「哲学」と「思想」の違い

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1名無し@哲学版
ってなんですか?
2考える名無しさん:02/10/05 08:13

  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ミ
  /   ,――――-ミ
 /  / /   \ |
 |  /  ,(・) (・) |
  (6      つ  |
  |     ___  |   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  |     /__/ /  < 2
/|        /\   \__________
3考える名無しさん:02/10/05 11:41
     ∧ ∧ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
〜′ ̄ ̄( ゚Д゚)<   3
 UU ̄ ̄ U U  \_________

4考える名無しさん:02/10/05 15:58
哲学>拡大>思想>絶対化>宗教>戦争>混沌>哲学みたいな。
5考える名無しさん:02/10/05 16:09
思想は志操
哲学は鉄学
6無頼派:02/10/05 16:53
哲学=到達点 思想=到達点+理想
7考える名無しさん :02/10/05 18:10
>>6

哲学=到達点というよりも、どちらかと言えば、哲学は到達点に
至るまでの過程って感じだと思ふ。
8考える名無しさん:02/10/05 18:20
うん、哲学は過程だろう。
思想はいわばスナップショット。
9考える名無しさん:02/10/05 19:17
哲学=1人でこつこつ
思想=みんなでわいわい
10考える名無しさん:02/10/05 19:42
ある「アイデア」を

哲学と呼ぶこともできるし、
思想と呼ぶこともできる。

言葉がちがうだけ。
こういうことは考えるだけ不毛。
11考える名無しさん:02/10/05 19:44
哲学する○
思想する×

ここが違う
1210:02/10/05 19:45
哲学とは○○であり、
思想とは××である。

というのは、人によって異なるスタンスを
明確にするだけの意味しかない。
13考える名無しさん:02/10/05 19:49
>>10
アイデア自体は、思想じゃないの。
哲学はアイデアを、「考える」(発想または、検討する)ことでしょ。
1410:02/10/05 19:49
>>11

それは言葉上の問題で、つまるところ語法の問題だと思うが。

「思想する」という語法も
時代が違えば正当なものになる可能性もあるような気がするし、

思想と哲学の「意味の違い」は
その言葉上の違いには現れてこないように思えるけど。
15考える名無しさん:02/10/05 21:03
>>14
思想は名詞的、哲学は動詞的って意味
ようは静と動の違い、成果と過程の違い
16考える名無しさん:02/10/05 21:04
>>14
>「思想する」という語法も
>時代が違えば正当なものになる可能性もあるような気がするし、
それは、共時的には別の言葉ということに他ならないのでは。

そもそも、「言葉の使い方の違いでしかない」というのは、
「言葉の意味の違いがある」ということであって、
能記としての、「哲学」「思想」という「言葉(単語)」が示すところの
所記が異なるものであるのは事実であって、
能記の恣意性をいくら指摘したところで、
そこに異なる二つの概念が存在していることへの反証にはならない。
17考える名無しさん:02/10/05 21:06
>>15
名詞的、動詞的の違いと、「過程と成果の違い」は同じものではないと思うが。
「過程」は動詞ではない。
18考える名無しさん:02/10/05 21:29
Aする過程で成果Bが生まれる。。
1918:02/10/05 21:33
なんかちょっと論理ミスがあるがいいや
20  :02/10/05 23:26
どっちも人間が考えたモノ、どっちもこれから人間が考えるモノ。
答えなんてない!・・・・・・・・・・・・・ナンテノハ。
21考える名無しさん:02/10/05 23:50
「思想」というカテゴリーの中に
「哲学」といふものが含まれているのでは?
2210:02/10/06 01:14
>>16
>それは、共時的には別の言葉ということに他ならないのでは。
これはその通りだけど、しかし、

>そもそも、「言葉の使い方の違いでしかない」というのは、
>「言葉の意味の違いがある」ということであって、
>能記としての、「哲学」「思想」という「言葉(単語)」が示すところの
>所記が異なるものであるのは事実であって、

「事実」なのか?
異なるものと見なすに足るだけの論拠としては
語法の違いくらいしか見当たらないと思うのだが。

「思想」と「哲学」という言葉は、そのうちに含まれる意味の違いを
明確にするにしては、二つの言葉に対してあまりにもいろんな用い方が
なされてきた。そのため、その言葉上の違いに含まれる意味の違いを
明確にすることはもはや不可能、は言い過ぎかもしれないが、
せいぜいが一つの立場を打ち立てるに過ぎない程のものとなってしまっている。

