今、なぜシュタイナーなのか?

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15Ar=As-Ab/As
>>8
シュタイナー博士を訪ねる。
一人の婦人がもう(ユングマン通のヴィクトリアホテルの三階で)待っていたが、
 しかし僕に自分より先に入るようにと頻りに言う。僕達は待っている。
 女秘書が来て、僕達にもう暫くお待ち下さいという。
 僕は廊下の向うにちらっと博士の姿を見かける。
 すると彼は直ぐ、半ば両腕を広げて僕達の方へ遣ってくる。
 その婦人は僕の事を、この方が最初に来られたのですという。
 そこで僕は彼が自分の部屋へ案内する侭に、彼の後から就いて行く。
 夜の講演の時には磨いた様に黒く見える彼のフロックコートは
 (磨いてあるのではなくて、只真っ黒い生地なので光っていた丈だ)、
 今陽光の中では(午後三時だ)、特に背中の方の所が埃っぽく、汚れてさえ居る。

彼の部屋に入ると、僕は自分の帽子を態とおかしな場所に置く事によって、
 自分では感じる事の出来ない謙虚さを示そうとし、
 長靴の紐を締める為の小さな木の台の上に帽子を置く。
 真中にテーブルがあり、僕は窓の方を向いて坐り、彼はテーブルの右側に坐っている。
 テーブルの上には書類と二、三の図面が置いてあるが、
 是等はあの神秘学的な生理学についての講義を思い出させる。
 『自然哲学年鑑』の一分冊が、平生でも周りに小高く積んであるらしい本の山の上に乗っている。
 併し、彼がこっちから目を離そうとしないので、辺りを見回す事が出来ない。
 そして模し彼が目を離したとなると、今度は彼の視線が戻ってくるのを見張っていなければならない。
 彼は
 「彼方がドクトル・カフカですね。彼方は是迄ずっと神智学を為さって入らしたのですか?」と、
  跡切れ跡切れの言葉で語り出す。

僕は然し用意した文句を携えて突進する。
 「私は自分の本質の大部分は神智学を目指して努力している様に感じています。
  併し私は同時に神智学を最も恐れています。詰り神智学に依って、私にとって非常に不都合な
  混乱を来す事に成のでは無かと恐れて居のです。何故なら、
16Ar=As-Ab/As:04/12/02 04:50:09
「何故なら、既に私の現在の不孝が、偏に混乱の性だからです。その不孝というのは
 次の様な事です。即ち私の幸福や、私の色々な能力や、何らかの方法で役立つべき
 汎可能性が、昔から文学的な領域の中にあるという点です。そしてこの分野に於て私
 は、確かに自分の考えに拠れば、先生、彼方の書かれた透視の状態に近い状態を
 (多くはありませんが)体験しました。事実その状態にある時、私はどの様な着想で在れ
 その中に浸りきっていて、如何なる着想でも其れを現実化しました。
 そして亦そう言う状態に於て私は自分の限界秤でなく、人間的な者一般の限界をも
 観ずるのです。只、多分透視者に独特の物である恍惚とした平静さ丈が、喩え全部
 で無いにしても、その状態に欠けていたのです。
 私はその事を、私が自分の仕事の最善の物をそう言う状態では書かなかったという
 事実から結論します。
 ー私は今この文学的な仕事に、本当は奏しなければ成らないのに、完全には没頭
 することが出来ません。而も色々な理由からそうなのです。
 私の家族関係は別として、私は文学ではとても暮しては行けないでしょう。と言うのは、
 私は仕事が遅いし、そして文学という物が余にも特殊な性格を持っているからです。
 その上私の健康と私の性格も、幾ら順調に行った所で不確実な物としか言えない文学
 生活に私が熱中する事を妨げます。
 だから私はある社会保険局の役人になったのです。
 所でこの二つの職業は互いに決して我慢し合わないし、共通の幸福を認め合う事も出来ません。
 一方にとっての極笹谷かな幸福も、もう一方にとっての大きな不幸になります。
 私がある晩立派な物を書いたとすると、翌日役所では興奮していて、何も仕上げる事が出来ません。
 このどっち就かずの状態は益々酷くなります。役所で私は外見的には自分の本務を果していますが、
 私の内面的な本務は満たしていません。そして果され無い内面的な本務の全ては、最早私から離れ
 ては行かない不孝となるのです。
 其れでこの二つのどうしても釣合の取れない努力に、私は今もう一つ神智学を加えて良い物でしょうか?
 神智学が両方にとっての妨げとなる事はないでしょうか?俣それ自身両方から妨げられる事はないでしょう
 か?現在もうこんなにー
17Ar=As-Ab/As:04/12/02 05:02:45
「−こんなに不幸な人間である私がこの三つの物を一つの完成に向けて捌いて行く事が
 出来るでしょうか?
 先生、私は先生にこの事をお尋ねしに参ったのです。と言いますのも、模し先生が私に
 夫れが出来るとお考えに為るなら、私にもその課題が本当に引受けられそうな気がする
 からです。」
彼は非常に注意深く耳を傾け、僕には明らかに全然目も呉れず、すっかり僕の言葉に没
 入して居た。彼は時々肯いていたが、それを彼は一つの強い精神統一の手段と心得て
 居るらしいのだ。初めの内彼は音のしない鼻風邪に煩わされていて、鼻水が出た。
 絶えず彼はハンカチを鼻の奥まで突っ込んでいた。その際彼は各々の穴に各一本宛指を使った。