吉本の思想は、ある時期以降、変質したとされる。当人も、その
ように振舞ってきた。改めて、吉本“思想の”功罪を問いたい。
2 :
考える名無しさん:2005/12/26(月) 17:17:50
前回の論争は、まだ決着がついていない。もう少し、徹底的に言い合って
みようではないか。
3 :
考える名無しさん:2005/12/26(月) 17:27:02
どこからいけば、いいのかな。たしか吉本先生とオームの関係を論じて
いたと思います。もちろん、まだ決着のついていないテーマ。
この件で吉本さんが、微妙に意見を変えたのは事実でしょう。そこを含
めて吉本さんとオームの関係をどう評価すればいいのでしょう。侃々諤
々しましょう。
4 :
考える名無しさん:2005/12/26(月) 19:46:51
吉本がオウム事件をどう捉らえたかは『世紀末ニュースを解読する』に約50頁に渡って語られている。それを読めば一目瞭然だし改めて取り上げる価値のある話とも思えないんだけどね。その本を丁寧に一回読めば終わる話なんだよ。→
5 :
考える名無しさん:2005/12/26(月) 19:50:26
→そういった本を一回も目を通さずに批判しようとする人間が勝手に話を作り上げて大見栄切ってるだけなんだからね。お安い話だ。
6 :
考える名無さん:2005/12/26(月) 21:54:28
>>4>>5 当初、吉本氏は麻原を全面的に認めていたのではないか。それが、真っ向から
世間の反発を受けたため、微妙に意見を変えたようにみえる。この点は、どう
ですか。
7 :
考える名無しさん:2005/12/27(火) 00:11:44
“吉本が最初麻原を全面的に認めていた時期があった”事が解るテキストは存在しますか?僕は“全面的に認めていた”時期があるとは思わないんだ。例えば『世紀末ニュースを…』には'95年4月のインタヴューが収められているが、そこでも俺が前スレッドで指摘した→
8 :
考える名無しさん:2005/12/27(火) 00:16:49
→『生死を超える』への高い評価はあるものの、同時にオウムがかつての左翼運動と同様の袋小路に落ち込んだ事の指摘があり、或は地震兵器によって阪神大震災が起きた、とする考えの迷蒙の指摘があります。つまり'95年4月の時点で様々な批判を出している。→
9 :
考える名無しさん:2005/12/27(火) 00:21:24
→引用してみましょう。《鎌倉以前の旧仏教の修業は、麻原教祖と同じ事をやっていたと思われますが、最澄、空海はじめ鎌倉以前のお坊さんは、皆どういう修業をどのようにしていたかについては語っていません。『チベットの死者の書』にしても、死後の世界の→
10 :
考える名無しさん:2005/12/27(火) 00:25:04
→漫遊は書かれていますが、なぜ、どうしてそうなるかについては書かれていません。ところが『生死を超える』は、こういう修練、こういう精神の集中の仕方をすれば、こういうイメージが出てくるとはっきり書いています。(中略)僕はそこまで語ってしまっている→
11 :
考える名無しさん:2005/12/27(火) 00:30:03
→ことにとても驚きました》《(麻原の陰謀史観を止めようとする人間は)居ないですね。彼はヨガの修業者としては優秀だけど、それ以外は全部陰謀史観です。陰謀が文明を創り、世界を堕落させていくと言います。宗教というのは皆そうかもしれないのですが、→
12 :
考える名無しさん:2005/12/27(火) 00:32:34
→陰謀が歴史を動かしたり主流になるという事はないと思います。ここは彼の弱点であり、理念的に駄目だなと思うところです。この人がヨガ以外の事を言うとかなりいい加減なことになると思います。》
PC買えよ、この貧乏人
14 :
考える名無しさん:2005/12/27(火) 13:38:25
早い話が、浅腹のブタ野郎のヨガ実践は評価できるが、
それ以外は駄目ってのが自慰サンの評価と。
15 :
考える名無しさん:2005/12/27(火) 14:26:14
ついでに補足すると
オウムの一連の殺害事件に関しては、
たとえば地下鉄サリンと坂本弁護士一家拉致を比較して、
地下鉄サリンの方は無関係な一般市民を多く巻き込んでいるのに対し、
拉致の方は明確な敵対関係にあった弁護士と
その家族とを対象としているわけだから、
狙われた側の機縁にとって、それがありえてもいい殺人か、
そうではない殺人かを基準に、区別して考える必要がある
なぜなら、殺人はどんな動機を持って行われようと悪に変わりないが、
自分が敵対者に対して、
憎しみからくる殺意を実行してしまうような機縁がありうることを
否定することは誰にもできないはずだからだ
と、こういうことを言ってるんだよね?
ひょっとしたら9.11旅客機テロの後に言うようになったのかもしれないけど。
16 :
考える名無しさん:2005/12/27(火) 14:46:08
>>15 で、その吉本さんの考えは正しいの?間違っているの? あなた
からみて?
17 :
考える名無しさん:2005/12/27(火) 16:02:49
>>16 で私ははじめて書き込みをしたけれど、
人間が社会と宗教とのあいだで抱えざるをえない矛盾点が必ずあって、
その問題と対峙しなくてはいけなくなったとき、
法では回収しきれない倫理の問題として、
オウム事件の場合だと、
たとえばそういうところに境界を引いておかないと、
何も本質的なことは考えることができない…
ということでしょう?
至極正しいんじゃない?
ついでに「アフリカ的段階について」で言ってる
人類の精神や倫理の問題について、
ヘーゲルの西洋的近代史観を拡げて、
アフリカ的王制構造の社会まで前提に入れて
対峙する必要があるっていうのにまで、
そういう問題意識って吉本のずっと一貫して持っているものなんじゃない?
18 :
考える名無しさん:2005/12/27(火) 16:11:26
まあそっから先は、そう簡単に分かるものじゃないってことで、
明確な真理めいたものを導き出さないところが吉本はあるから、
変な誤解をされやすいのかもしれないけど。
19 :
考える名無しさん:2005/12/27(火) 17:53:12
9・11攻撃に対する御大の批判は、
無関係な乗客を巻き込んだってこと
だけって聞いたけど、本当なんかな?
20 :
考える名無しさん:2005/12/27(火) 19:20:16
>>19 いや、手許に本がないからあれだけど、
ラディンもブッシュも
無辜の市民に対する大量殺戮を指揮している点で言語道断、
どちらが良いとかはないと、はっきり言っている。
それを前提にした上で、特に問題にされるべきなのが、
無関係な乗客に飛行機から降りる選択を与えなかったことだとして、
太平洋戦争時の日本の零線による自爆テロと比較しながら言っている。
この比較に関しては正直、
うまくその真意をつかみかねるけど、たぶん、
「アフリカ的」→「アジア的」→「西欧的」っていう
ヘーゲル的な国家の段階移行という概念を軸にして
近代型国家間戦争の問題を考えてきた吉本にとって、
「アフリカ的」に最も近い国家前段階としてのタリバンが、
「西欧的」国家としての人命に対する倫理を持っているアメリカに、
さまざまな国籍の乗客の乗った旅客機を巻き込みながら
一足飛びで「戦争」を仕掛けちゃった…っていう点を問題にして、
新しい戦争論を提示する必要があると、
例の「存在倫理」っていうタ−ムを出してきているんだと思う。
21 :
考える名無しさん:2005/12/28(水) 01:13:43
そうだね。オウム事件について出てきた論客の殆どは市民社会の法倫理から一歩も出ずに裁断し、オウムの危険性を挙げ、それで万事事足れりで済ましている。過激に見えた思想研究者等も一斉にメディアと同じ場所に避難(?)した。結果吉本が孤立無縁で頑張る事になった。
22 :
考える名無しさん:2005/12/28(水) 01:22:15
大体人の書いたものをよくよく検討もせずに麻原の一部を評価したというだけで大騒ぎする論客もタコだしそれに同調する宗教・思想研究者も看板降ろした方がいいよ。バタイユ翻訳者の某など「吉本さんとは絶交する」とか言い出したというがバタイユは泣いてるぜ。
23 :
考える名無しさん:2005/12/28(水) 16:37:11
20さん、僕はその「存在倫理」って初めて聞く概念?
なんですが、関連の書籍名ご存知でしたらご教示下さい。
24 :
考える名無しさん:2005/12/28(水) 18:10:21
>>23 たぶん、群像2002年1月号での対談、
吉本隆明×加藤典洋「存在倫理について」が初出だと思います。
当時けっこう話題になった対談らしく、
最近、実際に図書館で借りて読んでみたら確かに面白かったです。
単行本だとその後、『超「戦争論」』か『「ならずもの国家」異論』あたりで
若干展開していると思います。
ただ「世界視線」とかと同じで、明確な定義づけがされてない。
なのでたいへんつかみづらい。
含みがあるようにもとれるし、ぜんぜんそうじゃない風にもとれる。
ここらへんの曖昧さが、吉本の文学的センスの悪い面として
秀才君の浅田彰みたいな人に批判されるいちばんの要因だと思う。
(まあ確かに、近年の書き文体にはあんまりにも読みにくいところがある)
でももし吉本の文体がものすごく理路整然としてて、
古典論からイメージ論までに一貫した思考形態のパズルがあるんだ―と
一目瞭然に分かるように編まれていたとしたら…、
ある意味恐ろしいのか、逆にもっとうさん臭いのか…。
1964年春、ひばりは日生劇場からの
出演依頼を断った。
「私の芸は、床の間に飾るようなものでは
ございません。
みなさまが、ミーちゃんハーちゃんとおっしゃる
そう言う方々とともに
今日まで歩いてまいりました。
これからも、私は大衆の一人であり
大衆の中に芸能人として生きることに
誇りと喜びを求めていきたいと存じます。
おたくさまのような格式ばった劇場では
ひばりの歌は死んでしまいますので、
どうぞ、あしからず、おゆるしくださいませ。」
こうゆうのもあるんじゃねぇか?
26 :
考える名無しさん:2005/12/29(木) 10:12:13
>>25 ひばりの考えは、ご立派ですけど、このスレとの関連で、何かおっしゃって
ください。
>>25の引用は非常に下卑た発言だと思う。
ダシにされた「大衆」ほどみすぼらしいものはない。
28 :
考える名無しさん:2005/12/29(木) 18:06:25
吉本はひばりほどの大衆への溶け込み方は出来なかった。それは大衆からの拒絶がまず在り、又、吉本自身の内部の大衆への近親憎悪がひばりのような発言をさせなかった。これからも無かろう。それは俺が引用した初期の詩にも明らかに見える事だ。
29 :
考える名無しさん:2005/12/30(金) 09:23:13
吉本と現代思想といえばフーコーとの関係がよく取り沙汰されている。しかし、高度消費社会をめぐる議論の中で吉本が絶えず横目で睨んで来たのはボードリヤールだろう。ボードリヤールは“フランス社会はもう終わった”としている、と吉本は言う。→
30 :
考える名無しさん:2005/12/30(金) 09:27:08
→全てがシステムに回収され尽くした、それがフランス社会であり、言う事があるとすれば、どう終わってしまったのか、それだけなのだ、というのがボードリヤールだ。もう何もない、と。このボードリヤールの立場を吉本は気にしている。→
だから、PC買えよ、貧乏人。
32 :
考える名無しさん:2005/12/30(金) 09:30:27
→例えば吉本はドゥルーズの自殺に対しても、“全てが終わった、と見做し、自分の仕事もやる事もない、と考えたのではないか”、と見ている。そうして日本社会もまた、時間の問題でフランス社会のようになるのではないか、とどうも推測している。→
33 :
考える名無しさん:2005/12/30(金) 09:33:04
→一部の論者による、80年代以降の吉本にかつてのキレがなくなった、という評価と、吉本によるボードリヤール評価と関係があるのではないかというのが俺の見方だ。日本社会は終わりつつある。そう彼は見ているのではないか。
34 :
考える名無しさん:2005/12/30(金) 09:43:10
人と人との間に法的関係した見出だせず、つまりは情感の通い合いは見出だせず、あるのは様々な法に規定された主体の関係だけ。そんな社会になる、いや、もう大部分はそんな息苦しさに回収され尽くされている。そんな社会に誰が居たいと思うだろうか。
そんなことよりPCさえ買えない我が身を嘆けよ。
36 :
考える名無しさん:2005/12/30(金) 10:17:57
PCで書いててもつまんない揚げ足取りしか書けない奴の事を今嘆いてる所だ。
だから携帯で一生懸命つまらないモノローグをシコシコ打ち込んでる我が身を嘆けっつってんだよ。
38 :
考える名無しさん:2005/12/30(金) 14:06:25
お前も懲りないな。大体お前は何しにここに来てるのだ。PCでカキコミする事をやたらと強制したがるお前は何者だ。お前のうざったい絡みに比べたらまだ俺のカキコミの方が面白いに決まっているだろ。つーか、俺より面白いカキコミをお前が書いて見せろ。(PCでね)
39 :
大阪のオバハン:2005/12/30(金) 14:11:05
>>36 アホなやつのことなんか、ほっときなはれ。
>>35>>37は下の下の人間。
大阪にもおらんで、こんなイカレたん。このアンちゃんが吉本はんケナ
シてるちゅうことは、逆に、吉本はん、エライお人ちゅうことやな。
吉本信者ってどうして変にキャラクター作って出てくるんだろう。
クサいんだよ。
41 :
考える名無しさん:2005/12/31(土) 16:55:58
>>40 クサイのはしょーがねーンだよ
>>39はなんてったって大阪の「オバアサン」なんだからよwww
コノババァは別のスレにも〈哲学〉出没して、痴呆老人よろしく妄言吐いてくヤツなンだからよ
>>24 >でももし吉本の文体がものすごく理路整然としてて、
>古典論からイメージ論までに一貫した思考形態のパズルがあるんだ―と
>一目瞭然に分かるように編まれていたとしたら…、
これはボクも強烈に願望しますね。
文体が明晰で用語が統一されていればマルクス?並というか西欧の思想家と
即座にガチンコできるだろうし。しかし思考方法そのものは一貫してると思います。
初期三部作を繰り返し読みましたがイメージ論までパースペクティブは微動だにしませんね。
それにしても基本概念の説明をしないのは大きな欠点であり、その点では無責任だとも思いますよ。
43 :
考える名無しさん:2006/01/03(火) 23:46:29
>>42 それをやろうとしたのが、柄谷だろう。で、彼の著したものは、西欧の思想
家とガチンコ勝負ができていると思うか。一応、文章は明晰、用語も統一さ
れているし、思考方法も一貫している。
それに対して、吉本のそれは文章が濁っており、不透明な点が多々ある。
どちらが“遠くまで”とどいているんだろう。
変な信者論争を抜きに判断すれば、
(二十世紀後半の日本人思想家のサンプルとして)どっちも残るし、
(超一流の思想家水準で考えれば)どっちも残らん。
吉本を過剰にエライ思想家に仕立てたがる香具師が少なからずいるけど、
実際の彼は数十年のスパンの思想家だと思う。
45 :
考える名無しさん:2006/01/05(木) 21:17:16
↑
このオジサンの根拠は何なの?
それとも根拠無しの印象批評かな?
数十年スパンって十分誉め言葉だと思うが
47 :
考える名無しさん:2006/01/06(金) 11:18:43
数十年つーと20から90年間だおね。
半世紀未満も1世紀弱も入っちゃうね。
つーことは、やっぱ褒め過ぎじゃん。
48 :
考える名無しさん:2006/01/08(日) 08:44:07
柄谷は面白いが、勢い余った誤読や強引さ(埴谷の永久革命論を、未来の理想社会から現在の恐怖政治を正当化する、とする。また、小林の“宿命”を階級の事だと言う)が目立つ。感心させる時と呆れる時と両方ある。安心しては読めない。
↑
このオジサンの根拠は何なの?
それとも根拠無しの印象批評かな?
50 :
考える名無しさん:2006/01/08(日) 11:26:11
いいじゃん、48氏のは立派な印象批評になってるぜ。
51 :
考える名無しさん :2006/01/08(日) 13:11:48
吉本は、60年代後半〜70年代前半という限られた時期を代表する批評家
だろう。
この時期には、”共同幻想論”に示されるように、時代の風潮とそれな
りにうまく切り結び、論壇をリードする役割も果たした。だから一部で
は教祖扱いもされ、時代の寵児ともなり得たんだと思う。
これに対して80年代以降、つまり高度成長期の終焉以後は、それまで崇
められていた分だけ逆に偶像破壊的に批判され、時代遅れと見なされる
に至った。
実際これ以降の著作では、どちらかと言えば論理性よりも直観性におい
て優れていた、この人に独自な鋭い批判が見られなくなり、単に対象を
その時々の流行思潮に合わせて解釈するだけの凡庸な批評に過ぎなくな
った面が大きいと思う。
52 :
考える名無しさん:2006/01/08(日) 14:23:31
49はこのレスの書き手が「根拠」という語の意味が解らない事をよく示している。何故ならこの書き手と違い、判断の根拠が48で示されている事が読めないのだから。また、50は印象と印象でない事の違いが見えないのだからやはり同様だ。
53 :
考える名無しさん:2006/01/08(日) 14:38:14
て言うか、48に反駁するのならばきちんと「根拠」を提示してはどうか。でなきゃ単なる悪質な妨害だな。ちなみに俺が引用した柄谷の埴谷論は『ダイアローグ3』に。小林論は『近代日本の批評』で語られている。こういうのを「根拠」と言うのだよ。解ったか?
それは「根拠」じゃなくて「出典」だと思うよ…
まだPC買ってないのか、こいつは。
56 :
考える名無しさん:2006/01/08(日) 17:05:15
それで?他には?特に反論はない。でいいのだな?因みに論の根拠となる出典を挙げるのはごく普通の論証方法だという事くらいは最低覚えておいたほうがいいな。何だか中学生と喋ってる気分になってきたぜ。疑問がまだあるなら聞いてきな。教えてあげるから(笑)
57 :
考える名無しさん:2006/01/08(日) 17:15:22
て言うか、もちっとレスのし甲斐のある事書いてくれねえかなあ。お前らの話は核心に触れないからつまらねえんだよ。ちょっと持論を広げてみてくれよ。
58 :
考える名無しさん:2006/01/08(日) 17:38:19
51は他のレスよりまだましだと思うので少し考えてみたい。51とは違い、俺にとっては吉本は80年代以降も充分刺激的な言説を与えてくれたし、今だにそれは変わらない。具体的には埴谷との論争、三木成夫からの影響、酒鬼薔薇事件やオウム事件への評価、→
59 :
考える名無しさん:2006/01/08(日) 17:46:17
→『アンチ・エディプス』への書評とかもね。心的現象論の成果を『ハイ・エディプス論』にしたのもね。ただ、前にもここに書いた事あるけど、吉本は日本社会について、既に終わりつつある、と考えているのでは?というがしている。もうあんまり言う事もない、とね。→
60 :
考える名無しさん:2006/01/08(日) 17:52:52
→その辺はボードリヤールと同じで、有るものすべからくシステムに回収され尽くしてしまった。その面に限って言えば、もう日本人に付け加える事などない。つまりどうでもよいのだ、とね。そんな“印象”を受ける。それが吉本の減速を生んだのじゃないか。
61 :
考える名無しさん:2006/01/08(日) 17:53:00
62 :
考える名無しさん:2006/01/08(日) 21:13:00
ついでだから先に挙げた柄谷の埴谷論をもっと突っ込んでみたい。『ダイアローグV』(第三文明社)の84頁下段にこう書いてある。《昔、埴谷批判をやったときに、考えたことがあって、一つは、永久革命者のように、無限遠点に完全な社会というものを置いて、→
63 :
考える名無しさん:2006/01/08(日) 21:18:08
→そこから現在を見ることへの批判ですね。これはたしかにスターリニズムを批判できるけれど、しかしスターリニズムを生み出すのは、まさに、そういう無限に先に延ばすということだ、と思うんですよ。いまはしようがない、ということになる。→
64 :
考える名無しさん:2006/01/08(日) 21:26:17
→だから、スターリニズムの根拠も結局、無限遠点にあると思います。》この対談の相方は加藤典洋だが、加藤がこのような柄谷のどうしようもない誤読を聞いて何で黙ってるのか、俺は不思議で仕様がなかった。埴谷の『永久革命者の悲哀』を一度でも読めば→
65 :
考える名無しさん:2006/01/08(日) 21:42:20
→そこで異議申し立てされている思考形式が、柄谷が埴谷の永久革命論のスターリニズムとして指摘する、“いまはしようがない、未来の理想社会のためには”という思考であることは一目瞭然なのである。すると問題は途端に柄谷の不思議な読み方にある事になる。→
66 :
考える名無しさん:2006/01/08(日) 21:50:52
→対話者の加藤が何故かそこを素通りして話を聴き続けている、これほど奇妙な光景はない。そもそも加藤は埴谷を理解していたのかさえこれでは問題視されざるを得ない。たぶん柄谷はまともに埴谷を読んでいない。それで解ったように語るからこうなる。
「埴谷の永久革命論」ってのを理解したらどうなんだよ。
68 :
考える名無しさん:2006/01/09(月) 00:15:43
67君、『永久革命者の悲哀』は党や革命運動の最中の〈階級〉の成立をいかなる正当化があれ認めないという絶対的立場をとっている。それは“今・ここ”における異議申し立てをはっきりと言明している。読めば誰にも解る事なんだよ。全編に渡りそれが主張されてる訳だから。
だから何? 現在それって重要なわけ? 携帯クン。
70 :
考える名無しさん:2006/01/09(月) 00:35:49
確かに先の埴谷の評論には〈未来の無階級社会〉という言葉が出てくる。そうしてそれはそれによって革命運動の内包する矛盾を正当化するのではなく、逆にそれに異議申し立てする根拠として考えられている。つまり柄谷がいかに他人の文をいい加減に読むのかという好例なのだ。
どうでもいい文章を他人がどう読もうがどうでもよくね? ケータイ刑事。
72 :
考える名無しさん:2006/01/09(月) 00:48:59
埴谷の先の評論はどうでもよい文章とは言えないね。あらゆる権力を、ないし権力への意志を、いかなる勢力であれ正当化しないというテーゼをあれだけの深みで出した作品はない。重要な作品だよ。
「あれだけの深み」って印象批評されてもその重要性は全くわからない。
仮に着メロ君の言うとおり「重要」なものだとしたら何でその論文が現在取り沙汰されないわけ?
74 :
考える名無しさん:2006/01/09(月) 01:38:16
まず、党の内と外で生じる階級について言及している点が重要だ。それは内部の選民意識として現れ、同時に外部への賤民という眼差しとなって現れる。否定すべき対象な筈のものに自身が似てくると埴谷は言う。それを自身の体験として埴谷は語っている。→
75 :
考える名無しさん:2006/01/09(月) 01:47:41
→更に同じ問題は党内部でも現れる。党内部の階級形成の問題になる。埴谷はそこで見た人間の性質として“卑屈、傲岸、無知”を挙げている。これらの矛盾について、埴谷は《根本から転覆すべき当のものと全く同じものを見いだした》としている。→
76 :
考える名無しさん:2006/01/09(月) 01:57:09
→埴谷のこの作品には、ある筈のないものの存在を眼前に見いだした際の不気味な謎めいた心情と、それが果たして何を意味するのかを思考する懸命な姿がある。因みにこの作品はフルシチョフによるスターリン批判よりもいち早いスターリン批判としても有名な作品だ。→
77 :
考える名無しさん:2006/01/09(月) 02:01:17
→君はこの作品が何故知られてないかと言うが、文学・思想に興味がある人間ならば一度は目を通した人間の方が多いのじゃないかね。知らない人間の方が珍しいと俺は思っていたがな。
78 :
考える名無しさん:2006/01/09(月) 02:42:19
今、書籍版『LEFT ALONE』巻末年表見たらフルシチョフによるスターリン批判が1956年2/25、『永久革命者の悲哀』が『群像』1956年5月号掲載という事で、公式日付だけ見ると埴谷が後になる。ただ、吉本は埴谷はフルシチョフの直前に書いた、としている。(対談『文学の戦後』)
どうでもいいが、
「→」でレスをつなぐスタイルは即刻やめるべき
あと、さげろ
80 :
考える名無しさん:2006/01/09(月) 12:18:25
>>42 たまたま機会あって読み直したのですが
『ハイ・イメージ論』の「形態論」とか「拡張論」なんかだけでも、
『言語美』での表出主体―言語表現論が、
「共同幻想」とかの原理と全部繋がっちゃうし。
一見どうしようもなく鈍重で、
なんでこんなことに拘泥してんのって感じがするけど…
なんていうか、地を這いつくばるヘーゲル?
誰か、吉本のことを天才的な部分と馬鹿の部分が奇跡的に同居しているって
言った人がいるらしいけど、言い得てると思う。
で、そういう資質を持っているからこそ、
一番の晩年に「アフリカ的段階」みたいな本を書いちゃえるし。
まあ今後ちゃんと読み継がれていくかどうかは別として
インターネットとかこれだけ発達して
四畳間とハイパー空間が繋がっちゃうような現在の状況には
もっとも相応しい思想を遺している人と言っていい気がしますね。
それで、結局は文体とかがネックになるわけで…
そういえば吉本は柳田国男の文章について、やたら読みにくくて、
しかも重要そうなことをさらっとニ、三行で済ませちゃったりするから
実は最初苦手だったんだってことを最近さかんに言ってたけど、
それってそのままあなたのことだよw
81 :
考える名無しさん:2006/01/09(月) 13:35:11
このスレは内容が良いからアゲでいいだろ。80もちゃんと目を通した上で率直に書いてて良いレスじゃないか。W
82 :
42:2006/01/10(火) 00:02:10
>>43 >>80 <純粋>概念などが『ハイ・イメージ論』でも透徹してますね。
『心的現象論序説』以来の基本中の基本概念だけど、この概念への
ちゃんとした説明も批判もみたことがないのが不思議。
柄谷さんによる説明で....<純粋疎外>は<原生的疎外>の<異和>だ....
というのがあり、これは<知識人>は<大衆>の<異和>だという吉本さんの
モチーフに則した卓見だ、という評価がありましたね。
はたしてそういう説明は正しいのか、という疑問があって、そのへんで吉本理論を
読んでます。柄谷さんの説明は疎外論そのままみたいなものでしょ。でも吉本さんは
システム論的なニュアンスが感じられますね。理系出身者の強みが効果を発揮してる感じで。
<純粋>概念は哲学的には<主客不可分>や<自他不可分>を示唆してますが、
その理解だと『ハイ・イメージ論』のどの部分もちゃんと解釈できない感じがします。
ましてや今後の発展や可能性を追究するなら基本概念から解読し直さないといけないし、
いまだにちゃんと解読されたことが無いんじゃないかな....少なくともそういう本や
論を見かけたことが無いから。それだけに吉本本て読み応えがあります。
83 :
考える名無しさん:2006/01/10(火) 01:59:28
82の丹念なレスの最中に大変悪いが先の柄谷の誤読批判でもう一ヶ所指摘するのを忘れていたので失礼する。『近代日本の批評T』(講談社学芸文庫38頁)の中で柄谷はこう書いている。《つまり、小林は、主体の意識を超えそれを強いる何ものかを「宿命」と呼んだ→
84 :
考える名無しさん:2006/01/10(火) 02:05:20
→のだが、それこそルカーチの言う「階級意識」にほかならない。小林がいう「宿命」は、個人的なものに見えるが実は社会的である。それは内的に見えるが外部的である。それは、のちに小林のいう「社会化した私」(『私小説論』)につながっている。》→
85 :
考える名無しさん:2006/01/10(火) 02:18:50
→また、同69頁で柄谷はこう言う。《つまり、マルクス的な認識というのは、絶対的な他者、他者の絶対性ではなくて、相対的な他者との関係の絶対性を強調することです。(中略)初期において、彼(小林)の言う「宿命」は、相対的な関係の絶対性を指していた→
86 :
考える名無しさん:2006/01/10(火) 02:26:23
→と思います。》ここでの柄谷の指摘は実は俺は嫌いではないし、中々良いのでないかとさえ思う。しかしこれが妥当かどうかとなると話は違ってくる。柄谷は「宿命」理論の関係や構造的側面だけを見ている。が、彼はそれが時間概念でもあることをスッポリと→
87 :
考える名無しさん:2006/01/10(火) 02:35:29
→見落としている。むしろ小林の言う「宿命」とは、時間の、又はあらゆる歴史の根底として考えられている。それが個体的存在のみを指さない事は柄谷の言う通りだが、柄谷はマルクスに引き付け過ぎており、むしろハイデガーに引き付けるべきものだ。
なんでもいいから矢印はやめろ、マジで史ね
吉本信者にこういう頑固ジジイ大杉
89 :
考える名無しさん:2006/01/10(火) 23:52:10
むしろハイデガー的な世界内存在の方が小林的な「宿命」には似付かわしい。ここまで柄谷が小林の「宿命」を階級意識と結び付けねば気が済まない理由がどうにも理解に苦しむし、読み返す度に彼のここで示す不可思議な熱意の動機が何なのか、考え込んでしまう。→
90 :
考える名無しさん:2006/01/11(水) 00:00:59
→どうみても不自然な読み方を顕揚するここでの柄谷だが、『季刊思潮』1987年7月号に掲載されたこの発言とは違い、かつての柄谷がきっちりとテキストを辿り批評を書く批評家だったことを示すテキストも実はある。彼の最初の単行本→
91 :
考える名無しさん:2006/01/11(水) 00:13:21
→『畏怖する人間』(1972年刊行。現在は講談社学芸文庫で読める)所収の「心理を超えたものの影―小林秀雄と吉本隆明」は立派な論文だ。先の発言の座談会で蓮実が「ぼくは何度読んでもその内容がわからない」と言う小林の「私小説論」もポイントは読み切っている。→
92 :
考える名無しさん:2006/01/11(水) 00:22:35
→小林の「宿命」についても後のような下手な引き寄せ方はしていない。《つまり小林秀雄が個体の内側からみている「宿命」を、吉本隆明は「構造」の側からみようとしたのである。しかし、依然として重大な問題がのこっている。それは人間がある構造によって→
93 :
考える名無しさん:2006/01/11(水) 00:28:04
→強いられているということと、それにもかかわらず人間は自由に選択しうるということとの間にまたがる矛盾である。小林秀雄はおそらくこの「矛盾」をつきつめたのち、そういう構造が強いるものを宿命として受け入れるところに積極的な「自由」をみたのであって→
94 :
考える名無しさん:2006/01/11(水) 00:34:14
→、たんなる宿命論を述べたのではない。「構造」をいかに解明しようが、個体における「生存の矛盾」はどうすることもできないのである。》ここでの柄谷の方が先に引用した後の彼より遥かに優秀だと俺は思う。何より、ここでの柄谷のまだきちんと読もうとしているからだ。
95 :
考える名無しさん:2006/01/11(水) 01:01:19
どうでもいいけど90年代後半は特別な時代だったー
って思ってる人はあんまりいない気がする
96 :
考える名無しさん:2006/01/11(水) 02:09:55
ふむふむ。90年代後半ねー吉本的には溺れた後に体や眼が弱ってインタヴューや対談が多くなった、てのがありますよねー『全講演ライヴ集』の刊行も始まって、俺は吉本氏の話し言葉が好きなんで高価だけど良い企画だと思っています。
97 :
考える名無しさん:2006/01/11(水) 10:39:35
その「全講演ライヴ集」には昔の何とかいう
過激派の集会での講演も入ってるの?
98 :
考える名無しさん:2006/01/11(水) 20:48:13
>>85 >柄谷はこう言う。《つまり、マルクス的な認識というのは、絶対的な他者、他者の絶対性ではなくて、
>相対的な他者との関係の絶対性を強調することです。
「関係の絶対性」はマチウ書試論において吉本が到達したあまりにも有名な根本概念ですよね。
柄谷さんは自身のオリジナルであるかのように語っている訳ですか?
