http://mimizun.com/log/2ch/peko/1274869145/

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1ひみつの検閲さん
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削除日時:2016-02-23 21:28:22
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2ひみつの検閲さん:2024/09/06(金) 09:29:52 ID:MarkedRes
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削除日時:2017-02-18 02:08:05
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3名無しさん@お腹いっぱい。:2010/05/27(木) 19:29:56 ID:QZA6U5jt
http://www.kaisya-kuchikomi.com/company/4012/

なんかおかしくなってるw
4名無しさん@お腹いっぱい。:2010/05/29(土) 23:06:38 ID:A5M3hSXc
http://qb5.2ch.net/test/read.cgi/saku2ch/1275141439/1

> 弊社につきまして、中傷誹謗が以前も書かれまして、また、書き込みが始まりました。

えっ?
5名無しさん@お腹いっぱい。:2010/05/30(日) 16:36:00 ID:CT5/zuoJ
>>3
そこ見ただけで、この会社がとてつもなく異様な事がよくわかる。
恐ろしい。
6名無しさん@お腹いっぱい。:2010/05/30(日) 17:56:20 ID:6n9lsEv9
弟子「先生、処女を貴重だと思う男は多いですよね」�

孔子「その通りだ」�



弟子「然し逆に童貞は女に気持ち悪がられます」�

孔子「確かに」�



弟子「可笑しいじゃないですか、

    何故この様な意識の違いが生まれるのですか?」�

孔子「それは一度も侵入を許していない砦は頼もしく、

    一度も侵入に成功しない兵士は頼りないからだ」�



弟子「では30年も侵入を許していない砦は相当頼もしいのでしょうか?」�

孔子「建てられてから30年も経つと、砦はどうなるかね?」�



弟子「多くは朽ち果て、場合によっては打ち棄てられます」�

孔子「その様な砦を攻める者は居ないという事だ」�
7名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/01(火) 14:45:34 ID:jRbj7zKA
いい天気
8名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/01(火) 14:49:53 ID:jRbj7zKA
そうだね
9名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/01(火) 23:15:37 ID:VdlX/zi8
北朝鮮国民の気持ちを最も理解できるのが拉致被害者とここの社員。
10名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/02(水) 09:31:02 ID:aPpMngyx


/   //   /   //    ______     /   //   /
 / //   /|   r'7\ ,.ヘ‐'"´iヾ、/\ニ''ー- 、.,   /    /
  /   / |  |::|ァ'⌒',ヽ:::ヽrヘ_,,.!-‐-'、二7-ァ'´|、__
`'ー-‐''"   ヽ、_'´  `| |:::::|'"       二.,_> ,.へ_
         /  //__// / / /      `ヽ7::/
 か っ も  |  / // メ,/_,,. /./ /|   i   Y   //
 ァ  て う.  |'´/ ∠. -‐'ァ'"´'`iヽ.// メ、,_ハ  ,  |〉
  |  約 ク  ヽ! O .|/。〈ハ、 rリ '´   ,ァ=;、`| ,ハ |、  /
  |  束 ソ   >  o  ゜,,´ ̄   .  ト i 〉.レ'i iヽ|ヽ、.,____
  |  し  ス  /   ハ | u   ,.--- 、  `' ゜o O/、.,___,,..-‐'"´
  |  た  レ  |  /  ハ,   /    〉 "从  ヽ!  /
  |  じ  は  |,.イ,.!-‐'-'、,ヘ. !、_   _,/ ,.イヘ. `  ヽ.
 ッ .ゃ .立   |/     ヽ!7>rァ''7´| / ',  〉`ヽ〉
 ! ! な  て   .',      `Y_,/、レ'ヘ/レ'  レ'
   い  .な    ヽ、_     !:::::ハiヽ.   //   /
   で   い   ./‐r'、.,_,.イ\/_」ヽ ',       /  /
   す      /    `/:::::::/ /,」:::iン、 /    /
          〈  ,,..-‐''"´ ̄ ̄77ー--、_\.,__  /
      ,.:'⌒ヽ ´         | |  , i |ノ   `ヾr-、
11sage:2010/06/02(水) 21:14:06 ID:fu8yYYtI
さげ
12ひみつの検閲さん:2024/09/06(金) 09:29:52 ID:MarkedRes
このレスは権利侵害の申し立てや違法もしくはその疑いにて不可視または削除されました。
削除日時:2017-05-18 21:45:22
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13名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/03(木) 00:54:32 ID:pUaP+uRW
>>3
この会社の異常なのが良くわかる
14テス ◆5w2RR/KHSE :2010/06/04(金) 15:13:24 ID:OJ9J9Evm
テスト
15sage:2010/06/04(金) 22:10:01 ID:exBjFmnJ
さげ
16sage:2010/06/05(土) 03:09:00 ID:APZmFE29
さげ
17名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 05:11:45 ID:C/+WuoUC
a
18名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 17:31:01 ID:3nbQ6lnB
いきまーす
19名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:02:27 ID:gFfftRnG
「うちの子なんやけど、パソコンの前で毎日一日中奇声あげてほとほとこまってまんねん」
と、大阪のおばちゃんAに相談を受けました。
お風呂に入っているときに私がおばちゃんと忍び込んでみると2ちゃんブラウザで
「頭狂」とかいう名前の場所ばかり書き込んでいたようです。
一番好きなのがここ「頭狂の食い物は」って所だったので書き込んでみようとすると
規制中の文字が出てきました。
ながらく奇声が聞こえていた理由がわかりませんでしたがこのせいだとわかりました。

この子は東京に行った事は無いのです。
前から毎晩ご飯中に「頭狂」のくいもんなんやけど情報ないん?
とかわけのわからないことを言っていたのを思い出します。
最近奇声が聞こえなくなった所をみますと、規制がとけたようですね。
でも、あの子が悪いんじゃないんですよ。
友達みんなが東京の大学から会社に就職して家族をもっていまして、あの子の相手をしてくれないんです。
東京のみなさまがご親切にしてくれているので、奇声の件はあきらめることにします。
あの子はニートですので東京はおろか大阪の食べ物もお外では食べていません
これからもお友達としてつきあってやってください
20名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:03:04 ID:cfn21R6I
頭の悪い元都民くんにもわかるように、簡単に模式化してあげよう。
そこまでしないと理解できないからねぇ、彼は。

元都民が住んでるのは、人口は少ないけど、美味い店がイカ焼き屋1軒しかない村だとしよう。
俺が住んでる町は人口も多いけど、鮨屋、蕎麦屋、フレンチ、イタリアン、中華の美味い店5軒あるとしましょう。

人口がどうだろうが、元都民にとって美味い食べ物はイカ焼きだけ。
こちらは、5軒から選らべるわけですよ。
それが現実なわけです。

元都民は数が多いと良い店を選べないなんていってるけど、
それは奴みたいな、大都会に出てきたおのぼりさんの場合であって、
地元の人間はどの店が美味いかなんて、ちゃんとわかってるからね。
21名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:03:35 ID:RklxsScp
青雲の志を胸に上京した全国の俊英たち・・・

彼らの空腹を満たし、廉価でありながら美味で満腹感を与えてくれたのがコロッケ蕎麦であった
大学で知り合った友と語り明かした翌朝に肩を並べて食べたコロッケ蕎麦
一流企業に入りたてで残業続きの疲れた身体を癒してくれたコロッケ蕎麦

功成り、名を挙げてもなおコロッケ蕎麦は、一抹のノスタルジーと共に彼らの若き日の思い出の
一片としていつまでも輝き続けるだろう

一方何の志も能力もなく関西に引き籠ってネットでコロッケ蕎麦を馬鹿にし続ける負け組・・
関西という旧弊と差別が渦巻く土地にしがみ付き、偏狭な価値観しか養えなかった彼らの無残な
人生にもまた幸あれと祈らずにはいられない


こんな感じでどうすか?
22名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:04:33 ID:QnV0/hUX

昔電気も冷蔵庫も車もない時代に生で魚を食う文化を持っていた
のは凄いこと。しかも江戸前のにぎり寿しは庶民が屋台で普通に
食べていた。当然生魚はあっという間に活きが下がり簡単に腹を壊す、
青柳とか甲殻類も食ってたからちょっとでも痛んでたらそりゃ大変w

なんでこんな文化があったかというと、当時江戸は世界で他にない
ほど都市の衛生・物流インフラが担保されてたから。河岸に上がった
魚は放射状に整備されてた各河川にて迅速に廻船問屋へ流されてた。

庶民はタダで純度の高い井戸水がふんだんに使え、洗髪から料理まで
自由に消費、排水の下水道設備まで張り巡らされ、使う水と捨てる水を
分けていたから大規模な伝染病も殆んどなかった。この時代人口の密集
する「都市」で疫病大量死が頻発しなかったのは江戸くらい。末端の町民
でも下足を脱いで家に上がるとか衛生面は徹底してた。キレイな水が基本
タダだから高価ではあったが氷も巷に存在していたし(江戸中期まで船で
持ち込みし大きな貯冷庫で保管)。ワサビと濃い口醤油だけじゃー生魚の
寿司など庶民が食える状況は作れないんだよ、当時の江戸は最先端都市。
23名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:05:01 ID:BAnLlPtR
どうしても言いたいことがあって
普段訪れないこの板にきました、はじめまして

初めてドムドムに入ったのですが
チキンを頼んだところ、中が冷たい
冷凍物を暖める、そのこと自体は問題ないのですが
食べてておいしくないので交換してくれと申し出ました
そしたら、
「他の品の分も含めて全額お返しするのでご勘弁を」
みたいなことを言われたんです
それじゃぁ、金が欲しくてクレームつけたみたいじゃないですか?
こちらはただ、支払った分はおいしいものを提供して欲しいだけなのです
「他のものはおいしく出来てたので金は返さなくてもいいから
 チキンをきちんとおいしく作ってください」
と言ったら
「1ランク上のサイズで作ってきましたので・・・」
だって。
そんな問題じゃないってのに
なんでわからないんだろう・・・
そういうマニュアルになってんだろうか
二度と行かない!

ありがとうございました。
24名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:05:31 ID:JKWjvSd3
◆◆◆◆◆◆◆マスコミは、いつだって公正中立◆◆◆◆◆◆◆
◆赤福のとき  「老舗なのに賞味期限を偽装しまくり! 許せないよ! 廃業しろ!」
◆不二家のとき 「腐った牛乳でお菓子を作る! 体調不良を訴えてる人もいる! 廃業しろ!」
◆吉兆のとき  「出した料理をほかの客に使いまわし! 客をなんだと思ってるんだ! 廃業しろ!」
◆マンナンのとき 「子どもが死んでんねんで! 今すぐ生産停止しろ!」
◆イオン死体汁  「水質には問題ないし」 w
◆◆◆◆◆◆◆マスコミは、いつだって公正中立◆◆◆◆◆◆◆
◆万引き犯「万引きした商品は返すよ。返した以上はもう誰も困っていないんだからもう見逃してくれ」
◆マスコミ・世間 「そんな言い訳が通用するか!!警察を呼べ警察を」
◆マーム「受水槽は年内に交換する。水質は検査したが当時も今も問題ないんだからもう見逃してくれ」
◆マスコミ・三重警察・松阪保健所 「いいんじゃね?もう問題無くね?」
25名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:06:04 ID:h+FuCtIp
新小岩にあるモスバーガー
あそこ最低最悪
テレビにでたり客が週末だったせいか多くて図に乗ってないか?
金を先にとってやりたい放題(店員みんなとはいわないがあの時それを渡してきた女店員があやしい)
ここ詐欺で泥棒で殺人犯じゃない?
客が頼んだ物に塩やら入れる
フランクフルート頼んだら塩からくって
何時間もたったようなの腐ったようなのがでてきた
結構またされたあげく
そんな物をここは普通にだしてくるよ?
こんなモスバーガーはじめて
結構モスバーガーには行ってるけど
あれからここのモスバーガーだけには行く気しない
モスバーガーは高いのに
あんなんされたらばかばかしい
病気にでもなったらどう責任とってくれるんでしょ?
どうせなにしても客はなにもいわないかと思って(ここはなにもいわなさそうな客を狙ってる悪質で陰湿な確信犯だからな)こういう事してるんでしょうが

新小岩はモスバーガーの近くに交番があるから警察にそこでだされたフランクフルート時間があったらもっていったのに
毒でもいられたらたまったもんじゃないよ?
はじめて行く店は信用しない方がいいな
いくらチェーン店でも
店によって違うから

客が頼んだ物になにいれられてるかわかったもんじゃないぞ
落としたパンをなにもかったようにだしてそうだよここは
客に調理のとこをみせないだけあって

こんなのを普通にだしてくるからな?おそろしいよ
ここは
26名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:06:38 ID:xqIoRRn3
今日9月4日からメニュー改定されています。
面白いのは単品は値上げしてセットにすると値下げされている事です。

甘辛チキンとフィッシュ280円→300円、セット580円→550円。
テリヤキエッグ310円→330円、セット610円→580円、
テリヤキ260円→280円、セット560円→530円、
ベーコンレタス280円→320円、セット580円→570円、
ベーコンエッグ330円→370円、セット630円→620円、
エビカツ290円→320円、セット590円→570円、
ビーフコロッケ180円→200円、セット480円→450円、
ハンバーガー150円→180円、セット450円→430円、
チーズバーガー180円→210円、セット480円→460円、

前のメニューには載っていなかったメニュー
厳選ナチュラルチーズ320円 セット570円、
厳選ナチュラルチーズベーコン370円 セット670円、
フレッシュ野菜310円 セット560円、

鶏ごぼうつくね・えびマヨタルタル・チキンカツ・ドムダブルは
廃止になりました。
またお子様セットも公式サイトから外れていますが、
店舗によってはあるかもしれません。

サイドメニューの変更点
チキンナゲット6P330円→5P290円(3Pは廃止)
ドムチキン2P200円→1P190円、3P540円(骨なし1枚肉に変更)
紫芋フライドスイートポテトは廃止
クリスピーサンデーも廃止です。

セットで買わせて客単価をアップさせる狙いがあるのですかね?
ドムチキンが骨付き手羽中から骨なし1枚肉になったので食べて見たいです。
27名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:07:11 ID:hGWAXn76
いやいや、俺も台詞系ってのを書いてるんで参考になる部分がいっぱいありましたわ
実際に音になるとどうなるか、ってのは気にしながら書いたりしますものw
むしろ俺は、「次の日」ってのがいらねーんじゃないかと思いましたわ
なんでかっつーと、

部活訪問=昼休みか放課後に行われる
 →入部テストのような時間をとるものを行ってたから、放課後だとわかる

学食での二人の会話=幼馴染との会話から、主人公が食事中だったことがわかる
  →つまり、それ以前にあった出来事が前日のものだったとわかる

ってな具合にです
神の声を省くんだったら、チャイムの効果音があることを活かして、

学食のシーン終了→チャイム→二度目の部室訪問

のが分かりやすかった、のかも?
聞いてた感じだと、

幼馴染の台詞→主人公の独白→二度目の部室訪問

が、切れ間があんまない状態だと思ったんですよね
まー、そこらへんはよっくわかんねーし趣味もあるので思ったことを書いちゃいましたわw
とにもかくにも、続き楽しみにしてます!
28名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:07:57 ID:xuyAkWcb
CMの話が上にあったのでちょっと長めだけど。
創発板CM@ラジオ風

DJ男「さーて良い子の皆! 今日のチェケラのコーナーがやって
    参りました!」
DJ女「やたらテンション高いなお前」
DJ男「姉さん、それにはふかぁ〜い訳があるんですよ」
DJ女「またロクでもな……いや、聞かせてもらおう」
DJ男「オーケーお兄さん頑張っちゃうぞ! 今日ご紹介するのは
    かの有名な2chの創作発表板、略して創発板だぁー!」
DJ女「ほう、いつもの変態系じゃないのか。お前にしては立派だな」
DJ男「やるときゃやるんですよ。でも来週はちゃんとおっぱ……」
(骨が折れるSE)
DJ男「あがあああ!?」
DJ女「早くその創発板とやらの詳細を聞かせろ」
DJ男「は、はい……創発板はその名の通り自分が創作した文章や漫画
    などをスレに投下していく板だ」
DJ女「ほう、その後はどうなるんだ?」
DJ男「スレのルールによって差異が生じるが、投下した作品に評価や
    感想が付いたり、良い作品ならば語り継がれることもあるぞ」
DJ女「伝承か……それは面白いな!」
DJ男「作品を生み出し、互いに切磋琢磨し技術を高める喜び……さあ、
    今すぐ創発板へアクセェース!」
DJ女「私も書いてみよっと。う〜ん、迷うなあ」
DJ男「俺も、姉さんとのラブストーリーをスレに……」
DJ女「消えろタコ野郎!」
(殴られてDJ男遠くに飛ばされる)
DJ男「俺は諦めねぇーっ!」
DJ女「さあ、胸にある妄想を今、創発板へ! 待ってるぞ!」

拙いですが参考&改変お好きにドゾー。
29名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:08:34 ID:GNVzNVaC
声が集まらなければ声うpスレでいいなーと思った人に声かけしてみるとかどうよ?
試行錯誤中なら何も企画者、台本、編集、とか考えないでとにかくやりたい人集めて遊んでみるのを先にしては如何かな。
がっちり役割を決めるのは後でも出来るからな。
多くなってきたらまとめも必要だろうけど、少ないうちにやると「ああ。こんだけしかいないんじゃ進まないだろうな」って過疎る場合もある

んでPCじゃなくて携帯でも参加おkって形にしたらどうだろう。もう少し増えるんじゃないか?
音質の差は凄いが現時点で参加者のレベルを上げて切り捨てるより、携帯も混じってた方が盛り上がるんでは。
mp3と携帯形式を掛け合いみたいにつなげることは出来る。
望みを高く持たなきゃフィールドは広がるよ。
んで携帯が増えてきたら携帯同士で掲示板で掛け合いやるとかもできるし、音質均一ならそれなりに妥協もあるけど安心して聞けると思う。
それを編集技術持ってるやつが集めて重ねてあげてもいいだろうし。

すまん、流れを良く把握してないけどちょっと案として言ってみた。
前にスレ創作経験者ーって書き込んだやつだったりします。久しぶりに見にきたら停滞してるっぽいな…

何か方向性決まってたなら余計な事言ってすまんなー。
30名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:09:25 ID:UEgNjBrV
あと、もっと余計な事だけど俺の経験では「誰かやってくれねーかな」「誰か来てくれねーかな」じゃ技術は上がらん
他のやつが編集覚えて質が上がったのを聞いて、触発されて「俺もこんな風にやりたい!」っていう技術向上のスパイラルがないと遣り甲斐もないぞー
編集が居ないならここにいるやつが覚えるのも必要だとおっちゃんは思うな。
人材少ない、じゃなくてそれぞれが向上せんと。
魅力がないと人は集まらんだろ?
皆が楽しそうにわいわいやってりゃ人は増えるってwそんなもんだw
とりあえずストレートにそつなくかっこよく決めるのも目標としていいけど、自分らの出来る範囲での仕上がりを目指さないと。
ってやっぱ余計な事だったなwwwすまんww
まあ気楽にやれやーwww

最初は編集も慣れなくて当然分からなくてもっと当然。練習して覚えなきゃ技術も上がらん。
シナリオはとりあえずあるやつ読めばいいじゃねーか、向いてる向いてない、取り合えず言いっこなしにしようぜ、そうも言ってられんのだろ?
まずはやれる事やろうず。

余計な事ばっか言ってほんっとスマンな(´・ω・`)ここの住人の作品をおっちゃんは楽しみにしてるんだぜ!
31名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:09:57 ID:1wIXYPtI
なるほどなー、レスありがとな。
書き方が悪かったけど声だけうpを推してる意味ではないんだわ、
声うpだけじゃなくて作品に参加してみたいって思ってるやつも居るかもしれない、そういう奴を誘ってもいんじゃね?って思ったんだが、
この方法は向いてないってならそうなんだろうな。

まだ誰かに仕切られてる状態じゃないなら、遊べる場所を自由に活用してもいいと思うんだ。
見ず知らずの奴らと何かを完成させるって楽しいしここでしか出来ないこともあるしな。
あれダメこれダメじゃ勿体ねーなーって思ったんだわww
立ったばっかの誰も居ないスレでもないし、見に来て書き込む人間も居るし。
まあ過疎っていくのが仕方ないってのがこの板全体で一致なら、しゃーないんだろうな。

最後に一個。
否定意見が頻繁だと進もうと思ってやってる人間も嫌になっちまうから、
もし書いてたやつがこれ見てたらもちっとポジティブに考えたらどーだい。っておっちゃんの意見です。
最初は景気良くなんでもやっといた方がいいと思うわけだが、強制じゃないから一意見としてみてくれやw
邪魔してすまんかったな(´・ω・`)じゃあの!
32名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:10:40 ID:oEWgbOAb
初めまして。声劇、拝聴しました!お嬢さま、いいなあ。庭師のキャラがナイスすぎるww

他スレでSSとか書いていますが、声劇を聴いてついつい触発されて、初めて脚本にチャレンジしました。
「一応、こんなものが書けます」的な『書き下ろしプレゼン台本』を2つ程、ろだに上げておきました。「お嬢様…」より短めのものです。
プレゼン台本の役柄は、「お嬢様の庭」のキャラで演じられそうなものをイメージして書いております。
「プレゼン」のつもりですが、本番で使っていただけるのも、却下されるのも、そして参加CVさんの人数、
演じるキャラに応じて加筆修正、若しくは全く別なものを書くことも心得ている所存です。

PresentationSmple A「黒猫堂日記」 ttp://loda.jp/mitemite/?id=913
「お嬢様の庭」のイメージに感化されて書いたもの。
舞台・大正期の東京神田。
登場人物・お嬢…良家のお嬢さま。気が強い。
       若旦那…古書店・黒猫堂を継ぐ頼りなさそうな青年。
       ハル…帝国大学に通う書生。

PresentationSmple B「委員長とにゃんこ!」 ttp://loda.jp/mitemite/?id=914
「学園」で「ネコ」で「委員長」というものを書いてみたかったので。(間違えてろだに同じものを二つうぷしてしまってます…)
舞台・学園の委員会室。
登場人物・委員長…ネコミミに尻尾を持つ、時にやる気を出したり、出さなかったり。
       後輩…委員長の下で働く委員の少年。ちょっと優男。
       相楽さん…後輩と同級生である同じく委員の少女。真面目ちゃん。

よろしくお願いします。
33名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:11:18 ID:Z2gj7NHg
21時を過ぎましたので、ここで募集は締め切らせて頂きます。

今回のCVは、
夕やけさん、よしさんのお二人です。
脚本はわんこさん、編集は半太さん、お願いします。

進め方としては、まずは脚本のわんこさんに台本を書いて頂きます。
サンプルはどちらも拝読させて頂きましたが、
どちらもとても良い台本だと思いますので、
台本に関しては基本的に全てわんこさんにお任せ致します。
わんこさんが書きたいストーリーを書いてください。
こちらがお願いすることとしては、
出来る限り、今回CVを担当してくださる
夕やけさんとよしさんの声質に合わせたキャラクターで
成り立つストーリーを書いて頂きたいということです。
登場人物がもう少し欲しい場合は、私もCV出来ますので、台本に入れて頂いて構いません。出来る限り協力します。
(私の声質は>>608の作品「聖なる夜に」のアリスとお嬢様を参考にしてください)

CVの夕やけさん、よしさん、編集の半太さんは、台本が出来るのを待っていてください。
その間は出来るだけこのスレを覗き、反応出来るようにして頂けると幸いです。

急に都合が悪くなり、企画への参加が難しくなった場合や、
何か疑問を持ったときはすぐにお伝えください。

今回参加してくださった方々、本当にありがとうございます。
どうぞ宜しくお願い申し上げます。
34名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:11:51 ID:7AEbc5DU
 気づけば、俺は見知らぬ部屋にいた。
「あの……なんで俺、君の家に?」
 俺は彼女を刺激しないように、笑顔すら浮かべながら尋ねた。
「なに? あたしの家は貧相で兎小屋みたいでみすぼらしいかしら?」
「いや、そういう事じゃなくてさ……」
 ……なんでそんな反応が返ってくるんだろう。頭痛い。というか、頭が
痛いのは最初からだ。何しろ、温かい物が額の辺りから頬辺りまで
垂れてるのを感じるのだから。……当然、額、切れてるよな、これ。
「どうして俺が今ここにいるのかなぁ、と」
「べ、別にあたしが連れて来たかったわけじゃないんだから!
 そう、たまたまよ、たまたま! たまたまアンタが歩いてたの見かけた
 から、たまたま持ってたとんかちで」
「とんかちを? たまたま?」
「そう、たまたまよ、たまたま! 別にアンタをあたしの部屋に拉致監禁して、
 それで思うがままにしてやろうとか、そんな事思ってないんだから!」
「という事は、この縄も?」
「そうよ! たまたま持ってただけ! 別にアンタをその縄で縛ってここまで
 連れてきて、それで椅子にくくりつけて動けなくしてやろうなんて、全然思って
 なかったんだから!」
 ……肉体的な意味でも痛い頭が、精神的な意味でも痛くなってきた。
大声でわめきちらして、何もかもをなかった事にしてしまいたくなる。
 彼女は、俺の同級生。三枝(さえぐさ)由枝(ゆえ)と言う名を持ち、端整な
容姿と、一通りなんでもできる優秀さをもった彼女は、だがしかし、とんでもない
欠点故に、全校に……もとい、ここら一帯全方位にその名を知られている……
そう、噂されていた。
 そう、あくまで噂だ。今この時まで、俺も噂だと思っていた。優等生で
人気者な彼女に対する、嫌がらせのような噂でしかないと。
 だが、現実は非情である。
 たまたまとんかちを持ってる女子高生がいるか? 否。
 たまたま荒縄を持ってる女子高生がいるか? 否。
 たまたま持っていたとんかちで同級生を殴り、荒縄でふんじばって家に
連れ込み、椅子にくくりつけて監禁する女子高生がいるか? ……。
 ……いるんだよな、目の前に。
35名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:12:28 ID:Ti6tGkdS
「聞きしに勝る、とはこの事か……」
 “ツンデレにしてヤンデレ”。噂に聞く彼女の二つ名は、傍で聞く分には
荒唐無稽なで笑ってしまいそうなものだった。当事者でなかった頃の俺も、
確かに笑っていた覚えがある。
 彼女は別に、好きになった男以外には人畜無害だ。むしろ、アネゴ肌で
面倒見がよく、同性異性問わずに人気はある。
 だがその一方で、好きになった男には……ご覧の通り、というわけだ。
 それが噂などではなく、真実に相違いないと、俺は身をもって味合わっていた。
 今にして思えば彼女に全く寄り付こうとしない男共が何人かいたが、
あいつらは彼女の“被害者”だったんだな……何があったのか聞こうと
しても口を割らずにただ黙って首を振るばかりだったが……。
 ……という事はつまり、今回の被害者……彼女に好かれた男は、俺、
という事、だよな? ……うわー、マジかよ、ホントにマジかよー!
「……あ、あのさ、三枝」
「あたしの事は由枝って呼びなさい!」
「は、はい……由枝、さん」
「さんづけ無しで!」
「ゆ、由枝」
「……はぁ?」
 俺が名前を呼ぶと、彼女はうっとりと瞳を細め、どこか遠くを見つめ始めた。
「……ど、どうかした?」
「あ? ん……あ、ああ、べ、別にアンタに名前で呼んでもらったのが
 嬉しかったとか、そんな事無いんだからねっ!」
「そ、そうですか……」
 その割には満面の笑みなんだが……これがツンデレ分か。彼女の整った、
ともすればモデルにすらなれそうな――そのためにはもう少しタッパがいるか――
顔でそんな表情をされると、なんだかこっちもまんざらではない気分に
なってきてしまう。
「さて、それじゃあ、せっかくあたしの家に来たんだし、お茶くらいはご馳走して
 あげるわよ。別に、アンタにお茶飲ませてあげたいから出すんじゃないわよ。
 礼儀として出すだけだから、勘違いしないでねっ!」
 こうやって椅子にふんじばられて、額から血を垂れ流してる状況じゃなきゃ、
思わず惚れてしまいかねないくらい、今の彼女は可愛い。快活で、気風のいい
普段の姿からは想像できない、照れて顔を赤らめた姿は、同級生として
とても新鮮だった。
「……ヤバイ、ちょっといいかも」
 だが、俺はそんな自分の考えが甘かった事を、即座に思い知らされる事になる。
「待った? まあ、少しくらい待つわよね、せっかくお茶出してあげようって言うんだから」
「あ、いや、別に待っては……え?」
「はい。その格好じゃ飲めないだろうし、飲ませてあげるわね。も、もちろん、
 仕方なく飲ませてあげてるんだから、勘違いはしないでちょうだい」
36名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:13:24 ID:jTxiWKaq
「……すいません、三枝さん」
「由枝」
「由枝……その、あの、さ……聞きたくないけど、聞きたくないけどどうしても
 聞かなくちゃいけない事が、今目の前にあると思うんだ、俺」
「なによ。ま、別に聞いてあげなくもないけど?」
「……お茶から、何か、黒くて長い物が見えるんだけど、それって……」
「あたしの出したお茶が飲めないって言うの? へえ……そう、飲めないんだ……」
「そうじゃなくて、その黒くて長くて、やけに艶めいた、丁寧にトリートメントや
 コンディショナーでケアしてるっぽい感じの物体は何なのかなぁって!?」
「なによ、見ればわかるでしょう」
「……見た、まんまなんだ」
「疑問は解消した? じゃあぐいっと飲んでね、ぐいっと。ま、別にあたしは
 アンタに飲んで欲しいわけじゃないけどね。でも出すんだから飲みなさいよ」
 ……やっぱりコレ、髪の毛なんだ。髪の毛が、それこそ容量の三分の二くらい
入ってるお茶なんだ……っていうかもうこれお茶じゃないよ、髪の毛だよ!
「飲まないの?」
「飲みます! 飲ませていただきます!」
「そんなに飲みたいなら、飲ませてあげるわよ。じゃあ、はい」
 俺は目を瞑って、息を止め、それがやってくるのを待った。
「……んぐぅっ!?」
 か、髪が喉に詰まるっ!? 幸いというか何というか、お茶と呼称している
割りに、そんなに熱くはなかったのでやけどをする事はなさそうだが……
「……うふふ……これで窒息したら、あたしが人工呼吸してあげるから、安心してね」
「んごぉっ!?」
 何か結構ヤバイ呟きが聞こえた気がしたんですけどっ!?
 俺は背筋を伝う悪寒とも戦いながら、必死で髪の毛を……お茶を飲み下した。
「……ぷはぁっ!」
「……ちっ」
 ……舌打ちですか、おい。
 甘かった。少しいいかも、とか思ってた俺、甘すぎて最近離婚した某井戸田
さんにツッコミ受けるくらい甘かったよ……つくづくそれを思い知らされた。
「な、なあ、由枝」
「おいしかった、お茶?」
「あ、ああ……美味しかったと、思う」
「ちょっと容れすぎちゃったから、おかわりしたければしてもいいわよ」
「あ、ああ……と、とりあえずは、いいよ。ありがとう」
 引きつってはいるけども、こんな状況で笑える俺って、実は結構凄いのかもしれない。
「ところで……」
 俺は何とか話を変えようとした。とにかく、このままだと危険だ。何をする
にしても、とりあえず身体の自由は確保しておかなければ……。
「ああ、そうね。ごめん、忘れてたわ、あたしとした事が」
 そう言って彼女は傍らにあった机の引き出しを開け、そこからカッターナイフ
を取り出した。まさか、何も言わなくても俺の言いたい事を察してくれたのか!?
 そんな俺の考えは、またしても甘かった。甘すぎた。太ってしまうくらいに
スリムアップシュガーを入れた紅茶レベルに。
37名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:14:03 ID:GCTMGD1C
「それでこの縄を切ってくれるのか!?」
「どうしてそんな事をしなきゃいけないの?」
 彼女は、俺の輝く表情とは対照的に、きょとんとした顔を見せる。
 ……違、う? じゃあ、なんでカッターナイフなんか……。
「これは、“お話”するのに使うだけじゃない。当たり前の事、聞かないでよ」
 笑顔に戦慄するという事が、実際にあるのだと、俺はその時初めて知った。
「さあ、“お話”しましょう。せっかく我が家に招いて、お茶まで振舞ったんだから、
 少しくらい“お喋り”しても、バチは当たらないと思うわよ」
「……お、お喋、り?」
 お喋りをするのに、何故彼女は俺の喉元にカッターナイフを当てるのだろう。
 何故、口は半月の形に歪んでいるのに、目はちっとも笑ってないんだろう。
「ま、別に“お話”なんかしたくないって言うなら、仕方が無いわよね……
 あたしは別に、アンタなんかと話したいわけじゃないし……でも、お茶まで
 振舞ったお客さんにそんな態度とられちゃうと、悲しくて手元が滑っちゃう
 可能性については否定できないわ……」
 ……姐さん、それ、脅迫です。
「“お話”、して、くれるわよね?」
 や、ヤンデレ分が本領を発揮し始めたっ!
 俺は目で何度も頷いて見せた。下手に頷いて首を動かせば、その瞬間
スパッと逝ってしまいかねない。誤字ではなく。
「よかった……ま、別にあたしは嬉しくないんだけどね」
 その表情は、つい数分前まで少しいいかもと思って、状況さえまともなら
惚れてしまいそうだと思ったその表情は、今は俺に恐怖しかもたらさなかった。
「じゃあ、“お話”しましょう……仁藤(にとう)さんと、楽しく喋ってたの、あれ、何?」
 ……姐さん、これ、尋問です。
「べ、別に何でも……に、仁藤は、同じ、委員会、だし」
 喋る度に小さく揺れる喉を、突きつけられたカッターナイフが圧迫する。
「嘘ね。あんな楽しそうな顔……あたしの前じゃ見せなかったじゃない」
「そ、そりゃ……お前とは、今日までそんな、親しく……」
「そうね、確かにそう。でも、今日からはもっと親しくなれるわよね?」
「……」
「ね?」
「は、はい!」
 ヤバイ。もう、どうにかなってしまいそうだ。身体がではなく、心が。
「もちろん、あたしは別にアンタの事なんかどうでもいいの。でも、仁藤さんは
 がアンタみたいなロクデナシに引っかかって不幸になるのは、友人として
 見過ごすわけにはいかないから、仕方が無くあたしが仁藤さんの代わりを
 してあげようって言うのよ。光栄に思いなさい」
 もう、ツンデレとかどうでもいい。何とかして、この状況から脱出しないと、
俺は駄目になってしまう。
 三枝に近づこうとしない男連中の、冷凍イカのような濁った瞳を思い出した。
このままでは、俺もあいつらと同じ……
「逃げようと、思ってる?」
「……! そ、そんなわけ……!」
「良かった……逃げようなんて思ってたとしたら……あたし、アンタを殺して、
 自分も死ななきゃいけなかったんだから……うふふ」
「な、なんでっ!?」
「でないと、仁藤さんに迷惑がかかっちゃうでしょう? それに、アンタを殺したら
 アタシも殺人犯。もう生きてる価値なんて無いわ。理屈でしょ?」
 ……狂った、理屈を、彼女は朗々と詠じるように口にする。
 本当に、彼女は――
「や……病んでる……っ!」
「今日は……ゆっくり……“お話”、しましょ?」
38名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:14:35 ID:9xW1G2O/
「おはよー、仁藤さん」
「あ、おはよう、三枝さん」
「どうしたの、浮かない顔して?」
「あ、うん……ちょっと、ね」
「何か悩み事あるんなら聞くけど?」
「……誰にも言わない?」
「あたしの口堅いの知ってるでしょ?」
「そうだね、三枝さんなら……あのね、三木本君の事なんだけど」
「ん? 彼がどうかしたの?」
「なんだか今日、おかしいのよ……私がおはよーって挨拶しても、何か怖い
 物を見るような目で見た後、自分の席まで走っていって、それから突っ伏
 したまま動かないの」
「失礼な奴ねぇ……何かトラウマになるような事でもあったのかしら」
「……私、何もした覚えないけど」
「それなら尚更失礼よね。うん、わかった。後で私がきつく言っておいてあげる」
「……元気になってくれるといいんだけど」
「あれ? 仁藤さん……もしかしてぇ?」
「あ……うん……そ、そうなの」
「ま、やめときなさいよ、アイツは。なんか色々素行悪かったりするみたいだし、
 仁藤さんみたいな真面目な娘には合わないって」
「……そ、そうかなぁ」
「ま、そこら辺もそれとなく聞いておいてあげる……けど、多分付き合ってる
 娘とか、いるんじゃないかなぁ」
「あ……うん、ありがとう、三枝さん。だとしたら、諦められるし……お願い」
「そろそろ授業始まるよ。準備できてる?」
「あ、そうだね。ありがとう、三枝さん。それじゃ」
「んじゃねー」

「……危なかったわね。先手打って大正解。でも……三木本君も、“あの程度”で
 壊れちゃうとは予想外だったわー。結構丈夫そうだと思ったのになぁ。これじゃ、
 …………また、新しい恋、探さないといけないかも、ね……うふ……うふふふ」
39名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:15:10 ID:0UmIAu/i
外灯もない暗い夜道。光を求めて舞い飛ぶアゲハモドキのシルエットが
かすかに浮かぶ。
静寂に満ちた空間に俺の足音だけが不気味に響く。
民家は最短でも百メートル以上は離れており、例え通りすがりの者がいても
何かを目撃するのは不可能だった。
人を襲うには申し分のない空間だ。
俺がそう思った時、電信柱に隠れていた人影が俺に向かって躍りかかってきた。
「え、えいっ!」
漆黒に響く、脱力感さえ覚える間の抜けた掛け声と共に刃が降り降ろされる。
そして見事に空を切る。
「あうっ」
襲撃者はそのままバランスを崩して転倒し、俺を狙った凶器はゴン!という
音と共に路上を転がっていった。
雲の切れ間から月の光が差し込み、襲撃者の正体をあらわにする。
子供用をそのまま大きくしたような黒のワンピース。胸いっぱいにあしら
われた逆十字の刺繍。ボブカットの黒髪と処女雪を思わせるような白い肌。
おそらくはハーフかクォーターと思われる端正な顔立ちをした小娘が尻餅を
ついてこちらをにらんでいた。
アスファルトの上に転がる巨大な斧が月の光を反射して鈍い光を放っている。
小娘は俺をにらんだまま、その斧のありかを手さぐりで探し始める。
踏みつければポキリと折れそうな細腕がまったく見当違いの方向を空しく
さまよっていた。
だが、視線をはずせば反撃を受けるとばかりに、決して俺から目を離そうと
はしない。
いつまでたっても斧は見つからず、小娘の顔がだんだん泣きそうになってくる。
俺は胸ポケットから煙草を取り出し、火をつける。
煙が薄闇の中でゆらぐ。
俺は天を見上げ、明日は雨かな、などとどうでもいいことを考えていた。
たっぷり3分。
彼女はようやく武器のありかを探り当てて、それを手にして立ち上がる。
斧を振り上げ、再び俺を襲おうとする。
だが、その斧はあまりに巨大でどう考えても彼女の手には余るものだった。
小娘は斧の重さに負けてそのまま後ろにひっくり返りそうになり、
よろよろと二歩、三歩後ずさったのち、かろうじてその場に踏みとどまった。
俺は煙草をくわえたまま、思わず苦笑した。
その時、思わぬことが起こった。
彼女は俺のその表情を見て赤面し、斧を振り上げたままぷるぷると震えだしたのだ。
最初、斧の重さに耐えかねているのかと思ったが、どうもそうではないらしい。
唐突に彼女は上ずった声で叫んだ。
「か、勘違いしないでよっ!そ、そ、そんなんじゃないんだからね」
40名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:15:45 ID:4NMoj8TO
最初俺は彼女が何を言っているのかまったく分からなかった。
むしろ分かる奴がいれば教えてほしい。
俺と彼女は初対面ではないが、彼女とのコンタクトはこれまでトータルで
10分足らずだし、今まで口を利いたこともないのだ。
それで一体何を勘違いするというのだろう。
『本当はあなたに危害を加えるつもりはないんです』
とか?
『こう見えてもあたし、凄腕の殺し屋なの。どじっ娘なのは相手を油断させるためよ』
とか?
俺の頭の中で疑問符が乱舞する。
しかし、その後に続く彼女の言葉はさらに俺を驚かせた。
「貴方のことを何度も襲うのは、たまたま貴方が私の待ち伏せているとこ
ろに現れるからであって、別に貴方にき、き、き、気があるとか、貴方を
ひと、ひと、独り占めにしたいとか、そんなことはまったく、ちっとも、
これっぽっちも思ってないんだから。私は冷酷な通り魔で襲う相手は誰
だっていいんだからね!」
俺の口から煙草がすべり落ち、足元で小さな火の粉を上げる。
・・・・。
待て。
いや、ちょっと待て。
この見た目14、5歳の自称、冷酷な通り魔は今、なんと言った?
いや、何を言ってるかは明白だ。
これはどう聞いてもツンデレ娘の愛の告白だ。
・・・・。
いや、だからちょっと待て。
歳の差だとか、お互いのことを良く知らないとか、そんなのことはこの際
どうだっていい。
問題なのは、彼女が俺のことが好きで、しかも俺がその気持ちに気づいたと
彼女が思っているということだ。
どこをどう読めばそんな文脈が出てくる?
まさか・・・。
俺を襲う=愛情表現
苦笑する俺=彼女の気持ちを見透かしたダンディな俺
ということなのか。
だとすればこの小娘の頭の中は見た目以上にクレイジーだ。
とりあえず俺は彼女に返事を返すことにした。
「悪いけど、俺はロリコンじゃないから」
「だから違うってば!」
41名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:16:16 ID:r2NcPKnu
彼女の顔はますます赤くなり、振り上げた斧を勢いにまかせて振り下ろした。
俺はバックステップでそれをかわそうとしたが、そんな必要はまるでなかった。
彼女は斧の重さに引きずられ、前のめりになり、斧ははるか前方でアスファルトの
地面を叩いた。
その衝撃をもろに手首にくらった小娘は、手にした武器を再度落とし、
うめき声を漏らして、その場にうずくまった。
俺は思わず肩をすくめた。
この街で通り魔殺人がはじまったのは今から1年前のことだ。
最初の被害者は小谷栄太郎という26歳の警察官でかつてオリンピックで
強化選手にも選ばれたことのある猛者だった。そんな彼が巡回中に何者かに
襲われ、あっさりと殺されたのだ。正面から頭を叩き割られ、ほぼ即死だった
ということだ。
警察は身内に対する狼藉に色めきたち、総動員の態勢で捜査に当たったが
何一つ手がかりを得ることが出来なかった。
そのままずるずると1ヶ月がすぎ、迷宮入りの色が強まった頃、第2の事件は
起きた。
今度の被害者は30代の暴力団員で190センチを超える巨漢だった。腕っ節
ひとつで組織の幹部までのし上がった根っからの喧嘩屋だったが、彼も
反撃の跡すら残さないままに正面から一撃によって倒されていた。
その後も事件は続き、1年足らずで小さな街から20人以上の被害者を出すと
いう前代未聞の連続殺人に発展した。
通常、通り魔と言えば女子供といった弱者を狙うものだが、この犯人は
まるでストリートファイトでも仕掛けるように格闘技経験者や暴力に携わる
者たちを狙っていった。しかも、これだけの死者を積み重ねながら犯人は
一度の目撃も許さず、わずかな遺留品も残していないのだ。とても常人の
業とは思えない。
少なくとも目の前でひとり喜劇を演じている小娘がそれをなし得たとは
想像することすら出来なかった。
俺は自分の思惑から外れたこの展開に正直うんざりしていた。
俺が期待していたのはもっとスリリング何かだ。
より明確に言えば人間離れした犯人との対決だ。
そのために俺は依頼を引き受けたというのに。
俺の肩書きは一応探偵ということになっているが、浮気をしている旦那を
尾行して盗み撮りをしたり、行方不明の娘を探して聞き込み調査をしたりはしない。
もっぱら腕力とありとあらゆる危ない橋を渡ってきた経験を生かして物事を
解決するという、要するに荒事解決のスペシャリストだ。
依頼してきたのは5番目の被害者の母親で、資産家の娘として育ったマダムだった。
ナルシストのボディビルダーだった息子を溺愛していて俺の所にやってきた頃には
犯人に対する憎悪でほとんど発狂寸前だった。
42名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:16:53 ID:FX8d34nD
子離れできないババアの狂態は見苦しく、思わず殴り飛ばしたくなったが、
報酬額と依頼内容が気に入ったので自重することにした。
ようするに俺が囮になって通り魔の徘徊する街をうろつき、襲い掛かってきた
犯人を返り討ちにしてくれということだ。
俺にとってはまたとない依頼だ。
普段は物静かな俺だが、リアルファイトを開始すると体中が興奮状態になり、
悦楽の中に全身が溶けていくような感覚を覚えるのだ。
相手は強ければ強いほどいい。そしてその相手を叩きのめした瞬間こそが
何よりの至福だ。
今度の相手は人間離れした通り魔。
彼はおそらく強者を求めて人を殺し、俺も強者を求めて依頼を受ける。
似た者同士のふたりだ。
今度の仕事は生涯最高対決のファイトになるに違いない。
そんな期待にわくわくしながらこの街に引越し、人通りのない夜道でこれ
見よがしにトレーニングを繰り返し、時にはどこかで見ているかもしれない
通り魔に強さをアピールするためにゴロツキたちを叩きのめした。
そのあげく網にかかったのが、この小娘だ。
逃げ足だけは速く、今までに2度取り逃がしたがもはや捕まえる気力すら
起こらない。
「や、やったわね」
小娘が手首を押さえて立ち上がる。
いや、俺は何もやってないし。
まったく役者不足もいいとこだ。
俺は柄にもなくため息をつきそうになった。
43名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:17:27 ID:lhD0EGOg
ある日、男は編集に言った。

「今まで俺が書いた小説が読みたい」

それは、一週間に一度、編集の男がやって来たときのことだった。
男は、自分が書いた小説を、もう一度読み返してみようと思った。
そうすれば自分が何者なのか、わかるかもしれない、そう考えたからだ。

「それは・・・どうしてですか?」
「小説のストーリーをもう一度、読み返してみたいのだよ。
 最初の設定がどうなっているのか、ちょっと調べたい
 プロットの構成も、考え直す必要があるし・・・」
「わかりました。ご期待に沿えるようにしましょう」

編集の男は帰っていった。
男は自分の部屋の中を眺めて、あることを思い出した。
過去にも、編集に同じことを言ったことを・・・
そのときにも、編集の男は同じことを言った。
だけど編集の男は、いつまでたっても、男が書いたという小説を持ってこなかった。
無駄だ・・・手掛りなし。
男は、自分の書斎の本棚にぎっしりと積み上げられた書物を見た。
おや?
本棚の上に何かノートみたいなものがある。
男は、椅子を持ってくると、その上に乗って、本棚の上のノートを取った。
そのノートには、『構想メモ』と書かれてあった。
44名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:18:05 ID:ukaWo88u
そのノートは埃を被り、かなり黄ばんでいた。慎重に扱わないと
ボロボロと崩れ落ちてしまいそうだ。
かなり古いものであることは明らかだった。
表紙に書かれた『構想メモ』という文字はかなりの達筆でどうも
自分の文字ではなさそうだ。
男はノートを持って椅子に座るとそれをいためぬよう、慎重に開けた。
変色をした紙の上に美しい文字が整然と並んでいる。


『キ印作家のロンド』
自分が小説家だと思い込んでいる男。
男は家に閉じこもり、小説を書いている。
しかし、そう思い込んでいるだけで実際に原稿用紙に書かれているのは
殺人の計画書だ。計画書と言っても犯行を隠蔽するためのものではない。
いかに殺せば相手により苦痛を与えることができるかの詳細な検討を
書き込んでいるのだ。どれも身の毛もよだつ殺害方法だった。
しかし、彼にはそんなものを書いている自覚はない。あくまでも連載用の
小説を書いているつもりだった。
彼はとっくに気が狂っていた。
こうして男は毎週メイドを色々な方法で殺していく。メイドをいくら
殺しても次から次へと新しいメイドが現れる。男はメイドを殺した
ことはおろか、メイドが代わっていることすら分からない。

○どうして男は狂っているのか?
○なぜ、新しいメイドが次々と現れるのか?
○彼は小説など書いていないのに時々、編集者と名乗る男が
 現れる。彼の正体は?

以上3点がこの物語の最大のポイントである。


ノートの1枚目にはそう書かれていた。
45名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:18:50 ID:kl2Uetqh
男はめまいのようなものを感じた。
背中を走る怖気。
すぐに次のページをめくる勇気はなかった。
(これは一体、なんのなのだ?)
男は考える。
筆跡から見てこれは彼ではない誰かが書いたものだろう。
紙の変色ぐあいから考えると、あるいは数十年前に書かれたものかもしれない。
(自分がここで小説を書き始める以前に誰か他の者が同じように執筆を
していたのだろうか?)
それにしてもと男は思う。
この構想メモに書かれている狂った男と彼自身との共通点は一体何なのかと。
単なる偶然か、それとも誰かのいたずらか(一体誰の?)
男は考えがまとまらないまま、おそるおそる次のページをめくろうとした。
その時、ノックの音がした。
男は反射的にノートを机の引き出しに隠した。
ドアが開く。
「ごしゅじんさまー!!」
元気な声をあげて入ってきたのは見た目幼女で年齢不詳の猫耳メイドだった。
彼女は編集者が、執筆に集中できるようにと送ってよこしたハウスキーパーだ。
確かそうだったと彼は思うのだが、しかし、どうも記憶があいまいだ。
「ごしゅじんさま、お客様だにゃん」
彼女はそう言って猫耳をぴくぴくと動かした。
大変愛らしい仕草だが、どう見ても付け耳には見えない。
彼女は猫又か何か物の怪のたぐいではないだろうかと男は半ば本気で
疑っていた。
46名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:19:27 ID:IBG7gSaM
誰が来ているのかと男が尋ねると猫耳メイドは、ご主人様のファンだと答えた。
「ファン?」
男は思わず声を上げる。
「何でも、『地下牢ワルツ』を読んで猛烈に感動して、それでどうしても
作者の方とお話したくなって、三日三晩車を飛ばしてようやく辿り着いた、
ということらしいにゃん」
地下牢ワルツ。
それは男にとって聞き覚えのないタイトルだった。
本当にそれは彼の書いた作品なのか?
男は疑念を覚えたが、すぐに、本のタイトルは編集者に一任していたことを
思い出した。
きっとそれは編集者の男が名づけたタイトルなのだろう。
しかし、それにしてもと男は思う。
そのファンと名乗る人間はどうやってこの場所を知ったのだろうか?
彼の小説を連載している雑誌にここの住所が載っているのだろうか?
それとも・・・。
「それでどうするにゃん?」
男の思索を遮るように猫耳メイドが言う。
「玄関で待たせているのだけどこちらに案内してもいいのかにゃん?」
男は少し考えた後、こちらから出迎えるから君は仕事にもどりなさいと言った。
「ラジャーにゃん」
猫耳メイドは敬礼をし、部屋から出て行った。
男は今までの疑念を整理するかのように天井を見上げて何かを考えていたが、
やがて首を左右に振ると立ち上がり、部屋から出て行った。
47名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:20:00 ID:EXQfScLp
玄関には誰もいなかった。
男は首を傾げながら扉を開け、外に出た。
外にもやはり誰もいない。
青空の下には瓦礫の山が広がっている。
彼の住む4階建ての建物を中心として地平線まで広がる廃墟の
中に人の気配を感じさせるものは何一つなかった。
風が吹き、砂塵が舞う。
ひび割れたアスファルトの路上に突き刺された日章旗が
激しくはためいていた。
男はふと足元を見た。
風に乗って空高く舞い上がろうとする紙切れが小石に
押さえつけられてもがいている。
男は紙切れを拾い上げ、そこに書かれてある文字を見て
ぎょっとした。
そこにはひと言、
「逃げろ」
と書かれてあった。
男は反射的にその紙切れをくしゃくしゃにすると、ポケットに
つっこんだ。
彼の体の中で急速に不安が広がっていく。
一体、誰がこんなことを書いたのだろうか。
男はファンと名乗った者がどんな人間だったかを確認するために
猫耳メイドを呼ぼうとした。
だが、彼は彼女の名前を知らなかった。普段なんと呼んでいたかも
思い出せない。
しかたがないので「おーい、おーい」と言いながら家中を探し回ったが
家の中には彼以外誰もいない。
いつしか不安は恐怖に近いものに変わっていた。
男は書斎に戻り、創作メモに書かれた内容を確かめようと机の引き出しを
開けた。
だが、そこには何も入っていなかった。
48名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:20:43 ID:Jw5ybUQd
「だめ、今日は来ないで」
「なんでだよ、だってそんな調子じゃ飯だって満足に作れないだろ」
「いいの……」
弱々しい声で奈美が答える。電話越しに伝わる苦しそうな息遣い。どう考えても平気そうではない。
「……いいから、来ないで。私なら大丈夫だから」
そう言い終えると同時に、奈美は咳き込んだ。ゴホッ、ゴホッ、と辛そうな咳だ。
「何が大丈夫なんだよ。いいよ、行く。粥くらいなら俺でも作れるし、看病だって……」
「だめ!」
声を震わせ、奈美は遮った。
「今日は来ないで、お願い。本当にお願い……。心配してくれてありがとう。でも私は大丈夫だから。じゃあね」
「ちょっと待てよ、奈……」
電話が切れた。一方的に切られた。どう考えても、普通の様子ではなかった。
咳と体のだるさは、単なる風邪の症状だろう。でもそれ以外に、何かに脅えているような気がした。
以前にも俺は奈美の部屋に行ったことがある。だから俺が部屋を訪れること自体は、問題がないはずだ。
なら、今日、俺が奈美のために看病しに行くことに何の問題があるのか。
部屋の時計を見る。昼前だ。俺は鞄に携帯と財布といった、いつも持ち歩いているものを鞄にしまった。
じっとしてはいられない。今日行くことで、何か迷惑をかけることになるのだとしても。
車のキーを手に持ち、俺は玄関へと向かった。
49名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:21:18 ID:USJMdobx
少し古いけれど、割と綺麗に手入れされているマンションの一室に、奈美は住んでいる。
閑静な住宅街にたたずんでいる五階建てのマンションで、奈美の部屋は二階にある。
最上階の方が見晴らしがいいのに、と俺が言ったとき、二階は家賃が安いから、と奈美は言っていた。
そんなやりとりを思い出しながら、俺は二階へと続く階段を上った。二階なら階段を使った方が早いのだ。
来る途中に買ったケーキの箱が、手元でカサコソと、どこか怪しげな音を立てていた。


206……。奈美の部屋だ。突然の訪問を、奈美は迷惑に思い、門前払いしようとするだろいか。
それとも、本当は強がっていただけで、こうして訪ねてきたことを喜んでくれるのだろうか。
俺は後者であることを願いながら、インターホンを押そうと、手を伸ばした。
と、そのとき、中で子供が暴れているような物音がしたように感じた。
誰か来ているのだろうか。もしかして……。ふと嫌な予感が頭をよぎった。
あれだけ語調を強めて来るなと言っていたのは、他の男が来る予定だったからではないのか。
しかも、そいつが子連れの男だとしたら……。俺は激怒するだろう。奈美もそれは予想できていたはず。
背筋に、言いようもなく不快な寒気が走った。奈美はかなり均整のとれた顔立ちをしているし、艶やかで長い黒髪が顔の魅力を一層引き立てている。
男からの誘いは、彼氏がいる今でも少なくないのではないか。
嫌な予感が胸の内で膨らみ、次第に心を圧迫しだした。
ドアが開くのは待てない。入ろう。
俺は意を決して、ドアの取っ手に手をかけた。
50名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:22:00 ID:I2p0BaHk
幸い、玄関の鍵はかかっていなかった。
「奈美〜?俺だけど、来ちゃまずかったかな?」
ここで平静を保てたのは、見知らぬ靴が玄関に置いていなかったからだろう。
最近、奈美がお気に入りだと言っていた茶色の洒落たブーツと、少しくすんだ色のスニーカーが並んでいた。
「奈美……?」
返事がない。さっきは物音がしたのに、今は誰もいないかのように静かだ。
「入らせてもらうよ」
リビングへと続く細い廊下の先に向かって、声を投げ掛けたとき
「何で来たの?!だめ!帰って!」と、奈美の悲痛な叫びが返ってきた。
「なんだ、やっぱりいたのか……。まぁ……そんなに迷惑なら帰るけどさ……」そう言って、ケーキだけを置き、立ち去ろうとしたとき、廊下に付着した血痕が目に入った。
まだ時間があまり経っていないような、鮮明な、赤い色。
廊下に血が?誰の?なぜ?俺はカバンとケーキを置き去りにして、細く短い廊下を駆け抜けた。
そして、信じられない光景を目の当たりにした。
女の子らしい可愛らしい小物が、シンプルな調度類に溶けこんでいる奈美の部屋。
そんな部屋の片隅に、血だらけの男が腹の辺りを押さえて、うずくまっていたのだ。
「何で……何で来たの……?」
そう言って目に涙を浮かべる奈美。淡い青色のパジャマが返り血で紅色に染めあげられていた。
手には、赤い滴を垂らしているナイフが、しっかりと握り締められている。
俺は言葉を失った。
51名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:22:38 ID:Y63watrV
声帯が潰されたかのような気がした。全身の血の気はひき、部屋に漂う血の香りに
吐きそうになる。奈美は……奈美は何をやったんだ。いや、答えは出ている。
俺はそっと奈美の顔に目をやった。奈美の口元から、小さくフーっと溜息が漏れた。
「バレちゃったか……。こんなに早くバレるはずじゃ、なかったのにな」
「何を……言っているんだ」
俺は目を背けたくなる気持ちを抑え、うずくまる男を静かに見た。
腹の辺りから大量に出血したようで、男の倒れている辺りは血で真っ赤に染まっていた。
もう死んでいるのか、うめき声もあげていない。
その男の顔は(うつむいていてはっきりとは見えないが)とてつもなく美しい男だった。
芸能人でもそうそういないだろうという、20歳くらいの中性的な顔立ち。
恋愛関係のもつれか。俺とっさにそう思った。こんな状況なのに、いや、こんな状況
だからなのか、俺の頭は妙に冴えていた。
「奈美、警察に行こう」
「……いや」
「奈美!」
「あのね、信じられないと思うけど、この人、人間じゃないのよ」
奈美は男にちらりと視線をやり、言った。今まで見せたこともない、冷たい表情で。
「そんなことはない。この男がどんな奴だったかは知らない。でも、人間じゃない奴
なんて……殺してもいい奴なんていない!」
俺がそう言うと、奈美は薄く笑った。
「まぁ、信じてもらえないよね。あと15分……、ううん、10分くらい待って」
「……自首は早い方がいい」
「わかったから、とりあえず10分くらい待ってて。今、お茶出すから」
「こんな部屋でくつろげるわけないだろ」
俺は改めて部屋を見渡した。奈美と男は揉み合ったのか、テーブルの位置はずれていて、
小物が部屋に散乱している。
「こういうのは早い方がいいんだ、早く警察……に……?」
俺は目を奪われた。男の足が、さらさらと消えてなくなる砂のように、形を失っていく。
足先、ひざ、大腿部、腰……、次々と溶けてなくなっていく。
「な……なんだこれは?」
「ん?あれ、もう来たのかな?」
そう言って奈美は台所から戻ってきて顔を覗かせた。そしてくすりと笑った。
「だから言ったでしょ?これは人間じゃないって。自首する必要もないよね?」
奈美がそう言ったときには、男の胸部、いや、鎖骨の辺りまでが消え去っていた。
気づけば、俺の足元にこびりついていた血痕も消えていた。
「これは、夢か……?」
52名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:23:14 ID:j7HURrXP
「夢じゃないよ、現実。わかるでしょ?」
奈美はテーブルの位置を戻し、小物を片付け、それからナイフを置いた。
「説明……してくれるか?」
「そうだね、まぁいいかな。さっきの男はね、ブラックホールなの」
「話が見えない」
「だよね……。そうだな、じゃあさ、ブラックホールって知ってる?」
「……宇宙にある、何でも吸い込む黒い……穴?」
「なんだ、よくわかってないんだね」
奈美は笑って、それからソファーに腰掛けた。空いている隣をぽんぽんと手で
叩く。座れということか。俺は奈美の隣に腰掛けた。
「さっきの男は太陽の質量の10倍くらいのブラックホールから生じたの。 
 知ってる?このくらいの規模だとね、恒星の進化の最終段階、って言っても
 いいくらいなの。わかる?進化の最終段階だよ?」
奈美が俺の目を見据えて大真面目な顔で語っている。頭が奈美の話についていけなかった
が、俺は必死に頭を回転させた。からかっているわけではないことくらい、雰囲気と状況
でわかる。
「光ですら逃げ出すことができない、圧倒的な重力を持った究極の天体……であるはず
なのよ、本当はね」
奈美が静かに笑った。
「でも、そんな究極であるはずの天体も、ホワイトホールの存在によって底の破けたバケ
ツみたいに何でも抜け落ちてしまう欠陥品になってしまう」
なかなか先の見えない話に俺は苛立ってきた。奈美のことは何でも理解しているはずだ
った。なのに、この、蚊帳の外に追いやられていたかのような疎外感は何だろう。
俺の知らないところで、何が進行していたのだろう。奈美は、何者なんだ。
「そんな宇宙の話が、一体何だって言うんだ。俺達には関係のないことだろう!」
俺は声を荒立てしまった。気づけば立ち上がり、ソファーに腰掛ける奈美を見下ろす格好
になっている。
「わからないかな、私がホワイトホールなのよ。彼ら、つまりブラックホールを、不完全
なものにしてしまうお邪魔虫ってわけね、向こうから見れば」
奈美を俺を見上げて、事も無げに言った。一瞬、頭が真っ白になる。
血痕も死体も消え、日常を取り戻しつつあるこの部屋に、沈黙が流れた。
「何なんだよ、それ……。わけが、わからない……」
これが何かの冗談だったら、俺はどれだけ救われただろう。でも、目の前で血だらけの
人間が砂になり消え去る現象を見てしまった。現実から逃げるわけにはいかない。
53名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:23:49 ID:AUoEr93X
「先生、怖い話してー」
子供というものは怖い話が好きだ。毎年、新しく子供が進級してくるたびに、私はそう思う。
「うーん、じゃあとっておき、身も凍るような話をしようか」
期待に満ちたキラキラと輝く眼差しに見詰められ、私はゆっくりと話し出した。
――昔、まだ先生がこの学校に着たばかりの頃の話。
まだ校舎の建て替え前で、古い木造の平屋の教室だった。
戦時中は避難所に使われていたため、身寄りのないまま亡くなった人の骨や遺品が
ひっそりと物置の隅に安置されていた。
夜になると、母を呼ぶ子供の声や、子を探す親の声がどこからともなく聞こえてきたりもしていたという。
先生は聞いたことはなかったんだけどね。
宿直で泊まると、時折、飛行機の音や空襲警報が聞こえてくることはあった。
火の玉? いや、そういうものは見たことがない。残念ながら。
「ぜんぜん怖くなーい」
そうだね。もうちょっと待ってね。
冬の夜、いつものように私が学校の宿直室で夜を過ごしていたときのこと。
表で小さな子供の声が聞こえたんだ。
プールに行こう、あそこなら大丈夫、ってね。
大丈夫も何も、冬のプールは薄氷が張った上に雪が積もるから、落ちたらまず助からない。
大人でも、一瞬で心臓が止まる。嘘じゃないぞ、みんなよく気をつけるんだよ。
上着を羽織る間もなく駆けつけると、小さな子供が二人、佇んでいるのが見えた。
そこは危ない、こっちへ戻りなさい、そう言って駈け寄ったときに気がついた。
雪の上に残った足跡は私のものだけ。
子供の足跡は見あたらない。
ぞっとして立ち止まると、子供たちがゆっくりと振り返った。
にい、と笑った顔は土気色で、生気がない。
「先生も、こっちに来たんだ」
言われて思い出した。校長が葬儀に出かけた先は、昨日の空襲で亡くなったこの子たちの家だった、と。
「わわわっ」
私は大声を上げて逃げ出そうとした。その足を、冷たい手が掴んで、水の中へ引きずり込もうとする。
足がずぶっと氷水に浸かった。
あまりの冷たさに、声も出ない――。
しばらくの沈黙があった。聞き入っていた子供たちが魔法からとけたように騒ぎ出す。
「先生?」
「身も凍る、ってそこで終わりかよー」
「そう、これで終わり。夜の学校は怖いから、暗くなったら来ちゃダメだよ。さあ、お帰り」
ぶーぶー文句を言う子供たちを追い出しながら、私は笑った。
明日の朝になれば、あの子たちは身も凍る、を本当の意味で知るだろう。
今の私は、すでにこの学校の教師ではない。
あの夜、水の中で息絶えた私は、ただ霊体となって、ここに居着いているのだから。
54名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:24:32 ID:kNAcbVJr

見渡す限り荒涼とした風景が広がる、小高い丘の中腹にぽつんと机が置いてある。
その机に日がな一日腰を下ろし、男は小説を書き続けている。
眼下には赤土の荒野が、吹きすさぶ風に土埃をたてている。
動くものといえば、背の低い草木から吹き飛ばされた枯れ枝が時たま見られるくらいで、
生命の息吹を感じられるものは何一つとしてなかった。

「せんせい」
背後から声が掛かった。しっとりと落ち着いた女の声だった。作家は振り向き、笑みを浮かべる。
「来てくれたのか。まだ出来上がってはいないのだよ」
「お急ぎになることはありませんわ。わたし、待っていますから」
「いや、もう少しで終わる。――退屈だったら辺りを散歩してくればいい」
女は柔らかな笑みを浮かべ、作家の側に歩み寄った。
白い手をさしのべると、無骨な男の手を細くしなやかな指で包み込む。
「おそばにいますわ。もしお邪魔でなければ」
女の暖かな体温が、ペンを握った指に伝わった。書かなくては、と男は思う。
「何を書いていらっしゃるの」
問われて男は手を止めた。あと少しで書き上がる。少し休憩しても構わないだろう。
「自叙伝だよ。わたしのこれまで生きてきた道筋だ。生まれてから――これまでの」
ごく平凡な人生だった。田舎町のヒラ警官として、日々交通整理に明け暮れた。
他人から見ればつまらない生き方だろう。だが、それで十分じゃないか。
「しあわせでしたか」
彼女が問いかけた。もちろんだ。貞淑で優しい妻がいて、子供たちは育ち、自立した。
妻は車をさばく私の指の動きが素敵だといつも褒めてくれていた。
これから先、定年後の人生は妻と二人、庭いじりでもしながら心穏やかに過ごすのだ。
――これから先?
違和感があった。
「せんせい、作品はまだ途中です」
私は胸を押さえた。
「奥様からの伝言をお預かりしています。――愛するあなた」
差し込むような痛みが走った。目の前が暗くなる。
「仕事をしているあなたの姿が大好きでした」
包み込むような彼女の声が遠く聞こえた。
「せんせい、作品が終わるまで、わたし、待っていますから」

「気がつきましたか」
白衣の女性が横から覗き込んでいた。消毒薬の香りが漂う。
「あなたは十日も眠ったままだったのです。どこか痛いところはありますか」
痛みは全身にあった。だが、それよりも私は聞きたいことがあった。
「あれは……わたしの妻はどうしましたか」
自分のものとは思えない、かすれたうめき声が漏れた。看護婦は逡巡する様子を見せた。
「奥様はお気の毒でした。……即死でした」
何度か息を整え、私から目を逸らしたあと、彼女は低い声で告げた。
私は両手で顔を覆い、ぼろぼろと涙を流した。
そうだ。
全て、思い出した。
二人で庭のバラの手入れをしていたときのことだった。
いきなり庭に飛び込んできた車にはねられ、人形のように宙を舞う彼女の姿も。
そして同時に私もはねとばされた。その一瞬、運転席から振り返った男の顔も……。
「――なんということだ」
何もかも、失ってしまった。
看護婦が呼んだのだろう、後輩の警官が部屋に入ってきた。
散歩中の私たちをはねた車が見つかったものの、車は大破しており、
運転者が誰なのか分からないままなのだと彼は言った。
運転手の顔は覚えている、そう私が言うと、彼は写真を出して見せた。
「この中の誰が運転していたか、証言していただけますか」
私は頷いた。ふと妻の声が聞こえた気がした。
「この男だ」
警官の示す写真の一枚を――私は、指で、さした。
55名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:25:07 ID:lkUKybT/
崩れかけた廃屋と、朽ち果てた柵で囲まれた瓦礫の街。
その中心部の、今は壊れて跡形もない噴水のあとに、ぽつんとイーゼルが置いてある。
女画家が真剣な顔つきで上下左右に絵筆を動かしながら、仕上げに入っている。
しんと静まりかえった町に、イーゼルに向かう女の影だけが小さくゆらめいていた。

「ふう、あと少しだわ」
造形作家は腰を伸ばして、辺りを見回した。そろそろ約束の時間だった。
「せんせい」
衣擦れの音がして、女がいつものように足音もなく現れた。落ち着いた柔らかな声は
いかにもキュレーターの職にふさわしい。
「時間厳守ね。こちらももうじき完成するわ」
画家は振り返って女を見た。逆光の中、黒くシルエットが浮かび上がる。
「おめでとうございます」
女が微笑んだ。
「この絵は……可愛いお嬢さんですね、赤い薔薇に囲まれて」
「ええ、娘のために描いたの。誕生日には薔薇を贈るって約束だったから」
画家は笑みを浮かべた。女手一つで育ててきた自慢の娘だった。
家庭に恵まれなかった画家にとって、娘はやっと手にした憧れであり、宝だった。
この子さえいれば、この子のためなら何でも出来る、そう思っていた。
「掌中の玉ですね」
もちろんそうだ。娘は、あの子は私の全て――だった。
「せんせい?」
ふ、と画家は胸に違和感を感じた。不安とも似た息苦しさに、目の前が暗くなる。
手にした絵筆がずん、と重くなった。
「せんせい、仕上げの署名がまだです」
画家は目を閉じ、両足に力を込める。女の声が遠くで聞こえた。
「署名をお忘れないよう」

「大丈夫ですか」
横から覗き込むように体を支えて、婦警が声をかけた。
「ええ、大丈夫。ちょっと目眩がしただけ」
彼女は気遣うように私を見て、ぎゅっと肩を抱きしめてくれた。
目の前、少し離れた被告席に男が立っている。目があった。
薄ら笑いを浮かべた男は、数え切れない前科を持つ性犯罪者だった。
「子供の方から誘惑してきたんだ、片親で身持ちの悪い母親を見て育ったから
遊ぶ金が欲しかったんだろう。殺す気はなかったんだ」
男が、まるで自身が被害者のような口ぶりで訴える。
何度も、同じ言い訳をしてきたのだ。
そして何度も、軽い罰で許されてきたのだ。
「刑務所に入りますよ、それでいいでしょう」
たった6才の子供を殺してすら、公平な裁きはなされないのだ。
私は立ち上がった。耐えきれずに法廷を出ると思った婦警が気づいて
制止する前に、被告席に駈け寄った。
手の中の銃を構える。
どこからか悲鳴が上がった。私は指に力を込めた。
――赤い薔薇がぱんと散った。これは娘へのプレゼント。
最後に間近で見た男の顔は、ぽかんと口を開けた間抜け顔だった。
数発撃ち込んで、最後に一発残したところで銃を口にくわえた。
制止する声が、駈け寄る足音が、うるさく響く。
すべて、終わったというのに。
目を閉じれば、愛おしい娘の姿がイーゼルの横にぽつんと見える。
「もうちょっと待っててね、署名をしたら一緒に行くから」
娘が笑った。私も微笑んで引き金を引いた。
56名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:25:44 ID:DSbzmPju
料理研究家にして紅茶マニアである佐藤ひとみ、26才。
彼女の一日は、4時半の目覚ましの音と共に始まる。
きっかり2度目のベル音で飛び起き、窓のカーテンを開ける。
食事前に軽くシャワーを浴びて、ピンク色のバスローブを羽織り、朝食の準備をする。
朝はパン。その日の気分で茶葉を選ぶ。台所の棚にはびっしりと紅茶の缶が並んでいる。
今朝は甘めのフレンチトーストに、ミルクティー。
アッサムの茶葉を一人分3g、300ccの熱湯で蒸らして3分。
ガラス製のポットは、透明な湯が徐々に色づくのを眺めて楽しめる。
ミルクは低温殺菌牛乳を8cc、垂らす程度に。
アッサムはCTC、細かな丸い茶葉がさらさらとこぼれ落ちるのをわくわくしながら眺めた。
「濃厚な中にふんわりと漂うミルクの香り、ほろ苦さがいいわあ」
食後の気分転換には、ストレートティーをおかわりで。
あらかじめ暖めてあったティーポットにダージリン2gときっかり95度の熱湯を注ぎ、
十分にジャンピングさせた香りの良い紅茶をカップに淹れる。
ダージリンのふんわりとした大きな葉がかさかさと揺れ動くのをうっとりと見つめた。
銀色に輝く新芽はゴールデンチップス、高級な茶葉の証でもある。
「うーん、この何とも言えない青い芳香はファーストフラッシュならではよね」
手元には常に温度計と、秤、計量スプーンが用意されている。
もちろんカップも使い分けられるよう、茶葉に会わせていくつも用意してある。
水の種類、硬度、温度、蒸らし時間や、注ぎ方、そればかりではない、
カップの材質形状によってさえ、紅茶の味は変わる。
この奥の深さがなんともたまらない。
同じ農園、同じ時期に取れた茶葉でさえ、比べてみれば味が違う。
こんなことは紅茶マニアとしては当たり前、初歩の知識だ。
「ウバのメントール系の香りもいいけど、ディンブラの薔薇の香りも捨てがたいのよね」
シッキムの優しさは今の気分にはもの足らない。
かと言ってキームンのスモーキーさは今日の気分じゃない。
どちらを水出しアイスティーにしようかと、タルボ茶園のダージリンを飲みながら真剣に悩んだりする。
両方の缶を開けたり閉めたり香りを嗅いだりかき混ぜたりして、ひとみは幸せな時間を過ごす。
朝6時、出勤。
持参の水筒の中には、オンザロックで作ったアイス・ヌワエラリアが入っている。
すっきりとした喉ごしが、仕事の邪魔にならないのだ。
おやつに焼いたクッキーには、ニルギリが練り込まれている。
鞄の中には分厚い紅茶本。
産地や品種、茶園やシーズン、茶葉の写真までもがしっかり網羅されている。
もちろん全て頭の中に入っている。それでも眺めていると幸せな気分になれるのだ。

そのころ警察署では男がいらついた様子で警官に詰め寄っていた。
「何度も言うように、僕はごく普通のマニアにすぎないんです。
それも佐藤ひとみのマニアってだけで、彼女も同じマニア道を極めようとしている者同士、
誰よりもわかり合えると思うんです。
そりゃあ見詰めたり、写真を撮ったり、盗聴器を仕掛けたりはしましたけど、
なにも特別なことではないですし」
「……それはきみ、立派なストーカーだ」
あきれたように警察官が肩をすくめた。
57名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:26:23 ID:tv38MI7t

透明なアクリルの仕切り窓から、男が一人、閉ざされた室内を覗いている。
狭い部屋の中には、うら若い乙女の姿があった。彼女は突然この場所に連れてこられたのだった。
黒目がちの大きな瞳が不安そうに左右に揺れた。
細く長いしなやかな手足と、ぷりぷりとしたナイスボディー、艶やかに輝く透き通るような肌。
男の欲望を煽りたてる、人間離れした美しさだった。
彼女は困惑しながらも、脱出口を探すためにそろそろと身を起こした。
音を立てないよう、ゆっくりと歩を進める。
辺りを見回しても、見覚えのない室内には灰色の円形オブジェが置いてあるばかり。
と、ぞろり、と床から何かが起き上がった。
それまでは単なる置物にしか見えなかったオブジェが、突然大きく弾け、
粘液に塗れた無数の触手をごぼごぼと吐き出してきたのだ。
互いに絡まり合い、鞭のようにしなりながら狭い部屋の中を四方に向かって伸びて行く。
彼女は悲鳴を上げた。
悲鳴に反応したのか、触手は向きを変え、一斉に彼女に襲いかかってきた。
ぬらりと肌に触れたおぞましい感触に、彼女は思わず飛びすさる。
が、逃れた先にも、ゆらめきながら透明な腕が伸びる。
後ろは壁、もう逃げ場はない。

ぬらつく触手の一本が女の足に絡みついた。
続いて別の一本が、更に数本が足に巻き付き、女の動きを封じた。見る間に全身を触手が覆う。
「いや、いや……ううっ、やめて」
首筋を嬲られて女は叫び声を上げた。
数え切れない触手に搦め捕られ、どうやっても払いのけることができない以上、
悲鳴を上げる他に為す術はなかった。
「ああ、そこは……だめ、よう……」
弾けそうな若い体を、ぴちぴちの肌を、粘ついたミミズ状の管がいやらしく這い回る。
女は逃げ場を探して手足をばたつかせ、ふりほどこうと身をもがく。
「あぅ、あっ、あんっ」
足の付け根に到達した太い触手がむりやり細い隙間を押し広げた。女はいやいやをするが、
粘液で滑る侵入者を押しとどめることは出来なかった。
「や、やめてえ、お願い、だれか助けて……あううっ」
足の付け根の繊毛を楽しげにくすぐり、柔らかなヒダをかき分けて、邪悪なモノが割り入ってくる。
粘つく先端が蛇のように互いに絡まりながら、無理に隙間を広げて、敏感な奥へと潜り込む。
「ら、らめえ……そんなの、らめ……」
女が丸まった体をびくんびくんと痙攣させた。もはや触手の為すがままだった。

ぱこん、と後頭部に軽い衝撃があった。
振り向けば、丸めた新聞紙を手に、白衣を着た鈴木嬢が立っていた。目が怖い。
「い、いつから……」
「あんた馬鹿じゃないの? いい年して触手だの、らめえー! だのって。――ちょっとどいて」
女史はあからさまな軽蔑の眼差しで、足でどん、と乱暴に椅子を横にどけると、
隣に並んで水槽の中を覗き込んだ。
何のことはない、イソギンチャクとカラフルなエビが水流に負けずに元気に動いているだけだ。
「うん、いい調子で共生できてるじゃない。あとさあ、これ、オトメエビじゃなくてモエビだから」
「萌え美ですか。うん、それもなかなか……」
言い終わる前に、もう一度頭を新聞の筒で殴り、彼女はさっさと出て行ってしまった。
つくづく思う。3次元の女性は全くもって難しい、と。
58名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:27:05 ID:zmdHjOsM
私は決死の思いで宇宙船を操舵し、世界の果てと言われるこの場所――伝説の一族の元へとやってきた。
そう、彼らは金次第でこの世の全てのモノを跡形もなく消し去ることができる、破壊のプロ集団。
私は自分の未来を託すため、ここに来た。
決して人目に触れてはならない、あるものを完全に滅し尽くすために――。

「依頼者というのはあんたか」
突然、モニターに中年男の顔が映った。
年齢に応じた深みのある、苦み走った男の顔だった。
「初めての客には、作業前に説明を兼ねて我々の紹介映像を見て貰うことになってる。
仕事の話はそれからだ」
私は頷いた。
「では、始めよう」
画面が切り替わった。軽快な音楽が鳴り響き、そこに先ほどの男の姿が映った――。

『宇宙で鳴らした俺たち特掃部隊は、巨大隕石を処分し、宇宙塵を掃除させられたが、
銀河系を脱出して古巣に戻った。
しかし故郷でくすぶってるようなおれたちじゃあない。
筋さえ通りゃ金次第でなんでも吸い込んでのける命知らず、不可能を可能にし、
超大質量ブラックホールを使って素粒子レベルで破壊する、
俺たち特(殊清)掃部隊ブラックホール・ファミリー!

