1 :
考える名無しさん:
東洋の哲学とは何でしょうか
2 :
考える名無しさん:2006/07/11(火) 05:08:25
確かに東洋哲学についてのスレってないな
3 :
考える名無しさん:2006/07/11(火) 05:22:28
少なくともここ100年ぐらいは、西洋哲学マンセー時代だな。
インド、中国、イスラムの哲学ですか
西洋も東洋も共通してるが、昔の書物を焼き払った。
特に中国は、2000年前から発明大国だったが、
王朝に発明を独占させるために技術を伝えなかった。
王朝が滅亡したら発明技術もなくなった。
確か、磁器は現代も作れないはず。
中国は、書物も徹底的に焼き払ってので、
東洋哲学の書物は残っていない。それに愚かな君主が
いるので、哲学も発展していない国と思われたと思う。
だから、東洋哲学が広まっていないんだろうな。
イスラム哲学では井筒俊彦、仏教は鈴木大拙や中村元が入門かな
老荘思想、孔孟思想も入門書はけっこう出てるね
日本人でありながら、東洋哲学とは何か?
確かに、西洋哲学のスレが多いのが事実。
明治維新以降、積極的に西洋学問を取り
入れてきた政策的な面もあるが、東洋人
は俗に言う、近代化に遅れたので人気の
ある西洋学問に傾倒していると思う。
自分が西洋人に会った経験では、東洋人
はミステリアスで不気味な存在に見える
らしい。英語の掲示板でも盛り上がって
いるらしい。
これから、気が向いたら書き込む事に
するよ。
8 :
考える名無しさん:2006/07/12(水) 14:18:33
基本的に古典に関しては、原文を読ませることから始めるべきだよ。
原文が無理ならせめて口語訳から始めるのがよかろう。
もちろん古い文章だし、古典は簡単な文章が多いから意味がわからないというのが多いでしょうけど
それでもあえて意味を問うことが大切だ。
読ませて、その上で意味を何度と無く問う
そうして自分自身の中で反芻させることによって、古典に書かれていることを理解させていくのだよ
9 :
考える名無しさん:2006/07/12(水) 14:52:22
イスラム関係の哲学書って悲しいほど邦訳ないよね
東洋哲学にも毒がある。
安易に飛びつくのは危険だ。
11 :
考える名無しさん:2006/07/14(金) 11:30:55
只、淫蕩なモノもあるって事さ
まぁ、ニーエイジとかヒッピー的もの
インドのコミューンとか
たまに、ドラック文化と誤解される
13 :
考える名無しさん:2006/07/15(土) 04:28:16
アランワッツって知ってる?
14 :
考える名無しさん:2006/07/17(月) 05:24:33
英語のウィキペディアにはのってるんだけど
晩年に東洋哲学の思想みたいなことを書いてる本を出してるんだが
とりあえず必読文献のリストでもつくってみよう。
俺がおもいつくのはこんなとこ、
・リグ・ヴェーダ
・ウパニシャッド
・ブッダの言葉
・倶舎論
・中論
・コーラン
・イスラーム哲学史:アンリ・コルバン
・ハディース
・イスラーム神学綱要:ガザーリー
・旧約聖書
・ユダヤ神秘主義:ショーレム
・ドイツ・ユダヤ精神史:山下 肇
・意識と本質:井筒俊彦
中国系は誰かよろしく。
東洋哲学はやっぱり中国だけ?
それと漢字が成立する前に別の文字があったの?
疑問は多い
17 :
中国系追加:2006/07/29(土) 22:05:43
・リグ・ヴェーダ
・ウパニシャッド
・ブッダの言葉
・倶舎論
・中論
・コーラン
・イスラーム哲学史:アンリ・コルバン
・ハディース
・イスラーム神学綱要:ガザーリー
・旧約聖書
・ユダヤ神秘主義:ショーレム
・ドイツ・ユダヤ精神史:山下 肇
・意識と本質:井筒俊彦
・論語
・孟子
18 :
おなかすいた:2006/07/29(土) 22:19:28
19 :
考える名無しさん:2006/07/31(月) 02:10:48
大学の東洋哲学の授業のレポートで
「自己について」ってのを書かなきゃならんのだけども
何かいて良いのかわかんなくて、助けてもらえないですかね?
ちなみに以下のキーワードを参照しろとのことです。
言語、文化、狂気、常識、自己同一性、苦、無常、無我、
大乗仏教、アニミズム。
先生曰く、適当でいいよとのこと。
にしだキタローが好きな先生です。
あまり授業に出てなかったけどとりあえず、五蘊のはなしとかしてました。
20 :
考える名無しさん:2006/07/31(月) 03:13:45
授業見てないから分からんw
キーワードの群れも単なる羅列にしか見えない
21 :
考える名無しさん:2006/07/31(月) 03:19:59
22 :
考える名無しさん:2006/07/31(月) 20:13:13
田中乙
>>19 それは般若心経を読んだ上で、
仏教の歴史を一通り網羅すれば書けるんじゃないかな。
と、思ったら結構前のレスだったorz
25 :
考える名無しさん:2006/09/07(木) 01:41:16
かわいい奴よ
26 :
考える名無しさん:2006/09/07(木) 02:12:25
俺が一度でも勉強したことがある東洋哲学は
易経と論語
それに哲学から少し離れるかも知れないが、般若信経くらいだな
それ以外は葉隠や新渡戸稲造の武士道などを読んでいるけど。
もっと勉強しないとわからんことが多すぎるよ。
27 :
考える名無しさん:2006/09/07(木) 13:52:27
>>26 論語と易経を読んで、そんなに分からない部分が多いのですか?
