【私】を記述してください。【私の存在性】

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952考える名無しさん:2007/04/30(月) 02:08:46
ホッブスだ。
953考える名無しさん:2007/04/30(月) 02:16:53
さっきからどういうつもりだ?
荒らすなよ最高位
954考える名無しさん:2007/04/30(月) 02:29:33
>>945
確かに、テクノロジーの話になると哲学ではないですが
人間の快不快・欲求・悩みの根源的な事、つまり「意識・私」
について解明が進めば、電気の解明で今のテクノロジーになったと同様に
何かテクノロジーにならないかという考えです。

仮に、意識を物質(脳)に依存せず
人間が自由に変化させることが出来ればダイレクトに感覚を感じられることなので
あらゆる苦痛は遮断し、好きなときに好きな快楽を味わう事が可能とか
そういうテクノロジーに応用できないか?という考えです。
955考える名無しさん:2007/04/30(月) 02:48:21
そういう話ではなく、最高位先生はデカルトのコギトの話に流れを
持って行きたいそうです。先生はデカルトを読んだことが無いのですが。
956考える名無しさん:2007/04/30(月) 03:23:54
「私が疑っている」という命題に初めから「私」が含まれていることに、ホッ
ブスは不満顔なのだよ。「私」の存在は論証すべき内容なのであるから、前も
って前提してはならないというわけです。方法的懐疑を掲げながら、実際は独
断論でしかないじゃないかと。
「私が疑っている」ということが事実だとしたら、どのようにしてそのような
思惟活動が行われているのかを明らかにしなければならない、と彼は考えたの
でしょうな。つまり「私がする思考」のメカニズムを解明することで示すべき
だという立場ですな。
 
957哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/04/30(月) 06:48:56
>>954
私は『存在性』という、究極的な根源の話をしているんだよ
そろそろ「自我」と「自我意識」の違いぐらい理解してもらえないか?

>>955
大事な部分で、ちょっと違うんだけど
いまだに理解できませんか?

>>956
>「私が疑っている」という命題に初めから「私」が含まれていることに、ホッ
>ブスは不満顔なのだよ。

不満顔 をしている本人がいるだろ って話な

>つまり「私がする思考」のメカニズムを解明することで示すべき
>だという立場ですな。

「私がする思考」
と、すでに自身が『私』を前提にしている事に気づかなければいけないなwww

「思考」の前に、必ず「私が」という『存在性』を無視する事はできないんだよ
すなわち
「思考」の本質を突き詰め、この構造を根本的に解明しようとすれば
本当は『私という存在性』に突き当たらなければならない

問題点は
『精神性の根源』と『物理現象』という根源的問題を
『精神活動』と『物理現象』という表面的な問題意識 として勘違いしてしまっている
という事だよ
958考える名無しさん:2007/04/30(月) 10:01:58
>>957
最高位が言っても説得力が全くない。
だって、最高位は物理現象が何かを知らないから。
959考える名無しさん:2007/04/30(月) 10:17:42
お宅らの議論は
仏教から言えば二項対立の言語論理の世界=世俗諦の限界にしか過ぎず、
当然の事態だ。んなことは、インドのナーガールジュナが中論で解決済み。
二元、分別、戯論から離れた「中道」なるが故である。

「不滅にして不生、不断にして不常、不一義にして不異義、不来にして不去、
 戯論寂滅にして吉祥なる縁起を説きたまいし、正覚者にして説法者中の最上者に、私は敬礼する。」(1)
「縁起しているもの、それを、われわれは空性と説く。それ(空性)はまた相対的に仮説されたものであり、
 その同じものが中道である。」(2)
「この縁起を見る人は、苦(諦)と集(諦)と滅(諦)と道(諦)とを見る。」(3)

いまごろ言語(論理)批判て、1800年遅れているYO!
 
 去るものは去らず   来るものは来ず
 滅するものは滅せず  生ずるものは生ぜず
 死するものは死せず  産れるものは産れず 

960考える名無しさん:2007/04/30(月) 12:03:40
日本語には三項対立もございます。
961花魁:2007/04/30(月) 12:11:16
>>956
>「私」の存在は論証すべき内容なのであるから、
>前もって前提してはならないというわけです。

この点に関していえば、>>957の最高位氏と同様に、
おかしいことを言っていると感じる。

「私」についての議論が出てきたのは、
世界を記述する上での絶対前提とはなんであるかという
探索の結果として導かれたのだから、論証の対象じゃない。

ただ、「私」に関わる議論をする上でのよく発生する問題点は、
「私」についての記述が、世界に生じる現象についての記述じゃない、
ってことが、十分理解されてないとこなんだな。
962哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/04/30(月) 12:19:53
今回は
なんぼなんでも、アホでも理解できる説明ができてるよな