俺は父親、ジョン・スミス。通称おとうさん。
降着円盤形成の名人。俺のような天才策略家でなけりゃ、百戦錬磨の強者どものリーダーはつとまらん。

私は母親のエミー・アマンダ・アレン。通称ママ。
チームの紅一点、シュバルツシルト半径からの脱出はお手のもの。

お待ちどう、長男のマードック、通称クレイジーモンキーだ。
産廃処理の腕は天下一品。X線?宇宙ジェット?だから何?

次男のバラカス、通称コング。
重力場の天才だ。超新星でもぶんなぐってみせらぁ。でも、特異点だけは勘弁な!

俺たちは、道理の通らぬ世の中に敢えて挑戦する、頼りになる神出鬼没の
特掃野郎ブラックホール・ファミリー!
助けを借りたい時は、いつでも言ってくれ』

このまま帰ろうかと思った。真剣に。だが、私には他に頼る場所もないのだ。
「で、ブツはなんだい?モノによっちゃあ、かなりの額をいただくことになる」
おとうさん、が身を乗り出した。私は覚悟を決めた。
「この段ボールの中身を処分して貰いたい。極秘に、確実に、全てを、だ」
中には中学の頃に書いた詩集や高校の時に書いた萌え絵や、
学生時代に書いた触手系エログロホモ同人誌がぎっしりと詰まっている。
思い出すだけで首をくくりたくなる黒歴史なのだ。今も、びっしょりと背中に汗をかいている。
「……自分でゴミに出せばタダだよ」
鼻をほじりながらおとうさんが言った。そんな、と立ち上がると、横からママが引き取った。
「気持ちはよーくわかるよ、確かに引き受けた。安心しな――私も腐女子時代には
人外系ふたなり陵辱スカトロものに、どっぷりとはまったことがあったからね、人ごととは思えないのさ」

目をむくお父さん、壁際に下がる二人の息子――伝説の一族の家族会議が開かれたのは、
その夜のことであった。
59名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:27:50 ID:l8IVfSat
両親の夫婦げんかを目の前で見ることくらい、子供にとって辛いことはない。

兄弟は顔を見合わせ、ため息をついた。
さっさと部屋に戻ろうにも、明日の仕事の打ち合わせがまだ終わっていないのだ。

「俺は聞いてないぞ、腐女子でふたなりでスカトロだと?」
「知らなくて当たり前でしょ、人に言えないから黒歴史なんだから」
「ずっとつきあってたのに、気がつかなかった……もしかして、お前、他にも隠し事が?」
「ないない、私の青春はコミケと同人一色だったから」
「青春って……。お、おれと付き合っていながら……」
「付き合うも何も、ずっと一緒にいたじゃない。ほら、空気のような存在って言うか、
家族同然って言うか、お互い緊張感はなかったよねー」
がっくりとおとうさんが肩を落とす。
机に両手をつくと、絞り出すような声で呻いた。
「お、おれは、いつもお前のことしか考えてなかったというのに……。
出会った瞬間に恋に落ちて、それからはずっとお前だけしか見てなかったのに」
お父さんの頭の中に、走馬燈のように、二人の思い出が駆けめぐる。
「今も覚えてるよ。笑顔で駆けてきて、きゅっと抱きついてから今日は何するの?って、
上目遣いで見上げるんだ。――あの頃のママは天使のようだった」
はあー、とママが息をついた。あきれたように吐き捨てる。
「昔のことじゃん」
「昔って……」
ちょっと涙ぐんだおとうさんに、ママが冷たく言い捨てた。
「覚えてるわけないじゃん。だいたい私が幼稚園に入ったとき、あんたいくつだったのよ。
保父が園児に恋するなんて、リアルなロリはエアーな腐より悪いって思わないわけ?」
「あ、愛に年の差は関係ない」
「年の差、じゃなくて年齢の問題! どこの誰が3歳児と恋愛しようと思うわけよ?
君のお漏らしパンツは僕が洗ってあげるからね、なんてにこにこして言いやがって!
恥ずかしくないのか、このド変態のスケベ親父」
「言ってはならないことを……ママ、ひどい」

二人の喧嘩は続く。兄弟はまたため息をついた。
腐女子の母に、リアルロリの父。両親の真の姿をこんな形で知りたくはなかった……。
60名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:28:30 ID:HwQKr3FI
「夕方にだるまさんが転んだ、をしてはいけないんだって」
ヨッシーが口をとがらせて言った。
「日が沈むときに校庭で『だるまさんが転んだ』をしたらお化けに連れて行かれるよ」
影が長く伸びた校庭で、僕らは最後に何をして遊ぶかを話し合っていた。
短時間でみんなで楽しめる遊びということであれば、だるまさんが転んだ、が手っ取り早かった。
なのにヨッシーがダメだと譲らない。こうして話し合っている間にも時間はドンドン過ぎていく。
じりじりとしたいらだちが蜘蛛の糸のように全員にからみついていた。
「臆病者。そんなの嘘にきまってるだろ」
カズキがどん、とヨッシーの肩をこづいた。だれも、とめようとはしない。
「嘘じゃない、学校の7不思議だよ。お化けが出ても知らないからな」
ヨッシーの声が高くなる。カズキはヨッシーを無視して周囲に笑いかけた。
「どうするよ? 他になければ一回だけやって終わりにしようぜ」
そうだな、と数人が頷いた。ヨッシーは唇を噛んで黙っている。
「じゃあ決まり、さっさと始めようぜ。ヨッシーは見学な」
じゃんけんで鬼を決めた。せーの、で手を出す。数回勝負をしてカズキが鬼に決まった。
「じゃあ、俺が鬼!」
カズキが校門に向かって駆けだした。門に手をつくと、後ろを向いて笑いかける。
「じゃあ、始めるよ……だるまさんが転んだ!」
たたっ、と全員が走り出す。まだ数回は余裕で近づける距離だった。
「だるまさんが転んだ!」
カズキが振り向く。こちらから見ると、夕日の逆光がまぶしくて表情が見えない。
「だるまさんが転んだ」
更に近づいた。カズキの顔が見えた。長い時間その場で待ったが、カズキはぽかんと口を開けていた。
「カズキ?」
呼びかけが聞こえていないのか、何とも言えない表情でこちらを向いたまま固まっている。
「なにやってんだ、続けろよ」
誰かがじれたようにカズキを促した。
「う、うわああああ」
その途端、カズキははじかれたように前を向いて叫びながら走り去っていった。

カズキは見てしまった。最初は見間違いかと思った。ソレは初め、黒い影のようにゆらゆらと校舎の上に立っていた。
次は校舎の窓の中に、更に、校舎の入り口脇に、そして校庭へと次第にカズキに近づいてくる。
振り向くたびに、ソレはくっきりと輪郭を現しながら距離を縮めてきた。
最後に振り向いたときには、ソレが半月型の口を開き、手を伸ばしてきたのが見えた。
にいっと開いた口の中にはギザギザの真っ赤な歯が並んでいた――人間じゃない!
カズキは逃げだした。

「なんだよ、いったい」「変な奴だよな」
残された子供たちはぶつぶつと文句を言いながら荷物を取りに戻った。
「カズキのやつ、荷物もそのままだし。しょうがないな。誰が届ける?」
じゃあ僕が、と手を出したのはヨッシーだった。
「どうせ家の途中だから、届けて帰るよ」
「臆病者、って笑ってやればいいよ。あいつの方がよほどビビってたし」
「んーじゃあそろそろ帰ろうか、また明日なー」「明日ー」
口々に別れを告げて子供たちはそれぞれの家路を急ぐ。ヨッシーも早足で道を進んだ。通りを一つ入ったところがカズキの家だった。
「カズキー、荷物持って、きたよ」
玄関で叫ぶと、ばたばたと足音がした。扉を開けたのはカズキの母親だった。
「あらまあ、ありがとう。懲りずにまた遊んでやってね。これはお礼よ」
にこにこと子供の手にオレンジを持たせて、母親は家に入っていった。
家の中ではカズキの叫び声が続いている。
あいつは友達じゃない、ヨッシーなんて奴、最初から居なかった、そんな奴いないんだ、よせ、来るな、いやだ、助けて――
「いい加減にしなさい」
母親はカズキの居る部屋に向かって叱った。荷物を持って引き戸に手をかける。叫び声がぴたりと止まった。
「お友達に向かって失礼でしょ、こうして荷物まで持ってきて貰って……あら?」
扉を開けた中には誰もいない。ただ、部屋の真ん中に、オレンジが転がっている。母親の手から荷物が落ちた。
「カズキ?……ちょっと、どこに隠れてるの、ふざけるのはやめて」
窓の向こう、暗闇の中で小さく子供の声がした。
だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん・だ……。
61名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:29:07 ID:/4K7Xa4T
春ってば朝、ぜっっったい朝
それもね、すっごい早く
チョー早起きツラすぎだけどー、でも起きれた日とかサイコー
なんかね、山とかあったりしちゃってさ
でもでも、なんか明るくなっちゃったりしてー、それで白かったりしてー♪
雲なんてね、ウソみたいにパープル!!
やっぱサイコーだよね!

夏ってばー、やっぱ夜だよね!
月とかサイコー♪ あ、でも、月なくってもイイかも〜
ホタルとかバーっ!って飛んじゃったりとか、超キレイだしー
べつにさ、1つとか2つとか飛んでも、ダメとかなくてー
どっちもばっちり、みたいな?
雨降っちゃったりしても、マジいい感じ〜

秋って夕方! ぜったい!
だって赤いし 山とか〜 なんか泣けちゃう?
カラス帰るとか、家あるってマジ?
急いじゃってるし〜、でもでもチョトカワイーかも?
鳥とか飛んじゃって、ちっちゃく見えたりとか、文学しちゃったリー
悪くないよね、こんなの♪
あたし文学少女!!
あ、夜とか、虫鳴いちゃうのもイイよね〜

冬ってば朝?
チョーさむで起きるのヤだけどー、でもキレイかも?
あれ何? なんか外とか白くなったりー
あと雪はマジイイよね♪ 出るのはヤなんだけど〜
それとそれと、手とかー、みーんなであっためるの、スキなんだ
ナカマ!って感じ?
でもさー、昼ってダーって感じでもうダメダメっぽくて、やっぱキライだなー
わかるよねー?
62名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:29:51 ID:snpn8Z1l
パパのことを思い出すときいつも、ベランダに一本だけ咲いていたヒマワリのことを思
い出す。

 ママが死んだ。私が中学二年生になりたての頃だ。ママは花屋さんで働いていたのだけ
ど、そこの店長さんからママが倒れたことを知らされた。親戚の人が私を連れてすぐに病
院に駆けつけてくれたけど、パパはその日、いつまでも来なかった。そしてママは死んだ。
パパは仕事で忙しかったという。そんなことあるわけないじゃない。私はママが死んだの
はパパのせいだと思った。パパなんか大嫌い。何度も何度も心で叫んだ。
 桜の散る頃、みんなが新しいクラスへの期待に目を輝かせている中、私は一人、悲しみ
に沈んでいた。
「由美、父さん弁当作ってみたぞ、どうだ、うまそうだろ!」
 部屋の中はいつも線香の古めかしい匂いでいっぱいだった。パパは努めて明るく振舞っ
ていたけど、中二の私にもパパは辛そうだということはわかった。そうまでして普通を装っ
ているパパが可哀想と思わなかったのかと言えば嘘になるけど、実際はバカらしいという
気持ちが大きかった。第一、パパの作る弁当はまずくてすぐに嫌いになった。
 パパは普通のサラリーマンで、よく家ではぐずぐずと仕事の愚痴をこぼした。それをマ
マは軽く流しながらも付き合ってあげていた。ママがいたから、私はこの家が幸せな家庭
だったんだと思う。いっそ死ぬのがパパだったら、なんて黒い感情だって浮かぶこともあっ
た。
 でもパパはママが亡くなってからは家で仕事の話をしなくなった。これは最近になって
ようやくわかったことなのだけど、あれは案外パパとママがいちゃついてただけだったの
だと思う。愚痴を言って、それを聞いて軽く相槌をうって酌をする。愚痴の内容になんて
意味がなくて、その漂う空気に二人で酔っていたのだろう。

 私はクラスで浮いてしまった。クラス替えで、新しい友達を見つけないとはじかれるの
はよくあることで、私もそうなってしまった。新学期早々ママが死んでしまって、それで
いつも暗い顔をしていたため、クラスの子たちは近寄ってこなかった。同じクラスだった
子たちも次第に私から離れて行った。でも、私はそれ自体は好都合だと思った。不格好な
パパの弁当を見せずに済んだから。私は毎日食堂に向かう振りをして、それを食堂前のゴ
ミ箱に投げ捨てた。
「おー、おかえり。今日の弁当、どうだった? 由美の好きなハンバーグ入ってただろ?
父さん、ハンバーグには自信があるんだよなぁ」
「……」
 私は黙ってパパを見つめた。
「ん? どうした、由美。そんな怖そうな顔して」
「……なんでもない」
 純朴で悪意のないその眼に思わず口がむずむずと開きそうになった。
「パパごめんなさい。パパの作ってくれた弁当実は今までずっと捨ててたの」
 素直にそう謝ってしまいたくなった。
「そうか。でもなんかあったら言えよ。父さんはいつでも由美の味方だからな!」
 笑いながら手を伸ばし、頭を掻き撫でる。その瞬間にパパの服に染み込んだ線香の匂い
が送られて思い直した。線香の匂いも大嫌いだった。それはパパのずるさの象徴だった。
自分がママを死なせておいて、毎日毎日拝んでいる。そんなことで許されると思っている
のか。
 私はパパの手を力いっぱい叩いてそのまま部屋に駆け込んだ。
「あーあ、何やってんだろう」
 カバンを投げ捨て、バタンとベッドに倒れこみ、枕に顔をうずめる。家中に広がる線香
の匂いが枕からもしてきてうんざりする。
 枕を壁に投げつけようとしていると、ガラガラとベランダの戸をあける音がした。
 すっと枕を掴んだ手を下し、膝に抱える。ちょろちょろと水をやる音が聞こえてくる。
ほんとによくやるものだと思う。パパはヒマワリへの水やりも日課にしていた。まだ5月
も中頃、やっと小さな芽が出てきたくらい。ヒマワリはパパとママにとって大事な花らし
いけど、ママのいない今、もう興味もなかった。ママが生きている間に聞いていればなぁ、
なんて、時々思ってみたりした。
63名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:30:34 ID:FgcAGUSJ

「おい、森山、なに捨ててんだよ」
 油断をした。梅雨の時期に入ったある日、クラスの男子に弁当を捨てるところを見られ
てしまった。恥ずかしさのあまり、顔から火が噴き出すかと思った。
「おいっ、ちょっと見てみろよ! 森山、弁当捨ててるぜ!」
「ははっ! しっかしすっげぇ弁当だな。これ、本当に食べ物かよ」
「いや、でも森山、これを捨てたくなる気持ちはわかるぜぇ」
「あっ、それは確かに。俺の母ちゃんの弁当もまっじーんだよなぁ。俺も捨てよっかな」
 意外にも彼らの言葉に悪意はなかった。けれど、最後の言葉はどうしても聞き捨てなら
なかった。
「どーしてそんなこと言うの!」
「えっ、えぇ、なんで怒ってんの?」
「そうだよ、俺らなんか悪いこと言ったか?」
「私はママの弁当なんてもう、食べられないのよ!」
 きりっと睨みつけるも目の淵に涙が溜まっていく。私の言葉にはっとして、すまなそう
な顔をする。そんな同情なんていらない!
「最低!」
 私はそう叫んでその場から離れて行った。
「おっ、おいっ」
「ちっ、なんだよ、そこまでゆーか?」
「てゆーか、あいつってなんなんだろ、いるのかいないのかわかんねーよな」
 背後で嫌な笑い声が響いているのが聞こえた。

「おう、お帰り。今日の弁当はど――」
「うるさいっ!」
「! ど、どうしたんだ、由美?」
「パパのせいで恥をかいちゃったじゃない! パパの弁当なんていらない! あんなの不
格好だし、まずくて食べられたものじゃない。知ってた? 私、パパの弁当を食べたくな
くて毎日ゴミ箱に捨ててるんだから!」
 はっと自分の口走ったことに気づいた時には遅かった。パパの眼は大きく見開かれ、動
揺の色が浮かんでいた。
「あっ――」
「そうか、そうだな。父さん、料理下手だもんな。な、何勝手に張り切って弁当まで作っ
てんだよって話だよな。ははは、そ、そう、だよな……はは、気づかなくてごめんな、由
美」
 思わず涙がこぼれるのをなんとかこらえた。こんな傷つけるつもりじゃなかったのに、
ここまでひどいこと言うつもりなんてなかったのに。そんな私の涙をパパは別の意味にとっ
た。
「そ、そんな泣くほど嫌だったのかい? それは本当にすまなかった。でも、もう大丈夫
だ。明日からはこづかいとは別にお金を渡すから、それでパンでも買いなさい」
 ぽんぽんと私の頭を軽く叩くとそのまま居間に戻って行った。そのしょんぼりした背中
は今でも瞼に焼き付いている。私は取り返しのつかないことをしたと気づいて、その場に
へたれ込み、声を抑えて泣きはらした。
 泣きやんで居間に入ると、パパは仏壇のママの写真をじっと見つめていた。私が入って
きたのに気づくと、目を離し、いそいそと動き始める。
「い、いや、ごめんな。父さん、今日ご飯作ってなかったんだ。今からちょっとコンビニ
で弁当買ってくるよ。しっかし、ちょうど良かったな! あ、明日からは毎日それでいい
よな。ははは、実は父さんも料理作るの嫌だったんだよ。だから明日から料理作らなくて
もいいと思うと気が楽なんだよなぁ。はははは。じゃっ、ちょっと行ってくるから待って
ろ」
 妙に饒舌で、言葉でショックを抑えようとしてるのがバレバレだった。台所を覘くと、
今日の夕飯だったであろうカレーが流しに捨てられていて、慌てたのかうまくごまかせて
いなかった。
「今日、ご飯作ってないって言ったじゃない。何が料理作るのが嫌よ。こんなに料理の本
買って、たくさん勉強してたじゃない。パパの嘘つき……」
 その時になって初めて私は声をたてて泣いた。
64名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:31:18 ID:OSvaomII
 パパが台所に立っていた時のことを思い出す。下手糞だけど一生懸命に作っている後ろ
姿。そして毎日そんなことができた理由を思い出す。パパは会社に必死で頼んでなんとか
残業をなくしてもらい、帰宅時間も早くしてもらったらしい。その全ては私への愛情によ
るものなのに、それに気づきながら、私はパパを傷つけた。
 ひとしきり泣いた後、私はベランダに出た。夕日が赤々と照りつける中、一つのプラン
ターに目を落とす。赤く染め上げられて、ヒマワリはそこにあった。少しずつ伸びてきて、
丈も大きくなっている。若々しく立派な葉を勇壮につけているけれど、まだその様は太陽
の花ではなかった。ここは不思議な空間だ。その花を見ているとママを思い出すのだ。マ
マが綺麗に手入れしていた花々は枯れてうち捨てられたのに、このプランターだけは大切
に育てられている。パパもヒマワリにママを見ているのかもしれない。
 その日の夕食はまずかった。パパが作った料理よりずっとまずく感じた。パパは必死で
言葉をかけるけど、それは宙に浮いて、消えていった。私は何も言えずに黙ってご飯をか
きこんで、逃げるように部屋に戻った。
 その日はなかなか寝付けなかった。頭の中を色々な物がぐるぐる渦巻いていて、混乱し
ていた。何よりもパパを深く傷つけてしまったことが心にしこりのように残り続けていた。
 二時を過ぎた頃だっただろうか。相変わらず呻って寝付けないでいたのだけど、突然、
線香の匂いが漂ってきたように思う。いつもは大嫌いだと思っている匂いなのだけど、今
日はどうしてか懐かしくて、温かい気持ちが胸に広がり、気づくと眠りに落ちていた。

 翌朝から全てが変わってしまった。
「ほれ、これでたりないみたいならまた言ってくれよ」
 チャリンと、百円玉を五枚、手渡された。無機質なそれはなんの温もりも持っていない。
私をパパを結びつけるものが今はそれしかないことを心細く感じた。
 学校では昨日の男子たちが報復してくるようなことはなかったけれど、私はないものと
して扱われた。
「おう、お帰り。学校は楽しかったか」
「う、うん」
 一瞬ためらったのがまずかった。
「おい、由美、学校が楽しくないのか? 学校でなにかあったのか」
「なにもないよ。ホント、今日も楽しかったよ学校」
「……」
 無言の間が肌をチリチリと刺す。パパは私の心を見抜いただろう。
「そうか、ならいいんだ。でもなにかあったら父さんに言うんだぞ。父さんはいつでも由
美の味方だからな」
 それでもかっかっかと、笑いながら私の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、ベランダに出て行っ
た。今のパパにとって、そこだけが憩いの場なのだろう。私は次第にパパを慈しむように
なっていた。

 七月の初め、グループ学習で班を作った。相変わらずなきものにされている私はなにも
発言させてもらえないし、なにもできない。邪魔くさそうに男子が私を小突いた。
「うわっ、なんだ森山! おめぇ、めっちゃ臭ぇぞ」
 教室がいきなりざわざわしだす。数人の男子が駆け寄る。
「うっわ〜、まじだ! 超臭ぇ!」
「これなんていう臭い?」
「あれじゃない? ほら線香の臭いだよ」
「てか女なのにこの臭いはねーだろ」
 どっと、下品な笑いが起こる。
「お前いつまでも母ちゃんのことなんか気にしてんのかよ」
「いや、むしろあのオヤジの方じゃない? 授業参観の時来てたけどすっげーよな。ハゲ
散らかしてて一人だけバリ浮いてたもんなー。『母ちゃーん、母ちゃーん』って毎日必死
で拝んでんじゃない?」
 思わず周りからも笑い声が漏れてくる。気の弱い先生は何もできずにおろおろしている。
 最低だ! 心で叫ぶ。最低だ! 心が慟哭する。最低だ! 心が血を流す。
 私はどんなのバカにされてもいい。でも死んだ人をバカにするな! 私の自慢のパパを
バカにするな!
 私の大好きなパパとママをバカにされて我慢の緒が切れてしまった。
 机にかけてあったカバンを掴むと、それで目の前でいやらしく笑う男子を殴った。頬を
涙が伝いながら何度も何度も殴りつけた。
65名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:32:30 ID:N6QDxo3Y

 さすがにまずいと判断した先生や他の生徒に止められて、そのまま私は職員室に運ばれ
た。男子は顔を少しすりむいていた。
 四時を過ぎたころ、父が慌てて駆け込んできた。そのまま相手の親子と対談だ。
「本当に申し訳ありません。うちの娘がおたくの坊ちゃんにケガを負わせたとかで」
「ちょっと、私、悪くないもん!」
「由美、黙ってなさい」
 初めて見る威圧的な目にたじろいだ。私はもうなにも言えなくなった。
 その後パパは必死で謝り続け、なんとか相手を納得させた。誰も彼が死者を冒涜した事
実には触れなかった。

 蒸し暑い中、私たちは夕日に照らされ、二つの長い影を並べて歩いていた。
「ねぇ、私も悪かったけど、彼だって悪いのよ。死んだママをバカにしたんだもん! そ
れに……パパのことも、バカにされて……悔しかったの!」
 黙々と歩いているうちにどうしても我慢できなくなってそう言った。
「わかってる」
 パパはいつもの優しいパパに戻っていた。
「わかってるよ。パパはいつでも由美の味方だからな」
 そっと私の肩に手をおき、そう呟くと、それきり私たちはまた黙って歩き出した。線香
の香りが私たちをやわらかく包んでいた。

 部屋は少し薄暗くなっていた。パパはいつものようにベランダに向かった。
「おい! 由美、ちょっと来てみろよ!」
 妙に浮ついた、興奮した声でいきなり呼びつけてくる。
「なーにー?」
 その暑苦しい口調に、少し面倒だと思いながらベランダに向かう。
「見てみろっ! 咲いてるぞ、ヒマワリ!」
 父が横にのくと、そこには太陽の花がその名の通り、太陽のように咲き誇っていた。
「どうだ! 立派なもんだろ!」
 こくこくと頷き、低く歓声を上げていると、パパが部屋から椅子を持ってきて、勧めて
くる。
「ほれ、ちょっとここ座ってみろ」
「う、うん……」
 夕陽を覆い、雄々しく立ち誇るヒマワリを眺めながら、二人椅子に腰かける。
「なぁ、由美」
「うん?」
「父さんと母さんの話、してもいいか?」
「うん、別にいいよ」
 本当は聞きたくて仕方なかったくらいだ。
「父さんと母さんはな、同じ小学校だったんだ。それで二年生の時にヒマワリを校庭で育
ててたんだな。夏休みにもう入ってたよな、確か。たまたま父さんと母さんが水やりの当
番になった日があってな、その日父さん、遅刻しちゃたんだよ」
「パパ、最低」
「はは、本当にそうだな。でな、父さんは慌てて花壇のところに行ったんだ。そしたら母
さんは太陽を浴びてキラキラきらめくヒマワリの中を縫ってホースで水をやってたんだ」
 パパはその時のことをうっとり思い出して目を輝かせている。
「本当に母さんは美しかった。水のシャワーが虹のアーチを作って、その中で母さんは笑っ
ていた。父さんは妖精がいるのかと思っちゃったよ。それが父さんの恋の始まりかな」
「うそ〜、小二からママのこと好きだったの?」
「あぁ、そうさ、でも父さんもまだ幼くてどうすりゃいいのかわかんなかったんだな。小
学校の間は告白なんてできなかったよ」
「ふふっ、パパらしいね」
「おい、それはどういう意味だ、由美ぃ〜?」
 両方のほっぺたを引っ張ってくる。
「い、いったいよ〜」
「ははっ、ごめんごめん。中学になると周りに付き合ってる奴が出てきてな、それを見て
ると父さんもやる気が出てきてな、クラスで一番可愛い母さんにアタックしたんだ」
「それで、それで?」
 思わず身を乗り出して話の続きをせかす。
66名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:33:10 ID:i2fBQpWs


「あぁ、その時の告白は失敗だった」
「えぇ〜! で、でも、えっ? パパとママ結婚したじゃない」
「まぁまぁ、落ち着きなさい、由美。父さんを舐めちゃいけない。父さんがたった一回く
らいで諦めると思うか?」
「うっ、確かに」
「父さんはしつこくアタックして、十七回目の告白でようやく母さんの首を縦に振らせた
んだ」
「十七回って……ホントにパパすごいね」
「あぁ、さすがの父さんも挫けそうになったぞ。最後の告白にな、造花なんだけど、ヒマ
ワリの花を差し出したんだ。『ヒマワリの花のように美しいあなたのことが好きです』っ
てな。そしたら母さん、ぽろぽろ泣きだして、泣くほどに嫌いなのかと思ったら『私もあ
なたのヒマワリのように明るい心を見せてもらいました。こんな私でよかったら付き合っ
て下さい』って、言ってくれたんだ」
 全然ダメダメなこんなパパとなんでママが結婚したのって、ママに一度聞いたことがあ
る。その時ママは『パパがね、ヒマワリみたいに澄んだ明るい心の持ち主だからよ』って
答えてくれた。今はなんとなくわかるかもしれない。
「それから父さんと母さんはずーっと仲良しで、そのままめでたく結婚したんだよ。由美っ
ていう自慢の娘も授かったしな。父さんも母さんも幸せすぎたんだよ」
 パパの横顔に一瞬暗い影がよぎった。それをすぐに吹き飛ばし、また笑顔になる。
「そうだ、知ってるか、ヒマワリの園って言うところがあってなぁ。…………」
 パパは、もうなにもかも忘れて嬉しそうに語っている。
 すーっと椅子を近づけて、パパの肩に寄り掛かる。
「ねぇ、パパ」
「ん? どうした、由美? 今のところもう一回繰り返してほしいのか?」
「それはいいの! ……あのね、パパ、ありがとう」
「……あ、ああ」
 よく呑み込めてないみたいで呆然としている。
「パパは優しいね」
「……ああ」
「パパはカッコいいね」
「う〜ん、それはどうだろ」
「パパ……ごめんなさい」
「どうしたんだ?」
「本当はパパの弁当嫌いなんかじゃないよ。そりゃあまずかったけど、でも愛情がいっぱ
い詰まってたの。あんなこと言わなきゃよかったって何度も思ってたんだ。それに今日の
ことも。パパにいっぱい迷惑かけたね」
「バカ。子供が親に迷惑かけてなにが悪い」
「うん。でも明日からどうしよう。あんなことしちゃったし……」
「由美、見てごらん」
 パパは目の前のヒマワリを指さす。
「こいつは昨日まではまだ花を咲かせていなかったんだ。それが今日はこうして立派に花
を咲かせている。明日は今日とはまるきり違うことが起こるんだ。明日に綺麗な花を咲か
せることだってできるんだぞ」
「……うん。ありがとうパパ。パパ、本当はずっとパパのこと、大好きだったよ」
「ああ、知ってる」
「パパはずっと私の味方だね」
「……ああ、もちろんだ」
67名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:34:03 ID:LTXst/Ei
 翌日、勇気を出して、学校に向かった。やっぱり少しだけ不安だったけど『明日は今日
とは違う』その言葉を呪文のように繰り返して教室に入った。そのまま一人の生徒の前に
向かう。目の前で足を止め、呼吸を整える。
「ごっ――」
「ごめんっ! 森山、昨日はホントに悪かった。俺ちょっと調子に乗りすぎてた。ひどい
こと言ってごめんな!」
 いきなりそんなこと言われてびっくりしておかしくなった。
「ぷっ、ふふふっ」
「へっ? なんで笑ってんの? いや、でもよかった。また殴られんじゃないかと思って
よぉ」
 どっと笑いが起こる。全然不快になんて思わない。『明日は今日とは違う』パパの言っ
た通りだ。
「私も昨日は叩いちゃってごめんなさい。坂口君」
「えっ、あ、ああ、いいって、いいって。こんくらい、なんともねーよ」
「おいおい、なに照れてんだよー」
 男子たちの小突き合いが始まる。なーんだ、みんなこんなにいい人たちなんじゃない。
『明日は今日とは違う』パパの言う通り。


「パパー、ただいまー。パパの言う通りだっ……た……よ」
 玄関を開けると部屋に、近所に住む叔父さんと叔母さんがいた。
「あっ、ごめんなさい。叔父さん、叔母さん。パパはいないんですか?」
「……由美ちゃん。急いで病院に行こう! 兄さんは今、病院にいるんだ」
「っ!」
 動揺を落ちつけられないまま、すぐに車に押し入れられ病院に向かった。
「パ、パパ、どうしたの」
「……っ、ふぅ。いいかい、由美ちゃん。兄さんは――」
「ちょ、ちょっとあなた――」
「いいから! ……兄さんは、ガンなんだ。それも、末期の」
「っ!」
「5月に受けた健康診断でわかったんだ。結果は叔父さんたちにも知らされた。でも兄さ
んは由美ちゃんには知らせるなってきつく言ってきてね。すぐに入院するように言われた
んだが、どうせもうだめなら最後まで由美ちゃんの側にいるんだって聞かなくて。今日だっ
て、仕事場で昼過ぎに倒れたらしいんだけど、病院に行って、すぐに由美ちゃんを呼ぼう
としたら、今日、由美ちゃんは学校で大変な日だからだめだって聞きやしなかった」
 ギリっとハンドルを握る手を強くする。なににともわからないいらだちと不安を抱えて
いたのだろう。私は何も考えられず、叔父さんの言葉を聞いていた。
 私が学校で大変な日。自分の方がよっぽど大変なのに、そんな時でも私を気にかけてく
れるの? ホント、バカみたい……
「パパっ!」
 病室に駆け込むと、パパは死んだように昏々と眠っていた。
「……お、おお、由美、か……」
「パパ、パパ!」
「は、は、は……どうしたんだぁ、由美ぃ。父さんは、ここにいるぞぉ」
 パパは目が虚ろで、もう私のことも見えてないみたいだった。そんなパパの手をぎゅっ
と握りしめる。
「ははっ、もう、父さん、大丈夫みたいだ。全然苦しくないんだ」
「いやぁっ」
「なんだかなぁ、母さんの声がするんだよ」
「いや、いや、いやぁっ!」
 私の手を離し、すっと人差し指が伸びてきて私の涙を拭う。
「由美、ごめんな。父さん、お前の花嫁姿までは見たかったんだけどなぁ。そうだ、最後
にもう一回、ヒマワリが見たいなぁ」
「っく……そんなのないよぉ」
 涙を拭っていた手を頬に持っていく。
「いや、ここにあるじゃないか。泣かないで、由美。笑っておくれ。父さんにそのヒマワ
リを見せておくれ」
68名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:36:33 ID:ogGSgmFE
やっとわかった。パパにとってヒマワリがなんであったのか。一番大切な人の笑顔、そ
れがパパのヒマワリなんだ。いつもベランダでヒマワリを見つめながら、私が笑顔でいて
くれるように願っていたんだ。
「っく、ふふっ……ひっく……ふふふっ……」
 私はパパの期待に応えようと必死で笑顔を作った。涙でぐしゃぐしゃになりながら、ヒ
マワリのように明るい笑顔を見せた。
「……ありがとう、由美」
 消え入るようにそう言うと、突然異変が起きた。
 がふっと、ベッドに嘔吐して、苦しそうに息をしだす。体が震えだして、バタバタと暴
れ出す。
 叔父さんが飛び出してきて、パパを落ち着かせようとする。
「おいっ! ナースコールだ!」
「はっ、はい!」
 叔母さんは慌てて、ナースコールをする。
 ばたばたとドクターやナースたちがやってきる。でも、その時にはもうパパは落ち着い
てしまって、息をしていなかった。
 心肺蘇生を試みたけど、ダメだった。パパはその日、死んだ。
 『明日は今日とはまるきり違う』パパの言う通り、じゃなければ良かったのに……


 私は叔父さんたちの家に引き取られることになった。叔父さんたちはいい人たちだし、
子供にも恵まれないでいたらしく、私を引き取ることには喜んだ。

 叔父さんの家に移るため、家の荷物を整理していた。自分の荷物は案外すぐに整理が終
わった。ふと、パパの書斎に入ってみた。ここも線香の匂いでいっぱい。綺麗に整ってい
て、パパの真面目な性格が出ている。棚には様々な本が入っていて、私には難しくて、読
めそうもないものばかり。机の引出しに手を伸ばす。何が入っているのかと思って、中を
覘くと、表に日付がつけられたノートが何冊も入っていた。一番最近の日付から始まって、
まだ終わっていないノートを開く。
 それは日記だった。少し丸みを帯びた柔らかい字で、びっしりとページが埋められてい
た。パラパラとめくり、ふと目を止める。
『母さんが死んだ。父さんは悪い人だ。母さんが苦しんでいる時に、駆けつけてあげられ
なかった。母さんは俺を恨むかな。でも、それ以上に、由美が恨むかもしれない。今日か
ら、例年のようにヒマワリを育てる。それを見て喜んでくれる母さんはいないけど。明日
からは父さんが由美のために頑張る。由美のためになんでもしよう。今は悲しみでいっぱ
いな由美をきっと笑えるようにしてあげよう』
 そのページはぽつぽつと斑点がついていて、紙が所々ふやけていた。
 それから日記は毎日家事での奮闘が書かれている。
69名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:37:06 ID:yGlWKM3Z

 そしてある時。
『運命は残酷だ。母さん、俺はどうすればいい? 由美を置いて逝けるものか。由美は君
がいなくなった悲しみからも立ち直れないでいるのに、俺まで死んでどうする。由美のた
めに何ができるんだろうか。
 追記
 さっき、由美に怒られてしまった。父さんの弁当はまずくて食えないんだってさ。そりゃ
そうだよな。俺、何やってるんだろう』
 パパがガンを告知された同じ日に、私はなんていうことを言ってしまったんだ! パパ
が必死で明るく努めているのをどうして見抜けなかったの!
 次第に暑さで汗ばんでくる。荒くなってくる息を整え、続きを読む。
 それからは毎日、辛そうだった。私をどうしたらいいのか悩んで苦しんでいた。そして
パパの亡くなる一週間前の日記。
『苦しい。頻繁に動悸が激しくなる。仕事も手につかない。まずい、どうしよう。まだだ、
まだ駄目だ』
 この頃になると字の感じもだいぶ変わってきていて、この日の日記は震えが止まらない
ようで、小学生が書いたような字になっていた。
 毎日、繰り返される。
『駄目だ。まだ駄目だ』
『駄目だ。まだ駄目だ』
『駄目だ。まだ駄目だ』
『駄目だ。まだ駄目だ』
 そして、死の前日。ヒマワリの前で話した日。
『もう、大丈夫』
 その文字を見た瞬間、感情が堰を切って溢れ出し、声をたてて泣き喚いた。パパが私に
注いだまっすぐな愛情。ちょっと変わったヒマワリで、ずっとそっぽを向いていたけれど、
今はまっすぐにその愛情の方を向いているよ。
「パパ、ごめんなさい……そして、ありがとう」


「まぁ、よく似合ってるわ」
「ありがとう、叔母さん。叔父さんは、どう?」
「……あの人ったらまだ泣いてるみたいなの。あなたを他の男の所にやるなんて、ですっ
て、ふふふっ」
「もうっ、叔父さんたら」
 パパ、私は今日結婚します。きっと、ママと見に来てくれてるよね。私は幸せよ。だっ
て、パパとママみたいな素敵な人たちの娘なんですもの。
「でも、本っ当に似合ってるわぁ。そのコサージュも素敵よ」
「えぇ、そりゃそうよ。だってこれはパパのヒマワリなんですもん!」
 夏が近づくといつも思い出す。あの日、パパと眺めた一本のヒマワリのことを。
70名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:37:54 ID:17nCUfn5


「俺のしょーらいのゆめは、おばけになることです!」
 耳を疑った。まさか、自分の教え子が、そのような発言をするなんて。
しかも喜色満面、えらく楽しそうにそう言い切ったのだから。
 今日は参観日。宿題だった、将来の夢を発表してもらう時間に、いつも
元気がいいクラスの人気者のヒロシ君がそんな事を言い出した。
 教室にいる親御さん達も、彼の言葉にざわついている。
「お、おばけ? おばけになりたいの、ヒロシ君は?」
「うん、おばけになるんだ、俺!」
 ……落ち着け。落ち着け私。きっと、彼にも何か考えがあっての事に
違いない。ましてや彼は子供だ。突拍子も無い発想で言っているのだと
しても、ちゃんと話を聞けば理解できるかもしれない。最初から否定して
かかってしまっては駄目だ。まずは話を聞こう――
「ひ、ヒロシ君は、どうしておばけになりたいのかなー?」
「おばけって、この世にみれんをのこした人がなるんでしょー?」
「そ、そうだねー。よく知ってるわね、ヒロシ君はー」
「だから俺、死んだらみれんがのこるくらい、すっごい楽しいじんせーを
 生きてやって、それで、しょうらいはおばけになるんだ!」
 ……何という事だ。おばけに、幽霊になって化けて出るという事を、これだけ
ポジティブに捉える事ができるなんて。私は目からうろこが落ちる思いだった。
「ずるーい、ヒロシくん! あたしだっておばけになりたいー!」
「ぼくだってー!」
 もっともっと味わっていたいと、化けて出てきてしまうくらいに楽しい人生。
 その意味を、何となく理解したのか、教室のあちこちからそんな声が上がる。
「はーい、皆、ちょっと待ってねー。皆、お化けになるには楽しい人生を
 送らなきゃ駄目だ、って事はわかるかなー」
『はーい』
「楽しい人生を送るには、お化けになる前にならなきゃいけない、それになれたら
 楽しいだろうなって思える、そんなお仕事があると思うの。先生、それをヒロシ君にも、
 皆にも聞かせてもらいたいなー」
「俺のじんせいせっけー、そんなに聞きたいのかせんせー」
「うん、聞かせて。きっと聞かせてもらえたら先生も楽しくなれると思うから、ね?」
 教室内で事態を見守る親御さんたちには、なにやら難しい顔をしている人も
ちらほら見受けられる。でも、そんなに難しく考える事は無いんじゃないかと、
そう私は思う。
 この子たちなら、きっと、これから先も、絶対大丈夫。
 そんな確信にも似た思いが私の顔をほころばせる。
「さ、ヒロシ君……それから、皆も、聞かせてもらえるかな?」
『はーい!』
71名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:38:36 ID:Q3mbbcGM

時は戦国の世。
特に何もすることもない俺は、ボーっとテレビを見ていた。
戦国時代なのにテレビあるのかよっ。とか、突っ込んではいけない。
そのあたりは、世の中は実に都合よくできているのだ。いろいろと。
「今回ご紹介するのは、この一品!」
どうやらショッピング番組をやっているらしかった。
時代背景を完全に無視し、黒いスーツをパリッと着こなした司会の男性が商品を紹介する。
『棺鎧!』
S・M・L・LLサイズがあるらしい。

「鎧は自分の体を守るもの。そんなのはきょうび当たり前。当社はそれに加え、戦場に、他人に配慮できる優しさを提供します!」
男性が、息を切り、間をためる。
同時にダダダ、と太鼓の音が鳴った。
司会の男性は、
「従来の鎧を装備していた侍の方が、万が一戦死してしまったとき。近隣住民による戦後処理は非常に不便なものでした」
非常に気の毒そうに言葉をつむぐ。
「まず、路傍の死体を片付ける。死体を鎧から脱がし、棺へと運び込む。これがまた腰にくる!」
と、ここで初老の男性へと絵が変わった。
キャプションには、近隣の農民・近藤義彦さん(68)と表示されていた。
「ええ、でもこの仕事を断るとお上の印象も悪くなりますでしょ。何より死体があったままだと畑仕事に支障が出ますしね」
元の画面に切り替わる。
「そこで、当社とNASAの共同開発により実現した棺鎧の出番です。これは、なんと装着者が戦死してしまっても、腰のここ、このボタ

ンひとつで棺に変形できるという優れもの!」
※単四電池四本が必要、とのこと。
「これにより、さっきまで来ていた鎧が、あっという間に装着者の棺に早変わり!」
「わーすごいですねー」
男性司会者の隣にいた、ないすばでぃの女性が、うそ臭い驚きの言葉を口にする。
「近隣住民の仕事の負担が劇的に減らせるという画期的な商品です!」
「こういう、にくいところでのちょっとしたやさしさを持ったお侍さんって、素敵ですよね」

「また、お試し保障一年がついてこのお値段!」
198万円ポッキリ! との表示。
「保障期間内なら、万が一おきにいらなかった際、返品時に料金をお返しいたします!」
「すごい! これなら私もほしくなっちゃう」
「今回はこれに加え、なんと干飯ダイエットタイプ半年分もお付けしてのご提供です!」
「メタボが気になるお侍さんにもぴったりですね」
72名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:39:30 ID:DjCjgPvb

キュッ、キュッとホワイトボードに、一般人には理解できそうもない式が羅列されていく。
「――というわけだ。古典力学と相対論の一番の違いだね。さて、それでは今の説明を元に、
次のページの問題がわかるかな……君、どうかな」
「あっ、えっと、その……すみません、わかりません」
「わからない、か。ふむ、仕方ない。では君」
大学一年の必修ゼミで相対性理論を学習する時間だ。わからないと返事した学生は
授業にはこれっぽちも集中せず、若い講師を熱っぽく見つめていた。
「おお、素晴らしい! その通りだよ、君! なかなか物理的センスがいいね」
少年のように目を輝かせて語る彼に彼女はさらにうっとりとする。

授業が終わると、そそくさと学生たちは部屋を出て行く。彼女はぼんやりとしたまま残っていた。
「うん? どうしたのかな?」
「えっと、いえ、なんでもないです」
「そうか……では私は失礼させてもらうよ」
いかにも威厳のありそうな分厚い本を脇に抱えて彼は部屋を後にしようとする。
「待ってください!」
「! びっくりするじゃないか。どうしたのかね?」
「あっ、あの……」
彼が訝しげに目を落とす。彼女は彼の空いていた方の手を握りしめていた。
彼女はその視線に気づき慌てて手を離す。
「ひゃあっ! す、すみません! あ、あの、慌てちゃって……これは不可抗力ってやつです」
「不可抗力、か……ふむ。それで、いったいどうしたというのかな?」
「あっ、あの、私、先生のことが好きです!」
言った途端に彼女は耳まで真っ赤に染める。
「すっ、すみません!」
恥ずかしさに耐えられなくなって彼の横を過ぎて逃げ出そうとする。
「待ちたまえ」
今度は彼が彼女の腕を握り、引き留める。
「いたっ」
彼があまりに強く握りしめたため、彼女は思わず悲鳴をもらした。
「ああ、いや、すまないね。これも不可抗力、というやつかな」
彼女は不思議そうに彼の顔を見る。すると彼は彼女に顔を近づけて
そのまま唇を重ねた。
長い長い接吻を終えると、彼女は我を取り戻して嬉しいやら恥ずかしいやら
訳がわからないやらで混乱していた。
「あ、あの……今のも不可抗力、ですか?」
「ああ、その……こういう言い方はあまり私は好きではないのだけれどね。
今のは私と君の万有引力のせいだよ」
「えっ、それって」
「ああ、そうだね。……そもそも不可抗力と言えば、初めて君を見たときに
好きになってしまったことかな」
「先生……」
彼女は目を潤ませて彼を見つめる。
ひしっと二人は抱き合うと、今度は彼女から熱い口づけを交わした。
「さっきのお返しです。そうですねぇ……作用反作用の法則、かな」
「ふむ、少し使い方が間違っているような気もするが――」
「もうっ! そんな細かいことは気にしちゃだめです!」
黄金色に染まる教室に二人の幸せな笑い声が響いた。
73名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:40:05 ID:Bopn8vi+


(●ω●)< 教えて君ですまんですが、もう一件いいかお?

 j l| ゚ -゚ノ| < 嘘答えるかもしらんけどそれで良ければどうぞ

(●ω●)< (……まあ、それもまた2chの基本ではあるが……)

(●ω●)< ロワってなんだお? この板来る前にも見た事はあったんだけども

 j l| ゚ -゚ノ| < (……あれ、普通に聞いて来た)

 j l| ゚ -゚ノ| < (おちょくりがいが無いなぁ)

(●ω●)< 結構この板に集まってるようなので改めて知っておきたいお

 j l| ゚ -゚ノ| < そうね。他板から誘導とか移動してきたのとかもあるそうだしね

 j l| ゚ -゚ノ| < あたしも参加経験ないんだけど、まあリレー小説企画の一つよ

 j l| ゚ -゚ノ| < 元ネタは勿論、かの有名な「バトルロワイヤル」

 j l| ゚ -゚ノ| < 本棚に入ってるけど読んだ事ない

(●ω●)< いや読めよ

 j l| ゚ -゚ノ| < 大別すると「パロディ・ロワイヤル(パロロワ)」「オリジナル・バトルロワイヤル(オリバト)」があるそうです

 j l| ゚ -゚ノ| < 登場キャラ決めて、地図決めて、あとは複数の書き手が

 j l| ゚ -゚ノ| < キャラを「予約」して執筆、投下後に状況のメモを記す

 j l| ゚ -゚ノ| < という繰り返しで、大きなリレー小説を作りあげる企画

(●ω●)< なるほど。面白そうだお

 j l| ゚ -゚ノ| < 正直、長丁場な企画だから読むの辛いんだよね

(●ω●)< ……ロワ系住民敵に回す覚悟バリバリですか?

 ★ロワについて
  むしろ教えてください
74名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:40:52 ID:GNVzNVaC



(●ω●)< ……今日は俺が絶賛スルー中だお

 j l| ゚ -゚ノ| < ああ……あの作品なぁ。あれは感想しにくい

(●ω●;)< ちょw 前回の発言台無しww

 j l| ゚ -゚ノ| < 今回はその辺の難しい領域に踏み込んでみようと思う

 j l| ゚ -゚ノ| < 感想があまりにも貰えない場合の確認点

(●ω●)< ふむ……。

 j l| ゚ -゚ノ| < 1:あまりにも独りよがりでないかどうか

;)< グサッ

 j l| ゚ -゚ノ| < 特に二次創作の前には「メアリー・スー」でぐぐっとくといいよ

 j l| ゚ -゚ノ| < もちろん独りよがりな良作ってのはあり得る。私小説とか独りよがりの極致なのに評価されてる品が多々ある

 j l| ゚ -゚ノ| < でも、ここは2ch。

 j l| ゚ -゚ノ| < 平たく言えば「何をツッコんで欲しいのか」判らん作品は感想しにくい。

(●ω●;;)< シリアス物でもかお?

 j l| ゚ -゚ノ| < 語弊を承知でいうと、そう。シリアス物でも「見せ場」=感想待ちなポイントよ。

 j l| ゚ -゚ノ| < 適切な物言いかどうかは判らんけど、一種のツッコミ待ちたる要素があると「良い」

 j l| ゚ -゚ノ| < なくてもいいけど描写勝負とかの難易度高い世界になるよね

(●ω●)< あ、今しがたやっとレス貰えた……誤字指摘と「こういうの好きだよ」……か……

 j l| ゚ -゚ノ| < 十分十分。

 j l| ゚ -゚ノ| < ぶっちゃけ、突っ込みどころ満載の下らない小ネタ投下の方が感想つけやすい

 j l| ゚ -゚ノ| < 「ワロスw」「これはひどいww」「ちょwww」が書きやすいんだよね

(●ω●)< うーん。でも俺は俺の書きたいものを書きたいんだお

 j l| ゚ -゚ノ| < その心意気や良し。

 j l| ゚ -゚ノ| < では私がさっそくレスしてやろう

(●ω●)< おい。「ツマンネ」ってなんだよ。

 j l| ゚ -゚ノ| < それもまた感想

 ★「面白さ」「芸術性」よりも明確な突っ込みどころを用意した方がレスは貰えます。
  じっくり読んで欲しいからこそ創発の価値がある、とも言えるかもしれません。
  そういう作品の投下後は、ゆっくり感想待つのが一番です。
  直近から流れたあとでも、こっそり感想をつけてくれるスレがあります故。
 【こっそり】言えなかった感想を書くスレ【自演乙】
75名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:41:30 ID:eo7o8m00

続きましてエロ基準編

(●ω●;)< 物語の展開上、性行為があった事を示す描写が必要になってしまったお

(●ω●)< これはちょっと仕切り直すしかないかな……

 j l| ゚ -゚ノ| < ちょぉーっとまったぁーーーーっ

(●ω●)< なんだお

 j l| ゚ -゚ノ| < 確かにこの板は18禁モノはだめだが、

 j l| ゚ -゚ノ| < 別に教育上の配慮が必要な板ではない

(●ω●)< む? 水準がよくわからんお?

 j l| ゚ -゚ノ| < 所謂出版系の倫理規定で使われる言葉で

 j l| ゚ -゚ノ| < 「みだりに性的感情を刺激する」事が目的になってなければおk

(●ω●)< うーん

(●ω●)< エロ需要のためのエロ供給になってなければおkって事?

 j l| ゚ -゚ノ| < そんなところ。あと文字表現なんだから、性行為自体もいくらでもボカせるしね

 j l| ゚ -゚ノ| < 「昨夜、oooはxxxと一夜を共にした。彼は未だに胸の高鳴りを感じていた」くらいなら平気

 j l| ゚ -゚ノ| <「xxxがぬっぷんぬっぷんとoooに入れると△△△△!」とかはアウト

(●ω●)< 「(ry)と一夜を共にした。彼は未だに勃起していた」はアウトかお?

 j l| ゚ -゚ノ| < ギャグならアリじゃね? 勃起くらい許してやれよっていう

 j l| ゚ -゚ノ| < 露骨さの婉曲表現さえできない下手な書き手と思われかねんけど

(●ω●)< 難しいのう

 j l| ゚ -゚ノ| < 実のところ、2chからのリンクに挟まれるime.nuにはエロ広告があり

 j l| ゚ -゚ノ| < 創発エロ禁止! っての自体説得力に欠けるんだよね

 j l| ゚ -゚ノ| < まあ怒られるぎりぎりまでtestスレあたりで挑戦してみるのもありじゃね?

(●ω●)< 明確な水準に悩む前に、うまいボかしかた考えろって話な訳だな

 j l| ゚ -゚ノ| < そゆこと。多分ね。
76名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:42:07 ID:kf3h1nL7


 j l| ゚ -゚ノ| < まず、先のまとめを再確認。

 j l| ゚ -゚ノ| < 争点は「複製を許すかどうか」であって、著作権自体の移動はありえないわけです。

(●ω●)< 言い方の問題だおね。

 j l| ゚ -゚ノ| < で、先のサイトでもひろゆきの発言があるんで引用してみる

>156 名前:ひろゆき ◆3SHRUNYAXA [] 投稿日:05/01/10(月) 22:15:58 ID:QYRR72lh
>153
>「出版されて本にされるのがいやなら書き込むな」
>おいらのスタンスは変わりません。
>おいらは、情報は制限なく発信できて、受け取れるべきだと思ってます。
>だから、そういう制限を加える気はまったくありません。

 j l| ゚ -゚ノ| < 2chやってる奴は、普通にこれに同感なんじゃなかろうか

 j l| ゚ -゚ノ| < 出版万々歳じゃん。あなたの投下が面白いと認められたって事にすぎない

 j l| ゚ -゚ノ| < 所謂「xxが勝手に儲けるのは許せん!」っていう意見があるのも判るんだけど……

 j l| ゚ -゚ノ| < その辺については議論を分けた方がいいと思うので「嫌儲」とかでぐぐってみるといいかも

(●ω●)< うーむ……。しかし、著作者権利の一部が勝手に利用される可能性があるのは微妙だお

 j l| ゚ -゚ノ| < ネットで匿名で晒してる以上、開き直った方が精神的にラクじゃねえかなぁ。

(●ω●)< で、アップローダー使うとどうなるお?

 j l| ゚ -゚ノ| < ああ、その件だけど。

 j l| ゚ -゚ノ| < 「アップローダーごとの規約」という厄介ごとが増えるだけかと。

Σ(●ω●;;)< な、ナンダッテー

 j l| ゚ -゚ノ| < 悪質なロダがないとは言い切れないからね。まあ、心配し過ぎても仕方ないけど

 j l| ゚ -゚ノ| < ロダは大手を使うこと、あと規約系のページがあればローカルコピーとかweb魚拓取っとけ。

 j l| ゚ -゚ノ| < ネットに確実はない。気休めで済まして創作に頭使った方がいいとおもうよー

(●ω●)< そっかー……。

 j l| ゚ -゚ノ| < 全部私見だからね。反論歓迎ってことで。

 j l| ゚ -゚ノ| < まあトラブルに備えて、投下時にはトリップつけてといた方が面倒はないかもだけどねー

(●ω●)< 創発民で法律の専門家な人がいたら突っ込みよろしゅー

 j l| ゚ -゚ノ| < よろしゅー
77名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:43:12 ID:ip0GmAWs
 奴の名は、宇宙(スペース)☆カジキ!
 俺たち無限の海を行く船乗りにとっちゃ、厄介な敵さ。
 なんせ奴らは速い。常時亜光速を可能とした船なんざ、今の時代にも数える
程しか存在してねえ。せいぜい、帝国宇宙軍旗艦だったり、共和国側の最新艦
くれえのもんだろうし、実際にその速度を出した事は、どちらもまだねえだろう。
光の速さに等しい速度ってのは、そのくらい扱いづれえ。
 なのに奴らは、常に亜光速を維持し、この宇宙(うみ)を我が物顔で行きやがる。
宇宙広しと言えども、亜光速を可能にした“生物”ってのは、恐らく宇宙☆カジキ
くらいのもんだろうな。まったくいまいましいったらありゃしねえ。俺らは道具使って
もカジキ以下かっての!
 でまあ、そんなぶっとばしてやがるから、こっちに――俺らの大事な大事な
船にぶち当たってきやがる事もあるわけさ。ま、こんだけだだっ広い宇宙じゃ、
ホントに稀にしか起こらない事故だけどな。
 ……俺は、一度奴らに腹をぶち抜かれた船を見た事がある。その瞬間を、だ。
 最初は、何か穴が開くんだよ。奴ら、鼻っ柱にやけに硬え、のこぎりみたいな
角持ってやがるし、身体自体がべらぼーに硬え。その身体で体当たりされる
わけだから、船の横っ腹なんざ一発なわけさ。余りの速さゆえに、奴ら自体を
肉眼で捉える事はできねえ。だから、いきなりボコッと穴が開いたように見える
……というわけだ。
 そして、次の瞬間、ドカーン! ……となる、と。亜光速で、ま、地球の
海を行くのと同じ程度の重さとはいえ、暦とした質量のある物体が突っ込んで、
突き抜けていくわけだ。その衝撃は船なんざ軽くぶっ飛ばして余りある。
 まったく、ゾッとしたね。何が起こったのかわかんないうちに、奴らに一発
喰らったらお陀仏って事になっちまうんだからよぉ。
 でもまあ、そうやって何隻も沈められるがままだたわけじゃない。俺たちは
あいつらには無い武器って奴がある。わかるか?
 脳味噌だよ。ようは、奴らは考えねえ。俺たちは考える。その差があるから、
俺たちは奴らと戦えるってこった。
 とはいえ、考えたのは俺じゃねえんだけどな。ガハハハハハッ!
「船長、2距離単位に、反応有ります」
「おおっと、おいでなすったか。丁度いいな」
 俺たちの探査計は、奴らの姿を捉える事ができるようになった。ま、言っても
相手は亜光速なわけだし、余裕なんざ二、三分程度しかねえ。でも、つい最近
までは、何が起こったかもいわからずに沈んでた船が、敵影を捉えられるように
なっただけでも随分な進歩、って奴だ。
 ましてや……俺たち人間は、その二、三分で奴らをどうにかしてしまう策を
編み出しちまってるんだから、そりゃま、世の中から戦争が絶えねえってのも
わからんではないってもんだ。どんどん新しいもん考えたら、どんどん使い
たくなるのが人のサガって奴だからな。結果、戦争は終わらねえ、と。まったく、
出来の悪い笑い話だぜ。それもブラックジョークだ。
「右舷に展開。ガツンとかましてやれ」
「アイサー」
 俺の合図と共に、奴がやってくる、俺の船の右側に、それが展開される。
「生き物だったら……」
 そして次の瞬間、遮光器が必要な程の閃光が、シールドされた窓越しに、
艦橋の俺たちを照らし出す。
「……衝撃喰らったら、あわ食って進路変える……全く、よく考えるもんだぜ」
 宇宙という空間で生きる、常識外の宇宙☆カジキであっても、でかい音に
よく似た、でかい衝撃はを食らわされれば、泡を食って進路を変える。それは、
奴が、規格外ではあっても生き物であるという証であり、同時に俺たち人間に
しかつけない弱点でもあった――ってところか。
「しかしまあ……厄介な奴だな」
 それだけの衝撃を与えられたというのに、宇宙☆カジキはひるんで方向を変えた
だけで、再び亜光速で“泳ぎ”始め、あっという間に探査計でも捉えられなくなる。
「地球の海じゃ、奴らみたいなのを大竿で一本釣りしてたって聞くがな……」
「まさか、都市伝説でしょう」
 探査計に映らなくなった奴の、その目にも止まらぬ姿を思い浮かべながら、
俺はいつか釣ってみてえもんだな、とそんな事を思って、遠く向こう、奴が見えなく
なった方向を、じっと見つめていた――
78名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:43:49 ID:m9hqcWep
それは真夏にしては日差しの柔らかな、過ごしやすい日のことだった。
午前中の執務を終えた国王陛下はゆったりとした椅子の背もたれに身を預け、一息ついておられるようだ。
「陛下、冷たい飲み物など用意させましょう」
手元のベルを取ろうと私は書類をのけて手を伸ばす。
「そうだな、頼もうか」
私がベルを鳴らすとすぐに扉が開きいて侍従の少年が入ってくる。冷たい飲み物と軽いデザートを用意するよう命じると、少年は礼儀に則った言葉で──しかし少年らしい元気な声でかしこまりましたと返事をし、退出していった。
窓からは青い空と白い雲が見える。だが徐々に灰色の雲も増えているようだ。
「これは一雨来るかもしれませんな」
陛下は瞑っていた目をお開きになり、窓の方を向かれたようだった。
「すぐには降るまい。直に散って、まだしばらくは晴れているだろう」
だが夕刻までには底の抜けたような激しい雨が降るであろうな。陛下はそのように仰った。
「どうしたのだ?」
私はポカンとしていたらしい。
「いえ、陛下にお仕えして10年になりますが……天候にお詳しいとは存じ上げませなかったもので」
ハハハ、と陛下はお笑いになられた。
「そうであったか? これでも余の見立ては城の天文士よりも外れぬと女たちには好評なのだ」
「陛下はどちらかで気象学をお修めになられたのでございますか?」
先程よりもさらに大きく、愉快そうに陛下はお笑いになられた。
「余はもうじき60にもなろうとする身ぞ。わざわざ学者の世話になるまでもなく空の見立てなら身についておるわ」
なるほど、亀の甲より年の功か。そんな言葉が思い浮かんだ私は、慌ててその不敬な考えを追い払う。
そんな私を陛下はただ愉快そうに見ておられた。
あぁ、私の様子から何を思い浮かべたのかお察しになられたのだな。
「不敬であるな」
「申し訳ございません」
灰色の雲はそんな会話の間に散り散りになっていた。
再び日差しが降り注いでいる。
「陛下のおっしゃる通りになりましてございます」
うむ、と陛下は再び目を瞑り、背もたれに身をお預けになられた。
私はふと思いついたことを口にしてみた。
「大陸に古今東西幾多の名君ありと言えども、陛下の上に立つ名君などありえませぬな」
「なぜそう言えるのだ?」
私は目を瞑ったままの陛下に答える。
「陛下は師をもつことなく治世に外交に、さらに天文にまで専門家を凌ぐお力をお持ちでございます。名君の中の名君である証明であると言えないでしょうか」
ハッハッハと陛下は常になく大きな声でお笑いになった。
陛下は椅子にもたれた姿勢のまま。
「何も生れ落ちてより今日に至るまで、余に師と呼べる者がいなかったわけではないのだ。そうだな、例えばお前もだ」
私が陛下の師? 陛下が何を言わんとするか、私にはとっさに理解することができなかった。
「ハハハ、混乱しておるな?」
意地悪そうに──まるで街の悪戯小僧のように、陛下は愉快そうにおっしゃる。
たまに陛下はこの様に私でお遊びになられる。常の寡黙さが嘘のように饒舌になられるのだ。 
「そうだな……お前の良い所は余の一言一句総てを理解しようとし、意に沿うよう全力で努力するところだ。そういうお前の余に接する際の態度──言うなればそれも余にとっての師、であるな」
なるほど、そういうことか……私は陛下の仰りたいことがようやくわかってきた。そんな私の様子を察したのか、陛下がお笑いになる。
「気がついたようであるな。そうだ、余は師についたりはしなかった。が、余は余の国にある万物万人を師と思い研鑽を積んできた」
万物万人が師である、か。ギシっと椅子が音をたてる。より深く陛下がお体を椅子にお預けになったのだ。
「であれば、やはり陛下は名君であらせられます。万物万人を師として国家に仕える。まさしく名君の証明でございます」
ノックと共に扉が開いた。失礼いたします、の声と共に侍従の少年がトレーを両手に入室する。
陛下と共に応接用のテーブルに移り、少年がカップと菓子を載せた皿を配る。
「この香り……アトン産のホンブロウの茶葉だろうか」
仰る通りでございますという少年に、陛下が聞いたことのない銘柄だなとお続けになる。
「では、私がご教授いたしましょう」
陛下がニヤリとなさった。
「なるほど、今日のお前は茶葉の先生になろうというわけなのだな」
何のことやらわからないといった感じで侍従の少年が困惑している。陛下と私はそんな彼の様子を見て朗らかに笑った。
夏。
抜けるような青空の下の出来事だった。
79名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:44:29 ID:r4nLR0fL
「あーもう……どうして私はこうなのかしら」
「先輩だからじゃないですか?」
「な、何よあんた、後輩のくせに偉そうに!」
「ここにいる期間は同じですし、そういうことは僕よりいい成績取ってから言ってください」
「……」
「あ、そろそろ定時ですね。飲みに行きます?」
「行く」

僕と先輩は、K社の営業部に所属している。
元々先輩は財務課、僕は総務担当だった。しかし今年の人事異動で二人ともここ営業課に配属されたのだ。
今年は新入社員が入っていないので、必然的に1番ぺーぺーの僕達二人で仕事をしたり、話す事が多い。
そして僕はそろそろ慣れてきたのだが、先輩はどうも営業が苦手らしく、成績は芳しくない。

居酒屋にビールの生ジョッキをだんっと置く音が響くが、喧争の中では誰も気にも止めない。
「……で、そのオヤジ、全然こっちの言うこと聞いてくれないのよ!何様のつもり!?」
「お客様のつもりだと思いますけど」
「はあ!?あんたまでそんなこと言うの!?大体まだ向こうは金払ってないんだから、客じゃないわ!」
「……前々から思ってましたけど、先輩は容量が悪過ぎです。もうちょっと割り切って考えないと」
「その割り切りができないのよ!本当にあんたはむかつくわね!決めた、私今度からセールスの人にもっと優しくする!」
「何でそうなるんですか」
最終的に毎回喧嘩のようになってしまうが、僕としてはこんな会話をそれなりに楽しんでいる。
毎回先輩が怒るようなことを言ってしまう。
先輩も毎回怒るけど、飲みに誘うと毎回来る。
内心ずっとこのままならいいと思ってしまうが、先輩に言うつもりはない。
「気のせいですよ、酔ってるんじゃないですか?」
「きー!」
僕はそっと微笑みながら、ジョッキをぐいっと傾けた。

こんな感じかな。先輩がヘタレなのか微妙だが。
気に入らなかったらすまん。
80名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:45:05 ID:99Y/KMxf
「あーもう……どうして私はこうなのかしら」
「先輩だからじゃないですか?」
「な、何よあんた、後輩のくせに偉そうに!」
「ここにいる期間は同じですし、そういうことは僕よりいい成績取ってから言ってください」
「……」
「あ、そろそろ定時ですね。飲みに行きます?」
「行く」

僕と先輩は、K社の営業部に所属している。
元々先輩は財務課、僕は総務担当だった。しかし今年の人事異動で二人ともここ営業課に配属されたのだ。
今年は新入社員が入っていないので、必然的に1番ぺーぺーの僕達二人で仕事をしたり、話す事が多い。
そして僕はそろそろ慣れてきたのだが、先輩はどうも営業が苦手らしく、成績は芳しくない。

居酒屋にビールの生ジョッキをだんっと置く音が響くが、喧争の中では誰も気にも止めない。
「……で、そのオヤジ、全然こっちの言うこと聞いてくれないのよ!何様のつもり!?」
「お客様のつもりだと思いますけど」
「はあ!?あんたまでそんなこと言うの!?大体まだ向こうは金払ってないんだから、客じゃないわ!」
「……前々から思ってましたけど、先輩は容量が悪過ぎです。もうちょっと割り切って考えないと」
「その割り切りができないのよ!本当にあんたはむかつくわね!決めた、私今度からセールスの人にもっと優しくする!」
「何でそうなるんですか」
最終的に毎回喧嘩のようになってしまうが、僕としてはこんな会話をそれなりに楽しんでいる。
毎回先輩が怒るようなことを言ってしまう。
先輩も毎回怒るけど、飲みに誘うと毎回来る。
内心ずっとこのままならいいと思ってしまうが、先輩に言うつもりはない。
「ちょっと、何にやにや笑ってんのよ?」
「気のせいですよ、酔ってるんじゃないですか?」
「きー!」
僕はそっと微笑みながら、ジョッキをぐいっと傾けた。

文が抜けてた。すまん。
81名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:45:37 ID:ay/Al4Tc
「あぢー」
「暑い暑い言うのやめなさいよね、さらに暑くなるだけじゃない。それより宿題の続きを──」
そうは言っても暑いものは暑いのじゃ。
部屋の温度は31度。部屋の中なのに31度だ!
「あぢぃ、あぢぃぜ、あぢくて死ぬぜ」
俺はベッドにごろんと寝転んだ。
「布団に横になればかえって暑いのに」
おまいの言う通りだ。ベッドに寝転んだところで何の解決にもなりゃあしない。
「あぢぃ……」
俺は激怒した! 余りの暑さに激怒した!
スパコーン!
なんて音がしたかどうかはわからない。
丸められた新聞紙が俺の形の良い後頭部を直撃したのだ。
「もぉ! あんたが暑い暑い言うからわたしまで暑いの我慢できなくなってきたじゃないの!!」
「やめとけ」
俺は心の底からの忠告をした。
「怒るとなおさら暑くなる」
「 わ か っ て る わ よ っ ! ! 」
スパパパパーン!
とかいう音がしたかはいざ知らず、丸められた新聞紙は再度俺のビュリホな後頭部を強打した。
「この暴力女メ……」
ベッドから降りようと顔を上げ、顔を上げようとして俺は目を見張った。
「お前、何してんの?」
「上着脱いでんですけど、なにか?」
イヤイヤイヤ、マテマテマテ。
「ちょっ、何でいきなり脱ぎ出すんだよ!」
「なによぉ、わたしの裸なんて飽きる程見てたくせにぃ」
何を言うか、何を言うかッ!!
「そりゃ、幼稚園とか小学生の頃の話だろうがぁッ!! 俺もお前ももう高校生だぞッ!!」
慌てる俺、フフンと笑うおまい。
「いいじゃ〜ん。フフーン、減るもんじゃないし〜」
脱いだ上着をバッグにしまい、バッグを持って立ち上がる。
「わたしさぁ、お風呂入ってくるね。もう汗でベタベタ気持ち悪いし」
そして俺を振り返った。満面の笑顔で。
「一緒に、入る?」
そうして部屋を出て行くおまい。
俺がそれを追える訳がなかった。

勝手知ったる他人の家。わたしは服を手早く脱ぎ捨て、カラっとガラス戸を開けて浴室に入る。
水のシャワーが気持ち良い。うん、これ最高。
あいつが降りてくる気配はなかった。こういうことに関してはホント信用ができる男なのだ、彼は。
とはいえ、
「まったく……このヘ・タ・レ」
それがちょっと、物足りなくもあるのだけど。
壁をコツンと小突くと、ちょっとだけ笑みがこぼれた。
まぁいい。夏はまだまだ始まったばかりなんだから、と。
82名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:46:13 ID:uaC9haMR
パンプティダンプティー 壁に座ってたら
パンプティダンプティー 勢いよく落っこちた
王様の家来や馬でも
ハンプティーは元に戻せない

「で、そのマザーグースの歌がどうだって言うんだ?」
僕は広間に全員が揃っていることを確認してから警部に答えた。
「わかったんですよ、この事件の真相が」
ざわめく人々に視線は合わせず、僕は例のハンプティ・ダンプティの歌詞が記されたノートの切れ端を掲げた。
「このマザーグースの童謡が犯人を示している。それは確かに事実だったんです」
「本当かね? それは!」
えぇと肯定の返事をして、僕は椅子に座った。
「ハンプティ・ダンプティの歌が謎かけ歌だということはみなさんご存知だと思います」
「ハンプティ・ダンプティは何者か? 彼は卵だってことだね」
ボーンボーンと広間の柱時計が鳴り出す。いつの間にか10分も過ぎていた。
「ハンプティ・ダンプティの原型には諸説があります。ご存知ですか?」
話を向ける。確かあの娘は大学の文学科に籍を持ってたはずだから。
「えぇ、シェイクスピアのリチャード三世がそうであるとか、清教徒革命の際の大砲がそうであるとか」
「アメリカでは落選確実の泡沫立候補者を意味するスラングにもなっとるな」
警部の以外な博識さにびっくりしながら、僕は言葉を続ける。
「狡猾、残忍、豪胆な詭弁家。生まれながらの身体的障害さえもバネにし、王位をものにしようと企む彼は、巧みな話術と策略で政敵を次々と亡き者にし、その女性たちを籠絡して見事王位に就く」
ざわめきが強まる。
そうだ、壁──塀から転がり落ちて“死んでしまった”この屋敷の主そのものではないかと。
まるで、と声があがった。
「そう、まるで被害者本人そのもののような。だけどこれは──」
「お爺様ではなくて、シェイクスピアのリチャード三世のことなのね」
「そう、薔薇戦争の最後を飾る戦死した最後のイングランド王リチャード。彼の栄光は長く続かず、ランカスター家最後の男子として挙兵したヘンリー七世に倒されました」
僕はパンっと歌詞の書かれたノートの切れ端を叩く。
「ハンプティ・ダンプティの原型、自分自身を示すペルソナ。これは自嘲なんです」
ざわめきはいつしか痛いほどの沈黙に変わっていた。
「自分を……壁の上のハンプティ・ダンプティを殺すのはヘンリー七世よろしくの、祭り上げられた正当なる血筋の最後の男子だと」
悲鳴があがる。震える声があがる。ざわめきが波のように揺れる。
「貴方が犯人だっただなんて」
さっと人の波が割れた。まるでモーゼの前の海のように。
「犯人は、あなたですね。没落した本家唯一の、そして最後の男子」
その時、柱時計の鐘の音が鳴り止んだ。
「その通りだよ、名探偵クン」
その言葉は、鐘の音に隠されることなく、僕の耳に届いたのだった。
83名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:46:47 ID:efjC+/8B
「ユ゙ヴぐーん゙!!!!!」
まぁなんだ、非常識なことには慣れているつもりだ。
「だずげでェ゙ェ゙ェ゙ェ゙!!!」
にしても、だ。
「ビエエエェェェェェェェェェ〜ンンンン!!!!」
幼馴染が身長18mになってしまうというのはどうだろう。常識的に考えて。

事の発端はいつものレクリエーションだった。
「なによこのとしまー!」
「なんですって、この四頭身!」
まったくもっていつも通りのレクリエーションだ。
ただ、
「こうなったらけっちゃくをつけるしかないのかしら」
「何だっていいわよ! 今日という今日こそは雌雄を決してやろうじゃないのッ!」
場所が悪かった。
二人が決着をつけるべく決闘の地とした広場に、隕石が落ちたのだ!

