♪ポールの 〜分析の彼方へ〜 ミラクル大作戦♪

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81ポール
>われわれが普通に思考をしているとき、古典述語論理で考えているかどうか
>というのは、よく分からないんじゃないですか? >>74

そうなんですか?
少なくとも「書く」とき(=明確に思考化された状態)は、古典述語論理ですよね。

ところで、我々が世界を思考し記述する時、論理法則に則って言語化するおかげで、
論理の法則が世界の成り立ちを決定すると聞きます。

例えば僕が物を見るとき、「わたしが − コップを − 見る」と記述します。
この言語の分節がそのまま、世界の事物の分節を投影したものだと考え、
「コップ」と同様の「わたし」といった存在者の存在を考えたり、「見る」といった
動作をそれ単独で取り上げたりしてしまいます。

この例のように、論理の法則に惑わされて、誤って世界を解釈する例は他にあるでしょうか?