99 :
考える名無しさん:2006/01/11(水) 22:22:47
『全講演ライヴ集』の「25年目の全共闘」の巻に「擬制の終焉以後十年」てのが収録されており、昔『敗北の構造』に収録されていた講演で、よくテープあったな、と感心したんだが、実際聴いてみると最低の録音で吉本の声はかすかにしか聞えない。これにはさすがに→
100 :
考える名無しさん:2006/01/11(水) 22:32:30
→ガッカリさせられた。弓立社代表の宮下氏が昔自分で録ったものらしい。しかし俺が何枚か聴いた限りではこの「擬制の終焉以後十年」が最低で、その他の録音は良好でクリアだよ。ただ、既に講演集に収録されてるのも多いし贅沢品(一巻税抜き¥9´000)な感もするね。
101 :
考える名無しさん:2006/01/11(水) 23:42:52
「マチウ書試論」の〈関係の絶対性〉の場合、その〈関係〉とはマチウ書の作者が置かれていた状況との関係にあり、つまり、具体的には古代ローマの圧政であり、ユダヤ教内部の覇権抗争である。天上の教義の背景とは地上の抗争だった。原始キリスト教の置かれた→
102 :
考える名無しさん:2006/01/11(水) 23:51:24
→秩序内部の位置こそが原始キリスト教教義を形作ったのであり、つまり、自分達の置かれた秩序内部の場所こそが倫理や教義を作った、そこには現存する秩序や支配階級への陰惨な憎悪と敵対感がある。つまり状況からの被疎外者・下層生活者としての〈関係〉。→
103 :
考える名無しさん:2006/01/12(木) 00:09:14
→おまんこしたいなあ。→
104 :
考える名無しさん:2006/01/12(木) 00:15:07
→柄谷があそこで語る〈関係の絶対性〉だが、これは彼が解釈する小林の「宿命」と関わっており、小林の「宿命」に社会的概念を混ぜる、という無理な解釈をしている。そこでの柄谷の解釈の奇妙さが〈関係の絶対性〉にまた出てくる。読んでてどこまで暴走する→
105 :
考える名無しさん:2006/01/12(木) 00:18:57
→俺のチンコを誰が止めてくれようか。→
106 :
考える名無しさん:2006/01/12(木) 00:21:17
→のかと頭を抱えたくなってくる。《たとえば、小林はバルザックとマルクスはそれぞれ「宿命」が違っていただけだという。そういう意味で絶対に抜け出られない社会的な存在性を観念的移行(自意識)で抜け出られるかのように思う連中を「様々なる意匠」として→
107 :
考える名無しさん:2006/01/12(木) 00:24:28
→PC買わなきゃ買わなきゃと思っているんだけど金がねえからどうしようもない。アダルトサイトも携帯で鑑賞なんて耐えられない。携帯でネットに接続するから金がかかる。要するに悪循環なんだな。→
108 :
考える名無しさん:2006/01/12(木) 00:29:35
→批判した。》(同書69頁)なんでどこが“そういう意味で”なのか?文脈がガラリと変更されてるぞ、柄谷!“そういう意味で”、柄谷の〈関係の絶対性〉は、まず個体存在の相対性を指し、次にマルクス主義的な階級を指す。二つがまぜこぜにされている。
→“モラル・サイエンス”をどう考えますか?
>>101-108 合体
「マチウ書試論」の〈関係の絶対性〉の場合、その〈関係〉とはマチウ書の作者が置かれていた状況との関係にあり、つまり、具体的には古代ローマの圧政であり、ユダヤ教内部の覇権抗争である。
天上の教義の背景とは地上の抗争だった。原始キリスト教の置かれた秩序内部の位置こそが原始キリスト教教義を形作ったのであり、つまり、自分達の置かれた秩序内部の場所こそが倫理や教義を作った。
そこには現存する秩序や支配階級への陰惨な憎悪と敵対感がある。状況からの被疎外者・下層生活者としての〈関係〉。
柄谷があそこで語る〈関係の絶対性〉だが、これは彼が解釈する小林の「宿命」と関わっており、小林の「宿命」に社会的概念を混ぜる、という無理な解釈をしている。
そこでの柄谷の解釈の奇妙さが〈関係の絶対性〉にまた出てくる。読んでてどこまで暴走するのかと頭を抱えたくなってくる。
《たとえば、小林はバルザックとマルクスはそれぞれ「宿命」が違っていただけだという。そういう意味で絶対に抜け出られない社会的な存在性を観念的移行(自意識)で抜け出られるかのように思う連中を「様々なる意匠」として批判した。》(同書69頁)
なんでどこが“そういう意味で”なのか?文脈がガラリと変更されてるぞ、柄谷!“そういう意味で”、柄谷の〈関係の絶対性〉は、まず個体存在の相対性を指し、次にマルクス主義的な階級を指す。二つがまぜこぜにされている。
111 :
考える名無しさん:2006/01/12(木) 14:38:53
ブキャナン氏、どこのどなたか存じ上げぬが拙者の文をわざわざ合体させるとは!ご苦労さまでごわした。ゆっくりお茶でも飲んで下さい。
112 :
考える名無しさん:2006/01/12(木) 15:51:52
>>107 携帯のことなんか気にするな。それよりも、今回は前回よりも書き込む
人間が少ないのではないか。こっちのほうが気がかり。まだ『吉本』は
終わっていないだろう。
113 :
wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2006/01/12(木) 16:15:10
>>112 「マチウ書試論」から来られたら、カラマーゾフの大審問官まで遡るでしょ。
吉本がぴんぴんの時の書だから、一筋縄ではいかないこともあると思います。
114 :
wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2006/01/12(木) 16:30:56
普通、「マチウ書試論」を読んだ時期は20年以上前ですからね。
セミプロ、プロではない限り、即応不能ですよ。
115 :
考える名無しさん:2006/01/12(木) 16:37:58
再読するのに、最速100ページ/日として数日はかかる。
116 :
考える名無しさん:2006/01/13(金) 00:11:46
マチウ書試論や関係の絶対性はいろいろと評価があるから、それを知って
最近になって読んでる人もいるだろ? オレはその口だが。
117 :
考える名無しさん:2006/01/13(金) 13:56:01
先に挙げた柄谷の小林秀雄読解の珍妙さを解読する必要から幾らか勉強させてもらった。柄谷は小林の「私小説論」の一節にある〈社会化した「私」〉というタームを論拠として、小林が初めから人間観としてマルクス主義的だったと主張している。→
また→かよ
マジでやめるべき
→
119 :
考える名無しさん:2006/01/13(金) 14:02:39
→《しかし、小林は言う、社会的なものでない「自己」があるのか、と。階級的に形成されていない「自己」や「感性」や「趣味」がありますか。自己分析というのは社会的な分析なんだ。(中略)はじめから「私」は「社会化した私」だというのが彼の「宿命」理論でしょう。》
120 :
考える名無しさん:2006/01/13(金) 14:14:17
→(同書107頁)つまり柄谷が“小林の「宿命」にマルクス主義的階級が表れている”とみなす根拠としているのは小林の「私小説論」の次の一節である。《フランスでも自然主義小説が爛熟期に達した時に、私小説の運動があらはれた。バレスがそうであり、つゞく→
121 :
考える名無しさん:2006/01/13(金) 14:20:12
→ジイドもプルウストもさうである。彼等が各自遂にいかなる頂に達したとしても、その創作の動因には、同じ憧憬、つまり19世紀自然主義思想の重圧の為に形式化した人間性を再建しようという焦慮があった。彼等がこの仕事の為に、「私」を研究して誤らなかったのは→
122 :
考える名無しさん:2006/01/13(金) 14:26:30
→、彼等の「私」がその時既に充分に社会化した「私」であつたからである。》(「私小説論」小林秀雄より)柄谷はもしかするとこの文章の意味を知った上で先のような下手な読み方を提示したのかもしれないが、無理があり過ぎる。ここから柄谷が引用した→
123 :
考える名無しさん:2006/01/13(金) 14:33:31
→〈社会化した「私」〉とは、19世紀に台頭した実証主義的思考に浸透された「私」を指すのであり、その意味で個体の内包する筈の深さや存在の不可解さを忘却した「私」である。通約される「私」しか「私」として認められなくなった「私」を指して小林は→
124 :
考える名無しさん:2006/01/13(金) 14:42:05
→〈社会化した「私」〉と名付けた。このことに柄谷は敢えてか無作為か、蓋をした。あと付け加えさせてもらうと、小林の「宿命」にあるのはやはりハイデガー的な〈時〉であると俺には思える。木田元も指摘しているが小林とハイデガーの思想は近い。
いっその事→を名前欄に書いたらどうか。
そうすれば専ブラであぼんできるし。
「言語美」はうんこ本でした。ありがとう。
矢印の人は本当に書き込みスタイルを変えた方が良いよ
128 :
考える名無しさん:2006/01/14(土) 13:04:12
>>126 たぶん、それはあなたのアタマが糞だからです。
129 :
考える名無しさん:2006/01/14(土) 18:35:16
“豚に真珠”て喩もあるからね。そうならない為に本は丁寧に読みましょう!
130 :
wisteria-1 ◆ITBZ6GuBCc :2006/01/14(土) 18:42:43
記憶の範囲だが、マチウ書試論で、吉本は、大審問官で、
イワンがキリストに対し3つの問いを発している箇所に関し、
かなり突っ込んでいる。
キリストは最後まで無言。
イワンのモノローグだから、というオチではなかった。
131 :
wisteria-1 ◆ITBZ6GuBCc :2006/01/14(土) 19:07:49
というか、イワンの方が、キリストを押していた。
132 :
考える名無しさん:2006/01/20(金) 19:39:49
吉本を最近になって読み始めた
やっぱ戦争体験がある人はすげえ
ほほう
そこはお留守ですよ
134 :
考える名無しさん:2006/02/01(水) 14:44:56
つーか、御大って未だご尊命なんすか?
何年か前に三浦(朱門?)サンのお葬式でお悔やみを読んだって
新聞で知ったけど、ご本人にはまだお迎へは来てないんすか?
字は読めない、書けないって売文家としちゃぁギリギリの状態
らしいじゃん。
おっと、ボクは御大の健筆を願ってる若造ですけどね。
135 :
考える名無しさん:2006/02/05(日) 23:03:50
『悪人正機』(新潮文庫)買った。一気に読んだ。
「そんなに『正義』はすばらしいか?」
いい言葉だねえ。
『正義』批判なんて今どき流行らない。
137 :
考える名無しさん:2006/02/06(月) 01:23:43
はやりなんてどうでもいいよ
138 :
考える名無しさん:2006/02/06(月) 19:57:36
134の若造クン、三浦朱門じゃのーて、
三浦つとむじゃろが。
彼の『日本語はどういう言語か』は良かったじゃろがい。
139 :
考える名無しさん:2006/02/06(月) 23:10:48
おまえらは愉快な奴らだなあ
140 :
考える名無しさん:2006/02/07(火) 11:48:22
そーか、三浦つとむは亡くなってたんだ。
で、吉本御大とはどんな関係なんよ?
141 :
考える名無しさん:2006/02/11(土) 18:55:58
三浦つとむが試行への投稿者でもあり、家族同士での付き合いもあった
ってなことをばななの本か何かで読んだような記憶がある。
勘違いだったらスマソ。
142 :
考える名無しさん :2006/02/19(日) 14:04:07
三浦の言語学はオリジナルで、時枝の言語学もソシュールも参照したオリジナル。
それらを参考にしたのが吉本の言語学、だろ?
まあ吉本はマルクスとフロイトへの参照が圧倒的に強いけどな。それにベースに
柳田民俗学の方法論があるからね。
143 :
考える名無しさん:2006/02/19(日) 18:51:00
大衆の原像というイデオロギーにもたれかかった吉本思想のダメっぷりが
明らかになったのがこの10年の思想的現象のひとつだね。
大衆の動向が大きく右傾化しメディアと連動・相乗作用していく状況のなかで
吉本の思想的批判力はまるで無効・無能だった。
「大衆の」とか「大衆とともに」なんて所詮商売人のキャッチフレーズでしょ?
吉本の思想は吉本に山の手のマイホームをもたらすための商売道具にすぎない。
こいつは真摯な学究に揚げ足とりの詰まらん喧嘩論争を仕掛けまくって
売名と巨利を得るとともに真っ当な知識人の神経をズタズタに引き裂いてきたが
自分の言論や思想に責任を取る気は毛頭ないらしい。
所詮はnobless obligeを理解できん下賤の民だよ。
144 :
考える名無しさん:2006/02/19(日) 19:16:06
戦前の旧制高校生に比べるとまるで無教養で学習意欲の低い全共闘世代、
最近の学力低下の先駆けとなった全共闘世代が手軽に自己移入できる擬似インテリとして
選んだのが吉本という自称思想家だったわけだね。
この全共闘世代という奴らは、社会・経済の舵取り役としては日本が戦後築き上げてきた
発展の成果をすべて崩壊・喪失させるとともに、家庭にあっては自分の子供の教育も
まともにできず、学力崩壊・学級崩壊に象徴される事態をもたらした、
戦後60年間で最悪の世代なわけだが、この連中が若かりし頃、
授業をサボって暴力沙汰を楽しむための口実をひねり出すために持ち出したのが
吉本の思想。
連中は吉本の言をイデオロギーとして大学の高名な教授を集団で取り囲んではいびり、殴りつけ、
大学の貴重な文献類を盗み、売り、破り、燃やし、
さらには学生の身分を意識的に悪用して国家権力とのドンパチを楽しむという
非常識極まりない破壊行為をやってのけた犯罪者世代。
こいつらと吉本の結託については、後続世代として厳しく批判していかなければならない。
145 :
考える名無しさん:2006/02/19(日) 20:10:35
>>143-144 うわあ、典型的な吉本トラウマのタイプだなあ。
「nobless oblige」「高名な教授」・・・すげえ。
けっこう年齢がイッてそうーですねえ。
リストラされました?
それとももともと仕事の口が無いとか・・・。
翻訳レベルじゃ別に知的職業でもないしい、
海外思想の受け売りに自己陶酔してるならコギャルにも勝てないしい・・・。
宮台にさえ・・・ですよお。
146 :
考える名無しさん:2006/02/19(日) 20:26:51
>>145 >こいつらと吉本の結託については、後続世代として厳しく批判していかなければならない。
まず自分でやらないと。w
罵倒だけの知性無しだと思われちゃいますよ。
147 :
考える名無しさん:2006/02/19(日) 20:28:16
148 :
考える名無しさん:2006/02/19(日) 20:51:46
団塊の世代と言やぁー、俺のバーチャンの世代だが、
連中の全部が吉本自慰サンのエピゴーネンじゃねー
だろ。
ほんでも、”高名なる教授”を殴るとは面白れーや。
おい、しこたま殴ってやったんだろな。
149 :
考える名無しさん:2006/02/19(日) 20:57:06
ボコられてケガした人の話し聞いたことあるよ。ワラたよ。
150 :
考える名無しさん:2006/02/20(月) 11:37:33
あのー、全共闘とか暴力学生達って誰もが吉本に
踊らされて暴れまわったってこと?
とんでもない。当時の学生運動家の中には吉本の思想を“怠惰”“国家と対決していない”“考えてるだけで行動しない”等と決め付け、攻撃する者が大勢おり、それらとの激しいやり取りは『吉本隆明資料集47』(猫々堂)中の『講演後の討論』に収められている。
152 :
考える名無しさん:2006/02/20(月) 20:50:14
吉本が全面的に支持されたことなんか無いでしょ。
党派性を激しく批判する吉本を全面的に支持できる党派の活動家なんていないはず。
吉本を本当に支持できるのってヒキコ世代やヒッキー本人でしょ。
ヒッキーなオレは支持するよん。w
153 :
考える名無しさん:2006/02/21(火) 18:43:53
『講演後の討論』会で学生さんだったか、
"高名な教授"を殴ったって本当なん?
154 :
考える名無しさん:2006/02/21(火) 19:39:55
>>152 まあでも「時代の雰囲気」を煽ったよな。
あのころは「左がかって普通」だったけど。
156 :
考える名無しさん:2006/02/21(火) 20:48:45
>>152 当時は、日共のドグマティズムを批判した功績だけでも大きかった。
新左翼、特に「白」の方は、吉本信者多かったよ。
157 :
考える名無しさん:2006/02/21(火) 20:50:57
>>152 確かに、当時、特に党派性批判においては群を抜いていた。
158 :
考える名無しさん:2006/02/22(水) 11:55:26
で、結局は"党派性批判"派と形成しちまったと。
159 :
考える名無しさん:2006/02/22(水) 18:45:55
>158
「党派性批判派」なるものがあるとして、それに何か不都合があるのですか?
160 :
考える名無しさん:2006/02/22(水) 22:15:54
不都合なんかないでしょ、158サン。
ただ、愉快つーか、よくある話だよね、
ミイラとりがミイラになるってのは。
反スタ党派がスタ党になってる例もあるしね。
161 :
考える名無しさん:2006/02/22(水) 22:37:43
>>152 叛旗派という党派は、ほとんど吉本前面支持のようでしたが。
吉本センセーもそこの政治集会に招かれて公講演してたことは、
語著作からも知れますね。
162 :
考える名無しさん:2006/02/22(水) 22:39:46
1987年に吉本、中上健次、三上治主催の講演会に行ったけど、吉本自身が最後の挨拶で「途中から遠心力が鈍って党派の集会みたいになり、そこが面白くなかった」て喋ってたね。中上は吉本から「あなた、まだ党派なんだな」て断定されてたし。
もうボケジジイだから叩くなという事か?
164 :
考える名無しさん:2006/02/23(木) 09:05:17
いんにゃ、自慰サンにお迎えが来るまで
ガンガン叩こうぜ、面白れーやな。
自慰サンにしたって、俺は未だ忘れられて
ねーんだってんで随喜の涙よ。
まぁ、2チャンなんぞ相手にしてくんねー
だろがな。
165 :
吉本の思想はネオナチズムに利用された:2006/02/23(木) 15:59:04
吉本は言う「70年代から第3次産業の倫理が社会を規定するようになった」。宮台や宮崎はこれを推し進め「第4次産業(文化メディア産業)が支配人種(?)になり世の中を支配するという思想的裏付けを得た。これが現代日本のメディア専制ナチズム
166 :
考える名無しさん:2006/02/23(木) 21:20:45
祝新刊!
光文社から『家族のゆくえ』刊行。
帯には“混迷する諸問題を読み解く 渾身の書き下ろし!”
税抜き1'400円。
167 :
考える名無しさん:2006/02/24(金) 19:19:52
ちなみに上記新刊の表紙裏には吉本の自筆冒頭原稿も掲載されています。視力を弱めながらもまだ原稿は書ける、という事実がわかり、嬉しい限り!
168 :
考える名無しさん:2006/02/24(金) 19:28:15
自筆で原稿が書けるってだけで喜ぶなんざぁ、
かなりなミーハーってことか?
169 :
考える名無しさん:2006/02/24(金) 20:05:32
叩く価値もない。
170 :
考える名無しさん:2006/02/24(金) 20:06:50
>169
一度でも叩いてから言えよ
171 :
考える名無しさん:2006/02/25(土) 19:33:32
でも、御大本人は叩くなよ。
マジ、お迎えがくるよ。
172 :
考える名無しさん:2006/02/25(土) 20:35:09
新刊『家族のゆくえ』相変わらず読ませるねー高齢でこのボケのなさには舌を巻かざるを得ない。
と、若年性アルツハイマーの患者が申しております。
174 :
考える名無しさん:2006/02/26(日) 11:08:37
この本の中の少年凶悪犯罪事件と胎児乳児期の関係を示唆し、子供がおかしくなってる事を知ったり、やり出した時にはもう遅い、と感想を述べている箇所。
あれらの事件への批評としてはずば抜けた深度で語られている。
175 :
考える名無しさん:2006/02/26(日) 12:13:34
この人のファンって、あの口汚い罵倒も支持しているの?
これだけ他人を罵倒した評論家っていないんじゃないかな?
176 :
考える名無しさん:2006/02/26(日) 13:35:48
>>175 結構前だが「文藝」に掲載された精神科医?斎藤環による吉本への罵倒は
吉本以上に凄かったぞ。一読の価値はある。W
177 :
考える名無しさん:2006/02/26(日) 13:37:27
罵倒ってのは善いか悪いかと言われれば悪いことなんだろうね。ただ、罵倒に至るまでの過程がいつもあるわけでね。ある局面に到れば吉本に限らず人は罵倒してしまうものだ、と捉えるね。
178 :
考える名無しさん:2006/02/26(日) 23:21:18
宮台による少年凶悪事件分析も良かったが、彼は加害者の精神分析については絶えず触れないことを方法とする。しかし、それは事件の分析として、また絶えず不十分さを残さざるを得ない。しかし吉本の分析は加害者の精神へまで踏み込んでいく。しかもその内容は相当良い。
もうちょっと筋道付けてまとめて言ってくれよ、といつも思う。
180 :
考える名無しさん:2006/02/27(月) 00:28:59
はい。宮台が加害者精神分析を避ける背景には所謂『人格障害』『ボーダー・ライン』といった呼称により、切断操作が施されていた状況への抵抗って意義があったと思います。しかし、それで加害者の精神分析がなくてよいという事にはならない。吉本はそれができている、て意味。
181 :
考える名無しさん:2006/02/27(月) 04:36:10
しかも、宮台が抵抗した切断操作的な、また所謂排除的な(擬似)精神医学でなく、加害者の胎児期からの世界形成的な分析を吉本はやっている。それは精神医学的な切断操作から一線を画しており、あれらの凶悪事件の加害者分析として貴重なものだと思う。
182 :
考える名無しさん:2006/02/27(月) 18:46:28
中途半端な存在である団塊世代の「学生大衆」の怨念と共鳴して人気があったという感じかな。
この人、文壇や論壇でも敬遠されている。
結果的に左翼批判に熱心な左翼という珍妙なポジションで、よくわからない。
183 :
wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2006/02/27(月) 18:57:25
>182
<中途半端な存在である団塊世代の「学生大衆」の怨念>と書いているが、
それはどういうものだったと思う?
>>174 そんなもの発達障害の医学ではとっくの昔に言われていること。
ま、そうした論文を引き写して4、50代の池沼相手に語る商売なら、
先生も老い先のタバコ代くらいは稼げるかもな。
185 :
考える名無しさん:2006/02/28(火) 02:27:36
ちなみに吉本が胎児乳児期を問題にする場合、精神医学的な眼差しもあるにはあるが、その根底にはハイデガー的な基礎存在論との親近性をもつ。つまり、世界内存在の世界性の生成解明という性格をもつ。そこに吉本の心的現象論のラジカルさがある。
186 :
考える名無しさん:2006/02/28(火) 12:59:17
「世界内存在の世界性の生成」というのは発生生物学なら当然。吉本のラジカルさは
ちゃんと生物学的な観点を導入したところ。解剖学の三木成夫に影響は有名だが、観念の
発生については吉本の完全なオリジナル。ハイデガーや現象学との類似は対象が同じだからであって
理論的な内容や方法論としては全く違う。一貫してるのはフロイトへの深い読解。去勢やトラウマと
いう用語に依拠しないのは、もっとラジカルなところから理論を構築しているから。
187 :
考える名無しさん:2006/02/28(火) 13:09:28
吉本が自ら廃版にしてしまった心的現象論序説のラジカルさは歴史に残るレベル。
そもそもこの本を批評できたプロがいない。柄谷の解説は浅く、浅田は読めず、多くの
心理学者、精神医学者は理解もできず、一方では東大ほか医学生が争って読書会を
つくったほど。その学生たちがいま院長クラスで何人もいるのは確か。ただしいまだに
理解できた人間は一部だけだろ。
188 :
考える名無しさん:2006/02/28(火) 13:25:06
世界性の生成は自己認識から始まるが、自己認識は既に2つの認識に区別される。
<ワタシはワタシ>と<ワタシのワタシ>。前者は自己同一性、後者は自己対象性の
自己認識。前者は自己抽象性、後者は自己関係性であり認識力の概念形成と規範形成の基礎に
なる。
たとえば概念不全があり、その分だけ規範形成にウエイトが傾けば分裂症。概念形成は充分だが
規範不全であれば躁鬱症...という理解ができる。
189 :
考える名無しさん:2006/02/28(火) 13:34:29
ラカンの有名な三界論も心的現象論的に読解でもすれば面白が。
現実界、象徴界、想像界のどれも明確に定義も読解もできない輩が
ラカン用語を使う様はウザイ以上に迷惑だからな。自分が読んでる
理論や用語の定義もできないくせに他人に向かって何かを述べるくらい
幼稚で動物化した姿はないと思うが。
190 :
考える名無しさん:2006/02/28(火) 13:40:32
>>184 発達心理学、赤ちゃんの臨床は尊いものだと思う。吉本はそのへんは
よく勉強している。むしろほぼフロイトオンリーから臨床と同じ結論に
たどり着いたところに価値があるしな。論文の引き写しは逆だな。吉本を
陰で読んでるやつはたくさんいるよ。かつての心的現象論序説講演会などは
在京の心理学会関係者の多くが来たからな。立見席に大勢の心理学者が突っ立てる
姿は壮観だったよ。w
191 :
考える名無しさん:2006/02/28(火) 13:52:09
“生物学的な観点の導入”“一貫したフロイトへの深い読解”については同意!まさにそうです。ハイデガーについては、ハイデガーの『有と時』を心的現象論への導入として受け取った人間なので。つまり吉本幻想に於いても《有る》への問いは背景にある、と思ったので。
192 :
考える名無しさん ::2006/02/28(火) 14:59:28
>>191 心的現象論序説ではフロイト以外では現象学が参照され、ハイデガーと
ベルグソンへの洞察は参考になりますよ。どちらも批判されてますが、
逆に徹底的に理解された故の批判なので現象学への理解にもなりますね。
もちろん吉本でも「《有る》への問いは背景」です。そこが原点だから。
原生的疎外や純粋疎外という概念の示すとおり「序説」での吉本はラジカルな
哲学者でもあるでしょう。問題はその「序説」を封印してしまったことですね。
ところがよく読むと「ハイイメージ論」や「マスイメージ論」での概念装置は
ほとんど<純粋疎外>や<遠隔対称性>という「序説」で低輸出されたものに依拠してます。
「序説」には「共同幻想」「対幻想」という言葉はでてきません。概念装置や理論に安住してしまう
以前の緊張感ある連続した思索が「序説」ですね。
193 :
考える名無しさん:2006/02/28(火) 15:02:51
上記訂正
低輸出→提出
194 :
考える名無しさん:2006/02/28(火) 17:12:28
ええ。例えば『有と時』の第一部タイトルは“現有を時性に向って研究的に解釈することと、時を有への問いの超越論的地平として解明すること”とされてる訳ですが、タイトルだけながめても吉本の胎児乳児期を扱う手つきと、どうしても繋がりを感じますねー
>>190 >論文の引き写しは逆だな。吉本を
> 陰で読んでるやつはたくさんいるよ。かつての心的現象論序説講演会などは
> 在京の心理学会関係者の多くが来たからな。立見席に大勢の心理学者が突っ立てる
> 姿は壮観だったよ。w
知的障害と認知症がごっちゃになった老人かお前は。
発達障害は心理学じゃね−んだよw。
まあホント。こういう老人を騙す商売で小銭を稼いで下さい。
吉本センセ。
196 :
考える名無しさん:2006/03/01(水) 08:04:32
こういう人って、レスがウレシイんだよねえ
楽しいでしょ!
>>195 やっと自分の出番があって!
197 :
考える名無しさん:2006/03/01(水) 08:22:07
どうでもいいけど、内容がなさすぎな感じですが。
198 :
考える名無しさん:2006/03/01(水) 11:59:06
下手な中傷以外は良い線いってるんではないかい?皆さん、きちっと読んでるという印象もちました。
ベクトル変容、心的時空構造、、、序説は理系の発想で面白かったなあ。
前書で心理学者、哲学者が怒るだろうと挑発してるところが最高だった。
>>196 おや、ずいぶん悔しそうだね。
図星を突かれると悔しいもんだよねw
吉本スレで「下手な中傷」するのは、それこそ何らかの障害の発露だろうから、
いいではないか、といってるみか。無視すればいいだけだが。
203 :
考える名無しさん :2006/03/01(水) 17:15:11
↑言語障害?
204 :
考える名無しさん:2006/03/01(水) 20:10:59
>>183 エリート知識人、表現者からも実務的企業人、職能者からも落ちこぼれた観念的青年たちの
自己の存在への不安、焦燥、怨念という事ではないかと思います。
観念としての自己と現実の社会的存在としての自己との大きな乖離を認識する事が遅れた青年や
観念世界と世俗社会の相克のなかで自己の居場所を確立できなかったり、知識人としての孤独に耐えられない青年が
現実逃避的に吉本のエリート進歩的知識人への罵倒に溜飲を下げていたという側面は大きいと思います。
吉本自身も下町の職人家庭育ちの人間がエリート知識人、学者に喧嘩を売るというような
あざといやくざ映画的といっていい図式的な設定を好んでいたようにみえます。
205 :
考える名無しさん:2006/03/05(日) 08:42:10
>吉本センセ。
キモイ
コイツ、ウザクテ、キモイ
206 :
考える名無しさん:2006/03/08(水) 08:53:36
そういえば以前、心理坂で、吉本に言及した発言が、それだけで削除されたことがあった。
削除依頼も何もなしに削除されて、まったく何も無かったようにスレが続いていた。。。
心理坂ってレベルも低いが、それに比例して排他性も激しいみたい。人間てレベルの低さと
拒否や攻撃の激しさって比例するね。荒らしを見るといつもそう思うよん。
207 :
考える名無しさん:2006/03/09(木) 15:00:50
だからか、吉本自慰サンの否定や攻撃が激しいのは。
>>206 考え過ぎ。そんなことありえない。お前の思い違いだよ。
そういう吉本信者の偏った被害妄想と
>>204って何か繋がってくるんじゃないかな。
209 :
考える名無しさん:2006/03/10(金) 23:05:27
>>206、
>>208 感情の定義で面白そうだったカキコが、そこだけ消えたことがあったのは確か。
カキコされたタームは吉本用語そのものだったから、ピントきたね。
吉本が大きな抑圧になってるのは確かだから、無理ないかもな。
210 :
考える名無しさん:2006/03/10(金) 23:20:54
吉本信者の妄想だろうが実際の荒らしだろうが、吉本理論から何も導き出していない
なら説得力はないし、正当に成立する批判でなければ価値もないだろ。この手のやり取りが
2ちゃんのスタンダードだろうからしょうがないけどな。政治的な言論は別として、
吉本の哲学、言語、心理に関する理論は探究される価値はあるだろうな。
>吉本が大きな抑圧になってるのは確かだから、無理ないかもな。
すげえ被害妄想だな。君、面白い。
じゃあ、ここは何で消されないワケ?
212 :
考える名無しさん:2006/03/11(土) 00:48:44
>>吉本の哲学、言語、心理に関する理論は探究される価値はあるだろうな。
求む、探求。探求すてみてくだはい。ヨロ
抑圧妄想は小浜先生ですか、柄谷先生ですか?
いったい何に対して「吉本が大きな抑圧になってる」んだ?
