>>8 シュタイナー博士を訪ねる。
一人の婦人がもう(ユングマン通のヴィクトリアホテルの三階で)待っていたが、
しかし僕に自分より先に入るようにと頻りに言う。僕達は待っている。
女秘書が来て、僕達にもう暫くお待ち下さいという。
僕は廊下の向うにちらっと博士の姿を見かける。
すると彼は直ぐ、半ば両腕を広げて僕達の方へ遣ってくる。
その婦人は僕の事を、この方が最初に来られたのですという。
そこで僕は彼が自分の部屋へ案内する侭に、彼の後から就いて行く。
夜の講演の時には磨いた様に黒く見える彼のフロックコートは
(磨いてあるのではなくて、只真っ黒い生地なので光っていた丈だ)、
今陽光の中では(午後三時だ)、特に背中の方の所が埃っぽく、汚れてさえ居る。
彼の部屋に入ると、僕は自分の帽子を態とおかしな場所に置く事によって、
自分では感じる事の出来ない謙虚さを示そうとし、
長靴の紐を締める為の小さな木の台の上に帽子を置く。
真中にテーブルがあり、僕は窓の方を向いて坐り、彼はテーブルの右側に坐っている。
テーブルの上には書類と二、三の図面が置いてあるが、
是等はあの神秘学的な生理学についての講義を思い出させる。
『自然哲学年鑑』の一分冊が、平生でも周りに小高く積んであるらしい本の山の上に乗っている。
併し、彼がこっちから目を離そうとしないので、辺りを見回す事が出来ない。
そして模し彼が目を離したとなると、今度は彼の視線が戻ってくるのを見張っていなければならない。
彼は
「彼方がドクトル・カフカですね。彼方は是迄ずっと神智学を為さって入らしたのですか?」と、
跡切れ跡切れの言葉で語り出す。
僕は然し用意した文句を携えて突進する。
「私は自分の本質の大部分は神智学を目指して努力している様に感じています。
併し私は同時に神智学を最も恐れています。詰り神智学に依って、私にとって非常に不都合な
混乱を来す事に成のでは無かと恐れて居のです。何故なら、