28 :
考える名無しさん:2006/09/07(木) 23:19:23
>>27 読めば読むほどわからなくなってくるよ。
文章が短い分だけ奥が深い
29 :
考える名無しさん:2006/09/08(金) 00:08:09
>>28 なるほど。その気持ち分かります。
何度も読んだのなら、具体的に分からない部分を教えてもらえれば
お答えできるかもしれません。
ところで、紀子さまに男子が生まれて、天皇陛下の好きな
論語の宥恕の一節が報道されました。
図書館で論語が借りられている模様。
30 :
考える名無しさん:2006/09/08(金) 01:18:41
>>29 いや、自分で読んで経験してわかっていくものだと思っているから
どうしても詰まった部分以外は人に尋ねないことにしているので
31 :
考える名無しさん:2006/09/08(金) 11:42:27
>>30 そういうことなら分かりました。
久々に素晴らしい受け答えを見ました。
32 :
考える名無しさん:2006/09/13(水) 05:11:07
一見とくにマニアック気味なイスラーム思想の本とかも地道に出版されてるのね。
歴史序説が岩波文庫に入ってたりして。
2001年3月
塩尻和子 『イスラームの倫理 アブドゥル・ジャッバール研究』 未来社
2005年2月
青柳かおる 『イスラームの世界観 ガザーリーとラーズィー』 明石書店
2005年12月
菊地達也 『イスマーイール派の神話と哲学 イスラーム少数派の思想史的研究』
岩波アカデミック叢書
33 :
考える名無しさん:2006/09/13(水) 12:46:41
東洋の哲学は解釈が難しい。
特に、書いた人がどのような社会的地位にあった時に誰を対象に書いたもの
かを含めた時代背景を掴むのが難しい(史書が残っていない)のと、
中国哲学には文章中に日本語でいう「てにをは」がない世界であり、
外国語訳への解釈が多様になる。だから、易経や道徳経でも、
解釈が千差万別。ただ、やはりこの世界、有名とか権威のある人の解釈が
スタンダードになっている事実はあるが、これが全て正しいかとなると
?もある。だから、他人の解釈は参考程度にできるが、
自分がどう解釈するかが決めてであって、
>>30氏の意見は、至極真っ当。
35 :
考える名無しさん:2006/10/01(日) 18:21:17
いまさら気づいたが、
岩波新書の樺山紘一『地中海』って本で、
イブン・ハルドゥーン、イブン・ルシュドおよびマイモニデスも
ネタにしてるね。
日本人が東洋哲学なんてやる意味あんの?
西洋の方がよほど現代の日本人の精神や文化
を形作ってると思うけど
>>36 少なくとも、お前には、東洋哲学をやる意味はないだろうね。
>>37 まあね。中国にもインドにも特に興味はないし。
まぁ、すっかり冷え切ったスレ。
東哲ってウェブでもかなりの文書が・・・。
東洋人で東洋に生まれ東洋に育ちながら、
東洋思想とはなんぞや問う。
まさに、お尋ねは愚です。
41 :
考える名無しさん:2006/12/19(火) 21:47:30
易経をちょっと勉強してみたいのだけどさ
どっか私塾のようなとこないかね。
42 :
考える名無しさん:2006/12/19(火) 21:54:42
オカルト板の占いスレに行った方が早いんじゃない。
43 :
考える名無しさん:2006/12/19(火) 22:35:42
>>42 易者になる気はない
あくまで自然哲学としての易経に興味があるのだ
>>43 中国にあるよ。
あと、アメリカにもあると思う。
45 :
42:2006/12/20(水) 14:43:56
>>43 そう来ると思ったが、それだったら独学で十分じゃない?
東洋ものはweb でもかなり読めるし、
人の話も、文書も、占的な部分だけ、
心理的にスルーして読めばどうでしょう。
オカルチックな部分をスルーして研究できなければ、
学者にはなれないとおもいました。
46 :
考える名無しさん:2007/02/11(日) 11:01:05
東洋思想の良い入門書はどういうものがあるでしょうか
マニアックじゃなくても構いません
基本的で分かりやすいものが知りたいのですが
>>45 webでいいところってどこあたりになります?
