存在と時間

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685 株価【23】 ◆Ryoga2dLZI :2009/05/17(日) 01:14:23 0 BE:420447252-2BP(1700) 株優プチ(philo)
686 株価【23】 ◆Ryoga2dLZI :2009/05/19(火) 21:36:39 0 BE:504536562-2BP(2000) 株優プチ(philo)
687永久へ ◆GAINENZdAQ @株主 ★:2009/05/20(水) 00:14:47 0
派遣ということが膿
688永久へ ◆GAINENZdAQ @株主 ★:2009/05/20(水) 00:16:24 0
689永久へ ◆GAINENZdAQ @株主 ★:2009/05/20(水) 01:54:12 0
690永久へ ◆GAINENZdAQ @株主 ★:2009/05/21(木) 00:05:21 0
691考える名無しさん:2009/05/22(金) 01:40:19 0
>>669

>もっと詳しく言えば、存在的(本質=内容を示す)といった時、対応するのは現存在=人間だが、
>存在論的(現実化=事実を示す)といった時、それには前述の驚きを含んだ「存在」が対応する。
>その両者の差異はアリストテレス以来忘れ去られてきたものだそうだ。

@「存在的(本質=内容を示す)」と「存在論的(現実化=事実を示す)」という対比は本当か?
これでは、「存在的」と「存在論的」の対比が古典的な「本質」と「実存」の対比に重なってしまうが。
A「存在的…といった時、対応するのは現存在=人間」で、
「存在論的…といった時、それには前述の驚きを含んだ「存在」が対応する。」とはどういうことか?
「現存在」もまた、前述の驚きを含んだ「存在」そのものであり、
 それのみならずそのことが開示される場でもあるからこそ、現「存在」なのでは?
692考える名無しさん:2009/06/14(日) 01:57:37 0
「存在と時間」におけるヘーゲル批判について、どなたかコメント頼む。
693考える名無しさん:2009/08/05(水) 19:30:46 0
懐かしいやら苦笑いやら
694考える名無しさん:2009/08/05(水) 23:13:26 0
>692
つまりだね、ヘーゲルは存在を普遍や絶対において語ろうとしたが、
ハイデガーは根源から語ろうとしたということだね。
695考える名無しさん:2009/08/05(水) 23:29:05 0
「ある」ことと「ない」こととは実は大差ないんで、われわれがそれを識別できるのは
ひとつには経験的蓋然性と、もうひとつには現象学的「実存」によって。
つまりわれわれの認知機能、社会がそうするように看做しているからであって、
たとえば異次元(4次元以上)であればそうした前提は簡単にひっくり返ってしまうだろう。
すなわちハイデガー哲学の前提をなしているものは「現実」であって、政治的には「現状」、
すなわち保守。
しかしながら現実にはわれわれの知り得ないことのほうが圧倒的に多いと容易に推察されうるし、
その意味でハイデガー哲学は現状に対応することはできない。
つまり、変化に弱いのだ。
696考える名無しさん:2009/08/05(水) 23:42:02 0
ヘーゲルは存在を抽象の冪として、
つまり、リンゴ→果物→植物→生命→・・・・→存在
として把握しようとしたが、
ハイデガーは存在は類概念ではないとし、根源的な存在体験を通じて
存在の意味を明らかにしようとした。その際、存在体験者(人間)を
「現存在」と捉え、その構造を解明しようとしたわけだ。
697考える名無しさん:2009/08/06(木) 08:39:06 0
存在は哲学のテーマでないのだが。
698考える名無しさん:2009/08/07(金) 02:55:46 0
時間も哲学のテーマでないよ。
699考える名無しさん:2009/08/07(金) 15:45:35 0
時間論も重要テーマだが
700考える名無しさん:2009/08/07(金) 15:46:32 0
全面攻勢遷移
701考える名無しさん:2009/08/08(土) 01:37:34 O
時間論は重要なテーマではない。
言い方を変えれば、哲学者の語る時間論など重要とされていない。
702考える名無しさん:2009/08/08(土) 08:31:12 0
>>701
「哲学=時間つぶし」
なんだから、
正論は言わないでくれ。
703考える名無しさん:2009/08/08(土) 20:51:57 O
わかっているなら何も言わない
704考える名無しさん:2009/08/16(日) 01:01:59 0
結局、ハイデガーは何を言いたかったのかな〜 世界=内=存在 
実存することで、自己の時間性を確認できると言いたかったのかな。。
705考える名無しさん:2009/08/16(日) 13:02:03 0
確認してどうすんだ?
706考える名無しさん:2009/08/16(日) 13:44:27 0
時間を極めれば、不老不死だよね。
707考える名無しさん:2009/10/17(土) 11:25:27 0
あげ
708考える名無しさん:2009/10/18(日) 18:25:58 0
時間は運動を測る媒介。
運動は物理的存在の存在様式。

時間は物理的存在ではなく物理的存在の運動の抽象。

終わり。
709考える名無しさん:2009/10/18(日) 18:46:33 0
なんだ存在様式て?相も変わらぬ言葉遊びか?