「勝利だよ、勝利だよ」と言われちゃ、キレるがな W
217 :
考える名無しさん:2006/03/11(土) 03:21:16
「アフリカ的段階」概念と胎児乳児論とは、いかなる論理で関連づけるのが適切だと思われますか?みなさんの意見をお待ちしてます。
>>217 そこがいちばんアクロバットでしょ。一応吉本自身はヘーゲルからヒントを得てる
みたいだけど。個体発生は系統発生を繰り返す胎児期間の生物学的な認識(三木理論)に
観念の弁証法的発展(ヘーゲル)を同致させてるね。
オレだったら遺伝子から心の発生を解き明かした「心の起源」を援用するね。
再帰的に自己複製をすることが<心>の発生であることを解いたのはノーベル賞
ものだろうと思うよ。遺伝子の自己複製それ自体が心だという論考は衝撃的だから。
吉本信者どいつもこいつもぶっ飛びすぎ。
221 :
考える名無しさん :2006/03/11(土) 10:01:11
なんでも信者と妄想呼ばわりの相手にしてよちゃん約1名ですか W
222 :
離床:2006/03/11(土) 11:33:37
大澤真幸の「思想のケミストリー」所収の吉本論について。
どう評価しますか?あるいは、どなたか解説(分析)していただければ幸いです。
223 :
考える名無しさん:2006/03/11(土) 11:34:56
結構なこっちゃねーか。
テメーでテメーを信じられねーご時世だ。
モウロク自慰さんだろうと、信じられる
連中はお目出度く、お幸せってとこよ。
「吉本の抑圧」とか「吉本のノーベル賞」とか...、今、21世紀だよね...。
まあ、20世紀にもそんなものは信者の妄想にしか存在していなかったが。
「ノーベル賞」とか言って権威に弱いのがバレバレじゃん。恥ずかしい〜。
225 :
& ◆8S1oXfpM5M :2006/03/11(土) 19:53:59
モウロク爺さんの信者に反発するだけのってもっとハズい。。。
226 :
考える名無しさん:2006/03/11(土) 20:31:50
村上ショージだよ、ショージだよ
227 :
考える名無しさん:2006/03/11(土) 21:55:00
近著「家族のゆくえ」で、郵政民営化について御言及されたそうですが
どんなことを仰ってるんでしょうか。
228 :
考える名無しさん:2006/03/12(日) 08:55:23
>>222 私も読みましたよ。吉本の解読ではいちばん優等生だと思います。
ただそれは初期三部作のうち共同幻想へのものであり、心的現象、対幻想、
基本概念としての疎外(原生的、純粋)への解読はなされていないので、
その点では芹沢の方が吉本の全体像をつかみやすいですね。イメージ論になると
誰も取り上げてませんしね。「世界認識の方法」で吉本は自らの思想を簡略化して
説明してしまいましたが、それ以降の典型的な解釈は大澤のスタンスに象徴される
気がします。村瀬でさえ吉本の疎外概念は理解できないようですが、すると吉本思想の
理解者、読解者はいないことになってしまうので残念です。
早く何の「抑圧」もなくおおっぴらに吉本について語ることができる時代がくればいいのに。
マスコミでは一種のタブーですからね、吉本隆明の論考は。
あと、取れるといいですね、「ノーベル賞」。
230 :
考える名無しさん:2006/03/12(日) 18:44:01
自慰サンについて語ることに「抑圧」があんのか?
一体どんな「抑圧」よ?
そいと、ノーベル賞って、副賞の金目当?
自慰サンの葬式代の足しにはなるって訳か。
231 :
考える名無しさん:2006/03/13(月) 13:19:35
吉本は著書の中で意識的に嘘を書いて読者を騙しているよ。たとえば栗本慎一郎との共著「相対幻論」。あと自らと天皇とのパトロン関係も隠しているね。
232 :
考える名無しさん:2006/03/13(月) 21:05:29
ほんとだ、栗慎のハゲと、天チャン一族が鮮人ってことな。
ちと伺いますが、いぜん立ち読みした誰かの本の中の対談に吉本隆明が出てたんだけど
原始仏教が、当時の思想の寄せ集めみたいなコメントしてた。
たしか日本語についての本?だったような気がするんだけど著者名、書名がわかりませんかね。
もし他に吉本隆明が原始仏教に言及している本を教えていただければ、なおありがたし。
234 :
考える名無しさん:2006/03/16(木) 19:38:22
間違ってたら堪忍だぜ。
『日本人は思想したか』あたりはどうかな?
235 :
考える名無しさん:2006/03/17(金) 23:02:30
親鸞とか良寛みたいな坊主の名前が書名の本はどうよ?
237 :
考える名無しさん:2006/03/21(火) 22:34:31
「啓蒙的だから駄目なんですよ」という吉本の発言の意味を解明した奴なんて果たしているのか?
>237
吉本が栗本に言った言葉だね。
「衆愚がいちばん」という意味でフーコーの思いと共通らしいよ。
親鸞も同じだったと思うけどね。
239 :
考える名無しさん:2006/03/31(金) 01:11:34
『吉本隆明全講演ライブ集』最新刊『吉本隆明vsボードリヤール 世紀末を語る 他』弓立社 CD3枚組税抜き9'000円
>>238 フーコーがいつどこで「衆愚がいちばん」なんつってんだよ?
241 :
考える名無しさん :2006/03/31(金) 07:55:25
でたでた、重箱坊や、や〜ん
242 :
考える名無しさん:2006/03/32(土) 09:51:46
吉本の著作数は多すぎです。
1、2冊だけ読むとしたら何がいいか教えてください。(宗教関係は読みたくない)
選びたいから5冊くらい推薦してください。よろしくお願いします。
243 :
242:2006/03/32(土) 09:52:50
なるべく科学的、理論的なものがいいです。評論も興味ない。
245 :
考える名無しさん:2006/03/32(土) 10:12:19
吉本がなぜさんざ持ち上げられたかを知りたかったので昔の本などをしらべてみると、学生運動のいろんなセクトと共産党の〜支部とかわけわかんないので
吉本が何で廃れたか調べる前からわかった
246 :
考える名無しさん:2006/03/32(土) 18:10:17
>>242 心的現象論 序説は絶版、本説総論の単行本化は未定?
共同幻想論 いちばん有名になった本。柳田民俗学が参考になる。
言語にとって美とはなにか 浅田彰が理解できなかった本。ソシュールは超えてる。
ハイイメージ論T(マスイメージ論) 共同幻想論の現代版
ハイイメージ論U 言語美の現代版
ハイイメージ論V 言語美の現代版
ハイイメージ論は最初の3冊が理解できていないと読解不可能。評論的だが
マルクスやソシュールの再読としても新鮮。J・ケージ論は浅田のケージ論より
面白い。現代の経済的な問題や動物化概念もよくわかる。重要タームは世界視線。
お前が読解してたら、それはそれで何なわけ?
>>238 フーコーはアンチヘーゲル。それがヘーゲル大好きなジジイと同じ見解を持つに致ったのが対談の成果。
それを読み取る人は少ないでしょう。
249 :
考える名無しさん:2006/04/02(日) 00:13:06
たくさんあるけど文章が読みづらそ
最新刊の「家族のゆくえ」が必読ですよ。
難解な<対幻想>が丁寧に説明されてるから。
251 :
考える名無しさん:2006/04/03(月) 18:51:48
そういえば吉本はCIAの要注意人物のリストに載ったんだろ。
丸山を論破したから。真男はアメリカが期待したイデオローグだからな。
吉本は米国批判もやってるからな。
254 :
考える名無しさん:2006/04/03(月) 22:18:09
共同幻想論やアフリカ的段階など、文芸的なレトリックで書いたものはわかりにくい。
前書きと後書きだけ読めば本人がうまくまとめてあるし。
ああいう文芸的な書き方って時代に合わないのでは。
255 :
考える名無しさん:2006/04/03(月) 23:07:20
>言語にとって美とはなにか 浅田彰が理解できなかった本
それりゃあ内容が学問的にはナンセンスだからです。一知半解の知識をちりばめたナンセンス本の代表ですね。
256 :
考える名無しさん:2006/04/03(月) 23:14:14
おフランスのテクスト論にかぶれすぎた浅田が分からなかっただけで、
加藤典洋なんか帰って新しいと褒めていたよね。最近になって。
個の言語、というものに優位をおいたあたりが、分からなかったんだろ。
上の奴、見るからに馬鹿そうだね(苦笑。
おい、吉本信者。
ほんとうに「言語美」がソシュールを超えていると思うのなら、
浅田・万年助教授とっちゃん坊や・彰なんかの名前を出さずに、
「言語美」とソシュール言語学の具体的な比較検討をしてみせろ。
258 :
考える名無しさん:2006/04/04(火) 00:19:51
信者じゃないしやなこったw。吉本自身が果たせなかったにせよ、
ヘーゲルのトリアーデを「普遍、特殊、個別の」三領域で独立に考えて、
三者の相互影響関係を考え、それらを「幻想領域」というヴァーチャル性
のもとで捉えようとした視点は新しいよ。
ソシュールは言語学者じゃん。で、ソシュールに影響受けつつ、テキスト論で
パロルに対するテクスト優位の思想を展開しようとした連中なんかは、むしろ
特殊に個別を吸収してしまっているだろ。
それはフーコーと吉本の対談見ていても論じられているけど、例えばヨーロッパの
左翼が国家に対する対立軸として、すぐに「党」というものばかりを出していた、という
フーコーの反省にも現れている。個というものを、「特殊」たる「党」や普遍たる「国家」
と直接向き合わせる視点が無くて、それでその発想で文芸批評をし、あげく「作者の死」なんかを
強調しすぎたということ。そのあたりが面白くないわけだよ。
まぁ、言語学者としてのソシュールは、それはそれで偉いに決まっているよ。
しかしあれも共時的なものとしての言語体系と、それに対する変動要因という
二元性ばかりになっていて、価値形態と貨幣みたいにその二種類で多様性を考えようと
していて、あれで芸術を論じようというものではないよね。
259 :
考える名無しさん:2006/04/04(火) 00:24:00
<妹>が<イモート>であってもokだが、
<妹>が<コモート>であっていけない理由が説明できない....
とかいう説明が面白かったな。「イメージ論」の方のソシュール論だっけ?
260 :
考える名無しさん:2006/04/04(火) 00:30:54
シニフィアンとシニフィエの対応を保障するものは何か?
ソシュールでは説明できない....と指摘しつつ、ソシュールは
ワザとそこを捨象して、既存の言語論を内破に導こうとしたに違いない....
とどんでん返しでソシュールの革命性を評価してたね。言語学者には再帰できない
革命性ね。
品詞についてはソシュールはやってない
262 :
考える名無しさん:2006/04/04(火) 01:33:28
吉本の品詞についての孝察を加藤典洋が評価してたな。
自己表出から指示表出までのグラデーションでね。
助詞は自己表出性が高く、名詞は指示表出の典型だというやつ。
一語なり一声に両価性はあるが、そのベクトルがポイントだろね。
そのベクトルの示すものこそ吉本の<遠隔対称性>概念だから。
橋本大三郎も評価してる
信者が評価するのは当たり前の話であってそんなものは何の有難みもない。
265 :
考える名無しさん:2006/04/04(火) 07:45:07
266 :
考える名無しさん:2006/04/04(火) 09:15:08
「永遠の吉本隆明」橋爪大三郎だね。
吉本の理系の知識やフランス現代思想よりすすんでるという指摘ほか、
他の吉本論より視点がユニークで面白いかもよーん。
浅田は「近代日本の批評」(対談/浅田、三浦、蓮實、柄谷)で、
吉本のオリジナルな概念がわからない≠ニ泣きじゃくってるとこが結構可愛いいぜ。
詩的≠セとか罵倒したつもりにもなってるが、何よりテニオハのレベル、中学生の
レベルで理解できない≠ニ理解できない自分を認めてるところがサイコー。ラブリーアサダン。
吉本の言語論は投げっぱなしジャーマン。
吉本派と称される連中のなかにこの言語論を引き継ぐことのできる人材がいなかったから断絶された。
いっぽうソシュール言語学は世界各地にばら撒かれて様々の分野において発展進化している。
翻訳の問題もあるけど、やはり吉本派の怠慢がでかいな。
加藤テンヨーも、周囲がソシュール狂いで孤立していてだの、中原中也以外に読めるものがなかっただの
子供を寝かせつけた後にひっそり「言語美」をひも解いていただのと三流フォークソングみたいなこと
書いてないで時枝誠記を真剣に検討すべきだったのにね。
浅田って本当に理解できないのか。
理解はうすうすできているが、自分の保身、政治性のために、
バカにしてるんだと思ってた。細かく見ていって批判するのは面倒だからね。
浅田が理解できないというのはなぜかを考えると面白いね。
母性に恵まれなかったのかな。
ゲイは美男子が好きなんである。
母型論ってフロイトを修正して、母性を前に出そうとしてる。
それだと、ユングに近づくね。
アフリカ的というのもアーキタイプと関連しそうだし、
臨死体験もシンクロニシティの拡張。
母型論というタイトルも「元型論」を思い出すし。
臨死体験がシンクロニシティの拡張?
>>266 吉本かじってみてよくわからなかったので、先に橋爪本読んだ。
そうすると、読みやすくなった。
でも、あらかじめ橋爪の理解の範囲内で捉えてしまうので、
良し悪しかも。
>>272 シンクロニシティっていうのは、理性や意識の度合いを下げたところにでてくる。
理性や意識ってのは、自己と世界(自己以外)をはっきり区別するところからでてくる。
275 :
考える名無しさん:2006/04/04(火) 18:27:59
吉本派は怠慢じゃなくてバカだろ。
橋爪は吉本の思索に理数的なクールなアプローチを見出しながらも、
<遠隔対称性>や<純粋疎外>の<ベクトル変容>という、システム論を飛躍させるような
基本的な概念に理解が及ばなかった。
たぶん全く違う文脈から登場する思索家の方が吉本理論を解析しうると思うよ。
たとえば宮台は90年代まで共産党独裁だった東ヨーロッパの<草の根ファシズム>を検討した
ときに<人間が2人以上いれば権力が生じる>という基本認識を持ってる。
社会学論文となったこの説明は、ほとんど対幻想から演繹したものだとも考えられる。
それに選択による分岐を組み込んだのが「権力の予期理論」だろう。
システム論やフロイト、ラカンを原理まで解体すれば、吉本理論的なキーが見つかると思うけどね。
276 :
考える名無しさん:2006/04/04(火) 18:30:59
極左思想家だから駄目。異常。
277 :
考える名無しさん:2006/04/04(火) 18:36:00
吉本は税金は消費税だけにしろとか主張してるよな。
そうすれば民衆は消費しないことによって
政府に反抗できるとか言ってるよな。
狂った? この人
政府へのリコール制度の確立ということはずーっと言いつづけてるよ。
280 :
考える名無しさん:2006/04/04(火) 20:43:12
まあ近代最強の狂気は国家や政府は不可侵だという妄想だから、
全世界がキムジョンイルみたいに思えるヤツの真正馬鹿サンプルつーことで
>>267 >テニオハのレベル
テニオハは確かに書き言葉としては、おかしなところがある。
漏れも編集者をやっていたことがあるが、直したくなるねw
しかし、話し言葉、普通のおじさんの言葉とすれば理解できなくはない。
浅田は関西人なので、東京の地元の話し言葉は慣れていないのかもしれない。
宮本常一によれば、東日本は父権的で、西日本は母権的。
佃のオヤジが「母」といい、京都のゲイが「父と戦え」といういうのもおもろいわ
吉本は今は自分では執筆していないんだろ?
それなのに毎月のように本が出ている。
やっぱ出版界にはシンパがわんさかいるのかな。
最近は、京都のゲイは「頑固親父に徹しろ」だっけ?
どちらにせよ、父のことしか頭にないのね。
>>282 このジャンル(どういうジャンルだ?)で、赤字にならず
そこそこ売れるという感じなねーの?
285 :
考える名無しさん:2006/04/04(火) 21:29:51
最新作『家族のゆくえ』の表紙裏に吉本自筆の原稿が写っている。明らかにこの本の原稿だと解る。視力低下は事実だがまだ書けることが判った。
道州制について何か言ってる?
287 :
考える名無しさん:2006/04/05(水) 00:44:09
>>281 吉本の文章で助詞に関係詞的なニュアンスが入るところがあるよ。
特に初期の本は。心的現象論や言語美でさ。詞の前後の包含関係や
打ち消しの関係が一読では理解しにくいとか。
言語学の本に載ってたけど、限定可能性の助詞などは関西人には
理解できないという調査報告があるから。オレも編集者だけどね。w
288 :
考える名無しさん:2006/04/05(水) 00:45:12
こいつ馬鹿
何の偏執してるんだか
>>287 ここにでてくるキーワードをぐぐると、いつもあるページがひっかかる。
山下邦彦は、漏れも尊敬してる
290 :
考える名無しさん:2006/04/05(水) 11:10:46
山下邦彦て何よ?
291 :
考える名無しさん:2006/04/05(水) 12:22:36
音楽評論家。ググレば。
292 :
考える名無しさん:2006/04/05(水) 12:25:14
言語理解能力の差は大きいぞ。たとえ方言レベルでも。
読めない書けないのは敗北者とはエンゲルスの言葉だが。
293 :
考える名無しさん:2006/04/05(水) 12:33:37
広松渉がいちばん執ったことだしな。
2chに書き込みしてる奴は
自己幻想が大きい奴が多そうだ。
>>269 >浅田って本当に理解できないのか。
>理解はうすうすできているが、自分の保身、政治性のために、
>バカにしてるんだと思ってた。
大澤眞幸が当時吉本批判は踏絵だった≠チて東工大の吉本シンポジウムで
指摘したんじゃなかったっけ? もちろん政治的な。
問題はそういうプロパガンダで吉本研究?の可能性が邪魔されちゃうことでしょ。
296 :
考える名無しさん:2006/04/05(水) 20:22:23
自己幻想の大きなやつを相手にした荒らしって、自己幻想以下でそ
「吉本研究」なんてやりたい奴がとことん勝手にやればいいだけであって、
邪魔する人間なんてどこにもおらんぞ。
吉本の3つの幻想とラカンの3界を比較して見るのも興味あるね
自己幻想
対幻想 = 想像界
共同幻想=象徴界
現実界
299 :
考える名無しさん:2006/04/06(木) 11:51:29
どなたか、吉本氏の『原生疎外』について教えてください。『純粋疎外』との
違いについても。本が手にはいりにくいし、読んでもわからないでしょうから。
なるべく、やさしくお願いします。
本人による「心的現象論序説」における説明では、
「原生的疎外」のベクトル変容が「純粋疎外」です。
「原生的疎外」は「生きていることそのもの」です。
マチウ書式論最高!
知らない人は知らない香具師は「真知宇」でYahoo検索してHP
写真とプロフィールと文章置場を見てみ
302 :
考える名無しさん:2006/04/07(金) 21:54:23
自慰サンは何であんなに記憶がいいんよ?
303 :
考える名無しさん:2006/04/09(日) 01:03:45
>>301ホームページ見た
顔写真かっこよくて
文章置場も面白すぎる
うわ なにこのスレつまんね(^ω^;)
305 :
考える名無しさん:2006/04/09(日) 11:21:44
馬鹿が跋扈するスレだから
自分を筆頭に?
もちろん!
308 :
考える名無しさん:2006/04/12(水) 14:15:32
吉本関係のお薦め本はあまりないみたいですね。
309 :
考える名無しさん:2006/04/12(水) 22:54:16
>マチウ書式論最高!
彼のキリスト教論は完全に論破されてしまったよね。一言も反論せず黙殺したのはまたく
惨めだった
/⌒ヽ
( ^ω^) みるなお
(つ/ )
|`(..イ
しし'
誰が論破したんですか。著作紹介してくらはい。
312 :
考える名無しさん:2006/04/13(木) 12:07:54
論破つーか、昨今の研究成果により
キリスト自体が架空の存在ってのが
明らかにされてしまったってことだよね。
マチウで提出した「関係の絶対性」概念は論破も何もされてないが。。。
死海文書によればキリストは70歳くらいまで生きていたとか。
それと(架空の)イエスの物語への論考は別に齟齬を生じるとは思わんが。
316 :
考える名無しさん:2006/04/13(木) 20:51:47
>315
死海文書ってどこまで解読されているのですか?
317 :
考える名無しさん:2006/04/14(金) 00:29:34
最近発見された「ユダの福音書」も凄いね。
ユダに裏切りを指示したのはイエス本人だったわけでしょ。
肉体のくびきから解放されるためにさ。
318 :
考える名無しさん:2006/04/14(金) 07:48:51
イエスにとどめを刺したロンギヌスの槍は、ラングの人がそれを言葉にとどめた、
という意味だろうからね。
319 :
考える名無しさん:2006/04/15(土) 07:13:19
>311 宗教学者の田川建三 柄谷行人いわく「田川の仕事で吉本のキリスト論は完全に論破されてしまった。一言も反論できないだろう」と。確かに田川の仕事は実証的に完璧で、いい加減にだらだらと推敲を重ねず思い付きを書いていく吉本とはスタイルが違いすぎる。
320 :
考える名無しさん:2006/04/15(土) 07:15:21
321 :
考える名無しさん:2006/04/15(土) 12:11:20
>>319 田川の『思想の危険について 吉本隆明のたどった軌跡』を読むと
田川が「対幻想」を誤読してるのがわかりますよ。逆に的確に読解できてる
人の方が少ないわけですが。
田川は吉本を浅く読んで、その共同幻想に対して対幻想を対置させる認識を
恐れています(これそのものが誤読ですが)。なぜならキリスト教という共同幻想も
同じように対幻想に対置されてしまうのが恐いわけです。国家主義者や右翼が国家に
対置されるものを命がけで抹殺しようとするのと同じですね。w
田川の教え子の一人である宮台真司の方が吉本への理解は深いでしょう。
柄谷は問題外のレベルのような気がします。
今、柄谷の頭の中に響きぱなしになっているのは吉本と高岡の対談集のまえがきで
吉本が柄谷君などはもっとがんばらなければ、と励ました?言葉でしょうね。
柄谷はいまだに吉本を超えていません。
斎藤環の「家族の痕跡」ではラカンをたどりながら対幻想と同じ結論に達していくという
スリリングな論考が読めたりします。もう世代が違いますね、完全に。
柄谷、浅田らは、訓詁学的評価を待つだけでしょうか。
>>321 >>吉本が柄谷君などはもっとがんばらなければ、と励ました?言葉でしょうね。
いつ、どこで?
323 :
濱田直人:2006/04/16(日) 20:30:49
>>319
柄谷行人が田川建三の仕事で吉本さんのキリスト論は論破されたと言われたと、いうことですが、
具体的にはどういうことなんですか。
田川さんの実証的な研究が吉本さんの論理と食い違う部分があるんですかね。
あるとすればどういう部分なんでしょうか。
ご存知であれば教えてください。
324 :
考える名無しさん:2006/04/19(水) 00:11:40
吉本って頭まで糖尿病になってんだろ。
名馬も病むれば駄馬にも劣る。
無明を観じ、出家せよ。
ゴータマ・ブッダが涅槃への道
ー生のニヒリズムをお示しくださる。
325 :
考える名無しさん:2006/04/19(水) 00:43:01
昨日 キリストがゴータマ・ブッダに弟子入りしたいって
泣きついてきた。
「エリ、エリ、ラマ サバクッタニ!」ってあのとき本音だったんだけど
復活もできず、もーどうもならんってね。
で、最深部の自己保存本能は大脳前頭葉ではどーしょうもない
根本的な生存欲=自覚できざる無明であって、ブッダが悟られた
十二因縁観と四聖諦観の絶対真理がよーく解った。ついては
『そこで、わたしに、正しい道理にかなった思いが起こった。
患いであるという念いが現れた。世を厭う気持ちが定まった。
次いで、私の心が解脱した。』
ナーガサマーラ長老
---}『仏弟子の告白─テーラガータ─』(76ページ)中村元訳、岩波文庫
になれそうなんで、弟子入り:出家したいんだけど イイ?
♪笑って許して、小さなことと
笑って許して お願いよ! ♪
駄馬にも劣る。。。カキコでも本人の救済なんだね
カキコできる人はシアワセだよお
>>323 「思想の危険について」がいいんじゃないの
329 :
考える名無しさん:2006/04/19(水) 13:07:06
田川は自慰サンが居てこその田川だからな。
田川より小川国男の方が本質的な問題意識があるね。
331 :
考える名無しさん:2006/04/20(木) 12:45:01
そうそう、小川・御大の対談集があったよな。
2人ともあの暗い顔で何を対談したんだろ。
いいんだよなあ、あの暗さ。
333 :
考える名無しさん:2006/04/21(金) 12:21:16
小川はあの顔だから暗い顔でも宣伝になるが、
爺さんの暗い顔は駄目だね。
334 :
考える名無しさん:2006/04/21(金) 12:42:44
「小川さんの小説では小川さんの分身と思われる人物が庶民と打ち解ける、理解しあう場面があるがそこは不自然だった。大衆からみれば私や小川さんみたいのはどのみち“旦那”なんですよ」と二人の対談のどれかで吉本は喋っていた。あの辺の批判は吉本らしいと思う。
そう、吉本って大衆の味方なんだけど、
自分が大衆と打ち解けない、和解できないって自覚してるとこが、いい!
いいなあ、あの暗さ・・・
小川さんて、ゴッホが入院してた病院へ忍び込んだり、けっこう無茶苦茶
なんだよね。そこがまたオモロイ。
2人とも無茶な人なんだよなあ、ああ見えてさあ。
吉本さんは
敵か、味方、
これだけの人でしかないんですね?
337 :
考える名無しさん:2006/04/21(金) 19:53:40
敵か味方かは観念上のことで、現実に特定の誰かを敵視する人ではないでしょ。
関東大震災後に「朝鮮人が攻めてくる!」って朝鮮人の虐殺やった類いの人間とは
違うでしょ。ユダヤ狩りとか赤狩りとかする人とは違うよ。
338 :
考える名無しさん:2006/04/21(金) 19:57:27
「敵か、味方」を意識しすぎる人って、
自分がそういう扱い(育てられ方)を受けてきた人だね、きっと。
厳格というと聞こえがいいけど、変に厳しい家、強権的な父とか、
見栄っ張りの教育ママごんとかね。
339 :
考える名無しさん:2006/04/21(金) 20:13:20
まあ、敵と言いたくなるようなアホも多いわけで。
341 :
考える名無しさん:2006/04/22(土) 20:12:08
「優れた敵はいないか」と御大はその昔徘徊したらしいな。
>341
カコイイ
バカか?
はい
345 :
考える名無しさん:2006/04/23(日) 10:15:42
空腹で休日なのにもう目が覚めた。
今日の朝刊に自慰サンの『最後の親鸞』が載ってたな。
宗教の枠組みが解体されると、一体何になっちまうのか?
親鸞は坊主でなくなったのか?
そんなことの回答より、今は朝飯が食いたい。
やっぱ、パンよりご飯がいいな。麺類でもOKだ。
346 :
考える名無しさん:2006/04/29(土) 10:31:06
勢古浩爾の「生きていくために大切な言葉 吉本隆明74語」が面白かった。
吉本の本はほとんど読んでなかったけど、これ読んだら興味わいたな。
タイトルが俗流人生論みたいなんで敬遠されそうだが、いい本だと思う。
「俺は生まれたときから鬱病だ」
このフレーズが気に入ったw
気の利かない中学生の戯言みたいでいいですね。
348 :
考える名無しさん:2006/04/29(土) 13:49:11
自慰サンがらみの本なんざ、気のきかない連中、
ザレゴトしか書けない連中にしか通じないだろが。
まして、セコの貼り付け本なんざぁ愚の骨頂よ。
勢古さんて好きじゃないけど
「生きていくために大切な言葉」は
確かによかったです。
もっとメジャーな人が書いたら売れるだろな。
糸井重里さんとか。
351 :
考える名無しさん:2006/05/02(火) 11:52:03
そりゃ確かに考えてみりゃ勢古の本じゃねーなあ
商売上手いな馬鹿瀬古は
352 :
考える名無しさん:2006/05/02(火) 13:10:03
まあ、昔から世界の名言とか、この手の本はいっぱいあったよね。
勢古はセコイけど、おヴァカじゃねーってとこかな。
353 :
考える名無しさん:2006/05/04(木) 16:17:18
唐突ですが、『吉本隆明入門』みたいな本は無いですよね?
354 :
考える名無しさん:2006/05/04(木) 18:00:37
瀬古の策略にひっかかってるやつが多すぎるなw
>>353 橋爪大三郎「永遠の吉本隆明」はなかなか良かった
>>355 そんな本があったんですね。
情報、ありがとうございます。
357 :
考える名無しさん:2006/05/05(金) 11:14:24
『永遠の吉本隆明』で、吉本ははじめからフランス現代思想を超えていた、
数理的な方法を導入していたなど他の吉本評ではない指摘があって参考になった。
学者や教授が書いた吉本論の多くは、吉本への誤認とそれに基づく批判と、
持ち上げてるようで皮肉ってるみたいなのばかり。
吉本を肯定した人へは「吉本派」とか「吉本主義者」とかレッテル貼りが多いし。
なぜか定期的に上がるな、このスレは。
359 :
考える名無しさん:2006/05/05(金) 20:53:20
そろそろ死ぬと思うけど、
文芸誌・総合誌はいっせいに追悼特集組むのかな。ちょっと楽しみ。
誰がどんなことを書くか想像してみる遊び。
360 :
考える名無しさん:2006/05/05(金) 23:14:46
いんにゃ、自慰サンはしぶとく粘ると思う。
最近の本に自宅で実践してる体操を紹介
してるらしい。
何処まで頑張るのやら。
でた! 「自慰サン」。
おまえほどしぶとくないかもよ「勝利だよ」の爺さんは。
362 :
考える名無しさん:2006/05/06(土) 08:39:35
わかったよ、「自慰サン」はやめるよ。
だけど、自慰サンって僕が書き始めたんじゃないからね。
僕以外にも使ってるシトはいっぱいいるんだよーん、だ。
363 :
考える名無しさん:2006/05/06(土) 09:48:38
吉本は現代を描けるが、現代の方は吉本を描けない。
吉本は大衆を理解するが、大衆の方は吉本を理解しないし読まなくてもいい。。。
「永遠の吉本隆明」にこういう指摘があって、橋爪を見直したよ、オレ。
かなりいい指摘だよなあ。
単に偉そうなだけじゃん。
その指摘に示された吉本も、言った橋爪も。
何が「現代」だよ、何が「大衆」だよ。
365 :
考える名無しさん:2006/05/06(土) 10:23:06
366 :
考える名無しさん:2006/05/06(土) 10:41:36
吉本にちゃねらーを論じてほすい
橋爪以外にいい吉本ガイドはありませんか?
368 :
考える名無しさん:2006/05/06(土) 13:04:48
>365
柴崎ってあのキチガイか? 無銭飲食を繰り返している。ゴールデン街の鼻摘み者。死ねや!!
亡くなると注目が集まりそうでそれもまたイヤなもんだな。
生きてるうちに吉本論がもっとあってもいいのに。
>>363 吉本大衆論の究極ですな。
親鸞の面々にはからえと同じく。
371 :
考える名無しさん:2006/05/08(月) 18:44:10
今日、本屋で御大の写真を久しぶりに見たが、
スッゲー爺さまだな。なんか、心なしか顔が
小さくなったような感じ。
そりゃ、80過ぎですからね。
373 :
考える名無しさん:2006/05/08(月) 20:59:41
キチガイ柴崎、死ね。
374 :
考える名無しさん:2006/05/09(火) 08:25:53
80歳以上ってことは俺の山梨の婆ちゃんと一緒じゃん。
それにしちゃ稼いでるよな。
375 :
考える名無しさん:2006/05/09(火) 08:32:52
そんなにご老人とは思えないですね。
すごく若々しい感性だと思います。
376 :
考える名無しさん:2006/05/09(火) 10:12:01
最新刊『老いの超え方』(朝日新聞社)からの自慰サンによる
人物寸評。
ヘーゲル 巨大な近代
マルクス 強大な人間力
ミッシェル・フーコー 巨大な現代
あと親鸞、サルトル、花田清輝、埴谷雄高、等々もあるから
本買って読んでね。
1924年11月25日生まれですね。
378 :
考える名無しさん:2006/05/09(火) 23:50:30
キチガイ柴崎、死ね。
379 :
考える名無しさん:2006/05/10(水) 12:05:01
378氏は柴崎氏にしこたま虐められたようだな。
380 :
考える名無しさん:2006/05/11(木) 00:39:56
>379
柴崎のことを知ってるのか?