これでも理解できないとするならば、もはや基地外だよな
963考える名無しさん:2007/04/30(月) 12:25:44
で1800年間君は何してたの?
964考える名無しさん:2007/04/30(月) 12:27:42
まさかそれを知って止まっていたとか?
さぞ進んでいよう。さぁ開陳したまえ。
965考える名無しさん:2007/04/30(月) 12:29:07
仏教はいいけど仏教徒はうざいな。
知的誠実さの欠片もない。
966考える名無しさん:2007/04/30(月) 12:38:31
大体論を唱えるものはそんなもんだ。
自分に自信がないんだろ。
967考える名無しさん:2007/04/30(月) 13:03:08
まったく新しいものを、
現在の知識で判断する
こと、いとおかし。
968考える名無しさん:2007/04/30(月) 18:12:45
二項対立の普段の分別知(ものを分ける事によって成り立つ知)で自分を見ても、
それは自分を世界の中に対象として分けて切りだすことであって、
見られる自己とは別の見る自己がどこまでも残り、本当に自分を見ることにはならない。
分別知とは別種の智、見られる自己と見る自己・自分と世界が対立していない戯論寂滅の智が必要で、
それこそが一切法無我の『般若の智』でありましょう。般若智を知るためには、論理的思考を突き詰めた先に、それとは別の次元の、
正しく座り瞑想する事など肉体も含めた自己の全的訓練(八正道)が必要。

2ちゃんねるでの言語ゲーム(ウィトゲンシュタイン)では全然、あかん。
969考える名無しさん:2007/04/30(月) 18:20:51
968は深い言葉だ。今日様々な人々が書き込んでいった中で最もレベルが高い
レスだと思います。
970花魁:2007/04/30(月) 18:35:01
>>968
現代哲学が二項対立図式みたいに思われてるのは、
少し違和感を感じるが…

現代論理学で真偽しかないのは、
あくまでも基礎的な二値論理の次元の議論だし、
多値論理に関する話はいっぱいあるし…
971考える名無しさん:2007/04/30(月) 18:50:09
家(認識・主観)にはその主(主体・私)が居て、なんていう話は
よしてね。
中学の時、国語のセンコーから聞いたし。
972考える名無しさん:2007/04/30(月) 19:23:28
誰でもいいんだけど。人生最大の問題なので教えてください。

唯物論とか二項対立とか、いろいろ聞きますが
何で私が今のこの時代に存在し、このような五感を感じるんですか?
人間は死んだら体は分解されますが私はどうなりますか?
こういう、私を支配する自然法則はいったいなんで今のこのように
なってるんですか?

どなたか教えてください
973考える名無しさん:2007/04/30(月) 19:27:38
>>972
聖書読め。
聖書も答えの一つだ。
974考える名無しさん:2007/04/30(月) 19:36:49
「この身」はどうなってもいいから、「私」だけは無事に居てほしいと、
神様におねだりするか。
975考える名無しさん:2007/04/30(月) 19:39:35
人間は、ある時は10人バラバラで、移動するときは合体して1人になる
という生物だったら、哲学もずいぶん違ったものになってたでしょう。
976考える名無しさん:2007/04/30(月) 19:48:57
お、創発来た?
977考える名無しさん:2007/04/30(月) 19:53:18
>>972
私もかつてそのような疑問に取り憑かれていました。
答えを知っている人はいないようです。
自分で考えるしかない。
978959・968:2007/04/30(月) 20:23:43
>>972
 どうか『戯論寂滅にして吉祥なる縁起を説きたまいし、正覚者にして説法者中の最上者』

 即ち、ゴータマ・ブッダに深く巡り会われんことを!

 わが人間存在の真相=有限性を洞察して、そのうえにしとどに涙を注ぎえたもの(ブッダ)にして、
はじめて生きとし生ける者のうえに涙することができる(慈悲)という根源的な消息を知りうるだろう。

そこにおいて初めて主体を立てぬ(無限定な)解放的な無常=無我=縁起の真実がある。自由の究極義だ。

では、おやすみ。
979考える名無しさん:2007/04/30(月) 20:30:44
適当なやつw
980考える名無しさん:2007/04/30(月) 20:48:11
>>978
意識の存在と変化に関する「仕組み」が分からないと
そういう方法の実行は難しいと思うんですが、意識に関する具体的な仕組みが分からなくても
(仏法?)を学べば苦痛から回避できるのでしょうか?

