>>138 こういう投書がありました。
平成22年4月20日読売新聞気流(投稿)欄より
長男に心ない一言謝罪の言葉に救い
主婦 椎名仁美 42(千葉市)
この春、知的障害のある長男が市内の特別支援学校の高等部に入学した。通学する学校には、
モノレールとバスを乗り継いでいかねばならず、私か長女が付き添っている。
先日、長女が付き添って帰ってくる途中、近所の小学生に、「この人病気だよ」と心ない一言を
浴びせられ,長女は泣きながら帰宅した。私も悔しくて、そしてその子が通う学校に電話し
「障害のある子を産みたくて、生んだのではないし、長男も障害者になりたくて、生まれてきたのではない」
と抗議した。
その夜、その子の保護者や担任らが、謝罪に来てくれた。私も長女も救われた気持ちになり、
この世もまだまだ捨てた物では無いと感じた。(終わり)
細部を見れば大きな違いはありますが、大まかな部分では
私がご紹介しているDQN親と同類臭がします。
ある程度までの子供、と、ある程度以降の老人、と、何らかの障害をもつ障がい者、は、
normalizationと言いますか、それが身近な目標になると思います。
この特別支援学校生徒は、何をしたのでしょうか?ただおとなしく乗車していただけ?
それとも大きな声を出していた?もし、おとなしく乗車しているのに悪ガキ小学生が
はやし立てているのなら、以前キリンに罵詈雑言を吐く幼稚園生をご紹介しましたが
それを思い出します。躾の悪い子供たちです。また、大声を出していたのであれば、
介添人(保護者)が付いていながらそう言う状況に陥ったのは、介添人の落ち度だと思います。
(続きます)