薄です。

権威ぶった・イエスの教えとは似ても似つかない
教義を振りかざすキリスト教会を批判するために
パウロやヨハネを罵倒しても意味がありません。
105考える名無しさん:2006/12/19(火) 16:30:15
哲学こそ邪教です
106考える名無しさん:2006/12/19(火) 16:52:48
無宗教こそ邪教です。
107考える名無しさん:2006/12/19(火) 16:54:35
無宗教は自分が神様だからなw
108考える名無しさん:2006/12/19(火) 17:01:52
>>104
はて?
キリスト教以外で、イエスの教えなんて明らかになっているのでしょうか?
イエス自体キリスト教の作り話かもしれないのに、教会と似ても似つかないとか無意味だと思いますが。
109考える名無しさん:2006/12/19(火) 17:09:21
哲学は無宗教を装った一種の宗教だろ
110考える名無しさん:2006/12/19(火) 18:46:33
>>108
確かに、キリスト教以外でイエスの
教えを理解しようとする機会は皆無ですね。
でも、キリスト教にも教義というものがあって
教義で分かったつもりになって、
本当にイエスの教えを理解しているのかは
怪しいのです・・・(反省)。

イエスが実在した人物かは、一度調べて
みてください
(勿論、実在した人物ですよ)。
111考える名無しさん:2006/12/19(火) 19:11:17
>>110
実在した証拠は?
確かないと思いますが。
112考える名無しさん:2006/12/19(火) 19:15:06
イヴにラブホの前で行列作って並んでいるカップルを見て
クリスチャンやキリストはどう思う?
113考える名無しさん:2006/12/19(火) 20:43:42
クリスマスはイエスの誕生日じゃないんだよ
114考える名無しさん:2006/12/20(水) 13:31:03
>>110
本当の教えといっても、それは新約聖書から読み取るしかない。
パウロが編纂した新約聖書以外に、イエスの言葉を読む手段はないんだから。
そこのところをどう考えているの??
115考える名無しさん:2006/12/20(水) 21:39:57
>>114 パウロが編纂した新約聖書
それどんな聖書???
116考える名無しさん:2006/12/21(木) 02:54:39
>>115
質問の意味がわかりませんが...
117考える名無しさん:2006/12/21(木) 03:33:15
ひさしぶりに来たがちっともニーチェの話になってないな

↓ちなみに懐かしの小ヨハネさん
主イエス・キリストは父なる神 3.
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1163166628/
118 ◆xGAtZtjybY :2006/12/21(木) 04:13:35 BE:261934027-2BP(0)
>>116
パウロは西暦60年代に死んでるんですが、
マタイ、ルカ、ヨハネ福音書はそれよりずっと後ですよ。
なのでパウロが新約を編纂するということはありえません……
なにか別のことと勘違いされてるのでは?
2世紀から4世紀にかけて、あれをいれるこれをいれないと議論した
その結果がいまの聖書ですよ(正式に確定するのは13世紀)
119考える名無しさん:2006/12/21(木) 14:41:30
現代の学者たちの説によれば、新約聖書の書物の執筆時期は紀元32年から90年ごろで、それらの書物が新約聖書としてまとめられたのは150年から225年ごろの間であるとみなされている。
120考える名無しさん:2006/12/21(木) 14:43:29
キリスト??何が神の子だしwwwwwバカじゃね〜のかよww
滅びろよキチガイどもwwて感じだ。キリスト教徒に対してww
121考える名無しさん:2006/12/22(金) 17:07:42
明後日はクリスマスイブ。
wwが多いのも同レベル。

122考える名無しさん:2006/12/22(金) 17:31:33
イエスは人の子で
ヨセフもしくはローマ兵士との間で生まれた子に相違ない。
あたりまえだ。
ただ信仰者はそう理解しない。
信仰とはそういうものだ。
未開の宗教的感性がそいう解釈におちつくのだ。
信仰するものはわかっていても
そうやって自己をなっとくさせているのだ。
水の上を歩いたり
パンを生み出したりできるわけはない。
超能力的人格を設定したのは信仰するものの側に理由がある。
イエスは神を信じたにすぎない。
妻帯しててもいいじゃないか。
123考える名無しさん:2006/12/22(金) 17:33:07
私はクリスチャンです
ちなみにプロテスタント
邪教ではないですよ。
124考える名無しさん:2006/12/22(金) 18:08:26
>>122
>イエスは人の子で

本人もそう言っている。

>ヨセフもしくはローマ兵士との間で生まれた子に相違ない。
>あたりまえだ。

こちらは断定できない。
何らかの異常で妊娠した可能性もある。

そもそも、創作上の人物かもしれない。

>ただ信仰者はそう理解しない。
>信仰とはそういうものだ。

そうとは限らないよ。
観念の世界の人だとしてもいいんだし。キリスト教グノーシス主義というのもある。

>水の上を歩いたり
>パンを生み出したりできるわけはない。

その程度のことならセロでも出来るだろ。

>妻帯しててもいいじゃないか。

別にいいんじゃないの?信仰しているなら、神が何しようと、誰もダメだとは言わんだろ。
125考える名無しさん:2006/12/22(金) 18:18:20
今日の新聞に、イギリスでは近年クリスマスのことを「冬祭り」と
呼んで、キリスト教との関係を消すようにする動きがある、と書いて
あったが、本当なのか。
イスラム教徒との関係に配慮した例の「ポリティカルコレクトネス」という
奴らしいが、最近はそれに対する反動も強まっているとか。
一体何を考えているのか、よくわからん。
126考える名無しさん:2006/12/23(土) 03:08:56
>>123
クリスチャンも結構邪教だよ^^
なんか名前はかわいいけどね。栗栖ちゃんみたいで。
127考える名無しさん:2006/12/23(土) 04:55:08
申し上げます。申し上げます。旦那さま。
あの人は、酷い。酷い。
厭な奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。
(中略)
捕えて、棒で殴って、素裸にして殺すがよい。
もう、もう私は我慢ならない。あれは、いやな奴です。
ひどい人だ。私を今まで、あんなにいじめた。はははは、ちきしょうめ。
(中略)
はい、はい。申しおくれました。私の名は、商人のユダ。
へっへ、イスカリオテのユダ。

おさむ
128考える名無しさん:2006/12/23(土) 14:01:39
>>125
クリスマスはローマ帝国領内における太陽崇拝の行事。冬至の日からは昼の時間が長くなるので太陽が復活することになぞらえられていた。
クリスマスツリーにしても、元はゲルマンの樹木崇拝から来ている。
要は古代キリスト教が、その習俗がある土地の人々にも受け入れられやすいようにクリスマスという形をとったわけだ。イエスを「義の太陽」となぞらえたり、その日を彼の誕生日にしたりもした。
129考える名無しさん:2006/12/23(土) 16:46:17
愚か者から攻撃を受けて報復するのは愚かしい。
相手を自分と対等の存在とみなすから腹もたつ。
もっとおとなになれ。などと言い出す者がいる。

蚊を殺すのは
べつに蚊と自分を対等の存在とみなすからではない。
単に蚊にかまれて腹がたつから殺すのだ。

精神主義を持ち出す連中は
実はおのれの実践的な能力を見限っているのである。
たとえば性道徳をうるさく言う連中は
性的に不能者である場合が多い。

敵から攻撃を受けて、しかも手も脚も出ない状態を、
自分の自由意志でそうしているのだとごまかしている。
そのごまかしが無意識のままにとどまり
そのうえ、それを正当化する理屈まででっちあげるのだ。

精神主義は弱者・不能者がでっちあげる夢だ。
キリスト教もそのひとつである。
130考える名無しさん:2006/12/23(土) 20:05:34
君の現在はどうかわからないが君は必ず
弱者、不能者になる。
131考える名無しさん:2006/12/23(土) 20:58:02
人を弱者と見下す者は見下される者になっても、強者とみなされ取り扱われる。
時と意志の力によって現実の立場は入れ替わっても
過去は現実として記憶に残っているんだから。
132考える名無しさん:2006/12/23(土) 21:13:57
過去の現実に従って行動することが
人を劇的にする。
過去の現実と今の現実の剥離が大きくなるほどに、人は乱舞するようになるのだ。
例えば過去の強者が弱者に、過去の弱者が強者になれば両者とも、前者は現在の、後者は過去の、現実を否定しようとするために悲劇が起こりかねない。
133考える名無しさん:2006/12/23(土) 21:14:55
宗教を馬鹿にする人間は「宗教に頼らなくちゃいけないような人間は弱い」とよく言うが、
お前はどんだけ強いつもりなんだ…。
自分のことを棚上げせずに信仰者を非難できるのは純粋哲学者くらいだろう。
134考える名無しさん:2006/12/23(土) 22:36:34
純粋哲学者って何ですか?
135考える名無しさん:2006/12/23(土) 22:47:14
職業的哲学者ではない哲学者
136考える名無しさん:2006/12/23(土) 22:49:29
そうだ、どれだけ強いつもりなんだ。
人間社会では自立とか独立とかいってみても頼れる人がいての支えがあっての自立だからな。
むしろ否が応にも支えとなる人、頼れる人が多くなったからこそ自立できるわけで、だからむしろ他立であり、自力より他力に負うところがいかにも大きい。
いかに偉大になってみても他力によらずしては社会的にはホームレスという身分に収まるのである。
社会において孤立した個人は社会という文脈においては不能であり弱者であり不毛である。
不毛でも大地に立てるようになってから傲慢になるべきだろう。
社会人は他力本願なんだから謙虚でなければならない。
どのみち社会どころか世界から放り出されるわけだが。
死んででも何かしら神様とか対象を求めるは、消えてしまうならいいが、
人の存在と人の利用しうる力のすべてが他力によるわけではないからかもしれない。そんな予感があるからだろう。
自分の本質がそれ自体で存在するならば、それ自体で存在しうる絶対的存在性をもつとしたなら。
死によって逃がす場もなく自らの存在の重みと力は自分一身にかかってしまう。
絶大な力をもつ神がいたら世界を創り上げるのも当然だろう。
ビッグバンで始まったというのはわかる気がする。
137考える名無しさん:2006/12/23(土) 23:31:27
キリストねえ・・・・。はいはい。ご苦労さま。もういいよ。'`ィ'`ィ ┐(´Д`┌
138考える名無しさん:2006/12/24(日) 09:17:54
金は自分の依存性の程度を数的に告げるものさしである。
高い地位の味は知らんが、これもまた同じことだろう。これは全くの依存じゃないのか?
上に立っているというよりは支えられているのであり、登りつめるというよりは祭り上げられるのである。
社会的立場は許されているものでしかないから明日にでも路頭に迷うのかもわからない。
全く私有のものなどない。
取ろうと思われれば取れる人間は群をなしている。
あるとしたら死によっても奪えないかもしれないところの自分に刃向かう自分だけを私有しているのである。
死によって奪われるべきものだけが奪えないのである。
もし唯一私有しているかもしれぬこの刃が死後も残るならば神によらずしては救いはないだろう。
容赦なく自らに切りかかり続ける自分という刃の上に永住できる者は強者である。
だから強者を目指すか神の慈悲と愛を信仰するかしかないだろう。
これはたぶん一兎を追えば棚からもう一兎となる希ガスだ。
139考える名無しさん:2006/12/24(日) 22:41:07
メリークリスマス♪
キリスト教による虐殺の被害者にも
140考える名無しさん:2006/12/25(月) 07:30:50
まあそういうのは日本人による虐殺とかを言い続ける中国人と同じで意味がないだろうね。
141考える名無しさん:2006/12/27(水) 03:48:04
同じく一神教の○○○○教は、邪教ではないのか。

本題。キリスト教が、というより、押し付けや植民地や殺戮は、白人(特にアングロサクソン)の専売特許ですよね。
だいたいキリスト教みたいなシロモンが、影響を与えたとは考えられません。
糞キリスト教弁護ではないので、あしからず。
142考える名無しさん:2006/12/27(水) 22:08:37
パンって要するに、鎮痛剤だろな。
パンによって鈍感で盲目になるということだ。
苦痛への耐性は、人が大成するかどうかを大きく左右する。
143考える名無しさん:2006/12/28(木) 23:04:44
キリスト教の影響でなかったら、あんなに残酷なことはできない。
144考える名無しさん:2006/12/29(金) 00:04:47
>>143
キリスト教以外の残酷事件を知らないの?
イスラムとか、ヒンズーでもしゃれにならない事件はあるし、
宗教から離れても、通州事変とかいくらでもあるだろ。
結局宗教のせいではなく、そこにいる人間性で残酷な事件が起こる。
145考える名無しさん:2006/12/29(金) 11:07:48
>>144
宗教は人間性と不即不離の関係にある。あるタイプの人間性が宗教となる。
146考える名無しさん:2006/12/29(金) 20:29:37
>>145
作られるときはそうだと思うよ。キリストや使徒の人間性がキリスト教になったように。
でも、出来上がった宗教に属する人間が、宗教の性質を必ずしも表しているわけではない。
また、無宗教でも残酷な事件は起こる。
147考える名無しさん:2006/12/29(金) 22:34:38
宗教は残酷な心を抑える機能も持たぬので御座るか・・・
148考える名無しさん:2006/12/29(金) 22:47:11
ある行為が残酷であるかどうかを決めるのも宗教なんじゃないかな?
149考える名無しさん:2006/12/29(金) 22:47:52
>>147
抑えられて、あの程度に収まったという方が正しいと思う。
奴らに宗教が無かったら、本当に酷い蛮族だと思うぞ。
150考える名無しさん:2006/12/29(金) 22:48:17
(信仰者にとって)なにが残酷でなにが残酷でないかを決めるのも所属する宗教だろうね
151考える名無しさん:2006/12/30(土) 06:56:56
>>149
あの程度って……。
世界を地獄に落としこんでおいて…。
152考える名無しさん:2006/12/30(土) 11:13:20
>>151
あれでもマシになった方なんだよ。落とし込んだわけではない。
153考える名無しさん:2006/12/30(土) 11:30:31
>>152
根拠は?
あとね、ニーチェがキリスト教を批判するのは戦争おこすからという理由だけじゃないんだけどな。
154考える名無しさん:2006/12/30(土) 15:31:35
>>153
>根拠は?

キリストの教えによって、まともになった人間の方が遥かに多い。
もともと、罪のない人は来なくてよく、罪人を救うためのもの。
改心した人の方が圧倒的に多い。

それに歴史に完全な根拠は求めるのは不可能だ。>>151にも根拠はないだろうね。

>あとね、ニーチェがキリスト教を批判するのは戦争おこすからという理由だけじゃないんだけどな。

俺はその話はしていない。
155考える名無しさん:2006/12/30(土) 16:00:20
>>154
キリスト教のため精神を病んだ人はいないのですか?
156考える名無しさん:2006/12/30(土) 17:05:28
>>155
いるよ。でも少数。医療事故みたいなものだと思われ。
157考える名無しさん:2007/01/01(月) 05:24:26
>>156
それはないだろ
158考える名無しさん:2007/01/01(月) 11:01:44
イエス・イエヤス
159考える名無しさん:2007/01/01(月) 11:04:50
イエス・タケチヨ
160考える名無しさん:2007/01/02(火) 10:25:05
ニーチェは、ピラトがイエスに尋ねた「真理とは何なんだ?」
という言葉で、ピラトが(イエスの語る)真理そのものを、
懐疑的に考えることのできる深い認識をもった人物として評価
しているけど・・・どうなんだろう???
単純に理解できないだけだったと思うのですが・・・
イエスが処刑されないように画策したりして悪い人物ではないと
思いますが・・・
ニーチェが、ピラトを評価する根拠が分かりません???
161考える名無しさん:2007/01/02(火) 23:53:46
>>154
>キリストの教えによって、まともになった人間の方が遥かに多い。
その、「まとも」がどのようなものかによると思う。

>もともと、罪のない人は来なくてよく、罪人を救うためのもの。
罪の無い人はいないはずじゃないの?
162考える名無しさん:2007/01/03(水) 00:12:44
キリスト教は、統一的な宗教で且つ布教活動であるから、邪教。
簡単に言えば帝国主義的である。

布教活動で他国に行く
一神教(統一性)なので、その土地の土着の神などを退けさる。
これが、戦争だとかの火種となる。

163考える名無しさん:2007/01/03(水) 00:28:24
>>161
>罪の無い人はいないはずじゃないの?

「罪の無い人はいない」というのは大雑把な言い方。
普通はいないだろうというぐらいだが、
教会の中では実際問題「罪の無い人はいない」として問題はない。

それでも、他人に対して罪人だと押し付けるものではない。
(押し付けているところがあったら、それは異端かカルトだと思っていい)。
罪人であるかどうかは、その本人が判断することと。
罪がないなら、それはそれでいいし、
罪に苦しむなら、教会はそこから救ってくれる。

個人的には、「罪」という言葉より、「心の傷」という言葉のほうが相応しいと思う。
164考える名無しさん:2007/01/03(水) 00:30:20
>>162
>一神教(統一性)なので、その土地の土着の神などを退けさる。

そういう宗教もあるでしょうが、
カトリックでは地元の神社に参拝することは問題ないし、
それが地域社会として根ざしているなら、そうすることは奨励している。
165考える名無しさん:2007/01/03(水) 00:37:22
キリスト教は合理的な科学理論ではない。
ヨーロッパの伝統だ。キリスト教を否定することは伝統破壊になる。
伝統が破壊されれば人間は弱くなる。非合理的である理由で伝統を
否定するのは賢くない。
166162:2007/01/03(水) 21:49:50
>>164
>カトリックでは地元の神社に参拝することは問題ないし
問題ないという、理由は何でしょうか

>>165
>ヨーロッパの伝統だ。キリスト教を否定することは伝統破壊になる。
伝統として見るのは、どうかと思う。
伝統であれば否定してはいけないとうのも、賢くないと思う。
167考える名無しさん:2007/01/03(水) 22:22:16
>>166
>問題ないという、理由は何でしょうか

問題がないというのに何か理由が必要でしょうか?

反対する理由もなく、個人の自由にしていいということですよ。
168162:2007/01/04(木) 00:04:35
>>167
>問題がないというのに何か理由が必要でしょうか?
理由は必要でないといえる理由はちゃんとあるのでしょうな。
あの質問をしたのは、一神教なのに他の宗教への参拝するのは矛盾していると思ったからです。
まさか、あなたの身の回りだけの、極めてローカルな話ではないですよね?
169考える名無しさん:2007/01/04(木) 02:31:48
>>168
>一神教なのに他の宗教への参拝するのは矛盾していると思ったからです。

別に矛盾していませんよ。
キリスト教のGODは、正確には日本の神とは違います。
GODを神と訳したのは相応しくないと思います。
日本の神は、キリスト教では、HolySpiritかAngelに相当すると思われます。
なので、八百万の神は、聖霊であり、何も問題ありません。
170考える名無しさん:2007/01/04(木) 02:32:51
>>168
>一神教なのに他の宗教への参拝するのは矛盾していると思ったからです。

別に矛盾していませんよ。
キリスト教のGODは、正確には日本の神とは違います。
GODを神と訳したのは相応しくないと思います。
日本の神は、キリスト教では、HolySpiritかAngelに相当すると思われます。
なので、八百万の神は、聖霊であり、何も問題ありません。


>まさか、あなたの身の回りだけの、極めてローカルな話ではないですよね?

はい、参拝の話はバチカンからの話です。
171さるべ:2007/01/05(金) 02:07:45
イエスの説いた教えと、後世のキリスト教ってずいぶん違ってきてるんですね。。
ニーチェは後のキリスト教を、共同体原理批判の視点で主張したんでしょうか。
172考える名無しさん:2007/01/05(金) 02:13:00
>>171
そりゃ、ね。イエス自身は新しい宗派を作るとかそういうつもりじゃなかっただろう。
むしろ、自分こそがユダヤ教の本来の精神を説いたと思っていたのでは?
173さるべ:2007/01/05(金) 02:33:15
>>172
そうでしょうね。イエスに限らず、歴代の預言者たちはユダヤの民に「あなたたちは、神の道から外れている」と警告を発してきたのだと思います。
174考える名無しさん:2007/01/05(金) 02:35:56
>>173
預言=警告じゃないだろ、何言ってんだ。
あったとしても一部分的なものなんじゃないの。
175さるべ:2007/01/05(金) 02:39:26
>>174
一部分かどうかはよくわからないです。ただ、ユダヤの民の選民思想に対する警告と、行為主義に対する警告、この2つは少なくともあったでしょう。
176考える名無しさん:2007/01/05(金) 02:46:46
選民思想はわかるよ。
自分の民族を絶対的なものにしなきゃ生き残ることができないっていう状況に直面してきた。
それを背景に選民思想が顕著になるわけだけど、その傲慢さを指摘してきたんだよな。
177さるべ:2007/01/05(金) 02:56:47
>>176
預言者本来の精神がいわば止揚されているのが、『旧約聖書』の中では、「ヨブ記」と「コヘレトの言葉」という「伝道の書」だと思います。この二書には、民族という共同体としてではなく、個人として神に出会う、あるいは個人の生活を大事にすることが求められています。
こうした考えは、ユダヤ教にあっても、選民思想を破るものなんです。ただ、おっしゃるように迫害の歴史の中にあっては、それが絶対不可欠になったという面の方が大きすぎたんでしょうね。
178考える名無しさん:2007/01/05(金) 03:04:26
>>171
イエスの説いた教えをどこで(何で)知りましたか?
179さるべ:2007/01/05(金) 03:18:02
>>178
えっと、確か「言葉伝承」「物語伝承」の上下巻です。教皇庁聖書委員会の学術論文でそういうのがあったんで。。。
180考える名無しさん:2007/01/05(金) 03:42:46
>>179
それは誰が受け継いできたものですか?
受け継いできたものがそれを否定していますか?
181考える名無しさん:2007/01/05(金) 16:43:20
>>156
少数とか言いますけど、その少数に当たってしまった人たちには重大な問題だと思いますよ。
182考える名無しさん:2007/01/05(金) 18:08:08
>>181
そらそうでしょ。どんなことだってそう。
人間がすることに完璧なんてありえないんだから事故はつきもの。
183考える名無しさん:2007/01/05(金) 22:34:08
2chに来て分かること。
たいていのキチガイというのは
平凡きわまりない、ありきたりな意見しか吐けないボンクラだということ。

これにレスつけたやつは
自覚症状があるわけですから
まだましなレベルです
おめでとう
184さるべ:2007/01/05(金) 23:47:53
>>180
福音書記者たちが伝承をまとめたもののみです。
マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの福音書を対比的に見立てた論文でした。

「否定していますか?」といいますと?
185考える名無しさん:2007/01/05(金) 23:55:33
伝承をそれぞれの視点でまとめたのが福音書でしょ?
イエスが語ったという言葉も、それを伝えた人たちの視点が関わっているから一枚岩でもないですよね。
例えば「汝の敵を愛せ」とか。
186さるべ:2007/01/06(土) 00:01:53
>>185
そうですね。一人の人が書いたのではなく、様々な人が伝えた話を編集したのが福音書ですから。「敵を愛せ」という言葉は有名ですけど『新約聖書』の大半を占めるパウロの書簡には一度も出てこないんです。
187考える名無しさん:2007/01/06(土) 00:04:33
>>186
どっちが正しいんですか?
188考える名無しさん:2007/01/06(土) 18:55:06
>>184
今のキリスト教がそれを否定しているとでも思っているのですか?ということです。
189162:2007/01/07(日) 02:18:21
>>169
godと神が違うのは知っています。
しかし問題は、一神教とは崇拝する対象が一つであるともいえることです。
そして、キリスト教への崇拝とは契約です。つまりイエス・キリストを信じること。

>はい、参拝の話はバチカンからの話です。
おぉ、そうでしたか。
そんな代表的な機関が行っていたとは。
どうやら、一神教の本質に気づき始めたようですね。
190考える名無しさん:2007/01/07(日) 18:19:24
邪教かどうかなんてどうでもいいけどさ
ユダヤ教≒キリスト教≒イスラム教としか思えないんだけど
史実と神話をごちゃまぜにして都合のいいようにでっちあげてるだけなのに
信者はなんでキリスト教をありがたがるんだ?
キリスト本人はキリスト教に全く関与してないしさ
でっちあげじゃん
191考える名無しさん:2007/01/07(日) 18:24:56
>>190
イエスの教えと、その集まりが好きなだけ。同好会みたいなもんだよ。
192考える名無しさん:2007/01/07(日) 18:26:35
>>153
キリスト教が誕生した頃のローマでは、奴隷同士が殺しあうのを見せ物にしていた。人間はもともと残虐なもの。
新大陸での奴隷貿易においても、キリスト教が真っ先に批判した。そうでなければ今でも行なわれているだろう。
193考える名無しさん:2007/01/07(日) 18:29:51
>>190
キリスト教だけがイエスを神の子としている
194考える名無しさん:2007/01/07(日) 18:41:52
目くそ鼻くその違いで殺し合い
愚かなり
195考える名無しさん:2007/01/07(日) 19:20:34
キリスト教が邪教というのでなく、
信仰を邪教にしてしまう人たちが、
たくさんいるということでしょう。
商売やっちゃったら、
どの宗教も、邪教ですよ。
仏教でも、神道でも。
196考える名無しさん:2007/01/07(日) 19:31:15
そのとおり。
信仰心そのものは非常に大事なもので、人類がそれを失うと猿以下になる。
信仰心のない地域は科学や哲学は勿論のこと、文化そのものがない。
197考える名無しさん:2007/01/07(日) 22:22:34
>>196
お前カルトの布教活動にココ使うなよ。
198考える名無しさん:2007/01/07(日) 23:37:33
>>196
で、その信仰心のない地域はどこにある?
199考える名無しさん:2007/01/08(月) 18:34:07
>>192
本当に歴史を知らないんだな。
200考える名無しさん:2007/01/09(火) 20:39:30
>>196

>人類がそれを失うと猿以下になる。
理性から信仰心が生まれた。
元は、理性とは生存効率を向上させるためにある。
つまり効率よく欲求を満たすこと。
それは食欲に関して言えば、被食者の犠牲率の向上につながる。
キリスト教が一般的に持つ倫理観にとって「生」に対するこの事実は「主の恵み」などとすることにより
朧げなものにした。
そこから何も考えず、ただ感謝するのみ。
やがて、生態系や環境が崩れ、生き難くなり、救世主が云々となる。

上に言うところの猿以下になって、今まで下にあった自然の一部になったほうが、かえってよいのでは?
201考える名無しさん:2007/01/10(水) 22:39:15
土着の神を参拝することは奨励するとか
何となく傲慢さを感じるね。

もし仮に、
「土こね神(妖怪つちこね)
土をこねて生き物の形を作ったりする、できあがったものは動き出す。
その昔、人間も2体だけ作ったことがある。
いざなぎといざなみが天地を想像した際、下っ端として手を動かしたのは彼。」

くらいで良かったら入れてやる。
といわれたら、カトリックはそれを受け入れたんでしょうかね。
202考える名無しさん:2007/01/11(木) 15:42:08
現在西洋に伝わっている聖書などのイエスの伝記は不完全なもので間違いが多い。
203考える名無しさん:2007/01/11(木) 19:15:52
>>202
それ以上に正しいものなんてあるのか?
204考える名無しさん:2007/01/11(木) 19:20:18
>>201
そりゃダメだろ。心情的問題ではなく、定義が違う。
カトリックでのGODは全知全能で、全存在、永遠を表す。ラプラスの悪魔に近い。
妖怪つちこねが、その条件を満たすなら、他人がそうおもっても別に構わないよ。
205考える名無しさん:2007/01/11(木) 23:26:52
>204
いやだから、外から来た神が土着の神の定義を歪めてまで自分らの神の定義を守ろうとするところに傲慢さがあると・・・
いくら土着の神とGODが違うからと言って、土着の神をGODに使える天使的位置に置くと言うことは、
新参の者が土着の神を歪めていると言うことになる。
206考える名無しさん:2007/01/11(木) 23:31:59
>>205
>いやだから、外から来た神が土着の神の定義を歪めてまで

歪めてないよ。

>自分らの神の定義を守ろうとするところに傲慢さがあると・・・

守るも何も定義は定義。神とGODは違うだろ。翻訳のミスだと思われ。

>土着の神をGODに使える天使的位置に置くと言うことは、

キリスト教の世界の中で、「神」=Angelで何も問題ないと思うが。
というよりも、土着の神はそのままで、その上にGODがあると思えばいい。
207考える名無しさん:2007/01/12(金) 00:08:46
>207
>歪めてないよ。

歪めないとすると、いざなぎといざなみから八百万の神が生まれたんでしょう?
GODが作ったんじゃないよ
GOD=いざなぎ・いざなみ
とするということ?
それとも、さらに上の日本神話における、天地開闢時代の神と同義?
その辺の神々はGODに近いと思われるが、それらの神々が八百万の神を産んだ訳ではないし・・・
そういった存在すべてを作り出したものとしてGODをもってきてもいいけども・・・
そんな遠い存在は誰も拝まないでしょう。
でも今まで通りでいいと言ってるわけではないんでしょう。
GODも拝めと言うんでしょう?
いきなりその遠いGODとやらが道徳的規範についてあれこれ言い出す存在として出現するというのは、
その分どこかしら土着の神のあり方が歪められると言うことではないの?
208207:2007/01/12(金) 00:11:50
>207→>206です、すいません
209考える名無しさん:2007/01/12(金) 00:25:37
>>207
>歪めないとすると、いざなぎといざなみから八百万の神が生まれたんでしょう?

いざなぎといざなみも神だろ。

>GOD=いざなぎ・いざなみ

NO

>それとも、さらに上の日本神話における、天地開闢時代の神と同義?

GODはそれ以前の存在。在りて在るもの。

>そういった存在すべてを作り出したものとしてGODをもってきてもいいけども・・・
>そんな遠い存在は誰も拝まないでしょう。

別に拝まなくてもいいよ。

>GODも拝めと言うんでしょう?

言わないよ。

>いきなりその遠いGODとやらが道徳的規範についてあれこれ言い出す存在として出現するというのは、

それはちょっと誤解していると思われ。

>その分どこかしら土着の神のあり方が歪められると言うことではないの?

別に歪めていないって。土着の神はそのままでいいよ。
ギリシャ神話だってそのままでいいんだし。
210考える名無しさん:2007/01/12(金) 00:52:21
>209

だったらキリスト教なんて必要ないんじゃない?
キリスト教が入る以前のままでいいのだから
GODの存在をわざわざ持ち出す必要もない
拝む必要ないのだから
211考える名無しさん:2007/01/12(金) 01:25:07
>>210
>だったらキリスト教なんて必要ないんじゃない?

必要ない人にはないし、必要な人には必要。
罪を背負って傷ついた心をもっているなら、
キリスト教はその救いの手段になるというだけ。

>GODの存在をわざわざ持ち出す必要もない
>拝む必要ないのだから

必要ないけど、持ち出してもいい。
娯楽がある必要はないけど、あってもいい。
他人を助ける必要がなくても、助けてもいい。

「宇宙の物理法則の存在をわざわざ持ち出す必要もない、
そんなもの拝む必要ないのだから」と同じようなことだと思うよ。
212考える名無しさん:2007/01/12(金) 03:45:27
>>205
>>207
あなたのほうが正しいと俺は思える
213考える名無しさん:2007/01/12(金) 09:59:15
>>212
まあ、キリスト教を知らないとそう思えるかもしれない。
異端はともかく、少なくとも現代のカトリックは、
土着の神を歪めるものではないよ。というか、それに干渉しない。好きにしろって感じ。
214考える名無しさん:2007/01/12(金) 12:29:00
>>211
あなたの言う罪とはなんのことですか?
215考える名無しさん:2007/01/12(金) 12:55:38
>>214
対象となる人が、良くないと自認する、自分の行い。
他人が決めるものでも、批判するものでもない。クオリアのようなもの。
216考える名無しさん:2007/01/12(金) 22:46:53
教理に矛盾があると思う。
見返りを望まずに与えなさい、さおうすれば神の国にいける
とか、そんな教えがあったようなきがするけど
見返りを望まずに与えると、神の国へいけるという見返りがある、といっているような
217考える名無しさん:2007/01/13(土) 15:03:04
>213
つまりカトリックのGOD様は、
GODのことを一顧だにせず、罪の意識を持たず、土着の神を崇める人々および彼らの
そういった生活態度を容認されていると言うことですか?

なんか聞きかじったGODの知識と違うので、少し驚きました。

それともGODは容認していないが、カトリック教徒は容認していると言うことでしょうか?
218考える名無しさん:2007/01/13(土) 15:50:40
>>217
>GODのことを一顧だにせず、罪の意識を持たず、

このあたりは誰にとってということだと思います。
信徒にとってはGODは父のような存在ですから、愛し、賛美するのは自由です。
でもそれを他人に押し付けるものではないというのは、
自分の両親に対する尊敬と同じようなものでしょう。
「私」はそうするが、「他人」はそうする必要はない。
でも、そうしてくれれば、「私」は嬉しい。ということです。

>土着の神を崇める人々および彼らの
>そういった生活態度を容認されていると言うことですか?

こちらはその通りです。
それすらもGODがその人に与えた自由なのですから。
219考える名無しさん:2007/01/13(土) 18:37:59
昔は、「おまいらが神と考え崇めてきたものは悪魔だぞ」って言って
布教していたというのに、ずいぶん変ったものだな。
元気がなくなってきてんじゃね?w
220考える名無しさん:2007/01/13(土) 22:11:18
>>218
>「私」はそうするが、「他人」はそうする必要はない。
>でも、そうしてくれれば、「私」は嬉しい。ということです。
キリスト教を都合よく解釈してないか?
ぜんぜん違う宗教になってる。
全人類は罪を持っているため、主のいる国にいけないでいる。
しかし、十戒を忠実に守れば、その国へいける契約が交わされる。(ユダヤ教)
そこに救世主イエスが現れ、人類の一切贖罪の後、イエスを信じればその国へいける契約が交わされる。(キリスト教)
だから本来、主の国へ行けるようにするのが目的で、ただ感謝すればいいとか愛せばいいとかの問題ではない。

ま、>>218のような形になるのは、キリスト教のありかたにいろいろと問題があったりする結果なのだが。
221考える名無しさん:2007/01/13(土) 22:34:12
都合よくっていうか原理主義でもない限り時代に合わせて変容していくのは当たり前でしょ。
特にカトリックはプロテスタントほど聖書に比重を置いてないし。
222考える名無しさん:2007/01/13(土) 22:40:57
>>221
>時代に合わせて変容していくのは当たり前でしょ
いやいや、変わりすぎ。
それに、時代に合わせるって、合わせる必要性が出てきたってことでしょ?
その理由は何だ?
223考える名無しさん:2007/01/13(土) 22:47:35
>>220
>キリスト教を都合よく解釈してないか?

解釈も何も現代のカトリックの信徒ですが。
貴方は信徒なんですか?それとも外から文献だけで見ているだけの人ですか?

>全人類は罪を持っているため、主のいる国にいけないでいる。

罪のある人は、ですね。

>しかし、十戒を忠実に守れば、その国へいける契約が交わされる。(ユダヤ教)

ここも誤解されていると思います。
十戒は必要条件であり、十分条件ではありません。

>そこに救世主イエスが現れ、人類の一切贖罪の後、イエスを信じればその国へいける契約が交わされる。(キリスト教)

別に十戒を否定していないよ。
その書き方だとユダヤ教を否定しているように捉えかねない。
イエスは律法を完成させるために教えを広めていたのであって。
224考える名無しさん:2007/01/13(土) 22:48:53
>>222
変わって当たり前でしょう。
人間だって遺伝子が変化してきているのだし、言語だって変わってきている。
合わせる必要性があるのではなく、合わせない必要性がないというだけ。
225考える名無しさん:2007/01/13(土) 23:04:27
>>222
生まれた時代によって常識的な価値観は違います。
現代なら、人種等にとらわれず人類皆平等と考えるのが当たり前のようにね。
「時代に合わせて変容」というのは誰か一人が「やべえ、時代に遅れちまうから修正しよう」
などと考えたんじゃなく、常識が変容していくのと同じように変容していくだけです。
226222:2007/01/14(日) 00:28:33
>>223
>解釈も何も現代のカトリックの信徒ですが。
あなたの一個人の解釈について言っているわけではありません。
>貴方は信徒なんですか?それとも外から文献だけで見ているだけの人ですか?
“信徒”ではないです。文献だけ見ているわけでもないです。

>>224
>>225
要は契約でしょ?
契約についての事柄が時代と共に変わっていいの?
227考える名無しさん:2007/01/14(日) 01:05:59
別に十戒については対して変わってないでしょ。
というか十戒って天国へいたるための契約だっけ?
たんにエジプトから逃亡させてあげた見返りだったような…。
しかもユダヤ教って「罪ある者は天国に行けない」なんて教えていたっけ?

「要は契約でしょ?」って何を根拠に言っているんだ?
あなたが「要は契約」にしようとしているだけだろう。
228考える名無しさん:2007/01/14(日) 14:56:48
>イエスは律法を完成させるために教えを広めていたのであって。

ちょおま。キリストは確かにユダヤ教におけるヤハウェの教えそのものを否定していたかどうかは分からないが
少なくともキリストが生きていた時代にユダヤ教がその律法ばかりを重視して
結果的に神の愛をないがしろにする律法宗教になりさがっていたことを嘆いて、ユダヤ教を批判して神の福音を説いてまわったのが現にキリストじゃないのか?
それだから、ユダヤ教の指導者どもの恨みを買って結局磔になったんだろ?

詳しい文献読んだわけでないが、これは普通高校の倫理社会の教科書に載っているキリスト教とユダヤ教の見解。
これが間違っているのなら私が悪いが、でもそれだとしたらそこらじゅうから教科書に批判来るだろうし
律法を完成させるために、ってそれはあなたの解釈が間違っているんじゃないのか?

ただ十戒を否定はしてないと思うぞ。ただそれから無駄に派生してしまったユダヤ教律法の厳しさを否定したのがキリストのはず。
まぁ何度も言うが、そこまで詳しい文献読んだわけでないからもし正式なカトリックのパンフか何かでそうとかれてるのなら私の間違いってことになるだろうからそのときはすまない。
229考える名無しさん:2007/01/14(日) 16:33:58
>>226
>“信徒”ではないです。文献だけ見ているわけでもないです。

なら、やはり、わかっていないと思います。
クオリアが説明できるものではないように、
中で体験しないとわからない世界もあります。
230考える名無しさん:2007/01/14(日) 16:43:32
>>228
>少なくともキリストが生きていた時代にユダヤ教がその律法ばかりを重視して
>結果的に神の愛をないがしろにする律法宗教になりさがっていたことを嘆いて、
>ユダヤ教を批判して神の福音を説いてまわったのが現にキリストじゃないのか?

その通りですね。ですが、律法を否定するためではありません。
律法には愛が必要だったということです。そして、それを加えて「完成」となったわけです。

>それだから、ユダヤ教の指導者どもの恨みを買って結局磔になったんだろ?

ここは諸説ありますが、ユダヤ教の立場では、神殿を不法占拠したことが原因と言われています。
ユダヤ教からみれば、イエスは期待された指導者だったのですがね。
なお、スターウォーズは、ユダヤ教から見たイエスをベイダーにした物語です。

>ただそれから無駄に派生してしまったユダヤ教律法の厳しさを否定したのがキリストのはず。

厳しさを否定したのではなく、愛がないことを批判したとされています。
法を守っていれば何やってもいいような、法を悪用して、
弱い立場の人間を苦しめたりするようなことは、現代でもありますが、
そういったものを批判してきたのだと思います。
231考える名無しさん:2007/01/14(日) 17:01:02
フォイエルバッハの本質って本の作者でしょ。
どうせならセント・マックスの本質も書いてほしかったわ。
マルクスさんが本気になって怒るくらいだから、
きっと面白いことになったわよ。
232222:2007/01/14(日) 20:36:18
>>229
>>“信徒”ではないです。文献だけ見ているわけでもないです。
>なら、やはり、わかっていないと思います。
>クオリアが説明できるものではないように、
信徒でなければわからないこととは、何か。
そして、信徒でなければわからない理由とは何ですか?
233考える名無しさん:2007/01/14(日) 22:42:44
>232
それはきっと「教団の都合」ってやつです。
234考える名無しさん:2007/01/14(日) 22:56:53
>>232
クオリアと同様、目が見えない人に、「視覚」を説明することはできません。
別にその「視覚」を得る必要はないですが、
盲目の人が別の手段で知った「視覚」について説明しても、的外れなものです。
235考える名無しさん:2007/01/14(日) 23:17:32
>234
すいません、私は222ではないんですが、
信徒でなければわからないものとは、
カトリックと言う教団特有のものですか?

それとも、「信徒」ならばわかるものなんですか?

例えば、誰の教えも受けずに聖書だけを頼りにGODの存在を信じ、
信仰心を抱くようになったと言う人は、レスの218で書かれているようなことが、
わかりますか?

236222:2007/01/15(月) 00:30:37
>>234
>クオリアと同様、目が見えない人に、「視覚」を説明することはできません。
ということは、信徒以外の人でなければ、わからない事もあるということですね?

>クオリアと同様
クオリアなみのローカルな事柄は、たとえ同じ信徒でも理解しあえない。
その事柄は何のためにあるのか?
何故それを知るのか?
237考える名無しさん:2007/01/15(月) 00:43:41
>>236
>ということは、信徒以外の人でなければ、わからない事もあるということですね?

それはないと思います。
信徒以外から出発していれば、両方の世界を知ることができますから。
また、信徒になっていれば、そのクオリアがあるというわけでもないです。
必要条件であり、十分条件ではないということです。

ただ、本当に信徒だけなのか?と厳密に聞かれるならそれはNOです。
ユダヤ教やその他の宗教でも共通するものを持っているところはあるでしょうし、
宗教によらずにそこに達することも不可能ではないでしょう。
ただ、そうだとしても、その信憑性からして、わかっているとは見なされないでしょうし、
見なす必要もないと思われます。


>クオリアなみのローカルな事柄は、たとえ同じ信徒でも理解しあえない。

そうでもないです。
同じように「視覚」を持っている人には絵画の美しさは伝わるものです。
もちろん、人によって感じ方が違う程度の違いは、信徒同士にもありますが、
モナリザの絵が大体の人にとって素晴らしいぐらいの一致はあると思います。
238考える名無しさん:2007/01/15(月) 00:47:58
>>235
聖書読んだだけで要理と同じレベルの理解があるなら、わかるのではないでしょうか。
聖書、その他の思想を読まずして、イエスと同じ考え方が備わっている人にも可能かもしれません。
239222:2007/01/15(月) 10:31:47
>>237
>信徒以外から出発していれば、両方の世界を知ることができますから。
両方の世界と区分しているということは、やはり信徒以外でなければわからない事があるということですね?

>ただ、本当に信徒だけなのか?と厳密に聞かれるならそれはNOです。
>ユダヤ教やその他の宗教でも共通するものを持っているところはあるでしょうし、
例外がありえるということですね?

>ただ、そうだとしても、その信憑性からして、わかっているとは見なされないでしょうし、
>見なす必要もないと思われます。
信徒でしかわからないことの正しさとかは何によって決まるのでしょうか。

>もちろん、人によって感じ方が違う程度の違いは、信徒同士にもありますが、
>モナリザの絵が大体の人にとって素晴らしいぐらいの一致はあると思います。
クオリアを何度も使っているのに、それの意味と矛盾しているような。
感じ方の違い、についてですが、感じ方を経由して「素晴らしい」に行き着く
みたい言い方ですが、「素晴らしい」とはその「感じ」への抽象的な表現だと思います。
つまり、感じを省略した結果、一致するということだけでは?
240考える名無しさん:2007/01/15(月) 11:14:14
>>239
>両方の世界と区分しているということは、やはり信徒以外でなければわからない事があるということですね?

厳密にではなく、一般的、大雑把に言えばそうです。
ただ、例外はあってもおかしくはありません。
高校を卒業しないで大学レベルの教養を身に付けることは普通はありませんが、
例外はあるというようなものです。(そういう人は1割もいないでしょうけど)

>信徒でしかわからないことの正しさとかは何によって決まるのでしょうか。

「正しさ」とはどういうものとお考えでしょうか?

>つまり、感じを省略した結果、一致するということだけでは?

そうかもしれませんね。「視覚」と同様に。
241222:2007/01/15(月) 11:47:07
>>240
>厳密にではなく、一般的、大雑把に言えばそうです。
では厳密に言うと、違うということですか?

>「正しさ」とはどういうものとお考えでしょうか?
信徒が持つある基準と比べた場合のどちらかです。
242考える名無しさん:2007/01/15(月) 11:51:17
>>241
>>厳密にではなく、一般的、大雑把に言えばそうです。
>では厳密に言うと、違うということですか?

例外の存在を否定してはいません。

>>「正しさ」とはどういうものとお考えでしょうか?
>信徒が持つある基準と比べた場合のどちらかです。

私が聞いているのは、
「貴方が一般的な「正しさ」とはどういうものとお考えでしょうか?」
ということです。
貴方の中での「正しさ」の定義についてお尋ねしているのです。
243考える名無しさん:2007/01/15(月) 11:56:15
キリストの背負った罪が全人類の罪だなんて思ってはいけません
彼の背負った罪は彼が死んだ後に信者たちが起こした罪です
信者たちが得たのは心の平穏でした しかしキリスト教の教えは嘘と虚構
と病気でできていますから それらを隠す為にありとあらゆることをしました
すなわちキリスト教の嘘を暴露してしまう「危険思想家」を殺したり
馬鹿な教えのために科学の発展を邪魔したり 十字軍や魔女狩り
哲学の進歩も妨害してきました 
キリスト一人が死んだくらいでその罪が消えるはずがありません

彼の最後に発した自己陶酔の叫びはずいぶんとドラマティックに聞こえた
事でしょう 彼にカリスマがあったのは事実でしょうが 彼が救世主のはずが
ありません
244222:2007/01/15(月) 12:05:35
>>242
>>では厳密に言うと、違うということですか?
>例外の存在を否定してはいません。
では、「厳密」と「一般的、大雑把」とに分けて答えたのは何故ですか?

