●○● Aquirax: 浅田彰 part10●○●
動物化する少女漫画とテレビドラマ
「追っかけ」と称する女子高生たちが修学旅行の途中わざわざ
勤務先の大学まで押しかけてきて、留守中の研究室に佐々木倫子
の「動物のお医者さん」を何冊か置いていくという出来事があ
った。
連載中のマンガが何冊か単行本化され、ジベリアン・ハスキー
のブームが始まった頃のことだから、もうずいぶん昔の話だ。
それを読んで、動物たちがいかにも表情豊かに描かれる反面、
主人公のハムテルこと公輝や親友の二階堂(いずれも獣医学部
の学生)といった登場人物たちがみな人形のようにぎこちなく
見える、そのギャップに興味をもった。
その「動物化するお医者さん」をテレビドラマ化するというの
だから、大胆な企画というべきだろう。
前に取り上げた「西洋骨董洋菓子店」(よしながふみ原作)の
例でもわかるように、少女マンガをドラマ化するのは難しい。
ましてや、人間的な動物と非人間的な人間の出てくる少女マン
ガをどうやってドラマ化しようというのだろうか。
実のところ、演出家や俳優たちはけっこう健闘してはいる。
吉沢悠のハムテルはなかなかのはまり役だ(というか演技らし
い演技をしないのが役柄に合っている)。
他方、要潤は二階堂を演ずるには男っぽすぎる(「ヒーロー」出
身の若手俳優にネズミを恐がる獣医学生を演じさせるのが無理
なのだ)。
だが、周囲の奇人たちに関しては、キャスティングも演出もそ
れなりに巧妙だ。
そしてなにより、こわい顔をしたシベリアン・ハスキーのチョ
ビを初め、動物たちが実に「芸達者」で、ドラマとしてそこそこ
楽しめるのだ。
とはいえ、4月に始まったドラマが5月に入っても視聴者に飽き
られずに好調を維持できるかといえば、なかなか難しいところ
だろう。
他方、やはり少女マンガをTVドラマ化した「きみはペット」
(小川弥生原作)の方は、依然として快調に進んでいる。
主人公のキャリア・ウーマン(小雪)は、自意識過剰からくる
突っ張りゆえに恋人とうまくいかない。
そんな彼女が、雨の夜、ダンボール箱に入って怪我と高熱で震
えていた少年(松本潤)を拾ってきて、ペットとして(ただし性
関係なしで)飼うようになる。
「ペットになるなら部屋に置いてあげる」といえばさすがに帰る
だろうと思ったら、「ペットになる」といわれて引っ込みがつか
なくなり(つまらないプライドを平然と投げ捨てるところが彼の
強みだ)、だんだん情が移ってくるというわけだ。
小雪の突っ張りの演技はさすがに生硬すぎるものの、松本潤は暑
くるしくも愛くるしいペットをなかなかチャーミングに演じてい
る。「動物のお医者さん」に出てくる動物たち以上に表情豊かだと
いえば、ちょっと変だろうか。(ついでに、松本潤と同じ「嵐」の
二宮和也が主演している蜷川幸雄監督の「青の炎」に触れておこう。
これは純粋に「アイドル映画」として見ればなかなかよくできた作
品だ。
まず、二宮和也が、母と妹を守るために殺人を犯してしまう17歳の
少年を演じ、最初のほうで台詞に難があったりするものの、全体と
して、追い詰められた少年の切なさをよく体現している。
さらに、ガールフレンド役の松浦亜弥の鋭い目線は端倪すべから
ざるもので、原作ではつまらない少女でしかない役にただならな
ぬ存在感を与えている。
だが、邦題が似ているというだけであえて比較するなら、ジャ・
ジャンクー監督の「青の稲妻」の、悲劇さえ不可能な荒廃に比べる
と、「青の炎」は、豊かな社会の子供達の悲劇ごっこに見えかねな
い。
他方、「君はペット」の、ありえなくはないはずなのに何となく
ありそうなアクチュアリティに比べると、それはいかにも古め
かしく見えてしまうのだ。
家族の敵に立ち向かう二宮和也より、年上の女性のペットに徹す
る松本潤のほうが「今風」に見えるのだから、なんとも倒錯的な社
会ではある。)
ところで、ありえない仮定だが、私がもしキャリア・ウーマンだ
ったとしたら、いかに内心の寂しさを癒すためであれ、ここまで
手のかかるうるさいペットに煩わされるのは御免だ。
そういえば、研修中のホテルマン役の吉沢悠が部屋中を完璧に整
理し、トイレット・ペーパーまで三角折にしている(「普通やり
ません?やりません?」)というレオパレスのCMがあったけれど
、ああいうペットなら便利ではないだろうか。
引用者注…端倪すべからず=推測できない、計り知れない