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|ヽ.| | / .| |. ヽ .| .|./ .|
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ヽ .| | / .| | ヽ | | / | 用件を
.ヽ.| | / '二〈___〉二` ヽ | |./ <
| | `-;-′ | | | 聞こうか…
iヽ|. ,,... -‐"`‐"`'‐- 、、 |/i \_________
| ヽ /...---‐‐‐‐‐----.ヽ / .|
| ヽ. ,, -‐ ''"~ ~"'' ‐- 、 / |
.| ヽ ! ./ .|
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' `  ̄ ̄ ´ '
934 :
考える名無しさん:04/10/20 23:43:03
カオルチャン、オソクナッテ ゴメンネ♪
>>933 カオルさんとその従僕をグロスレに送ってもらいたい。二十万ドルはここにある。
変なスレ廃止!
937 :
考える名無しさん:04/10/21 17:38:09
変なスレ廃止!
>>891 カオルさん
えーと、時間の遠方より、とりあえずの報告です。 (いちおう重複なので)
茂木さんの 「 <私>はいかに創られるか 」を購入しました。
いま、半分くらいまで読みました。
面白いですね。
いちおう、私は、脳関係の本は、
◆ 神経生理学系 → ◆ セミール・ゼキ (視覚系) →
→ ◆ V.S.ラマチャンドラン (臨床系) → ◆ 養老猛子 (人体形態系)
という具合で、読み進めてきましたが、この本は、ほぼ、ゴールに
近い内容になっているのではないか? という感想を持ちました。 → ◆ 茂木健一郎 (サブカル系?)
科学の要点である客観性を、しっかりと抑えているものと思われます。
また「クオリア」という概念を、感覚的クオリアと、志向的クオリアの
二つに分ける試みは、いままで明確に分割不可能だった私のわだかまりを、
うまく解消してくれるものでした。
とりあえず、んな感じです。
それでは。
>>902 ニップルさん
>ところで私は朝早くから肉体労働をしていますよ。
>(けんかはだめでしょうが)
あなたのかもしだす香りを、わたしは大切に思います。
毎日お仕事ごくろうさまです。m(__)m
どうしてヤンキーとケンカできるのかというと
ヤンキーとケンカのできない学校の先生とかとちがって
はじめからケンカのできてしまうおなじ人間だというだけ。
いえ、わたしが元ヤンとかそういうことじゃなくて。(笑)
>>910 じゆんさん
>やはりこのスレで続けた方がいいのか?
>それともわたしとの議論は無理なのか?
あなたとお話しようとしていた議論の内容が
哲学とは何か、ではないということです。
こじつけることはできるのでしょうけれど。
それから、余計な条件やあなたの思惑が錯綜していて
…わたしは、そういうことに気を遣いたくないです。
哲学とは何か、について議論を続けたいなら
哲学とは何か? part2、でいいのだし
あなたがわたしに提示した「存立」についての議論なら
あなたのスレで良いのだと…他のコテさんとか関係ない。
>>940 >あなたがわたしに提示した「存立」についての議論なら
>あなたのスレで良いのだと…他のコテさんとか関係ない。
こう言ってくれるのは本当にすごく嬉しいですよ。
でも、あーあー
どうしてこんなにタイミングがずれるんだー。
今、荒らし行為にかなり憤っていて、
強制ID化について一つの見解を提出したところです。
もし不快なら、そもそもの前提がスルーされます。
そう言った他スレでの私の発言ぬきで、さらにお願いしたい。
いちおう言っておきますが、
他のコテさんは、私にとっては大いに関係あります。
私はカオルさんの目を通して、
その人のことをきちんと見つめることができたりするので。
では、私のスレに何か書き込んでください。
とりあえず、そこから始めたいと思います。
ちなみに、私の頭がのろいのはどうか勘弁してください。
よろしくです。
>カオルさんへ
いちおう「存立」関係は、移動しておきましたので
よろしくお願いします。
また興味のある方もお付き合いいただけるとうれしいです。
では。
943 :
考える名無しさん:04/10/23 00:06:04
「…」。
私信を交換したければメールでどうぞ。
どうしても掲示板でやりたければクローズドの掲示板でも作ってやれば?
ここはオープンな掲示板です。
延々と挨拶を交わす場所ではありません。
良いではないか。人間的であまりに人間的で。
>>911 民さん
で、結局わたしに何がおっしゃりたいのですか?