>貴方の中での「正しさ」の定義についてお尋ねしているのです。
私は、「正しさとか」と書きました。
つまり、「正しさ」というのは、聞きたいことの具体的な例として書いたのです。
245考える名無しさん:2007/01/15(月) 12:19:10
>>244
>では、「厳密」と「一般的、大雑把」とに分けて答えたのは何故ですか?

そこに拘る理由がわかりません。そこが争点には思えませんので。
「一般的、大雑把」というのは、私の認識上、すべてを知っているわけではないので、
そのように書きました。
厳密なことは「論理」的なもの以外では確かなことは何もいえないと思います。
世界の存在だって、哲学的厳密さからすれば怪しくなりますから。

私は、
「高校を卒業しないで大学レベルの教養を身に付けることは普通はありませんが、
例外はあるというようなものです。(そういう人は1割もいないでしょうけど)」
というレベルのことで書いただけです。 大雑把というのはその程度のことです。

>つまり、「正しさ」というのは、聞きたいことの具体的な例として書いたのです。

その具体例で構いませんので、
貴方が一般的な「正しさ」とはどういうものとお考えでしょうか?
また、他に聞きたいことの例があれば教えてくれれば幸いです。
246222:2007/01/15(月) 17:35:17
>>245
>厳密にではなく、一般的、大雑把に言えばそうです。
一般的、とするとあなたの意見は大衆にゆだねたことになり、あなたの意見ではなくなる。
大雑把、とするとその細部を無視した意見になるのです。
なによりその文から、「その意見は当てはまるが、厳密に言えば違う」みたいなことを読み取ったからです。

>その具体例で構いませんので、
>貴方が一般的な「正しさ」とはどういうものとお考えでしょうか?
正しさとは、あるものをある正しさを決める基準と比べた結果のどちらかをさします。
247考える名無しさん:2007/01/15(月) 17:37:24
記念カキコ
248考える名無しさん:2007/01/15(月) 17:53:39
>>246
>一般的、とするとあなたの意見は大衆にゆだねたことになり、あなたの意見ではなくなる。
>大雑把、とするとその細部を無視した意見になるのです。
>なによりその文から、「その意見は当てはまるが、厳密に言えば違う」みたいなことを読み取ったからです。

その理解で問題ないと思います。

>正しさとは、あるものをある正しさを決める基準と比べた結果のどちらかをさします。

仰る意味が私にはわかりません。
用語の定義の中でその用語を使ったら説明になっていないと思います。
「Aとは、あるものをあるAを決める基準と比べた結果のどちらかをさします。」
ではAが何かわからないのではないでしょうか。
249考える名無しさん:2007/01/15(月) 17:56:26
>>246
>正しさとは、あるものをある正しさを決める基準と比べた結果のどちらかをさします。

具体的に書くと何?
250222:2007/01/15(月) 19:09:05
>>248
>その理解で問題ないと思います。
そうでしたか。

>仰る意味が私にはわかりません。
回帰的だとうことです。
あなたの「正しさ」の意見はなんでしょうか。
251考える名無しさん:2007/01/15(月) 19:29:24
>>250
>あなたの「正しさ」の意見はなんでしょうか。

論理的な真偽の真としての正しさ以外は、よくわかりません。
252222:2007/01/15(月) 19:30:11
>>251
では、それ以外は?
253考える名無しさん:2007/01/15(月) 19:32:43
>>252
といいますと?
私はよくわからないと答えていますが・・・。
254222:2007/01/15(月) 19:37:56
>>253
すいません!
読み間違えました。

では、
論理的な真偽の真としての正しさ、についてお聞きしたい。
255考える名無しさん:2007/01/15(月) 19:46:30
>>254
1+0=1とか、π=3.1415…とかのことです。
256222:2007/01/15(月) 19:47:58
>>255
それが正しい理由は、なんでしょうか?
257考える名無しさん:2007/01/15(月) 19:50:10
>>256
そのようなことが論点なのでしょうか?
貴方が何を議論したいのか私にはわかりません。
258222:2007/01/15(月) 20:04:01
>>257
>>245
>その具体例で構いませんので、
>貴方が一般的な「正しさ」とはどういうものとお考えでしょうか?
と、聞かれそれになったしだいです。
259考える名無しさん:2007/01/15(月) 20:08:27
>>258
それが貴方の論点ではないのなら、議論する必要は無いと思います。
貴方が議論したいことがあるのなら、論点をまとめてください。
260222:2007/01/15(月) 20:21:46
>>259

>>239の11行目と
>>236の8行目です。
261考える名無しさん:2007/01/15(月) 22:31:10
>>260
アンカーではなく一度ちゃんと書いてまとめてください。わかりにくいので。
262考える名無しさん:2007/01/15(月) 22:32:12
それから私は「正しい」という価値判断を持ち込んではいませんので。
263考える名無しさん:2007/01/16(火) 10:11:29
>>243
>しかしキリスト教の教えは嘘と虚構
>と病気でできていますから それらを隠す為にありとあらゆることをしました

キリスト教徒は現在約20億人いますが、
その20億人が、すべて貴方より洞察力が劣っていて嘘や虚構を見抜けないのか、
嘘や虚構とわかっていても、病的なことをしているということでしょうか。
そのようなものが人類の3分の1によって支持されているのは何故でしょうね。

そして、現在のキリスト教徒がやっているすべてのことよりも、
貴方は何か世の中に対して良いことをしているのでしょうか。

現在のキリスト教徒が危険な集団なら、なぜ多くの人に支持されているか疑問ですし、
逆に危険な集団でないなら、過去の問題はキリスト教というよりも、
その時代の政治、権力者に利用されただけで、キリスト教の問題ではないと思います。
264考える名無しさん:2007/01/16(火) 11:12:07
>>263
>20億人が、すべて貴方より洞察力が劣っていて嘘や虚構を見抜けないのか

いえ おそらく科学的な部分ではほとんどの人が嘘だわかっているでしょう
まあ 実践的な教えのほうの嘘を見破るのはいままで信者だった人には難しい
でしょうね まず彼らの教え自体がそれを禁止していますし やろうとしても
ものすごい圧力が心にかかるでしょうから

>現在のキリスト教徒がやっているすべてのことよりも、
貴方は何か世の中に対して良いことをしているのでしょうか。

しています 
あなたも常識的に知っていると思いますが すべての人間は生きる上で何らかの
心の平穏を求めます そのためには「道徳」や「宗教」など何らかの信者になる
必要があります しかし現在あるそういった教えには共通した病があります
それは教えの根底には「思考停止」があることです もちろんただ思考停止させる
のではなく「感動による思考停止」という手段を使います おそらくあなたのいま
信じている教えも「なぜ」を繰り返せば 行きつくのは「それが人間だから」みたい
な非論理的な答えがあるのではありませんか
何らかの信者たちはその「思考停止」を善だとしています そしてそれ以上考えを進ま
せる事を「悪」としています
今までその思考停止のせいで哲学や倫理の発展が著しい妨害をうけていました
もちろん思考停止している当人たちは自己陶酔と充足感にみたされていたのでしょうが
しかし現代の私たちが抱えている問題は旧来の価値観では間に合いません
そこで思考を進めようとすると「思考停止」の壁にぶつかります
そしていまだにその思考停止が善だとされているので解決されません
 思考停止が善だと言っているのは「論理」ではありません あなたがたの自我です
つまりあなたの心の平穏のためにやっているのを善だとしているのです
非常に見苦しいと思いませんか 
265考える名無しさん:2007/01/16(火) 11:19:03
僕は何も信じていません 何が正しいのかを探し続けています
今ある心の平穏や過去の自分を否定しても未来のために新しい価値を創造するのが
いまある選択肢の中ではよりよいと思っているからです
266Tar ◆SQIDAUQYpc :2007/01/16(火) 11:25:06
へえ、そうなんだあ。
267考える名無しさん:2007/01/16(火) 11:39:31
>>264
>>現在のキリスト教徒がやっているすべてのことよりも、
>貴方は何か世の中に対して良いことをしているのでしょうか。
>しています 

へぇ。マザーテレサ以上のことをしているんだ?凄いね。w
268考える名無しさん:2007/01/16(火) 11:49:27
>>264
>それは教えの根底には「思考停止」があることです もちろんただ思考停止させる
>のではなく「感動による思考停止」という手段を使います

それは貴方の偏見による勘違いに過ぎませんね。

>おそらくあなたのいま
>信じている教えも「なぜ」を繰り返せば 行きつくのは「それが人間だから」みたい
>な非論理的な答えがあるのではありませんか

ありません。

>何らかの信者たちはその「思考停止」を善だとしています そしてそれ以上考えを進ま
>せる事を「悪」としています

全然違います。カトリックで神学を学ぶときは、哲学も同時に学びます。
ニーチェとかも研究しますよ。

>今までその思考停止のせいで哲学や倫理の発展が著しい妨害をうけていました

貴方は何か勘違いしていると思われます。

>思考停止が善だと言っているのは「論理」ではありません

誰もそんなものを善だとは言っていません。

>あなたがたの自我です
>つまりあなたの心の平穏のためにやっているのを善だとしているのです
>非常に見苦しいと思いませんか

思考停止、根拠のなさ、論理性が欠けているのは貴方の方だと思いますけど。
269考える名無しさん:2007/01/16(火) 11:51:37
「世の中に対して良いこと」って、ひょっとして2ちゃんねるで
キリスト教批判をすることだったしりてな。w
270考える名無しさん:2007/01/16(火) 12:02:53
> 思考停止、根拠のなさ、論理性が欠けているのは貴方の方だと思いますけど.

キリスト教徒でない俺でさえ、そう思う。
271考える名無しさん:2007/01/16(火) 12:34:14
キリスト教は今変化を迫られている。
272考える名無しさん:2007/01/16(火) 12:52:58
「思考停止」という言葉の使い方がまずかったようです
確かに字のまんまに意味をとったら上のような反論がでてくるはずです

では 突然ですが質問します
なぜ人を殺してはいけないかを論理的に説明できますか

愛国心や人類愛や自己犠牲についてのあなたの考えを教えてください
あとついでにべジについても


273考える名無しさん:2007/01/16(火) 14:07:46
>>272
>なぜ人を殺してはいけないかを論理的に説明できますか

それは論理の問題ではなく倫理の問題。
しかもスレ違い。こちらでどうぞ。

殺人を悪とするのは自明のことではない
http://academy5.2ch.net/test/read.cgi/philo/1127238686/
どうしてホームレスを殺してはいけないのですか
http://academy5.2ch.net/test/read.cgi/philo/1142601635/

>愛国心や人類愛や自己犠牲についてのあなたの考えを教えてください

現時点では特に語りたいことはありません。
意見を聞きたいのであれば、貴方がまずどう考えているかを表明することで、
それについて私がどう思うか、考えるかを答えることができるかもしれません。

>あとついでにべジについても

これもスレ違い。こちらでどうぞ。
菜食について考える part10
http://academy5.2ch.net/test/read.cgi/philo/1168563410/
274考える名無しさん:2007/01/16(火) 15:13:09
>>268 270
>根拠のなさ、論理性が欠けている。
当たり前です 根拠を示したつもりはありませんし、論理的に説明した覚えもありません
264の後半に書いたのは僕が「発見」したことです
その発見の経緯を示さない限り論理的になるはずがありません
>マザーテレサ以上のことをしているんだ?凄いね。w
あなたの価値観の中では以下のことでしょうね

では 僕の考えを少しずつ説明しましょう
まず、この世に最初に価値を創ったのは「遺伝子」だと思うのですが
反論ありますか?
275考える名無しさん:2007/01/16(火) 15:41:54
>>274
まず、どういう意味で「価値」という言葉を使用しているのですか?
人間が日常使う貨幣や資源などの価値ならば、遺伝子ではなく「人間」になると思います。
また、物質的な要素に還元するなら、遺伝子より下の構造(素粒子など)まで行かず、
そこで止める理由もよくわかりません。
276考える名無しさん:2007/01/16(火) 17:22:02
>>274
貨幣や資源などの価値は確かに人間が作りました
僕が言っているのは一番最初に生まれた価値です
それが価値になる前は単にプログラムでしかなかったものです
それはどの生物にとっても最高の価値でもあります
それは「個体をできる限り長く存続せよ」と「子孫を残せ」です
277考える名無しさん:2007/01/16(火) 17:35:44
思考し続けることはただのトートロジーでしかない。
この世界で生きるには思考をやめて決定しなければならない。
思考を続ければ答えに到達できるのではありません。
自分で決めるのです。
そして思考停止し、この世で生きるのです。
そのために不可欠なのが『仲間』です。
278考える名無しさん:2007/01/16(火) 18:08:07
>>276
>僕が言っているのは一番最初に生まれた価値です

一番最初とはどういうことですか?
その価値は誰が決めるのですか?

>それは「個体をできる限り長く存続せよ」と「子孫を残せ」です

それは価値ではなくて、単なる命令コードでしょう。
279考える名無しさん:2007/01/16(火) 18:10:32
>>276
ところで貴方は、小中高校生、大学生、社会人、それ以外の何れでしょうか。
質問の内容をどのレベルと見るかちょっと問題なので、教えていただけると助かります。
280考える名無しさん:2007/01/16(火) 18:12:06
>>277
>この世界で生きるには思考をやめて決定しなければならない。

思考も決定も常に行われています。
281りくーつ・こねりー ◆Cgc5LCr8co :2007/01/16(火) 19:11:34
>>273
> 愛国心や人類愛や自己犠牲
> なぜ人を殺してはいけないか
> べジ

別スレでも書いたけど、ルールに理由を求めるほどナンセンスなものはないと思うけどね
所詮、宗教なんぞ、心に安寧を求めたり、救いを求める人のための道具みたいなもんだと俺は思う

宗教の教義や説明原理で無理やりな理由付けをしてもしょうがない思う
論理もへったくれもなく、宗教の教義や説明原理の中での「正しさ」があるだけだと思うし

「事実から当為を導出できない」(倫理の大前提だと思う)

宗教を批判ではなく、否定だけしようとする人は、この辺を全く理解しようとしないと思うんだよな
信仰したい人は好き勝手に信仰してりゃいい話だと俺個人は思う
社会の公益に反するようなもんでなければ問題ないと俺個人は思うし
社会の公益に反するようなもんは、その宗教の集団以外の集団には到底受け入れられないと思うし

俺自身は宗教を信仰する気にはなれんけど、
当為みたいなもんは、自分が納得した地点(最大の価値をきっと実現できるだろう)で、
自分が納得するしかないと俺は思うんだよな

 >>264
 > 今までその思考停止のせいで哲学や倫理の発展が著しい妨害をうけていました

で、こういうこという人は誰だか、だいたい想像がつくんだよな
自分が思考して自分で発展させりゃいい話なのに
他人の引き写しばかりして、自分で考えないから、こういうことをいいだす
これと宗教のなにが違うのだろう
282りくーつ・こねりー ◆Cgc5LCr8co :2007/01/16(火) 19:43:24
×>>273
>>272
283222:2007/01/16(火) 20:11:26
>>261

クオリアなみのローカルな事柄は、たとえ同じ信徒でも理解しあえない。
その事柄は何のためにあるのか?
何故それを知るのか?
284考える名無しさん:2007/01/16(火) 20:38:41
>>281
しかし、このスレで取り扱っているのは世界宗教だ。
政教分離していない国だってある。
その宗教は大勢の人間にとって死活問題となっているところもある。
285考える名無しさん:2007/01/16(火) 21:48:48
>>283
では「視覚」は、同じ人間でも理解しあえないでしょうか?
そんなことは普通ないように(例外はあるでしょうけど)、
理解しあえないということもありません。
視覚同様、完全な一致は無理かもしれませんが。

また、何のためとか、何故かとかという理由も必要だとは思いません。
もちろん、問いかけるのは自由ですけど。
286222:2007/01/17(水) 00:24:37
>>285
>では「視覚」は、同じ人間でも理解しあえないでしょうか?
>そんなことは普通ないように(例外はあるでしょうけど)、
>理解しあえないということもありません。
>視覚同様、完全な一致は無理かもしれませんが。
つまり、「不一致」より「一致」の方が多いといいたいのですか?

>また、何のためとか、何故かとかという理由も必要だとは思いません。
必要性など聞いてはいませんが?
287考える名無しさん:2007/01/17(水) 08:56:51
>>286
>つまり、「不一致」より「一致」の方が多いといいたいのですか?

「視覚」のクオリアと同様だと思います。
貴方が「視覚」のクオリアにどの程度一致があると見なすかによっても変わると思います。

>>また、何のためとか、何故かとかという理由も必要だとは思いません。
>必要性など聞いてはいませんが?

私が必要ではないと思っているということです。
288222:2007/01/17(水) 10:36:27
>>287
>貴方が「視覚」のクオリアにどの程度一致があると見なすかによっても変わると思います。
つまり、「一致」か「不一致」がどの程度の割合なのかすらわからないということは、
そのクオリアなみの事柄は、理解しあえないといっていることになると思います。

>私が必要ではないと思っているということです。
もし、私の質問が
「その事柄は何のためにあるのか? 何故それを知るのか?
の答えを出す必要性についてどのように考えるか 」
という質問ならわかりますが、その質問はしていない。
これこそまさに、>>264の文にあった「思考停止」だ。
目の前にある、事柄のについて、「何故あるか」だとかの思考を
自らがやめてしまっている。
289考える名無しさん:2007/01/17(水) 10:58:52
>>288
>そのクオリアなみの事柄は、理解しあえないといっていることになると思います。

では、貴方は「視覚」による体験は理解しあえないとお考えですか?
そのように考える方であれば、理解しあえないといってもいいでしょうし、
「視覚」による体験が理解しあえるなら、
クオリア並みの事柄も理解しあえると見なすことができると思います。

>その質問はしていない。

そうですね。

>これこそまさに、>>264の文にあった「思考停止」だ。

いいえ。違います。

>目の前にある、事柄のについて、「何故あるか」だとかの思考を
>自らがやめてしまっている。

通常、日常的な意味ではそういうことまで思考停止とは呼ばないと思います。
交差点を渡るのに、「何故道路があるのか」という思考ばかりをしていたら、
車に轢かれて死にますし、
人と会話するときに、「何故人は存在するのか」という思考をしなかったからといって
それを思考停止と呼ぶことは普通はないと思います。
その時と場合に必要のない思考をするのは、ただの馬鹿だと思いますね。

そのレベルの思考停止を問題にするのであれば、
貴方がインターネットする前に、目の前のディスプレイが何故存在するのかについて
「思考停止」をして書き込んでいるのですから、
貴方の論理によって貴方の行動が「悪」と見なされるだけだと思います。
290考える名無しさん:2007/01/17(水) 14:13:21
SMの元祖
291222:2007/01/17(水) 14:36:37
>>289
>では、貴方は「視覚」による体験は理解しあえないとお考えですか?
その通りです。
>そのように考える方であれば、理解しあえないといってもいいでしょうし、
>「視覚」による体験が理解しあえるなら、
>クオリア並みの事柄も理解しあえると見なすことができると思います。
つまり、理解できるか、できないかは人による、ということですか?

>交差点を渡るのに、「何故道路があるのか」という思考ばかりをしていたら、
>車に轢かれて死にますし、
それは、「何故道路があるのか」という疑問が出てこないからです。
あなたの場合、聞かれたのにもかかわらず、思考しなかったのです。

>その時と場合に必要のない思考をするのは、ただの馬鹿だと思いますね。
「聞かれた」という、それなりの必要性があなたにはあります。
292考える名無しさん:2007/01/17(水) 16:23:56
>>291
>>では、貴方は「視覚」による体験は理解しあえないとお考えですか?
>その通りです。

なるほど。
では貴方の場合、何かを「理解しあえる」ということはどういうことですか?
何をもって、どういう根拠で、「理解しあえた」と見なすのでしょうか?

>つまり、理解できるか、できないかは人による、ということですか?

(指摘の意図は)違います。理解できるかどうかという問題もありますが、それ以前に
どういう状態で理解したと見なすかどうかが、人に依存するということです。
理解したという状態と、理解していないという状態の閾値が人によって異なります。

>あなたの場合、聞かれたのにもかかわらず、思考しなかったのです。

いいえ、思考はしました。それは貴方の思い込みによる間違いです。
293222:2007/01/17(水) 16:55:45
>>292
>では貴方の場合、何かを「理解しあえる」ということはどういうことですか?
理解できたか、出来なかったかの確かめる方法がない。
結果、「理解できにない」に等しいしくなるのです。

>何をもって、どういう根拠で、「理解しあえた」と見なすのでしょうか?
クオリアが科学的に表現されとき、「理解しあえた」となすことが出来るでしょう。

>(指摘の意図は)違います。
と言いますと?

>いいえ、思考はしました。それは貴方の思い込みによる間違いです。
その思考の過程を書いていただかないと。
質問に合わない答え、しかも、その質問の答えは必要ないと、書かれては、その間違いも仕方がないでしょ。
294考える名無しさん:2007/01/17(水) 17:38:33
>>293
>結果、「理解できにない」に等しいしくなるのです。

そういう話なら、宗教や信徒に限った「理解」ではなく、
人間は誰しも理解しあえないという話にはならないでしょうか。
「クオリアなにみの事柄」に限ったことではないと思います。
もしそうなら、貴方の「理解しあう」という言葉が何を意味しているのでしょうか?

>クオリアが科学的に表現されとき、「理解しあえた」となすことが出来るでしょう。

なぜそれで「理解しあえた」と言えるのですか?

>その思考の過程を書いていただかないと。

思考の過程を書く必要は無いと思います。必要なのは答えなのですから。

>しかも、その質問の答えは必要ないと、書かれては、その間違いも仕方がないでしょ。

別にそんなことは私の自由でしょう。貴方が決めることではありません。
295考える名無しさん:2007/01/17(水) 17:43:30
>>283
>クオリアなみのローカルな事柄

それ何?
296考える名無しさん:2007/01/17(水) 17:54:22
>>226
「要は契約でしょ?」って何を根拠に言っているんだ?
あなたが「要は契約」にしようとしているだけだろう。
297222:2007/01/17(水) 18:27:26
>>294
>そういう話なら、宗教や信徒に限った「理解」ではなく、
>人間は誰しも理解しあえないという話にはならないでしょうか。
違います。
>>229の言う、「中で体験しないとわからない世界」というレベルでの話です。
しかも、クオリアとほぼ同等な事柄のようだし。

>なぜそれで「理解しあえた」と言えるのですか?
前にも書きましたがクオリアの意味を間違えているような

>思考の過程を書く必要は無いと思います。必要なのは答えなのですから。
>>289
>>その質問はしていない。
>そうですね。
のように、質問の正しい解答になっていないのを認めていて、且つ
その理由があるにもかかわらず、書く必要がないということは、答えられないと推測できる。
ちなみに、答えにその過程を入れても問題です。

>別にそんなことは私の自由でしょう。貴方が決めることではありません。
質問への答えが、相手に間違いを起こすような内容では意味がない。これは、私の決めるところではない。
というよりも、「私の自由」?
近頃になって、質問をまともに返すことが出来なくなっているのだが
それは、「体験しなとわからないこと」が、実は想像の域をでないもので
自分でもよくわかっていないのでは?


この考え、勘違いなどであるとするならば、
>>285
>また、何のためとか、何故かとかという理由も必要だとは思いません。
にいたった、思考の過程を詳細に書いていただきたい。
298考える名無しさん:2007/01/17(水) 19:16:47
>>297
>しかも、クオリアとほぼ同等な事柄のようだし。

クオリアというのは例えです。私がここで比喩したことは、
中での体験というのは言わば、盲目の人の世界の中で、
「視覚」を手に入れた人たちの体験に対応します。
「視覚」を持っている人同士では、
見ているものについて話が通じるレベルでの「理解」はあるということです。
「視覚」を手に入れるのは「中」だけでなく、例外もあることは申し上げています。

>前にも書きましたがクオリアの意味を間違えているような

どのようにですか?

>>また、何のためとか、何故かとかという理由も必要だとは思いません。
>にいたった、思考の過程を詳細に書いていただきたい。

>>283でご指摘のローカルな事柄について、「何のためとか、何故それを知るのか」という
理由が存在するようなものではないと思ったからです。
逆にそういう問いが成立するのはどうしてかお聞きしたいですね。
(適切な例になっているかわかりませんが例えば、
「何のためにπ=3.14…なのか」という問いは無意味だと思います)
299考える名無しさん:2007/01/17(水) 19:18:50
>>297
>>なぜそれで「理解しあえた」と言えるのですか?
>前にも書きましたがクオリアの意味を間違えているような

貴方のクオリアの意味で結構ですので、
なぜそれで「理解しあえた」と言えるのかお答えください。
300222:2007/01/17(水) 19:57:33
>>298
>理由が存在するようなものではないと思ったからです。
まさか、たった一行で、しかも思っただけとは。
しかし、その文では、何故、そう思ったかの部分が欠落しています。いままでの返答と変わりありません。
もし、その欠落部分がないとするなら、直感?
それとも>>297で書いたように想像の域をでないこと、となってしまいます。

というより、キリスト教の信徒は物事の理由だとかを深く考えないのが習慣になってそうなので難しいかもしれませんね。
例え考えたとしても、その先は直ぐに「主」に収束させて、納得しそうですし。
301考える名無しさん:2007/01/17(水) 20:19:21
>>300
>キリスト教の信徒は物事の理由だとかを深く考えないのが習慣になってそうなので

一般人と比べてそうだとは思えません。別にキリスト教徒だからというわけでもないでしょう。
普通の人というのは物事の理由だとかを深く考えないと思います。
そういう人が、キリスト教の信徒になる勉強の過程で、
「物事の理由」を考えさせられることの方が圧倒的に多いです。
深く考える行為を否定するようなことは、全くありません。
もっとも、深く考える行為を要求もしませんが。

なので、

>何らかの信者たちはその「思考停止」を善だとしています そしてそれ以上考えを進ま
>せる事を「悪」としています

これは明らかに間違いです。
302考える名無しさん:2007/01/17(水) 20:25:49
>>300
>いままでの返答と変わりありません。

とりあえず保留にしておいてください。貴方の回答がすべて揃い、
貴方の質問を把握できたら、詳細に回答ができるかもしれません。
303222:2007/01/17(水) 20:59:14
>>302
何が把握できないか、すべて書いてください。
一つ一つ解決していきましょう。

そのほうが確実です。
304考える名無しさん:2007/01/17(水) 23:26:52
>>303
これ以上質問を増やす前に、こちらから既に聞いている質問があるので、
そちらからお答えをお願いいたします。
305考える名無しさん:2007/01/17(水) 23:27:56
ところで、301で指摘しました間違いは認めるのですか?
306222:2007/01/18(木) 12:34:11
>>304
質問などしていません。
あなたの返答を助けるためです。
それに>>302で「回答できるかもしれません」と、出来るか出来ないかわからないのであれば
今、あなたが何故回答できないのか、何故把握できないのかを明らかにした方が確実だと思います。

>こちらから既に聞いている質問があるので、
>そちらからお答えをお願いいたします。
もともと>>229の「体験しなければわからないこと」から、われわれの議論は始まっています。
そして、そのことに質問した。
>>229から後の議論はあなたの回答で、それが想像だったか否かで、意味があったものなのか無いものなのかが決まる。
307222:2007/01/18(木) 12:35:06
>>305
それは私に言っているのですか?
もし、そうなら書かせていただきます。

>「物事の理由」を考えさせられることの方が圧倒的に多いです。
というのは、「普通の人」に信徒の人がキリスト教に入らなければ教えられることのない
ことを教えてたためでしょ?
しかもその「普通の人」は、「深く考えない人」と定義した上での事柄。

>もっとも、深く考える行為を要求もしませんが。
どういう事でしょ?
>考えさせられること
のように、考えさせられているように書いていますが?

>>何らかの信者たちはその「思考停止」を善だとしています そしてそれ以上考えを進ま
>>せる事を「悪」としています
>これは明らかに間違いです。
辞書で調べても「思考」にも「停止」にも、そのような意味は無いようです。
もし、それが>>264からきているのなら、あなたが間違いです。
>>264が「思考停止」を、信徒がこのように扱っているのだ、と意見しただけだと思います。
ですから「思考停止」という言葉を使っても、私がそのように考えているとは限りません。

>深く考える行為を否定するようなことは、全くありません。
私は、「習慣になっていそう」と書きました。
習慣とは、長いこと繰り返していくうちに、決まりごとのようになってしまったことを意味します。

もし、私へのレスでなかったら、ごめんなさい。
308考える名無しさん:2007/01/18(木) 12:44:31
>>306
>質問などしていません。

私がしています。
そのため、これ以上質問を増やす前に、こちらから既に聞いている質問があるので、
そちらからお答えをお願いいたします。
309考える名無しさん:2007/01/18(木) 12:53:02
>>307
>しかもその「普通の人」は、「深く考えない人」と定義した上での事柄。

定義というより、
一般の多くが「深く考えない」というのは、コンセンサスが得られていると思います。
そうではないと貴方が考えるなら、前提としている認識が違うということだと思います。

>どういう事でしょ?

キリスト教の教えとして、そのようなことを要求はしていないということです。

>のように、考えさせられているように書いていますが?

本人が勝手に考えるのは自由です。
本人が、様々な事象を通して考えさせられる場合があるのであって、
それを教会が要求しているというわけではないということです。

>ですから「思考停止」という言葉を使っても、私がそのように考えているとは限りません。

では、貴方は>>264とは違うように考えているのでしょうか?
それとも同じように考え知得るのでしょうか?
310考える名無しさん:2007/01/18(木) 12:55:04
222は主張を何も持ってない。内容のない言葉を発するのみ。
どうすれば良いのか、あなたには分かる筈だ。
311222:2007/01/18(木) 14:06:13
>>308
まただ。
あなたが、何故把握できないを書かない。
そんなに「体験しなければわからないこと」について知られたくないのですか?
それともそれが、想像の産物で根拠のないものだということを浮き彫りにされたくないのですか?
あなたは、私が>>307のように議論の対象をずらそうとかんばっていますが、そのようなことはやめにしましょう。
もし、そうでなければ>>303と同じく、何が把握できないか書いてください。

増えるか増えないかは、>>306の最後の文で説明したとおりです。

>>309
>一般の多くが「深く考えない」というのは、コンセンサスが得られていると思います。
あなたの理由には、「一般」「常識」といった偏見から成り立っています。
コンセンサスが得られている根拠が欠落している。
つまり、常識的な事柄から考えを起こしているので、その常識がどれだけ正確なものなのか確立されていないので、強いて言えば無意味です。

>事象を通して考えさせられる場合
やっぱり「させれれて」いたのでしたか。
ちなみにその「様々な事象」は教会が用意しているのでしょ?

>では、貴方は>>264とは違うように考えているのでしょうか?
>それとも同じように考え知得るのでしょうか?
ですから、私は「習慣」になってしまっているのでは、と書きました。
信徒は「思考停止」を意識していないとうことです。

ところで、>>301の指摘は間違いであることを認めるのですか?

>>310
また、議論の方向をすりかえるおつもりですか?
わかっているでしょ?
あなたの体験しなければわからないことについて、私は質問しているのです。
あなたの主張が想像ではないかと、主張していることぐらい。
312310:2007/01/18(木) 14:21:31
私はあなたと対話しているキリスト教信者ではありません。
あなたは何も主張していないと私は主張しているのです。
それだけのことです。
313考える名無しさん:2007/01/18(木) 16:35:44
>>311
>あなたが、何故把握できないを書かない。

なぜかということなら、私の理解力がないか、貴方からの情報が不足しているからでしょう。

>そんなに「体験しなければわからないこと」について知られたくないのですか?

「体験しなければわからないこと」を説明できるなら、それは
「体験しなければわからないこと」ではないでしょう。
「体験しなければわからないこと」は体験していない人には説明が出来ないから
「体験しなければわからないこと」なのです。

何れにせよ、こちらから既に聞いている質問があるので、 そちらからお答えをお願いいたします。 話はそれからです。

>つまり、常識的な事柄から考えを起こしているので、
>その常識がどれだけ正確なものなのか確立されていないので、
>強いて言えば無意味です。

無意味だとは思いません。貴方が無意味だと思うのは自由ですが。常識的な事柄から考えを起こしていても、わかる人にはわかると思いますし、
それで十分な人もいるでしょう。貴方には不足しているのかもしれませんが。

>やっぱり「させれれて」いたのでしたか。

なんですか?その日本語は。

>ちなみにその「様々な事象」は教会が用意しているのでしょ?

いいえ。そういうもののことを申し上げたわけではありません。教会の外の、非信者生活と同様の、日常生活の様々な事象でです。
様々な事象は人によりますが、一例をあげるなら、木や空を見るという行為から生じる場合もあるようです。
314考える名無しさん:2007/01/18(木) 16:37:05
>>311
>ですから、私は「習慣」になってしまっているのでは、と書きました。
>信徒は「思考停止」を意識していないとうことです。

では、貴方は>>264とは違うように考えているのでしょうか?
それとも同じように考え知得るのでしょうか?

「同じ」か「違う」かでお答えください。
315考える名無しさん:2007/01/18(木) 16:43:40
>>314
訂正
×それとも同じように考え知得るのでしょうか?
○それとも同じように考えているのでしょうか?
316222:2007/01/18(木) 19:27:30
>>313
「あなたが、何故把握できないかを書かない。」
に訂正します。

>なぜかということなら、私の理解力がないか、貴方からの情報が不足しているからでしょう。
283の質問「その事柄は何のためにあるのか?」 「何故それを知るのか? 」
これに対し>>285「何のためとか、何故かとかという理由も必要だとは思いません。」
質問の内容には合わない答えであると指摘すると>>289「そうですね」と認める。
必要ない理由として289で「その時と場合に必要のない思考をするのは、ただの馬鹿だと思いますね。」
これに対し>>291「「聞かれた」という、それなりの必要性があなたにはあります。」と書くと、それに関するレスはなく、
>>292「いいえ、思考はしました。」と書かれた。
その思考を詳細に書いていただきたいと書くと>>298「理由が存在するようなものではないと思ったからです。」
これは289の文にある、時と場に必要のない思考であるから、という理由から大きく離れたものである。
その矛盾の指摘をせず298の文では説明不足であることを書くと>>302「とりあえず保留にしておいてください。」
「貴方の質問を把握できたら、詳細に回答ができるかもしれません。」と書かれた。
私の質問で把握できないところがあるのか疑問に思いましたが、あなたの意見を尊重し
把握できない事を書いてもらい、一つ一つ解決していきましょう、と書いたが
>>304「これ以上質問を増やす前に、こちらから既に聞いている質問があるので、」と。
何故、把握できなかったかを聞くと
>>312「なぜかということなら、私の理解力がないか、貴方からの情報が不足しているからでしょう。」書かれる。
つまり「何故、把握できないかを理解するほどの理解力がない」or「私からの情報が不足」。
今までの流れをみて、私からの情報がなくても答えられると思いますが?
317222:2007/01/18(木) 19:35:25
>>313
>>やっぱり「させれれて」いたのでしたか。
「させられる」のですか。
に訂正します。

>何れにせよ、こちらから既に聞いている質問があるので、 そちらからお答えをお願いいたします。
申し訳ありませんが、それを箇条書きにしていください。

>一例をあげるなら、木や空を見るという行為から生じる場合もあるようです。
>>289の「必要のない思考」と矛盾しないのですか?

>>314
違います。
318考える名無しさん:2007/01/18(木) 19:43:39
>>317
>申し訳ありませんが、それを箇条書きにしていください。

貴方に付けられているレスを参考にしてください。

>>289の「必要のない思考」と矛盾しないのですか?

別に必要のない思考でもいいのではないでしょうか。
いけない理由がありますか。

>違います。

どのように違うのですか?
319考える名無しさん:2007/01/18(木) 19:47:09
>>316
>つまり「何故、把握できないかを理解するほどの理解力がない」or「私からの情報が不足」。

そうかもしれませんね。

>今までの流れをみて、私からの情報がなくても答えられると思いますが?

私は情報を必要としています。
320222:2007/01/18(木) 20:29:36
>>318
>貴方に付けられているレスを参考にしてください。
改めて書いていただきたい。
重複したりする質問があるので。

>別に必要のない思考でもいいのではないでしょうか。
>いけない理由がありますか。
しかし、必要のない思考をするのは馬鹿だと思う、としていますが
信徒は馬鹿だということになってしまいますが。

>どのように違うのですか?
ですから、私は「習慣」になってしまっているのでは、と書きました。
信徒は「思考停止」を意識していないとうことです。


>>319
>そうかもしれませんね。
そうだとすると、私からの情報があったとしても、あなたの理解力も解決しなければならないことになります。

>私は情報を必要としています。
どのような情報が必要ですか?
もしそれが、あなたの質問の答えなら、箇条書きにしてください。


>>316>>312>>313に訂正します。
321考える名無しさん:2007/01/19(金) 00:05:33
>>320
>改めて書いていただきたい。

私はそうするつもりはありません。
その上で貴方が質問に答えるかどうかは任せます。

>しかし、必要のない思考をするのは馬鹿だと思う、としていますが

本人にとっては必要な思考かもしれません。
それは当人の問題であり、他人が決めることではないと思います。

>そうだとすると、私からの情報があったとしても、あなたの理解力も解決しなければならないことになります。

そうでないかもしれませんし、解決しなければならないとも思いません。
そもそも私は貴方を必要としていませんので。
322考える名無しさん:2007/01/19(金) 11:48:15
キリスト教とオウム真理教では殺した人間の数は圧倒的にキリスト教のほうが多い
323考える名無しさん:2007/01/19(金) 12:03:02
>>322
絶対数ではダメだろ。
信者数に対する殺人の比率でないと意味がないと思われ。
日本国民の数に対する戦争を含む殺人の比率とか、そういうので比較しないと。
324222:2007/01/19(金) 18:14:22
>>321
>その上で貴方が質問に答えるかどうかは任せます。
まとめて書いてくださったら、お答えします。
私が、あなたの>>261にこたえて>>283を書いたように。

>本人にとっては必要な思考かもしれません。
>それは当人の問題であり、他人が決めることではないと思います。
しかし、あなたは
>交差点を渡るのに、「何故道路があるのか」という思考ばかりをしていたら、
>車に轢かれて死にますし
と書かれていますが、これはどういうことでしょうか?
深く考えると危険だと、言いたいのですか?


>そもそも私は貴方を必要としていませんので。
は?何を言っているのですか?
勘違いしないでください。
あなたの言ったことを、論理的に解釈した結果を書いただけです。
そのようなことよく思いつきましたね。

教会にいって深く考えることが多いというが、理解力がないために深く自分が考えていると勘違いしているのが多いのでは?
それに、信徒の思考は、主の言葉や考えだとかの上に展開されるもので、それを疑うことはないようだし。
325考える名無しさん:2007/01/19(金) 18:27:56
>>324
>まとめて書いてくださったら、お答えします。

「私はそうするつもりはありません。」と書いてあるのが読めませんか?
別に答えなくても構いません。

>深く考えると危険だと、言いたいのですか?

それは時と場所と場合によると思います。

>教会にいって深く考えることが多いというが、

そのようなことは申し上げておりません。
普通の人が、以前より考えるようになったことが多いというぐらいです。
要は、キリスト教の信徒になることが、思考停止につながるわけではないということです。

>それに、信徒の思考は、主の言葉や考えだとかの上に展開されるもので、それを疑うことはないようだし。

そのようなことはありません。貴方の妄想だと思います。
もちろん一部の信徒にはそういう人もいるでしょうが、そういうことが推奨されているわけではありません。
もともと考えない人が、キリスト教の信徒になっただけでしょう。
326考える名無しさん:2007/01/19(金) 20:00:59
>それは「個体をできる限り長く存続せよ」と「子孫を残せ」です
それは価値ではなくて、単なる命令コードでしょう。

その命令コードが最初の価値であり また最重要の価値でもあります
前者は「自分の命が一番大事」 後者も同じように考えてください

さて この世に生物が生まれる前に何か価値が存在したでしょうか
あるはずがありません 神様信じてる人はあったというかもしれませんが
僕はこう考えます 『すべての価値はプログラムから生まれた』
すべての価値です
例えば美とは『個体の健康』をあらわします 人間の女性では安産型の あの
絵でよく見るヴィーナスの形が最高の美をあらわします
これは人間が「子孫を残せ」のプログラムから必然的に生み出した価値だと
考えられます
つまり僕が言いたいのは すべての価値は最初に言った2つのプログラムから
樹形図のようにして様々な価値が生まれたのではないかということです

しかし 人間の場合自殺や宗教を信じる(神父さんは子供を作れませんよね〈すべてではないかもしれないが〉)等の
2つの最重要プログラムに反する行動をすることがあります
これは なぜか
実はここで僕が前に言った「心の平穏」というものが出てきます
自我を守るプログラムといってもいいのかもしれません
その心の平穏の為に人は宗教や道徳や人やある哲学等を信じます


ここまででわからん もしくは意義ありと言う人は言ってください



327考える名無しさん:2007/01/19(金) 20:27:03
ヒント:安達論文
328考える名無しさん:2007/01/19(金) 20:55:50
>>326
一番最初とはどういうことですか?
その価値は誰が決めるのですか?
329考える名無しさん:2007/01/19(金) 20:56:46
>>326
あと、価値とは何か定義をしてください。意味不明ですので。
330考える名無しさん:2007/01/19(金) 21:07:50
>>326
> ここまででわからん もしくは意義ありと言う人は言ってください

スレ違い。宗教板へ逝け。
331考える名無しさん:2007/01/19(金) 22:26:51
>>328
> 価値とは何か定義をしてください。意味不明ですので。
え わかりませんか? いやー難しいですね

例えば よく「命は尊い」なんて事を言ってる人たちがいますが
その根拠は存在しないんです わかりますか?
そもそも「命」なんてもの自体存在しないので何と比べればいいのか
よくわかりませんが 実は生きている人間と石ころも本当はただの
モノでしかないんです
でも一部の人たちは生きているモノをみて尊いという価値観を含んだ言葉を
使います
宇宙というのはモノの集合でしかないのに価値が生まれたのはなぜか
ということです


うーん
あ!価値ではなく「意味」としたほうがわかりやすい部分
もあるかもしれません
でもやっぱり価値としか表せないような気がする
誰か僕の言ってることわかった人いたら説明して下さいw
332考える名無しさん:2007/01/20(土) 15:44:17
>>330
擦れ違いであることを証明せよ
333222:2007/01/20(土) 23:27:19
>>325
>「私はそうするつもりはありません。」と書いてあるのが読めませんか?
>別に答えなくても構いません。
私はあなたにあなたの質問を答えるようお願いされました。
あなたの質問をあなたがまとめられれば的確ですし、答えやすい。
それに、進歩しないですよ。

>それは時と場所と場合によると思います。
簡単に言いますが、それは実に難しいものだと思います。
あなたはそれを説明することが出来ますか?
人それぞれ決めること、という理由ならそれは「時と場所と場合など関係ない」という
考えをもつ人もいる可能性があります。
それをも含んで「人それぞれ決めること」となると説明として矛盾します。

>普通の人が、以前より考えるようになったことが多いというぐらいです。
確かに、「深く」は過言だったかもしれません。
しかし、気になる。
その以前より考えるようになったのは何故ですか?聖書からですか?
具体的な例をお願いします。


>もちろん一部の信徒にはそういう人もいるでしょうが、そういうことが推奨されているわけではありません。
「推奨」だとか「行為を否定する」とか、教会内部で禁止だとかをしている
つまり、意識的に行っていると行っているのではないのです。
私は「習慣」などの言葉を使っています。つまり、疑うべき事、思考すべき事を、
皆、理由なく“受け入れてしまっているのでは”と言いたいのです。
334考える名無しさん:2007/01/20(土) 23:49:30
>>331
モノとは何ですか?
335考える名無しさん:2007/01/20(土) 23:52:21
>>326
個体の永続と子孫を残す事が、何故、最重要の価値になるのですか?
あと、「命を尊い」についてですが
私もその言葉に否定的なんですがそれは人が命を作ることができないからでは?
石もそうですが一部の石は作ることが出来ます。それに命とは違い、その保持も簡単です。
そこに尊さを導くのではないのでしょうか。
336考える名無しさん:2007/01/20(土) 23:55:20
>>333
>私はあなたにあなたの質問を答えるようお願いされました。

ええ、そうですね。私の回答が欲しいならそうすると貴方が良いということです。
私も貴方に質問を投げますが、それに対して答えるかは貴方の自由としています。
ですから「別に答えなくても構いません」ということです。

>あなたの質問をあなたがまとめられれば的確ですし、答えやすい。

そうかもしれませんが、そうするつもりはありません。好きにしてください。

>あなたはそれを説明することが出来ますか?

別に説明する必要はないと思います。
また、単に「いろいろな場合がある」ということなので、矛盾も糞もないと思います。

>その以前より考えるようになったのは何故ですか?

