491 :
異邦人さん:
「何調子こいてんねん。お前誰に物言うてんねん」
日本語で話しているのに全く話が通じない。向こうに会話する気がないのだから当然だ。
俺の顔はみるみる腫れ上がっていく。全身をバットで殴られたような鈍い痛みが包み込む。
まるで俺が悪者だった。
今までお前の面倒を見てやっただの何だのとやたら恩を着せてくる。
実際、部屋の中の金目の物とかなくなっていたのだが。
「お前なんぞ殺しても保釈金払ったらすぐに出て来れんねん」
本当に自分は今殺される。そう思った。
「お前に殺されるくらいなら自分で死んでやる」俺はタオルで自分の首を絞めた。
「ほう、ええ度胸やないか。早よ死ねや。何もたもたしてんねん。早よ死ねや」
これが、自分が散々吸い取った相手にかける言葉だろうか。こいつは悪魔だ。そう思った。
しばらくすると奴は笑い出した。「冗談や。冗談やて」
冗談という言葉の定義が、俺と彼とではだいぶ異なるようだ。俺の概念ではこういうのは脅迫という。
「お前が最近調子乗っ取ったからな、ちょっと懲らしめたろう思うてん」
調子に乗っているのはどちらであろうか。だんだんと殺意が湧いてきた。
キッチンには包丁がある。部屋にはギターがある。
こいつをメッタ刺しにして。あるいはギターで脳天を殴って。
沸々と沸き上がる殺意の中、親父の顔が浮かんだ。
病弱だった俺を夜中に何度も病院に連れて行ってくれた親父。
俺が今人殺しになったら、親父は失業する。それだけじゃない。「人殺しの親」というレッテルを貼られる。
それだけじゃない。我が子が人殺しになった、それはどれだけ辛いことだろう。
俺は結局耐えた。今すぐにでも殺してやりたい気持ちを抑えて、耐えた。
ウェーッハッハッハと高笑いする目の前のヒトモドキを見ながら、平常を装った。
それから俺は日雇いの土方仕事を始めた。少しでも体を鍛えておきたかったから。