1 :
爆音で名前が聞こえません:
音ゲーを交えて小説・SSを書くスレです。
題材はIIDX、ポップン、ギタドラ、DDR、その他何でもOK。
ノンフィクションでもフィクションでもOKです。
文章形式も正統派からブーン系まで何でもどうぞ。
投下は1レスのSSから、どなたでもお気軽に!
◆投下時の注意
投下する話を完成させてから書き込むようにしましょう。
話がパート別になる時も、投下するパートをきちんと完成させてから。
書きながらの投下は避けるように。
ただし、携帯からの投稿はこの限りではありません。
また、なるべく投下終了時には『投下終了宣言』をして下さい。
作者名の明記は強制ではありませんが、名無しで二作品以上(もしくは連載)投下した場合、
『初投下時のスレ番号-初投下レス番』の名前がまとめ側で識別の為付けられます。
(初投下スレ番が3、初投下レスが250だったら『3-250』となります)
◆投下された作品について
基本的に投下された作品は、全てまとめwikiに保管されます。
その際、題名が無い作品は仮の題名が付けられます。
なるべく本文投下時には、名前欄に題名を入れてください。
なおwikiに保管されたくない人は、投下開始時または投下後にその旨を記述してください。
2 :
爆音で名前が聞こえません:2010/05/29(土) 14:28:18 ID:Fjps38kT0
3 :
旅人:2010/05/29(土) 15:51:28 ID:E7A4fxlJ0
>>とまとさん
まとめの方で見てきました。
あんな風にしてあの二人は交流を深め始めたんですね。
ここだけ見れば、これから仲良くやっていきそうな
人達だなぁと思うのですが、この先に例の殺人事件があると思うと
何かこう、悲しい思いを感じてしまいます。
今日は、旅人です。
もうとっくの間に完成はしていましたが、スレが立てられなかったんです。
そこで今日スレ立て代行のお願いをして、こうして立てて頂きました。
代行の人へ、本当にありがとうございました。
さて、今回で40回目の投下となり、そして最終回でもあります。
今まで一年近くも同じものをやり続ける、という事はあまりないわけで。
そりゃあ音ゲーだとか、朝起きたら顔洗って飯食って歯を磨いて……だとかは
抜かして考えればの話なんですけどね。
これから本編を投下します。
かなり長いので、ゆっくり投下していこうと思います。
そういうわけですけれども、今回もよろしくお願いします。
これから、まだ明かしていなかった謎を解き明かしていこう。
形式としては以前のように、ユールとの対話を通じて明かしていく。
そういえば、カーニバル事件の後、ダロールはどうしたのだろう。
私は気になってユールにそれを尋ねてみた。
「ダロール? 彼なら……もうこの世にはいないよ」
「死んだのか」
「うん。もしクロイスが彼の事が好きだったのなら、ごめんね」
「いいや、悪い印象は抱いていないが……
大丈夫だ。あの人が死んでも、私はどうもこうもしない。
それで……彼はどのように死んだ? お前と戦ってか?」
「大体はそうね」
「ちょっと待て、お前『大体は』ってどういう意味だ」
「私が戦って殺したのは、ダロールにとりついていた闇なの。
『全てを回帰に導くもの』という名前が付いてる、そんなやつ」
「じゃあお前はダロールを殺していないと?」
「そう。だけど、間接的に私も関わっている。
私の葬式が昨年末に行われたでしょ? その時に灰が投げられたけど……」
「そうか、その灰は……」
「うん。ダロールのものなんだ」
これで、ダロールは今どうしているのかが分かった。
彼はもう死んでいるし、ユールの葬式の時に灰は撒かれた。昇天している事を願う。
次に気になった事があった。
ユールと彼女の友人達は、ダロールが率いた四体の機動兵器と
戦ったことは知っているし、なぜ勝てたのかも分かった。
しかし、どうも釈然としない部分がある。今度はそれをユールに尋ねてみた。
「え? なんで私達がカーニバル事件の戦闘で勝てたかって?」
「データから推測する限り、お前たちに与えられた装備が
かなりの高性能を発揮するものだったから……と思わざるを得ないのだが」
「あぁ、そうかもしれない。でも、その装備だけで戦ったわけじゃないわ」
「分かった。お前は心の光の力で戦ったんだな?」
「そうそう。蠍を相手にした時は、私の体は乗っ取られたんだけど……」
「乗っ取られた? どういう意味だ」
「あぁ、ごめん。分からないよね。
その意味はね、ちょっと危ないから離れてて」
ユールに言われた通り、私は立ち上がって数歩後ろに下がった。
何が起きるのだろうかと思いながら、ユールの動作を注視する。
ユールは自分の右手を首の方へともっていった。
私はその時に初めて、ユールがネックレスを付けているのを見た。
少女にはふさわしくなさそうな、しかしユールだからこそ似合う、剣のネックレス。
それをユールは、思い切り引きちぎった。そして、目を疑う現象が……
「な、んな馬鹿な……」
「この剣の名前はマキナ。私に与えられた最初の武器ね」
「ネックレスが、大剣になっただと?」
「うん、まぁその……危ないって言ったのはこの事なんだ」
「それは十分分かった。でだ、乗っ取られたってどういう意味なんだ」
「マキナが私の体を乗っ取ったんだよ。この剣にはそんな力がある。ねぇ、マキナ?」
ユールはまるで大剣に人格が存在するかのようにそう言った。
この発言はそう考えなければ、そうとしか思えないのである。
私は何か嫌な予感がした。もしかするとこの剣は喋るのではないか……?
『うん……あの時は状況が状況だった。すまない事をしたね』
喋った。予感は的中してしまった。
「な、な……!?」
「驚くのは無理もないと思うけど、マキナは喋る事が出来るんだ」
「……もう、なんでもありだな、お前は……」
『すまないね、お客さん。僕の名前はマキナ。
この名前はユールにつけてもらったものだ。
本当の名前はゆう。松木ゆうだ。ところで、君の名前は?』
私の耳は、剣が本当の名を告げた所で機能を失っていた。
マツキ。千年前から名が伝わっている有名人。
オグレの名を知らしめる手伝いをした名前。
「……マツキ、だって?」
『そうだよ。で、君の名前は?』
「おいおいおい、まさかそんな馬鹿な話があるわけないだろう……」
『馬鹿な話じゃないよ。で、君の名前は?』
「……私の名前? 名はまだ伝える事が出来ない。姓だけ教える。クロイスだ」
『クロイス君か。はじめまして……っても、握手は出来ないね、この姿じゃ』
あはは、と笑ったマツキと名乗った大剣は、とても楽しそうであった。
その外見では判別する事はほぼ不可能だったのだが、声の調子はそうだった。
『僕の事はゆうって呼んで欲しい。マツキじゃあ……他人行儀っていうかね』
「そうか。なら、ゆう。もし仮に私の名前を知っていたとしてもだ。
私の事はクロイスと呼んで欲しい。まだ、名前で呼ばれたくない」
『オーケイ。じゃあ早速、君の知りたいことを教えよう。
どうしてユール達が勝利できたか。それは……ユールのおかげさ』
「そうなのか」
『うん。他の四人もかなり頑張ったんだよ。
でも最後の敵にはユールが立ち向かわなくてはならなかった』
「闇にとりつかれた、ダロール・フェニルのことか」
『そうそう。勘が良いねぇ。
それで……まぁ、例えとしてはだ。
今のIIDXの最後のボス曲って知ってる?』
「現行のバージョンは 13 DISTORTED だよな。だから……嘆きの樹とか言ったか?」
『そうそう。それのアナザ―譜面、見たことある?』
「あぁ。前作の冥とは違った路線の難しさなのだなとは感じた」
『まぁ嘆きでも冥でも蠍火でもワンモアでも何でもいいんだけどさ。
とにかくそれをAAAとってクリアーしろったら出来る?』
「何の難易度でだ。私の場合、それによるぞ」
『勿論、アナザ―譜面でだよ』
「……そんなの、ランカー並みの実力がないと出来るわけがないだろ」
『でしょ? つまりはそういう事なんだ』
「何が」
『最後の敵に立ち向かうのは、ユールでないと駄目なんだって話』
「……あぁ、そういう事なんだな? 分かった。よく分かった」
『流石音ゲーマー。こういう例え話はよく分かってくれる』
「いまやこの時代の殆どの人間が音ゲーマーだ。
どれだけやりこんでるかの程度も表れるが……ゆうは良い時代だと思うか?」
『千年後がこんな世界だと知っていたら、体を冷凍保存しておきたかった。
それで3000年のミレニアムを、体を解凍してここで過ごしたかった……』
「だけどそれは無理だった。千年前の戦いで死んでしまったからだ」
『そうだね……でも、ここで今を過ごせるというだけでも幸せさ』
えへへ、とゆうは笑った。表情はないから読み取る事が出来ない。
『ところで』
ゆうが話題を変えた。
『確か君の友達に、オグレの血筋の人がいなかったかい?』
「オグレ……?」
『あ、大丈夫だよ、言っても。その人には何の危害は無いから』
「そうか。なら喋ろう。
オグレの血筋を継いでるっていう後輩がいる。
アヤノっていう名前でな。多分もう、お前たちなら知っているとは思うのだが」
『アヤノっていうんだ。この時代に彼の子孫がいるらしいという事は聞いていたし
なにより昨年の事件を調べている、ということは分かっていたからね。
だけど名前だけは分からなかったんだ。
彼は僕の友人だからね。その……アヤノちゃんにも、挨拶はしたかった』
「なら、私が向こうに帰ったら、お前がよろしくって言っていた、とでも言っておこうか?」
『ありがとう。で、やっぱり彼女も探偵なの?』
「そうだ。アヤノにあの事件の調査を依頼したのは私だからな……」
『そうかぁ、分かった。僕は色々考えたい事があるし、ちょっと黙ってるよ』
それからは、ゆうは口を閉じた。
口なんてないのだが、表現する上ではそう書く事しか出来ない。
「ところでユール」
「なに?」
「一体お前はどうやって生活を成り立たせている?」
ふっと思いついた質問がこれだった。
女の子を相手にこんな話をするのはこれが初めてだ。
「ここで色々やってるよ」
ひどく曖昧な答えだった。
「……色々とは?」
「色々は色々だよ」
「例えば? 何が挙げられる?」
「……え? あぁそうか、そういうことね。
カーニバル事件の後、WSFが私の光の力に目を付けたの。
さっきも言ったけどこの力は、円環が生み出したと言い換えてみてもいいのね。
天文学的な数の並行世界を支える、そんな存在が生み出した力……
ねぇクロイス、そんなものがあれば使ってみたいと思わない?」
「思わないな。身の程に似合わない力なんて持ったら、自分が死ぬ」
「クロイスならそう言うと思った。
……あの事件の後、WSFは私にここに住むように言ったの」
「機密保持のためだろうな。それと、お前の持っている力の分析もしたいだろう」
「そうなんだよね。それで……私は彼らの指示に従った。
とりあえずはここに住み続ける事になってる。
この家には隠し通路があるんだ。そこを通ってターミナルタワーの深い所に行くの。
んで私は、表向きはこの家を買ってカーニバルに住んでる人ってことになってる」
「賢明だとは思う。そういうことにしたのなら、
私みたいに突っかかる人間がいない限りは大丈夫だろう」
「実際そうだから助かってる。そうだ、私の家の表札を見た?」
「表札? そんなのあったか?」
「あったあった。今の私の名前は『ナターレ』っていうの。
知り合った人やその場で話をした人には、そのナターレって名前で呼ばせているの」
「そうなのか……待てよ、ちょっと待ってくれ」
何かが変だった。ユールの発言のどこに違和感を感じたのだろうか……
その答えは簡単に浮かんだ。
この子は本当に大丈夫なのかと心配になりそうな、そんな答えだ。
「知り合った人やその場で話をした人、か」
「うん」
「どうしてお前は外を自由に出歩ける?