そのため、事実上「哲学」と「思想」という言葉の違いは
その語法が違うくらいの他、見当たらなくなっている。

言葉が違えばそこに含まれている意味も違う、
一見するとその通りと思えるが、言葉に含まれる意味を考える時は、
その言葉の文化的な背景も考慮されなければならない以上、
必ずしも真ではない。 と思う。
23無頼派:02/10/06 02:21
>>7
確かに・・・ そこ到達線にしようか実は迷ってた(w
24:02/10/06 03:05

「哲学」とは西洋思想の特殊な一形態である。
哲学は「論理的体系」でなければならないというのはアリストテレスの
影響である。プラトンやプロティノスは「理論」を作ったりしてはいない。

今や、哲学・思想を学ぶとは、優等生みたく西洋哲学の「お作法」を
懸命に身につけようとすることではなく、むしろこの近代的常識から
いかに「出て」、生き生きした世界を本当に自分の世界感覚とするか、
ということになっている。

哲学とは本来「自分の生をデザインしようとする努力」であろうと
思っている。からだを張らねばならないものだ。
25:02/10/06 03:07

彼[アリストテレス]の言おうと欲するところは、類・種の概念をそのまま
無条件に超越的実在として措定すれば、人はどのような矛盾撞着に
陥らざるを得ないかということにすぎない。この批判は、さきにも一言
したとおり、後期プラトニズムの弱点を鋭く衝いたものではあるが、
体験的イデアリズムはそれによって一指だに触れられてはいない
のである。結局、普遍者に於ける論理的・存在論的秩序と実在的秩序を
明別せず、「概念」を通じて両者を無意識のうちに混同したところに
後期イデア論の欠陥がひそんでいたと考えるべきであろう。しかし
そのことは、神秘主義的体験の言慮を絶した境地に於いて直接に
証得される実在的普遍者とは自らまた別問題である。外延と内包とが
反比例して、上位のものほどより抽象的になり、従ってそれだけ
存在度が稀薄になって行く概念的普遍者の系列とは違って、外延と
内包とが正比例して、上位のものほどより包括的で、存在性がより
濃厚になって行く観照的普遍者の系列の上に体験的イデアリズムは
立っているのであるから。――井筒俊彦、著作集1 p.345

西洋哲学の最も根幹、その発生点に潜む問題を簡潔に、
びしっと指摘している。すごい。これがどうして「すごい」のか
理解できる人があまり多くないのは残念である。
「西洋哲学」の出発点にある「ボタンの掛け違い」を指摘している
ということだ。私たちはそれをよく見極めなくてはならない。
26考える名無しさん:02/10/06 04:57
哲学は思想より思考に近いような
27考える名無しさん:02/10/06 05:52
西周先生にでも聞いてきたらどうだろう。
28考える名無しさん:02/10/06 11:56
西周だけど、何か質問ある?
2910:02/10/06 14:00
>>24
疑問点がいくつか。

「哲学」を西洋思想の特殊な一形態と限定しているようですが、
西洋哲学の潮流に沿わないものは哲学と呼ぶことはできないのでしょうか。

西洋哲学の流れをまったく知らない人が
「自分の生をデザインしようと努力する」のは哲学ではないのでしょうか。

「自分の生をデザインしようと努力する」のがあなたの言う哲学なのか、
「西洋思想の特殊な一形態」が哲学なのか、良く分からない。

引用してきた文章も、どこがどう凄いのか残念ながら理解できなかった。
外延と内包って何でしょう?

引用してきた責任を取ってもう少し
ご自分の言葉で素晴らしさを説明して頂けないでしょうか。
30考える名無しさん:02/10/06 14:20
哲学は「学」だから学問。
思想は「思」だから思い。

思いが学問になることもあるから対立してるわけでもない。
すごく曖昧で簡単な棒引きをすると、

万人に役立つか浸透するかすれば哲学。
そうでなければ思想。

社会性の高い思想が哲学と呼ばれるんだろうな。多分。
32考える名無しさん:02/10/07 12:42
>>31
>>万人に役立つか浸透するかすれば哲学。
>>そうでなければ思想。