論語読め。
東洋哲学は論語の注釈史とも言えるのだから。
大体、哲学ってククリ方に問題があるんじゃなかろーか。
仏教哲学とインド哲学と論語と老子、その他諸々な東洋思想は各々、目的が違うし。
勿論、西洋哲学みたいに言葉に執着しないしさ。
哲学なんていうのが西洋の文化のホンの一部分かもしれないしね
>>49氏へ。
私は、西洋哲学は詳しくないので、教えて欲しいのだか、
ソフィスト以降は真美善って基督教的視点からの命題の分析しか無いのでは無いの?ポストモダニズムも其処から動いて無い様にしか見えなかったんだけど。
51 :
考える名無しさん:2007/03/10(土) 14:28:13
>>50 キリスト教の影響ってのが大きいのは同意する。
キリスト教的な真=善=美=超越(神)って考え方も
反キリスト教的なニーチェ辺りでも枠組みは大して変わってはいないと思う。
西洋だとphilo sophia 哲学=愛知って言う時の知の対象が真善美の「統一」であるのに対して
東洋のいいところは「個別性」を中心に考えることじゃないかと。
だから実存主義よりのショーペンハウエルとかハイデガーとかヤスパースも東洋思想を気にしてはいた。
『野生の思考』とか『オリエンタリズム』とかで西洋中心の考え方の打破、
ってことはポストモダンとかカルスタでも考えてはいるんだろうけどね。
でもそういう考え方も結局より大きい構図に東洋と西洋をまとめこんで
なんか別の物に統一しようとするのかもしれない。
井筒俊彦なんかもやってることはすごいと思うし評価も出来るけど
「東洋思想の共時的構造化」ってのがもう「西洋哲学」であって「東洋思想」
ではないんじゃない、とは思える。
孔子みたいに生徒に対して対応、思想を変えることが出来る先生は
西洋思想には出てこなかったんじゃないかと思う。
>>51 儒家の方ですか。
私は個人的に仏家に帰依する者です。
個別性との事ですが、孔子は尭舜の治世を理想とし、顔回だかを法嗣としたかったハズですが。
又、西洋哲学は真理(=真美善)の言語記述を目的とし、
東洋哲学は、飽くまで「道」の案内に過ぎないって思います。
53 :
承狂 ◆nR84EH8w52 :2007/03/16(金) 21:43:02
なんだ、
このスレには陽明や老子や中観を知ってるヤツは居ないのか。
東洋哲学の要なのに。
>>53 俺の経験では、哲学版の方が分かってるヤツ少ない。
陽明は少数派だし、中観って中庸のこと?
あと老子読んでるのは、精神科に通院しているのばっかだよ。
55 :
承狂 ◆nR84EH8w52 :2007/03/16(金) 22:28:07
>>54 わはははは!
あんまり笑わせんなよ。
中観も知らんヤツが老子とか言うな〜。
>>55 いやいや、中観も老子も知らんが、
老子読んでいるのは、精神科通院してるのが
多いってことだけは知ってるんだよ。
57 :
承狂 ◆nR84EH8w52 :2007/03/17(土) 05:26:12
んなら、俺もそのウチ行く事になる訳だな。
わはははは!
>>57 その逆で、精神を病んだ人が老子を読んで
少し回復したということが多い。
かく言う、私は論語を読んで回復した口。
あなたの精神は大丈夫でしょう。
あなたよりレヴェルが上の人は少なそうですが、
上には上がいるので頑張ってどんどん
悟っちゃってください。
59 :
承狂 ◆nR84EH8w52 :2007/03/17(土) 09:08:29
>>58 はい?
私はドチラかと言えばクズですから、
仮に精神にレベルがあったとして、私より上なヤツは幾らでもいるでしょう。
まだまだ青いな、坊主。
>>59 ちなみに、「あなたよりレヴェルが上の人は少なそう」
という言葉は、見え見えな社交辞令だよ( ^ω^)
61 :
承狂 ◆nR84EH8w52 :2007/03/17(土) 19:22:59
オウウッッ!
ヤられた〜!(>_<)
イスラム哲学は西洋哲学じゃないか?
63 :
承狂 ◆nR84EH8w52 :2007/03/20(火) 13:47:27
イスラム哲学って知らないんだけど、
スーフィズムとか、グノーシスとかじゃないよね?
どんなん?
64 :
Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2007/03/21(水) 17:28:05
65 :
Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2007/03/21(水) 18:05:06
イスラム哲学はアリストテレスからの影響が、だいぶ濃いみたいだね。
これが神秘思想となると、西洋、東洋、イスラムなんて区分が、
薄ボンヤリしてくるから不思議だ。
私は、東洋西洋じゃなくて「顕教」「密教」という区分の方がいいと思う。
いわゆる西洋哲学なんてのは、いたってローカルな顕教であってね。
66 :
承狂 ◆nR84EH8w52 :2007/03/22(木) 01:35:56
ミスターハンニバルは、教えと論と術式の区別が出来ないの?
揚げ足取りというか、重箱の隅をつくというか、そういう議論はくだらないな。
68 :
Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2007/03/23(金) 00:16:51
70 :
Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2007/03/23(金) 00:33:46
泣かないと思うな、神秘主義者は。
泣いたり怒ったりするのは顕教の側の奴じゃないか?
71 :
考える名無しさん:2007/03/23(金) 00:37:56
>>70 神秘主義者とか、密教とか、荒唐無稽な話だな・・
誰のことを言ってるのやら・・
イブヌ・ル・アラビーか?
だったら井筒俊彦が泣くかも・・、いや笑うかも・・
72 :
Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2007/03/23(金) 00:45:18
イスラムについてはもっと詳しい人がいるだろうし、
わかりやすいところで西洋での例を挙げるならば、だ、
プラトンの一部、グノーシス、マイスター・エックハルト、
シュタイナー辺りが西洋の「密教」だ。
カトリックのごくごく一部は密教だけれども、
プロテスタントは100%顕教だね。
73 :
考える名無しさん:2007/03/23(金) 00:58:24
>>72 西洋思想に、仏教の密教・顕教を当てはめてまで
分けることに、どんな意味があるのかな?
分かりやすくするために分けるのは勝手だが、
そういう区分に囚われたら、まずだめだな・・
74 :
Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2007/03/23(金) 01:13:00
理由は
>これが神秘思想となると、西洋、東洋、イスラムなんて区分が、
>薄ボンヤリしてくるから不思議だ。
だが、なんか面倒臭いので、やめろというならやめる。
>>74 そんな事言わないで、
是非、神秘思想を詳しく説明して下さい。
真言密教と仙道とスーフィズムに一体どんな共通概念が?