この家には秘密連絡通路があり、ターミナルタワー深部へのアクセスは容易だろう?
何で外を歩く? 外を出歩かれちゃ、奴らが黙っちゃいないだろう」
「だから偽名を使うのよ。今の髪は白いし、誰も分からないって。
んで……私の髪は、一年前は黒色だった。良い髪だねって、クーリーは言ってくれた」
「そうなのか?」
「黒色って言っても、なんか烏みたいな色なのね。
だから小さい頃に『カラス』ってあだ名なんかつけられちゃって……
でもクーリーは、それを気にしている私に言ったの」
「何を言ったんだ?」
「『すっごく良い髪だと思う。僕なんか見てよ、金髪だよ金髪。あり得ないよ、ホント』」
「……無い物ねだりってやつだな」
「クロイスはそう思うかもしれないけど……
私はそうは思えないんだ。だって、クーリーは良い人だもん」
「根元から良い奴なんて、ファンタジーの世界にしかいないと言いきかされて育ったんだが」
「誰に?」
「母親に。もう死んだが」
「そうなの……でも、クロイスのお母さんは勘違いしてると思う」
「何を?」
「確かに、根元から良い人なんていないよ。クーリーだってそうなんだもん。
でも、良い人であるために根元からそうでなくてもいいと思うの。
その人が良い事をすれば、そして行動を受けた人が感謝して良い人だと思えばそれでいいのよ」
「それもそうだな……」
私はユールの言葉を聞き、心からそう思った。
私の母は妙にシビアな人だった。何事をも疑ってかかり、確信を持つまで用心する……そんな人だった。
そんな母の背中を見て育ったのだ、私も何か、妙に凝り固まった所があったのかもしれない。
ちなみに、父の背中を見て育った覚えはない。毎日が出張だったような気がする。
ユールとそんな話をして、その場は盛り下がることなく、上手く話が続いていた。
彼女と話をしていると、なにか落ち着くような気がするのだ。
それは光の力によるものなのか、
それともユール自身が持ち合わせている何かなのかは分からない。
「ところでクロイス」
「どうした」
「クロイスは人間の心の要素で、どれが重要だと思ってる?」
「心の要素というと、喜怒哀楽の事か?」
「そうそれ。どう思ってる?」
変な質問だと思った。
流石にそれを口にするのはまずいから、ちゃんと答えを用意する。
「喜と、楽」
「どうして?」
「私は……人間は、ポジティブな思考をしていた方がいいと思っている。
あぁ、ネガティブなそれが不必要だとは言わない。何事もバランスが大事だから」
「そうかもしれない。でも私は怒と哀を選ぶ」
「何故だ」
「怒りと哀しみがなければ、人は進歩しない。
確かにポジティブな思考や感情も必要よ。でも、人は反省と後悔をすべきだと思うの」
「反省と後悔か。それって、あれに似ているな」
「あれって?」
「WOS設立者のモンド・スミスの言葉だ。
『成長は猛省と共に訪れる。人は罪を犯し、それを償おうとする過程でのみ成長する』ってやつだ」
「あぁ……それ、それは……」
ユールの表情が暗くなっていく。
明るめのそれだったものが、どうしてそうなっていくのだろう。
「どうした?」
「ちょっと……一年前を思い出して……」
「一年前? カーニバル事件の事か」
「うん……だめだなぁ私」
「どうしたんだ、いきなり」
「クロイスとクーリーを重ねて見てしまうの。いくら否定しても、駄目なの」
「私と、ジェームズが似ていると?」
「うん。結構似ているとは思うよ」
それに対して私はただ一言、そうか、としか返せなかった。
芸のない奴だと心の内で自嘲しつつ、私はある事を聞いてみた。
「成長は猛省と共に訪れるって言うが……
私はジェームズのように、いつも他人の事を考えられるような人間じゃない。
ここに来る前に彼と話をした事がある。
その時の彼の印象も良かった。いつもお前の心配をしていた」
「そうなの?」
「あぁ。それで、ユール。
彼から一つ興味深い話を聞いたんだ」
「え、なに?」
「一年前にジェームズは撃墜されている。
正確に言うと機体のコントロールが取れなくなって
ゆっくりと落下していったそうだ。
地面に機体が触れたら、大爆発を起こして死ぬ……そんな状況だったらしい。
……って、お前はもう分かっているか」
「うん、まぁ……当事者だし」
「その時にジェームズはお前と二人で話をしたそうだな?
この会話の内容を彼は教えてくれた」
「あの、あの話を?」
ユールの表情に、少しだけ焦りの色が見て取れた。
私はそれをしっかり確認して、ユールの目を見つめて言う。
「実はジェームズ、幼い頃に大きな罪を犯した、と言っている。
小学校の低学年だかの話で、クラスメイトにラブレターを代理で渡すよう頼まれたそうだ。
だが、ジェームズは……今となっちゃ珍しい紙の手紙をだな、処分してしまった。
別にそのクラスメイトが嫌いだったって話じゃない。
そいつが好きだった女の子が問題だったんだ」
「……」
「その女の子こそが、ユール、お前だ……っていう話を教えてくれた。
この時にジェームズは相当な後悔をしたらしい。
クラスメートに『ダメだった』とウソの報告をして、
その時に返された言葉が、彼が後悔する事のトリガーになったそうだ」
「……それって?」
「『分かった。じゃあ、一番彼女に近いのは君だから、君は彼女と仲良くしてくれ』だと。
とても小学生が吐けるセリフとは思えないが、こんな感じの事を言ったらしい。
この時にジェームズは、不確かながらもクラスメートは
自分が何をやったのかを知ってたのではないかと思ったらしい。
そこで強烈な自己嫌悪に陥り……猛省と共に成長が訪れたってわけだ」
「やっぱり、そのまんまだった。あの時、クーリーが話してくれた事と同じだ……」
ユールはそう言って、少しだけ目に涙をためたように見えた。
しかしそれは、まるで見間違えたかのように姿を失せ、そしてユールは口を開いた。
「同じ事を、同じ状況で言われた事があるの。
その時……私は怒らなかった。
怒れなかったのか、そうしなかったのかは分からないけど
問題はそれじゃない。そこが問題じゃないの」
ユールはそこで言葉を切った。
何かを言いたそうに私の目を見つめる。
言いたい事は自分で分かってる。だけど、上手くまとめられない。
私を見つめる目を見た印象は、そんな感じだった。
同時に、ユールの眼は、見ていて悲しくなってくるものがあった。
「私は……何でこんな時にそんな事を言うの?って思ったの。
もっと別の言葉があったはずなのに、なのに……
そうはならなかったけど、私がそれを聞いて傷つくかもって、思わない?」
「考えられなくはないな」
「クーリーは人を傷つける事は言わないって思ってた。
でもあれは、クーリーらしさがなかった。あれはクーリーじゃないと思った。
けど……あれもクーリーなんだって、今は思う」
「……そうか」
「クーリーは良い人なの。私から見て、善を体現している人なの。
けれど全てが良い人なんていない。
あの時のクーリーの言葉をこの耳で聞いて、それを確信できた。
だから……出来る事ならクーリーに一言だけ、言いたいんだ」
「何て?」
「うん……『今までありがとう』って。それだけを言いたいのに……」
そこでユールの言葉は止まった。
ここから何と続けるかは彼女の口次第なのだが、
その先の言葉は容易に推測できる。恐らくは「どうして言えないの?」だろう。
ジェームズが生きている事を何らかのルートで知ったユールは
一言のメッセージだけでも伝えたいのに、伝えられない。
その理由は、ユールが既に死亡扱いされていているために
外出に制限が掛けられているからだ。
ナターレなんて偽名を使っても、その効果は万能ではない。
これはユールがジェームズに会いに行くという前提での話であり、
それが駄目ならジェームズがユールの住む所、
即ちカーニバルを訪れればよい話かと思われるが、それも実現は不可能に近い。
私は一月に、ジェイと名乗ったジェームズと会った。
この時の彼の目的は、当時の私と同じだったと思われる。即ち『ユールの救出』である。
しかし残念なことに、彼の様子からして、彼はこの目的を達成できなかったものと思われる。
それからジェームズは何度となくカーニバルに足を運んで
ユールに会おうとしたに違いない。だがそれは何度も失敗したはずだ。
何故なら、彼の視界は今もモニタリングされているからだ。
ジェームズの視界を通じてWSFカーニバル支部の連中は彼の接近を悟り、
ユールに外出を禁止させたり、彼女に秘密通路を使わせて
自分達の基地に来るように言う事が出来る。
これに対してユールは断る事が出来ない。
なぜなら彼女はカーニバル事件の真相を知っているどころか、
それの当事者の中の当事者というどころか、この世界の破滅を阻止した人物だからだ。
その人物の中に私も入るのだろうが、それは置いておこう。
とにかくユールは知りすぎた。よって彼女の存在は
WOSやWSFの管理下に置かれなければならない。
そうでないと、世界中に真実がばらまかれるかもしれないからだ。
それにユールがカーニバルにいることを条件に
WOSやWSFに絶大な圧力をかけることが出来るようになったのかもしれない。
殺されるべきユールの友人達の命がまだある事と
私が殺されずにいる事は、ユールがカーニバルに縛り付けられているおかげなのかもしれない。
「……すまない。そして、ありがとう」
「え、どうしたの?」
「考え事をしていたんだ。お前がここにいるおかげで
私は殺される事はなかったんじゃなかったかと。
そして、お前の友人達が生きてるのも、お前のおかげなんじゃないかと……」
「……うん、そうだね……」
「やはりそうか。なら、もう一度言わせてくれ……ありがとう」
「返事に困るような事、言わないで……」
ユールはそう返し、そして少しだけ微笑んだような気がした。
私はその顔を見て、つられて笑ってしまった。
「そうだ、言う事を忘れていたよ、ごめんごめん」
ユールは表情をそのままにして私に語りかけた。
何を? と尋ねる私に、彼女はこう言った。
「クロイスは、最近自分でやってることが
自分でやっていないような気がしたり、 勘が外れたりしたってこと、無い?」
そんな事だった。
確かに思い当たる節はいくらでもある。
例えば、アヤノとルークと共にジュデッカにいた時の事で
変な笑いを浮かべてしまった事がある。
そして、アヤノの身の危険を勘で感じて
カーニバルに行った時も、結局彼女に危害は加えられなかった。
私はその事をユールに話した。
ユールはうーんと唸り、口を開きたくなさそうな表情を浮かべ、言った。
「ごめんクロイス。大事な事を言うのを忘れていた」
「だから、それは何だ?」
「クロイスの頭の中には『勘』が埋め込まれている。
でもこれ、WSFが設計したそれは、もう一つ役割があったんだ」
「もう一つの、役割……?」
「……人を遠隔操作する技術の開発。
WSFは極秘の中の極秘でその技術を、クロイスの『勘』に埋め込んだの」
「な、何だと?」
「被験者が自覚できるって事は、もうあの技術は失敗って事。
でもクロイスだって無意識のうちに、何かやっていたかもしれない」
自分の意思で動いていたのは、実は……ってことよ。
……なんてね。あれ、クロイス? おーい」
私の頭は止まっていた。
今までやってきた事は自分の意志ではなく、
他人の意志で動かされたかもしれないと聞かされた。
言い換えるなら、何か……例えば、RPGの主人公を操作するのはプレイヤーだ。
主人公が私で、操作するのがWSFの連中。
そんな馬鹿な。あり得ない。あり得てたまるものか。
「まぁでも、実際に操られたのは三回までらしいよ」
「……三回?」
「うん。一つはクロイスが初めてルセに会った時。
もう一つはあなたの協力者がカーニバルに潜入した時なんだって。
そして最後は……クロイスが私を見て、何か変だと思わせた時らしいよ」
「……それは本当か」
「うん。だって、クロイスを操ってた人たちから聞いたんだもん、間違いないよ」
それを聞いて、私はとてつもない不安から解放された。
いや、完全に解放された訳ではない。
カーニバル事件を調べるきっかけになったあの違和感が
操られて感じていただけだったとしても。
それから後の行動は、彼らに操られていたという訳ではない。
つまり、大体ながら私は私の意志で行動出来ていた、ということになる。
「よかった……」
「え?」
「棺桶に入っているお前を見て、違和感を感じたんだ。
まぁ操られてっていうのはショックだがな。
だけど、色々な協力があって、ここまでやれたんだ。
それが全て偽物だった、何て言ったら……」
「……そうだね。よし、それじゃ遊びに行こう!」
「……そうだな。よし、それじゃ遊びに……って、どうしたんだ、いきなり」
ユールの発言の意味が分からなかった。どうしてそこからこんな言葉が出る?
