>>191 (薄給の友人が廉価な国産チューナーとテレコでFM放送を録音した事に触れ)
この録音テープを、うちの装置で私は聴いてみた。なんとまとまりの良い好い音だろうと
感心したのだ。カール・リヒターに率いられたあの合唱団の、真率のバッハは、余すとこ
ろなく聴きとれたのである。私は恥ずかしくなった。実は私も同じ日にディエンファシ
特性を直した直後のマランツで、2トラック倍速で録音していた。友人のは4トラックで
ある。SN比、チャンネル・セパレーション、周波数特性、そういうことを言ったら無論
あきらかに両者はちがいすぎる。ダイナミック・レンジ、プレザンスのスケールは違う。
だがそんなものが『マタイ受難曲』を聴く感動の前で、いったいなんだというのか。ハー
モニーのある、それなりに美しい音で、つつましく纏められた友人のは『マタイ受難曲』
であった。文化会館での演奏を私は聴いているが、あの敬虔なコラールは、ダイナミッ
ク・レンジやSN比でそこなわれる道理がない。薄給の中で音楽を愛する友人の、音楽的
教養とでもいうべきものが彼のテープを作っていた。
『オーディオ遍歴』「美しい音とは」(1969年)から