福岡大学W部カムイエクウチカウシ山 ヒグマ遭難

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かいつまんでご説明しましょう。
小銃弾の威力は、弾重には単純比例するだけですが、弾速には
その二乗に比例して増すんであります。
たとえばヒグマの頭蓋骨は、10匁くらいの「イッキダマ」火縄銃でも貫通はできませんでした。
手負いになるだけで、逆襲されてしまうのです。したがいまして、トリカブトを塗った矢を用いた
アイヌたちから、明治前半頃までの銃猟家たちまで、熊の頭は決して狙わなかったんであります。
胴体の真ん中を狙いました。

ところが近代「ライフル銃」を猟銃となしましたことで、熊の頭蓋骨はやすやすと
破砕できるようになった。さしものヒグマも、脳を吹っ飛ばされますと即倒してくれますから、
以来熊撃ちは、ライフルで頭を狙うのが基本になっております。
さて、日露戦争までの各国の歩兵達がいちばん心配であったのは、
「馬体重500kgの巨大な怪物をギャロップで飛ばしてくる、槍を持った敵の
大騎兵集団の襲撃を、自分らの貧弱なテッポウで止められるんかよ〜?」だったんであります。

幕末の輸入銃に「白みがき」フィニッシュが多かったのは、日光を
ピカピカ反射する長い棒がたくさん揺れていれば、馬がそれを見て驚いてくれるだろうと
信じられていたからです。つまり、歩兵が騎兵をおそれることは、それほどであった。

馬は銃創には比較的に鈍感といわれておりまして、たとえば首を横からライフルで
貫通されても倒れません。馬を前から射って即倒させるためには、
馬の骨を破砕しなければならないのであります。
心臓だって、前から投影してみれば、しっかりと骨でガードされているわけであります。
脳もそう。そして、「馬の脚」です

この馬の脚こそが最も頑丈なパーツなんであります。ということは、
そこさえ破砕できる威力が小銃弾に与えられたなら、もう正面からどこに
弾丸を命中させても敵の馬は倒れてくれるだろうと期待ができた。
騎兵団の襲撃を、歩兵部隊のライフルで阻止できることになるわけです。

そこで、19世紀後半の各国軍は、歩兵銃を開発したり採用したりするときに、
必ず「馬の脚の骨を射つ」テストを入念に繰り返しております。
馬の骨を粉砕し得る威力ならば、中に水が詰まった人間の頭蓋骨など
勿論ひとたまりもない。文字通りバラバラであります。

まだ球弾を低速で飛ばしていたナポレオン戦争では、遠くから飛んできた弾丸で
歩兵の脳味噌がブチまけられるなんてことはあり得ませんでした。
人間の額の頭骨を小銃弾が数百mで貫通することはなかったんです。
だから金属ヘルメットは流行らなかった。
しかし、馬を倒せるライフルの開発が、「銃創」の概念も一変させました。
ヒトの頭蓋骨は、1000m以上からでも、当たれば貫通されることになった。
有坂が採用した6.5mm弾は、馬の骨を破砕できる、世界で最も低コストの弾薬でした。
それは高速でしたから低伸し、腰をかがめて近付いてくる敵歩兵に対する命中期待率も
良好でした。7.62mmのロシアの小銃は、もちろん馬の骨を破砕できますが、
高速にできず、低伸しなかった。

ところが、それはお互いに「蛋形弾」(先は丸まっており、ケツは金太郎飴を包丁で
断ち切っただけの、かなり細長な棒状の、空気抵抗が大である物体)を
発射している間のお話だったんであります。
フランス人とドイツ人は、日露戦争直後に、「尖鋭&ボートテイル」弾を完成してしまいました。
寸詰まりなので軽く、したがって高速に加速されます。
そして、空気抵抗による減速がなかなか生じない。

これは腔綫に食い込む部分が短いため、当初は「首振り飛行」をしがちで、
狙撃精度の点で具合がよくなかったんですが、それが解決されさえしたら、
低伸性は俄然、良かったわけです。