「こういう気分の時は遊びに行くのが一番だよ」
「それはそうかもしれないが、お前、いつもそんな感じなのか?」
「そうだよ。だって、誰も私を見て『君、死んだユールって子に似てるねぇ』何て言わないから。
いつだったか同じような事を言ったと思うんだけど、聞いてた?」
「……責任はとれないぞ」
「大丈夫。いつも私も気づかない所で、なんか特殊部隊みたいな人が
監視と私の正体に気づいた人を捕まえてから
該当する記憶だけを消去するみたいだから。あれ、言わなかったっけ?」
「言ってないぞ……全く、恐ろしいな。お前を敵に回しても仕方がない、行くか」
私はそう言い、ユールの後に続いて家を出た。
その頃の時刻は既に13:20を過ぎていた。時間を忘れて、誰かと語り明かしたのは久しぶりだった。
私達二人は外に出て、第一ブロックから
修復済みの橋を渡って第三ブロックへと歩いていった。
その時は丁度、ライブが行われようとしていた。
ユールは私にこれを見ようよと誘ってきたのだ。
もちろん、私に断る理由はない。逆に彼女と一緒にそれを見ていたかった。
この時はまだ円卓を囲む来園客はあまりいなかった。
良い位置に私達は立ち、そして一番最初のグループの出番を待つ。
開始予定の時間を過ぎても、演者は誰も円卓の上にあがっていない。
円卓を囲う人間の数がどんどん増えるが、誰も円卓の上にいなかった。
これは変だと思ったのだが、私は何も言わないことにした。
もうすぐ何かが始まる気がする。何かが……
「みなさん、今日はー! どうもフルールです!」
円卓の上には誰もいない。
ただ、スピーカーからは確かにフルールの声が聞こえてきている。
周りの人間がざわつき始めた。隣にいるユールの声もあまり聞こえなくなってくる。
「クロイス、上、上だよ!」
「何だって? 上がどうかし……あ!」
確かに上に、つまり空にフルールはいた。
ついでに、どういうわけかトナカイまでもが空を飛んでいた。
というよりは空を飛ぶトナカイが、フルールを乗せたそりを引っ張っていた。
おまけにフルールの着た服が赤い気がした。
「今日はクリスマス! 皆さんにプレゼントをしながら歌っちゃいまーす!!」
フルールがそう言うと、そりの後ろの部分が動いたように見えた。
同時にパラパラと何かが落ちてくるのが分かる。
小さなパラシュートをつけた、小さな正方形の箱であった。
それらはフルールの歌う「赤鼻のトナカイ(ロック風味)」とともに
ゆっくりとやや重力に逆らいながら落ちてきた。
私は右手を上に伸ばし、二つの箱を手に取った。
一つをユールに渡し、もう一つは私が持って開けてみる。
中には赤くて丸い小さな球体が入っていた。
「これ、もしかして……」
「クロイス、見て見て! どう?」
ユールに声をかけられたので、彼女の方へ振り向く。
そこには鼻に先の球体を付けた彼女の姿が見えた。
「いっつも泣いてた トナカイさぁんは!
こぉよいこそはと 喜びました! イェー!」
原曲よりロック調な演奏に合わせてか、
フルールの歌もそこらの子供が歌うようなそれに比べて、ノリが良い。
「さぁ、皆でそれを付けて、一緒に歌いましょー!」
フルールが歌い終えた後でそう言った。
そのための赤鼻なのだなと感心し、私は喜んで赤鼻を付けた。
「それじゃ、もう一回行くよー!
真っ赤なおぉ鼻のぉ となかいさぁんは! ハイ!
いっつもみんなの 笑い者ぉ! 皆も一緒にぃ!!」
「「「でもそのとっしぃのぉ クリスマスのっ日!
サンタのおっじさぁんはぁ いぃいぃまっしったっ!!」」」
そうしてフルールのパフォーマンスは終了した。
この初めからのものすごい勢いが
この一連のライブの成功を導いたといっても、全く過言ではないと思っている。
フルールの後は、いつも通りのメンバーだった。
彼女と同じく、音楽ゲームの新曲枠に名を連ねる
実力派の様々なグループがいた。
彼らの演奏、歌唱は最高のものである。
中でも、ロックバンド「Ties of affection」の
「エアポート」という曲が一番聞いて心に来るものがあった。
このバンドのメンバー達が目指しているのは「綺麗で暖かいロック」なのだそうだ。
ちなみに、彼らがこの曲を演奏し終えた時に驚くべき知らせがあった。
この曲がGFdm新作の新曲としてプレーできるようになるのだという。
正直に言うと、私はかなり嬉しかった。あんな綺麗なロックをプレーできるなんて。
そして14:00を過ぎたあたりにはライブは終わり、
次は14:30〜15:45、16:00〜17:40、最後の開催時間が19:00〜23:00であるアナウンスが流れた。
最後のライブの時間だけが長いが、何か特別な事でもあるのだろう。
私はすでに宿の確保はしているから、最後のライブを観る事は出来るだろう。
「ねぇクロイス、さっきのはとても良かったね!」
そんな考え事をしているときに、ユールはそう声をかけてきた。
「あぁ、次はどうする?」
「次? そうだね、じゃあクロイスに任せる」
「そうか……んじゃ、一度第一ブロックに戻っていいか?