イスラムの修道士。
しらす、すじこ、こはだ、ダマレコノバカ。
わかっていることは、いずれの神秘思想も
不 毛 である、ということだ。
78 :
承狂 ◆nR84EH8w52 :2007/03/24(土) 02:37:52
>>77さんは、科学至上主義者なの?
大統一理論が上がるまでは、分からない事は分からない事なんだが。
気もヤラセだと思ってるクチでしょ。
なら、東洋哲学の理解は無理ですよ。
80 :
承狂 ◆nR84EH8w52 :2007/03/24(土) 23:59:34
81 :
Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2007/03/25(日) 01:51:53
>>80 そう?
>>77 瞑想やら何やら、散々やったうえで言ってるんなら、
まあ、その通りなんだろうねえ。
82 :
承狂 ◆nR84EH8w52 :2007/03/25(日) 02:16:19
83 :
考える名無しさん:2007/03/25(日) 07:14:16
東洋思想は消極的、内省的、現実否定、隠遁
西洋思想は積極的、外交的、現実的、活発
西洋人的視点から見れば東洋思想は遅れて見える。東洋人的視点から見れば西洋思想はバカに見える。
84 :
Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2007/03/25(日) 18:40:59
ほんじゃ、ちょっとだけね。
>>73 むしろ、西洋思想なんてローカルでマイナーなものを、
よりグローバルな観点から区分するのに、
なんの支障があるんだろう? とお聞きしたい。
>>75 自己意識の消滅、絶対者との合一。
このあたりが神秘思想にみられる共通点だけど、
なんだか書いてて、我ながらつまらないぞ。
常識の範囲内の話じゃないか?
85 :
承狂 ◆nR84EH8w52 :2007/03/25(日) 21:10:36
>>84 何だよ、ツマンナイよ、ガックリだよ、ションボリだよ。
三密と周天の面白い見解とか期待したのに…
86 :
Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2007/03/25(日) 21:55:48
共通点としては、必要かつ十分だと思うが?
87 :
承狂 ◆nR84EH8w52 :2007/03/25(日) 22:39:32
自己意識の消滅、絶対者との合一なんて、顕教も唱ってるんだがな。
神秘主義ってヤツは秘儀だから、未体験者に語る資格はねぇんだけど。
各々の宗教の世界観の補完の為の技術だから、ゴチャマゼにしたらカルト並の低レベルな話にしかならないんじゃない?
88 :
考える名無しさん:2007/03/31(土) 16:10:40
朱子学やら陽明学の入門書で、何かよい本がありましたら、教えて下さい。
岩波新書の島田虔次のは持っています。
89 :
Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2007/04/01(日) 13:41:03
>>89 横レスだが。
王陽明も論語の注釈書を書いたみたいだけど、
現存してないの?
91 :
考える名無しさん:2007/04/01(日) 14:26:51
民族には向き・不向きがある。
WASP・アシュケナジーのような支配民族は
何が問題なのか、何を考えるべきかを決めたり、
さらに応用の効く前提を探り出すといった思考の上流過程に優れる。
これに対し、朝鮮人・日本人のような被支配民族は
与えられた前提をもとに黙々とそれを組み立てたり
細部を詰める作業、すなわち思考の下流過程に優れる。
朝鮮人・日本人が「いい国作ろう、鎌倉幕府」とか
そういう形になった単純知識を受け売りしてるだけの
高校時代までは世界の中でもトップクラスの学力だけど、
思考の補助輪が外され主体的な研究が求められる
大学さらには大学院ともなると欧米にまったく
太刀打ちできなくなるのは、このような民族性による。
また、工員の作業効率や飲食・小売業の接客態度など
末端ルーチンワーカーの領域でこそ
世界は朝鮮や日本に学ぼうという眼差しを向けるが、
ホワイトカラー・経営者の労働生産性となると後進国以下となり
世界から嘲笑されているのもやはり民族性に起因する。
>>91 白人至上主義の優生学信者
キターーーー´д`ーーーー
ナチだナチだ、ハゲだハゲだ♪
93 :
考える名無しさん:2007/04/01(日) 21:20:09
>>89 試験勉強に使うから、教科書的なものが欲しかったんです。
伝習録読んでる場合じゃないんですが、いつか読みます。
詳しくありがとう!
94 :
考える名無しさん:2007/04/01(日) 22:20:12
イラクの泥沼にはまった白人奴隷ども
伝習録読まずに陽明学の試験に解答するとは、
モテないメンズが恋愛について語るようなものだな。
>>95 そう?
日本の陽明学は原典とかなり違うって聞いてるけど?
98 :
考える名無しさん:2007/04/02(月) 00:30:52
>>97-98 出版社忘れたけど、紅白のカバーの伝習録に、
維新の原動力となった日本の陽明学派は、天との合一とか宇宙との一体感をとか、書いてあったハズ。
違うのか?
100 :
考える名無しさん:2007/04/02(月) 00:53:09
>>100 すまん、忘れた。
虚覚えだが、本家は天の理は人にも備わっているからって文脈じゃなかったかな?
ヒョッとして貴方は儒家の方ですか?
俺は仏家だから、攻守替わろうか?
>>99 東洋哲学をやるのであれば
せめて新釈漢文大系くらいは買っておけ。高いけど。
本格的に研究するのならまた別の話。
>>101 俺は儒家じゃなくて荘子信者だからw
伝習録そのものを読んでみたらどうでしょう?
>>103 伝習録は一応読みました。
意外に深いからビビったよ。
荘子ですか。
その信は純粋に哲学として?
それとも道教徒として?
