2 :
考える名無しさん:03/10/05 23:22
餌が必要だから
3 :
考える名無しさん:03/10/05 23:22
またおまえか >1
4 :
考える名無しさん:03/10/05 23:23
理想と現実は違うから。
哲学とは、理想なのか
6 :
考える名無しさん:03/10/05 23:25
つーか、哲学的に生きるとはどういう生き方かまず説明してもらおうか
7 :
考える名無しさん:03/10/05 23:25
哲学は生きるということを理解していないから。
8 :
考える名無しさん:03/10/05 23:26
つうか、まず「哲学的に生きる」ってのは具体的に、どう生きることよ。
哲学的に生きるとは、過去思考されてきた数々の哲学を
体現するような生き方とひとまずいっておこう。
10 :
考える名無しさん:03/10/05 23:31
なぜ哲学的に生きられないのかという解答例を示そう。
哲学は有意識という思考によってしか確立し得ない。
そして生とは、そのような思考を含んだもっと広いものだから
ではないだろうか。
終了
13 :
考える名無しさん:03/10/05 23:33
>>9 だから〜「過去思考されてきた数々の哲学を体現するような生き方」って
何ですか?
14 :
考える名無しさん:03/10/05 23:34
>過去思考されてきた数々の哲学を
>体現するような生き方とひとまずいっておこう。
なんやねん。これ。
○○の哲学を体現する生き方ってどういうことや?
たとえば、ウィトの哲学を体現する生き方ってなんや?
それを初めに定義しとかんと、何ら意味ない議論で終わるで。
15 :
考える名無しさん:03/10/05 23:35
>>9 といってもな、形而上学とか、認識論とかは、
ものの捕らえ方であって、
それを「体現するような生き方」なんていわれてもチンプンカンプンだが。
たとえて言うなら、「相対性理論を体現するような生き方をしろ」とか、
「量子力学を体現するような生き方をしろ」とかいわれてるようなもんで、
言ってる人間の精神の健康に疑いを持たざるをえないが。
16 :
考える名無しさん:03/10/05 23:36
馬鹿は哲学なんかに手を出すなってことですよ
生とはこの世界の一部として存在している。
科学にしろ、哲学にしろ有意識し理解するという行為は
この世界を少しずつ人の認識によりライトを当てていくようなものでは
ないだろうか。
しかし生を含んだこの世界はあまりに深淵だ。
ライトをあて見えたのは、ほんの一部だ。
すなわち哲学的に生きるとはこのわずかな部分に
捕らわれて生きることを意味するのではないだろうか。
どうもこの人は、対話とか議論とかはするつもりがないようです。
19 :
考える名無しさん:03/10/05 23:39
>しかし生を含んだこの世界はあまりに深淵だ。
>ライトをあて見えたのは、ほんの一部だ。
とりあえず、「ほんの一部」には何が見えたのか、言ってみな
議論する気がないわけではないが、
回線の調子が悪い。すまん
21 :
考える名無しさん:03/10/05 23:40
哲学的に生きる=自分の理想に従って生きる
という意味なら、それが困難であることはほとんど自明。
頭の?
まとめると、
哲学的な生き方とはなにか、から議論する必要があるということかな。
24 :
考える名無しさん:03/10/05 23:42
>>1 素直に、「哲学は俺が生きるうえでは役に立たなかった」と言えばよろしい。
それを責める奴は誰もおらん。
25 :
考える名無しさん:03/10/05 23:42
>23
わかっとるやんけ
26 :
考える名無しさん:03/10/05 23:42
哲学は理想論。理想と現実とは違うだろ。医者や軍人のようなもっとシビアで
現実直下型の世界に身を置いてみたら?
27 :
考える名無しさん:03/10/05 23:43
>>23 「哲学的」と「生き方」の意味から議論する必要がある。
28 :
考える名無しさん:03/10/05 23:44
お前わざと難しくわかりにくく頭よさそうに日本語はなしてるだろ。肝心なお前の哲学が見えてこねえよ。
それともこれがお前の哲学か?w
>>21 理想ということなのか。
それに近い気もするが、
有意識した生き方、理解した生き方ということか。
その意識の仕方、理解の仕方の手法が、
かつての哲学に影響を受けたというものか。
30 :
考える名無しさん:03/10/05 23:45
>>26 それは少々違う。現実を軽んじる哲学などない。
どこまでも実在の立場に立つのが哲学。
>素直に、「哲学は俺が生きるうえでは役に立たなかった」と言えばよろしい。
そのような表現にするなら、
>>30 では、生と哲学の関係をどのようにとらえますか?
