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53名無しさん@お腹いっぱい。
「先生、怖い話してー」
子供というものは怖い話が好きだ。毎年、新しく子供が進級してくるたびに、私はそう思う。
「うーん、じゃあとっておき、身も凍るような話をしようか」
期待に満ちたキラキラと輝く眼差しに見詰められ、私はゆっくりと話し出した。
――昔、まだ先生がこの学校に着たばかりの頃の話。
まだ校舎の建て替え前で、古い木造の平屋の教室だった。
戦時中は避難所に使われていたため、身寄りのないまま亡くなった人の骨や遺品が
ひっそりと物置の隅に安置されていた。
夜になると、母を呼ぶ子供の声や、子を探す親の声がどこからともなく聞こえてきたりもしていたという。
先生は聞いたことはなかったんだけどね。
宿直で泊まると、時折、飛行機の音や空襲警報が聞こえてくることはあった。
火の玉? いや、そういうものは見たことがない。残念ながら。
「ぜんぜん怖くなーい」
そうだね。もうちょっと待ってね。
冬の夜、いつものように私が学校の宿直室で夜を過ごしていたときのこと。
表で小さな子供の声が聞こえたんだ。
プールに行こう、あそこなら大丈夫、ってね。
大丈夫も何も、冬のプールは薄氷が張った上に雪が積もるから、落ちたらまず助からない。
大人でも、一瞬で心臓が止まる。嘘じゃないぞ、みんなよく気をつけるんだよ。
上着を羽織る間もなく駆けつけると、小さな子供が二人、佇んでいるのが見えた。
そこは危ない、こっちへ戻りなさい、そう言って駈け寄ったときに気がついた。
雪の上に残った足跡は私のものだけ。
子供の足跡は見あたらない。
ぞっとして立ち止まると、子供たちがゆっくりと振り返った。
にい、と笑った顔は土気色で、生気がない。
「先生も、こっちに来たんだ」
言われて思い出した。校長が葬儀に出かけた先は、昨日の空襲で亡くなったこの子たちの家だった、と。
「わわわっ」
私は大声を上げて逃げ出そうとした。その足を、冷たい手が掴んで、水の中へ引きずり込もうとする。
足がずぶっと氷水に浸かった。
あまりの冷たさに、声も出ない――。
しばらくの沈黙があった。聞き入っていた子供たちが魔法からとけたように騒ぎ出す。
「先生?」
「身も凍る、ってそこで終わりかよー」
「そう、これで終わり。夜の学校は怖いから、暗くなったら来ちゃダメだよ。さあ、お帰り」
ぶーぶー文句を言う子供たちを追い出しながら、私は笑った。
明日の朝になれば、あの子たちは身も凍る、を本当の意味で知るだろう。
今の私は、すでにこの学校の教師ではない。
あの夜、水の中で息絶えた私は、ただ霊体となって、ここに居着いているのだから。