「ユ゙ヴぐーん゙!!!!!」
隕石の影響でこいつは身長18mの巨大人間になっちまったし、
「われわれはうちゅーじんなのー」
我が妹ながらこいつはやっぱりどこかずれている。
「お前は宇宙人じゃなくてロボットだろうが」
「われわれはろぼっとかしらー」
我々ってお前だけじゃないか。とにかく妹は隕石に潜んでいた宇宙人に改造されてロボット妹にされてしまったのだった。
「さー、おにーちゃんはあたしがまもってあげるのよー」
だからと言って抱きつくのはよせ。色々と押し付けるのもよせ。というか、お前体重いくつだよ! 潰れるってのー!!
「あぁん☆ れでぃーのたいじゅうをきくだなんて、い・け・な・い・ひ・と(はぁと」
なんか腕に彫ってある。チタン合金ハイセラミックス複合装甲とかガンダニュウム合金とかルナチタニウムとか重たそうな名前が刻んであるのはなんだ! なんなんだ!!
「おにーちゃんへのあいじょうがしつりょうをもつほどにぎょうしゅくされてるのだわー」
意味わかんねーよっ!!
くそう、なんて重さだ。潰れる……潰れてしまう。
「ユ゙ヴぐーん゙だずげでェ゙!!!!!」
「あいしてるのー!!!」
し……ぬ……。

7がつ30にち
きょうはおにーちゃんとおね……えちゃんのさんにんでもんすたーとえいりあんのでてくるえいがをみにいきました。
いえにかえりつくなりおにーちゃんはつかれてねむってしまったから、ふたりでおにーちゃんをおそいました。
うえにのっかると、おにーちゃんは「おもいー」とかしつれーなことをいいます。
わたしはおにーちゃんにのっかったおねーちゃんのうえにとびのりました。
「たすけてー」とかいってます。おにーちゃんのおごりだからってたべすぎたからです。いいきみなのです。
おにーちゃんはうなされていてもかっこいいです。うーんうーんとかいってるけど、もうちょっとだけこのまんま。
だいすきだからもうちょっとだけこのまんまでいます。
84名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:47:50 ID:Gz27ZBI2

視界の総てを覆い尽くさんとする黒煙。断続的につづく爆発音。立ち上る真紅の炎。
それらはさっきまで“みんな”がいた学校から立ち上がっていた。
「な、何てこった……連邦軍の輸送機が学校に墜落してやがる…。こ、これじゃ、ブリット達は……! ち、ちきしょおッ!」
兜甲児にはわかっていた。戦場に立つ者、戦士としての本能が告げていた。
あの時、あの場所にいた人たちは死んだ、と。
操縦桿を握りしめる。自分のせいかと心が締め付けられる。またなのか、祖父を守れなかった時のように……!
「案ずるな、兜甲児よ。直に貴様も同じ運命をたどらせてやる……」
あしゅら男爵の笑い声はしかし、甲児の闘志に火をつけた。
「くっ、こんなところで、やられてたまるかよぉッ!!」
燃えさかる街の空に、ホバーパイルダーが舞う。
そして、
「い、今の内にクスハを捜さなきゃ…!!」
今、一人の少年の運命の歯車が動き出そうとしていた。

──大丈夫だ。何かあっても俺が守ってやるよ。
そう言ったのに、そう約束したのに。
──あ、危ない! ブリット君!!
守られたのは自分の方だった。守れなかった、約束を、クスハを守れなかった!
『違う!』
吹き飛びそうな心を必死に手繰り寄せる。今はまだ折れるわけにはいかない。クスハは無事だ、彼女を捜して、今度こそ!
「返事を……、クスハァーッ!! 返事をしてくれぇーっ!」
答える声はない。爆発音と、黒煙と、瓦礫だけがブリットの瞳に映る総て。
「お願いだ……、返事をしてくれ……」

『来やがれ、あしゅら男爵! こうなったら相打ち覚悟で勘弁してやらあ!!』

それは突然脳裏に浮かんだ。
「か、兜が……あいつが今、死を覚悟した…!? な、何で俺は……何でそんなことがわかるんだ!?」
言葉ではなかった。それはまるで魂に響いたようなヴィジョンだった。そして、ブリットにはそれが気のせいでも心の迷いでもなく、事実だということだけがわかっていた。
極限状態がブリットにそれを疑わせなかったのか、信じさせたのか? 分からない。ただ、ブリットはそれが事実であると納得した。
だから、
「見たことがない機体……あいつが俺を呼んでいた?」
煙が引き、炎が消え、そこに現れた輸送機の残骸、そこに鎮座する鋼の超人にブリットは躊躇うことなく駆け寄ったのだった。

「俺だ、ブリットだ」
鋼の機体は思うがままに動いた。
その玉座はまるでしつらえたように馴染んだ。
卸したての車のような操縦席の匂いはなぜか郷愁を感じさせた。
「兜! 俺もこのグルンガスト弐式で戦う!」
85名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:48:44 ID:fQ52GulU

「じゃどーなのだわ、じゃどーなのだわーっ!!」
「いーじゃないのよーッ!!」
俺にとって朝とは爽やかなものじゃあない。
「あさごはんはおこめのごはんとおみそしるなのーっ!」
「私はプリン一個で十分だからいいのっ!」
朝とは戦場だ。朝の食卓は激戦区だ。もっとも朝以外の時間は違うのかと聞かれれば、朝以外も戦場ですと答えざるを得ないが。
「つべこべいわずにたべるのかしらーっ!」
「食べないったら食べないーッ!!」
やれやれ。
俺はちりめんじゃこに醤油をたらし、ご飯に乗せて一気にかきこんだ。

「どうぞ」
ふすまを叩く音に返事をすると、カタっと音を立てて開いた。
振り向かない。ブスっとした顔を見せたくないんだもん。
やれやれって声が今にも聞こえてきそうな雰囲気だ。でもユウくんは何も言わずにコトっと机に何かを置いたようだった。
なんだろう。ちょっとだけ横目で見る。
お皿に乗った、おにぎりが二つ。添えられた玉子焼きはちょっと焦げていた。
「わたし、食べないもん」
ユウくんはベッドに腰掛けてきた。何も言わずにトスっと座る。寝そべる私のすぐ脇に。
「昨日な」
ぶっきらぼうなユウくんの声。
「夕方のニュースでやってたんだ。ダイエットのし過ぎで酷くやせ細った女の人の特集」
言いたいことはわかる。でも、私痩せたいんだもん。
「あんな風になってほしくないんだよな俺も、アイツもさ」」
えっ? と思わず顔を上げてしまった。
ユウくんも、妹ちゃんも?
「お前、最近は朝も昼も晩もプリン一個とか牛乳一杯とかそんなもんだったろ。あいつ、昨日のニュース見てとうとう心配と不安が頂点になっちまったんらしいんだよな」
「妹ちゃんが心配……してくれてたの?」
あったりまえだろ、とユウくんは言った。強くもなく、大きな声でもなく──ただ、当たり前だろと自然に告げてくれた。
「おねえちゃんがほねほねろっくになっちゃうよーってな」
ポンっとユウくんの手の平が私の頭を撫でる。
「だからさ、ちっちゃい子を泣かすんじゃねぇぞ。ほら」
そう言ってユウくんは机の上のお皿を顎でさした。ユウくんが作ったにしてはいびつな形のおにぎりと少し焦げてる玉子焼き。
「あ……」
ユウくんがベッドから立ち上がった。
「じゃあな、食べてみて美味しかったら美味しい、微妙だったら微妙だってはっきり言ってやるんだぞ」
「美味しいよ!」
私は最後まで聞かずに答えていた。
「美味しくないはず、ないよ」
そっか、とユウくんは笑ってくれた。廊下に出るユウくん。閉じたふすまの向こう側でトタトタトタと駆け寄る小さな足音。
私は机の上のおにぎりに手をのばす。
それは、カップのプリンなんかより、ずっとずっと美味しかった。
86名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:49:29 ID:bHyLwHvu

「お前さんよ、刀葉林の女って……知ってるかい?」
警部補はまた僕の知らない言葉を口にした。そちらに向くことはしない。僕はただただ、立ち去って行く黄色いワンピースの後ろ姿を見つめていた。
ハァとため息をつく警部補。
ワンピースの彼女は振り返らなかった。木漏れ日の映える黄色いワンピース。まるでそれ自体が光ってるように輝いている。
「刀葉林の女──女神でもかまわんがな。地獄にそういうのがいるんだよ」
──地獄。警部補のその言葉に僕は少し興味を引かれた。が、やはり彼女の後ろ姿から視線は外せない。
地獄に住まう女か。そんな二つ名は確かに彼女にこそ相応しいのかもしれないとそう思った。
「刀葉林ってのは刀剣の葉が茂る林のことでな、地獄の獄卒はそんな林のド真ん中に罪人を放り出すんだよ。そこでな、罪人がふと目の前の大樹を見上げるとな」
「女がいると?」
そうだ、と警部補は言った。

衆合地獄に刀葉林という林がある。地獄の獄卒は刀剣の葉が生い茂る林の中に罪人どもを放り出すのだ。
途方にくれた罪人が樹上を見やると、そこには見目麗しき端整な姿形をした姫君が鎮座しているのである。
その容貌に見とれた者は、すぐにその木の上に登ろうと試みるのだ。
しかし足場となる枝も葉も幹も刃である。それら刃によってその罪人は体の肉ばかりでなく、筋さえも引き裂かれてしまうのである。
それでも一度燃え上がった情欲の火は尽きることなく、罪人は苦痛を堪え、姫君よ、姫君よ、と木を登りきるのだ。
しかし、かの姫君はいつの間にやら地上に降りていて、欲情のこもった媚びた目で、罪人を見上げているではないか。
それを見た罪人は再び欲情が盛んになってきて、今度こそと地面に降り立とうとする。結局前と同じように、刀の葉が体のすべてを切り裂くのである。
やっと地面に降りてみれば、姫君は再び樹の頂上にいる。
しかし、この罪人はまたもや樹上を目指して登っていくのである。

「まるであの女のようじゃねぇか」
警部補は黄色い後姿を顎で指し示す。
「魅入られた男たちはよ、あの女を手に入れるために刃の葉の大樹を喜んで登っていくんだぜ。何度も登り、何度も降りる。繰り返し繰り返し、何度も何度もな」
だがここは地獄じゃねぇ、見も心も切り刻まれればいつかはくたばる。警部補は吐き捨てるように言い放った。
「それを彼女は見ていた。自分の魅力に惹かれて、近付いて、そしてやがて息絶える様を“ただ”見ていた」
「あの女は黒だよ。真っ黒だ」
だけど、証拠はない。
「あぁそうだ、証拠はない。だがな、諦めないぞ。いつかきっとワッパかけてやる。絶対にだ」
再戦を一人約し、警部補は署に入っていった。
僕も戻るか、そうして身を翻そうとした時だった。

──ブワッ!

一陣の強い風が埃を舞い上げ、僕は思わず目を瞑る。
そして、やんだ風に目を開いた時、目に映ったのは彼女──。
笑顔、それは笑顔! 輝くような大輪の向日葵──笑顔。

『魅入られた男たちはよ、あの女を手に入れるために刃の葉の大樹を登っていくんだぜ。何度も登り、何度も降りる。繰り返し繰り返し、何度も何度もな』

警部補の言葉が思い浮かぶ。
あぁ、そうか。
とっくに魅入られていたのだ。僕も。
立ち止まり、僕を見つめ、笑顔を向ける彼女に、僕はゆっくりと近付き始めた。
いつか僕も彼女によって切り刻まれるのだろうか。刀葉林の刃の葉によって。
そうなのかもしれない。いや、きっとそうに違いない。
だとしても、彼女の笑顔は今、僕に向いている。
魅入られた憐れな罪人に過ぎない僕には、それだけでいいのかもしれなかった。
87名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:50:16 ID:hJbewVul

いつもの公園で、僕はロボットとフリスビーを投げ合っていた。
僕がキャッチし損なってしまって、フリスビーがベンチ近くまで転がった。
ベンチには高校生くらいのお姉さんが座っていた。
「すみませーん! それ、投げ返してもらえますかー?」
僕はベンチのお姉さんに向かって叫んだ。
お姉さんは、一瞬間があってから周りを見渡し、どこか遠くを見ながら手探りで
ベンチの周りを探した。
――そこじゃないよ、足元だってば……
僕は内心イラっとしたが、あきらめてベンチへ歩いて行った。
僕とロボットが近付くとお姉さんは、
「ご、ごめんなさい……」
僕らのほうを見ないまま、そう言った。
「いえ、いいんです。足元のフリスビーを取らせてください」
そう言うと、お姉さんはさっとベンチの端に身を寄せた。
そのとき、はじめて僕らはお互いの顔を見た。

お姉さんは色白で整った貌立ちをしていたが、その目は白く濁っていた。
僕は驚いて声を上げそうになったが、すぐに分かった。
――この人は、目が見えないんだ。
フリスビーを拾って体を起こすと、車いすを押したおばさんが近くに寄ってきた。
「ゆかり、車いす直ったよ。それから、やっぱり駄目だって。盲導犬は高いわ……」
「お母さん」
お姉さんが答えた。
「あら、お友達?」
僕は、自分たちのことを言われていると気づくまでちょっと間があった。

「あ、いえ、すみません。気をつけます!」
ぺこりとお辞儀をすると、ロボットと一緒に駆け出した。
何故だか、早くその場から立ち去りたかった。

「ねぇ父さん、『盲導犬』ってなに?」
夕食の時、何気ないふりを装って聞いてみた。
「盲導犬? そりゃ、目が不自由な人の助けをする犬のことか」
「たぶん。助けって、何をするの?」
「例えば横断歩道渡るとき、信号見えないだろ? 青になったら『渡りましょう』って
引っ張ってくれるとか。反対に赤だったら、渡ろうとするご主人を止めたりもする」
「へぇ。他には?」
「レストランで、テーブルや他の人にぶつからないよう席まで案内したり、とかかなぁ。
父さんもあんまり知らんけど。それがどうした?」
「や、ちょっと学校で聞いたから」
「そういうことは学校の先生に聞きなさいよ。何のために学校行ってるの」
母さんが、明日のお弁当レシピを検索しながら口をはさむ。
だめだ、これ以上父さんに質問したらどんなお小言が始まるか分からない。
盲導犬は高い、とあのお姉さんのおばさんは言っていた。
やっぱりペットショップで買うんだろうか。その値段が、とっても高いのかもしれない。
88名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:51:04 ID:DhiMkX9d

学校から帰ってくると、ちょうど母さんは買い物に出かけていた。
食材は配達で賄っているし雑貨はだいたい通販だから、きっとまた服でも買いに
行ったのだろう。
だとすると、夕暮れ時にならないと帰ってこない。パソコンを使うチャンス。

居間にあるパソコンで検索サイトを呼び出し、『盲導犬』を検索した。
盲導犬の役割は、この前父さんに聞いたものも入っていたが、もっといろいろな
仕事をしていた。犬でもこんなことが出来るのか、と感心するほどだ。
でも、肝心の値段についてはちっとも出てこない。
ページをめくっているとき、玄関にタクシーが止まる音がした。
――母さんが帰ってきた! やばい、もう閉じないと!
僕は慌ててログアウトして、居間でジュースを飲んでいるところを取り繕った。
「ただいま。あんた、いたの。表で遊びなさい、っていつも言ってるでしょう」
「今から行くとこだよ。ジュースくらい飲んだっていいじゃん」
そう言いながらロボットを連れて外に出た。
「逆上がりの練習、やってんでしょうね?」
「やってるよ、いつも公園で練習してるもん」
玄関に向かって怒鳴り、僕とロボットは公園へ駆け出した。

公園に、あのお姉さんがいた。おばさんの押す車いすに乗って、公園を散歩していた。

僕はいろいろなことを考えながら、お姉さんの姿を見ていた。
そしてふと、傍らのロボットをみて、閃いた。
――こいつを、盲導犬の代わりにできないかな?
少なくとも犬と同じくらいには、人の手を引いたり止めたりできる。
信号も交通ルールも認識している。一緒に遊んで動作確認済みだ。
なにより、主人に危険があった時に守ることが出来る。抱きかかえたり、支えたり。
おんぶして走れるのも確認済みだ。

ロボットを手放すのは惜しいけど、お姉さんの側にいるほうがこいつは役に立てる気がする。
――いいぞ、我ながらグッドアイデアだ。

「いいか、ロボット。これからお前は、目の見えない人を守る役だぞ。
僕を守るんじゃなくて、あのお姉さんを守るんだ。いいな」
僕はロボットに言い聞かせた。どこまで理解できるのか分からないが、
ロボットは僕の話を聞いたのち、ゆっくりとスコープをお姉さんに向け、
じっと見つめていた。

僕は勇気を出して、お姉さんとおばさんの前に出た。
「あら、こないだの……」おばさんは不思議そうに僕らを見た。
「フリスビーの子?」お姉さんは僕とロボットに聞いた。
「はい、そうです。こないだはすみませんでした」
「そんな、いいんですよ」
お姉さんとおばさんは笑った。
――よし、言えそうだ。
「あの、お話しがあるんです」
89名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:51:57 ID:VZ7xx3p0


「う〜〜〜〜トイレトイレ」
今 トイレを求めて全力疾走している僕は、洛陽の皇宮に住んでるごく一般的な男の子。
強いて違うところをあげるとすれば、実は後漢皇帝、献帝なんだってとこかナ――
姓は劉、名は協、字は伯和って言うんだよ。
そんなわけでボクは謁見の間からの帰り道にある城内のトイレにやって来たのだ。

ふと見ると、ベンチに一人の若い女が座っていた。
「うわ、見るからにやる気のなさそうな女の人だ」
ハッ?!
そう思っていると突然その女性は!
僕の見ている目の前で!
帯を解き、足をも隠す城内必須の正礼装を脱ぎ始めたのだ──ッッ!
カサカサッ
衣擦れの音と共に彼女は完全に礼装を脱ぎ捨てるッ!
「やっぱスウェットのが動きやすいね」
胸元には大きく「裏」の文字。礼装の下にスウェットを着込んでいた女性はポカンと口を空けて立ってる僕を一瞥して言ったのダ。
「まあいい私を崇めたてまつるれ──」
「噛んだな」
「噛みましたね」
「噛んでやんの」
「噛んじゃった──イタイ……」

【裏ハルトさんが三国志に召喚されたようです その1】

「そういうことだもんで、皇帝陛下のお世話係に雇うたオナゴだでぇ、好きに相手してつかぁさい」
それだけ言うと董卓はサッサと部屋を出て行った。くそ、あのベロ出し野郎──いつかぶちかましてやる。
で、ボクは改めて紹介された女の人に振り返ったンだ。
「ボクのお世話係なんだそうですね」
「そうなのよね。ホラ、ここの仕事って健康保険完備で福利厚生キチンとしてるってタウンワークスに載ってたもんだから」
「いや、知らないですけど」
「あ、そう」
「……、……」
「……、……」
「城の中から外とか出れないし、休みの日に遊びにも行けないと思いますよ?」
「や、遊びに行くお金もないし、下手に散歩とかしたら足首捻ってダウンするし」
「……、……」
「……、……」
微妙だなぁ、なんて微妙な空気なんだろ。ていうか、お世話係だったらもっとキチンとお世話してほしいもんだよネ。
ボクはため息をつくと机に向かった。そうだ、時間をムダに過ごすだなんてもったいない。
いつか董卓をぶっころぎゃーして国を変えていくためにもホンキをだして、勉強しなきゃ。
「本気出せば宮廷女官長くらいなれると思う」
いきなり何言ってんだこの人。
「じゃあ女官長目指してがんばってくださいよ、お仕事」
彼女はウムっと力強く頷いた。
「だから明日から本気出す」
「今日からじゃないんですか!」
思わずつっこんでしまったボクに彼女は鼻高々と答えたのダ!
「ビール飲んじゃったから無理」
あぁ、とんでもない人がお世話係になっちゃったなぁ……一際大きくため息をつくと、ボクは机に向かい、テキスト──ではなく、貂蝉オネエサマ写真集を開くことにした。
やっぱり貂蝉オネエサンは美人だ、さすが古代中国四大美人の一角だ! 写真集の影に隠れたテキストがチラと見えたけど、ボクは肘で押しやって視界から外した。
うん、明日だ! 明日からホンキだそう! 明日からホンキでがんばれば──

かくして献帝・劉協伯和と裏ハルトはここに合間見えたのでございます。この出会いが陰謀渦巻く中原に何をもたらすのか?! それは次回の講釈で!
90名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:52:33 ID:Thk5UeXV

 かたや、亡国の王子。

 かたや、廃嫡の皇子。

二人がまみえたのは湖に面して繁栄した街、ギッテルシ―シュタットだった。

 アウストーレリッツに程近いそこは、今では成熟が進んだというべきか、
街として老いたというべきか、活気あふれる街とは言い難かった。
 
 変化の少ない日常を過ごすこの街にも人は入り、人は出てゆく。
赤子として、あるいは旅人として、あるいは死人として。


 街道筋へふと目をやった靴屋の親父は、そこに見慣れぬ装いの少年を見つけた。
黒い髪、風雨に晒されたか、やつれた衣服。
本職の目を引いたのは、くたびれたながらも高級な拵えのその靴であった。
 荷物も少ない。

少年の名はハインリヒ=シュテインバウム。
隣国に祖国を侵略され、故郷を追われた彼は、
ボーハイミア王国の王子であった。
もちろん今ではなんの意味をも持たない事実であり、流浪に身を置いていた。
不安げな視線を辺りへ向け、彼は中央の教会がある広場の方へ姿を消した。

靴屋は仕事に戻った。機械的に木槌を振るう。
だが、木槌の音は再び中断することになった。
石畳の街路の角に、一人の青年の姿を認めたからだった。

 金髪碧眼、眼光も鋭い。腰には細身の剣を帯びている。
身なりは整っていたし、その眼には光があったが、やはり寄る辺のなさが滲み出ていた。
青年はアレトルキア帝国の皇太子だった。
それも先年までのことであったが……。
その名をヨハネス=ペリオーデ=フォン=ゴーマイエル。
彼は廃嫡されたのだった。傾城の遊女の子として生を受けた身の悲しさ、政略には勝てぬ。
とはいえ、皇太子が一人である間は、ただ一人の皇子の座に座していられたのだが、
正妻に子が出来、彼は存在の意味を見失うことになる。

辺境の靴屋ですら、彼の出奔は耳にしていた。
もちろん青年がヨハネスその人とは知る由もなかったが。
アレトルキアは半年ほど前、隣の小国――名をボーハイミアといった――を広大な版図に咥えたことが記憶に新しいが、
皇子の廃嫡も大きなニュースではあった。

彼らが身を寄せたこの街の教区牧師のもとで、二人は顔を合わせることになった。
ヨハネスのほうは頭二つ分も背が高い。
「こちらはハインリヒ君。そしてこちらはヨハネス、アレトルキア皇国の元皇子だ」
ハインリヒはその国名にびくりと身を震わせる。
ヨハネスは「元」が気に障ったか、形の良い眉根をすこしひそめた。
だが別のことを口にする。
「ハインリヒ……?」
「ああ、ハインリヒ君はボーハイミアの王子だよ。元王子と元皇子というわけだな」
牧師の目に笑みはなかった。

やがてオイロペ大陸をその手中におさめる皇帝ヨハネスと、右腕ハインリヒの若き日の姿だが、
彼らの邂逅は祝福されたものとはとても言えなかった。

受難の日々はまだ、始まったばかりだった。
彼らはこの地に、千年帝国を築き上げることになるのだが、それはまた別のお話。
91名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:53:18 ID:kPxZLt2U


人は、失ってはならないものを失ってしまった時、どうなってしまうのだろうか。
目を背けることすら許されない罪を負ってしまった時、人はどうすればいいのだろう。

「兄さま、寒い。とても……寒いの」
込み上がる自身の熱とは裏腹に、その小さな体はどんどん、どんどんと体温を失っていく。
「兄さま、どこにいるの? 兄さま──どこにもいかないで」
抱きしめる以外に何ができるだろう。その名前を呼び続ける以外に何ができただろう。
息がつまる。鼓動が高鳴る。喉はもうずっとカラカラだ。頭の芯が凍りついたように痺れていた。
寒くて、熱かった。
苦しい、痛い、苦しい、痛い、痛い、痛い──耐え切れない痛みにこうも苛まれているのに、なぜ僕はまだ生きているのだ。
「兄さま……」
言葉はそこで途切れた。
「あぁ……」
兄に何と伝えたかったのだ? 彼女は何も答えない。彼女はもう、何も答えない。
これが報いか。これが僕の犯した罪への罰か、報いなのか!
「あぁ……」
炎の蛇が舌をめぐらし、総てを緋色に染めていく。
崩れ行く尖塔が、押し潰される庭園が、突き崩される城壁が緋色の染められていく。
見ているしかなかった。見ていることしか出来なかった。
僕は!
「うわああああああああああ──────────ッ!!」

宝暦1244年、大陸交易の中心に位置するイスカリオ王国は突如出現した“異界のモノ”によって一夜にして消え去った。
麗しき水の都、女神の祝福を受けた王都アリスの今の姿を語る者はいない。
分かっていることはただ一つ。
尊厳者の月(8月)2日の夜に何かが起きた。
ただそれだけ。
王都に住まう数万人の人々は?
イスカリオの国王は? 王妃は? 王女は? そして、王国200年の歴史において、最も愛され、最も慕われた王子。
彼は、今、どこに。

酒場の隅で銀のブローチをいじる男──フードを目深に被っていても、それはまだ少年らしさを残した若者だということがわかった。
ガタン。
立て付けの悪い扉を蹴飛ばすように飛び込んできた男は一直線に若者の元へと走る。
「わかりました。この街より20里、白龍山脈はテロン山の中腹に庵があると」
壮年の男は他に客がいないにも関わらず、相手以外には誰にも聞き取れない小声でささやくのだ。
「テロンか──天険の地と聞くが、どうか?」
「案内と荷物持ちに強力を幾人か雇わずばなりませぬ。が、しかし……」
何も言わず若者はローブの下から手に握った銀のブローチを差し出した。
「売ればそこそこの金にはなるだろう。よしなにせよ」
「しかし──!」
反論しようとする男を若者は尋常でない威厳で二の句を告げさせない。
「よいのだ、亡くなってしまった国の継承の品。今となっては金以外の価値などはない」
若者は悔し涙を流す彼の忠臣の姿をただ、見ていた。
こうなってしまってもなお忠義を示す。その存在はありがたかった。
だけど、それ以上に辛かった。
「行こう、辺境伯」
席を蹴って若者は立つ。
“あれ”から三ヶ月。目的と手がかり、わずかな指標はその手に出来た。ならば行くのみ。
罪深き亡国の王子。
その旅が始まったのだ。
92名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:53:58 ID:zS6/AqTE


ねぇ、わたしのこと、すき?
わたしのこと、ほんとうにすき?
ぜったいに、すき?

「あぁ、大好きさ」

そこは、約束の地、だった。
湧き上がる歓声は彼らの主を称える歌であり、
曳かれてくる生贄を迎える鎮魂歌であった。

「お時間です」
そう言って扉を開け放った男の顔には見覚えがあった。
「君か」
最敬礼をとろうとする彼を制して、僕は両の手を差し出した。
「さぁ、手枷をしてくれたまえ」
「閣下に手枷など必要ないでしょう」
「必要はあるさ、私は罪人だ」
「そんなこと……ッ」
こらえきれない様子で彼は目を逸らした。その仕草には演技などは感じられなかった。
あぁ、そのように思ってくれる人間もいてくれるのか。
ならば、なおのこと思い残すことはない。
「よいのだ、私は国家に弓引いた国賊である。君も軍人ならば職務を果たしたまえ」
鉄の手枷は思っていたよりも重く、手首に酷く食い込んだ。
牢からの地下道は暗く、狭く、ジメジメとしている。
そこを一歩進むごとに声が大きくなってくる。
不思議なものだ、数多の戦場を駆け巡ってきた自分がその歓声に恐怖している。
この先に、自分の死を歓呼の声で待っている者達がいる。
それを思うと心が折れそうになるのだ。
出口の光が大きくなるたび体がすくむ。
「……だけど」
ついこぼれてしまった言葉に先導する彼が振り返る。
なんでもないさ、そう微笑むと不思議に脚の震えが少し収まった。
この道の先には彼女がいるのだ、もう少しの辛抱だ。
彼女の事を思うといつも力が沸いてきた。
彼女の笑顔は優しかった。
彼女の歌はとても素敵だった。
彼女は勇敢だった、けして涙をみせなかった。
彼女は僕のようには逃げ出さなかった。
僕は彼女に恋をしていた。

地下道を抜け、僕は約束の地に立った。
歓声はまるで棍棒のように僕の身体を叩きのめす。
僕を待つのは真新しい断頭台。
立ち止まらずにあそこまでいけるか? 叫び声をあげずにあそこまでいけるか?
心配はいらない。
コロッセウムの上座の頂点、そこに僕は彼女の姿を見つけていたから。

ねぇ、わたしのこと、すき?
わたしのこと、ほんとうにすき?
ぜったいに、すき?

「あぁ、大好きさ」

視線が絡んだ一瞬、その一瞬僕たちはあの頃に戻っていたようだった。
彼女が手を上げる。
僕は顔に被せようとされた黒布を拒んだ。
見つめていたかったのだ、彼女を。
その手が振り下ろされる、最後の一瞬まで、彼女を。
93名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:54:34 ID:USJMdobx


1913(大正2)年4月
金銀四枚で守るその陣容は「さあ、攻めて来い!」と言わんばかりの受けの構えである。
下手の坂田は攻めたくてたまらない。5七金が、微妙に不味い形である。だけど攻めたい。何とか攻める形をつくりたい。
坂田はここで、▲6六歩と進めた。△同歩なら、▲同飛で一歩を持ち駒にできる。
攻めの一手、橋頭堡である。
しかし、関根は素直に△同歩としなかった。
なんと△8五歩!
これが狙いの一手だったのだ。
▲同桂か? △8四歩で自分の桂は死ぬ。
坂田は▲同銀と打った。
関根△7三桂。
坂田▲9四銀……。
9四銀!
その時、坂田の銀が、盤上に立ち止まった。

【銀が泣いている】

「おっさん、すまんなァ」
その一手が詰みなのは百人が見て百人が納得するものだった。
参りました──その一言が出る前に投げかけられた一言に、怒り出す大人はいなかった。
「かぁーっ! これがほんまの黒犬のおいどじゃ! もってかんかい!」
少年は満面の笑顔で放り投げられた小銭を両手で受け取る。
背負った赤ん坊がずれるのを器用に腰でひょいと直し、
「おおきに!」
ひーふーみーと数えはじめるのだ。
そんな彼をよそに大人たちは将棋盤の前に顔をそろえて覗き込む。街角の縁台賭け将棋は今日も大繁盛だった。
「おまえなぁ、ここでこの進め方はあかんやろ」
「こっちの歩はこっちの金を誘っとるのやろ? そうやろ?」
「それよりこの振り飛車やな。こんな古い手よう使わんわ」
「だからな、こっちの銀をこっちやのうて……こっち! これでどうや」
喧々囂々あぁだこうだと持論を打ち合わせる大人どもを見ているのは、彼にはとても面白かった。
「そうやのうてな、ここはこうすればよかったんと違うかー」
パシンと小気味良い音が立つ。
少年の言葉が響くや否や盤に駒が走る!駒が盤を打つ音、それはもっともっと好きだった。
おぉ〜と上がる歓声。
「それからここで、こっちはこうや。おっさん、立ち止まったらあかんで。将棋も何もかんも前へ前へ行かんとな」
大人たちが唸る。唸り声しか出てこない。
「丁稚はんはほんま賢いなぁ」
「ちゃいますー、賢いんとちゃうわ、強いんや」
とはいえ、そこは大人だ。子供には負けていられないという思いもある。にじり寄る姿にその意図はようと知れた。
「もう一番やな、言っとくけど高いでぇ?」
その小憎らしい顔を屈辱の色に染めてやりたいという思いに駆られる! 
「おっしゃ、もう一番や! 今度は負けへんでぇ!!」
よぉし! と場が一層盛り上がりを見せたその時だった。
──ズルン。
背負った赤ん坊を支える背負い紐が、ズレた。


「ほんまにどうしようもない子だよっ! 将棋に夢中になって奉公先の大事な赤ん坊をおっことしちまうなんてさっ!」
黙って草履表を作る。頬っぺたも頭も尻も手も足も、何もかもどこもかしこも痛かった。
──仕方ないやんか……。
その言葉だけはグっと我慢して飲み込んだ。
口にした途端どうなるのかは、いくらバカちんでもわかっていたからだ。
だけど、
「あんた! しばらくは将棋は禁止やからな!」
それだけは承服できなかった。
「堪忍や! それだけは堪忍!!」
時に明治の御維新よりじき二十年の頃。阪田三吉名人─王将。その街角の賭け将棋に明け暮れた少年時代のことである。
94名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:55:14 ID:nXGVrFAL


「ほらぁ、早く来ないと置いてくわよっ!!」
まるで子供のようですね──喉まで出かかった言葉を僕は危ういところで飲み込んだ。
こんなこと、口にでもして、もし聞かれでもしたら大事になってしまうに違いない。
それにしても……、
「元気ですねぇ」
「あったりまえでしょ!」
姫様の返事は単純明快だ。
「祭がわたしの優勝を今や遅しと待っているのよ!」
やれやれ。まだ始まってもいない祭に、もう優勝した気になっておられるのか。
とはいえ、そのお言葉は非常に簡潔に──まったくもって的確に──姫様のお人柄を説明しているようなものだ。
「さぁ、今日中に次の次の宿場街までは足を伸ばすんだからね! 若々しくサクサクと駆け足で行くわよっ!」
荷物が満載のバックパックを背負い直し、待ちきれずに駆け出した姫様を追いかける。
そうしながら、僕はあの日のことを思い出していた。ほんの五日前のあのことを。

「お召しと伺い、参上いたしました」
目の前の方はよく来てくれました、と丁寧にお出迎えしてくれた。それだけでなく、自ら手をとって応接間へとお誘いくださったのだ。
誰あろうこのシュベルトラウテ王国、我が祖国の国母様が、だ。
「勉強は進んでいますか? 確か飛び級で王立大学院に進んだと聞きましたが」
「はい、おかげさまをもちまして。毎日修練と勉学に励んでおります」
ティーセットを持ってきた侍女を下がらせると、王妃様はそっとお茶に手をおつけになった。
美しい方だった。側の花瓶に生けられたティベリアの花の瑞々しささえ色あせて見える。
どんな人間であろうと、お力になりたいと思わずにはいられない美しさだ。
そうだ、僕は例えどんな難題であろうとも“お力になろう”と決意して参内したのだ。
「なぜ、私が貴方を呼び出したのか……明晰な貴方なら見当はついているのでしょうね」
はい、と頷いて僕もティーカップを置いた。いい香りだ、アトン産のホンブロウだろうか。
王妃様は少し気が進まないかのように瞳を伏せて憂いの色を浮かべた。
「一ヵ月後に迫ったヴァルキュリウルの聖誕祭に関してでしょうか」
より一層憂いの色を濃くした王妃様の様子に僕は自分の予想が間違っていなかったことを確信した。
「つまり、姫様が」
王妃様の頭が縦に振られた。

それは300年前のイスカリオの受難に端を発する祭だ。
地獄から這い出してきた鬼を追い返した16人の戦乙女たちを称える大きな祭。大陸交易の中心、水の都アリスで4年に一度行われるその祭のクライマックスは戦乙女たちの戦う姿を神殿に奉納することで迎える。
つまり、大陸各地から集まった選りすぐりの力自慢の女性たちが最後の戦乙女「ファルフェルール」の称号を受ける……要するに優勝することで終るというわけだ
参加要件は女性であることのみ。
「少年老いやすく、一瞬の光陰軽んずべからずよ! さっさと走る走る!」
この、元気に人の皮を被せて生まれてきたような姫様が見過ごすようなイベントではないというわけだ。
それにしても、と思う。

「しかし、此度の聖誕祭には暗い影が見え隠れしているのです」
王妃様は仰った。
「東の都市国家連合の大商人たちだけではありません。北のベルゲルミア、南方諸国、西の共和主義者も何かしらの動きを見せています」
それならば聖誕祭はともかくとして、ヴァルキュリウルの奉納試合は中止にするべきでは?
王妃様はかぶりを振られた。
「それはできないのです。なぜなら──」

「はやく来なさーい! あと十秒で追いつかなかったら死刑だからねっ!」
やれやれと言わざるを得ない。とはいえ死刑にされては堪らない、僕は少し駆け足を早めた。
──参加者の側からアリスに入り、聖誕祭の影にうごめく陰謀を未然に阻止すること。そして、できることであるならば……。
その時、僕は最後まで王妃様の言葉を聞かなかった。王族の方の言葉を途中で遮るだなんて不敬もいいことなんだけど。
「ほら三十秒の遅刻。これはもう死刑確定よねっ」
笑う姫様に僕はやれやれと苦笑した。
まったく人の苦労も知らないで、とは言わない。貴女に僕の苦労だなんて気がついてほしくはないのだから。
それが僕の使命だ。王家に仕える騎士でもなく、神に仕える神官戦士としてでもない、僕自身が決めた僕の使命。
『王妃様、自分は誓い申し上げます。姫様を守り、聖誕祭の影にうごめく陰謀を未然に阻止することを』
祭まであと一月。前途に漂う暗い影にとうの姫様は気付いていない、僕は知っている。だから、
「死刑でもなんでも、何があろうと僕は姫様のお側に」
それが、戦乙女ならぬ僕の戦いなのだ。
95名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:56:01 ID:6PSHl27K


働けど働けど我が暮らし楽にならざり……、
「ユウくーん、新しいの頼んでー!」
じっと手をみる……。
「おーにーいーちゃーん、わたしもおかわりかしらー!」
俺は激怒した。
「お前らちょっとは自重しろ」

事は昨日の夜にさかのぼる。
「なんだって? 食べ放題?」
「そうなのー、くろうし・くろぶた──」
「──蟹しゃぶ食べ放題のお店がオープンしたのっ!!」
俺は二人の顔をじっと、まじまじと、なめるように見かえす。
「やだ、そんなにみつめられたらはずかしい☆きゃっ!」
そして手元の雑誌に目を落とした。おっ、期待の新作ゲームForza Motorsport3とFIFA10がいよいよ発売日決定か。これはすぐにでも予約せねば。
「もぉー、ユウくんノリ悪〜い」
「おーにーいーちゃーん」
まったくこういう時だけは仲の良い二人だ。開店の広告が新聞の折込にでも入っていたんだろうな、普段新聞なんか見ないくせにこういうのだけは見逃さない。
まさに動物的な勘というやつなのだろうか。
「やっぱさ、夏はさっぱりしていてパワーのつく物食べたいよねー」
「まっくろくろうしたべたいな〜☆」
「黒豚のしゃぶしゃぶって重たくなくって、いくらでも入るって杏子ちゃんが言ってたんだよね〜」
「かにさんばりばりたべたいな〜☆」
おまえは殻ごとばりばり貪るつもりか。
「ねぇ〜、蟹だよ? 食べ放題なんだよ?」
「けがに、かにかま、わたりがに〜! ずわいがにもたべたいな〜!」
やれやれ。
「普通食べ放題の店の蟹はタラバガニだけだよ。他の種類の蟹は大抵別料金なんだから食べれないし、第一今は夏だから蟹のシーズンじゃ……」
「でもっ! 牛・豚・蟹っ!」
「たべほうだいなのかしらっ!」
どうやら論理的思考さえ失われ、もはや飢えた亡者のようになってしまっているようだ。
ならば、それならば、言ってわからぬ愚か者であれば身体に言って聞かせるしかあるまい。
「はい、ゲーム機」
さっと渡されたゲーム機のパッドを俺は顔を?でいっぱいにしながら受け取った。
「どう言っても納得しないんなら、ゲームで勝負つけて身体で思い知らさせるしかないな、でしょ?」
「くっくっく、ふごうりにみをゆだねてこそぎゃんぶるかしらー」
やれやれ! この俺にゲームで挑み、ゲームで無理を通そうとはな。
「いいだろう、俺をなめた罪……それはこの世で最も重い実刑、情緒酌量の余地無し」

で、俺は大いに負けた訳だ。あっけなく。
「黒牛・黒豚・蟹サイコー☆」
「あぁん☆ これがぷろれたりあーとのらくえんってやつかしらー!」
あぁ、ケガニ頼みやがった。ていうか、超特上黒牛ってなんだよ! どっちも食べ放題プランのメニュー外じゃないかっ!
「だって」
「いっかいしょうぶを」
「負けに負けての」
「さんかいしょうぶ」
「これで負けたら」
「なにたのんでもよしっていったのは」
……そうだよ、俺だよ! 俺は目の前に転がった蟹の脚を取って二人を見つめた。さぞ恨めしげな視線に見えることだろう。食い物に夢中でこっち見てないけど。
蟹の足を銃のように構えて俺は二人に狙いを定める。
「蟹光線発射! ビーっ!」
もちろん光線は出なかったし、二人も「やられたー」などと言って倒れたりはしない。
どうやら、ゲームの予約は止めといた方がよさそうだな、と俺は一人ぼやくのだった。
96名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:56:46 ID:uQojoVXg


「おめでとうございます! 撃墜16機目ですね!」
彼が愛機より降り立つとすぐに整備員が駆け寄った。
第一次世界大戦最中の西暦1917年1月当時、プロイセン軍人の最高の栄誉、プール・ル・メリット勲章授与の条件は先年の12機から16機と改定されている。
「さぁ、そうだったかな」
もちろん自分の撃墜数を覚えていないわけがないだろう。が、彼はそう嘯いて歩いていく。
今日も空は荒れていた。
英軍の戦闘機、ソッピース・バップが独軍の戦闘機の上をいく高性能機だと言ったのは彼だ。
独軍の戦闘機アルバトロス D.IIIと比較してみればエンジンの馬力も武装も半分にすぎない機体であったがしかし、その軽量がゆえに4500mクラスの高度では機動性においてバップはアルバトロスに勝っていた。
アルバトロスが一回旋回する間にバップは二回旋回してみせると言わせる機動性と、何よりもその扱いやすさが圧倒していたのだ。
しかし、彼はその性能差をものともせずにバップを撃墜した。それも記念すべき16機目にである!
それなのに、彼にプール・ル・メリット勲章は授与されなかった。

「なぜ彼が授与されないのですか!」
との現場からの突き上げに軍監本部はそうとう参っていたようである。
なぜなら、
「なぜ彼にプール・ル・メリット勲章が授与されないのであるか?」
と時の皇帝ウィルヘルム二世までもがせっついてきていたからであった。
すでにインメルマンやベルケといったエースパイロットを失っていたドイツにおいて、彼という英雄は必要不可欠な存在だった。
「彼に勲章を授与するべきではないか」
皇帝は常になく、強く軍部に主張したと言う。
それはインメルマンやベルケ──愛すべき撃墜王を失ったその喪失感がそうさせたのかもしれなかった。

再三の現場からの、そして皇帝からの要請にもかかわらず、軍部が勲章授与を拒んだには理由がある。
勲章授与の規定には敵航空機の撃墜16機と“繋留気球一個を含む”というものがあったのだ。
繋留気球は特にフランスにおいて、敵味方の飛行機の墜落、不時着の確認、および上空からの偵察行動などに重要な役割を果たしていたと言っていい。
“その目障りな憎い奴”の撃破を果たしてないために彼は勲章授与を認められないでいたのだ。

「気球一個くらい貴方ならばどうということもなく撃破できるでしょうに」
そういう言葉に彼はやれやれと手を振る。
気球なんてちゃんちゃらおかしくって相手にできない。それいうことなのだ。
こうなると、これはもう彼と軍監本部の根競べである。
勲章は授与したい。だが規定を曲げることなど許されるはずもない。
彼はといえば、そんな軍高官のジレンマなどどこ吹く風かと飄々としている。栄誉は大事だが、彼にとって己の騎士道──男の気概はもっと重いものであったのだ。
勝つのはだれか、しかして結果は?
結局16機目撃墜を果たした1月4日より時を経た1月末。敵航空機17機目撃墜をもって、プール・ル・メリット勲章が彼に贈られることとなった。

特旨をもって、
特例として、
特別に

彼を評する言葉として持ち上がるものは大体においてこのようなものである。
騎士道を重んじ、謙虚さを旨とし、紳士である。
同時に、負けず嫌いであり、ケンカ好きで、プライドが高かったとも言われる。
ちょうどこの頃から、彼は愛機を真紅に塗り上げはじめた。
遠い東の国のサムライが緋絨の鎧を着けて出陣するのにも似て、いかにもプロシア貴族らしい自分の存在を顕示する粋な試みだったと言えるかもしれない。
“赤い騎士”“赤鬼”そして──。それら彼を示す呼び名は、呼ぶ人間にとってそれぞれ格別な思いを残すことになる。

その彼の名を“赤い男爵(レッドバロン)”マンフレート・フォン・リヒトホーヘンと言う。
97名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:57:49 ID:r3lC7acs

「私、貴方のこと好きです」
夜十時、帰宅ラッシュが終わり、座席の空きもちらほらと出来始めた電車の中で、突然そんな事を言われた。
相手は予備校の帰りであろうセーラー服のお嬢さん。
最近の高校生には珍しく髪を染めておらず長く綺麗な黒髪で、そんな綺麗な黒髪をこれまた最近めったに見ないシンプルな三つ編みにしている。
「……はあ、そうですか」
日頃の疲れで立ちながら半分寝ていたこの俺は、突然の愛の告白にそんな惚けた言葉しか返すことが出来なかった。
「あの、私ずっと、半年前に、この電車ではじめて見た時から、素敵な人だなって、それで毎日、毎日見ているうちに
どんどん、どんどん好きになっていって、昨日も今と同じ場所で同じふうに目をつむりながら腕を組んで何か考え事をしていらっしゃいましたよね、
昨日もいつもと同じようにこの場所で、いつもと同じように何かを考えている貴方を見ていたら、よし、明日貴方と初めて逢ったこの場所で、
貴方に告白しようって思ったんです。だから、だから。もう一度言います。私、貴方のこと好きです。良かったら私と、私とお付き合いして貰えませんか?」
そう言いおわると、彼女は恥ずかしそうに顔を赤くしながら少し俯き上目遣いでこちらを見た。
「……はあ、そうですか」
さっきとまったく同じ答え、正直突然すぎて頭がついていってない。OK少し整理しよう。
今何時、十時四分。今何処、電車の中。誰が誰に何をどうした、目の前の女の子が俺に愛を告白した。
OK理解できた。答え? もちろん決まっている。
「OKだ」
彼女居ない歴=年齢で、魔法使いにリーチがかかっているこの俺にこれ以外の選択肢は存在しなかった。

彼女と付き合い始めて半年が経った。
毎日、彼女が掛けてくる電話には彼女が飽きるまで、毎日明け方まで付き合っているし、
毎日、時間関係なく百通近く送られてくる毎回違う話題の愛のメールには全部、届いてから一分以内に返事を書いて送り返している。
当然、こっちも毎日二百通違う話題のメールを送っているよ、そうしないと彼女だけが一方的に喋ってるみたいで彼女がつまらないだろ?
会社で同僚の女の子と少し話しただけで、突然事務所にやって来て「浮気なんて絶対に許さない……」
と可愛い嫉妬を見せてくれた時には、直ぐに早退して朝までベッドの中で可愛がってやった。
取引先の会社との忘年会で女性営業の方とポッキーゲームをした時には、その場に直ぐに現れて「ここでリストカットしてやる……」と言うので、
「そんな切り方じゃ意味が無い、こうやって動脈にそって縦に切るんだ」
と正しいリストカットの方法を俺が実践して救急車で運ばれたときには、泣いて謝ってくれた。
上司との付き合いではじめてキャバクラに行ったら、俺が店に入って三十分で鉈をもって現れて「おまえら全員ブッ殺してやるッ……!!」
とチャンバラごっこを始めようとしたので、剣道、柔道、合気道、空手、弓道、居合道、おまけに華道、全部で合計三十段の俺が全力で遊びに付き合ってあげたら、
五分で疲れて「もう……、ヤダ」って言いながら床に座り込んだ時には、ああやっぱり女の子なんだなって思ったよ。

周囲の人は止めるけど、そんな彼女と今度結婚します。
98名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:58:49 ID:HyKkCa3C
「……だから、ごめんなさい」
彼女との話はまた振り出しに戻ってしまい、俺は思わず天を仰いだ。
一時間である。
コンビニでバイトすれば800円が稼げる時間だ。ファミレスで働けば900円。そんでもって──まぁそんなことはいいか。
そんな貴重な時間をかけて話を続けた結果、話が一番最初のところに戻ってしまったとしたら、普通どう思う?
俺の一時間を返してくれ、とは思わないか? 誰だってそう言う。俺だってそう言う。だけどさすがにソレをそのまんま彼女に言うことは躊躇われた。
なんでかって? そりゃまぁ、俺のモットーが「女の子には優しく」であるからだ。
どーしたもんかなー。
クラスの女子グループが彼女をイジメているのは間違いない、はずだ。ところがどっこい、彼女はその事実を一切認めようとしない。
話が核心に近付こうとすると「ごめんなさい」でシャットアウトなのだ。
彼女はパイプ椅子に座ったまま、じっと俯いたまま身じろぎもしない。
俺は席を立って窓際に立った。すぐ外の花壇には蝶が戯れている。すっかり荒れ果てているけれど。
フム、と俺は改めて彼女を見た。
長い黒髪ストレート。メガネ。前髪に隠れていて表情は見えないが、頬から顎先にかけてのラインはスッキリしていて整った顔立ちを思い出させる。
そうなのだ。素材はいいのだ。むしろ美人と言ってもいい。
それなのに、これだ。
どーしたもんかなー。
俺は再び天を仰いだ。
「どうして……」
不意に彼女が声をあげた。
「貴方はどうして私のことを気にかけてくれるんですか?」
視線は床を見つめたまま、俯いたままの表情を窺い知ることはできない。
俺は手を胸に当てた。
「なんかさ、ここがスースーするんだよな」
「スースー……ですか?」
「そ。俺の知らないところでさ、イジメとか、そーゆーのがまかり通っているってのがさ、」
「まかり通っているってのが?」
「なんかしっくりこない。パズルのピースがきっちりはまらないっていうかさ、隙間が出来てスースーしてるように思えて気に入らないんだ」
「気に入らない、ですか」
あぁ、と俺は答えた。
「なぁ、教えてくれないか? 君は酷い目にあっている。そうなんだろう?」
その答えは返ってこない。相変わらずの沈黙だ。
やれやれ、まだまだ時間はかかるのかなー。壁にかけられた時計を見ようと俺は振り返ろうとする。その時だ。
「貴方には、関係のない事じゃないですか」
それはさっきまでの「ごめんなさい」よりも少し強い──それでも十分小さなか細い声ではあるが──調子の声だった。
「関係は──あるさ」
「何の関係があるんですか」
「君が元気でいてくれないとさ、ほら花壇が荒れ放題で花が可哀相なんだよな」
俺は顎で外の花壇を差してみせる。
「俺さ、君がキレイに手入れして育てた花壇を見るのが楽しみだったんだよ。だから──」
俺は彼女に背を向けた。窓枠に手をついて外の花壇を見つめる。後ろで衣擦れの音がした。
彼女が席を立ったのだろう。
「気にかけてくれるのは、花壇のため……ですか?」
「そういう理由じゃダメかな」
「そんなの……」
彼女の声に湿り気が混じった。俺は振り返らない。
「君はどうしてほしい?」
俺は待つつもりだ。返事が来るまで待ち続けるつもりだ。なに、一時間がんばったんだから、もう一時間がんばるくらいどうってことはない。
運動部の掛け声がやけに遠くから聞こえてくる。時計の秒針のチッチッチッという音の方がずっと大きく聞こえてくる。
「…………ですか」
その声がどんなに小さい声だったとしても、それらの音より小さくはないだろう。俺は確かに聞いた。聞き逃すことなどありえなかった。
《わたしを助けてくれるんですか》というその言葉を聞き逃すことなどありえなかった!
俺は即座に返答した。それ以外にありえない言葉で返答したんだ。
つまり、
「当たり前だろッ」
ただその一言だけ返したんだ。
彼女は再び椅子に座ったようだ。俺は改めて話を聞くために振り返る。だが、まずはその前にするべきことがあるなと、俺はポケットを探った。
そう、まずは彼女の頬を流れた雫を拭うハンカチを差し出す必要があると、俺は当然わかっていたのだから。
99名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 19:59:30 ID:X4lcAVna
月も隠れている闇夜。こういう日には必ずどこかで俺たちのような戦争の犬が血を流すことになる。
それにしたってと俺は憂鬱な気分に浸った。この週末は非番だったっていうのによ。
「非番だからって“イイコト”出来るような相手なんざいねぇんだろ?」
俺はもう一回ミッキーのヤツをぶん殴ってやった。なに、かまうことはない。アイツには10ドルの貸しがあるんだからな。
「くそっ、本気で殴るこたぁねぇだろ!」
無駄口を叩くんじゃないと俺は言ってやった。
覚えておけ。ここは戦場、そしてオレたちゃ愚連隊。泣く子も黙る海兵隊なんだからな、と。

LZから“会場”までの間に障害はなかった。ちょっとした接触発動型の捕縛トラップがあったくらいだ。
「いいな、歩哨を排除した後で突入する。コナーは“切り札”を持って俺についてくる。初陣なんだから付いて来てりゃいい」
「了解」
「目標は人質の確保。第二目標は……適当に暴れてライトのチームを楽にしてやる。いいな? 戦闘開始は15分後だ」
肩にかけた銃を構え、俺たちは茂みに伏せて待つ。
そして──時間になった。
サイトに歩哨をとらえ、俺はトリガーを引く。
ほとんど間を置かずゲリラの歩哨が倒れた。ドサッというそれ以外に音はしない。
当然だ。このM8A1には着込んでいるボディアーマーと同じ《完全消音》の魔法を施してあるのだから。
「アルファ6、クリア」
続いてミッキーの声がイヤホンから届く。
「アルファ7、クリアだ。ライトのチームもクリアだってよ。オールクリア、前進よし」
「楽なもんだ。ミラーチーム突入──アルファ18、ちゃんとついて来いよ」
茂みを飛び出し、俺たちはゲリラの基地へと向かって駆け出した。そうだ、兵隊は基本走るのがお仕事だ。
ドンっと反対側に爆発音がたつ。
西側からまわったヒルトンたちのチームがおっぱじめやがったんだろう。クソ、派手にぶっ放しやがって。
「ヒルトンのたれ目野郎も始めたな。畳み掛けるぞ!!」
ミッキーとコナーの返事を聞いて、俺は作戦開始前に頭に叩き込んだ地図を思い出す。
南から突入した俺たちは人質が捕らえられている小屋まで走った。それはすぐにわかった。竹と蔓で作ったらしい粗末な牢獄だ。
「助けに来たぞ! 頭を下げて伏せていろ! 救援だ!! アルファ6、目標を確保!」
牢屋の中の同胞へ、仲間へ、俺は矢継ぎ早に声をかけながら周囲も確認する。素敵なことにこちらに向かってくる敵はいない。
どうやらヒルトンのチームが上手くやっているようだ。
俺は背後を守らせるためにコナーを呼んだ。ミッキーにライトのチームを誘導するよう命じ、構えた銃を右に左に揺らす。
いくら陽動に引っかかったとはいえ、ゲリラもそろそろ人質の存在を思い出すころだろう。
俺は不意に振り返った。
コナーが牢獄の扉に手をかけようとしていた。
「バカッ! よせっ!!」
ミドルスクールの先公が言っていた。
後悔とは事が起きた後に悔やむから後悔と言うのだと。
そしてそれは正しかった。
バチンと火花が散って、けたたましい音が辺りに響き渡ったのだ。
「シット! 《警告音》のトラップか!」
愚痴る暇なんてものはない。《警告音》の魔法トラップと連動した《召喚魔方陣》が魔物の召喚をはじめていたのだ。
この手の魔方陣は発動してしまったらもう召喚が完了するまで止めることはできない。俺は神とコナーの二人を呪った。
「なんてこった!」
ミッキーが呻く。俺は思わず天を仰いだ。《召喚魔方陣》から現れたのは樹人系上級モンスターの『アルラウネ』だったのだ!
こいつの《狂気の叫び》の前には、生半可の《対抗魔法》の障壁などあってないようなものだ!
くそっ、俺も年貢の納め時か・・・・・・『アルラウネ』が《狂気の叫び》の予備動作に入る様子を見て、俺は覚悟を決めた。
その時、俺の背後から閃光が走った。
「?!」
「おー、さすがに樹人系はよく燃えますね」
コナーの緊張感のない声が後ろから聞こえてくる。『アルラウネ』は《火球爆発》の直撃をくらって炎上していた。
直撃し、炸裂し、炎上しているこの様子では、即死のようなものだろう。俺は体中の毛穴からいっせいに汗が噴出すのを感じている。
ひょっとして、俺たちは助かったのか?
「さすがは“切り札”ですね、《火球爆発》の魔法は一味違う。いやぁ、助かりましたね」
ミッキーが俺に目配せをしてきた。俺は無言で頷く。俺たちは静かにコナーに駆け寄り、その両側に立った。
ガシッ、ボカッ!
「お前が、」
「言うな!」
覚えておいてもらおう。オレたちゃ愚連隊。泣く子も黙る海兵隊。そして、天然気味の新人にはちょっと厳しいミラーチームなのだ。
100名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:00:11 ID:eds/h5ni
1937年の3月15日である。
それは奇妙な感覚であった。感覚──少し違うような気もする。しかし他に上手い表現が思いつかない以上、それは感覚であると形容する他ないであろう。
痛みはあるし、身体は相変わらず動かない。指先一つ、主人の意思に従って動こうとはしなかった。
とどのつまり、これが“死”というものなのだ。
案外つまらないものだと思う。
外套にフードを被り、鎌を携えた死神が来るでなし、ラッパを手にした愛らしい御使いが部屋の扉を叩くでもなかった。
もっとも──、
咳をしようとしたが出たのはヒューヒューという隙間風のようなかすれた音だけだった。
そんなものがいるなどと思ったことは一度だってない。
おりしも空は雲が立ち込めている。まさに闇夜。月の明かりも星の輝きも何一つ届かない闇。まるで死んだように静まりかえっている世界。
たまに吹く風だけだ。それだけが、まだこの世界が生きているということをその存在で知らせてくる。
いつしかその隙間風の音と自分の息の音さえ判別がつかなくなってきていた。
オオーン、オオーンとどこからともなく獣の啼く声が聞こえてくる。
はて、あれは犬だろうか。
犬に決まっている。
山奥深くにある田舎であるまいし、この州都プロビデンスにそれ以外のどんな獣があるというのか。
似合いであるかもしれない。
文学者として、創作者として世に認められることなく、あと数時間のうちに骸となる自分には、犬の遠吠えの葬送曲などお似合いであるかもしれない。
あぁそうだとも。
明日の朝になればアパートメントの住人は欠伸をかみ殺しつつ職場へと向かう。婦人は子供を学校へ送り出すとともに隣人と井戸端会議としゃれ込む。
例えば欧州で始まった戦争によって紅茶が手に入り辛くなったとでも愚痴るのだろうか。
それともこの戦争に巻き込まれはしないかという不安の方が先か。何にしても彼ら彼女らは日常に埋没した生活を続けるのだ。
ゴミの収集に来る業者は舌打ちをしながらちらばったクズを集めて帰るのだろう。薄汚い浮浪者は自分が漁る前に持ち去られたゴミに地団駄を踏むのだろう。
何も変わらない。私がこの世界からいなくなるということは世界の──宇宙の運営には何ら支障をきたすものではない。
あれはなんだろう?
ふと感じたのは先ほどから止まない獣の鳴き声の違和感だった。
オオーン、オオーンと聞こえてくる。
なぜだ、なぜ鳴き声が部屋の中から聞こえてくるのだ?!
ソレは次第に近づいてきていた。
なんだ、これはなんなのだ? 不意に恐怖が私の総てを支配した。“死”ですら私に与えることが出来なかった恐怖をその鳴き声が私に与えている!
なんだ、これはなんなのだ!
ありえないことが起きようとしていた。闇の中、いるはずのない存在が発生しようとしていた。
闇の中? 違う、これは闇が──黒々とした暗い色そのものが蠢いているのだ!
それはまるで這い拠る混沌だった。
ありえないことが起きようとしていた。私が創作した、いるはずのない存在が発生しようとしていた。
それは、それは暗黒のフォラオ!
あれは、あれは──!!
それは根源的な恐怖、それは千の時間千の空間に同時に存在する嘲笑する神・・・・・・。
それは────。
私を呼びに来たのだ。


1937年3月15日、アメリカで最も小さな州であるロードアイランド州の最も大きな街──プロビデンスにてハワード・フィリップ・ラブクラフトは死んだ。
腸癌とそれにともなう栄養失調による病死。
後に怪奇小説の大家として多くの作家たちに影響を与える彼の、生前に出版された単行本は「インスマスの影」ただ一冊だったという。
彼がその今際の際に何を思ったのか・・・・・・、それを知るものはいない。
いないはずで、ある。
101名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:00:59 ID:hHWRPlNd
「ちょっと待ってくれよ! なんで減額なんだよ!!」
男がカウンターを叩くとミシっとどこかが軋む音がした。
あたしは幾度となくこのカウンターにて繰り返された問答を走馬灯の様に思い起こす。
ちょっとマテ。走馬灯の様にって、あたし死んじゃうのかよ!
「プッ」
「何がおかしい!」
おっといけないいけない。思わず自分でウケちゃった。
「失礼」
そこそこの修羅場は潜り抜けたらしい目の前の男。その威嚇する視線を正面から受け止めつつ、あたしはコホンと一つ咳をした。
「えぇと、貴方のお仕事は・・・・・・ベルンフォレストの害獣退治でしたわね」
「害獣退治だと? 害獣どころか相手はオークの群れだったんだぞ? 元から話が違ってんじゃねーか!」
「フォーリスの妖精学においてはオークは“害獣”として分類されてますのよ? ミーティアやドマなどの主要国家でも採用されてるフォーリスの妖魔魔獣大典で、ですの」
「だからなんだよ」
「ギルドの依頼内容に間違いはなかったってことですわ」
うぐぐ・・・・・・と男が呻く。あーいい気分。やっぱ屈強な男達をやり込めるのは、ほんっとにキモチイー♪
「だ、だけどな」
ちょっと勢いが弱まったけど、彼はまだまだやる気のようだ。ウフフフフ。へこたれない男の人って、ス・キ☆
「けどな、俺達はオークどもを間違いなく駆除したんだぜ? 巣穴まで行って残らずだ! それなのに銀貨3000枚に減額されるってのはどういうことだよ!」
「それは当然、任務がキッチリ完了されなかったからですわ」
「だからどうしてそんなことになっちまうんだよ!」
ドンっとまたカウンターを叩く彼。
「5000枚が3000枚だぞ? 3割の減額ってどういうことだよ!」
「5000枚が3000枚になったんなら4割の減額だろうが」
後ろに立っていた魔術師風の人がすかさずつっこむ。彼、後ろを振り向いた。
「マジ?」
「マジ」
クルリとあたしの方に向きなおる。
「もっとひでェじゃねーかっ!!」
やん、唾飛んでるー! 減点10。そういうのはダメ。ワイルドなのはいいけど、汚いのはダメ、絶対。
「一体全体どういうことだよ、こりゃあよ!?」
あたしは彼の面前に一枚の紙を突き出した。
「これはベルンフォレスト駐在のギルド職員からの報告書ですわ」
彼の顔が“?”で埋まる。けっこう可愛い。15点加算。
「オーク退治の際に依頼主の農場の柵を破壊する。家畜小屋の壁を壊す──減点。オークの襲撃の際に羊を3頭殺される──減点。えーと、待機中に酒を呑んでクダをまく──減点」
「あ・・・・・・、その、それは・・・・・・」
「特に羊を守りきれなかったのは痛かったですわね。これは貴方たちが着任した後での出来事ですので、ギルド憲章3項に抵触するんですの」
「・・・・・・どういうことだよ?」
「ギルドの契約条項の30条にある、依頼主への保証責任が発生するということですわ。この場合はギルド側に不備はありませんので、依頼を受けた冒険者に保証義務が発生するんですの」
「・・・・・・つまり?」
「羊3頭と農場の柵に家畜小屋の壁、散々飲み食いしたお酒や食べ物の始末が銀貨2000枚で済むというのはとっても良心的な金額ではございません?」
うぐぐ、と彼は強く呻いた。
「羊1頭辺りの相場は確か・・・・・・」
「今なら銀貨1500枚ってところかしら?」
後ろの魔術師にあたしは答える。
「よろしくて?」
言外にこれで済ませてやるんだから納得しろと潜ませる。さすがに彼も気がついたようだ。
「それで・・・・・・いいです」
「いいです?」
「それでお願いします・・・・・・」
うん! 打ちひしがれて従順になった男の人ってイイワァ! じゅるりと思わずよだれが出ちゃう。
「当冒険者ギルドでは、登録冒険者の皆様が様々なトラブルに煩わされることなくお仕事や冒険に集中できるよう尽力いたしておりますわ。またのご利用お待ちしていまァす!!」
銀貨3000枚の手形を受け取って帰っていく彼ら。
あぁ、ゾクゾクしちゃう!
やっぱこっちの仕事に転職してよかったなァ。ジメジメしたダンジョンで宝探しも悪くないけど、合法的に屈強な男の子たちをとっちめるこの楽しみには適わないかも。
「はい次の方どうぞ〜。受付番号37番の方〜」
お、次はちょっと頼りなさ気な若い男の子。見た感じ剣士か何かかしら?
じゅるり。おっとよだれが。
さぁて、君はどぉんな冒険の結果をあたしに教えてくれるのかな〜?
いっぱいいっぱい、あたしを楽しませてちょうだいね☆
102名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:01:45 ID:Hunm3/P3
「ペンギンを捜して欲しいんです」と事務所に入ってくるなり、その女は俺に向かって言った。
「ペンギンなら動物園にいくらでもいるんじゃないかな、マダム」
「そのペンギンではありません!」と不満気に女は言葉を続ける。
「いなくなった、私のペンギンを捜していただきたいのです!」
俺は冷静に問い返した。なんで俺にそんなことを頼むのか、と。
「だって貴方、有名な“動物捜し屋”さんなんでしょう?」
違う。断じて違う。俺は私立探偵なのだと、俺はハードボイルドっぽく、呻いた。

