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98名無しさん@お腹いっぱい。
「……だから、ごめんなさい」
彼女との話はまた振り出しに戻ってしまい、俺は思わず天を仰いだ。
一時間である。
コンビニでバイトすれば800円が稼げる時間だ。ファミレスで働けば900円。そんでもって──まぁそんなことはいいか。
そんな貴重な時間をかけて話を続けた結果、話が一番最初のところに戻ってしまったとしたら、普通どう思う?
俺の一時間を返してくれ、とは思わないか? 誰だってそう言う。俺だってそう言う。だけどさすがにソレをそのまんま彼女に言うことは躊躇われた。
なんでかって? そりゃまぁ、俺のモットーが「女の子には優しく」であるからだ。
どーしたもんかなー。
クラスの女子グループが彼女をイジメているのは間違いない、はずだ。ところがどっこい、彼女はその事実を一切認めようとしない。
話が核心に近付こうとすると「ごめんなさい」でシャットアウトなのだ。
彼女はパイプ椅子に座ったまま、じっと俯いたまま身じろぎもしない。
俺は席を立って窓際に立った。すぐ外の花壇には蝶が戯れている。すっかり荒れ果てているけれど。
フム、と俺は改めて彼女を見た。
長い黒髪ストレート。メガネ。前髪に隠れていて表情は見えないが、頬から顎先にかけてのラインはスッキリしていて整った顔立ちを思い出させる。
そうなのだ。素材はいいのだ。むしろ美人と言ってもいい。
それなのに、これだ。
どーしたもんかなー。
俺は再び天を仰いだ。
「どうして……」
不意に彼女が声をあげた。
「貴方はどうして私のことを気にかけてくれるんですか?」
視線は床を見つめたまま、俯いたままの表情を窺い知ることはできない。
俺は手を胸に当てた。
「なんかさ、ここがスースーするんだよな」
「スースー……ですか?」
「そ。俺の知らないところでさ、イジメとか、そーゆーのがまかり通っているってのがさ、」
「まかり通っているってのが?」
「なんかしっくりこない。パズルのピースがきっちりはまらないっていうかさ、隙間が出来てスースーしてるように思えて気に入らないんだ」
「気に入らない、ですか」
あぁ、と俺は答えた。
「なぁ、教えてくれないか? 君は酷い目にあっている。そうなんだろう?」
その答えは返ってこない。相変わらずの沈黙だ。
やれやれ、まだまだ時間はかかるのかなー。壁にかけられた時計を見ようと俺は振り返ろうとする。その時だ。
「貴方には、関係のない事じゃないですか」
それはさっきまでの「ごめんなさい」よりも少し強い──それでも十分小さなか細い声ではあるが──調子の声だった。
「関係は──あるさ」
「何の関係があるんですか」
「君が元気でいてくれないとさ、ほら花壇が荒れ放題で花が可哀相なんだよな」
俺は顎で外の花壇を差してみせる。
「俺さ、君がキレイに手入れして育てた花壇を見るのが楽しみだったんだよ。だから──」
俺は彼女に背を向けた。窓枠に手をついて外の花壇を見つめる。後ろで衣擦れの音がした。
彼女が席を立ったのだろう。
「気にかけてくれるのは、花壇のため……ですか?」
「そういう理由じゃダメかな」
「そんなの……」
彼女の声に湿り気が混じった。俺は振り返らない。
「君はどうしてほしい?」
俺は待つつもりだ。返事が来るまで待ち続けるつもりだ。なに、一時間がんばったんだから、もう一時間がんばるくらいどうってことはない。
運動部の掛け声がやけに遠くから聞こえてくる。時計の秒針のチッチッチッという音の方がずっと大きく聞こえてくる。
「…………ですか」
その声がどんなに小さい声だったとしても、それらの音より小さくはないだろう。俺は確かに聞いた。聞き逃すことなどありえなかった。
《わたしを助けてくれるんですか》というその言葉を聞き逃すことなどありえなかった!
俺は即座に返答した。それ以外にありえない言葉で返答したんだ。
つまり、
「当たり前だろッ」
ただその一言だけ返したんだ。
彼女は再び椅子に座ったようだ。俺は改めて話を聞くために振り返る。だが、まずはその前にするべきことがあるなと、俺はポケットを探った。
そう、まずは彼女の頬を流れた雫を拭うハンカチを差し出す必要があると、俺は当然わかっていたのだから。