1 :
考える名無しさん:
酒鬼薔薇聖斗は更生できるか否か!
ついに立ちました、絶対くると思ってました。
3 :
コック ◆K8EfEbyWG6 :04/03/12 23:02
保護観察中はおとなしくしているだろうけど
その観察期間が終わったとき本性を現すよ。
俺は絶対に再犯すると思う。
5 :
考える名無しさん:04/03/12 23:06
なんで未成年に甘いんだろうね。
彼は「さあゲームの始まりです」と言い放ったが
今度は俺等に賭けられている。
7 :
コック ◆K8EfEbyWG6 :04/03/12 23:11
今までいろんなものを壊してきたから
今度はいろいろなものを創っていきたい。
8 :
考える名無しさん:04/03/12 23:13
彼は社会的には完全な悪だが
人間としては人間らしいのかもしれない。
9 :
考える名無しさん:04/03/12 23:16
壊すことで創れるものもあるよ。
死体でできた山とか・・・
10 :
コック ◆K8EfEbyWG6 :04/03/12 23:17
ちゃんと就職できればいいけどね。
12 :
考える名無しさん:04/03/12 23:20
>>11 君が解ってないだけ。犯罪者が社会で上手く自制できるかという議題。
酒についてのスレのほうが面白い。
概して哲板の知識人は、こういう話題に魅力的な提言が出来ませんので。
【 遺体発見 】
1997年(平成9年)5月24日午後1時半ころ、
神戸市須磨区友が丘の加古川市立病院医師の土師(はせ)守(当時41歳)の次男で、
神戸市立多井畑(たいのはた)小学校6年の淳(じゅん)君(11歳)は、母親に近くに住む祖父の家に行く、
と言って徒歩で出かけたまま行方不明になった。懸命の捜索を続けていたが見つからなかった。
5月26日、須磨署が淳君の公開捜査を開始。
5月27日午前6時40分、市立友が丘中学校正門前に、淳君の頭部がむき出しの状態で置かれていた。
門を開けようとした管理人が発見した。首のほぼ中央部分で切断された頭部は発見されたとき、登校してくる子どもらを
迎えるような格好で校舎の反対の方向を向けられ、まっすぐに立てられていたという。
口には紙片(第1の犯行声明文)が差し込まれていたが、<鬼><薔薇>の2つの文字が判読できる。
さらに、正門の塀の上に血痕が付着していたことから、一旦、頭部をその塀の上に置いた可能性があった。
市立友が丘中学校では連絡網を通して730人の全校生徒を自宅に待機させた。
事件を知らずに登校してきた生徒を自宅に帰るように指導した。
女児2人が殺傷され、未解決になっていた「連続通り魔事件」(3月16日)の現場からわずか500メートルであった。
この通り魔事件以来、現場周辺の小学校では集団登校を続けていた。
同日午後3時、同校から西南約500メートル離れたところにある竜の山、
通称タンク山の神戸市開発管理事業団ケーブルテレビアンテナ基地局舎内北側で、
淳君の遺体が発見された。このとき、フェンス扉の南京錠がすり替えられていた。
同日、兵庫県警が須磨署に淳君殺害事件の捜査本部を設置。
18 :
考える名無しさん:04/03/12 23:32
少年じゃないよ。今は元少年。
19 :
考える名無しさん:04/03/12 23:33
少年のとき人を殺して、首を切り取って、大人になってから弁護士に
なった人がいるって聞いたけど、本当?
【 捜査 】
兵庫県警は、本格的な捜査に入り、校門前に止まっていた黒いブルーバードや不審なRV車などの調査を進めた。
5月29日、この友が丘中学校正門前に、数ヶ月前から数回に渡り、アダルトビデオや雑誌が置かれていたことが分かった。
また、事件の数日前に、足が切断された猫の死体が置かれていたことも分かった。
それ以前にも、付近で首のない鳩などが放置されていたことがあった。
また、友が丘地区の北隣で、同年3月16日に連続通り魔事件のあった竜が台地区では、
発生の数日前、背中を切り裂かれた猫が路上に駐車された車の上に置かれていた。
さらに、友が丘中の北約800メートルの団地では、以前、足を切断された猫の死体がごみ置き場に捨てられていたという。
こうした現象との関連性は定かでないが、
淳君の自宅近くや菅の台地区では、野良猫の世話をしている住民が「最近、猫の数が急に減った」と証言している。
猟奇殺人と動物虐待については、多くの専門家が関連性を指摘している。
FBI行動科学課の元主任捜査官で犯罪学者のロバート・K・レスラー氏は自著『快楽殺人の心理』(講談社)の中で、
「(調査対象26人の)半数近くの殺人者が、(少年期に)動物への虐待を行っている」
「初期の攻撃的な行動はまず動物に向けられることが多いようだ」と報告している。
また、心理学者のジョエル・ノリスも、自著『シリアル・キラー』(早川書房)の中で
「研究対象にした連続殺人者の大半が、子どものころ、ほかの生き物の苦痛を見て楽しんでいた」と指摘している。
淳君の頭部の口に差し込まれた紙片(第1の犯行声明文)の全容が明らかになった。
[ 第1の犯行声明文 ]