何が役に立つか立たないかは、人それぞれだろうが、どう考えても、
哲学が万人に役立つとは思えない。
33Yo:02/10/07 12:56
>>30 正解
34考える名無しさん:02/10/07 13:33
勝手に決めれば?(笑)
35考える名無しさん:02/10/07 16:52
「ひろそひー」と「いでおろじー」の違い。
36考える名無しさん:02/10/07 23:26
哲学は「ある種の規則性、普遍的真理があるはずだ!」が前提にあり、自身の主張をする。
思想は「ひとつの方法」を提案する。規則性より方向を主張する。

(例)
  哲学..人生哲学、経営哲学、インド哲学 
  思想..民主主義、経営論、平和主義

仮にAさんが「これは、宇宙の絶対真理だっ!と絶対社会民主共産哲学」なるものを主張しても
周りが「そんな真理はインチキだ!存在しない。」と認めなければ、思想になり、
「その主張は論理が破綻している。」となれば、説になり、デマとなる。

37考える名無しさん:02/10/07 23:45
なるほどねー
38考える名無しさん:02/10/08 14:38
たいしたもんだ。
>>32
うん。言葉が悪かった。
俺が言いたかったのは
社会的大多数の意識(賛否問わず)を得るって意味で「万人に浸透」って言ったんだが。

と言うか、真に言いたいのは「社会性の高い思想が哲学と呼ばれる」と思うって事。
                          ↑これもただの(俺の)思想だな。
40考える名無しさん:02/10/08 22:11
>>35
>>「ひろそひー」と「いでおろじー」の違い。

哲学・思想共に、イデオロギーに転じる可能性は十分に孕んでいると思われ。
41考える名無しさん:02/10/09 22:13
到達点云々の関連で言えば、哲学は到達点に至るまでの過程であり、
そして永遠に到達点には至らないんだろうな。

もちろん、個々の哲学者のなかには、自身の哲学内において、到達点に
至ってる人間もいるんだろうけど、ひとつの学問としての哲学が
到達点に至ることはないいだろうね。

まあ、どんな学問でもそれは一緒か。
42考える名無しさん:02/10/09 22:43
アカデミズムというのも一つの思想ではないのかな?
43 :02/10/09 23:12
折角、二つもボキャブラリーが用意されてんだから、自由に使いなさいよ。
公準なのか公理が明確でないものもあるじゃない。
44考える名無しさん:02/10/10 02:43
わりと哲学者
ベルクソン・ジンメル・ジェームズ・デューイ・フッサール・ソシュール・ハイデガー・サルトル
メルロポンチ・ラッセル・ヴィトゲンシュタイン

わりと思想家
レヴィストロース・バタイユ・ラカン・バルト・デリダ・フーコー・レヴィナス・ドゥルーズ
45考える名無しさん:02/10/10 13:37
哲学と思想のはざまで・・・
46考える名無しさん:02/10/10 22:41
>>44
サルトルは「わりと思想家」に入れてもいいですか?
47考える名無しさん:02/10/11 02:05
>>30
同意。
48考える名無しさん:02/10/11 02:15
>>44
マルクスはどっち?
マルクス主義哲学もあるし、社会思想家とも言えるけど。
49考える名無しさん:02/10/11 02:27
問題枠は思想のほうが広いと思うんだけど。
哲学ってのは理を追及するでしょ。
思想って、必ずしもそうなのかなあ。
50 :02/10/11 02:51
社会思想と社会哲学は、どうちがいますか…
51考える名無しさん:02/10/11 07:56
>>48
適当に振り割ったからつっこまれても。。
主要な関心で切り分けるとか、表現の仕方で振り分けるとか、
系譜で振り分るとかするとまた別のことになると思う一人の思想家の中でも。
んでも、それぞれに大まかな基準はありそうだけど。
52考える名無しさん:02/10/11 08:16
>>44
マルクスは哲学を学ぶ中から誕生した思想家かな?
53テツガク素人:02/10/11 09:43
外形的な意義・目的の違いとしては、

思想 = 個別解・特殊解
哲学 = 一般解・普遍解

・・などと、解りきったことをドキドキしながら言ってみるテスト。
54考える名無しさん:02/10/11 11:45
哲学 = 個別解・特殊解
思想 = 一般解・普遍解