33 :
考える名無しさん:03/10/05 23:48
そもそも哲学的に生きるという日本語自体おかしいんだよ。バカモノ!造語だ
34 :
考える名無しさん:03/10/05 23:49
>>32 漠然と「生」と言われても・・・
生活?命?格率? 何を言いたい?
中島当たりを読んで感化されたんじゃない? >1
>>33 きみは初めからそこを問い続けてる人だね。
哲学的に生きるということが造語であるとして、
そこに意味がないということか?その理由は?
38 :
考える名無しさん:03/10/05 23:50
社会学的に生きる。
経済学的に生きる。
化学的に生きる。
神学的に生きる。
修辞学的に生きる。
39 :
考える名無しさん:03/10/05 23:52
>>37 思考放棄する癖がついてるようだから、学問は不向きだよ、君。
>>26 実際の問題を解決する場合でも、何らかの理想はいずれにしても必要だと思うが。
理想を置いた上で、初めて、理想と現実のギャップが明確になり、
実際の問題をどう処理するかを考えることができる。
もちろん、この、「ギャップを埋めるための現実的な手段」を欠いて、
理想だけを述べるのは合理的な考え方とはいえないが、
理想を持たずにただ現実に流されるのも、同様に不合理でバランスを欠く考え方だといえる。
ちなみに、「国家」などを読めばわかると思うが、哲学者の言う「理想論」は、
時に並の「現実論」よりも、よほどシビアだよ。
(まあ、何をもって「シビア」と言うかにもよるが)
41 :
考える名無しさん:03/10/05 23:54
意味がない!例えば”抽象的に生きる”とか言ってるようなもんだから。w
お前はナルシストか?自分にほれ込んでるみたいだな。天才ぶってるのかな?
結局、1はこのスレで何を主張したいんだ?
>>40 そこにある問題が「理想論」というところにあると思う。
正確には「思考論」だろう。
>>41-42 たとえば、哲学的認識論について考えてみよう。
そのような認識で生きられるのかというこだよ。
外野はなにを興奮しているんだ(w
>>43 君の発言には(君だけがわかる言葉を君だけの解釈で使って表現した)
結果だけがあって論理が皆無だね。
哲学的に生きる必要
一部の人には必要だ。
例えば、周りの空気がよめない人、とか。
そういう人がよめるようになるには、
物事を哲学的に考える必要があると思う。
そもそも普通の人は大抵のことを無意識で処理する。
でも、その処理の仕方が間違っている香具師は、
人間関係がうまくいかなかったり・・・
・・・とにかく、何かとうまくいかなかったりするわけだ。
実際、そういう問題にぶち当たり、それを乗り越えて、
考える事の大切さ、つまり、哲学は大切だ、
と思うようになった香具師って多いんじゃないの。
俺もその一人だし・・・。
つまり、哲学的に生きられない香具師は
その必要が無い人か、ただの馬鹿。
だと俺は思う。
48 :
考える名無しさん:03/10/06 00:01
どこまでも実在の立場にたってもあくまで理想論だろ。
というか、たとえ哲学的ないきかたでなくても、思うように
生きるのは難しいと思う。
そのことを自覚して十分に生きていけば、それなりに哲学
的に生きていると思うよ。
49 :
考える名無しさん:03/10/06 00:01
哲学的ってなんだよ。あーでもないこーでもないって考えて生きることか。
お前ならやりかねないな。欺瞞に満ちた自己満足で幸せになれるんだろうな。
/:
/ :
/ :
/ :
∧∧ / :
______ (,,゚∀゚)/____ :
| つ/) /| :
〜| . | / | :
∪∪ / ,ノ :
/ ,ノ~ :
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| ,ノ~
|.,ノ~
〜〜〜〜〜〜〜〜~
___パシャッ _____
/|
∧_∧ .パシャッ/ |
パシャッ ( )】Σ / ,ノ 釣れてますかー?
