2つめの還元主義は比較的ストレートで何とか理解できる(?)の ですが、最初の分析/統合の二元論の否定がいまいち分かりません。 2つめの還元主義の否定の要諦は、統合命題が、それに一対一で対 応するような事実の観察によってのみでは真であることを立証でき ない(理論全体でホーリズムを要する)、ということだと思います が、第一のドグマでは、分析命題もアプリオリな論理的整合性だけ でその真を証明することはできない、的なことが論じられているの でしょうか? 分析/統合の境界が無くなると言うことは、前者が後者に取り込ま れるということでしょうか? クワインは同義語による分析命題 (All bacherors are unmarried)のみを取り上げていますが、 A=A(All bacherors are bacherors)のタイプは言及してない ようです。これは統合命題からは完全に独立した分析命題だと認めて いるのでしょうか?
認めてない。
では何なのでしょう? 同義語を用いる分析命題の場合は、同義語を用いてる 時点で言語を越えた別の物に依存してることになるわけですが、A=Aの場合は そういうことも無いわけですし。
A=Aのタイプに関しては、どこかで量子力学において 論理学の基礎(とも言えるような基本的ルールであった) 背中律さえも修正しようとした、みたいなことを書いて いますが、それ以外には何か行ってるんですかね。
5 :
考える名無しさん :02/01/30 07:19
ホーリズムって、仮定の話としてならなんでも言えちゃうってやつでしょ? それに対するあらゆる反証が不可能になるという。 脇にある命題だけ書き替えて、主命題を延々生き延びさせるというすごい理論。
>>5 > 仮定の話としてならなんでも言えちゃうってやつでしょ?
違う。
> 脇にある命題だけ書き替えて、主命題を延々生き延びさせるというすごい理論。
それはあくまでホーリズムの一種。
8 :
考える名無しさん :02/01/30 07:32
>>6 一種なの? 部分ではなく?
どっちにせよ俺のは要約になってないんだとおもうけど。
>>7 え? そーなんだ?
すいません。ロムりますsage
>>1 > 第一のドグマでは、分析命題もアプリオリな論理的整合性だけ
> でその真を証明することはできない、的なことが論じられているの
> でしょうか?
クワインにとっては分析的とアプリオリは同じ概念だからその言い方は変。
a=aは論理学の体系の中では証明されるが、論理学の体系そのものが
ホーリズムの体系に組み入れられていて、経験に基づいて改訂される
可能性に常にさらされている、という話。量子論理はその例。経験に
基づいて量子力学を受け入れて排中律を捨てることもある、と。
それとAll bacherors are bacherorsは(x)(Ax→Ax)と書いたほうが
いい。せめてA→Aにして。
>>8 脇にある命題や主命題といった区別をつけるのは例えばラカトシュなどの
クワインやクーン以降の科学哲学での話。
クワイン自身には命題の間にそういう構造を持ち込む分析はない。体系の
簡潔さと保守性のために、改訂されやすい命題、されにくい命題、という
違いが副次的にでてきたとしても。
>>9 別に書き込みしたらいいです。ぶっきらぼうな書き方なのは片手間だから。
でも、クワインは「All bacherors are bacherors」的な論理的真理の 分析命題については、ほとんど言及してないですよね。正味1段落も使って ない。排中律の例も、特に論理的真理タイプの分析命題について論じてる時に 出た例でもないし。なぜ同義語による分析命題ばかり論じてるのか。 それとも他所でやってるのかな。
>>12 他所ではやってないと思う。なぜA→Aを例に出さないかと訊かれると
答に窮するが・・・。
A→Aが経験による改訂の可能性にさらされていても、経験による改訂を
実際に受ける例にはなりにくいからだと思う。分析と総合の区別が捨て
られた後でもA→Aが非常に改訂されにくい命題であることに変わりは
ないから。クワインとしてはA→Aを受け入れる根拠を経験に置ければ
分析・総合に対する議論は尽くせていることになる。
# 13で書いたことは自分でも完全には納得行ってない。 # ただ、クワインが論理的真理についても分析・総合の区別を # 捨てたがっているのは確か。
A→Aも経験による改訂を免れないとされてしまえば、それこそ数学や 科学なんかへのimplicationも多大なものとなるだろうから、なんで こっちをメインにやらないのかな、などと疑問に思ったわけです。一方、 同義語による分析命題は、それほど重要でもないような気がするん ですよね。同義語なんて、定義だの交換可能性だの考えるまでもなく 明らかに経験的にできあがったものなわけで。クワインは、こっちは 色んなケースを考えて論証してますが、A→Aの方は1つ例を挙げて ちょっと言及してるだけです。あまりに議論が少ないから、本当に これをクワインが言ったことにして、例えば自分の論文に書いてしまって もいいのだろうか、なんて迷ってる次第です。
>13,15 なんか微妙に議論がずれていってるような気がする.むしろそういう例って些末な問題じゃないのかな〜. つまり「A→Aは分析的だ」といったときに,その分析性という概念はいったい何なんだ,というのがクワイ ンの論点でしょ.13とか15の話は,かなり正しい,自明だ,という概念と分析性が一緒ゴタになってい るんじゃないかな.クワインだったら「A→Aは分析的だ」なんて言わないで「A→Aはトートロジーだ」と言 えばいいじゃないか,と言うんじゃない.なんでわざわざ訳のわからない分析性なんか持ち出すんだ,ってこ とになるだけでしょ.