さあ、ゲームの始まりです
警察諸君、私を止めてみたまえ
人の死が見たくてしょうがない
私は殺しが愉快でたまらない
積年の大怨に流血の裁きを
SHOOLL KILL
学校殺死の酒鬼薔薇
( 別の短冊型の紙に「酒鬼薔薇聖斗」 )
この犯行声明文の<積年の大怨に流血の裁きを>は宮下あきらの漫画『瑪羅門の家族』の中のタイトルの
<積年の大怨に灼熱の裁きを!>からの引用であることをのちに逮捕されることになるAが答えている。
また、<SHOOLL KILL>はAがこれで「スクールキラー」と読むものだと思って書いたとのちに答えている。
さらに、そのあとすぐに「キラー」は「KILLER」が正しいことが分かり、
のちに神戸新聞社宛てに送ることになる犯行声明文には、<SHOOLL KILLER>と書いている。
だが、「スクール」の正しいスペルが「SCHOOL」であることには気付かなかったようだ。
捜査本部では、2枚の紙片の包み方や、メッセージの文章全体の構成から、
表の紙片に書かれた<酒鬼薔薇聖斗>が宛名で、<スクールキル>が差出人名との見方を強めた。
宛名とみられる<酒鬼薔薇聖斗>は「さかきばら・せいと」か「さかきばら・きよと」とも読めるが、
新たに「酒鬼(さかき)」「薔薇聖斗(ばらすど)」と分けて読み、
「さかき、ばらすど(殺すぞ)」という大阪弁を使った文面にも読み取れることが分かった。
だが、のちになって、<酒鬼薔薇聖斗>は「さかきばら・せいと」と読み、犯人自身の「名前」であることが判明する。
また現場近くで、3月16日、小学校女児2人が殺傷された連続通り魔事件では、
腹を刺されて重傷を負った女児のけがの特徴から、犯人が「左利き」である可能性も指摘されている。
このため捜査本部では、犯人が左利きなどの筆跡の特徴を隠すために、定規を使った疑いもあるとみていた。
23 :
考える名無しさん:04/03/12 23:43
でました!!ぴか〜野原
5月30日、淳君の葬儀・告別式が行なわれる。
5月31日、県防犯協会連合会が多井畑小学校ほかに、防犯ブザー1500個を贈呈した。
同日、NHKは、教育テレビで放送予定の舞踊『桜の森の満開の下』を首をはねる場面があるとして急遽変更した。
6月2日、NHKは、金曜時代劇『新・半七捕物帳』の放映順入れ替えを発表。残酷シーンがその理由だった。
6月4日、子どもたちの不安によるストレスが問題にされ、多井畑小学校などにカウンセラーが派遣された。
北須磨団地自治会による「笑顔運動」がスタートした。
同日、神戸新聞社に第2の犯行声明文が届く。
A4サイズの罫線が入った集計用紙2枚に、赤い文字で横書きに書かれていた。
2枚とも欄外右上の枚数を書き込む部分に<9>と書かれていたが、
そう書いた理由をのちに少年Aはただ単に便箋にその欄があったので、1番好きな数字を書いただけと答えている。
さらに、なぜ好きなのかを訊かれ、切りのいい数字は10だと思っているので、
その1つ前の数字が9であることと電卓などを叩いた時、
1番大きな数字は、「9」を何度も叩いた数字になるということからです、と答えている。
[ 第2の犯行声明文 ]
神戸新聞社へ
この前ボクが出ている時にたまたまテレビがついており、
それを見ていたところ、報道人がボクの名を読み違えて「鬼薔薇」(オニバラ)と言っているのを聞いた
人の名を読み違えるなどこの上なく愚弄な行為である。
表の紙に書いた文字は、暗号でも謎かけでも当て字でもない、嘘偽りないボクの本命である。
ボクが存在した瞬間からその名がついており、やりたいこともちゃんと決まっていた。
しかし悲しいことにぼくには国籍がない。今までに自分の名で人から呼ばれたこともない。
もしボクが生まれた時からボクのままであれば、
わざわざ切断した頭部を中学校の正門に放置するなどという行動はとらないであろう
やろうと思えば誰にも気づかれずにひっそりと殺人を楽しむ事もできたのである。
ボクがわざわざ世間の注目を集めたのは、今までも、そしてこれからも透明な存在であり続けるボクを、
せめてあなた達の空想の中でだけでも実在の人間として認めて頂きたいのである。
それと同時に、透明な存在であるボクを造り出した義務教育と、義務教育を生み出した社会への復讐も忘れてはいない
だが単に復讐するだけなら、今まで背負っていた重荷を下ろすだけで、何も得ることができない
そこでぼくは、世界でただ一人ぼくと同じ透明な存在である友人に相談してみたのである。
すると彼は、「みじめでなく価値ある復讐をしたいのであれば、君の趣味でもあり存在理由でもあり
また目的でもある殺人を交えて復讐をゲームとして楽しみ、君の趣味を殺人から復讐へと変えていけばいいのですよ、
そうすれば得るものも失うものもなく、それ以上でもなければそれ以下でもない君だけの新しい世界を作っていけると思いますよ。」
その言葉につき動かされるようにしてボクは今回の殺人ゲームを開始した。
しかし今となっても何故ボクが殺しが好きなのかは分からない。
持って生まれた自然の性としか言いようがないのである。