…哲学としてだよね、やっぱ。
道教の方なら、教えを乞うんだけど。
>>104 道教は別物ですからな。
原始仏教と今の葬式仏教以上の違いがあるでしょうw
それはそうと、伝習録を読んだのであれば、
日本の陽明学思想でも読んだらどうでしょう?
大塩中斎とか。
ん〜、
俺は、思想的には仏教中観派オンリーです。
陽明学は、海舟を調べた次いでに読んだだけですから。
それに俺はドチラかと言えば、オカルティストですし。
儒家やタオイズムは、ちょっとね。
深いってのは、思想的ではなくて、肚とか覚悟とかって意味です。
107 :
95:2007/04/02(月) 08:14:36
まあ、俺も高校まで、小説読まずに教科書の小説問題に解答してたので、
試験対策としての勉強として割り切っても構わない。
大学の教授でも、論語や伝習録の真髄を読めているかと言えば疑問が残るし。
くだらない2時間ドラマ見る暇があれば、
試験後に伝習録を2時間で軽く読むといいよ。
試験対策用の勉強は、学問ではないからね。
・西洋哲学は視野が狭く、短期的で、詳細明快。
・東洋哲学は、視野が広く、長期的で、粗雑曖昧。
・西洋は世界を直線で、東洋は世界を円として見る。
・西洋では、世界は神によって創られ、神によって滅ぼされる。
東洋では、世界は無限循環しており、廻り廻って世界は元に戻る。
109 :
考える名無しさん:2007/05/17(木) 20:04:00 0
age
>>108 最初にイメージを作らない方がいい。
東洋の支那大陸の春秋・戦国時代でさえ
儒家・墨家・道家ほか色々あった。
論理を操るもの・歴史を重んじるもの・相対的観念を否定するものなど。
儒家なんて直線的だと思うよ?
西洋だってニーチェは永劫回帰だぞ?
古代ギリシャは視野が狭く短期的?
もうちょっとよく考えてみて。
しかし、東洋医学系の医者って西洋医学がっちり習ったあとに
当人にとっては迷信的な体系を勉強するんかな。
112 :
考える名無しさん:2007/08/13(月) 22:41:59 0
イスラーム哲学も東洋哲学の一種だと思いますが、イスラム教の神の特徴を
一言で表現するとどんな言葉になるんですかね?
キリスト教の神は愛の神と言われていますが、イスラムの神は何なのだろう。
イスラーム哲学や神学では、どう捉えられていたのでしょう。
113 :
考える名無しさん:2007/08/14(火) 04:55:25 0
>>112 イスラム教はキリスト教に近い。
あなたが東洋的だと感じたのははスーフィズムだと思うが、
キリスト教でもそういう神秘主義的傾向の考えはある。
そもそも一神教は東洋的だとは思わん。
西洋の思想の特徴が科学的思考だとすると、一神教はむしろそれに対立す
側面があるので、東洋的と言ってもいいのでは?
一神教の神の把握は、科学的思考の分析を拒む側面がある。
人格的な神との出会いというのは、科学的に分析できないものだと思う。
また、三つの一神教はすべて非ヨーヨッパ系のセム族起源でもある。
>>115 訂正
非ヨーヨッパ系 ×
↓
非ヨーロッパ系 ○
>>115 そりゃあ一神教はセム起源だが、
現にヨーロッパはローマの後半にはキリスト教一色になっているわけだし、
ムハンマドはイスラム教によってジャーヒリーヤの時代から秩序立てた世界にしたのだろう。
さらに言うと中世はヨーロッパ(暗黒時代)よりも
イスラム世界が一番科学が発達していた。
そもそも東洋で一神教はないんじゃないか?
>>112 一番の違いはグノーシスをとりこんだことかな。
>>118 それはイスラム教の宗教的な寛容性を示してるんでしょうか?
キリスト教の正統派から排除されたグノーシスを取り込んでしまうというのは。
121 :
考える名無しさん:2007/08/22(水) 01:54:18 O
東洋っていう括りを使うから面倒なことになるんじゃないの。
東アジア哲学、インド哲学、イスラム哲学に全てに共通して、西洋にないものってある?
こんな無理矢理作った「東洋」なんて概念は捨ててしまえ。
122 :
考える名無しさん:2007/08/23(木) 00:37:02 0
東西てのは
イランあたりが微妙なところだな。
んん、だからニーチェはツアラトゥストゥラだったのか。
ヘレニズムも関係あるのか?
>>122 東西なんて勝手に作った概念なんだから、
そんな馬鹿なことで悩むな。
まあ、東西交流を考えるんなら
『中国思想のフランス西漸』なんか読むと面白いかも。
>>121 「東洋」っていう概念が実在するものじゃなくて西洋(ヨーロッパ)が成立するために作り出した概念だって
昔誰かが言ってた
荘子って難しいな。万物斉同なんて言えるようになってみたい。修業が足りん(笑)
126 :
考える名無しさん:2007/10/05(金) 14:55:20 O
井筒以外でスーフィズムについてのいい本ある?
127 :
考える名無しさん:2007/10/11(木) 15:22:53 0
ショーペンハウアーとかボーア・シュレーディンガー・ハイゼンベルクなども
東洋思想だよな?