こう言い換えても「一知半解」できるので、意味無し
55テツガク素人:02/10/11 12:07
>54さん
云わんとすることはわかるけど、ココで「一知半解」は文脈通らなくネ?
56テツガク素人:02/10/13 05:13
で、どーなのよ?
>54のアンチテーゼは成立してるのか?
57考える名無しさん:02/10/18 02:47
保守
58考える名無しさん:02/10/18 02:53
思想は、政治がからむ。
哲学は、自己満足。
59考える名無しさん:02/10/18 02:54
政治哲学はどうよ。
60考える名無しさん:02/10/18 03:01
>>59
〜哲学ってやつは、大抵個人間の考え方であって
政治哲学って言うのは、それ自体が直接政治を
動かすことはない。
61考える名無しさん:02/10/18 03:01
ホッブスは?
62考える名無しさん:02/10/18 03:09
うーーん、彼の国家論は結局理想で、
それが政治に触れた瞬間、思想になる。
哲学はその対象が何か見える。
思想はその対象が見えにくい、それゆえ政治に使われやすいし
その対象が、変えられることもアル。
63考える名無しさん:02/10/18 03:11
>哲学はその対象が何か見える。

「その」の指示するところは?
64考える名無しさん:02/10/18 03:19
哲学している対象。・・・基本的に個を対象としている。
思想の対象。・・・思想全体を対象としている。
65考える名無しさん:02/10/18 03:22
とうことは思想とは思想を対象にする?その全体の中に哲学や政治は含まれない?
(区分けから言えば)
66考える名無しさん:02/10/18 03:23
うーーん分かりにくいかも??
簡単に言うと誤解が生じるかもしれないけど
哲学は、考えること。
思想は、考え方。
個と全体。    分かる??
67考える名無しさん:02/10/18 03:27
>哲学している対象。・・・基本的に個を対象としている。

基本的にに留保をつけるところと、分析哲学等を例外とすれば理解可能。

>哲学は、考えること。
思想は、考え方。
個と全体。    分かる??

であるとするなら、考え方は哲学でない?だとすれば哲学史の中の方法論は
哲学ではない?(または哲学以前?




68考える名無しさん:02/10/18 03:32
ごめんやっぱ簡単に書きすぎた。
思想は、考え方なんだけど、「考え方の流れ」
って言えばいいのかな?
どんどん分からなくなってきちゃうのかな??
69考える名無しさん:02/10/18 03:35
>ごめんやっぱ簡単に書きすぎた。
思想は、考え方なんだけど、「考え方の流れ」
って言えばいいのかな?

流れというのは文学的比喩ですか?それとも大森荘蔵的?ベルグソン的?
(或いはオリジナル?)
70考える名無しさん:02/10/18 03:42
philosophia(知を愛する)だから、哲学でなく学問というのが本当のとこなんでしょ。
71考える名無しさん:02/10/18 03:44
知を愛するならむしろ遊学かと
72考える名無しさん:02/10/18 03:45
多分オリジナル。
人ーーーーーーーーーーーーーーーーー
これが哲学。線が一本だから個としての考え。
人ーーーーーーーーーーーーーーーーー
人ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
人ーーーーーーーーーーーーーーーーー
人ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これが思想線が沢山あるから、全体としての考え
そして、線の隙間には流れが生じる。
これは、比喩だーーーよ。
73考える名無しさん:02/10/18 03:46
真の愛は遊びではなく、本気です。
74考える名無しさん:02/10/18 03:51
>>72なるほど。線引きはヨーロッパ日本では使えそうな気がしました。
75考える名無しさん:02/10/18 03:55
>>74
あなたは、さっきから色々
質問していた人??
それだったら、すっきり!!  眠れる・・・。
7674:02/10/18 03:56
おやすみなさい。
77考える名無しさん:02/10/22 21:29
保守
78考える名無しさん:02/10/29 03:24
保全
79考える名無しさん:02/10/29 14:04
思想は人間が行なう思考全般をさし、
哲学はそれが書かれたものを意味する。

