新聞配達77束目【春はすぐそこ】

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378FROM名無しさan
人口に比較して手頃な石が沢山あれば、「合理的で計画的な行動」は必要無いだろ。
後期旧石器時代には人が増えて、「合理的で計画的な行動」は必要に迫られて獲得と
いうか実現。

これは後に金属器時代の初めにも繰り返されていて、初期は自然銅や自然金を叩いて
使っていたものが、後に、需要の増大に対してそこらにある金属状態の銅や金が
枯渇したために、穴掘って採掘や、精錬なんかの技法が必要になる。

現代でも、中部アフリカのピグミーや東南アジアのネグリトや南印度のヴェッダなど、
狩猟採集民は、運搬用の籐の籠や、小型禽獣類を捕獲する網などは、要る都度作り、
使い終われば廃棄する。
材料はそこら中にあるし、使う用途やそのときの状況に合わせた物を必要に応じて
作る。生活習慣の違う我々からすれば無駄な行為だが、彼らの生活様式ではむしろ
そのやり方が合理的。
手頃な石が容易に入手できるなら、わざわざ目方の重たい石器なんか運ぶはイヤだ、
その場で作って使い終われば捨ててくるというのも、それはそれで合理的だ。


379FROM名無しさan:05/02/21 08:17:44
たしかに、これだと、ちょっとだけインパクトに欠けるものの、
かなりいろいろうまく説明できるかもしれません。
ようするに、解剖学的現代人(ホモ・サピエンスのMSA文化段階)
になると、合理的思考能力などの萌芽がみられるようになった。
これは、頭が大きくなったこととも関係しているだろう。
よって、MSAと、同時期のヨーロッパでは、石器文化そのものは、
固定的なルヴァロア技法段階であるが、一方、地域性などがかなり
出てくるのは、ときには、非常にたまーにではあるが、合理的な
思考によって、生活の改善をするようなこともあった。だから、
その草創期としてのHPとか、あるいは、撤退したらしい8万年
前以前のレヴァントのMSAとかのちょいと発達した文化も散見
される。
が、後に、かなりせっぱ詰まった状態になり、よりいっそう合理的
な思考によって、対応しなくてはならない状態になった。
そこで、その能力が著しく発展した結果、5万年前ごろから、あっち
こっちで、独自の象徴性とか芸術とか後期旧石器文化の特徴が革命的
に出てくるようになったと。

ただ、一ついえそうなのは、この後期旧石器時代の始まりのころに、
ある意味で、人間が、本能的な行動のかなりを捨てるようなことも
していると思うわけです。スマトラ沖地震で、人間だけが津波に
おそわれてしまったが、動物はどうも逃げたらしいみたいなのも
ふくめて、なんか、そういう動物的な勘のようなもの、自然な野生
の行動を積極的に捨て去ることが、合理的思考をより自由に発揮
するのに役だったのではないか、と思うわけで。