殺しをしている時だけは日頃の憎悪から解放され、安らぎを得る事ができる。
人の痛みのみが、ボクの痛みを和らげる事ができるのである。
[ 第2の犯行声明文 (続き)]
最後に一言
この紙に書いた文でおおよそ理解して頂けたとは思うが、
ボクは自分自身の存在に対して人並み以上の執着心を持っている。
よって自分の名が読み違えられたり、自分の存在が汚される事には我慢ならないのである。
今現在の警察の動きをうかがうと、どう見ても内心では面倒臭がっているのに、
わざとらしくそれを誤魔化しているようにしか思えないのである。
ボクの存在をもみ消そうとしているのではないのかね ボクはこのゲームに命をかけている。
捕まればおそらく吊るされるであろう。
だから警察も命をかけろとまでは言わないが、もっと怒りと執念を持ってぼくを追跡したまえ。
今後一度でもボクの名を読み違えたり、またしらけさせるような事があれば一週間に三つの野菜を壊します。
ボクが子供しか殺せない幼稚な犯罪者と思ったら大間違いである。
――― ボクには一人の人間を二度殺す能力が備わっている ―――
P.S
頭部の口に銜えさせた手紙の文字が、雨かなにかで滲んで読み取りにくかったようなので
それと全く同じ内容の手紙も一緒に送る事にしました。
27 :
考える名無しさん:04/03/12 23:57
この事件には異様な関心を寄せていたようだね、ぴかぁ〜君。
( その2 )
さあ ゲームの始まりです
愚鈍な警察諸君
ボクを止めてみたまえ
ボクは殺しが愉快でたまらない
人の死が見たくて見たくてしょうがない
汚い野菜共には死の制裁を
積年の大怨に流血の裁きを
SHOOLL KILLER
学校殺死の酒鬼薔薇
「第2の犯行声明文」の「その2」にある<汚い野菜共>は、Aが小さい頃、親に「運動会で緊張するなら、
周りの人間を野菜と思ったらいいよ」と言われていたことを思い出して書いた、とのちに答えている。
この挑戦状を包んでいた紙の表には、<酒鬼薔薇聖斗( 「さかきばらせいと」と振り仮名がある )>
という署名とそのすぐ下に「4枚羽の風車を丸で囲んで、そこから、血が垂れているようなマーク」が描かれているが、
このマークはナチスドイツの逆卍をヒントにしたと、Aがのちに答えている。
裏には、<酒鬼薔薇聖斗 夜空を見るたび思い出すがいい>と書かれてあった。
この<夜空を〜>は映画『マッドマックス』(監督・ジョージ・ミラー/主演・メルギブソン/オーストラリア/1979)
の中に出てくるセリフ「やつを思い出せ、夜空を見上げるたびに」からの引用と言われている。
また、第2の犯行声明文の「その2」の中にも、
「4枚羽の風車を丸で囲んで、そこから、血が垂れているようなマーク」が<SHOOLL>の<S>の前に書かれてあった。
マークと2、3の字以外は、定規を当ててサインペンで書いたような字が並んでいる。
6月7日、 関口祐弘警察庁長官が「解決しないと警察は要らないと言われる」と檄を飛ばした。
6月9日、 捜査本部が犯人像を「20歳〜40歳、身長170センチ前後」と見ていたことが分かった。
6月10日、友が丘中学校に無言電話がかかり、同中のほか周辺小中学校にも
現金5000万円を要求する脅迫状が届いていたことが判明。
6月12日、日本テレビ系列の番組「生でだらだらいかせて」の企画から生まれた
バイク・ツーリング・チーム「生殺」のCDシングル『フリーダム』(作・佐野元春)発売延期を発表。
6月21日、事件に配慮し、同年製作のアメリカのホラー映画『スクリーム』
(監督・ウェス・クレイヴン/主演・ネーブ・キャンベル/アメリカ/1996)の公開が延期される。
6月21・22日、兵庫県立須磨友が丘高校は、この2日間、実施予定だった文化祭を中止した。
県立北須磨高校は、文化祭は例年なら2日間行っていたが、21日だけ正門を閉め切ったまま実施した。
県立須磨東高校は、22日だけ実施した。同校保護者と卒業生に限定して、
正門前で教職員らが入場者をチェックするなどした。
6月24日、捜査本部は、犯人が淳君の名前をあらかじめ知っていた可能性が高いと判断。
淳君は、「じゅんちゃん」と名前を呼ばれると、一瞬、気を許すことがあった。
ところが、殺害当日の服のネームは姓だけで、しかも、最後に目撃された神戸市須磨区の
北須磨公園周辺で淳君の名前を知っていた住民はごく限られていた。
同日、福岡市でアルバイトの少年(当時19歳)が知り合いの女性に交際を迫り、
「犯行声明文」を意識した手紙で脅迫。
6月25日、捜査本部はさらに解剖結果などによると、(1)淳君の遺体の首に残った手の跡から、
犯人が右手だけで首を絞めて殺害した。(2)遺体の骨や内臓に損傷がなく、着衣の乱れもなかった。
(3)淳君のつめの間に残った微物からも、細胞組織は検出されていない、などの事実が判明した。
これらのことから、捜査本部は犯人が事前に親しくなるなど周到な準備をして犯行に及び、
淳君をいきなり襲ったと見ていた。
6月27日、淳君事件発生後、岡山県の男性は「大阪市内のプロバイダーを通じて開設されたホームページに、