死ね。
381 :
考える名無しさん:2006/05/11(木) 01:11:04
稲中卓球部の顧問だろ
382 :
考える名無しさん:2006/05/11(木) 08:31:31
380サンみたいなヴォケは度し難いね。
383 :
考える名無しさん:2006/05/11(木) 23:55:08
柄谷の『世界共和国へ』、吉本が十年若かったら、完全粉砕していたと思う。
若い頃丸山真男や花田清輝を葬り去ったような大技で、完膚なきまでにマットに
沈めてくれただろうな。
脳天から叩きつけて、再起不能だったろうな。
384 :
考える名無しさん:2006/05/12(金) 08:49:28
柄谷の脳内妄想は完ぺきだね。
アソーシエイションもXも、以前(というか現在)から国労やサンディカリズム、
ユーゴの自主管理社会主義路線でやっていたことに過ぎないから。
柄谷や浅田ほど自己顕示と自己保身の論を張る人間はいないだろな。
何一つ新しいものもなく、何一つ真理も語ってない。それに取巻きはキチばかり。
柄谷先生、地域通貨はどうなったんですか?
386 :
考える名無しさん:2006/05/12(金) 10:40:37
キチガイ柴崎、死ね。
酒代くらい稼げよ。藁
387 :
考える名無しさん:2006/05/12(金) 18:09:25
「戦争なんかNAMですぐ止められる」
まあキチガイだな。
>若い頃丸山真男や花田清輝を葬り去ったような大技で
これには,理論がなかったらしいけどね。
389 :
考える名無しさん:2006/05/13(土) 10:43:51
376さんが紹介した本によれば
丸山真男:学者としては上出来。
花田清輝:惜しいマルクス主義者。
と感想を言ってる。
390 :
考える名無しさん:2006/05/13(土) 21:07:02
理論つーより大衆から見た倫理として許せないつーことで?
>>388
391 :
考える名無しさん:2006/05/13(土) 22:56:36
相手の理論の弱いところを突いて粉砕したっていう感じだね。一言で、「こういう理論」
といえないところが吉本の強いところ。
花田清輝のことを自分より全然大物だって新聞に書いてたね。朝日かな。
インテリの転向を<転向できない大衆の倫理>から批判した感じ?
個人的に花田や安部公房は好きなんだけど、吉本以外に批評した人がいない
のが残念かな。モダニストは日本ではいい線いってた存在だと思うけど。
393 :
考える名無しさん:2006/05/14(日) 10:46:56
柴崎はしつこいなぁ。 ウザいよ、死ね。
394 :
考える名無しさん:2006/05/14(日) 17:43:09
>>392 新日文系に花田を持ち上げる人間もいるけれども、吉本憎しがどこかに
感じられて、花田の正当な評価になりえていない。その点、花田は損し
ている。花田は、当時としては相当に先を行っていたのではないか。
395 :
考える名無しさん:2006/05/14(日) 20:30:48
>>394 そう花田は先端的だと思います。安部公房のあの文体も見事にモダンだし。
それに比べると新日文そのものはあまり価値がない感じがしますね。
396 :
考える名無しさん:2006/05/14(日) 20:39:41
単なるレトリック。
そういや、糸圭の話が出てこないな。
398 :
考える名無しさん:2006/05/14(日) 21:56:17
花田こそ戦後最大の思想家。
399 :
考える名無しさん:2006/05/14(日) 22:22:01
んなわけないw。林達夫だの花田だのは、知識人、文人としてまぁまぁ、という程度。
400 :
考える名無しさん:2006/05/14(日) 22:47:10
柴崎はしつこいなぁ。 ウザいよ、死ね。
401 :
考える名無しさん:2006/05/14(日) 23:41:20
いや、花田は脱構築をデリダなんかよりも先取りしていた。
それに花田は左翼などでは全然ない。いつもどっちつかず。
なによりエッセイを投稿してたのは右翼系の出版社へだ。
従来の学生運動などが盛んだった頃の認識のまんまで
書かれた研究書とか、いらない。
もう若い人に了解得られるような書かれ方じゃないし
完全に理解できないでしょ。
吉本・花田論争なんて論争ですらないしww
402 :
考える名無しさん:2006/05/14(日) 23:50:22
花田の難点はなにを書いているのか理解できないところwww
鶴見俊輔は「謎のエッセイ」と言っている
まあなーんとなく言ってることはわかるけどね
403 :
考える名無しさん:2006/05/15(月) 20:03:26
紙芝居・人形劇がロシア文学より遥かに重要だ、と自信満々で力説してるところはちょっと笑えるけどね。
民青の文化政策を思い出し、苦笑した。
吉本も何を書いているんだか理解できないよ。
405 :
考える名無しさん:2006/05/15(月) 23:15:33
>花田の難点はなにを書いているのか理解できないところwww
頭悪い奴だな。401も同一人物だろうけど、馬鹿丸出し。
406 :
考える名無しさん:2006/05/15(月) 23:18:05
そうかなあ。俺頭いいけど
いや馬鹿だよ。
408 :
考える名無しさん:2006/05/15(月) 23:37:34
なんで
馬鹿だから。
410 :
考える名無しさん:2006/05/16(火) 08:28:38
花田氏は戦前、戦中,戦後といつも組織を頼りにしてたました。
411 :
考える名無しさん:2006/05/16(火) 09:04:37
412 :
考える名無しさん:2006/05/16(火) 14:44:23
399名前: 考える名無しさん投稿日: 2006/05/14(日) 22:22:01
んなわけないw。林達夫だの花田だのは、知識人、文人としてまぁまぁ、という程度。
二人とも旧制高校寮時代の知識自慢教養自慢のノリの延長だからね。
林達夫はそれがモロ。
413 :
考える名無しさん:2006/05/16(火) 18:20:47
吉本は戦後思想界の「巨人」などではなく「詐欺師」。「買ってはいけない」という本は経済テロだと発言していた。あの本に書いていた事は本当だ。だいたい吉本の著作の売れゆきで家が建てられると思うか?この人往年の角川文庫のベストセラー推理作家の原作書きで飯食ってたんですよ
414 :
考える名無しさん:2006/05/16(火) 18:22:46
>413
東洋インキの組合を辞めたあとは弁理士事務所で日銭稼ぎだよ。
いい生き方だと思うよ。
415 :
考える名無しさん:2006/05/16(火) 18:25:38
どの本か忘れたけど、「背広のポケットに手をつっこんで街を見上げている」自分の姿が好きだ、と書いていた。
他の評論家が書いても迫力出ないけど、吉本が書くと、凄い、と思ってしまう。
416 :
wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2006/05/16(火) 18:27:19
国会図書館に詰めて涙を流しながら書いていた、この涙がわかるか、とも書いてたね。
>>413 『買ってはいけない』を批判する本が何冊か出たのを、ご存知ありませんか?
だいたい、「往年の角川文庫のベストセラー推理作家」って誰なのよ?
>415
単にナルシスティックなだけ。
419 :
考える名無しさん:2006/05/16(火) 20:01:46
娘軍団のお出ましだ
420 :
考える名無しさん:2006/05/16(火) 20:03:46
>>417 小松左京の正体が埴谷雄高だと言ったら驚くか?
421 :
考える名無しさん:2006/05/16(火) 20:10:34
>420
ドグラマグラの原作者が埴谷雄高だと言ったら驚くか?
422 :
考える名無しさん:2006/05/16(火) 20:13:58
山口雅也が栗本慎一郎という説もある
423 :
考える名無しさん:2006/05/16(火) 20:18:21
>>417 だって「宜保愛子の霊視はありうる」とか言ってたんだぜ。さんざん宜保のお告げ情報に頼ってたくせに
424 :
考える名無しさん:2006/05/16(火) 20:18:47
川端康成の全集に、自分が書いたという記憶が無い作品がいくつか入っていると言ったら驚くか?
425 :
考える名無しさん:2006/05/16(火) 20:24:02
辻原登=西部邁という説もある
426 :
考える名無しさん:2006/05/16(火) 21:28:44
“ベストセラー推理作家の原作書き”は知らんが組合運動で職をなくした頃、鮎川信夫が海外推理小説の下訳を回してくれた、と喋ってたな。エラリー・クイーンの『Yの悲劇』などで、前払いでくれて助かった、と。『世界認識の臨界へ』所収の座談会で喋ってる。
427 :
考える名無しさん:2006/05/17(水) 00:52:08
柴崎はしつこいなぁ。 ウザいよ、死ね。
428 :
考える名無しさん:2006/05/17(水) 01:52:32
頸草書房『吉本隆明全著作集4』477頁2行目に誤植。花田清輝の『復興期の精神』からの引用部分《したがって、T.1000v=1000m+U.2000cなる表式の成立が、不変の諸事情の下にるけるユートピア社会の誕生のためには欠くべからざるものであろう。》の箇所。
429 :
考える名無しさん:2006/05/17(水) 02:00:07
実際は《したがって、T.1000V+1000m=U.2000Cなる表式の成立が、不変の諸事情におけるユートピア社会の誕生のためには欠くべからざるものであろう。》が正しい。先の引用はメチャクチャ。ちなみに手元にあるのは第14刷である。
430 :
考える名無しさん:2006/05/17(水) 04:33:04
先の花田の引用箇所はスガの『砂のペルソナ』でも吉本の「花田=社会ファシスト」説へのスガによる反論の根拠として細かく検討されていた、曰く付きの箇所。それだけに決定稿ともいうべき全著作集のこのような誤植は悔やまれる。
431 :
考える名無しさん:2006/05/17(水) 23:05:07
吉本さんを現実政治の座標に置くとすれば
社会党の右派、中間派あたりのスタンスになるのかな?
江田三郎や石橋政嗣が近いように思う。
良し悪しではなく強いかどうかでは革マルと日共を賞めてたね
433 :
考える名無しさん:2006/05/18(木) 08:47:05
>>1 初心者でつ。吉本さんを「叩いた人」は誰ですか?
ほとんど何も知らないの教えてください。
叩かれた理由も教えてください。
434 :
考える名無しさん:2006/05/18(木) 08:57:12
叩いたのはバナナでつよ。
435 :
考える名無しさん:2006/05/18(木) 10:16:49
吉本を「叩いた人」といえば'50年代なら花田清輝、'70〜80年代なら蓮実重彦、柄谷行人、浅田彰、埴谷雄高、鮎川信夫90年代では竹田青嗣あたりじゃないかね。鮎川、埴谷、竹田はそれぞれ同伴者だったのが途中から吉本と敵対するようになったというのが興味深い。
436 :
考える名無しさん:2006/05/18(木) 10:43:49
花田の場合は花田・吉本の戦争の通過をめぐって。花田は自分が東方会という右翼団体に寄生して“生産力増強”を訴え続けたことを“戦争から革命への転化を待つ”ことだ、とした。吉本はそれを転向ファシズムと規定した。花田はそのまま戦後、日本共産党同伴者となり→
437 :
考える名無しさん:2006/05/18(木) 10:53:43
→すなわち今度は左翼官僚の先棒を担ぐようになり、埴谷雄高の思想(党内部の階級構造を問題にする)を“政治を知らない素人”的と揶揄するようになった。その辺り、花田の変わり身の巧さから吉本の中に花田への嫌悪が募っていったと思う。
438 :
考える名無しさん:2006/05/18(木) 11:10:37
柄谷はスター?なので吉本との対立点から重要なところをあげると、マルクス主義における党派の問題があると思う。大衆の原像を基軸にしてからの吉本は党派性の止揚を課題とするようになった。しかし柄谷によれば日本において党派の弊害が起こることは考えられない。→
│ _、_
│ ヽ( ,_ノ`)ノ 残念 それは私のおいなりさんだ
│ へノ /
└→ ω ノ
>
440 :
考える名無しさん:2006/05/18(木) 11:22:07
→むしろマルクス主義における党派や前衛は日本のような精神風土においては必要不可欠だともいえる。前衛を否定する吉本の思想は60年代以降の日本における知の停滞を育んだ根本原因だ、とする。一方、柄谷の立論は連合赤軍事件などの現象を捨象しているきらいが残る。
441 :
考える名無しさん:2006/05/18(木) 11:32:31
つまり、日本において党派の弊害は起こらない、と本当に言えるのか、その辺が柄谷の立論は曖昧にしてはいないかと思える。かつて“政治の死滅”を射程にした埴谷の仕事などは本当に無意味だったか、そのような疑問を個人的には柄谷に感じる。
442 :
考える名無しさん:2006/05/19(金) 17:42:04
>>413 >>417 これ書き込んで森村誠一の小説を書いていたのは吉本だとバラしたら吉本にストーカーされ始めた。まあ俺は昔からマスコミにはストーカーされてきたが。吉本は相当嘘をついて真面目な読者を騙して来てるよ。吉本は今「芝崎」という家にひそんでいる。文鮮明の持ち家だけどね
443 :
考える名無しさん:2006/05/19(金) 17:44:49
トンデモ乙
445 :
考える名無しさん:2006/05/19(金) 21:26:13
本当にトンデモと思ってんのかなみんな
446 :
考える名無しさん:2006/05/20(土) 13:50:09
吉本は、たいしてカネを稼いではいない。家もどうってことない、普通の
もの。それも、借金して購入している。シャンデリアについては、平野謙
から少し皮肉られたようだけど。
稼ぎは、バナナのほうがずっと上だろう。
>>442 相当の妄想癖があるようだが、大丈夫か?辛いことがあるのなら、ここで
吐露すればいい。気のいい奴も多そうなので、助言を得られるはずだ。
447 :
考える名無しさん:2006/05/20(土) 14:05:06
思想系の本は基本的に売れない
448 :
考える名無しさん:2006/05/20(土) 15:13:38
キチガイ柴崎はしつこいなぁ。 ウザいよ、死ね。
449 :
考える名無しさん:2006/05/21(日) 01:06:23
>>435 最近、吉本とその関連本を読んでいないので、幼稚な質問をするが、
竹田はどういう観点、理由で吉本をタタイタの?簡単な説明でいい
から、頼む。
450 :
考える名無しさん:2006/05/21(日) 02:03:55
詳しくは竹田青嗣コレクション4『現代社会と超越』所収インタヴュー「新しい思想の根拠と方法」を読むと解るんだが。
端的にオウム事件での吉本の立場が理解できない、麻原の『生死を越える』一冊で吉本さんが麻原を宗教家として認めているのが理解できない→
451 :
考える名無しさん:2006/05/21(日) 02:24:34
→竹田は吉本がオウム解釈に際して援用した親鸞の造悪論、ひいては親鸞の悪人正機説も、オウム解釈に際しては無論のこと、思想として無効ではないかと考える。悪人正機説や造悪論にはモチーフとしては、いかなる人間も救われるべきとする動機、もう一つ、党派内部の→
452 :
考える名無しさん:2006/05/21(日) 02:28:38
→階層の解体というモチーフがあった、が、それらのモチーフは吉本さんに於いては結局、いかなる人間も救済されるべき、という個人的夢想としてしか結実しない。それは思想ともいえない。なぜそんなものがオウム評価の基準になるのかといえば、吉本さんにおける→
│ _、_
│ ヽ( ,_ノ`)ノ 残念 それは私のおいなりさんだ
│ へノ /
└→ ω ノ
>
454 :
考える名無しさん:2006/05/21(日) 02:36:57
→「市民社会=悪」という図式がそう考えさせるのだろう。つまり、吉本さんは市民社会への偏見から抜け切っていないからだ。竹田の批判は概ねこのようなもの。しかし竹田が思うほど吉本は(当然だが)市民社会を知らない訳ではない。“法に則ってオウムの犯罪は→
455 :
考える名無しさん:2006/05/21(日) 02:44:22
→処罰されるべき”と吉本は語っているのである。しかし吉本はそこに留まらず、オウム事件、或いは親鸞造悪論を“新しい善悪を造る契機”の一つとしたいという問題意識をもつ。それは竹田にはない。また、竹田と違い、吉本は今の閉塞感を敏感に感じ取っている。→
456 :
考える名無しさん:2006/05/21(日) 02:58:02
→ちょうどハイデガーが描いたような、人間中心主義への批判を吉本も共有していると思う。つまり、彼がよく“向こう側”と呼ぶ彼岸性、この意識は竹田にはない。竹田の思考はまさに人間の此岸性から出ない。その辺が竹田との対立線ではなかろうか。
457 :
考える名無しさん:2006/05/21(日) 04:12:32
「私はかつて『構造主義科学論の冒険』(毎日新聞社)の中で、原子という同一性は存在しない、と書いて、吉本隆明に
罵詈雑言を浴びせられたことがある。私の言い分が正しければ、人間の出現以前に自然は存在しないことになる、と
吉本は書いていたが、戦後の代表的な思想家として知られるこの人が、科学については実は何もわかってないことを
知って、私はいささかがっかりしたのであった。
吉本は個としての原子と普遍としての原子はレベルはまったく異なるのだ、というごく単純なことがわからなかった
のである。あるいはこのような区分けがなぜできるのか、ということが、そもそも理解できなかったのかも知れない。
これでは普通の科学者と選ぶところがない。
たとえば個としての水素原子が、人間の存在と独立に存在することは確実であろう。しかしそのことは、普遍としての
水素原子が実在することを意味しないのである。水素原子をひとつひとつつぶさに調べていけば、実は皆それぞれ
違うかも知れないのである。ちょうど個々のネコが皆それぞれ、ちょっとずつ異なるように。水素原子がすべて同じだ
(すなわち原子は個でしかも普遍である)というのは、物理・化学の理論がそのようにできているからにすぎないので
あって、人間の存在と独立の真理ではない」(『科学教の迷信』池田清彦著(洋泉社))
458 :
考える名無しさん:2006/05/21(日) 09:16:16
具体と個別、特殊と普遍、そういう峻別がついてないだけ?
まあ竹田青嗣は哲学ガイド止まりということで
460 :
考える名無しさん:2006/05/21(日) 14:40:08
>>446 「妄想」とか根拠のない決めつけはもう飽き飽きしてるよ。スレの流れを読んでどうして虚言などと言ええるんだ。辛い事があるのはお前の方だろう。知識人が何故近代合理主義批判や啓蒙批判を展開してきたのかその意味を理解している奴はいるのか?理由を知ったら驚くぞ
仕事だから
>>457 その本はオレも読んだ。
ただ、実際には池田は学問という場合においては、吉本と同じ考えのようだよ。
そこまで、差異を徹底させると学問として成立しないから。
「構造主義をめぐる生物学論争(吉岡書店)」で、
池田は郡司あたりに「あなたの科学観はレーニン的すぎる」と揶揄されてたような。
463 :
考える名無しさん:2006/05/21(日) 20:18:54
464 :
考える名無しさん:2006/05/21(日) 22:07:06
知っちゃうともう誰もこいつらの本読まなくなるからね
465 :
考える名無しさん:2006/05/22(月) 00:58:51
>>460 貴殿のことは吉本さんの書籍で読んだことがあります。
大変に閾値の低いタイプであると。詳細は忘れました。
466 :
考える名無しさん:2006/05/22(月) 17:12:33
>>465 またまた。貴殿の事って名前書いてないでしょ。俺は素人だし。また相変わらず嘘と詐術でしょ。もし書いてるとしたらやっぱり吉本はストーカーじゃん
>>460 >理由を知ったら驚くぞ
みたいな俺だけがしっている風のレトリックって
小学校低学年で卒業しといてよ。
468 :
考える名無しさん:2006/05/22(月) 20:01:55
まあ一言で言えば「真面目な一般読者を惑わせて煙にまくインテリの陰謀」だな。理由はある事はあるが驚くほど利己的だ。自分達以外の一般人に対する嫉妬と脅威だ
469 :
考える名無しさん:2006/05/22(月) 20:10:47
若い人なんか「吉本隆明って一体どこがすごいの?」と思ってる人が多いだろ。はっきり言うとあれは業界のヤラセ評価だ。あんまりすごくないよ
470 :
考える名無しさん:2006/05/22(月) 23:01:29
>>442 吉本が森村の小説を書いていた、というのは妄想でなくて何?その証拠を
挙げることができるの?具体的に語ってみて。
吉本にストーカーされたとは、どういうこと?彼は、老人でしょう?君を
ストーカーするエネルギーは持っていまい。それとも、だれかにやらせた
というわけ?
これらについて具体的に述べることができなければ、君は少々危ない状態
にあるといわざるをえない。なにもかも「冗談だ」というのなら、話しは
別だが。
471 :
考える名無しさん:2006/05/22(月) 23:12:42
>>442 君は、もしかすれば太田竜ではないのか?だったら、言うことは何も
ない。ただ君も、もう70歳代だろう。もう少し、まともに“世界”を
みつめたらどうだ?旧時代の左翼のなれのはてが、いまの君だとした
ら、哀れというしかない。
472 :
考える名無しさん:2006/05/22(月) 23:33:44
473 :
考える名無しさん:2006/05/23(火) 00:30:52
キチガイ柴崎はしつこいなぁ。 ウザいよ、死ね。
474 :
考える名無しさん:2006/05/23(火) 00:35:38
止まない強靱な思考には敬服する。できるだけ長生きして、変わりゆく世界へ発言し続けてほしいと願うこと切。
引き寄せの構造でいうとどんな具合いですかね
476 :
考える名無しさん:2006/05/23(火) 13:52:41
きちがいはuzaiyo
477 :
考える名無しさん:2006/05/24(水) 01:37:21
吉本隆明が森村誠一の原作者だと書き込もうとすると吉本は「暴力だ!」とあわてふためいたらしい
478 :
考える名無しさん:2006/05/24(水) 04:34:43
知識人の本音は「どうせインチキを書くのならとことんインチキに徹しろ」という陳腐な屁理屈らしい
479 :
考える名無しさん:2006/05/24(水) 07:40:07
吉本の読者は病んでる人が多いね。
>>462 > 池田は郡司あたりに「あなたの科学観はレーニン的すぎる」と揶揄されてたような。
はぁ?レーニン的? どういう意味でレーニン的などというんだろ?
482 :
考える名無しさん:2006/05/24(水) 19:47:21
すぐ開き直る。哀れな末路
483 :
考える名無しさん:2006/05/24(水) 20:41:00
光文社の『カール・マルクス』面白いよ。
484 :
考える名無しさん:2006/05/25(木) 17:10:37
蓮實重彦が吉本を「ロマン主義」だと批判したのが戦後思想界における吉本批判のコウシらしいがロマン主義だなんて何の批判にもなってないじゃんw 「表層の戯れ」なんて「一生やってなさい」と言われておしまいだろ。そんな事で喜んでるなんてどうしようもない田舎者だね
485 :
考える名無しさん:2006/05/25(木) 18:48:26
吉本と蓮実って一回だけ『海』で対談してるんだよな。ちょうど吉本が『悲劇の解読』刊行した直後あたり。蓮実得意の表層批評宣言、或いは小林秀雄と中村光夫、、等々をめぐって。核心的な議論を展開し対決、どちらも引かず面白かった。あの対談、CD化ならないかな。
487 :
考える名無しさん:2006/05/26(金) 01:40:54
>>457 これよむかぎり、池田のほうがDQNだろ。そんな自分の勝手な思い込み、
分かってくれというほうが無理。一つ一つの水素原子の違いだってさw。
場違いなところでそんな話を持ち出して、批判されて凹んで、後で影で
こそこそ言い訳混じりの悪口を言っている、そんな印象。
そもそも池田の本なんかつまらない事おびただしい。もうとっくに終わった奴じゃん。
いい気になって「大衆」とか言ってんなよ。
いったい何様のつもりなんだ。
ガラの悪い大衆がいますね。
>>487 その文章からだと、喧嘩を売ってきたのは吉本のほうですけど・・・
「分かってくれ」とは、リバタリアンの池田は絶対言いませんよw
「池田の本なんかつまらない」とか「もうとっくに終わった奴」とか情緒で判断したり
感情的な決めつけて吉本を擁護しているのでしたら、吉本読者の程度が知れて
いますよ。
いやいや、オレは吉本も池田も大きくは違わないよと言いたいんだがw
492 :
考える名無しさん:2006/05/26(金) 23:12:03
池田程度の奴、一応一流といわれる大学になら一人づつくらいはいるじゃん。
493 :
考える名無しさん:2006/05/27(土) 13:23:54
キチガイ柴崎はしつこいなぁ。 ウザいよ、死ね。 <br>
「大衆」のことを云々する前に自分の体臭でも嗅いでみたらどうか。
495 :
考える名無しさん:2006/05/31(水) 02:21:30
吉本隆明のことが永らく理解できなかった俺は、吉本の50〜60年代の詩を読み始めた途端、吉本の視線が何なのか、ようやく解ってきた。激情と強靱な論理、エイリアンという自己意識が凝縮した吉本の当時の詩は今尚色褪せない。特に『初期詩篇U』は素晴らしい。
吉本を読んだ直後に作った文章って何か変だな
497 :
考える名無しさん:2006/05/31(水) 08:50:17
そんでも老いさらばた現在の自慰サンに残ってるのは
蒙昧と愚痴でしかないと。
498 :
考える名無しさん:2006/05/31(水) 11:13:19
著書にサインしてもらったことがあるが、気持ちを籠めてサインしていることが無言の姿から伝わってきた。やはりあの人柄にはやられる。吉本に逢うためにわざわざ吉本邸まで通う人間の気持ちは判るな。
499 :
考える名無しさん:2006/05/31(水) 14:06:10
最近文庫で光文社から復刻された『カール・マルクス』あれ最高!
あれをよまないと他の本も分からないと思う。
500 :
考える名無しさん:2006/06/01(木) 11:17:47
高2の時、吉本がその昔自宅の塀にスプレーで書かれた
「吉本粉砕」を鉢巻姿で消し落としているのを二回見た。
そん時、こんなイカツイおやじがあんな詩を書いたのかと
びっくりしたな。
501 :
考える名無しさん:2006/06/01(木) 12:22:45
498さんみたいな感覚の人って
吉本さんの他者への罵倒をどういう風に読んでいるのかな?
502 :
考える名無しさん:2006/06/01(木) 18:52:47
よく言うだろうが、ほれたらアバタもエクボって、あれよ。
さんざん四季派を批判してたわりに
この人の書く詩って、ものすごく四季派っぽいんですけど
504 :
考える名無しさん:2006/06/02(金) 08:43:16
自慰サンはオレみたいに他人に厳しく自分に甘いってことはないと思うが、
その四季派っぽいって詩は何年頃のやつよ?
505 :
考える名無しさん:2006/06/02(金) 10:24:39
吉本も栗本も脅えまくり
506 :
考える名無しさん:2006/06/02(金) 20:36:17
やれやれ
507 :
考える名無しさん:2006/06/02(金) 23:01:18
吉本は盛んに「自己解体」と言っていたんだから自分自身の仕事を自己解体してもらいたいね。そろそろ潮時だろう
508 :
考える名無しさん:2006/06/03(土) 00:29:17
キチガイ柴崎はしつこいなぁ。 ウザいよ、死ね。
509 :
考える名無しさん:2006/06/03(土) 03:51:02
ほんまにどこが戦後思想界の巨人だか。実はジキル・ハイドだったなんて。夜中にウロウロ徘徊症。警察の護衛つきだって。よくやれるねみんな
510 :
考える名無しさん:2006/06/03(土) 09:31:35
結局吉本邸の塀に“吉本粉砕”と落書きするのが精一杯だったんだな…。学生らしいなあ、と苦笑しながら清掃していたんだろうね。
511 :
考える名無しさん:2006/06/03(土) 10:06:09
仕事上の批判(公)と個人的な関係(私)を峻別できない人には辛いだろな。
吉本もそのへんをいちばん突くしね。
近著での埴谷への世界一というような評価はさすがだと思うよ。
512 :
考える名無しさん:2006/06/03(土) 18:01:33
花田VS吉本論争なんてレベル高いか?何かお互いにファシストと罵りあいしてるだけじゃないの?あんまり内容ないだろと思う学生運動以降の世代
513 :
考える名無しさん:2006/06/03(土) 18:08:14
あの論争から今でも受けとめるに値する論点が何か考えると、吉本が花田から抉ったコミュニズムとファシズムの代替可能性があると思う。花田という思想家の、吉本からみた奇怪な変遷が何なのか、今だに一考に値すると思われる。
514 :
考える名無しさん:2006/06/03(土) 21:56:23
そんなものよりマルクス論ですよ。
マルクスは人間が自然を組み込むところでつまらなくした....とか
いってたような気がする。イメージ論で読んだけど。
516 :
考える名無しさん:2006/06/04(日) 01:04:07
キチガイ柴崎って誰よ? 吉本の研究家? 誰か情報キボン。
517 :
考える名無しさん:2006/06/04(日) 21:54:27
518 :
考える名無しさん:2006/06/05(月) 08:14:47
↑
戦車とゴジラが火吹いてますが、何か?
519 :
考える名無しさん:2006/06/05(月) 22:01:59
やっぱりキチガイか?
520 :
考える名無しさん:2006/06/05(月) 22:58:55
「HG "HardGay"」のネームでレビュー書いてるのが柴崎って人か?
521 :
考える名無しさん:2006/06/06(火) 21:17:14
>520
どんなこと書いてるの、あのキチガイは?
522 :
考える名無しさん:2006/06/06(火) 22:29:18
基地外っていっちゃだめ!