単純に、物理的な事、例えば病気の回避を行うのに生物学を知るのと同様に
意識に関するあらゆる事も、意識の存在と変化の仕組みが分かれば
自由に回避したり感じたりできると思うんですが、
人間の体といった物理的なことではない
「意識」に関して、その存在と変化の仕組みを知るにはどうすればいいでしょうか?
981考える名無しさん:2007/04/30(月) 20:53:18
>>972
現在の意識はなくなるけど存在したままになるよ。
で、誰かのうんこにでもなる。
現在の意識さえ認識することが出来なくなればあとは結構楽なもんだよ。
爆睡したまんまだから。
982考える名無しさん:2007/04/30(月) 21:15:07
>>968
深いことを言っているつもりかもしれぬ。>>969 のように、この種の言い草を
ありがたがる輩もいるらしい。
が、所詮、結界のなかの隠語でしかない。“世界性”までは求めないが、せめて
“一般性”くらいは表現してくれないとね。かつて、この種の隠語で自足していた
アジア人が西洋人に車夫馬丁の嘲られ、その支配下に置かれたわけだ。

ここに来るのは勝手だが、普通の日本語で書き込んでくれ。お互いに時間のムダ
だぜ。
983考える名無しさん:2007/04/30(月) 21:30:40
仏教だったか儒教だったか忘れたが、その言説を「車夫馬丁のタワゴト」と
嘲ったのは、トーマス・マンだったっけ? もっとも彼の“哲学的センス”
も…。
984考える名無しさん:2007/04/30(月) 21:56:17
>>959>>968>>978
釣りだと思ったんだが。
985考える名無しさん:2007/04/30(月) 22:17:00
>>984
ただの権威主義者ってだけでは。
考えることは難しいからしょうがないけどね。
986考える名無しさん:2007/04/30(月) 22:33:08
自由意志を持った「私」ってアレだろ?

サイコキネシスの事だろ?

987考える名無しさん:2007/05/01(火) 00:59:52
みなさんは、何の為に存在し生き続けているのですか?
988哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/01(火) 02:13:08
>>968
>二項対立の普段の分別知(ものを分ける事によって成り立つ知)で自分を見ても、
>それは自分を世界の中に対象として分けて切りだすことであって、
>見られる自己とは別の見る自己がどこまでも残り、本当に自分を見ることにはならない。

本当の自分かどうかは知らんが、偽者ではあるまい

自分を見たり、切り出したりしている時点で
その作業をしている『私』がいる事実を否定する事はできない
その作業をしている『存在性』こそが『私』であり
それは偽者であるわけもなく、「本当の自分」が存在するからこそ出来る作業なのである
その『存在性の部分』を指して『私』とする限り、「本当の自分」である事に間違いはないのだ
989じいさん ◆6rgGIYz09M :2007/05/01(火) 02:14:28
>>972
>何で私が今のこの時代に存在し、このような五感を感じるんですか?
>こういう、私を支配する自然法則はいったいなんで今のこのように ・・・

理由はありません、たまたまそうなっているに過ぎません。

>人間は死んだら体は分解されますが私はどうなりますか?

体の分解とともに無くなります。
唯、確実に言えるのは貴方の人生最大の問題は、貴方に彼女が出来ない事です。

>>987

意味、目的はありません。
990哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/01(火) 02:18:40
>>989
そう言える根拠もまた、ないでしょう
論理性もなく
言い切っている時点で、それは宗教ですよ
991考える名無しさん:2007/05/01(火) 02:21:04
>>988
だーかーらー
それが唯識の言ってる
「合わせ鏡」だってことに気付けよw
992考える名無しさん:2007/05/01(火) 02:24:55
次立てようか?
あっちに来られても迷惑だし。
993哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/01(火) 02:25:29
>>991
つくづくアホなヤツだなぁ

合わせ鏡だろうが何だろうが
見ている自分がいるから見てるんだろ
994:2007/05/01(火) 02:43:34
この人も同じくらいアホなヤツ
995考える名無しさん:2007/05/01(火) 02:45:30
>>993
>>959
>>968
仏教派が言ってることは
鏡の私は虚像ってことだ
996哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/01(火) 02:50:08
>>994
発言する時には根拠も書かなきゃいけない事ぐらい、そろそろ学習しろよ

>>995
虚像だろうが何だろうが、それを見ているのは『私』だが?www

仏教徒ってのは、ホントに本質が見えないのかねぇ・・・・
997考える名無しさん:2007/05/01(火) 02:52:42
唯識もいい例を出したもんだなw
やっぱ深いわ。
998哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/01(火) 03:04:07
仏教徒てのは、見えてる像の事しか考えられないんかな

見えてる対象が虚像だったとしても
見ている本人が見てるんだから、その本人の存在は否定できないだろ

仏教そのものが次元が低いのか
いや多分
低い知能で本を読むと、誤読が生じるって事なのだろうね

そもそも仏教というのは、観念論じゃないのか?
なんでここにいる仏教徒は、みんな唯物論者なワケ???
ワケわからんわwww

アホばっかりやな?
999じいさん ◆6rgGIYz09M :2007/05/01(火) 03:07:21
>>990 :哲学者最高位 ◆mgNCvVgWk2 :2007/05/01(火) 02:18:40
>論理性もなく・・・

おっしゃるとおりです。
人は論理で生きている訳では在りません。

>言い切っている時点で、それは宗教ですよ

言い切るということは「生きることです」
例えば女性を口説くときに「愛している」と言い切るしかありません。
「愛しているかもしれない」では子孫を残せません。
1000考える名無しさん:2007/05/01(火) 03:08:54
>>999
おまいさんは誰を口説いてるんだw
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