例えば要理の勉強の中で、それまで縁のなかった「哲学」を学んだりもします。
哲学的問題を日常生活の中で考える場合などは、その例になるでしょう。

>私は「習慣」などの言葉を使っています。つまり、疑うべき事、思考すべき事を、
>皆、理由なく“受け入れてしまっているのでは”と言いたいのです。

キリスト教とは関係なく、そういう人は多くいます。
キリスト教の信徒になったからといって、普通の人はそういう部分が大きく変わるわけでもありません。
なお、カトリックの信徒だと聖書もほとんど読んでいない人も多かったりします。
そういう「習慣」の原因になるようなこともほとんどないと思います。

何にせよ、貴方のキリスト教に対する見方はかなり歪んでいます。
337考える名無しさん:2007/01/20(土) 23:56:45
自然法則もモノなんですね?
価値観もモノですよね?
338考える名無しさん:2007/01/21(日) 00:01:55
>>337
モノって物質とかでしょ?
そうすると自然法則も価値観もモノではないと思います。
339考える名無しさん:2007/01/21(日) 00:07:33
>>338
人間を含め宇宙はモノの集合だといってるので、自然法則も価値観も宗教も思考も哲学もモノでしょう。
ですからモノとは何なのか興味を抱いたんです。
340考える名無しさん:2007/01/21(日) 00:30:13
そういえば空間がエネルギーと等価の物質で歪むということは、
空間ですら物質に還元できるのかもしれない。時間と運動も関係するというし。
しかし宇宙を一元的に説明できる可能性はまだまだ可能性でしかないはずだから、
宇宙はモノの集合でしかないというのは妄信でしかないはずだよ。
反省するか説明すべきだな。
341考える名無しさん:2007/01/21(日) 00:48:00
>>340
物質と空間を区別するのは古典力学の世界だけですよ。
現実には波の高いところ(粒子)と低いところ(空間)のように、境界があるわけではありません。
真空から粒子が発生するのは古典的に考えれば不気味ですが、
現代物理では、波の低いところから水が蒸発するように、不思議でもなんでもありません。
342考える名無しさん:2007/01/21(日) 00:51:20
>>340
>宇宙はモノの集合でしかないというのは妄信でしかないはずだよ。

妄想でもなんでもなく、モノの集合でしかないんです。
それ以外の何かがあったとしても、他のモノと相互作用しなければ存在しないことになりますし、
あるモノと相互作用するなら、それもモノの集合に含まれることになります。
つまり、モノとは相互作用する存在の全集合となります。
343222:2007/01/21(日) 00:53:24
>>336
>ですから「別に答えなくても構いません」ということです。
お願いしたあなたが、別に構いませんなどというの勝手が過ぎると思います。
教会ではマナーに関して無頓着なのでしょうか。

>そうかもしれませんが、そうするつもりはありません。好きにしてください。
やはり、あなたは他の質問をすることで「体験しなければわからないこと」に関する事から遠ざけるものなのですね。
想像だった、と書けばそれはそれでいいのですが、尚もかたくなに認めようとしない。

>別に説明する必要はないと思います。
まただ。また軽視して、考えない。
あなたは常識を常識としそこから考えても何も出ないとしている。
「十人十色、何があるかわからない」として、手の尽くしようがないと決め付け、考えるのを止める。
そういうところを、私は“受け入れてしまっているのでは”と思っているのです。
「単に「いろいろな場合がある」ということ」故に「矛盾も糞もないと思います。」とする理由もたぶんないでしょうし。
根拠なく“必要ない”と決め付け、また“なぜ必要ないか”という理由もない。

>例えば要理の勉強の中で、それまで縁のなかった「哲学」を学んだりもします。
>哲学的問題を日常生活の中で考える場合などは、その例になるでしょう。
なるほど。
その哲学的問題は、要理に反するから哲学的問題なのでしょうか。だから考えるのでしょうか。

>なお、カトリックの信徒だと聖書もほとんど読んでいない人も多かったりします。
実は、信徒でもない人をあなたが勝手に信徒だと思っているのでは?
なんだか今までのあなたの書く現状を読むと、信徒とする条件が軽く感じられる。
信徒の意味って、ある宗教を信じ尊ぶ事ですよね。
信徒である条件って何ですか?

>何にせよ、貴方のキリスト教に対する見方はかなり歪んでいます。
だが、あなたはそれを説明することができない。
もしできるのなら説明してください。
344考える名無しさん:2007/01/21(日) 01:09:14
>>342
相互作用もモノなの?
345考える名無しさん:2007/01/21(日) 01:10:21
>>343
>お願いしたあなたが、別に構いませんなどというの勝手が過ぎると思います。

私からの回答が欲しいなら、貴方が答えることをお願いしているだけであって、別に私の指示に従う必要はありません。貴方は勝手にすればいいということです。
また、そういう貴方も私の要求に従っていないわけですから、勝手過ぎるというのは、貴方がご自分を鏡に映しているのだと思います。

「体験しなければわからないこと」は「体験しなければわからない」です。
「赤」色と見えるクオリアを盲人にどうやって説明するのですか?少なくとも私には説明不可能です。

>根拠なく“必要ない”と決め付け、また“なぜ必要ないか”という理由もない。

あるものが必要かどうかというのは、その人の考えに依存するものです。私にとって必要がないのですから、根拠などいりません。
もちろん貴方にとって必要という可能性はあるでしょうが、私にとってはどうでもいいことです。

>その哲学的問題は、要理に反するから哲学的問題なのでしょうか。だから考えるのでしょうか。

別に要理に反しません。憶測でデタラメを言う前に、自分で確かめに行ったらどうですか?
別に行かなくても構いませんが、それならデタラメを言わない方がいいと思います。

>なんだか今までのあなたの書く現状を読むと、信徒とする条件が軽く感じられる。

そうですよ。それを「軽く」感じるかというのは人に依存しますが、私の感覚から言っても軽いです。

>信徒である条件って何ですか?

そんなことも知らずにいい加減なことを書いていたのですか。

>>何にせよ、貴方のキリスト教に対する見方はかなり歪んでいます。
>だが、あなたはそれを説明することができない。

いいえ。指摘しています。貴方にはそれが見えないだけでしょう。
346考える名無しさん:2007/01/21(日) 01:12:31
宇宙はモノの集合でモノは相互作用する存在の集合?
宇宙は相互作用する存在の集合といわけに変えたの?
347考える名無しさん:2007/01/21(日) 01:17:48
>>346
私が横からレスしただけですが、要は

>宇宙は相互作用する存在の集合

ということです。
「モノ」はその部分集合と言えるでしょう。
348考える名無しさん:2007/01/21(日) 01:34:27
宇宙は精神の集合である。
精神とは相互作用する存在の集合である。
モノとは精神である。
349考える名無しさん:2007/01/21(日) 01:56:02
物と物との関係が物ではないので、
唯物論は無理があるんだよね。
だからモノとかいってその関係をも含めた言葉をでっち上げたくなるんだろう。
350考える名無しさん:2007/01/21(日) 02:21:26
>>349
唯物論で無理はありません。

唯物論の「物」というのは、現代では物理現象のことです。
また物質の存在は、「存在し続ける」という物理現象の一つです。

さらに、唯物論は物質以外のものの存在を否定していません。
非物質的なものは、物質に付随し規定されるというだけです。
351考える名無しさん:2007/01/21(日) 02:23:48
てか物理学は物の集合の中に秘められた理、宇宙の精神性を探求する学問だろ。
モノなんて概念は物理学に喧嘩を売っているのだ。
導きだした理を物に返し覆い隠そうというのだから。
352考える名無しさん:2007/01/21(日) 02:28:47
>>351
その探求の過程で「物」が以前思われていたようなもの
ではなくなったということがあります。
統一的に扱うならエネルギーの方が都合がいいですからね。

あと別に覆い隠すわけではないと思います。
物の性質として存在するだけでしょう。
353考える名無しさん:2007/01/21(日) 02:47:20
物がある精神的存在の理性の産物ですよ。
理がなきゃ物は存在できない。
世の中神様々ですよ。
354考える名無しさん:2007/01/21(日) 03:17:33
物の成立必要条件として理がある。
したがって、理が物の初めにありきでしょ。
355考える名無しさん:2007/01/21(日) 03:42:28
神の存在証明は果たして果たされた。
無神論者諸君は反省して神様を畏怖しなさい。
356考える名無しさん:2007/01/21(日) 05:22:02
理は万物を支配し、万物の存在根拠、必要条件となっているが、
逆に物は理に微塵も影響を与えることができない。
理と物は理から物への一方向的な関係にあるといえる。
よって物は理の表像であって、本質的にいって存在しないといえる。
確かに存在しているのは理である。
物理現象は神の見せる夢である。
357考える名無しさん:2007/01/21(日) 05:28:58
実のところ、宇宙は神の見る夢であるというのがよりリアルな表現なんだがw。
358考える名無しさん:2007/01/21(日) 07:01:55
宇宙は理にそった神の思考。
359222:2007/01/21(日) 14:30:47
>>345
>また、そういう貴方も私の要求に従っていないわけですから、勝手過ぎるというのは、貴方がご自分を鏡に映しているのだと思います。
あなたの要求って、あなたの質問ですよね?
そうだとすると、あなたは質問によって論点をずらそうとする。だから従っていないのです。
それに、私はあなたの「論点をまとめてください。」に応えて、まとめて書きました。
しかし、あなたはしない。

>「体験しなければわからないこと」は「体験しなければわからない」です。
>「赤」色と見えるクオリアを盲人にどうやって説明するのですか?少なくとも私には説明不可能です。
盲人だけでなく健常者にも説明することができない。
故に、同じ信徒であってもそれを理解しあうことも出来ず、共有することも出来ない。
そしてそれが「体験しなければわからないこと」であるか、確かめあうこともできない。

>私にとって必要がないのですから
自分の都合で考えるのを止めてしまったということですね。

>別に要理に反しません。憶測でデタラメを言う前に
「反するから哲学的問題なのでしょうか。」と、断言していません。
デタラメを、言わないで下さい。
それと要理の具体的な例は何ですか?キリスト教の教理ですか?

>そんなことも知らずにいい加減なことを書いていたのですか。
ということは今まであなたは、知っていていい加減なことを書いていたと思っていたのですから、別に変わらないでしょ。
もしかして、また攪乱するつもりですか?
そうでなかれば、質問「信徒である条件とは何ですか?」に答えて下さい。

>いいえ。指摘しています。
「説明」と「指摘」は違います。
360子供の質問:2007/01/21(日) 14:49:47
宗教に入っている人は家族が死んでも 神を信じるのですか?
361考える名無しさん:2007/01/21(日) 17:16:57
>>359
>盲人だけでなく健常者にも説明することができない。

でも同じ「視覚」を持っている人同士では話が通じるものです。
そして色盲の人だと、何かが違うという事態になります。

>故に、同じ信徒であってもそれを理解しあうことも出来ず、共有することも出来ない。
>そしてそれが「体験しなければわからないこと」であるか、確かめあうこともできない。

私は状況から、健常者同士の「視覚」は、理解しあい、共有していると見なします。
もちろん、貴方が理解しあうことができず、共有することも出来ないと見なすのは自由です。

>「反するから哲学的問題なのでしょうか。」と、断言していません。

流れが読めていないデタラメな質問であると思います。
「要理に反するから」と質問の中に、原因の形で差し込んでいるのが気持ち悪いです。
「貴方は人を殺したから死刑に反対なのでしょうか」と聞くようなものです。

>質問「信徒である条件とは何ですか?」に答えて下さい。

洗礼を受けていること。

>「説明」と「指摘」は違います。

ええ、そうですが、私がした指摘は、簡単な説明に含まれると思います。
362考える名無しさん:2007/01/21(日) 17:19:49
>>360
貴方の言う「神」とはどういうものですか?
例えば、「地球」を「神」とするのなら、
家族の死に関係なく、「地球」=「神」の存在を信じているのは別に不思議でも何でもありません。
363考える名無しさん:2007/01/21(日) 17:26:31
>>356
ヨハネ福音書の「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。」
の「言」はギリシャ語の原文ではロゴスで、貴方も仰っている「理」のことです。
364考える名無しさん:2007/01/21(日) 19:39:54
>>335
個体の永続と子孫を残す事が、何故、最重要の価値になるのですか?

まず 生物というものがなぜ誕生したのかを説明します
今の高校の生物の教科書なんかでは太古の海でタンパク質が合成されえた事を証明する
実験が書いてありますが 別にそんな事はどうでもいいわけです
なぜなら タンパク質はタンパク質でしかないからです

おそらくみなさんはあの旧約聖書の神様が生き物を創られてそのあと土からアダム(最初の人間)
を創ったという説明ではなく ものすごく単純な生命体から進化を重ねて今のように
様々な生物に進化したという説明のほうを信じていると思うのですが
では その最初の生物とはいったいどんなものだったのでしょうか
今の「生物」の定義は「すべての生物は細胞からなる」となっていますが
この地球上にはじめて生まれた生物は「生物」ではない いや定義なんか
どうだっていいだろうが!とかっこいいことを言って 生物がどう誕生したかを
説明している人がいます その人はリチャード・ドーキンスといいます


あと、「命を尊い」についてですが
私もその言葉に否定的なんですがそれは人が命を作ることができないからでは?
石もそうですが一部の石は作ることが出来ます。それに命とは違い、その保持も簡単です。
そこに尊さを導くのではないのでしょうか。


365考える名無しさん:2007/01/21(日) 19:51:07
>>364
最重要の価値になることの説明になっていません。
366考える名無しさん:2007/01/21(日) 22:46:31
>>364
335のレスに何が言いたいのですか?
367考える名無しさん:2007/01/21(日) 23:00:08
>>364 365
最重要の価値になることの説明になっていません。
335のレスに何が言いたいのですか?

すいません まだ途中だったんですが時間が無かったもんで
明日続きを書きます
368222:2007/01/22(月) 00:14:51
>>361
>でも同じ「視覚」を持っている人同士では話が通じるものです。
>そして色盲の人だと、何かが違うという事態になります。
話が通じればいいというのは、日常生活でのレベルだと思います。
もし、赤と緑が反転して見えている人がいたとするなら、普通に話が通じているような形になります。

>私は状況から、健常者同士の「視覚」は、理解しあい、共有していると見なします。
>ちろん、貴方が理解しあうことができず、共有することも出来ないと見なすのは自由です。
「見なす」のが自由なのは当たり前です。
その人それぞれが持つ考え(=見なす)が、どうであるかを議論するのが学問であり進歩だと思います。

>流れが読めていないデタラメな質問であると思います。
どのような流れがあったのですか?

>「要理に反するから」と質問の中に、原因の形で差し込んでいるのが気持ち悪いです。
答えとしてありえる事を、例として出したのです。
気持ち悪いからなんなのですか?

>「貴方は人を殺したから死刑に反対なのでしょうか」と聞くようなものです。
何の問題があるのですか?

>洗礼を受けていること。
となると、それを受けるにふさわしい状態、つまりある程度の教理を身につける場合もあるわけですね?

>ええ、そうですが、私がした指摘は、簡単な説明に含まれると思います。
その指摘をまとめて書いてくださいと書いても、あなたはしないでしょう。
説明とは、ある事柄の意味や内容を分かるようにときあかすことです。
つまり、結局あなたは説明することが出来ないということになります。
369考える名無しさん:2007/01/22(月) 00:37:23
>>368
>話が通じればいいというのは、日常生活でのレベルだと思います。
>もし、赤と緑が反転して見えている人がいたとするなら、普通に話が通じているような形になります。

話が通じるなら問題ないでしょう。そもそも我々が使用している言葉の意味だって、違いが見つかるまでは、通じているかどうか不明です。
ですが違いが発見されない限り、通常、通じていると見なします。

>その人それぞれが持つ考え(=見なす)が、どうであるかを議論するのが学問であり進歩だと思います。

それは貴方の個人的な考え方に過ぎません。独我論では他人すら存在していませんし、桶の中の脳の可能性も否定できないわけで。

>>「貴方は人を殺したから死刑に反対なのでしょうか」と聞くようなものです。
>何の問題があるのですか?

問題あると思います。人を殺しているわけでもない普通の死刑反対者に、「貴方は人を殺したから死刑に反対なのでしょうか」というのは、非常識だと思います。貴方がそう思わないなら、勝手にしてください。

>となると、それを受けるにふさわしい状態、つまりある程度の教理を身につける場合もあるわけですね?

そういう場合もあります。いろいろな場合がありますから。

>その指摘をまとめて書いてくださいと書いても、あなたはしないでしょう。

私にとってする必要がないですから。それは私の目的でもありませんし。

>説明とは、ある事柄の意味や内容を分かるようにときあかすことです。

わかる人にわかれば、その人に対して説明したことになります。貴方に理解できない場合は、貴方に対しては説明になっていないというだけのことです。

>つまり、結局あなたは説明することが出来ないということになります。

いいえ。貴方が説明を理解できていないのです。
370222:2007/01/22(月) 03:09:27
>>369
>話が通じるなら問題ないでしょう。
論理的な事は通じるが、クオリアのような部分では通じているかはわからない。

>それは貴方の個人的な考え方に過ぎません。独我論では他人すら存在していませんし、桶の中の脳の可能性も否定できないわけで。
独我論を持ち出して反論していますが、存在を扱うものであって、考え方などを扱う理論ではありません。
その独我論を考え付くまでに、自分以外の多くの考えや理論を参考または学習したでしょう。
もし独我論が考え方の否定をするなら、ないはずの考え方からどのようにその理論にたどり着けるのでしょか?

>非常識だと思います。
非常識?
非常識であるという理由だけで、質問に問題があるのですか?
まるで地動説の話を思い出す事柄ですね。
天が動くのではなく、この地が動いているというその当時の“非常識”を考えたが故に、キリスト教から迫害された。
まさか、今でもそのような動きがあったとは。

>そういう場合もあります。いろいろな場合がありますから。
幼児の場合以外は、ある程度の教理の習得が必要なのですよね?

>わかる人にわかれば、その人に対して説明したことになります。貴方に理解できない場合は、貴方に対しては説明になっていないというだけのことです。
わかる人にはわかるというのは、自分たちにとって都合のいい考えを持つ人間だけというような感じがします。
そこに、思想の偏り見える。都合のいい質問だけ答えて、都合の悪い質問は「私には必要ない」。
同じような考えを持つ者同士があつまり、同じような結論を出して満足する。
そのような思考は回帰するだけ。「思考の停止」である。
371考える名無しさん:2007/01/22(月) 10:17:27
>>370
>論理的な事は通じるが

それも多かれ少なかれ、クオリアと同様の問題を含んでいます。
その論理的なことが何を意味しているかは、人によって異なる可能性があります。
桶の中の脳の可能性を考えるなら、論理的なものが論理的である保証すらありません。

>非常識であるという理由だけで、質問に問題があるのですか?

問題あると思います。人を殺しているわけでもない普通の死刑反対者に、「貴方は人を殺したから死刑に反対なのでしょうか」というのは、非常識だと思います。貴方がそう思わないなら、
「勝手にしてください」

>まるで地動説の話を思い出す事柄ですね。

全く関係ありません。貴方が思い出すのは勝手ですが。

>天が動くのではなく、この地が動いているというその当時の“非常識”を考えたが故に、キリスト教から迫害された。

というのは、貴方の勉強不足か妄想だと思われます。“非常識”を考えたことが問題だったわけではなく、
当時の権力者の間関係の問題だったということは明らかになっています。私もアンチキリスト教の時は、不勉強で、そのように思い込んでいましたが。
372考える名無しさん:2007/01/22(月) 10:17:41
>>370
>わかる人にはわかるというのは、自分たちにとって都合のいい考えを持つ人間だけというような感じがします。

すべての人にわかるように説明するのは、ほとんど不可能だと思います。そういった人間の限界というものを貴方は認識する必要があると思います。
そもそも今書いているようなことは、他人に「わからせる」必要などありません。

>そこに、思想の偏り見える。都合のいい質問だけ答えて、都合の悪い質問は「私には必要ない」。

それは貴方がしていることですね。貴方が自分が答えていない質問があり、それが都合が悪いからこそ、他人が質問を答えないのを見ると、
相手が「都合の悪い質問は答えない、思想の偏りをもっている」と見えてしまうのではないでしょうか。
ご自分を鏡に映して、ご自分の幻影を批判しているようなものだと思います。思考の停止は貴方がしていることだと思います。

>同じような考えを持つ者同士があつまり、同じような結論を出して満足する。

そのようなことはありません。もっとも、一般人にある程度には、あるでしょうけど。
373222:2007/01/22(月) 23:16:09
>>371
>それも多かれ少なかれ、クオリアと同様の問題を含んでいます。
>その論理的なことが何を意味しているかは、人によって異なる可能性があります。
例えば「リンゴは赤い色」言う文、「リンゴ」は「赤い色」であるという関係などが論理的な部分であり情報です。
この部分は伝わるのではないのでしょうか?

>非常識だと思います。
>全く関係ありません。
真偽が常識に左右されているのですよ?それに左右されては、常識に沿った考えや発展しかありません。
アインシュタインも物理学界の常識であるニュートン物理学を疑ったからこそ、今の物理があるのです。

>“非常識”を考えたことが問題だったわけではなく、
当時の常識に教会が深く関わっていた。国教となり、日常生活となり・・・。
そもそも宗教が裁判権もっている点で常識に介入していないわけがない。

>当時の権力者の間関係の問題だったということは明らかになっています。
ということは、キリスト教会はそれを認めていたということですか?


>>372
>すべての人にわかるように説明するのは、ほとんど不可能だと思います。
>そういった人間の限界というものを貴方は認識する必要があると思います。
なんかすごい極端な事柄ですね。
説明してわからない人は、思考の基礎的レベルで違いがある場合がほとんどでは?
限界?人間の限界となると、考え方の違いどころの話ではなくなっていると思います。
言語の違いもあると思いますが、人間の限界となると、脳の障害だとか、もっと物質的なことのように感じますが。
>そもそも今書いているようなことは、他人に「わからせる」必要などありません。
わからせるといのは、自分の意見を間違いなく伝えることですよね。
それって、議論の基本だとおもいます。というか、それぐらい当たり前です。
374222:2007/01/22(月) 23:20:52
>>372
>ご自分を鏡に映して、
それはないです。私は、あなたの>>261にこたえて>>283を書きました。しかしあなたは、しない。
鏡、鏡というが鏡になっていない。故にただの言い逃れであり、それは誤魔化しです。

>そのようなことはありません。もっとも、
そうであるとは言っていませんよ。
375考える名無しさん:2007/01/23(火) 04:16:04
>>373
>例えば「リンゴは赤い色」言う文、「リンゴ」は「赤い色」であるという関係などが論理的な部分であり情報です。
>この部分は伝わるのではないのでしょうか?

「違い」が見つかるまで、伝わると思い込んでいるんです。
「リンゴ」は「赤い色」は、人によっては「みかん」は「オレンジ色」として伝わっている可能性があります。
「みかん」も「りんご」もフルーツの総称としていたり、色を厳密に区別していない場合などです。
そして普通は無知の赤ん坊から大人への成長の過程で、
「りんご」の範囲や「赤い色」の範囲が調整されたり、定義が変更されたりします。
ですが、それは完全とは限りません。
また、AはBという、助詞「は」で結ばれる関係も、人によって認識が異なることも多いです。
=だったり、⊇だったり、⊆だったりです。
376考える名無しさん:2007/01/23(火) 04:44:18
>>373
>真偽が常識に左右されているのですよ?それに左右されては、常識に沿った考えや発展しかありません。
>アインシュタインも物理学界の常識であるニュートン物理学を疑ったからこそ、今の物理があるのです。

「物理学界の常識であるニュートン物理学を疑ったからこそ」というのは違うと思います。
物理など所詮近似であるということは、まともな物理学者なら分かっているでしょう。
ニュートン物理学は間違っていたわけではありません。
近似としては相対論からも出てきます。
物理に関しては私は専門で、量子論で論文書いています。
決定論スレに常駐しているので、知っている人も多いと思いますが。

それから私が非常識と言ったのは、真偽が左右されるという話ではありません。
貴方の質問が真偽以前に非常識だと申し上げているのです。

。人を殺しているわけでもない普通の死刑反対者に、
「貴方は人を殺したから死刑に反対なのでしょうか」というのは、
非常識だと思います。貴方がそう思わないなら、 「勝手にしてください」

>当時の常識に教会が深く関わっていた。国教となり、日常生活となり・・・。

というのは貴方の思い込みですね。教会ではなく、その時代の人間にです。

>そもそも宗教が裁判権もっている点で常識に介入していないわけがない。

宗教というより、その時の政治システムが、です。政治と宗教が今の日本のように分離されていなかったんだから、仕方がありません。
当時のその地域の国の成立の仕方からいって、今の政教分離の日本の状況と全く違うのです。
それに今の政治システムだって、後世には分離されてしかるべき物が紛れ込んでいるかもしれません。
将来は「人間の認識」や「感情」が裁判に使われていることが問題になるかもしれません。
「AI」が人間を超え、その変わりになる時代にならないとは言い切れません。
377考える名無しさん:2007/01/23(火) 04:50:31
>>373
>>当時の権力者の間関係の問題だったということは明らかになっています。
>ということは、キリスト教会はそれを認めていたということですか?

理解できなかったというのが正しいと思います。
今だって量子論は、世界の多くの人の常識を覆すものですが、
一般人や政治家、裁判官に理解されているとは到底思えません。
確率的には、おそらく貴方も理解していないのではないでしょうか。

ちなみに、当時のガリレオの『天文対話』の発刊には
ローマ教皇庁から正式の許可があったことがわかっています。
378考える名無しさん:2007/01/23(火) 04:57:25
>>そもそも今書いているようなことは、他人に「わからせる」必要などありません。
>わからせるといのは、自分の意見を間違いなく伝えることですよね。
>それって、議論の基本だとおもいます。というか、それぐらい当たり前です。

それには同意ですが、
だからといって、内容によってはすべての人に「わからせる」必要があるわけではありません。
「必要でない」=「不要」ではありません。
必ず要るわけではなく、ある程度「要る」というだけのことです。
この程度の論理性もない人が一般人には多いですが。
必要ではないと言われると、「不要」だと思い込む馬鹿が多すぎます。
379考える名無しさん:2007/01/23(火) 05:11:54
あと、

地動説
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E5%8B%95%E8%AA%AC
の「地動説と宗教」

ガリレオ・ガリレイ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%AC%E3%82%A4
の「裁判の検証」

が参考になると思います。
380222:2007/01/23(火) 16:41:39
>>375
つまり、文は、「赤い色」「リンゴ」などの要素を、論理(関係)で結び付けているのです。その関係は伝わるはずです。関係は関係で説明できますから。実際
 >また、AはBという、助詞「は」で結ばれる関係も、人によって認識が異なることも多いです。
とかいているが、「=だったり、⊇だったり、⊆だったりです。」と説明できていますし、「=」「⊇」「⊆」のどれであるか付け加えればいいだけです。
しかし、「赤い色」(もっと言えば「赤い」「色」)「リンゴ」は、上のように説明できません。「赤い色」に関して言えば「太陽の色と同じ」「トマトと同じ」など、他の要素での代用でしかできない。

>>376
 >ニュートン物理学は間違っていたわけではありません。
「疑った」っと書きました
 >非常識だと申し上げているのです。
非常識だから何故だめなのか?
 >宗教というより、その時の政治システムが、です。
政治が宗教に委ねたのとかわりないです。
 >政治と宗教が今の日本のように分離されていなかったんだから、仕方がありません。
その文は、「当時の“非常識”を考えたが故に、キリスト教から迫害された。」を認めるってことですか?

>>377
 >理解できなかったというのが正しいと思います。
その理解は、当時の人類としての理解度を言っているのですか?
もしそうなら、それ以前にそのような考えもあったし、数式にして著しているのだから、それはないと思います。
 >ローマ教皇庁から正式の許可があったことがわかっています。
しかし、その後の裁判でガリレオは終身刑かけられたこともあるし、たしかそれって、仮説として書くとかの条件付きではなかったですか?
それに、1900年代になってやっとローマ法王が認めていましたが。

>>378
 >だからといって、内容によってはすべての人に「わからせる」必要があるわけではありません。
当たり前じゃないですか、議論と関係のないことは。
 >必要ではないと言われると、「不要」だと思い込む馬鹿が多すぎます。
ふよう【不要】 (明治時代の造語)必要ではないこと。また、そのさま。(反)必要。
381考える名無しさん:2007/01/23(火) 17:40:15
>>380
>とかいているが、「=だったり、⊇だったり、⊆だったりです。」と説明できていますし、
>「=」「⊇」「⊆」のどれであるか付け加えればいいだけです。

そういう問題ではありません。違いが判明したときはそのようにできますが、
例え論理や関係であっても、違いが見つかるまでは「伝わらない」という例です。
これは「その関係は伝わるはずです。」に対する否定です。

>「疑った」っと書きました

近似であることを(まともな物理学者は)誰も疑ってはいないし、
近似でないことを(まともな物理学者は)信じているわけでもないです。

>非常識だから何故だめなのか?

だめとは申し上げておりませんが。
勝手にしてくださいと申し上げています。

>政治が宗教に委ねたのとかわりないです。

なら委ねた「政治」の責任ですね。

>その文は、「当時の“非常識”を考えたが故に、キリスト教から迫害された。」を認めるってことですか?

いいえ。キリスト教からではなく、その国の権力者からです。
第二次世界大戦で神道を信じる日本の兵士がアメリカ人を殺したとしても、
神道に殺されたわけではなく、その時の日本軍や日本政府に殺されただけでしょう。

>もしそうなら、それ以前にそのような考えもあったし、数式にして著しているのだから、それはないと思います。

では貴方は量子力学を完全に理解できていますか?
382考える名無しさん:2007/01/23(火) 17:56:49
>>380
>その文は、「当時の“非常識”を考えたが故に、キリスト教から迫害された。」を認めるってことですか?

いいえ。キリスト教からではなく、その国の権力者からです。
もう少し付け加えるなら、当時の自然科学者同士の対立、
宗派の対立によって、トラぶったというのが妥当だと思います。
ガリレオ自身キリスト教徒ですし。
383考える名無しさん:2007/01/23(火) 18:02:40
http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/39890508.html
ガリレオは地動説を「発見」したのでしょうか?
地動説の提唱者はコペルニクス(カトリック司祭)です。
ガリレオは地動説の発見者でもなく、「証明」したわけでもありません。地動説を宣伝したに過ぎません。
(ちなみに地動説が証明されるのはニュートンまで待たねばなりません。)

カトリック教会は天動説を「教義」としていたのでしょうか?
カトリックでは「教義」は厳密に規定され、明文化されています。
「漠然と信じられている事柄」というような曖昧なものではないのです。
カトリックが天動説を宗教的の教義としたなどという事実はありません。
天動説は、「当時の通説」であったに過ぎないのです。
(そもそも、カトリック教会が保持しているのは「信仰と道徳」に関する真理であって、科学についての不可謬性を教会が主張したことなどありません。)

カトリックは科学上の新説を断罪したのでしょうか?
ルネサンスの担い手であるカトリック教会は、芸術や科学や新技術のパトロンでした。
これをキリスト教の「腐敗」と見なして宗教改革を起こしたのがルターさんです。
ルターさんなどのプロテスタントこそが、地動説やコペルニクスを攻撃したのだそうです。

ガリレオは何の罪で有罪とされたのでしょうか?
カトリックが地動説を異端とみなしたということ自体、どうも史実なのか疑わしいのです。
前にお話した「グレゴリオ暦」策定の作業で、教会はコペルニクスの地動説も計算に使っているのですから。
ガリレオが有罪になったのは事実ですが、後にも先にも、地動説のゆえに有罪になった人はひとりもいないのもまた事実です。
一体ガリレオに何があったのでしょうか?
384考える名無しさん:2007/01/23(火) 18:05:29
http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/39968476.html
当時のヨーロッパは、宗教改革とそれに続く対抗宗教改革の激動の時代でした。
教会は、異端思想の出現に神経を尖らせていました。
教会にとっても科学にとっても不幸な時代だったと言えましょう。

そんな中、ローマへ自分を売り込みに行ったガリレオは、賢明な営業努力のかいあって、高位聖職者たちの知遇を得ることができました。
地動説についても好意的に受け止められたようです。
そのためガリレオは、地動説について大っぴらに語り、さらには自分の専門外である神学や聖書について、独自の主張をするようになっていったのです。
これは、とりわけ当時の情勢にあっては、危険なことでした(特に、ガリレオは地動説を証明しておらず、自説の根拠を示せなかったということを思い出す必要があります)。

ガリレオと懇意にしていたベラルミーノ枢機卿は、地動説を支持しない方がよいと勧め、ガリレオは口頭・著述を問わず、その通りにすると誓約しました。
これまたガリレオにとって大きな失敗でした。
後に地動説に基づいて異端説を唱えたかどで裁判沙汰になった時に、この誓約を記した文書が出てきたのです。
ガリレオが高位聖職者の前で誓ったことを破って地動説を公に支持する本を出版した、つまり偽誓したということで大いに審問官の心証を損ねることになりました。

結局、ガリレオは有罪判決を受け、禁固刑に処せられることになりました(死刑宣告を受けたという俗説は間違い)。
しかしすぐに、この判決は自宅謹慎に変更されました。
高位聖職者たち、特に教皇ウルバノ8世がガリレオに寄せていた友情のほどがうかがい知れるエピソードです。
385ホッシュジエンの国内ニュース解説:2007/01/23(火) 18:36:57
BBCのビルマ語放送(電子版)は23日、英国に拠点を置くキリスト教抑圧監視団体
「世界キリスト教連帯」が、ミャンマーからのキリスト教徒追放を計画する同国軍事
政権の秘密文書を入手したと報じた。この団体は、文書を基に作成した軍政の弾圧政策を
指摘する報告書を公表するという。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 彡ミ    ___  __    世界民族の二分化と対立を狙う米の対外政策は明らかに
  |ヽ  /|  ,,,,,,,,l /  /    軍需産業のものだ。それには宗教で分けるのが手っ取り早い。
  |ヽ   | | ミ#・д・ミ/_/旦~~  そこで軍需産業に投資する宗教家達に協力を仰いだという事かも知れん。
  ⊥   |  ̄| ̄|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| 
  凵    `TT | ̄l ̄ ̄ ̄ ̄ ̄l 軍需産業と宗教団体はブッシュとビンラディンみたいな関係なのかも。(・д・ )

07.1.23 Yahoo「キリスト教徒の追放計画か=監視団体、軍政の『秘密文書』入手−ミャンマー」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070123-00000099-jij-int
07.1.23 Yahoo「<ソマリア>イスラム法廷連合の最高幹部を拘束」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070123-00000066-mai-int
386考える名無しさん:2007/01/23(火) 18:45:18
要はね、キリスト教は大人しくしてなさいってこった。
387考える名無しさん:2007/01/23(火) 18:48:11
>>386
つーか、今のカトリックって、日曜日に集まって賛美歌を歌って帰るだけの同好会状態。
388222:2007/01/23(火) 18:54:06
>>381
>そういう問題ではありません。違いが判明したときはそのようにできますが、
>例え論理や関係であっても、違いが見つかるまでは「伝わらない」という例です。
>これは「その関係は伝わるはずです。」に対する否定です。
私の主張は、論理だとか関係だとかでその「違い」は発見できるということです。
しかし、要素に関して言えば、その「違い」を見つけるのは難しいもの、強いて言うなら不可能と言ってもいいかもしれません。

>近似であることを(まともな物理学者は)誰も疑ってはいないし、
>近似でないことを(まともな物理学者は)信じているわけでもないです。
ですから、あなたは前文で「ニュートン物理学は間違っていたわけではありません。 」と書きましたが
私は、「疑った」としか書いていないのです。「疑うこと」と「否定すること」はまったく違います。

>だめとは申し上げておりませんが。
>勝手にしてくださいと申し上げています。
389222:2007/01/23(火) 19:04:25
>>388の最後の部分に追加
「だが、「その質問は無益だ」といいたいのでしょうか?」

>>381
>なら委ねた「政治」の責任ですね。
確かに、責任があります。しかし、委ねられた者が間違った判断を下さなければよかったのです。
つまり、政治の責任はキリスト教が原因なのです。
そしてそれはあなたの前言
>当時の権力者の間関係の問題だったということは明らかになっています。私もアンチキリスト教の時は、不勉強で
を翻すことでもあるのです。私の「キリスト教による迫害」の反論として書かれたのですから。

>いいえ。キリスト教からではなく、その国の権力者からです。
地動説への迫害の理由は教理から来ています。そしてその権力者の中にはキリスト教の人は必ずいる。
蛇足ですが、第二次世界大戦は、日本が一神教の性質をもっていた時代です。国家防衛として他国と戦うが、
“国家防衛”という言葉の意味に「神の御座す国」の防衛をとしていたと考えています。

>では貴方は量子力学を完全に理解できていますか?
いえ、あなたのように量子力学を完全に理解するに至る過程をまだ歩んでいないので、理解できないです。
その文の目的を察するに、当時の理解度で地動説の理解は無理な部分があることを指摘したいのでしょうが、
航海術ではすでに天動説による位置測定に誤差が生じてしまうことがあります。つまり、天動説、地動説の影響は
学問のみの影響ではないことをさしています。故に、ある程度の層(前の文から言うと商人の生活程度)でも理解しえる事柄だと思います。

>>382
>当時の自然科学者同士の対立、
>宗派の対立によって、トラぶったというのが妥当だと思います。
それって、ガリレオに限った話ですよね?私は代表してガリレオを書いただけです。
390考える名無しさん:2007/01/23(火) 19:07:22
ジョルダーノ・ブルーノって、宗教裁判で処刑されなかったけ?
391考える名無しさん:2007/01/23(火) 19:11:24
>>388
>私は、「疑った」としか書いていないのです。「疑うこと」と「否定すること」はまったく違います。

アインシュタインがニュートン物理学を疑ったわけではありません。
貴方の疑ったというのは根拠がありません。
392考える名無しさん:2007/01/23(火) 19:12:46
>>389
>“国家防衛”という言葉の意味に「神の御座す国」の防衛をとしていたと考えています。

でも、神道が戦争を起こしたとか、侵略したとか、殺戮をしたとは普通言いません。
393考える名無しさん:2007/01/23(火) 19:13:25
別に宗教なんて、そうかでもカトリックでも仏教でもどこでもいいんじゃぁない。w
394考える名無しさん:2007/01/23(火) 19:18:17
>>389
>いえ、あなたのように量子力学を完全に理解するに至る過程をまだ歩んでいないので、理解できないです。
>その文の目的を察するに、当時の理解度で地動説の理解は無理な部分があることを指摘したいのでしょうが、
>航海術ではすでに天動説による位置測定に誤差が生じてしまうことがあります。つまり、天動説、地動説の影響は
>学問のみの影響ではないことをさしています。故に、ある程度の層(前の文から言うと商人の生活程度)でも理解しえる事柄だと思います。

無理です。ニュートン力学以前に、地動説が証明できるのは当時としては天才だけです。
太陽の周りを惑星が回り、それが地球を回るという天動説もありました。これは地動説と同じ精度で計算できます。
地動説を取れば誤差がなくなるわけでもありません。計算精度と、地動説は関係がありません。
395考える名無しさん:2007/01/23(火) 19:53:53
>>389
>それって、ガリレオに限った話ですよね?私は代表してガリレオを書いただけです。

>>383 ルネサンスの担い手であるカトリック教会は、芸術や科学や新技術のパトロンでした。
396☆虐待冤罪量産か?☆DV法の補強?☆児童虐待防止法ヤバイ☆:2007/01/24(水) 04:11:59
http://news22.2ch.net/test/read.cgi/wildplus/1168281126/29-33

>親から事情を聴く審尋を経たうえで判断するのが通例…緊急措置の保全処分は審尋なしで
>近隣住民からの聞き取り…により
>虐待の事実がなかった…責任を問われることはありません
▲数人近隣に引越せば緊急をタテに冤罪に?

>立ち入り調査をしやすく
>警察関与に…令状主義を侵す恐れがある」と難色
▲令状無し家宅捜索?警察は抜きで!
397考える名無しさん:2007/01/24(水) 06:10:21
キリスト教は生命の根本の因果をわきまえないために、実に幼稚な非科学的な宇宙観、
世界観に立っている。その天地創造説と日蓮仏法で説く無始無終の永遠の宇宙観、
生命観の正邪、優劣は申すまでも無い。また天道説をめぐっての、ローマ法王の
科学者迫害、カトリックに束縛された、中世の民衆の生活の陰うつさ。
これはみな、キリスト教のもつ哲学の低さと、矛盾とに起因する。
仏法の五重の相対の第一番、内外相対によって打ち破られる低級宗教なのである。
仏法の五重の相対とは一切の宗教・哲学・思想を比較検討し、その高低・浅深を
判釈する規範の原理の1つ、内外相対とは、内道(仏教)と外道(仏教以外の教え)
を比較したもの
398考える名無しさん:2007/01/24(水) 06:20:21
天動説地動説、ね
399考える名無しさん:2007/01/24(水) 10:18:36
>>397
カトリックは、科学について否定も肯定もしない立場です。
科学というものは時代によって覆されたりします。
もちろん生活の役には立つので、そういう面では有効なものとしていますが、
教義に混ぜたりはしないということです。

キリスト教は、もともとユダヤ教グノーシス主義がミトラス教と融合して出来たものと
思われますので、ユダヤ教同様科学を否定するものではないですし、
またグノーシス主義の流れによって、根源的なことは「わからない」としている立場でしょう。
そしてそのわからない何かを「神」に押し込めた形になっていると思われます。
そういう根源的世界のことは、わからない以上、優劣などありません。

永遠の宇宙観が正しい保証などどこにもありません。
また、キリスト教の世界観が狭いわけでも決してありません。
映画マトリックスの世界も、キリスト教的世界の一つの解釈です。

ちなみに、これもキリスト教的世界の一つ
http://www.wired.com/wired/archive/10.12/holytech.html
400222:2007/01/24(水) 13:41:53
>>391
>貴方の疑ったというのは根拠がありません。
「疑う」の意味:本当であるか怪しむこと

>>392
>でも、神道が戦争を起こしたとか、侵略したとか、殺戮をしたとは普通言いません。
というよりも、学問の論争だとかと、戦争では違いがありすぎます。後者は、死生の地、存亡の道に関わる重大事です。

>>394
>証明できるのは当時としては天才だけです。
また、そうやってずらす。
理解できるかできないかにあったはず。

>計算精度と、地動説は関係がありません。
星図です。

>>395
>芸術や科学や新技術のパトロンでした。
芸術は、自分たちの神話を絵にしたり彫刻したりするし、教理に反することがあまりないと思います
科学に関して言えば、反しないものなら迫害はなかったはずです。
401考える名無しさん:2007/01/24(水) 13:50:05
>>399
ダーウィン進化論とかは?

マトリックスの世界って、デカルトが全てを疑う時の考えから来ていたのでは?

402考える名無しさん:2007/01/24(水) 13:52:55
キリスト教は生命の根本の因果をわきまえないために、実に幼稚な非科学的な宇宙観、
世界観に立っている。その天地創造説と日蓮仏法で説く無始無終の永遠の宇宙観、
生命観の正邪、優劣は申すまでも無い。また天道説をめぐっての、ローマ法王の
科学者迫害、カトリックに束縛された、中世の民衆の生活の陰うつさ。
これはみな、キリスト教のもつ哲学の低さと、矛盾とに起因する。
仏法の五重の相対の第一番、内外相対によって打ち破られる低級宗教なのである。
仏法の五重の相対とは一切の宗教・哲学・思想を比較検討し、その高低・浅深を
判釈する規範の原理の1つ、内外相対とは、内道(仏教)と外道(仏教以外の教え)
を比較したもの

403考える名無しさん:2007/01/24(水) 16:02:46
キリスト教の教理などその正しさはgotが言ったこと以外なにも理由を持たない。
もっとも、そのgotすらあやふやなものだが。
404考える名無しさん:2007/01/24(水) 17:40:13
>>400
>>証明できるのは当時としては天才だけです。
>また、そうやってずらす。
>理解できるかできないかにあったはず。

証明できないなら、理解してるとは言えません。


>>計算精度と、地動説は関係がありません。
>星図です。

関係ありません。精度は同じように計算可能です。
貴方は惑星の軌道計算したことないのでしょうね。
405考える名無しさん:2007/01/24(水) 17:46:06
>>401
>マトリックスの世界って、デカルトが全てを疑う時の考えから来ていたのでは?

