1 :
考える名無しさん:2005/06/12(日) 04:49:07
何を確信しても、結局確信した瞬間に次の盲点が出来る。
真実は人間には分からない様に出来てるんだよ。
何も分からん。多分死ぬまでそうだ。
俺はもう諦めた。
何かを確信したと思っても、
常にあなたの中には、
それを確信している部分と、確信していない部分が共存している。
今まで通りでおkだと思う。
3 :
考える名無しさん:2005/06/12(日) 07:40:36
たかたかはなっく!
4 :
考える名無しさん:2005/06/12(日) 08:38:10
別に止めたところでそれから解放されるわけでもないし、またその確信とやらに執着するのもまたナンセンス
5 :
考える名無しさん:2005/06/12(日) 08:40:31
そんなに冷静にはなれない 諦める理由は真実を知りたい渇望が強すぎて自滅を誘うからだ
誰か禿同してくれ 少しは気が休まるから
6 :
考える名無しさん:2005/06/12(日) 14:21:31
哲学は諦めたとこからはじまるんだがな
7 :
考える名無しさん:2005/06/12(日) 14:33:33
諦める
↓
自分は無知だと悟る
↓
無知の知
要するに最高知に到達したわけだ。喜べ。
>>6-7 どっちなんだよ?
スタート地点に立ったのか、最終地点に到達したのか。
9 :
考える名無しさん:2005/06/12(日) 14:53:11
哲学は哲学を救えはしないのだよ。
自ら滅びてゆく運命にあるのだな。
>>1 そんなしょーもない脳みそで考えてるからだよ
孔子は「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」とまで言ったが、
この人が求めた「道」は、たかだか、「国や社会の安定」のための
「道」でしかなかった。
「真実」なんてものを目的にしてしまったら、
孔子に及ばざる我々は一生掛けても意味のある結論には
たどり着けないだろう。
この世における人間としての「真実」は、
「生老病死」 は、避けられない。
と、さとったお釈迦様を忘れてはならぬ。
そして、害虫の生命力は、たくましい。 人間でも同じ。
>そして、害虫の生命力は、たくましい。 人間でも同じ。
うわー言えてる。害虫みたいな人間、小汚くて卑劣なこと平気でしやがるからな
特にババアに多い
まずはカントを嫁
人知でわかることとわからないことをまず知る。
話はそれからだ