523 :
考える名無しさん:2006/06/07(水) 08:00:17
>>521 AMAZONのレビュー欄のことでは。自分で「書評集」と紹介してるから。
524 :
考える名無しさん:2006/06/08(木) 00:50:29
>523
サンクス。調べてみます。無銭飲食の常連、ゴールデン街の鼻摘み者のキチガイ柴崎が一体何を書いているのやら。
吉本のマルクス論読んだ。これいい! 文庫本になったやつな。。。
526 :
考える名無しさん:2006/06/11(日) 02:12:27
昔、ある会場での公開の席で生前の広松渉に吉本への評価をきいたところ「私は吉本さんを大変尊敬しております。ただ、自然哲学者マルクスという見方は違うのではないかと思う。思いますが、別に良いではないか思うんです。云ってみれば、マルクスをダシにして→
527 :
考える名無しさん:2006/06/11(日) 02:18:47
→吉本の哲学を語っているわけで、単なる訓詁注釈なんかよりよっぽど良いと思っています。あと、私の〈共同主観性〉と吉本さんの〈共同幻想〉と、どう違うのかとよく聴かれるんですが。当初は全く違うと思っていました。しかし、あとからよくよく考えてみると、→
528 :
考える名無しさん:2006/06/11(日) 02:23:59
→全く違う訳ではない、と考えるようになってきました。(重なる部分もある、という意味であろう。法の発生についてか?)そんなところでよろしいでしょうか笑」という答えであった。これで広松による吉本評は終わり、と思ったら実はそうではなかった。→
529 :
考える名無しさん:2006/06/11(日) 02:28:50
→というのは、質疑応答も終わり、解散というとき、広松は「もう一言だけよろしいですか?」と前置きし、「最近、資本主義にも良い所がある、という意見をたまに聴くことがありますが、私は全くそうは思っておりません」と短く述べた。私はこれは先の吉本評への→
530 :
考える名無しさん:2006/06/11(日) 02:33:48
→補足のつもりではないか、と後から思った。実は吉本の発言は《歴史の無意識としては資本主義は最高の作品》としており、全面肯定などしてはいないのだが、広松は誤解してるな、と思いました。広松と吉本の対談の企画もあったらしく、実現しなかったのが残念である。
吉本による広末批判があるね。何かの本に収録されてると思ったが。
532 :
考える名無しさん:2006/06/11(日) 18:54:26
広松渉批判というより一篇の広松渉論としては情況出版から出ている『広松渉を読む』に広松渉を主題にした吉本の講演(広松の一周忌記念シンポジウムでの講演)が収録されてますよね。
533 :
考える名無しさん:2006/06/11(日) 20:24:07
525
あれ最高だよね。広松もアルチュセールもマルクス論全然面白くないが、あれはいい。
534 :
考える名無しさん:2006/06/12(月) 01:14:40
キチガイ柴崎はしつこいなぁ。 ウザいよ、死ね
535 :
考える名無しさん:2006/06/12(月) 09:17:40
自慰サンのマルクス論の面白い理由は
内容が簡単に理解出来るからだろが、
エロ松やアルと比べるとな。
536 :
考える名無しさん:2006/06/14(水) 09:27:22
↑
オメーの「自慰サン」ってやめねーか。
何か気分悪くなるからよ。
537 :
考える名無しさん:2006/06/14(水) 11:43:51
535、読んで言ってる?アルチュセールなんかメチャ簡単じゃん。
マルクスを単にフランス流のポジティヴィズムに近づけて読んでいるだけ。
ヘーゲルでいうと普遍と特殊と個の、特殊にもっぱらシフトして読んでいるだけの
ものだよ。
広松だって間主観性とか関係とか、目の付けどころが同じく特殊ばかり。
吉本はマルクスがヘーゲルの疎外論をどう読んだか、に着目している。
エピクロス研究から説き起こして、幻想と主体との双対的な関係として疎外を考え、
そうした双対性が個においても、市民社会においても、国家や宗教においても、それぞれに
反復されながら連環しているものとして、マルクスの思想を捉えようとした。
実に深いし、彼のその後の活動ともぴったり符丁が合っている。
幻想性の問題をいわゆる上部構造に上げてしまってそれでおしまいの連中のほうが
よほど単純だね。
538 :
考える名無しさん:2006/06/14(水) 11:47:30
「物語としての国家」批判・・・とかそんな類の言論なんか、吉本から
したら単純極まりないお粗末な二元論としかいいようがないね。
しかし中上健次あたりが、わかってなくてそういう批判の元祖だ、みたいな
論調で吉本を持ち上げてたりしたんだけどね。
539 :
考える名無しさん:2006/06/14(水) 11:52:22
>考える名無しさん :2006/06/07(水) 23:36:23
この人間の本質規定、フォイエルバッハ的人間概念からの脱却は、マルクスに決定的な転換を要求せずにはおかなかった。ヘス
も指摘している通り、類と個、本質と実存の一致という特権的な性格は、ヘーゲルにおいては無限者=神の特質とさ
れていたのであったが、ヘーゲル左派においては、それがそっくりそのまま神の真実態≠スる「人類」「普遍的自己意識」
「人間」に引継がれた。(本質と実存との特権的な一致というこの大前提を衝いたのが後期シェリングであり、それを
自己批判したのがマックス・シュティルナーであった)。マルクスは、学位論文以来本質と実存≠フ問題を一応は意識
していた。とはいえ、彼も所詮はヘーゲル左派の範にもれず、個人としての人間と類としての人間、人間の実存と本質
との一致を──『ヘーゲル国法論批判』では一種独特の「民主制国家」に、『独仏年誌』の二論文では「人間的解放」に
託し──近くはGattungswesenの即自対自態に仮託したのであって、『経哲手稿』の雄大な構図は、フォイエルバッハのいう
「現実的人間」の二重性を巧みに襲用することに俟っていた。
「マルクス主義唯物論とは何か」
広松の文。こういうのを単純な二元論という。二重性といっているけどねw。
経哲から資本論まで一貫した疎外論を示してるね吉本の「カール・マルクス」は。
アルチュセールだけじゃなく、けっこう流行った初期マルクスと後期の認識論的切断を
切り捨てるオヤジのノリがサイコー。(W
541 :
考える名無しさん:2006/06/15(木) 09:06:04
だけど、もう自慰も出来ないのに何で自慰サンなのよ?
542 :
考える名無しさん:2006/06/15(木) 13:00:51
うっせーガキだな。
これからは爺サンにすればえんじゃろがい。
いや、いっそのこと「G3」にすれば良い。
544 :
考える名無しさん:2006/06/15(木) 16:52:26
「G3」・・・オレ賛成ね!
545 :
考える名無しさん:2006/06/16(金) 08:47:51
ほんでも「G3」だと吉本隆明を小ばかにした感じが出なくて
つまんない。
547 :
考える名無しさん:2006/06/17(土) 21:58:42
G3てアホくさくていいな。
誰かわかったときのアホ臭さがw
548 :
考える名無しさん:2006/06/17(土) 22:32:34
お前みたいな馬鹿に吉本をくさす資格はない。
549 :
考える名無しさん:2006/06/17(土) 22:50:44
人をくさしたり、貶めたりするのに資格なんぞいらねーのよ。
やる気がありゃ、それでOKよ。
ましてG3・自慰サンをくさすなんざぁ誰でもOKよ。
550 :
考える名無しさん:2006/06/17(土) 23:24:03
↑アホ丸出しw。荒らし認定。
551 :
考える名無しさん:2006/06/18(日) 09:11:05
↑
とアフォを相手に自分のアフォを晒すヴォケもいると。
だから2チャンは止められねーと。
552 :
考える名無しさん:2006/06/18(日) 21:33:21
幼稚園のお砂場に行ったら?
553 :
考える名無しさん:2006/06/18(日) 22:57:28
吉本を論ずるなら、「共同幻想論」「心的現象論」の3つの幻想理論と、「マチウ書
試論」の<関係の絶対性>あたりをどう評価すんのさ。
554 :
考える名無しさん:2006/06/19(月) 01:56:46
今、この時、居酒屋で“場の空気を読む”ことに神経巡らし、“リアクションに気を付け”“取り残されないよう気を付け”虚しい馬鹿笑いを上げている人間に告ぐ。
「引き籠もれ!( ̄^ ̄)」
555 :
考える名無しさん:2006/06/19(月) 18:21:06
アフォもヴォケも551のトンチキも552の間抜けも
2chを楽しんでますね。
でも、もうちょっとラベルを上げたらもっと愉しいのにね。
やっぱ彼らは抜け作連中なんだよね。
556 :
考える名無しさん:2006/06/19(月) 20:00:33
娘がブサイクすぎるだろ。
557 :
考える名無しさん:2006/06/20(火) 08:34:33
ああ、萎えちまう程のね。
ほんでも、あの顔でもおっ立った男が
いたんだね。よっぽど空腹だったって
ことか?
558 :
考える名無しさん:2006/06/20(火) 18:47:03
その空腹男って気孔で食ってるヤツだよね。
559 :
考える名無しさん:2006/06/21(水) 09:33:58
ピンポーン。
560 :
考える名無しさん:2006/06/22(木) 08:28:14
あれッ、最初は気孔師じゃなくって、
出版会社の編集者かRockerだったような気が。
角川の編集者じゃなかった?
562 :
考える名無しさん:2006/06/23(金) 08:38:29
いや、バナナがデビューした海燕とかいう雑誌の編集者んじゃない?
G3は、どうして「心的現象論」の後半部分を単行本化しないんだろう?
564 :
考える名無しさん:2006/06/26(月) 11:16:20
あれッ、有名なハナシだけど知らないんだ。
あれって破産してんのよ。
565 :
考える名無しさん:2006/06/26(月) 18:22:01
後半部分って、「序論」でなくって「本論」のことかいな?
566 :
考える名無しさん:2006/06/27(火) 09:19:16
単行本化されてないといえば本論のことだろうが、
失礼な言いようだが、氏の存命中に完結するのだろうか。
単行本になっている母型論とかああゆうのは心的現象論に入るの?
それとも別のものですか?
本論てなんですか?
568 :
考える名無しさん:2006/06/28(水) 08:32:42
横すれ失礼させてもらうぜ。
あんま詳しくないんで、間違ってたら堪忍な。
『心的現象論序説』に後継するやつは『心的現象論』。
『心的現象論本論』ってのは無い。
ただ、御大が単行本化の折に『本論』と銘打つことは
無きにしも非ず。
ついでに横すれすると、単行本化されている『母型論』は
「言葉と、原宗教的な観念の働きと、その総体的な環境ともいえる共同の幻想とを、
別々にわけて考察してきた以前のじぶんの系列を、
どこかでひとつに結びつけて考察したいとかんがえて」まとめられたもので、
91〜93年に雑誌で連載された論文と、「試行」73号(95年)に掲載した
「脱音現象論」と「原了解論」のふたつの論文で構成されています。
手もとにある2004年発行の新装版あとがきには、時間が許せば、
この本での主題の続きをやりたいという旨のことが書かれています。
『心的現象論』よりもそっちを優先させる気があるのでしょうか。
570 :
考える名無しさん:2006/06/28(水) 22:07:16
たしか80年代後半だったかな。改装される前の神保町東京堂本店2F、文学全集売場で偶然、老眼鏡かけて立ち読みしてる吉本を見かけたことがある。声をかけると初め警戒してたが、怪しい人間でないと分かると「僕はこの辺はよく来るんですよ(ニヤリ)」→
571 :
考える名無しさん:2006/06/28(水) 22:14:00
→と話してくれた。まだ足が丈夫だった頃のことである。あの時はホント緊張したな(汗)。あれは「ハイ・イメージ論」を『海燕』に連載していた当時だった。
いい年こいて携帯で2ちゃんに連投するような奴なら、そりゃ警戒もするわな。
573 :
考える名無しさん:2006/06/29(木) 13:18:19
携帯連投のジイさん、久しぶりじゃんかよ。
まだPC買ってないんか?
574 :
考える名無しさん:2006/07/03(月) 09:56:53
土曜日の日経に御大の文章が掲載れてたね。
この夏を越せるんでしょうかね、ちょい心配
になりましたよ。
575 :
考える名無しさん:2006/07/03(月) 19:44:13
↑
オレも読んだ。
で、あれって連載物なんだろうか?
576 :
考える名無しさん:2006/07/04(火) 10:30:56
いや、連載じゃない。
日経文化部の宮川某によるインタビューをまとめたモノで
単発だと思う。
577 :
考える名無しさん:2006/07/04(火) 12:38:35
そうか、ついに日経にも自慰サンは掲載されたか。
在京で掲載してない日刊新聞は"光輝ある前衛党"の
赤旗だけだになったな。
578 :
考える名無しさん:2006/07/05(水) 08:35:42
いんにゃ、公明新聞にも未だ掲載されてないぞよ。
ブルジョア新聞でのインタビューには応じても、
党派の機関紙にはダメってことか。
579 :
考える名無しさん:2006/07/05(水) 14:42:27
そうよ、ブル新聞のほうが読者数が圧倒的に多いし、
そんだけ宣伝にもなるじゃん。
多分、ギャラもブル新のほうが多いんかな。
580 :
考える名無しさん:2006/07/06(木) 04:48:52
798 名前:名無しさん@社会人 投稿日:2006/05/27(土) 00:40:18
吉本「嫌韓流」ほめてたね。
581 :
考える名無しさん:2006/07/11(火) 18:29:00
懐かしいね”ブルジョア新聞”って。
小学校の時、塾のセンセから聞いたのが最初。
今はもう死語でしょうかね。
582 :
考える名無しさん:2006/07/12(水) 12:14:00
【初期ノート】
吉本隆明(著) 光文社 2006/07/12
昭和20年、敗戦。
その衝撃は、早熟な文学青年の精神を粉々にした。
混乱のなか訪れたのは、死よりも辛い虚無であった。
しかし、立ち上がらなければならない。
二度と過またないために。
「世界」を捉える方法の獲取に向けて、思考は零から自力で開始される。
純粋に痛切に綴られる、詩人の魂の叫び。
壮大な思想の起源となる、極寒に燃える言葉たち。
歴史的な初期作品集、待望の初文庫化!
>>581 >懐かしいね”ブルジョア新聞”って。
推定年齢75才以上
じいさんは北朝鮮についてなにかいってないん?
それでもじーさんならなんか言ってくれると期待してるんですが・・
585 :
考える名無しさん:2006/07/13(木) 18:16:02
ならず者国家異論ってのが自慰サンの本にあったような、
無かったような。
まッ、どちでもいいか。
586 :
考える名無しさん:2006/07/13(木) 21:32:41
>>584 「13歳は二度あるか」より
拉致被害者の返還はもっと強硬に主張すべきだが、
人道援助は分けて考えたがいい。
なんて馬鹿な国だと大多数の日本人は思ってるだろうが、
自分には単純に馬鹿にすることができない。
あれは半世紀遅れた日本の姿だ。
ちなみに、テポドンや核実験はただの脅しと見ているらしい。
この本、結構おすすめだよ。
書いてあることは、最近何度も書いたりしてることばかりだが、
吉本氏の本には(物凄く)珍しいことに、過不足がない。
余計なことを言ってるのはお前だよ
588 :
考える名無しさん:2006/07/14(金) 18:50:04
と余計なことは言わずにな。
589 :
考える名無しさん:2006/07/16(日) 23:13:17
柴崎はしつこいなぁ。 ウザいよ、死ね。
590 :
考える名無しさん:2006/07/17(月) 07:41:43
御大はオムツでアセモが出来たって聞いたぞ。
591 :
考える名無しさん:2006/07/18(火) 09:35:04
吉本最高!
言語にとって美とは何か、が好きだな
592 :
考える名無しさん:2006/07/18(火) 19:31:42
吉本氏のアセモの話は僕も聞きましたです、はい。
なんだこのスレ
CDうpとかないのか?
594 :
考える名無しさん:2006/07/29(土) 04:03:43
御大は日経の次に、雑誌"President"に何か雑文を書いたらしいな。
ほんと、頑張ってるよな。
>>586 言っちゃあ何だが、御大は、外国に関する知識が足りないような気がする。
海外旅行、行ったことあるんだっけ?
北海道とか沖縄は
奄美はあるだろうな
597 :
考える名無しさん:2006/08/10(木) 18:35:24
クロカンはくたばったらしいが、この自慰サンはいつまで
頑張ることやら。
598 :
考える名無しさん:2006/08/10(木) 18:50:17
御大は外国どころか、本土から出たことはありまっしぇん。
何故か? 陛下をお護りするには常に本土に居ることが
肝要だと御大は知っているからです。
当然ですが、甘味処にはよく行きますが、奄美には一度も
来たことはありまっしぇん。
599 :
考える名無しさん:2006/08/10(木) 18:57:45
たしか、佐渡島には渡ったことがあったような、
無かったような。
600 :
考える名無しさん:2006/08/13(日) 00:48:33
>>598 >甘味処にはよく行きますが
ヤバいだろ。
601 :
考える名無しさん:2006/08/13(日) 01:31:46
朝日出版社の『埴谷雄高・吉本隆明』の口絵にも下町で串団子を美味そうに頬張る吉本の写真が載ってたね。口絵で思いついたが、フランスではサルトルの写真アルバムも刊行されている。朝日出版社あたりから吉本隆明写真アルバムとか出してほしいな。
602 :
考える名無しさん:2006/08/14(月) 04:07:26
今ホンマタカシさんが撮ってるよね。
603 :
考える名無しさん:2006/08/14(月) 09:26:58
自慰サンは重度の糖尿病らしいからな、甘い物は
ダメだよな。
ほんでも、先行き短いんだから、好きな物を好きなだけ
喰って逝くってのも手だよな。
604 :
考える名無しさん:2006/08/16(水) 15:46:29
G3は元気だよ。
605 :
考える名無しさん:2006/08/16(水) 18:23:15
『引きこもれ』
Gサン'81
607 :
考える名無しさん:2006/08/22(火) 05:25:25
G3おはよ
サンデー毎日で
靖国参拝問題について吉本氏の談話が掲載。
609 :
考える名無しさん:2006/08/26(土) 13:01:49
キチガイ柴崎はしつこいなぁ。 ウザいよ、死ね。
610 :
考える名無しさん:2006/08/26(土) 19:02:36
この自慰サンの靖国参拝への立場は直ぐ想像できちゃうじゃん。
おそらく基本的にも実際的にも賛成だぜ。
吉本だけでなく、吉本信者もキモイ。
アカデミズムに対する対抗から、
過剰に戦闘的な身振りを見せるのが全共闘世代の知恵足らずには受けるんだろうけど…
ハッキリ言ってわれわれの世代からみると、何に対してそんなに熱く対抗しているのか理解不能です。
共産党やゴミみたいな大学知識人なんて罵倒するほどのもんでもなかろうに…
吉本はもはや存在しない敵に向かって対抗し続けるわけだから、常に勝利し続けている…「勝利だよ、勝利だよ…」
それをみて信者が喝采、そういう図式か。
613 :
考える名無しさん:2006/08/28(月) 02:03:36
>>612 ホント、バカな信者って困るよね。
「老いの流儀」では、自民党と共産党の差よりも、親子の認識の差の方が大きいって書いてあるよ。
614 :
考える名無しさん:2006/08/28(月) 13:03:24
↑
本当に自慰サンがそう書いたのなら、
自慰サンとしちゃー年のわりには良く
観てるんじゃないかと思うけどな。
615 :
考える名無しさん:2006/08/28(月) 22:49:23
537て、柴崎さんですかね。
だとしたら、もっと自説を紹介してください。
それにしても文庫本になった「カール・マルクス」がえらく評判が
よさそうなので驚きました。
真のマルクスの仕事が理解されることはうれしい限りです。
マルクスの仕事を補完することが、世界的に見て吉本さん以外にないことが
理解されればもっとうれしいです。
616 :
考える名無しさん:2006/08/28(月) 22:56:26
615の続き。
しかし、このどうしようもない現代を、生き抜くためには
柄谷行人のほうが今は面白い。
国家はすぐにはなくならんからね。
617 :
考える名無しさん:2006/08/29(火) 08:58:58
ときに真の○糞の仕事と
そうじゃない○糞の仕事って
どこがどう違うんだ?
そいと、自慰サンの仕事は
マル糞の仕事の補完だなんて
自慰サンは怒っちゃうぞ。
オレの仕事は○糞を超える
ものだとは宣言できなくても
補完とは思っちゃいないよ、
実際は補完以下のレベルだと
してもね。
618 :
考える名無しさん:2006/08/29(火) 14:11:16
補完以下のレベルってのは無いんじゃないの。
619 :
考える名無しさん:2006/08/29(火) 20:58:26
>>617 マルクスや吉本さんの仕事が理解不能で、それでも無視できず、かわいそうなもんだな。
吉本さんの仕事はマルクスの補完だよ。もちろん幻想領域において。
妄想領域?
621 :
考える名無しさん:2006/08/30(水) 10:41:30
自慰サンに寄りかかってるだけのトンチキだったら
まだ可愛いが、自慰サン信者になっちゃおしめーよ。
そいつぁ、自慰サンも迷惑だろうし、嫌ってるんじゃ
ねーか。
まぁ、615みたいなトンチキな信者は何処にでも
いるけどね。
622 :
考える名無しさん:2006/08/30(水) 10:44:02
トンチキか否かはわからんが、
吉本氏としても615氏のような
理解しているツモリの信奉者には
迷惑してるのは想像できるわな。
623 :
考える名無しさん:2006/08/30(水) 16:48:55
面白いね。
ガンガンけなし合いをやろうぜ。
ほんで、ガンガンと糞スレ、下痢スレにしようぜ。
喧嘩大好きの吉本スレらしくていいやな。
だけど、オナニーも出来ないのに何故に自慰サンよ?
624 :
考える名無しさん:2006/08/31(木) 10:14:08
はじめてきました。
じいさんもいじめられてるなあ。
中途半端な信奉者と
反吉本興行の漫才か
まともな入門書や解説書がないのが
両方をだめにしている。
全ての吉本関連本がどこかピントがあってない。
まあ死んでから
本当に評価されるのだろうな。
日本では無理か
誰か主要著作(せめて「心的現象論序説」と詩)を英訳フランス語訳ドイツ語訳を
単独でやってくれ
625 :
考える名無しさん:2006/08/31(木) 10:20:03
オレ結構好きだよ。
カンペーちゃんとか。
626 :
考える名無しさん:2006/08/31(木) 10:33:03
カンペーちゃんも評価されてないよ
627 :
考える名無しさん:2006/08/31(木) 11:41:51
自慰サンは未だ生きてるんだから
入門書・解説書よっか本人に訊けば
いいじゃんかよ。今のうちだぜ。
自慰サン関連本のピントがあってないつーか、
オメーが理解出来てないだけじゃん。
628 :
考える名無しさん:2006/08/31(木) 11:48:18
自慰さんボケてるから訊いても無駄だよ
629 :
考える名無しさん:2006/08/31(木) 18:40:15
カラダ相当悪いでしょ。
630 :
H:2006/08/31(木) 22:15:06
>>624 じいさんがいじめられてるんじゃないんだよ。
じいさんの理解者や信奉者をくさしたいだけなんだよ。
本人らは吉本もマルクスもわからないから、わかったやつに僻みをもってんだよ。
621、622を読めばわかるだろ。
じいさんをいじめるにもいじめになってないだろ。
ちなみに私は、615、616、619を書いたものだが。
話ができるものを探して、きっかけをつかみたかったんだが、話をする前にボケにぼけられた。
名前をHとしとくよ。
615、616の返事がほしい。よろしく。
623なんかは、もともと糞なんだから、糞としてほっときゃいいんだよ。
631 :
624:2006/09/01(金) 08:32:34
>>619 <吉本さんの仕事はマルクスの補完だよ。もちろん幻想領域において。>
すこしニュアンスが違うと思うので言い換えます。
<マルクスの国家論の不備なところを幻想領域において補完した。
そして吉本さんの仕事はここを基点として大きく飛躍した>
こうしないと言語論や心的現象論を評価しにくくなると思うのです。
632 :
考える名無しさん:2006/09/01(金) 17:53:43
おお、ひどく糞スレ化してますね。
吉本信者による吉本誤読発表会ですね。
吉本もこんなご立派な信者を持ってれば
安心して逝けますよ。
633 :
考える名無しさん:2006/09/01(金) 18:17:06
柄谷が例の運動始めて勝手に里帰りしだしてつまらなくなってきたし、そこいくと吉本氏は派手さはないが地道な発言続けててやっぱり違うな、て思わせるね♭『SIGHT』での対花田清輝論争回想も面白かった♭
634 :
考える名無しさん:2006/09/01(金) 19:26:56
635 :
H:2006/09/01(金) 22:17:55
>>631 もう少し説明してもらわないと、意味不明です。
マルクスの国家論の不備なところとは何ですか。
「ヘーゲル法哲学批判」や「ユダヤ人問題によせて」を見ても、幻想としての国家という
観点は明らかにありますよ。
私が簡略化していったのがまずかったかもしれませんが、マルクスがいう上部構造(幻想領域)
についてのマルクス自身の基本的な考察は確固たるものがある。
我々自身が気をつけなきゃいけないのは、下部構造(経済領域)が上部構造(幻想領域)を決定するという
言葉は現実ではあるが、経済領域からみた視点だけを言っているのであって、これほど後世の人間を
惑わせた言葉はない。
幻想領域は下部構造から生まれたが、それに向かい合う(逆立する)からこそ
それ自体がひとつの存在となった。
そういう構造(逆立)があるからこそ幻想領域が下部構造に影響もする。
もうひとつ言うと、生まれてしまった幻想は長い時間をかけて、
それ自体が構造を持つようになった。
マルクスは、ヘーゲルを含む過去の賢人の哲学を相当勉強して生かせるものは生かしてますよ。
マルクスは意外と思うくらい人の心を構造的に突き詰めてますよ。
その突き詰め方があったからこそ資本論が書けた。
資本論は人の心の形(構造)を研究してなければ書けないですよ。
人の心の構造を追及した上で経済領域を絵に描いた。
ただし、その心の構造は、骨格だけで済ませている。
636 :
H:2006/09/01(金) 22:25:51
635の続き
吉本さんは逆だ。
吉本さんは、経済領域と幻想領域の骨格を突き詰めた上で、その全体性を
見た上で幻想領域の構造に特化して研究してきた。
経済領域と幻想領域は逆に立つ(向かい合う)んですよ。
そして互いに影響しあうとともに、互いに独立した構造を持つ。
吉本さんとマルクスは片方の領域を括弧に入れた上で、
もう一方の領域を構造的に研究した。
括弧に入れたというのは、無視しているわけじゃないんです。
構造的に向こう側にあることを想定している。
サービスでもうひとついうと、こういう人の心の構造を研究したからこそ、
それが近代世界の経済構造に合わないことを両者は発見したんです。
よくわからないんだけれども、ここを基点として飛躍したというのは、
単に吉本さんが世間に現れた表面的なものを指しているんじゃないですか。
637 :
H:2006/09/01(金) 22:34:35
>>631 「マルクスの国家論の不備なところを幻想領域において補完した」というのは
共同幻想論のことですか。
それならわかるけども、どちらにしても吉本さんの仕事の時系列的な流れでしかないでしょう。
638 :
考える名無しさん:2006/09/01(金) 23:49:17
昔中上健次や宇野邦一とサシでやり合ってる場面を生で聴いたことあるけど吉本氏って切り返しが的確でまたツボを狙い撃ちするんだね。あのブローは見事だった。討論・講演記録『いま吉本隆明25時』で読めます。
639 :
考える名無しさん:2006/09/01(金) 23:55:23
吉本は自然の対象化についてどんなことを言っているのでしょうか?
まあ、そもそも『共同幻想論』を主著と考えるからおかしなことになるんですよ。
あんなものにはほとんど何の価値もない。
角川文庫で読んだ世代が角川戦略に騙されただけのこと。
だいたいこれだって、勁草書房からの借金を断られたおかげで角川から文庫化てことになった
だけなんでしょ?
641 :
考える名無しさん:2006/09/02(土) 00:51:39
主著といえば、三部作ですか。
642 :
考える名無しさん:2006/09/02(土) 01:18:58
柄谷の悪影響か、一冊として目を通さずに風評や斜め読みで決め付ける傾向が一般化してるようだけど、少なくともどれか(三部作に限らず)一冊でもきちんと読んでみればその構えや奥の深さは実感できると思う。
>>642 読んでないものと決め付ける傾向は誰の悪影響なんですかね。
私は勁草の著作集に入ってるものなら全部読みましたけど。
644 :
考える名無しさん:2006/09/02(土) 02:37:05
純粋疎外とは?
吉本に詳しい人教えてください。
吉本さんがターミノロジーにどの程度の厳密さを求める人なのかが分かっている人なら
もう少し質問の仕方も弁えてるんじゃないでしょうかね
646 :
考える名無しさん:2006/09/02(土) 04:03:35
“本の読み方から教えなきゃならない人がいる”と吉本氏も言ってますから。全部読んでも得るものがない、て方が(誰とはいわず笑)いるとしたらその手でしょう。“純粋疎外”について知りたい場合は『心的現象論序説』をよく読んでください。
吉本さんの読者も、最近は「自立」じゃなくて「自演」と唱えてるんですかねw
648 :
考える名無しさん:2006/09/02(土) 05:32:55
吉本隆明が“本の読み方”を語るのは御愛嬌だろww
それくらい事情を汲み取ってやれよw
649 :
考える名無しさん:2006/09/02(土) 05:50:28
主著厨にはcorpusって概念もないしなあ。。。
650 :
631:2006/09/02(土) 07:01:27
>>636 あなたのいうことは
だいたいわかりますが
吉本さんの仕事がマルクスの
補完という表現となると
すこし違うといいたかったのですよ。
「心的現象論」なんかヘーゲルの精神現象学の
補完みたいになってしまうのでは。
だけどこれはマルクスの補完ではないよ。
651 :
考える名無しさん:2006/09/02(土) 08:31:13
648はまともに読んだことない人か。“本てのはただ字面を読めば読んだことになると思ったら大間違いで…”つまりどこに重点が置かれてるかを読み取れるかだと。“歴史の無意識としての資本主義は最高の作品”の“無意識”を抜かして読まれていることへの批判でね。
652 :
H:2006/09/02(土) 09:44:40
>>642 柄谷が吉本さんをどの程度批判してるのかね。
私が読む限り、柄谷は幻想領域についての認識は吉本さんと基本的に一致している。
それだけではなくてマルクスの仕事の考察についても一致している。
世界的にみても、おそらくこの両者の仕事は特筆すべきものがありますよ。
特に真のマルクスを理解できるものはこの両者しかいないです。
柄谷は昔、吉本さんを支持していて吉本さんの家にまで出向いたことがあると聞いた。
吉本さんがあまりにも大きいので、柄谷が自立するには少しでも違いを見つけたかったんだろうね。
柄谷・吉本さんと思想を共有する故中上健次は、なんとか柄谷と吉本さんを仲直りさせようと
努力したが、両者が近親憎悪の関係だから無理だね。両者は父子の関係だよ。
もちろん父が吉本さんで子が柄谷だけど。
そして子が親を乗り越えることもあるわけだが。
いくら柄谷が吉本さんを批判しようと幻想領域の研究については吉本さんが先駆者であり、
残念ながら世界(史)的な業績という意味では、吉本さんのほうがはるかに上だろう。
私が柄谷の吉本批評を読む限り、外れてる部分も多いと思う。
吉本さんは死ぬまで幻想領域の発生史研究に没頭するだろう。
なぜならそれこそが現実を根本から見直す契機になるから。
この仕事をやれるのは世界的にみてもう吉本さんしかいない。
世界(国家を残す資本主義社会)をアウフヘーベン(止揚)するには、
現実的な手段ではなく世界を認識しなおすことだ、という吉本さんは、
遠回りであっても、われわれに将来の改革の基本思想を普遍化する実質的な
行動だと思える。
マルクスが共産主義運動に失敗し失望し、結果世界を世界史的に認識しなおすことが
行動に先んじて必要なことだとして資本論を書いたことが、いかに大事なことか、
人々を啓蒙するより人々が世界(史)を再認識できるようその資料を提供することが
いかに大事なことか。
吉本さんはそういうマルクス思想を共有している。
こういう待ちの思想というのはなかなか持てるものではない。
(これは晩年の夏目漱石の思想・キリストの最後の姿に近い)
具体的な論証もなく「吉本さんのほうがはるかに上」と言うことは自分自身の「幻想領域」においてのみ有効。
「現実を根本から見直す契機」が必要なのはお前の方。
654 :
H:2006/09/02(土) 09:50:17
652の続き
ただ、我々が不満なのは、そして柄谷自身も吉本さんに対して不満なのは、
それはわかっていてもそして矛盾した現実がどうしてそうなるかという理論まで
わかっていて、なぜ改革の具体的な手立てがまったくないのかということなんだ。
そういう意味で、柄谷のNAM・通貨の改革や世界共和国の具体的な思想は
我々にとっては本当に唯一といっていいくらい本質的な改革運動だと思う。
失敗してもいい、先走りすぎてるといわれてもいい、そういう具体性があるということ
だけでも我々に示してくれることがうれしい。
私たちは吉本と柄谷を共有しなきゃいけない。どちらか一方じゃだめだ。
彼らは単なる近親憎悪なんです。
655 :
H:2006/09/02(土) 09:55:20
>>653 あんまりあせるなよ。ぼけ。
その理由は必要に応じて書いてやるよ。
吉本と柄谷が「近親憎悪」なんつってる遠近感ゼロの馬鹿がいくら戯言を積み重ねても無駄。
「現実」に不満があるのなら老いぼれなんかに頼ってないで自分で何とかしやがれこのボケ。
657 :
考える名無しさん:2006/09/02(土) 11:24:49
>>644 柄谷によれば....
知識人は自らの出自でありながら大衆を異和としてとらえる..あるいはその逆....