あそこの土産屋の屋上に喫茶店がある。そこのサンドイッチが美味いんだ」
「うん、分かった。じゃあそこに行こう!」
ユールはそう言い、私の後をついていく形で歩き出した。
この時もまた、メトロを使わずに歩いて橋を渡ることにした。
それは私が美しいカーニバルの景観を眺めながら歩きたいということもあったし、
なにより隣にはあのユールという少女がいる。
メトロなんか使って早く目的地に着くより、
折角だから一緒にいられる時間を増やしたいと思うのは当たり前だと思う。
それに……あの喫茶店が、ユールと別れる場所になるから。
歩き始めてから二十分ほどが経った。
土産屋の前で立ち止まり、空を見上げる。
カーニバルに訪れた時より、雲の量が増えている気がする。
雨が降るかもしれない。いや、この寒さだと雪が降るだろう。
「ところで、お前、寒くはないか?」
「ううん。クロイスはどうなの?」
「私は別に寒くはない。
ただ、その喫茶店が屋上にあるから
お前は大丈夫かと思って聞いたんだ」
「そう……やっぱクロイスは優しいんだね」
「なんでそうなる。行こう」
人に褒められるというか、良い言葉をかけてもらえる経験というのはあまりない。
だから私は恥ずかしくて、そんな返ししか出来なかった。
階段を上って、私達は屋上の喫茶店にたどり着いた。
とりあえず顔を合わせるように席につき、
そしてウェイターに注文をして頼んだものが来るまで話をすることにした。
「ねぇクロイス、ここで過ごしたらどうするの?」
「……一回カーニバルを離れる。行かなければならない所がある」
「そこって?」
「母親の墓だ。面白い所でも何でもない」
「なに、命日が今日って事?」
「いやまぁ、そうなんだが……人の事情を詮索して楽しいか?」
「クロイスも人の事を言えるの〜? なんてね。ゴメンね」
「いいや、いいさ。人の事は言えない。
ところで……今日はクリスマスだよな。何の日かは知っているか?」
「何かの宗教の、なんか凄い人が生まれた日だって、マキナから聞いたんだけど」
「まぁそれで正解だ。けど、サンタクロースの事は知っているか?」
「うん。子供のいる家族が見せる幻でしょ?」
「お前、その答え方はないだろ……
そうじゃなくて。それもゆうが言ったのか?」
「違うよ。私が小さい頃に、クーリーの父さんが相談したの」
「何て?」
「『ちょっと、ちょっとユールちゃん。
実はジェームズにプレゼントを渡したいんだがなぁ……』
って言われたのが、確か七歳くらいの時のクリスマス三日前だったかと思うんだけど」
「で、それでお前は何て言ったんだ?」
「『自分の子供なのに、何をプレゼントしたら喜ぶか分からないの?』って。
それを相談しに来たっていうのに、私ったらダメよね。
結局クーリーのお父さんは、何かのぬいぐるみをプレゼントしたはずよ」
「そうか……それがきっかけで、お前はサンタクロースの事を知ったわけだな?」
ユールはうん、と言いながら頷いた。
その時の事を頭の中で思い浮かべてみて、
ユールは少なからずともショックを受けたに違いないと思った。
「そうか……」
「でも、今の子供たちなんて皆知っているでしょ?」
「確かにそうだな。この日にプレゼントをしてくれる奴は、親か親戚の誰かだ。
サンタクロースの名を騙った、偽物だ……」
「クロイス? どうしたの?」
「いや、なんでもない。
ちょっと私が話をしていいか? ちょっとだけ長いが」
「いいよ」
「分かった。だが少し時間をくれ。何を言うか整理するから」
それから数十秒の時が経った。
ユールが急かしたので、私は言葉を探りながら口を開くことにした。
「サンタクロースの由来って知っているか?」
「由来? 知らない。マキナは知ってるかもしれないけど」
「そうか。それだったら教えよう。
私もうろ覚えで、記憶している量は少ないが……
……昔にだな、ニコラオスって人がいたんだよ」
「ニコラオス?」
「そう、ニコラオスだ。この人がサンタクロースの由来となった人物らしい」
「らしい?」
「さっきも言ったが、今から話す事は全部うろ覚えの事だ。
気になったら自分で調べてくれ」
「分かった」
「それで、このニコラオスという人はどこかの国で
例の宗教の司祭をやっていたらしい。まぁ偉い人ってところだ。
ある日ニコラオスは、三人の娘を嫁がせる事の出来ない家庭の存在を知った。
理由は簡単だ。貧乏だからだ。このままでは娘達は身売りで飛ばされてしまう」
「なんか、やばいんじゃない?」
「そうだ。確かに危機的な状況下にはあったはずだ。
そこでだ。ニコラオスは真夜中にその家にやってきた。金貨を持ってな。
で、ニコラオスは誰にも見つかることなく、
その家の煙突から金貨を投げ入れた。
丁度その家の暖炉では、靴下が下げられていた。洗濯したものを乾かしていたんだろう」
「それで?」
「それで終わりさ。誰が渡してくれたのかは知らないが、例の金貨で
貧乏一家は助かった。娘を売り飛ばさないで済むんだからな。
そして……本当にそれで終わりだ。何回も言うが、これはうろ覚えだ。
これを鵜呑みにするなよ? 気になったら自分で確かめる方が利口だ」
「分かった、分かったよ。で、それがサンタクロースの由来?」
「そうだ」
「良い話じゃない!」
「そうか、そりゃよかった」
「でもさ、クロイス?」
「どうした」
「さっきクロイス、なんか変だったよね?」
「変? 何が?」
「サンタクロースは子供の親とかが演じる偽物だ、みたいな事を言った時よ」
「言ったな。それが変だったか?」
「何か、怒っているみたいだった」
「怒る? まぁ確かに怒りたくなるさ」
私がそう言うと、ユールは何を言っているんだろうというような顔をした。
「え? それってどういう意味?」
「まだ分からないか、これがどういう事かってのが」
「全然。どういう事?」
「……まぁ話そう。私にとっては話したくはない事だが、いいさ」
私はそう言って、一度深呼吸をする。
「もう知っているだろうが、私の名前はサント・クロイスというんだ」
「知っているけど、その名前がどうかしたの?」
「何回も私の名前を言ってみろ。そうしたら分かる」
「分かった。サントクロイス、サントクロイス、サントクロイ……あ!!」
どうやら分かったらしい。
どうして私が、自分の名前を嫌う理由が……
「そうか、クロイスの名前、あぁそうか!
この名前は『サ ン タ ク ロ ー ス』になるんだ!!」
「そういう事だ。お前、今まで分からなかったのか……
子供の頃は、よくそれでネタにされてな、その名前が嫌になった。
クロイスなんて姓は別に良いんだ。
問題なのは、サントって名前だけだった。それだけの話だ。
いや、それだけじゃない。もう一つだけ教えておく」
「え、まだ何かあるの?」
「あるさ。さっきニコラオスの話をしたな?
その人は私の先祖……だと母から聞いた。かなり遠い血筋らしいが」
「ええぇ!? そんじゃ、クロイスは……」
「私は、サンタクロースの由来となった人物を先祖に持ち、
そして名前もサンタクロースっぽいという、ふざけた奴ってことだ」
「……すごいじゃん! すごいじゃん!!」
「まぁそう騒ぐな。お前を黙らせるのにぴったりのプレゼントを用意してある」
私はそう言って、コートのポケットから、赤と青の二つのPSCRを取りだした。
それをユールに手渡し、これを私が去った後に家に戻ってから開けるように言った。
「家に帰ってからじゃないと開けちゃ駄目なの?」
「あぁ、駄目だ。ここで開けると色々とまずい。
開ける順番も決まっている。赤を開けて、次に青を開けてくれ」
「そう……あ、クロイスの頼んだサンドイッチ、来たよ」
「お前の苺パフェもな。それじゃ、頂くとしよう」
こうして私はユールにプレゼントを渡し、そしてカーニバルを離れた。
そこから私は南へと歩を進めた。そこには私の母の墓がある。
元々、母はレイヴン大陸の出身だった。
だからファルコン大陸に墓はない、という決まりはないのだが、
父の提案で、母の墓はレイヴン大陸に作られることになった。
それには理由がある。個人情報の公開は嫌だが、ここはぐっとこらえる。
私がまだ幼い頃、母はクリスマスプレゼントを買うために
レイヴン大陸を訪れたのである。
今ではカーニバルがレイヴン大陸第十地区を代表する施設だが、
元々そこには何もなかった。何もなかったからこそ、
冬でも例の特異気温で凍りつかない東レイヴン海を見に行く人が多かった。
私のリクエストで、母は東レイヴン海の写真を撮影することになった。
母はこれに応えて写真を撮影してくれたのだが、悲劇はそこで起きた。
母が家を出発してから数日後のことだ。
家にレイヴンの警察が電話をかけてきたのだ。
その電話曰く、母は水死体となって発見されたという。
原因は全く持って不明。
母は自ら命を絶つような人間ではないし、そうする理由もメリットも無い。
何かの事故で死んでしまった、と考えるのが一番自然なのであった。
母が死んだ事を出張先で知った父は、すぐに飛んで戻ってきた。
そして、悲しい顔をして私にこう言ったのである。
「大丈夫だよサント。母さんはお前のせいで死んだんじゃないから。
それで、母さんのお墓を建てなきゃいけない。
僕は母さんの故郷であるレイヴン大陸に、
そして死んだ場所の近くに墓を建ててやりたいと思っている。
サント、お前はそれでいいかい?」
幼い頃の私に、はいもいいえも言えないと思うのだが、
父は確かにそう言ったのである。私は深く考えられずに首肯した。
そんな訳で母は死に、そして私が向かう先に墓が建てられたのである。
母の墓はこの先にある岬に建てられている。
何もない場所に、ただ一つだけある石の墓標。
そこに私は、まさに目の前に立っていた。
「母さん。私は……昔から勘が優れていたと言ったけど、
あれは全部、与えられたものだった。
母さんが、お金のために私を提供したのかもしれないな。
もしかすると、父さんかもしれない……いや、そんな事はどうでもいい」
私は母の墓の前で口火を切った。
単なる独り言である。しかしこれは、私にとってはある種の宣誓なのだ。
「私は、与えられたもので自分の存在を証明する気にはならない。
私を証明するものは、人の幸せのための挺身の心だ。
体の中に流れるサンタクロースの血が、そう叫んでいる。
……だから母さん。もし、ここにいたとしたらと仮定をした上で話す。
この一年で色々な事が起きた。だが、私は大丈夫だ。
揺るぎのないアイデンティティを得る事が出来たから。だから、大丈夫だ」
私は母の墓にそう告げた。
そして踵を返し、カーニバルの方へ歩いていく。
既に時刻は15:00を過ぎている。
急がなくてもいい。ゆっくり歩いていこう。
ここで、私の物語は幕を閉じる。
これで大体の謎は明かした。
明かしていない事はないとは思うが、
もしあったとしても、これまでのを読めば分かるだろう。
それに、もうこんなに長いものを書くのはたくさんだ。
しかし、もう少しだけこの物語は続く。
あと少しだけ、読んで欲しいものがある。
私と別れた後のユールの物語である。
ユールはクロイスと別れた後、寄り道をせずに自分の家に戻った。
それは彼女がクロイスから貰ったプレゼントを
開けてみたいという強い欲求に駆られたからだ。
しかし変だな、とユールは思う。
人から貰ったプレゼントというのは、普通はその場で開けるものだ。
だがクロイスは、その場で開けずに家で開けろと言った。
やっぱり変だなぁとユールは呟きながら、赤いPSCRを開封する。
中には一枚のディスクが入っていた。
ユールはそれを手にとり、自分のPCに取り込んでみる。
ディスクの内容はたった一つの音声データだった。
ユールはイヤホンを装着して、データを再生してみることにした。
「あぁ、これで良いかな……ユール? 私だ、クロイスだ」
この音声データは、クロイスのメッセージらしい。
サンタクロースのメッセージか、と喜びながらユールは耳に神経を集中させる。
「言いたい事があってな。ジェームズの事なんだが……
彼は昨年のカーニバル事件中、搭乗していた機体が大破したよな?
その前に彼は、お前に小さい時にやらかした事を話した。そうだよな?
まぁ私が一方的に喋るんだから、お前にものを尋ねるような言い方はよそう。」
……私が言いたい事は……あぁ、聞いて気を悪くしないでくれ。
自分が死ぬって時に、そんな事を話すなんて、違和感を感じたんだ。
彼は『どうして自分が死ななきゃいけないんだ?』とかは言わなかった。
記録を見ても、そんな言葉は言っていない。
言ったのは小さい頃にやらかした事をぶっちゃけて、ごめんなさいって内容だ。
良いセリフだと思ったんだがな、ここで違和感を感じた。
何が? どこが? そう思うだろ。私が思ったのはただ一つ。
こ れ は 本 当 に 人 間 が 喋 っ て る セ リ フ な ん だ ろ う か ?