128 :
考える名無しさん:2007/11/02(金) 00:56:30 0
>>126 イスラムの神秘主義―スーフィズム入門 (平凡社ライブラリー)
レナルド・A. ニコルソン (著), 中村 広治郎 (翻訳)
というのがある。
ガザーリーの神学綱要欲しいが、原典集成を買うのは少しつらい。
平凡社はライブラリーで出すべきだ。
130 :
考える名無しさん:2007/11/04(日) 15:36:25 0
そうだ
131 :
考える名無しさん:2007/11/20(火) 20:28:30 0
東洋哲学は宗教性と不可分に結びついてるから
神学と分割されて一学問として独立している西洋哲学と
対等に比較するのは難しいし、そもそも間違ってると思う。
イエスとカントの間に思想立場的な断絶はあっても(聖書≠純理)、
釈迦と道元の間にそれほどの断絶は見られない(原始仏典≒正法眼蔵)。
(釈迦や孔子にイエスとプラトンの間にあるような差異は存在しない)
どうしても東洋哲学を、西洋的な意味での“哲学”として評価したいなら
宗教的な文脈上における西洋哲学の存在性も濃密に理解しておく必要がある。
ユダヤ人としてのベルグソン、ドイツ人としてのハイデッガー、
フランス人としてのサルトル、それぞれにそれぞれの民族や国家を背負った
宗教的なバックボーンがあって、自ずと哲学研究の姿勢にもその影響が
現れている、本来は本人たちも意識していないであろうそれらの宗教的な
スタンスも包含した、西洋哲学に対するある意味変則的な理解も含めて
初めて東洋哲学への対等な理解も果たせるのではないだろうか。
132 :
考える名無しさん:2007/11/20(火) 20:35:09 0
宗教というのは明確に文章化できるというものでもないから
難しいのではないだろうか…。
あと、東洋世界において科学が革命と呼べるほど
誕生しなかった?というのも評価されにくい一因かもしれない。
東洋哲学は単なる格言集でもないだろうし。
禅を勉強すれば分かる。
「真理は黙して語らず、それこそが真理なり」
東洋人が哲学に関して言いたいことの全てはこれなんだよ。
そこをわざわざ「超越者」とか持ち出して無理矢理に
語り倒してるのが西洋哲学。比較になるわけがない。
>>132 哲学と科学を同時に大成した哲学者って、意外と少ない。
デカルト、パスカル、ライプニッツ、ラッセルぐらい・・・って、十分な人数かw
科学は科学、哲学は哲学として個別に評価されるべきだと思うんだが。
136 :
考える名無しさん:2007/11/23(金) 18:27:35 0
>>134 アルベルトゥス、パラケルスス、ベーコン、プリーストリー
ニュートン、ガリレオ、カント、ダランベール、ゲーテ、パース・・・
それ以前に科学って何だ?
137 :
考える名無しさん:2007/11/23(金) 18:32:55 0
科学が何かというのも難しいけど
せめて、東洋史主体の科学史があればなぁ、と思う。
古代ギリシアの自然哲学→ルネサンス→ニュートン→…以下続く
この間にせいぜい、イスラムがでてくるくらいじゃない?
科学が西洋思想の発明品という印象が強くて、なんだかんだで
138 :
考える名無しさん:2007/11/23(金) 18:33:25 0
今の時代は哲学よりも科学の影響が強いから、
139 :
考える名無しさん:2007/11/23(金) 18:37:11 0
書き込みミスしまくってすみません。スルーしてくださいorz
科学を「理論科学」と「科学技術」に分けて考えてみれば
東洋と西洋でそこまで大きな差があるとは思わなくなると思う。
確かに理論科学では東洋は西洋に圧倒的な差を付けられているが
科学技術に関しては太古の中国から今の日本に至るまで
相当大きな貢献をしてきたことがわかる。
詳しくは森谷正規の本でも読んでみるといい。
141 :
考える名無しさん:2008/01/01(火) 21:08:12 O
東洋哲学は抽象化せず生活と密着してるからな
そういうのは得意とするよな
抽象化しない代わりに、具体化に秀でてるんだな。
西洋哲学は思索を拡張する。
東洋哲学は思索を凝縮する。
マ○コとチ○コの差みたいなもん。
上手く合わさんないから苦労するんだ
易に倣え。自主性を捨てよ。あるいは自主的になれ。
全ての価値を平坦視せよ。その上で己の価値を持て。あるいは持つな。
天地万物の流れに従え。あるいは天地万物の流れを作れ。
どこまでも臨機応変な人間であれ。あるいは女であれ。
145 :
考える名無しさん:2008/02/02(土) 12:21:03 0
観自在菩薩が般若波羅蜜多(空の智慧)を行じている時
五蘊(色・受・想・行・識のことで物質・肉体や感受作用・想念・意思・認識)は皆空であると悟れば、一切の苦厄から救われると照見した。
舎利弗よ、色(物質や肉体)は空(固定した性質がなく実体のないもの)に異ならず、空は色に異ならず、色は即、空であり、空は即、色である。
受・想・行・識(感受作用・想念・意思・認識)もまたまたこのようである。舎利弗よ、このように諸法の相は空であり
生ずることもなく、滅することもなく、汚れとか、浄らかとかの二見はなく、増えるとか減るとかの二見もなく、この故に、空の中に住すれば、
色もなく、受・相・行・識もなく六根(眼耳鼻舌身意)もなく、
六境(感覚作用の対象)もなく、六識(眼耳鼻舌身意によりに作りだされる認識)もなく、
無明もなく、また無明が尽きることもなく、もしくは老死もなく、
また、老死の尽きることもなく、苦集滅道の四諦もない。智慧ということも智慧を得るということもない。
何故なら、所得ということもないからである。菩薩は般若波羅蜜多の故に、
心にとどこおりがなく、とどこおりがない故に、恐怖がなく
一切の転倒した妄想を遠ざかり離れ、涅槃を究める。三世の諸仏は、
般若波羅蜜多の故に、さとりを得ている。
故に、般若波羅蜜多は、大神呪であり、大明呪であり、
無上呪である。無等等呪であり、一切の苦を除くことができるものであることを知る。
それは真実であり、虚ではない。故に般若波羅蜜多の呪文を説くのであるが、今、ここに説けば、呪文にいわく、
「羯諦羯諦。波羅羯諦。波羅僧羯諦。菩提薩婆訶。般若心経。菩提薩婆訶。」
146 :
考える名無しさん:2008/02/02(土) 12:52:39 0
つまり最後は呪文を唱えましょうという素敵な仏教
最後は神に屈しましょうという素敵なキリスト教
神でも仏でもく、自然に従いましょう。私たちも自然の一部ですから。
149 :
考える名無しさん:2008/02/02(土) 14:09:42 0
そういわれるとそうですね。
なら神も仏も自然に含めて全部肯定です。
>>150 意地悪するわけじゃないが、そう考えていくと殺人鬼も自然の一部になるけどどうする?
