●★●クリシュナ・ムルティを哲学的に分析●★

このエントリーをはてなブックマークに追加
107考える名無しさん
本は読まないほうが良いんですよね。
あるがままに。。
108考える名無しさん:02/11/16 02:06
>>107
それは違うよ。「〜する方が良い、しない方が良い。」というのも人為的な事でしょう?
重要な事は、あなたが本を読む時に、本に書かれている事に埋没せず、あなた自信を自覚する事です
本を読む時に、本を読んでいるあなたを観察する事です。
109考える名無しさん:02/11/18 15:25
あなたを観察する事のほうが良いわけですねっ!
110考える名無しさん:02/11/18 22:52
観察する主体をさらに観察して...
とどこまでも無限に観察者がいるんですけど
この後どうすりゃいいの?
111考える名無しさん:02/11/19 01:34
>110
水平に反復するんじゃなくて、垂直に超越してみよう!
112考える名無しさん:02/11/19 09:16
113考える名無しさん:02/11/19 17:45
>>110
そうやって個別に観察するのではなく、全体を見る事です。
例えば、駅まで歩く時に、あなたはどうやって歩きますか?
家から駅までの間にあなたは色々な事を考えます。家族、恋人、仕事、勉強、、、。
そういう時にあなたは駅までの周りの景色をどれだけ見ているでしょうか?
駅まで歩く自分の足の動きを一歩一歩確実に自覚しているでしょうか?
駅まで歩く時に横を走っている車の騒音を全て聞き逃さないように歩けるでしょうか?

もちろんできません。それでも何度もチャレンジする事です。
何かの考えに囚われていると、我々は自分の肉体の動き、自分の周りの景色に鈍感になります。
個別にではなく同時に全てを観察するように努力してみては?
114考える名無しさん:02/11/19 19:21
>>113
>同時に全てを観察するように
うちで飼ってる小鳥は、まさにそういう感じで周囲を観察してるしね。
面白いよ。見てると。
漏れは小鳥以下ってことかい。
115考える名無しさん:02/11/19 19:27
小鳥は自分自身を見ていない。
自分を見つつ、世界全体も見るようにするという事。
116考える名無しさん:02/11/19 19:53
やっぱり難しいな。静かな環境も必要だと思うんですが、
やるには余りにも実生活に心配事が多すぎる。
なにかコツというものがあるのかな?確か彼はそんなことを口に
していたように記憶するんですが。
117考える名無しさん:02/11/19 22:26
●例えば、駅まで歩く時に、あなたはどうやって歩きますか?
家から駅までの間にあなたは色々な事を考えます。家族、恋人、仕事、勉強、、、。
そういう時にあなたは駅までの周りの景色をどれだけ見ているでしょうか?
駅まで歩く自分の足の動きを一歩一歩確実に自覚しているでしょうか?
駅まで歩く時に横を走っている車の騒音を全て聞き逃さないように歩けるでしょうか?
もちろんできません。それでも何度もチャレンジする事です。
●そんな事が可能でしょうか?
自然に起こる、記憶の反復を消すということでしょうか?
例えば目的の場所で自分が行う事を予想して、
歩く事が誰にでもありますよね。それもいけないのですか?
そんな馬鹿な。
118考える名無しさん:02/11/19 22:47
>>117
いけない、などと言うつもりはありません。
必要以上に連想の渦に飲み込まれていないか、という事です。
あれはいけない、これもいけない、と禁じる事は良くない事です。

例えば、駅まで歩く時に、自分が好きでもない音楽、
さっき入ったコンビニで流れていた音楽が、
頭の中で延々とループしたりする事がありませんか?

そんな時に自分の足の動き、からだの動き、
あるいは周りの景色に目を向けてみてはどうでしょうか?
自分にとっても不快な思考のループが自然とやんでいたりしませんか

例えば、駅まで歩く男性を少し観察してみましょう。
その男性はどこを見て歩いていますか?
ろくに前も見ずに何かの考えに取り付かれたように
せかせかと歩いている男性を見かける事が、意外に多くありませんか?