まぁそう思ったんだ。
普通の人間なら、自分が死ぬって時には、それを認めたくない発言をするはずなんだ。
それを認めようとしても、何かの宗教の教祖的な心を持っていない限りは
どうして自分が、ってセリフを吐くはずだ。しかしジェームズはそうではなかった。
『成長は猛省と共に訪れる』って言葉がある。
誰が誰に向けて放ったものかは忘れた。しかし確かにそんな言葉がある。
ジェームズは幼い頃の行いで後悔して、彼の友人の言葉もきっかけに
お前のためになるように生きていこうと思ったはずだ。
恋だとかそんな感情を抱かないように心をコントロールしながら。
けれどお前を突き放すような目をしないように。
そうして時は流れる。カーニバル事件のジェームズ機大破の件まで流れる。
この時、ジェームズはお前を好いているという旨の発言をしている。
つまりまぁ、お前に恋をしていたんだな。
口笛でも吹いて煽ってやりたいと思ったが、私は口笛が吹けない。
そんな事は置いておこう。
しかし、私はジェームズがお前に恋をしていたとしても
やっぱりあんな言葉を言う事は出来ないと思っている。
私は……恋と愛っていうのは、全くの別物だと感じている。
恋っていうのは、そこらの若い男女のカップルを結び付ける
安い絆だと思っている。いや、安い絆っていう事はないな。
薄っぺらいというかなんというか。これ以上喋ったら誰かに消されそうだ。
それでは愛って何だ? って話だ。
これは……人と人を結び付ける点では、恋だとか友情だとかというのと
全く同じだ。そういう意味では同じなんだと思う。
ただ違うのが、その深さだ。
お互いがお互いを『大切な存在』だと認識して、初めて愛は成立すると思う。
ジェームズはお前をそう思って、お前も彼をそう思っていた。
だから誰もが『友達以上恋人未満』的な印象を抱いたはずだ。
恋っていうのは、誰かと一緒に触れ合っていたいだとか、
ずっと誰かと共にいたいだとか、そんなもんだと思っている。
しかし愛というのは、そんな恋みたいなぬるいもんじゃない。
大切な存在のために自分の身を惜しまない、挺身の心ありきの感情だと思う。
極端な事を言えば、大切な存在のためなら死ねる……
そんな陳腐なセリフでさえも、呼吸を持った言葉になる。
真実味を持った言葉になる。愛というのは、そういうものだと思う。
前ふりが長くなったな。
まぁ私が言いたいのは、ジェームズはお前に
恋をしていたのではないということだ。
ではジェームズにとってお前はどんな存在であったのかという話になるな。
答えは簡単だ。彼にとってお前は大切な存在だった。
お前のためならどんなことでもしてあげようと思える、
つまりは愛という心を、お前に持っていたわけだ。
ジェームズはお前を愛していたと、私は思う。
そうでなければ、あの時にあんな言葉を発する事は出来ない。
あの時、ジェームズは自分の死を確信していた。
つまりそれは、二度とお前と共に生きていけないってことだ。
そして彼は、お前が自分に親友以上の何かを
少ないながらも持っていると感じたのだろう。
それならば、嫌われてから死にたいと思ったに違いない。
だがジェームズの最後の気遣いは失敗に終わった。
失敗したかはどうかは、彼の感じる所に依るがな。
お前に散々嫌われてから、彼は死にたかったはずだ。
きっとお前は、この時にジェームズは根っからの善人じゃないと分かっただろう。
何でこのタイミングにこんな事を言うのか、意味が分からなかっただろう。
その意味は……ジェームズは、確かに根っからの善人ではないが
人間としては考えられないほどに良い奴だったって事だ。
お前もそれを分かっていたはずだ。自覚がないだけで、きっと分かっていたはずなんだ。
そんな良い人間を見殺しにはできないだろう。
だからお前は光の力を使って、ジェームズを助けた。多分きっと絶対に、そのはずだ。
まぁ話したい事ってのはそれだけだ。
ジェームズはお前を愛していた。多分、お前もジェームズを愛していた。
そしてジェームズはあり得ないくらいに良い奴だってことだ。
たったのこれだけを言うのに、かなり時間がかかったな。
そういう訳で、次に青い方を開封してくれ。それがプレゼントだ」
クロイスのメッセージは止まった。
ユールは目を閉じて、そしてしばらくそのままでいた。
クロイスの言葉が彼女の心に何の作用を及ぼしたかは分からない。
しばらくして、ユールは目を開いて青いPSCRを手に取った。
この中にクロイスからのプレゼントが入っている。
それを考えていてか、ユールはなかなか開封する事が出来ない。
ユールはまた目を閉じて、そしてゆっくり開封した。
何かがばたりと倒れる音がして、しかしユールは目を開けない。
あと五秒だけ、心の準備をしたかったのかもしれない。
しかしそんな些細な願いは破られてしまった。
「……久しぶりだね、ユール」
目を閉じているユールには、この言葉しか聞こえなかった。
しかしユールは、この言葉を発した声を聞いて、それが誰だか分かったのだ。
「もしかして、もしかしてっ!!」
ユールは目を開けて視覚での確認をした。
確かにそこには親友が、クロイスに言わせるところに依ると、自分が愛している人が、そこにはいた。
「やっぱり! クーリーだ! クーリーだああぁぁ!!!」
「ユール!! 一年ぶりだったね! 元気にしていた?」
「うん、うん……ぐすっ、元気だったよ、元気だったあぁぁ……」
ユールは喜びのあまりに泣き崩れてしまった。
クーリーも同じように、ユールとの再会を心から喜んでいた。
「サンタさんって、ホントにいるんだね……」
「あぁ、あの人がいたから、僕達はまた会う事が出来たんだね……
ん? 何これ、おまけかな? ラジコンみたいなものが落ちてるよ?」
「……え? あ、ホントだ。きっとこれは、サンタさんのおまけのプレゼントなんだよ!」
「よし、それじゃちょっと操縦してみよう。
なになに、この付属のIIDX専コンで動かすのか……あ! ユール、今は僕の番だって!!」
ここで、ユールの物語も完結する。
何か自画自賛のような雰囲気もするが、許して欲しい。
ユールのと私の物語は完結したわけだが、
ここで時間をこれを書いている私に合わせて、もう少しだけ書かせて頂く。
墓参りを終えた私は、第三ブロックで行われた最後のライブを見に行った。
そのライブは最高のものであったが、この帰り道にルセに待ち伏せされていた。
私は思わず身構えてしまったが、彼女は私を殺すはずがない。
警戒を解いて、普通に彼女と話を始めた。
内容は今日のことだった。
ユールと共にいて、一体お前は何をしたのだと問われた。
カーニバル事件の真相を聞き、楽しく話をし、
ライブに行き、そしてプレゼントをしたと答えるしかない。
そのプレゼントの中身を問われたが、それはユールに聞いてくれと返した。
ルセは少しだけ残念そうな表情を見せたが、
すぐにそれを引っ込め、私にあるものを手渡した。
それは一枚のディスクだった。
ルセによると、アヤノがカーニバル深部でデータをコピーしたディスクには
不備があるのだという。そんなものを貰ってよいのかと言ったが、
クロイスはもう真相を知っているので、痛くも痒くもないと返されてしまった。
そうして私はこの物語を、厳密にはユールの物語だけを書き始めた。
それがあんな終わり方をして、次にはこんな終わり方になったのである。
もうこの物語は続かない。
だから、ここで私の筆は止まるが、最後に一つだけ書かせてほしい。
実を言うと、私がサンタクロースの由来となった人物、ニコラオスと
関わりがあった事は書きたくなかったのである。
事実、私は挺身の心を自身のアイデンティティとして生きているが、
それとこれとは、全くもって話が別だ。それが理由である。
そうそう、あともう一つだけ。
先にルセと対面したと書いたが、この時に彼女に頭をつかまれた。
その時に彼女はこう言ったのである。
「私達はもう、あなたの『勘』は必要としない。
クロイスを操っている装置だけを壊したから、その勘は好きに使って」
つまりこれは……ハッピーエンド。
Carnival (re-construction ver) -fin-
32 :
旅人:2010/05/29(土) 21:35:07 ID:E7A4fxlJ0
えぇと、長かったです。ここまで読んでくれた方へ。お疲れ様でした。
とりあえずこれで、この物語はこれで完結しました。
この物語のタイトルは「carnival (re-construction ver)」ですよね。
どうしてタイトルにre(ryが入っているかということは、もう書きました。
しかしこれには、もう一つだけ意味があります。
実はこの物語、一度僕は完結させたことがあるのです。
それはちょうど「旅人さんの話」の構想を練り始めた頃になります。
この時から「旅人さんの話」から続く物語の全体像は、おぼろげながらあったのです。
つまり、この物語自体が、僕の手によって再構築されている、ということです。
ファンタジー的な設定をあまり形を変えないで残しつつ、
そしてこの物語に行きつくように、色々な作品を書いていった、という訳です。
つまり、一部の作品を除いて
一連の流れになるような物語を二年近くかけて書き上げていました。
「旅人さんの話」を書いてから、こういう風な繋がりを意識していたのではなく、
それを書く前から意識して、ヘタクソながらも、頑張ってみました。
だからこの話を投下する前、僕はこれを最後にすると書きました。
もうこれほどものを書くのは無理だろうと考えてです。
多分これを書いて、色々とやりきる事が出来るだろう、
自身の最大の力を発揮して、きっと良いものが書けるだろう。そう思っていました。
けれど、二つの意味で、まだ満足できないんです。
一つは、自分はまだまだこんなものじゃないと思う気持ち。
もう一つは、もっとものを書いて、もっとものを読んでもらって楽しませたいと思う気持ちです。
そういう訳で、多分16作目は書くことになると思います。
その時はまた、よろしくお願いします。それでは、またいつか。
ほしゅ
保守
ほっしゅ
過疎いな
規制が何故か解けているようなので、今のうちに…
>>32 完結おめでとうございます。
スレとしては異色な作品でしたが、色々な工夫と情熱が伝わってきたと思います。
とはいえ次回は、音ゲーが中心な話を期待したいですね。
何はともあれ、長い期間の投稿お疲れ様でした。
ほっしゅ
規制のせいもあって過疎ってんなー
おまえらニダーランやってお試し●入手すれば規制スルーできるぞage
保守
こう規制規制じゃやりきれないね。
保守age
規制で全く書き込めませんでしたが、解除されていたので書き込みを。
少しまた間が開いてしまいましたが、ここまでの作品を全て保管し、Wikiに管理人への連絡用コメントページを作成しました。
どうも規制が頻繁に来ているようなので、保管に関する事や連絡等がありましたら
コメントを書き込んでいただければ対応致します。
しかし本当にこの規制ラッシュは参りますね。
投下できない事はスレにとって致命的ですからね…
>>37さん
祝いの言葉を頂き、ありがとうございます。
指摘されたことは僕も気にしていることなので
精一杯取り組む課題だと思い、頑張っていきます。
これからもよろしくお願いします。
>>まとめさん
保管乙です。wikiの機能向上もして頂いて感謝しています。
こんな僕ですが、これからもよろしくお願いします。
今晩は、旅人です。
カーニバルが書き終わったし、
気持ちを新たに活動をしていこう!