>真理を探究することが哲学であるとするならば、そういう哲学の
>時代は終わった。
>哲学とはなにか? 比喩で答えるなら、思想の遺跡であり廃墟だ。
と、あなたは思っていて
その主張の論拠が、ポストモダン?
なわけですよね。
けれどわたしは、ポストモダンなる思想を知らないのです。
はじめからそう言っています。
ですから、↑の2つの命題(あなたの主張)がどのように
論証されるのかを見てみないと、わたしには何も言えないのです。
わかります? イライラするだけなんです。
それから、
> 以前、述べた言葉の持つ自動性・強制性について再提示した。
は、いいのだけれど、このことと
>永劫回帰について「肯定的なものが回帰する」ということ。
という「結論」とが、どこでどのようにつながるのか?
さっぱり理解できないです。
そもそも、永劫回帰について「肯定的なものが回帰する」ってなに?
>>912 民さん
> 「生の問題」+「プラトニズム志向」→「似非宗教」の不可避な堕落の図式
>(綱渡りの失敗)の具体的な事例と捉えている。
図式の説明を論理的にしてください。
イメージすら湧いてこないです。
それから「堕落」の定義もお願いします。
ちなみに、
>>あなたは、彼らの論理をどのように批判できるのでしょうか?
は、わたしたちに、彼らなりの「より良き生のため」の「論理」を
批判できるような、どのような論理があるのか、
あるいは、それだけの「価値」ある生を示しうるのだろうか…
そのような自己批判は為されているだろうか、
という問いのつもりです。
この問いにたいして哲学は何も答えられないかもしれない。
けれど問いつづけます。問いつづけているかぎりにおいて
思考を停止させた信念の実践者にはならないと思います。
>社会・共同体の価値観を一方に保持すること。
>閉鎖的な集団でないこと。
現実問題として、そのように振る舞わなければならない、
と思います。「ヒトデナシ」になりたくなかったら。
948 :
たみ:04/10/23 02:57:26
>で、結局わたしに何がおっしゃりたいのですか?
どうにも、めんどうだ。民は、カオルのことが好きだ、と言って居るんだろう。
もし会ってやると言うなら、会いたいと言っているのだろう。ただし、他の誰
かと同一視、同等視されているのだとしたら耐え難い屈辱である。とも言って
いるのだろう。それ以上でもそれ以下でもなく。
それと「哲学とは何か」については、まだ、語りたいことがあるのだろ。
>ニップルさん
あのー『 Both Sides Now 』なんですけど
アレは、わたしのポエムとかじゃなくて
JTのCMで使われていた曲なんです。
キレイな歌だなって思ってジュディ・コリンズのを買ったのでした。
CMで歌ってる人(エミリー・チェイス)のCD発売はないとのことです。
それと、わたしの意訳はひどいので無視ということでヨロシクです。(^_^;)
JTの喫煙マナーCMで流れている曲は?
ttp://www.cdjournal.com/main/research/research.php?rno=1357 ニップルさんのレスに答えたというよりも、この詩が
同一性と差異性との相対関係のなかに住まうことしか
かなわないわたしたちの限界を、言葉を手放せない
わたしたちに、というかわたしに、語りかけているように
感じられたものですから…何を考えてもこの図式に
はまってしまうというか、そのようにしか生きられない
というか…そんなところのことを歌っているのかな?
みたいな感じで。
>>946-947 カオルさん
レッテル貼りに過ぎないポストモダンとは無関係だ。また、ポストモダンと
呼ばれる思想の幾つかは知らないし興味もない。
ここに限らず哲学の掲示板で、真とは何か? 善とは何か? 美とは何か?
