【日本の思想】丸山眞男スレッド【丸山真男】

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36考える名無しさん
副島隆彦です。
下↓の土井敏喜さんの文章に対して、ありがとう、ありがとうと感謝申し上げます。 
ここまで理解していただければ、美しいぐらいの結論を私の今の態度や考え方のところで理解していただいたことに
なります。もうこれ以上の共感はないぐらいです。しかし土井さん。貴兄が以下の文章で何を書いたのかを、
分かってくれる人は、この「重掲」を読みに来る1500人ぐらいの人たちのうちの2割の300人ぐらいだと
思います。あとの人たちは、何を言っているのか分からない、と思うでしょう。それでいいのですが。

私の吉本隆明(よしもとりゅうめい、「たかあき」が戸籍上の読み方ですが)という思想家(過激派の教祖と呼ば
れた人、82 歳ぐらいで存命)に、19歳の時から35歳ぐらいまで入れあげて、ほとんど彼の書物を読むこと
で青春を過ごしたことを、私の本の読者たちでも知っている人は、1割ぐらいでしょう。 
35歳ぐらいからは、「吉本隆明は、もう思想的に限界に達した」と感じて、「ソビエト・ロシアの思想と闘いつ
づけた日本の稀有の左翼思想家だが、それでも、彼の終生変わらぬレーニン賛美も間違いだった。
だからやっぱり、吉本の、マルクスの労働価値説への終生の賛美=帰依と共に間違いだった」 と判断して、
以後は、私は、より世界基準である小室直樹先生の学問の方へ向かったのです。
これが、私、副島隆彦の「左翼から右翼・保守へ」の思想転向の大枠です。
37考える名無しさん:2006/09/15(金) 19:13:12
それでも、最近また、吉本隆明先生の、東アジア知識人としての限界に自分もまた戻ろうとしていることを
強く感じています。「どうしようもないのだ。どうにかして、一切衆生を救いたいのだけれども、 自分
自身を現実の中で救うことだけでも大変なんだ」という気持ちになっています。

それと、吉本隆明は、丸山真男(まるやままさお)を激しく論難した(特に、1969年の東大闘争、全国
全共闘=70安保闘争の頃)けれども、この二人が、共に、「日本の戦後民主主義」という、焼け野が原の、
青空天井の、「青い山脈」という映画に現れた、日本の戦後空間を反発しながらも礼賛したことで、それが、
実は、アメリカの元祖グローバリスト(ニューディーラー)たちによる、日本民族洗脳空間であったのだ、
ということを、吉本も、丸山も理解できなかったのだ、という点で同じであり、ゆえに、それがこの二人
の思想的な限界だったと、「日本の秘密」を書いたあたりで私は解明しました。