<酒><鬼>などの文字が書かれているのを同年2月ごろに見た」と証言。
捜査本部は、プロバイダーからデータの提出を受け分析を進めていたが、その結果、
捜査本部はこのHPに書き込みをした複数のユーザーの割り出しに成功。事情を聞くなどしたが、
問題の文字を書き込んだ人はおらず、文字を見た人もいないことが確認された。
プロバイダーの証言などから、赤い文字で<愛><死ぬ>といった言葉を書き込んだユーザーがいたことが判明。
言葉が不適切だとして、プロバイダーとその人物が相談のうえ、同年2月ごろになって消していたこともわかった。
こうしたことから捜査本部は、岡山県の男性は、この「愛」「死ぬ」という赤い文字を勘違いしたと判断した。
【 逮捕 】
捜査本部に全国から寄せられた情報は3000件を超え、捜査員も3500人を動員していた。
さらに、警戒要員として、機動隊員ら約400人を連日投入していた。
友が丘中学校で淳君の頭部が発見されてから、3週間余りは、
黒いゴミ袋を持った中年男、不審な白いワゴン車など、多数の目撃情報が浮かんでは消えた。
当時の橋本龍太郎首相も「あらゆる警察力、政治の力を動員して解決してほしい」と、
この種の犯罪としては異例の指示を出した。
6月28日午後7時5分、
突如、友が丘中学3年のA(当時14歳)が逮捕され、日本中に衝撃が走った。
兵庫県警須磨署は、淳君殺害と死体遺棄容疑で神戸市須磨区に住むAを逮捕し、
Aの自宅から凶器の切りだしナイフの他、ホラービデオや漫画などを押収した。
また、Aは同年3月16日に起きた、女児2人を襲い、うち1人が1週間後に死亡した通り魔事件の犯行を自供した。
淳君の遺体発見(5月27日)から32日目だった。
【 犯行に至るまでの過程 】
1982年(昭和57年)7月7日、少年Aが神戸市北区で生まれる。
1989年(平成元年)4月、神戸市立多井畑小学校に入学すると同時に、
Aは会社員の父親と専業主婦の母親と2人の弟と5人で一緒に暮らしていたが、
一人暮らしをしていた祖母の北須磨団地の一戸建ての家に引っ越した。
祖母はAを大事に育て、Aにとっても、祖母は大切な存在だった。
Aは「サスケ」と名付けた犬を飼い始めた。
Aの両親は、Aが神経質で消極的だったため、積極性を身に付けさせるため甘やかさず、叱りつけ気味で育てた。
Aは両親に対しては、愛情は感じていたが、本当の姿を見せずに接していた。
1991年(平成3年)、Aが小学3年のとき、神戸市内のマンションから現在の家に転居する。
祖母はAを老人会のラジオ体操に連れて行くなどかわいがった。
ある日、Aが異常な泣き方をしたので、医師に診てもらうと、
ノイローゼ気味になっているから、しつけを控えなさい、と言われ、母親は育て方を改めた。
1993年(平成5年)、Aは明るく闊達な子供だったが、小学5年になったばかりの4月、
自分を大事にしてくれた祖母が死んだのをきっかけに、死について興味を持つようになった。
死を理解するために、カエルやナメクジを殺して解剖し、なんとなく理解したつもりでいた。
学校では、休み時間になるとビデオの『13日の金曜日』の登場人物を描いて自慢したことがあったという。
1994年(平成6年)、小学6年になると、急に無口になり、押しピンを教師や児童の席に置いたり、
女児に向かって後ろからハサミを投げるなど、いたずらがエスカエートしていく。
この頃から、猫や鳩を殺していたが、心の鬱屈が殺害行為で静まるのを意識するようになったという。
殺して満足する自分と嫌悪する自分を意識するようにもなる。
前者に「酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)」という名前を付けた。
また、この頃、見た夢に、「バモイドオキ神」が登場する。
この頃、飼っていた犬の「サスケ」が死んでいる。
1995年(平成7年)1月、小学6年の卒業文集には、卒業直前に起きた阪神大震災(1995年1月17日)で、
当時の村山富市首相が海外からの援助犬派遣の申し出を拒否するなど、
初動対応が遅れたことを批判し、<ぼくは、家族が全員死んで、避難所に村山さんがおみまいに来たら、
たとえ死刑になることが分かっていても、何をしたか、分からないと思います>
などと村山首相への報復も辞さないかのような文章を書いていた。
同じ頃、Aは先生に「僕は子どもやから、人を殺しても刑務所に行かんでもええんやろ」と漏らしていたという。
2月、この頃、Aはすでに淳君とは知り合いだったが、殴る、蹴るなどの暴行を加えていた。
35 :
考える名無しさん:04/03/13 00:27
板違いでも敢えて拘引する。
Aの末の弟が淳君と同い年で幼稚園の頃から仲良しだった。
また、Aの上の弟と淳君の兄は同級生で、子どもを通じて親同士の親交があったという。
知的障害のある淳君が学校でいじめられると、Aの末の弟がかばった。
淳君は、A宅によく遊びに行った。
淳君の母親は「よく面倒を見てくれてありがたい」と話していた。