と質問したら、そのうちに、それらしいオヤジかオバンか、ヒヨッコがしゃしゃり
出て、古今の美辞麗句か、もっともらしいが凡庸な言葉で説明してくれるだろう。
質問した者が、それらを丸暗記したことろで、真善美について知ったことに
なるのか? お粗末な分析屋の中には、命題の真値と真実(というイデアでも良い)
を混同してないつもりで混同している者がいるようだ。それは別の話か。
社会や歴史では、既にない、ありもしない、ありもしなかったモノコトが、まだ
ある、あるかのように、あったかのように語られ影響力を持つ。神も然り、仏も然り。
だが、仮に、神の不在が証明されたとしても、バチカンを頂点とするカトリックの
階層構造は、崩壊しないし、神父も牧師もアメリカの日曜TV宣教師も失業すること
はない。それゆえ、大学よっては、神学部があるように、考古学科があり、
哲学科があるのだ。
偉大な先人や古代人の足跡を辿ることが無益であると主張しているのではない
ので、誤解なきように。
この板には、哲学科の院崩れや、現役の院生、先生と呼ばれる人までいるようだ。
もし彼らが、ギャグでなく、我こそは現代の哲学者であるぞよ、と掲示板で胸を
張ったら、失笑を禁じ得まい。
人間は、真・善・美とは何か?と疑問に思うように出来ているとのこと。
現代思想は、その問いの立て方は間違っていると告げる。間違った問いの果て
には、間違った結論が待っている。しかし、頭の良い人は、極めて論理的に思考
し、その結論に絶対の自信を持っている。それを堕落と言わないで何と言う。
優れた古典文献学者でもあったニーチェの永劫回帰を或る種の神秘的な概念と
捉える者がいる。どのように解釈しようとその人の勝手だ。だが、日本の無神論者
にとっては当たり前過ぎて、あえて言葉にしないような事柄である可能性には思い
至らないだろうか。
図式を論理的に説明しろ、定義しろ。自己批判しろ。とのこと。頑迷を装う
あなたが納得されるように説明できるならそれについて本を書くよ(笑)
言葉足らずはご寛容に。
>>949 カオルさん
横レスさせてください。
あの
>>913の詩はカオルさんの創作じゃなかったか。少し残念です。
いえ、そんなことを言いたいのではなくて。
私はのカオルさんの下のという言葉を聞いて、
他にどんな生き方があるのだろうか考えました。
>>949 >何を考えてもこの図式にはまってしまうというか、
>そのようにしか生きられないというか…
>そんなところのことを歌っているのかな?
私が思い浮かべたのは「死」があるということです。
「どのようにして生きるか」という問いの答えを出すのは難しいけれど
「どのようにして死ぬか」という問いはわりと考えるが簡単な考え方だと思います。
むろん、その根底にある「ニヒリズム」の魂との結託を前提にしなければなりません。
でも、死はやはり「目的」や「結果」に値しますからね。
カオルさん、今までの一年間、いえ哲学板に来る以前も、
この2年間くらいは、わたしは「死ぬ」という文句を片時も忘れない日々でした。
哲学的なことを語るには、つまり何かを訴えるにはやはり「命」、「魂」を
担保にする必要があると思ったのです。おそらく、なにかこの哲学板で語る人は、
やはり「死」の概念を目の前にして何らかの言葉を発していたのだろうと思います。
それはもう「そういった考え方」は、やめようと思います。
そういった考え方は、私にはもう必要ないと思うのです。
もちろん完全にはというわけには行きません。徐々にです。
「どう死ぬか」ではなくて、「どう進むか」考えてみようかなと思います。
>>940 あと、余計なことに気を使いたくないと言うのはカオルさんの自由ですが
私はあいにく、あなたの思い通りになるロボットではないということを
申し上げます。しかし、一応は、私は、あなたが「余計」とすることを
考えさせまいとしているつもりです。それは、大きなお世話という類の
ものではなく、人と人との関係において当然のことです。
誰も、好き好んで「死」については語りたくはないものです。
そんなこと誰も聞きたくはないのです。
カオルさんは、「いついつ私が死にます。」なんて聞きたくないでしょ?