話を要約すると一月程前に行方をくらませた番いの温帯ペンギンを捜してほしい、ということだった。
「警察はマトモに相手さえしてくれませんでしたわ」
「でしょうね」
「あの子達は私の家族も同然だというのに!」
「それはそれは」
車の中に彼女の恨み節は続いた。だが、それ以上にペンギン夫婦を心配する言葉が続いていた。
愛車キャロルの中に品のいい香りが満ちる。趣味のいい香水だ。シャネル……アリュールあたりだろうか?
「もう、私にはあの子たちしかいないのです」
「あの子たちしか、とは?」
「私にとって、彼らが暖かい日々の思い出の残滓、遺された最後の家族だということですわ」
なるほどと俺は首をすくめ、俺の失礼な仕草を見咎めた彼女の瞳に険が混じる。
「いえ・・・・・・、要するに──」
右手でハンドルを握り、左手でポケットを探る。あった。一本を人差し指と親指で取り出して咥える。小指と薬指はライターだ。
あぁ、やっぱりタバコはベルメルにかぎる。
「要するに、周りにしつこく反対され、イヤミと文句に満ち溢れた結婚ではあっても貴女達は幸せだった。長くは続かなかった日々だったとしても」
「私の主人のこと、ご存知だったんですか?」
「新聞のお悔やみ欄には必ず毎日目を通すことにしているんでね」
「職業柄、ということかしら」
「いや、単なる趣味さ」
嫌な趣味をお持ちなのですね、と言って彼女はようやく静かになった。

屋敷は想像通りでかかった。こちらですと俺を案内しようという彼女を俺は制止する。
結構と言う俺に彼女は「え?」と短く驚きの言葉を吐いて振り返り、俺を見返した。
「案内するのは俺の仕事さ。そのために俺のところに来たんでしょう?」
「えぇ、でも・・・・・・」
「答えはもう見えている。あんたはそれに気がついてないだけさ」
屋敷の正面玄関に止めた愛車から降りて、俺はスッと歩き始めた。俺は振り返らない。
ヤレヤレ、正に別世界だぜ。思ったとおり東側に林があった。藪が茂りつつあるがいい林だ。
「こんなところに何が?」
俺は答えない。答えを見出すのは彼女自身だ。日の差す場所、木の間隔、落ち葉、地面の傾斜・・・・・・あの辺りか。
俺は手を差し伸べ、彼女の視線を目当ての場所へと誘った。
「ここからでも見えるはずだ。・・・・・・あの大きめな木の根元の部分。洞のようになってる、そこだ」
「あの子たち・・・・・・」
それは大木の洞を守るペンギンの姿だった。
「温帯ペンギンの種類には森の中で産卵と子育てを行うものがいる。1月から3月──ちょうど今の頃に」
俺はしゃがんで土を握った。
「いい土だ。木々もいい。手入れがしばらく滞っていたのが却って彼らには良かったんだろう。巣を作るのにはいい環境だ」
「でも、屋敷の飼育室の方が環境はもっとずっといいはずなのに・・・・・・」
「どうかな」
俺は再びベルメルをポケットから出し、火を点けようとして──やめた。
「それは自分で決めることだ。幸せか不幸せなのか、なんてことを決めるのも自分自身だってことと同じに」
身を翻す。どうやら仕事は終ったようだ。
「彼らは自分達が明日を過ごす居場所を決めたらしい。彼らを家族だと言っていた、あんたはどうなのかな」
「私・・・・・・?」
「さぁて、生きることは辛いことだとか訳知り顔に言う奴は多いが・・・・・・生きていくってのはそう悪いモンでもないはずさ」
なぜなら、と俺は言った。喋りすぎだった。ちくしょう、やはり俺はまだハードボイルドには程遠い。
「あんた自身が言ったことだ。あんたには見守るべき家族がいるじゃないか。まだ、あそこに」
「私の家族・・・・・・」
「家族を見守るってのは、明日の喜びを見出すには十分な理由なんじゃないかね?」
返事はなかった。ないのが返事だった。
ヤレヤレ。心配は必要ないだろう。彼女の目には強い光が灯っている。
俺は私立探偵、人生相談は柄じゃない。ただ、たまに“動物捜し屋”として借り出される──それは意外と板についてるようだった。
103名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:02:26 ID:8RtKuREM
「ようするに坂本竜馬の財宝というのは」
これよ、と彼女は生徒会長にコロンと何かを放り投げた。
「もっと丁寧にあつかってほしいものだね」
「こりゃまた失敬」
それは黄色い石……トパーズをあしらったブローチだ。
「11月15日は満月。そんでもって当の本人、坂本竜馬の誕生日で、七五三でもあるわけよね」
彼女が説明を始める。

旧暦の15日、二十八宿の鬼宿ってのは吉事を意味する言葉よね。鬼が出歩かない日。この日なら何をやっても上手くいくって日のことよ。
そしてこの日は竜馬の誕生日。きっと何かの記念日なのね。それって多分竜馬への誕生日のプレゼントよ。洒落者で新しい物好きな彼に誰かが贈ったものなのね。
もしかしたら取引先の商人かもしれないし、同志の誰かからのものなのかもしれない。
隠してある場所があそこっていうのはすぐわかったわ。だって巻物に出てくる単語は全部七五三の関係のものなんだもの。

「じゃあ最後の千歳の──あめってのは」
千歳飴のことなんじゃないのと彼女は言った。
「あの池にはむかーし御祓い所があったそうなの。千歳飴って作った後に御祓いして清めてから売るものだから」
「で、僕を池に突き落とした理由はなんなんです?」
「だって──」
「だって?」
「あの池、底は浅いけど踏み台がなかったら靴が濡れちゃうじゃない?」
「僕は踏み台ですか……」
返事は聞くまでもないと言いたべな満面の笑みだった。
「木々を縫って満月の光が降りるのは池の中ほどの中洲のところだったわ。なら後はかんたんね」
やれやれ。まぁ役に立ったのならいいかと自分を慰めよう。でもまだ一つわからないことがある。
「なぁに? おねーさんに質問?」
やれやれ。またまた考えていることを読まれてしまったらしい。
「なんでこのトパーズのブローチの名前が『探し求めるもの』だったんですか?」
彼女は心底呆れたような顔をする。
「あんたそんなことも知らないの?」
「ぜひ低脳なこの僕に知性の光を与えてくださいませ」
フムンと鼻をならし、彼女は言った。
「トパーズの名前の語源が『探し求めるもの』なのよ」
じゃあそれともう一つと僕は彼女に向かって一歩前にでる。
「なぜ先輩は、これは坂本竜馬の誕生日のプレゼントだと断言したんですか?」
その時僕はあまりにも傲慢でありながら、あまりにも華やかな、輝く笑顔を目にすることとなった。
彼女曰く。

──覚えておきなさい。トパーズはね、11月の誕生石、なのよ? ちなみにわたしも同じ11月生まれ♪


何にせよ──生徒会第一級指令0018号──任務完了。
この日得た知識は坂本竜馬についての知識。そして二度と忘れることの出来なさそうな、ある女性についての秘密について、であった。
104名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:03:09 ID:qFlDGzxn
「あ、七五三ね。ほら見てよ! あの子可愛いじゃない」
「今日は11月の15日ですものね。おまけに日曜日ですから絶好の七五三日和なんじゃないですか?」
自分で言っておいて思う。絶好の七五三日和ってなんのこったい、と。
お寺には七五三のお参りにやってきた家族連れの姿がちらほらと見られる。学校の敷地内ではあるものの、歴史ある由緒正しいお寺だとかで、近隣住民の皆さんに開放されているのだそうだ。
「うっわ、あの子もかわいー! 連れて帰っちゃダメかしらね」
「それ、犯罪ですからね」
わかってるわよと言うその口調がやけに残念そうなのはきっと気のせいだと思う。そう思いたいのだから仕方ない。
「まずは住職さんにお話を聞いてみますか?」そう言う僕に彼女はうぅんと頭を振った。
「どうせあの狸な会長のことだから話は通してあるでしょ。このまんま裏の林に行くわよ」
なんで裏の林なんだろう。
クルリと振り返って僕の顔を見る。
「なんで裏の林なんだろうって思ったでしょ?」
「思いました」
思わず正直に答えてしまう僕。
「勘よ」
そして彼女はさっさと先へ駆け出してしまうのだ。
裏の林の場所、知ってるのかな? 
知ってるんだろうから走りだしたんだろうな。そう自分で自分を納得させて、僕は「待ってよ!」と一声あげて、追いかけるべく駆け出すのだった。

巻物に書かれていた謎かけ歌をかいつまんで言うとこんな感じだった。
『探し求めるもの』は満月の────。──二十八宿の鬼宿────十三詣り────。千歳────あめ。
こうして見ると全然歌じゃない──意味不明な単語の羅列じゃないかという優しさのないツッコミはなしの方向で。
「この鬼の宿とかってなんなんですかね? ホラーとかオカルト? そういう系列の意味なんでしょうかね」
返事はない。
「財宝は満月の……なんなんですかね? 満月の下に埋まっているとか?」
唐突に立ち止まる。
「うわっ、ごめんなさい!」
「なに謝ってるのよ」
彼女は振り返りもせずに言う。
「ほら、ついたわよ」
そこは池だった。
「お寺の裏の林にこんな池があったんですね」と僕。「あったのよ。昔からね」と彼女。
静かな場所だ。騒がしい学園の中にこんな場所があっただなんて、僕は全然知らなかった。
「本ばっか読んでて、出歩かないからよ」
……なんでこの人は僕が考えてることがわかるんだろう。そう思って彼女に聞こうとした時だった。
ドン
僕は池の中に突き飛ばされてしまったのだ。
当然のようにあがる水しぶきの音。その後につづく冷たさ。そして──!
「見〜つけたっ!」
彼女の声を、僕は聞いた。
105名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:07:06 ID:P9pSBS5Y
「坂本竜馬の──」
「──財宝ですって?」
生徒会長はその尖ったメガネをくいっと直すと、デスクの上で手を組んでみせた。
「我が学園を創設した一族の系譜には、かの坂本竜馬が海援隊時代に取引を行っていた商人がいたそうでね」
そう言ってデスクの上に広げた古文書らしい年代物の巻物を視線で示す。
「我が学園の敷地内にある寺院にあるらしいという古文書が見つかったのだよ」
ほうほう、どうやら慶応元年の代物であるらしい。と、いうことは海援隊の前身である亀山社中を設立したばかりの頃のもの、だな。
となると……坂本竜馬の商売の助けになった人物といえばグラバーだ。学園の創設者一族ってグラバーと関係が深いのかな?
僕は巻物に釘付けになりながらそんな事を考えていた。
が、
「で、なに? わたしたちにそのお宝を探せってことなのよね?」
まだまだ少女らしさを残したキーの高い声が、僕のドキドキワクワクしている胸をかき乱した。
「身も蓋もない言い方をするのだね、君は」
「だってそんなことに気取ったって意味ないもの。物事はシンプルに、スマートに、よ」
「そこに美学が加わってこそ一流だと、わたしは思うところだが……」
会長と意見が同じ意見だなんて、珍しいこともあるものだ。
「まぁ、それはいい」あぁ、やっぱりいいんだ。
組んだ手をほどき、会長は僕たちに指示を下した。すなわち、
「生徒会第一級指令0018号。坂本竜馬の財宝の保護任務を君たちに命じる!」
「了解です!」やる気に満ちた僕の声。「は〜い」やる気のみられない彼女の声。
とにもかくにも任務はここに下されたのだった。


「で? その財宝ってのはどんなものなの? 宝石? 金の延べ棒? それとも美術品かしら」
まったくなんて身も蓋もない言い方なんだろう。
「もうちょっと真面目に考えてみましょうよ」
真面目よォ〜、真面目も真面目の大真面目よ、と彼女はとても不真面目に応える。
僕が走らせる原付の後ろで携帯を弄ってる様子は“真面目”とは程遠いように見えるはずだ。
「ちゃんと?まっててくださいね」と僕。「しっかり?まえてるわよォ」と彼女。
生徒会長の話と巻物によると、坂本竜馬の財宝がどのようなものであるかははっきりとしていないようだ。
わかっていることは『探し求めるもの』という名前のみ。
「名前だけでどう探せっていうのよねぇ」
「一応財宝の名前と場所だけがヒントってわけじゃないみたいですよ」
「っていうと?」
「巻物には二十八宿の鬼宿がどうとか、十三詣りがどうとかって」
「ふう〜ん」
詳しい部分は解読が出来なかった。謎かけ歌のようであるというのはわかるのだけど。
「とりあえず巻物の写しはもらってきたんですし、現場で探索しながらなんとかしましょう!」
そうねぇ……なんて気のない返事を背中にしつつ、僕は財宝が眠るらしいお寺へと愛車を走らせるのだった。
106名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:07:46 ID:zAE1OItS
やあ。
 ようこそ、喫茶753へ。
 この千歳飴はサービスだから、まず食べて落ち着いて欲しい。
 うん、「なごみ」なんだ。済まない。
 七五三とは関係ないんだ。謝って許してもらおうとは思っていない。
 でも、この店名を見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない
 「不思議」みたいなものを感じてくれたと思う。
 殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい
 そう思って、この店名をつけたんだ。
 じゃあ、注文を聞こうか。

「……それ、来る客全部にやってるの?」
 まさか。親しい人にだけやる、ジョークのようなものさ。
「親しい……。……そう」
 えっと、注文は坂本龍馬だったかな?
「なんで喫茶店に来て注文が坂本龍馬なのよ! ブレンドちょうだいって
 言ったでしょ。……というか、坂本龍馬を注文したら何が出てくるの?」
 そりゃあ無論、坂本龍馬が出てくるさ。
「どこに?」
 ……この世界のどこか、果てない遠くに、さ……。
「ホント、適当言ってわけわかんなくさせるの、昔から得意よね」
 いやいや、適当を言っているわけじゃない。俺が出ると言ったら、この
世界のどこかに坂本龍馬は出るんだよ。
「何? 最近は電波も入ってきてるの? ……そりゃ十年会って
 なかったんだから、人間変わりもするわよね……」
 僕には何故君が遠い目をしているのかわからないな。皆目見当が
つかない。だから笑っておこうと思う。はっはっは。
「……前言撤回。やっぱり変わんないわ、あんた」
 さて、注文を繰り返そうか。ブレンドが一つ。以上でよろしいかな?
「うん。そっちの腕は上がってるんでしょうね?」
 お陰様でね。まあ、まさか趣味が高じてこういう店を出す事になるとは、
当時の僕は思っていなかったし、今でも半分信じられないけどね。
「高校当時飲みまくっては駄目だししてあげた恩、少しは返して
 もらいたいもんね。……なんかサービスとかないの?」
 そうだな……サービスか……千歳飴とか?
「それはさっき貰った。私だけへのサービスとか、そういうのは無いの?」
 君だけへの、サービスか……。
「……なんてね。別に私はあんたにとってなんでもない、ただ十年来に
 会うってだけの友人なだけなんだから、別に何も無いのも当然よね。
 ごめん、無理を言って困らせちゃったわね。でも、これからは度々
 来れるし、常連になったら何か……」
 ……君が欲しい物、何かあるかい?
「欲しい物? 今?」
 そう。さっきも言っただろう? 僕は注文された物を何でも出す事ができる。
「電波来たわね……」
 ま、駄目元でも構わない。何か言ってみたらどうだい?
「駄目元……か……そうね、駄目元なのよね。だったら、一つだけ」
 なんだい?
「指輪」
 ……指輪?
「そう、指輪。欲しいな。駄目?」
 駄目なわけないさ。僕は何でも出せるんだから。
「んじゃお願いするわね。あ、ちゃんと今すぐここに出してよ?」
 了解。じゃあ、しばらく待ってくれ。今ブレンド入れるから。
「ん。そっちも楽しみにしてるからね」
107名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:08:34 ID:pkjDKppW
■仮面ライダーバーサーカー:8話
■特捜戦士ブレイブドラフト:13話
ttp://members.at.infoseek.co.jp/oguma0908/novel.htm

■仮面ライダーシュラ:19話
ttp://kontentaisei.hp.infoseek.co.jp/syuratop.html

■仮面ライダーLord:16章
ttp://yossiy-web.hp.infoseek.co.jp/re-an/novel.html

■仮面ライダーアンジュ:全50話
ttp://rider000.hp.infoseek.co.jp/ange/angetop.html

■仮面ライダーザクロ:全50話
ttp://homepage2.nifty.com/human-of-clockworks/zakuro-index.htm

■黒金版仮面ライダー:1話
ttp://heat.k-server.org/kurogane/rider_top.html

■仮面ライダー朱雀:4話
ttp://powerstream.syuriken.jp/suzakutop.html

■仮面ライダー闘牙:全50話
■仮面ライダーFATE:28話
ttp://tokyo.cool.ne.jp/maskedbravers/novel.htm

■仮面ライダーシオン:2話
ttp://dodo-again.web.infoseek.co.jp/novel/rider/sion/sion.htm

■仮面ライダーヴァリアント:12話
ttp://dodo-again.web.infoseek.co.jp/novel/rider/variant.htm

■仮面ライダーコブラ:24話
ttp://dodo-again.web.infoseek.co.jp/novel/rider/cobra/cobra.htm

■仮面ライダー銀牙:全37話
ttp://ip.tosp.co.jp/BK/TosBK100.asp?I=rider_ginga&BookId=1

■仮面ライダーBURN:全29話
ttp://ip.tosp.co.jp/BK/TosBK100.asp?I=rider_burn&P=0

■仮面ライダームラマサ:6話
ttp://ip.tosp.co.jp/BK/TosBK100.asp?I=rider_muramasa&BookId=1&SPA=200

■無敵戦隊シャイニンジャー :全31話+番外編7話
ttp://mao.fool.jp/novel/shine/index.html

■ウルトラマンサムス:全5話+スペシャル4話
ttp://dodo-again.web.infoseek.co.jp/novel/predawn/predawn.htm

■ヒーローがいっぱい:全14話
ttp://www.geocities.jp/metalderfan/sousaku/hrosg/hrosg_top.htm

■MAHAO-r(魔破王):全六十四帖
ttp://www.d1.dion.ne.jp/~dackman/mahaor/mahao-rtop.htm
108名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:09:13 ID:NaMEZy2M
「いらっしゃいませ」
「ごめんくださーい! おばさん、コーヒー一つお願いします」
五十嵐一輝は喫茶店"兎の脚"に入り我が物顔でカウンター席に腰かけると、何時もの注文を告げた。
休日の昼過ぎにも関わらず客の姿は彼以外には一人も見えない。
マスターである品の良さそうな中年の女性はグラスに冷水を注ぐと一輝の前に差し出した。
「はい、お冷」
「ありがとう」
一輝は水を一息に飲み干すと空のグラスを置いた。
マスターはすかさずそれに二杯目を注いでやる。
「休日なのにお勤めかい? 五十嵐君も大変だねぇ」
「おばさんだって、正月盆以外ほぼ年中無休でしょう」
「私のは半分趣味みたいなもんだからね。客もいないし、楽なもんだよ。
 おっと、そう言えば、もう注文受けてたっけ。沙名ちゃん、ホット一つお願い」
マスターが厨房の方に声をかけると、暖簾の奥からおっぱか頭の女が顔を見せた。
歳は二十歳ごろだろうか、白いブラウスにパンツの上にエプロンと言う格好。
ほっそりとしていながらバランスの良い体格をした、切れ長の目が印象的な女であった。
女はいらっしゃいの一言もなく、一輝のほうを無関心げな眼差しで見やる。
それから彼女は返事もせず一つ頷いたきり、厨房の奥へ引っ込んでしまった。
それをぽかんとした顔で眺める一輝。
マスターは肩を竦める。
「ごめんね、愛想がないだけで、悪い娘じゃないんだけど」
我に返ると一輝は立ち上がってマスターに詰め寄った。
「お、おばさん。さっきの子、誰です?」
「ああ、五十嵐君と顔合わせるのは初めてだったねえ。
 産休の昭子ちゃんの代わりにバイト入った丙沙名ちゃん。結構可愛い娘でしょ」
「え、ええ」
一輝は若干顔を赤らめて同意しながら、ちらちらと厨房のほうを伺う。
「何? 見惚れちゃった?」
「え、いえ、その。……ずいぶん綺麗な人だなあ、なーんて」
笑って誤魔化しながら一輝は厨房から目を逸らした。
「丙さん、かあ。ねえ、どんな人です? フリーター? それとも学生?」
「うーん」
それを聞いたマスターは、何故か難しそうな顔をして暫し考え込んだ。
それからカウンターから身を乗り出して、一輝にそっと耳打ちして来る。
「実はあの娘、記憶喪失ってやつらしいのよ。昔のこと何にも覚えてないんだって。
三ヶ月位前、自分の名前以外何も判らない状態で、そこの河原で倒れているのを発見されたのが最初。
それからずっと身元を捜しているんだけど、まだ何も見つからないみたいよ。
だから今はフリーターやってるけど、昔はどこで何してたのか、皆目見当もつかないねえ」
「そうなんですか……」
記憶喪失などと言う話はドラマか漫画の中でしか聞いたこともなかった一輝であったが、朴訥な性格ゆえか、すんなり信じ込んでしまった。
「これでも警官の端くれ、何かお役に立てることがあったら、不肖ながらこの俺……」
「ブレンドコーヒーになります」
突然、お待たせしましたも失礼しますも一言もなく、いつの間にか話題の渦中の人物がコーヒーカップが載った盆を携えて真横に立っていた。
慌てる一輝に構うでもなく彼の目の前にカップと伝票を置くと、他の注文も聞かずに一礼して再び奥の方へ引っ込んでしまった。
それを見て呆れるマスター。
「まったく、あの娘ったら……。接客業は絶望的に向いてないわね。
今度しっかり教育しなおさないと」
「あ、でも、このコーヒー美味しいですよ。おばさんが淹れてくれるのに迫る位」
出されたコーヒーを一口啜り、一輝は素直にその味に感動した。
豆は普段のブレンドだが、きちんと挽き立てを使っており、新鮮な風味が生かされている。
口に広がる嫌味のない酸味と深い苦味。
109名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:09:56 ID:ZERwWuQG
マスターはそれを聞いて一転、破顔した。
「そうでしょー。あたしが直々に伝授したのよ。
それにあの娘、こう言う事は飲み込みが早くって。いずれは東京で一番のコーヒー職人になるわよ、きっと」
我が事の様に自慢げに話すマスター。
カップを傾けながら相槌を打っていた一輝の胸ポケットから、突然陽気な着信メロディが流れ出した。
一輝は素早く携帯電話を取り出す。
「五十嵐です」
『五十嵐君。"教団"の一味らしき武装集団が品川区のショッピングモールに出現したわ!
職員買い物客約八十名を人質にして、現地に立てこもっている模様。
コンバットコート部隊の装着員に非常召集よ』
「了解しました! 至急現場に向かいます」
一輝は携帯電話を仕舞うとカウンターに五百円玉を一枚置き、つり銭も受け取らずに席を立った。
「お仕事かい」
「はい。ご馳走様でした。
丙さんにコーヒー美味しかったですって、伝えといてください」
マスターに見送られながら、一輝はヘルメットを引っ掴むと大急ぎで店から飛び出していく。
駐車スペースに停めてあった白く塗装されたスポーツバイクに跨ると、パネルに番号を入力してからキーを挿し捻る。
カウルの一部が開き、回転灯がせり上がる。
ヘルメットの紐を確認しグローブをはめキーを更に押し込むとエンジンが音を立て始め、一輝は周囲を確認してからアクセルを回した。
サイレンを鳴らしながら加速し始める白バイ。
喫茶兎の脚があっと言う間に後方へ消えていく。
道を行く自動車を巧みに避けながら、一輝は国道沿いに現場へと急ぐ。
間もなく自動的に無線が繋がった。
『機甲服転送の許可が下りました。
犯行現場到着までの予測時間が十七分三十秒。
コンバットコートを転送して下さい』
「了解」
一輝が腕時計に右手の親指を押し付けるとデジタル表示の文字盤が回転し、眩い蛍光を発し始める。
腕時計から蛍光の直線が延び、複雑な模様を描きながら一輝の体を覆う。
一輝は左手を大きく振り上げた。
「転送!」
光のライン周辺からピクセル状の構造が出現し、徐々に一輝の体を包んでいく。
一輝の胸部に、肩に、腕に、脛に頑丈そうな装甲が現れる。
装甲で守り切れない間接部には、強度と柔軟さを兼ね備えた炭素繊維を織り込んだ人体保護膜が覗く。
機敏な動きを支え、常人離れたパワーを与える人口筋肉が一輝の神経系と繋がって行く。
西洋甲冑を思わせるバイザーがその顔面を覆い、転送が完了した。
人間の感覚を遥かに超えるセンサー系が吐き出す情報の嵐に一輝は軽い吐き気を覚えるが、耐える。
「転送完了」
『了解したわ。五十嵐君、そのまま単独でモール内に突入よ。
現場の警官は手をこまねいているけれど、連中は現時点で既に四十三名以上殺害しており、今尚犠牲者を増やしている。
現在奴等の凶行を阻止できるのは我々だけ。時間がないわ』
「判りました!」
コンバットコートを身に纏った一輝はアクセルを最大まで捻ると戦場へと一直線に向かって行った。
110名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:10:38 ID:bwcIoKzg
一輝が去って行ってから数分後。
客が一人も居なくなった喫茶兎の脚の店内で、マスターは暇そうに頬杖をついていた。
付けっ放しのラジオからは気だるい音楽が流れるばかりで、今起こっているはずの立て篭もり事件を伝える速報などは一歳聞こえて来ない。
気配を感じ、ふと視線を上げる。
エプロンを外し、外出用のジャケットを手に持った沙名が無言で彼女を見ていた。
「行くんだね」
頷く沙名。
マスターを寂しげに笑って目を閉じた。
「帰って来るんだよ。必ず」
返事はない。
目を開くと、もう既に女の姿は消えていた。
店の外から、数分前と同じ様にバイクの排気音が響く。
騒音はあっと言う間に小さくなり、やがて消える。
ラジオは相変わらず眠気を誘うメロディを垂れ流していた。


「聞きなさい、子等よ。肉は醜い」
全国展開している大型ショッピングモールの中央ホール。
八階まで葺きぬけになっている開放的な空間の中ほど、商品の陳列棚を引き倒して作った即席の演説壇の上に、一人の男が仁王立ちしていた。
歳の程は中年くらい、複雑な文字が描かれた白いローブを身に纏い、窪んだ眼窩の奥の眼球がぎらぎらと光っている。
その傍らには、骸骨に鉤爪や棘など攻撃的な装飾を施したような奇妙な人形が十数体鎮座していた。
男は、眼下で震えながら座り込んでいる一般人達に、妙に優しげな声で語り掛けている。
「肉は不完全だ。数多の欲に縛られながら、それを恥じ、克服しようと願うのに、挫折する。
神は、文明を発展させながら欲に敗北し続けるニンゲンを、見放されようとしている。
間もなく審判のときが訪れ、地上は裁きの炎によって浄化されるであろう」
陶酔したようなオーバーな身振り手振りを交えて、どこかで聞いたような、ありきたりな、眉唾物の教義を述べながら、男は立て掛けて置いたアタッシュケースを開いた。
男が中から取り出したのは、光を反射しない漆黒の液体が込められた注射器。
「だが、子等よ、怖れる事はない。
我等が教祖様より与えられた洗礼のソーマを注がれれば、修行を経ずともたちどころに、清らかなる鉄と石の躯へと解脱することが出来るのだ。
さあ!」
その声を合図に、傍らで佇んでいた骸骨人形が二体突然動き出し、地べたに座り込んでいる人々の中から一人の青年を引きずり出した。
青年は必死に抵抗するが人形の腕は万力の様に彼の四肢を締め付け、身動きすらとることが出来ない。
「嫌、だ。嫌だいやだいやだ! いやだァ――――!!」
首を狂ったように回しながら拒絶の意思を示す青年の肩に、白いローブの男は優しく手を添えた。
「怖れる事はないのです。さあ、体を楽にして、新生の悦びに体をゆだねなさい」
骸骨が動かぬよう青年の首筋を掴む。
男は注射針をそこに突き立てた。
青年の瞳が恐怖に見開かれる。
人形達が彼を解放すると、その体は力を失って倒れ伏した。
周りの一般人達も固唾を呑んでその様子を見守っている。
暫くして、横たわったままの青年の体がビクンビクンと痙攣し始める。
111名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:11:23 ID:mz26iJEg

「おオッ! 生まれかわる……ッ! 清廉なる魂の器へとッ!」
ローブの男は感極まった様子だ。
青年がゆっくり立ち上がる。
「あ・あ・あ。おれ、どう、な、あ」
体中を掻き毟る。
青年の頬から、肩から、腕から、胸から、腹から、尻から、足から、肉が剥がれ落ちていく。
剥がれた肉は地面に落ちるとジュウジュウと音を立てて、嫌な匂いを発しながら灰になって行く。
眼球が、内臓が、筋肉が腐って落ちると、それを埋め合わせるように、無機質な機械的な部品が組み立てられて体にはまり込んでいく。
青年の体から有機物が排出され尽くし、無機構造へと変化する。
青年の体は、ローブ男の周りの骸骨人形と等しくなっていた。
男は高らかに歓喜の声を上げた。
「素晴らしい! すばらしいッ!! 彼は更なる高みへと進化したのだ。
さあ、改めて祝福を授けよう。こちらへ」
最早泣き叫ぶことはない体となった青年は、ぎこちない動きで男の下へと歩き出す。
差し出された男の掌に鉤爪を添えた瞬間、かつて青年だった骸骨人形は崩れ落ちた。
四肢は力を失い、間接がばらばらに離れ、丸い頭部は首から外れてころころと転がる。
男は残念そうに呟いた。
「失敗したようだ」
だがすぐに気を取り直して、別の注射器を取り出すと群集に向き直った。
「進化には犠牲が付き物だ。あの青年は残念だったが、きっとこの中の誰かは適合してくれるものと私は信じている。
さあ、次の……」
「そこまでだ!」
警官と警備員の死体が転がっているエントランス。
そのガラス戸を突き破って外を警備していた骸骨人形の残骸が転がり込んできた。
一騎の単車がその残骸を踏み潰してローブ男達と相対する。
一輝はバイクから降りて周りを見回した。
買い物客や店員を守ろうとしたのだろう、拳銃や警棒を手にしたままバラバラに切り裂かれている、警官たちの死体がそこらじゅうに散乱している。
バイザーの奥で、一輝は歯軋りをした。
「なんて残酷なことを……!」
一輝はバイクのシートを開いて大型自動拳銃を取り出し、男の方へ構えた。
「殺人、障害、騒擾、器物破損、公務執行妨害その他の現行犯でその身を拘束する! 抵抗を止めて投降しなさい!」
「やれ」
男に促され、人形達が一斉に一輝に襲い掛かる。
一輝は冷静に取り囲まれないよう走り回りながら、人形達から距離をとりつつ、拳銃を発射した。
ライフル弾以上の貫通力を有する特殊徹甲弾頭が人形達の外殻を砕いて行く。
一発だけではその動きは止まらないが、脚部を数発撃ち抜かれたものは擱座し、頭部に何発も撃ち込まれたものは倒れ伏して動かなくなった。
その内一体が銃撃をかいくぐり、鉤爪を振りかざし一輝の下へと襲い掛かる。
「はあッ」
人口筋肉によって強化されたヤクザ蹴りが人形の腹に決まり、吹き飛ばされる。
一輝はその頭部にとどめの銃弾を何発か撃ち込むと、再び走り出した。
まだ数体の人形が見張っているために、被害者達は未だ身動きを取れないが、次第にその顔に希望の色が浮かんでくる。
ローブの男は一輝の銃弾から身を隠しながら、戦いの様子を無表情に眺めていた。
112名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:12:05 ID:jiaWAS0Q
「司教、ここは、私が」
男の後方から、鳥を模した面を被った小柄な男が歩み出る。
ローブ男が頷いて見せると、仮面の男は自らの首筋に真っ赤な液体が入った注射器を突き立てる。
「ああ……ッ! 見える! 私にもッ!
終焉と救済が……ッ!」
仮面の男の肉が、先程の青年の時と同じ様に、腐り落ちていく。
時折その表面に火花が走り、更に攻撃的なフォルムが形作られる。
男の体が無機系へと置き換えられていく。
程なく、仮面の男は骸骨人形の姿に成り果てた。
只、他の多くの個体とは異なり、その顔には嘴の様な突起が伸びており、ボディの至る所に黒い紋様が刻まれている。
その鳥の様な骸骨人形が中に手をかざすと、どこからともなくその身長ほどもある黒い薙刀状の武器が出現した。
「ハァッ!」
鳥人形は背中に漆黒の膜を形成して空中に飛び上がると、滑空して未だ人形達と戦っている一輝に襲い掛かった。
「何っ!」
一輝はすんでの所で身を翻すが、その胸から火花が走り、胸部装甲がざっくりと裂けた。
すぐさま反撃に出、宙を舞う敵に向け銃弾を発射するが、俊敏にジグザグ飛行をする鳥人形には一発も当てる事が出来ない。
一輝が強敵の出現に気を取られている隙に、雑魚の骸骨人形達が肉薄する。
鉤爪が何度もコンバットコートに叩き込まれ、一輝はもんどりうって倒れた。
その手から拳銃が離れ離れた場所へと転がった。
たちまち一輝の体は人形達に取り押さえられる。
「糞っ! 離せ!」
それを高みから見下ろして、嘲笑うかのように喉を震わせていた鳥人形は、葺きぬけの天井まで上昇する。
薙刀を両手で構えると、身動きが取れない一輝目掛けて急降下し始めた。
上空を見上げる一輝の顔が歪む。
「こんな所で死んで堪るかっ!」
だが、多勢に無勢、三体掛りで取り押さえられている現状ではどうすることも出来ない。
鳥人形はスピードを増してこちらに迫っている。
もう、どう仕様もないのか。
一輝が絶望しかけたその時、突然四階の窓ガラスが破れ、漆黒の大型バイクが飛び込んで来た。
それに跨る人影は、空中で身を翻し、バイクの正面に足をかける。
鳥人形の注意が一瞬そちらに向く。
次の瞬間、乱入者の足がバイクを蹴り飛ばし、真っ直ぐに鳥人形に向けて加速する。
加速しながら空中で半回転。
人影は右足を前に突き出し、流星の様に鳥人形に突進した。
残像を引くほどのスピード。
鳥人形は防御する暇もなく、その背を撃ち抜かれた。
乱入者と鳥人形は一緒になって地面に激突する。
乱入者の方は華麗に手と足を揃えて着地したのに対し、人形は地にクレーターを穿ちながら頭から墜落。
床に上半身をめり込ませた状態で、鳥人形の足が力を失いガラガラと崩れると、一瞬間をおいて火柱を上げながら爆発する。
爆炎に照らされる乱入者の姿。
無機質な黒いボディー。
同じく黒い仮面に覆われた頭部。
吊り上がった赤い光学センサー。
113名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:12:58 ID:x7niNO91
「お前は、一体……」
一輝の問いを黙殺し、黒き仮面の騎士は、襲い掛かってきた雑魚人形に裏拳を叩き込む。
人形は吹っ飛ばされ壁にめり込むと、バラバラに崩れて動かなくなった。
背後から襲い掛かってきた人形の頭部に、後ろ回し蹴りが決まる。
骸骨の頭部が華麗に吹っ飛び、残された胴体は膝から崩れ落ちた。
「お前は……ネフェシェ!」
無表情を貫いていた司教の男の顔に初めて動揺が走る。
傍らに控えていた人形達が一斉に前に出た。
ネフェシェと呼ばれた仮面は襲い来る人形達を、素手の一撃で次々と沈めていく。
「凄い……!」
人形と格闘戦を繰り広げながら、一輝は仮面の戦士の圧倒的な強さに只圧倒されていた。
自分も負けじと、人形とくんずほぐれつ転がりながら、手放した拳銃の所までたどり着くと、何とかそれを回収して人形の頭部にゼロ距離から一撃を見舞う。
崩れ落ちる人形を尻目に、立ち上がった一輝は座り込んでいる人質達の元へ急いだ。
「今のうちに逃げてください! 早く!」
他の骸骨人形達は全て仮面の相手に出払っている。
一輝に誘導されつつ、一般人たちは我先にと出口へ殺到して行く。
「逃しませんよ」
いつの間にか回り込んでいた司教の男が悠然と待ち構えていた。
その手には仮面の男に投与した物と同じ、真紅の注射器が握られている。
男は何の躊躇いもなくそれを己が喉元に突き立てる。
ジュウジュウ音を立てながら溶解していく男の肉体。
「まさか私までこれを用いる事になろうとは……。だが、仕方がありません。
こうなってしまった以上、ネフェシェを葬った後、私も貴方方も安寧なるカオスの地平へと――――」
ローブの男もまた、人間の肉体を失い、金属と珪素の怪物へと変貌していく。
「糞っ!」
一輝は人質達を下がらせ、変身中の男に向けて発砲するが、変貌は止まらない。
拳銃の遊底がスライドして止まる。弾切れ。
ベルトに吊り下げてある予備弾倉を交換している一輝に、身の丈ほどもある巨大な拳が襲い掛かる。
一輝は錐揉みしながら空中に吹っ飛ばされた。
土煙の向こうから、巨大な人影が姿を現す。
二階の天井をゆうに突き破る体躯、白い外殻に機械的な関節、手に吊り下げた鎖の先には玉転がしの玉より二回りほど巨大な鉄球。
司教の男は、全長十メートルはあろうかと言う巨大な怪物に変貌していた。
軽い脳震盪でふら付きながらも何とか立ち上がった一輝は、その異貌を目にして唖然とする。
「何なんだあれは!」
巨人の口から凄まじい音量の哄笑が響き渡る。
「見よ! 教祖様より直々に御頂戴したこの器を!
もはや一人一人ソーマを投与するなど生温い!
このまま市街に討って出、この身朽ちるまで不義のものどもを残らず塵に還してくれようぞ!」
「させるか!」
一輝の手の中の拳銃が分解され、どこからともなく単発式の対戦車ミサイル発射筒が転送される。
間髪いれず発射されたミサイルは怪物の頭部に直撃した。
爆炎が上がり、周囲の窓ガラスが砕け散る。
114名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:13:46 ID:NTp4ImIn
しかし、怪物は煤で汚れた程度で、外殻には皹一つ入っていない。
「そんな馬鹿な!」
「移し世の武具などで、聖霊の守護を撃ち破れるものか!
貴様はネフェシェを叩き潰した後、ゆっくりと相手してやるからそこで見ていろ!」
巨人は身を翻すと、雑魚人形の最後に残った三体を同時に相手している仮面の戦士に向けて、手に持った直径四メートルほどの巨大な鉄球を投げ付けた。
戦士が振り返るが、どう見ても回避は間に合わない。
仮面の人影は、残りの人形と共に三階のテラス諸共ひしゃげて鉄球の下に押し潰された。
「あの人は……」
黒い乱入者の目的は判らないが、敵の敵ならば味方に違いない。
そう単純に考えている一輝は純粋にその身を案じる。
一方巨人の方は、最も脅威となり得る存在の敗北を確信し、高笑いを上げていた。
「ワハハハハ! 教祖様に仇成す邪悪の化身を滅ぼして遣ったぞ!
これで私も更なるカルマを積み、また一歩完全な存在への階段を――――」
巨人の言葉が途切れる。
コンクリートの柱に半分以上めり込んでいる巨大な鉄球に、皹が入っていた。
ピシピシと音を立てながら皹が放射状に広がり、そのまま30トンの鉄球が粉々に砕け散る。
飛び散る鉄片の奥で、仮面の戦士が巨大な乗馬槍を前方に向けて突き出していた。
その姿は先程と異なり、黒一色のボディの所々が銀色のアーマーで覆われていて、紫色のラインが四肢を走っている。
真紅に燃える光学センサーが、きと巨人を見据えた。
その姿を見た巨人の声音に動揺が走る。
「その姿、剛力態! ネフェシェは新たなるステージへと進化したというのか!」
仮面の戦士は、膝を折り限界まで足に力を込めると、頭上の天蓋に向けて跳び上がった。
その衝撃で、既に鉄球により半壊していた主柱が完全に瓦解し、支えられていた外壁の一部が崩落する。
「まずい、みんな逃げろ!」
巨人が呆然としている内にと、一輝は人質達を裏口へと誘導する。
今度こそ人々は無事に開放されていく。
一方、仮面の戦士の姿は、遥か上空へと急速に遠ざかっている。
「逃げた? ……いや!」
豆粒の様に小さくなった人影が、遠ざかっていたのを上回る速度で再び迫っていた。
手にした巨大な乗馬槍を地に向けて、凄まじい勢いで独楽の様に回転している。
落下速度も回転速度もまだまだ加速。
銀と紫の戦士は一つの弾丸と化し、その軌道で正確に巨人を捉えていた。
とっさに身を翻そうとする巨人だが、その体重が仇となり床に埋もれている足を引き抜くのに気を取られ、回避が遅れる。
その隙は、戦士が巨人の頭頂部に達するのに十分であった。
地に垂直に突き立つ直線。
円錐の弾丸が巨人の脳天から股間までを串刺しにする。
頭をへこませた巨人は、ぼろぼろと石片を体中から零れさせながら、ゆっくりと膝を折った。
「教祖様ッ! 宇宙にッ! 救済を――――ッ!!」
天に祈るように両手を掲げた司教は、天蓋をも貫く火柱を上げながら、爆散した。
やがて炎が止み、後に残ったのは瓦礫の山の上に佇む仮面の戦士。
破られた天蓋から光が差し、戦士の姿を照らし出した。
避難誘導を終え戻ってきた一輝は、それを只呆然と見上げる。
「誰なんだあんた一体……。味方なんだよな?」
仮面の戦士は一輝を一瞥しただけで無言。
その仮面に包まれた相貌を伺う事は出来ない。
やがて戦士はふいと目を逸らすと、近くに何故か無事な姿で停車されていた漆黒のバイクに跨る。
「待ってくれ!」
戦士は制止の声を無視しアクセルを開くと外に向けて加速、待ち構えていた警官隊の包囲を突っ切り、街の雑踏へと消えていった。
115名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:14:54 ID:Ems1naIj

遥か上空、超高層ビルの最上階のテラス。
デッキチェアに腰掛け、街を見下ろす一人の少女。
真っ白な髪を左右で二つに結い、フリルのついた少女趣味の服装をした、子供っぽい容貌。
その貌には、どこか大人びた、と言うより老成した憂いの表情が浮かんでいる。
突然傍らのノートパソコンの電源が自動的に入り、何者からかの通信が繋がった。
鹿の頭蓋骨を模した仮面の姿がモニタ上に浮かぶ。
『教祖様』
少女は視線だけ画面に向けた。
『ツカダ司教殿が聖務の途中でネフェシェの妨害に遭遇、彼女により滅ぼされたようです』
「そう」
少女は無関心げに一言だけ応える。
モニタ上の人物が一礼すると、再びノートパソコンが自動的に切れた。
静寂がテラスを包む。
冷たい風が吹き抜けた。
「御姉様……」
少女は立ち上がり、テラスの柵に手をかける。
「さあ、……早く全てを想い出して……、私の元へいらっしゃい……。
そして、その時こそ……、私達は再び一つに結ばれ、宇宙に完全なる終焉をもたらすのよ……!」
強い一凪の風が流れ、少女の髪が鳥の翼の様に広がる。
その口元には酷薄げな笑みが浮かんでいた。


工場と倉庫が立ち並び、人通りのない休日の湾岸地域。
漆黒の大型二輪を駆る仮面の人物がその一角で停車した。
腕に装着されたデジタルウォッチ型端末を操作すると、人物バイク共に戦闘状態を解除し、通常モードに変化。
脱皮の様に外殻が割れ、光の粒子となって消える。
現れる切れ長の目とおかっぱ頭。
丙沙名は緊張状態から開放され、長い溜息をついた。
目の前にかざした右手の平をじっと見つめる。
「ネフェシェ……、それが、私の名前?
彼らは私のことを、知っている?」
だが、そんなことは関係ない。
沙名はぐっと右手を握り締めた。
今の自分は丙沙名だ。
昔の自分が何者であれ、彼らが人々の命を理不尽に奪うと言うのならば。
「私は、戦う」
沙名は握り拳を宙に掲げ、陸の方へと突き出した。
その向こうには、人々が生き、それを狙う悪が暗躍する東京の街並みが存在する。
そこで生きる為、沙名は再びバイクに跨り、一直線に走り出した。
116名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:15:40 ID:KfjKpydX
オリジナルウルトラマン
・主人公A
ウルトラマンに変身する若者。
元は世界各地の戦争、環境破壊、社会問題を取材するフリーの報道カメラマン。
正義感が強く勇敢で、子供や弱者には優しいが、軍隊を激しく憎む
・ウルトラマン
“地球”の意思により、地球を守る守護神として作りだされた超存在
未知の超パワーを秘めている。
元は実体のない存在だが、人間の体を借りることで実体化することができる
・主人公B
主人公Aの幼少時からの親友。防衛チームの新人隊員。
戦闘機の操縦や射撃に秀でているが、彼自身は気弱で自立心が弱い。
ウルトラマン=かつての親友と、ウルトラマンを敵視するチームの間で苦悩する。
・防衛チーム
地球防衛軍極東ブロックの精鋭部隊。
頑ななまでのエリート選良思想に凝り固まっている。
未知の外敵を殲滅することを任務とするが、
明らかに地球破壊、人類抹殺を目的とする怪獣の出現を“絵空事”と黙殺し、
多くの罪なき人々を平然と見殺しにする一方で、
地球と人類を守るために戦うウルトラマンを“地球、人類最大の敵”と見なし、
本来の敵である怪獣を無視してまで、ウルトラマンせん滅に血眼になる
・怪獣
地球の各地で眠りについていたもの、宇宙から飛来したものと様々にあるが
地球人類を宇宙にとって有害な害虫とみなした独善的な異星人に操られ
地球破壊、人類抹殺のために暴れさせられる

・物語展開
ウルトラマンと怪獣の戦いと、
ウルトラマンを巡る二人の主人公、防衛チーム内での主人公Bと同僚たち、
それぞれの確執が同等に描かれ(下手すると、後者に比重が傾く)
物語が進むにつれ
本来の敵である怪獣と異星人の存在を頭から否定してまで
地球のために戦うウルトラマンを唯一最大の敵とみなす
防衛軍上層部による威圧とプロパガンダによって
防衛軍自身が取るに足らぬ虫けらと平然とみなす地球上の全ての人々が
防衛軍のプロパガンダを真に受けて
ウルトラマンを自分たちの唯一の敵、最大の害悪として
露骨で理不尽なまでの敵意をむき出しにしていく
そして……

……もっとも、これだけなら単なる設定厨だと見られても仕方がないわけで
もし、実際に物語化できれば、ここ、もしくは別の場で発表するけどね
117名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:17:18 ID:f9pNo2/A
では恥ずかしげもなく更に改変する。

・ウィルスが感染者に与えるのは、
 「周囲の無機物から怪人(たち)を生み出す、生み出してしまう力」である。
 (「銃」が感染者を変身させるのは、これを無機物ではなく本人の肉体そのものに転用させるシステム。)

・怪人(たち)は一旦生み出されてしまうと、親にあたる感染者がどう思おうが、
 本人が潜在的に壊そう、殺そうと思っていた対象を襲いに行く。
 (即座にやられると誰にも対処しようがないので、一定の「単に暴れているだけ」期間があるとする。)

・そしてその害意なり殺意なりが成就されてしまうと、爆発して広範囲にウィルスを撒き散らしさらなる感染を引き起こす。

そして、

・ウィルスが感染者の意識を元に生み出した怪人は
 基本的に生み出した本人にしか倒すことはできない。

・しかし、そもそも怪人を生み出すほどの殺意、害意を溜め込んでいた彼らの多くは
 仮に変身できたとしても、自力で怪人に立ち向かうほどの意思力を(最初は)持っていない。
 持っていなかったからこそ、葛藤を自身の中で処理しきれず怪人を生み出す。

で、

・怪人を生み出してしまい恐怖や後悔や罪の意識を抱く感染者の前に、「銃」を持った主人公が登場。
・「助けて(あの怪人を倒して)くれるんですね!?」と喜びすがる感染者。
・主人公「何を言ってんだ。おまえもやるんだよ」パーン。

戦うことはできるが「敵」の成り立ちも、そこから導き出される弱点も全く知らない主人公と
怪人(が象徴する自身の葛藤)に立ち向かえない感染者の
2人で協力して怪人を倒す。

その過程で感染者の葛藤は打破され、彼ないし彼女は救われることになる。
118名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:18:06 ID:Ih/DzbCy
シーン2

 線路沿いの路地を、ひとりの青年が必死で逃走する。
 泥まみれの患者服に素足、息も絶え絶えで、背後からせまる何者かの気配に何度も何度も振り返りながら。

 とうとう線路横のフェンスに行く手をふさがれ、恐怖に満ちた表情で背後に向き直る青年。
 闇の中から、急ぐでもない様子でゆっくりと、重いブーツの足音が近づく。

 影の中から現れたのは、全身黒尽くめ、夜だというのにサングラスをかけた、長身の男。
 その右手に握られた巨大な拳銃を見て、青年は小さく悲鳴を上げる。

 フェンスに背中を押し付けたまま、その場にへたりこむ青年。
 うわごとのように「許して」と繰り返す彼に銃口を向けた黒い男は、
 無表情に口を開く。
 「まだ……」
 フェンスの向こうを、轟音をあげて列車が通過する。
 「……か?」

 青年が目を見開く。

 路地の上、狭い夜空に、銃声が轟く。



シーン3

 疲れ果てた様子の患者たち、看護士、医者らでごった返す、市民会館の二階ホール。
 周囲を行きかう警察官、機動隊員などの慌しく緊迫した姿が、不安を煽り立てる。

 不意に、入り口側の屋外で、すさまじい数の銃声と怒号が響き始める。そして、獣じみた何者かの声。

 子供に薬を飲ませていた女性看護士のひとりが立ち上がり、怯える人々の間を抜けて
 入り口側の窓に歩み寄り外を見る。

 マズルフラッシュと硝煙の向こう、眼下に、
 機動隊の群れをなぎ倒しながらじわじわと前進する怪人の姿が見える。息を呑む看護士。
 警官や機動隊の攻撃は足止め以上の役には立っておらず、
 怪人がここに到達するのも時間の問題であるのがはっきりと分かる。

 一歩下がり、自分の肩を抱いて震え始める看護士。
 あの怪人の標的が自分であることを、無意識のうちに悟ったかのように。
119名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:18:54 ID:jWo60FoJ
登場人物

仮面ライダーZйrо
変身者・桐島令
カラーリング・黒、銀・赤、銀・青、銀・黄、銀
武器・有
バイク・マシン‐Э
必殺技(基本)・Zйrоイリュージョンキック(12人に分身して飛び蹴り、対象にあたる直前に
一人になり命中)
目の色・Zйrо...緑、T...紺、U...朱、V...紫
変身方法
懐中時計(名称無し。しかしサイズは他のそれと比べてかなり大きい)を腰の位置へ持っていき、
Zйrоベルトが形成されるタイミングで「変身」と言う。

Zйrоは基本のフォームを入れて4つのフォームに変身する事ができる。
Zйrо(カラーリングは黒、銀)
基本フォーム。格闘戦を得意とする。
必殺技は「Zйrоイリュージョンキック」
T(カラーリングは赤)
第2のフォーム。剣術に長ける。
必殺技は「Zйrоマジックスラッシュ(助走をつけてから高速で移動、対象を斬る)」
U(カラーリングは青)
第3のフォーム。銃を扱う。
必殺技は「Zйrоファンタスティックシュート(弾丸を乱射、思念でコントロールして対象に当
てる)」
V(カラーリングは黄)
第4のフォーム。ハンマーを駆使する。
必殺技は「Zйrоトリッキーブレイク(分身して4方向から対象にハンマーを叩きつける)」

桐島 令(きりしま‐れい)
本作の主人公。27才。「情報屋」を経営している。性格は礼儀正しく、常に敬語で話す。一人弥
は「私」。
食べ物にはあまり関心が無く、朝食をクッキー1枚で済ませたり、昼食を食べない事もある。
最近になってジヴォンの怪物が自分に襲いかかってくる夢にうなされており、Zйrоとなる前の
夜には自分がZйrоとなる夢を見た。
普段は白いニット帽を被り真っ白なジャケットとジーンズを着ている。

文代 正子(あやしろ‐まさこ)
22歳。令の隣の家に住んでおり、面識がある。令と優に対しては敬語で話すも
のの、他の人間にはだらけた口調で話す。
令がZйrоである事は知らない。
料理は上手で、その腕は優も褒めるほど。

垣原 優(かきはら‐ゆう)
22歳。正子と同居しているが、ほぼ居候状態になっている。ちょっと前からアルバイトを始めた
らしく、正子の家に居る事は殆ど無い。
何故かZйrоになるための時計を持っていた。
食べ物にはうるさい。

孤之沢 亞季(このざわ‐あき)
本作のヒロイン。32歳。ジヴォンによる殺人事件の捜査にあたる刑事。情報屋である令の下に度々訪れる。
令がZйrоである事を知る数少ない人物の一人。
120名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:19:38 ID:/j+O+JRQ

焼け野原と化した東京。卜部武政(ウラベタケマサ)は人外の怪物と対峙し、こう叫んだ。
「変身っ!」

 それから六十数年後の現在、少女は風を浴びて暫しその地に佇んでいた。
 国が産まれた頃と寸分違わぬ風がその地に流れていた。

 一杯目「怪奇うどん男」

 五年前、祖父は「頼む」の言葉と大量の勾玉を彼に残して他界した。
 五年前といえば自分はまだ単なる医大生だ。オペを終え、52時間ぶりの仮眠。卜部京也(ウラベキョウヤ)は微睡みつつ祖父を回想していた。
 平安時代より続く自分の血筋には時折、人並み外れた狂暴性を顕す者が生まれる。
 旧時の人々はそんな卜部家の者を「人鬼」と忌み嫌い、近世になってからも法の厄介になった者は少なくない。
 京也の父親もそうだった。二十年前、何の前触れもなく包丁を振り回した父親の奇怪な形相は頭にこびりついて離れない。そして、その際京也の額と心に刻まれた深い切り傷。「ち…寝られやしない」
 傷が疼き、目が冴えた。普段は飲まないレンドルミンを入れ、強引に眠ろうとする。

 暗闇。きつい香の匂い。幾つかの炎に照らされ、その中に何十もの人影が揺らめく。
「皆さん!いよいよ大和を我らの元へ還す聖戦の再開です!」
 甲高い男の声が暗闇に響く。炎の揺らぎは暗闇に何らかの像が建っている事を示した。しかしいまいちディテールは判然としない。
「マカリザラキシワンヤ!」
 マントラと響きは似るがやや異なる言。甲高い男の声に続き、周囲の何十人もその言を復唱し続けていた。
 かの地に一泊した後、少女は自宅のある東京へ帰ってきた。自宅といっても一人用の小さなマンション。家族はいない。そもそも彼女に家族の記憶はない。
 そろそろ講義が始まる。少女、梳灘 斎(クシナダ イツキ)は誰もいないマンションの一室に「行ってきます」の声をかけて鍵をかけて大学に駆けた。
 しかし、と思った。マンションを出るとすぐに駅が見えてくるが、その駅がごった返している。通勤ラッシュではない。皆が駅より出ようとしている。
 斎はその中から数少ない大学の友人を見つける。
「お、お早う涼ちゃん…何かあったの?」
「自爆テロ!」
 この日本で、それも庁舎などない至極標準的な街でなぜ?
 涼ちゃんに曰く、複数の犯人が線路から駅にかけて陣取り、連続して自爆しているのだという。
「イツキ!あんたも早く逃げな!」
121名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:20:28 ID:eBsg9H3J
 涼ちゃんに服を引かれながら、斎は妙に落ち着いた自分を自覚していた。
「開かれる」
 そう口走ったが、なぜそう口走ったのかは分からず、ただ斎は凉ちゃんと共に駅から距離をおいた。
 自爆テロによる負傷者が次々と運び込まれ、京也は対応に追われる。体に突き刺さったガラス片を傷が残らぬよう祈りながら取り除く。自分の様に傷を負う者を増やしたくない。そう考えて医者になったのだから。
 傷を拡げぬよう丹念にガラス片を除く。その中に幾つか奇妙な破片を見つけた。ガラスやコンクリートではない。青銅だ。

 結局、この日東京の七ヶ所で同時に自爆テロが発生。犯人も含め、死傷者はかなりの数にのぼった。しかし犯人グループも犯行声明も発表されず、都民は不安な一夜を過ごす事と相成った。
 漸く仮眠を許された京也だがそれに甘える事なく、テロの被害地点に関する資料を片端から集めていた。
 なぜつまらぬ線路や駅の土地から青銅が出土した。あの土地に遺跡でもあったろうか?
 京也にはもう一つ気になる事があった。祖父より託された勾玉の内の二つ。
「これだけはいつも持っておけ」
 と言われ、以来肌身離さず持っている「召鬼」「昂鬼」という記述が見える勾玉。それらが摘出した青銅片に反応するように輝いたのだ。
「目の錯覚なら良いんだがな…」
 京也はそう呟き、オペの合間を縫って爆発現場へバイクを飛ばした。
 到着した頃には、既に黒山の人だかり。野次馬根性に嫌気が差し、そんな自分の野次馬根性にも嫌気が差した。
「山下山男警部補!」
「フルネームで呼ぶな」
 ご機嫌斜めの若い刑事が陣頭指揮を取っている。あの山下山男という男もまた、青銅に着目しているようだ。
 この状態では実りある発見など望めないだろう。京也は再び愛車に跨がる。病院に帰ろう。そう思った矢先、野次馬の一人と目があった。
 蒼白い肌、ボブの髪は染めているのか天然なのか知らないが明るい赤。年の頃は十代後半だろうか。
 その少女に京也は見覚えがあった。祖父の文机に大切に保管されていた一枚の写真。終戦直後に撮ったものだというから、既に六十五年は前の代物。
 その写真に祖父と共に一人の女性が写っていた。祖母ではないらしいし、祖父は生前、その女性の素性を一切語らなかった。
 眼前の少女は、その女性と酷似している。京也と目が合った少女の唇が動いた。声は聞こえなかったが、京也はその唇の動きを読み取った。
122名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:21:05 ID:7ls0QOn4
「タ・ケ・マ・サ・サ・ン」
 メットを投げ捨て、京也は彼女に詰め寄る。
「君は誰だ」
 居丈高な物言いになってしまった。
「武政は…俺の祖父の名だ。君は祖父の何を知っている!?」
 少女は困惑した風。
「分からない…私、武政さんなんて知らない。知らないはずなんです!」
 知らない記憶が存在する。脳や神経に関しては専門外だったため良く分からないが、少女の言葉が異常でありまた祖父と関係している事は理解できる。
 彼女の話を聞きたくなった。京也は職場で彼女と話そうと予備のメットを取り出すが、その耳に断末魔の悲鳴が刺さった。それも、複数。
 野次馬の数名が有り得ない方向に体をねじ曲げ、血を吐いている。目に見えぬ顎に貪り食われている者もいる。
「こ、これは何だ?」
 思わぬ事態に拳銃を取り出す山下山男刑事。だが標的の姿が見えぬため、対応できない。何も為せないまま、鑑識の人員も八つ裂きにされてゆく。敵の気配が徐々に自分へ近づくのを山下山男は感じていた。
 そしてその気配が突然遠退くのも感じた。気配はその姿を現した。
「見ツけた」
 人語が聞こえ、「それ」が爆発の中心点より飛び出した。
 蜘蛛に似ていた。体長は4〜5mだろうか。円形に牙が配列された口と背から生える二本の触手を除けば本当に蜘蛛に似ていた。
 蜘蛛は巨大な脚で野次馬達を薙ぎ払う。剛力と先端の爪が容易く彼らを切り裂く。
 振り下ろされた爪から間一髪で少女を救う京也。蜘蛛はどうやら彼女を狙っているらしい。
「乗れ。逃げるぞ」
 京也は背後に少女を乗せ、愛車を全速力で飛ばす。だが蜘蛛も体躯に似合わぬ素早さで二人を追う。
 蜘蛛は走りつつ口から糸を吐きつけてくる。それを京也はバックミラーで視認し、紙一重で避けてゆく。自分の反射神経の良さが意外だった。
 逃げながら、京也は懐の勾玉が強く熱を帯びている事に気付いた。この蜘蛛に反応しているのか、それとも背後の少女か。
「念珠…」
 少女がそう呟き、それに気をとられた隙にスリップ、飛びかかった蜘蛛の爪が小さな工場の壁を破る。
 蜘蛛の爪には白い何かが絡み、パートのおばちゃん達が我先に逃げてゆく。
 そう、ここは何と、うどん工場であった。
「ち、まさかうどん工場で追い詰められるとは…」
 京也は少女を背後に庇いながらじりじり後退する。逃げ場が無い。その時、少女が京也の胸に手をあてた。
「『召鬼の念珠』を使ってください」
123名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:21:47 ID:a3f9pe8z
召鬼。あの勾玉か。怪物に狙われ、祖父と関係があると思しき少女の言葉。従うより他無いやも知れぬ。言葉通り、『召鬼の念珠』を取り出す。
 その時、心で一匹の獣が吠えた。壊したい、殺したい。京也が全力で封印してきた、卜部家特有の殺戮衝動。
 愛車のバックミラーに、自分の両眼が紅く輝いているのを発見する。
 自分を内より呑み込もうとする殺戮衝動が全身を痙攣させる。その衝動の高ぶりが一つの基準を越えた時、京也の腰に骨盤状の器官が出現した。
 骨盤の中心には赤く輝く球体が埋め込まれており、その球体と手に持った『念珠』が紅い稲妻で繋がる。共鳴しているのだ。
 京也は衝動のまま、そしてDNAに組み込まれた見知らぬ記憶のままに呟く。
「変…身…」
 腰の球体から何らかのエネルギーが嵐となって京也の全身を包む。心の衝動が物理的な力へ変化し、京也の体を内から変える。
 体は黒一色、筋骨隆々に変容し、そこに白い金属片が集結して装甲を形成する。
 僅かな間の嵐が鎮まった後、そこには刺々しい白い外骨格で体の各所を覆った異形があった。
 昆虫のそれに質感が似た紅い複眼は顔の中点で一つのV字を描き、そのつり目の上部、いわば眉の部位にまたもV字型に角が延びる。
 額からも天に向かって一本の角が伸び、その根元には赤い発光部「第三の目」が生まれている。
 体の各所を外骨格で覆い、肩、腕、腿の装甲からは鋭い刃が伸びる。全体として「白いカマキリ」を想起させた。
 これが自分の、卜部家へ継承され続けた鬼の姿か。京也は戸惑いつつ、それでも沸き立つ殺戮衝動に抗えず、蜘蛛へ突進する。
 八本の脚がそれぞれ爪を突き刺そうとするが、手足の動きだけでそれらを弾く。
 蜘蛛の腹部に滑り込み、振り上げた拳の一撃で天井へ吹き飛ばす。何とか天井へ着地した蜘蛛は京也へ糸を吐きつける。
 首を締め上げられる京也。だが本能のままに左腕へ力を込める。同時に腕の尖鋭部が高速振動を開始、その腕を振るって糸を切る。
 蜘蛛は残った糸を吸収し、背の触手を伸ばして京也の周囲を包囲、跳躍して脚爪数本を同時に振り下ろす。
 危うい所で爪を押さえ込む京也。だが馬力ではこの蜘蛛に劣っているかも知れない。爪が徐々に京也の胸との距離を狭める。
 その時、成りゆきを見守っていた少女の声が聞こえた。
「『昂鬼』の念珠!」
 同時に左腰の発光部から、その勾玉が飛び出す。勾玉は再びベルト状の部位と共鳴。
124名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:22:32 ID:nOf3Pp3+

 幾つかの炎が揺らぐ暗闇。香の匂いがきつい。その中で、只でさえ甲高い男の声が更に甲高くなって響いた。
「何!地蜘蛛が死んだと?」
 声の主が歯軋りしているのが聞こえる。強敵の復活を恐れているのだ。別にうどんを食べられず空腹なわけではない。
「まさか…卜部武政の遺産…」

 二杯目「うどん三号!その名は鴨南蛮!」

 何故です、と警視庁庁舎で山下山男刑事が怒る。自爆テロの現場から蜘蛛モンスターは確かに出現し、野次馬と鑑識班の数名が奴の犠牲となった。
 にも関わらず、上層部はその報告書を無視した。テレビにも新聞にも自爆テロの件ばかりが報道され、モンスター自体に関する報道は皆無。明らかな情報統制だ。

 山下山男が抱く憤りと同種のものを卜部京也も感じていた。あれほど巨大な蜘蛛が数人を引き裂き、うどん工場に穴を空けたのに。
 巨大蜘蛛を倒した後、京也は自分に変身を示唆した少女・梳灘 斎に色々と聞いてみた。聞いてみたが。
「祖父の名をどこで知った?」
「分かりません」
「あの『念珠』とは何だ?」
「分かりません」
 あらゆる質問にこれである。こうなると彼女の知識は記憶ではなく、体に染み付いた本能のようなものだと考える他無いらしい。しかし、どういう経緯でそんな本能が染み付く事になったのか。
 京也は一つ息を吐き、注文していた肉汁うどんを啜る。基本的に食い物へのこだわりが無い京也だが、肉汁うどんに関しては例外だ。しかし斎の箸が進んでいない。
「いや…すまないな。君自身訳の分からない状況で尋問のようなマネを…」
 斎は首を横に振る。
「…鴨南蛮が良いです」
 意外にワガママだった。

 とりあえず斎から聞き出せたのは、あの巨大蜘蛛が「妖魔」の類いで、自分が「念珠」を使って「変身」できる事だけ。「妖魔」が何なのかも、なぜ武政の名を知っているのかも斎は分かっていないらしい。

 暗闇。男達は焦っていた。自分たちの信念を現実とするため魔界の扉を開き妖魔を召喚したというのに、その妖魔が死んでは意味が無い。「仮面ライダー」の復活を恐れる声が暗闇のあちこちから聞こえる。
「もしも本当に仮面ライダーだとすれば、妖魔を狩りに現れる…」
 暗闇から姿を現した、人と蝙蝠の合の子のような異形。奴は大きく割れた口を歪め、鋭い牙を輝かせる。
「私が仮面ライダーを誘き寄せ、妖魔に殺させましょう」
125名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:23:23 ID:tu2/JIgm
 日も落ちた頃、京也は自爆テロの、そして巨大蜘蛛出現の現場を再訪していた。
 そこは既に警察ではない何らかの政府機関によって厳重に封鎖されており、京也は遠巻きに見る他無かったが、もう一人、自分同様現場を遠巻きに見る者がいた。
 確か、蜘蛛が現れる直前まで現場を検証していた刑事。
「青銅…ですか?」
 話し掛けてみる。どうやら図星。山下山男刑事もまた、現場から飛散した青銅に着目していた。
「そう…ここに遺跡の類いがあったという記述は何処にもない。だが青銅が飛散し、モンスターも…君は見たのか?あのモンスターを」
 監視の目があるため二人は場所をうどん屋に移す。肉汁うどんがメニューに無く機嫌が悪い京也の前で、山下山男はカレーうどん大盛を平らげている。これを食わないと眠れないのだという。
「本来は警察の仕事なんだろうが、あのモンスターを追う事は上が許可しない。理由が分からないんだよな…」
 例の蜘蛛は自分が葬った。それを公言するのが憚られたので、京也は山下山男に患者の体から摘出した青銅片の写真を数枚渡し、店のアンケート用紙に「肉汁うどん希望」と明記して帰路についた。

 病院に向かう僅かな間に京也は色々考えていた。妖魔は他にもいるのではないか。自爆テロは何者かが妖魔の封印を解くための手段で、その封印に青銅が使われていたのではないか。
 そして、自分を鬼に変えた『念珠』とは何なのか。なぜ祖父はこれを自分に託したのか。
 病院の待合室は、TVの前に人だかりが出来ていた。東京上空に、未確認の生物が出現したというニュースだ。現場中継からは、蝙蝠と人間の合の子のような生物が先程とは別の自爆テロ現場へ向かって飛んでゆくのが映された。
 警視庁は機動隊を総動員、航空自衛隊にも出動要請を出したらしい。
 どういう事だ、と京也は思った。昨日の巨大蜘蛛は一切報道されないというのにこの蝙蝠モンスターは大々的に報じられている。
「妖魔…なのか?」
 疑念を抱きながらも京也は脱いだばかりのメットを被り直した。

 現地。人間蝙蝠は体から発生する超音波で機動隊の接近を防ぎ、その間に地面へ法陣を描く。人間にそれなりに似ている口から奇怪な呪文がつむがれ、暫しの後、地を割り人間蝙蝠以上の異形が現れた。
 蠍(サソリ)に似ていた。短い脚が左右に十本、シャコに似る胴体、長細いハサミ、鰭が形成された尾。水中を泳ぐように空を往く。
126名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:23:51 ID:A1ci2N9A

 超音波の発生を止めた人間蝙蝠の代わりに、大蠍がパトカーを薙ぎ倒す。その下に動くものが存在しない事を確認した後、大蠍は人間蝙蝠の描いた法陣に鎮座する。
「さあ邪魔者は消えた。羽蠍、魔界よりお前の仲間を呼べ!!」  羽蠍、と呼ばれた蠍は現世と魔界を繋いでいる法陣の中心にハサミを突き刺し、その亀裂から自分の同族を招こうとする。
 だがその動きが止まった。飛び出す目は東の方を凝視する。法陣からハサミを引き抜く。亀裂は消え、仲間を呼べなくなった。
 驚く蝙蝠。蠍は尾の一振りで蝙蝠を撥ね飛ばし、一直線に東へ飛翔する。
「あいつら…仲間じゃないのか?」
 様子を伺っていた京也も愛車を飛ばし、陰から蠍を追う。この方角に何がある?