事件後、Aの母親は、ショックを受けた淳君一家の手助け役をかって出た。
淳君の葬儀も手伝い、心労で倒れた淳君の母親に代わって買い物もした。
3月、Aの担任の先生は、Aが入学する友が丘中学校の教師に、Aの問題行動を説明した。
Aが6年の2学期に作った、脳の形をした赤い粘土にカッターの刃を差し込んだ作品を見せ、
「少年は虫を殺すのが趣味で、虫が人に変わるのが怖いと言った」と報告した。
4月、Aが友が丘中学に入学し、卓球部に入部した。Aは猫を殺すくらいでは満足できなくなり、
人の死を理解したいという欲望を持つようになる。そのためには人を殺さなければならない、と考えるようになった。
どうしたら、人は死に、死後、どう変化するのかなどを考え、人を殺すときの感覚について、
ホラービデオや漫画を見て空想を膨らませていった。
A 「感情をコントロールできない面があるが、臆病で気が弱いため、
自分よりも弱い同級生や下級生に対して、暴力を振るっていた」
「先生は理由をあまり聞かずに、一方的に悪いと決め付けるので、先入観を持っていると、
不満に思っていたが、先生を相手にするのは面倒で無視することにしていたので、先生や学校には恨みはない」
同級生や児童に対する暴力が目立ち、「人を殺すかもしれん」といったことを言うようになる。
Aは両親に対し、自分の気持ちを打ち明けず、思い通りにならないと怒り、善悪が分かっていない面があり、
ノコギリやナイフなどの万引きをし、学校では、いじめをしたり、
友人にワープロで作らせた脅迫文を女子生徒に送ったりしていたので、
両親は脳に障害があるのではないかと思い、学校の先生の勧めで、6月から3ヶ月間、
専門医のの診察を受けさせた。「物事に集中しにくく、周囲に対する認知能力が歪んでいる疑いがある」
と診断されたが、治療は一応終了した。
その後、母親はAの内面に立ち入ることはしなくなった。
また、父親はAと話す機会がなく、Aのことを知らな過ぎたという。
1996年(平成8年)、中学2年のとき、Aは学校で、「火葬場の番人」という題で作文を書いた。
死体が溶けていく状況をリアルに描いたという。また、動物虐待の頻度も増えていく。
11月、Aがレンタルビデオ店でホラービデオを万引きして補導される。
1997年(平成9年)
2月10日午後4時半ごろ、神戸市須磨区で、Aは、小学6年生の2人の女児に対し、
背後から頭を狙って、次々とハンマーで殴った。このとき、そのうちの1人は殴られた際に、
柱に頭を打ち付け、2週間のケガを負った。Aは万引きしたナイフやハンマーを普段から持ち歩いていたが、
このとき、なぜ殴ったのか、その理由が説明できないという。
この事件の被害者の女児が「犯人はブレザー姿で学生かばんを持っていた」と証言したことから、
その父親はAが通っている中学校に対して、当日の夜、電話をかけ、
応対した教師に「犯人が分かるかもしれないから、生徒のアルバムを見せてほしい」と要求したが、
学校側は「警察を通してください」と拒否。その日のうちに、須磨署に被害届けを出し、
改めて警察にアルバム閲覧を申し入れたが、うやむやになったという。
Aが逮捕された後、この中学校の校長はこの女児の父親に謝罪したそうだが、
父親がこの学校に対して不信感を抱いていたのは言うまでもない。
3月16日午後12時25分ごろ、Aは須磨区竜が台で路上を歩いていた
市立竜が台小学校4年の山下彩花(あやか)ちゃん(10歳)の頭をハンマーで殴った。
彩花ちゃんは脳挫傷で1週間後に死亡した。
午後12時35分ごろ、Aはそこから約200メートル離れた路上を歩いていた
同校の小学3年生(当時9歳)の女児をナイフで腹部を刺し、2週間のケガを負わせた。
A 「殴った瞬間、理性や良心を失い、一線を越えてしまって、後は何をやっても構わないと思うようになった」
A 「人の死を理解するため、自分が死をつくり出さなければならない、つまり人を殺さなければならないと考え、
第1段階として、人間の壊れやすさを確かめるための実験をすることにした。
自分が傷つかないために、反撃できない人間を対象に選んだ。被害者には何の感情も持っていない」
A 「小学6年のころに、夢に現れたバモイドオキ神の存在を信じてきた。
通り魔事件を起こしたこの日の夜中に目覚め、心のどこかで実験はいけないことだと思ったので、
正直に同神に報告することにした。拝むため、具体的な姿かたちが必要となり、ノートに同神の顔を描いた」
4月、中学3年になったAは卓球部に顔を出さなくなった。
「同じような練習の繰り返し」に飽きてしまったから、というのがその理由だが、
部活をサボっていることが親にばれると怒られるので、授業が終わると毎日タンク山へ登り、
夕方までカバンを枕に寝たり、山の中を歩き回って時間を過ごしていたという。
4月末、Aは仲間と喫煙したのを教師に見つかっているが、
このとき、母親はAに対し反省を迫らず、逆に先生に対して、
「息子は学校嫌いです。小さい時、私が厳しく言い過ぎたし、中学の先生にも厳しく指導され過ぎたからです。