>1 「統合」って「synthetic」の訳でしょ.それを言うなら「総合」じゃないの? ちなみに分析的命題が総合的に命題に吸収されるなんてのはおかしいよ.というより,そもそも そんな区別はないというのがクワインの論点だから.あたかも知識に分析的なものと総合的なも のがあるかのような知識の二文法がドグマだ,ってことだよね.
↑「総合的に命題に」→「総合的命題」
>なんでわざわざ訳のわからない分析性なんか持ち出すんだ でも、それで終わったら、それこそ単なる言語哲学業界内の、些末な概念の 問題になってしまうじゃないですか。なんで分析性が重要なのかといえば、 それが古来ア・プリオリな客観的真理の条件みたいに見られてきたからな わけで、やっぱり数学や科学へのimplicationを考えずにはいられません。論理実証 主義自体、もともと科学の基礎付けみたいなことを目指した思想だったわけですし。 >ちなみに分析的命題が総合的に命題に吸収されるなんてのはおかしいよ. 吸収はおかしかったですね。分析命題の真理は、言語内で自足した論理だけでなく 観測やら経験にも依存し、総合命題もまた、観測や経験によってのみではその 真理を決定されない、といった感じですか。
>19 qqqは僕のスレ(16)を誤解してる.分析性の概念はつまらない概念だったんじゃなくて, 哲学の中でも非常に重要だったしいまでも重要なんです.で,クワインがそんな概念はまとも 定義もできないし,意味という概念と同じくらい曖昧だと言って,分析性と総合性の二文法を 否定したから「二つのドグマ」は現代哲学の中で大きな影響力をもったんです. あと分析的命題と総合的命題の理解が変だな.そもそも経験に依存しちゃったら分析的とは言 わないんじゃない.でも,じゃあ分析的命題って何だと聞かれると困るんだよな.だから分析 性/総合性の問題ってすごく難しい.まあそんなものはないよと納得できるんであれば,なん てことないけど,でも多かれ少なかれ数学的知識と物理学的知識はなんとなく違うんじゃない かと感じる人が多いから,いまだにこの問題は議論されてるんだよね.まあ「意味によって真」 という分析的真の説明の仕方もあるけど,どうなのかな.
>そもそも経験に依存しちゃったら分析的とは言わないんじゃない. クワインは、分析と統合の間には程度の差しかないと言ってるように思いますが。 無論、経験に依存といっても、いずれの場合も理論全体においての話で、個々の 命題が直に依存するわけではありませんし、さらに、理論全体の単純性やらといった プラグマティックな考慮も「経験」に加わるでしょうから。 The two dogmas are, indeed, at root identical. We lately reflected that in general the truth of statements does obviously depend both upon extra-linguistic fact; and we noted that this obvious circumstance carries in its train, not logically but all too naturally, a feeling that the truth of a statement is somehow analyzable into a linguistic component and a factual component. The factual component must, if we are empiricists, boil down to a range of confirmatory experiences. In the extreme case where the linguistic component is all that matters, a true statement is analytic. But I hope we are now impressed with how stubbornly the distinction between analytic and synthetic has resisted any straightforward drawing.
