http://mimizun.com/log/2ch/peko/1274869145/

このエントリーをはてなブックマークに追加
63名無しさん@お腹いっぱい。

「おい、森山、なに捨ててんだよ」
 油断をした。梅雨の時期に入ったある日、クラスの男子に弁当を捨てるところを見られ
てしまった。恥ずかしさのあまり、顔から火が噴き出すかと思った。
「おいっ、ちょっと見てみろよ! 森山、弁当捨ててるぜ!」
「ははっ! しっかしすっげぇ弁当だな。これ、本当に食べ物かよ」
「いや、でも森山、これを捨てたくなる気持ちはわかるぜぇ」
「あっ、それは確かに。俺の母ちゃんの弁当もまっじーんだよなぁ。俺も捨てよっかな」
 意外にも彼らの言葉に悪意はなかった。けれど、最後の言葉はどうしても聞き捨てなら
なかった。
「どーしてそんなこと言うの!」
「えっ、えぇ、なんで怒ってんの?」
「そうだよ、俺らなんか悪いこと言ったか?」
「私はママの弁当なんてもう、食べられないのよ!」
 きりっと睨みつけるも目の淵に涙が溜まっていく。私の言葉にはっとして、すまなそう
な顔をする。そんな同情なんていらない!
「最低!」
 私はそう叫んでその場から離れて行った。
「おっ、おいっ」
「ちっ、なんだよ、そこまでゆーか?」
「てゆーか、あいつってなんなんだろ、いるのかいないのかわかんねーよな」
 背後で嫌な笑い声が響いているのが聞こえた。

「おう、お帰り。今日の弁当はど――」
「うるさいっ!」
「! ど、どうしたんだ、由美?」
「パパのせいで恥をかいちゃったじゃない! パパの弁当なんていらない! あんなの不
格好だし、まずくて食べられたものじゃない。知ってた? 私、パパの弁当を食べたくな
くて毎日ゴミ箱に捨ててるんだから!」
 はっと自分の口走ったことに気づいた時には遅かった。パパの眼は大きく見開かれ、動
揺の色が浮かんでいた。
「あっ――」
「そうか、そうだな。父さん、料理下手だもんな。な、何勝手に張り切って弁当まで作っ
てんだよって話だよな。ははは、そ、そう、だよな……はは、気づかなくてごめんな、由
美」
 思わず涙がこぼれるのをなんとかこらえた。こんな傷つけるつもりじゃなかったのに、
ここまでひどいこと言うつもりなんてなかったのに。そんな私の涙をパパは別の意味にとっ
た。
「そ、そんな泣くほど嫌だったのかい? それは本当にすまなかった。でも、もう大丈夫
だ。明日からはこづかいとは別にお金を渡すから、それでパンでも買いなさい」
 ぽんぽんと私の頭を軽く叩くとそのまま居間に戻って行った。そのしょんぼりした背中
は今でも瞼に焼き付いている。私は取り返しのつかないことをしたと気づいて、その場に
へたれ込み、声を抑えて泣きはらした。
 泣きやんで居間に入ると、パパは仏壇のママの写真をじっと見つめていた。私が入って
きたのに気づくと、目を離し、いそいそと動き始める。
「い、いや、ごめんな。父さん、今日ご飯作ってなかったんだ。今からちょっとコンビニ
で弁当買ってくるよ。しっかし、ちょうど良かったな! あ、明日からは毎日それでいい
よな。ははは、実は父さんも料理作るの嫌だったんだよ。だから明日から料理作らなくて
もいいと思うと気が楽なんだよなぁ。はははは。じゃっ、ちょっと行ってくるから待って
ろ」
 妙に饒舌で、言葉でショックを抑えようとしてるのがバレバレだった。台所を覘くと、
今日の夕飯だったであろうカレーが流しに捨てられていて、慌てたのかうまくごまかせて
いなかった。
「今日、ご飯作ってないって言ったじゃない。何が料理作るのが嫌よ。こんなに料理の本
買って、たくさん勉強してたじゃない。パパの嘘つき……」
 その時になって初めて私は声をたてて泣いた。