これはおれ定義なんだけどね。無視可。
80ぴかぁ〜:02/10/29 14:14
「哲学」とは原因解明
「思想」とは原因解明後の対策

どや?
81考える名無しさん:02/10/31 23:52
ヽ(`学´)ノウワァァン  オマエイラネーヨ>(・philosophy・ )
82考える名無しさん :02/11/04 21:03
わからん
83考える名無しさん:02/11/09 16:44
>>80
原因って何?
84考える名無しさん:02/11/09 19:41
哲学者の中島義道さんによると、
「時間とは何か」とか「現在なるものは存在しないのではないか」
というような問題を考えるのが哲学であって、法哲学のように
「正義とは何か」とか「悪法も法か」という、
人間社会の制度や秩序の在り方に、したがって権力構造や利害対立に、
また価値観や実践的態度決定に直結する問題に答えるのは、
単なる思想だそうです。
85考える名無しさん:02/11/09 19:42
中島さんなんかどうでもいいよ
86考える名無しさん:02/11/09 19:43
カツオの友達の人?
87考える名無しさん:02/11/09 19:47
思想とは何か、哲学とは何かって考えるのは何?
88考える名無しさん:02/11/09 19:47
哲学者の中島義道さんによるともいいけど、
それを受けた、おまえの考え、意見も書けよ
89考える名無しさん:02/11/09 19:50
2chを見ていた中島さんが、
「私の見解を言うからタイプして書き込んでくれ」って
書生の>>84に頼んだのかも。
90考える名無しさん :02/11/11 22:19
>>84
>>また価値観や実践的態度決定に直結する問題に答えるのは、
>>単なる思想だそうです。

中島氏の本を読んだことないからわからないけど、「単なる思想」って
言い方は、哲学と思想の優劣と言うか、上下関係とかの含意をこめた
物言いなの?それともただ「違い」について言ってるの?
91考える名無しさん :02/11/17 03:48
保全
92考える名無しさん:02/11/17 13:44
age
93考える名無しさん:02/11/20 03:59
たとえば、

哲学⇔思想⇔政治学

・・・。よくわからん。
94考える名無しさん:02/11/21 13:02
保全
95考える名無しさん:02/11/21 14:42
哲学って哲理(思想の科学=物理的論証を含んだ思想)のことをいうのでは・・・?
96考える名無しさん :02/11/28 21:38
だれか>>95をわかりやすく説明汁。
97考える名無しさん:02/11/30 17:39
>>96
哲理について詳しく言えば・・・・・・  (自爆
98考える名無しさん:02/11/30 17:53
鶴見先生デスカ?
99考える名無しさん:02/12/02 21:27
>>98
そうですが何か?
100考える名無しさん:02/12/02 21:27
ついでに100ゲット。
101考える名無しさん:02/12/05 21:19
結局、有効な定義分けは出来ないのかな?
102考える名無しさん:02/12/05 21:32
一万部以上売れるのが思想書
千部も売れないのが哲学書
103考える名無しさん:02/12/15 18:18
発行部数で線引きかよ!
104考える名無しさん :02/12/24 05:39
保守age
105考える名無しさん:02/12/24 11:27
ログを読まずに書いてみる。

哲学は学問。
思想は学問じゃない。

ここで学問とは、領域固有の問題(群)を有するものとする。
106考える名無しさん:02/12/24 11:33
>105 補足
ここでいう「哲学」は、日常言語で不用意に使われる「哲学」を考慮していない。
107考える名無しさん:02/12/24 15:07
ある論者が気に入っている意見が「哲学」。
ある論者が気に入らない意見が「思想」。

これらのカテゴリに意義を認めない方法論が哲学。
108JoJoの奇妙な哲学:02/12/24 15:37
>>1ッ!>>1ッ!>>1よぉ〜〜
俺たちの世界じゃあ『哲学を学ぶ』なんてセリフはねえんだぜ!!
なぜならっ!哲学を学んでいると思ったらその時には既に!!!
『哲学しているッ』からなんだ!!!
おまえもそうなるよなぁ〜〜〜>>1よぉ〜〜
『思想を学んだッ』なら使ってもいいッ
109考える名無しさん :02/12/28 02:24
「哲学する」って言葉キモイ。
110考える名無しさん:02/12/28 03:22
カントの思想とカントの哲学に違いはあるのか?????
111闘う東洋哲学者:02/12/29 19:16
哲学=思考する対象で固定的でない。

思想=考え方の体系であり固定的である。

俺はこんなところだと考える。
112考える名無しさん:02/12/30 03:16
>>109
「先入観なしに考える」は?
113考える名無しさん :02/12/30 03:19
>>111
同感。
114考える名無しさん:02/12/30 04:37
ヘックションッ!
115考える名無しさん:02/12/30 04:41
>>109
「ヒロゾフィーレン」は?
116名無し:03/01/03 15:41
賀正age
117ゆ ◆dZH4kjO17. :03/01/03 17:02
哲学と思想の違いはあたしにはどうでもいいということが分かりました。
どうもありがとうございました。
というように、このスレから退く者あれば、このスレに入る者あり。はじめまして。