虚言か、どうか定かでないことに気を使わせたくない。
誰にも罪をかぶせたくはないとは思いつつ、馬鹿だと思われてもいいから、
自分にとって確かなことだけを語りたいそういうつもりなのです。
それが私のここ2ちゃんねるにおける限界の関わり方だと思うのです。
でも私が、あなたに余計なことを考えさせてしまう、
つまり力不足であることは認めます。
このレスもつねに言い足りないことが生まれるなあmそんな思いから提出したものです。
私はディスコミュニケーション(会話を断絶させること)の方法が、うまくありません。
言い足りないと思ったのでもう一度レスしました。
ほんとうは、もっと気の聞いたことが言えればよかった。
でも、わたしの言ったことは本当に気にしないでください。
おそらくあなたにとっては、
無意味な、あまり意味があるとはいえない内容です。
私にとってただ、意味があるだけです。
それでは。
954 :
♪ :04/10/24 00:17:50
意味とは、目的のもたらすもの。
目的を持たぬ者が、意味を見いだす事など無い。
>>939-953 しかしそれ以前に、できれば、あなたたちのレスは不愉快なので、
金輪際、このスレに書き込まないください。
r;ァ'N;:::::::::::::,ィ/ >::::::::::ヽ
. 〃 ヽル1'´ ∠:::::::::::::::::i
i′ ___, - ,. = -一  ̄l:::::::::::::::l
. ! , -==、´r' l::::::/,ニ.ヽ
l _,, -‐''二ゝ l::::l f゙ヽ |、 ここはお前の日記帳じゃねえんだ
レー-- 、ヽヾニ-ァ,ニ;=、_ !:::l ) } ト
ヾ¨'7"ry、` ー゙='ニ,,,` }::ヽ(ノ チラシの裏にでも書いてろ
:ーゝヽ、 !´ " ̄ 'l,;;;;,,,.、 ,i:::::::ミ
::::::::::::::::ヽ.-‐ ト、 r'_{ __)`ニゝ、 ,,iリ::::::::ミ
::::::::::::::::::::Vi/l:::V'´;ッ`ニ´ー-ッ-,、:::::`"::::::::::::::;゙ , な!
>>939-953 :::::::::::::::::::::::::N. ゙、::::ヾ,.`二ニ´∠,,.i::::::::::::::::::::///
:::::::::::::::::::::::::::::l ヽ;:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::/ /
::::::::::::::::::::::::::::::! :|.\;::::::::::::::::::::::::::::::/ /
つか、雑談とかメンヘルとか
そういう適当なとこへ行けよー
ますますバカが寄ってくるじゃんかよー
>>956-957 大学で4年や6年、カビの生えたバカの話を聴いていただけのバカがバカほざいているじゃねよ。
>>949 >カオルさん
JT云々は知りませんでしたが
>>913があなたの創作したものではないことは
一応理解していました。(英語で作詩するのはいかにも不自然ですから)
私には、「一体化と個別化」という反復運動が渾然一体の「世界」を示すことなどありえない、
その「反復運動」は同じところをぐるぐると回ることを目的とした「循環的な営み」(人生の幻)なのだ、
「Both Sides Now」という詩(うた)の一片が このように鋭く私を
糾弾していると思えました。
私は「悲‐喜」といった「対概念」のようなものが渾然一体となる地平、
そこからすべてが「分化」し、「厳密化」されていくような地平、そのような地平がある、
と思います。
そしてそれが「真理」とよばれ「哲学」の追い求めるものではないか、とも思っています。(一体化)
しかしそのような地平においては「自‐他」という境界も融解してしまう。
もし私が私であろうとするならば、「自‐他」の境界線が融解し「私」が「私」として保たれなくなる
ことを避けなければなりません。
とすれば、私たちは母なる「真理」から遠ざからねばならない。(個別化)
母胎に取り込まれてはならない一方で、母なき世界の相貌には耐えられない。
そのような私たちが生み出した解決策としての「循環」。
私も知らず知らずのうちにこのような「循環」に身をゆだねてしまっていたのかもしれません。
「Both Sides Now」という詩(うた)に、果たしてカオルさんが
このような思いを込めたのか、どうかは分かりません。
しかし今は あの詩で「人生の幻」といわれていたのはこの「循環」なのではないか、と
思えて仕方がないのです。
コンニャロ
○
く|)へ
〉 ヾ○シ
 ̄ ̄7 ヘ/
>>958 / ノ
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Both Sides Nowの作曲者であるジョニ・ミッチェル(女性)は、もう少し年を取ってから、こんな歌も書いている。
♪すべての絵には影もあれば どこかにさしてくる光もあるもの
見えざる闇と見いうる光が織りなす世界
…あらゆる表現の批評家たちは 過去に書かれた基準にもとづき
これはあやまち これは正しいと
すべてを黒と白に判定する
われわれがめざす理想をも 間違いとあやまり 正しさに振りわける
すべてに怯えている
