1 :
考える名無しさん:
毎日常に、慎重に、厳密に、自分の中で悪いと思うものを取り除き、自分の中で
善いと思うことを実行する。
こうしたことを何年か何十年も繰り返したのなら、孔子、レオナルド・ダ・ヴィンチ、、、
数々の天才とされる人(何をとっても優れている)に近づくのではないか、と自分は思う。
なぜならば、善の資質のようなものが磨かれた状態においては、良否の感性や
創作のセンスも数段あがる(センスがよくなる)と思うから。
そして、善はさらなる善を呼び寄せる。大きくなった善は小さな悪は影響されず
他の無垢なるものにも好影響をあたえる。
それなんて神経症?
3 :
考える名無しさん:2006/02/02(木) 02:05:15
君は鏡像界に生きている様だ。いずれ自分が創り出した悪に対峙する。
>1
形をなぞって生きたって何も無いぞ。
孔子もダビンチもより善く生きたわけじゃないし。
間違いも愚行もしたしトラブルも山ほど起こした。
お前のように細かな悪を気にしながらチマチマ生きた訳じゃない。
彼らがなぜ後世に轟く偉業を残したのかよく考えた方がいい。
5 :
考える名無しさん:2006/02/02(木) 04:05:20
究極の善人って、他人と関わらなそうだ
6 :
考える名無しさん:2006/02/15(水) 01:41:59
>>5 おもろいこというな…
善悪論ってよーするに対人の話なんだよな…
ホントに一人で生きてりゃ善いも悪いもないわな。
7 :
考える名無しさん:
究極の善人ってこの世には生きていないと思います。