1 :
考える名無しさん:
または、全ての人は同時に死んでいる。
俺の仮説。
全ての人は同時に生まれている。
自分と自分の親も同時に生まれている。
全ての時代の人も自分と同時に今、現在生きている。
「死後の世界」は存在しない。
「死後の世界らしきもの」が存在するとしたら、
死ぬ間際の数秒の幻覚としてである。
この数秒が無限の長さに感じられるかもしれない。
最期の審判があるとしたら、ある特定の時期に起きるというような
ものではなくて、この一人一人の死ぬ瞬間においてこそある。
俺の“仮説”。
さて、寝よう。
あんたの説じゃなく
それは最期の審判の論理だろ
「私」の感じているものを「現実」とすれば、
そうだと思います。
生まれたときに、親や他のすべての人も「私」の意識の中に生まれ、
死ぬときに、親や他のすべての人も「私」の意識の中から死ぬということですか。
生き残ったもの中にある相手はどうなるんだろうね。
幾人か人を失ったが今でもその人の言葉は生きているんだけどねぇ。
俺の小説のネタに使わせてもらいます
>>3 どうなんかな。ちょっと違うところは、キリスト教などの「最期の審判」というのは、
西暦何年かに人類が滅亡したその後に死人を全て呼び出して全ての人を神が審判するというもの。
俺が1で言ったのはその西暦何年になる前、人類が滅亡する前に、死ぬ全ての人の
死ぬ瞬間がその「最期の審判」なのだということ。
ただ、俺は思いつき。自分でもいっぱい粗がありそうだと思う。
皆さんに分析、批評してもらいたくて、このスレ立てました。
そうしてもらえると、俺ももうちょっと賢くなれるなw
>>4-5 そういうのは無難ですよね。
俺は敢えて「何らかの物理的な座標変換をしたら実はそういう風になっていた。
だけど、それは余りに難しくて人知を超えていて、その方法を発見することはまず無理」という様な
トンデモ的な考え、異常な考えとして提示したい。でないと、全然風変わりなことを言ってなくて面白くない。
>>6 どうぞ(^^)
でも、これくらいのはありふれているのかもね。
>または、全ての人は同時に死んでいる。
>俺の仮説。
>全ての人は同時に生まれている。
>自分と自分の親も同時に生まれている。
>全ての時代の人も自分と同時に今、現在生きている。
ここまでを、もっと突き詰めて考えていくと、
新たな発見があるとおもいます。
>>8 そうなんですか?
少なくとも、科学者はこれを読んだら首を傾げると思います。
ただ、平行宇宙が存在し、無限に存在出来るとすれば、今この瞬間に
この宇宙だけでなくその全平行宇宙を考えた場合、全ての人が生きているということ
も、論理的には有り得るのかなぁ・・・なんてね。
>>9 哲学的には、平行宇宙論は未熟と思う。(説明できるほど知識ありません)
不確定性原理を悟ったといえるほど理解している科学者はいないので(たぶん)、
そういう考え方もあるんだなあ、ぐらいがいいかも。
11 :
考える名無しさん:03/05/15 04:53
似たようなことを寺山が言ってたが、
あの世ってもんが心の根っこに在ったってことかな?
1「死に至る甘え」
By キュルクゴーレ
13 :
考える名無しさん:03/05/15 05:06
瞬間ごとに世界が違うって事なんだろうか。
14 :
考える名無しさん:03/05/15 05:15
まず、個々人の死がある。次に人類全体の
死がある。そのときはみんなあの世に居て
一斉に死ぬ(2回目)
つまり世界は俺の為にある!?
俺と共に生まれ俺と共に死んでゆく。
意味不明
寺山修司の言ってたこと。
爺ちゃんも婆ちゃんもお袋も皆あの世に
行った。俺ももうじき行く。あの世には
死んだ人すべてが居る。それもすべて滅
びの運命にある。というようなニュアンス。
寺山Fanの方でつか?
19 :
考える名無しさん:03/05/15 05:49
んー、そうでもないけど・・・
あの句はいいけどね
「燐寸擦る・・・」のやつ
燐寸擦る つかのま 海に霧深し
身捨つるほどの祖国はありや
でつか?