 バイトを終え、斎は家路を急いでいた。別に急いで帰っても誰かが待っているわけではないが。
 自分のあの知識は何だろう。妖魔、念珠、そして卜部武政の名。何処で学んだわけでもあるまいに。自分は何者か。そんな疑問はベタな哲学でなく、真に斎を悩ませた。
 だがその苦悩は直ぐに危機感に掻き消される。斎の上空より迫り来る、シャコのような胴体に飛び出した目、顎の下から伸びる二本のハサミ。
「ハネサソリ!」  その化物の名を呼び、襲いくるハサミを辛うじて回避する。回避した後で自分がその化物の名を知っている事に気付いた。
 反射的に壁を背にしてしまったため、斎には逃げ場が無くなった。動けない斎。迫る鋏。その鋏をバイクのホイールが止めた。
 小さな砂塵を巻き上げ、急停車するオフロード型のマシン。
「無事か!」
 京也だ!懐に手をやる彼の目が赤く輝く。例の姿に変身するつもりだ。だが、と思った。
 鼓動が高まり、身が震え、心に鬼の声が響く。
壊せ、引き裂け、殺せ。
 自分自身が危険だ。取り出した念珠を懐に戻し、腹に力を込めてその衝動を抑え込む。蠍の突撃をかわし、斎に予備のメットを投げ渡す。
「…逃げるぞ!」
 またも背後に斎を乗せ、愛車を飛ばす。蠍の入り込めない狭い路地を疾走し、何とか振り切る。

「変身すれば倒せたのかも知れんが…」
 蠍から完全に逃げきり、二人は真夜中の公園で息を整えていた。
「すみません…卜部さんを巻き込んじゃったみたいで」
「妖魔が現れて俺は念珠を持っている…どの道巻き込まれていたんだ。気にしないでくれ」
 斎から渡されたカップうどんを啜り、一つ息を吐く。
127名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:24:23 ID:T9NJTOc9
「変身するのが怖かった。念珠が疼く。俺の中の鬼が全てを八つ裂きにしろと命じる」
 あの状況で変身すれば京也は衝動に抗えず、斎を巻き添えにしていた。
 だが、あの蠍と蝙蝠を無視できない。斎は止める京也を無視し、自らの「見知らぬ知識」に従い、妖魔の気配を探し始める。自分に家族はおらず、親しい者も少ない。だからこそ、その親しい者を傷つける可能性があるあの蠍を放っておけない。
 斎を追う京也。その際、蠍に壊された街の瓦礫が見え、蠍に襲われた警官の遺体が運び出されるのが見えた。
「俺が変身していれば…こうはならなかったか」

 午前三時。夜明け前に妖魔の仲間を再び呼び出すため、人間蝙蝠は漸く蠍を捕捉。再度法陣で囲う。
「さて、お前の仲間を呼び出すには『血』が欲しいところだが…おやおや」
 蝙蝠と蠍のいる倉庫。そこへ足を踏み入れた者がいた。妖魔の気配を追ってきた斎だ。
「…妖魔を呼んで、何をする気なんですか」
 気丈にも斎は自分の方から蝙蝠に問う。蝙蝠はそんな彼女を嘲笑う。
「我々の志を阻む仮面ライダーを倒すためさ。ちょうど良い。召喚の儀には君の血を使おう」
 迫る蝙蝠の牙。そこへ爆音が響き、倉庫内のガラクタを撥ね飛ばして一台のバイクが駆けつける。
「卜部さん!」
「戦える力が無いのに無茶をするな!」
 斎をそう一喝し、直後に京也は戦える力があるのにそれを行使しなかった自分を嫌悪した。
「命を救える手段があるなら、それに賭ける…医者の基本なのにな」
 メットを地に叩きつけ、蝙蝠を睨む。
「斎ちゃん、君は君の持つ『覚えのない知識』で無意識の内に妖魔の名を知った」
 そして蝙蝠。斎がいた事で奴の計画が狂った。どうやら妖魔は斎に接触すれば反射的に彼女を最優先に抹殺しようとするらしい。だから蠍は暴走した。
「そうだ。妖魔は一匹が法陣内に固まっていれば同族を召喚できる。復活している可能性がある仮面ライダーを呼び寄せ、同族を大量に呼び出して倒す手筈だった。だが同族召喚の儀を始める前にこの蠍は単独で暴れおった…」
 怒る蝙蝠を無視し、蠍は最優先抹殺対象たる斎に今にも飛びかからんとしている。京也は一つ笑った。
「蝙蝠、貴様の計画、半分は成功しているぞ。何故なら、貴様がお探しの相手はここにいるからな」
 懐から「召鬼」の念珠を取り出す京也。同時に腰に骨盤状のベルトが生じ、眼は赤く輝く。もう死なせない。自分は他人の命を救える力があるのだから。
128名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:24:55 ID:2Vyqna41
念珠を握った右拳を左腰に当て、それをゆっくり右側へ振る。同時に口にする言霊。
「変身!」
 プロセスは全て終わった。ベルト中央の宝玉より「鬼の意志」が物理的エネルギーの嵐と化して京也を包む。
 京也の心に鬼の声が響く。
殺せ!殺せ!殺せ!
 その衝動を封じ込めるため、嵐の中、京也は天空へ向かって獣の咆哮をあげる。
 嵐が止み、京也の体は再び外骨格に包まれた邪悪な鬼神の姿へ変貌していた。
「おのれ!仮面ライダーめぇ!」
 蝙蝠がそう口走る。仮面ライダー。それが自分の名か。
 法陣を抜け、自分達に向かって飛んでくる蠍。これを正面から殴り飛ばし、鋭い蹴爪の生えた足先で蝙蝠に蹴りつける。
 腹の肉を抉られ、悲鳴と共に倒れ込む蝙蝠。それを無視して斎に襲いかかる蠍。
「その娘に手を出すな」
 斎に迫る鋏を、鎌が生えた腕の装甲で止める仮面ライダー。
「『昂鬼』!早く!」 斎の指南を受け、ベルト左側から「昂鬼」の念珠を呼び出し、ベルト中央の宝玉に呼応させる。これは全身の運動能力と外骨格の振動を活性化する念珠だ。
「ライダーチョップ!」
 そう叫び、挟まれた腕を振るう。強化した腕力と加速した鎌の振動により、鋏はいとも容易く切り落とされる。
 悶絶する蠍は倉庫内を転げ回り、法陣から魔界へ逃走した。直後に法陣も消滅する。ゲートは封じられた。
 蝙蝠は焦る。こうなれば仮面ライダーの次なる標的は自分。蝙蝠は体から超音波を発振し、仮面ライダーが怯んだ隙に倉庫の天井を破り、空へ逃げる。
「逃がさん!」
 仮面ライダーは本能に従って「鬼馬」と書かれた念珠を呼び出し、ベルトに呼応させる。瞬間、京也の愛車に異変が生じた。ボディ全体を自分と同じ外骨格が包んでゆく。
 仮面ライダーと真正面からやり合って勝てる筈がない。夜空を自分達のアジトへ向かって駆ける人間蝙蝠。しかしその眼下に、白い外骨格に包まれたマシンを駆る仮面ライダーの姿が入った。
 仮面ライダーはマシン・スカルゲッターの前輪を浮かせ、上空の蝙蝠に向かってジャンプ。蝙蝠は飛行高度を上げその突撃を回避するが、仮面ライダーは近場のビルをスカルゲッターのジャンプ台にし、尚も蝙蝠に近接する。
 スカルゲッターのカウルが歪み、そこから骨を磨いで作ったような刀が伸びる。空中でカウルを振り、蝙蝠の切断を図る仮面ライダー。
129名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:25:32 ID:pzFDfuBP

 しかし元来跳躍によって高度を保っているため空中での機動力には欠け、中々蝙蝠に決定打を与えられない。
 失速するスカルゲッター。その時、カウルから伸びた触腕が真っ直ぐ近場のビル壁面に突き刺さり、同時に硬化してマシン本体を空中で固定させる。
 仮面ライダーは再び「昂鬼」の念珠をベルトへ呼応させる。
「ライダーブースト!」
 全身の力を高め、シートを手で叩いて蝙蝠へ向かい跳躍、右足を伸ばす。
「ライダーキック!」
 神速の蹴りが蝙蝠の片翼をへし折った。伸びたカウルを掴み空中に待機する仮面ライダーと、バランスが保てず落下する蝙蝠。
 逃げた妖魔の再来は期待できない。200m上空から叩きつけられ、アスファルトが蝙蝠の血で染まる。落下した際に流れた血というより、切断された片翼から落ちる血だ。
 飛行能力を失っても全力で立ち上がろうとする。しかし三日月を背に急降下し拳を放つ鬼が見え、それが蝙蝠の見た最期の光景だった。
「ライダーパンチ!」
 仮面ライダーの拳が蝙蝠の頭蓋を粉砕し、その衝撃が一直線に伝達され、胴体まで真二つにした。両断された蝙蝠は炎に包まれ、爆砕した。

 蝙蝠は空自が撃墜したという報道がなされ、また蠍に関しては一切報道されなかった。
 蝙蝠と妖魔は全く別種の存在。そして妖魔の存在は国にとって都合が悪いらしい。
 国の情報統制に呆れながら、京也は念珠を眺めていた。
「爺さんが生きていれば、詳しい事が聞けるのかも知れんが…」  若い日の祖父が斎に酷似した少女と共にいる写真を見る。

 トタン屋根の宿屋。この辺りの地域に一つしかないラジオに耳を傾ける事もなく、男は欠けた椀で食事をとっている。
「別にすいとんでも良いんだけどさ、オレきつねうどん食べたいんだけど」
「あればわたしが食べてますから」
 宿の看板娘をからかう、二週間前に南洋から帰国した男。彼の名を、卜部武政といった。

三杯目「×(バツ)・×・関東うどん誕生!」に続ければ良いなと思っている。
二杯目、了。
130名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:26:05 ID:Ht/0MOFw

はっきりしたな、と医院の廊下で京也は呟いた。
 あの蝙蝠が所属する組織が自爆テロを首謀した。その目的は、多量の血により魔界の扉を開き、この世界に妖魔を召喚する事。
 前回の戦いで自分は羽蠍(ハネサソリ)を仕留め切れなかった。奴はまた来る。それを考えると、待合室に転がったまま放ったらかしの雑誌など些細な事だった。ちなみに雑誌にはこう記述がある。
▽カツオダシでベースを作る
▽豚肉を入れてじっくり煮込む
▽醤油、みりんで味付け
▽麺茹でて皿に
ネギ入れろよ、ネギ 肉汁うどんはつけめんだから間違えんなよ

仮面ライダーネメシス三杯目「×(バツ)・×・関東うどん誕生!」

 香の匂いがきつい暗闇。甲高い声の男は仮面ライダーに敗れた人間蝙蝠の戒名を紙に書き付け、それを燃やし、その灰を正体不明の立像へ捧げる。これが彼ら式の供養らしい。
「久々ですな…仮面ライダーへの怨念を込めて同士の戒名を書くのも」
 男は、六十年以上前に自分たちを襲った悲劇を回想し、拳を握りしめた。

 昭和二十年九月十五日、東京。終戦を迎えて丁度一月が経っていた。
 そこで一人の少女が周囲の人だかりに監視の目を光らせている。彼女の家は下宿屋。辛うじて空襲から焼け残り、それなりに蓄えも残っている。これを盗みに来ようとする輩が多いのだ。
 とにかく今この国には物資が無いのだから、泥棒の気持ちも分からんではない。ないが、こちらも食っていかねばならない。自分たちは文字通り明日の飯にも事欠いている。
 だから少女は客の動向を逐一注視している。そんな少女に一人のイケてる戦争帰りが話しかける。
「ね、美月屋ってこちら?連絡してた卜部ですけど」
 店に入るやその青年、卜部武政は異様な勢いですいとんを食らう。
 この宿は一階が食堂になっているため、飯だけ漁りに来る者も多い。その青年、卜部武政は髭を剃って身だしなみを整えればまあまあハイカラと思えた。
「キツネうどん食べたいんだけど」
「あればわたしが食べてますから」
 無茶をぬかす武政と軽く流す店の看板娘=美月キヌ。武政は一つ笑い、懐からずり落ちそうな「勾玉」をそっと直した。

 暗闇。香の匂いがきつい。そこに甲高い男の声が響いた。
「皆さん!我らへの従属を無視した結果、やはり日本は敗戦を迎えました。今こそ、大和の覇権を我らのものに!」
131名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:26:37 ID:WIix749I
暗闇の中、別の一人の男が拝礼の席より立ち上がった。
「今の日本の民が欲しいものは…金。それには…仕事を与えれば良い。私が参ります」
 男の顔は蜥蜴(トカゲ)に似ていた。

「何でこの街に?仕事探し?」
 美月屋。下宿する上での書類を書きながら、武政はキヌとだべっていた。
「人探しだね。悪い人探し。で、多分この街にソイツがいるな」
 手が疲れたのか、道端で拾った埃っぽい新聞を堂々と広げる。
 新聞記者はこぞってGHQの宣伝、戦争の愚かさを書き連ねている。つい一月前まで意図的にねじ曲げた情報を流し戦意の高揚を煽っていたのは何処の誰だ。読んでいて気分が悪くなったので、風呂の薪として宿に寄付した。

 六十数年後、卜部京也は新聞を読んで腹を立てていた。意図的に妖魔の情報を隠蔽する政府。明らかな危険を、国民に知らせない。
 何らかの意図はあるのだろう。しかし、蜘蛛や蠍の犠牲者、遺族が浮かばれないではないか。京也は自室で新聞を床に投げつけ、訪問してきた梳灘 斎をその音でビビらせた。
「あ…すまん。少し神経質になっていて…」
「あのこれ…蝙蝠と羽蠍から助けてもらったお礼です…」
 蒼白い顔を真っ赤にし、斎は手作りと思しきサンドイッチを京也に渡す。
「お昼にでも…どうぞ…そ、それじゃ私大学がありますから!」
 終始俯いていた、という印象を残しながら、斎は全速力で京也の部屋から遠ざかっていった。廊下を走るな、と叱る間もなかった。
「俺に礼を言うより、自衛手段を考えるべきだろ…」
 妖魔に率先して襲われるらしい斎。確実に危険な彼女を守るため自分は何を為せば良いのか。そう考えながら、京也は次のオペに備えてサンドイッチを口にした。
 …何故サンドイッチにうどんを入れた。

 山下山男刑事は自爆テロ現場から出現したー記録は抹消されたが確実に出現したー巨大蜘蛛と、噂で聞いた巨大サソリの関連性を気にしていた。
 巨大サソリが目撃されたのも別の自爆テロ現場周辺である。ひょっとして、東京の地下には奴らの巣があって、それが青銅製の断層によって都民との接触をこれまで拒んできたのでは?
 と的外れのようないい線いってるような推理を展開する。しかし、物的証拠は全て上層部に抹消された。
「どうすれば市民に伝えられる…」
 上層部への苛立ちを隠せず、空の紙コップを握り潰す。
 昼からの講義。斎は基本的に常時陰気な表情だが、今日はいつも以上だ。
132名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:27:30 ID:LOur9sWB
 心配する友人。
「イツキさ、また振られた?」
「…違うの」
「何か欲しいモンとかあるわけ?」
「涼ちゃん、ピストル買ってくれない?」  友人が硬直してしまった。斎が考えた自衛手段だ。しかし友人を巻き込む訳にもいかない。だからやはり友人にピストル買わせるのはやめる。
「自分で買おっと…」
 そう呟くので、涼ちゃんは尚も固まるより無かった。
 オペを終わらせ、京也は仮眠を取る前に人間蝙蝠を倒した地点、及びそこから蠍を召喚した法陣の描かれた倉庫へ向かった。
 蠍はまだ死んでいない。他にも妖魔はいるのかも知れないが、とにかく蠍だけは仕留めてしまいたい。
 倉庫には既に法陣の痕跡は無かったため、京也は自爆テロ現場へ乗り込む必要性も視野に入れたが、再び愛車へ跨がる前に、空中から攻撃を受けた。間一髪それをかわす。
「見つけたぞ、今度は逃がさん!」
 ライダーチョップで切断されたためか、片方のハサミが異常に小さな羽蠍が滞空している。その横に、人間大の草が生えている。
 草の見た目は、大きさを度外視すれば食虫植物サラセニアに似ていた。だが植物は、根を地上に出し、それを脚の様に用いて京也へ突進してくる。
 心の鬼が目を覚まし始めた。超人的な反射神経でサラセニアの突進をさばく。だが京也の足下を狙い、サラセニアが何らかの溶液を飛ばす。直撃を受けた鉄パイプが、瞬時に溶解した。強酸だ。
「食虫…食人植物というわけか。行くぞ!」
 懐から「召鬼」の念珠を取り出す。同時に腰にベルトが発生、目が紅く輝く。
 殺戮を命じる鬼の意志に抵抗しながら、念珠とベルトを呼応させ、念珠を握った右拳を左腰から右腰へスライドさせる。
「変身!」
 心から沸き立つ邪悪な意志を具象化し、京也は「仮面ライダー」へ変化、二匹の妖魔に向かってゆく。

「おい!向こうの角で妙な奴が働き手を募ってるぞ!」
 一人の男が、美月屋の食堂にたむろする男達に声を掛けた。六十数年前の近隣住民。その八割方は飯はなく家も焼かれた。しかし仕事があると聞いては黙っていられない。
 男の報告が終わらぬ内に、店にいた殆んどの男衆が我先にとその妙な奴が待つ角へ走った。だが武政は、店に残っている。
「行かないの武政さん?あれじゃすぐに募集締め切っちゃうよ?」
 そうキヌが問うが、武政は闇市で買ったブドウ糖の欠片をかじりながら呟く。
133名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:28:07 ID:vYeJr4uu

「おかしいよな。このご時世、雇う側だって賃金が出ないっしょ。でも人を集めてる…」
 ブドウ糖の残りを紙にくるみ、懐の勾玉を握り込む。
「ちょっと見てくる」
 武政はそのまま、妙な奴が待つ角へ向かった。
 男衆は角から少し広めの焼け跡に誘導される。しかし三十人前後がひしめきあっているので、結局狭い。そんな彼らの前に、小綺麗な洋装の若い紳士が現れる。
 金を持っていそうだ。男達は期待をもって彼に仕事の内容を問う。だが、紳士は残酷に告げる。
「皆さんには、我らの生体改造をグレードアップするための実験台となってもらいます」
 紳士の皮膚が無数の緑のイボで覆われる。目が肥大化し、口からは異常に長い舌が伸びる。
 南洋に棲息する、カメレオンという蜥蜴(トカゲ)の一種に似ていた。その蜥蜴は周囲に合わせて体の色を変化させ、敵の目を欺くのだという。
 怪物の出現に逃げ惑う男衆。だがこのカメレオン怪人は、体のイボから黄色い霧を噴射。これを吸った者は次々倒れる。
 改造素体、確保完了。カメレオンはそう確信し、巨大な口を歪めて笑った。だがその顔面に、磨り減った靴底が叩きつけられる。
「卜部武政、見参!さてトカゲさん、おたくの仕事を教えなさい」
 カメレオンは再び霧を噴射するが、武政には効かない。
「何故だ!何故眠らない!」
「眠り薬か。オレは今、心の鬼がおたくを八つ裂きにしてえって駄々こねてっからさ、眠気とか無縁なのね」
 要は破壊衝動の昂りで睡魔を封じている、と言えば良いのだが。
 件の、声が甲高い男の部下であるカメレオンは舌を伸ばし、武政を捕らえようとする。幾度も伸縮し襲いかかる舌を回避しながら武政は眠った男衆を観察する。
「このベロ使えばあの人達を簡単に殺せる。でもそうしなかったのはあの人達が必要だから。でもオレを殺そうとしてる以上、彼らに慈悲をかけたわけじゃない。彼らはつまり…お前の労働力だ」
 カメレオンの動きが一瞬止まり、不気味に笑った。
「少し違うな。我らは実験台が欲しい。我らは人間をより高等な生物へ進化させる改造実験を行っている。そして改造兵士の能力を上げ、また頭数を増やすために実験台となる改造素体が必要なのさ!」
 改造兵士。恐らくこのカメレオン男もその一人なのだろう。日本は敗けたというのに、今更人体実験とはハイカラではない。731部隊でもあるまいに。
「ヤバいな…かちーんと来た」
134名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:28:42 ID:nhO+2lIw

 ポーカーフェイスのまま、怒りを表出する武政。その懐から、「召鬼」と記された勾玉…「念珠」が現れる。
 両目が赤く輝き、腰には骨盤状のベルトが出現する。武政の意志に卜部家伝統の、心に巣食う鬼が語りかける。
《壊せ!引き裂け!全てを殺せ!》
 武政はその衝動を全力で抑制する。衝動に身を委せれば眠った男衆全員を八つ裂きにしてしまう。八つ裂きにするのはカメレオン一匹で充分だ。
「とうとう出番ですぜ。見てろ…」
 言葉によって衝動を抑え込む。初の実戦にはやる心で鬼の意志が爆発しそうだが、念珠を握った右拳を高く振り上げる事で自分自身の意志を奮わせる。
 振り上げた右拳をゆっくり腹まで下ろし、ベルト中央の宝玉と接触させた後、一気に右側へ振るう。自らの意志で鬼の力を制御するため、右拳を振るった瞬間、武政は叫んだ。
「変身っ!」
 宝玉から生じた、鬼の意志が変容した物理的エネルギーの嵐。武政は身を屈め、ベルトの前で両腕を交差する。全身の筋肉が発達し、白い金属片が体を包み、例えば目や口が明らかに変形しているのが分かる。
 嵐が止み、武政は邪悪な姿に変わっていた。
 筋骨隆々の黒い身体の各所を白い外骨格で覆っている。
 肩と腕、腿の装甲より禍々しい棘が天を向く。
 紅い目の質感は昆虫の複眼に似るが、つり上がった形状が顔に「V」の字を描く。
 牙と化した歯や周囲の顎は、イナゴかカマキリのそれに似ていると感じた。
 魔人と化した武政は一度拍手を打ち、カメレオンを指差して言う。
「オレね、お前みたいな奴が世界で二番目に嫌いなんだわ」
 眼前の魔人は自分と同じ改造兵士なのだろうか?カメレオンは少し後退するが、武政は跳躍の後、彼の肩口へ蹴り込む。
 よろめいたカメレオンの頭部を掴まえ、腹に二回膝を入れ、体重をかけて両肘を打ち込む。
「ぐ…貴様は何者だ…」
「悪い子いねがー…的な?」
 地を這うカメレオンの腹を蹴り、先程男衆を集めた角へぶつける。
 強敵と踏んだカメレオンは擬態色を使って不可視化、その状態から更に舌を伸ばし、一方的に武政を攻め立てる。
「…うざっ」
 苛々した武政は「鬼神」と記された念珠をベルトと呼応させる。
 直後、緑の光がベルトから生じ、武政の全身を包む。その光の中、更なる異形へ変貌する武政。
 赤く輝いていた目、ベルトの宝玉、額の第三の目は緑に変色。
135名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:29:12 ID:Tj/M3Csl

胸の厚い装甲には両脇から爪のようなディテールが生じ、肩角は後ろに向かって伸びる。
 右腕には鋭い断崖の如き多層の刃が沿い、左腕には盛り上がった外骨格から洞窟の如き穴が覗く。
 姿の変わった武政。その目にはカメレオンの姿が鮮明に写る。その視覚に従い、舌の攻撃速度以上の高速で近接、腹に肘を入れる。
「ぐ…何故俺の居場所が…くそ、食らえ!」
 擬態色が解けたカメレオンは、苦し紛れに武政へ舌を伸ばす。対して左腕を構える武政。左腕の装甲には盛り上がった部位に穴が覗く。
 その穴に陽炎が生じ、その陽炎が高速で飛翔、舌を切断する。この左腕は「時空振動骨」を形成しており、「時空衝撃波」を射出する所謂銃になっているのだ。
 武器を奪われ、焦燥するカメレオン。その胸元めがけて、武政の右拳が唸りをあげる。
 一瞬の静寂。
 拳は届かなかった。カメレオンは最後の力を振り絞り腕力で強引に拳を止めていた。
 左手で拳を拘束しながら、武政の喉へ手を伸ばすカメレオン。しかしそのカメレオンの左手と胸に鈍痛が走る。
 変身した武政の右腕に見える、積み重なった多層の刃。これが剣の如く長く伸び、カメレオンの左手を切り裂き胸元を貫通したのだ。
 事態を理解すると同時に耐え難い激痛がカメレオンを苛む。武政は自分の首にかかっていたカメレオンの左手を払い、突き刺さった剣を無慈悲に引き抜いた。
 耳には言葉の体裁をなさぬ絶叫が刺さり、目には毒々しい血飛沫が写る。武政は血にまみれ悶絶するカメレオンに背を向け、軽く右手を上に払う。
「燃えな」
 武政がそう言った直後に、カメレオンの身体の各部が炎に包まれ始めた。
 カメレオンは最早言葉をつむぐ事さえままならず、単なる悲鳴をごく短い時間続けた末、炎の粒子と化して爆散した。
 意識を取り戻した男衆を確認し、美月屋への帰路につく武政。
「取り敢えずは初勝利だぜ、斎」
 念珠に向かい、そう一人ごちた。

 それから六十数年後、卜部京也の変身した仮面ライダーは二匹の妖魔に苦戦していた。
 溶解液による遠隔攻撃を得意とする食人サラセニア。更に奴は蔓を伸ばし仮面ライダーの足を止める。そこへ真正面からハサミを突き出し、蠍が突進を敢行する。
 蔓を振りほどいている暇はない。その隙にハサミにやられる。
 ハサミを受け止めればその間に食人サラセニアの溶解液を食らう。
 蠍はもう目の前だ。どうする、仮面ライダー!
136名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:29:41 ID:8DWpfGgC

 空を泳ぐ妖魔、羽蠍と食虫植物サラセニアに似た植物型妖魔の挟撃を受ける仮面ライダー=卜部京也。脚にはサラセニアの蔦が絡み、正面から蠍が飛びかかる。
 一瞬の判断だった。仮面ライダーは「鬼馬」の念珠をベルトに読ませる。
「スカルゲッター!」
 転がっていた愛車が仮面ライダーの声を受け、彼と同様の生体強化外骨格を纏い、主へ向かって自走を始めた。
 スカルゲッターの車輪に踏み千切られるサラセニアの蔦。自由を取り戻し、迫る蠍のハサミをすんでのところで掴み抑え込む。
「ライダーブースト!」
 「昂鬼」の念珠を読み、全身の力を増大。ハサミごと蠍をねじ伏せ、脚を掲げて息を整える。
「ライダーキック!」
 仮面ライダーは、蠍の顎めがけて高速で回し蹴りを見舞った。

仮面ライダーネメシス 四杯目「肉かキツネか?!うどん屋から来た凄い奴!」

 六十数年前、卜部武政はとある大学を訪ねていた。謎の組織が改造兵士を使役し何かを始めようとしている。大学には本も新聞もあるから調査には適している、と思っていた。
 だが大学図書館では、進駐軍が検閲の真っ最中だった。調べものなどできる風ではない。
「本ぐらい良くね?」
 そう呟き、彼らのジープを眺めながら美月屋へ帰る。
 中秋の名月を味わう余裕は無かったが、子供達の目線までしゃがみこんでチョコレートを渡す兵士がいて、それは少し印象に残った。

 六十数年後、その大学に卜部京也がバイクで乗り付けていた。目的は斎だ。
 二匹の妖魔を、あと少しの所で逃した。奴らは斎を敵視している。もしも奴らが斎を追って大学まで来ていたら、と思うと気が気でなかった。
 だが、と京也は気付き、自分の迂濶さを呪った。斎の電話番号も、バイト先も、大学での専攻も知らない。今日の彼女が何処で授業を受けているのか分からない。
 困ったので、とりあえず学食でうどんを頼む。早いが不味い。
 学生が少なかったので、まだ昼休みには早かったのだろうと思った。そんな京也の隣の席に、一名の元ヤン風の女学生が座った。 「いたよイツキ!この人?」
「うん、ありがとう涼ちゃん」
 涼ちゃんと呼ばれた元ヤン娘に呼ばれ、お目当ての斎が姿を現した。
「頑張れイツキ」
「何を?」
 という噛み合ってない会話を残し、涼ちゃんは講義に戻っていった。
「友達なんです。…念珠の気配がしたから卜部さんだと思って…」
137名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:30:32 ID:1QOqedHr

 今のところ大学に妖魔は現れていないようだ。となると、蠍はやはり自分に復讐せんとしている。
 一度目の戦いでハサミを切り落とし、二度目で顎を砕いた。自分への憎悪は生半可ではないだろう。
 京也は一つ息を吐き、近場の情報誌を手に取ってみた。しかし、人間蝙蝠の事は大々的に報じられているにもかかわらず。
「妖魔は報道されないんです…」
 京也は再び息を吐き、メットを手に取った。
「邪魔した」
 斎は妖魔から狙われている。京也は妖魔と組織から恨まれている。この二人が共にいてはいけない。そう京也は判断し、愛車を飛ばす。
 六十数年前、武政はキヌの質問責めを食らっていた。
「結局のところ人を募集してた仕事って何だったわけ?」
「いや何つーか…トカゲ関係で一攫千金?的な…」
 言葉を濁す。焼け野原と化した東京にこれ以上の不安を与えたくない。武政は、謎の組織を単独で調べる事を密かに決意していた。
 そんな武政の決意を察せず質問責めを続けるキヌ。誤魔化そうと女将にすいとんのおかわりをねだるが、断られた。
「負けたんだもん、欲しがれないよね」
 武政は大人しく皿洗いを手伝った。

 六十数年後、周囲を巻き込む事を恐れた京也は行くあての無いまま愛車を走らせ、妖魔の行動原理を考えていた。
 確かに自爆テロの現場、即ち魔界と現世の扉は未知の政府機関によって厳重に監視されているが、それで間に合うのか。
 斎と出会い、初めて仮面ライダーに変身したあの日。魔界から解放されたのは蜘蛛や蠍のみではないのでは。
 それに蝙蝠が法陣で蠍を操れていた事を考慮すると、妖魔は決められた扉、即ち自爆テロ現場から一度解放されれば、後は現世と魔界を自在に行き来できるのではないか。
 そう考えると、病院の同僚や実家の母が心配だ。いつ彼らも妖魔に襲われるか知れない。ならば、自分が逃げてはいけない。
 片端から妖魔を潰す他無いか。それには自分の力と…知識が必要だ。その知識の持ち主が、反対車線を挟んだ向こうにいた。
「…斎ちゃん」
 結局東京に残る他無いようだ。情報が欲しい、と告げると、斎は自宅のあるマンションに京也を案内した。
 小さな部屋だったが、飾り気がまるで無いので、空虚さが部屋をだだっ広く感じさせた。
「男の人が部屋に来るのって…久しぶりだから…」
 蒼白い顔を赤くし、可愛げの無い銀色のカップにコーヒーを注ぐ。ただ、京也は特にそういう意識は無い。
138名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:31:07 ID:58athxU8

 とりあえず斎は念珠や妖魔の知識を見につけているが、どこで見につけたかは不明。だから京也は、今必要な情報のみ聞く。
「あの妖魔、羽蠍を倒したい。どうすれば奴と戦える?」
「此方の世界では妖魔は夜…丑三つ時が最も活発です。その時に地面に描いた五芒星に卜部さんが血を垂らせば、多分何処からでも来ます」
 ただ、と斎は付け加える。
「羽蠍は協調性のある妖魔です。一匹で無理なら二匹、それでも駄目なら三匹で来ます」
 二度目の戦いで、確かに羽蠍は人喰いサラセニアを連れていた。次は更にもう一匹が羽蠍を守るという事か。ならば、今度こそ三匹まとめて倒さねば。京也は未使用の多数の念珠を見る。
 そういえば、斎は祖父の名を知っていた。これもまた、由来の分からない知識だ。
「祖父がどんな人間でどういう経緯で念珠を手に入れたのか…そういう知識は無いんだな?」
「そうですね。私、両親の記憶も無いですから」
 しまった、と京也は思った。斎曰く、バイトと奨学金で何とかやってはいるらしい。
「親が何処かにいるなら、一度甘えてみたい…卜部さんは?」
「俺は…父に殺されかけた」
 今度は斎がしまったと思った。京也の、医者らしからぬ額の傷。突然包丁を振り回した父親にやられたのだという。
「結局それも、俺の血筋に伝わる異常性さ。祖父はそういう事が全くなかったらしいが…とりあえず、俺は誰かに甘えるのが怖かったな」
 それはそうだろう。最愛の家族に殺されそうになったのだ。他人を拒むのも道理だ。
「怖かったですか?」
「ああ、怖かった」
 斎は責任を感じていた。自分の覚えの無い記憶に従わせ、京也を変身させ、戦いに巻き込んだ。つまり、理不尽な恐怖をまたも京也へ与える事となった。
「…私は家族も彼氏もいないから、大切な人って少ない。だから、その人達を怖がらせたくない」
 京也もそうだった。父親は大切だった。しかし裏切られた。だがだからといって、斎もそうなるとは思わない。
「俺は父親に殺されそうになって、怖かった。そして今、妖魔に殺されそうになって俺と同様の恐怖を味わっている人達がいる…」
 その人達を医者として放っておけるだろうか?
「斎ちゃん、君は大切な人が多くないと言った。なら、その数少ない大切な人は何がなんでも手離すな」
 手離させない。京也は懐の念珠を握りしめる。メットを抱え、コーヒーを飲み干して椅子から立つ。
139名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:31:45 ID:F4aDicwo

「この『鬼風』は、自然を操れる念珠です。…多分」
 斎のその示唆を確りと記憶し、京也は再び愛車を走らせた。

 深夜二時、京也は十字路に五芒星を描き、その中心に職場の注射器で抜いた自分の血を数滴垂らす。直後、空間に亀裂が生まれ、目標が現れた。
 眼前には人間大のサラセニア、空を往く体長約5mの蠍、更にそれと同等の体躯を持つ蜂。
 京也は怯む事なく愛車を降り、「召鬼」の念珠を取り出した。同時に腰に骨盤状のベルトが生じ、瞳は紅く輝き、心の奥底より殺戮を求める鬼が騒ぎ出す。
 呼吸を整える京也。殺戮本能はこの妖魔共にのみ向けねばならない。念珠を握った右拳を左腰にあて、それを右へスライドさせる。
「…変身!」
 その言葉がいわば始動キー。ベルト中央の宝玉より力の嵐が生じ、京也を包み姿を変える。
 白い外骨格に包まれたカマキリに似る鬼神=仮面ライダー。
 敵の出現を待ちわびていた妖魔が各々の武器を繰り出す。
 蠍は尾とハサミを振るい、人食いサラセニアは溶解液を吐き、巨大蜂は尾から無数の毒針を銃弾のように掃射する。
「鬼馬」の念珠で愛車をスカルゲッターへ変型させた仮面ライダーはそれらの攻撃を回避し、斎から示唆のあった「鬼風」の念珠をベルト左側より呼び出す。
「時間は掛けたくない。一気に決める!」
 取り出した「鬼風」をベルトに読ませる。同時に仮面ライダーの体へ異変が生じた。
 紅く輝くベルト中央部、両眼、第三の目は紫へ変色。鋭く天を向く肩角は二の腕を保護するように下部へ曲がる。外骨格に守られた全身の黒い強化筋肉も各所に紫のラインが走る。
 姿を変えた仮面ライダーは、休む事なく念珠「鬼槍」をベルトへ読ませる。同時に彼の拳部分の外骨格が増殖、一部が拳から離れ、空中で更に変形、肥大化する。
 蜂の針を跳躍でかわし、肥大化した外骨格細胞を掴む。その形状は、長槍だった。姿を変えた仮面ライダー=「ディザスターフォーム」の専用武器「鬼槍ディザストスピアー」だ。
 蜂の放つ毒針を薙ぎ払い、サラセニアの胴を正面から突き、そのまま地に叩きつける。更に地面へ槍を刺し、空中から襲い来る蠍を蹴り飛ばす。
 三匹とやや距離を置けたが、サラセニアが吐いた溶解液が仮面ライダーの外骨格を僅かに溶かす。
 この飛び道具を脅威と見た仮面ライダーは、ベルトへ「氷鬼」の念珠を読ませる。瞬間、仮面ライダーの周囲に猛烈な吹雪が生まれる。
140名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:32:11 ID:BPLgafup

吹雪の中心にいる仮面ライダーに対してサラセニアが再び溶解液を吐きつける。しかしそれは吹雪と接触し瞬間的に凍結、固形化して仮面ライダーの足元に落下する他無かった。
 続いて腕を突き出す仮面ライダー。彼に呼応し、それまで全方位を取り巻いていた吹雪が一直線にサラセニアを襲う。絶対零度の吹雪を浴び、サラセニアの溶解液噴出管は完全に凍結、機能を停止した。
 サラセニアの動きを封じた仮面ライダーは、続いて「鬼凩」の念珠を読ませる。前方、後方から仮面ライダーを挟撃する蜂と蠍。だが二匹は彼の周囲に生まれた竜巻に弾き飛ばされる。
 「鬼凩」は風を操る念珠。蠍は体勢を立て直すのに精一杯だが、蜂は吹き飛ばされながらも尾から毒針を発射し、逆襲を図る。
 竜巻の中、次に仮面ライダーが用いた念珠は「鬼焔」。彼の周囲に火炎を召喚し、毒針を焼き払う。更に火炎は渦状に変化し、蜂の尾を焼き切った。
 地に転がる蜂。仮面ライダーは再び風を操る「鬼凩」を呼び出し、それを今度はベルトではなく槍に読ませる。
 槍の穂先へ風が集約するのが分かる。更に仮面ライダーは、溶解液噴出管を凍らされながらも背後より迫り来るサラセニアの気配を察していた。
 風の刃を纏った槍をかざし、突進する。起き上がる蜂。だがその腹部へ、風を纏い高速化した槍が深々と突き刺さる。
 その体勢のまま念珠「雷鬼」をベルトに読ませる仮面ライダー。
 直後、仮面ライダーの背後へ落雷が発生。稲妻は彼の背後を襲ったサラセニアを直撃した。
 一太刀浴びせる事叶わず、炎に沈むサラセニア。風の槍を食らった蜂も暫し顎や足を動かしていたが、その体の各所が燃焼を始め、程無く二匹同時に燃え尽きた。
 仮面ライダーは再度「召鬼」の念珠を翳し、通常の姿「ブレイクフォーム」へ戻る。更に「昂鬼」の念珠を使う。
「ライダーブースト!」
 「昂鬼」により力を高め、飛び掛かる蠍を射程においた。尾の一振りを押し止め、その尾をジャンプ台に蠍の背面、すなわち上方へ回り込む。
「ライダーキック!」
 落下速度を利用し、踏み潰すように蠍の背へ踵を浴びせる。悲鳴と共にアスファルトへ打ち付けられる蠍。
 戦いは、即ち死の恐怖と向き合う事。父親に殺されかけた京也は、その恐怖を誰より知っている。
 だから、三度に渡り自分と戦った蠍の苦しみは京也は理解した。
 だが、そんな苦しみを自分の周囲の人間にまで味わってほしくない。
141名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:32:43 ID:lSEfQVcl

「ノアさん、ですか」
おそらく白い人さんの仲間なのだろう。白髪、全身真っ黒なスーツ、スニーカー。
「黒い人、ともお呼び下さい。ズィロ」
やはりそうだったか。
「では黒い人さん。貴方は何の為に私の居るここに来たのですか?」
「貴方にお教えしたい事が有ります。ジヴォンの事、その時計の事、そして私とヨセフの事を」
所変わってここはホームレスの溜まり場。その中に一人極端に目立つ服装をした男性が居た。
彼は立ちあがると、この場所から逃げるようにして出て行った。


「何でしょうか?ノアさん」
「ではまず自己紹介から。私の名前は『タンデ・クロン・ノア』。出身はヱデン。役割は貴方に
情報を提供する事、及びジヴォンの監視役です」
面白いほどペラペラと喋る人だ。白い人さんとは大違いだ。
「まずジヴォンについて話しましょうか」
「いや、まずヨセフさんの事からお願します」
「ではそうしましょう。『ビュライ・ジ・ヨセフ』、それが彼の名前です。役職はジヴォンの監
視役。デ・ノッシュ・ラン・シドーさんも同じ役職です」
メモに書く指が追いつかない程の早口だ。ここまで速いと聞きとるのすら難しい。しかも長った
らしい名前を連発するのでかなり書き辛い。
ともかく今は、デ・ノッシュ・ラン・シドーという人物のこと、ジヴォンとこの時計の事が知り
たい。
「それでは本題に入りましょうか」
令が唾を飲む。
「ジヴォンの事、そして貴方の時計の事を」

その瞬間、ノアの周りの空気が一気に変わったような気がした。いや、気のせいだと思っている
だけで、本当に空気が変わっているかも知れない。
「ジヴォン、ヱデンで生活している知的生命体。階級社会であり、殺害したヒトの数で階級が変
化する。殺人を行う際はデ・ノッシュ・ラン・シドーがそれを管理し、不正が無いかの確認をす
る。その為1度につき一人しか殺人を行えないルールが有る。また知能が高い為ヒトの社会に溶
け込む事も可能」
急にゆっくりと話すようになっていたことに気づく。話しかけようと思ったがそのような空気で
はなかったので辞める事にした。
「そして貴方の所有している時計、それはジヴォンが反乱を起こした際の粛清の為の装置。
正式名称は『ZЙRO‐対ジヴォン用特殊装甲服』です」
少しずつだが話が見えてきた。白い人さんの名前はヨセフ。そしてシドーと呼ばれる人物がジヴ
ォンによる殺人を監視・操作している事、そしてこれは時計ではなく兵器だという事を。


外へ出ると、サイレンの音が聞こえる。近くで事件でも起きたのだろう。愛車の「エース」に乗っ
てパトカーを追う。
どうやら強盗犯が立て篭もっているようだ。野次馬達が周りを取り囲んでいる。
警官隊が突入しようとしたその時、何本もの槍が飛んでくる。
警官たちが持っていた立てを突き破り、身体を貫通した。一斉に悲鳴が上がる。
ガラスが割れ、中から出て来たのは、シャチのような顔をしたジヴォンだった。
142名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:33:18 ID:d4IapE3M

「ねイツキ、あの医者どう?」
 涼ちゃんがそんな事を聞いてくる。涼ちゃんは面倒見が良い。斎の彼氏まで斡旋してくる。斎はバイトに奨学金に忙しくクラブに入っている暇が無い。故に通常は出会いも無いのだ。
「どうって…別に付き合ってるわけじゃないし…」
「え、まだヤってないわけ?」
「まだだよ!」
 講義中に大声を出したので先生に怒られた。

仮面ライダーネメシス五杯目「おれは電気人間素うどん派!!」

 京也はその日、緊急オペに駆り出された。巨大なコブラに噛まれた、という患者が運び込まれてきたためだ。
 治療の中、京也を含めた医師らは不可解な点を発見した。コブラに噛まれたという。脇腹には確かに噛み傷がある。しかし、その傷が大き過ぎる。どちらかといえば、ワニか何かのそれだ。
 ワニ程度の巨大な口を持つコブラ。尋常な体躯ではない。妖魔でなければ良いが。更に京也は「コブラ」という名詞に引っ掛かりを覚えた

 その六十数年前、香の匂いがきつい暗闇で、声の甲高い男が驚いていた。
「馬鹿な!デスゴッドカメレオンが死んだと?原因は!?」
 デスゴッドカメレオン。貧困にあえぐ市民に対し職を与えてやると言葉巧みに誘導し、改造素体とするため一斉拉致を企てた改造兵士。彼はその素体をアジトへ運ぶ前に、卜部武政に計画を見破られ、更に武政が変身した鬼神によって葬られた。
 しかし武政の件は組織内でも知られていない。彼らが知るのはただ、カメレオンが何者かに抹殺された事実のみ。
 暗闇の中から、また別の男が立ち上がった。
「カメレオンの作戦を私に引き継がせて下さい。最低でも、カメレオンの死因程度は報告させていただきます」
 男の顔は蛇に似ていた。

 美月屋に何かを運び込む音が響いた。美月キヌがその音の主を発見する。
「武政さん、それってバイク?」
「壊れてっからさ、進駐軍が捨ててた。で拾ってきた。良いだろ」
 別に良くない。壊れているし、今の日本の庶民にガソリンが買える筈もない。屑鉄にでもする気だろうか?しかし卜部武政はボロボロのバイクを嬉しそうに磨いている。
「でさ、聞いた?何か防空壕を整理するのに人を募集してんだって」
 ならば力仕事だろう。自分には関係無い。そう考えながら、キヌは数日前の奇妙な人材募集を思い出していた。
武政が「トカゲ関係で一攫千金みたいな」と言っていたので、まあ綺麗な仕事ではなかったのだろう。しかし今回はどうだろうか?
143名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:33:48 ID:JBw+FfVt


「ちょっと様子見て来よっか」
 武政が、珍しくやる気のある表情を見せた。

 その防空壕整理工事現場で、一人の男が悲痛な叫びをあげていた。
「辞めさせてくれえ!」
 仮設テントに設置された事務所で男が現場監督に土下座している。二人きりの状態。困るんだがね、と現場監督は顔を渋らせる。
「だって…俺は聞いたんだ!あんたらは俺達を化け物に作り替えるつもりで集めたんだろ!」
「知られていたか…やむを得んな」
 現場監督は椅子より立ち上がり、その肉体を鱗に覆われた毒蛇に似た姿へ変貌させる。右腕を蛇のように長く伸ばし、テントより逃げようとした男を締め上げる。窒息寸前の男の首に、鋭い毒牙を突き立てる。
 男は断末魔をあげる事もなく即死し、注入された毒素がその遺骸さえも分解してしまう。
「敗戦国の分際でプライドだけは高い…」
 コブラ男は、遺骸の分解を見届けた上で現場監督の姿へ再変身し、他の労働者を取り仕切ると共に新たな働き手、即ち改造兵士の素体を待った。
 大王子町。戦前は比較的繁華街だった筈だが、既に焼け野原。見渡せるだけ南洋よりはマシか、と呟き、武政は現場監督らしき人物に声をかける。何故か壊れたバイクを引きずりながら。

 六十数年後、京也は朝一番で携帯の着信音に叩き起こされた。相手は山下山男…蜘蛛妖魔が現れた際に知り合った刑事だ。結局、巨大コブラに噛まれた患者は助からなかった。落ち込む気分をメイラックスで誤魔化し、外出の準備。
 待ち合わせたうどん屋。山下山男は朝からカレーうどんを食していた。
「悪いね、朝早く呼び出して。例のモンスターに関して話せるのが君だけだから」
 モンスター=妖魔はマスコミによる情報統制がなされており、報道される事はない。
 ただ、と山下山男は朝刊を引っ張り出す。急に呼び出されたから京也は未読だった。
 そこには、蜘蛛が死んだ後に出現したコウモリ男の正体が詳細に報じられていた。
 コウモリ男は「ザラキ天宗」が作り出した改造兵士。ザラキ天宗は終戦直後から日本の支配を企てていた非人道的テロ組織。
 記事は必要以上に口を極めて組織を罵っている。
「しかし、だ卜部さん。例の蜘蛛モンスターや、噂になっている巨大サソリもザラキ天宗の仲間だとすれば、そいつらも報道される筈なんだ」
「奴らとザラキ天宗は別の存在…そして、蜘蛛やサソリはその実在がオープンになれば政府が困る存在」
 京也は多少の直感も交えてそう言う。
144名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:34:32 ID:r2j3t1Jx


 情報を開示しない理由は不明だが、取り敢えず現世と魔界の境界を破ったのがそのザラキ天宗である事だけは分かった。
「しかし、蜘蛛やサソリは一体どうなったのか…」
「モンスターはもう一匹います。そいつに倒された…と聞きました」
 情報開示しない自分を嘲笑う京也。

 その六十数年前、武政は地下の防空壕にてツルハシを持ち、肉体労働に精を出していた。給料が良いからこれくらいはな、と武政の隣の男が言う。
「破格ってレベルですよね?何か裏にあんのかな」
 そう呟く武政にもう一人の男が同調する。
「ここに来た連中が何人か行方知れずって噂がある」
 自分は南京で大活躍だったから大丈夫だが。との自分語りを無視し、武政は周囲に気を配る。二十人はいる労働者。彼らをどうするつもりだろう?
 その時、天井が崩落し、土砂と武政のバイクが落下、出入口を塞いでしまう。
「素体は…確保できたな」
 その土砂の上に座る現場監督。彼の言葉を考察する余裕もなく、男達は土砂を除こうとする。だが、彼らを現場監督は蹴り倒した。
「君達には別の仕事がある。改造兵士としてのな」
 彼の衣服が破れ、毒蛇…コブラの顔を持つ青黒い怪人へ姿を変えた。一瞬にしてパニック状態に陥る現場。

 六十数年後、病院に戻り、京也はコブラに噛まれた患者の体に付着していた鱗を見た。
 コブラという点に引っ掛かりを覚え、実家から持ってきた書類を片端から捲る。あった。
 祖父の描いた地図。大王子町三丁目に赤丸と、
「コブラの腕に注意されたし」
 という注記がある。確かに例の患者も大王子町周辺で巨大コブラに噛まれたと言っていた。調べてみるか。京也は愛車を飛ばした。しかしなぜ祖父がその事を
 示された現場。敵が妖魔なら然程人気の多い場所は好むまい。京也は現在は廃止された地下鉄に降りてみた。その天井に穴が開いている。埋まっていた何かがそこから飛び出したような…
 そう考える京也を妖魔が襲った。
 蛇、それもコブラに似る。
 頭頂から尾まで20mはあり、胴体右側から人間大の腕が一本だけだらりと垂れる。それらを度外視すればまさしくコブラであった。
 コブラは京也を睨み、こう口にする。
「卜部、武政…仮面、らイダー」
 何?武政…京也の祖父も仮面ライダーだったという事か?
 もう少しこの妖魔に話を聞きたいが、敵は口から毒を吐きつけてくるので難しい。やむ無く京也は「召鬼」の念珠を取り出した。
「変身!」
145名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:35:03 ID:UUWQnm1T

 その六十数年前、工事現場はコブラ男の恐怖にさらされていた。
「貴様らは我らがザラキ天宗の僕となるのだ!逆らう者は…」
 労働者の一人を掴み上げ、毒牙をむく。が、その口腔に石が投げ込まれた。石の主は続いてコブラ男に飛び蹴りを浴びせ、男を逃がす。
「卜部武政…歯向かうか」
 武政は既に理解していた。奴の狙いはカメレオン同様、改造兵士の素体を集める事。そして彼らの組織の名はザラキ天宗。
「んで、その計画に気付いた人をコブラの毒で始末…だろ?」
 武政の乱入に機を見て必死に逃げる労働者達。僅かな隙間を潜って地上に出る者、地下奥深く隠れる者もいる。
 漸く敗戦から立ち直ろうとしている日本の人々を尚も苛むか。武政の中に怒りの炎が湧き、その炎が「鬼の意」を覚醒させる。
 武政は「召鬼」の念珠を取り出した。瞳が紅く輝き、腰に骨盤状のベルトが出現する。
 念珠を握る右拳を高く掲げ、それを腰の位置まで降ろす。
「変身っ!」
 拳を一気に右斜め下へ振るう。ベルト中央の宝玉より、鬼の衝動が変換された力の嵐が生じ、武政を包む。身体中の筋肉組織が異常発達し、それを白く鋭い外骨格が包む。額に新たな知覚器官「第三の目」が生まれ、武政は鬼の姿へ変わる。
「オレね、お前みたいな奴が世界で二番目に嫌いなんだわ」
 言って武政は左腰より「鬼馬」の念珠を取り出し、それをベルトに読ませる。直後、壊れていた筈のバイクが起動。車体各部を武政と同様の生体強化外骨格が覆い、別物へ変わる。そのマシン…スカルレイダーに跨がる武政。
「卜部武政…貴様、何者だ!」
スカルレイダーのバックミラー、足元の割れた硝子に映る自分の姿を見る。
「仮面…ライダー…とかどうだろ?」
 素体のマシンからは考えられないほど鋭く軽快な動きでコブラ男の周囲を跳ね回り、外骨格や車輪をぶつけて直接的なダメージを与えるスカルレイダー。
 更に仮面ライダー自身も車体から飛び出してコブラ男の腹に拳を見舞う。
 吹き飛んだコブラ男とそれを追う仮面ライダー。両者は地上に出る。
「くく…成る程、カメレオンを倒したのは貴様か。それは報告せねばな」
「オレ噂になるの嫌いだし」
 右腕を鞭状に伸ばし襲いかかるコブラ男。仮面ライダーはそれを跳躍でやり過ごし、空中で「鬼神」の念珠をベルトに読み込む。着地と同時に目、ベルトの宝玉、額の第三の目は緑に変色。
 胸の装甲に爪のような部位が生じ、肩角は背後に向かって伸びる。
146名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:35:36 ID:mp4dR0Ii


 右腕には鋭い断崖に似た多層の刃が沿い、左腕には盛り上がった外骨格から洞窟の如き穴が覗く。
 姿を変えた仮面ライダー=オメガフォームは右腕の装甲より鬼剣バーサークグラムを伸ばし、コブラ男の長い右腕を切断する。
 吹き飛んだ右腕は地を転がり、工事現場の穴へ落下する。
「ぐわあ!俺の腕を…おのれ!」
 苦痛に苛まれるコブラ男は仮面ライダーへ毒液を吐きかけるが、仮面ライダーには当たらない。仮面ライダーの周囲に空間の歪みが生じ、その歪みが盾となって毒液を跳ね返しているのだ。
 その盾に身を包みつつ、仮面ライダーは洞窟に似た左腕を突き出す。その周囲に見える陽炎がコブラ男目掛けて飛んでゆく。直撃は免れ、二発の陽炎=時空衝撃波はコブラ男の足元と背後の壁を爆破した。あくまでも仮面ライダーの目的は牽制だった。
 勝てる筈が無い。逃走を図るコブラ男。彼を睨み、仮面ライダーは指を鳴らす。直後、コブラ男の足元に吹雪が生まれ、その下半身から凍結してゆく。
「まあ、はなから逃がすつもりも無いからね」
 最後の「からね」にエコーが掛かった。それもそのはず。仮面ライダーの姿が三体出現し、コブラ男の周囲を包囲したためだ。
 どれかが幻影、どれかが本物。しかしコブラ男にそれを見破る術はなく、そもそも凍結した彼には抵抗すら難題だった。
 三方より鬼剣バーサークグラムが振り抜かれる。それらの斬撃は各々がコブラ男の体を無慈悲に引き裂いてゆく。仮面ライダーは幻影を作ったのではなく、周囲の時間軸へ影響を及ぼし、一時的に自分自身を三体形成した。即ち分身は、全て実体だったのだ。
 コブラ男をバラバラに寸断した仮面ライダーは、再び一体へ集約する。
「オレの勝ちっ」
 さて、他の労働者を救出し、切り落とした腕を処分せねば。
 しかし、武政には誤算があった。コブラ男の死に伴う爆発が工事で脆弱化した地盤へ亀裂を産んだ。
 このままでは労働者が生き埋めになる。仮面ライダーはそれを救出するのが精一杯で、切り落としたコブラ男の右腕は土砂に埋もれついぞ発見できなかった。

 六十数年後、京也=仮面ライダーは巨大コブラの吐きつける毒液に四苦八苦していた。
 接近は厳禁、背後に回れば尾に打たれる。ならば、と仮面ライダーは腕の装甲にある尖鋭部を高速振動させる。
「ライダーチョップ!」
 振り出した腕が、迫り来る尾を切断した。

次回「六杯目、改造うどん讃岐を飛ぶ」に続けたいなと思う。
147名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:36:05 ID:8pNhCbv5

拳法家である心堂勇輝は券の師匠を求めて中東をさまよっている最中、謎の組織に拉致され、生物兵器の実験台にされる。
勇輝をさらったのは、世界各国に根を張る巨大コングロマリット『星海(シンハイ)』だった。
彼らはアジアン・マフィアを母体として誕生した。
全世界の経済・科学を秘密裏に裏側から操り・支配しようとする、『エターナス』の表向きの姿であった。
エターナスは紛争地域の国々に武器を売りつける「武器商人」でもあり、バイオテクノロジー・サイバネティクスの応用によって
作り出される生物兵器、「ハイブリッド」の研究をしていた。それは生物やマシンを掛け合わせて誕生する新たなる兵器の名称である。

勇輝はバイオ部門・飛蝗型ハイブリッドの被験者として選ばれたのだ。また、拳法家の操る『氣』の力を兵器転用するための試作0号でもあった。
昆虫との遺伝子融合を終え、体中の気の座を弄られている途中、タケシの氣が暴走。辛くも頭部への施術の前であり、自我は保たれた。
脱出経路を探しながら施設内を様とっている最中、同じく紛争地域への販売用として開発していた全地形対応型可変オートバイ(ヴァリアブル・ビークル)
「颶風(ぐふう) 」を強奪、日本と逃げ延びる。
港へ上陸したタ勇輝が見たものは、エターナスのハイブリッドと戦う二人の戦士の姿だった。
闇の中紅い瞳を輝かせ、徒手空拳で戦う二人の戦士を助けるべく、勇輝はハイブリッドの力を解放する。

「0」設定
心堂勇輝(24) 若き拳法家
原作オマージュ。変身時はギルスやアナザーアギトのような生物的な姿になる。基本バイオサイボーグだが、一部サイバネティクスが使用されている。
ヘソ位置に「チャクラ(気の座)」を増幅するベルト型のギミックが内蔵おり、気を練り始めると表に出てくる。
更に気を高めると変身できる。また、チャクラを順次開放することでパワーアップする。
飛蝗型なのは、勇輝が震脚系の拳法の使い手のため。震脚を飛蝗の脚力で強化するというコンセプト。
因みに形意拳。
頭部は無改造なので、最初は颶風(付属のヘルメットを着用。2クール目で自ら完全体となり、全身変身をとげる。
148名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:36:34 ID:2wC05mPr

ヴァリアブルビークル 颶風 コードネーム「テンペスト」

多目的バリアブルフレームを使用し地形によって形態を変え運用できるオートバイ。

基本はロードレーサータイプだが、
悪路走行用の「グラスホッパー」(フロントホークが伸び、ジャッキアップして車高が高くなる)
水上移動用の「ゼロストライダー」(基本ロードレーサーで、タイヤが平行に稼動してホバー形態になる)
短時間飛行用及び急襲形態「シェルブリッド」(カウル部分から可変式装甲が出て、搭乗者とサスペンション部分を
保護。ロケットのように飛行する。急襲形態時は更にエネルギーシールドを纏う)
に可変する。
また、緊急時には分解し、鎧となって0を守る。これはあくまで防御用のものであり、生命維持装置であり、
この形態のときは全てのエネルギーは防御と生命維持に回されるため、搭載武器があっても最低限しか作動しない。
敵地急襲と、その後の帰還率を高めるために設計された機体である。

簡単な遠隔操縦も可能。

ヘルメット
多目的設計されたテンペスト専用ヘルメット。複眼のようなモニタカメラを持ち、暗視スコープXレイスコープなどを搭載。
使用者の脳波をキャッチして機体に送ることも操ることも可能。防毒・酸素供給なども出来、簡易生命維持装置になっている。


「ハイブリッド」 雑種の意味。
本作では、バイオ・サイバー手術を施されたエターナスの生物兵器をさす。多種生物や、非生物を武装として身体に組み込む
ことを目的とした研究部門。コングロマリット的には、薬品・医学・遺伝子工学・ロボテクスなどの分野の専門家が在籍。
原作の「幹部」を再現するために設定した。
初期段階では、バイオ部門・サイバー部門2系統があり、反目しあっている。ゼロはバイオ部門。
昆虫型はゼロがはじめて。根本的に身体のつくりが違うため合成が難しいが、哺乳類・爬虫類などの合成より優れた固体が
出来ることがわかっている。
149名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:37:11 ID:KbWmk9i6

「0」は実は本気で東映に売り込むつもりでプロット作った(笑)
元々Vシネ用シリーズ企画。煮詰めている間に「NEXT」の制作が発表されてあぼ〜んという感じ。
昭和ライダーや一部平成ライダーとのリンクも考えて組んだ。原点回帰という意味での「0」。

主人公が拳法家というのは二番煎じかもしれないが、最近のカメラワーク編集に頼るアクション(
それでも高岩氏を始めとするスーアクの技術は凄いが)に対するアンチテーゼ。俳優もスーアク
も拳法の形程度はきちんとできないと(ゲキレンのように)見栄えのしない映像になるので、配役
は動けること必須。
空手ベースの直線的な動きが多い中に、中国拳法にの円の動きを織り交ぜて、アクションにメリ
ハリをつけてはどうかと考えた。また、メカアクションと拳法アクションが交互に入り飽きの来ない
展開にももっていける可能性もある。シナリオは勿論のことながら、純粋にアクションだけでも魅せ
ることの出来る番組が狙い。敵怪人も、バイオモンスター系とサイバー系、スプリガンのトライデン
トのサイボーグ部隊、ロボット兵士のような多岐に飛んだ戦闘パターンが取れる。

ゼロをはじめとするバイオサイボーグは、テロ用。武器を持たずに敵地に潜入して破壊活動を遂
行することがメインのコンセプト。対してメカニカル・ロボット兵士系は、戦場でワンマンアーミーと
して使用する、サイバー系は特殊任務遂行が設計コンセプト。例を挙げるならサイバー系+バイオ
系はショッカー怪人。若干メカニカルなものも含まれる(V3の怪人たちのような姿)。ロボット・サイ
ボーグは特警シリーズの犯罪者など。

ヤクザ×マフィア抗争にハイブリッドを絡めたのは、所謂「怪人」たちが、現代社会に無理なく入って
来れるようにするため。拳銃の密輸と同じ感覚。ただ、銃で言えば「ガトリングガン」のようなものなの
で、一般社会で使えば当然甚大な被害が出る。それを抑止するのが「0」の存在である。
150名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:52:51 ID:LOEhlQgk
「こっちは初めてもオッケーだヨ。あっちの方はどうなノ?」
ナーフの問いかけに頷く。
「では、まず互いの名前を知らせる事。それからズィロはZЙROシステムを装着、ナーフはZ(ズィ
ー)態に変化、それから始めましょう」
 互いに握手をし、名乗ると、令はゼロに、ナーフは先日のシャチ怪人になった。
「よーい・・・始め!!」
 その瞬間からナーフは槍を振り回し始める。なんとか避けられるが、かなり速い。こちらも何か武器
が欲しいところだ。
一旦間合いを取ると、時計の「T」と書かれた場所を押す。そこがスライドし、中から赤い半透明の立
方体が飛び出して来る。令の周りを少しの間飛び交うと顔・肩・胴・脚に付着、発光しながら形状を変
化させる。
光が納まる。紅い身体となり、角が大きくなったゼロが立っていた。手には赤い剣を持っている。
「へぇ、なかなかいいじゃない。もっと面白くなるだろうネ」
「“ビートル”か。ノアが吹き込んだのか?」
 シドーが嘆く。 
 両者共に武器を構え、相手に向かって行く。武器がぶつかり合う金属音が倉庫内全体に響き渡る。互
いの力を確認するかのように、何度も何度も武器をぶつけ合う。
「やるじゃないか、ズィロ。もっと楽しませてくれヨ」
 ナーフは余裕の表情を見せ、槍をゼロの剣に強く押し付ける。ゼロの剣は今にも折れそうだ。キイキイ
と唸っている。
 令はナーフの隙を見計らって腹部を切りつけると、間合いを取る。
「ナーフさん、こんな言葉を知っていますか?」 
「何だい、ズィロ」
「言葉というより、文章と言った方が良いかも知れませんがね、あるユダヤ今日信者の日記に記されてい
た事です。“もし神が私を生かしてくれるなら、私は世界の為、人類の為に働いて見せる。その為に必要
なのは、勇気とほがらかな心だ”という言葉ですよ」
「・・・それだけかい?」
 令はゆっくりと頷く。ナーフはそれを確認すると、すぐさま令に向かって駆けだす。令は時計のボタン
を押し、ナーフの方へ助走をする。すると周りの動きが少し遅くなったように感じた。それは本当だった
かも知れない。ナーフに向かって剣を振るう。肋骨部分を叩き斬り、そこから砂が漏れだす。
「フフフ・・楽しかったよ、ズィロ・・・・・また戦おうか・・・」
そう言い残し、彼は砂となった。朱色の自爆器官が脈動すると、閃光を伴い爆発した。
「終わりましたね、ズィロ」
ノアさんが微笑む。私も自然と笑みをこぼしていた。
「やるじゃあありませんか。見直しましたよ」
と言っているものの、シドーさんは少しばかり不機嫌なようだ。部下を一人失ったからだろう。
地上に出ると、陽の光がとても眩しく感じられた。温かくなりつつあるものの、まだ肌寒いくらいだ。
これから、どうなるのだろうか。ジヴォンによる事件が続く限り、私の役目は終わらないだろう。
151名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:53:22 ID:VJz2SWxs
 また事件が起きた。今度は滋賀で2件、大阪で1件。被害者は7人。ジヴォンによる犯行かどうかは
まだ分かっていない。ノアさんやシドーさん、ヨハネさんはどうしているだろうか。
 食料が減って来た。買いに行くとしよう。
「こんにちは、令さん。何処へ行くんです?」
「あぁ、文代さんか。ちょっと買い物へ行くところですよ」
そういえば優さんと文代さんにも最近会っていなかったな。
 文代さんと別れ、最寄りのコンビニに立ち寄る。レジに居る人に見覚えがあるように感じた。
「あの・・・柿原・・優さんですか?」
「あぁ!こんにちは〜、令さん!何の用ですか、こんな所に?」
少々呆れたが、手に持つものをレジに置く。
「・・おにぎり二つ、水一本。何円ですか?」
「三百三十円ですね。ぴったり出して下さいよ・・・」
私は無造作に五百円玉を置く。
「お釣りはいいですよ、優さん」
その時奥から人が出てくる。サングラスを掛けているようだ。名前は・・・・・織田浩二・・。
「どうしました、織田さん。ほら、サングラスずれてますよ。直しましょうか?」
織田さんは急いでサングラスを直そうとする。しかし更にずれたので、結局優さんが直した。
「じゃあ、また今度」


 その頃、あるアパートでは・・・
「どうしたんです、そんな所で・・。」
「2か月間部屋を貸して頂きたい。お金は今払います。空いた部屋が有れば、の話ですが」
「いいですよ。2階の奥の部屋が空いてるから、そこでいいですか?」
と男性が言うと5人の若者はすさまじい速さで2階に駆け上っていく。
「ほら、シェトもミゾンも早く来て。ソファルはお金払っといてね」



 優さんにあまり会わないと思ったらアルバイトをしていたのか。しかしあんな調子で大丈夫
なのだろうか。

・・・?・何だろう、誰かにつけられているような気がする。後ろを見ても誰もいない。気の
せいだろうか。
152名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:53:54 ID:96A4tgPW
○神戸ハーキュリーズ
・梶原春樹(かじわら はるき) 39歳
外野手 左投げ左打ち 佐賀県出身 背番号42
 藤木とは甲子園で対戦した事もある。パンサーズでは4番にも座った強打者。
デッドボールの後遺症からインコースが打てなくなり、不振に陥る。その後、
トライアウトで藤木から豪快なホームランを放ち神戸ハーキュリーズと契約。

・矢尻佐助(やじり さすけ) 22歳
外野手 左投げ左打ち 大阪府出身 背番号97
 ドラフト10位と目立たぬ入団ながら、あれよあれよと一軍レギュラーに上り詰め
不動の一番センターに。モデルは福本豊。

・デイヴィッド=ルイス 32歳
外野手 左投げ左打ち アメリカ出身 背番号25
 来日5年目で200本塁打、400打点を越えるスラッガー。不動の4番打者で
昨シーズンは打点王に輝いた。

・高見泰雄(たかみ やすお) 27歳
捕手 右投げ右打ち 岐阜県出身 背番号27
 強肩で盗塁阻止率は昨年度リーグNo.1。さらにインサイドワークにも定評があり、
球界を代表する名捕手。

・大路幸伸(おおじ ゆきのぶ) 31歳
投手 左投げ左打ち 北海道出身 背番号18
 10年連続二桁勝利を挙げたハーキュリーズのエース。直球こそ130km/hに満たない
もののスローカーブを武器に見事な投球術で打ち取っていく。モデルは星野伸之。

・坂口康広(さかぐち やすひろ) 26歳
投手 右投げ右打ち 兵庫県出身 背番号21
 ハーキュリーズの誇るダブルストッパーの一人。重い速球と打者の手元で落ちるフォーク
で三振の山を築きあげる。

・エディ=ルーカス 29歳
投手 左投げ左打ち アメリカ出身 背番号12
 ハーキュリーズの誇るダブルストッパーの一人。キレの良い速球とカットボールが武器。

・長原充宏(ながはら みつひろ) 36歳
投手 右投げ右打ち 秋田県出身 背番号17
 ベテラン投手。アンダースローでシンカーを武器とする。モデルは山田久志。

・冨永博樹(とみなが ひろき) 28歳
三塁手 右投げ両打ち 福岡県出身 背番号8
 主に三番を打つ。走攻守三拍子揃ったスイッチヒッター。モデルは松永浩美。

・大原孝義(おおはら たかよし) 27歳
二塁手 右投げ右打ち 岡山県出身 背番号23
 二番打者。バントやエンドランなど小技に長けたいぶし銀タイプ。一番打者の矢尻と
アイコンタクトでチャンスを広げる。

・大木高志(おおき たかし) 25歳
外野手 右投げ右打ち 神奈川県出身 背番号55
 代打の切り札で、ときおりDHでスタメン出場する。194cmの長身が特徴で、
バットに当たれば打球がピンポン球のように飛んでいくパワーが持ち味。モデルは
高橋智。
153名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:54:38 ID:3ybwnC3Z
「佐藤君。君に電話です。至急職員室まで来てください」
 授業が終わりかけた時だった。佐藤一郎は呼び出された。周囲の生徒、そして教師が色めきだっていたが、それとは裏腹に佐藤の表情は暗く陰った。
 佐藤は夏の甲子園でで活躍したピッチャーである。ベスト4までチームを牽引し、超高校級左腕としてならした。
 折しも今日はドラフト会議が開かれており、その結果上位指名された事は容易に想像できた。
 しかし、佐藤の職員室へと向かう足取りは鉛の様に重かった。一歩一歩職員室に向かう度に頭痛すらもする。
 理由は至って簡単な物である。佐藤にはプロ野球に飛び込む自信がないのだ。
 過酷な試合日程、連投に継ぐ連投により酷使された左腕は、肘が真っ直ぐに伸びない。
 それだけでなく、精神論による常軌を逸脱した練習で身体のあちこちにガタがきている。
 なによりも高校球児の目指す夢の舞台、甲子園に立った事により、心身共に消耗――野球というものに情熱を持てなくなっていたのだ。
 職員室のドアを開けると、校長を始めとした教師の面々は顔を綻ばせ出迎える。
 促されるままに受話器を取り、耳に押し当てた。
「もしもし、電話代わりました」
「ああ、私は東京シャイアンズの者ですが、実は今日のドラフト会議で、君を一位指名させて貰いました」
 佐藤は、え!?と絶句した。
 まさか球団の盟主を謳う名門球団が一位指名するとは思っていなかったのだ。
 他球団のスカウトの事前の接触は幾多もあったのだが、シャイアンズのスカウトは接触して来なかった。
 だのに、何故。一瞬思考が空白になる。
「うちのスカウトがすぐに伺うと思いますが、ひとつよろしくお願いします」
 佐藤は相手にハァ、と頭を下げる事しか出来なかった。
 突然の出来事に、佐藤はただただ困惑するしかなかった。
「君、どうだったね!」
「ハァ、シャイアンズが一位指名してくれたそうです」
「凄いぞ! わが校からプロ野球選手の誕生だ!」
 勝手に盛り上がっている教師達とは裏腹に、気分がしずむ。そして、不快感が沸き起こる。何を自分の意思に反して喜んでいるんだ、と怒りすら現れる。
「すみません、家族と相談しないと……」
154名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:55:08 ID:/2APqC/e

「記者会見の準備をしないとな!」
 沸き立つ職員室を静かに後にして、佐藤は人知れず屋上に向かった。
 秋の空にぽっかりと浮かぶ鰯雲をぼんやりと眺める。
 自分の力をプロで試したい気持ちが無いわけでもない。
 しかし、自分には大学に進学して指導者として野球に携わりたいという仄かな夢がある。
 選手として自分は野球に情熱が持てない。しかし、指導者として自分みたいな高校野球で燃え尽きてしまう球児を無くしたい、その願いがある。
 相反する葛藤は、高校生にとって過分すぎる物だ。
 プロ入りか進学か。簡単に決められる物ではない。
 不意に佐藤の脳裏に過去の事件が過った。
 過去に期待されてシャイアンズに入団し、結果を残せずそれに苦悩した果てに永眠した選手の事を。
 確か当時の監督はその選手に費やした大金を損した、という旨の談話を残した。
 自分がそうならないという可能性はない。
 ならば、結論は一つだ。

 校内に準備された記者会見上に立った佐藤は悩みを吹っ切った清々しい顔で頭を下げた。
 集まったマスコミの放つ目が眩まんばかりのフラッシュに晒される。
「――申し訳ありませんが、自分の進路はプロではなく大学進学です」
 その言葉に、集まった面々の顔がひきつる。しかし、佐藤は続けた。
「自分の実力ではプロでやっていけないと思います。一位指名していただいたシャイアンズには申し訳ありませんが、お話は無かった事にして下さい」
 短く早口に告げると、背を向けてその場を後にする。
 マスコミが追いすがって来るが無視をする。
 学校職員が怒りを、或いは落胆しているが無視をした。
 ただ、佐藤は自分の決断に間違いはないと思い胸を張って夢へと歩き出していた。
155名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:55:36 ID:hAtWqJvb

○千葉メトロポリタンズ
・伴藤竜太(ばんどう りゅうた) 23歳
一塁手 左投げ左打ち 神奈川県出身 背番号50
 日本人離れした体格を誇りるスラッガー。お粗末な守備と三振も多いのが
玉にキズ。若いに似ず物怖じしない性格。バートン、バトラーとともに
頭文字のBをとって"スリーB"と呼ばれる(監督が命名)。

・マイク=バートン 38歳
一塁手(DH) 右投げ左打ち アメリカ出身 背番号44
 かつてパンサーズ在籍中に三冠王にも輝いた大物助っ人外国人。
モデルはR.バース。

・エイブラハム=バトラー 32歳
外野手 右投げ右打ち アメリカ出身 背番号15
 メジャー時代にエクスタイン監督の下でプレーした事もある。大田原、
バートンに続く5番打者として強力なクリーンナップを形成。本塁打より
打点を稼ぐバッティングを心がける。

・小清水尚弘(こしみず なおひろ) 30歳
投手 右投げ右打ち 京都府出身 背番号18
 チームのエース。5年連続で規定投球回数&2桁勝利継続中。速球と多彩な
変化球で打ち取る本格派の投手。モデルは清水直行。

・小湊哲史(こみなと さとし) 36歳
投手 右投げ右打ち 千葉県出身 背番号17
 "投げる精密機械"と呼ばれる正確なコントロールとゴーグルが武器。千葉で
プロのキャリアをスタートし、横浜ブラスターズ、メジャーリーグを経験し、
古巣に復帰した。モデルは小宮山悟。

・山野辺俊彦(やまのべ としひこ) 29歳
投手 右投げ右打ち 栃木県出身 背番号13
 マウンドから5cmのところからリリースされるアンダースロー投手。打者は
タイミングが合わせづらくて打ちにくいらしい。モデルは渡辺俊介。
156名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:56:05 ID:qZ9A5Hw0
 それは一瞬だった。藤木真介が十九年間の現役生活で積み重ねた勝ち星は193。さらに
胴上げ投手になること2回。日本シリーズでMVP1回。最多勝7回。最優秀防御率5回。
最多奪三振4回。プロ野球選手として歴史に残る大投手の一人に挙げられる左腕に厳しい
現実がつきつけられた。ここ数年は度重なる怪我で戦列を離れる事も多く、今シーズンも
一軍での登板は無かった。八月に入りようやく二軍で登板し、一軍復帰を目指していた矢先
の戦力外通告であった。「来期の戦力構想には入っていない」ただそう告げられた。