ネオがイエスキリスト。だからラストシーンで十字架に架けられる。
同様にスターウォーズでは、アナキンがイエスキリスト。
406考える名無しさん:2007/01/24(水) 17:47:36
コペルニクスも地動説は理解していなかったんだけどね。
モデル間違えているし。
407考える名無しさん:2007/01/24(水) 17:54:09
正確には太陽も、太陽と惑星の重心を中心に回っている。
地球と月も同じで、お互いに周りあっているというのが正しい。
408考える名無しさん:2007/01/24(水) 19:40:54
>>405
なんで、アナキン=イエスなん?
409考える名無しさん:2007/01/24(水) 19:48:52
>>408
父親がいない。アナキンの父親は聖霊。
母シミは「処女懐胎で生まれた」とクワイ=ガンに語っている。
410考える名無しさん:2007/01/24(水) 20:05:23
帝国軍=十字軍
411考える名無しさん:2007/01/24(水) 20:09:12
>>409
だけで?
それは、ないでしょ
ルーカスが参考にしたぐらいでアナキン=イエスまでいいけれないでしょ
だってダークサイドに落ちたし、息子かばって死んだし、殺戮したし(エピソード2のやつ)
412考える名無しさん:2007/01/24(水) 20:14:42
>>411
アナキン(イエス)が復活し、洒落にならない帝国軍(十字軍)が出来たこと。
ジェダイ(ユダヤ教)の教義に愛を持ち込もうとしたこと。
指令コード66は、黙示録の666を思わせる。
413考える名無しさん:2007/01/24(水) 20:15:09
Googleれば、アナキン=イエスの話はいくらでもあるよ。
414ALIVER:2007/01/24(水) 20:21:17
キリスト教は仏教に対し釈迦は地獄で燃やされている
あなた達も地獄に落ちるといったそうです。
こんなのただの邪教ですよ。
415考える名無しさん:2007/01/24(水) 20:24:54
>>414
>キリスト教は仏教に対し釈迦は地獄で燃やされている

嘘つかないで。
ソースを出してください。あとキリスト教の何派かもちゃんと書くこと。
416222:2007/01/24(水) 20:52:18
>>404
>証明できないなら、理解してるとは言えません。
理解の意味:物事の道理を知ることまた、わかること。意味や内容をのみこむこと。了解。

>関係ありません。精度は同じように計算可能です。
>貴方は惑星の軌道計算したことないのでしょうね。
あなたの文にあった「太陽の周りを惑星が回り、それが地球を回るという天動説もありました。」
そのことについて詳しく知りたい。


だんだん、質問への答えや返答が少なくなっていますが
それは私の鏡であるが故ですか?
417考える名無しさん:2007/01/24(水) 20:56:40
ユダヤキリスト教は怨恨宗教だね。キリストが正そうとしたようだったが。
418考える名無しさん:2007/01/24(水) 20:57:51
>>412
復活といっても死んでないし
愛を持ちこんでる様には見えなかったし
それに愛でいろいろ失敗してるじゃん
もしそうだとしもルーカスはアンキリを主張したいってこと?
419考える名無しさん:2007/01/24(水) 23:44:06
>>418
イエスだって死んでいなかったかもしれませんね。

>愛を持ちこんでる様には見えなかったし

アミダラ(マグダラ)との愛はジェダイでは禁じられていましたが。

>もしそうだとしもルーカスはアンキリを主張したいってこと?

ユダヤ教から見たイエスは、選ばれし者が、暗黒面に落ちたという点で、
アナキン→ベイダーと全く同じです。
ユダヤ教でもイエスは偉大なラビ(先生)であることは確かでしたから。

それから、アメリカ映画はユダヤのものだと思った方がいいです。
ユニヴァーサル映画
パラマウント映画
20世紀フォックスの元となるフォックス・フィルム
ユナイテッド・アーティスツ
ワーナー・ブラザーズ
コロムビア映画

これらの会社を設立したのは皆ユダヤ人です。
420考える名無しさん:2007/01/25(木) 00:47:26
>>419
死んでないって(・・;)
槍で刺されたりして確かめたとか
>アミダラ(マグダラ)との愛はジェダイでは禁じられていましたが。
持ち込むってそういう意味?
あと前のレスでも書いたけど愛でいろいろ失敗しているのは、あれなんすか?イエスもそうなん?
暗黒面に落ちたって言いますがその暗黒面って何?

会社の人がユダヤ人とか関係ね〜
421考える名無しさん:2007/01/25(木) 01:08:13
>>420
>槍で刺されたりして確かめたとか

それだってどこまで本当かわかりません。
聖書自体グノーシス主義者によって改竄されつくしているという話もあります。

>暗黒面に落ちたって言いますがその暗黒面って何?

フォースの暗黒面。

>会社の人がユダヤ人とか関係ね〜

関係ないと思うならそう思っていれば、それはそれで良いと思います。
422考える名無しさん:2007/01/25(木) 02:56:03
ジャンヌダルクはフランスの為に戦いながらも結局イギリスに引き渡されて
火刑にされた。それ以外でも科学とローマカトリックとの争いは熾烈だった。
コペルニクス、ケプラー、ブルーノ、ガリレオ等等迫害にあった。
そもそも、非科学宗教と超科学宗教との違いを知るべきだ。
イエスとノウでは無く、空観という考え方。これは東洋理論だよ。
相対性理論でも量子学でも無という概念は存在し無いんだよ。
423考える名無しさん:2007/01/25(木) 03:16:10
×科学とカトリックの争い
○科学同士の争い or カトリックとプロテスタントなどの異端との争い
424考える名無しさん:2007/01/25(木) 03:19:19
>>422
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E5%8B%95%E8%AA%AC

ヨハネス・ケプラーは、神聖ローマ帝国皇室付数学官(宮廷付占星術師)でありながら、
平然と地動説を唱え続け、著書がローマ教皇庁から禁書に指定されても、
それを理由に迫害を受けることはなかった。
425考える名無しさん:2007/01/25(木) 03:24:27
地動説にすぐに賛同する天文学者があまり出なかったのは、
コペルニクスの値の精度が悪く、天動説で計算したときと比べ、
惑星の位置があまり正確に算出できなかったためである。
その証拠に、ヨハネス・ケプラーがもっと精度のよい『ルドルフ星表』を出すと、
瞬く間に全ヨーロッパの天文学者がこれを使いはじめた。
426考える名無しさん:2007/01/25(木) 03:28:39
>>422
>イエスとノウでは無く、空観という考え方。これは東洋理論だよ。
>相対性理論でも量子学でも無という概念は存在し無いんだよ。

空≠無です。
キリスト教の知識が無いばかりか、
般若心経すら理解していないと思われます。
427考える名無しさん:2007/01/25(木) 11:18:03
> ジャンヌダルクはフランスの為に戦いながらも結局イギリスに引き渡されて
> 火刑にされた。それ以外でも科学とローマカトリックとの争いは熾烈だった。

ジャンヌダルクが「科学とローマカトリックの争い」の例になるのか?
それじゃもう、なんでもありだな。
428考える名無しさん:2007/01/25(木) 12:39:32
>>421
なんか言っていることぐちゃぐちゃ
イエスが暗黒面に落ちたって書いてるけどさ
イエスはフォースの暗黒面に落ちたって事?

ユダヤ人が映画会社のほとんどを建てたとかが関係してんの?
429考える名無しさん:2007/01/25(木) 22:52:41
原爆を作ったのもキリスト
430考える名無しさん:2007/01/25(木) 23:12:36
キリストは復讐の神
431考える名無しさん:2007/01/25(木) 23:31:56
>>430
キリストは神じゃございません。
432考える名無しさん:2007/01/26(金) 02:13:58
大体キリストは殺された。日蓮大聖人はしばしば迫害されたけど殺されなかった。
と言うか殺せなかった。
それだけでどちらの思想が勝れているか解ると言うもんだ。
433考える名無しさん:2007/01/26(金) 02:25:30
大学前で、韓国人の集まったプロテスタント集団が勧誘しててうるさかったぞ
どうにかせい
434考える名無しさん:2007/01/26(金) 02:48:05
大体キリストは殺された。日蓮大聖人はしばしば迫害されたけど殺されなかった。
と言うか殺せなかった。
それだけでどちらの思想が勝れているか解ると言うもんだ。
俺が面白いと思ったのはね龍の口の法難にあった後ね日蓮大聖人は
依知(神奈川県)に拘束され連行されるんだけど、依知てね。依智不依識ていう言葉があって
これはね。仏の智慧に依って菩薩以下の浅い知識に依るなと言う意味なんだよ。
435考える名無しさん:2007/01/26(金) 06:41:10
>大体キリストは殺された。日蓮大聖人はしばしば迫害されたけど殺されなかった。
>と言うか殺せなかった。
>それだけでどちらの思想が勝れているか解ると言うもんだ。

殺された人の思想は、殺されなかった人の思想に劣るのか?
436考える名無しさん:2007/01/26(金) 10:15:22
>>433
プロテスタントはキリスト教でも異端。創価みたいなもの。
プロテスタントでキリスト教に文句を言うなら、仏教は創価学会をなんとかしてほしい。
437考える名無しさん:2007/01/26(金) 10:58:21
>>435
キリストは十字架に張り付けにされて殺されたけれど。事実だよ。
自分の生命も守れない奴が誰を救える。
天地創造説なんてね。愚論。非科学的天道説も主張していた。
438考える名無しさん:2007/01/26(金) 11:04:55
大体キリストは殺された。日蓮大聖人はしばしば迫害されたけど殺されなかった。
と言うか殺せなかった。
それだけでどちらの思想が勝れているか解ると言うもんだ。
キリストは十字架に張り付けにされて殺された事実だよ。
大体自分の生命も守れない奴の教えが誰を救える。
天地創造説なんてね。愚論。非科学的天道説も主張していた。















439考える名無しさん:2007/01/26(金) 11:06:51
大体フセインは殺された。ブッシュはしばしば非難されるが殺されていない。
それだけでどちらの言い分が正しいか解ると言うもんだ。wwwwwww
440考える名無しさん:2007/01/26(金) 11:23:00
441考える名無しさん:2007/01/26(金) 12:39:40
天動説は別に非科学的じゃないし
442考える名無しさん:2007/01/26(金) 12:59:51
キリスト教は生命の根本の因果をわきまえないために、実に幼稚な非科学的な宇宙観、
世界観に立っている。その天地創造説と日蓮仏法で説く無始無終の永遠の宇宙観、
生命観の正邪、優劣は申すまでも無い。また天道説をめぐっての、ローマ法王の
科学者迫害、カトリックに束縛された、中世の民衆の生活の陰うつさ。
これはみな、キリスト教のもつ哲学の低さと、矛盾とに起因する。
仏法の五重の相対の第一番、内外相対によって打ち破られる低級宗教なのである。
仏法の五重の相対とは一切の宗教・哲学・思想を比較検討し、その高低・浅深を
判釈する規範の原理の1つ、内外相対とは、内道(仏教)と外道(仏教以外の教え)
を比較したもの。内道が正しく三世の生命観、因果の法則を説き明かした教えであるのに対し、
外道はこうした因果をわきまえ知ることがないので内道が勝れているとする。
443考える名無しさん:2007/01/26(金) 13:36:24
どっかというと天地創造説の方が科学的ではないかな?
444考える名無しさん:2007/01/28(日) 02:31:29
家にキリスト教信者が来て、戦争反対のシンポジウムに参加してみませんか?
みたいな勧誘が来たけど
キリスト教は戦争についてどう考えているのだろうか?
私は戦争に賛成というわけではないが、たぶん主の教えに従うが故の結果なのだろうが。
445考える名無しさん:2007/01/28(日) 09:06:19
>>437
別に俺はキリスト擁護をしているわけではないが、
殺されたかどうかは、思想の優劣とは関係ないと思う。
例えば、キング牧師も、ケネディ大統領も殺されたが、
彼らの思想が劣悪だったとは、俺は思わない。
446考える名無しさん:2007/01/28(日) 09:11:26
>>439
強いやつが生き残るのであって、
必ずしも正しい人間が生き残るのではない。

まあ、フセインが正しかったとは誰も思わんだろうが、
アメリカ・イギリスの、
「イラクに大量破壊兵器がある」
という主張も、正しくなかった。
447考える名無しさん:2007/01/28(日) 15:57:42
迷惑かけないなら、どんな宗教でもいいよ。
448考える名無しさん:2007/01/28(日) 15:59:49
↑迷惑
449考える名無しさん:2007/02/05(月) 15:40:38
>>447
迷惑かけなきゃ、それでいいんだよ。
だけど、キリスト教は布教活動且つ一神教だから、つねに問題を起こす。
450考える名無しさん:2007/02/05(月) 15:46:33
>>449
カトリックは布教しません。
451考える名無しさん:2007/02/05(月) 15:51:19
>>450
昔は布教してたじゃん。いつからやめたの?
452考える名無しさん:2007/02/05(月) 15:58:32
>>451
今もなお、続いている。
かつてに比べて、規模は小さくなったが。
しかし、何故そうなったか。もう布教できるような場所がなくなったからだ。
453考える名無しさん:2007/02/05(月) 16:23:49
>>451
いわゆる強引な勧誘のような布教はカトリックはしない。
もちろん、教えがどういうものか紹介や宣伝はするが、
実際に洗礼を受けるかどうかは個人が決めることだし、教会が本人が望まないことを勧めることはありえない。
もしそういう教会があるなら、そういうところには行かない方がいいし、上にちくれば破門になるはず。
カトリックでは、献金等もする必要は一切ない。イエスを信じなくてもいい。
死ぬ直前で信じれば救われるよっていうぐらい甘い。
日曜日にみんなと一緒に賛美歌を歌って、だべって帰るだけでOK。幼稚園の延長だ。
聖書もみんなろくに読んでいないし、そういうことも要求されない。
まあ、それだからプロテスタントに批判されるんだろうけどね。

プロテスタントは変なのが多いので注意。
韓国人牧師が唾を飛ばしながら説教し、ギターを弾き絶叫するところには唖然とした。
454ラー:2007/02/05(月) 18:26:58
確かに怪しい人たちもいるね
455考える名無しさん:2007/02/05(月) 18:40:37
戦争について、カトリック的にどうよ?
456考える名無しさん:2007/02/05(月) 20:44:39
>>453
それは、もうそれはキリスト教でないのでは?
457考える名無しさん:2007/02/05(月) 20:48:01
宗教=邪教でデフォ
458考える名無しさん:2007/02/06(火) 00:27:56
ニーチェの話すれよ
459考える名無しさん:2007/02/08(木) 01:26:08
別に、にーちょの話だけするスレじゃないよ
460考える名無しさん:2007/02/08(木) 14:58:28
宗教は、ニーチェの言葉を借りるなら「間に合わせ」として有用。
しかし、このスレを見てて思うけどさ、無信仰者は信仰者に対しての優越心があるだろ。
「俺は神など信じなくても生きられる」という。
別にそれ自体は構わないんだけどさ、結果として優越心が生まれるんじゃなく、優越心を維持・獲得するためだけに信仰を批判するのは止めた方がいいよ。
見てて醜いし。無信仰者が、信仰者に“信仰の代わりとなるような救い”を与えてるわけでもないしな。
461考える名無しさん:2007/02/08(木) 18:10:35
優越心があるのは、キリスト教徒だと感じた。
それに、神への信仰に関する批判はなかったと思う。
462考える名無しさん:2007/02/08(木) 18:46:23
両方だな。
信者は無神論者を見下すだろうし、無神論者は信者を見下すだろう。
463考える名無しさん:2007/02/08(木) 19:16:57
>>461
「まとも」なカトリック信徒なら優越感などありません。
自分を罪人と認識できること、傲慢にならないことが重要ですから。

>>462
どちらにもそういう人間もいますが、どちらにも相手を見下さない人もいます。
464考える名無しさん:2007/02/08(木) 19:38:53
>>463
でも、布教活動は傲慢でしょ。
465考える名無しさん:2007/02/08(木) 22:06:33
>>464
現在カトリックは布教していませんし、紹介するのは別に傲慢ではないと思います。
466考える名無しさん:2007/02/10(土) 23:49:53
紹介とはえらく聞えのいい言葉だな
唯一神教を紹介するってことは、紹介された人間が崇拝している神だとかを遠まわしに否定しているようなもんだろ
467考える名無しさん:2007/02/11(日) 00:45:36
>>466
否定していない。そう思ってしまうのは、カトリックのいう神を理解していないからだとは思うが。
468考える名無しさん:2007/02/11(日) 01:49:55
唯一神教ではないと?
469考える名無しさん:2007/02/11(日) 01:57:04
>>460
>無信仰者が、信仰者に“信仰の代わりとなるような救い”を与えてるわけでもないしな。

観念論的自己欺瞞という“信仰の代わりとなるような救い”ではだめかな?
470考える名無しさん:2007/02/11(日) 03:37:45
仏教が一番いいだろ
犯罪減るし
471考える名無しさん:2007/02/11(日) 09:03:26
>>469
その観念論的自己欺瞞と信仰をどう区別しているんだ、あなたは?
俺には同じものに思えるが。
472考える名無しさん:2007/02/11(日) 18:21:35
>>469
だめでしょ。
キリスト教はgotの存在や教理を公理としてしか考えないから。
考えようとすれば、“神を試すな”的な論理が働いてたちまち異端と位置づけられて・・・
473考える名無しさん:2007/02/11(日) 19:52:25
お前…それはかなり昔のキリスト教だぞ…
中世とか魔女狩りとか十字軍とか異端尋問とかそういうイメージだけで言ってるだろ…
474考える名無しさん:2007/02/11(日) 23:26:44
進化論ってさ、キリスト教にとって、打撃的な理論じゃね?
ユダヤもそうだけど。
475考える名無しさん:2007/02/12(月) 01:02:06
>>474
カトリックは進化論について否定的ではないよ。
進化論が正しかった場合は、進化のシステム自体が神によるものだという立場だから。
ただ、現時点ではミッシングリンクがあるので、採用していないだけ。
科学は後で覆されることが多いので、そういうものの上に教義を置いたり、肯定や否定をしたりはしない。
そういうことをすれば、間違ったときに教義の信頼性がなくなるからね。
476考える名無しさん:2007/02/12(月) 02:14:14
失楽園の件は?
原罪はあるのか、ないのか。
477考える名無しさん:2007/02/12(月) 10:37:43
>>476
失楽園って創世記でしょう。新約以降を重視するカトリック的にはあんまり関係ないです。
神話とか象徴程度のものですよ。
478考える名無しさん:2007/02/12(月) 22:38:09
>>477
じゃ、なんでイエスは救世主なの?
479考える名無しさん:2007/02/12(月) 23:16:45
>>478
失楽園の罪を贖ったからではないので、関係ないと思われます。
480考える名無しさん:2007/02/12(月) 23:28:59
>>479
噛合った返答ではないのでよくわかりませんが。
イエスは全人類の原罪を贖ってないことを言いたいの?
481考える名無しさん:2007/02/12(月) 23:33:47
>>480
失楽園がどうかとは関係なく、イエスが贖ったとされるのは、全人類のそれまでのすべての罪です。
482考える名無しさん:2007/02/12(月) 23:46:42
>>481
勝手に贖って、全人類の「主の国」入場に関する権利を持ったわけだ。
そして、私を信じろ、とこ言ってるわけだ。

救世主というより奪世主のほうがあってるんじゃない?
483考える名無しさん:2007/02/13(火) 00:32:34
>>482
>勝手に贖って、全人類の「主の国」入場に関する権利を持ったわけだ。

それは違いますね。
他の人から何かを奪ったわけでも権利を得たわけでもありません。
デタラメを書く前に、もう少し勉強してから発言した方がいいと思います。
484考える名無しさん:2007/02/13(火) 00:47:22
>>483
デタラメとかの書くのは誰だって出来るんだよ
根拠とか書いてもらわないと。

それに、権利だとかは比喩ですよ。
485考える名無しさん:2007/02/13(火) 00:56:29
×→デタラメとかの書くのは
○→デタラメとかを書くのは
486考える名無しさん:2007/02/13(火) 01:21:58
おっ、収穫。成る程進化論とか地動説に対する態度って、そういう事だったのね
だけどさ、原罪って結局何なんだろうな?子々孫々まで後ひくってな、霊魂のレベルでの、物だろ?
後ね、霊と魂の定義お教え願えませんかね。満足出来る解説、聞いたことないんですよ。お願いしゃーす
487考える名無しさん:2007/02/13(火) 01:43:10
>>486
肉体と霊の違いなら、ハードウェアとその上の情報(ソフトウェアやデータ)というのが近いと思われます。
肉体がどういうものかは、遺伝子などの発展があるまでよくわかっていませんでしたが、
その振る舞い(伺い知れる状態)から肉体と呼んでいた様に、
霊魂もどういうものかわかっていませんでしたが、肉体とは別の何かが伺い知れることから、
その何かよくわからないものを霊魂と呼んでいたと考えるのが妥当かと思われます。

現代でも物質の根本である素粒子が何であるかはよくわかっていませんし、
意識が何かもよくわかっていません。そういう振る舞いをする何かとしか言いようが無いのです。
488考える名無しさん:2007/02/13(火) 02:09:06
宇宙を創造した唯一神の子供が女の股から生まれたというとこからして嘘くさいな。
まあ気持ちは分かるが。
489考える名無しさん:2007/02/13(火) 14:16:05
>>486
>子々孫々まで後ひくってな、霊魂のレベルでの、物だろ?
楽園を追放されて、今現在、執行猶予みたいな状況に今人類はいる。

追放されているだけで、人間の魂に対して呪いとかをかけられているってわけではない。産む苦しみとか以外
490考える名無しさん:2007/02/13(火) 14:21:08
新批評きたね

 「クルタークとカフカ断章」
491考える名無しさん:2007/02/13(火) 14:47:04
>>483
根拠をかけよ!
492考える名無しさん:2007/02/13(火) 15:34:26
>>482
根拠をかけよ!
493考える名無しさん:2007/02/13(火) 19:49:51
>>492
十字架にてイエスは一斉贖罪をして、主と人間の仲介者となった。
仲介した代わりに、私を信じれば救われる、と新たな契約をつくった。

例えるなら
インターネットが主の国だとすると、プロバイダが主。
ルーターがイエス。
そんな関係。
494考える名無しさん:2007/02/14(水) 02:43:26
>>493
主=イエスなので、その例えはおかしいし、別のルータも選べるので、奪世主にはならんだろ
495考える名無しさん:2007/02/14(水) 09:31:05
神は論理を超越してんじゃねーの?
三位一体説はよく知らんけど
496考える名無しさん:2007/02/15(木) 15:00:03
主=イエスって、なにそれ
三位一体を持ち出したわけじゃあるまいな?
主=ヤハウェです。
497考える名無しさん:2007/02/15(木) 15:51:06
邪教だろうが何だろうが私は神を信じる。
理論ではない信念だ。
498考える名無しさん:2007/02/15(木) 16:17:22
何故信じるのかは聞いてみたいな。
この質問に悪意はない。
499考える名無しさん:2007/02/15(木) 16:21:49
>>498
『美』だよ。答えになってないかもしれんが。
500考える名無しさん:2007/02/15(木) 16:25:46
美を感じるから信じるのか、美自体だと思うから信じるのか聞きたい。
501Tar ◆SQIDAUQYpc :2007/02/15(木) 20:23:47
三位一体ってどうして父と子と精霊なの?
母の立場がないじゃん。
502考える名無しさん:2007/02/15(木) 20:31:43
イブはアダムの肋骨から作られた。
キリスト教的な価値観じゃ母はいらないんじゃね?知らんけど。
503Tar ◆SQIDAUQYpc :2007/02/15(木) 21:02:40
精霊ってよく分からないけどヒンズー教のブラフマーってのも分からん。
504考える名無しさん:2007/02/15(木) 23:17:46
>>501
父と呼んでいるが、性別があるわけじゃないぞ。母でも父でもいいが、父と呼んでいるだけのこと。
505考える名無しさん:2007/02/16(金) 18:26:23
>>494
その別のルーターの存在を否定してんるんだろ?

>>493で仲介者とイエスを書いたが、人間からしてみれば契約相手が変わったようにしか見えない。
イエスは主から権利を獲得した。全人類の入国権を。
506考える名無しさん:2007/02/16(金) 18:48:51
『邪教!』の訳者適菜収氏の新刊がでていたよ。すごっ。
http://www.tokuma.jp/CGI/book/base/books.cgi?proc=4&isbn=4-19-862291-6
507考える名無しさん:2007/02/17(土) 06:11:41
ローマ皇帝がもっと徹底的に駆逐していれば。
508あめ ◆t2WALT4eg. :2007/02/17(土) 06:47:25
>>506さん
ちょっとおもしろそうですね。
でも、ベンジャミン・フルフォードさん、適菜収さんをどこまで信頼しいいのでしょうね。(^o^;)
それぞれのホームページ(サイト)みると、ちょっとあやしい雰囲気があるような…
だけど、実名でとても頑張っていると思います。
うーん、疑いだしたらきりがなさそう…陰謀隠しの陰謀とか…
地道に真偽を検討するしかないですね。難しいですが…

ユダヤ陰謀論(wikipedia)
http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E3%83%A6%E3%83%80%E3%83%A4%E9%99%B0%E8%AC%80%E8%AB%96

教えて!goo ユダヤ人陰謀説みなさんどう思います?
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1599401

フリーメーソンと国際陰謀の極秘構図 ・・・こういう本は昔からいっぱいありますよね。
http://www.bk1.co.jp/product/1466194
赤間 剛さんもすごい書いてる(^o^;)
http://www.bk1.co.jp/author.asp?authorid=110000011890000

適菜収さん http://www.geocities.jp/tekina777/
ベンジャミン・フルフォードさん ベンジャミン・フルフォード
509あめ ◆t2WALT4eg. :2007/02/17(土) 06:51:53
>>507さん
>ローマ皇帝がもっと徹底的に駆逐していれば。
駆逐って、キリスト教を滅亡させることですか?
でも、そうだったとすると現在は今より平和でしょうか?
クリスマス、バレンタインデー、ウェディングがなくってしまいます(^o^;)
楽しそうな賛美歌とか…、はっ洗脳されている(^o^;)?
510あめ ◆t2WALT4eg. :2007/02/17(土) 06:58:41
ベンジャミン・フルフォードさん http://benjaminfulford.com/ 
書籍
暴かれた9.11疑惑の真相
9・11テロ捏造―日本と世界を騙し続ける独裁国家アメリカ
http://benjaminfulford.com/New%20store2.html

読者コメントを見る限りでは、決定的な証拠はないようです。
インターネットで出回っている話くらいなのでしょうか?
もしかすると、民O党での偽メールみたいに伝聞が多いと・・・
でも詳しくは、
買って読んでみないと分からないですね。
511考える名無しさん:2007/02/17(土) 08:39:10
昨日アマゾンで注文した。
ベンジャミンは貴重な存在だと思う。
早く届かないかなあ。
512考える名無しさん:2007/02/17(土) 10:53:34
>>508
ベンジャミンなど信用できんと思うのだが。
彼を信用するなら、ミラーマンも信じてやらんとなw

★元フォーブス支局長「植草被告陰謀説」

 電車内で痴漢行為をしたとして公判中の元早大大学院教授植草一秀被告(46)に
1日、思わぬ“援軍”が現れた。米経済誌「フォーブス」の元アジア太平洋支局長の
ベンジャミン・フルフォード氏で、植草被告が大手銀行をめぐる、政府関係者、外資
が絡んだ巨大インサイダー疑惑を追及していたことで狙われ「国策逮捕」された可能性
が高いとの見方を示した。同氏によると、植草被告は3月にも同疑惑の告発本を出版
するという。

 多くの著書で日本の暗部に切り込んできたフルフォード氏は、植草被告の痴漢逮捕
事件にも強い関心を持ち先月末、同被告に会ったという。取材に応じた同氏は強い口調で
「私も最初は『懲りない人』だと思った。しかし、周辺の状況を取材してみると、あまり
にもおかしな偶然が重なっていることに気付いた。今は、彼は国策捜査で逮捕された
可能性が高いと考えている」と話した。
 同氏によると、植草被告は政府関係者、米ファンドなどが絡んだ大手銀行株をめぐるイン
サイダー取引疑惑について調べていたという。「国策逮捕」の背後には、その疑惑が公開
されることを恐れる米国関係者や政府関係者がいると推測しているというのだ。

 同氏は「(植草被告は)この疑惑についてネットで書いた直後、痴漢容疑で逮捕された。
また逮捕時、疑惑の告発本を出版しようとしていた。さらに最近、この疑惑を調べていた
国税庁関係者が植草被告に似たわいせつ事件で逮捕され、疑惑に関連する記事を書いた
ある記者が直後に不審死した。この疑惑にまつわる『偶然』があまりにも多過ぎる。非常
に怪しい」と続けた。
(続く)
■ソース(日刊スポーツ)
http://www.nikkansports.com/general/p-gn-tp0-20070202-150404.html
513考える名無しさん:2007/02/17(土) 11:38:47
私はキリスト教徒です。
みなさんキリストはすばらしい教えを授けてくださいました。
どうかその愛に背を向けないでください。
514考える名無しさん:2007/02/17(土) 12:08:49
>>1
ユダヤ教よりはマシ
515ちょっと一言:2007/02/17(土) 15:32:52
僕、統合失調症で入院していたのですが、
三蔵法師のような女性からお教えいただいたのですが、
キリスト教にもカトリックとプロテスタントがあって、
カトリックはもはやマリア教となっていて、マリア様は処女だったという解釈だったそうです。
プロテスタントはマリア様も普通の人間で、特別な人ではなかったという解釈らしいかったのです。
プロテスタントは自分の罪を告白すれば、許されるというので、僕のクロムハーツの十字架のペンダントはプロテスタントの十字架だと信じてつけています。
キリスト教よりもイスラム教が邪教だと考えています。
516考える名無しさん:2007/02/17(土) 15:46:36
イスラム教徒はキリストを聖人としている
517何度もすみません。:2007/02/17(土) 16:51:44
イスラム教徒がキリストを聖人としていてもいいのです。

ただ、心で想う方を優先しなければならないのに、脳で考えた教義をイスラムの教義としているのがいけないのだと思います。

頭、つまり脳で考えることは、やりくりのこと、即ちどうマネジメントすれば上手くやっていけるかだけを考えればいいのだと思います。

アイデアや知恵を大切にして、上手く自分の生活をやりくりできたら、そしてみんなと共存できたらいいなぁと想います。

頭で考えることを優先するより、心で想うことを優先した方がいいと思う。

ただ、エチケットを守ること、即ち自分がされて嬉しいことを相手にしてあげるということを大切にしたらいいと想う。

しかし、自分がされて嬉しいことが相手がされて嬉しいこととは限らないのが難しいところですよね。

御拝聴、ありがとうございました。
518考える名無しさん:2007/02/17(土) 19:51:19
十字架の上に○が付いたのをミュージシャン等がよくつけているペンダントを
見たことがありますが、キリスト教と何か関係があるのかなぁ?
知っている事、何でも教えてチョ!
519考える名無しさん:2007/02/17(土) 20:30:13
♀ これ?
520考える名無しさん:2007/02/17(土) 21:00:54
キリスト教と共存しようというのがイスラム教国
イスラム教を殲滅しようとするのがキリスト教国

歴史を振り返れば、明らかにキリスト教は邪教です。
521考える名無しさん:2007/02/17(土) 21:21:20
こんな子と言ったってこの宗教はできちゃってるんだし意味ないと思うよ
しかもどれが悪いかなんて誰かの価値観だよ
こんなこと言ってたらきりがないw
もっとおもろそうな哲学スレたてて俺等を奮い立たせてくれ
522考える名無しさん:2007/02/17(土) 21:47:07
>>520
歴史はどうあれ、今のカトリックはすべての宗教と共存しようとしている。
523考える名無しさん:2007/02/17(土) 21:57:22
 新約聖書って人間の本能をむき出しにさせる宗教だよな。隣人愛なんて当たり前で戦争を煽りさえする。
仏教とは正反対の方向だ。新訳聖書は、なんらかの思惑によって書き換えられたって説さえある。
あとアメリカのど田舎のWASPは平気で近親相姦するって聞いたけど、聖書には近親相姦のことは書いてないのですか?
所で、
524考える名無しさん:2007/02/19(月) 22:05:46
>>521
できたからって、意味がないのはおかしいと思う。
あるところでは今現在も政教分離していない国だってある。

>>522
共存がどのようなものか知らないが、唯一神教としての性質をどうするつもりなのか。

525考える名無しさん:2007/02/19(月) 22:28:14
>>524
>共存がどのようなものか知らないが、唯一神教としての性質をどうするつもりなのか。

ん?カトリックの神は全存在を含んでいるので、他の宗教の神がいても、
存在するなら、それに含まれるから別に問題ないのだが。名称の違い程度でしかない。
526考える名無しさん:2007/02/20(火) 11:59:12
>>525
それは、他の宗教の崇拝対象を天使に含めるってこと?

日本では御霊信仰などがあって、人間も神に祀りあげらることがあるし、動物だって
物だって神に祀られる。
このようなことは日本だけでなく、道教にもあって、神仙に任命されればそれらになることができる。
それだけでなく、薬の服用や自殺を持ってなることだってできる。

となると、人間だって山だって滝だって、牛だって羊だって悪魔だって、「カトリックの神」に含まれることになる。
527考える名無しさん:2007/02/20(火) 12:14:11
>>526
>となると、人間だって山だって滝だって、牛だって羊だって悪魔だって、「カトリックの神」に含まれることになる。

その通りです。
528考える名無しさん:2007/02/20(火) 12:42:43
>>527
前にも書いたけど、それは、他の宗教の崇拝対象を三位一体の一つの天使(精霊か)に含めるってこと?
529考える名無しさん:2007/02/20(火) 14:34:19
適菜収の新刊読んだ。
アンチ・クリストの入門書としても読むことができる。
530処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2007/02/20(火) 14:46:17
地獄に落ちたいのは勝手さー。面倒なんか見てやらにゃならん義理は
ない。
531考える名無しさん:2007/02/20(火) 15:51:30
竹石圭佑って何?ここで知ってる人いる?
良ければ教えて下さい。
532考える名無しさん:2007/02/20(火) 22:59:06
>>528
いや「神」でいいよ。
ただこれは、GOD=神というのは誤訳で、Angelを神と訳した場合になるけど。
GODは多神教の神とは違うから。
GODはグノーシス主義で言うところのAEONと同じ位置づけ。
533りくーつ・こねりー ◆Cgc5LCr8co :2007/02/21(水) 00:14:32
>>527
むしろ、神道は汎神論に近いと思うけどな
スピノザの神と「カトリックの神」はおんなじようなもんなのだろうか?
534考える名無しさん:2007/02/21(水) 22:16:32
>>532
Angelと書くのは、神は九位の位置にいるということ?

それと
>GOD=神というのは誤訳で
と書かれているが、その理由を明確にしているとは思えない。

そもそも、神は災害も神として数えるし、物も神とする場合もある。
つまり、崇拝対象が一つではなくなる。
「神」をキリスト教内に入れると、たちまち多神教・偶像崇拝になる。

ちなみに「神」という単語は、神道の神をさす単語で
GOD=神ではないと知りながら、「カトリックの神」と書く時点で、含むことはできないと思う。
535考える名無しさん:2007/02/21(水) 23:17:39
>>534
>Angelと書くのは、神は九位の位置にいるということ?

まあ、Angel以外でもいいですが。いずれにせよ、GODではない「神」はそのあたりでいいかと。

>と書かれているが、その理由を明確にしているとは思えない。

GODは多神教の神とは違うから。
GODはグノーシス主義で言うところのAEONと同じ位置づけ。

>そもそも、神は災害も神として数えるし、物も神とする場合もある。
>つまり、崇拝対象が一つではなくなる。
>「神」をキリスト教内に入れると、たちまち多神教・偶像崇拝になる。

それは日本語で書いたときに感じる誤解みたいなものでしょう。
「多神教・偶像崇拝」は、多angel、angel崇拝、聖人崇拝に相当します。
つまり、「神」の定義修正後は、キリスト教は、一神教ではなく、一GOD教ってことです。

>GOD=神ではないと知りながら、「カトリックの神」と書く時点で、含むことはできないと思う。

カトリックで言うところの神と、神道で言うところの神の定義が違いますから、
そこは読み取っていただかないと。「カトリックのGOD」という表現が正しいと思います。
536考える名無しさん:2007/02/22(木) 03:01:02
もし神様が全ての人に平等に愛を与えると言うのならそれはいてもいなくても同じ

もし神様がを善業を行った者だけに褒美を与え、悪業を行った者だけに罰を与えると言うのならそれはそこいらのお偉いさんと同じ



結局、宗教なんて精神の松葉杖ですよ
537考える名無しさん:2007/02/22(木) 08:40:16
>>536
神とは擬人化された使途の類だろ、偶像崇拝の宗教が
生み出した幻影。
538考える名無しさん:2007/02/22(木) 09:45:26
>>536
>もし神様が全ての人に平等に愛を与えると言うのならそれはいてもいなくても同じ

それは間違い。例えば、親が自分のすべての子に平等に愛を与えても、いてもいなくても同じにはならない。
子は同じだと錯覚するかもしれないけどね。

>結局、宗教なんて精神の松葉杖ですよ

今の貴方にとってはそうなのかもしれませんね。
539考える名無しさん:2007/02/22(木) 09:47:24
>>537
それも間違いですね。YHWHは存在そのものを含んでいます。
もっとも、この世のすべては幻影というのなら、貴方の定義においてそう呼べるとは思いますが。
540考える名無しさん:2007/02/22(木) 12:58:00
>>535
>まあ、Angel以外でもいいですが。いずれにせよ、GODではない「神」はそのあたりでいいかと。
となると、人間だって山だって滝だって、牛だって羊だって悪魔だって、Angelなどに含まれるし、
物だって、自殺者だって、疫病だって、雷だって、星だって、Angelなどに含めることができる。ってことですよね?

>GODはグノーシス主義で言うところのAEONと同じ位置づけ。
アイオーンは、定義がまちまちだからなんともいえない。
「真の神」とかそんな意味も持つ場合があるし。

>「多神教・偶像崇拝」は、多angel、angel崇拝、聖人崇拝に相当します。
確かに、キリスト教が持つ矛盾の一つであるが、たしかそれは崇敬しているとして、崇拝とは違うと言い訳しているはず。
なので、あなたの主張は違うと思います。

>つまり、「神」の定義修正後は、キリスト教は、一神教ではなく、一GOD教ってことです。
「一神教」というのは熟語でしょ。それは違う。

>カトリックで言うところの神と、神道で言うところの神の定義が違いますから、
おいおい、その「カトリックで言うところの神」の定義を説明していただかないと。
私は、いままで「神」という字が示す意味をつくった宗教での定義で考えていた。
途中から使い始めた宗教の定義など、独自の定義でしかない。

>「カトリックのGOD」という表現が正しいと思います。
さぁ、それは>>525に「カトリックの神」と書かれていたもので、私に言われても。
541考える名無しさん:2007/02/22(木) 13:07:13
>>540
>たしかそれは崇敬しているとして、崇拝とは違うと言い訳しているはず。
>なので、あなたの主張は違うと思います。

言葉尻をとればそうですが、そこは適切に「崇敬」に位置づけて考えて意図を読み取って欲しいですね。
そんなことろに論点があるわけではないのですし。

>その「カトリックで言うところの神」の定義を説明していただかないと。

私が定義するまでもなく、定義されてます。GOD=「全存在」です。
それを日本語に訳すときに「神」としてしまったのは失敗でしょうね。
542考える名無しさん:2007/02/22(木) 15:21:00
>例えば、親が自分のすべての子に平等に愛を与えても、いてもいなくても同じにはならない。


同じにならないのは周りに別の親子がいて別の愛があるからだ

他の愛がなければそもそも愛など認知できない


>今の貴方にとってはそうなのかもしれませんね。

これは煽りなのか…?

宗教は精神的に一人で立てない、歩けない者が支えにする道具だ

一人で立てる者には全く必要ない

543考える名無しさん:2007/02/22(木) 16:39:30
>>542
>同じにならないのは周りに別の親子がいて別の愛があるからだ

別の親子の話などしていません。元の例えは一つの家族しかない場合で考えてください。

>他の愛がなければそもそも愛など認知できない

貴方が認知できないというだけのことです。
貴方が認知できないというのは正しいでしょうが、他人までそうではありませんよ。

>宗教は精神的に一人で立てない、歩けない者が支えにする道具だ

というのは、貴方の考えに過ぎませんよね。
他の人にとっては、別の道具(例えは悪いですが集金とか出会いとか)かもしれません。
544考える名無しさん:2007/02/22(木) 19:16:38
>>543

これは酷い……


>別の親子の話などしていません。元の例えは一つの家族しかない場合で考えてください。

おまえの言う通り、一つの家族でわかりやすく説明してあげるww
おまえは自分が親に愛されてると思うか? もし思うなら何を基準にそう思う? もし思わないなら何を基準にそう思わない?
おまえはその基準をよその家族抜きに説明できるか?
出来ないと言うのならそこに愛があるか無いか、おまえはわかってないということだ

つまりあっても無くても同じ。だっておまえは例え本当にそこに愛があってもそれが愛かどうかわからないんだもん


>貴方が認知できないというだけのことです。
貴方が認知できないというのは正しいでしょうが、他人までそうではありませんよ。
ここはもう説明する気にもならない……


>他の人にとっては、別の道具(例えは悪いですが集金とか出会いとか)かもしれません

俺は宗教の本質の話をしてるんだ。フライパンを武器として使う人もいるとかそういう話をしてるんじゃない


てかおまえ結局、何も説明してないじゃん……
この板にいるならオリジナルであれお偉いさんのであれ持論ぐらい持てよ……
545考える名無しさん:2007/02/22(木) 19:44:00
>>544
>おまえは自分が親に愛されてると思うか?

思います。
私が自分で何かを行う代わりに、親が何かしてくれたら愛されていると思います。
他の兄弟と平等であってもそれは変わりません。

>おまえはその基準をよその家族抜きに説明できるか?

上記の通り、私にとって十分説明できています。

>つまりあっても無くても同じ。だっておまえは例え本当にそこに愛があってもそれが愛かどうかわからないんだもん

それは私ではなく、貴方自身のことですね。
貴方の認識では、わからないというだけのことです。
他人は貴方とは違います。それをまず認識しましょうね。

>>貴方が認知できないというだけのことです。
>>貴方が認知できないというのは正しいでしょうが、他人までそうではありませんよ。
>ここはもう説明する気にもならない……

説明など必要ないでしょう。ただの事実です。貴方は自分の能力について言及しているだけです。
貴方ができないことができる他人はいくらでもいます。
自分が限界を感じるからといって、他人がそうだとは思わないように。
自分の中の正しさが絶対だと思えるからといって、それが自分の世界の外で通用するとは思わないように。
546考える名無しさん:2007/02/22(木) 20:22:49
>>545

おいおい、勘弁してくれよ…

>私が自分で何かを行う代わりに、親が何かしてくれたら愛されていると思います。

>他の兄弟と平等であってもそれは変わりません。

>上記の通り、私にとって十分説明できています。


おまえさんは自分が説明できてないってことが全くわかってない。またおまえの例で説明してあげるけどおまえの

「自分で何かを行う代わりに、親が何かしてくれたら愛されている」

っていう定義は

「自分で何かを行うのに、親が何もしてくれないから愛されていない」

っていう逆説が同時に存在するわけよ。
そして、おまえの兄弟は平等っていう前提条件が存在してるからその条件を満たすにはおまえら兄弟が愛されてる時に愛されていない誰か、おまえら兄弟が愛されていない時に愛されてる誰か、つまり他人が必要になるの。

わかったか? おまえは今、他人がいなきゃ愛されてるか判断出来ないって自分で説明してくれたわけよ。



まあでも最後の宗教についてはわかってもらえたようで嬉しいよ。
547考える名無しさん:2007/02/22(木) 22:46:00
>>546
>「自分で何かを行う代わりに、親が何かしてくれたら愛されている」
>っていう定義は

私が書いたのは定義ではありませんよ。
一つの例えですから、その論理をすべてに適用できるわけではありません。

貴方は、まず、「相手の言っていることを自分は理解できていないかもしれない」と
いうことを謙虚に考えた方がいいと思います。
間違った前提から飛躍して、論じても無意味だと思います。

>そして、おまえの兄弟は平等っていう前提条件が存在してるからその条件を満たすには
>おまえら兄弟が愛されてる時に愛されていない誰か、おまえら兄弟が愛されていない時に愛されてる誰か、
>つまり他人が必要になるの。

なりません。論理的思考能力が欠如しておられると思います。
私の前提は一家族以外の存在は問うていません。
人類が、先に例に出した家族以外滅んでいてもいいわけです。

>おまえは今、他人がいなきゃ愛されてるか判断出来ないって自分で説明してくれたわけよ。

いいえ。それは貴方の妄想に過ぎません。
ただの例えを拡張して論理を飛躍するのは頭が悪いと思います。
548考える名無しさん:2007/02/23(金) 09:10:53
>>547
どうしてそんなに喧嘩口調なんでしょうか・・・?
549考える名無しさん:2007/02/23(金) 10:08:06
>>541
>言葉尻をとればそうですが、
なんの言葉尻ですか?

>そこは適切に「崇敬」に位置づけて
何を位置づけるのですか?

>意図を読み取って欲しいですね。
それは申し訳ない。


>そんなことろに論点があるわけではないのですし。
そうでしょうか?
私にとって、論点は「カトリックの神は全存在を含んでいるので、他の宗教の神がいても」などに表されている、
含めるという点にあると思います。他宗教の象徴を含めるということに唯一神
それに、>>540の「となると、人間だって山だって滝だって〜」などにも論点があるにも関わらず
、それについて書かないのはどいうことでしょうか?

>私が定義するまでもなく、定義されてます。GOD=「全存在」です。
定義されてるって、歴史的にみてですよ。「神」の字が日本に来た時、すでにカトリックが日本にあったとでも?

>GOD=「全存在」
という命題ですが、コギト命題と矛盾するような気がしますが、その点はどうですか?
550考える名無しさん:2007/02/23(金) 10:23:04
>>549
>「神」の字が日本に来た時、すでにカトリックが日本にあったとでも?

その文字がいつ来たかなど私は知りません。
カトリックのGODは、日本人が想像するような、多神教的な「神」とは位置が違うってことです。
多神教的な「神」は、Angelの位置とした方が近いということです。
AEONとかLOGOSとか、もしくはGODそのままの方がよかったのかもしれませんが、
馴染みのある「神」としてしまったのは失敗だと思われます。
551考える名無しさん:2007/02/23(金) 10:50:21
>>547

>>546ではないのだが
>一つの例えですから、
例えて、「自分で何かを行う代わりに、親が何かしてくれたら愛されている」と定義したのですから
定義したことにはかわりないと思います。
なので
>私が書いたのは定義ではありませんよ。
と反論するのは間違いでは?