残虐なもの―カインの印を受けた―人間
すべてに魅せられる
歓喜しつつ 次々と生まれかわる人間
こわれたままの掟もて 人間はこのあやまちと正しさ
正しさと間違いのあふれる世界を 判断し判定し 生きていくのだ (「Shadows and Light」より)
また、こんな歌も。…ナゲェんだけど。
♪私はいろんな乗り物に乗って旅しています
私はどっかのコーヒーショップに座っています
つまらない争いでこなごなに打ち砕かれてしまった 愛からの敗走者として
…心の中の端っこギリギリのところまで旅してみるか
それとも常識どおりの生き方をするか
やってみるか あきらめるか
いずれにせよ簡単なことじゃないんです
…時には今もって見知らぬ人のささいな言動が 私の身体の芯のふるえをよびさますこともあるけれど
判っているんです 誰も真実など見せてくれはしないのだと
誕生から墓場までのあいだ それぞれに深くもまた浅薄で表層的なふれ合いのもとに
みな結局は知り合えぬままに行き過ぎていくのだ、と
さて 私はみかげ石の墓標を見ています
この永遠にたいしてささげられた―最後の貢物
そしてそこに私は 鶏が地面を引っかくように 永遠性をさがしている自分を見るのです
教会で人びとはローソクに灯をともし 蝋は涙のようにしたたり落ちています
そこには希望と絶望が同居している
私は三十年間 見てきたのです
私たちは太陽のまわりを回っている 変遷の一分子に過ぎないと
でも常に誰かに拘束され 縛られている私に
どうしてそんな物の見方などできるでしょう
…私はいろんな乗り物に乗って旅しています
私はどっかのコーヒーショップに座っています
私はつまらない戦争からの敗走者なんです
また愛が私をいつもの方法で引き戻すまでは… (「Hejira、逃避行」より)
「だからなんだ?」というわけでもないんだけど、自分はこのスレのテーマでもっと話しを続けてみたいんです。
ねぇ、哲学に取り組んで、何か新しい驚きに出会うたび、自分の内に、
帰郷するときのような懐かしさが満ち満ちてくるような人はいないんでしょうか?
だって人間の原点とか調べているんですもんね。一歩一歩近づいていくんですから。
全くの見知らぬものごとに光を照らしてみたら、まさか懐かしさをたたえていたとは、いったい何事なのだろう…!?
こういう意外性ある驚きでしょうよ、哲学って言ったら。
あと、「青春の光と影」って言ったら、有名な歌なんだからさァ
そのォ、もうちっとー、詩を大事にしようよ〜。
ポエムはもう結構
>>966 すまねぇ。気を悪くしたか。
今後、会話の流れに関わらず、このスレで俺が詩的な事柄をぶちかます、あるいは詩的なレスについて返事するのは、
あと三回限りとする、
約束するから、この条件で面倒見て(ROMすること)もらえないかい。それとも多い?
968 :
考える名無しさん:04/10/25 07:28:42
詩的・・プッw
969 :
考える名無しさん:04/10/25 11:20:33
詩的な事柄・・ブハw
>>965 >はとみねさん
私のレスがどうも暗い影をまとっているという指摘と、「詩」から逸脱した
私の返事(
>>959-961)に対する指摘と、二つの側面からの指摘でしょうか。
後者の指摘には能力の問題としか答えようがありません。(最近風邪気味だったりもします)
が前者の問題は少し反論があります。私は哲学をするということが
(思索をすることで喜びを伴った発見をし、それを糧に再び思索をするというような)
幸福な循環を描きうるとは必ずしも思いません。
しかし一方で絶望の荒野が思索の果てに待ち受けているとも必ずしも思っていません。
私が掴み取ろうとするものは、
望もうが望むまいが、傷ついて傷つけて、お互いに傷つけあって生きていく
そうとしか生きられない私たちの「生(性)」なのです。
ひとつながりの存在(あるいは何らかの一体化)を夢見、傷つき傷つけて、
知らぬ間にお互いに傷つけあって生きる
そんなどうしようもなさの中でこそ得られるひとひらの希望(
>>921で書きました)。
もしそんなものがあるとしたら、そこには絶望がゆえの希望が横たわっているのではないか。
そんな倒錯した「地平」が私にはあるのではないか、と思えるのです。
それがあるとしたら、どのように生きるのか、またないとしたら、どのように生きるのか。
そこから私の問題は湧き上がってくるのです。
ですから必ずしも暗いものだけを取り扱っているわけではないのです。
むしろその逆で、肯定的で明るいものを取り扱うためにそれと不可分な暗いものを
取り扱っているのです。
だとしてもいろいろある生活の中でここにいる時ぐらいはもっと明るいことを中心に取り扱いたい
という希望がおありなら(もっともなことです)、できるだけ慎重に書くようにはしますが、
私のレスは見ないほうがいいのかもしれません。
少々日和見にすぎるかもしれませんが
私はじゆんさんの情熱にも意味を見出すことができます。
カオルさんに向かっていたはずの情熱がいつの間にかカオルさん以外のどこかに
放たれていくような過程に 私のもつ問題意識の原景が見えるように思えます。
余計なことを書いてしまったかもしれません。
退散します。
973 :
考える名無しさん:04/10/25 20:15:28
(ノ_ _)ノ
974 :
考える名無しさん:04/10/25 23:02:27
↑どうした?