まず、〈哲学的な考え〉と〈思想的な考え〉との関係についての描像。
一定の考えのあつまりTが〈思想的〉なモノであるならば、
Tの考えのうちのすべては〈哲学的〉なモノである。
逆に、
一定の考えのあつまりPが〈哲学的〉なモノであるならば、
Pの考えのうちのいくつかは〈思想的〉なモノであるか、
または、Pの考えのうちのすべては〈思想的〉なモノではない。
すなわち、T⊂P。
TがPの真部分であるコトは、TがPの内殻的な部分に在るコトを意味しない。
Tは、むしろ、Pにとっての外界であるような諸々の性質と界面をなすように、
Pの外殻的な部分に在る。

つぎに、〈哲学的な考え〉と〈思想的な考え〉の概念についての規定。
〈哲学的な考え〉⊆《考えの対象となる事柄にたいして、価値中立的な判断を下すような考え》;
〈思想的な考え〉⊆《考えの対象となる事柄にたいして、価値非中立的な判断を下すような考え》。
そこで、〈哲学的な考え〉は"p0"で表わせ,〈思想的な考え〉のうち、
《考えの対象となる事柄にたいして、肯定的な価値判断を下すような考え》のほうは"p+"で、
《――、否定的な判断を下すような考え》のほうは"p-"で、表わせる。そうして、
     (p- ∪ p+)−p0=VC(t) 。
"VC(t) "は〈考える者;thinker がもつ価値意識;value consciousness〉を表わす。
VC(a)を、a自身が、なんらかの形で表わすコトが、aの思想的表現である。
119考える名無しさん:03/01/03 22:18
ん〜、リアル工房の漏れには>>118さんのカキコはよく理解できません(涙
工房な読み手さんの目には、>>118は“抽象的な文章”にみえるかもしれない。
でも、論題への興味が続けば、
そのうち“単に簡約的なだけの文章”と感じるようになるでしょう。
121考える名無しさん:03/01/03 23:56
>>120
努力してみます。幸い興味は持続させられそうなので。
122山崎渉:03/01/08 19:14
(^^)
123考える名無しさん:03/01/09 22:39
>>122
こいつ哲学板にも来てたのか・・・

と言いつつ保全してみる試験。
124考える名無しさん:03/01/10 18:40
「哲学」 学術的範疇
「思想」 抽象的観念
125考える名無しさん:03/01/18 00:12
浮上
126考える名無しさん:03/01/18 00:19
哲学のエートスは’知’で、観照的態度が要請される。
思想や信仰のエートスは’信’だと思っているが。よくわからん。
127考える名無しさん:03/01/18 00:21
>>126
信仰のエートスは’信’

これは分かるが、

思想のエートスは’信

とは?
128考える名無しさん:03/01/18 00:44
煙突
129考える名無しさん:03/01/18 00:45
>128
またお前か。ほんとつまらないレスしかつけられんヤシだな。
130山崎渉:03/01/18 09:32
(^^)
131考える名無しさん:03/01/18 20:53
哲学をして、思想が生まれる。
132考える名無しさん:03/01/31 04:04
早朝浮上
133考える名無しさん:03/02/05 23:13
>>131
「哲学する」って言い回し、なんかキモイ。
134考える名無しさん:03/02/05 23:18
>>133
philosophierenの訳語。
135考える名無しさん:03/02/05 23:22
>>134
それと「キモイ」かどうかとはあまり関係ないと思われるのだが。。。
136考える名無しさん:03/02/25 21:52
保全
137考える名無しさん:03/02/25 21:53
下げてもたw
138An Autological Expression:03/03/06 16:30
>>133
D≡「哲学する」って言い回し、なんかキモイ。

「D」って言い回し、なんかキモイ。
「「D」って言い回し、なんかキモイ。」って言い回し、なんかキモイ。
「「「D」って言い回し、なんかキモイ。」って言い回し、なんかキモイ。」って言い回し、なんかキモイ。
「「「「D」って言い回し、なんかキモイ。」って言い回し、なんかキモイ。」って言い回し、なんかキモイ。」って言い回し、なんかキモイ。
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このレスは∞を超えました。
もう書けないので、新しいレスをを立ててくださいです。。。
139山崎渉:03/03/13 13:12
(^^)
140考える名無しさん
age