息子は家であまり話をせず、ホラービデオを見ています」と言った。
Aの動物虐待の頻度は前よりも多くなり、目撃証言も一気に増える。
A 「第2段階の人の死を自分でつくり出す行為の実行を聖なる儀式 [ アングリ ] とし、
成し遂げれば同神から[ 聖名 ]をもらうというストーリーを作った。
これらの言葉は自分でつくった。学校に行くと、実行対象を探す時間がなくなるので、欠席することにした。
学校で問題を起こし、先生から怒られて欠席するという筋書きを考えた」
5月13日、Aは自分が猫や鳩をナイフなどを使って殺したり虐待していることを、
同級生が言いふらしているとして、その同級生を放課後に呼び出し、頭を腕で絞め上げて、
人目につかないところに連れ込み、こぶしに腕時計を巻き付け、同級生の顔を殴るなど、
一方的に暴行を続けてケガを負わせていた。
この同級生は両親や友人らに、このままでは殺されると打ち明け、結局、転校したという。
Aは教師に対し、「人の命はアリやゴキブリと同じじゃないか。しかし僕の命は大事」と反論した。
教師はこのとき、この異常な発想に驚き、3月に起きた通り魔事件の犯人は、このAの仕業だろうと感じたという。
5月14日、Aの母親が学校に申し出て、5月15日からAは学校を休み始めた。
5月20日からAは母親と神戸児童相談所に通い始める。
5月24日午後1時半過ぎ、「適当な人」を探して、自転車に乗って走っていたAは、顔見知りの淳君と出会った。
Aは、淳君なら自分より小さいから、たやすく殺せると思った、という。亀を見せてあげると騙して、
通称タンク山と呼ばれる丘に連れて行き、人目のない藪の中に誘い込み、
ケーブルテレビアンテナ基地局舎のフェンスの外の草むらで、手と靴ひもを使って、何度も首を絞めて殺した。
そのあと、遺体を隠して、その場を離れた。
5月25日、Aは再び、タンク山に行き、万引きした金ノコギリを使って首を切断した。
のちの精神鑑定で、このとき、Aは勃起した、あるいは射精したとも述べていると言われている。
そのあと、「魂の儀式」としてナイフで、顔をスイカ状に傷をつけた。
また、血がこぼれないように首の下に黒いビニールのゴミ袋の口を開けて置いたが、首を切断したあと、
ビニール袋にたまった血をひと口分を口に含んで飲んだ。
血を飲んだ理由を訊かれ、
Aは「僕の血は汚れているので、純粋な子供の血を飲めば、その汚れた血が清められる」
と思ったから、と答えている。
精神科医である和田秀樹と『日刊ゲンダイ』のニュース編集部部長のニ木啓孝との対談を1冊の本にまとめた
『殺人心理』(アスキー/2000)の中で、
和田はAのことを、<殺害そのものに快楽を感じるルストモンド(「快楽殺人」と訳される)と言われる倒錯や、
死体をバラバラにすることに快楽を感じるネクロサディズムがミックスした性的倒錯がある印象です。>と述べている。
その後、Aは普段の通学に使っていた小型リュックに、切断した頭部を入れた黒いビニール袋を入れ、
入角ノ池へ行き、その頭部を観賞したあと、その池の淵の木の根本付近にあった穴にビニール袋ごと隠した。
5月26日昼過ぎ、Aは入角ノ池へ行き、前の日に隠しておいたビニール袋を穴から取り出し、
そこで頭部を5、6分ほど観察した。その後、自宅に持ち帰り、浴槽で洗った。
夜、向畑ノ池(むこうはたのいけ)に、金ノコギリと南京錠を捨てた。
このとき、Aは向畑ノ池のすぐ南側にある友が丘西公園で警察官から職務質問を受けていたが、
名前や住所を淡々と答えている。
5月27日午前1時〜午前2時、髪の毛が濡れたままの状態の頭部を持って来たときと同じ小型リュックに入れ、
自転車で友が丘中学校まで運んだ。このとき、Aは誰かとすれ違ったという。
その中学校の正門の塀の上に頭部を置いてみたが、すぐに落ちてしまったので地面に置くことにした。
その後、<酒鬼薔薇聖斗>という文字が見えるような形で犯行声明文を口にくわえさせて
5、6分ほど眺めたあと自宅に引き返した。午前6時40分、友が丘中学校の管理人によって頭部が発見される。
5月30日、Aはこの日も自転車に乗って外を走っていたが、警察官から職務質問を受け、訊かれるままに答えている。
6月1日、警察庁から佐藤英彦刑事局長が視察にやってきて、殺害現場になったタンク山にのぼっているころ、
Aが友が丘西公園でぽつんと突っ立っていたが、このとき捜査員に呼び止められたAはまともに答えなかった。
警察官は淳君の切り裂かれた口に挟み込まれた紙片に書かれた文字のことに話題を移すと、
「さあ、ゲームの始まりです。愚鈍な警察諸君、ボクを止めてみたまえ・・・・・・っていうのやろ?」
とその内容をすらすらと暗唱してみせた。メモの内容についてはすでにマスコミで報じられていたが、
よく覚えているので不審に思った捜査員は手帳にAの名前と住所と年齢、話のやり取りを書き留めておいた。
足元を見ると、運動靴が土で汚れていて、気になることに土の色とは違う黒っぽい染みもあった。
ズボンにも同じような染みがあった。捜査員はそれらのことを報告書にまとめて書いたが、