あれは故郷に絶望したのかな
己の有りかに戸惑ったのかな?
主義が有ったとしても彼の情緒において・・・
21 :
考える名無しさん:03/05/15 06:05
寺山の親父は警察官で農民ではなかった。
10歳前後あたりから、無邪気な時代は過ぎ去り、
家族-郷里に強い葛藤を抱くようになったのではないかと。
家出、無理にもイエ・ムラから自身を引き離すことを
自分に強いたのかも・・・
内なる没落
やや太宰的
中也程破滅でもなく
啄木程牧歌的でも無いってとこか・・
もちろん、中也程わがままでなく
啄木程宗教のにほいが無いということだけど・・・
23 :
考える名無しさん:03/05/15 07:10
死は生の対極にあるのではなく、生を受けたと同時にその中に育ちつつある・・・
そう二つでひとつの存在なのだということです。それのみでは存在できない脆弱な存在。
それがあるいは生と死の正体なのかもしれないですね。
私も感じますよ。今はっきりと生きているはずの自分の中で、密かに育つ死を。
そして私が理解し判断できる世界はやはり結局は自分の中にしかないことを、客観性と言えども最後は自分に帰ってくる
閉塞した世界をね。その閉塞した世界の中では、すべての生と死が同時に起こっていると言えるでしょうね。
親の死も息子の死も、歴史上の人物の死も。
私は死後の世界と言うのは認めない。死んだら恐らく灰になるだけでしょう。でもそれでも
そういったものがあるとするならば、それは死者の為ではなく、きっと今を生きる人の為に、
今を生きる人の為だけにあるようなきがしてなりません。
24 :
考える名無しさん:03/05/15 07:27
人間が安楽になるための手段であり真理ではないだろうな。
そしてその手段を用いることを信仰という。
なんか、カート・ヴォネガットを思い出したよ。
『スローターハウス5』とか。
他の人から見れば一人の他人の死に至る数秒は文字通り数秒で終わってしまう。
でも自分にしてみれば、その数秒は永遠である。
その人が死ぬ瞬間に感じる無限の時間、永遠に於いて思ったことが時間と場所とを
選ばずに自由に現実の別の人間に見えることがあるかもしれない。それが「幽霊」である。
従って、「幽霊」は「死後」の「存在」ではなくて、「死ぬ瞬間」のものが何らかの
仕方で現実に現れた存在である。
別の直交座標。というか、一般の人が知っている座標。
人は別々の時間に生まれ別々の時間に死んでいる。
親が先に生まれ子が後に生まれる。
親と子が同時に生まれるということは有り得ない。
死後の幽霊が存在すると主張する派閥と幽霊は存在しないと主張する派閥が存在する。
これらをX座標とすると
>>1で述べたのはY座標である。
人の死というものを幾何的に扱えるとしたら、案外
>>1は複素幾何的なものだったりして。。。
X座標では死後の世界が実在する世界と死後の世界が実在しない世界とが重ね合わさっている。
Y座標では死後の世界は実在しないが幽霊は実在し、且普通の人の方がよっぽど幽霊よりも疑われている。
普通の人間の方こそが理解に苦しむ。
世間様の理論は、鏡のようなものですな。
磨くときれいになりますが、
馬鹿と罵倒するとそのまま罵倒がかえってくる。
31 :
考える名無しさん:03/05/15 15:39
7 名前:1 sage 投稿日:03/05/14 20:31
>>3 どうなんかな。ちょっと違うところは、キリスト教などの「最期の審判」というのは、
西暦何年かに人類が滅亡したその後に死人を全て呼び出して全ての人を神が審判するというもの。
俺が1で言ったのはその西暦何年になる前、人類が滅亡する前に、死ぬ全ての人の
死ぬ瞬間がその「最期の審判」なのだということ。
ただ、俺は思いつき。自分でもいっぱい粗がありそうだと思う。
皆さんに分析、批評してもらいたくて、このスレ立てました。
そうしてもらえると、俺ももうちょっと賢くなれるなw
わざわざ批評してもらうことを断るあたり、尊大な人格が伺えるな。
>>7 >そういうのは無難ですよね。
>俺は敢えて「何らかの物理的な座標変換をしたら実はそういう風になっていた。
>だけど、それは余りに難しくて人知を超えていて、その方法を発見することはまず無理」という様な
>トンデモ的な考え、異常な考えとして提示したい。でないと、全然風変わりなことを言ってなくて面白くない。
「そういう風になっていた」というのは、
>>1のようになっていたということですか。
「それは余りに難しくて」の「それ」は
>>1ですか。
「その方法」というのは、「何らかの物理的な座標変換」の方法ということですか。
「トンデモ的な考え、異常な考えとして提示したい。でないと、全然風変わりなことを言ってなくて面白くない。」
ということは、
>>1さんはこの仮説をトンデモ的で、
異常な考えだと思っているということですよね。
>>30?