そう思ったのでトリップをつけてみました。
久しぶりに何か書こうと思ったら
わけのわからないものが書けました。今回もよろしくお願いします。
私は何をやっても遅い。
話をするのも、どこかへ歩くのも、何もかもが遅い。
嫌いなことは、早いものである。
話が早いのも、足が速いのも、何もかもが早いものが嫌いなのである。
だから私は遅いものが大好きだ。
亀と兎が競う童話でも、亀は勝っている。
だから何なのだといわれても困るが、遅いものが大好きなのだ。
私の住む古い家に、一つの古時計がある。
これが刻む時も、別の時計が知らせる時も一切が同じだ。
私の感性は、古時計が告げる時が遅く感じた。
しかし古時計に遅延があるわけではない。他の時計と同じように、時を数えている。
この日、私の息子が地下室にこもっていた。
息子が言うには「ドラマニの練習をしたい」らしい。
私はそっけない返事を返したのだが、一体ドラマニとは何なのだろうか。
これが気になった私は、パソコンの電源を入れてネットで調べることにした。
一時間くらいの時間をもってして、私はドラマニとは何かを知った。
どうやらこれは音楽ゲームと呼ばれる遊びらしく、ドラムの演奏を模した遊びであるらしい。
別のゲームにギタフリと呼ばれるものもあり、これがドラマニと連動するらしい。
今ではXGなるものまで現れ、実物との再限度が半端ないことになっているらしい。
しかし私はこれを面白そうだと思うことはできなかった。
年のせいにするつもりは毛頭ない。理由はただ一つ。早いからだ。
インターネットで、このゲームを遊んでいる人間を撮影した動画を何本か見た。
早い。筐体から出っ張っているものをガシガシと
両手に握るスティックで高速で叩きつけていた。
下に突き出ているペダルが、高速で動く右足でカカカカカと踏まれていた。早い。
息子もこんなゲームが好きなのだろうか。
私は邪魔をしないように地下室に降り、様子をうかがってみた。
27インチのブラウン管のテレビ。
それに繋がるPS2に繋がる電子ドラムをバンバンガシガシとやっている息子。15歳。
「あ、父さん、どうしたの?」
後ろを振り向いて、息子が私にそう問いかけた。
「何をやっているのか、見に来たんだ」
「さっきも言ったでしょ、ドラマニの練習だよ」
「そうか……ちょっと見せてくれないか」
「いいけど、父さんからしてあまり良いものではないと思うよ」
「分かってる」
それから息子は聞き覚えのある曲を遊び始めた。
これらはライセンス曲と呼ばれ、昔はよく色んな人にカバーされて収録されていたと息子は語った。
ところで、この時息子がPS2の中に入れていたソフトは
マスターピースシルバーなるものらしい。
息子はこの中の一曲のために買ったとまで言った。そんな事を思い出した。
「上手いな。けど、やっぱり早いな。
なんかないのか。ほら、大きな古時計みたいな」
「童謡なんてある訳ないよ。そんなの入れる訳がない」
「そうか。若い者は皆、早いのが大好きだよな」
「そうかもしれないね。昔から早い曲は人気だったから」
「ところで、前に言っていたよな」
「何を?」
「ある曲のためにこのソフトを買ったとかなんとかって言っただろう」
「あぁ、その曲? 聴いてみたい?」
「どうせ早い曲だろ」
「そうなんだけどさ。とりあえずこれで最後にするよ」
息子はそう言って、ある曲にカーソルを合わせた。
「Timepiece phaseUっていうんだ。
かなりいい曲なんだ。神がかかってるとまで言ってもいい」
「そうか、聴いてみたくなった」
私がそう言うと、息子は嬉々としてシンバルを叩いた。
曲は、ピアノの和音が何回か響いた後、ものすごい勢いで展開を始めた。
テレビの左半分を見れば、それを意識せずにはいられなくなった。
右半分には、昔のトランプのジャックやクイーン、キングのような人達がいた印象がある。
あくまでも印象であるため、これは適当なものである。
また、早い曲か。
私は聴いていて物悲しさを覚えていた。
早いのは苦手なのだ、仕方がない。
しかしそれは、テレビの右半分に映った時計の絵を見て吹き飛んだ。
どうして時計の絵を見て気が晴れたのかは分からない。
分からないが、とても心地が良い。早いのに、何故。
曲は終盤に差し掛かり、ドラムは相変わらず激しいビートを刻んでいく。
ギターが龍のような唸りを上げ、そして落ち着いた調子で曲は終わった。
「良い曲だったでしょ」
演奏を終えた息子が問いかけた。
「あぁ、早い曲だったけど、早くなかった」
「え?」
「父さんも言っていて分からない。
でも、早いけど早くなかった気がした」
「……父さん、大丈夫?」
「上に戻って、本でも読んでる。
もうそろそろで休憩は取るんだぞ」
「分かってるって」
息子はそう返した。私を気遣う目で、私を見送ってくれた。
私は一階に戻り、古時計を見つめた。
あの時の感覚がこれを見つめると蘇る。
早いようで遅い。ならば、遅いようで早い……?
そうか。そうだったのだ。
時計は一秒一分一時間を数える。それはあたりまえのことだ。
そして時計が数える時間に差異はない。一秒は一秒であり、等しい。
ゆっくり時を刻んでいるような気がするこの時計も、等しく時を刻んでいる。
そして時計の内部構造はせわしなく動いているのだ。
この古時計だって、きっと。遅く時を刻んでいるように見えて、とても早く動いている。
そんなことにどうして気付かなかったのだろうか。
理由は分からない。しかし理解した理由はある。息子が演奏したあの曲だ。
これに気付いて、私の中で変化が起きた。
早いものが苦手でなくなったのだ。
話が早いのも、足が速いのも、テレビを見て確認したが、嫌いじゃない。
それも多分、あの曲……Timepiece phaseUが理由となるのだろう。
あれから二十分は経った。
私は地下室に降り、息子に声をかける。
「なぁ……父さんにもそのゲーム、やらせて欲しいんだが、いいか?」
自分でも分かった。この声が、ちょっとした期待で震えていることに。
「古時計」を最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
早いものが嫌いな父親が考えを改めて
息子のプレーするドラマニをやってみようかと考える、というお話でした。
腕時計の内部構造について知人から聞かされ、
そのことからインスピレーションを得てばばっと書いてみました。
そしたらこんな変なものが出来上がったということになります。
相変わらず下手なものばかり書いて申し訳ない気持ちになりますが、
一日一歩、三日で三歩、三歩進んで二歩下がる精神で頑張っていきます。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
また何か思いついたらお邪魔したいと思います。それでは。
保守
沈みすぎ。
作者がなかなか帰ってこないのは、やっぱり規制のせいか?
51 :
爆音で名前が聞こえません:2010/07/24(土) 17:13:14 ID:UNgZyZP6O
age
あげ
53 :
爆音で名前が聞こえません:2010/08/13(金) 21:13:37 ID:FG8xXsID0
保守
ほす
えと、済みません。ちょっとした質問です。
昔サイト用に書いた物を、こちらに載せるのは構いませんか?
OK
なんとなくで書いてみました
スレ汚しになりますがどうぞ
さて、ここに一週間もゲームをやっていない男がいる。
彼がやるのは音楽ゲーム。縮めて音ゲーと呼ばれるものだ。
彼はこれまで多忙な生活を送っていたが
ようやく一日の休みを手に入れる事が出来たようだ。
季節は夏。気温が30℃を突破したことを
ブラウン管に映る気象予報士のお姉さんが告げるが
嬉しさでいっぱいの彼にはそんな事は関係ない。
黒いランニングに白いシャツ。
お気に入りのジーンズにベルト、サングラスで渋く決める。
鏡の前でくるっと回って決めポーズをとる。
これからゲーセンに行くからって
不審者みたいなことをやらないほうが身のためだ。
そう忠告する人間は彼の家にはいない。
トイレから出てきて衝撃的なものを見たんだよ。
何って、アレだよアレ、このゲーセンでの有名人。
音ゲーならある程度の実力がある、ほら、いつも黒ランニングの白シャツの。
うんうん、そいつそいつ。でさ、やっぱり凄かった。
弐寺あるじゃん、ほら、俺が超上手い奴。
今日はあれやってたんだよ。
でさ、そいつがさ……すっげぇ気持ち悪いのよ!
DPやってる時点で気持ち悪いし、なんつーの、足が動いてんの!
シメの皿とか変なポーズ決めて取ってるしもう最悪!
笑いが止まんなかったね! でももうやめて欲しい。
弐寺erがそんなんばっかとか思われたくないし!
いやいやいや、他の音ゲやってる奴もそう思ってるって。
妙にノリノリでやるもんだから引く! 超引く! 気持ちわりぃ〜!
ん? え、なに、ちょっと待って………………
はぁ!? ちょっ、ごめん、切るわ!
へぇ……なに? はいはい。
誰よって、あのノリノリの人? へぇ。
……うん。へぇ……
…………………………そう?
……………………………プチッ
しっかしまぁなんだろうね。
そいつはそいつで、嬉しいんだろ?
だから妙にノリに乗っちゃったりしちゃうんだろ?
羨ましいよ、そういうの。
知ってる奴らは皆スコアのこととか誰かを追い抜かすことしか考えない。
それでいいさ、そういう楽しみ方なんだろ?
そいつだってそういう楽しみ方なんだろうよ。
音を楽しむゲームなんだ、刺激的にいってくれたほうが見ていておもしれぇぜ。
以上で終わりです
頭の中にぼんやり浮かんだものを形にしたら
誰かをなじるようなことを書き連ねてしまいました
別に誰かを非難したいわけではではありません
刺激的にのくだりは、切に思っていることですけれども
こんな駄文でもうしわけありません
けれども読んで頂けたら、ありがとうございました
>>55 サイト用に書いたものでしたら、wikiに保管されないよう、その旨書いておいたほうが良いかもしれませんね。
保管されても構わないのでしたら、特に併記しなくても問題無いですが。
投下を楽しみにしております。
>>61 おお、投下乙です。
しかし正直に言って、ちょっと話がわかりにくかったですね。
視点が何だかあやふやというか…
とはいえ何が言いたいかは伝わってきましたし、次の作品にも期待しています。
あげ
64 :
爆音で名前が聞こえません:2010/09/06(月) 12:00:41 ID:kIeuZAr60
orz
>>64 何だか可愛いなw
よくある事だから気にしない。
保守。
作者の方々はどうしたんだろうか…
例の規制騒動の煽りをくらって、そのまま離れちゃったのかもね。
このまま未投下が続くと、また未完結の作品が一つ増える事に…
何だか寂しいねえ。
何スレも前に謎解き挑んだ者だけどトップランカー殺人事件ぜひ完結させてほしい
結末が物凄く気になる
69 :
爆音で名前が聞こえません:2010/10/14(木) 05:48:35 ID:XOPxN5JLO
うああ……なんかもうホントすみません。
いまだに待っててくれてる人がいるだなんて…。
何、CSポプの据え置き待ってる身だ
これくらいどうってことない
お久しぶりのWikiの中の人です。
ちょっとした事情で、三ヶ月近くPCに触ることができない状況でした…
その間全く更新が出来ず、失礼致しました。
という訳で、本日未保管状態だった作品を更新しました。
そしてとまと氏の姿が久しぶりに!