. / /┘ / ,ノ~
ノ ̄ゝ / .ノ~
51 :
考える名無しさん:03/10/06 00:02
>>44 現象学の認識論「を」考えながら生きることは可能ですな。
パンを食ったり金を稼いだりといった手段という意味では、
哲学は生きる手段ではないよ。
哲学なんかしなくても生きられる。
今更気がついた。155のままじゃん(;´Д`)
名無しに戻ります・・・。
>>47 なるほど、哲学的→意識的にかえると正当性があるように、
しかし意識的を哲学的と置き換えるところの説明が
不十分ではないかな。
54 :
考える名無しさん:03/10/06 00:04
>>47 お前の言ってるのは哲学などではなく、ただの「処世術」だろ。
>>51 現象学の認識論「で」生きることは可能ですか?
56 :
考える名無しさん:03/10/06 00:06
お前らが言いたいのはようはよく考えて行動しろってことだろw
哲学的だなんてかっこつけちゃってまったく
>なぜ哲学的に生きられないのか
ではこのように考えれてはどうか、
生きることと哲学との関係は?
58 :
考える名無しさん:03/10/06 00:08
>>55 哲学は手段じゃねえって言ってるだろうが。
もちろん、哲学で仕事を得た場合は別だがよ。
59 :
考える名無しさん:03/10/06 00:09
>>58 興奮しないで(w
哲学は手段ではない。それも一つの意見だ。
61 :
考える名無しさん:03/10/06 00:10
だりーから、日本シリーズのはなしでもしようや?哲学ももう卒業
のころあいやろうしな
>>61 どこかのスレで、不快な思いをさせたようだね。
退場してもらえるかな。すまないが。
>>53 うぐぅ?もうちょっとわかりやすくお願いします。
>>54 そうだよ。
だってこのスレは「なぜ哲学的に生きられないのか」。
俺なりに精一杯説明したんだい(`Д´)
え?これを哲学的に説明するのか?(;´Д`)ムズイヨー
65 :
考える名無しさん:03/10/06 00:16
「哲学に出会わなかったら、自殺していた」と述べる者がいたとしよう。
この場合、「哲学が生きる希望をくれた」→「哲学は生きる希望を与えることを
本質とする学問だ」と推論してよいのだろうか?
もちろんよい筈がない。
「なぜ哲学的に生きられないのか」
という質問は、
「哲学的に生きるべきである」
という前提が無い限り無意味だろう。
つまり、
「なぜ踊りながら通勤しないのか」、
「全裸になり、自分の尻を両手でバンバン叩きながら白目をむき
「びっくりするほどユートピア!びっくりするほどユートピア!」
とハイトーンで連呼しながらベットを昇り降りする
ことを10分程続けるないのか」
と同様であって、そのような質問に有為な答えは無い。
67 :
考える名無しさん:03/10/06 00:18
生きることと哲学との関係。
暇人の生真面目な男が独りでひっそりと密室に閉じこもって考えること。ただそれだけ。
普通の人ならそんなこと考えてる暇はない。忙しいし恋人や家族と一緒に時間を忘れてすごしているから。
ようは君ら独身男の心の嘆きでしかない。
「語りえぬもの語るべからず」と啓示がありますた。
69 :
考える名無しさん:03/10/06 00:21
ふつう2chでは周囲の煽り連中が勝手に誤解している場合が多いが、
このスレに限って云えば流転が頓珍漢すぎる。
この勘違いレベルは ぴか を彷彿とさせる。
お前、ピカだろ?
>>66 哲学と生の関係性と、
踊りと通勤の関係性を考えてみよう。果たして同じかな
72 :
考える名無しさん:03/10/06 00:23
73 :
考える名無しさん:03/10/06 00:24
「哲学問題を考えながら生きる」ことは可能だな。
そして、「そこで得られた教訓(?)を胸にして生きる」ことも、まあ可能だな。
しかし、「哲学的に生きる」とはどのような事態を指してるのか、一向にわからん。
確かにぴかぁ〜と似ている
>>70 なんでそんなことを考えなくちゃならんの?