ねぇ。実際、万物斉同の世界観だと秩序なくなるから
儒教とか国家に冗談じゃないって迫害されるんですよね。
だから、危険思想って事でどうでしょう。
儒教も危険思想も殺人鬼も自然のうちにあるとするしかない・・・・ってか、この三つは現実に存在するっ!!
ありのままを受け止めて観るのが良いかもですね。
万物斉同の汎神論的世界観の下でそれを超克した唯一神を信じるのがイスラム教なわけだが
そこまでいかずに「信じるものだけが救われる」と思い込んでるのがキリスト教であり
両者の種を蒔いた実は神なんて全く信じる気などないのがユダヤ教で
実はこれらの三つの宗教の影響下にある西洋のほうが
儒教や仏教に帰依してきた東洋よりも
よっぽど野蛮だという事実
西洋哲学者にとって、キリスト教ってやっぱりネックだよね?
テーマ
@儒教と音楽〜歌舞演劇の礼楽政治における重要性
A禅と言語〜白隠禅師は多弁か?
B禅と陽明学〜結婚式当日に出家してしまった陽明先生、静座しろ。
C占術と中国哲学〜断易・四柱推命・奇門遁甲の背景
D仏教論理学〜何故中国は逃げたのか?
E武士道〜山岡鉄舟vs新渡戸稲造
F清言〜『采根譚』『酔古堂剣掃』『寒松堂庸言』の哲学的背景
G儒医〜江戸期における医術と漢籍の関係
H荘子の世界〜万物斉同・逍遥遊の境地にどうやって至るんじゃ
I密教と三昧〜月輪観はどこまで有効か?一体になれた人いますか?
詳しい人、誰か語ってくれない?ちなみに私は孟子が基本。
>>157 これで印哲が入れば完璧。
その代わり、二度と戻ってこれなくなるが。
@〜Iは私の興味のある70個のテーマの中の10。全部やるには半世紀ぐらいかかるなあ。
追加
J京都学派〜何故親鸞と道元しか扱わないのか?
K渋沢栄一〜儒商の論語観
L熊沢蕃山〜国学との関係
M六師外道〜本当に劣っているのか
N葛氏道〜実践した人いますか?
Oシュタイナー〜東洋哲学にはいるかな
Pクリシュナムルティ〜どの辺りが独創的か?
Q一行〜科学的業績は世界的に見てどうか
Rチベット仏教〜何故中国はインドに敗れたか
S墨家〜どうして滅びたのか
どうぞ、語ってください。
あとの50を全て羅列すること。
一つ一つの詳細をちゃんと述べること。
そしたら三分で解説してやる。
一時間結跏趺坐して何とも思わないんなら、東洋哲学やめなさい。それがすべて。
仏教派は強気だなぁ
派があると思ってやってきた人は強情だなぁ
残りは東洋とは離れたものと専門的すぎるものなのでこのくらいで。
私もまだまだ修行中の身。卒論どないしよう・・・。
逃げたな。
いきなり議題二十を箇条書きして語れと言われても困るなw
提案者が話しの方向性や自分自身の議題に対する考えをレスしないと会話しにくいよ。
ここはレポートとちがって会話するのが主だからさ。
てゆ〜か卒論のネタ集めかよ
卒論なんて、東洋哲学と毒入りギョーザの関係についてでも書いときゃいいんだよ。
やってみようかな。中国には公の道徳がないということをどうやってギョーザに
結びつけるかが問題だな。しかしどう考えても分野がちがう・・・。
今から卒論準備で間に合うのか?w
まず「公」って何だよ?「公」って中国語だぞ。
今の中国は共産党だぞ。古典時代の中国哲学は、体制批判のものも多いぞ。
現代中国での餃子問題と、古典哲学とを結びつけるのは難しいんじゃねーか。
171 :
考える名無しさん:2008/02/24(日) 00:29:20 0
日本の源氏物語と日本企業の隠ぺい体質を結び付けることなら少しはできそうだがな。
哲学となると確かに難しいな。
172 :
考える名無しさん:2008/02/24(日) 00:33:53 O
仏教だって同じだ。人間恐怖心には勝てん
173 :
考える名無しさん:2008/02/24(日) 00:41:57 O
中国と言えば清浄。日本と言えば清和。中国餃子といえば小麦と豚肉。つまり清浄だ。清浄といえば青空、青空といえば日本。青空と日本といえば仏教。日本といえば忍ぶ恋。忍ぶ恋といえば清和源氏。清和源氏といえば桓武平家。桓武平家といえば忍ぶ恋だ
174 :
考える名無しさん:2008/02/24(日) 19:37:57 0
172〜173
意味不明
175 :
考える名無しさん:2008/02/24(日) 20:12:06 0
中国仏教が劣るのは、仏典が全て漢訳されなかったからです。
南伝仏教やチベット仏教には、漢訳されていない仏典がたくさんあります。
恐怖心などない
易経にハマって、筮竹に算木まで買ってしまった俺が来ましたよっと♪
なんだここ全然盛り上がってないのな・・・・
易経は2冊持ってる。訳者により解釈が違ってたりして面白いぜ。
老子もハマった。これは俺にとって聖典、人生で出合った最高の本だ。