何かを考える時に、考えをストップさせる事なく、
考えている自分をも観察する事ができますか?
119考える名無しさん:02/11/20 00:03
目まぐるしく変化する思考のスピードに観察が追いついていけないのだと思います。
最初は少しだけ上手くいってもすぐ思考の波に飲まれて、そのうちうやむやになってしまう。
最高度の鋭敏さが必要であると彼が言ったのも頷けます。
120考える名無しさん:02/11/20 08:28
>>119
ついていけないよマジで。はええぇ。
121考える名無しさん:02/11/20 10:13
本を読むように自分の思考を読む。
・・・・・のかな?
122考える名無しさん:02/11/20 23:16
思考のみをじっくりと観察すると、色んな次元の思考が同居していることが分かります。
何かを喋るように喉を使う思考、表象になる前の微細なものや概念、
観察したことを自動的に説明する思考、
意識で捉えきれなほどの高速で頭の上部で動くもの・・・
喉を使った思考や観察者の説明の速度は遅いですが、
確かに微細ですさまじい高速で動く物質もあります。
集中的にそれに意識を向けても全くついて行けません。
思考を自覚するのが難しいのは、この多次元性ゆえだと思います。
遅い部分を自覚するのはそう難しくはありません。
ただし、動作や感情と同時にその思考も明確に自覚するとなると難しいです。
123考える名無しさん:02/11/21 23:18
早い話が貴方も私もできないということでしょうか?
124考える名無しさん:02/11/22 00:49
何度でも繰り替えしチャレンジする事です。
今すぐに出来なくても、何度も何度も試みる事で、
少しずつ自分が変化して行く事でしょう。

いつでもどこでも自分の行動を自覚しているように努力するのです。
規律、訓練(Discipline)が必要であるとクリシュナムルティも言っていましたね。

例えば、あなたは話をする時に自分の声、口の動き、言葉の一音一音を全て自覚していますか?
おそらく殆ど自覚せず、言葉を発してから気付くのではないでしょうか?

今すぐできるようになる必要はありません。
というか、初めはできないという事に気付く事で精一杯でしょう。
何度も繰り替えし試みる事です。

何度も試みる事で、自分の敏感さの度合いが変化して行く事でしょう。
125助言者:02/11/22 04:38
孤独になりきれ。何者にも従うな。
すべてに対してを自分自身のもって生まれた感性のみで立ち向かってみよ。
いっさいの行動規範から自由になる勇気を持ってみな。
日常の喧燥の時間スパンから逸脱することを恐れるな。
学校、会社、家族、人生設計、、などを一度キレイサッパリ忘れてみること。
126考える名無しさん:02/11/22 05:42
>>125は誰に何の助言をしているんだ?
>何者にも従うな。
と書いて、その次にすぐ、
>すべてに対してを自分自身のもって生まれた感性のみで立ち向かってみよ。
だって??
何でお前の命令に従う必要があるんだ?
お断りだよ、そんなやり方は。

自分の文章が完全に矛盾してる事にも気づかないようじゃ、
到底お前の助言を聞き入れる気にはなれないな。
127考える名無しさん:02/11/22 06:34
>>126
俺以外の全てに従うな、つまり俺だけに従えという(厚かましい)意味なのかもしれんが、
非常にいい突っ込み、ワラタw
128考える名無しさん:02/11/22 06:36
>>125
っていうか、言ってることはかっこいいのだが、
ほんとに125は実行してるのか?
129考える名無しさん:02/11/22 09:07
>>124
>規律、訓練(Discipline)が必要であるとクリシュナムルティも言っていましたね。

彼は規律や訓練は一切否定していたのではないですか?
チャレンジするのは誰でしょうか?もちろん私です。しかし彼はそう
した私という思考、自己中心性という活動そのものが自然に無理なく
終わらなければならないと説いています。
規律や訓練はどんなに注意深くともそうした自己を助長させるもので
あり、そうした行為の先に自由があると思い込ませ、その追従者とな
ることによって全体の経験を否定してしまうと。自由は最初になけれ
ばならないと説いています。
130考える名無しさん:02/11/22 16:05
最近一つ気づいた事は、読み手によってクリシュナムルティの言葉の重要視する部分が違うという事。
そして、この事が、クリシュナムルティの言葉を変に誤解する事を助長しているようにも感じる。

ある人は自由という語にばかり囚われ、何もしようとせず、
別な人は規律という言葉に重要性を見い出し、また別な人は別な言葉、、、。

クリシュナムルティの著作の弱点は、このあたりにあるように思える。
131考える名無しさん:02/11/22 17:05
そりゃもう八方ふさがりですからね。自分が納得できる範囲で勝手に
理解しようとしてしまうのも無理ないことです。
132考える名無しさん:02/11/22 17:06
別の問題もある。
例えば、ある人は自由をAという意味で捉え、別の人はA'という意味で捉え、
また別な人はBという意味で捉えるかもしれない。

この為、ある人が、規律という語を語る時にはCという意味で使ったのに、
相手はそれをC''という意味で受け取り、結局会話が上手く成立しない。

グルジェフはこの事に対して、非常に敏感で、
自分はこういう意味で使っているのだという事を説明してから話している事が多い。

クリシュナムルティは、この点がやや説明不足であるように感じる。
133考える名無しさん:02/11/22 17:31
言葉の解釈や使い方の問題じゃないと思います。
Kが語ったのは言葉の消えた先の事柄ですから、解釈に囚われていると
Kを見失う危険があると思う。かといって言葉をないがしろにしても良い
ということではありませんが、少なくとも彼が語ったそのものには何も
問題はないと思います。問題なのは例えば自由をAやA'という意味で捉え、
それを元に解釈しようとする自我の働きそのものではないでしょうか。
134考える名無しさん:02/11/22 17:47
我々が現時点で自由を知らないという事は、
誰もが自由をA、あるいはA'、あるいはB、という意味で捉えるのではないだろうか?