運動を含めた「物理的存在」なるものが物理に於ける「物理状態」として記述されるものするなら(貴方がそう考えてるなら)、
そのいわゆる「物理状態」とは独立する「時間」そのものが「存在」しなければ成立しないのだ。
710考える名無しさん:2009/10/18(日) 19:13:57 0
次元というのは物理的存在の抽象。
時間もまた物理的存在の運動量の抽象。

時間は他の次元同様物理的存在の抽象であり自然に存在するわけではない。
711709:2009/10/18(日) 20:02:17 0
>>710
そうはいかないのです。

貴方の云う「自然に存在する」とは何でしょう。恐らくそれは物体(物質)のことでしょう。
物体とは何でしょう。それは通常の人間がその感官作用により紡ぎ出したツールでしょう。
そしてその紡ぎ出した「物体」は、特に運動学に於いて、時間を超越する性格を得ました。
我々、そして貴方の考える「物体」は時間を超越しているのです。それはいわゆる物体らしい物体、
例えば石ころなどが、時間経過に対して非常な安定性を持つと認識されることからの条件付許容です。
(※質量やエネルギーの概念も、物体の時間超越的な適用を強化します。)
そして、運動学に於いては「時間」は「物体」の運動を表現するパラメータに過ぎない錯覚を得ます。
運動学に於いて我々は物体そのものの中に時間性を見ません。無視しています。

しかし実際、時間なしにそのようないわゆる物体=物理的実体が存在し得るでしょうか?できません。
素粒子は時間を超越するでしょうか?しません。

あらゆる実体はその根源が動的であることで、その存在を宇宙内に現出せしむるのです。
そして動的であるとは、存在に対して時間(に対応する何ものか)を生み出す性質を要請し、
それは運動では表現できないのです。
712考える名無しさん:2009/10/18(日) 20:10:33 0
うんにゃ。
縦横高さてのは物理的存在の抽象。
つまりゼロから三次元ね。
ゼロ次元は大きさが無く、一次元は幅が無く、二次元には厚みが無い
そして三次元は運動しない。

しかし運動しない物質はどこにも存在しない。
つまり三次元というのは物理的存在の抽象でありどこにも存在しない。
物理的存在で運動しないものは無い。
座標原点はどこにも無い、ということは運動量ゼロは自然には存在しないということ。
運動というのは物質の存在様式ということ。
この物質の運動を測るために運動量を抽象して、特定の物質の運動量を測っているだけ。

つまり時間は四次元、つまり他の次元同様自然に存在するわけではない。
ただし、他の次元同様物理的存在の抽象であり自然に根拠はある。
713考える名無しさん:2009/10/18(日) 20:16:57 0
人間の認識というのは静的なんだけどね。
運動量というのは、どこにも存在しない運動量ゼロを原点にして測るわけ。
わたし、というのは赤ん坊から現在に至るまで大きく変化しているのにもかかわらず
わたし、という同一性で表現される。

ああ、それから、物理的に運動変化する過程で違う物理的状態からわたしに成り
また他の物理的状態となる。
いついかなる瞬間も同一であることはできない。
それを同一として認識しなければならないし、ある範囲ではそれで十分なわけ。

生まれた死んだ、といっても、物理的には何も増えていないし、何も無くなっているわけではない。

自然というのはただただ運動変化しているだけで、それを人間は静的に認識するしかないから
諸次元が必要になるだけ。
714考える名無しさん:2009/10/18(日) 20:20:14 0
時間が存在するのならば、過去、現在、未来が同時に存在しなければならない。
過去、過ぎ去っている、未来、未だ来ていない。
現在というのは運動の異称に過ぎない。

まさか、弥生時代と平成とこれから将来が現実に存在するとは主張しないよね?
715考える名無しさん:2009/10/18(日) 20:23:44 0
わたしの主張は、過去、現在、未来が同時に存在しないと言っているだけ。
過去も未来も自然には存在しない。