 10月27日。東京都文京区。エンペラースタジアム。ジャパンシリーズ第4戦。ここまで
3勝のエンペラーズが4−1とリードして迎えた九回表。2アウト、ランナー無し。マウンド
にはエンペラーズのクローザー大島。打席には対戦相手ハーキュリーズの4番ルイス。
 今シーズン広島レッドウォリアーズからFA移籍してきた大島恭兵。不動のクローザー
として36セーブを挙げ移籍一年目からチームの優勝に貢献した。
 初球から打者の懐に速球を投げ込む。かつて広島の町を熱く燃えさせた豪快なピッチング
フォームはユニフォームが変わっても健在だ。

 ツーストライクと追い込めば後は伝家の宝刀、高速スライダーが唸りをあげる。無数の打球
をスタンドに叩き込んだ強打者のバットが空を切る。二月一日のキャンプインから全ての球団、
監督、選手、スタッフ、そしてファンが目指した日本一の栄冠は長い長いペナントレースの末、
東京エンペラーズが掴み取った。藤森監督が前任の高倉監督からチームを受け継いで3年連続
の日本一奪取。特に今シーズンは生え抜き、補強選手、助っ人外国人が上手くかみ合い、一年
を通じて危なげなく独走した。「これは過大評価でもないんでも無い。史上最高のチームだ。
私はただベンチで見ているだけ」とは藤森監督の談。エースの鷲尾雄介の17勝を筆頭にロー
テーション投手のうち5人が二桁勝利。新潟アストロズから移籍の3番ペドリックが本塁打、
打点の二冠王。4番のパイソンが打率3位、本塁打3位、打点2位。5番の松岡が本塁打2位、
打点3位と打撃タイトル上位に名を連ねた。

 藤森監督を先頭にシーズンを戦ったエンペラーズのナイン達がグラウンドを一周し360度を
囲んだファンからの歓声に応える。その中に往年のエース藤木の姿は無かった。

 その頃。東京エンペラーズの二軍が練習する多摩川スタジアムでは一人の選手が黙々とラン
ニングを続けていた。今シーズン戦力外を受けた選手達が集まる合同トライアウトに向けて静か
に闘志を燃やし続ける男……かつてエンペラーズ不動のエースと呼ばれた藤木真介である。
157名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:56:39 ID:wbegY13f
 11月7日。東京都大田区。多摩川スタジアム。各球団から戦力外通告を受けた73人の選手
が集まる合同トライアウトが行われる。今年のトライアウトは例年に比べ報道陣の数が心なしか
多いようだ。それもそのはずである。通算193勝を挙げた元エンペラーズエース、藤木真介が
参加するというのだ。三十九歳の再挑戦<リベンジ>。そういったタイトルで特番も組まれる事
が決まったという。

 一回り若い選手もいる中に混じってのストレッチを終え、マウンドに上がる順番を待つ。ほど
なくエンペラーズの背番号18がマウンドに上がると、いっせいにカメラが向けられる。高々と
グラブを上げ、下げると同時に足を振り上げ、さらにテイクバックを大きく取り、頭の上から
左腕を振り下ろす豪快な投球フォーム。189cmの恵まれた体格を最大限に発揮する。いや、
した。と過去形で語るべきか。若い頃は強打者をバッタバッタとなぎ倒したストレートも今では
鳴りを潜め……時の流れは残酷である。

 最初のバッターは高校通算54本塁打の実績を引っさげてプロ入りも一軍出場の無いまま8年
目で自由契約となった元・宮崎サラマンダーズの浅川。初球を見逃して2球目を打って強烈な
センターライナー。結果は投手の勝ちだが、昔の藤木ならバットにかすらせもしなかっただろう。

 トライアウトの規定により投手1人に対し打者3人まで。2人目は元・札幌ホワイトベアーズ
の白瀧。主に守備固めで11年、3球団でプロ生活を過ごした35歳の外野手だ。バッティング
については通算で100本にも満たない。この打者に対しストレートで攻める。追い込んでから
インハイのストレートを叩いてレフトフライ。本来なら三振を狙って投じられた一球を外野まで
運ばれた。球場に陣取る各球団の監督、コーチやスカウトたちの表情も曇っていく。

 そして……今回のトライアウトでもう一人の注目選手が打席に立った。京都パンサーズ一筋で
17年の梶原春樹。10年前、パンサーズが優勝した時の4番打者として同球団のファンからの
人気は依然高い。5年前の頭部へのデッドボールで右目の視力を失った。本人はその事を言い訳
にはしないが、若手の台頭もあり徐々に出場試合数も減る。このオフ、本人の希望により自由
契約となった。

 藤木と梶原。共に東西を代表する人気球団のエースと主砲として超満員の観客が固唾を呑んだ
両雄の激突。まさかこの地で、この場面でその対戦が見られようとは。グラウンドに緊張が走る。
左投手と左打者。セオリー通りならば投手が有利と言われる。梶原が最も多くの三振を喫した
投手が藤木であり、また藤木が最も多くのホームランを打たれた打者が梶原である。共に因縁の
相手。しかしそこにはかつてのライバルと勝負を楽しむ余裕は、無かった。
158名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:57:21 ID:efMJEHm6
穏やかな春の日差しの下。
あとは毛虫の湧くに任せるしか能の無い、花のすっかり散りきった桜の木の下。
怒号と悲鳴と歓声とその他もろもろが飛び交う阿鼻叫喚の地獄絵図の渦中から少し外れた場所に。
額に入れられた色褪せたモノクロの写真のように隔絶されて、そのひとは居たんだ。
彼女は「求む! 進入部員」と書かれた垂れ幕を提げた折りたたみテーブルの上に超然と肘をついて、砂煙と
乾ききった桜の花びらが舞い飛ぶ周囲に目もくれず、ただただ呆然としたふうに虚空を見据えていた。

「あの、ここは何の部活ですか?」

人ダンゴからやっとの思いで抜け出し、そう声を発したところで、僕はしまった、と確かに思った。
近づけどなお遠ざかるような、そんな浮世離れした彼女は実は幻で、声をかけてしまったことではかなく
消え去ってしまう――そんな妄想が頭の中に駆け巡ったんだ。

「!? 入部希望っ!?」

でも。
そのひとは消え去るどころか、逆に飛び出す絵本のごとく僕に向かって身を乗り出して来た。
「入部希望!? 入部希望なのね!?」
「え、ああ、はあ、まあ……」
あなたに興味があるだけ、とは言えずしどろもどろの僕の手をガッと握ると、回り込むのももどかしい様子で
彼女は行儀悪く机を乗り越え、僕の前に降り立った。
恥ずかしながら、生まれて初めて母以外の女性に手を握られてどぎまぎしている僕の耳に、
ばたーん
とそのひとが今の今まで座っていたパイプ椅子がけたたましい音を発てて倒れるのと、
「ねっ?」
手を握ったまま念を押すように彼女が言った言葉が同時に聞こえたのだった。

「はーい! 一名様、ごあんな〜い☆」
ツアーガイドかSSかといった風情で右腕を高々と掲げたまま、左手で僕の手首を(凄い握力で)掴んで、その
ひとは僕をいずこかへと引きずっていく。
「あっ」
ふと、彼女が僕を振り向く。
その時。
辛うじて今日まで萼に張り付いていた数少ない根性のある花びらがついに根負けして自由落下を開始し、
はらり
その途上にあった、彼女の即頭部にしつらえられた「おだんご」の上に着地した。

「あたし、2年の串子=スリージー。きみは?」

おだんごに花びらを乗せたまま、彼女は僕に微笑んだ。


――こうして、僕、三木 蓮(みき・れん)と、串子先輩は出会ってしまったのだ。
折は四月。
てきとーに乱立されたあまたの同好会が部員獲得に狂奔する、騒乱のここ創発学園校庭で。
引きずられて、引きずられて。校庭の喧騒はどんどん遠ざかっていく。
人気のない、校舎裏のほうへと引きずられていく中、僕はまず串子先輩がまだ僕の手(首)を握って
いること、次いでそこにあるはずのブレザーの袖がないこと気付いた。
「あ」
「?」
「袖……」
「ああ」
唐突に声をあげた僕に、串子先輩は向き直ると、すぐに得心いったようで、
「新入生の通過儀礼ね。よっぽど要領よくないと、あの騒ぎでひっちゃぶかれちゃうのよねー」
しみじみと言った。なるほど、経験者は語る。

「まずは……ようこそ、創発学園へ! ってとこかな」

僕、三木 蓮と串子先輩は、こうして、出会ってしまったのだ。
159名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:58:01 ID:BnoD/Q3S
キャプテン翼・ワールドユース編・激突!クラブ選抜ユース大会

俺の名前は葵新伍
イタリアの名門・インテルユースに所属するサッカー選手だ
俺は明日行われるイタリアの大会、クラブ選抜ユース大会に向けて練習をしている
俺がランニングをかねてグラウンドに行くともう練習している奴がいる
「あっ、新伍!」
「ジノ!」
こいつはジノ・ヘルナンデス
JRユースではあの翼さんと戦ったんだ
パーフェクトゴールキーパーの異名は伊達じゃなく
今年のイタリアクラブユーストーナメントでも全くの無失点
初めて出会った頃は凄く嫌な奴だったけどジノはちょっと上昇志向があるだけなんだ
俺がインテルいられるのもジノが推してくれたからだ
足向けて寝られないね、これは
「ところでジノ、他の皆は?」
「俺と新伍以外は皆休みさ」
「ええ!?」
俺は驚いた、だって明日は大会なんだぜ!?
「良いのかよ?休んでて」
俺が不安そうな顔をしているとジノは俺の肩を叩きながら笑顔で言った
「ハハハ、心配するな!俺たちなら良い所まで行けるって!」
うーん…不安だ
「それよりも練習しに来たんだろ?一緒にやらないか?」
「そうだな、練習しようぜ!」
俺とジノは練習を始めた

新伍とジノが練習している間にも各国の選手が次々にイタリア入りをしていく
ドイツ、フランス、イングランド、オランダ、スペイン、アルゼンチン、そしてブラジル
ここで各チームのインタビューを見てみよう
まずはドイツから
「シュナイダー選手!一言お願いします!」
「若林選手!何か一言!」
「どうする?シュナイダー」
「フッ、俺たちドイツがやることは一つだけだ。今大会の優勝、それだけだ!」
次にフランス
「ピエール選手、今大会で注目しているチームはどこですか?」
「無論ブラジルですね、Jrユースでは見かけませんでしたし」
「ミューラー選手!フランスチームとしての参戦ですがドイツではいけなかったのですか?」
「俺は強いライバルを求めているからフランスへ行っただけだ、それにドイツで出場するとシュナイダーと戦えないからな」
そしてアルゼンチン
「ディアス選手!今大会、ヨーロッパの活動を視野に入れているという話ですが本当なんですか?」
「え?俺は知らないけど…まあ、評価してくれてるっていうなら行っても良いぜ」
「肖選手!中国ユースからアジア予選への出場を懸念されてますけど…」
「ああ、それは問題ない!ハンネとバンクンがいりゃあ予選は必ず突破できるからな」
最後にブラジル
「サンターナ選手!今回がヨーロッパで初めての試合だと聞きましたが」
「ああ、だが俺は負けるつもりはない。ブラジルが世界一である事を証明するだけだ」
「大空選手!注目している選手はいますか?」
「誰か一人と言われても困りますね、でも全てのチームが手ごわく感じます!」
多くのライバルがここイタリアに集まった
クラブ選抜ユース大会、明日開催!
160名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:58:37 ID:9bqD0efG
 初球。ストレート。インハイに外れてボール。打席の梶原はピクリとも動かず見送る。あの
コースはハッキリ見えないはずだ。だが、動揺を見せてはいけない。インハイの打てない
強打者など投手にとってはカモだ。無論そのような選手と契約する球団など無い。
 2球目。藤木はその日初めて変化球を投じる。アウトコースへ滑り落ちるカーブがストライク
ゾーンの内側に決まる。梶原は上体をわずかに動かすも手を出さず、今度はストライクになる。
藤木にとっても大事な投球だ。ただ抑えるだけではアピールにはならない。投球術も見せつけた
いといったところだろうか。

 3球目。今度はストレート。インコース低め。梶原、微動だにせず。これでカウントは2−1
と投手有利になった。ここまで一度もバットを振らない梶原。勝負球に狙いを絞っているのか。
それとも……
 4球目。ストライクゾーンに入れてくるか、もう1球外すか。藤木の頭の中は。そして梶原は
どう反応するか。腕を大きく振って渾身の一球がアウトコース低めへ。見送れば、微妙だ。振ら
なければストライクとコールされるかもしれない。だが。梶原は見送った。球はベースの手前で
変化し、ボールになった。これで2‐2の並行カウントになった。もし次も外れれば2‐3と
なってボール球はもう投げられなくなる。次こそ勝負球か。

 5球目。ここまでの投球は内→外→内→外。今度はインコースか、あるいは裏を書くか。さら
に裏の裏をかくか。左手から投じられる白球は、真っ直ぐにキャッチャーミットに向かって飛ん
でいく。インコース、やや高め。梶原は狙いすましたように振りぬく。ボールは一気にバック
スクリーンへとはね返される。失投か、あるいは……。マウンドに立ち尽くす藤木を横目に
ゆっくりとダイヤモンドを回る梶原。もちろん、この結果が即契約に結びつくわけではない。だが、
その顔は憑き物が落ちたような表情であった。梶原がホームベースを踏むと、一方の藤木は
がっくりと肩を落としマウンドを降りる。

 その晩、藤木の携帯電話が鳴る事は無かった。
161名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:59:09 ID:a3mNmVVj
 自宅に帰る藤木。妻の真美子は「おかえりなさい」とだけ告げる。藤木は小さく頷き無言の
まま自分の部屋に戻る。真っ暗な部屋のソファに腰掛け、大きくため息をつく。ゆっくりと眼を
閉じる。最後に投じた一球が頭にちらつく。繰り返し蘇ってくる記憶。記憶の中で何度も投げて
は打ち返される。もう一度、今度こそ打ち取ってやる。今度? そんなものあるのか。延々と
続く自問自答の末、やがて深い眠りについた。

 翌朝。藤木はいつものコースをランニングした。可能性を信じているわけではないが、何だか
もやもやした気持ちを振りきりたかった。途中立ち寄ったコンビニに置いてあるスポーツ新聞の
見出しが眼に入る。『東京ギャングスターズ高倉監督誕生か!?』とのこと。思わず手にとった
のは大日本スポーツ。真偽不明な飛ばし記事で有名なスポーツ新聞だ。高倉茂道と言えば
藤木がプロ入りした時の監督であり、チームを5年連続の日本一に導いた球界を代表する
名将だ。東京エンペラーズ監督を勇退後は野球解説者をしながら全国で野球教室などを開い
ている。

 エンペラーズとギャングスターズ。同じく東京都をフランチャイズとするプロ野球チームだが
実績、資金力、観客動員数等々、あらゆる面で天と地ほどの差がある。通算40回の優勝回数を
誇り"球界の盟主"の名をほしいままにする東京エンペラーズ。それに対し、球団創設から50年
を数えながら親会社が何度も変わり、現在はインターネット関連企業が保有する東京ギャングス
ターズ。結果が出ないとすぐに監督を変え、チームを強化するビジョンと言う物がまるでない。
昨年も桜が散るのが早いかと言う時期に最下位を独走し、まず小野田監督を解任。続いて代行
監督に大友ヘッドコーチが昇格。ゴールデンウィークを挟んだ12連敗と供にチームを去った。

 その後、志垣2軍監督を代行の代行に据えたがチーム浮上のきっかけすら掴めず。結局5年
連続の最下位と10年連続のBクラスに沈んだ。もちろん人気も低迷。本拠地・神宮外苑スタジアム
は東京のど真ん中にあるという立地条件こそ最高なのだが、やはりチームに魅力が無いと客足は
年々遠のいていく。西原幸人や結城智樹といった人気選手はいるものの、見合った数字は残せて
おらず、仕方なく起用している現状である。

 普通に考えれば、こんな球団の監督要請など誰も受けようはずが無い。しかしシーズンが終了
してから一ヶ月も経って来期の監督が決まらず難航するとは球団関係者も予想外だっただろう。
ついにはチーム最年長の大谷清広をプレイングマネージャーとする案まで出たとか。大谷と言え
ば、名古屋デンジャラス時代に2番打者としてリーグ優勝に貢献した経験を買われ7年前に今の
チームに来た内野手だ。現在41歳で、選手としての力は衰えたものの、若手からの信頼は非常
に厚い。2年前から守備走塁コーチを兼任しているが、5年連続最下位のチームで未経験の監督
をやらせるのは流石に酷だ。

 球団OBでバラエティタレントとしても活躍する橋詰雄三氏の名も挙がったが、やはり采配の
能力等が疑問視され却下の運びとなった。たしかにテレビで見せる明るいキャラクターでベンチ
を盛り上げる事はできるかも知れないが、それだけで勝てるほどプロ野球の世界は甘くない。

 そんな折、もはやヤケクソとも思える名将への監督要請。これがいともアッサリと承諾される
のだから世の中わからないものだ。
162名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 20:59:41 ID:q9bIuo6N
 11月21日。高倉茂道氏の東京ギャングスターズ監督就任会見が都内の球団事務所
で行われた。流石に注目度の高い監督就任とあって例年以上の報道陣が集った。
「要請を受け入れた理由は?」という質問に対して「この年齢(65歳)で監督としてユニ
フォームを着る最後のチャンスかも知れない。野球人として、やはりユニフォームを着て
いたい。あと、球場が家から近いので」と答えた新監督だが、果たして10年連続Bクラスの
チームを立て直す事ができるのか。オーナーの内堀幸伸氏((株)ベンチャークリエイトCEO)も
「高倉監督には最大限のバックアップ体制をしていくつもりだ」と述べた。

 監督が決まれば続いてコーチを選ばねばならない。ところがここで一つ問題が生じた。
エンペラーズ時代、二人三脚で最強軍団を作り上げてきた藤森昌司ヘッドコーチ(当時)
は現在同球団の監督である。そこで高倉監督が指名したのは現在ギャングスターズで
スコアラーの職に就いていた牧尾忠勝であった。現役時代はエンペラーズに強肩の
キャッチャーとして期待され入団したものの、藤森捕手(当時)の控えに甘んじていた。
しかし、不貞腐れる事無くベンチで常に相手の選手を観察したり勉強を欠かさなかった。
一方でそのデータをチーム内で公開するなど他人を押しのけてまでという野心が無かった
のも事実だ。その後、持ち前の人当たりのよさで球界内外の仕事をこなした。ブルペン捕手や
2軍バッテリーコーチ、さらにスカウトやスコアラーなど。その豊富な経験を買っての登用と
いうわけだ。高倉監督は「まさか同じ球団にいるとは思わなかった。これも何かの縁だ」と語る。

 就任会見の後、高倉へ真っ先に連絡をしたのは藤木だった。この時、藤木は自分の力の
限界を感じていた。2人はそのあと高倉が行きつけの居酒屋へ。まず話を切り出したのは
藤木だった。
「監督就任おめでとうございます。俺も何か力になりますよ。打撃投手でもなんでもやります
から」と言った。それを聞いた高倉は「うーん」と困ったような表情を浮かべる。「打撃投手は
これ以上必要ないのだが」と言われ、がっくりと肩を落とす藤木。高倉はさらに「このチーム
に足りないのは現役の投手。それも左。そうだな、経験豊富で俺を良く知るヤツがいれば
言う事無いのだが……」と続けた。かつての恩師から力を貸してくれと言われた藤木はただ
頷くだけだった。

 11月25日。藤木の東京ギャングスターズ入団会見。背番号は「ゼロからの出発」という
意味を込めて0番に決定した。しかし、この会見がニュースとして大きく注目されることは
無かった。
163名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:00:10 ID:9r5XyfH3
 藤木の入団に対してギャングスターズの選手達の反応はまちまちであった。歓迎する者、しない
者……特に不快感を表したのはエースの松村豊彦だ。松村は7年連続で開幕投手を務めており、
本来なら今年も開幕のマウンド、さらにローテーションの中心は自分だと確信していた。松村は
今シーズンでFA権を取得する予定であり、もしかすると今年限りでチームを去るかも知れない
と噂されている。ちなみに昨年の成績はチーム唯一の二桁勝利で13勝(14敗)。負け越しながら
防御率はリーグ1位の1.98であった。平均2点以内に抑えていて勝てない……そんなチームに
未練など、無いのかもしれない。新しい監督も過去の実績は凄いのかもしれないが、それもあの
東京エンペラーズだったからそれだけの数字が残せただけだ、と松村は内心思っている。さらに
前の球団で一緒にやってたとの理由で"終わった投手"を連れてくるのが気に入らない。かと言って
球団に楯突くほど愚かでは無い。自分は自分の仕事をやって数字(登板数および防御率)を残す。
それがプロだと思って今日までやってきた。「監督が変わっても自分は与えられた仕事をやるだけ
です」記者に対し松村はいつもこう答えてきた。

 年が明けて1月5日。藤木が自主トレを開始した。沖縄は年中暖かいのでトレーニングには最適
だ。例年この場所で始動する藤木も、一度は引退も覚悟した今年は感慨深げだ。エンペラーズの
若手を数名引き連れて行う自主トレは若手の間では"藤木塾"と呼ばれていた。藤木にとっても生き
の良い若手の動きはやはり刺激になるものだ。ユニフォームが変わる今年もまたエンペラーズの
若手を連れて自主トレを開始した。

 石田一道は高校時代"藤木2世"と呼ばれた左腕投手。ドラフト1位で桐竜学院高校(群馬)から
入団し将来を嘱望されたものの、いまいち伸び悩んでいる。同じく参加した川島翔太は昨シーズン
二軍で本塁打・打点の二冠王に輝いた若手のスラッガー。しかし一軍の壁は厚く、なかなか頭角を
現せずにいる。それというのもエンペラーズには一塁にはペドリックという強打者がいて川島は
ポジションが被る為にスタメンの機会が無い。昨年は結局監督の方針いより二軍で不動の4番として
出続けていた。今季は一軍ベンチ入りし数少ない代打で結果を出していかなければいけない。もち
ろんレギュラー獲得を諦めるつもりはない。出番が増えるように外野手用のグラブを新調した。

 藤木が若手を連れて自主トレをするのには理由が二つある。球界の将来を担う人材に自分の知識や
経験を教える為というのが一つ。そしてもう一つは若い選手と一緒に汗を流す事で自分の若い頃を
思い出す為である。
164名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:00:41 ID:xTAs4q+l
 2月1日。プロ野球全球団が一斉にキャンプインした。選手にとってはこの日が正月のような
ものである。今年からユニフォームの変わる藤木もまた決意を新たに始動した。
 名将高倉監督を迎え入れ、最下位からの浮上を狙う東京ギャングスターズは沖縄・石垣島で
キャンプインした。

 カツーン。カツーン。と快音が響くグラウンド。バッティングケージに入っているのは背番号44、
新外国人チャーリー・エドモンズ。年俸5億3千万円と大金を積んで獲得した右の大砲だ。大リーグ
で通算315本塁打、1436安打と実績は歴代の外国人選手の中でも指折りだ。早くも他球団の
スコアラーが眼を光らせた。しかし、初日はわずか10分ほどでフリーバッティングを切り上げた。
 続いてケージに入ったのは河田一樹。チームの生え抜きで貴重な左の長距離砲である。寡黙な性格
で誤解されやすいが、チームへの愛着は人一倍だと自負している。初日ということもあり、大きな
打球こそ上がらなかったが、鋭い打球を右方向へと打ち込んだ。ところが、河田もまた10分くらい
で練習を終えて室内練習場へと向かっていった。
 今年は新任の高倉監督が戦力を見極める為に例年より一軍キャンプの参加人数が多い。そのために
一人当たりの練習時間が限られている。しかし、これが高倉監督の狙いだった。ただただ長いだけの
練習よりも短い時間に集中する事で効率が上がるという発想である。

 一方ブルペンでは投手陣が初日から力強い投球をキャッチャーミットに投げ込む。昨シーズンは、
二桁勝利を挙げた投手がエースの松村(13勝)のみで、その松村も来シーズンにはいなくなる可能性
が高いと言われている。松村に次ぐ若手の台頭が望まれるところだ。
 だが、投手陣の中で一番活気があったのは39歳の"ルーキー"藤木だ。リハビリを終えようやく実戦
登板というところでの解雇。一度は現役を諦めかけたが、かつての恩師に拾われる形で今この場所に
居る。新人としてエンペラーズのキャンプに参加した18歳の頃を思い出す。あの頃は注目のルーキー
として常にフラッシュの中にあった。その頃と比べればこのキャンプは周囲が静かすぎるが、「むしろ
集中できていい」と藤木はポジティブに捉える。
 もちろん生え抜きの若手達もこの39歳のベテランの姿を黙って見ているわけではない。同じ左の
西村光洋は4年目の21歳。サウスポーということで期待され昨シーズンもチャンスを多く与えられ
た。だが、ピンチのたびにリリーフとして出て行ってはランナーを帰してベンチに戻ってくる繰り返し
で年間通して一軍には定着できなかった。「ブルペンでは織田(ギャングスターズの抑え投手)以上、
マウンドではリトルリーグ」とは岩口投手コーチの評。何かを変えないと生き残れない。そんな危機感
を持ってのキャンプインである。
165名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:01:17 ID:/YlWG6YF

 キャンプも第二クールに入り、今年は例年よりも早く紅白戦が始まった。オーダーは以下の通り。

先攻・赤組      後攻・白組
1(中)8山下大裕   1(左)31相原駿一
2(二)1大谷清広   2(二)61榊一幸
3(遊)23結城智樹   3(右)25城野哲哉
4(三)3YUKITO   4(一)44エドモンズ
5(左)5河田一樹   5(指)50沼田仁
6(指)42バルデス   6(三)33安田孝太郎
7(一)9田本健太   7(遊)10高木暁
8(捕)22柳沢健治   8(捕)27谷田部尚義
9(右)32上川隆広   9(中)67神岡一良
 (投)21楠木亮平    (投)0藤木真介

 そのオーダーは、昨年のレギュラーと控え+新加入選手にきっちりと分かれている。高倉監督と
牧尾ヘッドコーチは白(控え+新加入)組のベンチに座った。白組の先発はキャンプ初日からブルペン
で熱のこもった投球練習を披露した藤木だ。一方の赤組の先発は昨シーズン中盤から先発ローテ入り
し、6勝(5敗)を挙げた若手有望株の楠木亮平だ。
 一回表。赤(レギュラー)組は一番の山下大裕から。「藤木さんか。実績はスゲェのかも知れない
けど、正直ロートルっしょ」と山下が軽口を叩いて左の打席へ向かう。ところが藤木のインハイへの
直球を目の当たりにした山下は驚いた。「これが39歳の球かよ……」完全に腰の引けた山下はアウト
コースへのスライダーを引っ掛けてショートゴロに倒れた。

 二番はベテランの大谷清広だ。優勝請負人と期待されて名古屋デンジャラスから移籍してきたものの、
ここまでは結果を残せず悔しいシーズンが続いている。年齢的にも残された時間はそうない。チームの
将来を考えるといつまでも自分がスタメンを張っていて良いのだろうかという思いもある。二年前の
オフに守備走塁コーチ就任を打診されたときも現役にこだわりコーチ兼任という形で落ち着いた。表向き
には「二塁のレギュラーとして固定できる若手がまだ育っていないから」というのが理由だが、大谷自身
の考えは違った。あくまで現役としてユニフォームを着てチームを優勝させたい。という一心であった。
 大谷は三振に倒れ、三番の結城智樹が打席へ。高校時代は3年春の選抜大会で4番として、エースとして
八面六臂の活躍。自らのサヨナラホームランで優勝という離れ業をやってのけた。その年のドラフト会議
では5球団が一位に指名。それをよりによって弱小球団ギャングスターズが引き当ててしまったのだ。
「東京のチーム(おそらくエンペラーズのつもり)が希望」と言った手前、拒否できずそのまま入団。投手
としては通用しなかったが、4年目に内野手に転向。そして現在に至る。しかし、かつて甲子園で見せた
輝きは鳴りを潜めている。
「こいつ(結城)の穴は……このコースだ」普段は控えのベテラン捕手、谷田部尚義が結城が苦手とする
インコース低めにミットを構える。紅白戦でそこまでするかというほど徹底してウィークポイントを攻め
るバッテリー。結果、結城は窮屈なバッティングでピッチャーゴロに倒れた。
 復活を期す藤木はレギュラー組をまずは三者凡退に仕留め上々の立ち上がりを見せた。
166名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:01:51 ID:qF5b18a2
 白組一番の相原に対し耳打ちをする高倉監督。何か策でも授けたのだろうか。ともかく打席には3年目の
相原。足の速さを買われプロ入りし、昨年途中に一軍に上がって主に代走で起用されていた選手だ。打席に
立つ機会はあまりなく、マウンドの楠木もリードする柳沢も塁に出せば厄介だとは思ったが、そのバット
には警戒の必要なしと高をくくっていた。相原は楠木の直球に必死に食らいつくが打球は前に飛ばない。
完全に力負けだ。それでもバットを短く持ち、とにかくカットし続けた。元々荒れ球に定評のある楠木だが
8球目が外れたところでカウントは2‐3に。キャッチャーの柳沢は「歩かせるくらいなら打たせろ」と
ばかりにストレートを要求する。相原はそれでもバットを短く持って楠木の投じた直球をカットする。結局、
11球目が大きく外れてフォアボールになった。一塁に向かう相原を見てベンチの高倉監督はニヤリと笑み
を浮かべた。「ボール球の多い楠木に対しストライクゾーンに来た球はカットして四球を狙え」という指示
だったのだ。

 俊足の相原を歩かせてしまった楠木は、次打者の榊一幸よりもランナーが気になってしょうがない様子だ。
こういう場面でさらに揺さぶるのが高倉監督のやり方だ。打席に向かう榊を呼びつけて、またも耳打ちを
した。その様子を見た柳沢は警戒を強める。
「この場面、相原の足を生かすなら盗塁かあるいはヒットエンドランか……」柳沢は考えた。榊が左の打席
に入る。セカンドを守る榊は大谷の後継者一番手として期待されている。大谷より若い分守備範囲や肩の
強さは上であるが、バントなどの細かいプレーを苦手とする為にレギュラーに定着できないでいる。
 ランナーを背負った場面で楠木と柳沢のバッテリーが選択するのは九割以上がストレート。これは昨年
までスコアラーをしていた牧尾コーチの持つデータによるものだ。さらに一塁には俊足の相原がいる。と
なればここでの打者への支持は当然「初球のストレートを狙え」だ。思い切り振りぬいた打球は右中間へ
クリーンヒット。ライトの上川がカバーに入る間に相原は一気に三塁まで到達し、チャンスを拡げる。
 三番の城野哲哉が右打席に入る。城野は今年6年目となる若手外野手だが、昨シーズンは86試合の出場
にとどまった。無死一、三塁。犠牲フライでも先制点が入る局面だ。しかし、気負ったのか城野は3球目を
打ち上げてファーストへのファールフライに終わった。

 そしていよいよ注目の打者が登場。球団史上最高の期待を持って迎えられた超大物助っ人エドモンズだ。
「見せてもらおうかな。大リーガーの打球を」と、ベンチの高倉は様子見の構えだ。楠木の初球は外角への
カーブだった。エドモンズはこれを全力でフルスイング。スタンドから大きなどよめきが起こった。打たれ
ることを恐れ初球から変化球を投じた事に少し不満気味な表情を見せるエドモンズ。だが、すぐにタイミング
を調節し、三球目の外に逃げるスライダーを踏み込んでとらえる。打球はレフト方向へ。レフトの河田は
打球の方向に一瞬だけ目を移したが、すぐに見送った。エドモンズにとってここ石垣島の野球場はあまりに
も小さすぎたようだ。
167名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:02:21 ID:d0N0t8I5
 レギュラー組の4番は西原幸人(登録名YUKITO)。昨年のオールスターゲームにも出場した人気選手
だ。昨シーズンの成績は.266 24本塁打 77打点と、レギュラーとしてはまずまずと言えるが4番と
しては物足りない数字だ。外国人打者の不振で空いた4番を任されるなど打順が固定できなかったという
チーム事情もあるが、やはり4番は荷が重いと言わざるを得ない。本来は6番か7番でのびのびと打たせた
ほうが良い選手だ。ちなみにギターが趣味でオフの間には学生時代に同じ野球部だったメンバーとバンドを
組んでライブを開催したりしている。
 西原に対しても実戦さながらの厳しい内角攻めを徹底する藤木。左腕から右打者の胸元にグッと食い込む
ストレート。打席の西原はこれに対してファールにするのが精一杯といった様子だ。結局、2ストライクと
追い込んでから最後はフォークで空振り三振に抑えた。

 続く5番打者は左の河田だ。昨シーズンの33本塁打 81打点は供にチームでは一番の成績だった。元々
は投手として入団しながら肩の故障で断念し野手に転向した苦労人である。この河田にはホームランを避ける
投球をする藤木。低めのカーブでサードゴロに打ち取る。
 藤木は6番のバルデスも打ち取り、この回もレギュラー組を三人で抑えた。

 白(控え+新加入)組の三点リードでむかえた二回裏は七番の高木暁から。高木はバッテリー以外どこでも
守れるいわゆるユーティリティプレイヤーである。普段はベンチをあたためている事が多く、打率はわずか
一割台。この打席も三振に倒れた。
 八番の谷田部尚義はベテランの控えキャッチャー。若い頃は強打を売りに広島レッドウォリアーズの
ホームベースを守っていたが、最近はあまり打席に立つ事は少ない。果敢に打って出たもののライトフライ
だった。
 二死無走者で左打席に立つのは高卒新人の神岡一良。埼玉県立鷺ノ淵高校からドラフト7位で入団した。
高校では投手兼外野手だったが、プロではシュアな打撃と身体能力を生かすため外野手一本で勝負する。
ちなみに、高校時代の成績は埼玉県予選の決勝まで進んだものの、甲子園で準決勝まで勝ち上がった浦江学園
に優勝を阻まれた。その浦江学園のエース・浜崎は同じリーグのさいたまレイダースに1位指名され入団した。
「プロの舞台で今度こそ浜崎を打ち崩してやる」神岡はそんな強い気持ちを持っていた。
 神岡は2球目のストレートをセンター前に弾き返す。そして、打順は早くも一回りして一番の相原に再び
回ってきた。
 相原は前の打席と同様にバットを短く持ち、楠木の投じる球をカットする。しかし、この打席は球数こそ
10球投げさせたもののファールフライに終わった。
168名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:02:51 ID:sPahZkhy
「空を見上げる君がいるから」(仮)


(落ちるっていうよりも、むしろ浮いているみたいだ――)

 現在の高度は二千メートル、ほとんど自由落下している状態で、速度は時速約二百キロメートルに達していた。ヒロは、それまで持っていたイメージとは違った感覚に驚き、感動していた。
 人生初のスカイダイビング。機内では緊張と、経験豊かな父が側に付くとはいえ、「もしも」の恐怖が強かったのに、いざ空へ飛び出せば素晴らしく気持ちが良い。

 良く晴れた今日の地上の気温は三十度。しかしこちらはそれよりも幾分低く、少し肌寒いほど。
 徐々に緊張も解けて、背後にくっついている父の了解を得て、ゆっくりと手足を動かしてみた。体を少し傾けてみればそちらへ流れ、首を回すとその方向へ旋回する。一緒に飛んだはずのカズを探して左右を見回したが、その姿は見つからない。
 ヒロの顔が一瞬翳った。それに気がついて苦労しながら上を見上げると、ほんの少し上空に、太陽を背に受けて真っ黒い影になっているカズの姿があった。
 上にいるカズが、ヒロの視線に気がついたのか、両手足をバタバタと振ってみせる。そして次の瞬間にはバランスを崩して彼方へと流されていった。
 それを見てヒロは一人大笑いした。そして、姿勢制御がおろそかになり、ヒロもカズのように流されてしまった。

 ――10年前の、遠く懐かしく、でも鮮やかで、決して消えることの無い思い出だった。


 理由なんてなしに始めたスカイダイビングは、いつの間にかヒロの一部となっていた。
 ヒロが住んでいるのは、加賀美ノ市という、それほど大きくもなく、特に目立った産業もない街だ。しかし、たまたまスカイダイビングが盛んな場所で、たまたま親がやっていて、たまたま毎日見上げた空には、降りてくるパラシュートが浮いていた。
 ヒロは、親に誘われるまま親友だったカズと二人でスカイダイビングに挑戦し、たった一度で魅了され、今では競技者として毎日のように空に飛び出している。

 意味の無いことと言われればそれまでだが、あの空を舞う感覚は、味わってしまえば二度と忘れられないだろう。
 何にも縛られず、ただ風を受け、風の音を聞き、風の上を滑る。それは何ものにも変えがたい一時の自由を与えてくれる。ただそれを求めて飛び続けた。

「ヒロ! もう飛行機出るよーーー!!」

 滑走路の脇に座り込んで思い出に浸っていたヒロは、呼ばれた声に振り向き、声の主を確認して立ち上がった。
 今年で二十歳を迎えたその顔はよく日に焼け、まだどこかあどけない少年らしさを残している。呼んだ声の主は、ヒロと同じく二十歳を迎えたノリ。
 ノリは、カズと二人で通い始めたスカイダイビング教室に、同時期に入った女の子だった。人と打ち解けるのが得意なカズのお陰で、同い年の三人はすぐに仲良くなり、それからはいつでも一緒だった。

 ヒロは他のジャンパーと共に飛行機に乗り込む。飛行機は高度を上げ、やがてポイントへ到達する。
 ヒロたちが挑戦している競技はフォーメーションを作る種目で、時間内に幾つの隊形を、いかに早く、いかに精確に作るかを競う。
 ヒロ、カズ、ノリの三人の息はピッタリで、それにベテランのジャンパーが一人と、撮影を担当するジャンパーが加わった「チームカガミノ」は、各大会で好成績を収めていた。
 しかし、今皆が乗り込んだ機内に、カズの姿は無かった。

 カズは二年前に、血液の病で帰らぬ人となっていたのだった――。
169名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:03:21 ID:W/GWZMiX
「なんで僕はこんな所で寝ているんだろう……」

 病室のベッドの上で、窓の向こうに広がる夕空を見つめながら、そう悔しそうに呟いたカズの体は、思わず目を背けたくなるほど弱り、また精神的にも衰弱していた。
 世界規模の大きな大会を前に、見舞いに来たヒロとノリは、以前よりも病状の悪化が明らかなカズの様子を見て、動揺するとともに、残された時間が僅かしかないことを感じとる。

「大丈夫よカズ、すぐにまた飛べるようになるわ」
「そうだよ、弱気になってたら治るのも遅くなるじゃないか」

 二人は努めて明るく振舞い、なんとか元気付けようとした。ぎこちない笑顔なのが自分でもわかる。

「そうだね、ありがと。大会、頑張ってね」

 カズはそんな二人に応えて、弱々しくではあるが笑ってみせる。

「必ずメダルを持ってくるからね、一番良い色のやつ」と、ノリ。
「だからお前も頑張れよ、そして今度は三人で表彰台に上がろう」ヒロはカズの手を取り、力強く握り合った。


 しかしそれから数日後。大会前日でホテルに滞在していたヒロたちのもとへ、カズの訃報が本人の書いた手紙と共に届いた。
 泣き崩れるノリと他のメンバー達。ヒロは手紙を握り締め、ただ震えた。悲しくて、悔しくて、ぶつけようのない憤りが涙になって溢れた。

「もう一度、三人で飛べなかったのは残念だけど
でも、これからは、いつだって空で待ってる」

 手紙にはそれだけが、力無くたどたどしい筆跡で綴られていた。
 大会当日、チームは見るも無残に惨敗し、カズとの約束は果たされなかった。


 繰り返す。何度も、練習を繰り返して、ひたすらチームの完成度を高めてきた。
 あの時果たせなかった約束を今度こそ果たす。その思いが、あの日から二年越しの大会の今日。今から演技に挑むヒロを燃やしていた。同様にノリも、他のメンバーも気合が入っている。

 ヒロは静まっている機内で、押し黙ったまま、飛ぶときには常に持っているカズの手紙を広げる。

「いよいよだね」

 隣にいたノリも、そこに書かれたカズの想いをじっと見つめる。
 ポイント到着の合図があり、チームはジャンプのスタンバイに入った。入念に再点検をして、皆が声を掛け合い、互いを励ましあう。
170名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:03:58 ID:aXMdl7GK
 結局のところ、プロレスとは何ぞやという問いに答えられる人は多くない。
いや、正確に言えば、皆を納得させられる答えが出せる人は多くない、と
言うべきか。
 スポーツであると考える人間もいれば、スポーツとは違うエンターテインメント
であると考える人間もいる。演劇の一形態だという人間もいれば、タフマン
コンテストでしかないという人間もいる。シリアスな魂のぶつかり合いだと
言う人間もいれば、茶番劇だと一笑に付す人間もいる。
 要するに、人の数だけプロレスについての見解はわかれる。それに
全て適合する答えを出せる人間など、多くいないどころではなく、存在
しないと言っても差し支えないだろう。
 だが、そんな机上の論理とは別に、今日もプロレスラー達はリングの上で
闘っている。そう、闘っているのだ。プロレスがどのように定義されるもの
であろうと、そのリングの上でレスラー達が闘っているという事、これだけは
変わらぬ事実であった。
 そして、その闘いの相手は、対戦相手とは限らない。
「ぁぁあっ!」
 咆哮と共に、腰の入ったチョップが相手の胸板を襲う。乾いた破裂音に、
客席からはどよめきが起こる。だが、プロレスにおいてチョップは何かの
決め手になる技ではない。痛め技と呼ばれる、序盤において繰り出す、
ヒットしやすいがダメージも少ない技だ。相手は当然態勢をさして崩す
わけでもなく、逆にチョップを繰り出してくる。
 チョップが交錯し、いわゆるラリーと呼ばれる状態になり、乾いた音が
連続して会場に響き渡り、その度に客はどよめく。
 やがて、ラリーは唐突に打ち切られ、最初にチョップを放った方が、相手の
腕をロックし、ロープに振る。ロープの反動を利用して加速するという、
プロレスでなければ見られないムーブは、最初にチョップを放った方が
ショルダータックルを喰らって倒される事で一旦止まる。リングマットに
倒れる音が、チョップの音と同じく会場に響き渡る。
 関節の取り合い、ブレーンバスターのかけあい、そしてバックの取り合い
――お互いに、相手に有利なポジションを意識し、相手に少しでもダメージを
与えられる技を放とうと苦心している。
 やがて、二人の身体に珠のような汗が吹き出し、呼吸も徐々に荒くなって
きはじめた頃、勝負は決した。
「ああぁあぁああっ!!!」
 バックを取ったのは、最初に攻めていた方だったが、それを切り返して
バックを取り返した方が、雄たけびをあげながら相手を持ち上げ、腰を
反らして投げつける。ジャーマンスープレックス。レスリングの反り投げを
より見栄えよく、破壊力が出るように改良した、プロレスにおける代表的
フィニッシュホールド――必殺技。
 1、2、3。レフェリーの腕がマットを三回叩く。3カウントだ。
 客席からは、僅かながらとは言え、どよめきと拍手が沸きあがる。
 勝者の顔に浮かぶのは、喜びだ。対戦相手との闘いに勝利した事、
そして何よりも、観衆との闘いにも大きなものではないにせよ結果を
残せた事が、その喜びをもたらしているのだろう。
 逆に、敗者の顔には悔しさが浮かんでいる。彼ら二人はキャリアも
同じで、互いに若手の中ではライバル視している関係であったのだから、
悔しがるのも当然の話だ。
 その表情に、嘘は無い。その闘いには嘘があると、そういう人間もいるだろう。
実際に、詳しくなればなる程、そういったしがらみは目の前にどんどん
現れてくる。
 だが、彼らの表情には――彼らの喜びと悔いには、何も嘘は無い。
 プロレスとはなんぞや。
 この質問に答えられる人は多くは無い。この質問に、誰もが納得できる
答えを出せる人間は多くはない。
 この答えに、皆が納得してくれるかどうかは私にはわからない。だが――
 プロレスとはなんぞや……そう問われた時、私はこう答える事にしている。
 プロレスとは、嘘の無いフィクションである、と。
171名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:04:42 ID:sQS/VrxV
「矢田さん‥‥‥大丈夫なんですか?」
「当然だ。お前は安心して座ってな。リードは任せる。嫌なら首振る」

 矢田弘明はキャッチャーの宗田にそういって、マウンドから野手を追っ払う仕草を見せた。
 シーズン後半。しかも優勝がかかった試合にリリーフで登板した彼。これが約一年ぶりの実戦マウンドだった。
 去年メスを入れた肘は大分良くはなっていたが、彼の投球フォームに与えた影響は大きかった。結果として、ここへ戻るまでの調整に一年もかかる事になったのだ。

「解りました‥‥矢田さんの技術と経験信じますよ。でも‥‥フォークのサインは出しませんよ?」
「ああ。そのほうが肘に優しいな」

 本来の矢田の投球は、150km/hに迫る速球とフォークを武器に三振の山を築くタイプの投手だ。その代償として、肘にメスを入れる事になった。
 今の矢田にフォークは無理だ。もしまた肘に何かあったら、34歳になる矢田にとってはプロとしての終わりを告げるサインになるかもしれないのだ。
 今は真っすぐとスライダー、フォークの代用として練習した子供だましのチェンジアップしかない。
 しかし、現在のプロのレベルではたとえ150km/hであろうと飛び抜けて速い訳ではない。スライダー全盛の現在では矢田のスライダーも並のレベルだ。
 あくまで矢田は、真っすぐとフォークのコンビネーションで勝ち上がって来た。その重要な武器の一つが無い今、矢田は「並の投手」に過ぎない。

「とりあえず九番と1番はなんとかなりそうですけど、二番が面倒ですよね‥‥」
「そーだな‥‥」
「そこを抑えればあとは本職のリリーフ連中の仕事です。なんとか切り抜けましょう」
「そうしよう」

 相手打線の二番、堀田茂人。決して目立つ選手ではない。長打もないし、どんな球もヒットにする訳でもない。得意のバントもランナーの居ないこの場面では脅威とならない。
 しかし今の矢田にとっては最悪の相手だった。
172名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:05:12 ID:2Srg5OIO
堀田の最大の武器は、そのカット能力。
 ひたすらカットをして、相手投手の消耗を待つ。長く投げさせる事で、チームメイトに少しでも相手投手の情報を流す。
 それは堀田がプロの世界で生き抜くために培った武器だった。もちろん、甘い球を痛打する打撃力も備えている。
 彼もまた、このプロという世界で必死にもがいているのだ。

「さて、仕事だ。ホラ、行った行った!」

 矢田は宗田を座らせた。そして、一年ぶりの戦闘を開始する。
 最初の相手は九番に入った代打の新人。矢田はいつものように振りかぶり、復活の一球を投げた。ボールはブーンと音を立てミットに収まり、同時に爆音と共にバットが空を切る音がする。
 そして審判のストライクコールと共に歓声とどよめきが沸き起こった。

 その球速はーー153km/h。

 見ていたファンも、チームメイトも、そしてボールを受けた宗田でさえ驚いた。
「矢田はまだ、これほどの球を投げられるのか」とーーーー

 代打に送られたルーキーはあえなく三振する。変化球は必要無かった。ただ、その速球を見せ付ければよかったのだ。

「凄い‥‥!やっぱり矢田さんは凄い!」
 宗田はそう思わずにはいられなかった。続く1番打者は、速球とチェンジアップで簡単に打ち取れた。矢田の速球に恐れをなし、子供だましのチェンジアップに対応出来なかったのだ。
 そしてついに、堀田がバッターボックスへ立つ。その目は既に何かを確信しているようだった。

「矢田さん‥‥‥球速くなってるね。リリーフだから力加減考えなくていいもんね」
「ええ。でももともとこんなモンですよ」
「そうだっけかぁ?ははは」

 堀田は不敵な笑みを浮かべる。宗田は察知した。矢田にフォークが無い事がバレていると。 フォークが無いからこそ、力で捩伏せるべく矢田は速球に力を込めていた。
 堀田の能力であれば、たとえ150km/hを超える真っすぐでも、それだけでは簡単には打ち取れない。
173名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:05:44 ID:cLaKrCp6

 堀田はバッターボックスの後ろに立つ。そしてバットを長く持った。
ーーー打つ気だ。

 宗田は高めの釣り球を要求する。唸る剛速球は真ん中高めへ飛び込み、ストライクを取る。
 歓声が沸く。しかし宗田の心境はその歓声とは逆だった。
 堀田は踏み込んで来ない。初球を見送る事は解っていたが、その脚の運びはフォークを意識していない。やはり、堀田はフォークが来ない事を確信している。
 スライダーやチェンジアップならば簡単にカットされるだろう。何より、バッターボックスの後ろに立ちグリップエンドまで指をかけた堀田の姿勢から感じられるのは、ストレート一本に狙いを絞っているという事だ。

(まずいなぁ宗田‥‥さて、どうするよ?)
(じゃあ、スライダーを外のボールで)
(はいよ‥‥っと!!)

 スライダーは外へ外れる。それでも堀田は微動だにしない。
 狙いはハッキリした。堀田はただ塁に出る事など考えていない。
 かつてのエースである矢田を、そして復活したその剛速球を打ち砕く事を望んでいるのだ。 それはチームの士気に多大な影響を与えるかも知れない。もしかすると、ペナントの順位を入れ換えるほどに。
 これがプロの世界だった。生き馬の目を抜く、厳然たる結果の世界。そこで生き抜くために、男達は凌ぎを削りあう。

 宗田はストレートのサインを出す。それしかないのだ。四球でもいい。今はまだ堀田とぶつかるべきでは無い。そう考えていた。
 しかし、矢田は首を振る。スライダーにもだ。

(まさか‥‥矢田さん!)
(奴さん、ガラにもなく打つ気マンマンじゃねぇか。全力でな。ならそれに応えるのもプロだ)
(でも‥‥)
(心配すんな。一球くらい平気さ。もしダメでもそれは俺がその程度だったって事さ)

 矢田の覚悟はすぐに堀田にも伝わる。すぐにバットを短く持ち、スタンスを狭めた。あらゆるボールに対応すべく。
 矢田はボールを指で挟み、大きく振りかぶる。

「行くぜ堀田。これが俺の‥‥栄光への一撃だ」
174名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:06:16 ID:q9+2o0kM

「矢田さ〜ん。まだやるんすかぁ〜」
「やりたくないさ。でも止まんない。」
「あ〜もう。コーチに叱られても知りませんよ〜」

 矢田はブルペンに居た。
 宗田相手に、フォークに変わる武器の開発に精力を注いでいたのだ。

「‥‥なぁ。俺のカーブってどう?」
「カーブぅ?あんなのションベン臭くて捕る気もしないっす」
「ひでぇ」
「自分でも解ってたから投げてなかったんでしょ。チェンジアップ磨いたらどうです?」
「あーダメダメ。性に合わないアレ。スライダーでいいや」
「全然球質違うじゃないですか‥‥‥。じゃあどうするんです?」
「うーん‥‥。アレ‥‥‥試してみようかな?」
「アレ?」
「まぁいいから座ってな」

 宗田はそう言われ渋々座り、ミットを構えた。矢田は不器用な男だ。持ち球は多くない。思いつきで投げられる投手では無いのだ。

「何投げるんですか?」
「大昔に流行った球さ」

 矢田は振りかぶり、ゆっくりと重心をホームベースへ移動させる。
 足が地面へ付き、腰が、胸が投球方向へと斬り返す。
 その胸の張りや腕の振りは、宗田にはストレートと同じに見えた。
 実際に投じられたボールもストレートとほぼ同じ起動だ。だが‥‥

「うわっと!」
「お?うまく行ったか?」

 矢田が投じたストレートのはずのボールは、ミット手前で鋭く下へ変化した。
 フォークのようなキレと変化量こそないが、真っ直ぐの球速で変化するボールに宗田は対応しそこねた。

「矢田さん!今のは!?」
「ああ、スピットボール」
「はぁあ!!?違反投球じゃないですか!!」
「ワセリン使えばな」
「!!?」
「なんだその顔?いいか要するにだ。もしストレートと全く同じ投球で、意図的に回転を殺せたら?もちろん指にゃ何も付けない。チェンジアップみたいに球速まで殺さずに、回転だけころすんだ」
175名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:06:45 ID:fOQCbmzn

「あの、毛は生えてるですか?」
「はい?」
「いえ、なんでも無いです」
「え?」
 いったい何のことだろうと思った高島だったがすぐに気持ちを切り替えて、ピッチャー
の投球に集中した。
 丸山は低めにミットを構えた。カーブのサインを送ると、末永はこくりと頷いた。
 末永の投じた球は、空中に弧をえがいてキャッチャー丸山のミットに吸い込まれた。
 高島はそのカーブを微動だにせず見送った。審判の右手が上がる。まずはストライク。
(見極めたですか。それならば……)

 末永さんの球種は基本的にストレートとカーブだけです。この二つを高低、内外と投げ
分けさせないといけないです。とは言え、投げたら後はボールに聞いてくれという大雑把
なコントロールですので、これは結構キャッチャー泣かせです。
 さくらさんや英子さんはその点、投球術に幅がありますからリードしがいのある投手
なのですけどね。
 ですが、末永さんはストレートに力のある投手ですのでそれを軸に組み立てることが
できるのは強みです。ま、たまに棒球(ぼうだま)になることがあるのですけど……。

(……つぎ、高めのボールになるストレートです)
(オッケー。揺さぶろうってことか……慎重すぎる気もするけど)
 末永は、2球目を投じた。高めに外れる威力のあるストレートだ。
 打席の高島は、思わずバットを出したが、あわてて止めた。
「おっと」
「スイングです!」
 丸山は三塁塁審にアピールした。三塁塁審の右手が上がる。カウントはツーストライク
になった。

「うーん、まいったなぁ〜」
 一旦打席を外し、軽く素振りをする高島はな。言葉ほど追い込まれてる様子は無い。
 そして高島は再び打席に戻った。
(ツーナッシングですから、ボール球で様子見です)
 末永はストレートをアウトローに外した。高島が見送って2ストライク1ボール。
(よしっ、勝負だ)
(はいです!)
 勝負球は高めのストレートを選択した。末永にとって最も威力のあるコースである。
 末永が4球目を投じ、高島も負けずにフルスイングで迎え撃つ。
 キーン。鋭いスイングで何とかバットに当てるもののボールは打者の後ろに飛んだ。
176名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:07:16 ID:15Mn/SnC

別れる時に、妻から言われた最後の言葉が、頭から離れない。
妻とは大学で出会った。
僕の一目惚れで、何度もアタックをして、やっと取りつけた初めてのデートで、僕はプロポーズをした。
驚いたことに、彼女は頷いてくれた。
大学卒業と共に彼女と結婚をした。
僕は大手の銀行に就職が決まって、彼女もその事を喜んでくれた。休日も返上して、仕事を頑張った、おかげで同期の中でも一番に出世した。
だけど、もう彼女にはその頃、別の男が出来ていた。ある日、突然彼女から離婚届けを渡された僕は、理由を彼女にたずねた。
彼女は涙を流しながら、僕に言った。
「結婚するときに貴方は言ったわ、僕は一流の企業に入って、30歳までに管理職になって、35歳には独立して45歳になる頃には会社を人に譲って、海外に小さな家を買って、そこで小説を書くんだって、
確かに貴方は予定よりも早く出世したし、独立して、今は会社を2つも経営してるわ、でもそれだけ、私の事なんか、何も見ていないのよ」

僕には、わからなかった。
彼女の為に一生懸命働いてきたつもりだったし、浮気やなんかも、したことは無かった。

彼女が家を出る時、僕は精一杯陽気に振る舞った。
僕は彼女に、駅まで送っていこう、と申し出た、が、断られ、それならと僕は提案した。

「ほら、君が気に入っていた、あの車、あの車は君にあげるから、乗って行って構わない」

すると彼女は、彼が車で迎えに来るからと、足早に玄関へと向かった。
僕はそこで初めて妻に男がいたことを知ったが、陽気を崩さず、お互いの人生の再出発を讃えて、笑顔で彼女を送り出そうとした。
扉を背にした彼女は、僕に向かって、こう言った。

「そうやって、貴方はいつも冷静な振りをして、笑顔を作って、誤魔化して、結局、私のことなんてどうでもいいのよ」

そして彼女は家を出ていった。
177名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:07:48 ID:RwRKmjAS

1/8
「そうそう。明日のイベント、監督は出ないんですか?」
「イベント?」
「はい。オープニングファンフェスタの事ですけど」
「あー……聞いてないな。何のことだ」
「毎年この時期に開幕戦で戦う両チームの選手が球場前に集まるんですよ」

 女子プロ野球リーグのレギュラーシーズン開幕戦を一週間後に控えたこの日、東京都内
にある専用グラウンドでの練習が終わって帰るところだった東京シャイニングヴィーナス
監督の栗田永一は、同球団のエースである大咲さくらから開幕前イベントの話を聞いた。
「ふーん、そうなんだ」
「あ。興味無いんですか?」
「そういうわけでは無いんだが……」
 栗田は複雑な気分だった。
 新監督だと言うのに球団のイベントに呼ばれてないだなんて……。

「おーい。さくらー、何しとん? 帰ろうやー」
 栗田とさくらが歩いてるところに、チームの主砲である御堂あづさが近づいてくる。
「あ、あづさちゃ……ちょっと、どこさわってんのよっ」
「おっと、スマンスマン。手が勝手に動くねん」
 あづさはさくらに後ろから抱きついた。いやいや、手が勝手に動くとか病気だから。
しかし、さくらも満更ではない様子だ。
「おい、お前ら……何やってんだよ」
「あ、栗田監督。おったんですか」
「御堂……俺ってそんなに存在感無いのか?」
 栗田は、さっきの事がまだ引っかかっているようだ。
「じょ、冗談ですやん」
 あづさは苦笑いし、さくらから離れた。
「監督……? どうしたんですか?」
「ん? ああ、何でも無いよ。寮に帰ろうか」
 三人は練習場を後にし、シャイニングヴィーナス選手寮(栗田もここで生活している)
へと戻った。
178名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:08:54 ID:H7j9bDyj

 ここ東京都江東区有明に10年前完成したトーキョーベイスタジアム有明(有スタ)
は東京シャイニングヴィーナスのホーム球場であり、一週間後には横浜ブルーマーメイズ
とのレギュラーシーズン開幕戦が開かれる。
 球場前に設置された特設ステージには開始予定時刻30分前には既に人だかりが。
 とりあえずイベントが始まるまでしばし待つとしよう。

 それから30分後、司会者と思われる男性がステージの中央に姿を見せた。
「さぁー。皆さんお待ちかねッ! 東京シャイニングヴィーナスと横浜ブルーマーメイズ
の選手達の登場ですッ!!」
 わああああああああああっ。特設ステージの最前列に陣取った両球団のファンが歓声を
上げると、その後ろを歩いていた通行人の一部が「おっ、なんだなんだ」とその足を止め、
ステージの方へと顔を向ける。
「はいはい、皆さん落ち着いて。それではッ、順番に登場願いましょうッ!!!」
 わー。わー。少し自重しながらも声と拍手で囃し立てる両球団のファン達。
 と、その時だった。会場にメロディが流れる。
 そして、ステージの衝立の裏側からアイドルっぽい衣装を着た女の子が現れた。
 さらにそのアイドルが歌い始めると、一部の観客のテンションが上がっていく。
「あれ? 何で急にアイドルショーみたいになってんだ?」
 つぶやいたのは栗田だ。なんだかんだ言いながら見に来てるじゃないか。
 ここからおよそ5分間の熱唱とダンスが続く。しばらくお待ち下さい。
 ・
 ・
 ・
「みんなー、声援ありがと。ミウミウの新曲“恋は直球ストレート!”来週発売だよっ。
一人最低十枚は買ってねっ☆ 初回限定特典は――」
 いやいやいや、この期に及んで宣伝かよ。なんという図々しいアイドルだ。と、栗田は
思った。
179名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:10:01 ID:qTQnaZAz

「まずは横浜ブルーマーメイズのエースと言えばこの人しかおりますまいッ! みんなの
ミウミウこと、浅沼美羽だッ!!」

「どうもー、浅沼美羽でーす。開幕は完封するから、しっかり応援してね〜っ☆」
「おーッと! 早くも完封宣言が飛び出したーッ!」
 観衆の横浜ファン及び浅沼美羽のファンから声援が上がる。
 一部からはブーイングが飛び出すが、多分東京のファンだろう。

「ボケーっ。おんどれのワンマンショーとちゃうねんぞっ、無駄に尺取んなや!」
 ステージに大音量の関西弁が響き渡る。この声は……。御堂あづさがいてもたっても
いられない様子で衝立の向こうから飛び出して来た。
「おっと、つづいてはッ! シャイニングヴィーナスの誇る超・長距離砲、御堂あづさの
登場だーーッ!! ちょっと段取りとは違いますが、盛り上がれば良しッ!!!」
 それでいいのか司会者の男よ。
「良いんですッ! さあどんどん参りましょうッ!」

 東京シャイニングヴィーナスからは、お馴染みの大咲さくら、御堂あづさ、大木姫子、
小宮奈美、三上英子、丸山みのり、三島みらいの7人だ。
 対する横浜ブルーマーメイズからはエース浅沼美羽を筆頭に、関内史織、宇働美和子、
五十川亜樹、矢尾つかさのリリーバーカルテット、通称“SWAT”の4人、さらに主砲
として期待される栃原かなえ、スピードが自慢のリードオフマン屋城昴(すばる)が顔を
揃えた。

 それから、両球団の選手が左右に分かれてイスに座り、お互いに今シーズンの抱負など
を語り合った。
 小粋なジョークなども交え、会場がいい感じに暖まってきたところで、司会者の男が
トークを切り上げた。
「ここで、両球団の皆さんに前哨戦として対戦していただきたいのですがッ! 何か提案
はございますでしょうかッ!」
 アドリブにも程がある。そういうのは事前に決めておけ、と栗田は思った。
「おっと、早速手が上がりましたッ。浅沼美羽さんッ。どうぞッ!」
「この場で野球というわけにもいきませんから、野球拳で対決というのはどうです?」
 浅沼美羽はニヤリと笑って言った。や、野球拳だと!?
180名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:10:37 ID:eQreIe95
「な、な、なんとッ。浅沼美羽からの提案は、ドキッ! 女だらけの野球拳大会だッ!」
 司会者の男のセンスは、少し古かった。
 だが、最前列のファン達は、「おおっ」と湧きあがる。
「馬鹿馬鹿しい……やってられないわ。どうしてそんな事……」
 大咲さくらがその提案を即座に却下する。
「あれあれー? 敵前逃亡ですかぁー? 日本一の球団が聞いてあきれますぅ〜」
「なんやて? 誰が逃げる言うたんや」
 浅沼美羽の挑発にあっさり乗ってしまう御堂あづさ……。
「じゃあ、決まりですねっ☆」

「よっしゃ、ほんなら行くで! 準備はええな、奈美!」
「なーっ、なんで私なんスか!」
「ヴィーナスの切り込み隊長といえばお前しかおらんやろ」
「それもそうっスね……ってマジっスかぁー」
 奈美の叫び声が、春の空に虚しく響いた。

「それでは参りましょうッ! 青龍の方角ッ! 平成の蒼い稲妻ッ、小宮奈美ッ!」
 名前を読み上げられた奈美はしぶしぶとステージの中央に足を進める。
「白虎の方角ッ! 歌って踊れる速球派アイドルッ、浅沼美羽ッ!」
 とびっきりの営業用スマイル(¥0)で手を振りながら美羽も中央へ。
 ミウミウ! ミウミウ! ミウミウ!
 鳴り止まぬミウミウコール。会場は、完全に美羽寄りだ。対する奈美はいきなり劣勢を
強いられる事になった。
 そんな奈美に、三上英子がそっと近づいてアドバイスを送る。
「奈美っち、野球拳は強い者が勝つんじゃない、勝った者が強いんだ」
「み、三上センパイっ、テキトーな事言わないで下さいっス!」
「うふふっ。すでに勝負アリですねっ☆」
 美羽は白い歯を見せて余裕綽々といった表情だ。

「プレイボールッ!」
 わー。わー。ついに開幕の前哨戦となる(?)野球拳大会の火蓋が切られた。
 第一戦、東京・小宮奈美対横浜・浅沼美羽。
「野球するならッ、こういう具合にやらさんせッ。投げたらッ、こう打ってッ。打った
ならッ、こう受けてッ。ランナーになったらッ、えっさっさッ。アウトッ! セーフッ!
よよいのよいッ!」
 ……これ、長いな。つーか、歌ってるのか?
181名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:11:08 ID:3OZkV2DC

「ジャンッケンッホイッッ!!」
 奈美はパーを出した。
「残念でしたねー、小宮さん」
 美羽の繰り出した手はチョキだ。
 ハサミが紙を切り刻んだ。
「勝者ッ、浅沼美羽ッ!」
「イエーイ☆」
 美羽は指の形をVサインのまま頭上に掲げた。会場のボルテージが上がっていく。
「ふむ……流石は横浜のエースだ。奴のあのチョキの強さ、あなどれんな」
「英子さん、解説っぽく言ってますけど意味分からないですから」
 さくらはしたり顔で解説する英子にさらっとツッコんだ。

「うぅ。負けたっス……」
 へぼのけ、へぼのけ、おかわりこい。奈美に代わって、あづさが前に出た。
 なお、今回は本家野球拳のルールに基づき、脱衣はありませんのでご了承ください。
「しゃあないな。仇はとったるさかい見とき」
 奈美は「かたじけないっス」とあづさに告げ、後ろのイスに腰掛けた。
「がんばってくださいっ、御堂先輩っ」
「おう」
 あづさはみらいの応援に答えた。
「よろしいですねッ! 青龍の方角ッ! 球界の女番長ッ、御堂あづさッ!」
 誰が女番長やっ。清楚で可憐な美少女スラッガーやっちゅうねん。とか何とかたわごと
を吐くあづさをスルーして、司会者の男は進行に徹する。これがプロの仕事だ。
「白虎の方角ッ! 陸(マウンド)に上がったリアルマーメイドッ、浅沼美羽ッ!」
 第二戦、東京・御堂あづさ対横浜・浅沼美羽。
「野球するならッ(都合により割愛されました)ジャンッケンッホイッッ!!」
 あづさの繰り出した手はパーだった。
 そして、美羽もパーを出した。
「あいこ……だと!? ……なるほど、両者の実力が拮抗しているという事か」
「いや、同じ手を出しただけですから……」
 英子は解説を続けた。さくらはそろそろ付き合いきれないといった様子だ。
182名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:11:38 ID:g0QPn3xR


「あいこでぽんッ!」
 試合は続行された。あづさと美羽は双方共にチョキを出し、再びあいこになった。
「浅沼のチョキに対して一歩も引いてない……ふふっ、流石はあづさだ。その実績は伊達
じゃないな」
「良く見て下さいです。チョキの指の開き具合では浅沼さんにも負けてないです」
「ふむ。この勝負、長期戦もありうるな」
「あんたたち……」
 さくらに代わり英子をフォローする丸山みのり。チームの正捕手であり、投手陣の性格
はだいたい把握している。拾えないトークがあるものか、構えたミットで受け止める。
 そして、さくらはそんな2人のやりとりを見て呆れている。

 試合続行。あづさと美羽は共にグーを出した。
「しつこいですよー、御堂さんっ」
「それはおんどれやろっ、とっとと負けろやっ」
「さあ、ヒートアップしてまいりましたッ。ドンドンいきましょうッ」
 あいこでぽん。あづさはパーを出した。対する美羽の手はグーだった。
「よっしゃー! 仇は取ったで!」
「あぁ〜ん。負けましたぁ〜」

 へぼのけ、へぼのけ、おかわりこい。浅沼美羽は退場し、横浜の2番手、栃原かなえが
ステージ中央へ。
 例によって脱衣はありません。どうしてもミウミウの裸体を拝みたいお方は“浅沼美羽
1st写真集「ほわすと!」”をお買い求め下さい。勿論大事なところは隠しているが、
セミヌードを披露し話題になった一冊だ。――以上、宣伝乙でした。

「青龍の方角ッ! 清楚で可憐な球界の女番長ッ、御堂あづさッ!」
 称号が採用されたようです。でも女番長は相変わらずなんですね……。
「白虎の方角ッ! ハマのホームランプリンセス、栃原かなえッ!」
 栃原かなえ。高校時代から“御堂あづさ2世”と注目されていた右の強打者だ。守備も
あづさと同じくホットコーナー(三塁)を守っている。
「直接対決ですねっ。正々堂々とやりましょう、あづささん」
 かなえはニッコリと微笑んだ。彼女にとって御堂あづさは憧れの人である。
「よっしゃあ、負けへんよ」
 改めて気合いを入れるあづさ。同じポジションの先輩として、ここは負けられない。

「とっちぃー、勝たなきゃダメだよっ! わかってるよねっ?」
 かなえの後ろから声がした。浅沼美羽だった。
 美羽は人差し指をビシッとかなえに向け、笑みを浮かべている。
183名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:12:11 ID:0+324Ub5


「み、美羽さんっ。が、がんばりますからっ」
 そう返事をしたかなえは何故か背筋を伸ばし、顔もどことなく引きつっている。
「外野はだまっとき。2人の勝負やで」
「えっ、わ、私ですかっ? あづささんっ」
 あづさの言葉にうろたえたのは大木姫子だった。普段はおっとりとした性格なのだが、
試合になれば打って変わって走攻守三拍子揃った外野手に一変するのだが……ん、外野?
「なんや? ヒメ」
「す、すいません。おとなしくしていたつもりだったんですか……」
 そう言うと、姫子は口をつぐんだ。何だったんだろう。

 第三戦、東京・御堂あづさ対横浜・栃原かなえ。
「――よよいのよいッ! ジャンッケンッホイッッ!」
 勝負は一瞬で決まった。あづさの拳が、かなえの二本指を砕いた。←比喩です。
「はぁ……。流石はあづささんですね。まだまだ私の力は及びません」
 かなえは素直に敗北を認め、座っていたイスへと戻った。
「んもう〜。とっちぃはしょうがないなぁー。後でおしおきだからねっ☆」
 後ろで見ていた美羽が、かなえに冗談を飛ばした。

「青龍の方角ッ! とどまるところを知らない球界の女番長ッ、御堂あづさッ!」
 ここまで立て続けに2人を倒したあづさが歓声に答える。
「白虎の方角ッ! ハマの爆走クローザーッ、矢尾つかさッ!」
 わああああっ。横浜の三人目として名前が呼ばれたのは、同球団の不動の守護神として
君臨する矢尾つかさ……だったのだが。
「ちっ。何であたいなんだよ。屋城、お前出ろよ」
「私は……子供の頃からジャンケンだけは勝てないのだ……」
 屋城昴は昔を思い出した。鬼ごっこの時はいつも自分が鬼だったな、とか。
「マジかよー。メンドくせーなー」
「まあまあ、そう言わずに。お客さんも待ってますし」
「そうだよー。最後はストッパーにビシッと締めてもらわないと」
「しゃーねえな、よっこいしょ」
 関内史織と五十川亜樹に促され、やおら立ち上がる矢尾つかさ。いかにも気だるそうに見える。
 ところが、勝負事となれば話は別だ。その目は勝負師の目へと変わった。
 第四戦、東京・御堂あづさ対横浜・矢尾つかさ。
「――ジャンッケンッホイッッ!」
 つかさは伝家の宝刀フォークボールを彷彿させるチョキを繰り出した。
「くっ……」
 勝負アリ。あづさの出した手は、パーだった。
184名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:12:40 ID:5oPOdK7J
 両チームの三人目が登場し、いよいよ最終戦が行われる。
「青龍の方角ッ! スーパースターのDNAッ、三島みらいッ!」
 一段と大きな声援に包まれて三島みらいが登場。
「白虎の方角ッ! 横浜の総大将ッ、矢尾つかさッ!」
 つかさは腕を組んで仁王立ちしている。威風堂々といった様子だ。
「え、えと……よろしくお願いしま……」
 みらいが恐る恐る握手を求める。それはスポーツマンシップにのっとった行動だった。
 だが、対するつかさはそれを「フッ」と鼻で笑う。
「悪いけど、あたいはそういう馴れ合いは嫌いなんだよ」
 すかさずみらいのファンによるブーイングが起こった。いいぞもっとやれ。
「試合前から熱くなってまいりましたッ! 参りましょうッ」
 百戦錬磨の守護神に、怖さを知らない黄金ルーキーが挑む。

 最終戦、東京・三島みらい対横浜・矢尾つかさ。
「野球するならッ――よよいのよいッ! ジャンッケンッホイッッ!」
 みらいの繰り出した手は、パー。だが、つかさの手はまたしてもチョキだった。
 やはり、パーではチョキにはかなわないのか……。
 圧倒的な力の差をまざまざと見せ付けられる格好となった。
「勝負アリッ! 勝者、矢尾つかさッ! 横浜ブルーマーメイズの優勝ですッ!」
 わああああああああっ。横浜ファンから歓声が上がる。
「ふっ。逃げ出さなかった事だけは褒めてやるぜ」
「ほ、本番では……リ、リベンジさせてもらいますっ」
「へっ。負けねえぜ」
 再戦を誓い合うつかさとみらいの二人だった。
 みらいは今度こそはと握手を求めたが、またも拒否されてしまった。