捜査本部の幹部にまでは上げなかった。
この時点で集まったくる目撃情報はどれも30代から40代の黒いポリ袋をもった男、
黒い車に乗った男というものばかりで、14歳の少年とはかけ離れていたからだった。
6月4日、神戸新聞社に送りつけられた「犯行声明文」を手にした県警幹部は長文の終わりのほうの
<今現在の警察の動きをうかがうと、どう見ても内心では面倒臭がっているのに、わざとらしく
それを誤魔化しているようにしか思えないのである。ボクの存在をもみ消そうとしているのではないのかね>
という文章から判断し、翌5日、捜査本部で幹部は捜査員たちに
「捜査員の何人かは犯人に接触している。一軒一軒、しらみつぶしに訊き込め」と檄を飛ばした。
Aの報告書を知っている数人の捜査員は顔色を変え、幹部にこっそり報告書を見せた。
3月の通り魔事件の不審者リストにもAの名前があったが、
目撃情報で浮かんだ犯人像はいずれもシンナー常習者で、現場とAの自宅も離れていたことから
捜査対象からははずされていた。その後、極秘で9人の専従チームが組まれ、捜査を進めたが、
学校から取り寄せたAの作文の筆跡や、2月の通り魔事件でAを目撃している少女にAの写真を見せて、
犯人に間違いないという確信にいたったのである。
【 その後 】
逮捕された翌日の
6月29日、Aは神戸地検に送検された。神戸地裁は地検に対し、10日の勾留許可を出した。
少年法では、通常、少年鑑別所などによる観護措置をとるが、「やむを得ない場合」は拘置を認めるらしい。
同日、インターネットに、Aの実名が流れた。
6月30日、友が丘中学校校長が全校集会で「命の大切さ」を訴えた。
7月1日、 須磨署捜査本部は、Aの自宅を再捜索した。ビデオや漫画など多数の本などダンボール26箱分を押収した。
小杉隆文相、中教審に幼児期からの「心の教育」諮問を閣議報告。
梶山静六官房長官が記者会見で「少年法の改正、見直し必要」と発言した。
7月2日、当日発売の『FOCUS』(新潮社/現・休刊)に、Aの顔写真が掲載されているのが事前に漏れ、
一部の書店、キオスク、コンビニなどが、販売を自粛する一方、売り切れる店もあった。
同社の『週間新潮』にもAの顔写真が掲載されているが、こちらは目線で隠している。
また、『FOCUS』に掲載されたAの写真と記事を複写し、販売するなどといったことが全国で10件ほどあった。
中には飲食店のショーケースに、同誌のその記事部分を展示していた例もあった。
これらの事例は各法務局が説得した上で止めさせたという。
7月3・4日、福井県武生市の県立高校で、社会科教諭が、『FOCUS』に掲載されたAの写真と記事を複写し、
2年と3年の計4クラスの現代社会などの社会科授業で、教材として生徒に配布し、5分程度見せて解説し回収。
教諭は「加害者のプライバシーは法律で守られているのに被害者は守られていない」などと自分の考えを述べ、
表現や報道の自由、少年法などの問題について考えさせたという。
7月4日、東京法務局は未成年者の身元などが特定される報道を禁じた少年法61条の規定に抵触するとして、
防止策の公表や週刊誌の回収などの措置を取るように新潮社に勧告した。
同法に基づく勧告で出版物の回収措置を盛り込んだのは初めてである。
少年法61条・・・家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者については、
氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような
記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない。(罰則規定はない)
同日、『FOCUS』編集部の田島一昌編集長は会見を行い、「私たちの報道が間違っていたとは思えない」として
回収に応じない方針を明らかにした。『週間新潮』の松田宏編集長も「なぜ問題になるのか理解できない」と、
回収勧告拒否の姿勢を示した。
7月5日、Aの弁護団は弁護団の体制を現在の3人から5人に増員することが、神戸地裁に認められたことを明らかにした。
同弁護団では容疑者が少年であるため毎日の接見が必要などとし、
弁護団員を8人に増員する認可を同地裁に申請していた。
起訴前の被疑者に対する弁護人の数は刑事訴訟規則で通常3人以内とされており、
増員には裁判所の認可が必要であった。
7月6日、県警は捜査員90人を動員して、供述に基づき向畑ノ池をポンプで水を抜いて捜索。
遺体を切断したと見られる金ノコを発見した。
7月7日、少年と同じ名字の近所の家に6月末から無言電話など
悪質ないたずら電話が数100回かかっていたことが判明した。
同日、Aが15歳になる。
7月8日、2日前から向畑ノ池で捜索していたが、この日、Aが小学の女児のときに
使用したハンマー(全長約30センチ、ヘッド部分は鉄製で全長約10センチ、直径約5センチ、
柄も鉄製で手で握る部分は滑りにくいようにゴムで覆われていた)を発見した。