わたしが赤ん坊の時も死ぬ時も自然に存在するわけではない。

人間が物理的存在の運動を量としてしか理解できないから四次元が必要なだけで
それは決して自然存在ではないわけ。

んじゃ、また。
716考える名無しさん:2009/10/18(日) 20:31:20 0
自然はただただ運動しているだけ。
それを人間は静的に量としてしか認識できないから時間という次元が必要になるだけ。

運動量を認識する場合の時間という人間の頭の中だけの存在を自然に存在すると
科学者も誤解しているわけ。

物理的存在の運動量の理解に有効だからといって、それが自然存在であるわけではない。
717709:2009/10/18(日) 20:31:53 0
>>712>>713>>714

貴方の云う「自然には存在しない」の「自然」とは何ですか?

>時間が存在するのならば、過去、現在、未来が同時に存在しなければならない。

時間は動的なる作用の結果「発生」するものですので、「過去」しかありません。
現在と未来もありません。
718709:2009/10/18(日) 20:44:33 0
「自然がただただ運動しているだけ」
あるいは
「人間が静的な量としてしか認識できない」
とは、恐らく常識を述べているのでしょう。
結論としての「時間が自然存在であるわけではない」は、とくに前段の条件からの類推でもなく、
「貴方の思い」といったところであると思われます。

運動量の原点の存在がどうとか、についてはどのような関連があるのか分かりかねます。
719709:2009/10/18(日) 21:18:25 0
「自然」なるものを常識的に限定し、
「時間」を運動学の世界の使用に限るのであれば、
「時間は抽象で、次元に過ぎず、自然には存在しない」とすればいいでしょう。
それで納得できるのだから喜ばしいことです。

※運動量について空虚なイメージを持っておられるようですが、観測系に依存する物理量ですので、原点は任意に定まります。
対して「自然に存在するもの」ついてどのようなイメージを持っておられるか未だ分かりませんが、
「感覚的に確実」な何かをイメージしておられるのではと推察します。それでもいいんじゃないですか。

さようなら。
720考える名無しさん:2009/11/25(水) 00:33:50 0
>>137
>>701
何が言いたい?
721考える名無しさん:2009/11/25(水) 09:06:40 0
自分の理解の試金石を持て、と、先生に言われた。
自然理解の場合、それは自然にしか求められない。
722考える名無しさん:2009/11/26(木) 21:34:46 0
「ひとごとではない」という訳はどうなんだろう?
723考える名無しさん:2009/12/04(金) 00:52:35 0
「存在と時間」って面白くないな
724考える名無しさん:2010/03/20(土) 21:25:52 0
は?
725考える名無しさん:2010/03/23(火) 21:15:31 0
哲学としては時間とはこの世に実在するもの?
726考える名無しさん:2010/03/23(火) 21:16:34 0
哲学としては時間とはこの世に実在するもの?
727Res Killer:2010/03/23(火) 22:04:55 0
哲学の定義によって変わる
728考える名無しさん:2010/03/23(火) 23:26:16 0
>>726
お前は「現在」以外の時にいたことがあるか?
729考える名無しさん:2010/03/27(土) 11:25:31 0
「現在」とはなに
730考える名無しさん:2010/04/01(木) 01:11:52 0
「現れて在る」こと。
731考える名無しさん:2010/06/30(水) 20:15:38 0
運動する存在を量で、つまり時間で理解する。
そんだけ。
732考える名無しさん:2010/07/02(金) 09:21:24 O
りかい
733考える名無しさん:2010/07/02(金) 09:42:47 0
時間はあたかも共通したものの様に思えるが
その捉えか方は人それぞれで
共通した軸は人間が生活しやすいように
ある宗教が決めたもので
本来の時間はこの様な方向性ではない
734考える名無しさん
俺は長い時間のイメージは縦軸になっていて、下から上に向かってる
でも1年のイメージは円形で、毎年グルグル回ってる
両者の感覚がイメージの中では一致しない
つまり、長い時間で捉える縦軸の中の本日7/12と、1年という単位で捉える本日7/12の感覚が違う
普段は1年のイメージが大半を占めていて、同じところをぐるぐる回っているので、
歳を取る感覚がこの中にはあまり無い

ただ、年を重ねる毎に1年を一周するスピードは確実に速くなっていると感じる
だからタイムウェーブゼロってのは信じられる

もちろん体力や物覚えで歳を取ったと思う時はある