76 :
考える名無しさん:03/10/06 00:27
>>1 生がどうこう言う前に、まず、
「何故、自分は哲学的に議論できないのか」を考えてみることをお奨めする。
>>73 哲学と生の関係性は、教訓(?)を胸にして生きる程度でしかない
ということだね。
78 :
考える名無しさん:03/10/06 00:28
>>74 もうね、このスレね、流転を除く全員が正解。
79 :
考える名無しさん:03/10/06 00:30
書き込みが間に合わないほどの正解の嵐!
80 :
考える名無しさん:03/10/06 00:33
>>77 「生きているとは如何なることか」という問題なら扱ってもいいけど、
生きる理由や目的探しのために哲学を研究するわけじゃないよ。
>>80 なるほど。
では哲学はなんのために研究されると思いますか?
82 :
考える名無しさん:03/10/06 00:36
・彼のバッティングには哲学がある、というときの「哲学」
・純粋理性批判は哲学、資本論は思想、というときの「哲学」。
・人生訓、処世術という意味での「哲学」。
・哲学、仏教、社会思想、全部いっしょくたに括るときの「哲学」。
流転はこれらの「哲学」という言葉を無反省にごたまぜにして話している。
83 :
考える名無しさん:03/10/06 00:37
84 :
考える名無しさん:03/10/06 00:37
哲学ってのはただ自由な時間に物事を深く考え・分析することだろ。
>>82 >・純粋理性批判は哲学、資本論は思想、というときの「哲学」。
誤解させてしまいましたか。この意味ですよ。
86 :
考える名無しさん:03/10/06 00:38
>>81 よくわからないことがあって、それを考えずにはいられないからだよ、流転くん。
だいたい、哲学的な本を書く人間が哲学的に生きられないのに、あなた
たちごときが哲学的に生きられるはずはない。
針にどうしてラクダが通らないのか?
ラクダが針の穴より大きいから。
ではどうしてラクダが針の穴より大きいのか?
といった永遠に終わらない無駄な議論の中に答えは見つからなくて当然
>>86 なるほど。では君にとって哲学とは生理なのだね。
>>87 なるほど。哲学は永遠に終わらない無駄な議論ということですね。
90 :
考える名無しさん:03/10/06 00:42
>>88 やっぱり81は流転くんか。
「ついつい哲学してしまうこと」なら生理的な部分はたしかにあるかもしれない。
しかし「哲学」が生理のはずはない。
表現は正確に。
91 :
考える名無しさん:03/10/06 00:44
>>88 考えずにはいられないことと生理現象をごっちゃにしちゃあいかんよ、君。
それに、言葉遣いがおかしくなる癖も直したまえ。
哲学という学問と生理を等しいと置くのはいかんだろ。
哲学的に生きられない人なんているの?
哲学的に生きていない人=哲学的に生きられない人 じゃぁないよなぁ。
流転さんにとって哲学的に生きられない人って、どんな人?
93 :
考える名無しさん:03/10/06 00:50
>>92 確認。
君にとっては「哲学的に生きる」とは、「物事を哲学的に考えながら生きる」でいいのか?
こういう答えの見つからない事よりも、もうすこし意味のある事を考えなさい。
そのほうが、もっと豊かになれるよ
もう少し年をとれば解ると思います
本当に豊かになるための問いというものに
>>93 よくなーい。俺にとって「哲学的に生きる」ってことは
「自分というものを確認しながら生きる」ってことだい('〜')
>>91 >考えずにはいられないことと生理現象をごっちゃにしちゃあいかんよ、君。
これでは説明になっていないでしょうね。
〜せずにいられないを生理と考えるのはそれほどおかしくないと思いますよ。
97 :
考える名無しさん:03/10/06 02:10
>>94 日本で「哲学」と言ったら、おまえさんの言うようなものだよ。
間違ってはいない。
求めるのは答えのみ。
誰もが答えにいたるまでの式を求めようとはしない。
式がわかっても明確にしようとはしない。
答えがわかればそれでいい。
答えより式の方が大切だということを教えない、
この現代教育に秘密があるのではないだろうか。