大滝庄は荒川最上流の地で、石間からはおよそ五里(二十キロ)、
街道の分かれ道に位置する。一方の道は十文字峠を越えて信濃へ、もう一方の道は雁坂峠を越えて甲斐に至る。
荒川の崖縁に沿った山道を疾走すること一刻(二時間)余、漸く、木の間隠れに廃寺が見えてきた。
朽ち果てた門前に立つと、山の中腹で陽を浴びる大滝庄が望めた。
額から流れ落ちる汗を手の甲で拭いながら、走ってきた道を振り返る仔爬の耳に、
人馬のざわめきはまだ遙かに遠かった。からからの喉が、呼吸する度に、ひーひーと鳴る。
大滝庄に忍び込むのは、まず喉をうるおしてからだ。
河原に目を投げると、河原の中程を、川が細々と蛇行して流れていた。
仔爬は、岩陰を伝いながら、水辺に忍び寄って行った。異常に気づいたのは、腹這いになって、
水を飲もうと水面に顔を近づけたときだった。
川の水が血の色に染まっている。(経基が殺されたのか……)
河原に目を凝らし、経基の姿を探すのだが、どこにも見あたらない。
経基の命がどうなろうと仔爬の知ったことではない。だが、経基一人が流した血で、
川がこうも赤く染まるはずもない。(まさか、そんなばかなことが)
突如生じた疑心に、仔爬は渇きを忘れた。流れを染める血の色をたどりながら、
河原を駆け、浅瀬を渡って、上流に向かって突き進んで行った。やがて、
紛れもない血の臭いが鼻を衝いていてきた。そしてついに、浅瀬の水の上にかぶさるようにして倒れ伏す、夥しい骸を発見したのであった。
川の水を赤く染めていたのは、自害してはてた女たちが流す血であった。