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188名無しさん@お腹いっぱい。
 繋いだ手はしかし妹にするような軽やかさがあり、木錫はムズ痒そうに眉を潜めた後、ちょっ
と諦めたような表情をした。
「そうじゃな。うん。色恋は……良くない。きっと制御ができなくなる」
「何かいったか?」
「別に」

 街並みが後方に流れ、段々と見慣れた住宅街に染まっていく。

 ややあって。
(ん? なんか木錫と繋いでる手が痒いな? 何でだ?)
「そろそろ痒くなってきたじゃろ? すまんの。そういう体質でな」
 素早く手をほどいた木錫は尖十郎の前でピースを開閉しながら笑った。
「ふぉっふぉっふぉ」
「……そりゃもしかしなくても」
「そう、バルタンじゃ! バルタンは宇宙忍者だから好きじゃ」
「じゃあバルタンと恋愛したらどうだ?」
「ぐ、そういう意味の好きじゃないのじゃ! 実在せんモノにわしの食指は動かんという話じゃ!
もっとも食指動く限りはどんなに離れていても諦めんがな」
「食指ってお前……」
「あ!」
 しまったというように木錫は口を覆った。
「本当マセガキだな。そういう言い方で恋愛を語るのはおっさんのする事だぞ」
「……」
 木錫がほっとしたような腹立たしげな顔をする間に、彼女の家が見えた。
 闇にけぶり暗い暗い家が。

 チャイムを鳴らし、木錫の両親を呼んで玄関先で適当な挨拶を交わす。

 いつもと同じ光景がその後起こるはずだった。

「どういう……事だ?」
 チャイムを何度押しても木錫の両親は出てこなかった。
 玄関のドアに手を掛ける。
 鍵が掛っていない。
 まるで家人を招き入れるかの如くドアは容易く開いた。
 覗くのは長方形に区切られたドス黒い深淵。
 もはや夜だというのに家屋には電灯の類がいっさい灯らず静まり返っている。
 そういえば遠巻きに見た木錫の家は薄闇にけぶっていた。
(光が、見えなかった)
 嫌な予感をなるべく表に出さぬようにしながら、傍らの木錫に「今夜両親が出かける予定は?」
と聞く。すぐに返事。「そんな予定はない」。嘘でも冗談でもない事は強張る顔から見て取れた。
 尖十郎も軽く唾を呑んだ。
 県内での猟奇殺人。近ごろ近辺に出没したという不審者。
 ウワサ程度の代物だと分かっていてもこのおかしな事態に結びつけてしまう。
 しかし有事を裏付けるにはまだ何も確かめていない段階なのだ。警察を呼べば一番安全な
のだろうが、推測がいい方向に外れていた場合の事を考えるとまだできない。
 だが。
「……なんだかヤバそうだ。お前は俺の家に行ってろ」
「尖十郎はどうするのじゃ?」
 不安げに木錫が聞く間にはもう尖十郎は靴を脱いで上がり込んでいる。
「家の中を確認する。もしかすると何か急ぎの用事で家を空けてるかも知れないだろ? 書き
置きでも見つけたらすぐに戻るさ」
 パチリという小気味の良い音とともに白い光が満ち満ちた。
 玄関口からL字を描くように伸びる廊下の電灯だ。それは廊下に面する三つの部屋を照らし
だしている。何度か遊びに来た経験が見慣れさせた部屋の数々。突き当たりは物置、左は居
間で右は台所。尖十郎が現在位置から左に歩み廊下に沿えばいつかは辿りつく。
 逆に右に歩めばすぐトイレのドアで行き止まり。その近くには階段もある。二階には寝室が
あるらしいが、流石に高校生たる尖十郎にお泊りの経験がないため全容は分からない。ただ、
書き置きを置くとすれば一階の居間か台所であるだろう。彼はそう類推した。
「ま、十分もあれば分かるだろうし、それまでお前は待ってろ。何か言伝があるかも知れないし」