文を経験の基礎におくことから始まって、やがて全体論へと至るクワインの 体系を概観したい」と序で宣言するこの論文は、クワインの「経験主義の五つの里程標」 という論文に沿って、クワイン哲学の「全体」をたった12ページでなぞったもの。 日本にはクワインの解説を書いてくれる人々が大勢いるので、何とか「卒論」のかっこうになったのかね? クワインの1917年の論文、「一般相対性理論の宇宙論的考察」を取り上げ この最初の相対論的宇宙論の試みの背景と意図とを解明しようとする。 まず初めに、現在の認識論上の自然主義の源泉と見られる、クワインにおける「認識論の自然化」を批判する。 その要点は、第一に、クワインの自然化された認識論の構想は、それ自身、クワインの意に反して 従来の認識論の古典的懐疑論を蒙るものであり、しかもそれを退けうるものではないということ 第二に、それは、認識論から規範性(あるいは知識の正当化)を剥奪する方向のものであり クワインがこの論文で主眼としたのは、有限宇宙モデルの提示であり これは一般相対論の理論的要請を満たすためのものであった。 すなわち、これは完成した一般相対性理論を天文学的な問題に「応用」しようとしたものではなく 相対性の主張を完全なものにするための試みの最終段階と見なされ マッハ原理、慣性の相対性を満たすという目標のために、このようなモデルが考えられたのである。 以上の点を、論文自体の分析と、書簡等の資料によって裏づける。
↑これ僕じゃありませんから.
>21 だから,分析性と総合性の間には程度の差しかない=分析性と総合性の間には境界線を引けない という意味だから.qqqの話は分析性と総合性の区別を捨てた後の話になってる.
>21 くどいようだけど,そこでクワインは分析的真理が経験に依存しているといってるんじゃなくて, そんなものはない,もしくは総合的命題と区別できるような仕方で分析的命題を取り出すなんてで きないといってるんだと思うよ.
しばらくぶりに見たら稲さんが引き継いでくれてるようでありがたい。
だがちょっと変だ。別に稲さんの言うことが間違っているとかでは
ないんだけど、議論がかみあってないよ。稲さんによる
>>24 のつっこみ
なんて、qqqは当然自覚してたようなことだろうし。
クワインのホーリズムの根拠になってる『2つのドグマ』が「論理的な
真理に関しても分析的といいえない」とちゃんと論じているのかどうかを
qqqが悩んでいるのは至極まっとうな悩みだと思うんだけど、どうかな。
量子力学と背中律みたいな例は他にあるんだろうか? ユークリッド幾何学の平行線の公理と相対性理論もそうなのかな。
>この論文は、クワインの「経験主義の五つの里程標」という >論文に沿って、クワイン哲学の「全体」をたった12ページで >なぞったもの。日本にはクワインの解説を書いてくれる人々 >が大勢いるので、何とか「卒論」のかっこうになったのかね? 何これ?(藁
>26 議論がかみ合ってないことはないと思うよ. まずね,「クワインは分析的命題も経験に基づく」という言い方はこれに何の補足も加えないと 間違いだということになっちゃう(たとえば19のように).たとえば,こんなのはどう: 「伝統的に,言語的要因のみ基づいて真であるような言明は分析的命題であると考えられてきた. しかしクワインは言語的要因と事実的要因との区別について語ることはそもそもナンセンスであ ることを示すことによって,結局は分析性と総合性という,それまで重要な哲学的概念であると 思われていたものから,それがしめるべき場所を哲学から消してしまったのである」 とかね.だから19のように「分析的真理が観測やら経験に依存する」というのはおかしい. つまり,その後に「だから分析的真理なんてものはない」とか言わないと変でしょ. それとは別の問題として,A→Aみたいな論理的に真であるような言明はどうなのかということ だよね.たしかに「二つのドグマ」でははっきりとは言ってないけど,クワインにしてみれば 論理的に真な命題を分析的命題だと言ってみたって何のおもしろみもない,って考えてるんじ ゃないかな.だって,この場合やってることは,トートロジーが分析的だといってるだけでしょ. クワインでなくたって,だいたいの人はそれだけではつまらない話だと考えるんじゃない.だって トートロジーを分析性に置き換えただけだもん.いまでも分析性って論理的真理よりもずっと大 きい概念だと思われてるんじゃないかな.たとえば数学的命題だとかね.数学的知識って知識の 拡張するけど,経験的な真理性をもってるなんてみんな考えない(多分^^).少なくとも物理学 的知識と数学的知識との間にはやっぱり何らかの違いがありそうだと感じるでしょ.だけどどこに その境界線があるんだと聞かれると困る. There is nothing here, but there isn't nothing here. って感じかな.だから論理的真理性に限ったりしちゃうと分析性の問題ってすごくつまんなくなっちゃって, 「『A→Aは分析的だ』なんて言わなくたって,『A→Aはトートロジーだ』と言えばよろしいんじゃないですか. なんでそこでわざわざ分析的って言葉を使うんですか」ってな感じになっちゃう. つまり,「分析性とは論理的真理性である」というのはつまらない.ただ言葉をかえただけ.「論理的真理性 とは分析性である」というのは,じゃあその分析性とは何ですか,となって振り出しにもどっちゃう.そんなこと しなくたって論理的真理という概念は明確に定義できるし,そもそも分析性なんて概念を使わなくてもいいからね. だから,論理的真理は分析的なのかという問題のたてかたってあまり価値がなくて,ダイレクトに分析性とはこういう 概念です,と説明しないとだめなんじゃないかな.