同日、拘置の満期を迎えた(地検に送検された6月29日から10日目)が、
神戸地検は神戸地裁に拘置の延長を請求。地裁は10日間の拘置延長を認めた。
神戸弁護士会が事件対策協議会を発足。
7月9日、向畑ノ池での捜索で、ハンマー(ヘッド部分は鉄製だが、柄の部分は木製で
白色のテープが何重にも巻かれていた)をもう1本発見した。南京錠は発見されなかった。
同日、Aは2通の犯行声明文に書かれた<酒鬼薔薇聖斗>について、
「漫画などから格好のいい文字を引用して組み合わせただけ」と供述。
漢字の配列には意味がない、という。
また、犯行声明文にある<薔薇>の文字や<滲(にじ)む>や<銜(くわ)える>
といった難解な漢字についても、「国語辞典などで漢字を調べて書いた」と供述。
Aはワープロやパソコンは持っていなかった。
同日、弁護団は拘置延長の取り消しを求めた準抗告について、神戸地裁は棄却した。
同日、作家の灰谷健次郎が、この日発売の『FOCUS』に抗議文を寄稿。
「一出版社が、ひとつの出来事をとらえて、法の枠を越えていると判断する権利も権限もあるはずがない」
7月10日、衆院文教委員会で土師淳君殺害事件を集中審議。
7月11日、Aの供述を裏付けるため現場の実況見分を行った。
実況見分は早朝から、窓に目隠しのフィルムを張ったマイクロバスにAを乗せて実施。
淳君の遺体の一部が置かれた市立友が丘中学正門前などで一時停車するだけで、Aは車外に出なかった。
マイクロバスは、前後をパトカーと捜査車両4台に挟まれて友が丘中正門前のほか、
遺体が置かれたタンク山周辺、金ノコギリなどの凶器を捨てた向畑ノ池などで数分間ずつ停車した。
Aが切り出しナイフなども現場近くの「向畑ノ池に捨てた」と供述していることが分かり、
約110人態勢で池の捜索を行った。
同日、Aが書いた犯行メモの内容が公表された。
その犯行メモが書かれた大学ノートには、犯行声明文にあった
「風車のようなマーク」を中心にしたイラストが添えられていたことが分かった。
少年の宇宙観をシンボリックに表したと思われる図のうえに、仏像の頭部のようなものも描かれており、
犯行メモにあった「バモイドオキ神」を指すともみられている。
調べでは、イラストは上下2段に分かれ、上部中央には犯行声明文などにも使用された
「風車のようなマーク」が描かれ、その上には仏像の頭のような絵があった。
また、下段は中央に線を引いて左右に分けられ、一方には太陽、もう一方には三日月とみられるマーク。
中央には地球を示すとみられる円が描かれていた。
捜査本部では、犯行メモに出てくる「バモイドオキ神」をシンボリックに描いたイラストではないかとみているが、
少年の宇宙観・宗教観を示した可能性もある。
犯行メモには、<バモイドオキ神><アングリ>など意味不明の言葉が並んでいて、
精神科医は類破瓜(るいはか)病の可能性を指摘した。
類破瓜病・・・1890年にドイツの精神医学者カールバウムが提唱した概念で、
成熟した精神分裂病を彩る幻覚、妄想、自我障害のような陽性症状がなく、
また錯乱や荒廃にも至らないが、感情が鈍麻し冷血になり、非道徳的な行動が目立つことが多く、
犯罪と親和性が高い心理状態としている。
49 :
考える名無しさん:04/03/13 01:33
どうせ近いうちに出所してくるのは分かっているから、その時に備えて
ログを保管していたのですね(w)
?
51 :
考える名無しさん:04/03/13 01:35
!
彼は、レクター博士みたいな人になりそうな気がするでつ。
>>47の続き
7月15日、2月10日の殺人未遂、3月16日の女児殴打殺人の容疑でAを再逮捕。
神戸地裁は、再逮捕されたAに対して、25日までの10日間の拘置を認めた。
拘置場所は引き続き、須磨署になる。少年事件としては異例の長期拘置になった。
Aは「今から9年の間に14個の純粋な魂を取らなければならない」と供述した。
「今から」とは、「同年3月16日に山下彩花ちゃんをハンマーで殴り、1週間後に死亡させ、
その直後に別の女児を切りだしナイフで刺して重傷を負わせた通り魔事件のときから」という意味。
弁護団は拘置場所の変更などを求めたが却下された。弁護団はさらに、3人増員され8人となった。
同日、新潟県三条市の地域紙『三条新聞』の朝刊に『FOCUS』の問題の記事コピーが掲載。
隣の燕市内で同誌コピーが回覧板で回されていたのを取り上げながら少年の顔写真をはっきり載せていた。
7月16日、作家の灰谷健次郎が新潮社から出版していた20冊以上の著書の版権引き揚げを表明。
収入の3分の2を同社から得ていた。
7月19日、淳君の頭部を運んだとされる通学用の小型リュックに、付着していた血液のDNA仮鑑定を行い、
淳君の血液と一致したことが判明した。
55 :
くろしろ@ポストポストマルクシズ無:04/03/13 08:03
桜井亜美が詰まらん小説書いてたが、ぴかぁ〜の方がマシだな。
だが春樹が書けばもっと面白かっただろう。
「この問題はぼくには近すぎる」か、ふん。
みんな!こんばんは!
あげ