この<大衆と知識人>の関係を<原生的疎外と純粋疎外>の説明の喩えとしたのが柄谷による
角川文庫版の「心的現象論序説」の解説。
当時は感心しましたが、今考えるとやはり一面的ですね。
柄谷さんらしい表層批評っぽい認識である気がします。
>柄谷さんらしい表層批評
上っ面さえ理解できない人間がよく言うよ。
659 :
考える名無しさん:2006/09/02(土) 13:19:15
吉本エピゴーネンというより
吉本ファンどものお話場だな。
660 :
考える名無しさん:2006/09/02(土) 15:51:27
「構えや奥の深さ」なんて脳軟化ボキャブラリーを恥ずかしげもなく使いまわすような人たちですからw
661 :
考える名無しさん:2006/09/02(土) 16:07:33
その脳軟化症の自慰サンは、ひょっとして、
今頃お迎えが来てんじゃないのか。
662 :
考える名無しさん:2006/09/02(土) 16:15:44
脳軟化症つーか、糖尿病の合併症が酷いんだろ。
小便も糞もテメーじゃ出来ないって話だが、
663 :
考える名無しさん:2006/09/02(土) 16:34:48
吉本隆明の「本の読み方」というのは、昔の岩波文庫のようなワケの分からない翻訳を
読み解くためのものだから、今時そんなの口真似しても失笑されるだけですよ。
だいたい『遠野物語』と『古事記』を重ねて読むような読み方は、俗人が真似をすべきものでも
ないしね。
664 :
考える名無しさん:2006/09/02(土) 18:25:48
じつは評論より吉本隆明の昔かいた詩が好きなんですけど
665 :
考える名無しさん:2006/09/02(土) 22:28:47
柄谷は「吉本は本を百回読むと解ってくるという人だから」とバカにしていましたが、
この「百回読む」というのは吉本がカントの認識論を説明するときに使った言葉。
2、30年経ってそのままカントを引き合いに出し始めた柄谷は何なんでしょうね。
吉本の言葉を2、30年経って皆んなが忘れた頃に巧妙に自分の言い分として言い出す柄谷。
知識人の俗悪さを体現してますね。
666 :
考える名無しさん:2006/09/02(土) 22:30:59
アソーシエイションも国労やユーゴでとっくの以前にやってたことですし。
667 :
考える名無しさん:2006/09/02(土) 22:54:20
別に柄谷とかどうでもいいし
なんか根本的にトンチンカンな阿呆がいるな
668 :
考える名無しさん:2006/09/02(土) 23:12:44
それより
>>644の質問への回答は
>>657だけか?
657も質問にだけ答えてくれ。柄谷なんかどうでもいいから。
669 :
考える名無しさん:2006/09/02(土) 23:14:43
柄谷と吉本の最大の差異は自身の思考への評価にあるとみる。吉本は“本当のことを追求すること”が“追求しないこと”より善いことだ、という見方に懐疑を示す。“本当のことを追求する”欲望の根底に、己の失敗した母子関係をみるからだ。→
→出た! 携帯厨!→
671 :
考える名無しさん:2006/09/02(土) 23:22:44
→対して柄谷は自分の思考へのそこまでの相対化は為されていない。どこまでいっても“明晰さの欲望は善”なのだ。柄谷の姿勢に絶えず付いて回る硬さがそれを証している。そうしてその倫理はこの人の払拭できない弱点の一つだと思う。
672 :
考える名無しさん:2006/09/02(土) 23:33:16
矢印厨も自分の思考の相対化でもやるんだな。どっか他所で。
ここには書き込まなくていいからw
673 :
考える名無しさん:2006/09/02(土) 23:38:07
>>668 原生的疎外は一言で言うと「生命」、ここには微生物から動植物の生命活動の
領域が一切含まれる。
純粋疎外は意識・言語・思考など、生命活動から一歩抜け出た認識や観察・構想・製作・反省
などの「理性を中心とした活動」の領域である。
ごろ寝して腹が減れば飯をくうなどは原生的疎外に入ると考えられるが、
貨幣とは何かと考えたりするのは純粋疎外に入る。
実際はごちゃごちゃなことも多い。
674 :
考える名無しさん:2006/09/03(日) 00:51:02
>>644 >>657 >>673 吉本自身が「純粋疎外は原生的疎外のベクトル変容」と説明してますが。
それじゃいけないの? 違うわけ?
>>673 純粋疎外は「「理性を中心とした活動」の領域」って、どの本に出てきますか?
675 :
考える名無しさん:2006/09/03(日) 01:02:55
ベクトル変容とは写像的なものですね。
676 :
考える名無しさん:2006/09/03(日) 01:25:10
「ベクトル変容」なんて日本語は無いんだからどうでもいいだろ
そのうち立花隆先生と知の巨人対談でもやって、三木成夫ネタで逝き投合すればいんじゃね
677 :
考える名無しさん:2006/09/03(日) 01:37:31
>>674 「理性を中心とした活動」→「言語や観念・思考を用いての活動」とか言ったって
いいんですよ。コミュニケーション(勿論原生的コミュニケ−ションもあるのですが)
やアイデアなんかも当然からんでますが。
このようにどっかに書いてあるかは知りませんけどね。
678 :
考える名無しさん:2006/09/03(日) 01:46:35
相変らずくだらねえなw
679 :
考える名無しさん:2006/09/03(日) 02:06:59
つまり、原生的疎外と純粋疎外の関係を具体的に追及しているしたのが
「言語美」でもあるのです。
680 :
考える名無しさん:2006/09/03(日) 02:38:52
もともとユルユルの話なんだから
具体的な追求なんて何所でも如何にでもできるだろうがw
こいつ莫迦か?
681 :
考える名無しさん:2006/09/03(日) 07:29:57
>>673 >>674 「純粋疎外は意識・言語・思考など、生命活動から一歩抜け出た認識や観察・構想・製作・反省
などの「理性を中心とした活動」の領域である。」
「「理性を中心とした活動」→「言語や観念・思考を用いての活動」とか言ったって
いいんですよ。」
以上は「高次」の心的現象≠ニいった表現を、すぐに「理性」や「悟性」と読むような誤読と同じで
よくあるタイプの誤読だと思うが。
純粋疎外はイメージ論を読むと境界=A母型論では大洋≠ノ相当すると認識できるのではないかと思うが。
682 :
考える名無しさん:2006/09/03(日) 07:35:31
純粋疎外の概念はオートポエイエーシスの境界=Aラカンの鏡像≠ノ近いかオーバーラップする
ものがあるというか。
683 :
H:2006/09/03(日) 22:00:37
>>650 ヘーゲルはマルクスが語りつくせないほどの偉大な哲学者だと思うが、
マルクスが自然と幻想を結びつけた(自然哲学)ことからヘーゲル哲学が
地に付いたわけでしょ。
心的現象論も自然哲学がなければかけないですよ。
心的現象論は自然から生まれた心の発生史ですから。
私ごときが吉本さんの仕事を総括するのはおこがましいけども、
大きな視点にたてばマルクスの仕事の補完だと思うよ。
そういう立場で意識で仕事をしてると思うよ。吉本さん自身は。
経済の発生史をマルクスが描いたとすれば、マルクスが描けなかった
幻想の発生史を描くという仕事をね。
684 :
H:2006/09/03(日) 22:06:08
>>640 ここで詳しくは書かないけども、共同幻想論は吉本さんの仕事の中で一番の労作だと
私は考えてますよ。
マルクスの資本論を補完するものは吉本さんの共同幻想論だと思いますよ。
685 :
H:2006/09/03(日) 22:38:52
>>669 >>671 柄谷の自分の思考の祖対化って簡単に言うけど、柄谷の思想を本当にわかっていれば
そんなに簡単に「相対化」って言葉は使えないですよ。
吉本さんが柄谷に相対化ができていないスターリニズムだというのはわかりますよ。
でもわれわれは柄谷の思想を語らずして、簡単に相対化できてないなんていえないですよ。
ちなみに私自身は、柄谷は思想の相対化は十分意識していると考えてますよ。
吉本さんが自身の母子関係の失敗を理由に本当のことを追求するようになった
という因果関係は事実だろうけども、本当のことをつかんだ吉本さんや柄谷は立派ですよ。
吉本さんは謙虚に語ってるだけで、つかんだことはとてつもない思想ですよ。
吉本さんは人を啓蒙することが本当に不遜だと思ってるんですよ。
人を啓蒙することが不遜であり、かついかに危険かということも理解してるわけですよ。
柄谷はそのことも十分理解していると思う。
十分理解してでも、NAMやLETSや世界共和国ということを語るわけですよ。
何度も言うけど二人は近親憎悪なんです。
二人の違いを見つける前に、共通項を見つけるべきですよ。
もし興味があるならね。私も啓蒙はしないけど。
686 :
H:2006/09/03(日) 22:58:23
原生的疎外や純粋疎外という言葉の意味についてよく語られるけども、どうなんだろうね。
疎外という言葉の意味を語ったほうがいいんじゃないのかな。
互いを疎んじるという意味以外に表出・表現という意味でマルクスや吉本さんは使っている。
原生的疎外や純粋疎外という言葉の意味を知らなくても、吉本さんやマルクスやヘーゲルの思想は十分語れるが、
疎外の二重の意味を知らなければ、彼らの思想はわからないよ。
物と心(幻想)を結びつけるのは「疎外」だよ。
彼らの思想の要の言葉が「疎外」だよ。
687 :
考える名無しさん:2006/09/04(月) 00:20:13
「疎外」は「外化」(表出)であるって、普通に大学で習うけどなあ。
>原生的疎外や純粋疎外という言葉の意味を知らなくても、吉本さんやマルクスやヘーゲルの思想は十分語れるが、
ヘーゲルやマルクスはどうでもいいけど「原生的疎外や純粋疎外」なしで吉本さんを理解するのは無理でしょお。
688 :
考える名無しさん:2006/09/04(月) 00:28:50
吉本が影響を受けた思想家や学者って誰がいるの?
自分が知ってるのは三木成夫と左脳右脳の研究をやってた耳鼻科の先生?
それから三浦つとむという言語学者らしい人。
他にどんな人がいるのでしょか?
689 :
考える名無しさん:2006/09/04(月) 00:32:41
“思想の相対化”ではなくて“明晰さへの欲望の相対化”、と書いたんですけどね。それは柄谷には出来ていないだろう、と。対する吉本氏の場合、“本当のことへの欲望の相対化”が出来ているでしょう、と。それはつまり、知が権威的になることへの自覚が→
690 :
考える名無しさん:2006/09/04(月) 00:47:08
→考えられているか、てことだと思います。柄谷がそこが出来ているか、考えられているか、と言うと、僕は考えられていない、と見ますね。少なくとも吉本氏のそこでの問題意識は柄谷には皆無だと思えますね。皆無だということが柄谷の言葉に知的権威主義の色合いを→
691 :
考える名無しさん:2006/09/04(月) 00:52:42
→加味してるという理解を僕はしますね。いたずらに両者の差異を強調することはないと僕も思ってますが、絶対的な違いは違いとして見なければならないでしょう。マルクスへの理解でも、柄谷の場合、マルクス主義的主体を復活させたいという欲望が強い。→
→「体臭の現像」と言って「知」の権威を解消したつもりならそれは大きな間違いで→
693 :
考える名無しさん:2006/09/04(月) 00:54:06
吉本はんは「相対性理論」を思わせ、柄谷はんは「絶対空間」指向のニュアンスでんな。
694 :
考える名無しさん:2006/09/04(月) 00:56:44
→その欲望はまさに吉本氏の最も超克したかったものです。吉本氏のマルクス論からマルクス主義的主体の超克は絶対に外せない。マルクスへの理解として、党派と一体化した実践的主体を解体できるのか、そこが眼目の一つだとどうしても言っておかなければならない。
695 :
考える名無しさん:2006/09/04(月) 07:17:07
>>640 >>684 労作なら『言語にとって』でしょう。主著でもる。
「共同幻想」も労作にはちがいないが
借金を断られたのではなく、
借りたあと利子をつけて返せといってきたので
資本家みたいなことをすることに激怒
と何かにかいてあった。
普通友人に金を貸したら利子つける?
けいそう書房の装丁はかっこよくてすきだが
696 :
考える名無しさん:2006/09/04(月) 09:17:29
>>686 >物と心(幻想)を結びつけるのは「疎外」だよ。
だから原生的疎外や純粋疎外がポイントなんでしょ?
ヘーゲルやマルクスの疎外論からは<幻想>についての孝察はでてこないよ。
吉本さんがなぜあれほどフロイトを探究したか、その理由がわからないで
ヘーゲルやマルクスの疎外論を振り回しても意味は無いでしょ。吉本を読む意味は無い
という意味でね。
フロイトの「唯物論が足りない」という名言は意味深いしね。
697 :
考える名無しさん:2006/09/04(月) 12:03:10
>>673、
>>677 >純粋疎外は意識・言語・思考など、生命活動から一歩抜け出た認識や観察・構想・製作・反省などの「理性を中心とした活動」の領域である。
>「理性を中心とした活動」→「言語や観念・思考を用いての活動」とか言ったって
いいんですよ。
全然違いますね。
『心的現象論序説』P97,98にこう書いてありますが。
純粋疎外はあらゆる心的連合を排除して知覚がそのまま継続し、<純粋>化する。
698 :
考える名無しさん:2006/09/04(月) 13:41:19
ルカーチすら読んでない奴が(ry
699 :
考える名無しさん:2006/09/04(月) 19:50:54
いまだにルカーチに意味があると思ってんだ!
このスレって団塊世代スレかよ
『魂と形式』が良いという噂は聞いておりますが、まだ読んだことはないですね。
701 :
H:2006/09/04(月) 21:41:49
>>696 696さん。あなたはかなり限定的に幻想という言葉を考えられてるのかもしれないが、
吉本さんの共同幻想論の序にも書いてますが、政治・思想・芸術すべてを統一的に見て幻想領域と言う。
上部構造と言ってもいいんだが、手垢(既成のあやまった概念)がついているのであえて幻想領域といったと、
あるんですよ。
ご存知のとおり、吉本さんは個人の意識を自己幻想、家族や男女の意識を対幻想、社会的な意識を共同幻想といっている。
ただし、意識という言葉よりも少し広い意味で幻想という言葉を使っていますが。
これらの用語の原点はマルクスやヘーゲルを中心とするドイツの古典哲学ですよ。
吉本さんは確かにフロイトから多くの影響を受けており、対幻想の位置づけを大きくした。
しかし性を基軸にしたフロイト思想の欠点も了解済みなんですよ。
何かというと、フロイトは、すべての意識を性と結びつけ、人の過去から現在までの心をブロックの塊の積み重ねのように見てるわけです。
しかし人の心はそれぞれの意識が互いに疎外されている、その結果ヘーゲル流に言えば互いが対象的にあるわけですよ。
対象的というのは吉本さん流に言うと逆立する(向かい合う)構造にある、と。
だからすべてを対幻想に還元できないわけです。
疎外というのは元があるわけでね。元から生まれるわけですけども、生まれたとたんに元に向き合うわけですよ。
向き合うからこそ意識や幻想がそれ自体でひとつの存在になるわけです。
例えば自分の脳を自分で考えるという芸当は人間しかできないでしょ。
疎外・疎外関係や対象的存在という概念はフロイトにはないんです。
だから、性という意識にすべての意識が還元されてしまうわけです。
逆立の構造があるからこそ「意識」が存在するわけですよ。
ヘーゲルやマルクスぬきで吉本さんを語るのは自由ですし、意味がないというのも自由ですよ。
あなたの吉本流フロイト論を教えてくださいよ。
フロイトの「唯物論が足りない」という名言の意味を教えてください。
702 :
考える名無しさん:2006/09/04(月) 21:43:51
ここジジイどもはいつまでたってもヘーゲルやマルクスの疎外どまりか?
ラカニアンでさえ対幻想について考えるようになってきたのにな。
703 :
考える名無しさん:2006/09/04(月) 21:54:16
>>701 多弁で誤魔化す前に以下の説明をするのが順序ではないですか?
>>686 >原生的疎外や純粋疎外という言葉の意味を知らなくても、吉本さんやマルクスやヘーゲルの思想は十分語れるが、
>疎外の二重の意味を知らなければ、彼らの思想はわからないよ。
「原生的疎外や純粋疎外」という言葉の意味を知らなくても」なぜ吉本さんを理解できるのですか?
逆になぜ吉本さんは「原生的疎外や純粋疎外」という概念を用意したんですか?
問題をすり替えないでください。まず答えられるなら答えなさい。
それから
>>701で「対象」の使い方が間違っていますよ。
逆立という概念は吉本さんでは「対称」です。「遠隔対称性」です。
基本的なレベルで吉本さんを読めていませんね。
704 :
考える名無しさん:2006/09/04(月) 22:03:30
吉本さんの「幻想」という言葉はマルクス・エンゲルス全集の「パブリック・イリュージョン」から
とったもので、ご自身の全集でそう書かれてます。
その幻想領域を「観念の弁証法」として考察し、「類」を成立させるための契機がどのように
「個」において成立するかが吉本思想のオメガでありアルファですね。
「個」における幻想の成立を解明するにはヘーゲルやマルクスは無効ですから、フロイト以外には
あり得ないのは当然でしょう。
705 :
考える名無しさん:2006/09/04(月) 22:28:19
ルカーチかぁ・・・・。
池田浩士すらもうルカーチに言及しなくなったぞ
706 :
考える名無しさん:2006/09/04(月) 22:29:26
今ならジジェクだろ
707 :
考える名無しさん:2006/09/04(月) 22:39:05
ルカーチもう完全に古典の部類にはいったからな。
708 :
H:2006/09/04(月) 23:07:49
>>703 答えられるなら、答えなさい、といわれると能力がないもんで、速答で答えられんかもしれんね。
701の続きになるけど簡単にいうと心がすべて物に還元できない、ということですよ。
心がそれだけでひとつの存在になるということですよ。
それと戻れないということで言えば、吉本さんのいう3つの幻想もひとつに還元できないということですよ。
だから吉本さんは唯物論であって、唯物論じゃないんですよ。
心は物から生まれたが、物に戻れないんですよ。
3つの幻想の独立性の意味が本当にわかれば、吉本さんもマルクスもわかるし、資本論も理解できる。間違いない。
原生的疎外とか純粋疎外というのは心の発生史を唯物論的に描こうとしてるんだろう。
上記の意味がわかれば心の発生史の意味もわかるでしょう。
吉本さんは共同幻想論もそうだけども、幻想は発生史を明らかにすれば、怖くなくなると言っている。
元が物だから。
ただし、何度もいうが幻想は物に還元できない。無視はできるけど。
私は、疎外の詳細な研究よりも、3つの心の独立性を考えたほうが間違いなくより早く吉本さんを理解できる。
3つの心の独立性と、貨幣と商品を中心とする経済領域の問題を骨格でいいから突き詰めれば、
吉本さんの思想の全体像が見えてくる。
それだけではなくて世界がわかるよ。現代の日本人の心も本質的にわかるようになるよ。
疎外の二重性とは、「疎外された労働」と「表出・表現」との意味の二重性だ。
ここでは言い古された疎外された労働ではなく、後者のことをいう。
私は対象的とはヘーゲル流にいえば、と言ってるだろう。
吉本さんの言う遠隔対称性もわかってるよ。
私が意味なく書いてると思ってんの。
逆に聞くけど対象的という意味わかる。
私は対象も対称もわかって書いてるんですよ。
あなたのような教条的な人が定式化の定式化と言うんですよ。
真の能力がないから思想の展開のない何とか主義になるんですよ。
709 :
考える名無しさん:2006/09/04(月) 23:19:33
おおおなんかすげ〜吉本まだ人気あるみたいだな
710 :
考える名無しさん:2006/09/04(月) 23:26:12
>>708 >「原生的疎外や純粋疎外」という言葉の意味を知らなくても」なぜ吉本さんを理解できるのですか?
>逆になぜ吉本さんは「原生的疎外や純粋疎外」という概念を用意したんですか?
だからまず答えることですね。
ベラベラ矮小でレベルの低いカキコをして自分の出番を作らないで。
ここは吉本スレなどで「原生的疎外」や「純粋疎外」への質疑が優先するのは当然。
ヘーゲル・マルクスの解釈なら別のスレでどうぞ。ましてや柄谷など論外ですので。
711 :
考える名無しさん:2006/09/04(月) 23:28:03
原生的疎外は生命であること自体から来るズレとか復元しようとする働きつーか
(暑いから木陰に移動するとか)みたいな・・・
713 :
考える名無しさん:2006/09/05(火) 00:10:01
Hさんはよく読み込んでるね♭丁寧に読んでるのが分かります。
原生的疎外的にはリンゴは単なる食い物の一種であるが、純粋疎外においては
リンゴを「主題として」(離れずに)観察したり、品種や原産地を考えたり
あるいは料理法を考えたりもしうるのであるが、
この「主題として」が純粋疎外の純粋性なのである。
715 :
考える名無しさん:2006/09/05(火) 00:26:21
対幻想って要するにマイホーム主義ってことでしょ?
716 :
考える名無しさん:2006/09/05(火) 00:28:18
「私は以前「浅田なんかすぐに潰せる」と言った某です」と白状すれば >>Hさん
717 :
考える名無しさん:2006/09/05(火) 00:34:44
「家族のゆくえ」はよかったぞ。
あんな風に豊かに展開された対幻想論ならオススメだな。
論争やってる人も、第3者にとって興味持てる路線でお願いするぞ。
718 :
考える名無しさん:2006/09/05(火) 00:52:19
3つの幻想の要点は....
対幻想だけが<具体的(物質的)臨界を以て規定される>。
共同幻想は<関係の係数>。
個人(自己)幻想は<自己対象(関係)化意識による自己規定>。
認識の対象性を基本的に規定する空間性は<規範>の前提。
認識そのものを基本的に規定する時間性は<概念>の前提。
すべての認識(心的現象)は<規範>と<概念>のある時空間性の結合。
理性、悟性、感動などどいうのはいい加減なプチブル学の定義に過ぎない。
....である。
が、しかし、あらゆる心的現象は個別的現存である<個体>において統合・総合
されている。なので、探究すべきは<個体>である。
<個体>における疎外は<原生的疎外>である。その構造的位相は<純粋疎外>である。
以上
719 :
考える名無しさん:2006/09/05(火) 00:55:19
おまけ....
一般商品が遠隔対称化すると<貨幣>になる。
<貨幣>は信用により保障されるが、<信用>を保障するものは
<個体>の認識である。
以上
720 :
考える名無しさん:2006/09/05(火) 02:20:31
だからルカーチくらい読めよw
別に最前線とか言わないけど、最低綱領だろww
721 :
考える名無しさん:2006/09/05(火) 02:42:41
現代思想として、最低綱領をルカーチとは言わないだろう。《〈プロレタリアート〉や〈階級〉や〈ブルジョアジー〉という言葉が、どれだけの手続きをふんで現実に到達するかについて、ここで、ルカーチを支配している立場は、たんなる直覚とたんなる書誌学と→
722 :
考える名無しさん:2006/09/05(火) 02:51:32
→にほかならない。》《マルクスの〈プロレタリアート〉や〈階級〉という言葉は、先験的でもなければ直接性でもない。人間の幻想と自然とからはさまれた媒介性としてとらえられている。》《〈プロレタリアート〉とか〈階級〉とかいう言葉は、ルカーチが→
723 :
考える名無しさん:2006/09/05(火) 02:55:34
→やっているようなあいまいな手続きで、現実の社会との対応性をみつけだされるわけではない。》(以上「自立の思想的拠点」より)
現代思想として読むに値する本としては吉本隆明ならばM.フーコーを挙げるだろう。
724 :
考える名無しさん:2006/09/05(火) 03:32:18
誰も「読むに値する本」なんて問題にしてないんだよw
それを汲み取る教養すら無い莫迦はお呼びでないからww
725 :
考える名無しさん:2006/09/05(火) 06:12:08
“最低綱領でもルカーチくらいは読め”は“ルカーチは最低綱領でも読む価値がある”ということを意味として含んでいる。しかし吉本隆明の書いたものによれば君の推薦するルカーチは“最低綱領でも読むに値しない”となる。つながってるじゃないか笑
726 :
考える名無しさん:2006/09/05(火) 08:08:41
「家族ゆくえ」でもポイントはフーコーなんだよなあ
727 :
考える名無しさん:2006/09/05(火) 08:11:05
↑
ああ、それは分かるよ。
【思想とはなにか】
吉本隆明(著) 春秋社 9月下旬 税込価格:1,890円 ISBN:4393332601
戦後最大の思想家が「思想とはなにか」という究極的な問いに真正面から答える。
あらゆる問題を貫く原理に肉迫する対話集。
(ソース:本やタウンの「書籍近刊情報」)
729 :
考える名無しさん:2006/09/05(火) 10:28:40
対談集ね。対談集は久しぶりだよねー。森山公夫など、特定の相手とのまとまった対談は出してたけど。体が元気な頃は頻繁に対談集が出て、ちょっと淋しかったから久しぶりの対談集は嬉しいな。楽しみだ。
730 :
考える名無しさん:2006/09/05(火) 11:04:52
つーか、今の自慰サンの状態じゃ対談や談話が
せいぜいだろうぜ。
マルクスとトットちゃんを同じ文体で書くといった
頃の自慰サンが懐かしいぞよ。
731 :
考える名無しさん:2006/09/05(火) 12:15:46
さて、森山病院へでも行って来るか。
732 :
考える名無しさん:2006/09/05(火) 18:38:16
柄谷:たとえば夏目漱石は知識人だったと思う。日本にかぎらず、知識人と言うべきものは、そんなに数多くいない。
大学の教師だから知識人だなどと思ってもらっちゃ困る。「知の頂から非知へ静かに着地する」(吉本隆明)とか言う
けれど、知の頂になどだれも達していない。
浅田:非常に低いですよ、日本の「象牙の塔」は。
柄谷:だいたい、「知」に頂はないし、「非知」はいわば「物自体」のようなものだから、着地するわけにはいかない。だ
から、「非知」という字にボケというルビをふった人は正しい(笑)。
733 :
考える名無しさん:2006/09/05(火) 19:51:18
言語美を読めなくて「わからないんだもの」と近代文学の鼎談で泣きべそをかいて
みせた浅田彰は非知(ボケ)以下ということで!
それにしても柄谷はタチが悪いというよりヤクザ並の難癖坊やですなあ。彼の読者はそれ以下
かもしれんが。
734 :
考える名無しさん:2006/09/05(火) 19:57:15
>>716 >「私は以前「浅田なんかすぐに潰せる」と言った某です」と白状すれば >>Hさん
いくらなんでも、それだけは無理だわなあ。この一連の書き込み読むと。(W
浅田だって一応もの書きだしさあ。
735 :
考える名無しさん:2006/09/05(火) 20:00:08
>>1 ハシャいでた知識人が衰えてくると例外なく叩かれるよ。
海外ではどうなのか分からんけど。
736 :
考える名無しさん:2006/09/05(火) 20:09:59
かつて、知的関心をもつ若者が必ず小林秀雄を読んだ時代があり、
(今となっては信じがたいことだが)吉本隆明を読んだ時代があったという。
70年代半ば以後そのような地位を占めているのが、ほかならぬ柄谷行人である。(浅田彰)
ガイドブック以外は著作が無いしくて、
既に東浩紀、宮台真司に超されてる浅田がどう言ってもな。。。
>>736 近年じゃヒーローっぽい知識人っていう位置づけ自体が無くなってるよ。
739 :
考える名無しさん:2006/09/05(火) 23:21:02
原生的疎外が環界に対しての一次対応を失なう困難において遠隔ー
対称化として、言い換えれば覚識としての純粋疎外への拡張が成立するが
これが原生的な対応を保持しつつのベクトル変容を伴った自己疎外としての限りに
においての自立的な構造としての根拠なのである。
739さんの記述では....
<純粋疎外>が成立する要件として「環界に対しての一次対応を失なう困難」が条件となりますが、
それは全然違います。<原生的疎外>が有るならば<純粋疎外>も有る、だけ、です。
また、基本的なことですが<原生的疎外>が<遠隔対称化>して<純粋疎外>が成立するというの
も間違いです。
<原生的疎外>と<純粋疎外>の連関は<遠隔対称性or化>ではなく<ベクトル変容>であり<構
造的位相>です。理念的に<原生的疎外>と<純粋疎外>は等価であり、因果や帰属の関係で
はなく、一方から他方が発生するというものでもありません。
柄谷・蓮實が最後の知識人だね。
後釜を狙った人間はたくさんいたが。
742 :
考える名無しさん:2006/09/06(水) 12:18:11
>>725 要するに、読んでない、ということだな。。。
743 :
考える名無しさん:2006/09/06(水) 12:20:25
まぁ、その二人は知識人つーより、
インチキゲンチャってことで。
744 :
考える名無しさん:2006/09/06(水) 19:05:36
ルカーチは読むに値しないとは言わないだろうね。確かに吉本の言うように現実の社会に対応できない言葉が使われているとしても、ただ、たしか“ルカーチは日本のマルクス主義者よりは比較にならないほど優秀だ”ともどこかで書いている。
745 :
考える名無しさん:2006/09/06(水) 19:31:04
問題はルカーチやサルトルが読むに値するしないというより、マルクス主義の悪しき形態としての主体が疑われないままそこに残るところだと思う。吉本がそれら思想家に疑義を呈する最大の難点がそこにあるのであって。つまりフーコーが80年前後からしつこく→
746 :
考える名無しさん:2006/09/06(水) 19:38:45
→問い直した《主体化》。マルクス主義に人倫的精神を接続すること、それによる《支配‐服従》の図式の再生産をマルクス主義が果たすことになってしまった。これへの異議申し立てを含まないマルクスへの読み方は成り立たないはずだ、という問題意識でしょう。→
747 :
考える名無しさん:2006/09/06(水) 19:46:28
→新しくは柄谷行人にいたるまで、個々のマルクス主義者の仕事には良いものはある。だがフーコーの抉った《権力の病理》としてのマルクス主義の解体、《権力の病理》でない形態への改訂としては不十分でないか。吉本が提起したマルクス主義の問題もそこだと思う。
そこで吉本は「《権力の病理》でない形態への改訂」は不可能だと
結論したんじゃないですか? 吉本思想の全般にわたって、そういう
印象があります。オレにとっては。
749 :
考える名無しさん:2006/09/07(木) 04:26:08
矢印厨は下らないこと書いてるヒマがあったら
グラムシくらい読んどけばいんじゃね
750 :
考える名無しさん:2006/09/07(木) 07:49:52
グラムシって、やっぱ、構改派なわけ?