>なりません。
愛って言うのは、行動に対する評価だと思う。
「自分で何かを行う代わりに、親が何かしてくる」
「親がしてくれた」と言う事に、「愛されている」としている。
この事からも、「親がした」という行動に、「愛されている」という評価をしている。
そして、その評価の基準を作り固めるのは、その人の経験であり、
その経験は自分以外がなければなりません。
件の例えについて書けば、愛であるかないかを分類するには、その親子以外の
が必要になります。
552考える名無しさん:2007/02/23(金) 11:06:27
>>550
>その文字がいつ来たかなど私は知りません。
に続く以下の文ですが、論点がそこにはありません。

あなたが
>カトリックで言うところの神と、神道で言うところの神の定義が違いますから、
から始まっています。
あとから勝手にカトリックが付けた定義で語られても、「違いますから」など・・・
「神(かみ)」は神道
「GOT」「主」「天主」はキリスト教


上の問い以外、あなたは答えられないようですね。
553考える名無しさん:2007/02/23(金) 11:47:26
>>551
>例えて、「自分で何かを行う代わりに、親が何かしてくれたら愛されている」と定義したのですから

いいえ。
定義したわけではありません。例は例であり、定義は定義です。例と定義は違います。
あくまで「例え」ですから、それが真実であるということでもありません。

>愛って言うのは、行動に対する評価だと思う。

それは貴方の考える「愛」の場合の話ですね。
貴方がそうでも他人がそうだとは限りません。

>この事からも、「親がした」という行動に、「愛されている」という評価をしている。

いいえ。所詮、「平等だったら無いのと同じ」ということに対する反論のための例えであって、
実際にそうだということでもありません。

>件の例えについて書けば、愛であるかないかを分類するには、その親子以外の
>が必要になります。

貴方の考える「愛」の場合は必要になると貴方が思っているだけですね。
他人の場合は違います。
自分の基準を他人にまで適用しようとするのはやめましょうね。
554考える名無しさん:2007/02/23(金) 11:49:16
>>552
>>カトリックで言うところの神と、神道で言うところの神の定義が違いますから、
>から始まっています。

だから、それは
>「カトリックのGOD」という表現が正しいと思います。
と訂正しています。
555考える名無しさん:2007/02/23(金) 11:52:27
>>547
おまえ素晴らしいなww
俺も説明のしがいがあるよ


>私が書いたのは定義ではありませんよ。 一つの例えですから、その論理をすべてに適用できるわけではありません。

俺が求めたのは何をもって愛されていると判断するのかの基準、つまり定義であってもし自分が言ってる事が定義じゃないっていうならおまえのお門違い。
それに一つも何もおまえの例えは全て説明できるよ。だからその例えを自らだしたおまえも本質ではわかってるはずなんだが……


>貴方は、まず、「相手の言っていることを自分は理解できていないかもしれない」ということを謙虚に考えた方がいいと思います。 間違った前提から飛躍して、論じても無意味だと思います。

全くもってその通りだ。おまえは「相手の言っていることを自分は理解できていないかもしれない」と考えるべきだよ。
第一、おまえは否定してるだけでその根拠を俺に何も説明していない。その例でいうならおまえはまだ何も言ってないんだよ


>私の前提は一家族以外の存在は問うていません。
人類が、先に例に出した家族以外滅んでいてもいいわけです。

だからその前提の時におまえは何をもって母親の行動を愛だと判断するわけ? おまえが物をもらう時は兄弟みんなが全く同じ様に同じ物もらっておまえが怒られる時はみんなも全く同じ様に同じことで怒られてるんだぞ?
おまえが自分は愛されてると思うためには知識上であれ愛されていない誰かを知らなきゃいけないんだよ



>いいえ。それは貴方の妄想に過ぎません。 ただの例えを拡張して論理を飛躍するのは頭が悪いと思います。

おまえは一つ一つの単語の意味を知ってから使ってくれ。特に「論理」
556考える名無しさん:2007/02/23(金) 11:55:12
>>555
>俺が求めたのは何をもって愛されていると判断するのかの基準

その前に、貴方の考える「愛」とは何でしょうか。定義してください。
どうもキリスト教の「愛」とは違うようですから。
557考える名無しさん:2007/02/23(金) 12:35:22
……ちなみに俺が今の今まで説明してたのはキリストでいう愛についてだったんだが……な

キリストを抜いた愛になると……そうだな、愛の定義を何処まで広げるかによると思う。
一人の異性に抱く「愛」なら自身の子孫を残す片割れとして最適と判断した者に抱くよう設定されている感情。二人以上に抱く「愛」ならより自身の生存確立を上げるために抱くよう設定されている感情。

まあ根本的にはどちらも人間という種の進化、繁栄のためのプログラム。「感情」は「反応」と置き換えても構わない


ってとこかな。まあ一番始めに言ったが宗教なんてただの松葉杖。キリストの愛はただの自己暗示。
昔に弱ったどっかの誰かが他人に頼らず歩くために発明した道具。
今までずっと元気な奴や、体を支えてくれる人がいる奴は松葉杖なんて使わない。使い道といえばそれこそ松葉杖を売って儲けるぐらいだな
558考える名無しさん:2007/02/23(金) 12:46:48
>>557
>ちなみに俺が今の今まで説明してたのはキリストでいう愛について

それはどういうものとして理解していますか?

>キリストを抜いた愛になると……

抜かなくてもいいですので。

>まあ一番始めに言ったが宗教なんてただの松葉杖。キリストの愛はただの自己暗示。
>昔に弱ったどっかの誰かが他人に頼らず歩くために発明した道具。

というのは、貴方の考えに過ぎませんよね。
他の人で違う人はいくらでもいます。

>今までずっと元気な奴や、体を支えてくれる人がいる奴は松葉杖なんて使わない。

私は無神論者でアンチキリスト教徒だったですし、
「松葉杖」なんていらないほど恵まれた人間でしたが、
「松葉杖」もあってもいいと思います。それがあることは楽しみになりますから。
貴方が楽しめないならそれはそれでいいと思いますよ。趣味の問題ですね。
559考える名無しさん:2007/02/23(金) 13:34:38
>>558
この言い方は嫌いなんだが……おまえは本当に読解力がないのか?

>それはどういうものとして理解していますか?

俺のこのスレでの一番初めのレスは「神様(主にキリスト)の愛なんてあっても無くても変わらないモノ」と言ってる。おまえはここに食いついたんだろ……?

>抜かなくてもいいですので。

俺の持論では人の愛と神様の愛は違うって言ってるんだよ。だから今まで神様の愛を説明してたんだろ……

>というのは、貴方の考えに過ぎませんよね。 他の人で違う人はいくらでもいます。
……当たり前だろ……。みんな同じに考えてるはずないじゃないか……。俺はこう考えてるがおまえもそう思わないか? と説明してるんだよ……

>私は無神論者でアンチキリスト教徒だったですし、「松葉杖」なんていらないほど恵まれた人間でしたが、

それはつまり宗教を文化、学問として捕らえているってことだろ? もともともと元気、支えてくれる人もいる、ならそれは「必要」ではなく「興味」。おまえはその松葉杖が無くなっても歩ける。違うか?

>「松葉杖」もあってもいいと思います。それがあることは楽しみになりますから。
この文章で確定。おまえは松葉杖を使ってるんじゃなくて遊んでる。第一、俺は松葉杖が無くなった方がいいなんて一言も言ってない

>貴方が楽しめないならそれはそれでいいと思いますよ。趣味の問題ですね。

この文からも松葉杖を「支え」ではなく「玩具」と捕らえていることがわかる。そして
>貴方が楽しめないならそれはそれでいいと思いますよ。
論外。反論できずに逃げただけ。「各々の自由」なんて今さら挙げることではない。まったく……、わざわざ言い訳までして逃げるくらいなら「釣られてやんのwww」って言って逃げる方がまだ可愛げがある
560考える名無しさん:2007/02/23(金) 13:40:01
>>559
>俺のこのスレでの一番初めのレスは「神様(主にキリスト)の愛なんてあっても無くても変わらないモノ」と言ってる。

貴方にとってはそうだということなら、その通りですね。単に貴方はキリスト教の愛を知らないのでしょう。
でも他人にとってはそうではありません。
例えるなら、貴方は盲目の人間で、この世に光があっても無くても変わらないものと言っているだけでしょう。
貴方は「光」を認識できない人というだけのことです。
認識できない人には、あっても無くても変わらないモノと思えても仕方がないと思います。

>俺の持論では人の愛と神様の愛は違うって言ってるんだよ。だから今まで神様の愛を説明してたんだろ……

どう説明しているのですか?単に知らないと告白しているだけですよね。
どういうものかという具体的な説明は無かったと思います。
561考える名無しさん:2007/02/23(金) 13:48:49
>>559
>おまえはその松葉杖が無くなっても歩ける。違うか?

ええ、そうですよ。

>「必要」ではなく「興味」。

いいえ。興味であっても、必要ということはあります。
というか人類が必要ないという立場にたてば、ある意味どんなものでも必要ではないとすら言えるので、
必要ないとか言っていても無意味だと思いますよ。

貴方が必要ないと感じていることは否定しませんが、それを他人に当てはめようとするのは無理です。

>第一、俺は松葉杖が無くなった方がいいなんて一言も言ってない

私も「貴方が松葉杖が無くなった方がいい」といっているなんて一言も言っていませんよ。
562考える名無しさん:2007/02/23(金) 14:24:47
>>560

>単に貴方はキリスト教の愛を知らないのでしょう。

俺から言わせればおまえはキリストの愛がないということを知らないだけだがな

>例えるなら、貴方は盲目の人間で、この世に光があっても無くても変わらないものと言っているだけでしょう。貴方は「光」を認識できない人というだけのことです。認識できない人には、あっても無くても変わらないモノと思えても仕方がないと思います。

おまえの例えには驚かされる。いつも完璧だ。
例えるなら、おまえは盲目の人間で、この世に光があると言っているだけだ。おまえは「光」を認識できない人というだけのこと。認識できない人には、あるものと思えても仕方がないと思うよ。

>どう説明しているのですか?単に知らないと告白しているだけですよね。どういうものかという具体的な説明は無かったと思います。

俺は「キリストの愛なんてものは無い」と言ってるのをそろそろ理解して欲しい。「無いもの」を具体的に説明しろってのは筋違い。だから変わりに俺は何故キリストの愛が「無いもの」なのかを逆説として今まで説明してた。

563考える名無しさん:2007/02/23(金) 14:51:24
>>562
>>単に貴方はキリスト教の愛を知らないのでしょう。
>俺から言わせればおまえはキリストの愛がないということを知らないだけだがな

貴方がそう思うなら別にそれでいいのではないですか。
私は私の立場で違うと申し上げますが、貴方は知らないということを否定できないようですね。

>例えるなら、おまえは盲目の人間で、この世に光があると言っているだけだ。おまえは「光」を認識できない人というだけのこと。認識できない人には、あるものと思えても仕方がないと思うよ。

いいえ。
私は「自分が見えるもの」について言及しています。貴方が見えるかどうかは知りません。
また、私が見えないものがあるということも否定はしません。
自分が見えないからといって、他人まで見えないと思うのは馬鹿だと思いますからね。

>俺は「キリストの愛なんてものは無い」と言ってるのをそろそろ理解して欲しい。
>「無いもの」を具体的に説明しろってのは筋違い。

それは単に貴方が「キリストの愛」が何か知らないというだけのことです。
もしくは、貴方の頭の中で、「キリストの愛」を存在しないもののラベルとして使用しているからそうなのでしょう。
例が悪いですが、「キリストの愛」が石ころなら、存在していることになるわけで、
結局その言葉が何を指しているかという点が問題でしょう。
貴方が勝手に無を指して、無いといったところで、他人にはやはり適用できないものです。

貴方が無いと思っていることは否定しませんが、それを他人に当てはめようとするのは無理です。
564考える名無しさん:2007/02/23(金) 14:55:31
>>561
>ええ、そうですよ。

これはつまりおまえは自分が元気な人間だと主張していることになる

>いいえ。興味であっても、必要ということはあります。
しかしここで自分に松葉杖が必要、弱っている人間だと主張。矛盾。

>というか人類が必要ないという立場にたてば、ある意味どんなものでも必要ではないとすら言えるので、
必要ないとか言っていても無意味だと思いますよ。

これはつまりキリストの愛があると主張しても無意味と言ってるようにしかとれないんだが……

>貴方が必要ないと感じていることは否定しませんが、それを他人に当てはめようとするのは無理です。

だからおまえに読解力はないのか?おまえは自分は今、神様がいるという主張を俺という他人に押しつけてるのがわからないのか?

>私も「貴方が松葉杖が無くなった方がいい」といっているなんて一言も言っていませんよ。

おまえは>>558で俺に
>「松葉杖」もあってもいいと思います。
と主張しているんだが。俺が「貴方が松葉杖が無くなった方がいい」と言ってないとわかってるならおまえのこの一文の意味がわからない。
565考える名無しさん:2007/02/23(金) 15:18:32
>>554
>と訂正しています。
は?訂正なら訂正と最初からはっきり書いてください。
まるで人事のように書いてあったからわからなかった。

もどしましょう。
・GOD=「全存在」 という命題はコギト命題と矛盾するような気がしますが、その点はどうですか?
・「「多神教・偶像崇拝」は、多angel、angel崇拝、聖人崇拝に相当します。」について。
 それは、キリスト教の唯一神教としての矛盾であるが、それは崇敬または尊崇として、崇拝とは違うとしているが
 問題はないのか。
 (それに関する返答はあったが、かみ合った内容ではないので)
・他の宗教の崇拝対象の存在を認めるのか。
566考える名無しさん:2007/02/23(金) 15:28:14
>>564
>>いいえ。興味であっても、必要ということはあります。
>しかしここで自分に松葉杖が必要、弱っている人間だと主張。矛盾。

それは貴方の言葉で理解しようとするからそう思えるのでしょうね。
貴方が矛盾に感じることを否定はしませんよ。

別の例えなら、生きるのに「食べ物には栄養があればいい、味は必要ない」という意見に対して、
人によっては、より良く生きていくのには、食べ物には味が必要だと言っているだけです。
弱っているとかは関係ありません。

>これはつまりキリストの愛があると主張しても無意味と言ってるようにしかとれないんだが……

貴方に対してはそうかもしれませんね。それは否定しませんよ。
でも、他人に対してはそうではないのです。

>おまえは自分は今、神様がいるという主張を俺という他人に押しつけてるのがわからないのか?

それは貴方が勝手にそう感じているだけですね。被害妄想だと思います。
貴方の思いの中に、神がいるかどうかなど、私の知ったことではありません。
貴方がどう思おうと、他人の場合はそうではないかもしれません。
貴方が無いと思っていることは否定しませんが、それを貴方以外の他人に当てはめようとするのは無理です。

>>「松葉杖」もあってもいいと思います。
>と主張しているんだが。

ええ。単に私の願望ですよ。そこから勝手に妄想されても困ります。
567考える名無しさん:2007/02/23(金) 15:34:24
>>565
>・GOD=「全存在」 という命題はコギト命題と矛盾するような気がしますが

貴方が「気がする」なら別にそうでも構いません。
矛盾するというのなら、それを明示された後、その点についてコメントしましょう。

>キリスト教の唯一神教

ここが間違いです。定義を正しく修正するなら、
唯一GOD(AEON or LOGOS or YHWH or DOMINUS)教とするべきかと。

>他の宗教の崇拝対象の存在を認めるのか。

カトリックはその点は個人の自由です。
神社参拝などは、円滑な社会のために推奨されています。
もちろん、本人も周り(家族や社会など)が望まないなら、する必要はありませんが。
568551:2007/02/23(金) 15:47:03
>>553
>例は例であり、定義は定義です。例と定義は違います。
例えの中で、定義しているのですよ。あなたの知らないところ、定義しているのですよ。

>あくまで「例え」ですから、それが真実であるということでもありません。
例え、と言うのは、抽象的な表現を具体的な表現にしただけ。正しさは「抽象」「具体」共に同じなはずです。
なのにあなたは、例えですから真実ではあいません、と例えで説明しようとした主張を、真実ではないと言っているのですよ。

>それは貴方の考える「愛」の場合の話ですね。
>貴方がそうでも他人がそうだとは限りません。
わかってませんね。他人を含め、人類の思考に関しての主張です。
人間はどのような条件で愛とするか、その条件の対象が行動です。

>貴方の考える「愛」の場合は必要になると貴方が思っているだけですね。
内容がぐちゃぐちゃですね。



569考える名無しさん:2007/02/23(金) 15:55:42
>>566

……おまえのは哲学じゃないんだよ。

おまえはただ相手を論破したいだけで主張するから毎回立場が「愛がある派」と「どっちでもいい中立派」をふらふらして言ってることがころころ変わる。

おまえは本当にこの板にいる奴等が「自分の哲学を必ず共感してもらえる」と考えてると思っているのか?

それが無理なことぐらいここにいる奴等はわかってんだよ。

それでも少しでも自分の哲学を認めて欲しいから自分の哲学を掲げて、より多くの人に共感してもらって相手の哲学と競うんだよ


哲学は信念なんだ。


最後まで貫き通すのは無理だなんてわかってるけど、相手も信念を持ってるのはわかってるけど

それでも自分の信念のために相手を倒し、それを踏み台にしてより高みへ昇るんだ。




この板はおまえみたいな「信念を潰したいだけ」の奴等が来るとこじゃないんだよ……






……悲しくなってきたから消える。
570考える名無しさん:2007/02/23(金) 15:57:38
>>569


正解!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


感動した!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 
571考える名無しさん:2007/02/23(金) 17:01:23
>>567
>矛盾するというのなら、それを明示された後、その点についてコメントしましょう。
コギト命題との関係云々の前に、GOD=「全存在」の「全存在」にGOTも含めてしまうので、回帰的な式になっている。

>ここが間違いです。定義を正しく修正するなら、
>唯一GOD(AEON or LOGOS or YHWH or DOMINUS)教とするべきかと。
だから、前にも書きましたが熟語です。
「蛇足」という熟語の字を見て、
「あっても無益なもの、という意味なのに、蛇の足と書くのはおかしい」といっているようなもの。

>カトリックはその点は個人の自由です。
そんなことは聞いていませんね。
私は、「存在を認めるのか。」と聞いたのであって
「存在を認めさているのか。」と聞いたわけではありませんね。
論点をずらそうとしないでください。
572考える名無しさん:2007/02/23(金) 17:06:12
>>569
確かに
論破しか考えていないな。
答えに困ったりすると
「そう思っているなら、そうだと思います」
「それは貴方だけで、他は違います」
「答える必要はないと思います」
に逃げる。

573考える名無しさん:2007/02/23(金) 18:50:28
>>568
>例えの中で、定義しているのですよ。あなたの知らないところ、定義しているのですよ。

いいえ。例えは例えであり、定義ではありません。
定義とは=で置き換えることが出来るものですが、そういうものを書いているわけではありません。

>例え、と言うのは、抽象的な表現を具体的な表現にしただけ。

とは限りません。具体的なものを、抽象的に表現する場合もあります。

>>貴方がそうでも他人がそうだとは限りません。
>わかってませんね。他人を含め、人類の思考に関しての主張です。

いえいえ、わかっていないのは貴方だと思います。
他人の思考を貴方が理解することは不可能です。
貴方が説明できるのは、貴方自身の思考のみです。
貴方がそう思っていることは否定しませんが、それを貴方以外の他人に当てはめようとするのは無理です。

>人間はどのような条件で愛とするか、その条件の対象が行動です。

それは貴方の考える「愛」の場合でしょうね。
でも他人の考えるものの場合はそうではないのです。

>>貴方の考える「愛」の場合は必要になると貴方が思っているだけですね。
>内容がぐちゃぐちゃですね。

貴方には理解できないということですね。別に構いません。
574考える名無しさん:2007/02/23(金) 18:59:22
>>569
>……おまえのは哲学じゃないんだよ。

そうですよ。間違いや問題点を指摘してあげているだけですから。

>毎回立場が「愛がある派」と「どっちでもいい中立派」をふらふらして言ってることがころころ変わる。

ふらふらしているのではなく、他人がどっちでも構わないということです。
自分の中では決まっていますが、それを他人に押し付けることはしません。

>それでも自分の信念のために相手を倒し、それを踏み台にしてより高みへ昇るんだ。

見苦しいと思います。
それは踏み台にしないでは高みに上がることができないほど弱いってことだと思います。
哲学的に考えるなら、独我論も否定できないわけで、究極的には自分との戦いだと思います。
共感なんて言っている時点で哲学ではありません。馬鹿じゃないのかと思います。
575考える名無しさん:2007/02/23(金) 19:04:13
>>571
>回帰的な式になっている。

で、それのどこが矛盾なんですか?回帰的で大いに結構だと思いますが。

>私は、「存在を認めるのか。」と聞いたのであって

「存在を否定しないこと」をもって認めることになるなら、「認める」ことになりますし、
「存在を肯定すること」をもって認めることになるなら、「認める」ことにはなりません。
科学同様、それらを肯定も否定もしないということです。

地球の裏のあるところに、ある石がある、と言われても、
貴方があると思うなら「あるんじゃねーの?否定はしないよ」ぐらいなものです。
576処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2007/02/23(金) 23:01:01
ほぅら、適菜くんもすっかり国際人。

徳間の新刊に抗議=広告掲載の新聞にも調査要求−反ユダヤ監視団体
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070222-00000070-jij-int
577処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2007/02/23(金) 23:11:52
フルフォード、その潔さやよしと言いたいところだが、
組んだ相手がまずかった・・・。
578考える名無しさん:2007/02/23(金) 23:56:30
キリスト教は邪教です。
579処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2007/02/24(土) 05:49:05
小声で言うわけだ。
580考える名無しさん:2007/02/24(土) 18:03:42
適菜収氏が今回の言論弾圧事件に関してブログで声明を出されたようです。

http://www.geocities.jp/tekina777/
581処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2007/02/25(日) 14:32:51
なるほど・・・。

昨日早稲田のメルシーに行ったんだけど、スープの味が94年以前のレベルに
復帰していたな。94年にスープの味が変わった気がして、何人かの常連に
質問をしたんだけど、みんな味が変わったという。味がぼやけたというか、
キックがなくなった感じ。その後、何回か行っているけど、同様だった。
でも昨日数年ぶりに行ったら、よくなっていたんだよね、なぜか。いいこと
だけど。
582551:2007/02/26(月) 09:35:16
>>573
>いいえ。例えは例えであり、定義ではありません。
>定義とは=で置き換えることが出来るものですが、そういうものを書いているわけではありません。
「自分で何かを行う代わりに、親が何かしてくれたら愛されている」
「自分で何かを行う代わりに、親が何かしてくる=愛されている」
満たしています。

>他人の思考を貴方が理解することは不可能です。
>貴方が説明できるのは、貴方自身の思考のみです。
上の貴方の思考を、他人に理解させようとしています。

>それは貴方の考える「愛」の場合でしょうね。
>でも他人の考えるものの場合はそうではないのです。
では、私の考える「愛」以外の例を出してください。

>貴方の考える「愛」の場合は必要になると貴方が思っているだけですね。
何を必要とするかの主語的な部分がないです。
583考える名無しさん:2007/02/26(月) 09:54:06
>>582
>満たしています。

満たしていません。私が=の意味で書いたわけではないですから。(=の場合もあるし、そうでない場合もある)
貴方が誤読しているのでなければ、私の書き方が悪いというだけのことです。

>>他人の思考を貴方が理解することは不可能です。
>>貴方が説明できるのは、貴方自身の思考のみです。
>上の貴方の思考を、他人に理解させようとしています。

唐突に関係の無い話を持ち出さないこと。
貴方が説明できるのは、貴方自身の思考のみです。

>では、私の考える「愛」以外の例を出してください。

他人の考える「愛」です。
映画マトリックスでは「愛は言葉」と言っていますが、他にもいろいろあるでしょう。
何かをすることを「愛」と考える人もいれば、何もしないことを「愛」と考える人もいます。
また、行動に関係なく、存在そのものを「愛」と考える人もいます。

>何を必要とするかの主語的な部分がないです。

必要性を述べたのは私ではないです。
述べられたところに書いてあるので理解できるまで読み直すこと。
584551:2007/02/26(月) 10:47:43
>>583
>貴方が誤読しているのでなければ、私の書き方が悪いというだけのことです。
誤読していなければ?
それって、自分でも正しいか正しくないかわからないってことですか?

>貴方が説明できるのは、貴方自身の思考のみです。
という思考結果を他人に当てはめるのは無理です。

>「愛は言葉」
>何もしないことを「愛」
>存在そのものを「愛」
「行動にたいする評価の一つが愛である。」
つまり、行動以外に愛とするのは、間違っている又は、そう誤解(錯覚)しているということです。
このように、断言した場合、どのような反論がありますでしょうか

>必要性を述べたのは私ではないです。
親子以外ってことですね?
585処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2007/02/26(月) 11:17:49
この国は多分、宗教的問題を軽く扱い過ぎるんだろう。
その代役が菊のタブーと右翼テロによる言論抑圧。
586考える名無しさん:2007/02/26(月) 12:04:51
>>584
>>貴方が誤読しているのでなければ、私の書き方が悪いというだけのことです。
>誤読していなければ?

私は=の意味で書いていませんから、=の意味と思われたのなら、
私の書き方が悪いか、貴方の誤読のどちらかということです。

>>貴方が説明できるのは、貴方自身の思考のみです。
>という思考結果を他人に当てはめるのは無理です。

いいえ。哲学的には独我論の世界の可能性があるので、
貴方が説明できるのは、貴方自身の思考のみなのです。

>「行動にたいする評価の一つが愛である。」
>つまり、行動以外に愛とするのは、間違っている又は、そう誤解(錯覚)しているということです。
>このように、断言した場合、どのような反論がありますでしょうか

貴方の「愛」の定義はそうでしょうから、それを前提に議論を展開すればいいでしょう。
ただ、他人の考える「愛」やキリスト教の「愛」とは違うことを認識しておく必要はあると思います。
587考える名無しさん:2007/02/26(月) 20:28:00
>>586
>私の書き方が悪いか、貴方の誤読のどちらかということです。
わかりました


>いいえ。哲学的には独我論の世界の可能性があるので、
その可能性に沿って考えるのなら、何故あなたはここに書き込むのですか?
都合のいいときだけそれを持ち出さないでください。
“可能性”とするのなら、二通りで考えればいいだけです。

>ただ、他人の考える「愛」やキリスト教の「愛」とは違うことを
違うから、主張するのです。
議論とはそのような面があるはずです。
588考える名無しさん:2007/02/26(月) 20:32:40
>>575

>で、それのどこが矛盾なんですか?回帰的で大いに結構だと思いますが。
大いに結構ですか。
なぜですか?


>「存在を否定しないこと」をもって認めることになるなら、「認める」ことになりますし、
>「存在を肯定すること」をもって認めることになるなら、「認める」ことにはなりません。
私は、「存在を認めるのか。」と聞いたのであって
「存在を否定しないこと」を認めるのか認めないのか
「存在を肯定すること」を認めるのか認めないのか
など聞いていません。
勝手に“ことにするなら”で答えないでください。
589考える名無しさん:2007/02/26(月) 21:58:36
>>587
>その可能性に沿って考えるのなら、何故あなたはここに書き込むのですか?

書き込みたいからです。

>都合のいいときだけそれを持ち出さないでください。

ということにしたいのですね。
いちいち書くのは無理ですが、いつもそのつもりで書いています。

>違うから、主張するのです。

どうぞご自由に。もちろん違うという指摘はしますが。
590考える名無しさん:2007/02/26(月) 22:02:53
>>588
>>で、それのどこが矛盾なんですか?回帰的で大いに結構だと思いますが。
>大いに結構ですか。
>なぜですか?

大いに結構だと私が思うからです。それ以上でもそれ以下でもありません。

>>「存在を否定しないこと」をもって認めることになるなら、「認める」ことになりますし、
>>「存在を肯定すること」をもって認めることになるなら、「認める」ことにはなりません。
>私は、「存在を認めるのか。」と聞いたのであって
>「存在を否定しないこと」を認めるのか認めないのか
>「存在を肯定すること」を認めるのか認めないのか
>など聞いていません。

貴方が考える「認める」の定義がどちらの意味になるかによって、返答が変わります。
貴方が考える「認める」とは、どういうことかを教えてくれれば、
下記のもののどちらか答えることが出来ると思います。

「存在を否定しないこと」をもって認めることになるなら、「認める」ことになりますし、
「存在を肯定すること」をもって認めることになるなら、「認める」ことにはなりません。

なお、私は、否定も肯定もしない立場です。
それが認めたことになるかどうかは、貴方の「認める」の定義次第だと思います。
591考える名無しさん:2007/02/27(火) 06:38:43
キリストは十字架に張り付けにされて殺されたけれど。事実だよ。
自分の生命も守れない奴が誰を救える。
天地創造説なんてね。愚論。
592考える名無しさん:2007/02/27(火) 16:40:54
>>590

>大いに結構だと私が思うからです。
何故、そう思われた?

>貴方が考える「認める」の定義がどちらの意味になるかによって、返答が変わります。
正しいとして、または、かまわないとして許す。かまわないとして受け入れる。


593考える名無しさん:2007/02/27(火) 17:29:49
>>590 592
いいかげんやめれば?
594短パン:2007/02/27(火) 17:42:05
菊の御門。か・・・(随分古い事を・・・)

で?
595短パン:2007/02/27(火) 17:44:53
・・・っつか、此処日本の風習としては。
墓には菊を供えるものだ。
死出の旅へいった者に供えるのが、どうして「菊」なのかは知らんけど。。。
596考える名無しさん:2007/02/27(火) 23:19:13
>>592
>かまわないとして許す

かまわないとして許します
597考える名無しさん:2007/02/28(水) 18:24:19
>>596

>かまわないとして許します
とするなら、自殺者や性神などの崇拝もカトリックは許すということですか?

>大いに結構だと私が思うからです。
何故、そう思われた?
矛盾はないと?




598考える名無しさん:2007/02/28(水) 18:37:13
>>597
>とするなら、自殺者や性神などの崇拝もカトリックは許すということですか?

当然です。カトリックが許さないものなどありません。なんでも許しますから。
599考える名無しさん:2007/02/28(水) 19:07:17
>>598
>当然です。カトリックが許さないものなどありません。なんでも許しますから。
そのような考えは、どの公会議で決まったのですか?

>大いに結構だと私が思うからです。
何故、そう思われた?
それとも勘ですか?
反論に困ったからですか?
600考える名無しさん:2007/02/28(水) 22:21:57
>>599
>そのような考えは、どの公会議で決まったのですか?

公会議以前の問題ですが。聖書に許さないことがあるなんて書いていませんから。

>>大いに結構だと私が思うからです。
>何故、そう思われた?

単純に私が快・不快のうち快であるので、大いに結構だということです。
なぜ快かというのは、クオリア的感覚です。美味しいと感じるのに理由はありません。
601考える名無しさん:2007/02/28(水) 22:25:39
もっと言えば、回帰的なものはなんでも私には美しく感じられるからです。
602考える名無しさん:2007/02/28(水) 23:10:12
>>600
>聖書に許さないことがあるなんて書いていませんから。
聖書とは旧約の方ですか?

>単純に私が快・不快のうち快であるので、大いに結構だということです。
>なぜ快かというのは、クオリア的感覚です。美味しいと感じるのに理由はありません。
GOTは全てを創った。
その中に、GOTの存在があるとするなら、GOTはGOTが創ったと言うことになると思います。

クオリアの問題は、共有できないことにあって、理由は別です。
心理学は、その理由に関する学問だと思ってます。
603考える名無しさん:2007/02/28(水) 23:11:43
>>602
>GOTは全てを創った。
>その中に、GOTの存在があるとするなら、GOTはGOTが創ったと言うことになると思います。

別に問題はないと思います。自己組織化とでも言いましょうか。
604考える名無しさん:2007/02/28(水) 23:12:00
もしくは、フラクタル構造でもいいですが。
605考える名無しさん:2007/03/01(木) 15:04:58
>>603
>別に問題はないと思います。自己組織化とでも言いましょうか。

>もしくは、フラクタル構造でもいいですが。

GOT=全存在
のどこが、自己組織化なのですか?
どこが、フラクタル構造なのですか?
“回帰”という言葉から、それらを連想したようですが
どれも、あてはまらないと思います。
あてはまるとするなら、カントールのパラドックスです。
606考える名無しさん:2007/03/01(木) 21:40:13
>>605
>どれも、あてはまらないと思います。

それは貴方の観念の世界では当てはまらないということですね。
その通りかもしれません。でも、他人でそれが成立するわけでもありません。
607考える名無しさん:2007/03/02(金) 00:20:18
>>606
>でも、他人でそれが成立するわけでもありません。
違います。
あなたは只、GODは全ての存在を含む、と書いています。
なのにそれが、フラクタル構造、自己組織化であると書かれる。
もし、GODがフラクタルな構造をもつとするなら。GODは無限に相似なGODで構成されることになる。
GODが生まれた、という起点が存在しないことになる。となると、「GOTはGOTが創った」という起点の正当化
である「フラクタル構造」に矛盾する。
またもし、GODが自己組織化するとするなら、最小単位があるはず。しかし、例え最小単位であったと
してもGOTは全存在を含んだものでありGODの最小単位の中にもGODがあるため、最小単位ではない
ということになり、矛盾する。
ちなみに、GODは「フラクタル構造」or「自己組織化」としてかかれましたが、排他的論理和であるのが前提です。


独我論についてですが、
>それは貴方の観念の世界では当てはまらないということですね。
>でも、他人でそれが成立するわけでもありません。
のように、“他人”を考えている時点で独我論としての考えではないと思います。
608考える名無しさん:2007/03/02(金) 01:05:13
>>607
>GODが生まれた、という起点が存在しないことになる。

それはそうですね。永遠ですから。

>となると、「GOTはGOTが創った」という起点の正当化である「フラクタル構造」に矛盾する。

矛盾しません。
貴方の観念の中で矛盾しているかもしれませんが、それが正しいわけではありません。
起点はなく、また逆に、どこも起点になりえるものを考えては如何でしょうか。

>またもし、GODが自己組織化するとするなら、最小単位があるはず。

あるはずと思うのは貴方の観念です。おそらく貴方は「無限」というものを知らないのでしょう。

>最小単位ではない ということになり、矛盾する。

それは貴方が最小単位があるはずと思い込んだために生じた矛盾です。

>ちなみに、GODは「フラクタル構造」or「自己組織化」としてかかれましたが、排他的論理和であるのが前提です。

それは貴方の前提ですから、貴方の論理によって貴方の論理で作られる矛盾が出たに過ぎません。
貴方の前提や論理に同意しないものにとっては、貴方のいう矛盾など何も関係がありませんし、矛盾があるとも限りません。
また、私が出した比喩を貴方が正しく理解していない可能性もあるでしょう。

>のように、“他人”を考えている時点で独我論としての考えではないと思います。

独我論に「他人」が存在していないと思うなら、それは間違いです。
独我論でも「他人」は存在しています。
独我論は「我」と「他人」の存在が対等でないだけです。
独我論では自分が「人間」である必要性すらありませんから。
SFですが、ディックのヴァリスでも読んでみては如何でしょうか。
609考える名無しさん:2007/03/02(金) 01:08:41
>>608
>またもし、GODが自己組織化するとするなら、最小単位があるはず。
あるはずと思うのは貴方の観念です。おそらく貴方は「無限」というものを知らないのでしょう。

もう少し説明を追加すると、
「宇宙に大きさがあるなら、どこかに宇宙の果てがあるはず。」
と同種の間違いです。
610考える名無しさん:2007/03/02(金) 13:07:33
>>608

>矛盾しません。
>貴方の観念の中で矛盾しているかもしれませんが、それが正しいわけではありません。
>起点はなく、また逆に、どこも起点になりえるものを考えては如何でしょうか。
「GODは無限に相似なGODで構成されることになる。」
についての反論がないので、なんともいえません。

>あるはずと思うのは貴方の観念です。
自己組織化で一番の例は、細胞とDNAです。
細胞はDNAを基に新たな組織を作り出す。しかし、細胞の視点からしてみれば、そこにはDNAという最小単位がある。
また、結晶の成長にかんしていえば、種となる分子の形が最小単位となる。結晶の視点から見れば。
自己組織化には、最小単位がなければならない。それに矛盾するということです。

>それは貴方が最小単位があるはずと思い込んだために生じた矛盾です。
思い込んだのは、あなたが自己組織化であると書いたからです。

>貴方の論理によって貴方の論理で作られる矛盾が出たに過ぎません。
排他的論理和だから矛盾が起きたわけではないですが?

>独我論でも「他人」は存在しています。
その理由はなんですか?

>「宇宙に大きさがあるなら、どこかに宇宙の果てがあるはず。」
>と同種の間違いです。
閉じた無限だけの話でしょ?
611考える名無しさん:2007/03/02(金) 13:21:26
>>608

>貴方の前提や論理に同意しないものにとっては
同意がなぜ出てくる?
ここで、同意に何の意味がある?

反論に溺れるな
独我論に傾く、不中立な指摘者よ
612考える名無しさん:2007/03/02(金) 13:21:37
>>610
>「GODは無限に相似なGODで構成されることになる。」
>についての反論がないので、なんともいえません。

別に反論しません。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。
でもそうでないとは決め付けることはできないってことです。

>自己組織化で一番の例は、細胞とDNAです。

それは貴方がそう思っているだけです。私は論理的なもので、その比喩を用いています。
無限階層の世界でのセルオートマトンの世界とでもいいましょうか。もちろんこれも比喩ですが。
もっとも、貴方のように結晶とかをイメージしてしまったら矛盾していると思い込んでしまうことは理解できます。

>その理由はなんですか?

存在そのものに「理由」はありません。
ただ、そこにあるだけです。
613考える名無しさん:2007/03/02(金) 13:40:45
>>611
>同意がなぜ出てくる?
>ここで、同意に何の意味がある?

意味がないと考えるなら、後述の部分だけでいいでしょう。要は
「貴方のいう矛盾など何も関係がありませんし、矛盾があるとも限りません。」
ってことです。
614考える名無しさん:2007/03/02(金) 14:21:56
>>612


>別に反論しません。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。
>でもそうでないとは決め付けることはできないってことです。
また、それだ。
あなたは、今まで反論していないと思っているのでしょうが違いますよ。
辞書で反論を調べると
 相手の論や批判に対して言い返すこと、また反対の意見を述べること。
とあります。

615考える名無しさん:2007/03/02(金) 15:47:32
>>614
>あなたは、今まで反論していないと思っているのでしょうが

貴方は反論だと思っている。
私は反論だと思っていない。
それだけのことです。
もっとも反論かどうかなど、論点ではないですし、どうでもいいと思いますが。
616考える名無しさん:2007/03/04(日) 04:37:11
GOTとGODの違いを先に明確にするべきではないか。
617考える名無しさん:2007/03/04(日) 04:42:16
GTOとの違いもね。
618考える名無しさん:2007/03/04(日) 21:17:24
GOTはやさしそうだけどGODはいじわるそう。
619Tar ◆SQIDAUQYpc :2007/03/04(日) 21:18:48
BEDとBETはよく間違う。
620通行人:2007/03/04(日) 23:43:25
   キリスト教に興味のある哲板住民は独りで考えてばかりいないで
  キリスト教(カトリック)の知性と知的格闘をどうそ。
   信仰と理性  ヨハネパウロ2世
   キリスト教入門  ラッチンガー  エンデルレ書店
   問題としての神  稲垣良典  
   超越に貫かれた人間  リーゼンフーバー
   学問と信仰  ホセ・ヨンパルト
621考える名無しさん:2007/03/05(月) 04:23:29

これ、全部ゴミ。あーめん。
622考える名無しさん:2007/03/05(月) 15:06:01
>>615

独我論についてですが
>存在そのものに「理由」はありません。
>ただ、そこにあるだけです。
存在そのもに理由がないのは何故ですか?


623考える名無しさん:2007/03/05(月) 15:42:42
>>622
現象の基底だから。基底でなければ、それは存在ではなく現象。
624ふざけるな!:2007/03/05(月) 17:49:54
これ以前にも書いたんだがホント腹が立つぜ!
外に出れば家の壁等にキリスト教の信者が宣伝ポスター張ってあるのは勝手だが
どんな事が書かれていると言うとそれは黒っぽくて大きな文字ででかくて「キリスト教
に救いを求める者は救われる」だと?ふざけるな!
しかも「キリスト教を信じない者は地獄へ落ちる」だと。これだらか宗教はと思うよ。
自分の意見に合わない者は全て抹殺するとしか思えない事ばかり書いてある。反吐が出るぜ。
自分の宗教的価値観を押し付けるな!ふざけるな!
625考える名無しさん:2007/03/05(月) 21:24:13
>>624
それはまともなキリスト教ではないよ。
そういうトンデモなものはキリスト教だけでなく、
仏教にもあるし、科学にもある。どこにでもある。
626考える名無しさん:2007/03/06(火) 18:49:01
「キリスト教は邪教です!」
この本、小中学校の推薦書籍にすればいいのに。
少しは世の中がよくなると思うんだけど。
627考える名無しさん:2007/03/07(水) 16:41:48
>>623
基底であるかないかの条件または定義はあるのですか?
628考える名無しさん:2007/03/07(水) 17:11:16
>>613
>意味がないと考えるなら、後述の部分だけでいいでしょう。要は
>「貴方のいう矛盾など何も関係がありませんし、矛盾があるとも限りません。」
>ってことです。
書いてあることが、前後で食い違ってますよ。
同意という、学問的でない極めて私事な理由で、考える者にとっては、矛盾は関係ないってことでしょ?
後述の部分だけでは、あなたの言いたいことは足りません。

>自己組織化とでも言いましょうか。
>フラクタル構造でもいいですが。
>無限階層の世界でのセルオートマトンの世界とでもいいましょうか。
それらを比喩と使った理由または類似点はなんでしょうか?
629考える名無しさん:2007/03/07(水) 17:38:55
キリスト教って内部で分裂してるんだよね?詳しく教えてくれよ。
630考える名無しさん:2007/03/08(木) 08:31:33
カトリックとプロテスタントという意味??
内部って??
631考える名無しさん:2007/03/09(金) 00:44:09
ユダヤ教の方が邪教だろ
632考える名無しさん:2007/03/09(金) 21:21:04
 プロテスタントの方が邪教でしょう。あまりに分裂しているので、信者も
混乱している。青土社の本をお読みください。
 「モルモン教」とか「ものみの塔」とかをカトリックもプロテスタントも
キリスト教としては認めていない。でも、熱心な信仰心は認めるべきだろう
と、キリスト教徒の本に書いてあった記憶がある。何かボーダーがあるよう
ですよ。
633考える名無しさん:2007/03/09(金) 21:29:46
96年に和解したんだよね
カトリックとプロテスタント
634考える名無しさん:2007/03/10(土) 01:27:15
>>632
モルモンは三位一体じゃないしな
あれは別物だよ
635考える名無しさん:2007/03/11(日) 20:10:49
ユダヤ人はむかつくからだろう。
636考える名無しさん:2007/03/12(月) 01:15:56
カトリックとプロテスタントって同じキリスト教なんだろ。内部で分裂している
んだろこれは?
イスラム教のシーア派とスンニア派は有名じゃないか内部分裂で派が違うだけで
殺される殺す過激派がいるけど・・・。
やっぱりキリスト教も一つにまとまってないのでは?
一部の過激派が妊娠中絶反対で産婦人科をライフルで殺す事件があったじゃないか
勿論アメリカの話だけど
637考える名無しさん:2007/03/12(月) 01:28:51
>>636
宗教改革で分裂したんだろ。
当時カトリックが聖書の教えとあまりにもかけ離れていると。偶像崇拝とか。
638考える名無しさん:2007/03/12(月) 01:51:55
>>636
これはわかっていない人が多いと思うが、プロテスタントという宗派はない。
プロテスタントとは、それぞれバラバラの異端の総称。ある意味カルト。
プロテスタント同士も一致していない。だから、シーア派、スンニ派と比べるのはおかしい。
639考える名無しさん:2007/03/12(月) 18:40:51
ユダヤ教?くだらん!キリスト教?くだらんくだらん!
スターウォーズはユダヤ教のパロディ?しらん!
マトリックスはキリスト教のパロディ?しらん!しらん!しらん!
640考える名無しさん:2007/03/12(月) 18:45:52
イスラム資本の映画やオウム失礼m仏教資本の映画も作れよw
641大勲位(´Д`)y─┛〜〜:2007/03/12(月) 20:02:13
ニーチェの「アンチクリスト」くらいで
こんなに盛り上がってるとは以外ですね。
これほど宗教に排他的な国民は見たことがない。
642考える名無しさん:2007/03/12(月) 21:09:32
無宗教者には無宗教者の自尊心があるということだろう。
「宗教を信じてる奴は馬鹿」と考えておけば相対的に自分は頭良いことになるしな。
643考える名無しさん:2007/03/12(月) 22:35:31
>>642
馬鹿であるかどうかではなくて、思考にタブーを作ってるところがもったいないね
そのタブーを破る時はさぞ快感なんだろうな
644考える名無しさん:2007/03/13(火) 02:05:29
>>638
プロテスタントはカルトなのか?これはキリスト教なんだろ?なんだかよくわからんね。
それはともかく俺テレビのとある番組特集でキリストの教会で信者たちが「キリストの復活・・・」
がどうとか言ってお祈りみたいなポーズで信者たちがやってたけどこれってなんか不気味じゃねーか?
俺からみればなんかおかしな集団に見えたよ。
なんかこれ変じゃないか?
645考える名無しさん:2007/03/13(火) 02:07:46
俺らが見るから変に見える。
飯食う前のいただきますとごちそうさまは
あの連中は宗教儀式だと思ってますぜ。
646考える名無しさん:2007/03/13(火) 02:12:28
プロテスタントっていうのはカトリックの教えに従わない者。
自分で聖書を読んで自分で聖書を解釈する人たちのこと。
だから原理主義的になったり、カルト的になる場合が多々あると。
プロテスタント自体がカルトというわけではないよ。
647考える名無しさん:2007/03/13(火) 03:29:16
>イエスとキリスト教は関係ない

それはないな。イエス信者って夜回り先生信者みたいでなんかカルト的だ。
ああいう非寛容で血にまみれた一神教に発展したのも必然だろう。
イエスの教えが後の人間によって歪められたのは事実だが初めの教え
自体にもおおいに矛盾があった。
648考える名無しさん:2007/03/13(火) 09:43:13
>>647
カトリックは寛容すぎるぐらいだよ。キミは現実を知らないんだろうけど。
649考える名無しさん:2007/03/13(火) 12:10:35
有名ブログの中の人のクリスチャン率はけっこう高い。
べつに邪教だなんて思ってないが。
650考える名無しさん:2007/03/13(火) 19:07:01
カトリックも帝国主義カルトだったと?
651考える名無しさん:2007/03/13(火) 21:34:54
>>648
カトリックって魔女狩りやったでしょ。
キリスト教国は高度に排他的な国が多いのになんで
寛容なのかが分からん
652考える名無しさん:2007/03/13(火) 21:58:48
現代のカトリックのことを言ってるんだろ…
653考える名無しさん:2007/03/13(火) 23:19:30
グノーシス派と当時の本流派(カソリック)の教義の差はなんとなくわかるけど、グノーシスとプロテスタント
の差となると、別の因子も入ってくるようでよくわからない。端的にいってどう考えたらよい?
魔女狩りって
ちょwwww
いつの時代の話してるんですか?
カトリックは寛容と言ってますが、プロテスタントよりは寛容です。
プロテスタントは聖書主義に代表される厳格なものです。
現代のカトリックは寛容がすぎるかもしれません。
バチカンの直属の謎めいたオプス・デイなどは知りませんが。

グノーシスは簡単にいえば神秘主義に入るでしょう。
655考える名無しさん:2007/03/13(火) 23:39:47
Gは自己内の真を「確信」、Kは自己の外の真を「信じる」、と思うけど、さて、GとPとなると?
656考える名無しさん:2007/03/13(火) 23:45:32
>>653
プロテスタントはグノーシス主義なども多きく包括する概念と考えればいいのでは?
カトリック以外はプロテスタント、でとりあえずはいいと思うよ。
657考える名無しさん:2007/03/14(水) 00:05:08
>>656 ありがとう。

いま、いまわかったような?