>>31 半分当たってるかも。。
でも2ch的には尊大な方が話しやすいんじゃないかな。(今一自信がない)
>>32 ああ、俺の
>>7の言葉は全部通じているみたいだね。全部その通り。
トンデモを論証する能力は俺にはないですがまあ、トンデモだろうって感じ。
トンデモにも種類があって、吟味すればトンデモであることは確かだけど、
その中に新しい考え方に繋がるヒントが見つかるような種類のトンデモはそれなりに価値はあると思う。
でも、俺のこの考えがその種類のトンデモなのかどうかということは俺には分からないです。
>>1だけでなく
>>9や
>>26-29等俺は思い付きを爆発させているんですが、このスレは俺の
妄想爆発スレにしようと思っているw出来れば皆もそれに関連した妄想を爆発させてほしい。
その中で、ちょっとは目新しいものが出てこないかなぁ。。。てのをこのスレの趣旨にしよっ。
ato
>>34は俺
>>35は間違い
あと、これは哲学というよりは格好よくいえば哲学っぽい芸術、怪奇小説の題材に
なるようなネタを考えるスレみたいなものかもしれない。でも、全部がそうじゃないかも。
ちょっとは真理があるかも。いずれにしてもはっきりしない。哲学かもしれない。
更なる思い付き。
全ての人間はもともと、ある時空を超越している場所に同時に存在していた。
産れるによっ際して別々の時代や別々の時間や別々の土地に別れた。
人は誰もが全て時間0に生まれ経過時間Aに死ぬ。
70歳で死ぬ人間も20歳で死ぬ人間も共通して経過時間Aで死んでいる。
前者はAを70等分、後者はAを20等分したものを1歳としているのが真実である。
この世界は全て一人一人の死ぬ瞬間の意識の素材のみで構成されている。
死ぬ瞬間に於いてのみ、人間は現実に出現することが出来る。
それまでのは現実ではなくて実は全てあらゆる人の死ぬ瞬間の意識の素材が
クラインの壷のようにして回帰して現実を賄っていたものだったのである。
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―
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∧_∧
ピュ.ー ( ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
=〔~∪ ̄ ̄〕
= ◎――◎ 山崎渉
マトリックスよりもこっちの方が面白いと思わないかね?君たち。
>>1 君の言ってることは、物理学的にも有りえる話
時間は流れるものという、固定観念があるけど、実際には空間が広がって
いるのと同じように、時間もただ単に広がっているだけという説が有力
>>44 えっ、そうなの?
これって物理学的にも有りえる話なの?
ちょっとワクワクしてきたw
ただし、空間は自由に行き来できるけど、時間はそれができない
多世界解釈?
48 :
◆zYSTXAtBqk :03/07/12 15:26
脱走と追跡のサンバ、ですね
むつかしすぎてようわからん。
空間宇宙xと時間宇宙yが重なっているとゆーことですか?
んて゛我らはxの方向にしか動けない?そーゆーこと?
__∧_∧_
|( ^^ )| <寝るぽ(^^)
|\⌒⌒⌒\
\ |⌒⌒⌒~| 山崎渉
~ ̄ ̄ ̄ ̄