>この場合やってることは,トートロジーが分析的だと >いってるだけでしょ トートロジー=分析命題ではないかと思われますが。トートロジーであるところの 分析命題には2種類ある。一つが(1)「論理的真理(logical truth)」で、 もう一つが(2)同義語(synonymy)によるもの。後者のタイプは、同義語を介する ことで前者のタイプになる。クワインは、そのタイプ2の分析命題がタイプ1のものに なる際の課程について色々論じているけど、当の論理的真理タイプの分析命題/ トートロジーについては殆ど言及していないのは何故なのか?という話です。 そもそもタイプ2の分析命題は、タイプ1に依存するものなんですがら、タイプ1 自体を問わないことには何の本質的解決にもなってない。同義語の話の方が分析命題 より「おもしろ」というなら、もう分析性に関する論文ではなくなってしまいます。 論理的真理がつまらないものなら、トートロジーの固まりでしかない論理学なども 完全に否定されることになる。
>30 いやいや,「同義語を介することによって論理的真になる」というときその‘同義性’が そもそも問題だというのが「二つのドグマ」の主題じゃなかった.つまり簡単に言えば,分 析性を定義しようとすると同義性という概念に訴え,その同義性を説明しようとすると再び 分析性に訴えることになる.つまり分析性の定義は循環してしまう.これが一応わかりやすい 解説だと思ったけどな.ちょっと細かいところは忘れたな.もう昔読んだから. トートロジー=分析的命題というのはちょっとな〜.まあ水掛け論になっちゃうけど,一般 的には,分析性を論理的真で説明しようとすることがつまらないことなんだということなんだ ということでだいたいの見解は一致してると思うけどな.だって妥当性説明するのに分析性な んかいらないもん. あと論理学をトートロジーのかたまりと考えるのは,論理学を大きく誤解してる.
↑「ということなんだ」がダブってる^^
>>29 稲さん
> つまり,その後に「だから分析的真理なんてものはない」とか言わないと変でしょ.
うーん、上のほうで、分析・総合の境界がなくなるとか、区別を捨てるとか
いうフレーズはいくつか既出だったんで、そこだけつまみあげられると、
ちょっと弱っちゃうなあ。でもおっしゃることにはだいたい同意するよ。
> たしかに「二つのドグマ」でははっきりとは言ってないけど,クワインにしてみれば
> 論理的に真な命題を分析的命題だと言ってみたって何のおもしろみもない,って考えてるんじ
> ゃないかな.
そこをつっこんで読んでみたいなー、とqqqさんと私は思ってたみたいなの
で、ご協力いただけると嬉しいっす。
>>30 qqqさん
> 論理的真理がつまらないものなら、トートロジーの固まりでしかない論理学なども
> 完全に否定されることになる。
稲さんが言ってるのは、論理的真理の“分析性による説明”がつまらない、
ってことなので気をつけて。qqqさんと稲さんにあまり実質的な対立はない
ように思うよ。
なんだかお互い(私も含めて)、言葉使いの問題で足をとられちゃってる
みたいに見えるので、ちょっと気をつけませんか。>稲さん、qqqさん
>>28 qqqさん
クワインを扱った卒論に対しての論評のコピペでしょうね。
35 :
考える名無しさん :02/02/02 03:23
36 :
考える名無しさん :02/02/02 03:25
↑タイトル英語だけど、みんな本文も英語で書いてるの?>京大の卒論&修論
>33,34 いや結構僕は実質的な話をしてると思うけどね.つまり,「論理的真理は分析的か」という問題は クワインの中にはないんじゃないか,と言いたいんだけどね. むしろ,論理的真理や「All bacherors are unmarried」みたいな意味によって真だと考えられて いるものより広い範囲に分析性の概念を適用できるのかどうか,という形でクワインとは独立に考え た方がいいという感じがする.