すなわち、Pは、自己の中にある真を「信じる」。3者の差、これでどうでしょう?

ちなみに、「確信」はuberzeugen、「信じる」はglauben。
658考える名無しさん:2007/03/14(水) 00:59:58
>>653
だから、プロテスタントという宗派はないの。
プロテスタントの中は、種類も違いもありすぎる。
プロテスタントのどの派かちゃんと書いてくれ。
659考える名無しさん:2007/03/14(水) 01:02:15
>>656
一般的にプロテスタントとグノーシス主義が合わさることは無い。
どちらかといえば、カトリックとグノーシス主義の方が親和性があると思う。
もともとキリスト教は、ユダヤ教グノーシス主義といわれるぐらいだし。
660考える名無しさん:2007/03/14(水) 01:11:59
>>645
キリスト教は寛容じゃないよ。キリスト教は非寛容で血にまみれた一神教だ。
プロテスタントと比較しての事だろ。お前らは中国やインドの宗教を知らないのか?
一神教に寛容なものなんて無い。まだイスラムの方がマシだな
661:2007/03/14(水) 01:14:08
アンカー間違えた
645じゃ無くて>>654
662考える名無しさん:2007/03/14(水) 01:23:12
>>660
いや、お前がカトリックの現状を知らないからだと思う。
少なくとも今のカトリックは恐ろしく寛容だよ。
はっきりいって、何もしなくていいから。すべてを許す方向になっている。
663考える名無しさん:2007/03/14(水) 01:40:43
>>662
あんた達はカトリックとプロテスタントの二元論で語ってるからね。
キリスト教国って恐ろしく排他的だよ。
前カナダ人留学生が「キリスト教は哲学として大いに発展したが仏教は戒律のみの宗教」
とかいってたがこれは無知で西洋史主観の狭い考え方だと思うね。
そもそも5000年続いてきたユダヤ教と4000年続いてきたヒンドゥー教
それから儒教道教とか勉強したことある?キリスト教なんてこれらの宗教から見たら
ユーラシア大陸の端っこだけで信じられてる新興宗教だよ。
664考える名無しさん:2007/03/14(水) 01:45:51
>>663
そういう君のほうが現実を見ていない勉強不足と思われ。
少なくとも今のカトリックは恐ろしく寛容だよ。

現代のカトリックで不寛容な教会があるなら、出してごらんよ。
そして神父の名前も書いてくれ。

デタラメを書く前に現実を見て来い。
665考える名無しさん:2007/03/14(水) 01:56:32
>>664
それは単に宗教の力が廃れただけだね。
今の世の中に本気で神を信じてる奴なんて殆ど居ないんじゃないか
キリスト教の全盛で信者が世界人口の4割を超えた19世紀は
互いの宗教を認め合う寛容で平和な時代だったか?
矛盾に満ちた教義を力ずくで強制するのはキリスト教の特徴だ
666考える名無しさん:2007/03/14(水) 02:33:02
>>665
>それは単に宗教の力が廃れただけだね。

現在の状況を全く理解していないな。力自体は行使しないだけで恐ろしいほどある。
現在10億のカトリックの信者がいる。19世紀のころの人数など話にならないほどだ。

>矛盾に満ちた教義を力ずくで強制するのはキリスト教の特徴だ

だから、現実を見てこいよ。
カトリックでは教義など強制しないばかりか、聖書すら読むことを要求しない。
プロテスタントから見れば、そういうところがヘタレに見える場合もあるだろうけどね。

現在のカトリックの特徴は、
・要求、強制するものは何も無い。布教すらしない。
・改宗も必要が無い。神社の参拝も全く問題ない。
・教会に来なくてもいい。献金もしなくてもいい。
・すべてを許す。
だ。
667考える名無しさん:2007/03/14(水) 10:26:49
>>659
KはGを天敵として排除したのでなかった?
マグダラマリアはイエスの復活と昇天を内なるspiritualな根拠に基づく確信としたが、主流派は、外なる真実(生身のイエスの復活と、生身のイエスの重力則に反した昇天、奇跡)として信じることを強要。

Gは確かに現代に通じる面がある。しかし、Kはこの立場を固持したからこそ世界宗教化、世界伝播を達成した。もちろんKの立場を非難しているわけではない。外なる真を「信じる」(>>657)立場こそ、苦しいときの神頼み、苦難のヒトを救ってくれるのだが。
668考える名無しさん:2007/03/14(水) 10:30:37
なお、PとGは「うち」を重視する点で類似、しかしPはやっぱり「信じる」立場でGとは相反ね。
669考える名無しさん:2007/03/14(水) 11:34:23
>>666
キリスト教は敵対するものを愛の名の下に滅ぼす宗教。
十字軍が行った残虐非道は彼らが蛮族であることの証だ。
670考える名無しさん:2007/03/14(水) 12:27:53
>>667
>KはGを天敵として排除したのでなかった?

グノーシス主義を排除することは原理的に不可能です。
どんな思想でも、グノーシス主義の解の一つになっているに過ぎません。
また「GOD」を限定(特定ではない)しないという点では、グノーシス主義に通じる面があります。

>主流派は、外なる真実(生身のイエスの復活と、生身のイエスの重力則に反した昇天、奇跡)として信じることを強要。

末端で反れた者がいるかもしれませんが、カトリックでは、強要も限定もしません。
内なる真実でも、外なる真実でも、全く自由です。
ただ、グノーシスに至るのは非常に困難なため、表面的には「外なる真実」の立場をとっているとも言えます。
「内なる真実」に自分で気がつくことが重要なんです。
はじめから「内なる真実」を他者が語れば、それはデータという知識にしかならず、グノーシスに至りません。

例えは悪いかもしれませんが、「発見の喜び」を与えるには、答えを教えてはいけないのです。
671考える名無しさん:2007/03/14(水) 12:31:47
>>669
十字軍を派遣しなければならなくなった経緯とか、
十字軍をちゃんと管理できていたのかどうかという部分が、
不勉強だと思われます。

あと、宗教というより国の政治上の問題です。
戦争はどこの国でもありますから。
672考える名無しさん:2007/03/14(水) 12:58:02
じゃカタリ派は?
673考える名無しさん:2007/03/14(水) 15:51:45
「確信」する:uberzeugen sich:自動詞:根拠を以って真とする。
「信じる」:glaubenn;他動詞:根拠は拒否、いわしの頭も信心から。として、

G;内なるspiritualを「真」と確信する。
K:外なる「真」を信じる。
P:内なる「真」を信じる。

信じると確信するのこの違いは根拠拒否。これが、Kの十字軍、カタリ派虐殺、魔女裁判など、
など残酷が平気で行われる背景ならずや?
674考える名無しさん:2007/03/14(水) 15:52:32
30年戦争追加
675考える名無しさん:2007/03/14(水) 16:06:38
>>673
>G;内なるspiritualを「真」と確信する。
>K:外なる「真」を信じる。
>P:内なる「真」を信じる。

全部間違い。お前は根本的にわかっていない。
676考える名無しさん:2007/03/14(水) 19:43:48
>>675
おそらく。まったくの門外漢ゆえ。でも本質的な点をつかみたい。
逐条的に、簡潔に間違い点を指摘あれ。
677考える名無しさん:2007/03/14(水) 21:43:21
>>675
イエスはいつ再臨するのですか?
再臨とか意味不明なんですけど
678考える名無しさん:2007/03/14(水) 21:47:34
>>675
キリストはいつ再臨するのですか?
再臨とか意味不明なんですけど。
っていうかイエスは聖者であっても神じゃないよね。
キリスト教が説いた男女平等のおかげで男が女に媚びるようになり
人類は緩やかに破滅に向かっていくのだよ。
679考える名無しさん:2007/03/14(水) 22:15:55
男が女に媚びることをキリスト教のせいにするのが笑える。
680考える名無しさん:2007/03/14(水) 22:36:57
>>679
はぁ?民主主義や男女平等という嘘を世界に広めたのはキリスト教ですよ。
ほっといたら女が元気になるから宗教でそれを戒めてるんじゃないですか。
人類を堕落させた責任をどう取るんですかね?
まあバカだから分からないか
681考える名無しさん:2007/03/14(水) 22:50:33
あのさあ…いつキリスト教が男女平等なんか訴えた?
むしろユダヤ教もキリスト教も女は男より劣ったものとしているけど?
なんでもかんでもキリスト教が悪ーい、っておめでたいなお前
682考える名無しさん:2007/03/14(水) 22:59:33
>>675
Kでは、イエスは生身で復活、昇天したのでないのですか?処女懐胎は?
683考える名無しさん:2007/03/14(水) 23:00:11
>>676
説明や指摘をしても言葉とかの一面だけで本質を掴んだと思うのは危ういと思う。
そういう危険を承知で簡潔に大雑把に説明すれば、
・グノーシス主義の本質は「本質的なことはわからない」ということを体験し、悟りにいたる事。
・カトリックの現在の本質は「愛すること、許すこと」に集約される。
そこに至るなら外なる「真」はある意味どうでもいい。
・プロテスタントという枠組みでは本質は無い。それぞれの宗派によって全く違う。
684考える名無しさん:2007/03/15(木) 02:17:16
>>671
11世紀イスラム世界は分裂していたため東西から侵入を受けることになる。
西からの侵入者はセルジューク・トルコのエルサレムへの巡礼者の迫害を口実とした多国籍キリスト教徒の十字軍だ。
1096年から約200年に渡り破壊、殺戮、略奪の限りを繰り返したためアイユーブ朝とマムルーク朝がこれに応戦した。
この出来事は他宗教に寛容だったイスラム教徒の変容を促した。現代に続くキリスト教世界への
憎悪はこのとき生まれたといわれている。
685684:2007/03/15(木) 02:26:07
同じ時期に東から進入したモンゴル帝国は十字軍とは異なっていた。
イル・ハン国とチャガタイ・ハン国はイスラム教を排除するどころか
経済官僚として重用し、結果的にフィリピンのミンダナオから北西アフリカの
マグレブまでがイスラム教圏となった。
キリスト教国はいまもアラブ諸国に対して同じ事やってるよね。
何度もいうが非寛容と迫害はキリスト教のキーワードだ。恐怖すら覚えるね
686考える名無しさん:2007/03/15(木) 07:43:05
>>683
要するに、この表現(>>673)は、内容を問はない、純形式表現(しかも近似的な)に過ぎないもので、その意味で、Gに対するご見解も>> 673 に含まれると思う。

なお、この形式表現で、述定部(信じる・確信する)と述定対象(外・内) 2項対立的に捉えているので、もう一つ次の命題がありえる。
 S(科学)は外的な真を確信する。

なお4命題共通の「真」については、ニーチェが19世紀末、「神は死んだ」と死刑を宣告(科学も例外でない)、ポストモダン(字義通り、「近代後」)の幕は切って落とされた。
687考える名無しさん:2007/03/15(木) 09:50:51
>>686
>S(科学)は外的な真を確信する。

科学をわかっている人ほど、確信なんてしないです。
せいぜい可能性が高い程度。
688考える名無しさん:2007/03/15(木) 09:52:25
>>684
頭悪いですね。
そこには十字軍をしなければなくなった経緯が書かれていません。
689684:2007/03/15(木) 11:46:19
>>688
周辺国の勢力が弱まれば自国の領土を拡張しようとするのはごく自然だと
バカでも分かると思ったから書かなかったんだが
690考える名無しさん:2007/03/15(木) 12:13:21
やっぱり一神教って歪みが出るんだよな
どうしたって権力者の道具として使われるし
石や大木に神が宿ると考え、身の回りのものすべてに命があると感じ
「もったいない」と思える日本に生まれて私は幸せだ
691考える名無しさん:2007/03/15(木) 12:57:39
>>689
>周辺国の勢力が弱まれば自国の領土を拡張しようとするのはごく自然だと

お前の妄想ではそうかもしれんが、
十字軍を派遣することになったのはそういう経緯ではない。
デタラメを書く前にちゃんと歴史を調べろよ。
692考える名無しさん:2007/03/15(木) 12:58:33
>>690
>石や大木に神が宿ると考え、

カトリックも同じ考えですが。聖書にそういう記述がありますよ。
693690:2007/03/15(木) 13:35:51
>>692
精霊=神、って意味ではなく
アニミズムというか多神教的な意味での神ですよ
こっちの神社の石とあっちの神社の石じゃ別人(別神)が入ってる、という事で

まぁでも「唯一絶対神」とうたってる宗教でさえ、精霊という形で
"神っぽい存在"を認めなきゃならんわけで
やっぱり八百万の神を信じるようにできてるんですよ、人間て
694考える名無しさん:2007/03/15(木) 13:42:46
>>693
>こっちの神社の石とあっちの神社の石じゃ別人(別神)が入ってる、という事で

別にそれは問題ありません。
すべての存在に同じ物理法則が働いているので、その意味でGODは一つなんです。
ヨハネの福音書の最初の部分はこれを意味しています。
GOD=LOGOS≠日本語の「神」=Angelならつじつまも合います。
695考える名無しさん:2007/03/15(木) 15:06:20
>>694
日本の「神」は「Angel」ではないでしょう
ちゃんと「GOD」×8,000,000柱、だよ
696考える名無しさん:2007/03/15(木) 15:35:49
ここでしっかりキリスト教を理解している人はいないみたいだな。
そんなんでキリスト教批判しても的外れになるだけじゃないか?
697690:2007/03/15(木) 16:19:13
批判というか、肌が合わない
どーにも受け付けんのよね
学問対象としては面白いし、宗教画なんかはすごく好きなんだけど
私はその程度の意味
698考える名無しさん:2007/03/15(木) 16:35:05
>>695
>日本の「神」は「Angel」ではないでしょう

HolySpiritやAngelの訳が日本語の「神」に相当するということです。
GODは、多神教での「神」とは全く違います。
GODを「神」と訳したのは誤訳だと思います。
699684:2007/03/15(木) 16:46:01
>>691
十字軍のエルサレム奪還という大儀の裏には地中海貿易で富が集中していた
東ローマ帝国の貿易利権や領土、戦利品を狙うという意図がありました。そのため
後半には略奪征服戦争の様相を呈していきました。あなたは他にどういう意図が
あったと考えてるんですか。デタラメと呼ばわりしないでください。
自分達の理解できないものを攻撃し排除しようとするのがカトリック信者です。
同じキリスト教徒(東方正教会)にも破壊と略奪をくりかえしたカトリックは怖いですね。
700考える名無しさん:2007/03/15(木) 16:53:51
>>699
トルコ人のイスラム王朝であるセルジューク朝にアナトリア半島を占領された東ローマ帝国の皇帝アレクシオス1世コムネノス(在位1081年-1118年)が、
ローマ教皇ウルバヌス2世に救援を依頼したことが発端(1095年)。

つまり、東ローマが侵略を受けたことが原因。
701考える名無しさん:2007/03/15(木) 16:57:46
そもそも一神教の神を「神」とするのは間違えだ。
「天主」とか「ゼウス」の方がしっくり来る。
702考える名無しさん:2007/03/15(木) 17:02:51
>>701
そうですね。GOD=天主≠「日本語の神」なら問題ないです。
703684:2007/03/15(木) 17:05:41
>東ローマが侵略を受けたことが原因
これは侵略の口実に過ぎません。イスラム世界はちょうどそのころ分裂していました。
権力者がその隙を狙ったに過ぎません。問題は侵略どうこうではなくその後のことです。
モンゴルはイスラムを受け入れ同化したにもかかわらずキリスト教徒は彼らを徹底的に
殺しました。イスラム教もしつこく領土を広げてくる宗教ですがキリスト教も異質なものを
徹底的に排除しようとする恐ろしい面があります
704考える名無しさん:2007/03/15(木) 17:05:47
これどう思いますか?日ユ同祖論。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E3%83%A6%E5%90%8C%E7%A5%96%E8%AB%96
705684:2007/03/15(木) 17:12:14
ちなみに識者の間ではイスラム教は攻撃的なキリスト教への防衛策として
生まれたという説が一般的です。
706考える名無しさん:2007/03/15(木) 17:28:14
ゾロアスター教(BC7)――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
  ↓
 ユダヤ教(BC5)――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
              ↓
             キリスト教(1C)――→イスラム教(7C)――スンナ派(多数派)―――
              ↓                       シーア派(少数派)―――
              ↓
              ↓
              ↓         ―――ギリシャ正教会―――――――――――――――――
              →――――――――― (対立8C・分離11C)
                        ―――カトリック教会――――――――――――――――――――――――――――― 
                                         ―――プロテスタント(16C)―――
                    
707考える名無しさん:2007/03/15(木) 17:29:30
>>698
訳の問題ではなく、神社に行ってHolySpiritやAngelだと思って拝んでるわけじゃないって事ですよ
個々に「神」として拝んでるわけですよ、日本人は
708考える名無しさん:2007/03/15(木) 17:44:10
どうりで朝鮮人とキリスト教は親和性が高いはずだよ
709考える名無しさん:2007/03/15(木) 17:55:34
>>707
>個々に「神」として拝んでるわけですよ、日本人は

全くそれでよく、その「神」はHolySpiritやAngelに相当するということです。
GODはそれより上の階層の概念で、物理法則に近いのです。
だからGODを「神」としたのは誤訳ということです。
710考える名無しさん:2007/03/15(木) 17:57:21
>>703
まあ、昔はそうだったのかもしれませんね。
日本も朝鮮半島に攻め入ったりしましたしが、現代の話をするべきだと思います。
711考える名無しさん:2007/03/15(木) 18:25:25
>>709
だからそれは一神教徒(俺とこの神がNo.1、いやONLY 1だぜ)の考え方であって、
日本の神の概念では一柱だけが特別上ってわけではないんですよ
国産みの神や天照大神や便所の神様達は、パワーや役割の差はあれ、みんな同じ「神」なんです
ノーベル賞取るような人もオリンピックで金メダル取る人もプーも同じ「人間」であるようにね

まぁ旧約聖書読んで育った人には「光あれ」っつった存在が一番なんでしょうけどね
712考える名無しさん:2007/03/15(木) 18:34:12
>>711
>だからそれは一神教徒(俺とこの神がNo.1、いやONLY 1だぜ)の考え方であって、

違います。貴方は私の説明を理解できていません。

日本人が想像する「神」は一本柱である必要も無く、多「神」教で問題ないわけです。
この場合、そもそもカトリックでいうところのGODを神と呼ぶのが間違いということです。
天主とか物理法則と考えた方がいいです。

>国産みの神や天照大神や便所の神様達は、パワーや役割の差はあれ、みんな同じ「神」なんです
>ノーベル賞取るような人もオリンピックで金メダル取る人もプーも同じ「人間」であるようにね

だから、これで全く問題なのです。

>まぁ旧約聖書読んで育った人には「光あれ」っつった存在が一番なんでしょうけどね

そこが違います。多神教の神の場合、その神の存在する場所があるわけです。
その場を含むすべての存在、永遠の時間、物理法則、そういうものがGODということです。
713684:2007/03/15(木) 18:58:33
>>712
>その場を含むすべての存在、永遠の時間、物理法則、そういうものがGODということです

それは違いますね。キリスト教の言うGODは人格神、人間と同じように怒ったり
悲しんだりします。旧約聖書にそう書かれています。
多神教の場合神と人間の境界が曖昧ですが一神教の場合は大きな隔たりがあります。
物理法則や全ての存在は全能であるとされる神が創ったものです
714考える名無しさん:2007/03/15(木) 19:01:06
>>713
>それは違いますね。キリスト教の言うGODは人格神、人間と同じように怒ったり
>悲しんだりします。旧約聖書にそう書かれています。

それは間違いです。また、カトリックでは旧約より新約です。
ヨハネ福音書の最初に書いてあるとおり、GODはLOGOSです。


>物理法則や全ての存在は全能であるとされる神が創ったものです

多神教の場合、どの神が創ったんですか?
715684:2007/03/15(木) 19:17:11
>>714
神は物理法則そのものではないですよ。
そもそも人間の原罪というのもアダムやエバが「神の意志に反し」とか「神の命令に背き」
自分中心の価値観を持ったため罪を背負うことになったという意味です。
神も人間と同じように意志を持っています。
716考える名無しさん:2007/03/15(木) 19:43:52
>>714
>多神教の場合、どの神が創ったんですか?

「古事記」を読むのじゃ。
明治生まれのワシらはよく読んだものじゃよ。
717考える名無しさん:2007/03/15(木) 20:00:36
「日本書紀」を読むのも忘れるでないぞ。神々が神々を生み出すのじゃよ。
天地開闢のとき、はじめに別天津神、神世七代といふ神様が生まれたのじゃ。
最後に残ったのがイザナキ、イザナミの神々じゃった。
二人は兄と妹でな、日本列島を次々とつくっていったのじゃ。
イザナミは火神カグツチを出産するときに火傷で死んでしまった。
イザナキはカグツチを殺し、イザナミを探しに黄泉の国に行ったのじゃ。
じゃが、イザナミは変わり果てた姿でのう。イザナキは逃げたのじゃ。
イザナキは穢れを祓うために禊をしたのじゃ。
このとき、左の目を洗ったときに生まれたのがアマテラスじゃ。
右の目を洗ったときに生まれたのがツクヨミじゃった。
鼻を洗ったときに生まれたのがスサノオじゃ。
この三柱の神である三貴士はイザナキに世界を支配することを命じられたのじゃった。
718ゲロッパ(´Д`)y─┛〜〜:2007/03/15(木) 20:33:57
>>716-717

こういうの見ると日本の神話も勉強したくなった。
どうもありがとう。
719横レスだけど:2007/03/15(木) 20:45:35
とりあえず>>684が新約聖書を読んだことがないことは分かる。
旧約聖書だけでキリスト教を語るのは無謀だ。

「天地創造以前にすでに言葉(ロゴス)があった。この言葉は神と共にあり、しかも神と同質のものであった。
この言葉は始めから神と共に存在していた。
万物はこの言葉によって造られたのであって、これによらずして造られたものは一つもない。
この言葉には生命があっ。」
ヨハネ福音書1.1-4

神に意志があったからといって、それは神が自然法則を司ることの反証にはならない。
720考える名無しさん:2007/03/15(木) 21:01:04
>>714
>多神教の場合、どの神が創ったんですか?
ここが古事記の弱い所なんだけどw
まぁ「成った」って書かれ方してるんですよね、確か
ある時、いきなり天地が分かれ、いきなり存在というか発生した、と
これ書くと「やっぱり日本の"神"も"主"が創られたんじゃん」と言われそうですが
「じゃあ言葉や主は誰が作ったの?」って論争になりそうですからツッコミは受け付けませんwww
721考える名無しさん:2007/03/15(木) 21:35:43
>>715
>神は物理法則そのものではないですよ。

貴方の考える神はそうかもしれませんね。
カトリックでのGODは、物理法則そのものだけではなく、
物理法則とそれ以外のものすべてを含んだものです。

貴方はカトリックの信徒ではないので知識が足らないのでしょうけど、
いい加減なことは言わない方がいいと思います。

>神も人間と同じように意志を持っています。

全く違います。同じようではありません。
人間の意志をも含んではいますが、
人類、生物全体の集合意識の方がまだ近いです。
722684:2007/03/15(木) 22:32:16
>>721
いい加減なことを言っているのはあなたです。
三位一体の一つであるマリア信仰ももともとゲルマン人の地母神信仰が
変化したものです。それはアミニズムが源流にあります。受胎告知の像では
マリアがイエスの亡骸を抱いて悲しんでいるではないですか。
三位一体説でも神は三つの位格をもち、位格とは人格のことでもある、
ということになっています。
723考える名無しさん:2007/03/15(木) 22:39:01
>>722
マリア信仰と三位一体は関係ありません。
もしかしたら象徴的意味ならあるかもしれませんが。

ところで貴方はカトリックの信徒なんですか?
またはどこかで要理を勉強したのでしょうか。

>三位一体説でも神は三つの位格をもち、位格とは人格のことでもある、

なっていません。そうだと主張するのなら、公式文書のソースを出してください。
724684:2007/03/15(木) 22:54:53
このような姿勢はマルコ福音書の「アッバ、父よ」というイエスの
言葉にも表れています。アッバはこの時代に使われていたアラム語で
「お父ちゃん」という意味です。イエスはユダヤ教の神は絶対的な力
をもつ恐怖すべきものといったそれまでの考えに逆らったのです。
そもそもあなたは宗教とは何かを全く理解していません。
信仰とは、天国とは、最後の審判とは何かは実際に現実に即した出来事として
きちんと理論的に説明できます。それはユダヤ教、イスラム教、仏教でも
全く同じです。
725仏教徒:2007/03/15(木) 23:28:50
>>722
…ひょっとしてそれ、ピエタ像の事?
あと三身一体は「神と子と精霊」な
確かにマリアはその功績から神とほぼ同格の所まで引き上げられた事になってるけど
これはクリスチャン云々の前の一般常識だぞ、しっかりしろよwwwwwww
726仏教徒:2007/03/15(木) 23:35:54
>>722
おっと、もう一ヶ所
アミニズムじゃなくてアニミズムな
アニマ+イズム、なので
727684:2007/03/15(木) 23:48:18
>>725
プロテスタントではマリア崇拝に積極的ではないですが
カトリックでは中世以降マリアを女神として崇める動きが強まり
一時期イエスの人気をしのぎました。いまでもその辺のところは
曖昧ですがイタリアのカトリック教会内部をみれば神とほぼ
同等に扱われていたと考えていいと思います。
>アミニズムじゃなくてアニミズムな
まちがえました。多神教についてはよく分かりません
728考える名無しさん:2007/03/16(金) 00:16:38
   ,―――-、
  /  /~~~~~~~\
  | /  /  \|
  (6   (・) (・) |
  も     つ |   
  |    lll|||||||||ll |   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  | |    \_/ /  < いや〜、キリスト教徒って本当に安易な人たちですね
/| \___/\   \_______________________

729ゲロッパ(´Д`)y─┛〜〜:2007/03/16(金) 00:43:03
なんだよ、宗教はお互い相容れないものだということがあからさまになった形ですね。
730考える名無しさん:2007/03/16(金) 01:12:20
同じ宗教同士だって頃しあうんだしな…

やっぱり、色んな国の神様達をみーんな取り入れちゃう日本は素晴らしいw
731ゲロッパ(´Д`)y─┛〜〜:2007/03/16(金) 01:18:35
なんでも教バンザイ!!!(調子に乗りすぎ・・・)
732考える名無しさん:2007/03/16(金) 05:07:22
>>727
>カトリックでは中世以降マリアを女神として崇める動きが強まり

ありえません。
どうして被昇天と呼ばれるのか理解していないからそういう間違いをするのだと思います。

もちろん聖人としては人気があるのは事実ですが。
733考える名無しさん:2007/03/16(金) 05:26:28
>>724
>このような姿勢はマルコ福音書の「アッバ、父よ」というイエスの
>言葉にも表れています。アッバはこの時代に使われていたアラム語で
>「お父ちゃん」という意味です。イエスはユダヤ教の神は絶対的な力
>をもつ恐怖すべきものといったそれまでの考えに逆らったのです。

ここまでは正しいですが、そこからの展開がメチャクチャです。
結局、文字でしか理解せず、それが何を意味しているのかわかってないから
的外れの批判をするのでしょう。

まず、ユダヤ教と言うのは、それまでの人が人を支配する世界から、
法(契約)が人を支配する世界にしたという点が重要です。
この場合、「神」が当時の「人の支配者」から、「法」にシフトしたわけです。

荒っぽいい方をすれば、後のすべての法治国家(現在の日本を含む)は、
ユダヤ教の立場といえます。

この法による統治は成功したシステムでしたが、成功しすぎたため何でも
法に頼ったり、また法を悪用したりすることが多発し、そのために法をさらに
細かくしたのですが、あまりに細かい規則に振り回されたり、
とても守りきれない状態になるという問題が発生していました。

そういう最中、イエスは法は人のためにあるもので、そこには愛が必要だとしたのです。
だからこそ、律法を否定するのではなく、律法を完成させるためだと言っているわけです。
734725:2007/03/16(金) 07:15:40
俺昨夜、三身一体とか書き込んでた…orz
ロンギヌスに脇腹刺されて逝ってくる…
まぁ3日位したらフカーツすっけどw
735考える名無しさん:2007/03/16(金) 10:00:18
>>721
いまどき、こんなナイーヴなカトリックはいるとは、目からうろこ
736考える名無しさん:2007/03/16(金) 10:02:57
>>735訂正
こんなナイーヴなカトリックがいるとは
737考える名無しさん:2007/03/16(金) 10:18:45
ヨブ記の神様ってひどくなーい?

旧約聖書使う宗教の信者ってどういう見方してるんだろう
宗教板の方がいいかな?それとも心理学板かな?
738考える名無しさん:2007/03/16(金) 10:50:13
というより、ポストモダンでは,Kもポップ化するということかな
739684:2007/03/16(金) 12:13:35
>>732
実際に5世紀のエフェソス公会議では「神の母」とされています。
このときにマリア信仰が大きく浸透しました。
いまでは聖人という位置付けになっていますが初期のキリスト教
カトリックはより多神教に近かったわけです。
740考える名無しさん:2007/03/16(金) 13:05:47
>>739
神の母であっても、神ではありませんよ。
741考える名無しさん:2007/03/16(金) 13:29:28
まぁ神が「この女に俺の子供産ませるんだ」って選んだ女性だからねぇ
しかも神=子、つまり自分が受肉するって事でもあるわけだし
そりゃぁ世界一の肝っ玉母さんだろうな、信仰対象にしてもいい程のね
742考える名無しさん:2007/03/16(金) 13:59:20
そういや、マドレーヌ寺院だって、マグダラのマリア、信仰の対象になってると思うし。
ところで、「>>721]の見解、プロテスタントの信者も同様に考えているのでしょうか?
743考える名無しさん:2007/03/16(金) 14:24:38
>>741
>信仰対象にしてもいい程のね

信仰対象ではなく、崇敬ですよ。

>>742
>プロテスタントの信者も同様に考えているのでしょうか

プロテスタントという派はありません。
プロテスタントのどの派かによって、答えは全く違います。
744考える名無しさん:2007/03/16(金) 14:43:06
崇敬と信仰の違い、よくわかりました。

恐れ入ります、簡単に、各派についての答えを教えていただけたらありがたいです。
745考える名無しさん:2007/03/16(金) 14:53:56
諸派の数が多いようなので、>>721に対する答えからでも分類していただいて。簡単で結構です。
746的外れかもしれないけど大雑把に:2007/03/16(金) 15:02:49
 カトリック
聖書と伝承重視。唯一性、神聖性、使徒伝承性、普遍性を特徴とする。普遍教会、聖職者階層制度の立場。
政教一致、教皇を最高首長とする。社会、国家に指導する権利と義務をもつ。世俗的職業を蔑視する。特に商業、高利貸しなど。
支持層は教皇・皇帝派。アジア・アフリカ・中南米に伝播。
 ルター派
信仰によってのみ義とされる信仰義認説。信仰の源泉は聖書であるとする聖書主義。領邦教会制度をとる。
政教分離、君主権、身分、秩序、を容認。世俗の職業も司祭職と同じく尊重する職業神授説。
支持層は、反教皇・反皇帝派の諸侯と自由都市、富裕市民。
北ドイツ・スウェーデン・ノルウェー・デンマークに伝播。信仰至上主義。
 カルヴァン派
救われるどうかは神があらかじめ定めているとする予定説。徹底した聖書主義。長老制度をとる。
政教一致、共和政的神政政治。禁欲と勤勉を勧め、蓄財を肯定。支持層は新興市民、知識層。
フランス、オランダ、イングランド、スコットランドに伝播。
 イギリス国教会
ルターやカルヴァンの説を取り入れる。儀式はカトリックとほぼ同じ。政治色の強い国家教会主義をとる。
政教一致、国王を首長とする。新旧の中間的なもの。支持層は貴族、大商人、郷紳、保守市民。
747考える名無しさん:2007/03/16(金) 15:19:33
>>721に対する3派の見解を希望。カソリックはexplicitに明快です。
748考える名無しさん:2007/03/16(金) 15:49:02
すみません、ご丁寧にお返事を頂いていて。

1)ここで云われている「聖書主義」からいえば、>>721は,implicitに当然ということになると推論・結論付けてよいのでしょうか?

2)聖書主義を採りながら、あえて、>>721的な見解に反対する可能性は存在するのでしょうか?
749考える名無しさん:2007/03/16(金) 16:11:36
>>721の物理法則に関連しての質問なのです。たとえば、生身のイエスの、重力の法則を無視した形での昇天、出血多量のイエスの元気な復活、処女受胎。カソリックのように留保なしに信じるかどうか。
750考える名無しさん:2007/03/16(金) 16:22:45
カソリックのように「現実に起こった現象として」留保なしに信じるかどうか。
751考える名無しさん:2007/03/16(金) 18:38:10
>>749
すまん、「ぃやっほう!」とか言いながらスッ飛んでく所想像してなんか笑ってしまったw >元気な復活
752考える名無しさん:2007/03/16(金) 18:48:33
わき腹刺された大量失血、でも、お墓から自力で歩いて出てきて、いろんなヒトに合い、傷跡を示したり触らせたりして自分が本物だと盛んにアピ−ルしてる。
思わず抱きつきそうになったマグダラを強力にさえぎったりして気力は充実している。これを元気といわずになんといおう。
753考える名無しさん:2007/03/16(金) 19:03:09
>>752
いや、そうなんだけどさ
宗教画に描かれてるような厳かな感じじゃなくて
「脇腹?ヘーキヘーキ!あんなもん一晩できれいさっぱり治してやんよ」
な元気な働き盛り34才男性が思いうかんだわけでw
754考える名無しさん:2007/03/16(金) 19:12:08
>>737
あれこそ神の真の姿ではないか。
神に善なる性格のみ求めることこそおかしい。
755考える名無しさん:2007/03/16(金) 20:26:04
道徳のために嘘を教えることは子供の教育によくないのでやめましょう
by キシリタン
756考える名無しさん:2007/03/16(金) 23:52:04
キリスト教は邪教です!
757考える名無しさん:2007/03/17(土) 00:14:17
邪教のヌシはマホメット、釈迦、ゾロアスターです。
ユダヤ人に対してはムカついてもイチモクおいておかないと。
758考える名無しさん:2007/03/17(土) 00:36:59
>>752
何れも生前のイエスではなく、復活後の話は、どこまで比喩なのかはわかっていない。
759考える名無しさん:2007/03/17(土) 00:44:23
>>749
>生身のイエスの、重力の法則を無視した形での昇天、出血多量のイエスの元気な復活、処女受胎。カソリックのように留保なしに信じるかどうか。

別に文字通り信じても問題は無いと思いますが、例え話として理解してもいいと思います。
そもそも復活後は「生身のイエス」とは限りません。
昇天といっても、宇宙のどこかの座標に行ったということではないでしょう。
この世で考えてしまうと、神の右の座というのは、一体何処なのかという問題もあります。

どうしても物理法則と昇天を両立させるなら、
映画マトリックスの世界にあったように、一階層上の世界に行ったと考えるのが妥当かもしれません。
760考える名無しさん:2007/03/17(土) 01:03:22
物理的法則に関しては、あの有名なホーキング博士が知ってるかもしれない。
ブラックホールの奥に別の世界があるという説だが、しかし彼がかかった重篤な難病
は神によって口を封じられた可能性が考えられます?
761考える名無しさん:2007/03/17(土) 01:27:31
ようするにキリスト教はいい集団なの?悪い集団なの?そこが知りたいんだよ。
みんなはどう思うかい?

俺はキリスト教は嫌いだね。自分の意見に合わない者は排除する考えがあるしどうも
うさんくさい。
762考える名無しさん:2007/03/17(土) 01:54:50
>>761
>ようするにキリスト教はいい集団なの?悪い集団なの?そこが知りたいんだよ。

そこにいる人の質による。小学校のあるクラスがいい集団かどうかと同じで。

>俺はキリスト教は嫌いだね。

嫌いなら嫌いでいいんじゃないですか。

>自分の意見に合わない者は排除する考えがあるし

カトリックではそういうことは、ありません。プロテスタントの中にはそういうところもあるでしょうけど。
その人の意見も、GODの愛によって存在を許されているのですから、カトリックでは排除する理由はありません。
もちろん、人によって好き嫌いはありますが。
763考える名無しさん:2007/03/17(土) 02:44:00
>>762
ところで762は神を信じるかい?俺は神の存在は信じないよ。神ってなんだ?
宗教の神が違うだけでかつては宗教戦争もした。
ならば神ってなんだ?神の存在はなんだ?
キリスト教もイスラム教も宗教戦争したし特に中東ではイスラムの内部はガタガタで
何時も対立で人殺しもしている。
もう宗教は自分の事しか考えていないとしか思えない。
特にアメリカではキリスト教で愛の精神かしらんけどもう吹っ飛んでしまったと指摘する
人もいる。
カネさえ手に入ればそれでいい。と言う考え・・・・。
そんな本を俺は持っているよ。
そして宗教をちょっとでも批判したら過激派に殺されてしまうこれが現実。
764考える名無しさん:2007/03/17(土) 03:02:29
>>763
762ではないですが
信仰心てのはいいと思うんですよ、尊い物だと
ただ戦争は神の名をかたった(信仰心を利用した)、権力や金のためのモノですからね
まして近年の戦争はみんなそうじゃない?
戦争をすればする程儲かる国というか組織(某大国大統領ファミリーとかね)があるんですよね

「神よ、いるなら戦争やめさせてくれ」っていつも思うんだけどねー…
やっぱり「神は死んだ」のかな
765764:2007/03/17(土) 03:09:39
それともアレかな
シムアースで思うようにいかなかった時なんかに
「あーうぜぇ、みんな氏ねやゴルァ」みたいな気持になって
いきなり火山や核爆発の雨降らせて地球破滅させたりした事あるけどw
神タソ今そんな気分なのかねぇ
766763:2007/03/17(土) 03:21:58
>>764
アメリカのイラク戦争は間違いなくアメリカ自国の国益の為だと言う事は明白。
あれは軍事産業と石油とユーロ潰しの為に行った戦争です。
クズのブッシュが何が神に感謝するだとか述べているけどあいつは最低です。
何時も戦争で神とか使いやがってふざけんなアメリカ!人の国に原爆は落とすは最低だアメリカは。
一番許せんのはアメリカは一つにまとめるためにキリスト教を利用している。
何がメガ教会だ。日本から散々カネ取りやがって。
767考える名無しさん:2007/03/17(土) 15:52:31
>>761
その集団が、昔からのキリスト教を引き継ぎ、それにしたがっているのなら、害をなす集団です。
しかし今のように、本来のキリスト教(一神教などの思想)からかけ離れればいい集団です。
768考える名無しさん:2007/03/17(土) 16:23:57
>>666

>現在のカトリックの特徴は、
>・要求、強制するものは何も無い。布教すらしない。
道端で聖書を無料で配ってるけど、布教では?
あと、ローマ教皇が他国に行ってはわざわざ聖書の引用をして演説しているけど
あの引用は宗教の宣伝になっています。

>・改宗も必要が無い。神社の参拝も全く問題ない。
三位一体論からきているのだと思いますが、
それは、三位一体論またはキリスト教的世界観が正しいという
前提があるからこそ成り立つもので、「問題ない」とするのは過言であると思います。

>・教会に来なくてもいい。献金もしなくてもいい。
もともと聖書にも、教会に行け、など書いていないのですから当然。
それが特徴としてあがるのは、どういうことでしょう?

それって、本当にカトリックの特徴?
あなたの行っている教会などのそこらへんだけの話では?
ソースとなるようなものがあったら示して下さい。
769考える名無しさん:2007/03/17(土) 16:42:11
>>768
>あの引用は宗教の宣伝になっています。

別に宣伝は自由でしょう。思想の自由の範囲で行っていることは問題ありません。

>前提があるからこそ成り立つもので、「問題ない」とするのは過言であると思います。

前提に関係なく、神社の参拝は問題ありません。
実際バチカンの方針がそうなのですから。

>もともと聖書にも、教会に行け、など書いていないのですから当然。
>それが特徴としてあがるのは、どういうことでしょう?

当然なら別に特徴にあげてもいいでしょう。

>それって、本当にカトリックの特徴?

違うというのなら、反例(そうでない教会)をどうぞ。
770考える名無しさん:2007/03/17(土) 16:46:07
>>767
>昔からのキリスト教を引き継ぎ

別に原始キリスト教なら問題ないでしょう。
途中で十字軍のように教義から離れた行為が問題なだけで。
771考える名無しさん:2007/03/17(土) 17:55:21
>>769

>別に宣伝は自由でしょう。
引用で説明することは、宗教としての見解であることを示します。
そして演説の内容が改善案などの場合、「我々の宗教だとそのように改善できます」
と言っていることになる。

>実際バチカンの方針がそうなのですから。
ならその、原文なりソースなりを示して下さい。

>当然なら別に特徴にあげてもいいでしょう。
他にも当然なことはあるのに、何故それだけ特徴として書くのか。

>違うというのなら、反例(そうでない教会)をどうぞ。
ダ・ヴィンチ・コードの公開についてローマ法王庁内部では非難する側と無視する側で意見が分かれているとか。
特徴と相反しています。
また、ゲイは邪悪などの発言があったり、クローン技術の非難。
772考える名無しさん:2007/03/17(土) 17:58:38
>>770

原始キリスト教でも、「イエスは主」「イエスは復活した」などの宗教告白や贖罪なども信仰の対象であるから
当然イエスの言葉も全て信仰することになります。

問題はあります。
773考える名無しさん:2007/03/17(土) 20:18:35
あなたがたは言う、良い目的は戦争さえ神聖にする、と。
わたしはあなたがたに言う、よい戦争はあらゆる目的を神聖にする、と。
『ツァラトゥストラはこういった』

─かりにわれわれが小さい時から、一切の霊の救いがイエス以外の或るもの、
たとえばモハメットから出るのだと信じていたとしても、
われわれが同じ祝福にあずかっていただろうということは確かなことではないか。
たしかに、信仰のみが祝福を与えるのだ、─信仰の背後にある客体がではない。
『書簡』

774考える名無しさん:2007/03/17(土) 20:35:48
>>771
>ならその、原文なりソースなりを示して下さい。

ご自分でお調べになってはどうでしょうか。
わざわざそこまでするのは面倒です。
別に私の言うことが信じられないなら信じなければいいですよ。
反例があるなら貴方が出せばいいとおもいます。

>他にも当然なことはあるのに、何故それだけ特徴として書くのか。

当然ならスルーすればいいでしょう。
なぜ些細なことにいちいち文句つけるのですか。
本質的な議論からそれます。

>ダ・ヴィンチ・コードの公開についてローマ法王庁内部では非難する側と無視する側で意見が分かれているとか。

貴方は、何が問題になっているのか知らないのでしょう。
デマを流されたり、不当に教会が攻撃されないなら、基本的に無視でいいのです。
ただ、実在の団体に対して、誤解を招くところがあるので、そこは放置していいのだろうかという問題があります。

>また、ゲイは邪悪などの発言

ソースはあるのですか?