どうすれば自我を終焉させられるのだろう?
この「どうすれば」、というのは自我の働きであり、
それを観察する事で自我が終焉するとクリシュナムルティは語った。

しかし、我々はそれを観察する事が非常に困難である事に気づいてしまった。
クリシュナムルティは観察できたかもしれないが、我々は現時点ではきちんと観察できない。
という事は、何度でも繰り替えし観察するしかないのではないだろうか?

何の努力もしないで、ある日突然観察できるようになると思っているのなら、それは考えが甘いと思う。

クリシュナムルティは開花という言葉を好んで使っていた。
という事は、我々はまだ花が咲いていないのだから、
まだまだ水や養分が大いに必要であると考えるべきではないだろうか?
135助言者125:02/11/22 23:30
モチロン、>>125は実践したよ。
そして見たよ。
大事なことは如何にキチガイにならずに、引きこもりにならずに
まっとうな社会生活を送りながら、>>125を実践するか、だ。
いや、別に社会生活を放棄しても構わないけど。
「何の努力もしないである日突然観察できる・・・」の中でいう「努力」は
自分の今の安穏?とした生活を破壊してでも世にある事実、真実を
見るように努力することだよ。
まあ、見てしまった俺から言わせてもらえば、やはり多くの人々は見ないように
しているのだと感じる。
テロや戦争やその他諸々がこの世の中にはあるけどあるがままに見ていけば、
普通の人なら気が狂うね。
だから、あれは自分には無関係だね、と視界から覆い隠す。
こういったことをひとつひとつやめていくんだよ。
136助言者125:02/11/22 23:38
ああ、そうそう。

>>126
矛盾には気づいてるさ。モチロン。
しかし、人間とはこういうもんだろ。
クリシュナムルティの発言の解釈に限らず、我々人間の解釈というものは
究極的には自分の中で閉じている。
だから、互いに勘違いし合いながらコミュニケーションをしていることになる。
でも、どこかで通じているだろうから、我々人類の歴史はあったのだよ。
自由や独立を諭す助言は矛盾はしているけれどもまったくの
無意味なものでもあるまい。
137考える名無しさん:02/11/22 23:38
>>135その結果があの矛盾した文章か?
今さら何を言っても説得力ないぞ。
138助言者125:02/11/22 23:50
どうもよくわからないのですが、メール欄をageとしている人が
多いのはなぜですか?
139考える名無しさん:02/11/22 23:54
観察という言葉によってどのような行動が促されるかも問題かもしれ
ません。あくまで我々側の問題としてですが。
例えば道端に咲いた小さな花の美しさに気づいたことがある人は多い。
しかしそれは観察という行為があったゆえの気づきではない。心を開い
て尚且つ注意が存在したときの言わば「出会い」であろうと思います。
観察した(見た)瞬間にはもう出会っているのです。観察という意識すら
一切頭に残ることなく。これは観察ならざる観察であると思います。
ところが、そうした出会いがあったにも関わらず、人は注意がなくなって、
つまりそれきりもう出会わなくなってしまうのです。何故でしょうか。
水や養分など何か足りないものがあるのでしょうか。それとも幼い頃から
の条件付けがそうさせているのでしょうか。非常に難しく感じます。
140139:02/11/22 23:55
139は134へのレスです。
141助言者125:02/11/23 00:02
ぶっちゃけ、自分が見たくないモノで見た方がいいのかも?と
良心の声が聞こえるモノを見るようにしていけばいいんだよ。
良心ってなんだ?ってツッコミはやめておくれよ。
142考える名無しさん:02/11/23 00:04
>>141
良心って何だ?
143助言者125:02/11/23 00:12
>>142
ハハハ
君にはないモノかも。
こうなってくると素質も必要だな。
時期がくれば否応なしに見ることになる。
144考える名無しさん:02/11/23 00:20
>助言者125
典型的な痛い椰子だな。からかわれてる事に気づけよ。
誰もお前の言う事なんて真に受けてないぞ。
145考える名無しさん:02/11/23 00:28
>>139
>水や養分など何か足りないものがあるのでしょうか。それとも幼い頃から
>の条件付けがそうさせているのでしょうか。
多分、両方ではないかと思います。
何年も自己観察を続けてきて感じる事の一つは自分の肉体の質が変化してきた事です。

真理を見い出すには、その前に肉体の質、感情の質、思考の質が自然と変容している事が必要なのではないかと感じます。