俺達が付き合いだしてから半年が過ぎた
キスも会えば飽きるほどしたし
ぶっちゃけた話 胸も触らせてくれるようになった
ま 当たり前の話だが俺としては次へ行きたくなった
二人で会えば頭はそのことばかり
狼みたいに遠吠えもしかねない勢いだった
「ホテル行こうぜ」
と言おうか言うまいか迷い続ける
そんなデートが続いていた
俺は腹を決めた
今日こそはやっちゃうぞ
会って人通りの少ないところで
いちゃいちゃし始めて ころあいを見計らって俺はささやいた
「…お前のすべてが欲しい」
するとお前は真面目な顔になり ややあってにっこり微笑んだ
「何か忘れてない?」
「?」
「あなたがわたしをどう思ってるのか、まだ教えてもらってないわ」
「好きだって言ったじゃないか。だから俺達始まったんだろ」
「その位なの?」
「なんだよ」
「わたしはね、もっと確かな言葉が欲しいわ」
「……」
「それはね、誰でも知ってる言葉なの」
「……」
「恋人たちの清らかな誓いの言葉よ」
「……」
「…教えてあげようか?」
「…ば〜か。わかってら。辞書の1ページ目に載ってるやつだろ」
「…ふふ。わかってるなら、言って」
俺は体を引き離した
「いや。俺はちょっとそれについては疑ってるぜ」
「なにが?」
「俺が今まで見聞きしたことから考えるとだな、その言葉は
人を騙すためにあるんだ」
お前はマアーといった顔をした 声には出さなかったが
「女がその言葉で安心するだろ?そうすると男はしめしめと
隠れて他の女とねんごろになるんだ。俺はそういった話を
知っている」
「あなたもそうなの?」
「…そりゃあ、俺は違うさ」
「じゃあいいじゃない」
「それだけじゃない。男がそう言うだろ。そうすると女はしめしめ
と隠れて他の男とねんごろになるんだ。で、ばれたときはあのときあなた
ああ言ったでしょ、じゃああたしが何したって構わないってことでしょ
って言うんだ」
「なによ。あたしがそんな女だと思ってるの?」
「いや、だからさ…お前が思ってるほど、清らかな言葉じゃないんだよ。
そんな言葉で、俺たちのこれからを決めていいもんなのかな?」
「ずるい。逃げるなんて」
「俺はさ、…一生お前だけだよ」
「ずるい」
そうかもしれなかった そのとき俺はキスでお前を黙らせたから
「…な、いいだろ?」
お前は黙っていた
で、俺は歩き出した 知ってるホテルの方へ
ところがホテルの前まで来ると お前は組んでた腕を振りほどいて言った
「やっぱり言って欲しい」
「…なんだよ、勝手な奴だな」
「勝手!?なにが勝手なのよ!あなたこそ腰抜けじゃない!」
「はあ!?」
「あたしが言って欲しいこと、言えないんじゃない!怖くて!」
「はあ!?」
「あたしを深く知るのが怖いんじゃない!」
「……あのな」
「何よ!」
「その言葉はな、中国語なんだよ」
「…だから何よ!」
「お前も俺もこの国で生まれてこの国で育ったんだろ?何で生きる
すべてを決めようって時に中国語に頼らなきゃいけないんだ?」
「なんなの!?じゃああなた漢字使わないの?文字使わないの?
そんなんでどうやって生きていくってのよ!」
「…じゃあ、いとしてる」
「なによそれ!」
「訓読みしたら いと だろ」
「…ばか!」
「なんだよ、さっき一生お前だけだって言ったじゃんかよ、それに
お前は俺のことどう思ってるか応えてないじゃんかよ、やっぱ勝手だよ
お前」
「…それはそうね」
やっと少し落ち着いた そのせいで俺は 一生 も中国語だと気がつき
そのことを言われたらどうしようとびくびくした
「…あたしも同じよ。あなただけ。でもあたしは今のままであなたと
一つになるのはいや。今から何が起きてもあなたが言った言葉を
忘れないでね。わたしも忘れないから」
「何が言いたいんだよ」
俺が言い終わるか終わらないかのうちにお前は俺のみぞおちにパンチを
くれた。…俺は崩れ落ちて、気を失った。
俺が気がついたとき、お前はいなかった
そして、今まで住んでいたところにもお前はいなかった
お前はそこを引き払ってどこかへ消えてしまった
勤め先も辞めてしまっていた
俺は何が何だかわからなくなった
まあ他の男ならおおかた他の女を探し始めたのかもしれないが
俺はお前に言ったことは守りたかった
お前は俺に幸せな時をくれたこの世でただ一人のひとだったから
そりゃ迷った時もある
でも俺にはお前が俺を振ったのだとは思えなかった
お前が別れ際に言った言葉からも
いつかまた会える
そう願っていた
で、十年が経った
俺はあいかわらずお前を想って独りでいた
俺は少ない給料からこつこつ貯金して
探偵を雇おうと思っていた
そんなある日
街角でチャイナドレスにサングラスのいでたちの女を見かけた
変わった女だな、と思っていたらそいつは俺に近づいてきて
サングラスを下にずらして俺を上目づかいに見あげた
お前だった
「わたし何人だか知ってる?」
「は?」
「中国の国籍をとったわ」
俺は本物の馬鹿に惚れてしまったらしい
「さあ!言って」
で、俺は言った
お前も同じことを言った
俺たちは街角で抱き合った 長く、長く
で、二人で暮らし始めた次の日にアジア連邦が成立したのだが…
ま、それはおまけみたいなものだった、俺たちにとっては。