Q. キリスト教では同性愛はいけないんですよね?
A. ぜんぜんオッケーです。
http://homepage2.nifty.com/room30th/gesewa/c_homosexual.html
775考える名無しさん:2007/03/17(土) 20:36:21
>>772
>問題はあります。

どういう問題ですか?
776考える名無しさん:2007/03/17(土) 20:46:17
御託ばかりこねて、結局肝心の問題から逃げまくり。知らなきゃ知らないと最初から云えばいいのに、不誠実のみ極み。
777考える名無しさん:2007/03/17(土) 20:55:37
>>776
心の問題とは何でしょう?
また、仮に逃げているとして、逃げてはいけない理由があるんでしょうか。
778考える名無しさん:2007/03/17(土) 21:48:15
ぶっちゃけ
キリスト教について生半可な知識、もしくはそれ以下の偏見しか持っていないくせに非難している奴が大多数だと思うが
779考える名無しさん:2007/03/18(日) 12:45:52
>>774
>ご自分でお調べになってはどうでしょうか。
そうですか

>別に私の言うことが信じられないなら
信じるか信じないかで議論が左右されるなら、もはや終わりです。

>当然ならスルーすればいいでしょう。
>なぜ些細なことにいちいち文句つけるのですか。
>本質的な議論からそれます。
しかし、スルーされずに特徴として挙げられた。
私がその些細なことに注目する理由は次にある。
当然でありながら、特徴としてあえて書くのは、
自らが会衆制に過失を感じているからだと思ったからです。

>ただ、実在の団体に対して、誤解を招くところがあるので、そこは放置していいのだろうかという問題があります。
誤解を招こうとも、対象は映画であり作品であり芸術である。そして、人の意思・主張であり、財源でもある。
それを宗教的理由で介入するなど、過去の横暴の復活に近い。
それにその映画は、フィクションであると宣言している。
クローン技術だってそうである。

>ソースはあるのですか?
ご自分でお調べになってはどうでしょうか、というのもいいが
それを言えば、マナーに欠くので書くとするが、そのソースが見つからない。
自分の記憶を書くと、バチカン市国からの報道で、ローマ法王庁は
同性愛またはその傾向のある神学生に聖職への就任をさせないよう指示する文書を公表したはず。
また、枢機卿から教皇になった人物が同性愛は邪悪であると発言した。たしか、ラツィンガー。

ttp://homepage2.nifty.com/room30th/gesewa/c_homosexual.html
についてですが、30番地の人がそのように言うことで、なんの意味があるのですか?
この人は教皇ですか?それとも教主ですか?教義規格協会の人ですか?
780考える名無しさん:2007/03/18(日) 12:50:26
>>777
やるんならちゃんとしたレスしろよ!
スレ汚しなんだよ、御託ばっかだと
781考える名無しさん:2007/03/18(日) 21:18:53
>>777

肝心の問題(>>776) 「かんじん」のもんだい。知ってて知らん振り!!!

「心の問題」とは!!! うまいこと逃げる。
782考える名無しさん:2007/03/18(日) 23:09:23
>>779
>そうですか

そうです。

>信じるか信じないかで議論が左右されるなら、もはや終わりです。

左右されるとかどうかなど知ったことではありません。もちろん、貴方が左右されると思ったり、終わりだと思うのは貴方の勝手ですが。

>当然でありながら、特徴としてあえて書くのは、

貴方が当然と思っていても、他人が当然と思っているとは限りません。常識だと思っている人には敢えて言うことではないかもしれませんが、
そうでない人のために、確認の意味で特徴とするのは何の問題もないと思います。当然と仰る人には、敢えて言う必要もないことなので、当方は論点といたしません。

>誤解を招こうとも、対象は映画であり作品であり芸術である。そして、人の意思・主張であり、財源でもある。

それは、そうですね。

>それを宗教的理由で介入するなど、過去の横暴の復活に近い。

法が認める範囲での活動なら問題ないと思います。名誉毀損や反社会的な要素があれば、芸術であろうと裁かれたり、批判されるべきだと思いますし、
そう思うかどうかが個人に委ねられているとしても、
表現の自由での範囲で、その芸術を批判することもまた正当な権利であると考えます。とても横暴とは呼べないと思います。
783考える名無しさん:2007/03/18(日) 23:10:02
>>779
>それにその映画は、フィクションであると宣言している。

フィクションであると書かれるように要求したのですけどね。

>クローン技術だってそうである。

クローン技術に反対するのは、宗教と関係なく反対する人もいるので、まったくの自由だと思います。

>同性愛またはその傾向のある神学生に聖職への就任をさせないよう指示する文書を公表したはず。

結婚していたら神父にはなれないので、そういう制限があったとしても別に問題は無いと思います。
もちろん、個人の考えはそれぞれ自由だと思いますが。

>また、枢機卿から教皇になった人物が同性愛は邪悪であると発言した。たしか、ラツィンガー。

そうなんですか。まあ人は間違いを犯すかもしれませんね。私はその発言はしりませんし、
現在の状態がそうなのかもしらないので、確かなソースが出てくるまでは、眼中に置きません。

>についてですが、30番地の人がそのように言うことで、なんの意味があるのですか?

さあ知りません。そのような考えを持っている人もいるということで紹介しました。
意味があるかどうかは、読み手が判断することだと思います。貴方へだけのためでもありませんので。
784考える名無しさん:2007/03/18(日) 23:50:29
カトリックが寛容な宗教だなんて信じられない
785考える名無しさん:2007/03/19(月) 00:11:58
>>784
現実の教会に行けば、寛容だということがわかると思います。
786考える名無しさん:2007/03/19(月) 00:46:34
あの教皇が就任するまでは、俺もそう考えていた時期もありますた
787考える名無しさん:2007/03/19(月) 20:37:17
>>782

>左右されるとかどうかなど知ったことでは
例えると
A「私は〜という法則を発見しまし。証拠は用意していませんが、信じてください。」
B「はい、信じます。」
信じるだけなら、学問もいらないし考える必要もない。

>貴方が当然と思っていても、他人が当然と思っているとは限りません。
「当然なら別に特徴にあげてもいいでしょう。」を正当化する内容ではないですね。
やはり「他にも当然なことはあるのに、何故それだけ特徴として書くのか。」に戻りますね。
もしかしたら、キリスト教は多神教だと思っている人もいるかもしれないし、いろいろあるでしょ。
他人の常識を正すのが目的なら、百科事典に見えるような書き方をするでしょ。ていうか、しなきゃ伝わらない。

>法が認める範囲での活動なら問題ないと思います。
法が基準ですか。
法に従っていればなんでもいいと。
だったら、聖書より法規を信仰したら良いのでは?
788考える名無しさん:2007/03/19(月) 20:40:49
>>783

>フィクションであると書かれるように要求したのですけどね。
その主張は虚構にしろ、と要求したのですか。
思想の自由はないということですね。

>クローン技術に反対するのは、宗教と関係なく反対する人もいるので、まったくの自由だと思います。
論点から外れています。
クローン技術に対するなら倫理問題などなら正しい返答ですが、
この場は、あなたの挙げる“特徴”に反しているというところに論点があります。

>結婚していたら神父にはなれないので、そういう制限があったとしても別に問題は無いと思います。
論点から外れています。
カトリックにおける同性愛者への制限に関することなら正しい返答ですが、
この場は、あなたの挙げる“特徴”に反しているというところに論点があります。

>そうなんですか。まあ人は間違いを犯すかもしれませんね。私はその発言はしりませんし、
>現在の状態がそうなのかもしらないので、確かなソースが出てくるまでは、眼中に置きません。
現在の状態がそうなのかもって、ではいつの特徴ですか?

>意味があるかどうかは、読み手が判断することだと思います。貴方へだけのためでもありませんので。
同性愛は良いか悪いかの問題ではなく、カトリックの特徴に反しているかいないかの問題です。
789考える名無しさん:2007/03/20(火) 00:24:58
>>787
>信じるだけなら、学問もいらないし考える必要もない。

私は、信じる「だけ」なんて言っていません。
また、科学だって、根本の部分は信じるかどうかという要素があります。

>「他にも当然なことはあるのに、何故それだけ特徴として書くのか。」

これも「だけ」というわけではなく、全部書ききれないのと思いついたものを書いているから。

>百科事典に見えるような書き方をするでしょ。

そこまで求めるなら、こんな批判的なスレではなく文献に当たればよろしい。

>法に従っていればなんでもいいと。

なんでもいいとは言っていませんね。

法は現代社会の一つの有効な基準です。
他の基準があればいいのですが、価値観など人によって異なりますから、
貴方の独りよがりの変な基準より、法のがマシなのは確かでしょう。
790考える名無しさん:2007/03/20(火) 00:29:07
>>788
>思想の自由はないということですね。

思想の自由はありますし、その思想に反対する自由もあります。
要求することや、批判することは、自由に反しているわけではありません。

>論点から外れています。

なら無視すればよろしい。

>現在の状態がそうなのかもって、ではいつの特徴ですか?

貴方のソースが無い以上、貴方の仰るようなことは知りません。

>同性愛は良いか悪いかの問題ではなく、カトリックの特徴に反しているかいないかの問題です。

具体的にどういうことですか?
791考える名無しさん:2007/03/20(火) 00:36:53
>>787
>だったら、聖書より法規を信仰したら良いのでは?

法規は信仰するものではなく「守る」ものです。
両方必要としている場面で、どちらかだけでいいのでは?というのは、ただの馬鹿でしょう。

税金の問題でも、「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」というように
イエスの教えそのものが、政教分離の根拠の一つになっています。

従って、教会の外の関係では、まず法を基準にするべきでしょう。
792考える名無しさん:2007/03/21(水) 21:00:16
>>789

>また、科学だって、根本の部分は信じるかどうかという要素があります。
そうですよ。それがほぼ哲学といってもいいでしょう。
しかし、決定を「信念」などに委ねるのはどうかと思う。

>また、科学だって、根本の部分は信じるかどうかという要素があります。
その根本を扱うのが哲学です。

>そこまで求めるなら、
私に書かず、その「求める」者に対して書いてください。

>貴方の独りよがりの変な基準より、
あなたに哲学は無理のようですね。

>その思想に反対する自由もあります。
カトリックがしたのは、フィクションにしろと言う要求であって、思想ではありません。

>貴方のソースが無い以上、貴方の仰るようなことは知りません。
>>666に書いてあった、特徴はいつぐらいからのものか、ということです。
793考える名無しさん:2007/03/21(水) 21:19:44
>>791

>法規は信仰するものではなく「守る」ものです。
だから、「信仰したほうがよいのでは?」と書いたのです。

>イエスの教えそのものが、政教分離の根拠の一つになっています。
神を主と書き換えます。
主は全てを作ったにもかかわらず、主と同じように皇帝も所有できるとは、皇帝もそれなりに
認められた存在と言うことですか?

>従って、教会の外の関係では、まず法を基準にするべきでしょう。
おいおい、社会的に見て内外に関わらったらまずいでしょ。
794考える名無しさん:2007/03/21(水) 21:51:32
>>792
>カトリックがしたのは、フィクションにしろと言う要求であって、思想ではありません。

違いますよ。フィクションはフィクションだと明示してくださいということです。
フィクションでないものをフィクションにしろなんて言っていません。
795考える名無しさん:2007/03/21(水) 21:53:38
>>793
>主と同じように皇帝も所有できるとは、皇帝もそれなりに
>認められた存在と言うことですか?

何を所有できるのですか?意味不明です。

>おいおい、社会的に見て内外に関わらったらまずいでしょ。

教会の外では、単にその国の国民でしかないでしょ。馬鹿ですか?
796考える名無しさん:2007/03/23(金) 03:55:08
まあとりあえず新約聖書においてはパウロが
皇帝やらなんやらの権威は神に裏付けられたものだから従うべき
といったことを書いていたな

だからまず新約聖書読んでからキリスト教批判しろって
797考える名無しさん:2007/03/24(土) 00:34:54
その前に、こんなトンデモ訳じゃなく
ちゃんとしたニーチェの著作を読むべきだな

これがニーチェだと勘違いしているヤツ大杉
798考える名無しさん:2007/03/27(火) 23:37:32
>>794

>フィクションでないものをフィクションにしろなんて言っていません。
物語はフィクションであるが、文章や秘密儀式、建築物は事実に基づいているという主張すらも、フィクションと
書けとしている。
それに、ヴァチカンはそれを禁書に指定している。

>何を所有できるのですか?意味不明です。
主が創った物(硬貨)だよ。
マタイの書に見えるその件は、
納税する民も、される皇帝も主の手中で行われるようなこと。
欲しいならくれてやれ、どうせそのようなものは主の御前では無意味であるから。
と、私は解釈していましたが
政教分離となると、大きく解釈が変わる。
そもそも政教分離は、政の世界と主の世界(世は主が創ったなどの世界観)とを客観的に捉えた
考えである。つまり、主を超越した世界の見方と言ってもいい。
カトリックはそのように考えているのですか?

>教会の外では、単にその国の国民でしかないでしょ。馬鹿ですか?
外では国民に過ぎないということですか。
教会内では違うと言うことですね?
具体的にはどのようなものですか?
799考える名無しさん:2007/03/27(火) 23:57:12
>>798
>物語はフィクションであるが、文章や秘密儀式、建築物は事実に基づいているという主張すらも、フィクションと書けとしている。

どの点が事実であり、また、それをフィクションにしろといっているとする根拠は何でしょうか?
800考える名無しさん:2007/03/28(水) 00:13:14
ダビンチコードって、そもそも20年前に書かれた「聖杯伝説」のパクリなんだが。
クリスチャンでなくても失笑ものだよ。
801考える名無しさん:2007/03/28(水) 00:26:48
>>799

>どの点が事実であり、また、それをフィクションにしろといっているとする根拠は何でしょうか?
事実であると、著者は主張している。
タルツィジオ・ベルトネ枢機卿が「事実無根な事が含まれた恥ずべき本」と語った。
また「うそだらけの本。買うな、読むなと言いたい」と、非難したらしい。

他の>>798の質問にも答えて欲しい。
802考える名無しさん:2007/03/28(水) 00:34:14
>>801
>事実であると、著者は主張している。

具体的に、どの箇所が事実なのですか?
またフィクションは含まれていないのですか?

>タルツィジオ・ベルトネ枢機卿が「事実無根な事が含まれた恥ずべき本」と語った。

貴方は、事実無根な事が含まれていないという主張なのですか?

フィクションが含まれていることはちょっと調べればわかると思いますが。
803考える名無しさん:2007/03/28(水) 00:50:11
>>802

>具体的に、どの箇所が事実なのですか?
>またフィクションは含まれていないのですか?
全然違います、違いますよ。
私は、著書の内容が事実である、と言いたいのではないのですよ。

いいですか。
本来は「思想の自由」についての議論で、
その例として、ダ・ヴィンチ・コードへのヴァチカンなどの対応を出したのです。
>>771の文

 >違うというのなら、反例(そうでない教会)をどうぞ。
 ダ・ヴィンチ・コードの公開についてローマ法王庁内部では非難する側と無視する側で意見が分かれているとか。
 特徴と相反しています。
 また、ゲイは邪悪などの発言があったり、クローン技術の非難。

ここから来ています。

804考える名無しさん:2007/03/28(水) 03:06:27
ラリった勢いで書いている。後悔はしていない。

天命という言葉がなかった時、天命はなかった

天命という言葉がうまれた時、世界は天命を知った

イエスキリストがいない時、ひとは よく 生きていた

イエスキリストが生まれてのち、、ひとは ただしく 生きることを知った

キリスト教は知らない。ただ、右の頬を打たれたら云々に代表されるイエスの思想が
それまではなかった斬新(かつ危険)な思想であり、人類の精神史上、重大な意味を
持っていると言いたかった。一度その思想に触れたら、もう後戻りは許されない。
実行可能かどうかなど問題ではない。圧倒的な理の流れにより、その高みを
目指さざるを得ないのだ。
「相手のなかにも、自分のなかにも、同じ大いなるものがいることを想起せよ」
これは普通に理解できる。
ところがこれに、
「自己保存本能を無視しても」
を付け加えると、話はちがってくる。自己保存本能と折り合いをつけるんじゃなくて、
さからってでも理を優先しろって言われて、素直に従えるわけがない。
(ここでいう理は、正しいあり方 in イエスの思想とおかんがえください)
よせばいいのに、イエスがそれを実践しちゃったから、さあ大変。
いままでより一段高いステージに上がらされて
逃げ出す者、転げ落ちる者、ステージを叩き壊そうとする者が続出。
おかげで世界はとてもいい具合です。
805考える名無しさん:2007/03/28(水) 09:49:02
>>803
>全然違います、違いますよ。
>私は、著書の内容が事実である、と言いたいのではないのですよ。

では事実でない点については、フィクションであると表示することを要求するのは
別に問題ないということですね。

批判することは思想の自由から考えても自由ですよね。
806考える名無しさん:2007/03/28(水) 11:57:50
>>804
イエスの教えに従う必要は別にないです。

キリスト教やイエスの言う主を信じない人が、従う必要なんてありませんから。
もちろん、したいなら別に従ってもいいですけどね。

ただ、キリスト教やイエスの言う「GOD」を信じて、かつ、救われたいなら、
教えを実践した方がいいと思いますよってぐらいです。
洗礼も含めて強制するものは一切ありません。
少なくともカトリックではそうです。(キリスト教系カルトは別ですが)

また、信じていて、救われたくても、なかなか実践できない人が多いですが、
別にそれはそれで主は許してくださいますし、どんな人間でも、主は愛しておられます。
807考える名無しさん:2007/03/28(水) 14:58:12
>>805
>批判することは思想の自由から考えても自由ですよね。
自由ですが、反例であることは変わりありません。
808考える名無しさん:2007/03/28(水) 14:59:59
>>807
>自由ですが、反例であることは変わりありません。

意味不明です。何の反例にもなっていないと思います。
809考える名無しさん:2007/03/28(水) 15:02:09
>>808

>>771の文
 >違うというのなら、反例(そうでない教会)をどうぞ。
 ダ・ヴィンチ・コードの公開についてローマ法王庁内部では非難する側と無視する側で意見が分かれているとか。
 特徴と相反しています。
 また、ゲイは邪悪などの発言があったり、クローン技術の非難。
810考える名無しさん:2007/03/28(水) 15:20:49
>>809
別に反例になっていないと思います。
811考える名無しさん:2007/03/28(水) 15:25:13
>>809
どの特徴と相反していると思うのですか?
812考える名無しさん:2007/03/28(水) 15:26:24
>>810

>>666の特徴
 ・すべてを許す。
の反例
>>771
 ダ・ヴィンチ・コードの公開についてローマ法王庁内部では非難する側と無視する側で意見が分かれているとか。
 特徴と相反しています。
 また、ゲイは邪悪などの発言があったり、クローン技術の非難。
813考える名無しさん:2007/03/28(水) 15:42:01
>>812
なるほど、貴方の理解できていない点がわかりました。
「許す」=「批判しない」ではないのです。
ですから、反例にはなっていないのです。
814考える名無しさん:2007/03/28(水) 15:44:04
わかりやすく言えば、
殺人という行為を非難しても、殺人を犯した人をも許すというのと同じです。
815考える名無しさん:2007/03/28(水) 16:15:35
>>813
>>814

「許す」という言葉の意味は
したいようさせる、またはまかせる。
可能にさせる。自由にする、または自由を認める。
差支えないとして、認める。禁を解く。

「非難」という言葉の意味は
人の過失・過失などを取り上げて責めること、また責めとがめること。

ちなみに
「責める」という言葉の意味は
過失などをとがめる。なじる。
せきたてる。はげしく追求する。

わかりますね?
つまり非難と許すことは相反します

また、
「批判する」の意味は
批評し判定すること。また、評価すること。
誤り・欠点を、正すこと。

批判するの否定を考えると、「許す」とほぼ同じ意味です。
816考える名無しさん:2007/03/28(水) 16:44:37
>>815
「殺人という行為を非難しても、殺人を犯した人をも許すというのと同じです。 」
というのは理解できますか?それとも理解できませんか?
817考える名無しさん:2007/03/29(木) 15:43:59
>>816

行為を非難し
人を許す。
ってことですよね。

しかし、その人は罪を償っての条件があるからこそ許されるのですよね?
818考える名無しさん:2007/03/30(金) 12:30:15
>>817
>行為を非難し
>人を許す。
>ってことですよね。

そうですね。私も書いていましたが、「赦す」の字の方が相応しいかも。

>しかし、その人は罪を償っての条件があるからこそ許されるのですよね?

法律の場合はそうかもしれませんが、
キリスト教での「赦し」は「愛」同様、無条件です。少なくともカトリックではそうです。
819考える名無しさん:2007/03/30(金) 15:33:01
>>818

>私も書いていましたが、「赦す」の字の方が相応しいかも。
なんとも、まぁ。示す事柄が大きく変わりましたね。

>法律の場合はそうかもしれませんが、
確か、教会の外では単なる国民でしかないのですよね。
教会以外では赦されることはないということですか?
820考える名無しさん:2007/03/30(金) 21:59:37
>>819
>なんとも、まぁ。示す事柄が大きく変わりましたね。

誤変換ですが、意味はそれほど変わらないと思います。

ゆる・す 2 【許す/▽赦す/▽聴す】

(動サ五[四])
〔「緩(ゆる)し」「緩ふ」と同源〕
(1)罪や過失を、とがめだてしないことにする。また、服役中の人を放免する。《許・赦》
「今度だけは―・してやる」「子供をだますなんて絶対に―・せない」
821考える名無しさん:2007/03/30(金) 22:02:44
>>819
>教会以外では赦されることはないということですか?

無条件ですから当然赦されますが、(教会外は)貴方のように、赦されることがわからない人が多いと思います。
822考える名無しさん:2007/03/31(土) 19:38:50
>>820

>誤変換ですが、意味はそれほど変わらないと思います。
「許す」という言葉が持つ意味より少なくなり、絞られるています。

>>821
>無条件ですから当然赦されますが、
ということは、人は罪を犯すことはないということですか。

>(教会外は)貴方のように、赦されることがわからない人が多いと思います。
一方的な考え方ですね。
赦されるも、されないも、“罪”などの“善悪”という概念があるからこその事柄。

ちなみに、行為を非難し、人を赦す、と言いますが
行為と人を切り離して考えられるものなのでしょうか?
行為こそ人であると思います。

823考える名無しさん:2007/03/31(土) 20:51:29
>>822
>ということは、人は罪を犯すことはないということですか。

いいえ。罪を犯しても、赦されるというだけですよ。

>赦されるも、されないも、“罪”などの“善悪”という概念があるからこその事柄。

そうですね。罪の意識がなければ、赦しも糞もないでしょうから。

>行為と人を切り離して考えられるものなのでしょうか?

貴方は切り離して考えられないという告白ですか?
他人は貴方と同じではありません。
824考える名無しさん:2007/04/02(月) 16:25:54
>>823

>いいえ。罪を犯しても、赦されるというだけですよ。
無条件であれば、罪を犯しても一瞬たりとも赦されていない時がないということです。

>そうですね。罪の意識がなければ、
だから、その「罪の意識」というのは、“罪”という概念があるという前提があってのことでしょ?

>貴方は切り離して考えられないという告白ですか?
「考えられません」とは言っていません。ですから、告白ではないです。
つまり、行為を非難することはその人を非難することだ、ということです。

>他人は貴方と同じではありません。
またあなたの、独我論ではない独我論という名前をもった考え方のやつですか?
825考える名無しさん:2007/04/02(月) 16:57:04
>>824
>>いいえ。罪を犯しても、赦されるというだけですよ。
>無条件であれば、罪を犯しても一瞬たりとも赦されていない時がないということです。

その通りです。で?

>だから、その「罪の意識」というのは、“罪”という概念があるという前提があってのことでしょ?

そうですよ。で?

>行為を非難することはその人を非難することだ、ということです。

貴方がそのように考えることはわかりました。

行為に対する非難は、それが誰かを特定しないという点で、
その人に対する非難とはならないという考え方もあります。
826考える名無しさん:2007/04/02(月) 19:02:00
わたしはいろんな意味で痛い人間です
今日はそれだけい痛い
827考える名無しさん:2007/04/02(月) 20:25:06
イエス様がみてる
「わたし、見てしまったの。イエス様が他のお弟子さんと楽しそうに
おしゃべりしているのを。ああ、わたしだけのイエス様だとおもっていたのに。
くやしい!こうなったら、ユダ裏切っちゃおうかなぁー。」



太宰治がすでにかいてた_| ̄|○
828考える名無しさん:2007/04/03(火) 01:21:53
やっぱ邪教でしょ
829考える名無しさん:2007/04/03(火) 19:31:33
830考える名無しさん:2007/04/03(火) 22:42:36
それを言えば、歴史からみて
全ての宗教は堕落して「邪教」となってる。
その宗教そのものが目的と化す
831考える名無しさん:2007/04/04(水) 16:43:58
>>825

>その通りです。で?
罪とは、してはいけない事、つまり行為です。
行為とは時間的に見て、ある期間、それが一秒でも一瞬でもそれを行っていなければならない。
しかし、一瞬たりとも赦されていない時がない。ゆえに、矛盾する。

>そうですよ。で?
ということは、「赦されることがわからない人が多いと思います。」の文に見える
考え方は、一方的で且つ人を中立な考えで見ていないことになります。

>行為に対する非難は、それが誰かを特定しないという点で、
>その人に対する非難とはならないという考え方もあります。
それはただ単に、要素から集合に非難の対象が移っただけです。
「日本人は悪い人たちです。しかし、日本人であるnさんを非難したわけではないです」
という矛盾を起こしています。

832考える名無しさん:2007/04/04(水) 16:55:12
>>831
>しかし、一瞬たりとも赦されていない時がない。ゆえに、矛盾する。

矛盾しません。如何なる行為をしたとしても、主は赦されます。

>要素から集合に非難の対象が移っただけです。

要素と集合は別物です。矛盾ではありません。

日本文化チャンネル桜は、平成十九年三月三十一日をもってスカイパーフェクTV!Ch.767における
24時間放送を休止し、同Ch.241「ハッピー241」の夜の時間帯で放送を続けることになりました。

※「ハッピー241」での放送時間(4月1日?)は、以下のとおりです。スカイパーフェクTV!
の受信環境があれば、どなたでも無料でご覧になれます。
       【月?金】18:30?21:30/23:00?24:00
       【土・日】21:00?24:00

http://www.ch-sakura.jp/index.html

834考える名無しさん:2007/04/04(水) 18:54:04
>>832

>如何なる行為をしたとしても、主は赦されます。
知ってますよ。それを使って矛盾を導いたのですよ。

>矛盾しません。
では、理由を挙げてください。

>要素と集合は別物です。
そんなことは言っていません。
あなたが言っていることは、三段論法の否定にあたるものなのですよ。

>>831
  >そうですよ。で?
  ということは、「赦されることがわからない人が多いと思います。」の文に見える
  考え方は、一方的で且つ人を中立な考えで見ていないことになります。
の返答は?
835考える名無しさん:2007/04/04(水) 23:07:07
>>834
>>如何なる行為をしたとしても、主は赦されます。
>知ってますよ。それを使って矛盾を導いたのですよ。

別に矛盾などしていませんが。
「如何なる行為をしたとしても、主は赦されます。」と
何が矛盾するのですか?具体例をどうぞ。

>あなたが言っていることは、三段論法の否定にあたるものなのですよ。

いいえ。貴方の言っていることは三段論法にすらなっていません。

>の返答は?

何を言っているのか意味不明なので答えることができません。
836考える名無しさん:2007/04/04(水) 23:43:04
>>835

>「如何なる行為をしたとしても、主は赦されます。」と
>何が矛盾するのですか?具体例をどうぞ。
罪とは、してはいけない事、つまり行為です。
行為とは時間的に見て、ある期間、それが一秒でも一瞬でもそれを行っていなければならない。
しかし、どのような行為をしたとしても、主は赦されます。つまり、罪を犯しても一瞬たりとも赦されていない時がないということです。

>いいえ。貴方の言っていることは三段論法にすらなっていません。
違います。
例えば、殺人をした人aがいるとする。
殺人とは、人を殺すこと、つまり行為です。
殺人という集合の要素の一つとしてaがいる。
大前提:殺人は非難の対象である
小前提:aは殺人をした
結論:aは非難の対象である
ことになる。推論で大前提と結論を見出した形になっているが
結論と大前提の事柄は真であることが事の発端であるから
上の大前提と結論は等しい、つまり同じ事を言っているになる。

>何を言っているのか意味不明なので答えることができません。

「赦されることがわからない人が多いと思います。」は
一方的で且つ人を中立な考えで見ていない、っていうことですけど?
837考える名無しさん:2007/04/04(水) 23:49:00
>>836
>行為とは時間的に見て、ある期間、それが一秒でも一瞬でもそれを行っていなければならない。
>しかし、どのような行為をしたとしても、主は赦されます。
>つまり、罪を犯しても一瞬たりとも赦されていない時がないということです。

そうですね。で、どこが矛盾しているのですか?
838考える名無しさん:2007/04/04(水) 23:56:01
>>836
>大前提:殺人は非難の対象である

殺人という行為は非難の対象である。

>小前提:aは殺人をした

誰が殺したかは問わない。が、aは殺人をしたと仮定する。

>結論:aは非難の対象である

aの行為が非難の対象である。が、aを非難はしない。

もっと正確に付け加えるなら、
神と契約する本人が「殺人」という行為をするならば、それは本人にとって非難の対象になるということ。
他人がどうとかではなく、自らが行う可能性のある同種の行為についての非難である。
839考える名無しさん:2007/04/04(水) 23:56:42
>>836
>「赦されることがわからない人が多いと思います。」は
>一方的で且つ人を中立な考えで見ていない、っていうことですけど?

やはり意味不明です。そういうことになる根拠を説明してください。
840考える名無しさん:2007/04/06(金) 15:57:41
>>837
>そうですね。で、どこが矛盾しているのですか?
それが一秒でも一瞬でもそれを行っていなければならない。
一瞬たりとも赦されていない時がない。

>>838
>誰が殺したかは問わない。が、aは殺人をしたと仮定する。
aで何を仮定しているのか。人でないことはわかりますが。

>aの行為が非難の対象である。が、aを非難はしない。
行為と人、について明確にしていなかったが
「行為と人を切り離して考えられるものなのでしょうか?
行為こそ人であると思います。」
「つまり、行為を非難することはその人を非難することだ、ということです。」
にたいし、「行為に対する非難は、それが誰かを特定しないという点で、
その人に対する非難とはならないという考え方もあります。」
という返答から、行為とは人であるというのを認めたと解釈しました。
故にそのまま、議論を進めましたが、もう一度そこに戻る必要があると思います。

>それは本人にとって非難の対象になるということ。
その文は、その場合であると“人”が非難の対象になりうる、ということですか?

>他人がどうとかではなく、自らが行う可能性のある同種の行為についての非難である。
前の内容からこの文の内容を読むと、意味不明です。

>>839
>やはり意味不明です。そういうことになる根拠を説明してください。
「赦されることがわからない人が多いと思います。」
が、一方的な考えになるのがわからないのは、
あなたが、善悪”や“正誤”などの二元論が正しいと思っているからです。
飽く迄それは前提でしかない。もし、その前提が正しいと証明できるなら別ですが、今現在、常識でしかない。
841考える名無しさん:2007/04/06(金) 16:29:34
>>840
>それが一秒でも一瞬でもそれを行っていなければならない。

なぜ?

>一瞬たりとも赦されていない時がない。

なぜ?

如何なる行為をしたとしてもしなくても、主は赦されます。
時間軸全部に対して赦しがあるのに、一体何処に矛盾があるのでしょう?
842考える名無しさん:2007/04/06(金) 16:32:44
>>840
行為は行為、人は人、別のものであるというのが私の認識です。
貴方は違うかもしれませんが、
貴方が「行為と人を切り離して考えられない」なら、貴方の思想には興味はありません。
私は行為と人を切り離して考えます。
843考える名無しさん:2007/04/06(金) 16:36:26
>>840
>「赦されることがわからない人が多いと思います。」
>が、一方的な考えになるのがわからないのは、
>あなたが、善悪”や“正誤”などの二元論が正しいと思っているからです。

これは貴方の間違いです。
私は主観を離れて、善悪など存在しないと思っています。

「赦されることがわからない人が多い」というのは、単にそういう事実があり、
そのように私が思っているから、
「赦されることがわからない人が多いと思います。」となっているだけです。
善悪とか正誤とかは全く関係がありません。
844考える名無しさん:2007/04/06(金) 18:07:03
>>841
「時間軸全部に対して赦しがある」は「一瞬たりとも赦されていない時がない」
です。
そして
「行為とは時間的に見て、ある期間、それが一秒でも一瞬でもそれを行っていなければならない。」
です。

>>842
“行為”というものがない、人はどんなものかを考えてみてください。

>貴方が「行為と人を切り離して考えられない」なら、貴方の思想には興味はありません。
まさにキリスト教の鑑的な事柄ですな。
切り離すのなら興味を持ちます、ってことですか。
自分の都合のいいものしか受け付けません、ってことですか。
極めて身勝手ですね。いやいや、閉鎖的保守といったほうがよいか。
違うものと接することにより得る、ということを知ったほうがいいですよ。

>>843
>「赦されることがわからない人が多い」というのは、単にそういう事実があり、
「赦されることがわからない」を事実としているのは何故ですか?
それは、二元論なり、その二元論を派生させる存在なり、があるということでしょ?

下の文にも、返答をください。
>それは本人にとって非難の対象になるということ。
その文は、その場合であると“人”が非難の対象になりうる、ということですか?

>他人がどうとかではなく、自らが行う可能性のある同種の行為についての非難である。
前の内容からこの文の内容を読むと、意味不明です。
845考える名無しさん:2007/04/06(金) 18:48:20
>>844
>「時間軸全部に対して赦しがある」は「一瞬たりとも赦されていない時がない」

こちらはOKです。

>「行為とは時間的に見て、ある期間、それが一秒でも一瞬でもそれを行っていなければならない。」

こちらもOKです。

ですが、
如何なる行為をしたとしてもしなくても、主は赦されますし、
時間軸全部に対して赦しがあるので、何処にも矛盾がありません。
846考える名無しさん:2007/04/06(金) 19:01:02
>>844
>“行為”というものがない、人はどんなものかを考えてみてください。

人ではない行為というものを考えてください。ロボットや動物がやっても殺人は殺人です。

>切り離すのなら興味を持ちます、ってことですか。

それはやさしく申し上げているだけで、
切り離して考えることができない馬鹿まで、相手をしていられないってことです。
もちろん相手が馬鹿だったしても、説明する能力が足りないのもいけないということもありえるでしょうが、
現実に生活し、生きていくためには、情報や相手を選ぶ必要があります。
どんな馬鹿に対しても対応するのは、体が一つで時間も限られるので、物理的に不可能です。

>自分の都合のいいものしか受け付けません、ってことですか。

いいえ。幼稚園児の相手はできないってことです。

>違うものと接することにより得る、ということを知ったほうがいいですよ。

自分が最も得るような存在だと思い上がっているのでしょうか。本当に馬鹿ですね。
もちろん、得ることもあるかもしれませんが、同じ違うものでも、「他のもの」からの方が得ることが
多いということは当然あるので、違うものでも、貴方の相手より、他から学んだ方がいいこともあるわけです。
それだけのことなのに、

>極めて身勝手ですね。いやいや、閉鎖的保守といったほうがよいか。

こういう飛躍するのは、構ってちゃんとしか思えません。
身勝手も何も、2ちゃんの書き込みなどしたい時にすればいいのです。
そんなのは、キリスト教かどうかと全く関係ありません。
私がアンチキリスト教だったときでも同じ対応をします。
847考える名無しさん:2007/04/06(金) 19:06:40
>>844
>「赦されることがわからない」を事実としているのは何故ですか?

そう言っている人がいるからです。

>それは、二元論なり、その二元論を派生させる存在なり、があるということでしょ?

そういうことにはならないと思います。

>その文は、その場合であると“人”が非難の対象になりうる、ということですか?

いいえ。行為です。
が、その人が勝手にその人自身を非難することはあるかもしれません。
848考える名無しさん:2007/04/06(金) 20:42:47
>>844
念のために申し上げておきますが、
私は「行為と人を切り離さずに考えられない」わけではありません。
行為と人は切り離して考えることも、切り離さずに考えることもできると思っています。
その上で、行為と人を切り離して考えているだけであり、
行為と人を切り離さずに考えることを否定しているわけではありません。

ただ、「行為と人を切り離して考えられない」と諦めてしまった人まで
説得するのは不毛だと思います。

コンピュータ(人)とソフトがあり、ソフトがバグ(行為)ったからといって、
コンピュータに問題があるわけではありません。
場合によってはソフトにすら問題が無い場合もあります。
バグという現象を非難することと、コンピュータのできを非難することは違い、
バグとコンピュータを切り離して考えることもできるのは、技術者としては普通です。
コンピュータの動作をよくわかっていない人は切り離して考えることができないかもしれませんが。
849考える名無しさん:2007/04/09(月) 21:27:01
>>845
>何処にも矛盾がありません。
私が、何と何が矛盾している、と言っているかわかっていますか?

>>846
>人ではない行為というものを考えてください。ロボットや動物がやっても殺人は殺人です。
“殺人”という行為をするものの集合の中に、ロボットや動物、そして人があるのです。
とにかく、“行為”というものがない、人というものを考えてみてください。
または、人から“行為”をはぶいた場合、何が残るかでもいいです。

>それはやさしく申し上げているだけで、
全然、言っている事が違いますね。
「興味を持たない」事と「相手をしていられない」とは全然違いますよ。
訂正なら訂正とはっきり書いてください。

>切り離して考えることができない馬鹿まで
切り離して考えるべきとする理由も根拠もまだ説明していないにも関わらず
そこまで飛躍するとは、前文に相当腹が立ったのでしょうなぁ

>いいえ。幼稚園児の相手はできないってことです。
幼稚園児とは。太清は比於赤子の意に近い存在ということですか。福音をありがと。

>こういう飛躍するのは、構ってちゃんとしか思えません。
“興味をもちません”
始め読んだとき、なんともいえない馬鹿馬鹿しさを感じたのだよ。
興味を持つ持たないという、只単なる感情でものを言われては、議論にも何にもなりはしない。
850考える名無しさん:2007/04/09(月) 21:37:24
>>847
>そう言っている人がいるからです。
言っていれば、なんでも事実なのか?
それとも、ちゃんとした理由があるなら、それを書いてください。
というか、その種の返答って・・・。

>そういうことにはならないと思います。
理由・根拠を。

>>848
>行為と人を切り離さずに考えることを否定しているわけではありません。
>ただ、「行為と人を切り離して考えられない」と諦めてしまった人まで
>説得するのは不毛だと思います。
諦めてはいませんよ。

>行為と人は切り離して考えることも、切り離さずに考えることもできると思っています。
“行為”とは、その人の思考・個性・感情などの表れです。
デカルトの心身二元論で言えば、“行為”とは“心”であるともいえる。
その“行為”を非難するも、人は非難しないというのはあまり意味がないということ。

>バグという現象を非難することと、コンピュータのできを非難することは違い、
の文にある、バグを非難することと、スペックを非難することは違うと、書かれているが
それを人に当てはめると、肉体が思考などに大きな影響を及ぼすということになる。
ソフトは記憶で実際の思考は中央処理装置というハードがおこないます。

ちなみに、バグはプログラム上の不具合をいいます。
851考える名無しさん:2007/04/09(月) 22:39:30
>>849
>私が、何と何が矛盾している、と言っているかわかっていますか?

私が何故矛盾していないと言っていることがわかっていていますか?
そして貴方は、矛盾を示せていないことがわかっていますか?
852考える名無しさん:2007/04/09(月) 22:41:57
>>850
>言っていれば、なんでも事実なのか?

理解できていませんね。誰もなんでもとは言っていませんね。
「言っている人がいる」というのは事実です。
貴方は「赦されることがわからない」と言う人がいるのに、
「赦されることがわからない」人の存在を否定なさるのですか?
853考える名無しさん:2007/04/09(月) 22:42:37
>>850
>諦めてはいませんよ。

でも、貴方には、考えることが出来ないんでしょう?
出来るんですか?だったら矛盾していますね。
854考える名無しさん:2007/04/09(月) 22:44:12
>>850
>その“行為”を非難するも、人は非難しないというのはあまり意味がないということ。

意味とは主体に依存するものです。貴方にとっては意味がないということはわかりました。
でも、貴方の個人的事情などどうでもいいです。
855考える名無しさん:2007/04/09(月) 22:47:25
>>850
>>そういうことにはならないと思います。
>理由・根拠を。

そういうことになる根拠も理由も明記されていません。
856考える名無しさん:2007/04/09(月) 22:51:39
>>850
要は、

「殺人という行為を非難しても、殺人を犯した人をも赦す」
というのは理解できますか?それとも理解できませんか?

ということにYesかNoで答えていただければいいです。
理解できないなら、貴方を説得することは諦めます。
857考える名無しさん:2007/04/10(火) 21:09:59
ニーチェが口語調でこんなに簡単に読めるとは、驚きです。
 かなりの意訳でしょうが、読みやすく纏まっていてわかりやすい。
 ヨーロッパの歴史は、キリスト教の歴史としても見ることが可能でしょうが、史実を見れば、キリスト教の広まり
に拠って公衆衛生が悪化してペストの大流行に繋がったり、魔女狩りに代表される宗教裁判、天道説地動説等の科学
否定、十字軍、宗教戦争、布教と一体となった植民地主義等、問題を引き起こしてきたのも事実。
 ニーチェは、キリスト教の欺瞞性について鋭く追及しています。
論旨としては、「イエスの教えとキリスト教の教義は、本当に一致しているのか?」だと思います。
 本の中では、全く関係ないと言い切ってますが・・・、
 ただ気になったのは、仏教とインドのバラモンの「マニ法典」を絶賛していますが、仏教も日本の歴史上、宗派間の
争い等問題を起こしいますし、インズー教もカーストの問題を抱えています。
 様は、宗教の良い面・悪い面を冷静に眺めて本質を見極めるための健全な批評精神を持つことが肝要ではと
考えます。
858考える名無しさん:2007/04/10(火) 21:52:43
>>851
>>ということは、人は罪を犯すことはないということですか。
>いいえ。
から始まり
>行為とは時間的に見て、ある期間、それが一秒でも一瞬でもそれを行っていなければならない。

>罪を犯しても一瞬たりとも赦されていない時がないということです。
が矛盾するということです。

>>852
>理解できていませんね。誰もなんでもとは言っていませんね。
ではなんで、その下の文
>「言っている人がいる」というのは事実です。
のように事実であるとする条件が「言っている人」以外ないじゃないですか。
本題に移ります。「赦されることがわからない」が事実なら赦す赦されないという二元論を肯定するなものとなりますが?

>>853>>854
>でも、貴方の個人的事情などどうでもいいです。
そう考えるのはおかしいです。もう一度、読み直してみてください。
わかりやすく言えば、どんな缶詰がおいしいかを議論したとき、ある缶詰を非難しようとしたとします。
ここで缶詰を人、中身を行為とします。
中身を非難し缶詰を非難しないというのは、「おいしさ」つまり中身についての議論であるのに
缶詰云々についての議論はあまり意味がないということです。しかも、中身は缶詰の要素であるので、缶詰を非難しないのは無理です。

>>856
理解できたから、反論ができるのですよ。
強いて言うなら、「人をも赦す」というのが意味不明です。
たぶん単なる誤字なだけなのでしょうが、まるで、その前にも赦すことがあるのような言い回しですが。

それと、できるだけ一つのレスにまとめてください。
859考える名無しさん:2007/04/10(火) 22:13:57
>>857
宗教についてのスレじゃなくて、キリスト教についてのスレでしょ。
860考える名無しさん:2007/04/10(火) 22:14:48
>>857
適菜収が翻訳という名目で自分の考えを述べただけの本ですが・・・
861考える名無しさん:2007/04/11(水) 10:06:25
>>858
>が矛盾するということです。

「行為とは時間的に見て、ある期間、それが一秒でも一瞬でもそれを行っていなければならない。」

「罪を犯しても一瞬たりとも赦されていない時がないということ」

が何故矛盾するのですか?
どこにも矛盾がありませんが。論理的に説明してください。
具体的にどういう状態、時間のときに、それが発生するのでしょうか。具体例でどうぞ。
862考える名無しさん:2007/04/11(水) 10:08:48
>>858
>「赦されることがわからない」が事実なら赦す赦されないという二元論を肯定するなものとなりますが?

意味不明です。
「赦されることがわからない」人も「赦されることがわかる」人もいるというだけのことです。
1+1=2がわかる人もいるし、1+1=2がわからない人もいます。それは単なる事実でしょう。
それは理解できますか?できませんか?
863考える名無しさん:2007/04/11(水) 10:14:31
>>858
>缶詰を非難しないのは無理です。

貴方にとって無理というのはわかりました。
そうでない人もいることを理解できるようになってください。

缶と中身はやはり別物です。別に考えることが出来るかどうかは人に依存するのでしょうね。

林檎が好きか、蜜柑が好きか、または嫌いかという中身の評価」(行為)と、
特定の缶(人)は別に考えることができます。
864考える名無しさん:2007/04/11(水) 10:18:54
>>858
>理解できたから、反論ができるのですよ。

つまり、

「殺人という行為を非難しても、殺人を犯した人をも赦す」
というのは理解できますか?それとも理解できませんか?

この質問に対する答えは、Yesということでよろしいですね?