 イベント終了後……。
「あんな事言ってたけど、開幕戦でみらいちゃんの打席があるかわからないわよ」
「お、大咲先輩っ。それを言ったら台無しですよぉ……」
185名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:13:25 ID:a6YBDui8
「のう、あれ喰うて良いか?」
 ある夕方のメインストリート。何かを指差す少女が傍らの青年を見上げた。
「ダメ」
 腹部に寄り添って目を輝かす少女を呆れたように見下しながら、紺のブレザー姿の青年は
嘆息した。一方の少女はやや紫かかった黒髪の果てでポニーテールを揺らしながら「え?」と
息を呑んだ。「ダメ」という答えが心外だったらしい。平素は活発そうに吊りあがった大きな瞳
は言葉の意味を理解すると同時に悲しみにくしゃくしゃと歪み始めた。
「なんでいつもお前は人の喰ってる物欲しがるんだ?」
「だってわし、食べ物持っとる人みるとお腹がすいてしまうのじゃ。ええのう、自由に喰えてえ
えのう、手軽に満腹になれてええのう……とな」
 少女の指の遥か先では、クレープを食べながらにこやかに会話する女子高生の一団がいた。
青年としてはクレープよりもミニスカートから覗く白い足に注視したいところだが、しきりに「喰い
たい喰いたい」と地団太踏み始めた少女が傍にいてはそれもできない。光の加減だろうか。忸
怩たる思いの青年の眼下で少女の髪が錫製の酒器のごとく蒼く濡れ輝いている。錫色の髪。
彼は不覚にもぼうと一瞬見とれかけたが、耳に響く笑い声のハーモニーにすぐさま現実に立ち
返った。
 見れば女子高生軍団がくすくす笑いながら青年と少女を眺めている。ワガママな妹を持て余
す兄。そう思っているのが微笑ましい表情から見て取れた。
(違う! こいつはただ隣に住んでるだけで)
 内心慌てて弁解しつつ少女の肩を抑えると、一段と大きな笑い声を残しながら女子高生軍団
が視界の中から消えていく。
「ああっ! 行ってしもうた……。喰いたかったのうあれ」
 指していた指を物欲しげにしゃぶりながら、少女は黒珊瑚の色した大きな瞳を涙にうるうると
潤ませた。
「尖十郎が許可をよこさんから、尖十郎が許可をよこさんからわしはまた腹ぺこじゃ……」
「俺のせいにすんな! だいたいさっき特盛チャーハン十杯も平らげたのはどこのどいつだよ!」
「ここのわしじゃ! 恐れ入ったか!」
 薄い胸を誇らしげにそっくり返す少女に、尖十郎と呼ばれた青年の頬がみるみる怒りに歪んだ。
「フザけんな! あれ一杯で五合分ぐらいの米使ってんだぞ! 歩きながら計算したけど十杯
だいたい大体16.5kgぐらいの米がお前の体内に入った計算だ!」
「ほう。我ながら凄いのう。確か”すーぱー”で売っとる一番でっかい米袋でも15kgじゃったか」
「それのだいたい一割増しを平らげといてなんでまだ喰いたがるんだ! だいたいそんなちっこ
い体のどこにさっきの喰い物が収まってるんだよ! そもそも学校帰りに飲食店で堂々と買い
食いすんな!!」
 後半は半ば悲鳴である。さもあらん、少女の身長は青年の腹ほど……130cmあるかない
かという位の小柄なのだ。これ位の身長の小学生女子の平均体重がおよそ27〜30kgであ
り、大食漢で知られるラッコでさえ一日に食べる量は己の体重の三分の一ほどである事を考
えると、一食で体重の半分以上を食べてなお空腹を覚える少女というものはいかがなものか。
「さあのう。普通に考えれば胃袋あたりなのじゃが……この点わしにもとんと皆目がつかん」
 少女は困ったように眉を潜めて腕を組んだ。
 衣装は今日びの小学生には珍しい黒ブレザーにネズミ色のミニスカート
「実をいうとあれの数倍ある代物を喰ったとてあまり腹持ちせんのじゃ。科学の神秘じゃのう」
「生物だろ」
「まあ生物学の範疇でもあるじゃろな」
 うむうむと頷く少女の名は木錫(きしゃく)という。
「しかしいつも思うけど変わった名前だな」
「これでも結構簡単にした方じゃぞ。わし自身の”ぱーそなりてぃー”とやらを表すために」
 彼女は横文字が不得手らしく、発音するときはいつも舌ッ足らずである。
 ちなみに先ほどから少女に悩まされている紺ブレザーで短髪している以外あまり特徴のない
青年の名は坪錐尖十郎(つぼきりせんじゅうろう)といい、少女との間柄を分かりやすくいえば
「お隣さん」である。
186名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:14:00 ID:Ek2EcH+z
「わしの年齢は500歳をゆうに超えておる。しかも職業は忍者なのじゃ!」
 三か月前。坪錐家の隣に両親ともども引っ越してきた木錫は、挨拶もそこそこに尖十郎の肩
に飛びかかってこう切り出した。
「だから若いの、くれぐれもわしを敬うのじゃ!」
「はぁ」
 いったい何を言い出すのかと尖十郎は木錫の顔を眺めた。
 ややツリ目気味だが大きな瞳。前髪は左半分が白い額を大きく剥き出し右半分は先端が目
にかかる程の長さで子供っぽい雰囲気だ。短めのポニーテールの付け根には、正面からでも
見えるぐらい大きなかんざしが斜めに刺さっている。確かにそれは現代っ子っぽくなくもないが、
しかしブラ下がっている物ときたら白いフェレットやら赤いマンゴーやらの小物で、やはり子供
くさい。低い鼻の頭にうっすらピンク色が差しているところなどどこからどう見てもまったくの少
女ではないか。尖十郎の首にしがみついたまま口を波線に綻ばせたまま、彼の驚きに満ちた
回答を今か今かと期待しているところなど長寿の忍者にしてはいささか稚気がありすぎる。
「あ、あの。この子忍者とかが好きで時々変な事いいますけど……気になさらないで下さいね」
 一緒に挨拶しにきた木錫の母親は困ったようにフォローを入れた。こちらは年の頃ようやく
三十で主婦を絵に描いたような格好である。柔らかそうなセーターを着て後ろ髪を所帯じみた
様子で無造作にくくっているところは眼前の木錫よりも尖十郎の好みに合うように思われた。
 何かと木錫の世話を焼く羽目になったのは、隣家だからとか彼女の通う小学校が尖十郎の
高校の隣にあるとかといった物理的要因よりもむしろ木錫の母に対する青年らしい下心──
あくまで褒められたり手料理を御馳走になれたらなあ程度の──が作用しているのだろう。
 本日も高校から出るなり正門でとっ捕まえられ、手を引かれるまま導かれるまま中華料理屋
で繰り広げられた暴挙をニンニク焦がしチャーシューメン啜りながら見る羽目になったのも下心
のせいであろう。
 もっとも実はそれに加えてもう一つほど理由があるのだが、そちらは後段に譲る。

 とにかく。
 そんなわけで通り道にある公園に立ち寄った木錫と尖十郎である。

「だいだがだいだがだいだがだいだがぎゃーばんっ! (とぅるつっつー!)」
「おい」
「だいだがだいだがだいだがだいだがぎゃーばんっ! (とぅるつっつー!)」
「おい!」
「だがでぃだっでぃ! だがでぃだっでぃ! だぁだっだっだぁーやだだ、ぎゃぁばん!!」
「聞けよ! つか降りろ!」
「くらーっしゅ!?」
 怪鳥のごとき異様な叫びとともに木錫は大きく飛びあがった。
 そこだけを描くとあまり以上ではないが、それまで彼女が歌って両手広げて走り回っていた
場所が問題なのである。
 雲梯。金属製の梯子を弧状に設置したぶらさがりの遊具。
 その上を木錫は爆走していた訳であり、尖十郎が降りるのを促したのも危険きわまりないた
めである。もっとも呼びかけが届くまで距離にして10mはあろうかという雲梯を木錫は平地を
走るように軽く二往復半していたが。
 果たせるかな、スカート抑えつつクルリと宙をうった木錫は体操選手顔負けの綺麗な姿勢で
着地し、それがまったく日常動作のような調子で顔をしかめて反問した。
「なんじゃ? 歌が古いから気に入らんかったか? じゃがわしの年齢からすればこれもだい
ぶ新しいんじゃぞ。ちなみに走ったり叫んだり転がったり飛んだりする刑事の歌じゃ!」
「いや、危ないというか」
 尖十郎は額に冷たい物を感じた。網目のごとく穴の多い雲梯なのだ。線の部分とてパイプを
連ねただけである。この細さを思えば平均台など関東平野だ。常人には乗って立つ事さえは
ばかられる。だが木錫はその上を疾走したのだ。ただ平坦なのではない。緩やかとはいえアー
チ状の勾配ある細い金属のパイプを昇り下ること二往復半──…
「どうして走れるんだよあの上を」
「む! まーだわしを信じておらんのかヌシは! わしは忍者じゃぞ! あの程度など造作も
ないのじゃ! ”ふぇれっと”のごとく狭い穴の中に潜り込んですいすい走る事とてできよう!」
 指立てて唾飛ばしまくる木錫から甘い匂いが立ち上る。
(果物の匂い? ……マンゴーだな。そーいやかんざしにも付けてるが、好きなのか? ……
いや、違う。そういう問題じゃない)
 見なかったコトにする。多分俺は疲れている……暗澹たる面持ちの尖十郎は話題を変えた。
187名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:14:34 ID:L50pLSU6
「ところでどうして今日はまっすぐ帰らないんだ?」
「なんとなくじゃ。尖十郎とあれこれ寄り道したくなっただけじゃな」
 腰の後ろで手を組みつつ木錫はベンチに腰かけた。
「別に帰宅部だからいいけどさ、さっさと帰らないとお母さん心配するぜ。ただでさえ最近──…」
「うむ。何だか物騒じゃからのう」
 というのも最近県内のとある学校で猟奇殺人事件が起きた為である。
(狙われたのは学生寮。幸い騒ぎに気づいた管理人たちが生徒たちを避難させたから被害は
拡大しなかったっていうけど……)
 この世の物と思えぬ絶叫に管理人が駆け付けた部屋には──…
(腹部から食べかけの内臓を引きずり出された死体が居たとか、ドアを開けたらアンパンマン
よろしく頭齧られた女生徒が目玉こぼしつつコンニチワだとか……。まったく。明治か大正ごろ
の北海道じゃあるまいし、そういう熊にやられたような傷できる訳ないだろ)
 生徒たちの噂話を一笑に伏したい尖十郎である。
 とにもかくにも女生徒が五〜六人殺されたというのは事実らしい。川に漂着したほとんど骨
ばかりの両足をDNA鑑定した結果、どうやら行方不明の女生徒の物らしいというニュースも
耳にした。
 刺激的なニュースを欲するマスコミ連中は「きっと犯人は食人癖のある者で足の肉を喰い尽
したから骨だらけ」などと煽りたててはいるが、現状は魚か鳥に喰われたか、或いは岩か何か
にぶつかって損傷したする見解の方が一般的であり尖十郎もその支持派だ。
(もっとも、その女生徒が足を切断されたって事実にゃ変わりねーけど)
 顔も名前も知らないが、尖十郎はその若さゆえに五歳と年の離れていない者が酸鼻を極め
た目に遭うのを聞くとどうにもやるせない。
 ぶすっとした表情の尖十郎につられたのか、木錫も若干心細げな声を出した。
「少し前は県外で似たような事件があったそうじゃが」
「今度は県内だもんな。距離的にはあんまりここから離れていないし」
 おかげでこの界隈で子を持つ親の不安は日に日に高まり、尖十郎の母などもしきりに木錫を
送り迎えするよう口はばったくいう始末。
「しまいにゃ不審者を見たとかいうウワサが立つ始末だ。本当にいるのかねーそういう奴。口
裂け女とか人面犬みたく社会不安がどうとかで出てきた代物っぽいが」
「まー、大丈夫じゃろ。わしとヌシが一緒にいれば襲われても何とかなろう」
「いや、だからさっさと帰った方が親御さんも安心するだろ。もうそろそろ暗くなってきたし」
「んー、しばらくこうしていたいのじゃ。わしは」
 ピトリと身を寄せてきた木錫にため息が漏れた。
「いっとくが俺はお前なんか恋愛対象なんかにしない。ロリコンじゃないからな。小学校で年相
応の奴見つけて仲良くやってろマセガキ。ま、大喰らいで雲梯の上走り回るような奴がモテる
とは思えねーけど。鼻だって低いしな」
 からかうようにいうと、木錫は露骨に頬を膨らませた。
「また馬鹿にする」
(ハイ怒った。忍者がどうとかいってもやっぱ子供だなコイツ)
「前々からいっておるがわしの方がヌシより年上なんじゃ! 本当にもうずっとずっとずーっと
年上なんじゃぞ!! だいたいこの低い鼻はわしの”こんぷれっくす”なんじゃぞ! いうてく
れるな!」
「年上は小学校なんかに通いません」
「う……! そ、それはじゃな、義務教育とやらに興味があるし、第一今後の任務のためにも
色々と必要なワケで…………」
「任務って難しい言葉良く知ってるな。で、何の任務なんだ?」
「そ、それはいえん。いったらきっと、ヌシはわしを嫌う……。絶対に嫌う」
「どうせ給食係とかザリガニの水槽の掃除とかだろ。まあ頑張れ。小学生は小学生らしく毎日
身の丈にあった事を楽しくやりゃあいいんだ」
「う、うん。そうす……ちーがーう! わしのが年上なんじゃ! 何うまい事なだめておる!!」
「へいへいこりゃ失礼しました」
「う゛ぅ〜」
 頭をぱしぱし叩かれると、木錫は下唇を噛んで呻いた。
「とにかく早く送ってかないと今度は俺が不審者にされるからな。幼女誘拐犯なんて疑いかけ
られるのはまっぴらだし。まあなんだ。守ってやるさ送り迎えの時ぐらいは」
 半泣きで睨むように尖十郎をしばらく眺めていた木錫は、腹の虫がぐぅと鳴るとバツが悪そう
に立ちあがった。
「無礼の詫びに手を繋いでけ。そしたら……許してやらんでもない」
「了解」
188名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:15:15 ID:xgPzOC15
 繋いだ手はしかし妹にするような軽やかさがあり、木錫はムズ痒そうに眉を潜めた後、ちょっ
と諦めたような表情をした。
「そうじゃな。うん。色恋は……良くない。きっと制御ができなくなる」
「何かいったか?」
「別に」

 街並みが後方に流れ、段々と見慣れた住宅街に染まっていく。

 ややあって。
(ん? なんか木錫と繋いでる手が痒いな? 何でだ?)
「そろそろ痒くなってきたじゃろ? すまんの。そういう体質でな」
 素早く手をほどいた木錫は尖十郎の前でピースを開閉しながら笑った。
「ふぉっふぉっふぉ」
「……そりゃもしかしなくても」
「そう、バルタンじゃ! バルタンは宇宙忍者だから好きじゃ」
「じゃあバルタンと恋愛したらどうだ?」
「ぐ、そういう意味の好きじゃないのじゃ! 実在せんモノにわしの食指は動かんという話じゃ!
もっとも食指動く限りはどんなに離れていても諦めんがな」
「食指ってお前……」
「あ!」
 しまったというように木錫は口を覆った。
「本当マセガキだな。そういう言い方で恋愛を語るのはおっさんのする事だぞ」
「……」
 木錫がほっとしたような腹立たしげな顔をする間に、彼女の家が見えた。
 闇にけぶり暗い暗い家が。

 チャイムを鳴らし、木錫の両親を呼んで玄関先で適当な挨拶を交わす。

 いつもと同じ光景がその後起こるはずだった。

「どういう……事だ?」
 チャイムを何度押しても木錫の両親は出てこなかった。
 玄関のドアに手を掛ける。
 鍵が掛っていない。
 まるで家人を招き入れるかの如くドアは容易く開いた。
 覗くのは長方形に区切られたドス黒い深淵。
 もはや夜だというのに家屋には電灯の類がいっさい灯らず静まり返っている。
 そういえば遠巻きに見た木錫の家は薄闇にけぶっていた。
(光が、見えなかった)
 嫌な予感をなるべく表に出さぬようにしながら、傍らの木錫に「今夜両親が出かける予定は?」
と聞く。すぐに返事。「そんな予定はない」。嘘でも冗談でもない事は強張る顔から見て取れた。
 尖十郎も軽く唾を呑んだ。
 県内での猟奇殺人。近ごろ近辺に出没したという不審者。
 ウワサ程度の代物だと分かっていてもこのおかしな事態に結びつけてしまう。
 しかし有事を裏付けるにはまだ何も確かめていない段階なのだ。警察を呼べば一番安全な
のだろうが、推測がいい方向に外れていた場合の事を考えるとまだできない。
 だが。
「……なんだかヤバそうだ。お前は俺の家に行ってろ」
「尖十郎はどうするのじゃ?」
 不安げに木錫が聞く間にはもう尖十郎は靴を脱いで上がり込んでいる。
「家の中を確認する。もしかすると何か急ぎの用事で家を空けてるかも知れないだろ? 書き
置きでも見つけたらすぐに戻るさ」
 パチリという小気味の良い音とともに白い光が満ち満ちた。
 玄関口からL字を描くように伸びる廊下の電灯だ。それは廊下に面する三つの部屋を照らし
だしている。何度か遊びに来た経験が見慣れさせた部屋の数々。突き当たりは物置、左は居
間で右は台所。尖十郎が現在位置から左に歩み廊下に沿えばいつかは辿りつく。
 逆に右に歩めばすぐトイレのドアで行き止まり。その近くには階段もある。二階には寝室が
あるらしいが、流石に高校生たる尖十郎にお泊りの経験がないため全容は分からない。ただ、
書き置きを置くとすれば一階の居間か台所であるだろう。彼はそう類推した。
「ま、十分もあれば分かるだろうし、それまでお前は待ってろ。何か言伝があるかも知れないし」
189名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:15:50 ID:Oc16RSbk
「……いやじゃ!」
「いやってお前」
「さっきもいうたじゃろ。わしとヌシが一緒にいれば襲われても何とかなる!」
「そういうけどお前。大体、誰かが不法侵入したと決まった訳じゃ──…」
 言葉と同時に尖十郎の視線が一点に止まった。
 それは階段に向かう廊下の部分。灰色にくすんだ異様な模様が刻まれている。
(靴跡……!?)
「やっぱり!!」
 尖十郎と同じ物を見た木錫が一目散に階段目がけて走りだした。
「待て! やっぱりって何だよオイ!」
 小動物のような速度で遠ざかるかんざし付きの後ろ髪に怒鳴りながら尖十郎も走りだした。
 その頃にはもう木錫、階段を五段ほど飛ばして駆けあがっている。その差を何とかコンパス
の差で埋める頃には両者とも二階に上がっていた。
 不意の無酸素運動に尖十郎は膝へ手を付き荒い息をついた。この時ほど帰宅部特有のな
よっちい体力を痛感した事はない。
「やっぱりってどういう事だよ。何か心当たりでも」
「静かに」
 息も絶え絶えの質問を鋭く遮った木錫は、閉じた木戸の前を指差した。
 暗くてよく分からなかったが、茫洋とした灰色の模様が浮かんでいる。靴跡だとすれば何者
かが侵入したという可能性はますます否めない。
 引き返そう。その言葉はしかし紡ぐべき時期を逸していた。
 放胆にも木錫は木戸を開けた。自動ドアというよりSF映画に出てくる宇宙船のドア。そんな
形容がぴったりな速度で開いた扉の向こうに……果たして木錫の両親は居た。
 布団の上でもつれ合うように倒れている姿から尖十郎が目を背けたのは痴態を想像しての
事ではない。
 彼らは確かに体を重ねていた。部分によっては絡み合っていもした。
 下にいるのが木錫の母親だと尖十郎がかろうじて分かったのは、破れたセーターの肩胸か
ら白い膨らみがまろび出ていたためである。それが木錫の父親の左肩に押しつぶされ、更に
彼の左大腿部の影に黒く焙られている。と見えたのは木錫が扉を開けると同時に部屋の電灯
のスイッチを入れたせいであろう。おかげで全体像がよく見えた。部屋の全体像がよく見えた。
 前述の通り木錫母の胸は夫の左肩に潰され、その上にある右大腿部の影を浴びている。し
かしそれは本来おかしいのだ。一体どうして左肩に右大腿部が乗っいるのだろうか?
 結論からいえばそれは非常に簡単である。酸鼻なる光景を直視できれば、だが。
 生のフライドチキンのように無造作に斬られた木錫の父の大腿部が彼の肩に乗っている。
 肩は付け根から斬られ、腕らしい肉塊が骨を覗かせながら散乱している。腹も首もなくした
木錫の母親の胸は内臓の断面を尖十郎に赤々と見せつけ、腹らしい物体が新鮮な色の臓物
(ハラワタ)をブチ撒けながら首の付け根のあたりに転がってもいた。畳にはそろそろ黒ずみつ
つある血液がべっとりとこびりつき、その上に目を剥き苦悶の表情の生首が二つ転がっても居
た。指がばらばらと零れ実にバリエーション豊かに切断された手や足の破片は十や二十に収
まらない。
 ……さて、描くと長いが尖十郎はその総てを確認したワケではない。
 ただ木錫の両親がバラバラになっていると認識するや、部屋に籠っていた臓腑の生々しい
匂いに吐気を催しかけた。嗅覚は初見以上の情報を掴み、視覚は初見以上の情報を拒んだ。
 にも関わらず咄嗟に彼が木錫の前に立ちはだかり、踵を返し、彼女を抱え込むようにしゃが
んだのは、黒い疾風のような物が飛び込んできたのを察知したからだ。
 後で思えばどうやら影は押入れのドアを破ってきたらしい。
 とにかく彼は木錫をかばうと同時に背中で異様な熱気が通り過ぎるのを感じた。
「尖十郎!」
 絹を裂くような悲鳴を胸の中に籠らせる青年は声にならぬ悲痛な叫びで激痛を表現した。
 背中が斬られている。
 傷の灼熱感、そして汗よりも粘っこく背筋を流れていく生暖かい液体。人生始めて直面する
異常な事態に脂汗を流し歯を食いしばる尖十郎を木錫は沈痛の面持ちで見上げた。
「かばったか」
 ひどく粛然とした静かな声に遅れて、ひゅっと風を切る音がした。
 振り返り、血の流れる背中の後ろに木錫をやりながら尖十郎は相手の姿を眺めた。
 年の頃は30半ばというところか。丸々としたいがぐり頭の下で酷薄そうな目を更に細めてい
る。鼻の頭にはあばたともイボとも思えるブツブツが浮き出ていかにも見苦しい。頬はこけ肌
の色はどこかの内臓の病気を疑いたくなるほど黄味がかっている。
190名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:16:21 ID:MQAo12U7

そんな彼の両手には鉤のついた手甲。振られるたびに鮮血が鉄臭い点描を畳に描いていく。
(アレで俺を……いや! 木錫の両親を!)
 傷の痛みも忘れて若い面頬を怒りに紅くする尖十郎に涼やかな声がかかった。
「お前、人間か?」
「何を」
 お前こそ人間なのかと叫び出したい衝動を抑えたのは理性ではなく傷の激痛である。
「『信奉』もしていないな?」
「何の話だ!」
「ならば気をつけろ
 回答と同時に男は一足飛びに尖十郎と間合いを詰めた。
 斬られる。身をすくめた彼はしかし意外な感覚が到来すると同時に右へ数歩たたらを踏んだ。
 男は──…
 掌で尖十郎の顔を横にいなした。鉤手甲を用いるのでもなく、また殴るのでもなく平手を見舞
うのではなく、ただひたすらふんわりとした手つきで尖十郎を横に逸らしたのである。
「──っ!?」
「そいつは人を喰う化け物だ」
 鉤手甲は尖十郎の背後にいた木錫目がけて轟然と打ち下ろされた。
 だがその瞬間にはもう彼女は残影を描きつつ両親の死骸転がる部屋に滑り込んでいる。
 代わりに元の背後にあった襖がバリバリと凄まじい音を立てて破られた。
 それを見届けた木錫はふうとため息をついた。
「やはり『戦士』か。まったく仮初とはいえいい感じの父母(ちちはは)だったのじゃがなあ」
 仮初? 傷の痛みに喘ぎながら尖十郎は部屋を覗こうとしたが、男に制された。
「まあ、上司が命ずれば何でもやるのが忍びだがの。とはいえここまで仕込むのに10年はか
かったのじゃぞ? そこまでの苦労と今までの平和な暮らしどうしてくれる」
 それでも何とか首を伸ばし覗きこんだ部屋の中で──…
「まったく。余暇を利用して”ぺっと”の”ちわわ”を探す以外特に悪行を働いておらんというの
に。狙うならわしの同僚どもにせい。連中のが遥かにえげつないぞ。人間どもへの害悪はわ
しの比ではない」
 木錫はニュっと唇を歪めて笑っていた。
 見る者次第では悪戯っぽいとも、意地悪とも老獪とも見える凄絶な笑みだ。
 しかも彼女は掌から母の物とも父の物とも知れぬ腕をポンポン投げて弄んでいる。
 散乱していた中で一番大きな肉塊は、戯れと共に切断面から血しぶき飛ばし幼き頬を穢して
いく。だが声音ときたら実に軽やかで朗らかで、まるでシュークリームを顔に塗りたくっている
程度の気楽さが全身から立ち上っている。
「木錫……お前は一体?」
 ちらと尖十郎を見た木錫は少し視線を泳がせた後、男に向きなおって朗々と喋り出した。
「だいたい人喰いはこの県来て以来『県内では』慎んでおったというのによくもまあ嗅ぎつけ
たの」
「貴様の部下が白状した」
「部下……ああ、これじゃなく下っ端の方か」
 土気色の腕をぶんぶんと振りながら木錫は嘆息した。
「やれやれこれじゃから組織務めはやり辛いのう。どうせ空腹に耐えきれず県内で粗相でもや
らかしたとみえる。お、そういえば最近近くで殺人があったとみなみな噂しとったが、もしかす
るとそれかの? 若く瑞々しい肉があるゆえ、学生寮を狙うのは基本中の基本じゃからな」
「ああ。だからこの近辺を張っていた」
「成程。学校襲った輩は捕獲済みなんじゃな。そして上司たるわしの所在も吐かせたのか。むー。
せめてわしの部下なら忍びらしゅう間者を務めるとでもうそぶき切り抜ければいいものを。どう
せ今頃は墓の下……これじゃから若人はいかんの。考えなしに行動して命を捨てよる」
 額に自分の物ではない手を当て、芝居がかった仕草で木錫は首を横に振った。
 麻痺しつつある尖十郎の脳髄はしかしどこか冷静に状況を分析し始めた。
 きっとそうでもしないと狂ってしまう……隣人の豹変に底冷えのする思いだ。
191名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:17:05 ID:/ZvZIjS7
 総ての元凶であり関係者たる木錫を尖十郎は守ろうとしていたというのは皮肉な話だが、彼
はそれを笑えるほどの精神状態ならびに状況には存在していない。
「既に聞いたと思うが、そこに転がっている連中もこいつの部下だ」
 男は言い聞かせるように呟きだした。
「信奉する見返りに、自分たちも化け物に格上げされんとする見下げ果てた人間の敵。同じ
人間だとしても自らの勝手で他社に害悪を振りまかんとする連中だ。分かったか? 分かった
らさっさとこの場から離脱しろ」
「逃げるって。あんたは。それに……木錫は?」
 青ざめた面頬を震わせながら、尖十郎は男と木錫を見比べだした。
「安心しろ。多くは語れんが俺のこの鉤手甲は化け物を仕留めるに適した最高の武器。これ
で奴を斃すのが俺に与えられた任務だ」
「で、でも木錫は!」
「『化け物じゃないかも知れない』。そういいたいのだろう? だがお前は奴に違和感を感じな
かった事が一度でもあるのか?」
「それは──…」
 尖十郎は言葉に詰まった。
(確かに……アイツは)
 16・5kgほどに相当する特盛チャーハン十杯を平らげてなおすきっ腹を抱えていた。
 雲梯の上を平然と駆けていた。
 だいたい初対面からして1000歳を超えているといっていた。
「心当たりがあるようだな」
 死刑宣告を告げるに等しい男の言葉に、尖十郎の肩がビクリと震えた。
「それでも……悪い奴じゃないんです。本当に化け物で忍者やってるにしてはいつもいつも
無防備に色々やらかしてて、俺が世話焼かないと危なっかしい部分があって、本当に子供み
たいで。だから! だから……!」
「……奴の話を聞いていなかったのか?」
「え?」
「人を喰うのだぞ奴は」
 言葉の意味を理解した尖十郎の表情に絶望の色が黒々と広がった。

──「だいたい人喰いはこの県来て以来『県内では』慎んでおったというのに」

(それじゃあ)

──「のう、あれ喰うて良いか?」

(あの時、木錫が食べたがっていたのは)

 少女の指の遥か先では、クレープを食べながらにこやかに会話する女子高生の一団がいた。

人間の……方…………?)

 激痛の灼熱さえ押しのける怖気が背筋一面を冷やした。

「如何なる姿を見せていようと、アイツはひとたび飢餓に狂えば平然と人を喰らう化け物だ」
 鉤手甲の男は悠然と部屋に足を踏み入れた。
「分かったらさっさと逃げろ。そして忘れろ。この女の存在も過ごした日々も」
 気死したがごとくのろのろと階段に向かって歩く尖十郎は……横目で見た。
 ゆっくりと木錫の周囲を回りながら手甲を振りかざす男を。ただし距離は詰めない。ゆえに手
甲は鉤の先端さえかすりもしない。
 面妖な攻撃である。
 男は木錫の周囲を回り、遂には頭上を飛び違えたり横を行き過ぎたりしながらもなお攻撃を
空ぶるのである。しかしその攻撃は威嚇でも牽制でもまして技量の未熟さゆえに当たらぬと
いう様子でもなく、一撃一撃に斬り殺さんばかりの気迫が充溢しているのである。
 立場としては男に守られている尖十郎でさえ身ぶるいするほどの殺気である。
 だがそれを向けられている筈の木錫は大した動揺も見せず、男が正面に舞い戻るやいなや
うーんと大きく両腕を上げて生あくびを浮かべた。
「んん……。お、なにかよう分からんが、終わったかの?」
「ああ。少なくてもあの青年を逃がすまでの時間稼ぎはこれでできる」
「ほう」
192名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:28:01 ID:VOUcIEjI
 感嘆めいた声が木錫の口から飛び出した。見れば先ほど上げた両腕に微細な傷がついて
いる。
「ぬぅ。何かに斬られたようじゃのう」
 濡れた手ぬぐいを叩くような異様な音が木錫から走ったと見るや、彼女と男の間で血しぶきと
肉片が飛び散った。掴んでいた腕が投げられそれがサイコロステーキのように寸断されたの
である。
「こりゃあまたひどいのう。何も講じず出ようとすればばらばらじゃ」
「そこに転がっている信奉者どものようにな」
 ふむ、と木錫は両腕の血をねぶりながらしばし思案にくれ、やがて言葉を発した。
「風閂(かぜかんぬき)という忍法を知っておるかの? 主に風摩に伝わる忍法なんじゃが、
髪の毛を周囲に張り巡らすとちょうどこんな感じになるのじゃ。うむ。髪ではないが髪によらざ
るしてかような物を作ろうとはいやはやまさに眼福眼福。見えこそせんが眼福じゃ」
「御託を」
「いやいや。褒めておる。ここまでできるヌシは間違いなく相当の使い手じゃ」
「……」
 男は悠然と踏み出した。しかし木錫が「出ようとすればばらばら」と看破した部屋なのだ。そ
れは男自身も首肯したではないか。なれば左様な斬撃の結界に踏み込めば彼もまた足元の
骸と同じ運命を辿るのではないか? いやいや先ほど結界を張った時を思い出してほしい。彼
は部屋を縦横無尽に駆け巡っておきながらかすり傷さえ負っていないのだ。蜘蛛が自らの糸
に絡め取られないように彼もまた自身の巡らす結界の攻撃対象から外れているとみえる。
 そうして彼は一歩、また一歩と歩みを進めていく。
 迂闊に動けば木錫は足元の偽両親と同じ命運を辿るであろう。
 かといって動かねば、結界をすり抜けてきた男の餌食。見よ。彼の手に光る一対の鉤手甲
を。先ほど尖十郎を切り裂いたそれは異様な殺気と憎悪に鈍く輝いている!
 しかし果たせるかな、木錫もまた男に向かってじりっと一歩踏み出した!
「斬撃軌道の保持……というところかの? ヌシの能力。その鉤手甲の軌道に沿って斬撃が
残りあたかも透明な刃を置いたかのごとく敵を斬り裂く……とみたがどうじゃ?」
 男の顔にありありと驚愕が浮かんだのもむべなるかな。
「大した能力じゃが相手が悪かったの。わしとの相性は残念ながら最悪じゃ」
 彼は木錫が踏み出した瞬間、斬れる! と確信していた。
 現に部下二人は寸断し酸鼻極まる地獄絵図を醸し出していたではないか。
 だが実情はどうか? やんぬるかな、斬れると見えた木錫はまるで斬れぬ!!
 いや正確には張り巡らした斬撃軌道の細い線自体には引っかかっている!
 それが証拠に皮膚がわずかにへこみ、少女らしい外観に見合った柔らかな肉さえも斬撃の
線にそってすうっと斬られているのだ。木錫は男の能力を「あたかも透明な刃を置いたかのご
とく敵を斬り裂く」と形容したが、まさにその透明な刃は木錫自身の体を通り過ぎてもいるので
ある。現に男は目撃した! 木錫の腹が水平なる透明刃を浴び、脇腹から背中に向かって斬
られていく様を!
 なのに斬れぬ!!
 物理的には無数の刃が当たっているにも関わらず、傷口が一つたりとも開かない!
 刃を浴びた体は次の瞬間にはもう癒合し、何事もなかったかのごとく平然と歩んでいるので
ある。──いかなる名刀とて一ツ所に溜まった水を切断する事は不可能なのだ。斬ったと思っ
た次の瞬間にはもう再生している。
 まさに木錫はそれ。立ちながらにして桶の中の水のごとく斬られないのだ。
 変化といえばせいぜいが白い肌が蝋のように軽く透けて見える程度──…
 何という怪異! 端倪すべからざる魔人のわざ!!
「忍法蝋涙鬼(ろうるいき)。ヌシにはチト余る代物じゃて」
 やがて茫然たる男の前にたどり着いた木錫は、意地悪い笑みの籠った上目遣いをしながら
しっしと手を振った。
「ほぅれほれほれ。逃ーげーたーらーどうじゃあ〜? どうせヌシはわしにゃ勝てん」
 身長差は大人と子供ほどあるにも関わらずこの所業というのは何とも間が抜けた感じだが、
言葉自体は至極理性的で的を射てもいた。
「戦略的撤退もまた良しじゃ。弱いものいじめをする趣味はないし、ヌシほどの使い手をかよう
なつまらぬ争いで殺めるのもつまらん。何十年かの修練、呆気なく水泡に帰したくはなかろ?
第一な。これが一番重要なんじゃが……喰ってもまずそうじゃからのう」
 ケラケラとした嘲笑を浴びる男の風采は確かに悪い。だが彼は蒼然たる面持ちから絞り出す
ような声を漏らした。
193名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:28:31 ID:YFTHwwB7
「逃げたら貴様は先ほどの一般人を喰うつもりだろう」
「わしは彼が好きなのじゃ」
 答えになっているかどうかも分からない答えである。
「ところで『きしゃく』というのは名ではなく苗字でのう。字も本当は『木錫』ではない。わしの居
る組織の連中みなみな能力がそのまま名字でな、くされ縁のえろぐろ女医など衛生兵の英語
読みを苗字にしておる。とはいえわしは見ての通りの老体ゆえに横文字には疎い。よってそ
のまま能力を苗字にしたのじゃが、はて困った、みなみなわしが名と苗字を漢字で連ねるたび
に難しくて読めぬという。やはり今日びの若人には漢字は受けんのじゃろうな。よって両方か
たかなにしたのはやんぬるかな。しかし字面で並べるとどうも名より苗字の方が見栄えがよく
てのう、偽名を名乗る際は苗字を名前としておる」
 つらつらと長広舌に及ぶ木錫……いやもはや木錫が偽名と自白した少女に、男は何も手出
しが出来ぬ。そうであろう。自らの能力を既に封殺した相手に一体何ができようか……。
「ところでヌシは錬金術と占星術の関連を知っておるか? ああ、別に答えんでもいい。わしが
いいたいのはそれら総ての知識に比ぶれば砂粒のごとき小さな知識、一言二言ですむのじゃ。
要するにじゃな、木星は錫(すず)と関連が深いのじゃ。錫というのは”ぶりき”やら”ぱいぷお
るがん”の”ぱいぷ”やらに使われとる金属だそうなんじゃが、錬金術やら占星術的にはこれと
木星が関連付けられておるという。そしてわしは『まれふぃっくじゅぴたー』なる役職でな。漢字
で書けば『凶木星』……ま、本来、”ぐれーたー・べねふぃっく(大吉星)”といわれるほどの木
星が凶象意を孕むのも妙な話じゃが、そういう決まりゆえ仕方ない。おと。話が逸れてしもうた
な。まあぼけた老人の長話として笑って許せい」
 まったく隙だらけの少女である。
 男は考えた。いかな術法であれ集中力が途切れたその瞬間にならば解けるのではないか?
「要するにだから木錫なのじゃ。わしの偽名な。役職が『木星』で『錫』がそれに連なる金属ゆ
えに縮めて木錫。なかなか頓知が効いてて面白いじゃろ?」
 少女が優越混じりの息を吐いた瞬間、うねりを上げた鉤手甲が殺到した。
 果たして小さな頭はガリっという音とともに爆ぜ、錫色の髪の毛がばらばらと舞い散った。
(やったか!?)
 そう息をのむ男の前で少女の頭はどろどろと溶けていく……。
 よく観察すると傷によって溶解したのではなく、口から流れる涎のような液体によって顔面全
体が溶けていくようだった。例えるなら地盤沈下を来したビルの如く、下から順に顎、頬、目、
額、最後に頭というように溶けた肉汁が口中へ埋没していくのだ。そしてその肉汁は首を伝っ
て胸を流れ少しずつ少しずつ少女の原型を崩していく──…
「こりん奴よのう。亀の甲より年の功……。年長者の話はじっくりと聴いて損はないというのに」
 だが少女は喋る。動くべき唇も声を発すべき声帯も溶けてなくなっているというのに、どうい
う理屈か声だけは響くのだ。
「仕方ない。退かぬとあらば殺す他なかろうて。仮にも『まれふぃっくじゅぴたー』という要職に
あるわしがここまでされて何もせぬとあらば沽券にかかわろう。といってものう、あまり喰いで
がなさそうな相手ゆえ気乗りせんがのぅ……」
 腹も足もとろけて下に垂れて行き、やがてマンゴー色の飴を溶かしたような水たまりが畳に
溜まっても声は続く。まったく不気味極まりない。
「忍法我喰い(われくらい)もどき」
 細い目つきをカッと剥きながら男は足元を眺めた。少女だった”モノ”はいまやアメーバか何
かのごとく、ズズッ、ズズッと男に向かって這いだしている。不思議な事に畳に染みついた血や
そこらに転がる肉片とは混ざらないらしく、波濤が砂浜をこそぐる様な調子で通りすぎるのだ。
 男は素早くしゃがみ鉤手甲を振り下ろした。もちろん手ごたえなどない。
「愚かじゃのう。液体の類はまず斬れまいよ。わしを従わせるやんどころなき御方なら別じゃが」
 ちなみに彼女の服や下着は先ほど突っ立っていた場所で無造作に転がっている。白いフェレッ
トと赤いマンゴーの飾りのついたかんざしも服の上に落ちている。
「あ、そうそう。わしの能力と本名をまだ紹介しておらんかったの」
 男の背後で少女は再生した。
「まず能力名じゃが『ハッピーアイスクリーム』という。可愛らしいじゃろ? 横文字に疎いわし
がかたかなで発音できるぐらい気に入っておる」
194名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:29:04 ID:18182kVU
 背中に話しかけるように突っ立つ彼女は当然ながら一糸まとわぬ姿である。
 胸に膨らみはなく胴も筒のごとくだ。小さな臀部には絹のごとき肌がしっとりと纏わりつくだけ
で肉は薄い。両足も白木の細棒を揃えたように頼りない。後ろ髪はほどけ肩や背中に見事な
紫混じりの錫の波を落としている。
 一方で表情はどこまでも明るく、双眸は少女的な無垢の美しさに生き生きと輝いている。
「ヌシの能力が鉤手甲の形を取っているのと同様、わしの能力は『耆著(きしゃく)』の形を取っ
ておってな。耆著というのは忍者が使う方位磁石みたいなもんじゃ。磁力を帯びており水に浮
かべると北を示す」
 濡れ光る肌からはマンゴーの芳しい匂いが立ち上る。どうやら服を脱ぎ捨てたせいで直に体
臭が飛散しているらしい。
「よって苗字は耆著。かたかなで書けばキシャク。偽名にしてた奴じゃな。で、肝心の本名じゃが」

「イオイソゴ、と云う」

「横文字で本名並べるならば『イオイソゴ=キシャク』、奥ゆかしい日本語で書くなれば……ふむ」
 何かが男の肘に打ち込まれた。
 とみるや畳にぼとりと液状の物が落ちる音がした。
「耆著五百五十五じゃな」
 畳の上にできた肉の縦文字を小学生特有の本読みのような調子で読み上げる少女……い
や、イオイソゴとは対照的に、男はこらえにこらえていた悲鳴を遂に上げた。
 さもあらん。彼の肘から先は見事に溶けてなくなっている!
 それだけでもおぞましいのに、溶けた腕は畳の上で「耆著五百五十五」という文字を描いて
いるのだ。
 しかも文字は動く。トカゲの尾は切られた後もしばらく動くというが、この文字の動きはそうい
う反射的な物というよりは例えば電光掲示板に浮かぶイルミネーションのような規則正しさが
あった。肉で描かれた漢字は上から順々にそのフチを膨らませてウェーブを打っている。
「うーむ。我が名ながらいつ見ても仰々しいのう」
 仰々しい悲鳴が轟いているのはまったく意に介さぬイオイソゴ、自分の名を眺めつつ、更に
講釈を続けた。
「五百は『いお』とも読むのじゃ。万葉集にも『白雲の五百重(いおえ)に隠り遠くとも夕(よひ)
去らず見む妹があたりは』などという句もある」
 溶けた肉が男の残る腕から滴り落ち、イオイソゴの言葉を速記していく。
 二本目の鉤手甲がからからと畳を転がり……やがて六角形かつ掌大の金属片へと姿を変えた。
「五十を『いそ』と読むのは馴染み深いじゃろう。山本五十六というお偉い大将がおったからの。
ちなみにわしは越後長岡で小さい頃のこやつと遊んだ事もあるが……まあいらざる話かのう。
五が『ご』と読むと講釈するよりいらざる話」
 両足の肉が解けて地面に溜まり、文字を描きながら素早く避けた。
 何を避けたか……、無論、支えを失いうつぶせに倒れる男をである。
 それをきっけけに速記は終了した。
「と。またしても長話がすぎたのう。生きておるか? 聞こえておるか? そのまま死んでは閻
魔の前でも首傾げたままとなろ。されば不敬を問われ沙汰が重うなる。それを良しとするほど
わしは鬼じゃないゆえ教えてやろう」
 倒れた男はもはや達磨状態である。
 それをよっこらとひっくり返しながら、イオイソゴは呟いた。
「ヌシが溶けたのはわしの耆著・ハッピーアイスクリームの特性のせいじゃ」
 その手にはドングリとも銃弾とも取れる先の尖った小さな物体が握られている。
 耆著とは正にこれを指すのだが、男の知る由ではない。
「わしも理屈はわからんが、これを撃ちこまれた物体はの、いい感じの磁性流体と化すらしい。
で、わしの持つ耆著で操れるという寸法じゃ。大雑把な磁力操作ゆえ精密動作は難しいがの。
磁性流体というのはそもそも強磁性体の固体微粒子を”べーす”となる液体中に界面活性剤を
用いて分散させた懸濁液。字面は難しいが要するに磁石を近づけたら海栗みたいな形に尖っ
たりいろいろ変形する不思議で面白な液じゃ。恐らくわしの耆著に元来そなわっておる磁力が
物体に作用する事で磁性流体を作るのか……。しかしそれにしては本来の磁性流体よろしく
黒くならぬのが不思議じゃのう……。まあ、わしは錬金術師ではないから科学的究明などは
専門外。ただしわしが数百年来やっとる職業的見地からなれば断言できる」
 ピっと親指と人差し指が動くと、耆著が男の胸に突き刺さった。
「忍法だからじゃ!」
 男の全身が溶けていく。
「忍者のわしが使うこんな能力は忍法としかいいようがなかろ」
195名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:29:38 ID:D+4MvLTy
 イオイソゴは満面の笑みでハイハイをしながら、かんざしをひったくった。
「なれば荒唐無稽大いに結構じゃっ!」
 起伏のない裸体をいきいきと反転させてイオイソゴは男の前に舞い戻った。
「おおそうだ聞いてくれ聞いてくれ。蝋涙鬼やら我喰いもどきやらも耆著の特性の応用なのじゃ。
わし自身に打ち込んだ場合はの、わし自身の意思である程度動けるのじゃ。まぁ、本来の我
喰いは消化液で色々溶かすものじゃから、わしの使うのは”もどき”にすぎぬが」
 そしてかんざしの端を持って軽く捻ると、果たしてキャップのように開くと……
 ストローが出てきた。
「ふぉっふぉっふぉー! いっつぁ食事たーいむ!! ……あぁでもやっぱまずそうじゃのう。
しかし喰いもせんものを殺すのは主義ではないし、第一自然の摂理に反する。かといってどう
も中年の肉は瑞々しさが無く脂ぎっててうまくない……仕方がない」
 ドロドロの肉塊を困ったように眺めると、イオイソゴはその上に握った左拳をかざした。
「わしは”ふぇれっと”と”まんごー”の細胞を入れられた調せ……ええと、そう、怪人なのじゃ」
 果たしてぎゅっと絞った左拳からはオレンジ色の汁がダクダクとあふれ出る。
 むろんその匂いはマンゴーの物であるから、どうやらイオイソゴは汗腺よりマンゴーの果汁
を出せるらしい。それで味付けするという発想に行きつくのは当人にとりごくごく自然といえよう。
 なおこれは余談になるが、マンゴーはウルシ科の植物のため人によっては果汁にかぶれて
しまう事もある。先ほどイオイソゴと手を繋いだ尖十郎が手に痒みを覚えたのはそのせいなの
であろう。
「本当は”らっこ”と”こうがいびる”が良かったのにえろぐろ女医がいらんコトしおったから……」
 えぐえぐと泣きながらイオイソゴは『男』だった肉塊にストローをプスリと差し込んだ。
「じゅるじゅる。”ふぇれっと”と”まんごー”の細胞を入れた理由は『淫猥な響き』だからだそう
じゃ。うぅ。何がどう淫猥なのかもわしにゃ分からんから忌々しい。じゅる。じゅるるる」

 やがて男を食べ終わると、イオイソゴは粛然と呟いた。
「大丈夫じゃ。お主を痛めつけようとかそういう意思は持っておらぬ」
 向き直った遥か先にいたのは尖十郎。壊れた襖の中に茫然と座り込んでいる。
 一連の戦いの妖気に囚われたという訳ではない。
 彼の周囲の床はことごとくドロドロと溶けている。立てないのはその溶けた床が強烈な磁気を
帯びて尖十郎を拘束しているためである。
 イオイソゴは戦闘の最中に尖十郎の足元へ耆著を打ち込み、辺り一帯を磁性流体と化して
いたと見える。
 むろん最初は逃れようともがいていた尖十郎であるが、磁力は血中の鉄分に反応したのか
彼を床へと吸いつけた。傷の痛みを堪え必死の思いで階段へ逃れんともがいた彼だが、横目
で見たそこも既に磁性流体のるつぼであった。かろうじて見えた一段目はとろけていた。左右
の壁に至っては何らかの磁力線に沿ったらしく針山のように激しく隆起し、向かいのそれと癒
合するや……扉よろしくばったりと閉じた。後はもう最初からそこに階段などなかったようにふ
よふよと波打つ異常な壁があるばかりである。ならば二階の窓から、と振り返っても磁性流体
と化した窓枠総てことごとく癒合し退路を断っている。そも退路があったとしても、尖十郎はそ
の場から一歩も動けぬ。
 そうこうしているうちに前出の妖気を孕んだ戦いを観戦せざるを得なくなり、かつて「木錫」と
呼んでいた憎からぬ隣人が人を喰うおぞましい情景さえまじまじと見せつけられる羽目になっ
たという次第。
 脱出を阻まれた時点ですでに精も根も尽き果てていた尖十郎だ。
 もはや瞳からは光が消え、ただただ呆けたようにイオイソゴを眺めている。
「できれば知られたくなかったのう。わしの本性」
 ストローを仕舞ったかんざしを口に咥えながら、イオイソゴは無邪気な調子で髪をポニーテー
ルに結わえた。服はまだ着ていない。にも拘わらず彼女は裸体を隠そうともしない。少女らしく
そういう所業にあまり羞恥がないのだろう。
 とはいえ瞳には憂いと悲しみの光が限りなく宿っている。
「わしはな。人間が憎くて喰っとる訳ではないんじゃ。仲間たちは……それぞれ凶悪な理由で
人間を殺しておるが、わしは違う」
 やがてできたポニーテールへかんざしを斜めに刺すと、イオイソゴは白い裸体をくゆらせるよ
うに四つ足で尖十郎にすり寄った。
196名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:30:16 ID:BsqslZam
「ヌシら牛肉とか好きじゃろ? でも牛を見てすぐに殺したいとは思わぬじゃろ? 殺されるさ
だめの牛を見たら、まず『可哀相』って思うじゃろ? ……わしの人間観もそれなんじゃ。食べ
たい。けれど隣人としては愛おしい。だからわしは憎悪で人を殺したくないのじゃ」
 そっと尖十郎の首をかき抱くと、イオイソゴは甘い匂いのする唇を彼のそれへと押しつけた。
しばらくそうしていただろうか。ねっとりとした果汁の糸を引きながら、気恥しげに視線を外しな
がら、イオイソゴは呟いた。
「その……好きじゃ。わしはお主の事。許可が出なかったとしても、好きなんじゃ」
 わずかに尖十郎の瞳に光が戻った。そして彼は何かを言いかけた。
「だから喰うのじゃ」
 耆著が尖十郎の喉笛に深々と突き刺さった。
「安心せい。さっき言った通り『痛めつけは』せん。そのうち脳髄さえもとろけ痛みも何も感じな
くなる。ただわしの中で甘く甘く溶けていくだけじゃ。そう……」

「ハッピーなアイスクリームのように」

「だが唇を合わせるのは好きな者だけじゃぞ。ストローなぞ……使いとうない。ヌシを直接感じ
させて欲しいのじゃ…………」
 再び合わせられた唇から、じゅるじゅると何かをすするような音が響いていく。
 尖十郎の体はいつしか横たえられ、ずずずと音が響くたび少しずつだがしぼんでいく──…

 およそ一時間後。

「くふふ……。好きになった者を喰いたくなるわしの性、正に業腹」
 尖十郎のブレザーを前に、口を拭うイオイソゴの姿があった。
 彼の姿はもはや辺りにはない。
 或いはイオイソゴの腹部を解剖する者があれば観察できるかも知れないが……。
 果たして見えざる斬撃線をスルリと切り抜け、果てはゲル状にさえ溶解できる彼女を解剖で
きる者など存在するのだろうか? そもそも磁性流体と化した状態で喰われた”物”を元の存
在として認識できるかどうかと問われればそれもまた難しい。DNA鑑定を用いれば照合自
体はできるが人間的感情では色々認めがたい部分が多いだろう。
「旨かったのう。でも……」
 法悦の極みという態でニンマリと笑っていたイオイソゴの瞳にみるみると涙があふれた。
「やっぱり悲しいのう」
 涙は頬を伝い、持ち主亡きブレザーの上へぽろぽろとこぼれていく。
「いくら喰っても腹が減る。満腹になっても腹が減る。いつになったらわしは満たされるのじゃ
ろうなあ。わしのような化け物が世界に満つれば変わるのかのう? 教えておくれ……尖十郎」
 ひとしきり泣いた後、黒ブレザーを着ると、イオイソゴ=キシャクは仮初の自宅から姿を消した。
 
 以後、その街で彼女を見た者はいない。
197名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:30:58 ID:TBAdxNa0
「なんじゃ?」
 今日もあいつの目付きは鋭い。まだ年端もいかぬと形容するのが
妥当な彼女の外見の中で、唯一彼女本来の年齢を感じさせるのが、
その鋭い視線だ。
「……今日、何日だっけ?」
「ふむ。……今まで戯け戯けと馬鹿にしてきてすまなかったのう。まさか
 そこまでお主の脳味噌が深刻な状況にあるとは思わなんでな。許せ」
「違え!? なんで俺が普通に今日の日付忘却した設定になってんだ!?」
「ん? 違うのか。お主の脳味噌ならありえるか、とも思うたのじゃが」
「その認識は撤回していただきたい。俺の脳は歳相応だ」
「では何ゆえそのような問いを寄越す? 27日であろう。かれんだあを見よ」
「そうですよ27日ですよそんな事くらいわかってますよ! 俺が言いたい
 のはだな、今日を遡る事3、4日、何らかのイベントがあったはずでは
 ありませんか、という事なんだよ!」
「迂遠な。そうならそうと、はっきりと申せばよかろうに」
「催促をはっきりしたら、俺が情けなくなるだけだろうが!」
「……催促?」
 あ。
 俺がうっかり口走った言葉を聞き逃さず、彼女は喰らいついてきた。
 鋭い視線に、妙な光が宿る。
「何を催促するのじゃ? わしがお主に促されるような事が、何かあったとは
 思えんが? 何をどうして欲しいのじゃ、お主は? ほれ、言うてみい」
「……お前、それを男の口から言わすのか?」
「なんじゃ、口では言えんような恥ずかしい事か? 生憎、この身体では
 お主のその欲望に応える事はできんから、容赦して貰えんかの」
「違ええ!? なんで俺がお前にあんな事やこんな事――」
「しとうないのか?」
「――少し、したいです……ってそうじゃねえ!?」
 思わず本音が。ガッデム。
「ふむ、素直じゃな。だがそれをするのはもう少しわしの身体が育つまで待て」
「ええ待ちます待ちますとも! けど話はそうじゃないって言ってんだろ?」
「ふむ?」
 このまま思い出してもらおうとしても埒が明かないと思い、俺は記憶を
呼び起こす為のキーワードを提示する事にした。
「えっと、現代日本における行事について、大雑把に説明しただろ? 12月
 には大きなイベントがあって、その時どうするか、も」
「おお、そういえばそんな話も聞いておったの。はて、12月のいべんと……
 なんじゃったかのう?」
「お前のその口調でそういう風に呟くと、本気でボケたみたいに聞こえるな」
「お主の場合、いついかなる時も本気でボケておるがな」
「だから俺の脳は歳相応だって言ってんだろ!? ボケてねえ!」
「冗談じゃ。さて、わしの明晰な頭脳はお主に聞かされた話を覚えておったぞ」
「おお、覚えてたのか」
「12月のびっくいべんとと言えば、くりすます、じゃな?」
「そう、それだよそれ! その時どうするって教えた?」
「確か……さんたくろうすなる怪人が、くりすますの夜に一家が寝静まった
 家屋に不法侵入。子供が欲しがるものを何故か察知しており、それを子の
 寝る部屋に残した後、、本人は影も形も無く消えうせるという……」
「どんな都市伝説だよ!? ……まあ、概ね間違ってないけど」
198名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:31:27 ID:ZHW3yXq/
「確か、実際はさんたくろうすなる怪人は存在せんのだったな」
「そうそう」
「その代わりとして、ぷれぜんと交換なるものをする、と」
「そうそう! って覚えてんじゃん!」
「今まですっかり忘れておった。ここ数日家も空けておったしの」
「そうだよ! なんでいきなり24日から3日間いなくなるんだよ! まさに当日だよ!?」
「野暮用じゃ。主には関係ない」
「……むぅ」
「ほほ、そうむくれるでない。ま、おぬしの言いたい事、おおよそは理解できたわ」
「できたのか」
「うむ。お主は要するに、ぷれぜんと交換をしたかったのか?」
「……べ、別に、そこまでしたいってわけじゃないけど」
「そうか、ならば別にせずともよいな」
「嘘ですしたいですもの凄くしたいなぁ僕!」
「ならば致すとするか」
「おお! って、お前、何だかんだ言ってプレゼント用意してたんだ?」
「ん? わしは何も用意しとらんぞ」
「なんでだよ!?」
「確かその折に言っておったろう。おなごが男にするプレゼントは、おなご
 自身であり、それが最も男を喜ばせる、と」
「それはそういう事すんなって意味で言ったんだっ!?」
「こうであったな……『ぷれぜんとは、た・わ・し♪』」
「間違ってる! 間違ってるから!?」
「ふむ、違ったか。確かに洗浄用具とわし自身には何の関係もないの。
 じゃが、まあ、お主とてわし自身を捧げられるのは悪い気はせんじゃろう?」
「お前……それ凄い自信家な発言だぞ。ちんちくりんの癖に」
「なあに、程なくして育つ。そういう風に調整したのじゃからな」
「……なんだかなぁ」
「とにかく、わしのプレゼントはわし自身じゃ。駄目かの?」
「いや、駄目っつうかむしろそれは大歓迎っつうか育たなくてもいいって
 言うかいやいやいやいやちょっとまて俺ストップ俺自重しろ俺」
「うむ、喜んでもらえて何よりじゃ」
「喜んでな……くはないのが困る。とほほ……」
「とはいえ、わしのこの身体は、まだお主を受け入れるには無理がある」
「だから受け入れるとか何とか、どうしてそう発想がエロいんですかお前は」
「そこで、じゃ……ちと近う寄れ」
「なんだよ……」
199名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:31:56 ID:SHhtq8cN
「うむ、そこでよい。では、わしからのぷれぜんとじゃ。ん」
 頬に感じる温かい、少し濡れた感触。
 これは……唇!?
「な……!?」
「頬に接吻……これがわしからのぷれぜんとじゃ」
「……お前、なぁ……」
「その内大きくなったら、もっと色々としてやるからの。前約束のようなものじゃ」
「……期待しておきますとしか返しようが無い自分が嫌だ」
「さて、お主のぷれぜんとは何なのじゃ?」
「……気にいってもらえるかどうかわからないけど」
 俺は、押入れに隠しておいた包みを取り出す。
「随分と大きな包みじゃのう」
「ほら、これだ!」
「な……これは!?」
 包みを勢い良く取り去ると、その下から出てきたのは、大きなクマのぬいぐるみ。
「なんか、前クレーンゲームで取ったのやったら、えらい喜んでたからさ、
 大きいの、奮発してみた」
「……わ、わしがこんなこどもだましのぬいぐるみなどでよろこぶと思ったら
 その通りじゃ! 大きいぞ!? なんじゃこの大きさは!? もふもふしても
 よいのか!? 駄目と言われてもやるぞ! わしはやると言ったらやる女なのじゃ!」
「……あ、いや、まあ、どうぞご存分に」
 タックルを仕掛けるようにぬいぐるみに飛びかかり、彼女は存分にその
感触を楽しみ始めたようだ。久しぶりに見るな、こんな喜色満面の笑み。
 いつも鋭いその視線も、今はだらしなく緩んで、ぬいぐるみに注がれている。
「ま、喜んでもらえたようで何より」
「うむ! うむ、実に良いぞ! わしは非常に喜ばしい!」
「じゃま……ちょっと遅れたけど、メリークリスマス」
「ん? なんじゃその、めにぃくるくるしますとは?」
「回すな回すな。クリスマスの挨拶だよ。メリー、クリスマス」
「めりぃ、くりすます」
「そう。メリークリスマス」
「めりぃくりすます、じゃ!」
「うん……メリークリスマス!」
 彼女との初めてのクリスマスは、こうして3日遅れで何とか無事終了した。
 ちょっとやきもきもしたけど、喜んでもらえたし、まあいっかな?
200名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:32:35 ID:3M6X03tm
「おい、お主」
「なんだよ、俺はダイナマイトとハッスルザッピングするのに忙しくて……
 って、なんだこりゃ?」
 何やらデロンとした物体が器に入れられている情景。彼女に呼ばれて
自室から居間にやってきた俺が見たのは、そんな情景だった。何コレ珍百景?
「何をと申すか。見てわからんのか?」
「わからんから聞いてるんだが」
「……ホントにわからんのか、お主は?」
 そのデロンとした物体は、どうやら何かの液体につけられているようだ。
ますますわからん。何かのオブジェのように見えなくもないが、それにしても
独創的な造形で、俺には理解のできない美の表現なのかもしれない。
「お主……今日は何日じゃ?」
「そうか、お前もとうとう歳相応の脳味噌に……」
「それはくりすますの意趣返しか!?」
「バレたか。まあ、今日は大晦日だよな。それとこの謎の物体Xに何の関係が?」
「謎の物体えっくす……」
 何やら、彼女はわなわなと震えだした。だが、年端のいかない少女の
外見で震えられても、可愛くしか見えない。まあ、怒ってるだろうという
のはわかるんだけども。
「何怒ってんだよ」
「せっかく……せっかくお主の為にこれをわざわざ作ったというのに、謎の
 物体X呼ばわりまでされて、これが怒らずにおられるかっ!」
 うわ、ホントに怒ってる……。けど、真っ赤になった顔は、やはり可愛いだけで、
あまり怖かったりしない。困ったもんだ。
「だから、これ何なんだよ。俺にゃさっぱり見当がつかない」
「……今日は大晦日じゃ。そして、大晦日に食べるものと言えばなんじゃ?」
「大晦日に食べる……年越し蕎麦か?」
「その通りじゃ! いぐざくとりー、という奴じゃ!」
「それとこの謎の物体XX(ダブルエックス)に何の関係が?」
「まだわからんのかこの戯け! これは蕎麦じゃ! 年越し蕎麦じゃ!」
「………………」
 目の前の、器に入った物体は、どう見ても蕎麦ではない。
「あはは、またそんな冗談言って俺を担ぐつもりだな」
「大戯けがぁああああ!? 何ゆえにわしがそのような冗談を言わねばならん!?」
「だって、ほら、蕎麦ってのはもっとこう、細くて長くて、こう、ズルズルー、
 ってすすれるような感じの物だよ?」
 目の前の、器に入った物体は、どう見ても菱形だった。ぶよんとした菱形。
「……そ、それは……その、初めて、このようなものを作ったので、ちょっと
 上手く出来なかったかもしれぬが……」
 ………………えっと、上手く、できなかった? という事は、つまり? ホントに?
「……これ、蕎麦……なの?」
「そうじゃと言うておる! 年越し蕎麦じゃ!」
「そうか、蕎麦のつもりだったんだ……」
「つもりではない! お主、わしの堪忍袋の緒はそれほど太くないぞ!?」
「いやいやいや、すまんすまん、わかったわかった。これは蕎麦だ」
「うむ、それでよい」
「そういう設定でいこう」
「………………」
「……あれ?」
「今、わしの中で何かが切れた音が聞こえたんじゃが……これは何の音かのう?」
「……えっと、その……僕、やりすぎましたか?」
「後悔は……先には立たぬものじゃ……」
「ちょ!? 怖い! その笑顔怖いですよ!? 膝が震えてますよ、私!?」
 にっこりと笑う彼女の背後に、何か黒い色をしたオーラが見えたような、
そんな気がした瞬間、
「一度死んでくるがよいぃぃぃぃぃぃ!」
 彼女の華麗な後ろ回し蹴りがテンプルにクリーンヒットして、俺は視界は白に
閉ざされた。俺の大晦日、さようなら。そしておはよう、2009年……と、2009年におはようできる
事を祈りながら、俺の意識は白に包まれて――――――あ、お花畑だー♪
201名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:33:10 ID:eaGd6rt3
「行くのかい?」
「ごめんな、婆ちゃん。俺、帰らなきゃ」
「待ってる人でもいるのかい?」
「ああ。喋り方は婆ちゃんみたいだけど……凄く可愛い女の子が、俺を
 待ってくれてるんだ」
「そうかそうか。待っとる人がいるんなら、帰らんとなぁ」
「ま、俺も後八十年くらいしたらこっち来るからさ」
「ほっほっほっ、随分長生きするつもりじゃねえ、あんたも」
「そのくらい、あいつと一緒にいてやりたいからさ……あいつには言えないけど」
「ほっほっほっ」
「じゃあ、行くよ、婆ちゃん」
「行ってらっしゃい。孫と正月を迎えられて、わたしゃ嬉しかったよ」
「俺もだよ、婆ちゃん。元気で……ってのもおかしいけど、元気でな」

 なんだか、夢を見ていたような気がする。内容は思い出せないけど、
なんだか凄く温かくて、そして少し寂しい、そんな夢を。
 どうやら、俺はいつの間にか眠っていたらしい。いつ眠ってしまったのか、
記憶には無いけれど。

「……う、ううん」
 身じろぎをした俺の頭には、いつもの枕のそれとは違う、何やら柔ら固い、
不思議な感触が。
「起きたか。もう、起きんかと思っておったぞ」
 声が……目の前から降ってくる? いつもと違う聞こえ方の、いつも聞いてる
その声に、違和感を覚えながら俺は瞳を開いた。
「……あれ? お前の顔が……目の前、に?」
「寝ぼけておるな」
「寝起きだから……って、あれ? という事は……」
 あいつの顔が目の前にある。
 そして、頭に柔ら固い感触。
 この二つの符号が示す物は……一つ!
「……せめてもの詫びじゃ。元はと言えば、わしのせいじゃからの」
 ひ・ざ・ま・く・ら?
「お前……なんで俺を膝枕してんの?」
「言っておるじゃろう。詫びじゃと」
「……詫びられるようなこと、されたっけ?」
 どうにも意識がはっきりしない。なんか強い衝撃を受けたような、そこはかと
無い記憶があるような気がしないでもないが、そんな衝撃を受けたというのに、
俺は呑気に眠っていたというのか。
「覚えておらぬのか?」
「すまん。なんかこう、ドカーンと何かがきたようなイメージは残ってるんだが、
 それが一体なんだったかはさっぱり思い出せない。なんか知らない内に
 眠りこけてたみたいだし……お前が、何かしたのか?」
「……いや、まあ、その……覚えておらぬのなら、気にするな。些細な事じゃ。
 まあ、それはともかく、今はこのままでおれ」
「あー、いいのか?」
「構わん。わしは今そういう気分なんじゃ」
「どういう気分だよ」
「考えるな。感じるのじゃ」
「どこの青三号だよ……」
「……時に、頭が痛かったりはせんのか?」
「なんで?」
「いや、痛くないのならよい。存分にわしの柔らかい太ももを味わえ」
「……柔らかいっていうか、柔ら固いって感じだが」
「むっ!?」
「けど、いいよ。なんか、いい感じ」
「……そうか。ならばよい」
 いつもの鋭い彼女の視線は、今日も変わらず俺に注がれている。だけど、
その目は心なしか赤く充血しているように見えた。
202名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:33:47 ID:AgHeCTdH
「お前は夜更かししてたのか? 俺はいつの間にか眠っちゃってたみたいだけど」
「うむ。わしは大晦日からずっと眠っておらん。まあ、別に平気じゃが」
「大晦日から?」
「うむ」
「……あれ、という事は、今日何日だっけ?」
「正月じゃ。元日。1月1日」
「そうか、正月か……って、正月!?」
「……何を驚いておる。大晦日に眠って、目が覚めたら正月。自然な話
 であろう? 別に驚くことは何もないはずじゃが?」
「あ、いや……そう、か。そうだな。そう言われればそうだ。あっはっは」
「ほっほっほっ、そうであろう」
 心なしか、彼女の笑いは乾いて聞こえたような気がしたが、まあきっと
気のせいだろう。別に乾いた笑いを挙げる場面じゃないし。
「あ、じゃあ、言っとかないと。よいしょっと」
 頭に覚える感触は少し名残惜しかったが、俺は起き上がり、姿勢を正した。
「ふむ……新年の挨拶じゃな」
「そうそう。ちゃんと言っておかないとな」
 彼女と俺は、互いに正座して向き合い、三つ指を立てる。
「あけまして」
「あけまして」
『おめでとうございます』
「……ふぅ、さっぱり目を覚まさんかった時はどうなる事かと泣きそうに
なったが、無事で本当に良かった……」
「ん、何か言ったか?」
「いや、何も言うてはおらんぞ。気にするな」
 彼女が小さな声で何か呟いたような気がしたが、まあ何も言ってない
と本人が言ってるから気のせいなんだろう。
「時にお主、腹は減っておらんか?」
「そういえば、年越し蕎麦も食べずに寝ちゃってたんだっけ」
「お主の分はちゃんととってあるぞ」
「おお、そりゃありが……なんだこれ?」
「……年越し蕎麦のようなものじゃ。わしが作った失敗作じゃがな。とって
 おいた麺を茹でなおしたのじゃ」
「蕎麦……麺っていうより、オブジェだな、こりゃ」
「……もう何も言い返さぬ。とにかく、食してみい」
「まあ、せっかくお前が作ってくれたんだから、失敗作だろうが何だろうが、
 ありがたく食べさせてもらうよ」
「うむ」
「……ぱく。もぐもぐ……」
「ど、どうじゃ!?」
「いや……蕎麦じゃないな、この味と食感は」
「……そ、そうか」
「でも美味いよ。変わった味だけど、美味い」
「そうか! そうであろう! わしが作ったのじゃからな!」
「ありがとな。今年もよろしく頼むよ」
「うむ……わ、わしの方こそ、よ、ろ……う、うぅ……」
「あれ? なんで泣いてるんだ?」
「馬鹿者! 女子の涙を詮索するなぞ、無粋の極みじゃぞ! というか
 そもそもわしは泣いてなぞおらん! 単に目にゴミが入っただけじゃ!」
「……そうなのか?」
「う……嬉しいのは本当じゃが、それで泣く程わしは弱くはない!」
「……そっか。ま、んじゃ改めて、今年もよろしくな」
「うむ。よろしくされてやろう! 今年もわしについてくるがよい!」

 そう言って、少し赤さが増した目で笑った彼女の顔に、俺は自然と微笑を
返していた。鋭い目つきが、糸のように細められ、軽く上記したその顔の
可愛さに、思わず俺の頬も赤くなる。ま、今年もなんだかんだでこんな感じなんだろう。
 そんなこんなで、多少曖昧な所があったりもしたけれど、俺と彼女の
2009年は、こうして幕を開けたのだった。
203名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:34:28 ID:Ny3dLjpY
『ロリババアとは何か
 この至上命題を探求し、様々なロリババアの可能性を模索する事で
 数多のロリババアの形態をこの世に現出させるのを目的とした研究会です
 さあ、君も今日からロバ研でロリババアについて語り合わないか!』

 そんな頭の悪いチラシを拾った俺は、試しにあいつに見せてみた。
「なんじゃこれは?」
 想像通り、返ってきた反応は半眼。普段からきつい目付きがさらに鋭く、
細くなっている。
「何か、お前みたいなのを研究したいんだとさ」
「……よくわからぬ嗜好の持ち主がおるもんじゃのう」
「うちの大学にこの前できたサークルらしいんだけど……よくこんなサークル
 認可されたよなぁ」
「さあくる? 同好の士が集まって語らう集い……じゃったかの」
「そうそう」
「しかし……わしのような存在がそうそうおるわけもなかろう。一体こやつらは
 何を研究しようというのじゃ? ……もしや、わしが知らぬだけで、世の中には
 千歳(ちとせ)を生きる者が溢れておるのか!? そして、こやつらはそのような
 者を捕らえ……ああ、そんな無体なっ!?」
「ああ、研究って言っても、お前が思ってるようなんじゃないから」
 多分、こいつの頭の中では腑分け……つまり、解剖とか、そういうのを
やってる図が思い浮かんでるんだろう。ターヘルアナトミアかいな。
「創作の中にな、お前みたいな登場人物って結構いるんだよ。だから、そういうのに
 興味があったり、そういう登場人物を嗜好する人間が集まって、あの登場人物が
 いいとか悪いとか、そういうのを語らったりするわけ」
「楽しいのかの、それは?」
「まあ、他人の価値観だから、俺には何とも」
 価値観の共有がそれなりに楽しいって事は、まあわかるしな。
 ……実際、こいつを目の前にしてると、そういう趣味嗜好の持ち主が存在
する理由というのも、よくわかるし。口に出しては言えないが。
「……よくわからんのう」
 再びチラシに目を落とし、彼女は首を捻っている。
204名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:35:05 ID:vTh8D/p5


