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186名無しさん@お腹いっぱい。
「わしの年齢は500歳をゆうに超えておる。しかも職業は忍者なのじゃ!」
 三か月前。坪錐家の隣に両親ともども引っ越してきた木錫は、挨拶もそこそこに尖十郎の肩
に飛びかかってこう切り出した。
「だから若いの、くれぐれもわしを敬うのじゃ!」
「はぁ」
 いったい何を言い出すのかと尖十郎は木錫の顔を眺めた。
 ややツリ目気味だが大きな瞳。前髪は左半分が白い額を大きく剥き出し右半分は先端が目
にかかる程の長さで子供っぽい雰囲気だ。短めのポニーテールの付け根には、正面からでも
見えるぐらい大きなかんざしが斜めに刺さっている。確かにそれは現代っ子っぽくなくもないが、
しかしブラ下がっている物ときたら白いフェレットやら赤いマンゴーやらの小物で、やはり子供
くさい。低い鼻の頭にうっすらピンク色が差しているところなどどこからどう見てもまったくの少
女ではないか。尖十郎の首にしがみついたまま口を波線に綻ばせたまま、彼の驚きに満ちた
回答を今か今かと期待しているところなど長寿の忍者にしてはいささか稚気がありすぎる。
「あ、あの。この子忍者とかが好きで時々変な事いいますけど……気になさらないで下さいね」
 一緒に挨拶しにきた木錫の母親は困ったようにフォローを入れた。こちらは年の頃ようやく
三十で主婦を絵に描いたような格好である。柔らかそうなセーターを着て後ろ髪を所帯じみた
様子で無造作にくくっているところは眼前の木錫よりも尖十郎の好みに合うように思われた。
 何かと木錫の世話を焼く羽目になったのは、隣家だからとか彼女の通う小学校が尖十郎の
高校の隣にあるとかといった物理的要因よりもむしろ木錫の母に対する青年らしい下心──
あくまで褒められたり手料理を御馳走になれたらなあ程度の──が作用しているのだろう。
 本日も高校から出るなり正門でとっ捕まえられ、手を引かれるまま導かれるまま中華料理屋
で繰り広げられた暴挙をニンニク焦がしチャーシューメン啜りながら見る羽目になったのも下心
のせいであろう。
 もっとも実はそれに加えてもう一つほど理由があるのだが、そちらは後段に譲る。

 とにかく。
 そんなわけで通り道にある公園に立ち寄った木錫と尖十郎である。

「だいだがだいだがだいだがだいだがぎゃーばんっ! (とぅるつっつー!)」
「おい」
「だいだがだいだがだいだがだいだがぎゃーばんっ! (とぅるつっつー!)」
「おい!」
「だがでぃだっでぃ! だがでぃだっでぃ! だぁだっだっだぁーやだだ、ぎゃぁばん!!」
「聞けよ! つか降りろ!」
「くらーっしゅ!?」
 怪鳥のごとき異様な叫びとともに木錫は大きく飛びあがった。
 そこだけを描くとあまり以上ではないが、それまで彼女が歌って両手広げて走り回っていた
場所が問題なのである。
 雲梯。金属製の梯子を弧状に設置したぶらさがりの遊具。
 その上を木錫は爆走していた訳であり、尖十郎が降りるのを促したのも危険きわまりないた
めである。もっとも呼びかけが届くまで距離にして10mはあろうかという雲梯を木錫は平地を
走るように軽く二往復半していたが。
 果たせるかな、スカート抑えつつクルリと宙をうった木錫は体操選手顔負けの綺麗な姿勢で
着地し、それがまったく日常動作のような調子で顔をしかめて反問した。
「なんじゃ? 歌が古いから気に入らんかったか? じゃがわしの年齢からすればこれもだい
ぶ新しいんじゃぞ。ちなみに走ったり叫んだり転がったり飛んだりする刑事の歌じゃ!」
「いや、危ないというか」
 尖十郎は額に冷たい物を感じた。網目のごとく穴の多い雲梯なのだ。線の部分とてパイプを
連ねただけである。この細さを思えば平均台など関東平野だ。常人には乗って立つ事さえは
ばかられる。だが木錫はその上を疾走したのだ。ただ平坦なのではない。緩やかとはいえアー
チ状の勾配ある細い金属のパイプを昇り下ること二往復半──…
「どうして走れるんだよあの上を」
「む! まーだわしを信じておらんのかヌシは! わしは忍者じゃぞ! あの程度など造作も
ないのじゃ! ”ふぇれっと”のごとく狭い穴の中に潜り込んですいすい走る事とてできよう!」
 指立てて唾飛ばしまくる木錫から甘い匂いが立ち上る。
(果物の匂い? ……マンゴーだな。そーいやかんざしにも付けてるが、好きなのか? ……
いや、違う。そういう問題じゃない)
 見なかったコトにする。多分俺は疲れている……暗澹たる面持ちの尖十郎は話題を変えた。