ここでは、Yes、Noで答えを求められているのですから、それに従ってください。
YesかNoかわからない、以外の答えは答えになっていません。


>まるで、その前にも赦すことがあるのような言い回しですが。

そうですよ。全時間軸について赦しがあると申し上げました。
865考える名無しさん:2007/04/11(水) 13:08:36
866考える名無しさん:2007/04/11(水) 13:36:12
>>861
罪:1.規範(法律)・道徳などに反した、行い。2.その行いをとがめる。罰。
つまり、罪なる行為を行っている期間と赦されている期間は同一ではない。
例として、ある敷地内に入ってはいけないという規範があったとします。
しかし、ある人が、それにもかかわらず敷地内に入ったとします。
具体的な時間で書くと、0秒後から始まり、2秒後に敷地に入る。そして、3秒後に敷地から出たとします。
時間を数直線で表したとき、敷地内に入っている時間は閉区間とも開区間ともとれる。
そこで、殺人を例とする事柄を持ち出します。人を殺すこと、つまり人が死ぬことは時間的にみて点でしか表せないと思われる。
だがそれでも赦されるということは、閉区間∈開区間であることが導かれる。
そうなると、“反した行い”というものは無条件の赦しのため行えない、ということになる。

>>862
>「赦されることがわからない」人も「赦されることがわかる」人もいる
その人がいることは事実であるが、「赦される」等の概念的な部分は経験的所与からわかることは出来るでしょうか?

>>863
>そうでない人もいることを理解できるようになってください。
いやいや、違いますって。
例えば、A={2,3,5,7}のように素数を集めた集合があるとして、偶数は省き、Aは省きません、といのうは無理である、ということ。
例外があるのなら、その具体的な例をどうぞ。

>別に考えることが出来るかどうかは人に依存するのでしょうね。
別に考えられるが、“おいしさ”の議論において中身と缶(容器)をそれぞれについて考えても
結局は議論の行く末、または、議論の対象はその中身なのだから、分ける必要もない。
分けて考えたからと言って、分けずに考えた時と結局は変わらないということです。

>林檎が好きか、蜜柑が好きか、または嫌いかという中身の評価」(行為)と、
>特定の缶(人)は別に考えることができます。
そうです。別に考えられます。しかしその議論は食品を食べたときの好き嫌いが対象です。
缶については当てはまらない。ということは、缶については考える必要がない、ということです。

レスはできるだけまとめてください。
867考える名無しさん:2007/04/11(水) 14:09:47
>>866
>つまり、罪なる行為を行っている期間と赦されている期間は同一ではない。

そうですね。
行為の時間は一部であり、赦しの時間は時間軸全体です。
行為の時間⊂赦しの時間ですので、
全体の中に一部の時間が存在することは矛盾しません。ですので矛盾はありません。
また「反した行い」かどうかは関係がありません。それは本人の認識に過ぎません。
868考える名無しさん:2007/04/11(水) 14:11:05
>>866
>その人がいることは事実であるが、

「赦されることがわからない」人も「赦されることがわかる」人もいるというだけのことです。
1+1=2がわかる人もいるし、1+1=2がわからない人もいます。それは単なる事実でしょう。
それは理解できますか?できませんか?

まず、理解できるか、出来ないかを聞いています。どちらですか?
話はそれからです。
869考える名無しさん:2007/04/11(水) 14:17:16
>>866
>いやいや、違いますって。

違うと思っているのは貴方でしょう。
所詮貴方には切り分けて考えることが出来ないというだけだと思います。

>例えば、A={2,3,5,7}のように素数を集めた集合があるとして、偶数は省き、Aは省きません、といのうは無理である、ということ。

論理的には当前ですが、今の論点と全然関係の無い話だと思います。
そのように考える必要があるとは思えません。(考えていけないとはいいませんが)
Aと偶数と素数が何に対応しているのか意味不明ですし。
870考える名無しさん:2007/04/11(水) 14:18:58
>>866
>結局は議論の行く末、または、議論の対象はその中身なのだから、分ける必要もない。

分ける必要がないと思っているのは、貴方の主観であって、他人の場合はそうとは限りません。

>分けて考えたからと言って、分けずに考えた時と結局は変わらないということです。

それは貴方のように分けて考えられない人の場合の話ですね。それならわかります。
871考える名無しさん:2007/04/11(水) 14:21:30
>缶については当てはまらない。ということは、缶については考える必要がない、ということです。

つまり、同様に、中身(行為)と缶(人)は切り離して考えることも出来るわけです。
貴方が分けて考えることが出来ないなら、それは仕方がありませんが。
他人までそうだという押し付けは止めましょうね。
872考える名無しさん:2007/04/11(水) 20:40:23
>>867
>行為の時間⊂赦しの時間
その行為のうちの一つ“罪”も含まれているのですよね?
罪と赦しというのは、相反するものですが。

>また「反した行い」かどうかは関係がありません。
「反した行い」とは罪のことですよ。

>>868
理解できます。

>>869
>論理的には当前ですが、今の論点と全然関係の無い話だと思います。
「中身は缶詰の要素であるので、缶詰を非難しないのは無理です。」
を数学的な例を使っただけです。

>Aと偶数と素数が何に対応しているのか意味不明ですし。
ただ単に2,3,5,7というものを適当に用意した集合と、適当に用意した前提(偶数)を使っただけです。

>>869>>870>>871
 “行為”とは、その人の思考・個性・感情などの表れです。
 デカルトの心身二元論で言えば、“行為”とは“心”であるともいえる。
 その“行為”を非難するも、人は非難しないというのはあまり意味がないということ。
この文で、説明は足りたはずなのですが、足りなかったようですね。
上の文でわからないことなどを示してください。

なんども書きましたが、レスはまとめて下さい。
873考える名無しさん:2007/04/12(木) 00:11:59
>>1
その通りだと思うよ。
イエス本人とキリスト教が同じ等と聞いたらイエスは泣くと思う。
あれだけ偶像崇拝するなって言ったのに…
その為に十字架にかかり、命まで捧げたのに…ってね。
874考える名無しさん:2007/04/12(木) 00:39:50
キリストの改革からユダヤ教の野蛮さに逆戻りしたのがキリスト教なわけだが。
875考える名無しさん:2007/04/12(木) 09:48:01
>>872
>罪と赦しというのは、相反するものですが。

カトリック的には相反しません。
もちろん、貴方がそう思う(定義する)のは自由ですが。
876考える名無しさん:2007/04/12(木) 09:53:00
>>872
>“行為”とは、その人の思考・個性・感情などの表れです。

そういう場合が多いのはわかりますが、それだけではありません。
別の人の思考・個性・感情などの表れであることもありますし、
反射だったりすることもあります。

>その“行為”を非難するも、人は非難しないというのはあまり意味がないということ。

貴方がそこに意味を見出せないのはわかりますが、
他人にまでそれを押し付けないことです。意味は主観に依存するものです。
貴方が他人にとって意味があるかないかを規定することは無理です。
877考える名無しさん:2007/04/12(木) 13:56:32
>>875
>カトリック的には相反しません。
今更、何なんですか
どう定義するか自由なら、自分だけの定義を何一つ伝えてないのだから
相手に伝わっていない事ぐらい容易に想像がつくでしょ。
自己中心性と独我論は違いますよ。
私は、「罪」「赦し」の意味(定義)は辞書という基本定義に従って考えてきました。
議論するなら、それを先に書いてもらわないと、議論にならないのですよ。

>>876
>別の人の思考・個性・感情などの表れであることもありますし、
それは誰が思いついたか、というだけの話で、それを行為として表すのを
決めるたりするのは思考です。

>反射だったりすることもあります。
受動的であっても、受ける側である意識(≒思考または個性)がなければならない。
つまり、反射も「思考・個性・感情」を司る部分がなければ成立しない。
878考える名無しさん:2007/04/12(木) 14:11:07
>>876
>貴方がそこに意味を見出せないのはわかりますが
意味が見出せないのではなく、意味がないのです。
例え話を書きます。
「では、これからこれらの缶詰の味について論議しましょう。
では先ず、この『ミカンの缶詰』はどうでしょうか」
「ミカンの味は良いですが、それを入れる缶のデザインは良くはありませんから、何とも言えません」
「『ミカンの缶詰』を缶と中身で分けて考えても、“意味”がないですよ。これは味に関する議論ですから」
意味は意味を吟味する者の主観で決まります。また、目的により決まることもあります。
上の文の目的は「味」に関する議論が目的なので、分けてそれぞれを考えても意味がない。
しかし、それが「味」と「容器(缶)」に関する議論なら、分けて考えなければよい結果が生み出せない。
また、容器が金属製、ガラスビン製、木製などのように容器が味に影響を与えるなら、分けて考える必要があるが
容器は同じであるため、その必要はない。つまり、意味がない。

行為を非難し、人を赦す
行為を非難すると言うことは、その人を「理性を持つ人」としての存在を非難することになるのです。
そして残された、理性を省いた「生物としての人」を赦すというのは、思想や思考に生きる人にとって
自分自身(=人)を非難したに等しいものなのです。
それは客観的な“自分”を非難するものなのです。
879考える名無しさん:2007/04/12(木) 15:29:44
アンチクリストにおけるパウロの分析はかなり無理があると思う
というか>>1
>3キリスト教が戦争を生み出す

なんていう非難は見当たらなかったが
880考える名無しさん:2007/04/12(木) 17:28:34
>>877
>私は、「罪」「赦し」の意味(定義)は辞書という基本定義に従って考えてきました。

辞書の定義でも相反するとは書いてありません。
貴方の定義では相反するかもしれないですが、
少なくとも、カトリックでは相反しません。

>つまり、反射も「思考・個性・感情」を司る部分がなければ成立しない。

例えば、脊髄反射は思考ではないと思います。脳を経由しません。
881考える名無しさん:2007/04/12(木) 17:38:50
>>878
>意味が見出せないのではなく、意味がないのです。

無理です。意味があるかどうかは、主観に依存します。
貴方が決め付けることはできません。

これが理解できないなら、どうしようもありません。

>「では、これからこれらの缶詰の味について論議しましょう。
>では先ず、この『ミカンの缶詰』はどうでしょうか」

「どの缶に入っていても「林檎」は好きです。
どの缶に入っていても「蜜柑」は好きじゃないです。
缶のデザインとか、どんな形状かとか、どの缶であるかとかはどうでもいいです。」

缶=人であり、中身=行為になります。
つまり、人と行為は別に考えることも出来ます。

>容器が金属製、ガラスビン製、木製などのように容器が味に影響を与えるなら、分けて考える必要があるが
>容器は同じであるため、その必要はない。つまり、意味がない。

人はみんな違います。だから分ける意味があります。

>行為を非難すると言うことは、その人を「理性を持つ人」としての存在を非難することになるのです。

と貴方が思うのは自由ですが、私はそのようには思いません。
行為と人は別です。それが誰であるかとか、実際に存在するかとか、知ったことではありません。

>そして残された、理性を省いた「生物としての人」を赦すというのは、思想や思考に生きる人にとって
>自分自身(=人)を非難したに等しいものなのです。

意味不明です。貴方がそう思うのは自由ですが、論理に飛躍があると思います。
882考える名無しさん:2007/04/12(木) 23:48:43
>>880
>相反するとは書いてありません。
赦す:罪や咎を免じる。また赦免する。つまり、咎めない事。
罪:1.規範(法律)・道徳などに反した、行い。2.その行いをとがめる。罰。
「『赦す(または罪)』とは相反する」とは普通、書かれていません。

>例えば、脊髄反射は思考ではないと思います。脳を経由しません。
確かに反射には脳神経系などを経由するものと、しないものがある。
しかし、行為の意味として「目的観念または意識的動作。」としているもので
生物化学的なものとは区別されます。

883考える名無しさん:2007/04/12(木) 23:57:19
>>881
>無理です。意味があるかどうかは、主観に依存します。
主観に依存するというより、相対的にかわります。
今回は結論をだすにあたって、それは無意味になっただけです。

>つまり、人と行為は別に考えることも出来ます。
別に考えられると何度も書きましたよ。
分けて考えても結局、片方のことしか考えないのだから、分けることを略して考えることぐらい出来るでしょ?

>人はみんな違います。だから分ける意味があります。
「では、これからこれらの缶詰の味について論議しましょう。
では先ず、この『ミカンの缶詰』はどうでしょうか」
「ミカンの味は良いですが、それを入れる缶のデザインは良くはありませんから、何とも言えません」
「『ミカンの缶詰』を缶と中身で分けて考えても、“意味”がないですよ。これは味に関する議論ですから」
「でも私は、そう考えたいです。」
「そう考えたい、という個人的なことは尊重しますが、論点から外れる事です」
ちなみに、この缶詰の例において「分ける意味があります。」の理由はなんですか?

>と貴方が思うのは自由ですが、私はそのようには思いません。
わかったから、根拠や理由をどうぞ。
まさか、独我論ですか?

>論理に飛躍があると思います。
では、その飛躍している部分を示してください。
884考える名無しさん:2007/04/12(木) 23:59:00
>>882
罪と認識するのは誰ですか?赦すのは誰ですか?
これが同一人物なら相反するでしょうが、そうでないなら相反しません。
885考える名無しさん:2007/04/13(金) 04:12:17
>>883
>主観に依存するというより、相対的にかわります。
>今回は結論をだすにあたって、それは無意味になっただけです。

それは貴方が勝手にそう思っているだけです。
意味があるかどうかは、主観に依存します。

>>と貴方が思うのは自由ですが、私はそのようには思いません。
>わかったから、根拠や理由をどうぞ。

私は貴方と違って、人と行為を分けて考えますから。

>では、その飛躍している部分を示してください。

「理性を省いた「生物としての人」を赦す→思想や思考に生きる人にとって自分自身(=人)を非難したに等しいものなのです。 」
が論理的につながっていません。赦すことが非難することになるとは、ありえません。
886考える名無しさん:2007/04/13(金) 04:21:57
>>883
>では先ず、この『ミカンの缶詰』はどうでしょうか」

前提がおかしいです。いきなり「その人」を特定しています。
この『ミカンの缶詰』についての議論はしませんが、
あらゆる『缶詰』についての議論ならします。

>ちなみに、この缶詰の例において「分ける意味があります。」の理由はなんですか?

缶の違いがあること、缶を特定しないことです。
中身についてのみ考えるなら、缶についての評価にはなりません。
つまり誰かを非難することにはならないということです。
蜜柑の味が悪いことは、缶のせいではありません。たまたまその缶に入っていただけです。
887考える名無しさん:2007/04/13(金) 15:54:52
普通にカトリックにおける「罪」と「赦し」の概念を訊いてから話を進めたら?
キリスト教を非難しているのに日常的な意味での概念を持ち出してくるのはどう考えてもおかしいだろう。
まあ、差異があるのかは知らんが。
888考える名無しさん:2007/04/13(金) 18:08:38
つーか、いったんここに戻って

http://www.geocities.jp/tekina777/
889考える名無しさん:2007/04/16(月) 00:12:22
>>884
>これが同一人物なら相反するでしょうが、そうでないなら相反しません。
もう一方が赦し、もう一方は赦さない。
そうであれば、相反さないと?

>>885
>意味があるかどうかは、主観に依存します。
ある答えを議論で導く時、まったく違うことを考えて
それが「意味があるものだ」とするのはいいですが
結局、議論と関係のない事は勿論のこと、結論にも関係はない。
故にそれを議論に出すことは無意味である。
それと、哲学的に考えることと、常識的に考えることを区別してください。

>私は貴方と違って、人と行為を分けて考えますから。
自分中心で考えないでください。
間違っていても意見は論理的にしていただかないと。

>が論理的につながっていません。
「思想や思考に生きる人」という文をどのように解釈していますか?
890考える名無しさん:2007/04/16(月) 00:31:40
>>886
>前提がおかしいです。いきなり「その人」を特定しています。
この前提には、また前提がある。それは“中身”に関する議論である、という前提です。
つまり、その前提がある以上、「集合=要素」という機能主義的関連が得られる。

>この『ミカンの缶詰』についての議論はしませんが、
>あらゆる『缶詰』についての議論ならします。
は?
“具体的”な例を示すために特定したのですよ。
あらゆる『缶詰』についての議論をしても、結局は絞られて『〜〜の缶詰』に行き着くでしょ?

>中身についてのみ考えるなら、缶についての評価にはなりません。
しかし、缶に中身が入った缶詰(={中身,缶})としてでなければ意味がない。(製品として)
ということは、中身あってこその缶詰に対して、中身を非難して、缶詰を非難せずというのは
成り立たない。

レスは、まとめて書いてください
891考える名無しさん:2007/04/16(月) 09:59:14
>>879
パウロの分析にどういう無理が??
892考える名無しさん:2007/04/16(月) 10:41:11
>>889
>>これが同一人物なら相反するでしょうが、そうでないなら相反しません。
>もう一方が赦し、もう一方は赦さない。
>そうであれば、相反さないと?

まず、私は「罪と認識するのは誰ですか?赦すのは誰ですか?」と聞いています。
これにお答えください。

また、主の「赦し」は時間軸全体にあると申し上げてきました。
罪の定義は曖昧な状態なので貴方が相反するように考えているかもしれませんが、
それは、時間軸全体への「赦し」を第一に理解していないからだと思われます。
893考える名無しさん:2007/04/16(月) 10:46:37
>>889
>>私は貴方と違って、人と行為を分けて考えますから。
>自分中心で考えないでください。

それは貴方のことでしょう。私は貴方の中で分けられないと考えることは否定していません。
それを他人に押し付けないようにしてくださいと申し上げているだけです。
貴方の中で成立することが、世界で成立するわけではありません。
人と行為を分けて考えることが出来る人もいるし、そこに意味を見出す人もいます。
貴方が何といようとも、これは変わりません。

貴方は間違えることがないとはいえませんし、常に正しさを認識できるとも限りません。
貴方が自分は常に論理的に考えられると思い込んでいるなら、それは思い上がりです。
貴方が自分の間違いを認識できず、論理的に説明できていない可能性はありますよね。
そしてそれを指摘されてもわからない可能性も。
894考える名無しさん:2007/04/16(月) 10:48:11
>>889
>故にそれを議論に出すことは無意味である。

貴方が無意味だと判断するならスルーすればよろしい。
そこに貴方が意味を見出せないというだけのことですから。
895考える名無しさん:2007/04/16(月) 10:48:31
>>890
>レスは、まとめて書いてください

レスは論点に分けて書いてください
896考える名無しさん:2007/04/16(月) 10:51:49
>>890
>この前提には、また前提がある。それは“中身”に関する議論である、という前提です。
>つまり、その前提がある以上、「集合=要素」という機能主義的関連が得られる。

で?
897考える名無しさん:2007/04/16(月) 10:56:10
>>890
>あらゆる『缶詰』についての議論をしても、結局は絞られて『〜〜の缶詰』に行き着くでしょ?

行き着くとは言えません。だって、その缶詰があるかどうかは問題にしていません。
「行為」を分けて考える場合、それが実際に行われたかどうかは関係がありません。
行為そのものを問題にしているわけです。
これは物理上の問題ではなく、観念(イデア)上での話になります。
898考える名無しさん:2007/04/16(月) 11:00:43
>>890
>しかし、缶に中身が入った缶詰(={中身,缶})としてでなければ意味がない。(製品として)
>ということは、中身あってこその缶詰に対して、中身を非難して、缶詰を非難せずというのは
>成り立たない。

と貴方が考えているのはわかりますが、
それは所詮比喩なので、比喩が完全に適用できるとは考えない方がいいと思います。

缶詰なら、企画段階なら、中身を検討して、「缶」を考えないことはありですし、

特定の缶詰を知らなくても、また実際にそのような缶詰があるかどうかに関係なく、
いろいろな中身について考えることはできます。
899考える名無しさん:2007/04/17(火) 15:38:42
>>892
>私は「罪と認識するのは誰ですか?赦すのは誰ですか?」と聞いています。
罪と認識するのは、“罪”を見出す概念を持つ者です。
赦すのは、“罪”を見出す概念とほぼ同じ概念を持つ者です。

>罪の定義は曖昧な状態なので
赦す:罪や咎を免じる。また赦免する。つまり、咎めない事。
罪:1.規範(法律)・道徳などに反した、行い。2.その行いをとがめる。罰。

>>893
>貴方の中で成立することが、世界で成立するわけではありません。
その例外ですよ。
というよりも、「私は貴方と違って、人と行為を分けて考えますから。」と言いますが、あなたの考えは関係ありませんよ。

>>894
>そこに貴方が意味を見出せないというだけのことですから。
論議の対象を見失ったか。

>>895
>レスは論点に分けて書いてください
は?論点に分けても内容に変化はないでしょ。これは、あなただけが使っているのではないのですよ。

>>897>>898
>缶詰なら、企画段階なら、中身を検討して、「缶」を考えないことはありですし、
そんな前提はあの比喩の中の前提で制限されています。

>特定の缶詰を知らなくても、また実際にそのような缶詰があるかどうかに関係なく、
>いろいろな中身について考えることはできます。
本来の議題で考えると、ある特定の人間が起こした行為については、その旨ではないと?

>>898の内容を察するに自分の間違いを理解できたようなので、
「殺人という行為を非難しても、殺人を犯した人をも許す」は間違っているということですね?
900考える名無しさん:2007/04/17(火) 16:26:58
>>899
>罪と認識するのは、“罪”を見出す概念を持つ者です。

ここはOKです。

>赦すのは、“罪”を見出す概念とほぼ同じ概念を持つ者です。

ここが違います。カトリックの赦しは「同じ概念を持つ『者』」ではありません。主です。
901考える名無しさん:2007/04/17(火) 16:38:05
>>899
>そんな前提はあの比喩の中の前提で制限されています。

では、その比喩が不適当です。

>ある特定の人間が起こした行為については、その旨ではないと?

「ある特定の人間が起こした行為」というのは唯一性があり、二度と起きない事象です。
ところが「行為」と「人」を分けて考える「行為」というのは類型であり、抽象的な存在です。
哲学的に厳密に考えるなら、実在するものではありません。個人の観念に存在するものです。

>「殺人という行為を非難しても、殺人を犯した人をも許す」は間違っているということですね?

いいえ。
「殺人という行為を非難しても、殺人を犯した人をも赦す」というのは変わりありません。
「赦し」と「非難」の定義が貴方が想定するものとは異なっているかもしれませんが、
その場合はまず、時間軸全体に主の「赦し」があることを第一前提の定義として、
他の定義を調整してみて、理解できる形になるかどうか考えては如何でしょうか。
902考える名無しさん:2007/04/17(火) 16:39:49
>>899
ところで、

貴方は間違えることがないとはいえませんし、常に正しさを認識できるとも限りません。
貴方が自分は常に論理的に考えられると思い込んでいるなら、それは思い上がりです。
貴方が自分の間違いを認識できず、論理的に説明できていない可能性はありますよね。
そしてそれを指摘されてもわからない可能性も。

というのは理解できましたか?
903考える名無しさん:2007/04/17(火) 20:07:16
>>900
>ここが違います。カトリックの赦しは「同じ概念を持つ『者』」ではありません。主です。
同じですよ。つまり「主」という概念なのでしょ?

>>901
>では、その比喩が不適当です。
では不当な理由を挙げてください。
ちなみに、あのように制限したからこそ比喩として適用できるものにしたのですよ。

>「ある特定の人間が起こした行為」というのは唯一性があり、二度と起きない事象です。
>ところが「行為」と「人」を分けて考える「行為」というのは類型であり、抽象的な存在です。
ということは、「特定の人間の起こした行為」と「非難される行為」は違うということですか?

>他の定義を調整してみて、理解できる形になるかどうか考えては如何でしょうか。
では先ず、あなたが想定している「罪」と「赦し」を書いてください。

>>902
>というのは理解できましたか?
この文の上にある四行の文は理解できます。
しかし、それが正しいかはわかりません。

>>900>>902ぐらい、まとめられるでしょ?
904考える名無しさん:2007/04/17(火) 21:10:12
>>903
>>ここが違います。カトリックの赦しは「同じ概念を持つ『者』」ではありません。主です。
>同じですよ。つまり「主」という概念なのでしょ?

違いますよ。
貴方の文では「同じ概念を持つ者という概念」ではなく「同じ概念を持つ者」になっています。
貴方は「者という概念」を対象にしているわけではなく、「者」を対象にしていますし、
「“罪”を見出す」の主体は概念ではないでしょう。
「主」と「者」は違いますし、「主」が概念を持つとは限りません。

>では不当な理由を挙げてください。

前提を勝手に制限しているからです。

>ということは、「特定の人間の起こした行為」と「非難される行為」は違うということですか?

当然、違います。

>では先ず、あなたが想定している「罪」と「赦し」を書いてください。

主の「赦し」は、時間軸全体が対象であり、如何なる状態になろうともその全事象を是とするもの。
主の愛と同様、人間の「赦し」とは異なる。「罪」は人間が勝手に「罪」と認識するもの。

例えるなら、親の留守中、子供が花瓶を割ったことを子供は罪と思っていたが、
親はそうなることを始めから知っており、そのことをとがめる気は始めからなかったという状態。
905考える名無しさん:2007/04/17(火) 22:14:14
>>904
>貴方は「者という概念」を対象にしているわけではなく、「者」を対象にしていますし、
教会に行くと、主が「赦します」と言ってくれるのですか?
それとも、何らかの形で、それが表れるのですか?

>「“罪”を見出す」の主体は概念ではないでしょう。
“罪”を見出す思考の形式ですから概念でしょ。

>前提を勝手に制限しているからです。
勝手に?
よく物理の問題で、空気の摩擦抵抗をないものとしていますが、それと同じですよ。
それと、あの比喩は解り易くするために、イメージしやすい事柄を使ったのです。
ちなみに聞いておきますが、勝手に制限してはいけない理由はなんですか?

>当然、違います。
どちらにも捉えられる返答ですが、それは同意するということですね?

>主の「赦し」は、時間軸全体が対象であり、如何なる状態になろうともその全事象を是とするもの。
時間軸が対象というのが少し具体性に欠ける。
そこの部分をもう少し、説明してください。

>主の愛と同様、人間の「赦し」とは異なる。
おいおい、その「赦し」の意味で特徴を書くとはどういうことか。
羊頭狗肉とはこのことだ。

>「罪」は人間が勝手に「罪」と認識するもの。
それが「罪」のカトリック的な意味ですか?

>親はそうなることを始めから知っており、そのことをとがめる気は始めからなかったという状態。
その例えは、的確ですか?
それと、「親」=主、「子」=人、でいいですか?
906考える名無しさん:2007/04/17(火) 22:34:43
>>905
>教会に行くと、主が「赦します」と言ってくれるのですか?

さあ?どうでしょう?私はアンチキリスト教なのでそこまでは知りませんが、
カトリックでは、「全てに主の赦しがある」ということになっています。
神学的な証明はあるようですが、科学的な証明があるかどうかは知りません。

>“罪”を見出す思考の形式ですから概念でしょ。

「概念」が“罪”を見出すのではなく、「人(者)」が“罪”を見出すのでしょ。
それとも「概念」が“罪”を見出すのですか?

>勝手に制限してはいけない理由はなんですか?

別にいけなくはないですが。
双方が納得する比喩として成立していないというだけのことです。

>時間軸が対象というのが少し具体性に欠ける。
>そこの部分をもう少し、説明してください。

全ての過去と現在と未来です。仏教なら三世と呼ぶところでしょう。

>それが「罪」のカトリック的な意味ですか?

表現の仕方は変わることがありますが、実質そういうことになります。
本人が罪と認識しているものになります。

>>親はそうなることを始めから知っており、そのことをとがめる気は始めからなかったという状態。
>その例えは、的確ですか?

主の赦しが人が勝手に認識する「罪」と相反しないという意味では的確です。
それ以外ではその限りではありません。
907考える名無しさん:2007/04/18(水) 15:24:31
>>906
>カトリックでは、「全てに主の赦しがある」ということになっています。
「全てに主の赦しがある」ということになっている、という概念でしょ?

>「概念」が“罪”を見出すのではなく、「人(者)」が“罪”を見出すのでしょ。
人がその概念を持って罪を見出すのです。

>双方が納得する比喩として成立していないというだけのことです。
あなたの、納得のいかない事は何ですか?

>全ての過去と現在と未来です。仏教なら三世と呼ぶところでしょう。
時間に「赦し」があると、そこに生きている人間も「赦し」があるということですか?

>表現の仕方は変わることがありますが、実質そういうことになります。
ということは、“罪”とは人が考え出したことなのですね?

>主の赦しが人が勝手に認識する「罪」と相反しないという意味では的確です。
「〜しないという意味では的確です。」
だったら何故、下のような返答ができるのですか?
>>では不当な理由を挙げてください。
>前提を勝手に制限しているからです。
これからは反論できないからといって、適当なことを書くのはやめてくださいね。
908考える名無しさん:2007/04/18(水) 15:29:29
>>907
>人がその概念を持って罪を見出すのです。

「人が」と貴方も言っていますが、その通りで、
「概念」が罪を見出すのではありません。「人」が罪を見出すのです。

>時間に「赦し」があると、そこに生きている人間も「赦し」があるということですか?

全時間の全事象すべてに赦しがあるので、そういうことになります。

>ということは、“罪”とは人が考え出したことなのですね?

当然ですね。
909考える名無しさん:2007/04/18(水) 15:33:47
>>907
>「全てに主の赦しがある」ということになっている、という概念でしょ?

で?
910考える名無しさん:2007/04/18(水) 15:44:45
>>907
>だったら何故、下のような返答ができるのですか?

私の考えを説明するのに、比喩を使っただけであり、
貴方の考えに制限を与えたり、否定したりしているわけではありません。
ところが、貴方の比喩は相手の同意なく勝手に前提を制限し、
それを他人にまで押し付けるからおかしいんです。
「分けて考えない」ということを説明するにはいいのですが、
相手の「分けて考える」立場を否定するのに、
同意の無い制限を押し付けるというのはやめてくださいね。

これからは反論できないからといって、適当なことを書くのはやめてくださいね。
911考える名無しさん:2007/04/18(水) 20:37:18
>>908
>「概念」が罪を見出すのではありません。「人」が罪を見出すのです。
しかし、その概念がなければ、「人」だけでは見出せません。
ちなみに、
>貴方の文では「同じ概念を持つ者という概念」ではなく「同じ概念を持つ者」になっています。
と、勘違いしていますが、
>罪と認識するのは、“罪”を見出す概念を持つ者です。
>赦すのは、“罪”を見出す概念とほぼ同じ概念を持つ者です。
を見るに、「ほぼ同じ」と書いています。共通部分が多いだけで、二つの概念は違うことを書いています。

>全時間の全事象すべてに赦しがあるので、そういうことになります。
ということは絶対時間として考えているということですか?

>当然ですね。
ならば何故、カトリックは告解室を用意し、その“罪”の赦しを乞うているのですか?

>>909
レスをまとめて書くという簡単なマナーすら守れない自己中でしたか。

>>910
>ところが、貴方の比喩は相手の同意なく勝手に前提を制限し、
同意なく?馬鹿丸出しですね。
最初から前提としてあるにも拘らず、それに気付かず、企画段階にどうのこうの言って、それで諭されて「同意なく勝手に」などと書かれましても・・・
それと、比喩のために相手の同意を求めるなんて初めてですよ。カトリックでは比喩に同意がいるのかもしれませんが、議論においてはいりませんよ。

>同意の無い制限を押し付けるというのはやめてくださいね。
押し付けるって何なんですか?
どの部分が押し付けているのですか?詳しく示してください。

>これからは反論できないからといって、適当なことを書くのはやめてくださいね。
そのレスからその文に行く着くなんて、それすらも適当ですね。もう内容が、ぐちゃぐちゃ。
912考える名無しさん:2007/04/18(水) 20:52:23
>>910
てゆーか、なんだそれ?
913考える名無しさん:2007/04/18(水) 21:26:50
>>911
>しかし、その概念がなければ、「人」だけでは見出せません。

誰も概念がなければなんて言っていませんね。
概念を持つ「人」が見出すのです。そして「主」と「人」は異なります。

>ということは絶対時間として考えているということですか?

全事象ですから、絶対だろうと相対だろうと構いません。

>当然ですね。
ならば何故、カトリックは告解室を用意し、その“罪”の赦しを乞うているのですか?

「ならば」がつながっていません。そもそも赦しを乞うのが目的ではないですよ。
反論できないからといって、適当なことを書くのはやめてくださいね。

>>>「全てに主の赦しがある」ということになっている、という概念でしょ?
>>で?
>レスをまとめて書くという簡単なマナーすら守れない自己中でしたか。

反論できないからといって、関係の無いことを書くのはやめてくださいね。

>カトリックでは比喩に同意がいるのかもしれませんが

さあ?それは私の立場ではありませんよ。何を勘違いしているのですか?アホですか?
914考える名無しさん:2007/04/18(水) 23:48:59
>>911
ageんな馬鹿。人にマナー言う前にsageを覚えろ。
915考える名無しさん:2007/04/19(木) 20:58:23
>>913
>そして「主」と「人」は異なります。
でしょうね。概念と人では異なりますから。

>全事象ですから、絶対だろうと相対だろうと構いません。
時間は“罪”と同様に人が作ったものですが?

>そもそも赦しを乞うのが目的ではないですよ。
では、何なのですか?

>反論できないからといって、関係の無いことを書くのはやめてくださいね。
たったアレだけの文なら他のレスにまとめられでしょ。
それに、「で?」に反論ですか?
「〜なのでしょ?」「で?」会話にもなっていませんよ。
何もいえなくなった挙句が「で?」と書いた、あなたこそ上の文に相応しいですね。

>さあ?それは私の立場ではありませんよ。何を勘違いしているのですか?アホですか?
え、ではあなただけの立場って事ですか?
「自分には、同意を求めなさい」って事ですか?
自己中心にも程がありますよ。自分が議論のルールとは、なんと傲慢な。

ところで
>>同意の無い制限を押し付けるというのはやめてくださいね。
>どの部分が押し付けているのですか?詳しく示してください。
の返答をお願いします。
916考える名無しさん:2007/04/20(金) 00:03:30
>>915
>時間は“罪”と同様に人が作ったものですが?

人間が生まれる前には時間が存在しないという主張ですか?
恐竜の時代の時間を否定するなら、私には貴方の言葉や考えは理解不能です。

>では、何なのですか?

その前に、どうして根拠もなくデタラメを書くのですか?
その理由か根拠を書いてください。その後で間違いを正してあげますから。

>え、ではあなただけの立場って事ですか?
>「自分には、同意を求めなさい」って事ですか?

全然違います。カトリックは私の立場ではないということです。
私は>>906でアンチキリスト教と宣言しています。

>自己中心にも程がありますよ。自分が議論のルールとは、なんと傲慢な。

間違った推測で飛躍しないように。頭悪すぎますよ。
917考える名無しさん:2007/04/20(金) 11:19:41
>>916
>人間が生まれる前には時間が存在しないという主張ですか?
そうです。
時間というのは先天的に知覚が備えているものです。
つまり純粋直感でしかないのです。

>恐竜の時代の時間を否定するなら、私には貴方の言葉や考えは理解不能です。
ならば哲学も理解不能でしょう。

>その前に、どうして根拠もなくデタラメを書くのですか?
根拠は、トリエント公会議第三会期、第十四総会での教令。
それと、新教会法典の司祭職に関する規定がそれです。

>全然違います。カトリックは私の立場ではないということです。
そんなことは関係ありません。
 比喩に同意を求める事。
 それに対し、私は「カトリックでは〜」と返す。
 しかし「私の立場ではない」と反論した。たぶん「立場ではない」というのは、その組織の人間ではないと言いたかったのでしょう。
 ですが、立場が違ったとしても、あなたが「同意を求める」云々と言ったことには違いない。
 ですから、カトリックどうこうの問題ではない。

>間違った推測で飛躍しないように。頭悪すぎますよ。
はたしてそうでしょうか。
>>904の一番下の例を書き、その後になって
>主の赦しが人が勝手に認識する「罪」と相反しないという意味では的確です。
>それ以外ではその限りではありません。
つまり、勝手に認識する「罪」以外は例として合っている、という前提を書いたにも拘らず
同意を求めている傾向すらない。
他人には「同意」を指摘し、自分のにはそれを適用させない。
傲慢の至りですね。

反論できないからといって、「比喩に同意を」という適当な思いつきを書くのはやめてください。
918考える名無しさん:2007/04/20(金) 11:22:36
>>917
>時間というのは先天的に知覚が備えているものです。
>つまり純粋直感でしかないのです。

それは時間という概念だろ。バカバカしい。
919考える名無しさん:2007/04/20(金) 11:25:13
>>917
>根拠は、トリエント公会議第三会期、第十四総会での教令。
>それと、新教会法典の司祭職に関する規定がそれです。

どこに書いてあるのか該当箇所を示すか、引用するかしてください
。それだけでは意味不明です。
920考える名無しさん:2007/04/20(金) 11:37:37
>>917
>>恐竜の時代の時間を否定するなら、私には貴方の言葉や考えは理解不能です。
>ならば哲学も理解不能でしょう。

そうはならないですよ。
恐竜の時代の時間の存在を否定するなら、貴方は過去の時間そのものを否定していることになります。
そこには人間は「いつから人間なのか」?という問題があり、種の連続性を考え、哲学的に厳密に考えるなら、
実際のところ人類の誕生という境界のは関係がありません。
結局貴方は自分が立脚している足場を破壊し、何もわからないといっているだけに過ぎません。
哲学的厳密さだけでは独我論の可能性があり、何も確かなことは言えないのです。
過去の存在、論理の正しさの存在があることを前提にしなければ、議論そのものが成り立ちません。
世界が一秒前に出来た可能性や、桶の中の脳の可能性があるのは哲学的厳密さの中では当然ありますが、
そういったものを、形を変えて巧妙に議論に混ぜても議論は成立しません。
せいぜい、貴方の頭、価値の中で貴方の論理が成立するだけであり、
それが貴方の外の世界や、他人の世界で成立する保証はどこにもないのです。
921考える名無しさん:2007/04/20(金) 13:28:19
新スレたてたけど、うまくリンクが貼れない
なぜ??
922考える名無しさん:2007/04/20(金) 14:12:37
じゃあ試しに俺が貼ってみる。

キリスト教は邪教です! PART10
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1177043052/
923考える名無しさん:2007/04/21(土) 14:31:32
ニーチェの趣旨は、ヨーロッパ社会にはびこるキリスト教的な道徳、価値観
などの転換。パラダイムチェンジだろう。例えば、プラトンやカント批判に
見られる、「真理」それ自体への無批判な妄信。存在しない「イデア」や
「物自体」などという超越論的な「本質」を求める姿勢は、キリスト教的な
「神」「来世」「復活」などを求めることと変わりはない。
 必要なのは強烈な「生」、つまり超越論的なものへの信仰ではなく、
実存における力強い意志、欲望の力を肯定することなのである。
924考える名無しさん:2007/04/21(土) 22:05:32
自分でムチで傷負って病気
http://news.ameba.jp/2007/04/4300.php
925考える名無しさん:2007/04/23(月) 00:41:52
>>918
>それは時間という概念だろ。バカバカしい。
概念とは違います。
概念とは経験的に得られるもので、時間はそうではない。
時間は、事物にはなく、人の方にある。

>>919
>それだけでは意味不明です。
「告解室を用意し、その“罪”の赦しを乞うているのですか?」
の理由が
「トリエント公会議〜規定がそれです。」
つまり、書いてあったから、というところのどこが意味不明なのですか?
本当に意味が不明なのですか?
別に意味が不明なら、それでいいです。では、“間違い”を正してください。

>>920
>貴方は過去の時間そのものを否定していることになります。
もし、本当に時間を否定しているなら、今現時をも否定することになりますよ。
解ってますか?
それに否定なんてしていません。カトリックで言う“罪”に近いです。
時間は人間の側にあるのです。

>哲学的厳密さだけでは独我論の可能性があり、何も確かなことは言えないのです。
あなたの独我論を説明してみてください。

>議論そのものが成り立ちません。
ついに明らかになった、あなたの議論形式。
それは「論理の正しさの存在」という不可解な要素が織り成す、曲がったものであった・・・。

存在とはつまり、ある現象群のことを言いますが、論理は現象なのですか?
だとするなら、独我論は間違っていたと証明されたわけですが?
926考える名無しさん:2007/04/23(月) 09:45:32
取り扱い上の注意
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『キリスト教は邪教です!』はニーチェの翻訳ではありません。
これがニーチェの哲学だと考えるのは間違いです。
適菜収氏の個人的な意見を書いた書物に過ぎません。
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927考える名無しさん:2007/04/23(月) 10:10:45
原著を読む前のあんちょことしては一番いいんじゃないの。
西尾訳読むのも面倒だし。
928考える名無しさん:2007/05/05(土) 10:57:23
はいよ。9
929考える名無しさん:2007/05/05(土) 12:18:35
西尾訳と比べて読んだけど
ほとんど変わらないよ
930考える名無しさん:2007/07/08(日) 01:32:34 0
>>923
それを悪魔の思想と言うそうだがw。
931考える名無しさん:2007/08/10(金) 03:13:04 0
神はマリアとなんて一発もやってねーのにイエスキリストが神の子供だと?
おまえらふざけてるんじゃねーよ!
自分が神の息子だとのたまわってぶっ殺された基地外を崇拝してどうするんだよ?

キリスト教はヨーロッパで悪い事ばかりやらかして、
しまいには政治にも関わって勢力を強め
罪のない人間をたくさん殺して
本性のバレていない外国に布教
外人の信者を増やし、しまいには世界中に布教しやがって..

証拠のないフィクションを布教する奴も洗脳される奴も基地外だ
おまえらには生きている価値なんてねーんだよ
キリスト教も創価学会もイスラム教もオウムも同じだぜ
お前らなんて一人残らず糞まみれになって小便に溺れて氏ねカス
932武陽陰士 ◆ATDF4vFZys :2007/08/11(土) 00:13:16 O
日本のクリスチャン人口は1%未満。
キリスト教をいくら叩いても無意味だよ。
やるならアメリカ、韓国でキリスト教批判することだな。
敵がウヨウヨできるよ(笑)
933考える名無しさん:2007/08/14(火) 15:54:28 0
顕正会がどうかは別として、日蓮大聖人に背きぞんざいに扱い続けた日本
に滅亡 亡国の危機が迫っているのは間違い無いだろ?
事もあろうに、そういう偉大な悟りを開かれたお方を日本の中枢
(鎌倉幕府)は処罰を行い 流罪し 首まで斬ろうとした。
しかも、その行為を悔いることなく大聖人様に対して冷淡極まりない扱い。
700年後の現在に至るまで。
二度に渡る元寇 応仁の乱 戦国の争い 江戸時代の一揆の数々や
島原の乱 日清及び日露戦争 二度の世界大戦 そして敗北・・・・。
これらの出来事は、日本民族が日蓮大聖人様に長い間背き続けたこと
による天罰でしか無いのだ。 日本民族が大聖人様に背き続けるならば、
今まで以上の恐ろしい天罰が待ち構えているのは言うまでも無い。
豪雨 異常高温 大旱魃 大飢饉 日本全体を壊滅に追い込む大地震
北朝鮮や中国 ロシアによる日本本土への核攻撃 米国の裏切りによる
日米同盟の崩壊 細菌テロ 病原菌による病気の広まり・・・・。
日本に残された時間は、はるかに少ない。

今こそ1億総国民が大聖人様への冷たい扱いを悔い改め、
「南無妙法蓮華経」とみんなで唱えよう。
そして、本門の戒壇である国立戒壇設立の実現を国民全てが悲願
することである。 それが実現することで、日本には未来永劫の安寧と
平和が必ず訪れるのである。

クリスマスやバレンタインなどの邪教のイベントを祝う暇があるなら、
「南無妙法蓮華経」と何回も唱えよ。 
無間地獄へ逝きたく無いのならば。

934考える名無しさん:2007/08/14(火) 16:47:47 O
おまえらは総エロだ日蓮宗
935考える名無しさん:2007/08/14(火) 17:19:58 0
ユダヤの犬は死ね。
936考える名無しさん:2007/08/15(水) 15:11:27 0
うめ
937考える名無しさん:2007/08/15(水) 17:38:47 O
うめ
938考える名無しさん:2007/08/15(水) 18:33:46 O
うめ
939考える名無しさん:2007/08/15(水) 19:04:18 O
うめ
940考える名無しさん:2007/08/15(水) 20:29:11 O
うめ
941考える名無しさん:2007/08/15(水) 21:48:07 O
うめ
942考える名無しさん:2007/08/15(水) 23:12:51 O
うめ
943考える名無しさん:2007/08/15(水) 23:57:15 0
中学校で「社会(歴史)」、高校で「世界史」、大学で「西洋史」、
これらをしっかり勉強していれば、キリスト教がいかに悪教であるかが
よくわかる。現代では、その精神はプロテスタンティズムとして
米国に流れ、日本の無辜の民を、東京大空襲で10万人、広島・長崎の原爆投下で
40万人、いわゆる異教徒への殺戮として実行した。
われわれが知っておかなければならないのは、イエスという人物と、
キリスト教という教団とは、全然別のものだということだ。
彼らは、イエスを賛美するだけで、一切イエスの教えには従わない。
ある人が言った、「キリスト教徒は、キリストの指す”指”を見るが、
決して、その指し示す先を見ることはない」と。
944誘導:2007/08/16(木) 00:29:26 0
キリスト教は邪教です! PART10
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1177043052/
945考える名無しさん:2007/08/16(木) 00:59:31 0
sage
946考える名無しさん:2007/08/16(木) 10:56:10 0
sage
947考える名無しさん
sage