>ニプレスさん
きっと貴方はアレルギーに罹っていますよ。長文レスへの過剰反応症です。
自分のレスへの場合は、簡単なはずのHNを二度も読み間違えたものだから、
難易度の高いレスの内容の方こそは読み間違いがあってはならんと、慎重に読み進めているうちに、
そうなっちまったに違いない(!)。
つまり、俺は、しばらくレスを刻んでいなかったものだから、ただ文を記し、存在を示し、話しに参加したかったのですよ。
長縄跳びにいつどう飛び込むか、複雑な思いでタイミングをはかる小学生みたいに、スレを見ていたんです。
でも、自分も哲学に暗い世界を見せられた時もありましたし、今後もそういう可能性は重々にあると思います。
「ロボトミー手術を自ら志願して、悩みを断ってしまおうか」…こんなため息が日記に残っています。
今でも自分の生活を見つめて、日々の緊急的な問題に挑む時間を、哲学が奪いすぎていないか、心配しきりです。
とにかく、ここで自分らにできるのは、考え抜いたことを世に問うのみです。
話しを進めましょう。
976 :
考える名無しさん:04/10/25 23:53:10
ハヨ ススメロ
>>968、
>>969 コラコラコラ、笑い事じゃない。詩情に通じるというのは、その手前に、
相手の表現の実像を、言葉が擬したり代弁したりしているのを見抜く力を養える世界を通ることですよ。
筋道立てて抽象的な言葉を使ってものを述べられた実像を骨格というならば、
目に見える景物や実際的な体験を実像の喩えに使うのは、衣装やアクセサリーですよ。
もちろん、哲学において、詩に対しての過剰な傾倒はいけません。
先に挙げたW.ジェームズも、
「哲学はその詩的要素によって文科的な人びとの気持ちを惹きつけ、
その論理性によって彼らの知性を強固にし、その弱さをためなおす。
その論理性は理科的な人びとを惹きつけ、その詩的要素によって彼らの知性を柔軟にし、
彼らがひどく無味乾燥な専門家かたぎに陥るのを防ぐ。」
と言っているんです。
って、こんな間があいてたら見ていないか。
978 :
考える名無しさん:04/10/26 00:40:44
イマミタ。 ゴニョゴニョ イッテ ナイデ ハヨ ススメレ !!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
藻前ら、
長年のひっきー生活から脱出するいい機会だ、
すぐにリュック背負って新潟へ向かえ。
何ができるか自分の身体を張って体験してこい。
藻前らの情けない半生を、根本から変える最後のチャンス。
2度とないぞ。神様の恵みだと思って勇気を出して実行しろ。全てが一変する。
★新潟中越地震ボランティア・センター(*必ず連絡して行動すること)
0258(39)2217
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
980 :
考える名無しさん:04/10/26 01:03:00
コーツーヒ ナイノ、ドースルヨ?
>>971 二プレスさん
私は、あなたを他の人よりも、
評価を高くしているわけではなく
また、それほど真面目な人だとは思っていません。
なぜなら、二プレスというあなたのコテ名は明らかに、
女性への恥辱を目的とした用語の選択ですよね。
そこに、私は、あなたの暗い意図の本質があるのだと思っています。
しかし、ゆえにあなた冷静さで居られるのだろうとも思いますし
また、あなたの言語の芸術性に寄与しているものだと思いますが。
しかし、あなたの錯動的な行為を見つめるなら、ただ陰湿の一言です。
コテ名を変えてください。もしくは「ニップル」に"統一"してください。
(本当は、sageの方法だって知っていたのでしょ?)
ま、これもあなたの自由です。
>>981 それ、チンポ太郎にも同じ事言えるか?
言えないんだったら単なる言いがかりだぞ。