F=MAも同義語なのだろうか?
ここのみなさんは、 当然、カントの分析と綜合の区別は知った上で話していると思うが、 ルネッサンス以来の「ルルス&カバラの術」の問題が、 分析哲学の伝統の根本にあることも理解しないといけない。 これは、古代プラトニズムの延長線にあり、 すべての命題は先験的に演繹できるという発想で、 たとえば、スピノザのシステムように、一切の経験性を不要とする。 ところが、ウィットゲンシュタインあたりの論考でも、 カント同様、示される部分が残ってしまった。 そして、同じ論理主義の中から、クワインにおいて、 ヒューム以上の汎経験主義が出てきたので驚いた、 というような流れがあり、 この先に、デヴィットソンの第三ドグマの話も出てくる。 このように、論文そのものを読むだけでなく、 その論文が読まれるに至った問題背景も きちんと哲学史として理解していることが大切だと思うが。
40 :
考える名無しさん :02/02/06 10:49
>>41 フフフ。
今度は、ナノテク脳にしようかと思ってるンよ。
ま、ここなんかみたいに、
ごく一部の参加者だけが、原典を読んでる。
その他は、書き込みにレスしているだけ。
で、全体は、ネットワーク状にいちおう経験性を保持している。
と、クワインは考えているんだと思う。
けど、私は、そうは思わん。
経験に接していない部分については、
論理によっても、その演繹性が必ずしも保証されないから。
暇ならページの論文を読んでおくれ。
この発想だと、哲学者学者が書いた論文と
これを集めた「図書館」は、ただのカミクズの山ということになる。
哲学者学者は、どうしてもクワインを擁護しなければなるまい。
>42 その書式はなんか意味あるのか?W
純丘って天然のスレッドレイピストだよな。 優良スレ候補を潰して歩いてる。
ふふふ。「暫」と呼んどくれ。 じゃ、とりあえず、あげとこか。 しかし、この「2つのドグマ」は、単体で読んでもダメなんよ。 既出の「5つの道標」他、ちゃんと勉強してね。 そのうえで、真剣にレスしようね。
あげとく^^
47 :
考える名無しさん :02/02/12 12:26
純丘さん,穴に火がついてるよ.どうするの? 九州東海大学の稲田ってバレバレだよ.あんまりふざけてるとホントにシャレにならなくなるYO.
48 :
考える名無しさん :02/02/12 12:26
↑ 穴→尻^^
49 :
考える名無しさん :02/02/12 13:02
純丘の書き込みって、デムパが教科書レベルの知識をつまみ食いした ものばかり。 結果的に教科書レベルもものになってないわけで。 こんなことを虚しいと思うことなく何年も続けることができるという のは病気ではないのか?
>49 きみの書き込みがまさにそれだ。虚しくないか。 しかし、クワインが想定していなかったことは、 まさにこのように、我々の日常はどうしようもない無駄話の集積であって、 部分的にすら論理的整合性もなにもあったものではない、ということ。 たしかに、彼の知のネットワーク理論は、 データベースなどの開発において魅力的だったのだが、 知的社会のモデルとしては、 やはり理念型でしかない脆弱さを伴っていたように思う。 ワシは、理論純化された知的社会を構築するより、 ウワサやデマを含めた猥雑で非力なチリの言葉の山の中の特異点として、 学知も存立するのではないか、と思っているが。
結論は、経験に接することなく共有できる。 検証は不能だが。原典(経験)に接すること なく極大の知で、または、記憶(経験)を 補えば、同等の連鎖命題に復元しうる。 ? ところで、薬物なしで、復元的にでも 自覚されない性的暴行はあるか。 被害を感じさせなければ、嗜虐の 目的も、当該の犯罪すら充分には。
?
54 :
考える名無しさん :02/02/12 17:11
なんか純丘がうらやましくなってきた・・・ これだけ自分に自信をもてるのはすごい!!
55 :
考える名無しさん :02/03/07 18:10
あげ
(クワイン、まだ生きてるのか。しぶとい。5年くらい前、京都の学会で見たけど、年とっちゃって、何言ってるか私にはわからなかった…)
57 :
名無しさん@1周年 :02/03/07 20:39
58 :
考える名無しさん :02/03/08 00:48
qqqさんの疑問はもう解決したのかな?
