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39名無しさん@お腹いっぱい。
外灯もない暗い夜道。光を求めて舞い飛ぶアゲハモドキのシルエットが
かすかに浮かぶ。
静寂に満ちた空間に俺の足音だけが不気味に響く。
民家は最短でも百メートル以上は離れており、例え通りすがりの者がいても
何かを目撃するのは不可能だった。
人を襲うには申し分のない空間だ。
俺がそう思った時、電信柱に隠れていた人影が俺に向かって躍りかかってきた。
「え、えいっ!」
漆黒に響く、脱力感さえ覚える間の抜けた掛け声と共に刃が降り降ろされる。
そして見事に空を切る。
「あうっ」
襲撃者はそのままバランスを崩して転倒し、俺を狙った凶器はゴン!という
音と共に路上を転がっていった。
雲の切れ間から月の光が差し込み、襲撃者の正体をあらわにする。
子供用をそのまま大きくしたような黒のワンピース。胸いっぱいにあしら
われた逆十字の刺繍。ボブカットの黒髪と処女雪を思わせるような白い肌。
おそらくはハーフかクォーターと思われる端正な顔立ちをした小娘が尻餅を
ついてこちらをにらんでいた。
アスファルトの上に転がる巨大な斧が月の光を反射して鈍い光を放っている。
小娘は俺をにらんだまま、その斧のありかを手さぐりで探し始める。
踏みつければポキリと折れそうな細腕がまったく見当違いの方向を空しく
さまよっていた。
だが、視線をはずせば反撃を受けるとばかりに、決して俺から目を離そうと
はしない。
いつまでたっても斧は見つからず、小娘の顔がだんだん泣きそうになってくる。
俺は胸ポケットから煙草を取り出し、火をつける。
煙が薄闇の中でゆらぐ。
俺は天を見上げ、明日は雨かな、などとどうでもいいことを考えていた。
たっぷり3分。
彼女はようやく武器のありかを探り当てて、それを手にして立ち上がる。
斧を振り上げ、再び俺を襲おうとする。
だが、その斧はあまりに巨大でどう考えても彼女の手には余るものだった。
小娘は斧の重さに負けてそのまま後ろにひっくり返りそうになり、
よろよろと二歩、三歩後ずさったのち、かろうじてその場に踏みとどまった。
俺は煙草をくわえたまま、思わず苦笑した。
その時、思わぬことが起こった。
彼女は俺のその表情を見て赤面し、斧を振り上げたままぷるぷると震えだしたのだ。
最初、斧の重さに耐えかねているのかと思ったが、どうもそうではないらしい。
唐突に彼女は上ずった声で叫んだ。
「か、勘違いしないでよっ!そ、そ、そんなんじゃないんだからね」