続きの投下を楽しみに待っております。
旅人氏や他の職人の方々も、また近いうちに戻ってきてくれると嬉しいですねえ。
>>70 少し前に偶然話の途中を目にしてからハマって、Wikiで最初から更新分まで一気に読んでしまいました
それまであまり弐寺やらなかったんだけど、自分でもよく弐寺やるようになってから
また読み返したら更に面白くて話に引き込まれた
音ゲーマーならではのトリックとか動機とかも
文章力無いから上手く伝えられないが、凄く燃えた。燃えをありがとう!
Wikiの中の人もありがとう
最後の結末、気長に待ってます
>>70 弐寺のモチベ下がってた時に読ませてもらったんですけど、
読んだらすごいプレイしたくなってお陰様で十段取れましたw
是非続きも読みたいです。
76 :
爆音で名前が聞こえません:2010/11/09(火) 14:38:57 ID:Vhu/mrxRO
age
そろそろ引き上げ。
何か書きたいけど、話が浮かばないな…
78 :
爆音で名前が聞こえません:2010/11/26(金) 00:44:52 ID:N7bEsgr3O
79 :
爆音で名前が聞こえません:2010/12/04(土) 11:13:36 ID:dfLC/gahO
誰か何か書かないかなぁ
保守がてら投下
かなり前にノックを書いた者です。ネタが分からないというレスをいただき、説明しなければ…と思ったまま時が過ぎ大変遅くなってしまいすみませんでした。
ネタとしては投稿日そのものがネタのつもりでした。あれを読んだ後本物の佐川がやって来てチャイムが鳴った瞬間ドキッとしてもらいたかったのですがアルバムを注文している人で尚且つ発売日に読まないと分からないネタだったかもしれません。
確かに説明が無ければ本当に意味不明ですね。レスして下さったみなさんありがとうございました。
今回こそは音ゲーがメインになる様に頑張りました。少し長い話になってしまいましたがよろしくお願いします。
81 :
月末の夜:2010/12/19(日) 14:41:01 ID:cUSnwmgnO
日も沈み、足元すら見えない暗闇の中を足早に移動する影が一つあった。
錆の浮いたシャッターに閉ざされた商店の前を猫の様に忍び足で、しかし素早く駆け抜ける。天候は晴れ。昨日少し寝冷えしたせいで鼻がつまっている事を除けば体調も万全。絶好の廃屋探索日和だ。
冷たい北風の吹き抜けても自然と笑みが溢れる。彼の名は鈴木悟史。元は単なる弐寺メインのビーマニプレイヤーだったが遠征をしているうちに建物の方にハマり、いつしかゲームセンター専門の廃虚マニアとなった好事家だ。
商店街の中程で鈴木は足を止めた。元は賑わっていたであろう筈の果物屋と雑貨屋に挟まれる様にして目的の場所はあった。
アミューズメント・グリーン。名前を意識してか白塗りの壁一面に緑のペンキで施された細かなアラベスクはまるで本物の蔦が壁に絡み付いている様だ。別の建物を見に来た際偶然通り掛かった際見かけ、一瞬で心を奪われた。
営業していた時は入口上のネオン管も煌めき、さぞかし人目を引いた事だろう。しかし時代の波に逆らえなかったのか鮮やかな塗装もすっかり色褪せ、闇夜に溶け込む様にしてひっそり佇んでいるだけだ。
辺りに誰も居ない事を確認し正面玄関に近付く。そしてもう一度背後を確認し、そっと自動ドアに手を触れた。
廃屋といえど無闇に破壊しない様気を配るのは鈴木のポリシーだ。こういう建物は施錠されている事が殆どなので大して期待はしていなかったが、予想とは裏腹に自動ドアはすんなり左右に開いた。どうやら同じ目的の先客が居たらしい。
あまり荒らされていない事を祈りながら鈴木は玄関を潜り抜けた。ここに来てようやくポケットから懐中電灯を取り出して足元を照らす。
この懐中電灯は廃虚探索の為に入念に選んだものだ。光が強すぎては外に漏れるしあまり暗いと足元が見えない。
赤い光に照らされた室内を見て鈴木は嘆息を漏らした。
82 :
月末の夜:2010/12/19(日) 14:49:41 ID:cUSnwmgnO
素晴らしい。
置かれた備品、照明器具、残された筐体、その全てが完璧な状態で保存されている。こんな廃屋を今まで見た事が無かった。板張りの床が傷み、歩く度にあちこち軋む事を除けばほぼ正常だ。草木の楽園と化した建物も好きだがこの様な廃屋も違った良さがある。
鈴木は顔を上げて四方の壁に目をやった。時を経て劣化した壁紙にも外と同じく壮大なアラベスクが描かれている。まるで営業していた時のまま時を止めてしまったかの様だ。
外観から放置されてしばらく経っていると践んだが埃が積もっていない所を見ると案外最近まで営業していたのかもしれない。
懐中電灯を持ち変えて今度は自分の周辺を照らした。入口付近には中身もそのまま残されたUFOキャッチャーの筐体がコンセントの抜かれた状態で数台無造作に置かれている。
配線もそのまま投げ出されている所を見ると動かそうとしたが何らかの理由で諦めたのだろうか。せめて景品くらい持っていけば良かったのに。
更にその奥へ光を向けるとL字型の大きな机が見えた。奥には扉が一つある。カウンターの中に入り、そっとノブを回す。意味も無く足音を殺して鈴木は近付いた。
やはり鍵はかけられてはいない。室内には窓を塞ぐ様に書類棚二つ、それに背を向ける様に事務机と壁に固定された金庫が一つ置かれている。ここが事務所の様だ。
しかしその場所だけ嵐が過ぎ去った様に酷く荒らされていた。一々拾って見る事はしなかったが狭い室内に伝票と思われる紙切れが散乱している。先客の目的はどうやら自分とは違った様だ。
さて、荒らされた事務所に興味は無いしそろそろ店内に戻ろうか。懐中電灯の明かりを扉に向けようとした時、机の上に数冊のノートが置かれている事にに気が付いた。それはよくある大学ノートで、タイトルは無い。
しかし手に取った鈴木はすぐにその正体が分かった。
83 :
月末の夜:2010/12/19(日) 14:59:38 ID:cUSnwmgnO
交流ノート。
これはゲームセンターに来る客同士が好きに使って親睦を深めたり店員への要望を書いておく目的で置かれたノートだ。
荒らされた伝票には興味無いがこちらは是非とも見てみたい。机に寄り掛かる様に座ると鈴木は表紙を開いた。
相当昔のものなのか紙が茶色に変色している。文脈から察するにこのゲームセンターは音ゲーが主力だったらしく殆どがビーマニシリーズに関する内容だった。上級者への質問や定員に対するメンテナンスの要望、時折ゲームのキャラクターが書いてある。
と、ページを捲る鈴木の手が止まった。そこには見開き一ページまるごと使い
「ギタドラバトル シロネ ゲストに注意!!」
と黒い太マジックの大きな字で書かれていたのだ。それを見た鈴木はニヤリと笑った。
白ネのゲスト。ギタドラのバトルモードにカードを使わずに参加する表示される名前で、多くはカードを持たない一見客もしくは狩りや多人数の不正プレーヤーだ。
恐らくこれを書いた人物は後者に当たってしまったに違いない。そしてその悔しさをノートにぶつけたのだろう。
それなのに次のページでは何事も無かったかの様に次の人のコメントやイラストが綴られているのがシュールだ。
鈴木はページを捲る。そこから数ページ進んだ所で再び手を止めた。
5日
AM10:28 RYOJI ○ ツミナガラ
AM11:05 GUEST × ヘリング
PM12:11 BD 引き分け 100秒
文脈から察するにどうやらこれはギタドラでのバトルの勝敗を記録したものらしい。日時、曲、対戦相手の名前、結果等が細かく記されている。
そしてそこにも白ネゲストの名前があった。しかもその部分だけマーカーペンで執拗に印がつけてある。あの注意書きを書いた人物だろうか。だとすれば余程恨んでいるらしい。
84 :
月末の夜:2010/12/19(日) 15:11:27 ID:cUSnwmgnO
読み進むにつれそれはどんどん増えていった。ここまで来ると最早執念さえ感じる。しかも筆跡を見るに一人ではなく複数の人間が書いているらしかった。
白ネのゲストとこのゲームセンターとの間に一体何があったのだろう。そして読み進めるにつれ茶色い染みもどんどん濃くなり段々判読が難しくなってきた。
そういえばこの染みは何だろう。紙が古くなったのかと思ったけど違う。まるで何かが溢れた跡の様だ。
次第にページを捲る度にパリパリと音がする様になり、ついにページとページがくっついて読み辛くなってきた。その間も記録は続く。
それでも何とか読んでいるとバトル日誌ではなく何か文章の書いてあるページが出てきた。染みが濃く判読出来ない箇所もあったが、鈴木は何とか懐中電灯の灯りを頼りに拾い読みした。
この××に××してくれた人へ。
俺のために今までありがとう。昨日ついに終わりました。これもみんな××してくれた人のお陰です。皆が居なかったらきっと××なんて出来なかった。
たとえ××だったとしても思い残す事は無い。本当に、本当にありがとう。
まるで別れの挨拶の様な文に鈴木はノートを閉じた。冗談にしては気味が悪過ぎる。
…そういえばまだ見ていない場所もあった筈だ。そっちを見に行こう。
立ち上がろうと床に手をついた鈴木は何かに触れた。
冷たい。
感触からして恐らく液体だ。反射的に懐中電灯を向けた鈴木は机のすぐ脇に小さな水溜まりが出来ている事に気が付いた。おおよそコップ一杯程度の茶色っぽい水の中に紙が落ちて染まっている。
何でこんな所に水が。
鼻が詰まっているせいで臭いは分からないが嫌な予感しかしない。おまけにその液体に乾いた形跡は無く、まるでついさっき溢れたかの様だ。
ガタン、と何かが倒れる様な音がしたのはその時だった。
85 :
月末の夜:2010/12/19(日) 15:20:58 ID:cUSnwmgnO
音は鈴木のまだ見ていない場所から聞こえた。
…居る。自分以外の何かが確実に居る。
先に建物内の安全を確保しなかった自分の軽率さを後悔しながら鈴木は恐る恐るカウンターから顔を覗かせた。
あれから物音はしない。だが本当に安全なのか確かめておかなければ。
右手に懐中電灯を、左手にノートを持ったまま鈴木はゆっくり歩き始めた。猫であって欲しい。いや、この際足があるものなら何でも構わない。
問題の場所が見えてきた時鈴木ははっと立ち止まった。そこはビーマニシリーズばかり集められた音ゲーコーナーだった。並ぶ筐体はどれも初代のもので当時を思わせる。しかし今はどれも動きを止め、黒い画面は何も写してはいない。