>>42 > けど、私は、そうは思わん。
> 経験に接していない部分については、
> 論理によっても、その演繹性が必ずしも保証されないから。
> 暇ならページの論文を読んでおくれ。
これは何かの冗談?
経験に対応する部分と「演繹性を保証する」部分とを厳密には区別できない、
ということこそまさに「2つのドグマ」の中心的主張でしょうが。
クワインのデッドコピーで「クワインをやっつける」とか威張られてもなあ。
>>59 >経験に対応する部分と「演繹性を保証する」部分とを厳密には区別できない、
>ということこそまさに「2つのドグマ」の中心的主張でしょうが。
そのとおりだが、それで何?
なんか中身のある話はないのか?
>>60 だからあんたの言ってることがクワインに対して何ら
反論になってないってこと。あんたの話に中身がない
って言ってんだよ。
62 :
考える名無しさん :02/04/06 10:58
>>58 してないのでは?
でも、これって面白そうな問題だね。分析やクワイン専門にやってるような
人なら、きっちり答え出してくれるのかな。
64 :
考える名無しさん :02/04/06 12:52
しかし >なんか中身のある話はないのか? というのは結構痛いとこ突いてる気もするな ダチのクワインの感想は「それを言っちゃ〜おしまいよ」
65 :
考える名無しさん :02/04/06 12:54
>56 一昨年の12月20日過ぎぐらいに 21世紀を見ることなく逝ってしまわれたが
66 :
考える名無しさん :02/04/08 08:30
nnm..
67 :
考える名無しさん :02/04/08 23:40
777777777777777777777777777777777777
68 :
考える名無しさん :02/04/12 20:39
kainllocvbn
69 :
考える名無しさん :02/04/13 08:23
dogma
70 :
考える名無しさん :02/04/13 10:34
age
71 :
考える名無しさん :02/04/14 17:19
pompompompompompompo
72 :
考える名無しさん :02/04/15 17:52
( ´,_ゝ`)プッ
73 :
考える名無しさん :02/04/15 21:28
クワインまちがってるよね
74 :
考える名無しさん :02/05/02 23:31
純丘って死んだの?
75 :
考える名無しさん :02/05/09 22:42
デイヴッドソンの第三のドグマについても語ろうぜ
76 :
考える名無しさん :02/05/18 20:30
概念枠
77 :
考える名無しさん :02/06/05 17:37
dat回避age 復活祈願!
78 :
考える名無しさん :02/07/06 17:33
過去ログ倉庫逝き回避age
79 :
考える名無しさん :02/07/26 15:04
age
「恐怖!戦慄の心霊屋敷 叫び!」で続きやってるよ.
↑ タイトルがこんなだから人が集まってないけど,学ぶもの というコテハンが がんばってやってる.
稲って純丘?
>>80 ぼくは欠かさずROMってますよ。
でもやっぱりちょとむずかしいですね。
85 :
考える名無しさん :02/07/30 03:28
ぱんぱんぱんぱんぱん
86 :
考える名無しさん :02/07/30 03:29
>>86 違うよ.文章みりゃ分かるじゃん.84は僕じゃないよ.
89 :
考える名無しさん :02/08/01 17:56
>>88 書き込みせずにただ読んでるだけってこってす
Read Only Memory
91 :
考える名無しさん :02/08/01 19:03
QQQのQさんはどちらへ? 幽霊屋敷スレで、ここでの議論は決着するのかなぁ。 もう少し楽しみに待つとするか。
92 :
考える名無しさん :02/08/01 20:00
幽霊屋敷スレの学ぶものは稲のいなしかたがうまいよ。 きちんと自分の主張もしながら、稲にからまれそうになると すっとひく。 「さあ、それはぼくにはわかりません」なんて、言って。 この呼吸はなかなか練れてるな。 スレ内容となんの関係もなくてすいません。。
>>91 ここではすぐクソスレに埋もれてしまうので、某氏の掲示板
に移って少し続きをやりました。そこである程度納得のいく
答えが出ましたので、私的にはもうこの話は終了しています。
一緒に考えてくださった皆さん、ありがとうございました。
94 :
考える名無しさん :02/08/21 19:35
ほらな、ここではすぐクソスレに埋もれちゃうんだよ、 こういう良スレがな。 ヴァカども心しろよ。
95 :
考える名無しさん :02/09/13 17:48
age
96 :
考える名無しさん :
02/10/11 22:07 age