751 :
考える名無しさん:2006/09/07(木) 08:18:21
おおそうとも。
自慰サンは毛嫌いしてたよな、70年代の話だが。
752 :
考える名無しさん:2006/09/07(木) 09:54:01
ルカーチ推薦はもう止めたのか笑
ルカーチのマルクス主義論は教条主義そのままの文献で、読むとあれを推す人間のレヴェルが心配になるほどの粗悪品だったぞ。
753 :
考える名無しさん:2006/09/08(金) 13:38:00
副島隆彦です。
下↓の土井敏喜さんの文章に対して、ありがとう、ありがとうと感謝申し上げます。
ここまで理解していただければ、美しいぐらいの結論を私の今の態度や考え方のところで理解していただいたことに
なります。もうこれ以上の共感はないぐらいです。しかし土井さん。貴兄が以下の文章で何を書いたのかを、
分かってくれる人は、この「重掲」を読みに来る1500人ぐらいの人たちのうちの2割の300人ぐらいだと
思います。あとの人たちは、何を言っているのか分からない、と思うでしょう。それでいいのですが。
私の吉本隆明(よしもとりゅうめい、「たかあき」が戸籍上の読み方ですが)という思想家(過激派の教祖と呼ば
れた人、82 歳ぐらいで存命)に、19歳の時から35歳ぐらいまで入れあげて、ほとんど彼の書物を読むこと
で青春を過ごしたことを、私の本の読者たちでも知っている人は、1割ぐらいでしょう。
35歳ぐらいからは、「吉本隆明は、もう思想的に限界に達した」と感じて、「ソビエト・ロシアの思想と闘いつ
づけた日本の稀有の左翼思想家だが、それでも、彼の終生変わらぬレーニン賛美も間違いだった。
だからやっぱり、吉本の、マルクスの労働価値説への終生の賛美=帰依と共に間違いだった」 と判断して、
以後は、私は、より世界基準である小室直樹先生の学問の方へ向かったのです。
これが、私、副島隆彦の「左翼から右翼・保守へ」の思想転向の大枠です。
754 :
考える名無しさん:2006/09/08(金) 13:39:02
それでも、最近また、吉本隆明先生の、東アジア知識人としての限界に自分もまた戻ろうとしていることを
強く感じています。「どうしようもないのだ。どうにかして、一切衆生を救いたいのだけれども、 自分
自身を現実の中で救うことだけでも大変なんだ」という気持ちになっています。
それと、吉本隆明は、丸山真男(まるやままさお)を激しく論難した(特に、1969年の東大闘争、全国
全共闘=70安保闘争の頃)けれども、この二人が、共に、「日本の戦後民主主義」という、焼け野が原の、
青空天井の、「青い山脈」という映画に現れた、日本の戦後空間を反発しながらも礼賛したことで、それが、
実は、アメリカの元祖グローバリスト(ニューディーラー)たちによる、日本民族洗脳空間であったのだ、
ということを、吉本も、丸山も理解できなかったのだ、という点で同じであり、ゆえに、それがこの二人
の思想的な限界だったと、「日本の秘密」を書いたあたりで私は解明しました。
755 :
考える名無しさん:2006/09/08(金) 14:50:21
>>753 揚げ足をとるようですが
「彼の終生変わらぬレーニン賛美」はちがいます。
レーニンの国家に対する考えかたについて
ある局面でトロッキーを支持してレーニンを批判している。
とりあえずここを指摘しておく。
貴方の年齢をしらないのだが吉本さんが
この見解をはっきりさせたのは
1980年頃かな?
貴方が吉本信者でなくなってからかも
それにしても
どこかであなたは吉本を誤読したのでは
756 :
考える名無しさん:2006/09/08(金) 19:45:26
757 :
H:2006/09/08(金) 23:03:48
>>717 そうですね。
「家族のゆくえ」あたりを題材に話したほうが面白いかも。
政治や思想の話は、ここでは無理ですわ。
私は、中学生くらいに社会というものをどう教えたらいいのか。
その難しさを感じています。
社会とか共同体とかというものを実感のある具体性をもって教えることが
しかに難しいか。
ちなみに私は教師ではないですが、高校生の子供が一人おります。
758 :
H:2006/09/08(金) 23:33:58
753.754は、全体が副島さんのことばか土井さんの言葉かわからないけども、
吉本さんを「考える」のではなくて、「感じよう」としてませんか。
>>752 おまいのレベルの方がいっそう心配に値するほどだから安心しろ
あえて教条主義的に書いたものを教条主義的に読んでどうするんだよ
こういうのに限って呑気に「本の読み方」を語ってたりするしw
760 :
考える名無しさん:2006/09/09(土) 11:11:50
《…これはロシアのマルクス主義が、あるいはレーニンがといってもいいのですが、共同体所有という問題を先験化しすぎた。つまりレーニンは、共同体所有というものを生産手段の社会化とか、もっとひどい場合には国有化といっていますが、そういうことを資本主義から→
761 :
考える名無しさん:2006/09/09(土) 11:17:47
→社会主義へ移行する場合に、疑問の余地のない前提のように理解している。けれどもこれはマルクスの思想の曲解だろうと僕自身は思うわけです。》《それからもいひとつ、これもレーニンの曲解だと理解してますが、(…)コミューン型国家というものは、→
762 :
考える名無しさん:2006/09/09(土) 11:23:02
→基本的にマルクスの言うように、軍隊とか警察とか、つまり武力・暴力・抑圧機関というものの撤廃とか、それから公務員というのはいつでも大衆によってリコールし得るものでなければならないとか、(…)そういうとても簡単な柱がありますね。→
763 :
考える名無しさん:2006/09/09(土) 11:27:30
→(…)ところがレーニンは、そういう志向はあったんでしょうが、ちっともコミューン型国家に転換させないで、それでプロ独裁ということを文字通りにこれは不可避なんだというふうに受け取っているから、もうプロレタリアの前衛集団による大圧制ということに→
764 :
考える名無しさん:2006/09/09(土) 11:40:04
→なっちゃったんで、(…)》(以上『マルクス―読み替えの方法』より)
また、日本の戦後とはアメリカによる占領にすぎない、ということ関しては鮎川信夫との対談『文学の戦後』(1979)、江藤淳との対談「現代文学の倫理」(1982)などで言及されており→
765 :
考える名無しさん:2006/09/09(土) 11:46:06
→《僕は戦後にさまざまなことをアメリカから学んだような気がしてるんです。それはアメリカの占領そのものかもしれないし、あるいはその後の文化かもしれないけれど、とにかく僕らは人間という概念を、実感的にアメリカから獲得したように思います。》→
766 :
考える名無しさん:2006/09/09(土) 11:56:58
→《つまり、そのことを認めた上で、しかし調べてみるとこういうおかしなことも随分やってるじゃないかと、いえばいいんじゃないでしょうか。》(以上対談「現代文学の倫理」より)つまり、戦後はアメリカによる占領、だとしても、戦前戦中より比較にならない、→
→戦後60年経ってもPCひとつ買えない僕は→
768 :
考える名無しさん:2006/09/09(土) 12:02:53
→という立場だと思う。占領政策、ないし文化だといって全否定はしたくない、というね。そこは吉本氏の世代的な問題かもしれません。この問題はしかし微妙です。ただ、僕は吉本氏の話は実感がこもってて、頷けますけどね。簡単な話ではないと思います。
簡単な話。
PCが欲しければ働けばいい。
770 :
考える名無しさん:2006/09/09(土) 13:59:32
→じっと手をみる→
771 :
元区役所戸籍係:2006/09/09(土) 14:19:41
>>753 ささいなことですが、
>吉本隆明(よしもとりゅうめい、「たかあき」が戸籍上の読み方ですが)
戸籍上の読み方なんてありません。
戸籍上は「隆明」と漢字で書かれているだけです。
「たかあき」というのは、親が決めた「呼び方=読み方」です。
「りゅうめい」というのは、他人による直接本名を名指ししない音読みです。
例えば、徳川慶喜は、「よしのぶ」が本名の呼び方ですが、
将軍を本名で呼ぶことを遠慮して下位者は「けいき」様と呼びました。
772 :
考える名無しさん:2006/09/09(土) 15:31:09
あと、副島さんという方の文を読んで感じたんですが、“日本民族への占領政策”とかいう語彙があります。“日本民族”という語彙に刷り込まれた超越性を相対化する、というのは吉本氏の問題意識としてあると思いますが、そこはよみこまれてない気がします。
773 :
考える名無しさん:2006/09/09(土) 16:43:10
→副島コピペに反応してる莫迦もいるとはw。2ちゃん恐るべし。→
774 :
考える名無しさん:2006/09/09(土) 23:24:38
吉本は、アメリカ占領下での精神的な解放感について「現代文学の倫理」で語っている一方、秋山駿や埴谷雄高との座談会「思索的渇望の世界」では、敗戦とその後の占領下の風景に、決して馴染めなかった心情も吐露されている。元々“軍国少年だった”吉本は、→
775 :
考える名無しさん:2006/09/09(土) 23:30:12
→本土決戦も辞さない覚悟だったし、山に籠もってでも抗戦する日本人が現れるのではないかと状況を見守っていた。だが、吉本の予想は見事裏切られ、兵隊達はさっさと家庭に帰還し、町には米兵と戯れる日本人女性が溢れだした。吉本はこの風景に全く→
776 :
考える名無しさん:2006/09/09(土) 23:30:31
→反米闘争を続けたのだった。そして→
777 :
考える名無しさん:2006/09/09(土) 23:32:47
→携帯で長文を分割投稿してる莫迦もいるとはw。2ちゃん恐るべし。→
778 :
考える名無しさん:2006/09/09(土) 23:38:46
→馴染むことができなかった、という。つまりアメリカが体現する自由な精神風土に眼を開かされながらも、どこかで抵抗感が消えなかった、ということ。つまり、吉本にとっての占領下は相矛盾する感情で語られている。そこは重要だと思う。
779 :
考える名無しさん:2006/09/09(土) 23:40:17
「大衆とは何か」の煩悶のうちに深い宗教的苦悩の底に沈んでいったのだった→
780 :
考える名無しさん:2006/09/10(日) 00:12:05
→「吉本=元軍国少年」説は通用しないらしいぞ。→
781 :
考える名無しさん:2006/09/10(日) 02:41:38
対談「現代文学の倫理」の中で江藤淳は、今の日本を根本的に規定するのはアメリカによる占領空間であることだと史料をもちいて証明、強調している。だが、文化支配の主体としてそれを挙げるのはどうも無理があると感ずる。なぜそう感ずるかといえば、→
782 :
考える名無しさん:2006/09/10(日) 02:44:48
江藤はバカだが、風土と伝統、土着と習俗だらうね。
783 :
考える名無しさん:2006/09/10(日) 02:50:05
→“〜の占領空間”という要素よりか、むしろ世界的な歴史の流れの方を重く見たほうが、今の日本を形づくるもの、日本人の根本感性や思考を規定するものがよくわかると思えるからだ。また、それは別に日本に限った話ではないと考える方がより妥当するに違いない→
784 :
考える名無しさん:2006/09/10(日) 02:59:00
→江藤淳は土着なんてものと最も無縁だらうにw。こいつバカか。占領下の言論空間オソロシス。→
785 :
考える名無しさん:2006/09/10(日) 03:00:05
→対談を読むかぎり、江藤淳は占領政策を掘り返すことが日本の戦後文化状況を掘り返すことに繋がると確信していた。しかし、日本の戦後を考えるならば、もっと別の軸をもちいるべきで、世界的な歴史の流れを考えるべきだった。それは近代性への問い、である。
786 :
考える名無しさん:2006/09/10(日) 03:14:56
別の軸ったら産業だらうに。文化ー教養軸は皮相なもんだろ。
787 :
考える名無しさん:2006/09/10(日) 03:22:23
アメリカによる占領を状況分析の素材とする場合、同時に“個人主義や消費文明に侵された日本人”への批判的観点がそこに出てくる。また、“伝統の忘却”“愛国心の減退”なども出てくる。それへの盲目的受容が問題だ、と。しかし、それらを生んだものはむしろ→
788 :
考える名無しさん:2006/09/10(日) 03:30:11
→経済や生活の流れそれ自体だと見たほうが事態に適合するのではなかろうか。政治的にアメリカ追従となっている政治家の見苦しい姿とそれとはまた別問題で、日本がより独立した国家意志をもった所でその流れが変わるとは思えないのだ。
789 :
考える名無しさん:2006/09/10(日) 03:30:54
産業と文化では時間性に大きな差がある。
790 :
考える名無しさん:2006/09/10(日) 03:52:46
→よっ、莫迦がんがれ→
791 :
考える名無しさん:2006/09/10(日) 03:56:34
→矢印厨もいつまでバカ晒すかね。男の勲章ってやつ?→
792 :
考える名無しさん:2006/09/10(日) 14:07:09
矢印はとっととPC買え。
改行ねーから読む気しない。
793 :
H:2006/09/10(日) 21:27:53
794 :
考える名無しさん:2006/09/11(月) 09:28:29
↑
ここって、浅田なんぞ一発で論破してやるって息巻いてた
あの浜田直樹チャンとこ?
795 :
考える名無しさん:2006/09/12(火) 13:48:17
>>793 オープンじゃないの?
過去ログも公開されてないの?
796 :
考える名無しさん:2006/09/12(火) 20:27:51
いいんだよ、自慰サンといっしょにレバカツ食った仲だから。
797 :
H:2006/09/12(火) 22:57:26
>>795 誰でも参加可能です。ヤフージャパンIDとパスワードを登録し入力ください。
過去ログも公開しています。
798 :
H:2006/09/12(火) 23:01:16
ちなみに、私は吉本さんとレバカツは食ってません。
799 :
考える名無しさん:2006/09/12(火) 23:16:30
携帯でも→
800 :
考える名無しさん:2006/09/12(火) 23:17:17
→参加可能→
801 :
考える名無しさん:2006/09/12(火) 23:18:05
→ですか?
802 :
考える名無しさん:2006/09/13(水) 18:40:26
→はい、携帯でも参加可です。
→が、チミの参加は認めません。
803 :
考える名無しさん:2006/09/13(水) 18:48:24
H=浜田クン、やくざな2チャンなんぞに顔出してるヒマがあれば
自分の掲示板に戻れや。
以前も誰かが書いてたろうが、自慰サンが試行を理論構築の場にした
ように、チミも自分掲示板で磁場を掘れって。
停滞しちまったからって、のこのこと2chなんぞに来んなって。
停滞こそ次へのステップだろうが。
そんなこと解らない直樹クンなら、どっかに飛んでけっー。
804 :
考える名無しさん:2006/09/13(水) 18:48:45
『アフリカ的段階について』と『甦るヴェイユ』の新装版が出てますね。
805 :
考える名無しさん:2006/09/13(水) 18:52:52
そうかH氏ってあの浜田直樹さんか。
浜田さんには悪いけんど、柴崎氏の
掲示板のほうがよっぽど面白いよ。
柴崎氏に放り出されたつーか、
出入り禁止を宣言されちまった浜田さん
には耳が痛いだろうけどね。
806 :
考える名無しさん:2006/09/13(水) 19:02:40
『アフリカ的段階について』新装版、本屋で見ました。
個人幻想と共同幻想がいちじるしく近似していた段階としての
歴史的段階(吉本では<階程>という用語ですね)としてのアフリカだと思いますが、
ヘーゲルをあそこまで読み込んでるのはスゴイですね。
フランツ・ファノンのような黒人のヘーゲリアンが読んだら感動したでしょうね。
807 :
考える名無しさん:2006/09/14(木) 07:53:32
M田さん、なんでコテハン止めたの?
808 :
考える名無しさん:2006/09/14(木) 08:30:06
だってエッチのほーが実態をそのまま表してるから。
809 :
考える名無しさん:2006/09/14(木) 13:15:51
>793
あれのことか、なんだかなあ。
810 :
考える名無しさん:2006/09/14(木) 14:08:41
おれも803サンのような意見に賛成。
811 :
考える名無しさん:2006/09/15(金) 08:10:12
HサンのHPって見たら先細りじゃん。
それで、2ちゃんねるに逃げ込んで来たんだよね。
812 :
考える名無しさん:2006/09/15(金) 12:07:45
よくあるパターンだぜ。
813 :
考える名無しさん:2006/09/16(土) 00:30:13
皆が濱田さんのこと悪しざまに言うもんだから
濱田さん帰って来ないじゃん。
814 :
考える名無しさん:2006/09/16(土) 00:39:51
柴崎の名前は特にまずかったよな。
それに、ありゃ本当のことだもんな。
815 :
考える名無しさん:2006/09/17(日) 08:48:07 BE:127375733-2BP(0)
茂木健一郎のブログでじいさんの肉声が聞けるぞ。
携帯→
→でも聞け→
→ますか?
819 :
考える名無しさん:2006/09/17(日) 16:57:33
磁場って掘るものなのか…
初めて知ったわ
820 :
考える名無しさん:2006/09/17(日) 18:39:19
それに、ジバーって掘るらしいぜ。
821 :
考える名無しさん:2006/09/17(日) 18:44:52
ろるな
822 :
考える名無しさん:2006/09/18(月) 01:05:19
磁場掘ってろデブ
823 :
考える名無しさん:2006/09/19(火) 18:26:27
今日の朝日新聞に自慰さんのインタビュー記事が
載ってるよ。
824 :
考える名無しさん:2006/09/20(水) 08:07:54
ああ、読んだ。
けっこう大きなスペース使ってるじゃん。
爺さんってフーコーを評価してんだな。
825 :
考える名無しさん:2006/09/20(水) 12:53:46
なんだかなー。
826 :
考える名無しさん:2006/09/20(水) 12:58:18
超人間って英訳するとスーパーマンだろ。
ニーチェのいう超人とはちがうの?
828 :
考える名無しさん:2006/09/21(木) 12:07:01
ニーチェは鳥人だろが。バットマンよ。
829 :
考える名無しさん:2006/09/22(金) 19:44:07
パーマンであることがばれるとスーパーマンにパーにされます。
科学技術に対しての見方が以前と少し変化したように見えた。
>>830 もう少し詳しく書いてくれないと分からないです。
832 :
考える名無しさん:2006/09/28(木) 08:19:57
自慰サンはこの夏を越えられたかな。
だが、このスレが1000まで行くのと
自慰サンが逝くの果たしてどちらが
早いのか?
833 :
考える名無しさん:2006/09/28(木) 12:19:26
前にも2ch.で書いたことがあるが、少し前に刊行された親鸞関連の座談会で(芹沢俊介らと)存在倫理という概念を展開している。いかなる社会的立場であろうとある自己性を倫理として考え、それがあるから人間は持ちこたえられる、としている。→
834 :
考える名無しさん:2006/09/28(木) 12:24:10
→そこで吉本はフーコーの〈自己への配慮〉との関連を示唆している。だが、僕が不思議なのは、そこでの展開している内容は非常にハイデガーに接近している。にもかかわらず吉本はハイデガーへの接近を口にすることはない。前にも書いたことだが〈自立〉という→
835 :
考える名無しさん:2006/09/28(木) 12:28:39
→自己性の突き詰め方をハイデガーはする。また、〈点〉とは自己が自己を見誤る仕方としてハイデガーは指摘する。そして何れも吉本は自分の批判概念として取り入れている。そればかりでなく、心的現象論が単なる精神分析学になるのを歯止めする契機として→
836 :
考える名無しさん:2006/09/28(木) 12:31:32
→すなわち有論としての深さと広がりを与える契機として、(あくまで僕の読み方だが)ハイデガーへの眼差しが隠されている、と思える。しかし、吉本は自分からハイデガーにこのような仕方で言及することはない。吉本隆明をめぐる謎として気にかかる。
837 :
考える名無しさん:2006/09/30(土) 08:37:22
詩学序説の続編を年内に書くらしいが本当?
これが遺書みたいになるのか
838 :
考える名無しさん:2006/09/30(土) 08:43:36
気功の効果を体験して
人間にはわからないところが
まだまだあるといっていたな。
科学に対しても一定の距離をおいているね
>838
それまでほとんどわかっていたのかよ。
すっとぼけた爺だな。
841 :
考える名無しさん:2006/09/30(土) 09:46:31
『詩学』の続編は既に脱稿したと聞いた。
ただ、俺の姉貴の情報では、過日の朝日新聞
のインタビュー記事でもちょいと触れていた
言語学がらみの論考で手一杯らしく、
続編の推敲に時間がかかってるらしいぜ。
まぁ、同氏の年齢を考えれば頑張ってる
よね。
842 :
考える名無しさん:2006/09/30(土) 12:03:26
>>834 「心的現象論序説」にはハイデガーがびんびんでてますよ。
>>838 「十字式健康法」というやつでメノナイト教会というのが運営してまつ。
吉祥寺にあるので時々いってます。瞬間に症状が消えるので、最初は驚きました。
でも「痛みが消えた」という事実は否定しようがなく、いつのまにか常連になりました。(W
吉本さんはどこの施設に行ってるんだろな?
843 :
考える名無しさん:2006/09/30(土) 12:12:17
>>833 >社会的立場であろうとある自己性を倫理として考え
それは自我がエスから離脱しようとするときに、
自我からエスをみたら<離脱は罪>で、
エスから自我をみたらその罪は<道徳>ゆえですね。
『心的現象論序説』に書いてありますが、
倫理、罪、道徳の初源を説いた思想はこれが初めてだと思います。
ボクが吉本思想にノックアウトされた瞬間でしたよ。(W
844 :
考える名無しさん:2006/09/30(土) 16:53:03
携帯って書き込める文字数に制限でもあるの?
やじるしさんの読みにくい。
>>842 メノナイト教会って、贅沢を禁止して、質素な生活をしている一派ですね。
846 :
考える名無しさん:2006/09/30(土) 20:53:41
私なんかも以前は気功なんか全く信じないで
心の暗示の問題だとおもっていたけど
そうでもないなと最近思い始めていて、
吉本さんの気功にたいする柔軟な考え方に敬服したしだい。
80才超えて自分の固定観念?を変更することができるとは
私なんか単なる頑固オヤジになりかねない
847 :
考える名無しさん:2006/09/30(土) 21:09:52
科学万能の大槻教授を批判するしね。
朝日のインタビューで気になったのは
将来的に科学技術と結びつく物は全て権力となる
と発言しているところなんだよね。
渋谷陽一でも誰でもいいからここの所を
もっとつっこんで聞いて欲しい。
849 :
考える名無しさん:2006/10/01(日) 09:23:23
848氏の引用したように言っているとすれば、すごく興味深い。なぜなら技術批判というのも後期ハイデガーの遺した重要な仕事だから。例えば後期の用語で集‐立(Geーstell)というのがあり、訳語解説には《集‐立は、ハイデガーの→
850 :
考える名無しさん:2006/10/01(日) 09:40:04
→思想では、「現代技術の本質」であり、「現代技術の本質」として「有の歴運」出ある。》とある。また例えば『有の問いへ』(1955)の中でハイデガーは執拗にこの問題に言及しており以下のように書いている。《技術が、労働者という形態による世界の動員である→
851 :
考える名無しさん:2006/10/01(日) 09:46:57
→とすれば、技術は、この人間形態に依って特別に限定された卓抜な権力への意志が押印する現在に依って、生起する。》つまりハイデガーも、技術と権力は深いつながりがあると明らかに考えて、問題化していたことが判る。
852 :
考える名無しさん:2006/10/01(日) 10:56:17
巨大で破壊的な科学技術の結晶が核爆弾だとすると、
小さな普及した技術が自動小銃や地雷といった通常兵器。
核爆弾は双方が全滅するので現実には行使される可能性はなく、
現実の戦闘行為は通常兵器によるから、通常兵器を規制しないと
世界の争乱、戦争状態は悪化していく....それを直視せよ、という
のが『「反核」異論』の趣旨だから。
『「反核」異論』でも技術論がベースなんですよね。
しかも、朝日のインタビューのとおり技術そのものに倫理的な期待はしていない。
当然のことですが....。
853 :
考える名無しさん:2006/10/01(日) 11:02:16
技術へのスタンスを鏡象段階とした自己の姿をどう再把握するか....
ジジェクのような精神分析を踏まえたマルキストだけがこの問題に
気がついている。もちろん吉本さんにとっては自明のことでしょう。
ベース(あるいはスタート)にあるのは人間の心への再把握だけ....
旧来の左翼や哲学のアプローチで、そこを突破できるんでしょうかね?
854 :
考える名無しさん:2006/10/01(日) 11:12:37
3ヶ月で80万人が虐殺されたルワンダのツチ族へのジェノサイドも、
殺人に使った武器は斧がほとんど。何ヶ月もかかって他国から輸入し、
通常兵器もフランスからの備蓄を進めてたわけです。
核爆弾による殺戮なんて、世界のどこにも無いですよね。広島長崎への見解は別として。
ユーゴ、ルワンダ、ダルフール....通常兵器と刃物やこん棒レベルの技術で充分な虐殺です。
問題はそれを直視しているかどうかだけですね、吉本さんにとっては。
たぶんインテリ?は直視できていないだろうし....。
855 :
考える名無しさん:2006/10/02(月) 11:29:54
>>845 >>842 TVの「アド街」で十字式健康法という気功みたいな治療が紹介されてた。
紹介本もあったはず。一応、教会や宗教とは直接の関係はないと思ったけど。
857 :
考える名無しさん:2006/10/02(月) 13:45:37
気功を使って背骨を真っ直ぐにするのがポイントかな?
背骨が真っ直ぐになると健康にいいのは医学的に当然だから、
そう考えると十字式は整体みたいなもんでしょ? 気功というより。
858 :
考える名無しさん:2006/10/02(月) 13:47:50
本があるなら読んでみっかな。
爺さんは気功がガチで効くことは認めるけど
気功の先生の説明にはあんまり納得いかないとか言ってたけどな
860 :
考える名無しさん:2006/10/03(火) 19:32:19
十字式の気功士の中に何名か医者がいましたよ。
医院を開いた人もいたと思います。病院が紹介されていましたから。
861 :
考える名無しさん:2006/10/03(火) 19:39:30
津村喬からの影響でしょ
ばななさんも、こっち系だったんじゃなかったっけ?
863 :
考える名無しさん:2006/10/03(火) 20:48:58
864 :
考える名無しさん:2006/10/03(火) 20:51:52
>863
NHKのテレビで気功のセンセやってたよ
なぜ、この人がと思ったけど
吉本はテレビ好きだから絶対にアレを見てたと思う
865 :
考える名無しさん:2006/10/03(火) 22:24:55
おいおい津村の類いは批判するのもバカバカしいてな扱いだったぞ、
爺さんの本では。
866 :
考える名無しさん:2006/10/03(火) 23:45:36
津村喬は高野孟の兄?
>現実の戦闘行為は通常兵器によるから、通常兵器を規制しないと
>世界の争乱、戦争状態は悪化していく....それを直視せよ、という
>のが『「反核」異論』の趣旨だから。
吉本は反核運動そのものを批判していると誤解する人が多いが、
確かによく読めば貴殿の指摘する点が核心だと思う。
868 :
考える名無しさん:2006/10/04(水) 09:09:58
にゃんにゃん
869 :
考える名無しさん:2006/10/05(木) 20:23:37
津村>吉本
870 :
考える名無しさん:2006/10/05(木) 20:31:14
毛沢東主義の新たな可能性を引き出した日本における唯一の論客、津村喬
中国に行った評論家は、気功だけはしっかりと身に付けて帰国するんだよ
津村厨w
872 :
考える名無しさん:2006/10/05(木) 20:38:14
西京司とは誰か?
最近復刊ラッシュの隆明
この際「共同幻想論」の文字が大きくなって見やすくなりましたバージョン
も出してほしい。
中沢新一に対する評価がガラっと変わっちゃったのと、
全国紙には絶対書かない原則がいつのまにか消えちゃったことに関して
この爺さんは未だにちゃんと説明してないよね
結構重大な変化だと思うのに、なんでどのインタビュアーもそこ突っ込まないんだろ
中沢新一なんか最初は善鸞呼ばわりされてたのに
いつのまにかべた褒めしちゃってるし
評価や原則を途中で変えるのは(つまり転向は)別にどうでもいいんだけど
なんで変わっちゃったのか、もうちょっと説明してもらえないのかな
単にボケちゃったで済ませてもいいんだけど、何か違うような気もするし
全国紙に書くようになったのは
最初海で溺れて大騒ぎになった時に
心境の変化が生まれたような事を言っていたような。
思いのほか多くの人が心配してくれたとか何とか。
876 :
考える名無しさん:2006/10/07(土) 01:18:21
理論から入るのではなく修行とういう実体験から何かを得ようとしたことを
評価してましたね、中沢のこと。
全国紙に書くようになったのは大衆に伝えたいからじゃないかな。
877 :
考える名無しさん:2006/10/07(土) 01:47:41
中沢新一への評価(良くても悪くても)、全国紙に書いてる(或いは書かない)、がさほどの重大問題とは思えないんだが。“資本は往きがけでは力になる”と昔から言ってるし。中沢とは90年代初頭から対談とかしてる。中沢の方も吉本を信頼してるのが判る。
878 :
考える名無しさん:2006/10/07(土) 10:55:29
吉本を超えたつもりの新人類が浅田彰。吉本に留意し続けたのが中沢新一。
中沢も「吉本は脳軟化症」と揶揄したけど、探究を続けるほど吉本を
無視できなくなったようだね。
吉本も中沢を女子大生と遊んでる輩とか言ってましたが。
879 :
考える名無しさん:2006/10/07(土) 11:04:11
浅田が「構造と力」を出した本当の理由は吉本への訣別というか否定。
大澤眞幸が指摘してるけど吉本は踏絵にされたわけですね。
対幻想を否定するために「対ではなくエディプス三角」を高々と主張し、
そのあと浅田は自閉自滅するわけです。柄谷も同じ。
ただし誰かが言うほど浅田はバカじゃないでしょう。
ラカン派の斎藤環は吉本への罵倒を繰り返しましたが、最近は対幻想への
評価を表明もしてますね。今後が注目かも。
880 :
考える名無しさん:2006/10/07(土) 11:07:47
共同幻想とそこから生じる政治を語るならシステム論を駆使する
宮台の方がよほどちゃんと吉本理論を援用できていますね。
渋谷陽一、糸井重里みたいに吉本じいさんを紹介してくれるメディアの
人がもっと多ければいいのに、と思うのはボクだけでしょーかあ?
ロッカーとコピーライターで資本主義ビンビンの人たちだから
吉本じいさんの現代的な価値がわかってるということでしょ?
>>881 まったく同意。単純にとても良いことだと思います。
特に紹介者としての糸井の功績は、もっと評価されてしかるべきな気がします。
おそらく、糸井がそうとう丁寧にリライトしているであろう『悪人正機』はサクサク、
面白くななめ読みもできるし、かといって注意深く読んでみても、
吉本思想のエッセンスをテキトー薄めたものにはなってない、良本だと思います(実際いまだに売れてるみたいだし)。
吉本本をまったく読んだことない人にだったら、今だったら間違いなくこの本から薦めますね。
関係ないけど、中沢新一が糸井と絡み出すと急に香ばしい感じが漂うのと比べて、
吉本翁は思想原理がぶれないまま、味とコクだけ倍増するなー、という感じもします。
渋谷陽一も昔からよく吉本の紹介をしているみたいけど、個人的にはこちらの方が、
吉本のどういう所を評価しているのかも含めてよくわかりません(たぶんミーハーなんだろうけど)。
彼の雑誌「SIGHT」で連載を持たせてる布陣の面子をざっと見ても、吉本だけ浮いて見えます。
あ、でも渋谷陽一の撮る吉本の写真ってすごく良いんだよなー。
個人的には、糸井とか渋谷とかよりもずっと若い世代で、優秀な<メディア>の人たちが
これから、特に80年代以降の『ハイ・イメージ論』とかの原理的展開や方法を材料に、
吉本思想のラディカルさと豊かな可能性を
風通し良く発展させていったら良いだろうなー、と思います。
883 :
881:2006/10/08(日) 10:47:38
>>882 渋谷陽一が雑誌「SIGHT」で連載してる吉本さんのインタビューは、
すんごく重要な内容らしいけど(花田という人は知りませんが)、
いままでの内幕を暴露?するみたいな感じでイイです!
<上流>の人が既得権に固執して変革に反対するのを晒す?というが
「SIGHT」のコンセプトらしいので、吉本じいさんは柱になりそうな
感じもしますが(あくまで個人的感想)。<下流>の分析もいいと思いましたあ!
「ハイ・イメージ論」は悪口いわれたことはあってもちゃんとした評価されてない。
コムデへの分析、カフカの分析、村上龍の分析、どれ読んでもビックリ!
イメージ論は現在進行形の吉本幻想論なんだからもっと研究されるべきでしょ! ね!
