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「夕方にだるまさんが転んだ、をしてはいけないんだって」
ヨッシーが口をとがらせて言った。
「日が沈むときに校庭で『だるまさんが転んだ』をしたらお化けに連れて行かれるよ」
影が長く伸びた校庭で、僕らは最後に何をして遊ぶかを話し合っていた。
短時間でみんなで楽しめる遊びということであれば、だるまさんが転んだ、が手っ取り早かった。
なのにヨッシーがダメだと譲らない。こうして話し合っている間にも時間はドンドン過ぎていく。
じりじりとしたいらだちが蜘蛛の糸のように全員にからみついていた。
「臆病者。そんなの嘘にきまってるだろ」
カズキがどん、とヨッシーの肩をこづいた。だれも、とめようとはしない。
「嘘じゃない、学校の7不思議だよ。お化けが出ても知らないからな」
ヨッシーの声が高くなる。カズキはヨッシーを無視して周囲に笑いかけた。
「どうするよ? 他になければ一回だけやって終わりにしようぜ」
そうだな、と数人が頷いた。ヨッシーは唇を噛んで黙っている。
「じゃあ決まり、さっさと始めようぜ。ヨッシーは見学な」
じゃんけんで鬼を決めた。せーの、で手を出す。数回勝負をしてカズキが鬼に決まった。
「じゃあ、俺が鬼!」
カズキが校門に向かって駆けだした。門に手をつくと、後ろを向いて笑いかける。
「じゃあ、始めるよ……だるまさんが転んだ!」
たたっ、と全員が走り出す。まだ数回は余裕で近づける距離だった。
「だるまさんが転んだ!」
カズキが振り向く。こちらから見ると、夕日の逆光がまぶしくて表情が見えない。
「だるまさんが転んだ」
更に近づいた。カズキの顔が見えた。長い時間その場で待ったが、カズキはぽかんと口を開けていた。
「カズキ?」
呼びかけが聞こえていないのか、何とも言えない表情でこちらを向いたまま固まっている。
「なにやってんだ、続けろよ」
誰かがじれたようにカズキを促した。
「う、うわああああ」
その途端、カズキははじかれたように前を向いて叫びながら走り去っていった。
カズキは見てしまった。最初は見間違いかと思った。ソレは初め、黒い影のようにゆらゆらと校舎の上に立っていた。
次は校舎の窓の中に、更に、校舎の入り口脇に、そして校庭へと次第にカズキに近づいてくる。
振り向くたびに、ソレはくっきりと輪郭を現しながら距離を縮めてきた。
最後に振り向いたときには、ソレが半月型の口を開き、手を伸ばしてきたのが見えた。
にいっと開いた口の中にはギザギザの真っ赤な歯が並んでいた――人間じゃない!
カズキは逃げだした。
「なんだよ、いったい」「変な奴だよな」
残された子供たちはぶつぶつと文句を言いながら荷物を取りに戻った。
「カズキのやつ、荷物もそのままだし。しょうがないな。誰が届ける?」
じゃあ僕が、と手を出したのはヨッシーだった。
「どうせ家の途中だから、届けて帰るよ」
「臆病者、って笑ってやればいいよ。あいつの方がよほどビビってたし」
「んーじゃあそろそろ帰ろうか、また明日なー」「明日ー」
口々に別れを告げて子供たちはそれぞれの家路を急ぐ。ヨッシーも早足で道を進んだ。通りを一つ入ったところがカズキの家だった。
「カズキー、荷物持って、きたよ」
玄関で叫ぶと、ばたばたと足音がした。扉を開けたのはカズキの母親だった。
「あらまあ、ありがとう。懲りずにまた遊んでやってね。これはお礼よ」
にこにこと子供の手にオレンジを持たせて、母親は家に入っていった。
家の中ではカズキの叫び声が続いている。
あいつは友達じゃない、ヨッシーなんて奴、最初から居なかった、そんな奴いないんだ、よせ、来るな、いやだ、助けて――
「いい加減にしなさい」
母親はカズキの居る部屋に向かって叱った。荷物を持って引き戸に手をかける。叫び声がぴたりと止まった。
「お友達に向かって失礼でしょ、こうして荷物まで持ってきて貰って……あら?」
扉を開けた中には誰もいない。ただ、部屋の真ん中に、オレンジが転がっている。母親の手から荷物が落ちた。
「カズキ?……ちょっと、どこに隠れてるの、ふざけるのはやめて」
窓の向こう、暗闇の中で小さく子供の声がした。
だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん・だ……。