「昔は、そういう趣味嗜好はなかったのか?」
「今の世とは、おぬしの言葉を借りれば価値観が違うからの……例えば、
 わしの生まれた頃は、貴族は皆『ろりこん』じゃったから」
「源氏物語とかかぁ……まあ、確かにロリコンだよな、今からすると」
「わしとて、求婚された事はあるのじゃぞ?」
「うそ、マジで!? ……凄いなぁ、昔の人」
 こいつの外見年齢からすると……確かに、どう考えても、言い訳しようが無い
くらいにロリコンだ、その人。まあ、結婚が儀礼的、政治的意味を失ってる
今みたいな時代だから、そう思ってしまうのだろうけど。
「そう考えると、こやつらも『ろりこん』なのじゃろうか?」
「あ……うん、多分そうなんじゃない?」
 チラシを指し示しながらそういう彼女に、俺は曖昧な頷きを返した。
「しかし、『ろり』を嗜好する意味合いはわかるが、そこに年嵩を加える事に
 どのような意味があるのじゃろうか……」
「見た目と中身のギャップとか、そういう感じじゃないかな」
「ふむ……では、お主もか?」
「ぶっ!?」
 思わぬ攻撃だ。俺は思わず視線を彷徨わせた。
「……それとも、わしの事は遊びという事なのかのぅ……」
「べ、別にロリコンってわけじゃ……単に、その、お前がたまたまろりぃな
 外見だったってだけで……えっと……」
「ほっほっほっほ、冗談じゃ、慌てんでもよい」
 ……からかわれた、のか。ガッデム。
「さて、そろそろ昼餉の時間じゃ。今日はうちで食うのじゃろ?」
「あ、ああ、そのつもり……って、まさか!?」
「おぬしの分もたんと作ってあるから、しっかり食べるんじゃぞ」
「お前が作ったの? いいって言ってるのに……」
「遠慮せんでもよい。さあ、たんとお食べ」
「……お前が作ると、何でも甘くてお菓子な感じになるからなぁ。美味いけど」
「美味いのなら問題は無いじゃろう。さあ、食え食え」
 嬉しそうに笑いながら、彼女は俺を食卓へと引っ張っていく。
 ……ま、いっか。確かに味は美味いしな。
「そうじゃ」
 不意に、彼女は立ち止まり、俺の方を見た。
「先の言葉……嬉しかったぞ」
 そして、とびきりの笑顔を浮かべて、そう言った。
「………………」
「だから、大盛りサービスじゃ……っと、なんじゃ? 顔を真っ赤にして?」
「……もう駄目。お腹いっぱい胸いっぱい」
 はあ……まったく、貴方たちの気持ちがよくわかりますよロバ研の皆さん……。
「まあ、そう言うな。まだまだ成長期じゃろう、おぬしも。たんと食えたんと」
「はいはい、たんと食わせていただきますよ。お腹が破裂する程にね」
 まったくもって……最高だよな、ロリババア。そんなロリババアが、一番大切な
人だなんて……俺の人生も最高かも。
 そんな事を思うと、自然と俺の顔には笑みが浮かんでいた。
 願わくば……こんな日々がずっと続きますように……そんな願いと、想いをこめた笑みが。
205名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:35:53 ID:/KoB7xQ/

 終業のチャイムが高らかに鳴った。
 ここ、春星高校2年4組でも担任の白河百合香(しらかわ ゆりか)が生徒
への伝達事項を終え、いつもの温和な表情を浮かべたまま軽く手を叩いた。
「はい、本日のホームルームはここまでです。皆さん、気をつけて――」
 ――唐突に、勢いよく前の扉が開いた。
「豪、修行の時間じゃ! 帰るぞ!」
 満面の笑みで元気いっぱいに吼えたのは、髪をツインテールに括った矢絣(
やがすり)の着物に袴姿の幼女だった。
 ちなみに豪、と呼ばれ顔を引きつらせたのは、教室の中ほどにいた男子生徒、
木島豪(きじま ごう)である。短く刈り上げた髪の下にある、ギョロリとし
た眼が印象的な少年だ。捲り上げられた袖から覗く腕っ節はいかにも屈強そう
だ。
 そして豪の後ろの席にいた癖っ毛茶髪の女悪友・伊達有紗(だて ありさ)
が、勢いよく立ち上がった。
「おーっと! ここで小さな乱入者の登場! 愛の干渉者は果たして何者か!
 さあ! 事件の中心注目の的、木島豪君コメントをどうぞ! ――って、あ
ら?」
 マイクを突き出した有紗の前の席は、既に空だった。
「豪ちんは?」
 近くにいた眼鏡の男子生徒に尋ねてみる。
 彼は開いている窓を指さした。
「木島なら、たった今窓から飛び降りてったぞ」
「逃がすか!」
 袴姿の幼女は勢いよく跳躍すると、尋常ではない速度で生徒達の机の上を駆
け抜け、そのまま豪を追って窓から飛び降りた。
 なお、ここ、二年生の教室は三階にある。
 有紗は窓際の席に駆け寄ると、大きく身を乗り出した。
「愛の逃避行!? それとも心中か! 禁断の愛に狂った少年の末路やいかに!
 アタシ、伊達有紗は引き続き、調査を続行しようと思います!」
 本気で飛び降りようとする有紗を必死で制したのは、先ほど声を掛けられた
眼鏡の男子生徒だった。
「待て! ここは三階だ!」
「……えーと」
 彼の名前を思い出せない有紗であった。
「増田だ! いい加減、名字だけでも覚えやがれ!」
「むむ、増田欲求不満? いくら彼女が胸ないからってそんなに強く揉まなく
ても」
 特に手を払いのけようとしない有紗に、逆に男子生徒――増田卓(ますだ 
たく)の方が顔を赤らめ退いた。
「っ!? も、揉んでねえし、そもそも小星は彼女じゃねえ!」
 その卓に後ろから襲いかかったのは、小柄な少女だ。薬師寺小星(やくしじ
 こぼし)、卓の幼馴染みである。
「お返しにタックンの胸も揉んでみよう!」
「揉むなーっ!!」
「……今日もクラスは平和ねえ」
 騒々しい教室の光景を、ニコニコと眺める白河百合香であった。


 そしてその教室から十数メートル下の地面。
 木島豪は、うつぶせで車に轢かれた蛙のようになっていた。
206名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:36:24 ID:8GI7zpKp

 その背に乗った袴姿の幼女は、愉快そうに頭上の喧噪を眺めていた。
「ほ、面白いのぅ、豪のクラスは」
「……逃げないから、背中から降りてくれるか、師匠」
「うむ」
 幼女――仙女・武桜(ぶおう)は、ようやく豪の背中から降りた。
 この二人の関係は、有紗が(本気かどうかはともかく)考えていたような恋
愛関係ではなく、武術における師弟の間柄である。


 桜の舞い散る夕暮れの大通りを、二人は手を繋いで歩く。
 最初、当然のように豪は渋ったが、武桜が彼の太股の痛点を連打し始めたた
め、仕方なくだ。
 ごつい学生と、和服の幼女。
 ちょっと変わってはいるが、傍目からはほほえましい兄妹に見えるかもしれ
ない。
 とはいえ、豪としては憂鬱である。
「まったく、明日、俺はどうやってみんなに説明すればいいんだよ」
「は。ありのままに説明すればよいではないか。円転流仙術(えんてんりゅう
せんじゅつ)師範、武桜の弟子じゃとな」
 武桜の方は、弟子と手が繋げてご満悦の様子だった。
「言って、素直に信じてもらえると思うか?」
「うむ。同じ人間同士、言葉を交わせるだけ獣を相手にするよりまだ楽じゃろ」
「いや、そういう問題じゃないんだけどな……大体、何で学校まで来るんだよ」
 豪の指摘に、武桜は頬を膨らませた。
「ふん、道場に顔を出さぬ豪が悪いのじゃ。知っておるぞ。お主、また歓楽街
の地下クラブで賭博試合をしておるじゃろ」
「……あー、謝るから潰すのだけは勘弁してやってくれ。アイツら、基本的に
気のいい奴らなんだ」
「なるほどなるほど。その分、我の相手はお主がするのじゃな」
 豪の背筋を寒気が走る。
「いや、そんな事を言った覚えは、まったくないんだけど?」
 武桜の修練は、控えめに言ってもとても過酷である。
「うるさい。道場で待っても待ってもお主は来ぬ。この馬鹿弟子が。我は寂し
さで危うく死ぬところだったのじゃぞ」
「いつから師匠はウサギに転生したんだ」
「ほう、豪はバニーガールがお好みか。分かった。伝手を頼って用意しておく
ぞ」
「いや、いらないってそんなの」
 見応えのなさそうな体でもあるし、と言ったら、この体勢のまま投げ飛ばさ
れかねないので口にはしない事にした。
「そんなのとは失敬な。師匠は敬うモノじゃぞ、豪」
「……バニーガールを師匠に持った覚えはないって」
「ようし。ならば真面目モードで相手をしてやるのじゃ」


『開団時(かいだんじ)』という荒れた古寺が武桜の住処であり、簡単に畳を
敷き詰めただけで広いのが取り柄の離れが二人の道場であった。
 立て付けの悪い窓を開け、換気を済ませた豪は学生服を脱いだ。行住坐臥(
ぎょうじゅうざが)、戦いに身を置く精神を尊ぶ円転流仙術に道着は存在しな
い。
207名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:36:59 ID:EyAGogwL


「用意はいいか」
 豪は背後の武桜に尋ねた。
「ふ。誰にモノを言っておるのじゃ。いつでも襲ってくるがよい」
「……伊達には絶対聞かせられない台詞だな――」
 背筋に寒気が走り、振り返りざま、とっさに両腕を固め正面の盾にした。直
後、建物全体が軽く揺れ、腕に衝撃が駆け抜ける。
「――かはっ!」
 背中が窓際にぶち当たり、たまらず呼気が漏れる。
 見下ろすと、いつの間にか武桜は間合いを詰めていた。
 近すぎる。これでは豪の攻撃は充分な威力を発揮できない。
「油断しすぎじゃ。勝負はもう始まっておるのじゃぞ」
 右拳が来たかと思えば浴びせ蹴り、続いて左の裏拳に足払い。
 リーチこそ短いが、小さな台風のような高速攻撃には残像すら生じている。
豪は防戦一方にならざるを得ない。それでもいくつかは(攻撃を)もらってい
た。
「ちょ、おい、待てって!」
「待ったなしじゃ」
 猛攻の間も、武桜の呼吸に乱れはない。
「そう――かよ!」
 肝臓狙いの小さな拳を払い除け、迫り上がってきた足先をスネでガードする。
後方宙返り状態になった武桜に対し、豪は練り上げていた精神を足下で解放す
る。
 青く輝く力の渦が豪を中心に発生し、その勢いを借りて低空飛行で武桜めが
けて突進する。豪が持つ『念動力』という異能の力のバリエーションだ。
 空中にいる武桜にこれを避ける術はない。
 そのはずだった。
「サイクラッシュか。ふん、いきなりそんな大技が当たるモノか!」
 武桜は宙を蹴り、突進してきた豪の後方へと逃れた。
 しかしそこ(二段ジャンプ)までは、豪も読んでいた。
「こっちだって、当たると思っちゃいないさ!」
 対面の壁に激突寸前、豪は強引に身体を反転させ、壁、天井と勢いを殺さず
に突撃、武桜に迫った。
「おおっ!?」
 さすがに武桜も焦ったのか、床に着地と同時に飛び退いた。
 そのつい今し方武桜のいた場所を、豪が前方に突き出していた青い光をまと
った両拳が突き刺さる。
「どうよ」
 豪も着地し、武桜との間合いを取った。
「むー」
「……不満そうだな」
「それは、円転流仙術じゃなくてお主の技じゃからな。豪は突進系と奇襲系は
ともかく受けが弱いと前から言っておろう――」
 再び、武桜が尋常ではない速度で豪に迫ってくる。
 しかし。
「――む?」
 豪は武桜の最初の拳を、何とか受け止める事に成功した。精神波を利用した
防御領域(シールド)だ。
「誰の受けが弱いって? ダテに賭け試合をこなしてきた訳じゃないぞ」
 拳を豪に封じられたまま、武桜はにっこりと笑った。
「うん、よかろう。そういう事ならば、我も本気でゆくぞ」
208名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:37:39 ID:j5tuMpca

「え」
 直後、豪の世界が反転した。
 投げられたのだ、と認識した直後。
「気を抜くでない」
「おぐっ!?」
 脳天に強烈な逆さ蹴り(サマーソルトキック)が食らわされた。
 空中に放り出された豪の身体は、キリモミしながら弧を描いて床へと落下し
ていく。
「円転流仙術の基本は、円環にありじゃ! 攻めの手を休めるでなく、受けも
また然り! ほぅれゆくぞ、円転流仙術突進技・螺旋撃!」
 自身の名を顕すかのような、桜色に輝く気を渦状に練り込んだ武桜の掌底が、
無防備な豪に直撃した。
「ぐほぁっ!」
 畳が派手に舞い上がり、豪の身体が壁に激突する。衝撃を殺しきれなかった
壁が粉砕され、寺の境内が丸見えになる。


 壁の向こうから、豪の反応がなくなった。
「む、ここまでか……」
 武桜がそう呟いた直後。
「トル……ネード……」
 濛々と立ちこめる土埃の向こうから、豪の弱々しい声が響いた。
「ん?」
「サイクラッシュ!」
 土埃の中から、低空飛行で豪が突進してきた。揃えられた両拳、いや全身を
まとうのは青く輝く渦状の気、それはつい先刻、武桜が放った螺旋撃と同質の
モノだ。
「ほ、悪くない」
 しかし武桜はそれを、ひらりと回避した。
 振り返ったそこに――豪はいなかった。
「まだまだっ!」
 頭上!
 天井近くに立っていた豪の周囲を守るように、三つの青光りする念動球が駆
け回る。
「サイコスフィア三連!」
 三つの球が一斉に、武桜目がけて襲いかかってきた。
 それを見て、にぃっと武桜は笑みを浮かべた。
「そいつは悪手じゃな! 一撃に力を込めい! 旋風掌!」
 武桜の放った掌底から、桜色に輝く渦状の気が迸った。
 斜めに奔ったそれに、三つの念動球が巻き込まれる。
「消し飛ばされた!?」
「さて、その体勢からでは逃れられんじゃろ?」
 技を放った直後の隙だらけの豪の真下に、武桜は立っていた。
「――!!」
 頭上の豪が目を見張る。
 しかし逃げる隙は与えない。全身を駆け巡る気を、丹田を機関に限界まで高
める。
 轟、と渦巻く桜色の練気を、武桜は床に叩きつけた。
「――輪廻、転生波!!」
 反作用で発生した螺旋状の気の柱が、頭上にいる豪を天井もろとも吹き飛ば
した。
209名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:38:13 ID:zXbbzcMV

「うむ、でもまあ結構腕を上げたようじゃの」
 仰向けに倒れた豪を見下ろす武桜の背後に、月の出た夜空が見えた。
「……そりゃどーも」
 ダメージと全身疲労で動けない豪としては、声を出すのが精一杯だ。
 こうしていると、初めての対戦を思い出す。
 ただし、場所は酒精と煙草の臭いが立ち込める地下クラブ。
 持っていた異能の力で増長していた豪(自分)という違いはあるけれど。
 豪の回想に構わず武桜は言葉を続ける。
「とはいえ、我の修行の成果でないのが腹立たしいがの。腕を上げたいなら、
賭博試合などせず道場に日参すればよいものを」
 何だか少し拗ねているようだった。
 しかし、豪にだって退けない理由が存在する。
「そういう訳にはいかないんだよ……」
「む」
「いくら実年齢ん百歳の仙女様っつっても、小さい女の子相手に毎回毎回ボコ
にされるなんて男の沽券に関わる問題なんだって」
「は」
 武桜の口元が緩んだ。。
「なるほどの。よかろ。そういう事ならば師匠は許すのじゃ」
「そりゃよかった」
「ただし、今度からそのクラブへは我も連れて行く事を命ずる」
「何ぃ!?」
 これまでのダメージすら忘れて、豪は衝撃のあまり身体を起こした。
 だが、武桜は平然としたモノだった。
「当たり前じゃ。弟子のゆくところ師匠あり。大体、現場におらねば指導もま
まならんではないか」
「いやあのちょっと待ってくれ、師匠。つまり、その、俺のセコンドにつくと?

「無論じゃ! 我を誰だと思っておる。豪の師匠じゃぞ?」
「うー」
 豪は頭を抱えた。
 今日の教室の比ではない騒動になるのは、目に見えていた。というか、今後
歓楽街を歩けなくなる可能性に大ピンチである。
 そんな豪の苦悩をよそに、武桜は気楽なモノだった。
「心配するでない。我とてお主の懸念ぐらい察しておる。この外見はその気に
なれば自由自在なのじゃ」
「は!? 初耳だぞ、それ!?」
 武桜の身体(ちんちくりん)を上から下へと眺めやり、豪は半信半疑に眉を
しかめた。
「うむ、言ってないからの。この姿はコンパクトで動きやすいし、気の消費も
少なくてすむ。何より電車や映画が子供料金なのじゃ」
「……せこい仙人もいたモノだ」
「という訳で、クラブに行く時には大きければいいのじゃな。ちなみにその為
には気を溜め練らねばならんのじゃが」
 轟、と桜色の気が武桜から発生した。
 しかし、その気は戦意昂ぶる闘気の類ではなく。
「……師匠、なんかすげーやな予感がするんだけど」
 尻餅をついたまま、豪は本能が告げる悪寒に、武桜から距離を取ろうとする。
「ふふふ、豪、房中術という気の移動法を知っておるか。あ、こら待つのじゃ!
 ちょっと接吻するだけじゃというのに!」
210名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:38:44 ID:HmqDArDI

 残っていた精神力を振り絞り、豪は突進技・サイクラッシュを(ただし武桜
とは反対方向に)発生させ、逃走した。
「冗談じゃない! 本気でロリ疑惑が掛けられちまうだろが!」


 翌日、放課後。
 教壇では昨日と同じく、担任の白河百合香が伝達事項を説明していた。
「きのうはおたのしみでしたね」
 そんな伊達有紗の声が後ろの席から聞こえ、豪は唸った。
「どこの宿屋の親父だ、お前は」
「いやいやいや、一時間目から六時間目まで眠り続けた奴なんて、初めて見た
わ。そんなにすごかったの、彼女?」
「ああ、なんて言うか本気で殺意沸く。女は基本的には殴らない主義なんだけ
ど、殴っていいか?」
 すごかった、の意味が違うなら、その表現は間違ってはいないが、わざわざ
説明してやる気にはなれない豪である。
「や、アタシそっち系の趣味はないから。それでそれで、昨日のあの子は木島
の何? 彼女? 婚約者? 嫁?」
「……せめて近所の子とか親戚とかの選択肢を設けてくれ、伊達」
「愛人?」
「人の話を聞けよおい」
 さすがに振り返った。
「はい、木島君と伊達さん、静かにしてくださいね。もうすぐ終わりますから」
 担任・白河の言葉に、豪は前に向き直った。
「はーい。ところでせんせー、そろそろ彼氏の有無を教えてほしいんですけど
ー」
「いいからもうお前黙れ。と言うかお前の頭の中は、色恋沙汰しかないのか」
「ないわよ!」
「言い切るな!」
 終業のチャイムが鳴った。
「そ、それは秘密という事で。本日の伝達事項は以上です。それではホームル
ームはここまで。皆さん、気をつけて――」
 わずかに頬を赤らめる白河が言葉を言い切るより早く――唐突に、勢いよく
前の扉が開いた。
「豪、修行の時間じゃ! 約束通り、今日は我も一緒についてゆくぞ! 見て
の通り、きちんと身なりは整えてきたのじゃ。まったくお主が協力してくれな
かったから結局自分で気を練る羽目になってしまった。面倒くさかったのじゃ
ぞ?」
 現れたのは、矢絣の着物に袴姿の少女だった。
 仙術で、豪と同じ頃に身体を成長させた武桜だ。
 そしてこれも昨日と同じ事の繰り返しになるが、後ろの女が勢いよく立ち上
がった。
「おおおおおっ! これは木島意外な二股疑惑の登場だぁっ! しかも見たと
ころ、あの彼女は昨日の幼女の血縁のよう! 禁断のワンペア、リアルハーレ
ムルート、姉妹丼に突入かぁっ!!」
 たまらず、豪は教室の窓に駆け寄った。
「あ、こら豪どこにゆく!? それに二股とはどういう事じゃ! 我はそのよ
うなモノ、許可しておらぬぞ!」
 知らん知らん、と豪は心の中で叫びながら、三階から飛び降りたのだった。
211名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:39:22 ID:FX8k1xKp
 会社をリストラされた。

 だから、僕は平日の公園を他にやる事無く彷徨っていた。ブランコに腰掛けてキィキィと金属の擦れる音を耳にしながら、何をするでもなく景色を眺める。その陽気な気温は日々の苦労を容易に押し流すだけの安穏を保っていた。

 決して日々の努力を怠っていた訳ではない。しかし、平成の不況は個人の憂慮など気に掛ける事無く決断を与えた。だから、今こうして先立つものも無くスーツの僕はある。幸いにして独身だが、それでも一年と経たず貯金は尽きるだろう。

 だから、何か職を探さねばならなかった。

 そんな時だった、彼女から声を掛けられたのは。

「お暇ですかか?」

「え?」

 不意に声を掛けられて後ろを振り返る。

 すると、そこには一人、女性が立っていた。

 びしっとスーツを着た成人女性である。如何にも仕事が出来る風を思わせる外観をしていた。平日の公園に佇む存在としては場違いだ。だから、次いで自分が返した言葉は疑問をそのままである。

「あの、自分ですか?」

「他に人が居ますか?」

「いや、まあ、こんな時間帯ですから……」

 それが自然と自分に対する皮肉に聞こえて言葉を濁す。

「あ、いえ、別に強く当たった訳では無いのですよ」

「僕に、何か用ですか?」

 勿論、相手に面識は無かった。

「お暇でしょうか?」

「え、ええ、こんな具合ですから、明日の食い扶持に頭を悩ませるくらいですよ」

「そうですか、それは良かったです」

「え?」

 軽やかに語ってみせる女性の言葉に驚いたのも束の間、相手は更なる驚愕を与えるべく言葉を続けた。それは仕事を失って数日を過ぎた自分には、あまりにも話の合う語りであった。

「私、人を探しておりました」
212名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:39:56 ID:Z2j426o9

「人、ですか?」

「ええ、お仕事をお任せ出来る人を探しておりました」

「仕事?」

「ええ、人手が足りなくて困っていましたの」

 そうして彼女は微笑んで見せた。その柔和な表情はリストラ宣言を受けてより荒んでいた僕の心を甚く癒して思えた。

 だから、そんな美人局を思わせる怪しい彼女の言葉に、しかし、続く一言を促している自分が居た。

「仕事ですか……」

「ええ、もし宜しければ、私のお話を聞いてくれませんか?」

「話?」

「ええ、決して悪い話では無いと思います」

「え、えっと……」

 平日の公園にスーツ姿の男と言えば、誰が見てもそういう人間にしか見えないだろう。きっと、相手もそれを見越しての話に違いない。だからと言って、こんな怪しい話にホイホイ頷いて良いのかどうか、疑問に思うところはある。

 しかし、こうして声を抱えてきた彼女は非常に美しい容姿をしていた。

 だから、僕は自然と首を縦に振っていた。

「え、ええ、まあ、話を聞くくらいでしたら」

「本当ですか?」

「それで、それというのは一体どういった用件で?」

「ふふ、助かりますわ」

 そうして、彼女はやんわりと微笑んで見せた。

 後になって思ったのだが、その時、彼女の口元は酷く凄惨に釣り上がって感じた。
213名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:40:33 ID:kr+RpEyS


「な、なんですか、これはっ!」

 僕は声を荒げて言った。

「何? 何と言ったか?」

「なんでこんな、首輪とか、鎖とか……」

 公園で声を掛けてきた女性に付いて行った僕。

 そんな愚か者を待っていたのは、彼女に導かれ足を踏み込んだ所有者を不明とする車内での意識暗転。そして、次に目を覚ました時には、着ぐるみ剥がされて素っ裸の自分である。

「それは、お前が私の飼い犬だからだろう?」

「い、犬!?」

 目の前には少女が居る。

 椅子に座って、地に座る僕を偉そうに見下している。それは先に声を掛けて来た女性とは似ても似つかぬ幼い少女であった。年の頃はまだ小学校低学年といった風を思わせる。身の丈も非常に小さなものだ。

 金色の髪と真っ白な肌よりこの国の人間では無いと思われる。

「仕事が欲しいのだろう?」

「い、いや、仕事って、君……」

「お前の仕事は私のペットだ」

「ペ、ペットっ!?」

 馬鹿みたいに相手の言葉を鸚鵡返しに問い返す。

 それだけ僕は自らの置かれた状況に混乱していた。最後に意識のあった車内とは一変して、今に居る場所は何処とも知らぬ建物の一室だ。そして、此処には自分と目の前の幼い少女しか居ない。

 自分に公園で語りかけてきた豊満な女性は影も形も無い。

「仕事が無かったのだろう?」

「な、なんでそんなこと……」

「仕事が欲しいならくれてやろう。一日三食、ちゃんと休息も与えるし、清潔な住処も与える。どうだ? 無職のお前には願ったり叶ったりの話だろう? 今すぐに頷いてみせろ、ほら」

 ふと、少女が手にした縄を引いた。

 同時に自分の首が上がるのを感じる。

「んぐっ!?」

 気づけば、彼女の手にした縄の先は僕の首に繋がっていた。
214名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:41:16 ID:ZGxt2aHO
 そう、我が身には首輪が括りつけられていた。

「ほら、ご主人様に挨拶をしろ」

「な、これは、なんで……」

「いいから、挨拶をしろ」

 戸惑っていると上から足が降ってきた。

 椅子に座った少女が組んだ足の片方を下ろしたのだった。頭を無理矢理に押さえつけられて、自然と相手に頭を垂れる形となる。額が冷たい床に当たって痛んだ。

「お前に拒否権は無い、これからは私のペットとして再就職だ」

「な、そんな、なんでいきなりっ!」

「いいから、ほら、挨拶をしろ、わんと鳴け」

「だ、誰がっ!」

「わんと鳴けっ!」

 首輪に繋がる縄が強く引かれた。首が痛いほどに締まる。

 頭を足で押さえられているので、双方からの力が加わり自然と首が絞まる形となる。満足に呼吸も出来ない状況に、自然と首は縦に振れた。いや、頭は固定されているので、客観的には身体をガクガクと振るわせたに過ぎないだろうが。

「そうだ、ご主人様には絶対服従なのだ、分かったか?」

「ぅう……」

「ほら、ワンと鳴け」

「わ、ワン…………」

「声が小さいっ!」

 再び縄が引かれて首が絞まる。

 僕は慌てて声を上げた。

「ワンっ! ワンワンっ!」

 応じて、縄が緩められて器官が開放される。

 喉から漏れたのは安堵の息だった。

「ふふ、アイツも中々良い拾い物をしてきたものだ」

「…………」

 ちっぽけな自尊心は僅か数秒にして地に落ちた。

 そして、そんな僕の態度に少女は満足した様子で笑い声を漏らす。

「いいか? お前は今日から私のペットだ。家畜だ、畜生だ。よーく憶えておけ、お前の生きるも死ぬも全て私が管理する。食事も、排泄も、自慰も、何もかもを私に許可無く行うことは許さない」
215名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:41:47 ID:NlNLaMUX
「そ、そんな、横暴な……」

「それが嫌なら、この場で死ね、いいか?」

「…………」

 俺が返す言葉に悩んでいると、少女が足に力を込める。

 それは歳幼い少女にしては恐ろしいほどの圧力を伴った。ぐいぐいと頭蓋骨を押して、そのまま骨さえ砕かん勢いが感じられた。勿論、僕に与えられる苦痛は先程の比でなく悲鳴さえ上がる。

「あ、あわ、わ、分かりました……」

「そう、それでいいんだよ」

「…………」

「分かったなら、まずはこれを舐めて貰おう」

 頭に加えられていた圧力がフッと消えた。

 かと思うと、目の前にそれが差し出された。

「ほら、舐めろ、犬」

 そこには少女の足があった。

 日本人には在り得ない真っ白な肌だった。滑らかで艶やかにあり、自分の荒れたそれと比較するには恐れ多く感じる程の代物である。

「な、舐めろって、君……」

「いいから、舐めろ、ほら」

 僕が躊躇していると、少女は自らの足を此方の口元へ無理矢理に押し付けてきた。爪の硬い感触が唇を割る。そして、強引に足先の五指が咥内へ割り込んできた。舌先に少女の足の指を感じる。

「いいか? 歯を立ててみろ、その身を引き裂いてくれる」

「ふぁふうほぉあっ!?」
216名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:42:22 ID:aLAym0RL
 驚愕に危うく咥内の異物を噛みそこねた。少女の言葉が妙に強く脳裏に響いて、僕はそれを吐き出すことに躊躇した。その場の異様な雰囲気が、普通なら在り得ない彼女の発言を、しかし、何故か現実的なものとして僕に伝えていた。

「丹念にしゃぶれよ、指の一本一本まで、しっかりとだ」

「ふぉ、ふぉんはぁ……」

「いいからしゃぶれ」

 足の指は強引の喉へと突き出される。敏感な部分に触れて嘔吐しそうになるのを必至に押さえる。

「家畜の分際で主人に口を聞くか?」

「ふぁ、ふぁんほぁ……」

 挑むような少女の視線が届いた。

 同時に、少女は再び手に持った縄を引っ張った。

「んほぉあぁっ!?」

 応じて僕の首輪が引き上げられる。けれど、それを見越してもう一方の足で押さえられた頭は固定されて、ただ喉が絞まるばかりである。喉元を圧迫されて息が出来ない。縄を引く力は強大で抗うことも微塵と叶わない。

「ふぁ、ふぁふぁふぃっふぁはぁあっ!」

「苦しいのが嫌なら私の言うことを聞け、いいな?」

「ふぁ、ふぁふぃ……」

「いいな?」

「…………」

 少女の言葉は絶対だった。逆らっては本当に命さえ落としかねないと思って、僕は彼女の足の指を舐める事とした。言われたとおり、その指の一本一本に至るまで、恐怖が舌を動かせた。

「そうだ、初めからそうしていれば痛い目をみることも無かっただろうにな」

「…………」

 そんな僕を少女は満足気な表情で見つめる。

 少女の足は特に味がすることも無く、また、匂いが香ることもなかった。しかし、人体において最も粗雑な肌にも拘らず木目細かなそれは、舌の滑りも極上にあった。自分の腕の肌と比較しても尚のこと質高く感じる。
217名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:42:48 ID:jovCMTo2
「お前はこれから、永遠に私のペットだ、いいな?」

「……………」

「返事をしろっ!」

 再び首輪を引き上げられる。

 僕は堪らず鳴いた。

「ふぁ、ふぁふぃっ!」

「そうだ、それでいい」

 頭上に見上げる少女の笑みは、とても可愛らしいものだった。

「しっかり舐めろよ? 美味いだろう? 私の足は」

「ふぁぃ……」

 僕は少女の足を必至で舐める。その指の一本一本を丹念に舐める。指と指の合間も舌の及ばぬ箇所が無いように舐める。逆らっては首輪を締められる。その恐怖が故に、必死になって舐め尽くした。

 そんな僕を少女はただ眺めるだけだ。

 足元に傅いた僕は少女の膝下にある。少女は椅子に座って居るから、自然と此方は彼女に見下される形になる。そんな中で、僕は彼女を見上げながら、必死になって足を舐めて、舐めて、舐め続けた。

 爪の硬い感触を舌先に感じては、その先まで丹念にしゃぶる。爪と肉の合間に挟まったゴミを擦り取るように舌を動かす。爪を磨くように舌を動かす。指と指の合間を洗うように舌を動かす。

 二度と首輪が締められる事の無いよう舌を動かした。

「そうだ、それでいい」

 そんな僕を見下して、少女は楽しそうに語って見せた。
218名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:43:32 ID:7G0Or45F

我が家の祖母は、ちょっとばっかし変わっている。
 性格や言動は、まあ普通のお婆ちゃんなんだが、何が変わっている
かというと、その外見だ。いや、まあ、中身もなんだが。
 俺の祖母……ヒカル婆ちゃんは、“俺より若い”のだ。
「飴さんいるかい、ゆうくん?」
「……い、一応貰っとく」
 何がどうなってこんな事になったかはわからないが、婆ちゃんは
ある日突然若返ってしまった。それも、俺、つまりは十五歳よりも
若い、十二歳くらいにまで。
「ゆうくんは飴さん好きだねぇ」
「べ、別に好きってわけじゃねえけど……婆ちゃんがくれるから」
「あらあら、ありがたいことだねぇ」
 若い頃は、近所でも評判の美人だったという婆ちゃん。その言葉を
信じられるに足る美少女が、俺の目の前にいるわけだ。
 孫の贔屓目もあるかもしれないが、婆ちゃんは本当に綺麗だった。
人形のような、という形容がぴったり来る、和風の美人。その美少女
が、従姉妹の寛子――中学一年生だ――の洋服に身を包んでいる
姿は、なんだか絵本か何かの一ページのように見えて、俺は何故か
どきどきしていた。
「よっこらっしょ、っと」
 老いていた時の癖が抜けないのか、すんなり座れるにも関わらず、
婆ちゃんはそう掛け声をかけて、ゆっくりと座布団に座る。背筋が
少しだけ曲がっているのも、やはり老いていた時の癖なのだろう。
「悪いけど、お茶を入れてきてもらえんかねぇ」
「うん、わかった」
 身体も若返っているのだから、普通に動こうと思えば動けるはずだ、
とは思わない。もう、十年二十年も「お婆ちゃん」をやってた癖が、
そうそう抜けるわけもないだろうから。
 だから、婆ちゃんが若返ったと言っても、特に俺たちの生活が
何か変わるわけでもない。頼まれればお茶もいれるし、肩だって
叩く。新聞だって読んであげるし、歩くときには手を引いてあげる。
「はい、婆ちゃん」
「ありがとうねぇ、ゆうくん」
 糸のように目を細めて笑う婆ちゃんは、やっぱり綺麗で……でも、
婆ちゃんだった頃――というのも、今時点で俺にとっては婆ちゃん
なわけだからおかしいのかもしれないが――と同じような、温かい、
包まれるような感じがする。
「ねえ、婆ちゃん」
「なんだい、ゆうくんや」
「婆ちゃんは、若くなって何か変わった?」
「そうだねぇ……」
 婆ちゃんはゆっくりと首を傾げ、
「別に、何も変わらないと思うけどねぇ」
 そう言った。
 なんでこうなったのかはわからない。
 でも、婆ちゃんが、若くなっても婆ちゃんのままでいてくれるのは、
何だか凄く安心できる事のような気がした。
「ああ、でもねぇ、良かった事なら」
「何、婆ちゃん?」
「ゆうくんが結婚して、ひまごが生まれるまで、生きとれそうな事、かねぇ」
 いたずらっぽく笑う婆ちゃんの笑顔は、外見相応のように見えて、
それでいて、しわくちゃな顔で見せていた時のそれと同じにも見え、
俺も笑った。
「そっか……結婚かぁ」
「ゆうくんなら、きっといい娘が見つかるよ。婆ちゃんが保証するからねぇ」
 その時思った事は、婆ちゃんには言えなかった。
 できるなら、婆ちゃんみたいな人と結婚したい、とは……流石にね。
219名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:44:03 ID:d7apF4SD

「魔王」
 手の中に握りしめた存在に、細身の少年は語りかけた。
「うむ。ああいや待て待て握りつぶそうとするな! 話を聞け!」
 黒い仔猫と見紛う、超小柄な幼女は慌てた。
 猫の耳に尻尾、淡く黒い光を放つ姿は明らかに人のそれではない。
 むしろ妖精種に属するモノだろう。
「あー、なるほど、言い伝え通り」
 少年は、自身の金髪を掻き分けた。
「なぬ?」
「そうやって甘言で人を惑わすんだよな、悪魔って」
「うむうむ。そして人を邪悪の道へ――ってだから待てと言うに!」
 しかし自称魔王の言葉を聞き流し、少年は手に力を込めた。
「言っとくけど、俺は魔族に与するつもりなんてないぞ? これでも将来の目
標は正義の味方なんだからな」
 もっとも今は、新米の冒険者だけど、と内心呟く。
 武器はショートソード一本のみ。
 よくもまあ、これで追っ手三人を倒せたモノだと、自分でも呆れたりする。
 深夜のスラムの路地裏。
 地の利が自分にあった事、相手が武器を持っていたとはいえ明らかに素人で
あった事。それらが幸いしたと言える。
「うむ、正義の味方誠に結構ではないか」
「という訳で、悪の親玉はココでサクッと殺っとくべきだと思うんだが……う
うむ、こんな手のひらサイズの魔王を倒すのもなー。けど、魔王だしなー」
 配達仕事の帰りに思わず助けてしまったが、追われていたのが、よりにもよ
って魔王。
 問答無用で斬りかかってきたとはいえ、倒れている彼らはひょっとしたら教
会の審問官とかそんなのだったらどうしよう。
 でも明らかにチンピラだしなぁ、服装。
 などと、少年は迷ってしまう。
「ま、ま、最後まで話を聞け。そもそも、魔王についてお主どこまで知っておる」
「俺の知ってる範囲でいいのか?」
「知らん範囲までどう答えるつもりじゃお主?」
「口の減らない魔王だな」
「一つしかない口じゃ。これが減ったら喋れんようになる」
「で、魔王か」
 少年は、孤児院のシスターから教わった歴史を思い出す。
「通称魔王マーリーン。いつから現れたかは知らないけど、少なくとも過去三
百年、十五回までの魔王討伐軍が編成された。暗黒大陸の主で、一年前に勇者
クラークによって討ち滅ぼされた……だったかな」
「だが、妾はここにいる」
「考えられるのは、魔王の騙りか復活かってとこだな。そもそもお前を狙った
連中の狙いは何だ?」
 少年は、倒れている死体を指差した。
「それならほれ、そこに沸いてきておる。気をつけろ」
 見ると、黒い霧状のモノが、死体からゆっくりと立ち上ってきていた。
「……何だこの黒い霧?」
「馬鹿者、迂闊に近づくでないわ!」
 ショートソードで触れようとしていたところを、魔王に怒鳴られて思わず引
っ込めた。しかし、その先端は黒い霧に触れた途端、ドロリと溶けてしまった。
「ぬおっ!? 剣が溶けた!?」
220名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:44:39 ID:xbXs0iRi
「仮にも魔王の欠片ぞ。妾のような人畜無害ならともかく、大抵はこのように
邪悪の塊。下手をすると取り憑かれて、さっきの若者みたいになってしまう」
「……つ、つまりこの黒いのは」
 三人の死体から噴き上がった黒い霧は一つに固まり、やがて見上げるほど大
きな人型をした霞へと変わった。
 その魔王の左手が家の石壁に触れると、そこがじゅうと音を立てて溶けてし
まう。
 顔の目に当たる部分だけが二つ、赤い光を放っていた。
「だから、魔王じゃ。妾と同じな。さあ、戦うか逃げるか、どちらか選べ」
 正面の魔王から感じる圧力と殺気は、相当なモノだ。
 少年は、頬を伝う汗を拭った。
 背中を見せたら、その瞬間に敵の手が伸びるだろう。背中にでも触れられた
ら、それだけで大火傷を負いそうだ。
「た、戦うって……どうやって。武器も溶けるような相手に……素手だと取り
憑かれるんだろう?」
「うむ、今は手がない」
「じゃあ、逃げるしかない……」
「だな」
 そう、それが正解。
 だが、少年はそこで踏みとどまった。
「でも、逃げたらコイツ、人を襲うよな」
「うむ」
 路地の左右に視線をやる。
 スラムには、どうしようもない大人も多いが、少年の友人知人も沢山いるの
だ。
「だったら、一択しかないじゃねえか」
 少年は半分溶けたショートソードを構えた。
 そして、握っていた小さな魔王も解放してやる。
 彼女はそのままま、少年の肩に乗っかって心配そうに囁いてくる。
「……よいのか? このまま逃げて、ついでに妾も逃がせば、もうお前の人生
には魔王なぞ、まず今後一生関わりなくなるぞ」
「見損なうな。仮にも目標は正義の味方。この程度の困難で逃げてちゃ一生そ
んなモンにはなれねーよ」
「そうか。それで何か妙案はないか」
「ある」
 一度、少年に倒されたせいか、巨人と化しても魔王は慎重だ。
 少年は、ジリジリと間合いを計りながら、肩の小魔王と会話を続ける。
「ほう、聞こうか」
「お前は魔王だという」
「うむ」
「アイツも魔王なんだよな」
「その通り。だが妾は見ての通りか弱い存在。とても奴相手には戦えんぞ?」
「アイツは、倒れてる奴に取り憑いたんだろう? それぐらい、お前にだって
出来るんじゃないか?」
「待て、それはつまり」
 少年はショートソードを捨て、拳を構えた。
「俺に取り憑け魔王。そうすりゃ、少なくとも互角の勝負にはなる」
「……妾がお主を乗っ取るとは思わんのか」
「それをやる気だったなら、とっくにやってるだろ。出来るのか出来ないのか」
 霧状の黒魔王の身体がジワリと揺れる。
221名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:45:26 ID:4oorIkjy

「大ババさま、覚悟っ!」

 10歳ばかりに見える少女に、木剣を握った青年が飛びかかった。

「おそい。」

 少女は体を横にそらすだけで木剣をかわすと、青年の額に杖を突きつけた。

「…ま、まいりました。」

 青年はがっくりと肩を落とした。

「接近戦で魔法使いに勝てない程度の剣術では、意味がないぞ。」

 からかうような口調で、少女は言った。

「全くもって。精進いたします。」

 青年は姿勢を正し、うやうやしく少女に頭を下げた。

「生半可な剣術など必要なかろう?」

「我が朝の初代は剣で魔王を打ち破り、国を手に入れました。
剣術を学ぶのは先祖にあやかりたいが故です。」

 少女の問いに青年は凛として答えた。技量の半端さとは裏腹に、志と表情だけは一人前である。
少女はなぜかそんな青年から顔をそむけた。

「そんなことよりも、早く結婚せぬか。即位から何年経っておるのじゃ?
王たるものがいつまでも嫁の一人も得られぬようでは国の面子に関わるぞ。」

 そして、その幼い容姿にはそぐわない、世話焼きおばさんのような説教をはじめる。

「王とは言え人間です。相手を選ぶのは当然のことでしょう。」

 毎度のことなのか、青年も慣れた感じで反発した。

「それに、数百年間一度も結婚しなかった大ババさまに言われても説得力に欠けます。」

 事実であるが故、少女は反論できなかった。

「もうよいわ! 全く態度ばかり大きくなりおって。」

 それだけ言うと、少女は静かに道場を後にした。
222名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:46:01 ID:isvTRaCr

 少女は城の一角を占める塔へと足を運んだ。すると、白髪の老婆が少女を出迎えた。

「師匠、お疲れさまです。」

 頭を下げる老婆に、少女は顔をあげるように言って報告を求めた。

「鳥が一羽ぶつかった以外は城内の魔法結界に異常はありません。先日届いた魔法兵用のロッドは
新兵への配布を終えました、現在私の部下が新兵に使用方法を教習中です。」

「鳥は?」

「死にました。丸焦げです。」

「最近は猟友会や動物愛護団体がうるさい。結界の出力を下げるように。」

 少女は老婆に指示を与えると、自分は塔の中の一室である自室に入った。
部屋の中には、分厚い辞書や百科事典のような本が棚を占拠し、床には動物の骨や
幾何学文様の書かれた布が散らばっていた。

(さて、何をしよう?)

 少女は辺りを見回したり、手帳を確認したが、特にするべき事が見当たらなかった。
たいていのことは優秀な弟子や部下に任せておけば片がついてしまう。人手は足りているし、
国内に異変も無ければ、急ぎの研究課題もない。天下泰平、鼓腹撃壌、世はつとめて平和だった。

「平和になったものだな…」

 誰に言うでもなく、少女は虚空に語りかけた。

つい、数百年前には人類は存亡をかけて魔王と戦っていたというのに――
223名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:46:36 ID:5bZ/Uv95
 いつしか少女は、今まであえて避けてきたある魔法の研究を始めていた。

「おや師匠、その本は?」

 白髪の老婆―少女の弟子の一人が目ざとくそれを見つけた。

「『強制解呪』ですか。そのような魔法を使うのですか?」

 強制解呪とは、永続効果のある呪文を問答無用で解除する魔法であるが、滅多に使われることが無い。
通常、永続効果のある呪文には解呪呪文と復元呪文が仕込んであって強制的に解呪をする必要がない。
しかも強制解呪をした場合、呪文の対象に予期しない影響を残すことがあり、「元の状態に戻す」という
解呪本来の目的が果たせないことが多いのだ。

「ああ。やっかいな呪文でな。解呪呪文も復元呪文も無い上に、効果が強力で物理的な作用にまで深く影響しておる。
強制解呪でもなみのやり方では解けまい。」

 少女は本のページをめくりながら、弟子には目も向けずに答えた。

「物理的作用を及ぼしている呪文を強制解呪ですか。
そんなことをすれば呪文の対象はただではすまないのではありませんか?」

「うむ。おそらくは、破壊されてしまうじゃろうな。」

 弟子を気にする様子も無く、少女は本を読み進める。

「一体何を解呪するのですか?」

「不老不死の呪いじゃ。」

 こともなげに少女は言った。

「師匠、まさか、自分自身にそれをするおつもりで!?」

「ああ。その通りじゃ。」

「そんな…なにも、自ら死を選ぶ必要はないのではありませんか?」

 少女は、本を読むのがひと段落すると、ようやく老婆の方を向いた。

「いや、こういう事は決心したらなるべく早くせねばならぬ。決意が鈍るからな。
そのように目的も無く生き続けてしまった魔法使いの末路は悲惨なものじゃ。」

 ―自分は今まで生きてきて、目的はあったのだろうか。

 少女は、自分の言葉にふと考えた。
 あの青年と一緒に旅に出たときは、彼の不思議な魅力にひかれていた。
いつも危ない橋をわたってばっかりで見ていられなかったが、だからこそ離れられなかった。
いつも大きく出て虚勢ばかりだったが、なぜか彼が出来るといえばなんでも出来そうな気がした。
そして、いつまでも傍にいたいと思った。
 時が過ぎ、青年は結婚して国王になった。少女は王国を支える一人として彼が死ぬまで
仕え続けたのだから、ある意味ずっと傍に居た。しかし、何かが違うという思いが絶えなかった。

 今になって、少女は思う。自分はあの青年に恋していたのだと。だが、少女は永遠に子供である。
その想いはかなうはずがない。それに気付いていながら、少女は満たされぬ思いと未練に引きずられ、
数百年も生きてしまったのだ。
 その、未練を断ち切れなかった理由の一つが、あの青年の子孫―王族たちが彼の面影を残していたからだ。
特に、今の国王などは見た目だけならうり二つだった。
224名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:47:09 ID:j+p93PKh
「大ババさま、本当ですか!?」

 数日後、その現国王が少女に会いに来た。

「何がじゃ?」

「あなたが亡くなられるつもりだという話です!」

 国王は必死の形相だった。少女はそれを、国王は政治に自信がないから
人材が抜けることが不安なのだろうと受け取った。

「安心せい。弟子や部下が十分に育っておる。
わらわが居なくなっても魔術庁の活動に影響は出ないじゃろう。」

「そういう問題ではありません!」

 国王はめずらしく大声をはりあげた。

「…それでは、どいういう問題なのじゃ?」

 一体何が問題なのか、国王にそれ以外のことを心配する理由があるのか、少女には全く分からなかった。

「そ、それは…」

 国王はそう言って口ごもってしまった。

「変な奴じゃな。まあよい、明日にでも正式に辞職届けを出す。受理を遅らせたりするなよ?」

 国王はしばらく、まるで口がきけないかのように黙っていた。
少女がけげんな顔で彼の表情を覗き込むと、やがて国王は意を決したように顔をあげた。

「大ババさま、何か思い残すことややり残したことはありませんか?」

 どうやら国王は少女を引き止めたいらしい。それを感じたからこそ、少女は冷淡に首を横に振った。
正直なところ、少女も自らの死は恐い。それゆえ、ためらってしまえばなおさらに
ずるずると生き続けることになってしまう。それだけは避けたかった。

 少女は、本当にまだ幼かった頃、そうやって生き続けた者の末路を見たことがある。
 魔法で体を死なないようにしても魂は徐々に劣化していく。魂が劣化していけば魔力も弱まり体を維持できなくなり、
やがては知能をも失う。洞窟の奥に閉じ込められて、ボロ雑巾のように朽ち果てた体にしがみつき嗚咽のようなうめき声を上げ、
永久に死の恐怖に怯え続ける。どこまでも醜く、哀れな存在。それこそが、「死ねなかった不死者」の最期の姿だ。

 国王がどういうつもりで自分を引きとめようとしているのかは分からない。
だが、ここで「死ななくてもいいよ」という甘い言葉に乗ることはそういう末路に進むことに他ならない。
だからこそ、少女ははっきりと「そんなものはない」と答えた。

「本当にやりたい事はもうないのですか? …たとえば、結婚とか。」

 国王のその言葉に、少女はハッとした。それが少女にとって唯一の心残りであり、生き続けてしまった理由であったからだ。
しかし、それがかなうことはありえない。結婚したかった相手はとうの昔に死んでいる上に、少女はずっと子供のままなのだ。
そんなことは少女は自分でよく分かっていたが、その結婚したかった相手にうり二つの男にそれを言われては、
少女も思わず動揺してしまった。

「ば、ばかもの。わらわに結婚が出来ないことなど、お主も知っていよう。
他人の事よりも、お主が早く結婚せんか。世継ぎが出来なければ国家の一大事じゃぞ!?」

 少女の動揺を見越してか、国王はまた少し間を置いて言った。

「それなら、結婚しましょう。」
225名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:47:44 ID:5KLrKien
国王は笑顔を浮かべていた。その顔は数百年前のあの青年と同じ顔だったが、彼の豪放磊落な笑いとは
似ても似つかない、育ちの良さそうな穏やかな微笑みだった。少女は思わず、彼に目を奪われてしまった。

「誰が、誰とじゃ?」

 少し間をおいて、気を取り直した少女が聞き返す。

「わたしが、あなたと。」

 国王がはっきりとそう言っても、少女はその意味を理解するのに時間を要した。

「え? えええええ? な、なんじゃとぉ!?」

 数秒の間をおいて少女は叫んだ。

「ど、どういうつもりじゃ? わらわを辞めさせないための詭弁か?」
「いいえ。お仕事は辞めてくださって結構です。
むしろ辞めていただかなければ王族の行事との兼ね合いで困ります。」
「それでは、なんじゃ、お主はまさか童女趣味じゃとでも…
はっ!まさかそれで今まで結婚しなかったというのか!?」
「大ババさま、その、少し落ち着いてください。」

 国王はそう言って、少女を静かにさせてから口を開いた。

「私は、あなたの見た目の年齢より幼き頃から、あなたのことをお慕いしておりました。しかし、あなたは伝説の英雄であり、
永遠の存在。私にはどうすることも出来ない存在だと思っておりました。だから、この想いを伝えることもできずにいました。
かと言って他の女性に興味をもつことも出来ず、今に至ったのです。」

 どうやら本気らしい告白に、少女は非常にむずがゆい感じがした。なにせ数百年生きてはじめて告白されたのだ。
これまでそういう事が無かったのは少女の器量や見た目の年齢の問題以上に、彼女の存在の特殊さが原因だった。
しかし、少女自身はそうは考えず、自分が子供であるため、女性として興味をもたれる存在ではないと思い込んでいたのだ。

「ですが、このままではあなたは永遠に私の手の届かないところへ行ってしまう。
それだけは我慢できません。その命を捨てるぐらいならば、私に預けてください。」

 そこまで聞いて、少女の顔はすでに熟れすぎた林檎のように赤くなっていた。

「わ、わらわ以外には興味がわかぬじゃと?
つまりは成人女性に興味がない重度の童女趣味ではないか。変態めが。」

 少女は顔をそむけながらそう言った。顔を向けずに悪態をつく様子を、国王は決意を変えないための
ポーズだと受け取った。つまりは、否定的な答えだ。国王の顔に落胆の影が浮かぶ。

「…しかし、本物の子供に手を出されても困る。
じゃから、なんじゃ…その、わらわで満足してもらうしかあるまい。」

「は?」

 今度は国王の方が、よく理解できなかった。まごつく国王に少女は少しいらだったようすで振り向いた。

「ええい、もの分かりの悪い! お主の嫁になってやると言っておるのじゃ。」

 少女のその言葉に、国王の顔がパッと明るくなった。

「大ババさま!」

 国王は少女に思い切り抱きついた。

「こ、こら、花嫁に大ババはなかろう!」
226名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:48:26 ID:tqz9ZINJ
 それから数週間後、少女はまだ魔術庁の自室に居た。結婚式はもうすでに盛大に行ったが、そのおかげで急な日程になってしまった。
そして職務の引継ぎや残務処理が片付かず、まだ退職するにできなかったのだ。

「師匠、新婚なのですから今日はもう終えられてはどうですか?」

 夕方、白髪の老婆が少女を気づかって言った。

「かまわぬ。それよりもなるべく早く残りの仕事を終わらせて、心置きなく夫に付きっきりで居られるようにしたいのじゃ。」

 目標ができたことで仕事にも精が出るのだろう。話しながらも少女はすさまじいペースで書類をさばいていた。

「そうですか。しかし、師匠はもはや王妃なのですからくれぐれもご自愛下さいませ。」
「分かっておる。いずれは子も成さねばならぬ身じゃからの。体を壊すようなマネはできぬ。」

 少女はそう言って、うれしそうに自分のお腹を撫でて見せた。

「師匠、つかぬことをお伺いしますが…」
「なんじゃ?」

 ご機嫌な少女の様子とは裏腹に、老婆は少し険しい表情に変わっていた。

「初潮はきておられますか?」
「ショ…チョウ…なんじゃそれは?」

 少女はまるで異国の食べ物の名前でも聞いたような、まるでちんぷんかんぷんな顔をしていた。その様子に、老婆は頭を抱える。


「な、なんじゃとぉ!? それでは、わらわは子を成せぬというのか。」

 小一時間ほど説明を受けてから、少女は叫んだ。

「残念ながら、その通りでございます。」

 呆然と立ちつくす少女に対し、老婆はごく冷静に答える。

「子は産めなくても、陛下が師匠を愛していることは変わりません。安心して―」 

 だが、少女は老婆の言葉をさえぎってまたも叫んだ。

「解呪をする!」
「師匠、ヤケになってはいけませぬ!」

 老婆は少女を止めようと腕をつかんだ。自分の言葉で彼女に死なれてはたまらない。

「こら、勘違いするな。わらわは当分は死ぬつもりはない。」
「そんな嘘を。師匠が解呪をしてしまえば命はないことぐらい、私にもわかります。」
「違う! 解呪と同時に復元も行うつもりじゃ。」

 それを言われて、老婆は動きを止めた。

「き…強制解呪と同時に復元…ですか? それができれば前代未聞の超魔法ですよ?」
「わらわは天才じゃ、出来ないことはない! …たぶん。」
「国王陛下が生きているうちに間に合いますかね?」

 老婆は不安げに少女に問いかけた。

「ならば、あやつもしばらく不老不死にしてくれるわ!」
「ああ、やっぱりヤケなのですね。」

 そう言って老婆は肩をすくめるのだった。
227名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:49:00 ID:+osmvkAs
ぼんやりと川の流れを見ている。
橋の下に俺はいた。
すり切れたサンダルに、破けたズボン、ボタンが取れたシャツを着ている。
髭は伸び放題で見た目はあまり良くないのだろう。
すでに鏡を見る習慣がなくなってどれくらい経ったか。
今となってはどうでもいい。
「どうして俺はここにいるんだっけ」
ひとりごちる。
会社で働いていた、あれはかれこれ1年前、いや3年前になるのか。
ある日、突然部長がやってきて、もう来なくていいよと言われた。
それから俺はバイトをしながら、仕事を探していたんだった。
でも、結局定職には就けず、30を過ぎ、バイトもクビになった。
家賃も払えず、しまいにはアパートから警察に力ずくで追い出されたのだ。
あれはアパートの管理人が呼んだんだろうな。
働いていた頃は漬け物をくれたりして、仲が良かったんだが。
畜生、思い出す度、視界がぼやける。
昔、カウンセラーに悩みを解消してもらう事で視力を回復させたスポーツマンの話を聞いた事があったが、心が体に影響を与えるっていうのは本当だと実感する。
このままここでじっとしていれば、いつかは飢え死にできるのだろうか。
眠るように死ねるのなら悪くはない。
もう自分にはチャンスは来ない。
この先、ずっとホームレス生活を続けるくらいなら、いっそ死んでしまった方が潔いと思えた。
「ねえ、あなた、こちらを向いて下さらないかしら」
ふと甲高い、少女らしき声が聞こえた。
できるだけ人と関わりたくない気分だ。
しかし、無視したら後でやっかいな事になるかも知れない。
しょうがなく俺は声がした方を向く。
228名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:49:31 ID:KrRUULTB
そこには9歳くらいの少女がいた。
髪は金色でおそらく外人の子供だ。
流ちょうに日本語を話していたから、幼い頃から日本で暮らしているのか。
それにしても、随分と高そうな服を着ているな。
きっとお金持ちの娘なのだろう。
「やっぱり、思った通りだわ。あなた、綺麗な目をしてますのね」
少女が更に言葉を投げかけてきた。
正直、うっとおしい。
早くどこかへ行って欲しかった。
「こんな所で何をしていますの? あら、よく見たら服がぼろぼろですわ。お髭も手入れをしてはいかが? 今よりもずっと男前になると思いますの」
一目見たら、俺の汚い身なりがまっさきに分かるだろ。
この子供はどこに目を付けていたんだ。
それとも、まさか、この子供は俺に嫌みを言っているのか。
優しげに語りかけてくれるのは偽りで、実は俺の事を腹の中で笑っている? いやいや、こんな子供がそんなに高度な事をできるとは思えない。
浮浪者の俺だが、31年間生きてきた。
子供からの悪意に気づけないはずはない。
「ワタクシはツインクルクルエラといいますの。どうぞよろしくして下さいな」
ツインクルクルエラだと、変な名前だな。
ツインクルだから、英語圏の人間か。
アメリカかイギリスか。
クルエラはずっと前に映画の登場人物で見た記憶があったな。
確か犬が101匹でてくる話だった。
あの頃は俺も仕事をしていて、社内の女と一緒に映画を見ていたんだった。
今思えば、女と映画を見た事そのものが架空の出来事のようにさえ思えてくる。
……俺は何を考えているんだ。
相手は子供とはいえ、気を許してはいけない。
リストラされた時の事を思い出せ。
人を信じると痛い目にあう。
軽々しく人を信じるな。
自問自答をしていた間、少女は俺の事を澄んだ瞳で見続けていた。
心を見透かされているようで居心地が悪くなってきた。
ええい、もういい、さっさと答えて、この子にはどこかへ行ってもらおう。
「川を見ていた」
分かったら、どこかへ行ってくれと続けようとしたが声が出なかった。
しばらく人と話していなかったからか、糞。
「まあ、そうなの。顔に似合わず、ロマンチストですのね」
どうでもいい、早くいなくなれ。
「あなた、お名前をお聞きしてもいいかしら」
こいつ、まだ言うのか。
早くいなくなれ。
いい加減、早くいなくなってくれ。
目の前の少女は俺が答えるのをじっと待っていた、俺の目を見続けて。
229名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:50:03 ID:RsfQ/pP+
「一文字直人」
少女の視線に耐えきれず、俺は目をそらして自分の名を言った。
こんな子供の注視にさえ屈してしまうなんて、俺も落ちぶれたな。
敗北感を俺は感じた。
「いちもんじなおと、とっても素敵な名前ですのね」
俺の気持ちなどお構いなしに、少女は嬉しそうに微笑んだ。
なぜこの子はこんなに喜んでいるんだ。
大して珍しい名前じゃないだろうに。
「直人はどうしてここにいらっしゃるのかしら。川を眺めるためという訳ではないのでしょ」
見透かされている。
皮を被っていたのか。
畜生、騙された。
優しい顔で近づいてきて、まんまと騙された。
糞、糞、糞、糞。
「家も仕事もないからだ。どうだ、面白いだろ。俺は屑だろ」
糞ったれ。
糞ったれが。
しゃべり出したら、気持ちが一気に高まって止まらなくなった。
「リストラされたんだよ。俺は負け組なんだ。ホームレスなんだ。もうチャンスがないんだよ。死ぬんだ。俺は死ぬんだよ。分かったか、分かったか。わかっ、た、ごほっ、ごほっ……」
思考に体が追いついていかないのか、俺は繰り返し咳をした。
無理に話したからか。
体もぼろぼろだ。
こんな惨めな気持ちになるのなら、すぐにでも死にたい。
「もう放っておいてくれ」
咳も落ち着き、俺は力なく言った。
しばらく俺は膝に顔を埋めていた、顔を上げた時、クルエラがいなくなっている事を期待して。
……。
……。
……。
どれくらいが経ったか。
5分くらいだろうか、10分くらいだろうか、顔を埋めているのが息苦しくなってきた。
そっと顔を上げる。
まだいた。
怒鳴られたにもかかわらず動揺した様子を見せずにクルエラは俺の目の前に変わらず立っていた。
怒っているのか、いや、そんな様子は見えない。
どうしてまだいるんだ。
「あなた、ワタクシの家で使用人をなさいませんこと」
え、使用人?
メイド喫茶や執事喫茶を思い浮かべたが、そういうのではないだろう。
使用人の訓練なんて俺は受けた事ないぞ。
そもそも子供の言う事だ、真に受けるな。
しかし、俺は仕事がもらえるかも知れないという強烈な誘惑に打ち勝てないでいた。
「さあ、参りましょ、直人」
どう対応していいか迷っていた俺の手をクルエラはつかむと、そのまま歩き出した。
「お、おい、そんな勝手が親に許されるはずがないだろ」
これからこの子の親に面接されるかと思うと気が重かった。
きっと酷い事を言われて、追い返されるに決まっている。
しかし、ひょっとしたらいい人で俺の事を本当に雇ってくれるかも知れない。
そんな淡い期待もあった。
「その事なら大丈夫ですわ」
あっさりクルエラは答えた。
子供故の、根拠のない自信なのか、何かちゃんとした考えがあっての事なのか。
判断はつかないが、考えるのが面倒になってきた。
このまま何もせずに成り行きに任せよう。
いざとなれば死ねばいいと思い、俺はクルエラに手を引かれるままついていった。
230名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:50:50 ID:8XbTEK9+
「はぁ、はぁ」
クルエラに導かれ、俺は彼女の家へ行くべく獣道を通っていた。
なぜ人の家へ行くのに道路を使わないのかは分からない。
先を見ても往来らしきものは見あたらず、そもそもクルエラの家へ通じている道路があるのかどうかさえ分からない。
聞いてみればいいのだろうが、あれから俺とクルエラは会話をしていなかったので、話を切り出しづらい雰囲気があった。
ところで、ここは山中という事もあって蚊が大量にいた。
ボロボロの服を着て、肌が露出している俺は蚊にとって格好の食べ物なのだろう。
全身を蚊に食われ、そこかしこに酷いかゆみを感じていた。
フラストレーションの高まりから、今では大声で叫ぶ事さえできそうな気分だ。
掻いても状態が悪化するだけなので、ただ耐えるしかないと決意を持ちながら歩いている。
しかしながら、俺と同じ道を歩くクルエラは蚊に刺された様子がない。
事前に虫除けスプレーでも使っていたのだろうか。
確かに可能性としては一番妥当だと思えた。
思い切って俺はクルエラに気持ちを伝えた。
「あっ、お、おい、かゆいんだが」
声をかけられたクルエラは歩くのを止めると、俺の方へ振り返った。
「まあ、それは大変ですわね。帰ったらお風呂にしないといけませんわ」
そう言うと、クルエラは俺の手を引いて、また歩き出した。
「いや、そうじゃなく、虫除けスプレーとかないのか」
一度きっかけができれば、後は楽に言葉がでた。
前へ進めていた足を止め、また俺の方へクルエラは振り返る。
なにも言わず、クルエラは意味が分からないといった様子で俺の方を見た。
「あ、いや、その、もういい」
面倒になって、俺は話を切り上げた。
……。
……。
……。
いくらか歩いて、俺は限界に来た。
「いつ着くんだ」
今度は歩くのを止めずにクルエラは答える。
「まだですわ」
いくらなんでも遠すぎる気がしてきた。
これは姥捨て山の伝承にちなんで、俺を山へ放置しようという悪戯かも知れない。
彼女と握っていた手に神経を注ぐ。
これでいつクルエラが手を離して去ろうとしても、すぐに捕まえる事ができるだろう。
「あなたに出会えて良かったですわ。ちょうど使用人がいなくなって、困っていましたの」
俺の気持ちを知ってか知らずか、クルエラが話しかけてきた。
「親はどんな人物なんだ」
これからクルエラの親と会わなければいけないという不安から、俺は彼女に質問した。
231名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:51:21 ID:gZUTMikl

「いま親はいませんの。ワタクシが館の主をしていますのよ」
親がいないのか。
不安の種だった、クルエラの親との面接がないと分かり、俺は安堵した。
しかしまてよ、親がいないという事は誰がクルエラの保護者なのだろうか。
「今はお前、いや君と使用人だけで暮らしているのか」
それとなく俺はクルエラに聞く。
「使用人はいませんわ。ついこの前、辞めてしまいましたの。ちょうどあなたがいらして、良かったですわ」
この子は本当に俺を使用人として勧める気でいるのか。
だが、勧める相手は誰だ。
「1人で住んでいるのか」
そんな訳ないと思いながら、クルエラに尋ねる。
「いいえ、吟という、なんといえばいいのかしら、そう、友達と暮らしていますわ。あと、今はお客様が2人来ていますわね」
どうやら保護者はいないらしい。
吟という人はクルエラの友達という事だから、まだ子供なのだろうな。
「保護者もいないで、子供だけでどうやって暮らしているんだ」
はっきりと俺はクルエラに聞いてみた。
ん、返事がない。
どうしたんだろうとクルエラの顔色を窺おうとした時、クルエラがしゃべり出した。
「ワタクシ、見た目ほど子供ではありませんの。追々お話していきますわ」
どうみても子供だろうと思ったが、ひょっとしたら本当に彼女が自分の雇い主になるのではと思い、俺は謝罪した。
「悪かった」
歩きながら、クルエラは俺の方へ振り向くと、悲しそうに微笑んで言った。
「ほら、見えて参りましたわ」
遠くを見ると、確かに洋館らしきものがあった。
彼女が見せた表情の意味を深く考えず、俺は目の前の物に興味を持った。
木々に囲まれ、館はあった。
館の屋根や木々にはカラスがたくさん留まり、何羽かこちらを見ている。
そして、周りには道らしきものがなかった。
人が住む場所の近くに道がない風景を見慣れてないせいか、俺は違和感を覚えた。
肝心の洋館はというと基本は2階建ての建物に屋根裏部屋や3階建ての尖塔を加えたような感じだった。
部屋の数はここから見える窓の数からいって3、40ほどありそうだ。
いわゆる豪邸というやつなのだろう。
「昔はもっといい家で暮らしていましたのよ」
恥ずかしそうにクルエラは言った。
これでも立派な建物に思えたのだが、俺は彼女と住んでいる世界に違いを感じた。
232名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/05(土) 21:51:53 ID:vM3Of5Zp

「ろーりろーりろりろりばばぁ♪」
「……おぬし、なんじゃそのうたは」
 うむ、舌ったらずな呆れ声はいい。実にいい。
「ロリババァの歌だが何か」
「おぬしの病気にはいつもあきれ果てるばかりじゃが、果てるも際限が無いのぅ」
「まあ、果てるだなんて破廉恥!」
「……最長不倒更新しっぱなしじゃぞ」
 呆れ果てた声が耳に届き、僕はもう一度思った。
 実にいい、と。

 先日の話だ。
 一応、僕はそれなりの大きさの会社で社長をやっている父親を持ち、それなりに
裕福な家庭に育ち、幼い頃からSPに警護される毎日を過ごしていた。
 だが、ある日の事だ。僕についていたSPが、突然辞めたいと言ってきた。理由はと言えば――
「もう貴仁様にはついていけません!」
 ――意味がわからない。僕のどこについていけないというのか。先日暇だからと
ちょっと全裸で玄関から放り出したのがそんなに堪えたというのか。全く、SPという
職業につくには軟弱過ぎるんじゃないか? そんな事で僕の身の安全が守れると
思っているのだろうか。
 僕につくSPは特に精神的に強く、肉体的にも強くなければならない。
多少の羞恥プレイに耐えられないくらいで、僕のSPとしては失格だ。
 僕は父上に、精神的な強さと肉体的な強さを併せ持ち、尚且つ僕好みのかわいい
女の子なSPがいないか、と聞いてみた。まあ、そんなのいるわけないだろうから、
一先ず女の子のSPがいればそれでいい――
「ああ、いるな、一人。心も強いし、運動神経も抜群だ」
 いるのかよ! なんで今まで黙ってたんだよこの糞親父! さっさと僕につけろよ!
 などという本心はおくびにも出さず、僕はやったー!と軽くガッツポーズをした。
「だが、お前に彼女が手に負えるかな?」
 父上の笑みの意味はわからなかったが、見せてもらった写真を見て、僕は即決した。
 そこに写っていたのは、
「ロリっ娘! ロリっ娘じゃないか!」
 SPの癖に、詳しいプロフィールが載ってないのが気になったし、何故か和服――着流し
と言うのだろうか――に身を包んでいたのも気になったが、まあそんな些細な事は
ロリっ娘である時点でどうでもいいと言えばよかった。この上精神的にも
肉体的にも頑健となれば……うひひ、うじゅるる……思わずよだれが出るぜ……ひゃっはー!
「見た目に騙されるなよ……彼女は“強い”からな」
 父上の意味深な笑みなど全くこれっぽちも気にせず、僕は彼女を僕のSPとして
付けてくれるようにお願いしておいた。
 彼女の名は、操(みさお)。名前だけで、名字は記されていなかった。
233名無しさん@お腹いっぱい。

その二日後。彼女は僕の元にやってきた。
 着流し姿に、背には木刀を背負い、だがその背負った木刀は少しばかり
地面に引きずられていて、もう何というか、上手く言葉にできないのだけれど、
可憐とか可愛いとか、そういう言葉では言い表せない――ああ、もう、やっぱり
言葉にならない!
 だが、そんな感慨に頬を紅潮させる僕を他所に、彼女は冷たく言い放った。
「お主、随分なうつけと訊かされておるが、真か?」
「うつけ……?」
 開口一番、彼女の可憐な口から放たれた言葉は、僕にはよく意味のわからない
言葉だった。うつけ? おみおつけの親戚だろうか。それに、その口調もなんか
古めかしいというか――
「……どうやら、その顔を見る限り、真のようじゃの」
「うつけって……どういう意味?」
「阿呆、という事じゃ」
「……あ、ほ?」
 ……つまり、開口一番、僕は馬鹿にされたという事か?
「まったく、うつけという言葉の意味も知らぬとは、学も浅いようじゃし、あの父親に
 してこの息子有りと言った所かのう……」
「父上を知っているのか?」
「無論じゃ。お主の父もまた、ワシが性根をたたきなおして今のような立派な
 男に育てあげたのじゃからの。お主もまた同じ道を歩むとは、因果なものじゃな」
「父上を……育てあげた……?」
 目の前にいるのは、どう見ても年端もいかぬ少女だ。もっと言うとロリっ娘だ。
ルックスとかもろストライクだ。何か言動がアレだけど、まあそれは一先ず置いて
おくとして、どう見ても父上を育てた経験を持つ年齢には見えない。
 そんな彼女を見ていると、馬鹿にされたという事実なんか気にならなくなってくる。
僕は、率直に、浮かんだ疑問をそのままぶつけてみた。
「……えっと、歳、いくつなの?」
「お主……うつけの上にでりかしぃも無いのかの?」
「えー! そりゃ女の子に歳の事は禁句だってわかるけどさー、普通聞く
 でしょ、この状況だったらさー!」
「ふんっ、まったく、こういう所までお主とお主の父は似ておる。あやつも
 まず訊いたのはワシの歳のことじゃったからのう」
 どこか遠い目をしながら微笑む彼女の顔に、僕は目を奪われた。
 ただの少女には到底できるはずの無い、憂いと懐旧が浮かんだ切ない
表情は、僕でなくても目を奪われただろう。
「……なんじゃ、呆けた顔をして。ワシの顔に何かついておるか?」
「いや……綺麗だなぁ、って思って」
「ふっ、その程度の世辞にたじろぐワシではないぞ?」
「いや、お世辞とかじゃなくて……何か、僕……見蕩れちゃって」
「お主ら親子はほんによう似ておるようじゃな……まったく、そこまで反応が
 同じというのも、滑稽を通り越して驚きに値するわい」
「……父上も、同じ?」
 ……この娘は……操という名前の少女は、一体何者なんだ?
「知りたいかの?」
 まるで内心の声を見透かされたかのように、彼女は唇を歪めながら言った。
 僕は、こくりと頷くしかなく――
「ならば……ワシを倒してみよ!」
 ――突然背中から抜き放った木刀で殴りかかってこられた僕は、一撃をもろに
頭頂部に喰らい――あっさり昏倒した。