―――筈だった。とある筐体を除いて。
一番奥にあるドラムマニアのモニターに起動画面が表示されていたのだ。手からノートが滑り落ちる。拾おうともせずに鈴木は呆然と筐体を見つめた。
何故とっくに潰れている筈のゲームセンターにある筐体が再び動き出そうとしているんだ。
いや、今はそんな事どうでもいい。とにかくここから早く逃げよう。
我に返った鈴木が踵を返すのと起動完了したドラムマニアからOP曲が爆音で流れだしたのはほぼ同じ時だった。
強烈な閃光が闇を切り裂く。その明かりで鈴木は足元のノートに漸く気が付いた。落ちた衝撃でノートが開かれている。仄明るくなった店内で鈴木は最後のページを見た。
染みだらけの紙の上で辛うじて形を保っていた12個の文字を。
う し ろ の し ょ う め ん だ ぁ れ
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
もうそれ以上この場所に留まる勇気も理由も無い。耳をつんざく様な悲鳴と共に鈴木は表に飛び出した。
建物が廃墟になるにはそれなりの理由がある。人が寄り付かなくなる程の深い深い因縁が。
完全に悲鳴と足音が遠退いた頃、店内は再び静寂に包まれた。正確には筐体から曲が流れているので全くの無音ではないがそれ以外何も聞こえない。
画面が店内ランキングに変わった時ドラムマニア筐体の裏から影が一つずるりと這い出してきた。
86 :
月末の夜:2010/12/19(日) 15:29:20 ID:cUSnwmgnO
今から数年前、このゲームセンターに通う一人の高校生が居た。
彼の名は城根 隆。近隣の高校に通う高校一年生でドラムマニアのプレーヤーだ。カードネームは苗字をそのまま取ってSIHRONE。しかし名前の割に中々の腕前で周囲からは密かに「赤ネのシロネ」と呼ばれていた。
そんな彼には一つだけ困っている事がある。それはとてつもない運の悪さだ。
早起きすれば事故に巻き込まれ、テストで山を張れば必ず外れるのはいつもの事。
それはゲームもご多分に漏れなかった。譜面にランダムをかければあり得ない外れ譜面を引き、選曲画面でALL RANDOMを選べば必ずDAY DREAMかThe Least 100sec.のEXTREAMが当たる。
中でも一番酷いのはバトルだった。当たるのは全て狩りか多人数か捨てゲープレーヤー。まともに勝負出来た事など一度もない。
見かねた他の常連が交流ノートにゲストが来たら注意する様書いてやったが敵の正体が分かっただけで変化は無かった。
その間にもどんどん増えて行く黒星。赤ネなのにまだ一勝も出来ていない。これでは代行と思われてもおかしくない結果だ。店の中でも上手いプレーヤーなのにこんな有り様では情けない。
そこで本名も知らない顔見知り達は言葉もなく結束した。手の空いている時はひたすらバトルを行い、勝敗をノートに記す。こうする事で少しでも白ネのゲストが出にくい時間帯を割り出そうとしたのだ。
一見無謀としか思えない作戦だがその結果、比較的遭遇しにくい曜日と時間帯は掴めた。しかし城根の運の悪さの方が遥かに強く、自ら捜し求めているのではないかと思える程白ネのゲストに当たり続ける。
ここまで来ると最早意地だった。何としても白根を勝たせたい。
噂はどんどん広がり、この店をホームとするプレーヤー達によってノートはあっという間に戦歴で埋め尽くされた。この時期の交流ノートは戦況以外書く者が居らず殆どバトル日記と化した程だ。
けれども城根は相変わらず負け続けた。
87 :
月末の夜:2010/12/19(日) 15:42:15 ID:cUSnwmgnO
黒星は三桁に突入し、このまま永遠に負け続けるのではないかと誰もが思った。
しかしノートの三分の二が埋まった頃、唐突にその時はやって来た。数秒毎に戦況が変わる激しい戦いだった。相手は例によって白ネのゲストだったが城根はついに破ったのだ。
相手は城根以上に運の悪いプレーヤーだったに違いない。悔やまれる事といえばその日に限ってうっかりe-パスを忘れ、城根自身が白ネのゲストになってしまった事くらいだろうか。
とにかく目的は果たされた。城根がノートに礼を書き、その日を境に交流ノートは元に戻った。
しかし城根の運の悪さは健在だ。その後高3になった彼は就活の際、県内企業全ての面接を受けたが不採用。範囲を県外に広げても落ち続け、最終的に海外の企業も受けたが全て落ちた。
「俺…あのままだったらマジで生きてないかもな…」
男は―――城根は立ち上がると床に落ちたノートを拾い上げ溜め息を吐いた。
76573通目の不採用通知をもらった日、遠い目をしてやって来た城根をあまりにも不憫に思った店長が声をかけなければどこかの崖から身を投げていただろう。
そんな思い出の詰まったノートを捲ると当時の懐かしい思い出が蘇ってくる。
いつまでも勝てない自分を励まし続けてくれた常連達。他機種のプレーヤー達も事情を察して戦歴しか記されていない殺伐としたノートをクイズやイラストで和ませてくれた。
今は張り付いて読むことの出来ないページに書かれていた内容もはっきり覚えている。
「『この子の七つのお祝いに』の『稚拙な吐息で炙られてもこの子の為に』に続く歌詞は何でしょう?」と。
しかし誰かが答えを書いた直後城根が珈琲を溢してしまったので見た人は殆ど居なかった筈だ。
てっきり処分されたものだと思っていたが店長が乾かしてきちんと保管してくれていたらしい。偶然見つけてついつい読み耽ってしまった。
…そういえば探し物をしているんだった。城根は事務所の扉を開けた。
持ち上げた瞬間伝票綴りの紐が切れ、散らばった伝票を集めているうちに机に置いてあった飲み物を倒して全電気系統がショート。
警備システムもダウンしている事に気付かず雑巾を取りに行っている隙に侵入され、気配に気付いて咄嗟に筐体裏に隠れたもののコードに足を引っ掻けて転び、ゲームを起動させてしまうなんて運の悪さは相変わらずだ。
落雷等に備えて予備電源が設置されていた事をすっかり忘れていた。
88 :
月末の夜:2010/12/19(日) 15:50:33 ID:cUSnwmgnO
それにしても、と城根は男の走り去った方向を見た。てっきり強盗か空き巣かと思ったが違った様だ。もしや最近流行りの廃虚マニアだろうか。だとすれば何て運の悪い男なんだ。
城根は店内の電気を点け辺りを見回した。開店以来一度も塗り替えられていない壁。傷んでガムテープだらけの床。中身だけは変わっているが壊れては直し壊れては直しで使い続けた古い筐体。
テープや画ビョウでボロボロになった壁紙を見て溜め息を吐いた。
「そろそろ改装だよなぁ…」
あの男、明日ここにXG筐体が届く予定になっていると知ったら腰を抜かすに違いない。
さて、その為にも明日までに場所を確保しなければ。店先のUFOキャッチャーの移動も途中止めになっている。
それなのに店長はぎっくり腰で緊急入院。何で筐体を一人で動かそうとするのだろうか。言ってくれれば手伝ったのに。…とにかくまずは掃除だ。
先程より更に大きな溜め息を吐きながら臨時店長・城根は事務所に消えた。
END
以上です。
ゲーセンに行った事の無い友人を初めてホームに連れていった際「へーここ営業してたんだ。てっきり廃屋だと思ってたよ」というナイスな一言と月末に帳簿と在庫が合わず徹夜を覚悟した絶望から生まれました。勿論ストーリーは全てフィクションです。
あと廃屋探検は非常に危険ですし法に触れる場合もあるので絶対にしないで下さい。
おぉ、久しぶりの投下!
そして今回はしっかりと読み物してますね。
(ある意味)廃墟系とは面白いですな。
どうでもいい突っ込みですが、綴りはSHIRONEな気がしま(ry
こういう雰囲気の文章も良いですね。
次回作も楽しみにしています。
久しぶりの投稿キター(・∀・)
城根君の不採用通知が76573通ってwww
音ゲーと廃墟系?を上手く融合してて面白かったw
92 :
爆音で名前が聞こえません:2011/01/01(土) 17:48:18 ID:irGj5r5rO
あげ
保守
94 :
爆音で名前が聞こえません:2011/02/10(木) 05:06:48 ID:3PJTsbYVO
あげ
お久しぶりのwikiの中の人です。
一月〜先日まで、仕事の関係で全然動けない…というか、PCに触れませんでした。
正直長かったですが、やっと通常進行できます。
そんな訳で、投下された作品を保管しました。
気がついたら、保管数も結構増えましたねー
作品単体数なら49作、wikiのページ数にして142ページになりました。
記念すべき50作目は、どんな作品が出てくるのか楽しみです。
96 :
爆音で名前が聞こえません:2011/02/26(土) 04:08:02.44 ID:OV/K1VOdO
ボルチェ
ほっしゅ
こんな時だからこそ創作で盛り上がりたいんよ。
元気を出していきたいね。
という訳でage
地震をネタにした奴あったな
100秒だったか
保守
上げておこう。
良い話が浮かばないな…
102 :
爆音で名前が聞こえません:2011/05/19(木) 12:56:08.65 ID:cyIUWm12O
ほ
103 :
爆音で名前が聞こえません:2011/06/24(金) 06:10:19.52 ID:np35wwM5O
ほ
104 :
爆音で名前が聞こえません:2011/07/13(水) 12:50:31.87 ID:DNC9ho8r0
ほ
ちまちま来ていた職人はどうしたんだろうか…
作品の投稿が途切れて久しいけど、まだここをチェックしている人はいるかな?
自分はちまちま確認に来てはいるけど…
来てるよ
誰も書かないのかなあ
>>106 ノシ
3月11日から投稿が無いのが余計不安になるな
職人は無事か?
109 :
2-387:2011/09/19(月) 03:07:29.50 ID:K7kqB9yNO
しばらく書いていない私が言うのも何ですが、チェックしにきています。
最近は別ジャンルで色々やっているので、こちらの動きからは疎遠気味になってしまいましたね…
また久しぶりに物語性の強いものでも書いてみたいところです。
beat makerの話以降は、何だか固い内容ばかりでしたからね。
動きが無いので更新を全くしていませんが、wikiの中です。
ちょくちょく見に来てはいるんですが、やはり投稿が無いのが寂しいですね。
今までの職人さんと同時に、新しい職人さんも来るのを願いたいものです。
>>109 新作待ってますよー
保守