渋谷陽一のインタビューはありがたいけど、
渋谷が爺さんの思想をまとめて「そうですよね?」みたいに聞いてるから
爺さんは大抵「はい」とか「うん」とかしか答えてない
渋谷のほうが圧倒的に沢山しゃべってる感じ
昔の爺さん×ばなな本から同じだね渋谷のは
はっきり言ってダメ
その点糸井の方はまだずっといいよ
糸井は長年他人のゴーストライターやコピーライターで食ってきただけあって
かなりリライト能力と編集能力が高い
要約の仕方や漢字、カタカナのふり方がすごく上手だね
悪人正機のあの文体は、爺さんのそのままのしゃべり方とは全然違うでしょ
爺さんのしゃべり方はむしろ、「食を語る」のような
同じことをクドクド、ダラダラ繰り返してるだけの本の方が実際に近い
あの本はなんか編集が足りなくて読みにくいよ
インタビュー本の場合はやっぱり編集者の能力によって大分左右されてくるよね
俺も、1冊挙げろと言われれば悪人正機を勧めるな
885 :
881:2006/10/08(日) 11:52:53
「悪人正機」は読みましたあ! よかったです。宗教がよくわかったし!
とにかく吉本じいさんのメディアになる人がイッパイでてくるといいですね!
そうだね
昔は吉本隆明ホームページなんてのもあって、
本人がページ開設に当たってなんてコメントも乗っけてたんだけど
いつの間にか閉鎖されちゃったしな
やっぱり、継続的にやってくれる人じゃないと難しいよね
大きなメディアじゃないところでは長年頑張ってる人も何人かいるみたいだけど、
いかんせん規模が小さいから、少数の人しか読まないんだよね
俺は、昔の著作を文庫本でどんどん出してくれる会社があればいいなあと思ってるけど
887 :
考える名無しさん:2006/10/08(日) 16:33:38
俺も「花田って人」のことさほど知らなかったので吉本との論争文読むかと近所の市立図書館いったら論争文収録のはずの全集巻が軒並み未返却つまり盗難にあっており、花田全集は隙間だらけ。結局他の図書館からの取り寄せになった。あれにはまいったね。
><上流>の人が既得権に固執して変革に反対するのを晒す?というが
>「SIGHT」のコンセプトらしい
<中流>の人が<上流>の人が既得権を切り崩してその恩恵に少しでも与ろうというのが、
「SIGHT」のコンセプトであり渋谷の成金的な目的なんじゃないの。
渋谷陽一は自分がもう上流になってるといわれてるのと
「SIGHT」の他のメンバーは高学歴!って認めてましたあ!
だから変革をススメルのって、彼らにとっては自己革命ですよ!
と考えました!
そういうのってロックじゃないですか、成り上がりたいって。
特にパンクじゃなくてもロックの最大公約数でしょー!?
というのが渋谷陽一のポリシーじゃないかと。
しかし吉本さんと他の執筆者って取り合わせ、すげえーコラボ?
東浩紀も連載してるし。いちばん浮いてるなアズマンが。
890 :
考える名無しさん:2006/10/08(日) 23:11:04
花田関係で知ってるのは安部公房だけかな
花田・吉本論争の論文だったら
異端と正系つー単行本にだいたいまとまってたよ
つーかこの論争自体は今読むと口汚いだけでどっちもどっちだけど
吉本がこの時期に社会主義リアリズム論に次々反証立てていく中で
だんだんと単なるアンチテーゼの提示から離脱していって、
どんどん言語美の論の枠組みを提出していく過程がスリリングだよね
言語美を単なる固定的な作品としてじゃなくって、
こうやって出来ていったんだなーと理解しようとする場合、
やっぱり花田・吉本論争の一連の論文は読んどいて損はないと思うな
ああ、渋谷ってもう「上流」の気分なのか。
そりゃそれでいいけど「ロック」はそんなものと関係なかったと思う。
もう昔のことで忘れてしまったけど。
893 :
考える名無しさん:2006/10/09(月) 08:45:42
ロックは何でもありじゃん。
ナチからアナーキーまでさ。
ジジってロックっぽいぜえ。
吉本じいさんの「SIGHT」初登場は言語論!についてみたい、と発見。
まだ読んでないなあ。
895 :
考える名無しさん:2006/10/11(水) 12:15:52
濱田や→がお呼びでない展開はいいな、
ようやく新世代の吉本解釈がきけるわけで。
896 :
考える名無しさん:2006/10/12(木) 04:17:38
まだ生きてたんだ!
渋谷陽一なんかのインタビューなんてまだやってたりするの?
897 :
考える名無しさん:2006/10/12(木) 08:34:40
>>894 夏号の「言語論要綱」ならば最後の論考になりそうなしっかりとしたレベル。
吉本言語論のそれこそ要約のようなもので指示表出・自己表出からはじまり
価値論(マルクス)まで縦横無尽に語っている。ハイイメージ論、母型論など
吉本理論の総括的な仕上げに向けた論考でいいと思う。ここにきてさらに
新しい分析を試みてるところが驚異的だが新しい読者にはどうだろう。
掲載誌といえ新しい展開であり期待するところ。
898 :
考える名無しさん:2006/10/12(木) 22:48:25
このスレタイ、「吉本隆明は叩かれ足りないのではないか」と変えるべきだと、
ここのカキコ読んで思いました。レベル低すぎ。
これでは爺さん何も反省しないで地獄行きだね。
「最後の親鸞」の作者に地獄行きとな。
900 :
考える名無しさん:2006/10/13(金) 08:48:26
なーに、自慰サンは地獄があるとしたら
此岸にしかないって解ってるさ。
901 :
考える名無しさん:2006/10/13(金) 16:46:21
わざわざこのスレ読む人がいるとは驚き。
立派な専門用語が散りばめられたハードカバー本を読んでればいいわけだが。
ここまで来るとはレベル低すぎというか相手いな過ぎなんだろう。
肩書きもないだろうし、あっても自称翻訳家程度かアシスタントどまり。
いい歳して論文も何もなく掲載誌もゼロで2ちゃんねる最悪板で孤独を癒す。。。か。
902 :
考える名無しさん:2006/10/13(金) 18:08:03
>>901がわざわざこのスレを読みに来たのが驚きwww
903 :
考える名無しさん:2006/10/13(金) 18:27:29
そいと、カキコもしてるのも更に驚き、と。
それなりの功績はあったんだろうけどね。
浅田彰登場以降はあっというまに批評の水準が上がり、浅田以前に活躍してた知識人は相対的にダメ扱いになった。
しかも浅田自身が他人に容赦しないサイボーグのような存在なんだからたまらない。
905 :
考える名無しさん:2006/10/13(金) 19:10:20
>>904 <浅田彰登場以降はあっというまに批評の水準が上がり>
水準ではなく方向転換だろうな。
むしろ水準は少し下った。
浅田彰はサイボーグだから
たとえば誰かの告別式にいっても
なにもわからないので右往左往している。
吉本は彼を見て馬鹿!と言うしかないのだ
906 :
考える名無しさん:2006/10/13(金) 20:49:31
>>904 浅田は吉本を評価する頭がないから、吉本の日本語を否定しただけじゃんwww
907 :
考える名無しさん:2006/10/13(金) 21:05:13
浅田は経済学者なんだろ?
ばかな経済学者が多いから、浅田にでも期待してみたが。
何も書かないんだもんなあ。
908 :
考える名無しさん:2006/10/13(金) 21:08:34
浅田が吉本用語を読めなかったのは有名な知的スキャンダルだなあ。
ソーカル事件以下だけどな。W
浅田彰が登場して何年過ぎたと思ってるの?
今更吉本なんて存在に擦り寄っているのは恥ずかしいよ。
浅田:吉本隆明や鶴見俊輔は、知識人は大衆から遊離してしまっているから自己を否定して
大衆存在につかねばならないと主張し、全共闘世代がそれに追随した。しかし、よく考えてみ
たら、そもそも大衆から遊離していると言えるほどの知識人なんてほとんどどこにもいなかっ
たんで、知識人も大衆の一部にすぎない。にもかかわらず、大衆から遊離した知識人のふり
をしたうえでそのような自己を否定するのがもっとも知識人的なポーズだということになる。
ばかばかしいと言うほかありませんね。いわゆる「ニュー・アカデミズム」の流行は、それを最
終的に完成したもので、それについて僕にも責任の一端があることは否定しませんけれど、
それを広めたのはむしろ旧全共闘世代とそれに連なる連中でしょう。
これだから人文は駄目なのよね。
知識人だのアカデミズムだの笑っちゃうわ。
相変わらず浅田彰は吉本への理解力ゼロを晒してるな。同じく斜め読みでずれたことを言いたがる柄谷と二人で底辺の勝負してるな笑
913 :
考える名無しさん:2006/10/14(土) 00:16:34
>それを広めたのはむしろ旧全共闘世代とそれに連なる連中でしょう。
そりゃそうだ。
今村仁司がプロデュースしなければ「構造と力」も浅田のデビューも無い。
大澤真幸が指摘したように吉本を踏絵にしただけ。
自力で吉本と訣別できなかった旧全共闘、団塊世代が浅田らを使っただけ。
露呈したのは団塊世代の知的無能と、論文も書けない浅田らの醜態。吉本の軌跡を
たどるだけの柄谷も論外だが、知的密輸入の翻訳屋もまったく役立たず。
ポストニューアカはオタク論議がやっと。
こうやって何も残ってないのがかえっていいかも。
914 :
考える名無しさん:2006/10/14(土) 09:35:13
吉本は蓮実の誘いに応じて
東大の名誉教授になればよかったのに。
そしたら
どれほどの多くの学者や論者の態度が変わったことか。
権威に弱いからな、どいつもこいつも。W
915 :
考える名無しさん:2006/10/14(土) 10:00:21
その点、自慰サンは空気や風を読むのに長けてるわな。
トン大の権威と現在まで自分への評価とを比べたわけよ。
そいと、自慰サンは生活オジサンって呼ばれてたらしい
から、トン大のセンセじゃちょいとマズイわな。
916 :
考える名無しさん:2006/10/14(土) 18:51:19
大学からの誘いはいくつもあったらしいな。
一度も大学へ来なくていいからとか。条件はいいのに。W
917 :
考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:07:13
吉本さんの嫌いな職業は2番目に大学の教授だ。受けるわけない。
今、吉本の何が残っているのか?
「SIGHT」の掲載文、読んだ人いないんですか?
920 :
考える名無しさん:2006/10/15(日) 12:18:22
何も残ってない?
残るのは...大衆。
それが吉本さ。
921 :
考える名無しさん:2006/10/15(日) 16:44:38
「大衆」自体が幻想でしかない。
浅田彰のほうが圧倒的につよいのに、なんで吉本にすがっているんですか?
924 :
考える名無しさん:2006/10/15(日) 18:35:23
浅田彰によれば浅田自身より東浩紀の方が強いわけだが?
925 :
考える名無しさん:2006/10/15(日) 19:23:00
やっぱりロマン派が多いということだろう
926 :
考える名無しさん:2006/10/16(月) 23:45:10
浅田彰に一度はまったらでられないのだな。
吉本シンパに否定されたら逆切れするんだ。
浅田彰自身みたいだな。
浅田は、80年代は、最新文化や学問の紹介者として
よかったんだけど、その後他人の悪口ばかりでさっぱりだ。
928 :
考える名無しさん:2006/10/17(火) 19:07:06
浅田の音楽評論なんかも今読むとつまんなーい。
宇多田より填原が上等って、オマエ、ただのゲイ贔屓だろ。(w
浅田って何を語っても対象の一部は異常なまでにピントがあってるが、
全体はボケボケ。なぜ、そこだけにピントを合わせたのかよくわからない。
フェティッシュなんだよな。
吉本は、全体がなんとなくうまく描けている気がする。
音楽評論は、吉本もやってるけど、歌詞の側面からが強いからな。
『マス・イメージ論』がんばってるとは思うけど。
ポップスだと近田春夫、クラシック、現代音楽だと近藤譲を薦めたい。
931 :
考える名無しさん:2006/10/17(火) 20:51:42
>>930 近田春夫はやめてくれ。
あいつの文章読むと頭痛くなる。
タモリが嫌うはずだ。
このスレと関係なくゴメン。
933 :
考える名無しさん:2006/10/18(水) 08:53:18
朝だ!も真性包茎から仮性包茎に改善した頃はまあまあだったがな。
ゴミヤカスの詰まった包茎ポコチンじゃ女にゃモテナイよな。
934 :
考える名無しさん:2006/10/18(水) 15:25:01
何かで読んだが、フランス人の6割は包茎、
ユダヤの割礼は大半が包茎であることに由来する
935 :
考える名無しさん:2006/10/18(水) 15:26:42
ナチスのユダヤ人の見つけ方その1は、ポコチンを見ることだった
936 :
考える名無しさん:2006/10/18(水) 15:28:07
ということから、ゲルマン民族一般は包茎が大半である、と言っても過言ではない
と思える
937 :
考える名無しさん:2006/10/18(水) 15:34:33
とにかく日本人は真剣に生きなければならない。本当に思うのは遊び心・笑いは今後危険になってくるだろう。本当に人が無為に死ぬ状況になる。悲しみを乗り越えて笑って暮らそうとした時代とは違う。人間は理性を発達させてきて時間を無駄に使い過ぎる。
938 :
考える名無しさん:2006/10/18(水) 21:17:05
浅田は「構造と力」を自分で反故にしたな・・・
浅田彰はボードリヤールに子供扱いされ激怒(?)、「ドゥルーズとフーコーの幼稚な補外」と呼びました。
後日にポール・ヴィリリオ他との対談集を発表、ヴィリリオを読んでいない私を未だに慌てさせています(フランス語が先だっての)。
現存艦隊の概念を知らないので戦争を語る資格なし、です。(知りもせずに浅田への対抗意識だけでボードリヤール万歳と言った外国語コンプレックスの吉本隆明、あなたは今やご令嬢以下。)
940 :
考える名無しさん:2006/10/19(木) 08:23:01
吉本ってそんなにボードリヤールのこと誉めてないぞ。
つーかどっかで限界や間違いを指摘してるな。
ボードリヤールは吉本との対談で吉本をべた褒めしてるけどな。
吉本を外国語コンプレックス呼ばわりするヤツって、
結局翻訳すらできないヤツがほとんど。浅田並に日本語がわからないからな。
橋爪大三郎は吉本の用語は解りやすいと言ってるが、
浅田は全然解らないと言う。どっちがバカか明らかだろ。
941 :
考える名無しさん:2006/10/19(木) 08:26:15
浅田ゲイつながりのお気に入り槇原敬之は
松本零士氏「銀河鉄道999」のフレーズを盗作。
どーにかしろよ、お仲間は。
942 :
考える名無しさん:2006/10/19(木) 18:37:53
包茎,短小、極細の浅田のアレでも槇原クンは満足してるんかな?
943 :
考える名無しさん:2006/10/19(木) 19:55:39
下品なスレね!
吉本の批評は、うねうねと「自分は考えているんだぞ」という情景まで語る。
浅田の批評は、的確な言葉を選び、精密かつ正確な編集能力で批評をする。
945 :
考える名無しさん:2006/10/20(金) 09:14:57
吉本も理論的著作では硬質の文体でやってるけどね。ただ、彼は批評における情態性を排除してない、思い入れとかね。好き嫌いの感情とか剥き出しのときがある。そこが彼の良いところだと思う。吉本の方が存在の事実性を受け入れてるといえる。→
946 :
考える名無しさん:2006/10/20(金) 09:19:32
→言い換えると浅田は存在の事実性を受け入れてない。彼はサイボーグと書かれてるけど、無機質なものへの憧れがあるのかもしれないな。浅田って人はどっかに対人的外傷を隠してる可能性もある。吉本がかつて浅田を“母子関係の失敗”と言い放ったことがあったが→
>>940 いや、ほめていないでしょう。
なんかどっちも徹底的に自分の言葉でしゃべっていて、歩み寄りナシ、って感じするけど。
ボードリヤールに対する吉本側のリアクションは
ハイ・イメージ論全体、特に「消費論」に尽きるのでは。
>>940 というか音楽論としてはハイ・イメージ論のなかの「像としての音階」があるけど、
あれは歌詞の面からではない、かなり根底的な音楽論だと思います。この前読んだらすごく面白かった。
948 :
考える名無しさん:2006/10/20(金) 09:22:02
→意外に当たっているかもしれないと思う。つまり自分の生育環境とかを受け入れてないんじゃないか、あたかも胎内から生まれてきたのでないかのように振る舞う?そこに浅田の秘密があるのかもしれないとね。
浅田:小林秀雄的な伝統の堕落した形態ですね。「私を見ろ」と言って居直るんだけれども、そんなもの見たってしかたがない。
批評や理論の役割は、いわく言い難いディテールを断念し、有用な地図を作ることです。ボルヘスが書いているように、実物大の精密な地図など使えない。
抽象的で、ハンディで、旅やコミュニケーションの手段になり、常に書き換えられる地図を作ることが必要です。
大江:交易とどろぼうの神であるヘルメスの地図のように、ということですね。実際に地図として役立ちながら、精神の見取り図であるようなものが、今必要だと僕も思います。
ヘーゲル批判について比べてみる
吉本:ヘーゲルの歴史のとらえかたっていうのは、あれは、あれこそほんとにズルいというか、
頭がいいんだろうけど、要するに、ヨーロッパの近代がもっともよくて、発達してて、ということを示すことになるんですね。
ヘーゲルの論を追ってくと、『なんだ、おめえらんところが、いちばんいいってことになるじゃねえか』と、こういうふうに、なっちゃうわけですね。
よせやい、なんて思うわけです。こっちはそう思う。
ヘーゲルがケモノとおんなじだなんて言ってた地方の人だって、今は都会も作るしって、ちゃんとやってるわけだから、
そんなバカなことを言っても、通用せんぜっていう。ヘーゲルは、野蛮、未開、原始、なんとか、と、そして近代まで単線でつないでいくんだけど、
そうおあつらえむきにいくもんか、っていうか。
マルクスっていうの人のすごさは、要するに、ヘーゲルの駄目さ加減ってのをすぐに見破ったところだと思うんです。
ヨーロッパ近代までの道のりを、『そんなうまい具合に、てめぇのところにたどりつくようにいくもんか』っていうのは、誰でも感じるわけだけど、
マルクスはそれをちゃんと、『うまくやりすぎだよ』と指摘している。発展段階のなかに、『アジア的段階の社会』がすくなくともある、
というようにして、修正しているんですね。それは、そのとおりですから。
ただ、どうせマルクスはそう言ったんだったら、もっと、すべての枠組みを直しちゃえ、って思うんだけどね。
それで、ついでだから、未開以前の歴史までつっこんでいっちゃえと思うんだけれども。
浅田:本来、終わりがなく不透明なるがゆえに生産的なものという意味で、小説と歴史は共通すると思います。
一元的に分析しようとしても本質的にそのような分析をのりこえる重層性・異質性をもった事件の重なりが歴史なんですね。
ヘーゲルは、ナポレオンによって世界史は完成し、自分がそれを哲学的に総括すれば歴史は終わるのだ、と考えた。
そこから後知恵で振り返ってみれば、これまで不幸な出来事と見えたものも、次に来るべき出来事を準備するための一つのハードルとして意味づけられて、見事な構図ができあがった。
ところが、それはつねにその時点での錯覚で、幸か不幸か、歴史はそんな全体的意味づけからはみだして次から次へ動いていくわけです。
それを根本的に洞察したのがマルクスだった。彼は疎外とその克服というヘーゲル左派の「物語」から出発するけれど、亡命先ではそんな大言壮語は通用せず、現実的な問題についてどう考えるかを問われる。
歴史とは実は、観念的な「大きな物語」ではなく、具体的な小さな問題の積み重ねなんだと気づいたとき、彼は本来のマルクスになったんだと思う。
もちろん、それはただちに共産主義を目的=終わりとするマルクス主義の「物語」へと変形されるけれど、その出発点の認識は、そういう全体化とつねにずれるところにあった。
それを除くと、単にヘーゲル的な予定調和の「物語」になってしまい、そのときは目的のためには手段を選ばず、ということになって、粛清と収容所国家に帰着する。
むしろ、そういう全体的な「物語」の批判こそマルクスの思想の核心であり、その意味は、遅れてきたヘーゲルの亜流によって「歴史の終わり」がうんぬんされるいま、ますます大きくなっていると思います。
952 :
考える名無しさん:2006/10/20(金) 12:29:56
哲学や批評とか、論理的な話によってまとめられてゆく。小林秀雄の関心はそれはなぜその個体に選ばれていったのか、例えば普遍的を称する理論があるとして、それを提出するのは誰でもよかったのか。そうではなかろう、というのが小林の問題意識だと思う。→
953 :
考える名無しさん:2006/10/20(金) 12:35:34
→これは明らかに存在の問いだと思う。小林にはそれがあり、それがあるから彼は個体ないし私に拘らざるをえなかった。むしろハイデガー的にいえばあらゆる客観性より一層客観的なもの。その場があるのでは、という問い。浅田とかはからっきしその辺は読み取れない。
954 :
考える名無しさん:2006/10/20(金) 15:58:30
>>944 >浅田の批評は、的確な言葉を選び、精密かつ正確な編集能力で批評をする。
そう、型に合う「言葉を選び」、列べるのが上手い。
問題は、型外の言葉を理解できないこと。文法どおりの列べ方しかできないこと。
だから填原は宇多田ヒカルよりイイ、という判断しかできない。
そして「言語にとって美とはなにか」の読解もできなかった。
浅田自身に言わせれば「中学生レベルの問題でわからないんだもの」(近代批評収録)
ということ。
955 :
考える名無しさん:2006/10/20(金) 16:08:59
>>947 >音楽論としてはハイ・イメージ論のなかの「像としての音階」があるけど、
>あれは歌詞の面からではない、かなり根底的な音楽論だと思います。
あれは凄いね。J・ケージ論なワケだけど、浅田も大好きなケージなので、
両名のケージ論を比べると歴然としたものがある。
音像の生成のされ方から入るので専門としては坂本龍一のジャンルかも。
しかもそれを幻聴・幻想の生成として説明するので、そのまま精神病理の
理論になってる。
この一論文やカフカ論を読むだけで吉本の射程の凄さに驚いてしまった。
>音像の生成のされ方から入るので専門としては坂本龍一のジャンルかも。
「SIHGT」で連載しそうな感じみたい?
ハイイメージ論(吉本じいさんそのもの?)は文体が読みにくいです。
もったいない!
>>950>>951 サンクス。
> 全体的な「物語」の批判こそマルクスの思想の核心
浅田だとこう言うよね。
しかし、あらゆる「物語」を解体しつくすというのもまた「物語」だろ。プロテスタンティズムだよ。
吉本って80年代に「解体」を進めすぎたから、
オウム事件のようなのが起きたって認識じゃなかったっけ。
中庸な状態を得るのに、吉本は物語や喩が大事だと思い、
浅田はまだまだ物語解体を叫ぶ。
少子化だし、もうこれ以上解体を進めなくていいと思うのだが。
959 :
957:2006/10/20(金) 22:50:24
(続き)
百歩譲って、浅田の考えをエリートに限定して適用してもいいかなと考えてみるが、
よく考えれば、浅田って専門の経済学で業績あげてないよね。
浅田はニセエリート。
浅田:でも吉本隆明って人は元々ほとんど何もないんじゃないの?
いまでも読めるってもの少しでもある?
962 :
考える名無しさん:2006/10/21(土) 09:03:49
「構造と力」は単なるラカンの紹介だし、
浅田さんはオリジナルの論は皆無なんだよね。ホントに何も無い。
専門の経済学の論文さえないし、BS式への評価も間違ってるし。
963 :
考える名無しさん:2006/10/21(土) 09:06:54
吉本(ネタはフロイト)の対幻想を否定させるために
ラカンのトリアーデを「構造と力」で紹介させた。。。
この今村の画策はある程度当たったわけだけど、
浅田があまりにもきちんとした論考をしないので、チョン、でしょ。
964 :
考える名無しさん:2006/10/21(土) 10:28:26
>BS式?
965 :
考える名無しさん:2006/10/21(土) 10:40:11
>>956 >「SIHGT」で連載しそうな感じみたい?
いやー、ないでしょう。神話に関する論考に没頭しているという話を考えると、
いま音楽論をやる必然性は限りなく少ないし。
『ハイ・イメージ論』は確かに文体が(違う意味で)すごいんだけど、
ここで展開された理論のその後、があったらぜひ読んでみたいです。
『ハイ・イメージ論』であらゆる方向に内容を拡散させすぎたという反省から、
そのあとの『母型論』『アフリカ的段階について』などでは
それらを統合する方向に若干シフトしているようですが。
吉本本人は現在、『ハイ・イメージ論』での自身の仕事について、
どう思っているんだろう。いまでも失敗作だと思っているのでしょうか…。
ともかく、このスレタイじゃないけど各世代に渡る吉本読みにとっても、
80年代以降の吉本隆明をどう評価するかって言うのは、
けっこう本質的な分かれ目になるんでしょう。
966 :
考える名無しさん:2006/10/21(土) 11:57:28
>>965 『ハイ・イメージ論』で有名?になったタームが<世界視線>。
心的現象論、言語美、共同幻想論の初期三部作を<像=イメージ>を
キーに統合して解説しようとしたんだよね。結局感覚的な対象はすべて
その対象になっちゃうから内容が拡散しちゃった。
でもすべての認識の、特に感覚による環界からの入力=享受のキーが
<純粋疎外>だから、その点では見事なトーナリティのあるイメージ論に
なってる。視覚の認識を左右するのは<純粋視覚>、聴覚なら<純粋聴覚>。
ところが触覚のようになるとその触覚による認識とこの<純粋触覚>の
差異が小さくなる。つまりベクトル変容の差異が小さくなる....ということは
その感覚そのものにおいての錯誤=幻覚幻想が小さくなる....。
実をいうとハイ・イメージ論は完ぺきなほど『心的現象論序説』の基本概念に
沿って展開されてるわけだよ。
最重要タームは<純粋疎外>。
そして純粋疎外ほど説明が難かしいタームも無いだろうなと思うよ。
967 :
考える名無しさん:2006/10/21(土) 12:05:06
>80年代以降の吉本隆明をどう評価するかって言うのは、
>けっこう本質的な分かれ目になるんでしょう。
結局、<純粋疎外>をどう評価するか....。
もうちょっと簡単?だと<世界視線>をどう評価するか。
仲俣暁生だとか浅田、柄谷による酷評をみると彼ら自身の
レベルが露呈してるので笑えたけど。
968 :
考える名無しさん:2006/10/21(土) 12:31:46
>>966 なるほどなるほど。とても明晰で参考になります。
まだちゃんと読んだことがないので『心的現象論序説』こんど挑戦してみます。
よく吉本隆明のことをヘーゲル的云々とかいって批判する人がいるけど、
もちろん『アフリカ的段階について』にいたるまで、近代主義的段階論を拡張しようとしているモチーフはあるにせよ、
もう一方で、むしろ身体論の側からヘーゲルの方法論を発展させようというところもあるし、面白いなーと思って読んでいます。
さいきん読んだ岩井克人の新刊でも、吉本的幻想論が批判的にとりあげられている箇所があったけど、
(「日本の思想家がほぼつねに陥る誤謬は、関係を「場」として実体化してしまうことです。
だが、言語や貨幣や法は関係ではありません。関係そのものを可能にする媒介であって、
それ自体が社会的な実在なのです」「言語・法・貨幣は共同幻想ではない、社会的実体なのだ。
なぜならそれらはつねに物理的な力に変換されるから」)
こういうの見るとああ、ちゃんと読まれていない、
というか本当に根底的な吉本批判にはなってないよなって思って少しがっかりします。
吉本側の岩井克人に対する評価(特に岩井の『貨幣論』以降に対する批判)と照応させてみると、
やっぱり吉本のすごさが際立つ、というか相手の立っている次元について理解している。要するに射程の広さが違う。
純粋疎外の“純粋”ってのは“そのもの”って意味ですよね。つまりまさに対象化し、有るものとしての「世界」を把握する、「世界」を像として把握する、その意味で非常に問題になる。つまり純粋疎外は“疎外そのもの”とも言い換えられる。→
970 :
考える名無しさん:2006/10/21(土) 15:30:59
→だとすればまたしてもこれはハイデガー的な問題になる。有るものとしての有るもの、有るもの化のことだから。世界視線でもたしか《無限遠点からの視線を獲得したときにあらゆる権力は消滅する》てテーゼがありました。《無限遠点からの視線》て、→
→それは視線と呼べるのかという疑問がありますが、これもモチーフは解る。有から発せられた視線に、距離の概念が収斂する、そのときにあらゆる権力は消滅する、と考えればいい。一応試論としてそう考えてみたい。
972 :
考える名無しさん:2006/10/21(土) 15:36:28
くだらねw
973 :
考える名無しさん:2006/10/21(土) 15:42:44
まあ頑張ってあがればわかるよ。何もなくなると思うか?
このスレもそろそろ終わりに近づいたなあ。次も同じタイトルにすんのかな?新しいタイトルもいいよな。(例)【吉本隆明、今】とかさ。老いても思考を続けてるイメージもいいんじゃね?
無限遠点からの視線=還相か?
976 :
考える名無しさん:2006/10/22(日) 09:59:09
<純粋疎外>は<ゼロ>ですね。<無い>ということです。
<疎外そのもの>は<原生的疎外>の方です。
まさしくそういった点で現象学は批評され逆転されて考察されてます。
『心的現象論序説』においては。
特に現象学によるフロイト批判≠取り上げて考察している論では、
ハイデガーへの批判と、ベルグソンの時間概念への批判が秀逸です。
否定ではなく生産的な批判ですね。時間概念への批判は他に類をみないもので。
現象学からのフロイト批判の方法論そのものから命題を引き出すという論理展開で、
若い頃の吉本の意気揚揚とした雰囲気が伝わってきます。
この時の言葉ですね。あの「勝利だよ、勝利だよ」は。w
977 :
考える名無しさん:2006/10/23(月) 11:32:57
吉本が世界視線という場合、死、終末からの視線であり、『ハイ・イメージ論』の場合、社会の死、終末を念頭に置いて書かれてますよね。還相って場合、〈本当の死〉からの還り、て意味になる。で〈本当の死〉とは生物的な生と死の間にある、と言われている。→
978 :
考える名無しさん:2006/10/23(月) 11:40:21
→ただ、世界視線という場合と、無限遠点からの視線、という場合がある。無限遠点からの視線、というのが僕的には気になるところで、つまり、実体的な死や終焉でなく、〈生や死の全てがあからさまになる、見渡せる場所〉だといえると思うのです。→
979 :
考える名無しさん:2006/10/23(月) 11:47:26
→そうなると、やはりこれは喩としての意味付けがあると考えざるをえない。つまり無限遠点からの視線は還相だと、言いたくなりますね。で、
あと一つ言ってみたいのが、純粋疎外とか原生的疎外の“疎外”。なぜ“疎外”なのか、てところに、→
980 :
考える名無しさん:2006/10/23(月) 11:54:34
→吉本の思想的核がほの見えるのではないか。つまり、人間とはそれ自体が疎外である、そのような意味付けが為されてると思うのです。人間とはそれ自体が疎外、て所。つまり人間や社会が、何かからの逸脱としてしか存在しえない、そんな視点を感ずる。
981 :
考える名無しさん:2006/10/23(月) 12:32:31
何から疎外されてんの?
982 :
考える名無しさん:2006/10/23(月) 12:40:42
大盛りは恥ずかしくないの、知り合いにこんなものをつけて。
983 :
考える名無しさん:2006/10/23(月) 12:52:19
>>981 時間、空間という感性自体が、対幻想、共同幻想等の「歪み」を受け入れることでしか成り立たない。
あるいは、それらを受け入れることでしか、自分の生きる世界に入っていけないということ、かな。
984 :
wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :
吉本の心的現象論序説は、カントの純粋理性批判もかなり意識して書かれている。
「疎外」により受ける時間/空間の感性の「歪み」をシェーマとして抽出しようとする試み。