論語、孟子、荀子、韓非子、荘子などは一応目を通した。
心に響くような箇所は、それぞれにあったが、手元に置いときたいほどでは無かった。
易経は俺はハマったが、誰もが面白いと思えるとは、とても思えん。
老子の原文は説明過少で、解釈無限に出来る。好みが分かれると思う。
論語は実に説教臭いのだが、なんつーか「マジメに生きる」とは何か考えさせられるぞ。
孟子は勢いがある。華麗な弁論家なのだな。実に鮮やかに「善とは何か」を追求してる。
荀子はクールだ。「現実問題これがベストだ」とバッサバッサと物事を斬る。俺は好きだが・・・
韓非子は法と統治について細かく細かく・・・これはもう哲学書じゃ無い、政治論だべ。
荘子はちょっとね・・・稀有壮大なのは良いが冗長なきらいがあるんだよな・・・
まああれだオマイら、論語と孟子くらいは一生に一度は読んどけよ。
日本人なら知らないうちに影響を受けてたんだってことを認識するだろからな。
朱子と王陽明については、なんどか読もうとはしたんだけどさ。
どーも古典に比べれば瑣末な各論追求って感じして、入り込めなかったのよ。
やっぱ易経は良いよおおおおお
孔子
「君子は怪力乱神を語らず」
荀子
「彗星が出ただの、バケモノが出ただの、それらに吉凶の意味など何も無い。
君主がしっかり政治してれば吉になり、国が乱れていれば凶になる、それだけだ。」
仏教は宗教だべ。哲学では無いだろ。
「東洋哲学」は宗教とは、明確に一線を画するものだと思うがねえ。
神道論(国家神道含む)は東洋哲学の範疇でしょうか?
>>175 中国仏教が劣るとの根拠は?
漢訳大蔵経だけでも相当な量になるが。
がんばれ仏教
インド哲学を学ぶとすればどこの大学がいい?
デリー大学
185 :
考える名無しさん:2008/04/12(土) 16:41:57 0
主要国立大にはたいてい設置されているよ。やっぱり東大印哲だろう。
東京大学出版会から中国思想史が出たね。
薄くて少々不満。
中国には個人間の道徳があっても「公(おおやけ)」の道徳が無いというが、どう思う?
189 :
考える名無しさん:2008/06/23(月) 01:15:23 0
神仏習合って日本に特殊なものなのかな。インドや中国はどうだったんだろ。
古い寺に行くと今でも小さな社があったりするよな。
>>189 新しい宗教に前の信仰形態に取り込まれることはよくあるよ
ローマでのキリスト教受容もそういうもんだし
>>190 日本の神仏習合は古い信仰形態が取り込まれたというより
仏教と神道がそのまま並存しているから
キリスト教の場合とは違うんじゃないの?
192 :
190:2008/06/24(火) 02:25:05 0
>>191 神道の方法が確立して本殿が建築されたのは仏教伝来後だから、変化はあるよ。
たしかにちょっと変化の仕方は違うけど
仏教のハードの形になった神道(ソフト)というか。
ヒンドゥー教は、ブッダが神の一人として取り込まれてる、とかそっちの方が日本と近い?
193 :
考える名無しさん:2008/06/24(火) 10:01:05 0
ヒンドゥー教だとブッダは邪神。
ヴェーダに背く外道の教えを広めたから。
でも一応、神にされている。
194 :
考える名無しさん:2008/06/24(火) 13:24:24 0
>>157 さん
@のテーマに興味があるよ
この視点で考えていた人がいたとは驚いた
たとえばどんなアプローチで臨むつもりなのですか
神仏習合は、本格的に体系的な密教が入る前から行われていたみたいだね
チベットあたりはどうなのかな
全てが全てそうなわけじゃないが、
東洋哲学や東洋宗教には“捨離”を重視する側面がある。
「〜広学博覧はかなふべからざる事なり。
一向に思ひ切ツて、留まるべし(正法眼蔵随聞記二・三)」
小中高大院その他の現代的な教育学究制度自体が
肯定こそすれ、否定することのない博覧強記そのものを
完全否定する所から始まる哲学や宗教もある。
超脱を大前提とする領域を世俗から計り知ろうとする大愚。
素直に聞き従う以外余地のないことにも一向に気付かずに。
197 :
考える名無しさん:2008/07/05(土) 18:42:41 0
>>197 いいものをありがとうw
メチャワロタwww
最後の審判=易姓革命
(天皇家には姓がない)
ないものはかわらない。
あるものだけがかわる。
かわるものもあればかわらないものもあるのではなく
あるものはすべてかわりないものだけがかわらない。
かわるものはすべてかわり
かわらないものはすべてかわらない。
あるものはなくなりないものははじめからない。
なにもかわらないないものだけがあるところへ。